説明

硬質皮膜被覆摺動部材

【課題】耐摩耗性、潤滑特性に優れ、更に硬質皮膜内の残留圧縮応力が低減させて硬質皮膜の厚膜化を可能にし、過酷な摺動環境下においても部材の摩耗、焼き付き、相手材の攻撃性を低減させることのできる硬質皮膜被覆部材を提供する。
【解決手段】硬質皮膜の少なくとも1層は(Cr(100−α)Siα)(N(100−γ−η)γη)で示され、0.5≦α≦20、0<γ<45、0≦η≦55を満たし、GはC、O、Sから選択される少なくとも1種以上を有し、岩塩構造型の(200)面にX線回折ピーク強度を有し、半価幅が0.5度以上、2.0度以下であり、少なくともSi及び/又はBの窒化物相、酸化物相、金属相から選択される少なくとも1種以上を有し、該硬質皮膜はSi含有量の濃度変調を有し、該硬質皮膜の膜厚は1μm以上、60μm未満であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、冷間加工、引き抜き加工、押し出し加工、冷間鍛造、圧縮加工、曲げ加工、絞り加工、せん断加工等に使用される金型や内燃機関に使用されるエンジン部品であるカム、ピストンリング、内燃機関の過給圧制御用部品等の硬質皮膜被覆摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジン部品、各種機械部品などの摺動部には摺動特性にすぐれた表面処理を形成し、部材の長寿命化が図られている。物理的蒸着法によりTiN、TiC、CrN等の硬質皮膜を被覆することにより、耐摩耗性及び耐焼付性を改善する検討が行われ、これに関する技術が以下の特許文献1、2に開示されている。
特許文献1は、Cr−N系、Cr−N−O系、Cr−B−N系、Cr−B−N−O系、Ti−N系の硬質皮膜を被覆したピストンリングの技術が開示されている。
特許文献2は、構成元素の原子比でクロム:珪素:窒素=1:0.05〜1.2:0.1〜1.2の範囲から成る組成を有し、かつ少なくとも窒化クロムと窒化珪素が存在する皮膜を基体に被覆したことを特徴とする摺動材料が開示されている。Cr系皮膜に珪素を添加することにより、高硬度化が達成され、耐摩耗性の改善に貢献する。しかし、硬質皮膜が脆くなってしまうことに加え、潤滑性の改善が十分ではなく、焼き付きが発生する場合や相手材の攻撃性が高くなってしまう等の課題を有する。
【0003】
【特許文献1】特開平5−195196号公報
【特許文献2】特許第3311767号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明は硬質皮膜被覆摺動部材において、耐摩耗性、潤滑特性に優れ、更に硬質皮膜内の残留圧縮応力が低減させて硬質皮膜の厚膜化を可能にし、過酷な摺動環境下においても部材の摩耗、焼き付き、相手材の攻撃性を低減させることのできる硬質皮膜被覆部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、硬質皮膜が被覆された硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の少なくとも1層は(Cr(100−α)Siα)(N(100−γ−η)γη)で示され、但し、α、γ、ηは原子%を表し、金属成分のみの原子%を100及び非金属成分の原子%を100としたとき、0.5≦α≦20、0<γ<45、0≦η≦55を満たし、GはC、O、Sから選択される少なくとも1種以上を有し、該硬質皮膜は岩塩構造型の(200)面にX線回折ピーク強度を有し、該X線回折ピーク強度の半価幅が0.5度以上、2.0度以下であり、少なくともSi及び/又はBの窒化物相、酸化物相、金属相から選択される少なくとも1種以上を有し、該硬質皮膜はSi含有量の濃度変調を有し、該硬質皮膜の膜厚は1μm以上、60μm未満であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材である。上記の構成を採用することにより、耐摩耗性、潤滑特性に優れ、更に硬質皮膜内の残留圧縮応力が低減させて硬質皮膜の厚膜化を可能にし、過酷な摺動環境下においても部材の摩耗、焼き付き、相手材の攻撃性を低減させることを可能とする硬質皮膜被覆部材を提供することが可能となる。
【0006】
本願発明の硬質皮膜被覆摺動部材は、該CrSi系皮膜の他に別の硬質皮膜との積層構造になっていることが好ましい。ここで他の硬質皮膜とは、4a、5a、6a及びAl、Siから選ばれる1種以上と、C、N、O、B、Sから選ばれる1種以上とを有することが好ましい。該硬質皮膜の最上層は、硬質炭素膜及び/又は硬質炭素膜を含む積層皮膜であることが好ましい。或いは該硬質皮膜の最上層は、硫化物を主体とした硬質皮膜及び/又は硫化物を主体とした硬質皮膜を含む積層皮膜であることが好ましい。積層皮膜を採用する場合、該硬質皮膜の積層周期は100nm以上、500nm未満であることが好ましく、積層周期が0.5nm以上、30nm未満とすることが更に好ましい。積層皮膜を採用することにより、摺動部材の寿命を大幅に改善することができる。該硬質皮膜は層厚方向に残留圧縮応力の勾配若しくは周期性を有することが好ましい。この場合、耐剥離性に有効であり硬質皮膜の厚膜化を可能にする。該硬質皮膜の最上層から膜厚方向に200nm未満の領域で、少なくともC、O、S、Bから選ばれる1種の元素濃度が最大となることが好ましい。この場合、摺動特性を高めることができる。該硬質皮膜は、摺動部材の基体との界面に窒化層を有することが好ましい。この場合、更に部材寿命を高めることができる。該硬質皮膜は、摺動部材の基体との界面を機械的に平滑化することが好ましい。この場合、局部摩耗を低減させ、硬質皮膜を有効に活用することができる。本願発明の硬質皮膜被覆摺動部材は、金型、ピストンリング又は、内燃機関の過給圧制御用部品に適用することが好ましい。この場合、摺動部材としての寿命を大幅に向上させることができる。ここで内燃機関の過給圧制御用部品としては、例えば内燃機関のターボチャージャーの制御装置用部品であるコンプレッサ、タービン及びウエイストゲート等がある。本願発明の硬質皮膜は、物理的蒸着法を適用して被覆することが好ましい。特にイオンプレーティング法やスパッタ法による被覆方法が有効である。
【発明の効果】
【0007】
本願発明の硬質皮膜被覆摺動部材を適用することにより、過酷な摺動環境下においても部材の摩耗、焼き付き、相手材の攻撃性を低減させることが可能となり、長寿命な硬質皮膜被覆摺動部材を提供することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本願発明の硬質皮膜は、硬質皮膜を最適な組成、積層構造、組織構造、機械的特性に制御することにより、課題を解決することができる。従って、本願発明の硬質皮膜の少なくとも1層は、(Cr(100−α)Siα)(N(100−γ−η)γη)で示され、但し、α、γ、ηは原子%を表し、0.5≦α≦20、0≦β<60、0<γ<45、0≦η≦55を満たし、GはC、O、Sから選択される少なくとも1種以上を有する皮膜組成とする。ここで、皮膜組成式の(Cr(100−α)Siα)は金属成分元素であり、(N(100−γ−η)γη)は非金属成分元素である。硬質皮膜の組成は金属成分に対する非金属成分の原子比率が必ずしも1対1であることを示すものではなく、金属成分と非金属成分を分けて記載したものである。α値が原子%で0.5%未満の場合、Siによる硬質皮膜の硬化が十分ではなく、耐摩耗性に乏しい。一方、20%を超えて多い場合、硬質皮膜の脆化が著しく、耐剥離性が低下する。また摺動部材として機能する時の相手材への攻撃性が極めて高くなる。従って、上記範囲に限定する。ここで、相手材への攻撃性とは、例えば摺動により相手材が摩耗により擦り減る現象のことである。
γ値は0<γ<45とする。B元素を必須成分とすることにより、硬度と潤滑性を同時に高めることができ、摺動部材の寿命向上に有効である。また、Siと同時に添加することにより、Siを単独で添加する場合よりも、さらに硬質皮膜の高硬度化に有効であることも確認されている。B元素に起因する硬度の向上は、少量の場合、例えばγ<5%においては、硬質皮膜の結晶化を促進することによる高硬度化が期待できる。それ以上の場合、例えばγ≧5%の添加においては、成膜過程もしくは摩耗環境下において、h−BN相の形成による潤滑効果が期待できる。しかし、γ≧45%の場合は皮膜硬度が低下し、耐摩耗性が急激に低下する場合が確認されているため不都合である。γ値の適正化によって硬度と潤滑性を同時に高めることができ、摺動部材の寿命向上に有効である。B元素に起因する硬度の向上はc−BN相による。また潤滑性の向上はh−BN相による。両者の含有比率を最適化することによって、硬度と潤滑性を同時に高めることが可能である。c−BN相とh−BN相の含有比率は、成膜時に印加するバイアス電圧値によって制御可能である。
GはC、O、Sから選択される少なくとも1種以上を含有することによって優れた部材寿命が得られる。Cは、硬度と潤滑性を同時に高めることができる。Oは、適量であれば硬質皮膜内の残留圧縮応力低減に有効に作用する。Oの好ましい含有量は、25%未満である。Sは、特に潤滑性を高めることができ、摺動時の相手材の摩耗を低減させる効果がある。Sの添加方法は、イオンプレーティング法、スパッタ法によっても添加することができる。η値は0≦η≦55とする。η値が55%を超えて多いい場合、耐摩耗性が急激に低下するため不都合である。
本願発明の硬質皮膜は岩塩構造型の(200)面にX線回折ピーク強度を有し、X線回折ピーク強度の半価幅が、0.5度以上、2.0度以下とする必要がある。ピーク強度はθ−2θ法によるX線回折測定により得られる。(200)面にX線回折ピーク強度得られ、半価幅が0.5度以上、2.0度以下の範囲内に結晶構造を制御することにより、残留圧縮応力のバランスと結晶粒径に依存する皮膜硬度のバランスが最適となる。
本願発明の硬質皮膜は、少なくともSi及び/又はBの窒化物相、酸化物相、金属相から選択される少なくとも1種以上を有することが必要である。窒化物相、酸化物相、金属相の有無は、例えばX線光電子分光分析において確認することができる。硬質皮膜中のSi及び/又はBが窒化物相として存在する場合、硬度と潤滑性を同時に改善させることができる。また窒化物相に加えて、酸化物相としても存在する場合、特に潤滑性の低減に有効である。窒化物相と酸化物相とが共存する場合が特に好ましい。これに加えて金属相も共存する場合、硬質皮膜内の残留圧縮応力の低減に特に有効である。
本願発明の硬質皮膜はSi含有量の濃度変調の存在が必要である。濃度変調の存在により、硬質皮膜の硬度と潤滑性を同時に改善することができる。SiがCrと固溶体相として存在する場合、皮膜硬度の上昇に伴い、潤滑特性が劣化する。しかし、濃度変調が存在することで、両特性を同時に改善することができる。具体的には、硬質皮膜の同一結晶粒内においてSi濃度変調が存在する場合と、結晶粒子間でSi濃度が異なる場合が存在する。特に後者の方が摺動部材の寿命改善に有効である。
本願発明の硬質皮膜の膜厚は1μm以上、60μm未満被覆されていることを必要とする。該硬質皮膜をイオンプレーティング法やスパッタ法により被覆することで、硬質皮膜組成の制御を容易にするとともに、耐摩耗性に優れ、摺動部材の長寿命化が可能となる。
【0009】
本願発明の硬質皮膜の金属成分は、Cr、Siの他にM成分が含有量βとして含有され、M成分はV、Mo、W、Alから選択される少なくとも1種以上を有し、β値は原子%で0≦β<60を満たすことが好ましい。Mは、V、Mo、W、Alから選択される少なくとも1種以上を含有することによって優れた部材寿命が得られる。特にV、Mo、Wを含有した場合、摺動特性のうち、潤滑特性を高めることができるため好ましい。またAlを含有した場合は、耐摩耗性、耐熱性の改善に有効であるため好ましい。β値は原子%で60%未満とする。この理由は、60%以上含有した場合、硬質皮膜の優れた摺動性、潤滑性や耐摩耗性の特性が大きく異なり、劣るからである。これにより摺動部材としての寿命が大幅に低下してしまう。一方、β値が0%の場合であっても、摺動性、潤滑性や耐摩耗性の特性には満足のいく効果が得られる。
【0010】
本願発明の硬質皮膜は組成の異なる硬質皮膜を積層することにより、更に特性を向上させることができる。他の硬質皮膜は、金属成分として4a、5a、6a及びAl、Siから選ばれる1種以上と、C、N、O、B、Sから選ばれる1種以上とを有する。ここでの特性の向上とは、例えば基体と硬質皮膜との密着強度を高めることである。これには、CrやTi等の窒化物皮膜を採用し、比較的硬度の高いSi含有皮膜との積層構造によって実現することができる。耐摩耗性を改善する場合は、Ti、Al、Cr、Zr、Si、Nb、Mo、Hf、W等の窒化物、又は炭窒化物と比較的硬度の高いSi含有皮膜との積層構造によって実現することができる。硬質皮膜全体の残留圧縮応力を低減する場合には、金属リッチ層を用いることが有効である。
【0011】
本願発明の硬質皮膜の最上層に硬質炭素皮膜を被覆すること及び/又は硬質炭素皮膜を含んだ積層皮膜とすることが、摺層部材の長寿命化に有効である。硬質炭素皮膜は摩擦係数が低く結晶粒径が微細であり、本願発明の硬質皮膜との密着強度にも優れている。最上層において硬質炭素皮膜及び/又は硬質炭素皮膜を含む積層皮膜とすることが、潤滑特性を高めることに有効であり、摺動時の相手材の摩耗量低減に有効に作用するため好ましい。
【0012】
本願発明の硬質皮膜の最上層に硫化物を主体とした硬質皮膜を被覆すること及び/又は硫化物を主体とした硬質皮膜を含む積層皮膜とすることも、摺動部材の長寿命化に有効である。硫化物を主体とした硬質皮膜は、摩擦係数が低く結晶粒径が微細であり、本願発明の硬質皮膜との密着強度にも優れている。最上層において硫化物を主体とした硬質皮膜を含む積層皮膜とすることが、潤滑特性を高めることに有効であり、摺動時の相手材の摩耗量低減に有効に作用するため、好ましい。
【0013】
本願発明の硬質皮膜の積層周期を100nm以上、500nm未満とすることにより、硬質皮膜全体の残留圧縮低減し、硬質皮膜の厚膜化において密着性を確保すること及び摺動部材の長寿命化に有効であり好ましい。
【0014】
本願発明の硬質皮膜の積層周期を0.5nm以上、30nm未満とすることにより、特に硬質皮膜全体の高硬度化に有効であり、耐摩耗性の改善に有効であり、より好ましい形態である。
【0015】
本願発明の硬質皮膜において、層厚方向に残留圧縮応力の勾配若しくは周期性を有した形態とすることにより、硬質皮膜の厚膜化が可能であり好ましい。残留圧縮応力が硬質皮膜の表面側ほど大きくなる様に勾配を付与した場合、硬質皮膜の耐摩耗性を改善することができる。また、層厚方向に交互に残留圧縮応力の大きい層と小さい層となるように、周期性を有した積層構造にすると、特に厚膜化したときの密着性の確保に有効である。
【0016】
本願発明の硬質皮膜の最上層から膜厚方向に200nm未満の領域で、少なくともC、O、S、Bから選ばれる1種の元素濃度が最大となることが好ましい。これにより潤滑性を高めると同時に、摺動時に相手材の攻撃性を低減させることができる。特にC及びBの濃度が最大となる場合、耐摩耗性と潤滑性を高めることができる。O及びSの濃度が最大となる場合、相手材への攻撃性を低減させることが可能である。
【0017】
本願発明の硬質皮膜と該摺動部材の基体との界面に窒化層を有する場合、該硬質皮膜の効果が発揮され易く好ましい。
【0018】
本願発明の硬質皮膜と摺動部材の基体との界面が機械的に平滑化処理されたことが好ましい。これにより摺動部材が均一に摩耗する傾向にあり、硬質皮膜の効果が発揮され易く好ましい。
【0019】
本願発明の硬質皮膜被覆摺動部材が金型、ピストンリング又は内燃機関の過給圧制御用部品として適用される場合、本願発明の硬質皮膜の効果が発揮される。これらは何れも摺動特性が極めて重要であり、これらの用途において最適である。
【0020】
本願発明の硬質皮膜について組成定量分析には、電子プローブX線マイクロアナリシス、オージェ電子分光法、又はX線光電子分光分析により決定した。硬質皮膜の結合状態の解析には、X線光電子分光分析によって行った。分析装置は、PHI社製1600S型X線光電子分光分析装置を用い、分析条件として、X線源はMgKαを用い400Wとし、分析領域は直径0.4mmの円内部を分析した。試料準備は、十分に脱脂洗浄した後、真空装置内で5分間Arイオンガンを用いて表面をエッチングした。処理した試料はワイドスペクトルを測定し、30秒間エッチングした後、ナロースペクトルを測定した。ArイオンガンによるエッチングレートはSiO換算で1.9nm/分であった。半価幅の測定は、θ−2θ法によるX線回折によって行った。以下、実施例に基づき、本願発明を具体的に説明する。
【実施例】
【0021】
(実施例1)
CrSi系皮膜におけるSi含有量とその摩耗特性を評価するために、ディスク材としてサイズ直径がφ20mm、厚さ10mm、材質がSKD61相当を準備した。ディスク材の凹凸が摩擦特性に及ぼす影響を無視するために、アルミナペーストにより鏡面研摩加工し、その後520℃で10時間のガス窒化処理を行った。その後、表面に形成された脆い窒化物相を除去するために、表面を約10μm除去した。そして各種Si含有量が異なるCrSi系皮膜を被覆した。被覆方法は、脱脂洗浄を十分に行い、アーク放電式イオンプレーティング(以下、AIPと記す。)装置の容器内に固定した。
容器内の被覆基体を450℃に保持しながら、容器内の圧力が5×10−4Paになるまで排気を行った。容器内にArガスを導入し、容器内の圧力を5×10−1Paとした。容器内の基体ホルダーに固定された被覆基体は、少なくとも2軸以上の回転機構を有している。容器内に設置された電極でArのイオン化を行い、被覆基体に負バイアス電圧を印加して、被覆基体表面の活性化と酸化物等を除去した。AIP蒸発源に設置したCr金属ターゲットに電流を供給し、更に被覆基体のクリーニング処理を実施した。Arの供給を止め容器内に窒素を導入し、容器内の圧力を9×10−1Paに設定し、AIP蒸発源に設置されたCrSi系金属ターゲットに電流を供給し、放電を開始した。この時、被覆基体には負に印加したバイアス電圧が付与し、被覆基体にCrSi系皮膜を成膜した。被覆膜厚は5μmに設定した。被覆したCrSi系皮膜は何れもSi含有量以外の構成は、本願請求項1の構成要素を満たしていた。CrSi系皮膜の摩耗特性を評価するために、ボールオンディスク型の摩耗試験を実施した。摩耗試験条件を以下に示す。評価は、摺動時間4時間後の摩擦係数、ディスク材の摩耗深さ、ボール材の摩耗深さ測定を行った。
(摩耗試験条件)
ディスク材:SKD61相当(直径:φ20mm、厚さ:10mm)
ボール材:FC250(JISねずみ鋳鉄)
荷重:50N
ボール径:φ6mm
回転半径:8mm
回転数:100回転/分
環境設定:大気中、200℃、潤滑無し
【0022】
摩擦係数の評価結果を図1、ディスク材の摩耗深さの関係を図2、ボール材の摩耗深さの関係を図3に示す。被覆した硬質皮膜を表1、2に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
図1よりSi含有量が及ぼす摩擦係数の影響は、Siを含有しない従来例23よりも、本願発明例1から5の様にSiを適量含有した方が低い摩擦係数を示した。しかし、Si含有量が20原子%以上の比較例19、20は、摩擦係数が従来例23よりも高い値を示した。図2より、Si含有量が及ぼすディスク材の摩耗深さの影響は、Siを含有しない従来例23よりも何れも低い値を示した。最も低い値を示した本願発明例5のSi含有量が5原子%の場合は、従来例23に比べ、約1/3の摩耗深さであった。このことから、最適なSi含有量とすることによって耐摩耗性が優れるといえる。図3より、Si含有量が及ぼすボール材の摩耗深さの影響は、本願発明例2から4のSiを適量含有したものは従来例23に比べ、約1/2の摩耗量であった。このことから、Siを適量含有したCrSi系皮膜は、相手材の攻撃性に対しても良好であることが確認できた。以上の結果からSi含有量は、0.5原子%以上、20原子%以下が好ましい。
【0026】
(実施例2)
本願発明の硬質皮膜の耐焼き付き性を評価するために、表1、2に示す本願発明例6から16、比較例21、22、従来例24の試験片を製作した。試験片の基体は、5mm角のSKD61相当のものを製作し、520℃で10時間のガス窒化処理を行った。表面に形成された脆い窒化物相を除去するために、試験片の表面を約10μm除去した。そして各種組成が異なるCrSi系皮膜を被覆した。被覆方法は断りの無い限り、実施例1と同様である。硬質皮膜は、必要に応じてスパッタリング蒸発源又は他の組成系ターゲットを固定したAIP蒸発源を用いた。硬質皮膜の組成、下地膜、最上層については表1、2に記載した。また何れの試験片に対しても膜厚が30±2μmになるようにした。得られた試験片の摩耗特性を評価するために超高圧摩擦摩耗試験機を用い、耐焼き付き性の評価を実施した。試験条件を以下に示す。
(摩擦摩耗試験条件)
摩擦速度:8m/秒
摩擦面圧力:初期圧力、2MPa、3分毎に1MPaづつ上昇
潤滑油:モーターオイル#30
油温:80℃
相手材:FC250
評価方法の概略を述べる。試験片は円盤Aの面上に摺動自在にとりつけ、ピン突起状の摺動面とした。円盤Aは駆動装置によって所定の速度で回転させることができる。一方、ホルダーには摺動の相手材となる円盤Bを着脱自在に取り付けた。円盤Bの表面は研磨仕上げを施した。ホルダーは、注油可能な機構を有している。またホルダーは油圧装置によって円盤面と垂直方向に押し圧力も印加可能な機構を有している。ここで、試験片の円盤Aと、摺動相手材の円盤Bとを相対向させた状態に設定し、この状態でホルダーに圧力を印加した。従ってこの時、試験片のピン突起状摺動面と相手材の円盤Bの面は圧力により接触した。この状態を初期状態として、注油を行いながら円盤Aを所定速度で回転させた。回転によって試験片と相手材との間に発生する摩擦によってトルクが変化した。この状況をロードセル及び動歪計にて検出した。そして、トルクが急激に上昇した時点を焼き付き発生時点とみなし、評価した。また、注油はホルターの中心より400ml/分とした。
評価結果を表3に示す。表3の数値は、従来例24の焼付き時点の測定値、摩耗量を基準とした場合の比率として夫々耐焼付き比、耐摩耗比として示した。
【0027】
【表3】

【0028】
表3に示す様に、本願発明例6から16の硬質皮膜は従来例24に比べ耐焼付き比が1.22倍から1.55倍も優れていた。耐摩耗比も本願発明例は従来例に比べ0.28から0.58に低減し、優れた耐摩耗性を示した。本願発明例6は、CrSi系皮膜単層の場合である。耐焼付き性及び耐摩耗性に優れていた。本願発明例7は、CrSi系皮膜単層に酸素を含有させた場合を示す。酸素を含有することにより、更に耐焼付き性が向上した。本願発明例8は、最上層に硬質炭素膜を被覆した場合を示す。同様に優れた特性を示した。本願発明例9は、AIP蒸発源によるCrSi系皮膜の被覆と、スパッタ法による二硫化モリブデンの被覆とを同時に行い、被覆基体の回転機構により一定の積層周期を構成しながら成膜した。更に最上層は二硫化モリブデンを被覆した。この構成によって、特に耐焼付き比を大幅に向上させることができた。本願発明例10は、CrSi系皮膜とCr系皮膜との積層皮膜の場合を示す。本願発明例10においては、CrSi系ターゲットとCrターゲットを装着した2種類のAIP蒸発源を同時に放電させ、回転機構を有する被覆基体において一定の積層周期を構成しながら成膜した。これにより優れた耐焼付き性を示した。本願発明例11は、CrSi系皮膜とCr系皮膜の積層皮膜であって、その積層周期を200nmとした場合を示す。この場合も同様に優れた特性を示した。本願発明例12は、CrSi系ターゲットとCr系ターゲットを装着した2種類のAIP蒸発源と、CrB2セラミックス製のターゲットを装着したスパッタ蒸発源を使用し、これらを組合せて被覆した場合である。例えばCrSi系皮膜とCr系皮膜、CrSi系皮膜とCrB2系皮膜を同時に被覆し、一定の積層周期を構成しながら成膜した。この場合、特に優れた耐焼付き性と耐摩耗性を示した。本願発明例13は、下地層としてCr系皮膜を被覆した場合を示す。この場合も耐摩耗性に優れていた。本願発明例14は、硬質皮膜最表面において酸素濃度が最大となるよう構成した場合を示す。この場合も耐摩耗性に優れていた。本願発明例15は、下地層としてCr系皮膜を用い、積層皮膜はCr系皮膜とCrSi系皮膜を用いた。この場合も耐摩耗性に優れていた。本願発明例16は、下地層としてCr系皮膜を用い、積層皮膜はCrAlSi系皮膜とCr系皮膜を用いた。この場合、耐焼付き性と同時に特に耐摩耗性に優れた特性を示した。
一方、比較例21は、CrSi系皮膜の場合を示す。Si含有量は金属元素の原子%で30%とした。この場合、耐焼付き性並びに耐摩耗性について、有効な改善は確認されなかった。比較例22は、CrSi系皮膜にSi濃度変調が存在しないように構成した場合を示す。この場合、耐焼付き性並びに耐摩耗性について、有効な改善は確認されなかった。このことは、CrSi系皮膜内のSiの存在状態が重要であることを示している。CrSi系皮膜にSi濃度変調を存在させるには、成膜工程におけるガス圧力、バイアス電圧、成膜温度、ターゲット供給電流により制御が可能である。
【0029】
(実施例3)
実施例3は、表1、2に示す本願発明例17、本願発明例18及び従来例25の硬質皮膜を合金工具鋼製パンチ加工金型に被覆した場合である。被覆方法は、実施例2と同様な方法を採用し、膜厚は6μmとした。パンチ加工金型の先端形状はリードフレームの打ち抜き加工を想定して幅60μm、長さ10mmとした。評価には下記の加工条件で試験を行い、パンチ加工金型が規定回数の50k回のショットを打ち抜けるかどうかを評価した。
(加工条件)
加工方法:スリット打ち抜き加工
被加工材:42Ni、板厚150μm
本願発明例17、本願発明例18は硬質皮膜の損傷が無く、規定回数の50k回のショットを打ち抜く加工が可能であった。一方、従来例25は8k回のショットを打ち抜くパンチ加工後に、被加工材の精度が大幅に劣化したため、寿命に至った。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、硬質皮膜の摩擦係数の測定結果を示す。
【図2】図2は、硬質皮膜のディスクの摩耗深さを示す。
【図3】図3は、硬質皮膜のボール材の摩耗深さを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質皮膜が被覆された硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の少なくとも1層は(Cr(100−α)Siα)(N(100−γ−η)γη)で示され、但し、α、γ、ηは原子%を表し、金属成分のみの原子%を100及び非金属成分の原子%を100としたとき、0.5≦α≦20、0<γ<45、0≦η≦55を満たし、GはC、O、Sから選択される少なくとも1種以上を有し、該硬質皮膜は岩塩構造型の(200)面にX線回折ピーク強度を有し、該X線回折ピーク強度の半価幅が0.5度以上、2.0度以下であり、少なくともSi及び/又はBの窒化物相、酸化物相、金属相から選択される少なくとも1種以上を有し、該硬質皮膜はSi含有量の濃度変調を有し、該硬質皮膜の膜厚は1μm以上、60μm未満であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項2】
請求項1又は2記載の硬質皮膜が被覆された硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の金属成分はCr、Siの他にM成分が含有量βとして含有され、該M成分はV、Mo、W、Alから選択される少なくとも1種以上を有し、該β値は原子%で0≦β<60を満たすことを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項3】
請求項1乃至3いずれかに記載の硬質皮膜が被覆された硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の他の硬質皮膜が4a、5a、6a、Al、Siから選ばれる1種以上と、C、N、O、B、Sから選ばれる1種以上とを有することを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項4】
請求項1乃至3いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の最上層は、硬質炭素皮膜及び/又は硬質炭素皮膜を含む積層皮膜であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項5】
請求項1乃至3いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の最上層は、硫化物を主体とした硬質皮膜及び/又は硫化物を主体とした硬質皮膜を含む積層皮膜であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項6】
請求項1乃至5いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の積層周期が100nm以上、500nm未満であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項7】
請求項1乃至5いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の積層周期が0.5nm以上、30nm未満であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項8】
請求項1乃至7いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の膜厚方向に残留圧縮応力の勾配若しくは周期性を有することを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項9】
請求項1乃至8いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜の最上層から膜厚方向に200nm未満の領域で、少なくともC、O、S、Bから選ばれる1種の元素濃度が最大となることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項10】
請求項1乃至9いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜と該摺動部材の基体との界面に窒化層を有することを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項11】
請求項1乃至10いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材において、該硬質皮膜と該摺動部材の基体との界面が機械的に平滑化処理されたことを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項12】
請求項1乃至11いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材が金型であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項13】
請求項1乃至11いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材がピストンリングであることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。
【請求項14】
請求項1乃至11いずれかに記載の硬質皮膜被覆摺動部材が内燃機関の過給圧制御用部品であることを特徴とする硬質皮膜被覆摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−206960(P2006−206960A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−20495(P2005−20495)
【出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】