説明

眼科用液剤組成物

【課題】 眼球上の涙液層の3層構造の形成を促進し、また、その維持を図ることの出来る眼科用液剤組成物を提供すること。
【解決手段】 多糖類化合物のアルコール性OH基におけるHの一部又は全部を、ステアリルオキシヒドロキシプロポキシ基等の置換基にて置換してなる多糖類の長鎖アルキル誘導体を用い、それを、所定の水性媒体中に溶解、含有せしめた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼科用液剤組成物に係り、特に、点眼により、眼球上の涙液層の状態を効果的に改善することの出来る液状の眼科用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、コンタクトレンズ装用者の多くは、コンタクトレンズの装用中において、多かれ少なかれ、眼の不快感を感じており、そのかなりの部分が、眼の乾燥に起因するものである。また、コンタクトレンズの装用による角膜反射の遮断若しくは阻害は、涙液分泌や瞬目の抑制を引き起こすこととなる。更に、近年、随分改善されたとは考えられるものの、RGPレンズ(ガス透過性ハードコンタクトレンズ)の使用は、角膜知覚の低下を引き起こす恐れを内在している。そして、これらのことにより、涙液分泌や瞬目の抑制が惹起され、前眼部の乾燥やコンタクトレンズの汚れを誘発し、これが、前記した不快感を惹起する原因ともなっているのである。なお、抗アレルギー薬等の点眼薬についても、その使用によって、同様な現象が惹起されている。
【0003】
ところで、眼球表面の涙液は、最下層としてのムコイド層と、中間の水層と、表面の油層(膜)とからなる3層構造を呈しており、装用されるコンタクトレンズは、かかる眼球表面の涙液中において、ムコイド層の上に乗り、水層の中に浮遊している状態が、好ましいとされている。しかしながら、涙液中の水分が一定量以上減少するようになると、コンタクトレンズは、最早、水層に浮いていることは出来ず、その濃縮された涙液は、眼脂となって、コンタクトレンズ上に汚れとして付着し、また、油層成分も、コンタクトレンズに付着することになる。即ち、涙液中の水分の減少によって、涙液は濃縮され、それが不快感をもたらす一因となっていることに加えて、コンタクトレンズ上における涙液の平滑性を喪失せしめ、良好な視力を得られ難くしているのである。
【0004】
ところで、そのような不快感を緩和するためには、濃縮された涙液を置換し、涙液の3層構造の形成を促進し、また、その維持を図ることにより、涙液の蒸散を緩和することが重要となる。そして、かかる涙液の蒸散を緩和するために、従来から、人工涙液が一般的に用いられてきており、現在でも存在する人工涙液としては、生理食塩水に近い組成のものから、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、コンドロイチン硫酸等の水溶性ポリマーを含有したもの等が、知られている。また、コンタクトレンズ用の点眼液として、水溶性の高分子化合物とアミノ酸を配合して、適当な粘度を付与したもの(特許文献1)や、ポリビニルピロリドンを含んだ点眼液をコンタクトレンズ装用中の眼に点眼することで、コンタクトレンズ周囲に存在する涙液層を安定化し、コンタクトレンズ装用者の眼部の乾燥感や不快感を低減させようとするもの(特許文献2)等も、提案されている。
【0005】
しかしながら、生理食塩水に近い組成の人工涙液を用いた場合にあっては、そのような人工涙液は、単に、涙液水分を補充するに過ぎないものであるために、その効果は数分も持続しないものであった。また、水分の長時間保持を目的とする、水溶性ポリマーを含んだ人工涙液にあっては、水溶性ポリマーが涙液水層中に分散することにより、水層中の水分を良好に保持する効果を有するものではあるが、そのような水分保持効果は、充分なものではなく、数分程度持続するに過ぎない。しかも、水層中でのポリマーの分散は一様であり、油層に対しての親和性が低いため、瞬目後の水層上における油層の広がりが遅く、水分の蒸散を効果的に防ぐことが出来ない問題を内在しているのである。そして、その結果、そのような人工涙液を点眼したとしても、長時間に亘って眼球表面に水分を保持することが出来るとは言い難いものであったのである。
【0006】
また、その他の例として、特許文献3においては、ゲル化油を用いて、眼球表面上で均一なフィルムを形成させることにより、涙液の存在時間を長くすることが提案されているが、そのようなゲル化油を適用した場合にあっては、点眼した場合に平滑な涙液層を形成しづらく、視力が不安定となる等の問題を内在しており、実用上において、使用し難いものであった。
【0007】
このように、従来から提案されている人工涙液にあっては、涙液の水層中の水分を補給して、保持することにより、眼の不快感を改善するようにした方式を採用しているのであるが、そのような方式では、未だ、不快感を改善するためには、不充分なものであったのである。
【0008】
【特許文献1】特開2001−187733号公報
【特許文献2】特開2001−247466号公報
【特許文献3】特開平7−2647号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、眼球上の涙液層の3層構造の形成を促進し、また、その維持を図ることの出来る眼科用液剤組成物を提供することにあり、また、他の課題とするところは、涙液層への水分補給を行なうと同時に、涙液層の油層を安定化させ、涙液の蒸散を効果的に緩和することの出来る液剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そして、本発明にあっては、かかる課題の解決のために、多糖類化合物のアルコール性OH基におけるHの一部又は全部を、−CH3 、−X、−(CH2 CH2 O)p X、−[CH(CH3 )CH2 O]p X、−[CH2 CH(CH3 )O]p X、−[CH(CH2 OX)CH2 O]p X、又は−[CH2 CH(CH2 OX)O]p X{ここで、Xは−H、−R、−CH(CH2 OR)CH2 OR、又は−CH2 CH(CH2 OR)OR[但し、Rは−H、−Cnm、−CH2 CH(OH)Cab 、−CH(CH2 OH)Cab、−CH2 CH(OH)CH2 O Ccd 、−CH(CH2 OH)CH2 O Ccd、又は−CO Cef (なお、6≦n≦28、2n−5≦m≦2n+1、4≦a≦26、2a−5≦b≦2a+1、6≦c≦28、2c−5≦d≦2c+1、5≦e≦27、2e−5≦f≦2e+1)である。]であり、p≧1である。}からなる置換基にて置換してなり、且つ該置換基のうちの少なくとも一つが、−Cnm基またはCab、Ccd若しくはCefを含む基である、多糖類の長鎖アルキル誘導体を用い、それを、所定の水性媒体中に溶解、含有せしめてなることを特徴とする眼科用液剤組成物を、その要旨とするものである。
【発明の効果】
【0011】
このように、本発明に従う眼科用液剤組成物は、特定の多糖類の長鎖アルキル誘導体を含有しているところに、大きな特徴を有しているのであって、そのような特定の多糖類の長鎖アルキル誘導体を用いることによって、油層−水層間の界面張力を低下させて、油層成分を乳化等により溶解することなく油層の展開を容易と為し、以て、眼球表面の全面に亘って、3層構造からなる涙液層を形成して、その回復を図ることが可能となったのであり、また、涙液層への水分補給を行なうと同時に、涙液層の油層内面に、多糖類の長鎖アルキル誘導体からなる単分子層被膜が形成されるのを促進して、油層を安定化させることにより、涙液の蒸散を効果的に緩和せしめ、以て、眼の乾燥感乃至は不快感の発生を効果的に抑制乃至は低減を図ることが可能となるのである。
【発明の態様】
【0012】
ところで、本発明は、以下に列挙する如き各種の態様において、好適に実現され得るものであるが、その他、以下の記載に基づき、当業者によって想到され得る種々なる態様においても、実現することが可能である。
【0013】
(1) 多糖類化合物のアルコール性OH基におけるHの一部又は全部を、−CH3 、−X、−(CH2 CH2 O)p X、−[CH(CH3 )CH2 O]p X、−[CH2 CH(CH3 )O]p X、−[CH(CH2 OX)CH2 O]p X、又は−[CH2 CH(CH2 OX)O]p X{ここで、Xは−H、−R、−CH(CH2 OR)CH2 OR、又は−CH2 CH(CH2 OR)OR[但し、Rは−H、−Cnm、−CH2 CH(OH)Cab 、−CH(CH2 OH)Cab、−CH2 CH(OH)CH2 O Ccd 、−CH(CH2 OH)CH2 O Ccd、又は−CO Cef (なお、6≦n≦28、2n−5≦m≦2n+1、4≦a≦26、2a−5≦b≦2a+1、6≦c≦28、2c−5≦d≦2c+1、5≦e≦27、2e−5≦f≦2e+1)である。]であり、p≧1である。}からなる置換基にて置換してなり、且つ該置換基のうちの少なくとも一つが、−Cnm基またはCab、Ccd若しくはCefを含む基である、多糖類の長鎖アルキル誘導体を用い、それを、所定の水性媒体中に溶解、含有せしめてなることを特徴とする眼科用液剤組成物。
【0014】
(2) 前記多糖類化合物が、グルコピラノース形の基本骨格を繰返し単位としている、直鎖若しくは分岐した多糖類化合物の誘導体である上記態様(1)に記載の眼科用液剤組成物。
【0015】
(3) 前記多糖類化合物が、セルロース、デンプン、デキストリン、デキストラン若しくはプルラン、又はそれらの誘導体である上記態様(1)又は(2)記載の眼科用液剤組成物。
【0016】
(4) 前記多糖類化合物が、30万以下の分子量を有している上記態様(1)乃至(3)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0017】
(5) 動粘度が、15mm2 /秒以下である上記態様(1)乃至(4)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0018】
(6) 前記多糖類の長鎖アルキル誘導体が、0.002〜3.0重量%の濃度において含有せしめられている上記態様(1)乃至(5)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0019】
(7) pHが、6.0〜8.0に調整されている上記態様(1)乃至(6)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0020】
(8) 界面活性剤、増粘剤、キレート化剤、緩衝剤、防腐剤、殺菌剤、無機塩類のうちの少なくとも一つが、更に含有せしめられている上記態様(1)乃至(7)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0021】
(9) Na+、K+、ホウ酸、EDTAのうちの少なくとも一つが、含有せしめられている上記態様(1)乃至(8)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0022】
(10) 浸透圧が、250〜350mOsm/kgに調整されている上記態様(1)乃至(9)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【0023】
(11) 上記態様(1)乃至(10)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物からなることを特徴とする点眼液。
【0024】
(12) 上記態様(1)乃至(10)の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物からなることを特徴とするコンタクトレンズ用装着液。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
ところで、この本発明に従う眼科用液剤組成物は、その必須の成分として、先に規定せるように、多糖類化合物のアルコール性OH基におけるHの一部又は全部を、−CH3 、−X、−(CH2 CH2 O)p X、−[CH(CH3 )CH2 O]p X、−[CH2 CH(CH3 )O]p X、−[CH(CH2 OX)CH2 O]p X、又は−[CH2 CH(CH2 OX)O]p X{ここで、Xは−H、−R、−CH(CH2 OR)CH2 OR、又は−CH2 CH(CH2 OR)ORなる置換基(Y)にて置換してなり、且つ該置換基のうちの少なくとも一つが、長鎖アルキル基またはそれを含む基である、多糖類の長鎖アルキル誘導体であるが、そこにおいて、多糖類化合物に導入される置換基(Y)としては、一種類の場合のみならず、複数種類の置換基(Y)とされていても、何等、差支えない。
【0026】
そして、そのような置換基(Y)において、それに対する更なる置換基の1つとして示される置換基(X)は、−H、−R、−CH(CH2 OR)CH2 OR、又は−CH2 CH(CH2 OR)ORである。この中で、−Rは、−H、−Cnm、−CH2 CH(OH)Cab、−CH(CH2 OH)Cab、−CH2 CH(OH)CH2 O Ccd、−CH(CH2 OH)CH2 O Ccd、−CO Cefで表される。また、長鎖アルキル基を示す−Cnm基においては、炭素数(n)は、6以上、好ましくは10以上とされ、この炭素数(n)が6未満であると、涙液油層の保持能力に劣り、本発明の目的を充分に達成し得なくなる。なお、かかる炭素数(n)の上限としては、実用的な観点から、一般に28以下、好ましくは22以下とされることとなる。更に、そのような長鎖アルキル基における水素数(m)は一般に、2n−5≦m≦2n+1程度とされることとなる。同様に長鎖アルキル基を示すCab、Ccd、及びCefにおいて、炭素数(a)は4〜26程度の整数、水素数(b)は2a−5≦b≦2a+1であり、また炭素数(c)は6〜28程度の整数、水素数(d)は2c−5≦d≦2c+1であり、更に炭素数(e)は5〜27程度の整数、水素数(f)は2e−5≦f≦2e+1である必要があり、この範囲外の値となると、本発明の目的を充分に達成し得なくなる。
【0027】
なお、上記の−Rで表される基において、長鎖アルキル基を示す−Cnmとしては、具体的には、オクチル基、デシル基、ラウリル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基、オレイル基、リノール基、又はベヘニル基を挙げることが出来、また−CH2 CH(OH)Cab、−CH(CH2 OH)Cabで示されるものとしては、具体的には、式中のCabの部分がオクチル基、デシル基、ラウリル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基、オレイル基、又はリノール基であるものを挙げることが出来、更に−CH2 CH(OH)CH2 O Ccd、−CH(CH2 OH)CH2 O Ccdで示されるものとして、具体的には、式中のCcdの部分がオクチル基、デシル基、ラウリル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基、オレイル基、又はリノール基であるものを挙げることが出来、加えて−CO Cefで示されるものとして、具体的には、カプリロイル基、カプリノイル基、ラウロイル基、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、オレオイル基、リノレオイル基、α‐リノレノイル基、γ‐リノレノイル基又はベヘノイル基であるものを挙げることが出来る。それらが、単独で、または組み合わされて、置換基(X)における−R、−CH(CH2 OR)CH2 OR、又は−CH2 CH(CH2 OR)ORのR基として、置換せしめられるのである。
【0028】
また、そのような置換基(Y)が導入される多糖類化合物としては、公知の各種のものの中から、適宜に選択されることとなるが、中でも、グルコピラノース形の基本骨格を繰返し単位としており、且つ直鎖若しくは分岐した多糖類化合物の誘導体であるものが、有利に用いられることとなる。
【0029】
具体的には、多糖類化合物としては、セルロース、デンプン、デキストリン、デキストラン、プルラン等を挙げることが出来、この中でも、セルロースやデンプン(それらの誘導体を含む)が、有利に用いられることとなる。また、そのような多糖類化合物は、一般に、分子量が30万以下のものが好適に用いられ、中でも、5万以下の分子量のものが有利に用いられることとなる。この多糖類化合物の分子量が、大きくなると、本発明に従う眼科用液剤組成物を得るべく、水性媒体に溶解せしめることが困難となる恐れがあり、また、得られる液剤組成物の粘度が、著しく上昇してしまい、点眼後に視力が不安定となる恐れを生ずる。
【0030】
そして、本発明に従う眼科用液剤組成物は、かくの如き多糖類の長鎖アルキル誘導体を、一般に、0.002〜3.0重量%の割合において含有しているのである。そのような多糖類の長鎖アルキル誘導体の含有量が0.002重量%よりも少なくなると、油層を保持させる効果が低くなるからであり、また、3.0重量%よりも多くなると、得られる液剤組成物の粘度が高くなり、油層の展開速度が遅くなるからであり、更に、点眼した際に不快感を生ずる恐れもあるからである。
【0031】
ところで、本発明に従う眼科用液剤組成物においては、上述の如き多糖類の長鎖アルキル誘導体に加えて、更に、界面活性剤、増粘剤、キレート化剤、緩衝剤、防腐剤、殺菌剤、無機塩類のうちの少なくとも一つが添加、含有せしめられ、それによって、それぞれの添加成分に応じた特徴が発揮せしめられることとなる。特に、それら添加成分の中でも、無機塩類としては、Na+、K+が、緩衝剤としてはホウ酸が、キレート化剤としてはEDTAが、それぞれ添加・含有せしめられていることが望ましく、そして、それら成分が含まれていることにより、点眼後に眼球表面における涙液バランスが良好となるのみならず、点眼時の刺激や不快感を解消することが出来る特徴があり、しかも、本発明に従う多糖類の長鎖アルキル誘導体との組み合わせによって、本発明に係る液剤組成物における多糖類の長鎖アルキル誘導体の作用・効果が、有利に発揮され得ることとなる。それ故に、本発明に従う液剤組成物においては、Na+、K+、ホウ酸、EDTAのうちの少なくとも一つを含むことが望ましいのである。
【0032】
なお、それら界面活性剤、増粘剤、キレート化剤、緩衝剤、防腐剤、殺菌剤及び無機塩類は、何れも公知のものの中から適宜に選択されて、添加・含有せしめられるものであるが、それら添加成分は、生体への安全性が高く、なお且つ眼科的に充分に許容され、また、コンタクトレンズの形状又は物性等に対する影響もないものであることが好ましく、また、そういった要件を満たす量的範囲内において用いられることが望ましい。
【0033】
また、本発明に従う眼科用液剤組成物は、上述の如き成分の他にも、更に必要に応じて一般的な点眼薬やコンタクトレンズ用液剤において用いられている各種の添加成分のうちの一種乃至は二種以上が、通常の範囲内において、添加せしめられていても、何等、差支えないのである。なお、そのような添加成分には、通常、点眼剤に用いられる保存剤、溶解補助剤、安定化剤、pH調整剤、等張化剤、有効成分等があり、それらは、生体への安全性が高く、なお且つ眼科的に充分に許容され、また、コンタクトレンズの形状又は物性等に対する影響もないものであることが好ましく、更に、そういった要件を満たす量的範囲内で用いられることが望ましいのであり、これによって、本発明の効果を、何等阻害することなく、その添加成分に応じた各種の機能を、眼科用液剤組成物に対して有利に付与することが出来るのである。
【0034】
なお上記で用いられる有効成分は、一般用医薬品の製造(輸入)承認基準によって定められている、種類および濃度で用いられるものであり、例えば、エピネフリン、塩酸エピネフリン、塩酸エフェドリン、塩酸テトラヒドロゾリン、塩酸ナファゾリン、硝酸ナファゾリン、塩酸フェニレフリン、dl−塩酸メチルエフェドリン等の充血除去成分;イプシロン−アミノカプロン酸、アラントイン、塩化ベルベリン、硫酸ベルベリン、アズレンスルホン酸ナトリウム、グリチルリチン酸二カリウム、硫酸亜鉛、乳酸亜鉛、塩化リゾチーム等の消炎・収斂成分;フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウム、シアノコバラミン、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール、塩酸ピリドキシン、パンテノール、パントテン酸カルシウム、パントテン酸ナトリウム、酢酸トコフェロール等のビタミン類;L−アスパラギン酸カリウム、L−アスパラギン酸マグネシウム、L−アスパラギン酸マグネシウム・カリウム(等量混和物)、アミノエチルスルホン酸、コンドロイチン硫酸ナトリウム等のアミノ酸類を挙げることが出来る。
【0035】
ところで、かかる本発明に従うところの眼科用液剤組成物は、上述の如き成分を、従来と同様に適当な水性媒体中にそれぞれ適量において添加・含有せしめることにより、調整されることとなるのであるが、それに際して用いられる水性媒体としては、水道水や精製水、蒸留水等の、水そのものの他にも、水を主体とする溶液であれば、生理食塩水乃至は塩化ナトリウム含有水溶液や、点眼薬、公知のコンタクトレンズ用液剤等を利用することも可能であることは、言うまでもないところである。
【0036】
そして、このようにして得られる本発明に従う眼科用液剤組成物は、その動粘度が、一般に、15mm2 /秒以下であることが望ましく、中でも、6mm2 /秒以下、更に好ましくは2mm2 /秒以下であることが望ましい。かかる粘度が15mm2 /秒よりも高くなると、油層の展開速度が遅くなり、また、点眼した際に、高い粘度によって、涙液が平滑になりづらいために、視力の不安定化を招き、不快感を生じる等の問題を惹起するようになる。
【0037】
また、本発明に従う眼科用液剤組成物にあっては、そのpH値や浸透圧が大きくなり過ぎても、逆に小さくなり過ぎても、点眼した際に、眼に対して刺激を与えたり、不快感を招来する恐れがあるところから、通常、そのような眼科用液剤組成物のpH値としては、適当なpH調整剤の添加によって、6.0〜8.0程度、より好ましくは7.0〜7.8程度に調整されていることが望ましく、また、浸透圧は、等張化剤を添加せしめることによって、250〜350mOsm/kg程度、より好ましくは280〜320mOsm/kg程度に調整されていることが、好ましいのである。なお、そのようなpHの調整のために用いられるpH調整剤としては、水酸化ナトリウムや塩酸等が利用される一方、浸透圧の調整に用いられる等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、糖アルコール及び多価アルコール、若しくはそのエーテルの中から選択されて、用いられることとなる。
【0038】
そして、このようにして得られた本発明に従う眼科用液剤組成物は、従来と同様に、点眼液として用いられ、また、コンタクトレンズの装着液としても、用いられ得るものである。具体的には、そのような眼科用液剤組成物を点眼液として用いて、コンタクトレンズの装用の有無に係わらず、その適量を点眼せしめて、眼球上の涙液層の形成・維持に寄与せしめる方法の他、コンタクトレンズ装用者に対しては、かかる眼科用液剤組成物にてコンタクトレンズを洗浄乃至はすすいだ後、そのコンタクトレンズを装用することにより、或いは他のコンタクトレンズ洗浄液にて洗浄したコンタクトレンズを、かかる眼科用液剤組成物中に一定時間保持せしめた後、そのコンタクトレンズを装用する等の方法が、適宜に採用されることとなる。そして、そのようにして、本発明に従う眼科用液剤組成物が用いられることにより、眼球上の涙液層の状態が効果的に改善され得るのであり、また同時に、コンタクトレンズの汚れを防止乃至は抑制することも可能となるのである。
【0039】
なお、本発明に従う眼科用液剤組成物の対象となるコンタクトレンズとしては、その種類が何等限定されるものではなく、例えば、低含水、高含水等の全てに分類されるソフトコンタクトレンズ及びハードコンタクトレンズが、その対象となり得るものであって、コンタクトレンズの材質等が、本発明の適用に際して、何等、問われることはない。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の幾つかの実施例を示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記の具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0041】
実施例 1
先ず、以下の表1に示される各配合成分を、それぞれ、表1に示される濃度となるように、100gの蒸留水に溶解して、試験溶液1〜6を調製した。なお、ここで用いたセルロースA及びBは、それぞれ、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)にステアリルオキシヒドロキシプロポキシ基が導入されてなる、化粧品表示名称がヒドロキシプロピルメチルセルロース・ステアロキシエーテルであるサンジェロース60L及び90L(何れも、大同化成工業株式会社製)である。また、比較のために、各種の市販の点眼液からなる比較溶液1〜6を準備した。なお、比較溶液1は生理食塩液であり、比較溶液2は市販の点眼液:アイリスCL1(大正製薬株式会社)であり、比較溶液3は市販の点眼液:Blink-n-Clean (米国;アドバンスト・メディカル・オプティックス社)であり、比較溶液4は市販の点眼液:CLERZ plus(米国;アルコン社)であり、比較溶液5は市販の点眼液:ロートCキューブ(ロート製薬株式会社)であり、比較溶液6は市販の点眼液:NewマイティアCL(千寿製薬株式会社)である。
【0042】
【表1】

【0043】
ところで、人間の眼にあっては、僅か7μL程度の涙液によって、眼球上の角膜が覆われ、その透明性及び光学性を維持していることが知られている。そして、その涙液は、僅か7μm程度の厚みに過ぎず、その表面を覆う油層がなければ、直ちに乾燥してしまうほどの量である。従って、乾燥による眼の不快感を改善するためには、単に水分の補給をしただけでは、不充分である。即ち、水分を補給してやると同時に、表層に薄く均一な油層を形成し、維持することが重要である。しかしながら、点眼液により、上記のような水分の補給及び均一な油膜の形成を実現しようとする際には、その界面活性により、その微量の油層成分を可溶化し、消費してはならないのである。
【0044】
そこで、かかる点に注目しつつ、前記調製された試験溶液1〜6及び準備された比較溶液1〜6について、それぞれ、以下の油脂展開試験及び溶解性試験を実施し、その結果を、下記表2に示した。
【0045】
−油脂展開試験−
各サンプル液(試験溶液1〜6及び比較溶液1〜6)の2mLを細胞培養ディッシュに収容せしめた後、マイクロシリンジを用いて、ディッシュ上方から、色素であるスダンIを1%の濃度で含む油脂成分(ニッコール社製Trifat S-308;トリ2−エチルヘキサン酸グリセリル)を10μL滴下し、サンプル液上における油脂成分の広がりを観察した。そして、かかる油脂成分の広がりが安定した後、各サンプル液上における油脂成分の広がり(平均円の直径:mm)を計測した。
【0046】
−溶解性試験−
各サンプル液(試験溶液1〜6及び比較溶液1〜6)の2mLをバイアル瓶(SV−10)に収容し、次いで、1%濃度で色素:スダンIを含む油脂成分(Trifat S-308 ) 溶液の10μLをマイクロシリンジにて滴下した。その後、恒温振盪器の浴槽内に各バイアル瓶を固定し、37.0℃の温度で4時間振盪を行なった。そして、そのような振盪操作の施されたバイアル瓶を振盪器から取り出し、1時間室温に静置させた後、サンプル液の下層を取り出して、ディスポーザブルフィルター(50μm;ミリポア社)にて濾過し、次いで、測定波長:485nmで吸光度測定を実施した。
【0047】
【表2】

【0048】
かかる表2の結果から明らかなように、試験溶液1〜6は、何れも、油脂展開試験において、良好な油脂成分の広がりを示し、また、試験用液1及び4は、溶解試験において、油脂成分の溶解は殆どなかった。一方、比較溶液に関しては、比較溶液4〜6では、良好な油脂成分の広がりを示したものの、溶解性試験の結果、多量の油脂成分がサンプル液中に溶解され得ることを認めた。また、比較溶液1は、油脂成分の溶解はなかったものの、油脂成分がサンプル液上において全く展開しないものであった。これらの結果からして、比較溶液とは異なり、試験溶液1〜6は、何れも、油層成分が可溶化されることなく、良好な油層の広がりを示し、油層の広がりと油層の安定性の両方を実現することが出来ることを認めた。
【0049】
なお、通常の市販点眼液(比較溶液4〜6)においては、瞬目により、涙液表面で油層が広がったとしても、かかる点眼液に含まれる成分により、油層成分が短時間で涙液中へ吸収されてしまうことが認められ、このため、涙液の蒸散が促進され、眼の不快感を助長するようになるのである。これに対して、試験溶液1〜6は、何れも、涙液表面において良好な油層の展開を実現すると同時に、油層を涙液表面において安定的に保持することが出来るものと認められ、以て、涙液の蒸散を効果的に緩和することが出来るのである。
【0050】
実施例 2
下記表3に示される配合組成に従って、各配合成分を、それぞれ、100gの蒸留水に溶解して、試験溶液7〜14を調整すると共に、セルロースAやBを全く加えない比較溶液7及び8を調整して、それぞれ、実施例1と同様にして、油脂展開試験を実施し、その結果を下記表4に示した。なお、油脂展開試験の結果は、油脂成分の滴下1分後、5分後及び安定化後において、それぞれ油脂成分の広がりを計測したものである。
【0051】
【表3】

【0052】
【表4】

【0053】
これらの表の結果から明らかな如く、試験溶液7〜14においては、何れも、油脂成分が充分に展開され得ることが認められる一方、比較溶液7、8においては、セルロースA又はBを含有していないために、油脂成分の広がりは充分ではなかった。また、別途、セルロース2%溶液を調整して、それについても、同様な油脂展開試験を実施したところ、粘度が高くなり過ぎたために、油脂成分が充分に広がらないことを認めた。また、上記の結果よりして、本実施例で用いられるセルロースA、Bの如きセルロース誘導体においては、0.005wt%以上で用いることが望ましいものと考えられ、特に0.005〜0.1重量%の濃度において、油脂成分は速やかに広がるものと考えられる。
【0054】
実施例 3
0.001〜0.2%のセルロース誘導体(セルロースA又はセルロースB)を含むクエン酸緩衝溶液からなる組成物を調製し、これをセルラーゼにより処理することによって、かかるセルロース誘導体を低分子量化した。次いで、そのセルラーゼ処理した組成物及び未処理の組成物を用いて、各組成物の粘度を測定する一方、それぞれの組成物について、油脂展開試験を実施し、それらの結果を、図1及び図2に示した。なお、図1は、セルロース誘導体濃度と粘度との関係を示すグラフであり、図2は、セルロース誘導体濃度と油脂展開試験の結果(広がり)との関係を示すグラフである。
【0055】
それら図1及び図2の結果から明らかな如く、組成物中のセルロース誘導体濃度が上昇するほど、動粘度は劇的に増加するようになる。このような場合、油脂の展開が安定した時点では充分な展開面積を示し、ほとんど粘度の影響を受けないが、展開時間はその粘度の上昇により急激に長くなる。一方、低分子量化したセルロース誘導体は、濃度を高くしてもその溶液の粘度はあまり高くならない。さらに、低分子量化しても油脂の展開能力には影響を与えず充分な展開面積を示す。しかし、低分子量化したことにより粘度は飛躍的に低くなっており、このことにより油脂の展開速度は劇的に速くなり、低分子量化したセルロース誘導体は、その濃度を高くしその有効性を高めた場合でも、実用的に好ましい展開面積、展開速度を示すことがわかった。
【0056】
以上の結果よりして、本発明に従う液剤組成物にあっては、セルラーゼ処理を施すことにより、主鎖を切断した、換言すれば分子量を小さくした、セルロース誘導体を用いた場合において、優れた油層の広がりを達成することが出来ることが認められるのである。更に、分子量を小さくすることにより、液剤組成物の増粘効果を低くすることが出来るために、本発明に従う長鎖アルキル誘導体をその粘度を高くしすぎることなく、液剤組成物中に多く含有せしめることが可能となるのであり、以て、高度に安定した油層の広がりを実現することが可能となるのである。また、セルロース誘導体の濃度が高い液剤組成物においても、そのような長鎖アルキル誘導体をある程度以上の濃度において含ませることにより、好適な油層の広がりを達成することが出来、更に、好適な油層の広がりを保ちながら、液剤組成物の粘度を所望の粘度に調整することが出来るのである。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施例3において求められたセルロース濃度と液剤組成物の動粘度との関係を示すグラフである。
【図2】実施例3において得られたセルロース濃度と油脂展開試験の結果との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖類化合物のアルコール性OH基におけるHの一部又は全部を、−CH3 、−X、−(CH2 CH2 O)p X、−[CH(CH3 )CH2 O]p X、−[CH2 CH(CH3 )O]p X、−[CH(CH2 OX)CH2 O]p X、又は−[CH2 CH(CH2 OX)O]p X{ここで、Xは−H、−R、−CH(CH2 OR)CH2 OR、又は−CH2 CH(CH2 OR)OR[但し、Rは−H、−Cnm、−CH2 CH(OH)Cab 、−CH(CH2 OH)Cab、−CH2 CH(OH)CH2 O Ccd 、−CH(CH2 OH)CH2 O Ccd、又は−CO Cef (なお、6≦n≦28、2n−5≦m≦2n+1、4≦a≦26、2a−5≦b≦2a+1、6≦c≦28、2c−5≦d≦2c+1、5≦e≦27、2e−5≦f≦2e+1)である。]であり、p≧1である。}からなる置換基にて置換してなり、且つ該置換基のうちの少なくとも一つが、−Cnm基またはCab、Ccd若しくはCefを含む基である、多糖類の長鎖アルキル誘導体を用い、それを、所定の水性媒体中に溶解、含有せしめてなることを特徴とする眼科用液剤組成物。
【請求項2】
前記多糖類化合物が、グルコピラノース形の基本骨格を繰返し単位としている、直鎖若しくは分岐した多糖類化合物の誘導体である請求項1に記載の眼科用液剤組成物。
【請求項3】
前記多糖類化合物が、セルロース、デンプン、デキストリン、デキストラン若しくはプルラン、又はそれらの誘導体である請求項1又は請求項2に記載の眼科用液剤組成物。
【請求項4】
前記多糖類化合物が、30万以下の分子量を有している請求項1乃至請求項3の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項5】
動粘度が、15mm2 /秒以下である請求項1乃至請求項4の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項6】
前記多糖類の長鎖アルキル誘導体が、0.002〜3.0重量%の濃度において含有せしめられている請求項1乃至請求項5の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項7】
pHが、6.0〜8.0に調整されている請求項1乃至請求項6の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項8】
界面活性剤、増粘剤、キレート化剤、緩衝剤、防腐剤、殺菌剤、無機塩類のうちの少なくとも一つが、更に含有せしめられている請求項1乃至請求項7の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項9】
Na+、K+、ホウ酸、EDTAのうちの少なくとも一つが、含有せしめられている請求項1乃至請求項8の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項10】
浸透圧が、250〜350mOsm/kgに調整されている請求項1乃至請求項9の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物。
【請求項11】
請求項1乃至請求項10の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物からなることを特徴とする点眼液。
【請求項12】
請求項1乃至請求項10の何れか一つに記載の眼科用液剤組成物からなることを特徴とするコンタクトレンズ用装着液。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−77053(P2007−77053A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−265611(P2005−265611)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【Fターム(参考)】