説明

硬質皮膜および硬質皮膜形成方法、硬質皮膜評価方法

【課題】硬質皮膜の摺動特性や耐磨耗性を改良するために、アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法において、界面における酸素濃化を抑制し、密着性の良い硬質皮膜および硬質皮膜形成方法を提供するとともに、硬質皮膜の密着性を非破壊で容易に評価することができる硬質皮膜評価方法を提供する。
【解決手段】硬質皮膜形成装置1を用いた硬質皮膜形成方法は、アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法であって、前記硬質皮膜の形成対象となるワーク13・13・・・と、ワーク13・13・・・に形成する硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アークイオンプレーティング法により形成する硬質皮膜と、その硬質皮膜の形成方法および評価方法の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用部品を初めとして、多様な分野において摺動部品が用いられており、摺動部品の摺動特性の向上による装置の高効率化や、耐磨耗性の向上による装置の信頼性向上に対するニーズが高まっている。そのため、摺動部品の摺動面に硬質皮膜を形成し、摺動面の摺動特性および耐磨耗性等を向上させる技術が種々開発されており公知となっている。そして、摺動部品や治工具等の表面に硬質皮膜を形成する方法の一種として、アークイオンプレーティング法が知られている。
【0003】
アークイオンプレーティング法は、真空アーク放電を利用してターゲットとなる固体材料を蒸発させるイオンプレーティング法の一種であり、蒸発した材料のイオン化率が高く、密着性に優れた硬質皮膜が形成でき、生産性が高いという特徴を有していることから、広く採用されている。アークイオンプレーティング法によって硬質皮膜を形成する技術は、例えば以下に示す特許文献1に開示されている。
【0004】
ここで、従来のアークイオンプレーティング法による硬質皮膜の形成方法について、図6および図7を用いて説明する。図6は従来の硬質皮膜形成装置の全体構成を示す模式図、図7は従来のアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法のプロセスチャート図である。
【0005】
図6に示す如く、従来のアークイオンプレーティング法に用いる硬質皮膜形成装置51は、真空チャンバー52、カソード53、アノード54、テーブル55、アーク電源56、バイアス電源57およびヒーター58等からなる構成としている。
【0006】
真空チャンバー52は密閉性のある筐体により構成され、ガス供給口61および真空排気口62が形成されている。ガス供給口61は、硬質皮膜形成工程時等に不活性ガスを真空チャンバー52内に供給するために設けられており、不活性ガスを供給するための配管設備(不図示)が接続される。真空排気口62は、真空チャンバー52内の残存気体を排気して真空度を高めるために設けられており、配管設備(不図示)によって真空ポンプ等の真空排気設備(不図示)と接続される。
【0007】
カソード53は、ターゲット(皮膜形成材料)となる材質(例えばチタン等)によって形成される陰極部であり、アーク電源56と接続している。また、アノード54(陽極部)もアーク電源56と接続しており、アーク電源56によって高電圧を印加することによって、カソード53とアノード54との間で真空アーク放電を発生させることができる。
【0008】
テーブル55は皮膜形成対象物であるワーク63・63・・・を支持する部位であり、回転可能な構成とし、真空アーク放電によってカソード53から放出される金属イオンをワーク63・63・・・の表面にムラなく堆積させるようにしている。またテーブル55はバイアス電源57と接続しており、テーブル55を介してワーク63・63・・・に対してバイアス電圧を印加することができる。
【0009】
ヒーター58は真空チャンバー52内の温度を昇温させるものである。真空チャンバー52内の温度を昇温させることによって、カソード53の表面等真空チャンバー52内の各部に吸着している余分なガス(吸着ガス)を放出させることができる。
【0010】
ここで、従来のアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法を説明する。
(初期真空排気工程)
図7に示す如く、まず始めに、真空チャンバー52内を真空排気して、真空チャンバー52内の残存気体を減少させて真空度を高める。
【0011】
(予熱工程)
次に、ヒーター58によって予熱を行い、真空チャンバー52内の温度を昇温させる。真空チャンバー52内の温度が上昇すると、カソード53の表面等に吸着しているガスが放出される。このとき、放出されたガス等に起因して真空チャンバー52内の圧力が一旦は上昇に転じるが、真空チャンバー52内の真空排気を継続して行うことにより、放出されたガスは真空チャンバー52内から排出される。これにより、真空チャンバー52内の真空度を再び高めている。
【0012】
(中期真空排気工程)
次に、ヒーター58による予熱を停止して、さらに継続して真空排気を行い、真空チャンバー52内の圧力を、所望する真空度まで高める。
【0013】
(金属イオンボンバード工程)
次に、カソード53とアノード54との間で真空アーク放電を発生させて、カソード53の表面から皮膜形成材料を蒸発させてイオン化させる。これと同時に、バイアス電源57によって、ワーク63・63・・・に負のバイアス電圧を印加する。これにより、カソード53の表面から蒸発した正の金属イオンは、負の電位が付与されたワーク63・63・・・によって引き寄せられる。そして、金属イオンがワーク63・63・・・の表面に衝突し、ワーク63・63・・・の表面に金属イオンが堆積する。このように、硬質皮膜形成工程の前にワーク63・63・・・の表面に金属イオンを堆積させて活性化させる工程を金属イオンボンバード工程と呼んでいる。
【0014】
(硬質皮膜形成工程)
次に、真空チャンバー52内に、ガス供給口61から不活性ガス(例えば窒素等)を供給し、真空チャンバー52内を不活性ガス雰囲気とする。そして、不活性ガス雰囲気中でカソード53とアノード54との間で真空アーク放電を発生させて、カソード53の表面から皮膜形成材料を蒸発させてイオン化させる。これと同時に、バイアス電源57によって、ワーク63・63・・・に負のバイアス電圧を印加する。このとき、正の金属イオンは、負の電位が付与されたワーク63・63・・・によって引き寄せられるとともに、金属イオンを不活性ガスと反応させて硬質皮膜化させることにより、ワーク63・63・・・の表面に硬質皮膜を形成するようにしている。
【0015】
尚、硬質皮膜形成工程においては、真空チャンバー52内に残存気体が存在している場合、残存気体に含まれる酸素によって、真空チャンバー52内で金属イオンの酸化物が生成されてしまう。この場合、ワーク63・63・・・の表面に硬質皮膜が形成されるのと同時に、金属イオンの酸化物もワーク63・63・・・の表面に堆積してしまう。ワーク63・63・・・の表面には硬質皮膜のみが堆積することが理想であるため、硬質皮膜を形成する各プロセスにおいて徐々に真空排気を行って、硬質皮膜形成工程においては真空チャンバー52内の真空度を高める(即ち、残存気体が存在しない状態とする)ようにしているのである。
【0016】
また、金属イオンボンバード工程においても、真空チャンバー52内に残存気体が存在している場合、真空チャンバー52内で金属イオンの酸化物が生成されてしまう。この場合、ワーク63・63・・・の表面に金属イオンが衝突しながら堆積してワーク63・63・・・の表面が活性化されるとともに、金属イオンの酸化物もワーク63・63・・・の表面に堆積する。つまり、金属イオンボンバード工程において、真空チャンバー52に残存気体(特に酸素)が存在していると、ワーク63・63・・・と硬質皮膜の界面に金属イオンの酸化物が堆積することとなってしまい、界面における酸素濃度が上昇してしまうのである。
【0017】
次に、従来のアークイオンプレーティング法によって形成する硬質皮膜の分析結果について、図8および図9を用いて説明する。図8(a)はAES分析法による界面の組成の分析結果(剥離が発生する場合)を示す説明図、図8(b)はAES分析法による界面の組成の分析結果(剥離が発生しない場合)を示す説明図、図9は剥離の発生状況と界面の酸素濃度面積積分値との相関関係を示す説明図である。
【0018】
従来のアークイオンプレーティング法によって硬質皮膜を形成すると、剥離が発生する場合があったが、剥離発生のメカニズムについては解明されていない部分が多い。
そこで、剥離発生の要因を究明するべく、本発明に至る過程において以下に示すような実験を行った。
【0019】
硬質皮膜の一例として、皮膜形成材料にチタンを選定し、かつ、硬質皮膜形成工程時に供給する不活性ガスに窒素を選定し、窒化チタン(以後、TiNと記載する。)の硬質皮膜を形成するようにした。そして、径が28φの鋼製シムに、膜厚2μmのTiN硬質皮膜を形成した試料を複数準備する。尚、TiN硬質皮膜の硬質皮膜形成工程においては、成膜条件(例えば、真空チャンバー内の真空度等)を種々変更しながらTiN硬質皮膜を形成し、各試料のTiN硬質皮膜の密着性にばらつきを与えるようにしている。
【0020】
まず、準備した複数の試料に対してオージェ電子分光分析法(以下、AES分析法と記載する)による分析を施し、基材(即ち、鋼製シムを構成するFe)とTiN硬質皮膜との界面における組成分析を行った。この分析結果は、例えば図8(a)・(b)に示すようなグラフとして表される。
【0021】
ここでは、界面における酸素濃度に着目し、界面における酸素濃度の上昇(所謂、酸素濃化)の度合を推し量る指標として酸素濃度面積積分値(図8(a)・(b)に示す斜線部の面積)Xを求めるようにした。酸素濃度面積積分値Xの単位は、at%nmとしている。さらに詳述すると、硬質皮膜側で酸素濃度のグラフが単調増加に転じる点Pを求め、かつ、基材側で酸素濃度のグラフが単調減少から増加に転じる点Qを求め、酸素濃度のグラフと線分PQによって囲まれる部分の面積である酸素濃度面積積分値Xを求めるようにしている。
【0022】
さらに、各試料に対して、TiN硬質皮膜の表面にロックウェル硬さ計のダイヤモンド圧子を150kgfの力で押圧し、TiN硬質皮膜が剥離するか否かと、剥離した場合の剥離面積を調査する実験を行った。その結果の一例として、図8(a)に示す分析結果を得た試料では剥離が発生し、図8(b)に示す分析結果を得た試料では剥離が発生しなかった。
【0023】
そして、各試料の剥離の状態と酸素濃度面積積分値Xとの関係をまとめると、図9のようになる。ここでは、代表として6個の試料をピックアップしてまとめた例を示している。図9からは、酸素濃度面積積分値Xが大きい(即ち、界面における酸素濃度が高い)ほど剥離面積が大きくなり、酸素濃度面積積分値Xが小さい(即ち、界面における酸素濃度が低い)ほど剥離面積が小さくなっていることが把握できる。
【0024】
さらに言えば、鋼製シム(即ち、Fe製の基材)に対して、膜厚2μmのTiN硬質皮膜を形成するという条件において、界面における酸素濃度面積積分値Xが280at%nm以下であれば、TiN硬質皮膜の表面にロックウェル硬さ計のダイヤモンド圧子を150kgfの力で押圧しても、剥離が発生しなかった。即ち、図9に示す実験結果からは、界面における剥離の発生と酸素濃度面積積分値Xには相関関係があることが把握できる。
【0025】
摺動部品に求められる性能(例えば、摺動特性や耐磨耗性等)を確保するためには、求められる性能に見合った摺動特性や耐磨耗性を有する材質の硬質皮膜を採用することが重要である。しかしそれだけでは不十分であり、それに加えて、摺動部品に求められる性能を十分に確保するためには、基材に対する硬質皮膜の密着性を確保することも重要となってくる。
【0026】
しかしながら、従来のアークイオンプレーティング法では、硬質皮膜の形成対象となるワーク(基材)や、真空チャンバー内の状態等はバッチ毎に変動するものであるため、硬質皮膜の形成状態はバッチ毎に変動している。また、従来は硬質皮膜を形成する場合、界面における酸素濃化を抑制すれば硬質皮膜の密着性向上に寄与するということが意識されていなかったため、硬質皮膜の基材に対する密着性もバッチ毎に変動している状況であった。つまり、従来は硬質皮膜の基材に対する密着性は、成膜条件が異なると変動してしまう(密着性のロバスト性が低い)という問題点があった。
【0027】
また、従来のアークイオンプレーティング法においても、真空排気(真空引き)を長時間にわたって行い真空チャンバー内の残存気体等を極限まで減らすことによって界面における酸素濃化を抑制することが可能であるが、生産時間の制約等から長時間にわたって真空チャンバー内の真空引きを行うことは現実的ではなく、一定の真空度で見切って硬質皮膜の形成を行っている状態であった。
このため、界面における酸素濃化を現実的に抑制するためには、短時間で容易に界面における酸素濃化を抑制する技術を開発する必要があった。
【0028】
また、従来硬質皮膜の密着性を検査する場合、硬質皮膜の表面にダイヤモンド圧子等を押圧して剥離が発生するか否かを検査する方法(破壊検査)がとられており、非破壊の方法では密着性の検査ができず、硬質皮膜の密着性を評価することが容易でないという問題点もあった。また、検査方法も目視によって剥離の有無や剥離面積を調査する方法を採用しており、検査者の違いによって検査結果にばらつきが生じるおそれがある等の問題点もあった。このため、硬質皮膜の密着性を非破壊で容易に評価することができる技術の開発が望まれている状況であった。
【特許文献1】特開2002−47557号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
そこで本発明では、このような現状を鑑み、硬質皮膜の摺動特性や耐磨耗性を改良するために、アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法において、界面における酸素濃化を容易に抑制し、密着性の良い硬質皮膜および硬質皮膜形成方法を提供するとともに、硬質皮膜の密着性を非破壊で容易に評価することができる硬質皮膜評価方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段を説明する。
【0031】
即ち、請求項1においては、アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法であって、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下とするものである。
【0032】
請求項2においては、前記硬質皮膜形成方法が備える金属イオンボンバード工程より以前に、前記基材を0V以上の電位に保持しつつ、アノードとカソードとの間で真空アーク放電を発生させて、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下とするものである。
【0033】
請求項3においては、前記真空アーク放電の発生中には、前記基材と前記カソードとの間に遮蔽物を配置するものである。
【0034】
請求項4においては、前記基材に初期皮膜を形成する初期の金属イオンボンバード工程と、前記初期皮膜に対して不活性ガスを用いて行われるガスイオンボンバード工程と、前記ガスイオンボンバード工程の後に行われる後期の金属イオンボンバード工程とを備えた金属イオンボンバード工程を実施することにより、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下とするものである。
【0035】
請求項5においては、前記ガスイオンボンバード工程は、真空チャンバー内にフィラメントを設け、不活性ガス雰囲気の前記真空チャンバー内でフィラメントによる放電を発生させて行うものである。
【0036】
請求項6においては、前記ガスイオンボンバード工程は、前記基材に負の高バイアス電圧を印加して、不活性ガス雰囲気の真空チャンバー内でグロー放電を発生させて行うものである。
【0037】
請求項7においては、アークイオンプレーティング法によって形成する硬質皮膜であって、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下としたものである。
【0038】
請求項8においては、前記硬質皮膜を形成する際に実施される金属イオンボンバード工程より以前に、前記基材を0V以上の電位に保持しつつ、アノードとカソードとの間で真空アーク放電を発生させて、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下としたものである。
【0039】
請求項9においては、前記基材に初期皮膜を形成する初期の金属イオンボンバード工程と、前記初期皮膜に対して不活性ガスを用いて行われるガスイオンボンバード工程と、前記ガスイオンボンバード工程の後に行われる後期の金属イオンボンバード工程とを備えた金属イオンボンバード工程を実施することにより、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下としたものである。
【0040】
請求項10においては、アークイオンプレーティング法によって形成する硬質皮膜であって、硬質皮膜の材質として窒化チタンを採用し、前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、280at%nm以下としたものである。
【0041】
請求項11においては、硬質皮膜の密着性を評価する硬質皮膜評価方法であって、前記硬質皮膜と基材との界面に存在する酸素の酸素濃度を計測し、該酸素濃度から酸素濃度面積積分値を求めて、該酸素濃度面積積分値によって硬質皮膜の密着性を評価するものである。
【0042】
請求項12においては、前記硬質皮膜と基材との界面に存在する酸素の酸素濃度の計測は、オージェ電子分光分析法により行うものである。
【発明の効果】
【0043】
本発明の効果として、以下に示すような効果を奏する。
【0044】
請求項1においては、基準値に応じて成膜条件を整えることができ、容易に基材と硬質皮膜の密着性を確保することができる。
【0045】
請求項2においては、アノードから吸着ガスを離脱させるとともに、発生する金属イオンによって真空チャンバー内の残存気体を捕集させることができる。これにより、真空チャンバー内の真空度を高めることができ、界面における酸素濃化およびコンタミネーションを低減することができる。
【0046】
請求項3においては、初期段階の真空アーク放電によって、基材にドロップレットが付着することを防止できる。
【0047】
請求項4においては、初期の金属イオンボンバードによる初期段階の真空アーク放電によって、アノードから吸着ガスを離脱させるとともに、その後のガスイオンボンバードによって、初期皮膜に含まれる金属酸化物を除去することができる。これにより、その後後期の金属イオンボンバードを行う際には、アノードや基材等からの吸着ガスの離脱が低減され、また、基材等からの吸着ガスの離脱も低減することができ、真空チャンバー内の真空度をより高めることができる。
【0048】
請求項5においては、不活性ガスによるガスイオンボンバードを容易に行うことができる。
【0049】
請求項6においては、不活性ガスによるガスイオンボンバードを容易に行うことができる。
【0050】
請求項7においては、基材と硬質皮膜の密着性を確保することができる。
【0051】
請求項8においては、アノードから吸着ガスを離脱させるとともに、発生する金属イオンによって真空チャンバー内の残存気体を捕集させることができる。これにより、真空チャンバー内の真空度を高めることができ、界面における酸素濃化およびコンタミネーションを低減することができる。
【0052】
請求項9においては、真空アーク放電によって、基材にドロップレットが付着することを防止できる。
【0053】
請求項10においては、密着性の良いTiN硬質皮膜を形成することができる。
【0054】
請求項11においては、容易に基材と硬質皮膜の密着性を評価することができる。
【0055】
請求項12においては、非破壊で基材と硬質皮膜の密着性を評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0056】
次に、発明の実施の形態を説明する。
まず始めに、本発明の第一実施例であるアークイオンプレーティング法による硬質皮膜の形成方法について、図1〜図3を用いて説明する。図1は本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置の全体構成を示す模式図、図2は本発明の第一実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法のプロセスチャート図、図3は本発明の第一実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法の金属イオンボンバード工程を示すプロセスチャート図である。
【0057】
図1に示す如く、第一実施例に係るアークイオンプレーティング法に用いる硬質皮膜形成装置1は、真空チャンバー2、カソード3、アノード4、テーブル5、アーク電源6、バイアス電源7、ヒーター8およびシャッター9等からなる構成としている。
また、従来の真空チャンバー52と同様に、真空チャンバー2は密閉性のある筐体により構成され、ガス供給口11および真空排気口12が形成されている。
このように、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置1はシャッター9を有している点が従来の硬質皮膜形成装置51と相違しており、シャッター9以外の他の構成要素が有する機能は従来の硬質皮膜形成装置51と共通している。
【0058】
シャッター9は、カソード3とテーブル5の間に設けられる板状部材であり、カソード3から放出されるドロップレット10がワーク13・13・・・に到達しないように遮蔽する役目を果たしている。また、シャッター9は、後述する真空アーク放電を行う間に限定してカソード3とテーブル5の間に出現するように構成しており、金属イオンボンバード工程や硬質皮膜形成工程においては、カソード3から放出される金属イオンがワーク13・13・・・に到達することを妨げることがないようにしている。尚、シャッター9の幅はターゲットとなるカソード3の直径に比して1.5倍程度の幅を有する構成とし、カソード3から100mm程度離間した位置にシャッター9を配置することが望ましい。
【0059】
ここで、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置1による硬質皮膜形成方法を説明する。
(初期真空排気工程)
図2に示す如く、まず始めに、真空チャンバー2内を真空排気して、真空チャンバー2内の残存気体を減少させて真空度を高めていく。ここで図3に示す如く、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成方法では、初期真空排気工程の最中に、カソード3とアノード4の間で真空アーク放電を断続的に繰り返し行うようにしている。
またこのとき、ワーク13・13・・・にはバイアス電源7によって0Vまたは正の電圧を付与するようにしている。
【0060】
真空アーク放電を断続的に繰り返して行うと、カソード3周辺の温度が上昇し、カソード3等に吸着されているガスが十分に放出される。このように、初期真空排気工程においてカソード3周辺の吸着ガスを十分に放出させておくことにより、後の金属イオンボンバード工程や硬質皮膜形成工程において、カソード3周辺から放出されるガスを抑制することができる。またこの時点では、ワーク13・13・・・は予熱されていないため、放出されたガスによってワーク13・13・・・が酸化されることもない。
【0061】
真空アーク放電を行うと、真空チャンバー2内には金属イオンが放出される。初期真空排気工程のように真空チャンバー2内の残存空気の除去が十分でない状態では、真空チャンバー2内で金属イオンの酸化物が生成される。そこで、ワーク13・13・・・に0Vまたは正の電圧を付与することにより、初期真空排気工程においては金属イオンの酸化物がワーク13・13・・・に付着することを防止するようにしている。これにより、界面における酸素濃化を確実に抑制するようにしている。
【0062】
また金属イオンを積極的に発生させると、金属イオンのゲッター効果によって残存気体やカソード3周辺からの放出ガスが金属イオンに取り込まれるため、効率よく残存気体等を排気することができる。その効果は図3に現れており、初期真空排気工程における真空チャンバー2内の到達真空度が従来に比して高められている。
つまり、初期真空排気工程において真空アーク放電を断続的に繰り返して行うことにより、界面における酸素濃化を抑制しつつ、真空チャンバー2内の残存気体を効率よく排気することが可能となるのである。
【0063】
さらにこのとき、シャッター9がカソード3とテーブル5の間に出現し、真空アーク放電によってカソード3から放出されるドロップレット10がワーク13・13・・・に付着することを防止している。
【0064】
即ち、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成方法においては、真空アーク放電の発生中には、ワーク13・13・・・とカソード3との間に遮蔽物となるシャッター9を配置する構成としている。
このような構成とすることにより、真空アーク放電を行っている最中に、ワーク13・13・・・にドロップレット10が付着することを防止できるのである。
【0065】
(予熱工程)
次に、ヒーター8に通電することによって予熱を行い、真空チャンバー2内の温度を昇温させる。真空チャンバー2内の温度が上昇すると、カソード3の周辺の他、真空チャンバー2内の各部(治具等)に吸着しているガスが放出される。これにより、予熱工程においてカソード3の周辺以外に吸着しているガスも十分に放出させておくことにより、後の金属イオンボンバード工程や硬質皮膜形成工程において、カソード3の周辺以外から放出されるガスも抑制することができる。そして、真空チャンバー2内の真空排気を継続して行うことにより、放出された吸着ガスは真空チャンバー2内から確実に排出される。これにより、真空チャンバー2内の真空度を再び高めている。
【0066】
(中期真空排気工程)
次に、ヒーター8による予熱を停止して、さらに継続して真空排気を行い、真空チャンバー2内の圧力を、所望する真空度まで高めるようにしている。
【0067】
(金属イオンボンバード工程)
次に、カソード3とアノード4との間で真空アーク放電を発生させて、カソード3の表面から皮膜形成材料を蒸発させてイオン化させる。これと同時に、バイアス電源7によって、ワーク13・13・・・に負のバイアス電圧を印加する。これにより、カソード3の表面から蒸発した正の金属イオンが、負の電位が付与されたワーク13・13・・・によって強力に引き寄せられる。そして、金属イオンがワーク13・13・・・の表面に衝突し、ワーク13・13・・・の表面に金属イオンが堆積する。
【0068】
ここで、初期真空排気工程〜中期真空排気工程において、カソード3の周辺やカソード3の周辺以外に吸着しているガスを既に十分に放出させてあるため、金属イオンボンバード工程における新たな吸着ガスの放出が抑えられる。このため、真空チャンバー2内から残存気体が十分に除去された状態で金属イオンボンバード工程を行うことができる。これにより、金属イオンボンバード工程において、ワーク13・13・・・の表面に金属イオンの酸化物が堆積することが抑制され、界面における酸素濃化を抑制することができる。
【0069】
尚、界面における酸素濃化をどの程度まで抑制すればよいかの指標となる基準値(即ち、酸素濃度面積積分値X)は選定する硬質皮膜材料に応じて異なってくるが、完成した硬質皮膜をAES分析法によって分析し、界面の酸素濃度が基準値(即ち、酸素濃度面積積分値X)以下であるか否かを調査し、その硬質皮膜が形成された際の成膜条件と照合しながら、真空アーク放電の放電量や実施時間を調整することによって成膜条件を整えていくことができる。そして、調査により得られた基準値および成膜条件を守ることによって、容易に硬質皮膜の密着性を確保することができる。
【0070】
例えば、硬質皮膜材料としてTiNを選定した場合、酸素濃度面積積分値Xが280at%nm以下となるように真空アーク放電の実施時間を調整し成膜条件を整えれば、ロックウェル硬さ計のダイヤモンド圧子を150kgfの力で押圧しても剥離が発生しない硬質皮膜を形成することができ、硬質皮膜の密着性を容易に確保することができる。
【0071】
即ち、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置1を用いた硬質皮膜形成方法は、アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法であって、前記硬質皮膜の形成対象となるワーク13・13・・・と、ワーク13・13・・・に形成する硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下としている。
これにより、選定した硬質皮膜材料に応じた酸素濃度面積積分値Xの基準値に応じて成膜条件を整えることができ、容易にワーク13と硬質皮膜の密着性を確保することができるのである。
【0072】
また、金属イオンボンバード工程より以前に、ワーク13・13・・・を0V以上の電位に保持しつつ、カソード3とアノード4との間で真空アーク放電を発生させて、硬質皮膜の形成対象となるワーク13・13・・・と、ワーク13・13・・・に形成する硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度(即ち、酸素濃度面積積分値X)以下としている。
これにより、カソード3から吸着ガスを離脱させるとともに、発生する金属イオンによって真空チャンバー2内の残存気体を捕集させることができるのである。またこれにより、真空チャンバー2内の真空度を高めることができ、界面における酸素濃化およびコンタミネーションの発生を低減することができるのである。
【0073】
(硬質皮膜形成工程)
次に、真空チャンバー2内に、ガス供給口11から不活性ガス(例えば窒素等)を供給し、真空チャンバー2内を不活性ガス雰囲気とする。そして、不活性ガス雰囲気中でカソード3とアノード4との間で真空アーク放電を発生させて、カソード3の表面から皮膜形成材料を蒸発させてイオン化させる。これと同時に、バイアス電源7によって、ワーク13・13・・・に負のバイアス電圧を印加する。このとき、正の金属イオンは、負の電位が付与されたワーク13・13・・・によって引き寄せられるとともに、金属イオンは不活性ガスと反応して硬質皮膜化するため、ワーク13・13・・・の表面に硬質皮膜が形成される。
【0074】
ここで、初期真空排気工程〜金属イオンボンバード工程において、カソード3の周辺やカソード3の周辺以外に吸着しているガスを既に十分に放出させてあるため、硬質皮膜形成工程における新たな吸着ガスの放出が抑えられる。このため、真空チャンバー2内から残存気体が十分に除去された状態で硬質皮膜形成工程を行うことができる。これにより、硬質皮膜形成工程において、ワーク13・13・・・の表面に金属酸化物が堆積することが抑制される。
【0075】
ここで、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置1による硬質皮膜成形方法の適用例として、ターゲットに(即ち、カソード3の材質として)チタンを選定し、また硬質皮膜形成工程時に真空チャンバー2内に供給する不活性ガスとして窒素を選定して、TiN硬質皮膜を形成する例について説明する。
【0076】
この場合、初期真空排気工程において、10〜20秒間の真空アーク放電を80〜90分の間断続的に繰り返し行った(図3参照)。またそのとき、ワーク13・13・・・にはバイアス電源7によって100Vの正のバイアス電圧を付与するようにした。これにより、初期真空排気工程においてはチタンイオンの酸化物がワーク13・13・・・に付着することを防止するようにし、界面における酸素濃化を確実に抑制するようにした。
【0077】
その結果、その他の各工程を経て形成されたTiN硬質皮膜について、界面周辺の組成をAES分析法により分析すると、界面における酸素濃度面積積分値Xを、200at%nmに抑えることができた。硬質皮膜材料としてTiNを選定する場合、界面における酸素濃度面積積分値Xを、280at%nm以下とすれば剥離しないことが実験から判明しており、基準値を上回る十分な硬質皮膜の密着性を確保することができた。
【0078】
次に、本発明の第二実施例であるアークイオンプレーティング法による硬質皮膜の形成方法について、図4および図5を用いて説明する。図4は本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成装置の全体構成を示す模式図、図5は本発明の第二実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法のプロセスチャート図である。
【0079】
図4に示す如く、第二実施例に係るアークイオンプレーティング法に用いる硬質皮膜形成装置21は、真空チャンバー22、カソード23、アノード24、テーブル25、アーク電源26、バイアス電源27、ヒーター28およびフィラメント30等からなる構成としている。
また、従来の真空チャンバー52と同様に、真空チャンバー22は密閉性のある筐体により構成され、ガス供給口31および真空排気口32が形成されている。
このように、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成装置21はフィラメント30を有している点が従来の硬質皮膜形成装置51と相違している。また、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置1が有しているシャッター9のようなシャッターは有しておらず、フィラメント30以外の他の構成要素が有する機能は従来の硬質皮膜形成装置51と共通している。
【0080】
フィラメント30は、真空チャンバー22内に設けられており、該フィラメント30に通電することによって、真空チャンバー22内でフィラメント放電を起こすことができるものである。
【0081】
ここで、第二実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法を説明する。
(初期真空排気工程)
図5に示す如く、まず始めに、真空チャンバー22内を真空排気して、真空チャンバー22内の残存気体を減少させて真空度を高める。
【0082】
(予熱工程)
次に、ヒーター28によって予熱を行い、真空チャンバー22内の温度を昇温させる。真空チャンバー22内の温度が上昇すると、カソード23の表面等に吸着しているガスが放出される。このとき、放出された吸着ガス等に起因して真空チャンバー22内の圧力が一旦は上昇に転じるが、真空チャンバー22内の真空排気を継続して行うことにより、放出された吸着ガスは真空チャンバー22内から排出される。これにより、真空チャンバー22内の真空度を再び高めている。
【0083】
(中期真空排気工程)
次に、ヒーター28による予熱を停止して、さらに継続して真空排気を行い、真空チャンバー22内の圧力を、所望する真空度まで高める。
このように、第二実施例に係る硬質皮膜形成方法では、中期真空排気工程までは、従来の硬質皮膜形成方法と同様とすることができる。
【0084】
(金属イオンボンバード工程)
次に、カソード23とアノード24との間で真空アーク放電を発生させて、カソード23の表面から皮膜形成材料を蒸発させてイオン化させる。これと同時に、バイアス電源27によって、ワーク33・33・・・に負のバイアス電圧を印加する。これにより、カソード23の表面から蒸発した正の金属イオンが、負の電位が付与されたワーク33・33・・・によって強力に引き寄せられる。そして、金属イオンがワーク33・33・・・の表面に衝突し、ワーク33・33・・・の表面に金属イオンが堆積する。
【0085】
ここで、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成方法では、金属イオンボンバード工程を初期の段階で一旦中断し、金属イオンの初期皮膜が形成された時点でガスイオンボンバード工程を行うようにしている。従来、金属イオンボンバード工程は、5〜10分程度行われるが、初期皮膜形成のために、30〜60秒程度で金属イオンボンバード工程を一旦中断するようにしている。このとき、金属イオンボンバード工程を行うことによって、カソード3周辺の吸着ガスは真空チャンバー22内に放出されている。また、初期皮膜には金属酸化物が含まれた状態となっている。
【0086】
ガスイオンボンバード工程は、まず真空チャンバー22内に不活性ガス(例えば、Ar(アルゴン)等)を供給し、真空チャンバー22内を不活性ガス雰囲気とする。また、ワーク33・33には正のバイアス電圧を付与しておく。その後、真空チャンバー22内の圧力を一定に保持しながらフィラメント30に通電し、フィラメント放電を発生させる。このフィラメント放電により不活性ガスがイオン化し、ワーク33・33・・・にガスイオンを強力に吸着させることによってガスイオンボンバード工程を行うようにしている。
【0087】
即ち、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成方法では、ガスイオンボンバード工程は、真空チャンバー22内にフィラメント30を設け、不活性ガス雰囲気の真空チャンバー2内でフィラメント30による放電を発生させて行っている。
これにより、不活性ガスによるガスイオンボンバード工程を容易に行うことができるのである。
【0088】
また、硬質皮膜形成装置21にフィラメント30は設けずに、バイアス電源27によってワーク33・33・・・に負の高バイアス電圧を印加して、グロー放電を発生させる構成とすることも可能である。この場合、グロー放電により不活性ガスがイオン化し、ワーク33・33・・・にガスイオンを吸着させることによってガスイオンボンバード工程を行うことができる。この場合、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成装置21の構成は従来の硬質皮膜形成装置51と同様でよい。
【0089】
即ち、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成方法では、ガスイオンボンバード工程は、ワーク33・33・・・に負のバイアス電圧を印加して、不活性ガス雰囲気の真空チャンバー2内でグロー放電を発生させて行うこともできる。
この場合にも、不活性ガスによるガスイオンボンバード工程を容易に行うことができるのである。
【0090】
そして、ガスイオンボンバード工程を行うことにより、初期皮膜から金属酸化物が除去され、ワーク33・33・・・の表面(即ち、界面)には金属酸化物を含まない純金属のみの中間層が形成される。これにより、界面における酸素濃化を抑制することができる。
【0091】
また、ガスイオンボンバード工程を行うことにより、真空チャンバー22内のワーク33・33・・・や、カソード23の周辺およびその他治具等から吸着ガスが十分に放出される。これによって、ガスイオンボンバードの後に金属イオンボンバードを行う際に、真空チャンバー22内のワーク33・33・・・や、カソード23の周辺およびその他治具等から吸着ガスが放出されないため、残存気体が十分に除去された状態で金属イオンボンバード工程を行うことができる。
【0092】
この場合、金属酸化物を含まない純金属のみの中間層に対して、残存気体が十分に除去された状態でその後の金属イオンボンバード工程を行うことができ、ワーク13・13・・・の表面に金属イオンの酸化物が堆積することが抑制され、界面における酸素濃化を抑制することができる。
【0093】
尚、界面における酸素濃化をどの程度まで抑制すればよいかの指標となる基準値(即ち、酸素濃度面積積分値X)は選定する硬質皮膜材料に応じて異なってくるが、完成した硬質皮膜をAES分析法によって分析し、界面の酸素濃度を基準値以下であるか否かを調査し、その硬質皮膜が形成された際の成膜条件と照合しながら、ガスイオンボンバード工程の実施時間等を調整することによって成膜条件を整えていくことができる。そして、調査により得られた基準値および成膜条件を守ることによって、容易に硬質皮膜の密着性を確保することができる。
【0094】
例えば、硬質皮膜材料としてTiNを選定した場合、酸素濃度面積積分値Xが280at%nm以下となるようにガスイオンボンバード工程の実施時間を調整し成膜条件を整えれば、ロックウェル硬さ計のダイヤモンド圧子を150kgfの力で押圧しても剥離が発生しない硬質皮膜を形成することができ、硬質皮膜の密着性を容易に確保することができる。
【0095】
即ち、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成装置21による硬質皮膜形成方法は、アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法であって、硬質皮膜の形成対象となるワーク33・33・・・と、ワーク33・33・・・に形成する硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下としている。
これにより、選定した硬質皮膜材料に応じた酸素濃度面積積分値Xの基準値に応じて成膜条件を整えることができ、容易に基材と硬質皮膜の密着性を確保することができるのである。
【0096】
また、ワーク33・33・・・に初期皮膜を形成する初期の金属イオンボンバード工程と、前記初期皮膜に対して不活性ガスを用いて行われるガスイオンボンバード工程と、前記ガスイオンボンバード工程の後に行われる後期の金属イオンボンバード工程とを備えた金属イオンボンバード工程を実施することにより、硬質皮膜の形成対象となるワーク33・33・・・と、ワーク33・33・・・に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、予め設定した基準濃度以下としている。
【0097】
これにより、初期の金属イオンボンバード工程における初期段階の真空アーク放電によって、カソード23から吸着ガスを離脱させるとともに、その後のガスイオンボンバード工程によって、初期皮膜に含まれる金属酸化物を除去することができるのである。これにより、その後後期の金属イオンボンバード工程を行う際には、カソード23やワーク33・33・・・等からの吸着ガスの離脱が低減され、また、33・33・・・等からの吸着ガスの離脱も低減することができ、真空チャンバー22内の真空度をより高めることができるのである。
【0098】
(硬質皮膜形成工程)
次に、真空チャンバー22内に、ガス供給口31から不活性ガス(例えば窒素等)を供給し、真空チャンバー22内を不活性ガス雰囲気とする。そして、不活性ガス雰囲気中でカソード23とアノード24との間で真空アーク放電を発生させて、カソード23の表面から皮膜形成材料を蒸発させてイオン化させる。これと同時に、バイアス電源27によって、ワーク33・33・・・に負のバイアス電圧を印加する。このとき、正の金属イオンは、負の電位が付与されたワーク33・33・・・によって強力に引き寄せられるとともに、金属イオンは不活性ガスと反応して硬質皮膜化するため、ワーク33・33・・・の表面に硬質皮膜が形成される。
【0099】
金属イオンボンバード工程において、カソード23の周辺やカソード23の周辺以外に吸着しているガスを既に十分に放出させてあるため、硬質皮膜形成工程における新たな吸着ガスの放出が抑えられる。このため、真空チャンバー22内から残存気体が十分に除去された状態で硬質皮膜形成工程を行うことができる。これにより、硬質皮膜形成工程において、ワーク33・33・・・の表面に金属酸化物が堆積することが抑制される。
【0100】
ここで、本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成装置21による硬質皮膜成形方法の適用例として、ターゲットに(即ち、カソード23の材質として)チタンを選定し、また硬質皮膜形成工程時に真空チャンバー22内に供給する不活性ガスとして窒素を選定して、TiN硬質皮膜を形成する例について説明する。
【0101】
この場合、金属イオンボンバード工程において、初期段階でチタンイオンによる金属イオンボンバード工程を30〜60秒で一旦中止し、チタンイオンの初期皮膜を形成するようにした。
【0102】
次に、真空チャンバー22内にAr(アルゴン)を供給し、真空チャンバー22の内圧を1.3Paに保持しつつ、Arイオンによるガスイオンボンバード工程を行った。ガスイオンボンバード工程は、フィラメント30に5Aの放電電流を通電しつつ、バイアス電源27によってワーク33・33・・・に500Vの負の電圧を付与して行った(または、フィラメント30によるフィラメント放電を行わずに、バイアス電源27によってワーク33・33・・・に800〜1000Vの負の電圧を付与してグロー放電を発生させてもよい。)。これにより、金属イオンボンバード工程においてチタンイオンの酸化物がワーク33・33・・・に付着することを防止するようにし、界面において酸素濃化を確実に抑制するようにした。
【0103】
その結果、その他の各工程を経て形成されたTiN硬質皮膜について、界面周辺の組成をAES分析法により分析すると、界面における酸素濃度面積積分値Xを、150at%nmに抑えることができた。硬質皮膜材料としてTiNを選定する場合、界面における酸素濃度面積積分値Xを、280at%nm以下とすれば剥離しないことが実験から判明しており、基準値を上回る十分な硬質皮膜の密着性を確保することができた。
【0104】
また、剥離が発生しない酸素濃度面積積分値Xの基準値を予め硬質皮膜の材質に応じて得ておくことによって、形成した硬質皮膜に対して、界面付近の組成をAES分析法で分析することにより、非破壊で容易に硬質皮膜の密着性を評価することが可能となる。
つまり、本実施例では硬質皮膜の材質がTiNである場合の、基材と硬質皮膜との密着性確保に必要な界面における酸素濃度面積積分値Xの基準値が280at%nmであることを提示したが、その他の硬質皮膜の材質(例えば、TiAlNやTiCN等)に対しても、剥離が発生しない酸素濃度面積積分値Xの基準値を予め得ておくことによって、特定の硬質皮膜の材質に限定されることなく容易に硬質皮膜の密着性を評価することができるのである。
【0105】
即ち、本発明の第一実施例および第二実施例に係る硬質皮膜形成方法により形成する硬質皮膜は、アークイオンプレーティング法によって形成する硬質皮膜であって、硬質皮膜の材質としてTiNを採用し、硬質皮膜の形成対象となるワーク13・13・・・と、ワーク13・13・・・に形成する硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、280at%nm以下とするようにしている。
このように、ワーク13・13・・・と硬質皮膜の密着性を評価する基準を定めることにより、密着性の良いTiN硬質皮膜を形成することができるのである。
【0106】
また、本発明に係る硬質皮膜評価方法は、硬質皮膜の密着性を評価する硬質皮膜評価方法であって、硬質皮膜とワーク13・13・・・との界面に存在する酸素の酸素濃度を計測し、該酸素濃度から酸素濃度面積積分値Xを求めて、該酸素濃度面積積分値Xによって硬質皮膜の密着性を評価している。
これにより、容易に硬質皮膜の密着性を評価することができるのである。
【0107】
さらに、本発明に係る硬質皮膜評価方法は、硬質皮膜とワーク13・13・・・との界面に存在する酸素の酸素濃度の計測は、AES分析法(オージェ電子分光分析法)により行うようにしている。
これにより、非破壊で硬質皮膜の密着性を評価することができるのである。
【0108】
また、本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成方法と、第二実施例に係る硬質皮膜形成方法を組み合わせた硬質皮膜形成方法とすることも可能である。第一実施例に係る硬質皮膜形成方法と第二実施例に係る硬質皮膜形成方法を組み合わせることによって、より確実に硬質皮膜の密着性を確保することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】本発明の第一実施例に係る硬質皮膜形成装置の全体構成を示す模式図。
【図2】本発明の第一実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法のプロセスチャート図。
【図3】本発明の第一実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法の金属イオンボンバード工程を示すプロセスチャート図。
【図4】本発明の第二実施例に係る硬質皮膜形成装置の全体構成を示す模式図。
【図5】本発明の第二実施例に係るアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法のプロセスチャート図。
【図6】従来の硬質皮膜形成装置の全体構成を示す模式図。
【図7】従来のアークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法のプロセスチャート図。
【図8】(a)AES分析法による界面の組成の分析結果(剥離が発生する場合)を示す説明図、(b)AES分析法による界面の組成の分析結果(剥離が発生しない場合)を示す説明図。
【図9】剥離の発生状況と界面の酸素濃度面積積分値との相関関係を示す説明図。
【符号の説明】
【0110】
1 硬質皮膜形成装置
2 真空チャンバー
3 カソード
4 アノード
6 アーク電源
7 バイアス電源
9 シャッター
13 ワーク
26 アーク電源
27 バイアス電源
30 フィラメント
33 ワーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アークイオンプレーティング法による硬質皮膜形成方法であって、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
予め設定した基準濃度以下とする、
ことを特徴とする硬質皮膜形成方法。
【請求項2】
前記硬質皮膜形成方法が備える金属イオンボンバード工程より以前に、
前記基材を0V以上の電位に保持しつつ、
アノードとカソードとの間で真空アーク放電を発生させて、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
予め設定した基準濃度以下とする、
ことを特徴とする請求項1記載の硬質皮膜形成方法。
【請求項3】
前記真空アーク放電の発生中には、
前記基材と前記カソードとの間に遮蔽物を配置する、
ことを特徴とする請求項2記載の硬質皮膜形成方法。
【請求項4】
前記基材に初期皮膜を形成する初期の金属イオンボンバード工程と、
前記初期皮膜に対して不活性ガスを用いて行われるガスイオンボンバード工程と、
前記ガスイオンボンバード工程の後に行われる後期の金属イオンボンバード工程とを備えた金属イオンボンバード工程を実施することにより、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
予め設定した基準濃度以下とする、
ことを特徴とする請求項1記載の硬質皮膜形成方法。
【請求項5】
前記ガスイオンボンバード工程は、
真空チャンバー内にフィラメントを設け、
不活性ガス雰囲気の前記真空チャンバー内でフィラメントによる放電を発生させて行う、
ことを特徴とする請求項4に記載の硬質皮膜形成方法。
【請求項6】
前記ガスイオンボンバード工程は、
前記基材に負の高バイアス電圧を印加して、
不活性ガス雰囲気の真空チャンバー内でグロー放電を発生させて行う、
ことを特徴とする請求項4に記載の硬質皮膜形成方法。
【請求項7】
アークイオンプレーティング法によって形成する硬質皮膜であって、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
予め設定した基準濃度以下とした、
ことを特徴とする硬質皮膜。
【請求項8】
前記硬質皮膜を形成する際に実施される金属イオンボンバード工程より以前に、
前記基材を0V以上の電位に保持しつつ、
アノードとカソードとの間で真空アーク放電を発生させて、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
予め設定した基準濃度以下とした、
ことを特徴とする請求項7記載の硬質皮膜。
【請求項9】
前記基材に初期皮膜を形成する初期の金属イオンボンバード工程と、
前記初期皮膜に対して不活性ガスを用いて行われるガスイオンボンバード工程と、
前記ガスイオンボンバード工程の後に行われる後期の金属イオンボンバード工程とを備えた金属イオンボンバード工程を実施することにより、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
予め設定した基準濃度以下とした、
ことを特徴とする請求項7記載の硬質皮膜。
【請求項10】
アークイオンプレーティング法によって形成する硬質皮膜であって、
硬質皮膜の材質として窒化チタンを採用し、
前記硬質皮膜の形成対象となる基材と、
該基材に形成する前記硬質皮膜との界面において存在する酸素濃度を、
280at%nm以下とした、
ことを特徴とする硬質皮膜。
【請求項11】
硬質皮膜の密着性を評価する硬質皮膜評価方法であって、
前記硬質皮膜と基材との界面に存在する酸素の酸素濃度を計測し、
該酸素濃度から酸素濃度面積積分値を求めて、
該酸素濃度面積積分値によって硬質皮膜の密着性を評価する、
ことを特徴とする硬質皮膜評価方法。
【請求項12】
前記硬質皮膜と基材との界面に存在する酸素の酸素濃度の計測は、
オージェ電子分光分析法により行う、
ことを特徴とする請求項11記載の硬質皮膜評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−191308(P2009−191308A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−32233(P2008−32233)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】