説明

真空蒸着方法、及び真空蒸着用密封型蒸発源装置

昇華性の蒸発材料を蒸着する真空蒸着において、噴射用開口14を配しかつ内面からの放射熱により該蒸発材料を蒸気化する領域を有する気体密封型加熱容器11と、蒸発材料を加熱容器11からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持させる保持部15とを備え、発生する蒸気を噴射用開口14から容器外部の蒸着対象面に向けて噴射させるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、昇華性物質の真空蒸着において、蒸発物質の噴射開口を有する密封型加熱容器を用いた真空蒸着方法、及び真空蒸着用密封型蒸発源装置に関し、さらに詳しくは、蒸着室内と加熱容器内との圧力差を大きくとることで、その圧力差を利用して蒸発物質を噴射かつ蒸着させる方式を活用した真空蒸着方法と、その真空蒸着用密封型蒸発源装置に係るものである。なお、以下の説明では、蒸発材料と加熱容器及び関連構成要素を包括して「密封型蒸発源」と記述する。
【背景技術】
【0002】
従来から、真空蒸着の蒸発源には、蒸着室内と加熱容器内との圧力差を利用しない開放型と呼ばれる方式が広く用いられている。これとは逆に圧力差を大きくとり、その圧力差を利用して蒸発物質を噴射かつ蒸着させるようにした密封型と呼ばれる蒸発源(密封型蒸発源)を実用に供している事例を知ることは極めて難しい。
【0003】
固体からその蒸気を得る方法には、蒸発させる固体を保持した容器、ないしは同固体を置いた容器を電気的に加熱して蒸気化させる方式とか、同固体に電子線を直接照射して蒸気化させる方式などがあり、このような各方式は一般に開放型蒸発源と呼ばれている。しかし、これらの何れの方式の場合も、蒸発気体を蒸着側の真空室から区分されたある容積の空間に蓄えると共に、圧力を得て噴射させる方式ではない。ここで、前記開放型蒸発源の場合、蒸発源から容器外部の蒸着対象面(以下、単に「基板」という)に向かう蒸発気体の並進速度は、蒸気化するために与えられる加熱温度で定まる個々の分子の自由運動の速度によって規定され、かつその場の条件における音速に等しいものとされている。
【0004】
一方、蒸発させる固体を保持した容器、ないしは同固体を置いた容器を加熱して蒸気化させる蒸発源を用い、該容器内の圧力を蒸着側の真空室内の圧力よりも遥かに高くすることで、小さな開口から気体噴射を得る密封型蒸発源の場合、その並進速度は噴射速度を得た相当分だけ増速されて超音速となる。
【0005】
而して、前記開放型蒸発源の場合、基板が水平であるならば、該基板上に形成される蒸着膜の膜厚分布は、蒸発領域の任意の1点を中心軸にして考えると、その放射角度の変化に従ってなだらかな凸面の円形状を呈す。また、前記密封型蒸発源の場合、同様に基板が水平であるならば、該基板上に形成される蒸着膜の膜厚分布は、1個毎の各開口部の形状を問わずに、その開口面積が小さくて、かつある通過距離があるときには、気体粘性流としての蒸気が、開口の特定の1点を中心軸にして、その放射角度の変化に従って比較的急峻な凸面の円形状を呈す(実際には、その投射形状は開口の壁面抵抗が関係し、抵抗の大きい側に拡散する)ことになる。
【0006】
ここで、分子運動の速度の如何は、蒸着膜質の良否を左右する要件の一つであるが、それぞれに前記した音速に等しい並進速度の開放型蒸発源の場合と、超音速の並進速度を出す密封型蒸発源の場合とでは、噴射方向という一方向のみの速度であっても、その方向に速い速度をもつ密封型蒸発源の方が良好な膜質を得やすい。また、密封型蒸発源では、膜厚が急峻な凸面を呈すこと、すなわち、蒸発物質が基板に向かって狭い指向性を有して噴射されることは、一定領域における膜厚形成速度が速いことを示す。さらに、噴射蒸気の断熱膨張過程で形成される分子クラスターに電子を照射してイオン化クラスターを作り、かつこれに電界をかけて加速することにより、膜質を向上させることができることはクラスターイオンビーム法として広く知られている。噴射蒸気がもっている超音速性及び指向性やクラスター形成性などの密封型蒸発源のもつ特性はもっと利用されて良い。しかし、実験ではしばしば目にすることができても、実用化されている例を知ることは極めて稀である。その理由は次のように考えられる。
【0007】
(1)これまでの密封型蒸発源では、内部圧力が上昇するので蒸発気体の噴射に伴って蒸発材料のそれ自体も速い速度で噴射開口から飛散する。これは単に材料損失であるばかりではなく、この飛散材料が基板に衝突して形成される蒸着膜質を傷付けるのである。つまりは超音速の並進速度を得るための高い内部圧力が高速の材料飛散現象を招くのである。
【0008】
(2)密封型蒸発源の圧力下では、噴射されない蒸気が該蒸発源の内部で再凝固するため、温度条件が同一で、かつ気化可能な表面積が同一であるならば、圧力のない開放型蒸発源の方が蒸発量は大きい。
【0009】
(3)密封型蒸発源では、段取り段階で蒸発材料を内部に保持ないしは置くのに当り、これを小さな噴射開口から挿入することが難しいことから、蒸発源を一旦開放状態にした上で蒸発材料を挿入し、その後密封する必要がある。この際、蒸発源の容器自体だけではなく、加熱機構部分の解体作業とか、内部に装着した材料飛散防止バリア(後に説明する)の取り外し作業等を伴うので、開放型蒸発源でのように簡単には作業することができない。
【0010】
(4)密封型蒸発源では、蒸発中に蒸発材料を補充することが一層難しい。これに対して開放型蒸発源では、十分な空間があるので連続供給が行なわれる場合が多くある。
【0011】
続いて、これらの各問題点についてより一層詳しく説明する。先ず、上記(1)項の材料飛散の点であるが、開放型や密封型の如何にかかわらず、容器自体を加熱した上で、その温度によって蒸気を得る場合の従来技術には、重要な共通点がある。この共通点とは、蒸発物質が伝導熱を受け取って蒸発する工程を経ていることである。この場合、保持ないしは置かれる蒸発材料の種類は、熱溶融を経て蒸発する物質、あるいは昇華性物質の如何に関わりがない。そこで伝導熱による蒸発においては、どのようにして材料飛散が発生するのかを検討する。
【0012】
図11は、従来の代表的な開放型蒸発源の例である。
【0013】
【非特許文献1】日本学術振興会・薄膜第131委員会編『薄膜ハンドブック』(P99,100に表示された「外熱式るつぼ」の該当記事及び図2・75の(a)図を参照)。
【0014】
また、図12は、従来の代表的な密封型蒸発源の例である。
【0015】
【特許文献1】特許第2710670号公報(特に、従来技術として示された第4図を参照。この場合には、表示されてこそいないのではあるが、その加熱手段が加熱容器の側面部への電子ボンバードによるものと考えられる)。
【0016】
前記図11に示す従来の開放型蒸発源である外熱式るつぼ100においては、熱シールドを施した外側るつぼ101の内部にあって、器壁部に加熱用タングステンコイル103を捲装して内包させた上部開放型で有底状のアルミナセメント製内側るつぼ(この場合、加熱容器に該当)102を配置し、該加熱容器102の内部に収容させる蒸発材料(この図11には表示されていない)をタングステンコイル103への通電加熱によって蒸気化させるようにしたものである。
【0017】
すなわち、この開放型蒸発源である加熱容器102の場合、蒸発材料は図示されていないのであるが、該加熱容器102の器壁部からの熱が底面にまでも及ぼされており、かつその容器周囲を熱シールドるつぼ101で覆って発生熱が外部にできるだけ逃げないようにしているので、蒸発源内面に直接接触する蒸発材料は、その伝導熱によって蒸発されることが良く分かる。
【0018】
また、前記図12に示す従来の密封型蒸発源である蒸気発生源用るつぼ110においては、有底状のるつぼ(この場合にも、加熱容器に該当)111を用い、該加熱容器111の内部に所要量の蒸発材料114を収容させた上で、その上方開口部を中心部にノズル開口113をもつ蓋板112によって開閉自在に閉塞させるようにしたものである。
【0019】
従って、この密封型蒸発源である加熱容器111の場合には、蒸発材料114が上部の空間を除いて発熱部に直接接触しているから、明らかに伝導熱によって蒸発させるのである。
【0020】
一般に、凝固体(固体、液体)が蒸発するためには、蒸気が存在し得る空間を必要とする。開放型蒸発源の例を示す図11で言えば、真空室との圧力境界を持たない上部の空間が蒸気の存在領域である。この蒸発源装置の場合、蒸発材料が受け取る熱の温度は、加熱容器102との接触面で最も高く、該接触面から遠くなるに従い低下する。一方、接触面領域では、加熱温度が蒸気化温度に達してはいても、蒸気の存在し得る空間自体がないことから、ここでの凝固体(蒸発材料)は蒸気化せずに温度が次第に上昇(顕熱化)すると共に、該接触面領域から離れた部分での蒸発材料に熱を与え、ある時間が経過すると、空間を界面とする蒸発物質の表面領域の温度が気化温度に達して蒸発現象が起きる。
【0021】
そして、この場合、固体から液体に相変化する物質では、加熱容器102の内部で対流運動があるために容器全体の熱が均一化し易い。しかし、昇華性物質の場合には、対流が起こり得ないからその均一化は難しい。何れの場合においても、与える温度が高過ぎるときや、温度の立上り時間を短縮させたときなどには、発熱体である加熱容器102の発熱面領域に直接接触している蒸発材料が顕熱限界を超え蒸気化して空間を求めるため、この結果、材料飛散を引き起こすのである。
【0022】
また、昇華性物質では、蒸発材料の形態として、蒸発源である加熱容器内部の形状に沿い易い粉粒状のものを採用することが多いため、この場合にも激しい飛散が発生する。すなわち、この種の材料飛散現象は、いわゆるスプラッシュやスピットとも呼ばれて蒸発材料の歩留りを低下させるだけにとどまらず、これが基板蒸着面に衝突すれば膜面を傷め、かつ蒸発量も安定しなくなるのである。
【0023】
一方、開放型蒸発源においては内部圧力が発生しないので、伝導熱による蒸発ではあっても、温度抑制や温度の立上り時間の制御によって材料飛散を抑制できるのであるが、内部圧力が存在する密封型蒸発源では、温度抑制や温度の立上り時間の制御によっては十分な材料飛散防止対策ができない。すなわち、図12に示すような密封型蒸発源の場合にあっては、蒸気と共に材料が噴射されるために、その速度は開放型の場合よりも著しく、基板に到達して膜質を傷めることになる。
【0024】
そこで、密封型蒸発源にあっては、蒸着材料の飛散防止手段としてのバリアが利用される。図13は、蒸発源の加熱容器内部に飛散防止のバリアを組み込んだ形態例である。
【0025】
すなわち、図13に示するつぼ120においては、加熱容器121として、上部電極123を有して頂面中心部に噴射開口(ノズル)124のある上部加熱筒体122と、下部電極126を有して内底部に昇華性の蒸発材料129を収容する下部加熱筒体125とを上下分割可能に設けると共に、この分割面を利用すること、ひいては容器内空間相当部に上下2段の各バリア板127,128を所要間隔で着脱自在に組み込み、かつこれらの上部バリア板127と下部バリア板128とに対向位置を相互にずらせた各通孔127a,128aを開口して構成し、前記各電極123,126への通電によって該加熱容器121自体を抵抗加熱させるようにする。
【0026】
前記構成による加熱容器121の場合には、加熱を受けて蒸着材料129の表面側に発生する蒸気が激しく運動するが、それぞれの各バリア板127,128に開口させた各通孔127a,128aが相互にずらされているために、到底直線的には通り抜けられず、これらの各バリア板127,128に衝突してランダムな動きをすることになる。すなわち、この動きによって材料飛散を抑制するのである。
【0027】
しかし、密封型蒸発源の場合、蒸着材料の飛散を完全に抑えるためには、必然的にバリア構造自体を複雑化して蒸気の通過空間を狭めなければならない。その結果は蒸気の再凝固する率が大きくなり、かつ半面では噴射量が低下することになるもので、いわゆる蒸着レートが小さくなって実用に適う良好な蒸発源にはなり得ない。
【0028】
すなわち、これまでの密封型蒸発源では、長時間に亘る蒸着や高い蒸着レートを得ることを意図して、たとえ蒸発材料の収容量を多くしても、材料飛散も比例的に多くなってしまうから、蒸発材料の種類、その収容量、加熱温度、蒸着時間等を絞り込まざるを得なかったのであり、このことが密封型蒸発源の利用を実験室段階に留め、広く実用化することを困難にしていた大きな理由の一つである。
【0029】
次に、上記(2)項の蒸発量の点については、ある同一温度条件下で空間との界面面積を同一として開放型蒸発源と密封型蒸発源との蒸発量を比較すると、時間当りの蒸発量は開放型蒸発源の方が大きいことは当然であり、この開放型蒸発源では、蒸気が全て真空空間にその場の条件における音速で並進する。一方、密封型蒸発源においては、ある圧力の下で界面面積からの蒸気の一定量が未蒸発の材料表面に再付着して凝固体に戻り、一定の動的均衡条件の下でのみ開口から超音速で噴射されるのである。
【0030】
また、上記(3)項については、図11からも容易に分かる通り、開放型蒸発源の場合、そのままの態様で蒸発材料を投入して供給できる。しかし、密封型蒸発源では、噴射開口113のある蓋板112を一旦は取り外すか、あるいは、加熱容器111の胴部に分割部を形成して解体しない限りは蒸発材料114を供給することが難しい。そして、この場合、蒸発源には必ず加熱機構が設けられているので、この加熱機構をも解体しなければならず、さらに、図13のように容器内部にバリア板が組み込まれているときは、これをも取り外さなければならないので、その取扱いは明らかに開放型蒸発源の方が有利である。
【0031】
最後に、上記(4)項についてはあらためて述べるまでもないが、(3)項でも説明した通り、密封型蒸発源では、段取り段階ですら解体を伴う作業であるから、蒸発中における蒸発材料の供給は不可能である。仮に噴射開口から蒸発材料を供給することができたとしても、蒸気の噴出自体を否定するか、または一定の噴射そのものを否定することになる。そして、開放型蒸発源では、広い開放空間を利用することで蒸発中に蒸発材料を供給している事例のあることが知られている。
【0032】
以上、(1)ないし(4)の各項目について、開放型蒸発源と比較しながら密封型蒸発源での問題点と実情とを説明したが、これらの各項目を改善しない限り、中でも(1)項を解決しない限りにおいては、蒸発自体の超音速並進速度やその他の効果が分かっていても密封型蒸発源を活用することは難しいのである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0033】
先に、蒸発における並進速度が蒸着膜質にかかわる点について簡単に述べた。ここで、前記並進速度は分子運動速度に依存しており、該分子運動速度は温度に依存しているのであるが、同じ温度ではあっても、密封型蒸発源の場合には、開放型蒸発源に比較してその並進速度が大きく異なる。次に示すのは、比熱比が広く知られている水蒸気を例にした場合での両並進速度の比較である。
【0034】
すなわち、100℃での水蒸気分子の自由な運動速度は415m/秒である。これを音速である並進速度に直すと300m/秒となる。そして、密封型蒸発源における真空室内の気圧を8×10−3Paとし、かつ100℃の蒸発源内の圧力を133Paと設定するならば、噴射開口からは1179m/秒の並進速度が得られる。すなわち、同じ温度ではあっても、水蒸気のおおよそ4倍に達する並進速度が得られるもので、その相当分だけ蒸着膜質を形成するエネルギーが大きい。
【0035】
前記水蒸気を例にした考え方は、他の分子を扱う場合にあっても、数値が異なって適用される。この場合、蒸着膜質を向上させることが分子の高い運動速度のみにかかっているわけではないが、分子運動速度は最も重要な要素の一つである。また、蒸発源自体の能力で個々の分子の運動速度を引き上げる方法は、現状においては密封型蒸発源にしか存在しない。
【0036】
しかし、現状では、先に述べた理由によって密封型蒸発源を広く利用できないため、開放型蒸発源を利用して蒸着膜質を向上させる技術が存在するのである。例えば、開放型蒸発源とアルゴンイオンアシストとの組合せとか、あるいはスパッタリングによる蒸着は、開放の条件下で比較的良質の蒸着膜を得るための解決方法の例であり、その何れもイオン効果と分子運動速度の向上が寄与している。しかし、これらの各方法から良質の蒸着膜が得られても、アルゴンイオンアシストでは価格の高いアルゴンイオンユニットが必要とされ、かつスパッタリングでは装置価格、ターゲット価格が共に高価であり、その生産性についても必ずしも高いとは言い得ないのである。
【0037】
そこで、この発明においては、先に述べたように、密封型蒸発源が不可避的に持つことになる前記(1)ないし(4)の各項目の問題点を昇華性物質の蒸着について解決できさえすれば、前記のアルゴンイオンアシストやスパッタリングに匹敵する蒸着膜質を得るための道が開けて、良好な蒸着膜質と高い生産性、低コスト化が可能になり、併せて、クラスターイオン技術の実用化が容易になるのである。
【課題を解決するための手段】
【0038】
一般に、蒸発源の加熱容器にあっては、必然的に能動的な発熱領域と受動的な発熱領域とが存在する。例えば、抵抗加熱による加熱容器の場合には、通電している領域部分が能動的発熱領域であり、かつその他の領域は該能動的発熱領域の熱を主に伝導によって得ている受動的発熱領域である。このため、能動的発熱領域の温度は、必ず受動的発熱領域の温度よりも高く、基本的に蒸発は能動的発熱領域の温度に依存している。そして、このような発熱領域の区分は、抵抗加熱ばかりではなく、その他の加熱手段でも必ず存在するもので、例えば、電子ボンバードであれば、該ボンバードを受ける領域部分が能動的発熱領域であり、他の領域部分は受動的発熱領域に対応する。
【0039】
先にも述べた通りに、伝導熱によって蒸発を得るのには、蒸発材料の接している面の熱が蒸気化温度に達しても発生する蒸気にとって存在し得る空間がないことに等しいので、必然的に材料飛散を招き易い。特に、密封型蒸発源では、その内部圧力の高さから、より速い速度での材料飛散が発生するのである。
【0040】
このため、前記伝導熱に代えて、放射熱によって蒸発材料を蒸発させること、ひいては加熱容器の能動的発熱面からある距離を隔てた受動的発熱領域の中での蒸発温度に達しない位置部分に蒸発材料を保持させるようにすれば、結果的に蒸発材料の表面は空間との界面になり、かつ気化現象はこの領域部分のみで起こるから、理論上では材料飛散が発生することがない。また、該気化現象とは、気化しない蒸発材料の層では潜熱状態であるために、保持されている蒸発材料の温度が上昇することもない。
【0041】
また、重力の存在する空間においては、気体以外のあらゆる「もの」が、広義での地上に保持する/保持されること、置く/置かれること、固定する/固定されることはいかなる場合にも伴う厳正な事実である。これを蒸着装置と蒸発源、蒸発材料と蒸発源を構成する加熱容器の関係として説明すれば、蒸発源は蒸着装置に固定され、蒸発材料は加熱容器に保持ないしは置かれている。この相互関係を加熱容器での発熱領域の観点から見れば、加熱容器の受動的発熱領域を蒸着装置に対する固定位置とするのが絶対的に合理的であると共に、蒸発材料を保持ないしは置く位置は、絶対的に該加熱容器の受動的発熱領域である方が安定して保持できることになる。
【0042】
すなわち、このように蒸発源を構成することによって、蒸発材料は相の変化を免れる、つまり、昇華性物質では固体が蒸気化するのを免れ得て静的安定を維持し得るもので、これを言い換えると、先に述べた材料飛散を防止する手段を、この考え方に見出すことができる。
【0043】
一方、加熱容器の能動的発熱領域を十二分に蒸発可能な温度にまで引き上げても、その受動的発熱領域を蒸発温度未満に維持することは比較的容易に可能である。何故ならば、固定のための構造が発生熱を伝導によって他の領域に逃がすことになるからであり、かつその該当部分には冷却手段を施すことができるからである。すなわち、このことから、蒸発材料を受動的発熱領域に安定して保持ないしは置き続けることができるのである。
【0044】
これまでの蒸発源では、伝導熱によって蒸発を得ようとするから、むしろ、この領域を蒸発温度に維持するための様々な工夫を施すようにしており、これはその方が蒸発材料の全体を可及的均等に温度上昇させることができ、この結果、蒸発効率を高くできるからである。しかし、放射熱によって蒸発させる昇華性の蒸発材料を安定して保持しようとするのならば、その保持位置は、蒸発温度を与える能動的発熱領域から離れ、かつ蒸発温度には達しない受動的発熱領域であることが必然である。すなわち、もしもその保持位置が蒸発温度に達しているならば、蒸発材料を安定して保持すること自体が不可能になるからである。
【0045】
この発明が解決しようとする課題は、上記密封型蒸発源に伴う各項目の問題点を解決して、昇華性材料の領域で該密封型蒸発源を効果的に実用化可能にすることである。
【0046】
この発明に係る真空蒸着方法は、昇華性の蒸発材料を蒸着する真空蒸着方法において、噴射用開口を配した気体密封型加熱容器を用い、前記蒸発材料を該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持させ、該領域に保持される蒸発材料を前記加熱容器からの放射熱により蒸気化し、かつ該発生する蒸気を前記噴射用開口から容器外部の蒸着対象面に向けて噴射させることを特徴としている。
【0047】
この発明に係る真空蒸着方法において、前記加熱容器は、前記蒸発材料が該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に供給口を有しており、該供給口から供給される前記蒸発材料は、前記加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持され、かつ前記放射熱による蒸発領域では、該供給され保持される蒸発材料を、加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、該発熱面に対向するように保持させることを特徴としている。
【0048】
前記蒸発材料は粉粒状であり、該粉粒状蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、かつ該発熱面に対向するように保持させる。
【0049】
前記加熱容器の発熱面からの放射熱を受けて生じた前記蒸発材料からの蒸気は、該加熱容器内の空間で熱擾乱運動しつつ、その一部が前記蒸発材料の表面に再付着し、かつ固相化して所要形態に維持される。
【0050】
前記蒸発材料は成形体であり、該成形体蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、かつ該発熱面に対向するように保持させる。
【0051】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性は、該供給口を経て供給される前記粉粒状蒸発材料の存在、または前記成形体蒸発材料の存在によって維持される。
【0052】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性は、前記蒸気の一部再付着による固相化によって維持される。
【0053】
前記供給口への前記粉粒状蒸発材料の供給は、前記加熱容器内での蒸発材料の前記噴射に伴う減少に対応して行なわれる。
【0054】
この発明の別の態様において真空蒸着用密封型蒸発源装置は、昇華性の蒸発材料を蒸着する真空蒸着において、噴射用開口を配しかつ内面からの放射熱により該蒸発材料を蒸気化する領域を有する気体密封型加熱容器と、前記蒸発材料を該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持させる保持部とを備え、前記発生する蒸気を前記噴射用開口から容器外部の蒸着対象面に向けて噴射させるようにしたことを特徴としている。
【0055】
この発明に係る真空蒸着用密封型蒸発源装置において、前記加熱容器は、前記蒸発材料が該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域部分に該蒸発材料の供給口を有しており、該供給口から供給される前記蒸発材料は、前記加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持され、かつ前記放射熱による蒸発領域では、該供給され保持される蒸発材料を、加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、該発熱面に対向して保持させることを特徴としている。
【0056】
前記蒸発材料は粉粒状であり、該粉粒状蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態でかつ該発熱面に対向して保持させる。
【0057】
前記蒸発材料は成形体であり、該成形体蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態でかつ該発熱面に対向して保持させる。
【0058】
前記蒸発材料の供給口ないしは前記保持部は、前記加熱容器からの伝導熱によっては該蒸発材料を蒸発させない位置部分に配する。
【0059】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性は、該供給口を経て供給される前記粉粒状蒸発材料の存在、または前記成形体蒸発材料の存在によって維持される。
【0060】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性は、前記蒸気の一部再付着による固相化によって維持される。
【0061】
前記供給口への前記粉粒状蒸発材料の供給は、前記加熱容器内での蒸発材料の前記噴射に伴う減少に対応して行なわれる。
【発明の効果】
【0062】
この発明に係る真空蒸着方法及び真空蒸着用密封型蒸発源装置によれば、昇華性蒸発材料における真空蒸着技術に密封型蒸発源を採用することが可能になり、この密封型蒸発源の採用によって蒸着膜質とその生産性を飛躍的に高め得るのである。そして、このように密封型蒸発源を採用できるために、開放型蒸発源に比較するとき、蒸気の並進速度が効果的に速められて蒸着膜質の向上に大きく寄与できるなどの実用上、極めて優れた種々の特長を発揮し得るのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0063】
以下、この発明に係る真空蒸着方法、及び真空蒸着用密封型蒸発源装置の各別による実施例1ないし4につき、図1ないし図10を参照して詳細に説明する。
【0064】
ここで、実施例1は、蒸発材料が成形体もしくは特に形態を問わない状態であるところの、例えば、粉粒状の昇華性材料であって、るつぼを形成している加熱円筒内に対する昇華性材料の供給を手作業で行なう場合の一例(関連図は図1、図2)と、その変形例(関連図は図3、図4)とである。実施例2は、蒸発材料が粉粒体であって、縦断面中空テーパー円筒状の加熱円筒内に対して昇華性材料を連続して供給する場合の一例とその変形例(関連図は図5、図6、図7)である。実施例3は、蒸発材料が粉粒体であって、加熱円筒内に対して昇華性材料を連続して供給する場合の一例(関連図は図8)と、その変形例(関連図は図9)とである。実施例4は、蒸発材料が成形体であって、加熱円筒を用い、かつ成形体の保持部を保持基盤から切り離せるようにすると共に、蒸発材料の供給を簡単な断続動作で行なう場合の一例(関連図は図10)で、この実施例4によっては実施例2、3とは異なる材料供給が可能である。
【0065】
また、これらの各実施例における昇華性の蒸発材料としては、この場合、SiO(一酸化珪素)を取り上げた。このSiOの材料は、例えば、眼鏡レンズの表面保護膜、電子回路における電気絶縁膜や、合成樹脂フィルムの気体遮断膜(この場合は、酸化させてSiO、すなわち二酸化珪素膜にすることが多い)など、非常に広く用いられている。なお、この昇華性蒸発材料としては、その他にも無機物質としてCr、Sn、Sr、Mg、SnO、ZnO、CdS、CdTe、PbS等があり、かつ有機物質にも同種の昇華性物質が多数ある。
【0066】
さらに、各実施例に採用した加熱方式は、全て加熱容器の構成材料であるグラファイトに通電して高熱を得る抵抗加熱である。この抵抗加熱方式は全体構成のそれ自体が比較的簡単であり、構成材料であるグラファイトも入手し易くかつ加工し易い。一方、SiOは電気絶縁物質であるから、密封型蒸発源は、これに合わせた装置構造であるが、導電物質である場合には、装置構造をそれに合わせなければならないことは言うまでもない。
【実施例1】
【0067】
現在、例えば、眼鏡レンズの表面に対してSiO(蒸発材料)保護膜を蒸着形成する場合にあっては、真空槽の上部に多数のレンズを並べて配置し、かつその下部に開放型の蒸発源を設置した上で、一般的には抵抗加熱手段で蒸着させるようにしている。そして、この場合には、レンズの入れ替えを手作業で行ない、同時に蒸発材料の補充についても手作業で行なっている。このようにして基板(蒸着対象基板である眼鏡レンズ)の交換作業や蒸発材料の補充作業を行なうものは、他にも多数ある。
【0068】
ここでの蒸発材料であるSiOには、微粉末や数ミリ大のタブレット、ターゲットと呼ばれる精密成形材料とか、不規則な大きさや形状の材料などの様々なものがあり、これらのものを製造者が市販している。また、特定の製造者でなくとも、比較的簡単な設備で粉末から成形品を得ることができる。
【0069】
先にも述べたように、この実施例1は、図1−4に示す真空蒸着方法と真空蒸着用密封型蒸発源装置に基づくものの場合であり、基板の交換や蒸発材料の補充を手作業で行なう実施例形態のものである。
【0070】
すなわち、図1は、この発明の実施例1を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図であり、図2は、同上密封型蒸発源装置を上方から見たときの概念的な平面図である。また、図3は、同上密封型蒸発源装置の変形例を概念的に示す縦断側面図、図4は、同上変形例による密封型蒸発源装置を上方から見たときの概念的な平面図である。なお、ここでの蒸発材料であるSiOの形態は、図1と図2とが事前成形された成形体の場合であり、図3と図4とが粉末状態のままの場合である。但し、以下の説明中でも述べるように、これらの双方の形態とも、その形状でなければならないものではない。
【0071】
これらの図1、図2の各構成において、この実施例1による真空蒸着用の密封型蒸発源装置10は、全体的に横断面円筒形状をなしてるつぼを形成する加熱容器11を有し、この場合、該加熱容器11は、上下に2分割可能な上部加熱円筒12aと下部加熱円筒12bとからなっており、これらの各加熱円筒12a,12bの内部には、蒸気化空間21が形成されている。また、上部加熱円筒12aの上端面部分と下部加熱円筒12bの下端部部分とには、フランジ状をなす抵抗加熱通電用の上部電極13aと下部電極13bとがそれぞれに設けられ、これらによって通電される区間の各加熱円筒12a,12bが先にも述べた能動的発熱領域Aに該当し、かつその他の各領域部分が受動的発熱領域Bに相当していて、各加熱円筒12a,12bからの熱を得て温度上昇されることになる。
【0072】
前記上部加熱円筒12aでの上端側閉塞部の中心部分には、発生蒸気の噴射のための噴射開口(図ではノズル)14を開口させてあり、かつ前記下部加熱円筒12bでの内底部の中心部分には、次に述べる蒸発材料の成形体22を供給して保持させるための凹陥状の保持部15を形成してある。一方、この保持部15を配した下部加熱円筒12bの下端部側は、固定台16上に固定支持させると共に、該固定台16に冷却配管17を施して円筒下端部を外側から冷却させることにより、各加熱円筒12a,12bの該当部分を蒸発不能領域(蒸発材料が加熱容器11自体からの伝導熱によっては蒸発しない領域)Cに維持させるようにし、かつ固定台16自体の周辺部を高熱から保護する。
【0073】
前記蒸発材料、この場合、粉粒状のSiOについては、供給保持させる前に予め保持し易い所要形状に成形することで成形体22とし(但し、粉粒状昇華性蒸発材料SiOの事前成形は必ずしも絶対条件ではない。例えば、前記図1での凹陥状に形成された保持部15に対して、ここでの蒸発材料SiOを可能な高さまで堆積させても良いもので、たとえどのような形状にするのにもせよ、この蒸発材料SiOが蒸発温度に達している領域Aには接触しないようにすれば良い)てあり、該成形体22は、下部加熱円筒12bから上部加熱円筒12aを一旦分割した上で、その内底部中心の保持部15に下端部を嵌着して保持させるのである。このため、蒸発不能領域Cから下方は蒸発温度に達することがないから、成形体22が安定した状態のままで維持されることになる。
【0074】
また、ここでは図示省略したが、前記上部電極13aに取り付けて用いる給電部については、前記加熱容器11内への成形体22の交換等を迅速かつ簡単に行ない得るようにするために、その取り付け構造を可及的に簡略化してある。従って、該成形体22の交換、補充等に際しては、上部電極13aからの給電部の取り外し操作が伴うことにこそなるのであるが、従来技術で採用されている材料飛散防止バリアの着脱がなくなるので、その分だけ作業自体が簡素化され、かつ作業時間も短縮される。この実施例1では、該成形体22の交換作業が10分以内で終了することが確かめられた。
【0075】
そして、前記成形体22と能動的発熱領域Aでもある加熱容器11の内部壁面との間には、前記蒸気化空間21が介在されているので、該成形体22は、自動的に表面側から蒸気化されると共に、その発生蒸気のうちのある分量が小さな開口面積の噴射開口14から噴射され、かつ残りの分量は成形体22の表面に再付着して固相化する。従って、ここでは先に述べた材料飛散の発生する理由が全く存在せず、該蒸気の噴射に伴う材料飛散現象が巧みに回避されるのである。
【0076】
一方、前記成形体22の保持形態では、その蒸気化される表面積を可及的に広く取ることができる。すなわち、伝導熱による蒸発(従来の場合に該当)であるならば、その上面対応の水平表面全域が厳密な意味合いでの蒸発可能面積となるのであるが、この実施例1の場合には、図1からも明らかなように、蒸発源に直接接触していない全面積が蒸発可能面積に相当することになる。ここで、仮に加熱容器が内径100mmの円筒形発熱体であり、その内部に保持される蒸発物質を伝導熱によって蒸発させるものとした場合には、その表面積が7850mmである。一方、この実施例1での蒸発物質(粉粒状の蒸発材料SiO)のように円柱状の成形体22に成形させた場合、同一表面積を得るのには、仮に高さを100mmとすれば、その直径は僅かに10mm程度にしか過ぎなくなる。この計算例は、前記図1の形態を採ることで、前記再付着を考慮しても容易に蒸発可能面積が増加することを意味しており、これを言い換えると、蒸発量自体を増加させ得るのである。すなわち、以上の構成によって、先に指摘した密封型蒸発源における前記(1)項と(2)項との各問題点がそれぞれに解消されることになる。
【0077】
しかし、前記図1の態様のままで蒸発を継続すると、時間経過に合わせて成形体22のそれ自体の形態が、その蒸発量対応に細くかつ低くなって表面積も小さくなり、必然的に時間当りの蒸発量が低下することになるため、新しい成形体22、ひいては新たな蒸発材料SiOに交換して蒸着操作を継続しなければならない。この点の改善仕様については、以下に述べる実施例2〜4の各説明に譲る。
【0078】
ちなみに、上記実施例1における各構成部分の実質的な寸法例などを参考のため具体的に挙げてみると、次の通りである。すなわち、前記加熱容器11の各加熱円筒12a,12bの有効内径を25mm、その高さを300mmに設定し、かつ前記噴射開口14の直径を1mm、同側面距離も1mmに設定した上で、前記円柱状の成形体22の外径を12mm、その高さを250mmにしたところ、該成形体22の周囲には環状幅13mmの前記蒸気化空間21が介在されることになった。この態様では、加熱円筒12a,12b内の表面温度を1400℃に制御し、その放射熱で成形体22を加熱させることにより、最大蒸着レート30Å/秒の結果を得ることができた。
【0079】
また、この場合、前記発生した蒸気は、蒸気化空間21の内部で熱擾乱運動を生起した上で、所要圧力を得て前記ノズル状の噴射開口14から、前記加熱容器11における外部の蒸着室内に配置された図示しない蒸着対象基板(噴射開口14との距離は600mm)面に向け噴射して、該基板面上にあって中心部になるに従い膜厚が急峻に厚くなる円形状の所要蒸着膜が得られた。一方、前記各加熱円筒12a,12bの内表面からの放射熱により、表面部側から次第に気化されてゆく成形体22は、蒸気化空間21内に維持されたままで、他の蒸発温度に達した面には接触していないことから安定しており、この結果、材料飛散は全く発生しなかった。なお、図示しない膜厚計センサの配置位置は、噴射開口14の直上以外の部分である。
【0080】
ここで、この実施例1における密封型蒸発源10では、前記蒸発材料SiOからなる成形体22を前記加熱容器11によって水平基準で周囲360°方向から加熱しており、加熱方法としては理想的な形態であるものと言える。そして、前記噴射開口(噴射ノズル)14については、この場合、1箇所(1個)のみであるが、複数箇所にしてもよい。何れにしても、このような加熱方法にあっては、たとえ、ノズル開口が複数で、かつその開口面積が広くなっても十分な噴射量を得られるのである。また、前記成形体22についても、蒸発材料SiOが伝導熱によって蒸発しさえしなければ、その形状の態様や個数を問わない。すなわち、この場合、噴射開口14の開口形状、その開口面積、開口数などは敢て特定できない。これらは加熱容器11内での蒸気量や圧力との相対関係で決められるが、該加熱容器11内の圧力が必要とされる蒸気の再付着を促す限り任意である。さらに、保持部15に対して蒸発材料SiOの粉粒体を堆積させるようにしてもよい。なお、蒸発材料自体が昇華性でない場合には、その液化により、成形形態を維持できないために、加熱容器11に接触して伝導熱を受けることがある。
【0081】
また、前記噴射開口(噴射ノズル)14の開口位置については、この場合、あらためては特定しないが、図1では該開口を形成した領域が、先に述べた受動的な発熱領域Bに対応する。このため、その温度が蒸発温度未満になることがある。この場合、蒸気は固体化して噴射開口14を閉塞することになるから、開口状態を維持できる温度でなければならない。
【0082】
そして、この実施例1の場合には、前記加熱容器11を垂直状態に維持して用いるが、成形した蒸発材料SiOの保持態様に工夫(例えば、両端で支えるようにする等)を凝らすことで、水平状態ないしは傾斜状態に維持しで用いるのも可能であるのを念のために付記しておく。
【0083】
続いて、上記図1と図2に示す前記実施例1の変形例につき、図3と図4を参照して説明する。この変形例は、該実施例1が蒸発材料SiOの成形体22を用いるのとは異なって、該蒸発材料SiOを粉粒状態のままの粉粒体23として用いるもので、ここでも該粉粒体23の補充を手作業で行なう形式のものである。
【0084】
すなわち、これらの図3、図4の各構成において、この実施例1の変形例による真空蒸着用蒸密封型発源装置30は、全体的に平面長方形状をなしてるつぼを形成する加熱容器31を有し、該加熱容器31は、粉粒状の蒸発材料SiO(粉粒体23)を受入れる角筒体及びその下端面を着脱自在に閉塞する閉塞板からなる保持筐体32と、この保持筐体32の上端面を着脱自在に閉塞する加熱板33とで構成されており、該保持筐体筒32の内部に蒸気化空間41が形成されている。而して、前記加熱板33には、1組からなる上部電極33aと上部電極33bとが設けられていて能動的発熱領域Aを形成すると共に、該加熱板33の中心部にあって発生蒸気の噴射のための噴射開口(図ではノズル)34を開口させてある。
【0085】
そして、前記保持筐体23の下端面は、固定基台(固定用の基盤)36上に固定支持させて前記粉粒体23の保持部を形成し、かつ該固定基台36には、冷却配管37を施して保持筐体32の下端部を外側から冷却させることにより、これらの保持筐体32と固定基台36との各該当部分を蒸発不能領域Cに維持させるようにし、かつ固定基台36自体の周辺部を高熱から保護するもので、この結果、前記保持筐体32の内面が受動的発熱領域Bとなる。また、ここでも図示省略したが、前記実施例1の場合と同様に、前記加熱板32の各電極33a,33bに取り付けて用いる給電部については、前記保持筐体筒32の内部への粉粒体23の補充等を迅速かつ簡単に行ない得るようにするために、その取り付け構造を可及的に簡略化してある。
【0086】
従って、上記変形例構成では、前記各電極33a,33bからそれぞれの各給電部を取り外した上で、前記加熱板33を一旦開披させ、前記保持筐体32の内部に粉粒体23を平らに均しながら盛って補充する。この粉粒体23の盛り高さ(厚さ)については、図3から明らかなように、伝導熱による蒸気化不能領域Cの上限ともなるところの、固定基台36の上縁周囲高さ位置に合わせる。その後、前記加熱板33を元の閉塞状態に戻してから、各電極33a,33bに対応する各給電部を取り付けて通電し、該加熱板33を抵抗加熱させた。この変形例においても、該粉粒体23の補充作業は10分以内で終了することが確かめられた。
【0087】
ここでも、上記実施例1の変形例における各構成部分の実質的な寸法例などを参考のため具体的に挙げてみる。すなわち、前記固定基台36の内表面(保持筐体32の底面)、つまり、粉粒体23の保持部内寸は100mm×90mmであり、ここに粉粒体23を3mmの厚さに敷き込んで保持させた。この場合、前記噴射開口34の直径は1mm、同側面距離も1mmであり、また、前記蒸気化空間41となる前記加熱板33の内面と収容して敷き込んだ粉粒体23の上面との距離(間隔)は12mmである。そして、加熱板33の表面温度を1400℃に制御し、その放射熱で粉粒体23を加熱させることにより、実施例1の場合と同様に、最大蒸着レート30Å/秒の結果を得ることができた。
【0088】
この場合にも、前記発生した蒸気は、蒸気化空間41の内部で熱擾乱運動を生起した上で、所要圧力を得て前記ノズル状の噴射開口34から、図示しない蒸着対象基板(噴射開口34との距離は600mm)面に向け噴射されて、該基板面上にあって、中心部になるに従い膜厚が急峻に厚くなる円形状の所要蒸着膜が得られた。一方、前記粉粒体23は、蒸気化空間41内に収容保持されていて、他の蒸発温度に達した面には接触していないので安定しており、この結果、材料飛散は全く発生しなかった。なお、この場合、図示しない膜厚計センサの配置位置は、噴射開口34の直上以外の部分である。
【実施例2】
【0089】
この実施例2は、図5−9による真空蒸着方法と、これに対応する真空蒸着用密封型蒸発源装置に基づくものの場合である。この実施例態様は、実用化の一例として、例えば、合成樹脂フィルム(ポリエステルフィルム等)上にSiOを噴射させながら酸素を供給してSiO膜を蒸着形成することで、気体遮断性フィルムを連続的に長尺製造する場合などに適用できる。
【0090】
図5は、この発明の実施例2を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図、図6は、同上図5による密封型蒸発源装置の動作がある時間経過したときの態様を概念的に示す縦断側面図であり、図7は、図6における7−7線部の概略的横断面図である。
【0091】
これらの図5ないし図7の各構成において、この実施例2による真空蒸着用密封型蒸発源装置50は、るつぼを形成するところの、図示位置h部分から上部側へ向けて次第に縮径されてテーパー状をなす上部加熱円筒52aと、該上部加熱円筒52bの下端部に分割可能に組み合わされてストレート状をなす下部加熱円筒52bとからなる加熱容器51を有しており、各加熱円筒52a,52bの内部にあっては、蒸気化空間61が形成されている。
【0092】
また、前記上部加熱円筒52aの上端面部分と下部加熱円筒52bの下端部部分とのそれぞれには、フランジ状をなす抵抗加熱通電用の上部電極53aと下部電極53bとが設けられている。すなわち、この場合には、上部加熱円筒52aをテーパー状にすることで上方になるに従い電気抵抗が増え、かつ温度もまた増加するようになっている。そして、各電極53a,53bによって通電される区間の各加熱円筒52a,52bが能動的発熱領域Aに該当し、かつその他の各領域部分が受動的発熱領域Bに相当していて、各加熱円筒52a,52bからの熱を得て温度上昇される。
【0093】
前記上部加熱円筒52aでの上端側閉塞部の中心部分には、発生蒸気の噴射のための噴射開口(図ではノズル)54を開口させてあり、かつ前記下部加熱円筒52bにおける下端面部の中心部分には蒸発材料の供給口が設けられており、該供給口に接して該蒸発材料、例えばSiOを供給して成長体62を形成かつ保持させるための蒸発材料供給管58と、該供給管58内に可回転的に配される給送スクリュー59とが設けられている。一方、この下部加熱円筒12bの下端部側は、上記実施例1の場合とほぼ同様に、固定台56上に固定支持させると共に、該固定台56に冷却配管57を施して円筒下端部を外側から強制冷却させることで、加熱円筒12の該当部分を含む蒸発材料供給管58と給送スクリュー59との該当部分を蒸発不能領域Cとして維持させるようにする。
【0094】
この実施例2による構成の場合、前記加熱容器51は、粉粒状の蒸発材料SiOが蒸気化空間61内に存在しない状態で蒸気化可能温度まで加熱される。図5においては、粉粒状の蒸発材料SiOが蒸気化空間61側に幾分か盛り上がった態様で表示してあるが、ここでの盛り上がりの存在は必ずしも加熱開始時の必要条件ではなく、その動作は図5の状態から図6の状態に移ってなされる。
【0095】
すなわち、前記加熱されている加熱容器51が蒸気化温度に達すると、前記給送スクリュー59が回転駆動を開始し、上記実施例1での保持部15にも該当するところの、蒸発材料供給管58を通して、蒸気化可能領域へ次第に押し上げてゆき、図5の状態になることで、盛り上がった蒸発材料SiOの上端部分が加熱で昇圧されている蒸気化空間61に臨ませられると共に、加熱容器51の内面、ひいては能動的発熱領域Aからの放射熱により、該蒸発材料SiOが蒸気化され始めるもので、このようにして発生する蒸気は、上記実施例1でも述べたように、その発生蒸気の一部分が蒸気化空間61内の高い圧力で噴射開口54から噴射され、かつ残りの部分は押し上げられてくる蒸発材料SiOの表面に再付着して固相化され、この動作が続行されるのである。
【0096】
ここで、前記蒸発材料SiOの表面への蒸気の再付着現象は、密封型蒸発源に特有のものであって、開放型蒸発源では全くあり得ないか、もしくはたとえあったとしても極めて僅かにしか過ぎない。この蒸気の再付着は、結果的に押し上げられてくる蒸発材料SiOの表面にあって、ある硬さ(強さ)のある外被膜が生成されることを意味するもので、該生成される外被膜の存在によって押し上げ続けられる蒸発材料SiOの粉粒体が全く崩れたりせずに、しかも、この再付着が直ちにかつ継続してなされることになるから、図5に破線で、かつ図6に実線でそれぞれ示すように柱状に成長し続け、所期通りの成長体62になるのである。
【0097】
一方、前記粉粒状の蒸発材料SiOを前記蒸発材料供給管58を通して給送スクリュー59で円滑に押し上げ給送するためには、この押し上げる給送力を直接受けることになる粉粒体が自由に運動できる状態でなければならないから、蒸発材料供給管58に伝えられる伝導熱の温度は、通過する蒸発材料SiOを蒸発させる温度以下に抑制しなければならない。
【0098】
すなわち、この給送過程で該蒸発材料SiOが伝導熱のために蒸発するようなことがあれば、瞬間的に該給送部分の近傍に付着して該蒸発材料SiO自体の自由な動きを妨げるからであり、これを防止するためにも蒸発不能領域Cの存在が必要となる。
【0099】
また、この蒸発材料SiOの給送過程では、柱状成長が継続される間は表面積が次第に増加することになるから、その蒸発量もまた増加してゆき、成長体62がある高さに達すると、その上昇量、つまり、蒸発材料SiOの給送量が該蒸発量と均衡するため、該成長体62が所要高さのほぼ円錐形状に形成されて所定の形態を維持し、ほぼ一定の蒸発量を継続することになる。この形態では、材料飛散が発生する惧れはあり得ない。るつぼ内が一定の温度で、時間当りの3つの要因、すなわち蒸気噴射量、るつぼ内の蒸発量及び再付着する蒸気量の総量が、時間当りの蒸発量と等しい。したがって、るつぼ内の蒸気圧は平衡している。そのため、密封型蒸発源による長時間で安定した所要の真空蒸着が可能になるのである。
【0100】
すなわち、これらの各原理は、先に密封型蒸発源における問題点として挙げた前記(2)項の再付着について、これを短所から長所に活用したことに該当する。しかも、この再付着によって成長体62での単位面積当りの蒸発量がたとえ減少することがあっても、蒸発材料SiOを柱状に成長させることで、蒸発面相当の表面積を大きくできて、その減少相当分を十分以上に補い得るのである。さらに加えて材料飛散を考慮する必要がないので、その加熱温度をも高めることができて、結果的には、開放型蒸発源を超える蒸発量を得られるのである。
【0101】
この実施例2による密封型蒸発源の各部構成でのおおよその仕様としては、前記上部加熱円筒52aの下端部内径と下部加熱円筒52bの内径とを25mm、かつ該上部加熱円筒52aの噴射開口54付近の内径を20mmにそれぞれ設定し、かつこれらを組み上げた加熱容器51の高さを350mmとした。また、前記蒸発材料供給管58と給送スクリュー59との各材料としてはモリブデンを用い、この蒸発材料供給管58の内径を11mm、給送スクリュー59の山部の外径を10.5mmにそれぞれ設定した。さらに、前記噴射開口54のノズル径を1mm、その側面距離も1mmにした上で、その周辺温度を1400℃、蒸発不能領域Cの温度を1200℃に制御できるようにした。この状態で蒸着操作したところ、蒸発材料SiOの供給開始後の20分間は蒸気噴射量が増加したが、その後、一定の蒸発量となった。このときの蒸着レートは30Å/秒であった。
【実施例3】
【0102】
この実施例3は、上記実施例2の別例に該当しており、加熱容器の形態を変更したものである。
【0103】
図8は、この発明の実施例3を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図であり、図9は、同上密封型蒸発源装置の変形例を概念的に示す縦断側面図である。
【0104】
先ず、図8に示す密封型蒸発源装置70では、加熱容器71の筒部形状を上記実施例2のテーパー状からストレート状に変更すると共に、該加熱容器71を上下に分割可能な上部加熱円筒72aと下部加熱円筒72bとで構成させたもので、その他の各構成部分は実施例2の場合と全く同様であり、この場合には、該図8の図示表示、それに続いて述べる図9の図示表示においてもそれぞれに同一符号を付けてある。
【0105】
ちなみに、この実施例3における密封型蒸発源の各部寸法は、基本的に上記実施例2の場合とほぼ同様であり、その相違点は、加熱容器71を構成する上部加熱円筒72aと外部加熱円筒72bとの内径が25mmのストレート形状であることのみであって、その蒸着条件と蒸着結果についてもまた実施例2の場合と概ね同様である。
【0106】
続いて、このように前記加熱容器71の筒部形状を変更した意義について述べる。上記実施例2におけるテーパー状の加熱容器51では、上部加熱円筒52aの筒部形状を上部になるに従い徐々にテーパー状に形成させ、これによってその電気抵抗値が次第に増加するようにしている。これは該上部加熱円筒52aでの該当部分の伝導熱による蒸気化不能領域Cの温度を低く保ち、その噴射開口54の付近における蒸気量を効果的に増加させ得るという意味合いで理に適っている。しかし、実際には加熱容器51の温度が全域に亘って均等ではあっても、柱状の成長体62は噴射開口54に近い位置を頂点にしたほぼ円錐状に成長されるために、蒸気化空間61内で蒸気が熱擾乱運動状態にあるとき、該噴射開口54の付近での蒸気ほど噴射され易くなるからである。
【0107】
図8の実施例3では、密封型蒸発源装置70がストレート状の加熱容器71を有しており、かつ該加熱容器71が上部加熱円筒72aと下部加熱円筒72bとに分割できるようになっている。これは主に加工上の必要性と操作の便宜性のためであって、それぞれの筒厚は一定である。この場合、加熱容器71の温度は、少なくとも噴射開口74に近い部分で蒸発温度に達していなければならないのであるが、上下の各電極間に該当する能動的発熱領域Aでは、その電気抵抗値が等しいから、例えば、上方部分が1400℃であるならば下方部分でも同様に1400℃になる。そして、この状態では、蒸発材料SiOの成長体に対して高温度の放射熱が与えられるため、蒸発量が増大し、かつこれに比例して噴射開口74からの蒸気噴射量もまた増大することになり、その分だけ蒸発材料SiOの供給量を増加させることができる。
【0108】
しかし、一方では、本来的に比較的低い温度に維持していなければならない伝導熱による蒸気化不能領域Cの温度が高くなり、これが蒸発温度に達する場合もあるので、これを強制冷却によって低くする必要がある。このためには、通常の場合、冷却配管に通流させる冷却水の温度を下げたり、あるいはその流量を増加させたりして対処しており、これによって蒸気化不能領域Cの温度が過度に上昇するのを抑制するのである。
【0109】
また、図9による実施例3の変形例では、密封型蒸発源装置80の加熱容器81を構成する分割可能な上部加熱円筒82aと下部加熱円筒82bとのうちで、上部加熱円筒82aの筒厚を下部加熱円筒82bの筒厚よりも薄くしたものである。従って、この場合にあっては、筒厚の厚い下部加熱円筒82bの電気抵抗値が筒厚の薄い上部加熱円筒82aよりも小さいために、該下部加熱円筒82bにおける能動的発熱領域Aについても上部加熱円筒82aよりも低くなる。
【0110】
すなわち、この図9のように構成させることで、噴射開口54に近い上方部分が高い温度になっても、下方部分では伝導熱による蒸発にまでは到らない低い温度に維持し得るのである。しかし、放射熱は蒸気化空間の全域にまで及ぶから、蒸発効率にはそれほど大きな差は生じないことになる。
【0111】
そして、該当装置構成の設計・製作上の面では、筒部をテーパー状にするよりもストレート状にする方が容易であり、また、温度制御の点では、図8の構成のようにする方が理に適っていて好ましい。筒体の温度が蒸発の続行で奪われて低くなる点については既に述べたが、必要な領域の温度を予め高くする構成(例えば、加熱容器を図5や図9の形状に形成)することを採用するのが一つの解決手段であり、装置全体の高さをやや高目に構成(例えば、図8の形状に形成)することも他の一つの解決手段である。
【実施例4】
【0112】
この実施例4は、図10による真空蒸着方法と真空蒸着用密封型蒸発源装置に基づくものの場合である。
【0113】
すなわち、図10は、この発明の実施例4を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図である。この実施例4は、蒸発材料の交換による供給、ここでは上記実施例1におけるところの、蒸発材料SiOからなる成形体22の交換による供給を簡単な断続動作で行なう場合の例であり、該実施例1での図示表示と同一部分には同一符号を付けることで、関連部分を除き、それぞれの説明を簡略化している。
【0114】
また、この実施例4における加熱容器の寸法、蒸発条件等は、基本的に上記実施例1の場合とほぼ同様である。従って、その蒸着結果についてもほぼ同様である。
【0115】
この図10に示す実施例4の構成において、真空蒸着用密封型蒸発源装置は、上記実施例1の成形体22とその保持部15に該当するところの、蒸発材料SiOの成形体91と、該成形体91の基端部を各別に保持する2個1組からなる保持部材92a,92bとを装置構成から切り離して設けたものであり、該各保持部材92a,92bの下面部には、交換操作のための操作杆93a,93bがそれぞれに設けられている。また、この実施例4の場合、蒸発材料SiOは、予め所要形態に成形して準備された成形体91としてのみ限定的に利用するものとし、粉粒体のままを単独では利用しない。一方、この実施例4にあっても、加熱容器(実施例1での加熱容器11に対応)については、上下に2分割可能(実施例1での上部加熱円筒12aと下部加熱円筒12bに対応)になってはいるのであるが、これは該実施例1でのように蒸発材料SiOを補充供給するためではなく、単に加工上の必要性からである。
【0116】
続いて、この実施例4における操作について具体的に述べる。前記個々の各保持部材92a,92bに対しては、成形済みの各成形体91をそれぞれに保持させることで準備しておく。ここで、蒸着作業開始の段取りに際しては、2個にうちの一方の保持部材、例えば、前記保持部材92aを用い、図10に見られる通りに、装置本体の下部装着穴94から成形体91の部分が加熱筒体内で保持されるようにしてセットする。なお、この装着を確実になすのには、各保持部材92a,92bの外周面に幾分かのテーパー面を形成しておき、かつこの部分を下部装着穴94の内周テーパー面に摺接させることで可及的緊密な装着が可能になる。加えて、この装着状態で各操作杆93a,93bを構造物などに仮固定するときは、該成形体91をそれぞれに保持する保持部材92a,92bの脱落を防止できるのであり、併せて、伝導熱の分散をより一層促進し得るのである。
【0117】
また、前記のように成形体91をセットした上での蒸着操作としては、実施例1の場合と同様に、蒸着対象基板の装着、装着室内の排気などをなした後、所期通りの加熱蒸着を継続的に実行するのである。
【0118】
而して、使用を終了した保持部材92aを新しい保持部材92bに交換するのには、図10において詳細に解説表示したように簡単に行なうことができるもので、この場合の交換作業は2分程度でなし得た。なお、この交換操作は手作業でも十分であるが、必要に応じて、例えば、成形体を保持する保持部材の個数を増し、かつ該保持部材を水平位置で間欠回転するコンベアによって加熱容器の下方装着位置へ搬送した上で、垂直方向に上下作動させることにより、自動的に交換させることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0119】
上記各実施例1ないし4に示す各密封型蒸発源では、実施例1における図3、図4の場合を除き、円筒形状の加熱容器を採用しているのであるが、これは水平断面を円形状にすることにより、その全周囲360°方向からの放射熱を均等に放散し得るようにするためである。従って、該放射熱を受けて加熱かつ蒸発される蒸発材料の成形体や成長体の水平断面についてもまた円形状であるのが最も望ましいもので、これによって、その蒸発量を比較的大きくとり得るのである。しかし、この点については、加熱容器と蒸発材料の成形体や成長体との各水平断面が他の形状であることを必ずしも排斥するものではない。また同様にして、前記蒸発材料の加熱容器内における成形体や成長体の保持位置ないしは供給位置についても、該加熱容器の水平断面中心部であるのが最適であるが、ここでも他の保持位置あるいは供給位置であることを必ずしも排斥するものではない。
【0120】
そして、上記実施例2の図5、図6では、加熱円筒が共にテーパー形状であるものがそれぞれに示され、実施例3の図8、図9では、加熱円筒が共にストレート形状で、かつ図9の場合、下部側の筒厚を厚くしたものがそれぞれに示されているが、これらの各加熱円筒相互の相違点は、蒸発材料を加熱蒸発させるための温度分布を蒸発に適するように配慮したものにほかならない。すなわち、図5、図6の場合には、そのテーパー形状により、上部側内面での加熱温度に比較して下部側内面での加熱温度が低くなるようにされ、図8の場合には、内面の全域に亘って加熱温度が均等化され、図9の場合には、筒厚の厚い側での加熱温度が低くされている。
【0121】
何れにしても、前記各加熱容器(加熱円筒)が形状的に備えなければならない基本条件は、それぞれの該当部分にあって蒸発不能領域Cを設けることであり、同時に、前記蒸発材料の蒸発を促し易くし、かつ発生した蒸気を各噴射開口に向けて流れ易くすることである。従って、前記のように円形状に構成させるときは、これらの何れの条件をも期せずして充足できるのであり、円形状以外の他の形状とする場合にも、例えば、加熱温度を蒸発材料の蒸発に足りる最低限度に抑制制御した上で、加熱エネルギーの量に余裕を持たせるため、必要領域での構成体積を大きくすることが好ましいと言えるのである。
【0122】
また、上記実施例2の構成において、蒸発材料が蒸発材料供給管の上部先端から蒸気化空間内へ押し上げられた後、これが成長体に成長される過程の詳細については既に説明した通りであるが、ここでは更に追加の説明をする。すなわち、ある一定条件の下で、例えば、蒸発材料の粉粒体が圧縮を受けた場合とか、その他の自由運動を妨げる条件が存在する場合には、その影響によって該粉粒体の集合がある種の成形性を持つことになるのであるが、しかし、その範囲での成形性は極めて不安定なものであり、再現性や時間的継続性に欠ける。成長体への蒸気の再付着で表面が固相化して成長する場合にあってこそ、これらの再現性、時間的継続性の双方が充足されて、その成長が効果的に実現するのである。これを言い換えると、蒸発材料の加熱蒸発中においては、成長体表面からの蒸発、蒸気のある量の表面への再付着(再付着しない蒸気は噴射開口から噴射)、表面での蒸気の再蒸発、蒸気のある量の表面への再付着の各現象を繰り返すが、これらの各現象は、加熱容器の内部に蒸気圧力が存在すること、つまり、蒸気側から見ると熱擾乱運動が存在することと、蒸発材料の保有温度が放射熱によって原理的に顕熱化しないこととで、その成長体への成長がなされるのであり、これらの各現象に伴う成長体の柱状成長は、ひとえに密封型蒸発源においてのみ可能なものである。
【0123】
一方、加熱容器を構成する各部材の範囲内で密封状態を実現しようとする考え方が、従来の場合は、先にも述べた図12や図13に示す方式であった。しかし、蒸発材料の蒸発に放射熱を用いる場合には、蒸発材料自体が加熱容器の内部で静止状態にあるため、この蒸発材料自体を密封性の維持に供することができる。すなわち、例えば、上記実施例2の図5によって説明すると、蒸発材料の粉粒相互間には必ず極めて微細な空間が存在するのであるが、これを集合させることで実用上、気体を十分に封鎖し得る。また、成長体表面への蒸気の再付着とは、とりもなおさずに空間界面に位置する粉粒相互間の空間を埋めることであるから、これによってもその密封性が実現する。さらに、蒸発材料が成形体である場合には、例えば、上記実施例4の図10の方式で十分に密封されるが、固定用基盤が成形体と直接接触したとしても、この領域では伝導熱による蒸発が生じないので、多少の空間(遊び)のあるなしに拘らずに蒸気の再付着で該空間を封鎖できる。
【0124】
一般に、密封型蒸発源においては、その装置構成が幾つかの部品の組合せによって成り立つのであるが、これを言い換えると、各部品の組合せとは、該各部品相互の境界面での空間の存在を意味していることにほかならない。これを、例えば、上記実施例4の図10を参照して述べると、加熱容器の底部での固定用基盤の下部装着穴に対し、蒸発材料の成形体を保持する保持部材を摺接嵌合して着脱自在に結合させており、該図10ではこれらの両者をテーパー嵌合で密着させるが、着脱操作するのには嵌合状態が比較的緩い方、つまりこれらの両者間に多少の空間(隙間)があった方がよい。しかし、このような空間の存在は密封性の妨げにもなるが、その周辺部分が伝導熱では蒸発不能な温度に維持されるから、発生する蒸気が熱擾乱運動で直ちにこの空間に到り、ここでも再付着によって該空間を埋め尽くしてしまう。すなわち、密封性が効果的に維持されるのである。
【0125】
また、加熱容器における発熱温度は、同じ量だけ発熱のためのエネルギー(例えば、一定量の電気エネルギー)を与えたとしても、蒸発材料が柱状に高く成長するに従って低下するもので、これは該蒸発材料が加熱円筒の熱を吸収することによる。この結果、蒸発材料の蒸発量が低下し、かつ噴射量もまた低下するので、低下した相当分だけ加熱円筒の温度を補正した方がよい。この温度補正については、該加熱円筒に対して熱電対などの温度検出手段を配置し、これによって低下した温度を計測することで、該温度補正をなし得るだけのエネルギーを与えるようにすればよい。例えば、抵抗加熱方式であるならば供給電流量を増加させるのである。
【0126】
以上のように、蒸発材料を粉粒状のまま連続して供給できることで、長時間に亘る蒸着操作が可能になった。そして、このような方式においては、比較的少量の蒸発材料での蒸発表面を放射熱で加熱するのみであるから、必要とする熱エネルギー量が圧倒的に少なくて済み、結果的に省エネルギーが可能な装置構成となるのであり、このような密封型蒸発源は未だ存在していない。
【0127】
上記の教示に基づいて本発明の様々な改良や変形が可能なことは明らかである。したがって当然のことながら、本発明は特に説明した以外でも、添付の請求項の範囲内で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0128】
【図1】この発明の実施例1を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図である。
【図2】同上実施例1による密封型蒸発源装置を上方から見た概念的な平面図である。
【図3】同上実施例1による密封型蒸発源装置の変形例を概念的に示す縦断側面図である。
【図4】同上実施例1の変形例による密封型蒸発源装置を上方から見た概念的な平面図である。
【図5】この発明の実施例2を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図である。
【図6】同上図5による密封型蒸発源装置の動作がある時間経過したときの蒸発材料の態様を概念的に示す縦断側面図である。
【図7】同上図6における7−7線部の概略的横断面図である。
【図8】この発明の実施例3を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図である。
【図9】同上実施例3による密封型蒸発源装置の変形例を概念的に示す縦断側面図である。
【図10】この発明の実施例4を適用した真空蒸着用密封型蒸発源装置の概要構成を概念的に示す縦断側面図である。
【図11】従来例による真空蒸着用開放型蒸発源装置を示す断面説明図である。
【図12】従来例による真空蒸着用密封型蒸発源装置を示す断面説明図である。
【図13】従来例による真空蒸着用バリア付き密封型蒸発源装置を示す断面説明図である。
【符号の説明】
【0129】
10,30,50,70,80,90 密封型蒸発源装置
11,31,51,71,81 加熱容器
12a,12b,52a,52b 上部、下部の各加熱円筒
13a,13b,53a,53b 上部、下部の各電極
14,34,54 噴射開口
15 保持部
16,56 固定台
17 冷却配管
21,41,61 蒸気化空間
22 成形体
23 蒸発材料の粉粒体
32 保持筐体
33 加熱板
33a,33b 上部、下部の各電極
58 蒸発材料供給管
59 給送スクリュー
62 成長体
A 能動的発熱領域
B 受動的発熱領域
C 蒸発不能領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇華性の蒸発材料を蒸着する真空蒸着方法において、噴射用開口を配した気体密封型加熱容器を用い、前記蒸発材料を該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持させ、該領域に保持される蒸発材料を前記加熱容器からの放射熱により蒸気化し、かつ該発生する蒸気を前記噴射用開口から容器外部の蒸着対象面に向けて噴射させることを特徴とする真空蒸着方法。
【請求項2】
前記加熱容器は、前記蒸発材料が該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に供給口を有しており、該供給口から供給される前記蒸発材料は、前記加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持され、かつ前記放射熱による蒸発領域では、該供給され保持される蒸発材料を、加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、該発熱面に対向するように保持させることを特徴とする請求項1に記載の真空蒸着方法。
【請求項3】
前記蒸発材料が粉粒状であり、該粉粒状蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、かつ該発熱面に対向するように保持させることを特徴とする請求項2に記載の真空蒸着方法。
【請求項4】
前記加熱容器の発熱面からの放射熱を受けて生じた前記蒸発材料からの蒸気が、該加熱容器内の空間で熱擾乱運動しつつ、その一部が前記蒸発材料の表面に再付着し、かつ固相化して所要形態に維持されることを特徴とする請求項3に記載の真空蒸着方法。
【請求項5】
前記蒸発材料が成形体であり、該成形体蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、かつ該発熱面に対向するように保持させることを特徴とする請求項2に記載の真空蒸着方法。
【請求項6】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性が、該供給口を経て供給される前記粉粒状蒸発材料の存在、または前記成形体蒸発材料の存在によって維持されることを特徴とする請求項3または5に記載の真空蒸着方法。
【請求項7】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性が、前記蒸気の一部再付着による固相化によって維持されることを特徴とする請求項2、3または5の何れか1項に記載の真空蒸着方法。
【請求項8】
前記供給口への前記粉粒状蒸発材料の供給が、前記加熱容器内での蒸発材料の前記噴射に伴う減少に対応して行なわれることを特徴とする請求項3に記載の真空蒸着方法。
【請求項9】
昇華性の蒸発材料を蒸着する真空蒸着において、噴射用開口を配しかつ内面からの放射熱により該蒸発材料を蒸気化する領域を有する気体密封型加熱容器と、前記蒸発材料を該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持させる保持部とを備え、前記発生する蒸気を前記噴射用開口から容器外部の蒸着対象面に向けて噴射させるようにしたことを特徴とする真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項10】
前記加熱容器は、前記蒸発材料が該加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域部分に該蒸発材料の供給口を有しており、該供給口から供給される前記蒸発材料は、前記加熱容器からの伝導熱によっては蒸発しない領域に保持され、かつ前記放射熱による蒸発領域では、該供給され保持される蒸発材料を、加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、該発熱面に対向して保持させるようにしたことを特徴とする請求項9に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項11】
前記蒸発材料が粉粒状であり、該粉粒状蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、かつ該発熱面に対向して保持させるようにしたことを特徴とする請求項10に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項12】
前記蒸発材料が成形体であり、該成形体蒸発材料が前記加熱容器に設けた供給口から供給されると共に、前記放射熱による蒸発領域では、該供給される蒸発材料を加熱容器内の蒸発可能な温度を有する発熱面に接触しない状態で、かつ該発熱面に対向して保持させるようにしたことを特徴とする請求項10に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項13】
前記蒸発材料の供給口ないしは前記保持部が、前記加熱容器からの伝導熱によっては該蒸発材料を蒸発させない位置部分に配したことを特徴とする請求項9または10に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項14】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性が、該供給口を経て供給される前記粉粒状蒸発材料の存在、または前記成形体蒸発材料の存在によって維持されるようにしたことを特徴とする請求項10ないし12の何れか1項に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項15】
前記加熱容器に設けた供給口の気体密封性が、前記蒸気の一部再付着による固相化によって維持されるようにしたことを特徴とする請求項10ないし12の何れか1項に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。
【請求項16】
前記供給口への前記粉粒状蒸発材料の供給が、前記加熱容器内での蒸発材料の前記噴射に伴う減少に対応して行なわれるようにしたことを特徴とする請求項11に記載の真空蒸着用密封型蒸発源装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公表番号】特表2007−518874(P2007−518874A)
【公表日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−522818(P2006−522818)
【出願日】平成17年1月21日(2005.1.21)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001174
【国際公開番号】WO2005/071133
【国際公開日】平成17年8月4日(2005.8.4)
【出願人】(501235194)クラスターイオンビームテクノロジー株式会社 (1)
【出願人】(000201814)双葉電子工業株式会社 (201)
【Fターム(参考)】