説明

硬組織代替材料の製造方法、及びその製造方法において用いられる処理溶液

【課題】金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜の色調を実現することができる、硬組織代替材料の製造方法を提供する。
【解決手段】金属材料で形成された硬組織代替材料1の基体11をアルカリ水溶液に浸漬させ、基体11の表面に、前記金属材料と酸素とを含有して硬組織親和性を有する皮膜12を形成する(S104)。その後、基体11を加熱して基体11の表面において酸素を拡散させて皮膜12の厚みを増加させ、皮膜12を安定化させる(S106)。上記のアルカリ処理で用いられるアルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整される(S102)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内において硬組織と代替されるように埋植される硬組織代替材料を製造する硬組織代替材料の製造方法、及びその製造方法において用いられる処理溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内において骨や歯根などの硬組織と代替されるように埋植される硬組織代替材料として、チタンやチタン合金等の金属材料を基体として用い、その基体の表面に硬組織への親和性を有する皮膜を形成したものが知られている(特許文献1を参照)。生体内において金属材料の基体の表面に硬組織の無機物質と同種のアパタイトの相を形成して硬組織と直接結合する硬組織親和性を有する皮膜が形成されることで、金属材料の破壊靭性と硬組織親和性とが、硬組織代替材料において両立されることになる。そして、特許文献1においては、チタン又はチタン合金で形成された基体をアルカリ水溶液に浸漬させて硬組織親和性を有する皮膜を形成し、更にその基体を加熱して基体の表面において酸素を拡散させて上記皮膜の厚みを増加させる、硬組織代替材料の製造方法が開示されている。また、特許文献2においては、チタン基材(基体)を同様のアルカリ水溶液にて処理した後、温水洗し、少なくともアナターゼの析出が認められる温度に加熱することで、表面層が更に強固に基材に接合した生体インプラント材料が開示されている。これらの製造方法によると、金属表面に水酸化アパタイトをプラズマコートする方法とは異なり、製造コストの増大を招く高価なプラズマ溶射装置が不要となり、アルカリ水溶液に基体を浸漬して加熱するという簡便な方法によって硬組織親和性を付与することができ、更に、金属とアパタイトとを強固に接合することができるという効果が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2775523号公報
【特許文献2】特許第3877505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された硬組織代替材料の製造方法によると、金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができる硬組織代替材料を製造することができる。しかしながら、本願発明者が特許文献1に開示の製造方法によって硬組織代替材料を製造したところ、基体表面における硬組織親和性を有する皮膜の組織や結晶構造においては変化がないものの、製造ロットの違いによって、その皮膜の色調が大きく異なることが確認された。製品の製造管理においては、外観も含めて品質管理を行うため、外観を統一する必要があり、このように色調が製品によって不安定となってしまうことは問題となる。
【0005】
本発明は、上記実情に鑑みることにより、金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜の色調を実現することができる、硬組織代替材料の製造方法を提供し、また、その製造方法において用いられる処理溶液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための第1発明に係る硬組織代替材料の製造方法は、生体内において硬組織と代替されるように埋植される硬組織代替材料を製造する、硬組織代替材料の製造方法であって、金属材料で形成された前記硬組織代替材料の基体をアルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオンを含有するアルカリ水溶液(即ち、アルカリ金属イオン及びアルカリ土類金属イオンのうちの少なくともいずれかを含有するアルカリ水溶液)に浸漬させ、前記基体の表面に、前記金属材料と酸素とを含有して硬組織への親和性を有する皮膜を形成するアルカリ処理工程と、前記アルカリ処理工程が終了した前記基体を加熱して前記基体の表面における処理層である前記皮膜の厚みと安定性を増加させる加熱処理工程と、を備えている。そして、第1発明に係る硬組織代替材料の製造方法は、前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における前記アルカリ金属イオン及び/又は前記アルカリ土類金属イオン以外の金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整されることを特徴とする。
【0007】
この発明によると、金属材料で形成された基体をアルカリ水溶液に浸漬することで硬組織親和性を有する皮膜を基体表面に形成し、その基体を加熱することで酸素を拡散させて処理層としての皮膜の厚みを増加させ、また皮膜構造の安定性を増加させることができる。これにより、金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができる硬組織代替材料を製造することができる。また、本願発明者が鋭意研究を重ねた結果、アルカリ処理工程で用いられて基体が浸漬されるアルカリ水溶液の条件の違いによって、皮膜の色調が大きく変わることを見出した。そして、アルカリ水溶液における金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整されることで、製造ロットが異なっていても、皮膜の色調が所定の色調に統一されて安定化することが、本願発明者によって確認された。このため、本発明におけるアルカリ処理工程と加熱処理工程とが金属材料の基体に施されることで、基体の表面に形成される皮膜に関し、安定した色調を実現することができる。
【0008】
従って、本発明によると、金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜の色調を実現することができる、硬組織代替材料の製造方法を提供することができる。
【0009】
第2発明に係る硬組織代替材料の製造方法は、第1発明の硬組織代替材料の製造方法において、前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における前記金属イオン濃度が飽和濃度となるように調整されることで、当該金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整されることを特徴とする。
【0010】
この発明によると、アルカリ水溶液における金属イオン濃度を飽和させるように調整するだけで、基体の表面に形成される皮膜について安定した色調を実現するためのアルカリ水溶液における金属イオン濃度の調整を容易に行うことができる。尚、アルカリ水溶液における金属イオン濃度が飽和濃度に調整されることで、製造ロットが異なっていても、皮膜の色調が所定の色調に統一されて安定化することが、本願発明者によって確認された。
【0011】
第3発明に係る硬組織代替材料の製造方法は、第1発明又は第2発明の硬組織代替材料の製造方法において、前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液において調整される前記金属イオン濃度は、前記金属材料を構成する金属元素と同種の金属イオン濃度であることを特徴とする。
【0012】
この発明によると、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度が、基体の金属材料を構成する金属元素と同種の金属イオン濃度であるため、基体からアルカリ水溶液中に溶出する金属イオンによってもアルカリ水溶液中における金属イオン濃度の調整を行うことができる。このため、アルカリ水溶液における金属イオン濃度の調整を更に容易に行うことができる。尚、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度が、基体の金属材料を構成する金属元素と同種の金属イオン濃度であることにより、皮膜の色調が更に安定化されて統一性の高い色調となることが、本願発明者によって確認された。
【0013】
第4発明に係る硬組織代替材料の製造方法は、第1発明乃至第3発明のいずれかの硬組織代替材料の製造方法において、前記金属材料は、チタン又はチタン合金であり、前記皮膜は、アルカリチタン酸塩を含有することを特徴とする。
【0014】
この発明によると、機械的特性に優れ、体液に対する耐食性を有するとともに生体に対する毒性が極めて低く、且つ、金属材料中で最も優れた硬組織親和性を発揮するチタン及びチタン合金によって基体を構成することができる。そして、アルカリ水溶液にその基体を浸漬して加熱することで、その基体の表面に、アルカリチタン酸塩を含有する皮膜を形成し、高い硬組織親和性を有するとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を実現することができる皮膜を構成することができる。
【0015】
第5発明に係る硬組織代替材料の製造方法は、第4発明の硬組織代替材料の製造方法において、前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における前記金属イオン濃度が1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲に収まるように調整されることを特徴とする。
【0016】
この発明によると、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度であるチタンイオン濃度が、1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲に収まるように調整されることで、皮膜の色調が更に安定化されて統一性の高い色調となることが、本願発明者によって確認された。
【0017】
また、前述の目的を達成するための他の観点の発明として、上述したいずれかの硬組織代替材料の製造方法において用いられる処理溶液の発明を構成することもできる。即ち、第6発明に係る処理溶液は、金属材料で形成されて前記硬組織代替材料の基体をアルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオンを含有するアルカリ水溶液に浸漬させ、前記基体の表面に、前記金属材料と酸素とを含有して硬組織への親和性を有する皮膜を形成するアルカリ処理工程において、前記アルカリ金属イオン及び/又は前記アルカリ土類金属イオン以外の金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整される前記アルカリ水溶液として用いられることを特徴とする。
【0018】
この発明によると、金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜の色調を実現することができる硬組織代替材料の製造方法に用いられる処理溶液を提供することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、金属材料の基体の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜の色調を実現することができる、硬組織代替材料の製造方法及びその製造方法に用いられる処理溶液を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態に係る硬組織代替材料の製造方法によって製造された硬組織代替材料を示す正面図である。
【図2】図1に示す硬組織代替材料が人工股関節において用いられた状態を示す断面図である。
【図3】本発明の実施形態に係る硬組織代替材料の製造方法に係る製造工程を示す工程図である。
【図4】図3に示す硬組織代替材料の製造方法で製造した硬組織代替材料の皮膜の色調について判定した実験の条件を説明する図である。
【図5】図3に示す硬組織代替材料の製造方法で製造した硬組織代替材料の皮膜の色調について判定した実験の結果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明する。本実施形態においては、生体内において硬組織である大腿骨の一部と代替されるように埋植される大腿骨コンポーネントを例にとり、その製造方法及びその製造方法に用いられる処理溶液について説明する。しかし、この例に限らず、本発明は、大腿骨以外の骨や歯の種々の硬組織と代替される硬組織代替材料に対して適用することができる。即ち、本発明は、生体内において硬組織と代替されるように埋植される硬組織代替材料を製造する硬組織代替材料の製造方法、及びその製造方法において用いられる処理溶液として広く適用することができるものである。
【0022】
(硬組織代替材料)
図1は、本発明の実施形態に係る硬組織代替材料の製造方法によって製造された硬組織代替材料1を示す正面図である。この硬組織代替材料1は、人工股関節において用いられる大腿骨コンポーネントとして形成されている。図2は、硬組織代替材料1が人工股関節において用いられた状態を示す断面図であって、大腿骨100及び骨盤101の断面の一部とともに示している(図2では、骨盤101については断面状態を示す斜線の図示を省略している)。図1及び図2に示すように、大腿骨コンポーネントとして形成された硬組織代替材料1は、大腿骨100の髄腔部100aに一端側が埋植される棒状に形成されたステム部材として構成されている。この硬組織代替材料1は、骨頭ボール部材102と組み合わされた状態で人工股関節として適用される。尚、骨頭ボール部材102は、大腿骨100において骨盤101の臼蓋101a側に配置される。そして、骨頭ボール部材102は、臼蓋101aに配置されるとともに外側と内側の二層構造の半球殻部材を有する臼蓋カップ103に対して、外形の球面部分において摺動するように配置される。
【0023】
また、図1及び図2に示す硬組織代替材料1は、その基体11が金属材料であるチタン又はチタン合金により形成されている。基体11には、大腿骨100に埋植される一端側のステム部11aと骨頭ボール部材102に嵌合する他端側のネック部11bとが設けられている。そして、基体11の表面の一部には、そのステム部11aにおいて、後述するアルカリ処理工程S104及び加熱処理工程S106を経て形成された硬組織親和性を有する皮膜12が形成されている。硬組織代替材料1が大腿骨100に埋植されると、この皮膜12の表面にアパタイトの相が形成されて硬組織代替材料1と骨とが直接結合されることになる。
【0024】
(硬組織代替材料の製造方法)
次に、硬組織代替材料1を製造するための本実施形態に係る硬組織代替材料の製造方法について詳しく説明する。図3は、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法に係る製造工程を示す工程図である。図3に示すように、硬組織代替材料の製造方法における製造工程としては、基体形成工程S101、アルカリ水溶液作製工程S102、脱脂工程S103、アルカリ処理工程S104、洗浄工程S105、及び加熱処理工程S106が備えられている。尚、図3においては、アルカリ水溶液作製工程S102が基体形成工程S101及び脱脂工程S103の間のタイミングでのみ行われる場合を例示しているが、この通りでなくてもよく、アルカリ水溶液作製工程S102はアルカリ処理工程S104の前の任意のタイミングで行われてもよい。
【0025】
基体形成工程S101では、本実施形態においては、チタン又はチタン合金を素材として、前述したステム部11aとネック部11bとが設けられた基体11が形成される。このとき、基体11の表面には、まだ皮膜12は形成されていない。
【0026】
アルカリ水溶液作製工程S102では、アルカリ金属イオンを含有し、後述のアルカリ処理工程S104で用いられるアルカリ水溶液が作製される。このアルカリ水溶液は、望ましくは、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)及びカルシウムイオン(Ca2+)のうち1種以上のアルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオンを含有する水溶液として作製され、例えば、5M(モル濃度)のNaOH又はKOH水溶液として作製される。尚、このアルカリ水溶液のアルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオンの濃度としては、2Mから10M程度に設定されることが望ましい。また、アルカリ水溶液作製工程S102においては、アルカリ水溶液は、所定の金属の金属イオン濃度(アルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオン以外の所定の金属の金属イオン濃度)が飽和濃度となるように調整されることで、その金属イオン濃度が所定の範囲(本実施形態では、1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲)に収まるように調整される。
【0027】
そして、本実施形態では、このアルカリ水溶液において、基体11を構成するチタンの金属イオン濃度(チタンイオン濃度)が上記の所定の範囲に調整される。具体的には、5MのNaOH水溶液又はKOH水溶液として作製された溶液を例えば60℃の温度に設定し、この溶液に対して、チタン合金又は純チタンのインゴット、或いはチタン合金又は純チタンの粉末を投入し、24時間上記の温度(60℃)に維持する。このとき、投入するチタン合金又は純チタンは、飽和濃度となるように、溶液中に白色の沈殿物が生成する状態となるまで投入されることになる。これにより、アルカリ水溶液におけるチタンイオン濃度が、1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲に収まるように調整されることになる。このように、アルカリ水溶液作製工程S102において上記の処理が行われることで、アルカリ水溶液が作製される。
【0028】
尚、本実施形態では、アルカリ水溶液作製工程S102にて作製されるアルカリ水溶液は、後述するアルカリ処理工程S104において、チタンイオン濃度が1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲に収まるように調整されるアルカリ水溶液として用いられる処理溶液を構成している。即ち、このアルカリ水溶液は、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法において用いられる本実施形態の処理溶液を構成している。
【0029】
脱脂工程S103では、基体形成工程S101で形成された基体11の表面に付着した油分等が脱脂される。この脱脂工程S103では、例えば、アセトンでまず脱脂洗浄が行われ、次いで蒸留水で洗浄が行われ、脱脂処理が終了する。
【0030】
アルカリ処理工程S104では、脱脂工程S103で脱脂が行われた基体11が、アルカリ水溶液作製工程S102にて作製されたアルカリ水溶液に浸漬される。このとき、基体11が浸漬されたアルカリ水溶液は、60℃の温度で24時間維持される。尚、基体11は、ステム部11aにおける皮膜12が形成される部分を除いた部分が、アルカリ水溶液に接触することのないようにシールされ(密封され)た状態で(即ち、皮膜12が形成される部分のみがアルカリ水溶液に接触可能に露出した状態で)、アルカリ水溶液に浸漬されることになる。この24時間のアルカリ水溶液への浸漬処理(アルカリ処理)が終了すると、基体11がアルカリ水溶液から取り出される。尚、アルカリ処理工程S104では、アルカリ水溶液が40℃から70℃の温度に設定され、基体11のアルカリ水溶液への浸漬時間が1時間から48時間程度確保されることが望ましい。
【0031】
上述したアルカリ処理により、基体11の表面には、チタン又はチタン合金と、ナトリウム又はカリウム等のアルカリ金属と、酸素とを含有して、硬組織親和性を有する皮膜12が形成される。具体的には、上記のアルカリ処理を経た基体11の表面には、アルカリチタン酸塩を含有して硬組織親和性を有する皮膜12が形成される。尚、チタン及びチタン合金の表面には、元来、強酸及び強塩基のいずれとも反応する両性物質であるTiOに近い組成の酸化物よりなる薄い膜が存在する。このため、チタン又はチタン合金で形成された基体11をアルカリ処理工程にてアルカリ水溶液中に浸漬すると、反応量の少ない内部から反応量の多い外部に向かって漸増する濃度勾配をもって、基体11の表面にアルカリチタン酸塩が生成することになる。
【0032】
尚、上述の説明においては、アルカリ水溶液におけるチタンイオン濃度が、アルカリ水溶液作製工程S102において所定の範囲に収まるように調整される場合を説明したが、この通りでなくてもよい。即ち、アルカリ水溶液におけるチタンイオン濃度は、アルカリ水溶液作製工程S102、アルカリ処理工程S104において、所定の範囲に収まるように適宜調整され、例えば、アルカリ処理工程S104において、基体11から溶出するチタンイオンによってアルカリ水溶液中におけるチタンイオン濃度が更に調整されるものであってもよい。また、アルカリ処理工程S104において、チタン合金又は純チタンの粉末等が更に投入されることでアルカリ水溶液中におけるチタンイオン濃度が更に調整されるものであってもよい。
【0033】
洗浄工程S105では、アルカリ処理工程S104が終了した基体11の表面が洗浄される。尚、この洗浄工程S105では、例えば、超音波洗浄装置を用いて数十分程度の蒸留水による洗浄処理が行われる。
【0034】
加熱処理工程S106では、アルカリ処理工程S104及び洗浄工程S105が終了した基体11を加熱する加熱処理が行われる。この加熱処理工程S106においては、チタン又はチタン合金の転移温度以下の温度である、300℃から800℃以下の温度で、1時間から24時間以内の所定の時間の間加熱される。このように加熱処理が行われることで、基体11の表面において酸素が拡散し、処理層である皮膜12の厚みが増加し、皮膜構造の安定性も増加することになる。加熱処理での基体11の加熱温度としては、上記のように300℃から800℃であればよいが、550℃から650℃の範囲で加熱されることが望ましい。尚、基体11がチタン又はチタン合金で形成されている場合、加熱処理の温度が300℃未満では基体11の表面において酸素が十分に拡散して供給されず、皮膜12の厚みを十分に確保することが困難になる。一方、加熱処理の温度が800℃を超えると、チタンの転移温度に達してしまい、基体11の機械的強度の低下を招いてしまうため望ましくない。
【0035】
上記の加熱処理工程S106が終了することで、図1に示す硬組織代替材料1の製造が完了することになる。この硬組織代替材料1の表面においては、金属チタンが外部に向かって漸減し、一方、酸化チタン及びアルカリチタン酸塩が外部に向かって漸増する皮膜12が構成されている。皮膜12においては、このように緩やかに濃度勾配が変化するように酸化チタン及びアルカリチタン酸塩が含有されるため、基体11の表面における皮膜12との界面が、強固に接合されることになる。そして、硬組織代替材料1が生体内に埋植されて体液と接触した状態では、皮膜12の表面にカルシウムやリンと反応し易い水酸化チタン基が生成される。この水酸化チタン基は、反応性に富み、体液中の骨形成成分と反応してアパタイト核が生成されることになる。尚、硬組織代替材料1を生体内に埋植する前において、アパタイトの溶解度以上のカルシウムとリンを含む水溶液中に、望ましくは擬似体液中に、硬組織代替材料1を浸漬して、予め皮膜12の表面にアパタイト核を形成することもできる。
【0036】
次に、本実施形態に係る硬組織代替材料の製造方法で製造した硬組織代替材料1の皮膜12の色調について判定した実験結果について説明する。色調判定実験については、アルカリ処理工程S104におけるアルカリ処理のロットを変更して複数(20個)の硬組織代替材料を製造し、各硬組織代替材料の色調を判定することで評価を行った。具体的には、1回目のアルカリ処理ロットではチタンイオン濃度が0mg/Lのアルカリ水溶液を用い、2回目のアルカリ処理ロットではチタンイオン濃度が1.2mg/Lのアルカリ水溶液を用い、3回目のアルカリ処理ロットではチタンイオン濃度が1.3mg/Lのアルカリ水溶液を用い、4回目から20回目のアルカリ処理ロットではチタンイオン濃度が1.3mg/Lから1.6mg/Lの範囲のアルカリ水溶液を用いて、アルカリ処理を行った。また、上述したアルカリ水溶液の条件以外の製造条件については、全て同一として、上記の20個の硬組織代替材料の製造を行った。尚、アルカリ水溶液のチタンイオン濃度は、1.5mg/Lから1.6mg/L程度で飽和濃度となるため、1.6mg/Lを超えることはなく、1.6mg/Lが調整可能な上限のチタンイオン濃度となる。
【0037】
図4は、上記の実験における1回目から20回目のアルカリ処理ロットごとのチタンイオン濃度を示した図である。また、図4では、4回目、5回目、7〜9回目、11〜19回目のアルカリ処理ロットにおけるチタンイオン濃度については、より見易い図とする観点から、それらのロットのチタンイオン濃度データを示す記号(丸印)の図示を省略し、回帰直線で示している。尚、4回目、5回目、7〜9回目、11〜19回目のアルカリ処理ロットにおけるチタンイオン濃度について図4中に図示すると、上記の回帰直線に対して0.1mg/L以下のずれ量の範囲に収まって分布する状態となった。また、図5は、上記のようにアルカリ処理ロットを変更して製造した20個の硬組織代替材料について色調を判定し、チタンイオン濃度との関係で判定結果を整理して示したものである。尚、色調判定は、加熱処理工程S106が終了し、硬組織代替材料の製造が完了した状態で行った。
【0038】
チタンイオン濃度が0mg/Lのアルカリ水溶液を用いてアルカリ処理を行った硬組織代替材料では、アルカリ処理が施された皮膜は、薄いピンク色を帯びた部分と薄い緑色を帯びた部分とが全体的にむらのある状態で混在した色調となった。チタンイオン濃度が1.2mg/Lのアルカリ水溶液を用いてアルカリ処理を行った硬組織代替材料では、アルカリ処理が施された皮膜は、全体的に薄い緑色を帯びた部分が多く表れ、薄いピンク色を帯びた部分が部分的なむらとなって表れた状態の色調となった。一方、チタンイオン濃度が1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲の濃度のアルカリ水溶液を用いてアルカリ処理を行った硬組織代替材料では、アルカリ処理が施された皮膜は、いずれの硬組織代替材料でも全体的に薄い緑色を帯びた色調で統一されており、いずれにおいても色調のむらが見られず、安定した色調が得られる結果となった。このため、色調判定では、図5に示すように、チタンイオン濃度が1.3mg/L未満では図中ばつ印で示すように不良となり、チタンイオン濃度が1.3mg/L以上1.6mg/L以下では図中丸印で示すように良好となった。即ち、チタンイオン濃度が1.3mg/L未満では硬組織代替材料の皮膜の色調は安定せず、チタンイオン濃度が1.3mg/L以上1.6mg/L以下では硬組織代替材料の皮膜の色調が安定することが確認された。
【0039】
(本実施形態の効果)
以上説明した本実施形態の硬組織代替材料の製造方法によると、金属材料で形成された基体11をアルカリ水溶液に浸漬することで硬組織親和性を有する皮膜12を基体11の表面に形成し、その基体11を加熱することで酸素を拡散させて処理層としての皮膜12の厚みを増加させ、また皮膜構造の安定性を増加させることができる。これにより、金属材料の基体11の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜12を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができる硬組織代替材料1を製造することができる。また、前述のように、アルカリ水溶液における金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整されることで、製造ロットが異なっていても、皮膜12の色調が所定の色調に統一されて安定化することが、確認された。このため、アルカリ処理工程S104と加熱処理工程S106とが金属材料の基体11に施されることで、基体11の表面に形成される皮膜12に関し、安定した色調を実現することができる。
【0040】
従って、本実施形態によると、金属材料の基体11の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜12を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜12の色調を実現することができる、硬組織代替材料の製造方法を提供することができる。
【0041】
また、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法によると、アルカリ水溶液における金属イオン濃度を飽和させるように調整するだけで、基体11の表面に形成される皮膜12について安定した色調を実現するためのアルカリ水溶液における金属イオン濃度の調整を容易に行うことができる。尚、前述のように、アルカリ水溶液における金属イオン濃度が飽和濃度に調整されることで、製造ロットが異なっていても、皮膜の色調が所定の色調に統一されて安定化することが、確認された。
【0042】
また、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法によると、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度が、基体11の金属材料(チタン又はチタン合金)を構成する金属元素(チタン)と同種の金属イオン濃度(チタンイオン濃度)であるため、基体からアルカリ水溶液中に溶出する金属イオンによってもアルカリ水溶液中における金属イオン濃度の調整を行うことができる。このため、アルカリ水溶液における金属イオン濃度の調整を更に容易に行うことができる。尚、前述のように、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度が、基体11の金属材料を構成する金属元素と同種の金属イオン濃度であることにより、皮膜の色調が更に安定化されて統一性の高い色調となることが、確認された。
【0043】
また、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法によると、機械的特性に優れ、体液に対する耐食性を有するとともに生体に対する毒性が極めて低く、且つ、金属材料中で最も優れた硬組織親和性を発揮するチタン及びチタン合金によって基体11を構成することができる。そして、アルカリ水溶液にその基体11を浸漬して加熱することで、その基体11の表面に、アルカリチタン酸塩を含有する皮膜12を形成し、高い硬組織親和性を有するとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を実現することができる皮膜12を構成することができる。
【0044】
また、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法によると、前述のように、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度であるチタンイオン濃度が、1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲に収まるように調整されることで、皮膜12の色調が更に安定化されて統一性の高い色調となることが、確認された。
【0045】
また、本実施形態の硬組織代替材料の製造方法において用いられる処理溶液(アルカリ水溶液)によると、金属材料の基体11の表面に簡便な方法によって硬組織親和性を有する皮膜12を形成することができるとともに金属とアパタイトとの高い接合強度を確保することができ、更に、安定した皮膜12の色調を実現することができる硬組織代替材料の製造方法に用いられる処理溶液を提供することができる。
【0046】
(変形例)
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施の形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な変更が可能なものである。例えば、次のように変更して実施してもよい。
【0047】
(1)本実施形態では、硬組織代替材料が適用される硬組織として大腿骨を例にとって説明したが、この通りでなくてもよく、大腿骨以外の骨や歯の種々の硬組織に適用される硬組織代替材料に対してその製造方法として本発明を適用することもできる。
【0048】
(2)本実施形態では、アルカリ水溶液における金属イオン濃度が飽和濃度となるように調整される場合を例にとって説明したが、必ずしもこの通りでなくてもよく、飽和濃度よりも小さい濃度を含む所定の範囲に金属イオン濃度が調整されるものであってもよい。また、本実施形態では、アルカリ水溶液において調整される金属イオン濃度が、硬組織代替材料の基体を構成する金属材料の金属イオン濃度である場合を例にとって説明したが、必ずしもこの通りでなくてもよく、硬組織代替材料の基体を形成する金属材料以外の金属材料の金属イオン濃度が調整されるものであってもよい。
【0049】
(3)本実施形態では、基体を形成する金属材料がチタン又はチタン合金である場合を例にとって説明したが、この例に限られず、同じく生体適合性を持つ金属材料であるタンタル(Ta)やジルコニウム(Zr)およびこれらの合金を用いて基体が形成されている場合であっても、本発明の技術的思想に基づく製造方法により、同様の効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、生体内において硬組織と代替されるように埋植される硬組織代替材料を製造する硬組織代替材料の製造方法、及びその製造方法において用いられる処理溶液として、広く適用することができるものである。
【符号の説明】
【0051】
1 硬組織代替材料
11 基体
12 皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内において硬組織と代替されるように埋植される硬組織代替材料を製造する、硬組織代替材料の製造方法であって、
金属材料で形成された前記硬組織代替材料の基体をアルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオンを含有するアルカリ水溶液に浸漬させ、前記基体の表面に、前記金属材料と酸素とを含有して硬組織への親和性を有する皮膜を形成するアルカリ処理工程と、
前記アルカリ処理工程が終了した前記基体を加熱して前記基体の表面における処理層である前記皮膜の厚みと安定性を増加させる加熱処理工程と、
を備え、
前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における前記アルカリ金属イオン及び/又は前記アルカリ土類金属イオン以外の金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整されることを特徴とする、硬組織代替材料の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の硬組織代替材料の製造方法であって、
前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における前記金属イオン濃度が飽和濃度となるように調整されることで、当該金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整されることを特徴とする、硬組織代替材料の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の硬組織代替材料の製造方法であって、
前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液において調整される前記金属イオン濃度は、前記金属材料を構成する金属元素と同種の金属イオン濃度であることを特徴とする、硬組織代替材料の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の硬組織代替材料の製造方法であって、
前記金属材料は、チタン又はチタン合金であり、
前記皮膜は、アルカリチタン酸塩を含有することを特徴とする、硬組織代替材料の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の硬組織代替材料の製造方法であって、
前記アルカリ処理工程で用いられる前記アルカリ水溶液は、当該アルカリ水溶液における前記金属イオン濃度が1.3mg/L以上で1.6mg/L以下の範囲に収まるように調整されることを特徴とする、硬組織代替材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の硬組織代替材料の製造方法において用いられる処理溶液であって、
金属材料で形成されて前記硬組織代替材料の基体をアルカリ金属イオン及び/又はアルカリ土類金属イオンを含有するアルカリ水溶液に浸漬させ、前記基体の表面に、前記金属材料と酸素とを含有して硬組織への親和性を有する皮膜を形成するアルカリ処理工程において、前記アルカリ金属イオン及び/又は前記アルカリ土類金属イオン以外の金属イオン濃度が所定の範囲に収まるように調整される前記アルカリ水溶液として用いられることを特徴とする、処理溶液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−172449(P2010−172449A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−17667(P2009−17667)
【出願日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】