説明

磁性薄膜,その製造方法及び磁気特性制御方法,薄膜磁気デバイス

【課題】小型かつ薄型でありながら、磁気特性の変化量が大きく、その調整及び調整後の値の保持が容易な磁性薄膜と、その製造方法及び磁気特性制御方法,薄膜磁気デバイスを提供する。
【解決手段】絶縁体基板12上に形成した磁石層14の近傍に層間絶縁層16を介して軟磁性層18を設け、前記磁石層14の磁化の制御を、パルス電流発生回路によって発生されたパルス電流の印加により行い、前記軟磁性層18にかかる磁界を変化させることで、磁気特性を変化させる。パルス電流の印加は、磁化を変化させる時にのみ行う。また、前記パルス電流を流すためのコイル導体層を、前記絶縁体基板12と磁石層14の間に形成すれば、薄膜磁気デバイスの小型化・薄型化が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性薄膜,その製造方法及び磁気特性制御方法,薄膜磁気デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
情報化社会の進展に伴い、日常的に取り扱う情報の種類は、テキストデータから画像データ、そして動画データへと変化しており、その容量を年々増加させている。このような情報通信量の飛躍的な増加に対応するため、携帯型情報端末は、その機能を飛躍的に向上させており、特に利便性の観点からの小型化・軽量化と、情報通信量の増加が顕著に進行している。情報通信量の増加の要求に応えるために、無線通信に関する数多くの規格が制定されており、使用する周波数帯域がGHz帯域に達している。
【0003】
高周波無線通信を用いた携帯型情報端末の中で、携帯電話はその機能の発展が著しい機器であり、利便性を考慮して小型化されたケース内部には、通信機能のほかに、デジタルカメラ,オーディオプレーヤー,GPS(Global Positioning System),地上波デジタル放送(ワンセグ放送:携帯電話・移動体通信向けの1セグメント部分受信サービス)などの機能が内蔵されており、高機能化が顕著に進展している。
【0004】
携帯電話のアンテナ付近の高周波回路に着目すると、フィルタ,ミキサ,バラン,アッテネータなどの多くの高周波デバイスが用いられている。特に、国際ローミングに対応した第3世代移動通信システム(W−CDMAなど)の携帯電話の高周波回路は、それぞれ異なる周波数を用いる通信規格に対応するために、マルチバンドRF回路を形成する必要があり、複数のRF回路を実装することとなって部品点数が増大する傾向にある。
【0005】
マルチバンド化による部品点数の増加を避けるためには、可変キャパシタと可変インダクタを組み合わせた可変フィルタを設けて、RF回路を一つにすることが有効である。例えば、可変インダクタについては、圧電体に電圧を印加することによって発生した歪みにより磁性薄膜の透磁率を変化させる方式(例えば、下記特許文献1),スパイラル導体に設けた可変スイッチによって導体線路長を変化させる方式(例えば、下記特許文献2),隣接するコイルに電流を印加することによって発生した磁場を用いる方式(例えば、下記特許文献3)などが知られている。
【0006】
一方、薄膜磁石を利用して、感磁部へのバイアスを調整しようとする技術としては、例えば、下記特許文献4の磁気インピーダンス効果素子及びその製造方法がある。当該技術によれば、硬磁性体膜からなる薄膜磁石にパルスで着磁し、これにより、その上部にある軟磁性体膜からなる感磁部へのバイアスを調整しようというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−296612号公報
【特許文献2】特開2009−253158号公報
【特許文献3】特開2009−152254号公報
【特許文献4】特開2008−249406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した特許文献1の圧電体を用いたものは、透磁率が小さいためインダクタンスの変化量が十分ではなく、特許文献2の可変スイッチを用いたものは、インダクタンスの最大値に合わせて構成したスパイラル導体の外周部にスイッチを複数設置するため占有面積が大きくなるという不都合がある。また、特許文献3のように電流磁界を用いたものは、インダクタンスを変化させるときには常に直流電流を流さなければならないため、消費電力が大きくなる傾向にある。更に、前記特許文献4は、磁界検出センサ用の技術であり、信号電流を取り扱うインダクタンス部品への適用や、一度磁化した後の磁化の度合いの変更可能性については明らかにされていない。
【0009】
本発明は、以上のような点に着目したもので、小型かつ薄型でありながら、磁気特性の変化量が大きく、その調整及び保持が可能な磁性薄膜と、その製造方法及び磁気特性制御方法,薄膜磁気デバイスを提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の磁性薄膜は、絶縁体基板上に形成されており、パルス電流の印加により磁化が変化する磁石層と、該磁石層上に絶縁層を介して形成されており、前記磁石層によって形成された磁界が印加される軟磁性層と、を備えたことを特徴とする。主要な形態の一つは、前記磁石層と軟磁性層の磁化容易軸が、いずれも面内の同一方向になるように形成されていることを特徴とする。他の形態は、前記磁石層が、一軸磁気異方性を有することを特徴とする。更に他の形態は、前記絶縁体基板と磁石層の間に、パルス電流発生回路によって発生させたパルス電流を流すためのコイル導体層を設けたことを特徴とする。
【0011】
本発明の磁性薄膜の製造方法は、絶縁体基板上に、パルス電流の印加により磁化が変化する磁石層を形成する工程と、前記磁石層上に、絶縁層を形成する工程と、前記絶縁層上に、前記磁石層によって形成された磁界が印加される軟磁性層を形成する工程と、を含むことを特徴とする。主要な形態の一つは、前記磁石層と軟磁性層の磁化容易軸が、いずれも成膜中の印加磁場方向に形成されていることを特徴とする。他の形態は、前記磁石層が、一軸磁気異方性を有することを特徴とする。更に他の形態は、前記絶縁体基板上に磁石層を形成する前に、前記絶縁体基板上に、パルス電流発生回路によって発生させたパルス電流を流すためのコイル導体層を設け、該コイル導体層上に、前記磁石層を形成することを特徴とする。
【0012】
他の発明の磁性薄膜は、前記いずれかに記載の磁性薄膜の製造方法によって形成されたことを特徴とする。
【0013】
本発明の磁性薄膜の磁気特性制御方法は、パルス電流印加手段により前記磁石層に印加するパルス電流量の変化により前記磁石層の磁化を変化させることで、該磁石層の形成する磁界を変化させ、前記軟磁性層にかかる磁界を調整することを特徴とする。
【0014】
本発明の薄膜磁気デバイスは、前記いずれかに記載の磁性薄膜と、前記磁石層にパルス電流を印加するパルス電流印加手段と、を備えたことを特徴とする。主要な形態の一つは、前記薄膜磁気デバイスが、前記軟磁性層上に、他の絶縁層を介して形成されたインダクタ用導体を備えたインダクタであることを特徴とする。本発明の前記及び他の目的,特徴,利点は、以下の詳細な説明及び添付図面から明瞭になろう。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、磁石層の近傍に絶縁層を介して軟磁性層を設け、前記磁石層の磁化をパルス電流の印加により変化させ、前記軟磁性層にかかる磁界を変化させることとしたので、小型かつ薄型でありながら、磁気特性の変化量が大きく、その調整及び保持が可能な磁性薄膜,それを利用した薄膜磁気デバイスが得られるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例1の磁性薄膜の基本構造を示す外観斜視図である。
【図2】前記実施例1の検証試料中の磁石層の磁化曲線を示す図であり、(A)は磁石層としてCo−Sm膜を利用した場合、(B)は磁石層としてFe−Co−Sm膜を利用した場合を示す図である。
【図3】前記実施例1の検証試料中の磁石層(Co−Sm膜)のマイナーループ特性を示す図である。
【図4】パルス電流発生回路の一例を示す図である。
【図5】パルス電圧波形を示す図である。
【図6】前記検証試料の透磁率のパルス電流依存性を示す図である。
【図7】FeSiO単体膜の透磁率の周波数特性を示す図である。
【図8】前記検証試料の強磁性共鳴周波数のパルス電流依存性を示す図である。
【図9】前記検証試料の磁石層の厚みを変えた場合の透磁率周波数特性の変化を示す図であり、(A)は磁石層が1[μm]の場合,(B)は磁石層が2[μm]の場合である。
【図10】前記検証試料の磁石層の長さを、20[mm]〜0.5[mm]の範囲で変化させた場合の磁界分布の変化を示す図である。
【図11】磁石層の磁化を変化させるコイル導体の一例を示す図である。
【図12】前記実施例1の磁性薄膜を応用した薄膜インダクタの積層状態を示す分解斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態を、実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0018】
最初に、図1を参照しながら、本発明の実施例1の磁性薄膜の基本構造を説明する。図1は、本実施例の磁性薄膜の基本構造を示す外観斜視図である。図1に示すように、本実施例の磁性薄膜10は、ガラス基板やSi基板などの絶縁体基板12上に、磁石層14,層間絶縁層16,軟磁性層18を形成した積層構造となっている。本実施例の磁性薄膜10は、透磁率の変化量が大きく、各種の薄膜磁気デバイスに適用可能であるが、薄膜インダクタに適用することにより、インダクタンスの変化率が大きく、かつ、小型で薄型なチューナブルなインダクタを実現することが可能となる。前記磁性薄膜10の透磁率を変化させるためには、高透磁率磁性薄膜(より望ましくは交換結合磁性薄膜)に直流磁界を印加して異方性磁界(磁化の復元力)を変化させることによって、透磁率を制御する方式が効果的と考えられる。
【0019】
電力を多く消費することなく磁化の値を制御するためには、大きな磁化を有する磁石層を形成し、その近傍に、磁石層の磁化を制御するためのパルス電流を印加するためのコイル導体を形成する。磁石層の磁化を変化させる際には、コイル導体にパルス電流を流し、それによって発生した磁界によって磁石層の磁化状態を変えることができる。磁石層の保磁力(磁化反転に必要な磁界の大きさ)が適切な値であれば、外部磁界や熱などの擾乱因子に影響されずに磁化の大きさを保持することが可能であるため、パルス電流は磁化を変化させるときのみに使用すればよく、電力消費量は大幅に低減される。前記磁石層14上に層間絶縁層16を介して設けられた軟磁性層18にかかる磁化の最大値は、前記磁石層14の飽和磁化と膜厚によって制御可能であるため、磁性薄膜10の磁気特性(透磁率など)を比較的容易に制御することが可能となる。
【0020】
次に、本実施例の具体例として作製した試料の製作方法と、該試料の検証結果について説明する。前記絶縁体基板12上に、前記磁石層14として、膜厚1[μm]のCo−Smアモルファス磁性薄膜(Sm13at.%)を形成し、前記層間絶縁層16として、300[nm]のSiO膜を形成し、前記軟磁性層18として、膜厚100[nm]のFeSiOグラニュラ磁性薄膜を、RFスパッタ装置を用いて作製した。試料の作製は、全て静磁場中で行われており、前記磁石層14と軟磁性層18の磁界容易軸は、成膜中の印加磁界によって、いずれも面内の同一方向となるように形成されている。このため、磁石層14によって形成された磁界は、軟磁性層18の磁界容易軸方向に印加される状態となる。一軸磁気異方性を有する軟磁性層18において、磁化容易軸方向に磁界を印加すると、磁化の復元力に当たる異方性磁界が増加するため、透磁率が減少し、強磁性共鳴周波数が増加することになる。
【0021】
ここでは、図示しないソレノイドコイル中に設置した磁性薄膜に、パルス電流を印加することによって磁石層14の磁化を制御し、その磁化の状態を、上部に形成した軟磁性層18の磁気特性の値の変化として検出することを試みた。前記ソレノイドコイルに流すパルス電流の発生には、例えば、図4に一例を示すパルス電流発生回路が用いられる。同回路中、「LM555」はSTマイクロエレクトロニクス製のタイマーICであり、MOS−FETのゲートパルスを発生するために使用している。「TLP250」は東芝製のフォトカプラであり、ハイサイドのMOS−FETのゲートドライブに利用している。なお、異方性磁界,飽和磁化,保磁力などの静磁気特性は、VSM装置(理研電子社製)を用いて測定した磁化曲線から評価し、透磁率の周波数特性は、高周波透磁率測定装置(凌和電子社製:PMM9G−1)を用いて評価した。試料の大きさは、磁化曲線の測定で10[mm]×10[mm]とし、透磁率の測定では4[mm]×10[mm]に加工している。
【0022】
図2は、前記検証試料中の磁石層14の磁化曲線を示す図であって、(A)は磁石層14として前記Co−Sm膜を利用した場合、(B)はFe−Co−Sm膜を利用した場合を示す図であって、いずれも横軸は印加磁場[kOe],縦軸は磁化[T]を表している。また、図3は、前記検証試料中の磁石層14(Co−Sm膜)のマイナーループ特性を示す図であり、横軸は、最大印加磁場H[Oe]を、縦軸左に残留磁化M[T]を、縦軸右に保磁力H[Oe]を表している。図2の磁化曲線からは、Co−Sm膜の飽和磁化が1[T],磁化反転させる保磁力が約90[Oe]であり、Fe−Co−Sm膜の飽和磁化が1.5[T]、保磁力が約50[Oe]であることが分かる。また、図3のマイナーループ特性からは、磁化を減少させる(消磁する)ために必要な磁界が約90[Oe]程度であることが分かり、90〜95[Oe]の間の磁界を印加することによって、磁化の値を消磁状態から飽和状態まで変化させることが可能であること,磁化状態の変化に関わらず、保磁力がほぼ一定の値(約90[Oe])を保つことが分かる。
【0023】
磁石層14の保磁力は、大きくなると磁化を減少させるのに必要なパルス電流が大きくなりすぎるため適さず、反対に、小さい場合には、磁化の反転が容易な状態となるため、地磁気や外部環境の電流に起因する電磁界などにより、設定した磁界を保持することが困難となる。そこで、磁石層14の保磁力の値は、パルス電流の大きさと環境耐性を勘案すると、30〜100[Oe]程度の大きさであることが望ましい。一方、磁石層14の飽和磁化の大きさは、大きいほど磁界の制御範囲を大きくすることができるため、可能な限り高い飽和磁化(望ましくは1[T]以上)を有する材料を用いることが望ましい。また、発生する磁界の方向を明確に規定するため、磁石層14には、一軸磁気異方性を有するものを利用することが好ましい。更に、外部磁場に応じて磁化が磁化困難軸方向に回転する影響を可能な限り抑制するため、磁石層14の異方性磁界の大きさは、100[Oe]以上とすることが望ましい。
【0024】
図5には、前記図4に示したパルス電流発生回路によってパルス電流を発生させ、実際に観察したパルス電圧波形が示されている。横軸は時間[msec]を、縦軸は電圧[V]を表している。パルス電流は、マイナスとプラスの2つのパルスを組み合わせており、最初のマイナスのパルスによって磁石層14の磁化をマイナス方向に飽和させ、次のプラスのパルス電流の大きさを制御することによって、磁石層14の磁化の制御を行う。
【0025】
図6には、パルス電流量を変化させた場合の前記検証試料の軟磁性層18(FeSiO膜)の透磁率の変化が示されており、横軸はパルス電流[A]を、縦軸は透磁率(実部)を表している。同図からは、パルス電流量が、1.52[A]で透磁率が極大値を形成することが確認できる。この透磁率の値は、図7に示すFeSiO単体膜の透磁率の値とほぼ等しいことから、1.52[A]のパルス電流によって磁石層14の磁化が消磁状態となり、1.3[A]〜1.5[A]の範囲では磁化がマイナス方向に着磁し、1.5A以上でプラス方向に着磁しており、1.3[A]以下,1.7[A]以上の領域ではそれぞれ磁化がマイナス方向,プラス方向に飽和している状態にあると推定できる。
【0026】
図8には、パルス電流を変化させた際の強磁性共鳴周波数の変化が示されている。同図において、横軸はパルス電流[A],縦軸は強磁性共鳴周波数[GHz]を表している。同図に示すように、透磁率とは反対に、パルス電流が1.52[A]で極小値を形成することが分かる。以上の結果は、パルス電流量によって磁石層14の磁化を変化させることが可能であり、磁石層14の形成する磁界によって、軟磁性層18の透磁率と強磁性共鳴周波数を変化させることが可能であることを示している。
【0027】
図9には、前記磁石層14の厚みを変えた場合の透磁率周波数特性の変化が示されており、(A)には厚み1[μm]の場合,(B)には厚み2[μm]の場合が示されている。図9(A)及び(B)の比較から、磁石層14の厚みが厚い試料の透磁率が低くなっていることが分かる。これは、磁石層14によって形成される磁界の大きさが磁石層14の膜厚に応じて変化していることに起因すると考えられる。パルス電流による磁化の制御は、磁石材料の保磁力の大きさに応じて電流量を制御すればよいため、磁石層14によって形成する磁界を大きくしたい場合には、磁石層14の膜厚を増やせばよいことが分かる。
【0028】
図10は、前記磁石層14の長さlを変えた際に、周辺部(磁石層14の200[nm]上方)に発生する磁界を計算した結果であり、同図(A)〜(F)は、それぞれ長さlが20[mm],10[mm],5[mm],2[mm],1[mm],0.5[mm]の場合を示している。なお、これらの図において、横軸は、磁石層14の200[nm]上方の一方の端からの位置x[mm]を、縦軸は磁場H[Oe]を表している。これらの計算結果は、磁石層14の長さlが2[mm]以上の場合は、磁極となる磁石層14の端部に磁界が発生し、中央部では磁界が大幅に減少するのに対し、長さlが1[mm]以下の場合には、一様に強い磁界が発生することを示している。従って、磁石層14の長さは、1[mm]以下とすることが好ましいことが分かる。
【0029】
なお、以上の検証試験においては、ソレノイドコイル中に設置した磁性薄膜10にパルス電流を印加することによって磁石層14の磁化の値の制御を行うこととしたが、これは一例であり、例えば、図11に示す平面コイルを用いるようにしてもよい。前記磁石層14には、面内に均一な磁界を印加することが好ましいため、図11に示すように、図示しない絶縁体基板上に、2つの平面コイル20及び30を、中心部の導体に流れる電流の向きが揃うように形成し、これら平面コイル20及び30上に、前記磁石層14を形成する。
【0030】
図12には、本実施例を利用した薄膜磁気デバイスの一例として、薄膜インダクタの積層状態を示す分解斜視図が示されている。同図に示すように、絶縁体基板12の上面には、平面状コイルの導体層52が形成されており、該コイル導体層52上には、磁石層14が形成されている。そして、該磁石層14上には、層間絶縁層16を介して軟磁性層18が形成される。更に、前記軟磁性層18上には、他の層間絶縁層56が形成され、該層間絶縁層56の表面に、インダクタ用の導体層58が形成されている。前記導体層52,58は、それぞれ引出部54A及び54Bと、引出部60A及び60Bを備えている。同図12に示す薄膜インダクタ50では、前記絶縁体基板12上に形成されたコイル導体層52に、パルス電流発生回路によって発生させた電流を流すことで、磁石層14の保磁力が変化する。そして、前記軟磁性層18に、前記層間絶縁層16を介して、前記磁石層14からのバイアス磁界がかかる。すると、前記軟磁性層18からのバイアス値によって、層間絶縁層56上に形成されたインダクタのインダクタンスが初期値から増減して固定される。前記インダクタンスは、ボリウムやバリコンのように頻繁に値が調整される(ないし、可変状態が通常)というわけではなく、いわば半固定の状態である。従って、インダクタのインダクタンスを変更する場合には、導体層52にパルス電流を流し、磁石層14の磁化の程度(保磁力)を変化させる。すると、磁界が変化するため、上記軟磁性層18にかかるバイアスが変化し、インダクタのインダクタンスを変えることができる。
【0031】
このように、実施例1によれば、次のような効果がある。
(1)磁石層14の近傍に層間絶縁層16を介して軟磁性層18を設け、前記磁石層14の磁化の制御を、パルス電流発生回路によって発生されたパルス電流の印加により行い、前記軟磁性層18にかかる磁界を変化させることとしたので、磁気特性の変化量が大きく、その調整が可能であり、調整した値での保持が可能な磁性薄膜10が得られる。
(2)本実施例の磁性薄膜10では、磁化を変化させる時のみにパルス電流を流せばよいため、消費電力を大幅に低減することができる。
(3)パルス電流を流すためのコイル導体層を、前記絶縁体基板12と磁石層14の間に形成することにより、磁性薄膜10を利用した薄膜磁気デバイスの小型化・薄型化が可能となる。
(4)軟磁性層18に印加する磁化の最大量を、磁石層14の飽和磁化と膜厚によって制御できるため、比較的容易に調整が可能である。
(5)本実施例の磁性薄膜10を薄膜インダクタ50に利用することにより、半固定のインダクタが得られるため、薄膜磁気デバイスの機能を充実させることができる。
【0032】
なお、本発明は、上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることができる。例えば、以下のものも含まれる。
(1)前記実施例で示した形状,寸法は一例であり、必要に応じて、同様の効果を奏する範囲内で適宜変更してよい。
(2)前記実施例で示した材料も一例であり、必要に応じて適宜変更してよい。例えば、前記磁石層14としては、前記実施例1で示したCo−Sm膜やFe−Co−Sm膜のほかにも、Co−Pt膜、Fe−Pt膜などを利用してもよい。同様に、軟磁性層18としても、例えば、磁性金属としてCoとFeの合金、絶縁体としてSiOやAlを用いたグラニュラ構造磁性薄膜などを利用することができる。
(3)前記実施例1で説明したソレノイドコイルや、前記図11に示した平面コイル20及び30,あるいは、図12に示した導体層52による磁石層14へのパルス電流の印加も一例であり、同様の効果を奏するものであれば、適宜設計変更してよい。
(4)前記実施例1では、薄膜磁気デバイスの一例として、薄膜インダクタ50を具体例に挙げたが、これも一例であり、他の薄膜磁気デバイス一般に広く適用可能である。また、任意の磁界を発生させることが可能であるため、電源用のインダクタの直流重畳特性の改善にも有効と考えられる。更に、永久磁石を用いたアイソレータやサーキュレータへ応用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、磁石層の近傍に設けた軟磁性層の透磁率の変化が、パルス電流の印加による前記磁石層の磁化の制御により可能になるため、薄膜磁気デバイス一般に利用される磁性薄膜の用途に適用できる。特に、インダクタンス変化率の大きなチューナブルインダクタ構造に好適である。
【符号の説明】
【0034】
10:磁性薄膜
12:絶縁体基板
14:磁石層
16:層間絶縁層
18:軟磁性層
20,30:平面コイル
50:薄膜インダクタ
52:コイル導体層
54A,54B:引出部
56:層間絶縁層
58:導体層
60A,60B:引出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁体基板上に形成されており、パルス電流の印加により磁化が変化する磁石層と、
該磁石層上に絶縁層を介して形成されており、前記磁石層によって形成された磁界が印加される軟磁性層と、
を備えたことを特徴とする磁性薄膜。
【請求項2】
前記磁石層と軟磁性層の磁化容易軸が、いずれも面内の同一方向になるように形成されていることを特徴とする請求項1記載の磁性薄膜。
【請求項3】
前記磁石層が、一軸磁気異方性を有することを特徴とする請求項1又は2記載の磁性薄膜。
【請求項4】
前記絶縁体基板と磁石層の間に、パルス電流発生回路によって発生させたパルス電流を流すためのコイル導体層を設けたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の磁性薄膜。
【請求項5】
絶縁体基板上に、パルス電流の印加により磁化が変化する磁石層を形成する工程と、
前記磁石層上に、絶縁層を形成する工程と、
前記絶縁層上に、前記磁石層によって形成された磁界が印加される軟磁性層を形成する工程と、
を含むことを特徴とする磁性薄膜の製造方法。
【請求項6】
前記磁石層と軟磁性層の磁化容易軸が、いずれも成膜中の印加磁場方向に形成されていることを特徴とする請求項5記載の磁性薄膜の製造方法。
【請求項7】
前記磁石層が、一軸磁気異方性を有することを特徴とする請求項5又は6記載の磁性薄膜の製造方法。
【請求項8】
前記絶縁体基板上に磁石層を形成する前に、
前記絶縁体基板上に、パルス電流発生回路によって発生させたパルス電流を流すためのコイル導体層を設け、
該コイル導体層上に、前記磁石層を形成することを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載の磁性薄膜の製造方法。
【請求項9】
請求項5〜8のいずれか一項に記載の磁性薄膜の製造方法によって形成されたことを特徴とする磁性薄膜。
【請求項10】
請求項1〜4,9のいずれか一項に記載の磁性薄膜の磁気特性制御方法であって、
パルス電流印加手段により前記磁石層に印加するパルス電流量の変化により前記磁石層の磁化を変化させることで、該磁石層の形成する磁界を変化させ、前記軟磁性層にかかる磁界を調整することを特徴とする磁性薄膜の磁気特性制御方法。
【請求項11】
前記請求項1〜4,9のいずれか一項に記載の磁性薄膜と、
前記磁石層にパルス電流を印加するパルス電流印加手段と、
を備えたことを特徴とする薄膜磁気デバイス。
【請求項12】
前記薄膜磁気デバイスが、前記軟磁性層上に、他の絶縁層を介して形成されたインダクタ用導体を備えたインダクタであることを特徴とする請求項11記載の薄膜磁気デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−195327(P2012−195327A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−56029(P2011−56029)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名:平成23年電気学会全国大会講演論文集(DVD−ROM) 発行日:平成23年3月5日
【出願人】(000204284)太陽誘電株式会社 (964)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】