説明

研摩スラリー及びその研摩方法

【課題】本発明は、サファイア単結晶基板などのAlを含有する、高硬度の基材を、高速で研摩処理することが可能となり、高い面精度を有した研摩面を実現できる研摩処理技術を提供する。
【解決手段】本発明は、アルミニウムを含有する基材を研摩する研摩スラリーにおいて、砥粒と、20℃での水に対する溶解度が0.1g/100g−HO以上である無機ホウ素化合物と、水を含有することを特徴とする研摩スラリーに関する。本発明における無機ホウ素化合物の含有量は、研摩スラリーに対して、ホウ素原子に換算して0.1質量%〜20質量%であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機ホウ素化合物を含有する研摩スラリーに関するもので、特にAlを含有する基材の研摩処理に好適な研摩スラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
サファイア単結晶基板などのアルミニウム(以下、Alとする場合がある)を含有する基材は、その基材の硬度が非常に高いことから、研摩を行っても、高い研摩速度が得られないことが知られている(例えば、特許文献1)。そのため、Alを含有する高硬度の基材を研摩する場合、ダイヤモンドなどの被研摩物よりも高硬度を有する砥粒を用いて研摩する場合がある(例えば、特許文献2)が、研摩面表面に多数のキズを発生させることがあり、研摩面の表面粗さが低下する傾向がある。
【0003】
一方、精度の高い研摩面を実現する方法として、特定の元素を含む化合物からなる研摩スラリーにより化学的機械研摩を行う研摩方法が知られている(例えば、特許文献3)。この特許文献3では、ホウ素原子を化学構造中に有する化合物を用いて、シリコンを含有する基材表面を研摩することが提唱されている。
【0004】
ところで、近年、サファイア単結晶基板などのAlを含有する基材について、高い研摩速度で、高精度の研摩面を実現できる研摩処理を強く求められているが、本発明者らの知る限りにおいて、そのニーズに合致する研摩技術が無いのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−297818号公報
【特許文献2】特開2009−263534号公報
【特許文献3】特開2010−67681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような事情の背景になされたもので、サファイア単結晶基板などのAlを含有する、高硬度の基材を、高速で研摩処理し、高い面精度を有した研摩面を実現できる、研摩技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ホウ素化合物を含有する研摩スラリーについて鋭意検討したところ、ホウ素化合物が無機ホウ素化合物である場合に、ホウ素原子がAlに化学的作用を生じて原子レベルでAlを除去できる現象を見出し、Alを含有する基材を、高い研摩速度で、研摩面も精度良く研摩処理できることを突き止め、本発明を想到するに至った。
【0008】
本発明は、アルミニウムを含有する基材を研摩する研摩スラリーにおいて、砥粒と、20℃での水に対する溶解度が0.1g/100g−HO以上である無機ホウ素化合物と、水を含有する研摩スラリーに関する。本発明の研摩スラリーによれば、Alを含有する基材を高い研摩速度で、非常に平滑な研摩面に研摩処理することができ、特に酸化アルミニウムを含む基板やサファイア単結晶基板の研摩処理に非常に好適なものである。
【0009】
本発明の研摩スラリーが、アルミニウムを含有する基材を、高い研摩速度で、研摩面も精度良く研摩処理できる理由は、例えば、酸化ホウ素またはホウ酸を用いてサファイア(Al)基板を研摩したときに次のような化学反応を生じるためであると考えられる。
2Al+B → Al
2Al+2HBO → Al+3H
このような化学反応が生じることで、サファイア(Al)基板表面から原子レベルでアルミニウムを除去するものとなっていることが考えられる。このような化学反応は無機ホウ素化合物では生じるが、有機ホウ素化合物では生じないため、本発明におけるホウ素化合物は無機ホウ素化合物である必要がある。
【0010】
本発明に係る研摩スラリーの無機ホウ素化合物は、20℃での水に対する溶解度が0.1g/100g−HO以上であり、溶解度が0.1g/100g−HO未満であると、水に溶解しなかった無機ホウ素化合物により研摩傷が発生する傾向となる。このような無機ホウ素化合物としては、酸化ホウ素(B)やホウ酸(HBO)、或いは、四ホウ酸ナトリウムや過ホウ酸ナトリウム(ベルオクソホウ酸ナトリウム)などが好ましい。また、この無機ホウ素化合物の溶解度は、0.5g/100g−HO以上が好ましく、1.0g/100g−HO以上がより好ましい。
【0011】
本発明に係る研摩スラリーにおける砥粒としては、酸化ジルコニウム、酸化マンガン、酸化セリウム、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化ケイ素などの種々のものを使用可能であるが、酸化セリウム、酸化チタン、酸化亜鉛が好ましく、特に酸化セリウムが好ましい。砥粒の粒径としては、平均粒径D50で、0.02〜3.0μmが好ましく、0.05〜2.5μmがより好ましい。0.02μm未満であると、研摩速度が低くなる傾向となり、3.0μmを越えると、研摩面の精度(Ra)が悪くなる傾向となる。
【0012】
本発明において、無機ホウ素化合物の含有量は、研摩スラリーに対して、ホウ素原子に換算して0.1質量%〜20質量%であることが好ましい。含有量が0.1質量%未満であると、ホウ素原子の化学作用が低下しすぎ、良好な研摩処理が行えなくなり、20質量%を越えると、砥粒が研摩面に滞留し易くなり、研摩面の表面粗さが大きくなる傾向となる。この無機ホウ素化合物の含有量は、0.5質量%〜10質量%がより好ましく、0.7質量%〜5質量%がさらに好ましい。
【0013】
本発明では、アルミニウムを含有する基材を、砥粒と、20℃での水に対する溶解度が0.1g/100g−HO以上である無機ホウ素化合物と、水を含有する研摩スラリーにより研摩処理することが好適である。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明に係る研摩スラリーによれば、サファイア単結晶基板などのAlを含有する、高硬度の基材を、高速で研摩処理することが可能となり、高い面精度を有した研摩面を実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳説する。
【0016】
第一実施形態:この第一実施形態では、砥粒として酸化セリウムを用い、無機ホウ素化合物として酸化ホウ素(B)を用いた場合について説明する。
【0017】
砥粒として酸化セリウムを10質量%含有する市販の酸化セリウムスラリー(三井金属鉱業(株)製:ミレークH510C、平均粒径D500.11μm、CeO/TREO99質量%以上)を用い、この酸化セリウムスラリーと酸化ホウ素とを水に分散させて研摩スラリー(酸化セリウム濃度5質量%)を作製した。表1に示す各酸化ホウ素含有量に調整した研摩スラリーを準備し、サファイア基板を研摩処理する研摩試験を行った。
【0018】
研摩試験は、研摩試験機(HSP−2I型、台東精機(株)製)を用い、各研摩スラリーを研摩対象面に供給しながら、研摩パッドで研摩を行った。そして、本研摩試験では、研摩スラリーを5L/minの割合で供給して行った。研摩対象物であるサファイア基板は直径2インチ、厚さ0.25mm(研摩処理前の表面粗さRa2nm(20Å))のものを使用した。また、研摩パッドはポリウレタン製のものを使用した。研摩面に対する研摩パッドの圧力は570g/cm2とし、研摩試験機の回転速度は60min−1(rpm)に設定し、180分間の研摩をした。
【0019】
研摩速度:研摩速度は、研摩前後のサファイア基板の重量を測定して研摩による減少量を求め、減少量を厚みに換算して算出した。
【0020】
表面粗さRa:表面粗さRaは、基板の表面(測定範囲10μm×10μm)を、AFM(原子間力顕微鏡:Veeco社製 NanoscopeIIIa)により、測定した。
【0021】
比較として、本発明の無機ホウ素化合物の含有量範囲からはずれた研摩スラリー(表1、比較例1〜3)と、従来よりサファイア基板の研摩処理に使用されていたコロイダルシリカ(酸化ケイ素/SiO、表2の比較例4)の研摩スラリーを用いてサファイア基板を研摩処理した。比較例4のコロイダルシリカの研摩スラリーは、(平均粒径D50 0.08μm、コロイダルシリカ濃度5質量%)のものを使用した。
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
表1に示すように、比較例1の酸化ホウ素を加えていない研摩スラリーでは研摩処理がほとんど進行せず、本発明の無機ホウ素化合物の含有量範囲からはずれた比較例2、3では、表面粗さRaが0.1nmを越える研摩面となっていた。これに対して、実施例1〜9の研摩スラリーでは、比較例4のコロイダルシリカでの研摩処理よりも平滑な研摩面が得られた。また、研摩速度も大きいことが確認された。
【0024】
第二実施形態:この第二実施形態では、無機ホウ素化合物としてホウ酸、四ホウ素ナトリウム、過ホウ酸ナトリウム(ベルオクソホウ酸ナトリウム)を用いた場合について説明する。研摩スラリーの作製条件は、上記第一実施形態の実施例1〜9と同様であり、無機ホウ素化合物の含有量は、実施例5と同量(ホウ素換算)となるように調整した。また、研摩試験条件についても、上記第一実施形態と同様とした。表3に研摩速度、研摩面の表面粗さの結果を示す。この表3には、比較のために、上記第一実施形態の実施例5、比較例1の結果を示している。
【0025】
【表3】

【0026】
表3に示すように、無機ホウ素化合物として、ホウ酸、四ホウ素ナトリウム、過ホウ酸ナトリウムを用いた結果、酸化ホウ素と同等以上の研摩処理が可能であることが判った。これにより、本発明における無機ホウ素化合物は、酸化ホウ素に限定されず、種々の無機ホウ素化合物を用いることができることが判明した。
【0027】
第三実施形態:この第三実施形態では、砥粒として酸化ケイ素(SiO、コロイダルシリカ)、酸化チタン(TiO)、酸化亜鉛(ZnO)を用い、無機ホウ素化合物として酸化ホウ素を用いた場合について説明する。
【0028】
砥粒として用いた酸化チタンは、(平均粒径D50 1.2μm、関東化学(株)製)を用い、酸化亜鉛は(平均粒径D50 0.3μm、関東化学(株)製)を用いた。また、酸化ケイ素については、比較例4と同一のものを使用した。研摩スラリーの作製条件は、上記第一実施形態と同様であり、無機ホウ素化合物の含有量は、実施例5と同量(ホウ素換算)となるように調整した。また、研摩試験条件についても、上記第一実施形態と同様とした。比較のために、無機ホウ素化合物を添加していない研摩スラリーについても評価を行った。表4に研摩速度、研摩面の表面粗さの結果を示す。尚、表4には、上記比較例4の結果も併せて記載している。
【0029】
【表4】

【0030】
表4に示すように、砥粒として、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化亜鉛を用いた場合、酸化セリウムを砥粒として用いた時と同等レベルの研摩処理が可能であることが判った。これにより、本発明の研摩スラリーに使用する砥粒は、酸化セリウムに限定されず、種々の砥粒を適用できることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、研摩処理が困難なAlを含有した基材、特にサファイア単結晶基板を、高速かつ高い面精度で研摩処理することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムを含有する基材を研摩する研摩スラリーにおいて、
砥粒と、20℃での水に対する溶解度が0.1g/100g−HO以上である無機ホウ素化合物と、水を含有することを特徴とする研摩スラリー。
【請求項2】
無機ホウ素化合物の含有量は、研摩スラリーに対して、ホウ素原子に換算して0.1質量%〜20質量%である請求項1に記載の研摩スラリー。
【請求項3】
基材に含有されたアルミニウムは、酸化アルミニウムである請求項1または請求項2に記載の研摩スラリー。
【請求項4】
砥粒と、20℃での水に対する溶解度が0.1g/100g−HO以上である無機ホウ素化合物と、水を含有する研摩スラリーにより、
アルミニウムを含有する基材を研摩することを特徴とする研摩方法。

【公開番号】特開2012−206183(P2012−206183A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71790(P2011−71790)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】