説明

研摩スラリー及びその研摩方法

【課題】本発明は、研摩処理が困難な炭化珪素を、高効率かつ高い面精度で研摩処理することができる研摩技術を提供する。
【解決手段】本発明は、基材を研摩するための研摩スラリーにおいて、研摩粒子は酸化マンガンを主成分とし、研摩粒子の含有量が、研摩スラリーに対して10重量%未満であることを特徴とする。本発明の研摩スラリーは、pHがpH7以上であることが好ましく、その研摩粒子としては二酸化マンガンを用いることが特に好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化マンガンを主成分とする研摩スラリーとその研摩方法に関し、特に炭化珪素を研摩する際に好適な研摩スラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、研摩処理は、様々な電子・電気製品などの構成材料の表面加工を行う手法として多用されている。この研摩処理では、水性液中に分散させた研摩粒子により、すなわち研摩スラリーによって研摩対象となる基材などの表面を研摩することが行われる。この研摩処理時の研摩量は、研摩粒子の濃度に依存することが知られている。
【0003】
研摩処理において、研摩粒子が多いと、研摩粒子と研摩対象の表面との接触頻度が高くなるので、研摩粒子が研摩対象表面から被研摩物を剥ぎ取る量が増えることになり、研摩速度は高くなる。この研摩粒子の濃度を制御する研摩処理については、酸化珪素(SiO)や酸化アルミニウム(Al)などの研摩粒子を用いた研摩スラリーに用いられている。これらの研摩スラリーにおいては研摩粒子の濃度、すなわち、研摩スラリー濃度を10wt%〜20wt%として研摩処理することが技術常識として知られている。また、例えば、酸化マンガンを研摩粒子として用いる研摩処理においても、研摩スラリー濃度を10wt%〜20wt%にすることが提案されている(特許文献1、特許文献2参照)
【0004】
ところで、近年、パワーエレクトロニクス半導体や白色LEDの基板材料として炭化珪素(SiC)が注目されているが、この炭化珪素は、硬度が非常に高く、難削材料として知られている。そこで、優れた研摩特性を有する酸化珪素の研摩粒子を用いて、炭化珪素の研摩処理が行われているが、研摩処理した表面の面精度は高いものの、研摩速度が小さく、効率的な研摩処理が困難といわれている。そのため、炭化珪素のような難削材料でも、素早く研摩でき、所望の面精度を実現できる研摩処理技術が強く求められている現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−22888号公報
【特許文献2】特開平10−60415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような事情の背景になされたもので、酸化マンガンを研摩粒子として用いた研摩スラリーにより研摩処理を行う際に、その研摩速度を高くすることができる研摩処理技術を提供するものであり、特に、炭化珪素(SiC)のような高硬度で、難削材料である研摩対象を高い研摩速度で、良好な面精度を実現できる研摩処理技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、酸化マンガンを研摩粒子として用い水性液に分散させた研摩スラリーについて鋭意研究したところ、研摩粒子の濃度が低い場合であっても、研摩粒子の化学的な特性により、研摩速度を高くすることができることを見出し、本発明を想到するに至った。
【0008】
本発明は、基材を研摩するための研摩スラリーにおいて、研摩粒子は酸化マンガンを主成分とし、研摩粒子の含有量が、研摩スラリーに対して10重量%未満であることを特徴とする研摩スラリーに関する。本発明の研摩スラリーは、研摩粒子の含有量が10重量%(wt%)未満と、研摩スラリーとしては薄い濃度ではあるものの、酸化マンガンを研摩粒子とした場合には、その研摩速度は大きく、研摩面を平滑に研摩処理できる。本発明であれば、従来から用いられている酸化珪素(SiO)による研摩スラリーよりも小さい研摩粒子濃度であっても、高い研摩速度で、良好な面精度の研摩面を実現することができる。そして、本発明の研摩スラリーであれば、炭化珪素(SiC)のような高硬度で、難削材料である研摩対象を高い研摩速度で、良好な面精度で研摩処理することができる。本発明において、研摩粒子が酸化マンガンを主成分とするとは、研摩粒子が酸化マンガンを90重量%以上は含有していることである。
【0009】
本発明の研摩スラリーにおいて、研摩粒子の含有量が10重量%を超えると、研摩速度は高くなるものの、研摩面の面精度が低下する傾向となる。含有量の下限としては、0.1重量%以上であり、0.1重量%未満では、研摩速度が低く、実用的な研摩が困難となるためである。この研摩粒子の含有量は、0.5重量%〜5重量%がより好ましい。また、本発明の研摩スラリーにおける水性液とは、水、又は水と水に対する溶解度がある少なくとも1種以上の有機溶媒とを溶解度の範囲内で混合したものをいい、水を少なくとも1%含むのをいう。そして、有機溶媒としては、アルコールやケトン等が挙げられる。
【0010】
本発明に使用可能なアルコールとしては、メタノール(メチルアルコール)、エタノール(エチルアルコール)、1−プロパノール(n−プロピルアルコール)、2−プロパノール(iso−プロピルアルコール、IPA)、2−メチル−1−プロパノール(iso−ブチルアルコール)、2−メチル−2−プロパノール(tert−ブチルアルコール)、1−ブタノール(n−ブチルアルコール)、2−ブタノール(sec−ブチルアルコール)等が挙げられる。また、多価アルコールとしては、1,2−エタンジオール(エチレングリコール)、1,2−プロパンジオール(プロピレングリコール)、1,3−プロパンジオール(トリメチレングリコール)、1,2,3−プロパントリオール(グリセリン)が挙げられる。
【0011】
また、本発明に使用可能なケトンとしては、プロパノン(アセトン)、2−ブタノン(メチルエチルケトン、MEK)等が挙げられる。その他、テトラヒドロフラン(THF)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,4−ジオキサン等も使用できる。
【0012】
本発明の研摩スラリーは、研摩スラリーのpHがpH7以上であることが好ましい。pH7以上であると、良好な表面精度を維持しつつ、高い研摩速度が実現できる。具体的には、pH7以上にすると、研摩対象を炭化珪素とした場合、その研摩面を表面粗さRaで0.2nm以下で、研摩速度を100nm/hr以上の研摩処理を実現することができる。pHの上限はpH13であり、pH13を超えると、研摩粒子の化学的な特性変化、すなわち、酸化マンガンが炭化珪素をエッチングする作用が発生し始め、研摩面の表面を荒らす傾向が大きくなる。好ましくは、pH7〜pH12である。pHを調整する場合、その薬液には特に制限はないが、研摩対象への悪影響を抑制するために、カリウム塩やアンモニウム塩を用いることが好ましく、特にカリウム塩が好ましい。
【0013】
本発明の研摩スラリーにおいて、酸化マンガンとしては二酸化マンガンを用いることが好ましい。研摩粒子として二酸化マンガンを用いると、炭化珪素のような研摩対象であっても、良好な表面精度を維持しつつ、高い研摩速度が実現できる。尚、研摩粒子として二酸化マンガンを水に分散させた場合、そのpHはpH5〜6となるので、pH7以上に調整する際は、アルカリ性薬液を添加することが好ましい。
【0014】
研摩粒子としての酸化マンガンは、その粒子径形状は特に制限されないが、平滑な面精度を実現するためには、レーザ回折・散乱法粒子径分布測定の体積基準の積算分率における50%径D50が1μm以下であることが好ましく、0.5μm以下がより好ましい。
【0015】
本発明において、その研摩対象には特に制限はないが、高硬度で、難削材料とされているものを研摩対象とすることが好適である、例えば、酸化アルミニウム(Al)、窒化ガリウム(GaN)、炭化珪素(SiC)などが挙げられる。特に、炭化珪素(SiC)を研摩対象とすることが好適である。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明の研摩スラリーによれば、炭化珪素(SiC)のような高硬度で、難削材料である研摩対象を高い研摩速度で、良好な面精度に研摩処理することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】スラリー濃度と研摩粒子量に対する研摩速度との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態について、実施例及び比較例を参照して説明する。
【0019】
実施例1〜実施例4:実施例1〜実施例4は、平均粒径D500.5μmのMnOを研摩粒子として用い、水性液としての水に分散させることにより、表1に示す各スラリー濃度の研摩スラリーを作製した。この実施例1〜4の研摩スラリーのpHは、pH7.8であった。尚、MnOの平均粒径D50は、レーザ回折・散乱法粒子径分布測定装置(堀場製作所製 LA920)により測定した。
【0020】
そして、各研摩スラリーにより炭化珪素単結晶板を研摩することにより、その研摩特性を調べた。研摩対象の炭化珪素単結晶板は、直径2インチ、厚さ330μmのSiC単結晶(6H構造)であり、研摩面はon axis(結晶軸に垂直に切断されたウェハー面)とした。研摩処理前に、基板の被研摩表面を、AFM(原子間力顕微鏡:Veeco社製 NanoscopeIIIa)により、10μm×10μmの範囲の平均表面粗さを測定したところ、Ra2.46nmであった。
【0021】
研摩処理条件は、実施例1〜実施例4の各研摩スラリーを用い、研摩荷重250g/cmとし、研摩パッド(SUBA400、ニッタ・ハース(株)製)に載置した炭化珪素単結晶基板を、3時間の研摩処理をした。研摩処理後、研摩面を水洗し、付着したスラリーを除去し乾燥した。その乾燥した研摩表面の任意の五個所について、AFMにより表面粗さを測定した。その平均表面粗さ測定(10μm×10μmの範囲)結果を表1に示す。また、研摩前と研摩後の炭化珪素単結晶基板の重量を測定して、その重量差を研摩量として、基板の表面積と比重からその研摩速度を算出した。各研摩速度を表1に示す。
【0022】
比較として、スラリー濃度が10wt%以上の研摩スラリー(比較例1〜比較例3)と、従来から用いられている市販のコロイダルシリカ(株式会社フジミインコーポレーテッド社製、Compol80(酸化珪素(SiO)研摩材))を用いた研摩スラリー(比較例4〜比較例10)とを作製した。このコロイダルシリカは、平均粒径D50が0.10μmであった。比較例4〜比較例10は、コロイダルシリカを水性液としての水に分散させることにより、表1に示す各スラリー濃度の研摩スラリーを作製した。そして、上記実施例1〜4と同様な条件でその研摩特性を調べた。尚、比較例1〜3の研摩スラリーのpHはpH8.2で、比較例4〜10の研摩スラリーのpHは8.7〜9.1であった。
【0023】
【表1】

【0024】
表1に示すように、実施例1〜4では、研摩粒子の濃度が10wt%未満であっても、研摩面の面精度が0.2nm以下に研摩することができ、その研摩速度はSiOと比較しても非常に高い値であることが判明した。また、SiOの場合は、スラリー濃度が10wt%未満になると、急激に研摩速度が低下するのに対して、MnOの場合では10wt%未満となっても高い研摩速度を実現できることが判った。
【0025】
図1には、研摩スラリー濃度と研摩粒子量に対する研摩速度の関係を表したグラフを示す。研摩粒子量は各研摩スラリー100g中に含まれる研摩粒子の総重量として、表1に示す研摩速度値をこの研摩粒子の総重量で割った値を研摩粒子量に対する研摩速度(nm/hr・g)とした。図1から判るように、SiOの場合は、スラリー濃度に対する、研摩粒子量に対する研摩速度があまり変化しなものの、MnOの場合ではスラリー濃度が小さくなると、研摩粒子量に対する研摩速度が大きくなることが判明した。具体的には。スラリー濃度1wt%では、SiOの場合に比べ、MnOの方が5倍もの研摩速度であった。
【0026】
次に、研摩スラリーのpHについて調べた結果について説明する。表2には、スラリー濃度1wt%、5wt%の研摩スラリーのpHを調整し、その研摩特性を調査した結果を示す。表2に実施例5〜実施例8、比較例11、12がMnOの場合であり、比較例13〜16がSiOの場合である。研摩粒子としてのMnO及びSiOは、上記実施例1及び比較例4と同じ条件のものであり、その研摩特性評価も同様にして行った。また、pH調整は、硫酸または水酸化カリウムを用いて行った。
【0027】
【表2】

【0028】
表2の結果から分かるように、MnOの場合はpHをpH7以上にすると、研摩速度が非常に大きくなることが判明した。例えば、MnOを5wt%含有し、pH12.3の研摩スラリーは、20wt%濃度のSiOの研摩スラリー(表1比較例9参照)の研摩速度と同等であった。そして、比較例9での表面粗さRaは、0.41nmとかなり粗いものであったが、実施例8では、0.2nmと非常に良好な面精度が実現されていた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば、炭化珪素のような難削材料を、高効率かつ高速に、高い面精度で研摩処理することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材を研摩するための研摩スラリーにおいて、
研摩粒子は酸化マンガンを主成分とし、研摩粒子の含有量が、研摩スラリーに対して10重量%未満であることを特徴とする研摩スラリー。
【請求項2】
研摩スラリーのpHがpH7以上である請求項1に記載の研摩スラリー。
【請求項3】
酸化マンガンは、二酸化マンガンである請求項1または請求項2記載の研摩スラリー。
【請求項4】
基材が炭化珪素である請求項1〜請求項3いずれかに記載の研摩スラリー。
【請求項5】
研摩粒子が酸化マンガン粒子を主成分とし、研摩粒子の含有量が、研摩スラリーに対して10重量%未満である研摩スラリーを用いて基材を研摩することを特徴とする基材の研摩方法。
【請求項6】
研摩スラリーのpHをpH7以上に維持して研摩する請求項5に記載の基材の研摩方法。
【請求項7】
基材が炭化珪素である請求項5または請求項6に記載の基材の研摩方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−218494(P2011−218494A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−90837(P2010−90837)
【出願日】平成22年4月9日(2010.4.9)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】