説明

硬質皮膜被覆工具

【目的】 TiAlN皮膜の耐摩耗性ならびに密着性を犠牲にすること無く更に耐酸化性を改善し、切削加工の乾式化、高速化に対応する硬質皮膜被覆工具を提供することが目的である。
【構成】 高速度鋼、超硬合金、サーメット、セラミックスの何れかを母材とし、金属成分のみの原子%で、Si、Cr、Nbの1種もしくは2種以上が10%以上60%以下、残Tiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかで、層厚が0.1μm〜3μmであるa層と、金属成分のみの原子%が、Al:40%越え75%以下、残Tiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかであるb層とが、それぞれ一層以上交互に被覆され、かつb層が母材表面直上にあることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明が属する技術分野】本願発明は、金属材料等の切削加工に使用される硬質皮膜被覆工具に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来TiN、TiCN等を被覆した切削工具が汎用的かつ一般的であった。TiNは比較的耐酸化性に優れるため、切削時の発熱によって生じる工具のすくい面摩耗に対して、優れた耐摩耗性を示すだけでなく、母材との密着性も良好であることが特長である。また、TiCNは、TiNに比べ高硬度であるため、工具の逃げ面摩耗に対して優れた特性を示す。しかしながら、金属加工の高能率化を目的とした切削速度の高速化傾向に対し、上記硬質皮膜では、十分な耐酸化性、耐摩耗性を示さなくなった。この様な背景から、皮膜の耐酸化性、耐摩耗性をより向上させる研究がなされ、その結果、特開昭62−56565号、特開平2−194159号に代表されるTiAlN皮膜が開発され切削工具に適用されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】TiAlN皮膜は、その皮膜中に含有するTiとAlの成分比率により異なるものの、概略2300〜2800のビッカース硬さを有すだけではなく、耐酸化性が、前記TiN、TiCNに比べ優れるため、刃先が高温に達する切削条件下においては、切削工具の性能を著しく向上させる。しかしながら、近年では切削速度が更に高速化する傾向に加え、乾式での切削加工が環境問題上重要視され、切削工具の使用環境はますます苛酷なものとなってきている。
【0004】本発明者等の研究によれば、大気中におけるTiAlN皮膜の酸化開始温度は、TiNの450℃に対し、Alの添加量に依存して750〜900℃に向上する。しかしながら、前述の乾式高速切削加工においては、使用する工具の刃先温度が900℃以上の高温に達するため、前記TiAlN皮膜では、十分な工具寿命が得られないのが現状である。
【0005】
【本発明の目的】本願発明はこうした事情に鑑みなされたものであって、従来のTiAlN皮膜の耐摩耗性ならびに密着性を犠牲にすること無く更に耐酸化性を改善し、切削加工の乾式化、高速化に対応する硬質皮膜被覆工具を提供することが目的である。
【0006】
【課題を解決するための手段】発明者等は、硬質皮膜の耐酸化性、耐摩耗性、母材との密着性に及ぼす、様々な元素の影響および皮膜の層構造について詳細な検討を行った結果、Si、Cr、Nbの1種もしくは2種以上を適量含有したTiを主成分とする窒化物、炭窒化物、酸窒化物もしくは酸炭窒化物(以下、Ti系窒化物等と記す。)の皮膜と、TiとAlを主成分とした窒化物、炭窒化物、酸窒化物もしくは酸炭窒化物(以下、TiAl系窒化物等と記す。)に含まれる金属成分を特定値内に制限した皮膜を、それぞれ一層以上交互に被覆し、その際、上述のTiAl系窒化物等の皮膜を母材表面直上にすることで、乾式の高速切削加工において、切削工具の性能が極めて良好となることを見出し本発明に到達した。
【0007】すなわち、本発明は、高速度鋼、超硬合金、サーメット、セラミックスの何れかを母材とし、金属成分のみの原子%で、Si、Cr、Nbの1種もしくは2種以上が10%以上60%以下、残Tiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかで、層厚が0.1μm〜3μmであるa層と、金属成分のみの原子%が、Al:40%越え75%以下、残Tiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかであるb層とが、それぞれ一層以上交互に被覆され、かつb層が母材表面直上にあることを特徴とする硬質皮膜被覆工具であり、更に上記硬質皮膜は、物理蒸着法により被覆されたことが望ましい。
【0008】
【発明の実施の形態】はじめに請求項中記載のa層に関して、その構成要件について詳しく述べる。
【0009】一般にTiAlN皮膜は、大気中で酸化テストを行うと、皮膜表面近傍のAlが最表面に外向拡散し、そこでアルミナ層を形成する。本発明者らの研究によれば、このことが耐酸化性向上の理由と考えられるが、この時、アルミナ層直下には、Alを含有しない非常にポーラスなTi酸化物が形成する。静的である酸化テストにおいては、最表面に形成されたアルミナ層が、酸化の進行である酸素の内向拡散に対し、酸化保護膜として機能するものの、動的な切削においては、最表面のアルミナ層は、その直下のポーラスなTi酸化物層より容易に剥離してしまい、酸化の進行に対し十分な効果を発揮しない。
【0010】しかしながら、Si、Cr、Nbの1種もしくは2種以上を、Ti系窒化物等に適量添加させることで、皮膜自体の耐酸化性が極めて向上するだけでなく、最表面には、酸化保護膜となるSi、Cr、Nbを含有する非常に緻密な複合酸化物層が形成され、また、その直下には酸化保護膜の剥離原因となるポーラスなTi酸化物は形成されないことを確認した。上記効果を得るには、Si、Cr、Nbの1種もしくは2種以上が、皮膜の金属成分のみの原子%で、10%以上含有していなければならず、逆に60%を越えて含有すると、皮膜の延性ないしは硬さの低下が顕著になり、切削工具としての使用に耐えられなくなる。
【0011】本発明のa層は、その層厚を0.1μm〜3μmに限定する。a層の層厚が0.1μm未満の場合、酸素の内向拡散に対して層厚が十分でないため、上述の耐酸化性向上効果が顕著に表れない。また、a層の層厚が3μmを越えると切削中にa層の破壊もしくは剥離が発生する。そのためa層の層厚を0.1μm〜3μmとする。望ましくは0.3μm〜2μmである。
【0012】上記a層は、静的および動的条件下において優れた耐酸化性を有すものの、母材との密着性においては十分でない。そのため、母材表面直上には、密着性、耐摩耗性、耐酸化性等をバランス良く適度に有す皮膜、TiAl系窒化物等である請求項中に記載のb層を被覆することが必要である。TiAl系窒化物等の皮膜であるb層におけるAlの役割は、皮膜の耐摩耗性および耐酸化性を向上させることである。皮膜中におけるAl含有量が少ないほど、母材と皮膜の密着性は良好となるが、皮膜の金属成分のみの原子%で、Alが40%以下となると、皮膜の耐摩耗性、耐酸化性を向上させる効果が得られない。しかしながら、75%を越えて含有すると、母材と皮膜の密着性が劣化するだけでなく、逆に皮膜の硬さも低下し、工具として必要な耐摩耗性が得られない。そのため、密着性、耐摩耗性、耐酸化性をバランス良く得るためには、b層のAl含有量を、皮膜の金属成分のみの原子%で、40%越え75%以下に調整することが重要である。
【0013】以上のように本発明においては、母材との密着性、皮膜自体の耐摩耗性および耐酸化性をバランス良く有すb層を母材表面直上に被覆し、その上に著しく耐酸化性に優れるa層を被覆することが極めて重要であり、その結果、乾式の高速切削に対応する切削工具を得ることが可能となる。また、母材表面直上にb層を被覆した後、a層ならびにb層をそれぞれ交互に積層した多層皮膜によっても同様の効果が得られる。
【0014】また、各層は必要に応じて窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかに調整でき、それらを被覆した工具についても同様の効果が得られる。
【0015】本発明の硬質皮膜被覆工具は、その被覆方法については、特に限定されるものではないが、被覆母材への熱影響、工具の疲労強度、皮膜の密着性等を考慮した場合、比較的低温で被覆でき、被覆した皮膜に圧縮応力が残留するアーク放電方式イオンプレーティング、もしくはスパッタリング等の被覆母材側にバイアス電圧を印加する物理蒸着法であることが望ましい。
【0016】以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
【0017】
【実施例1】小型アークイオンプレーティング装置を用い、金属成分の蒸発源である各種合金製ターゲット、ならびに反応ガスであるN2ガス、CH4ガス、Ar/O2混合ガスから目的の皮膜が得られるものを選択し、被覆基体温度400℃、反応ガス圧力3.0Paの条件下にて、被覆基体である外径8mmの超硬合金製6枚刃エンドミルおよび超硬合金製インサートに−150Vの電位を印加し、全皮膜の厚みが4μmとなるように成膜を行った。
【0018】得られた硬質皮膜被覆エンドミルおよびインサートを用い、次に示す乾式の高速切削条件にて、刃先の欠けないしは摩耗等により工具が切削不能となるまで加工を行い、その時の切削長を工具寿命とした。表1に本発例および比較例に関する硬質皮膜の詳細およびその切削結果を示す。また、併せて表2に従来例の切削結果についても示す。
【0019】(エンドミル切削条件)
工具 :超硬合金製6枚刃エンドミル 外径8mm切削方法:側面切削ダウンカット被削材 :SKD11(硬さ60HRC)
切り込み:Ad 12mm×Rd 0.4mm切削速度:150m/min送り :0.03mm/tooth切削油 :エアーブロー
【0020】(インサート切削条件)
工具 :SEE42TN切削方法:巾100mm×長さ250mmの面取り加工被削材 :SKD61(硬さ45HRC)
切り込み:2.0mm切削速度:150m/min送り :0.15mm/rev切削油 :なし
【0021】
【表1】


【0022】
【表2】


【0023】表1および表2より、本発明例は、比較例ならびに従来例と比べて、工具寿命が著しく向上しており、乾式高速切削加工に十分対応することがわかる。比較例31は、皮膜の組成、厚みについては本発明に含まれるものであるが、皮膜の層構造が異なるため、エンドミルおよびインサート、両工具の切削において、皮膜の剥離が早期に生じ、非常に短寿命となった。また、比較例34はb層のAl含有量が極端に多いため、切削中に同b層より剥離が生じ極端な短寿命となった。
【0024】
【発明の効果】以上の如く、本発明の硬質皮膜被覆工具は、従来の被覆工具に比べ優れた耐酸化性、耐摩耗性を有すことから、乾式高速切削加工において格段に長い工具寿命が得られ、切削加工における生産性の向上に極めて有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 高速度鋼、超硬合金、サーメット、セラミックスの何れかを母材とし、金属成分のみの原子%で、Si、Cr、Nbの1種もしくは2種以上が10%以上60%以下、残Tiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかで、層厚が0.1μm〜3μmであるa層と、金属成分のみの原子%が、Al:40%越え75%以下、残Tiで構成される窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物のいずれかであるb層とが、それぞれ一層以上交互に被覆され、かつb層が母材表面直上にあることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
【請求項2】 請求項1記載の硬質皮膜を物理蒸着法により被覆したことを特徴とする硬質皮膜被覆工具。

【公開番号】特開2000−218407(P2000−218407A)
【公開日】平成12年8月8日(2000.8.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−19698
【出願日】平成11年1月28日(1999.1.28)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】