説明

磁石用粉末

【課題】磁気特性に優れる希土類磁石が得られ、成形性に優れる磁石用粉末、及びその製造方法、粉末成形体、希土類-鉄-ホウ素系合金材を提供する。
【解決手段】磁石用粉末を構成する磁性粒子1は、鉄含有物の相2中に希土類元素の水素化合物の相3の粒子が分散して存在する組織を有する。磁性粒子1中に鉄含有物の相2が均一的に存在することで、この粉末は成形性に優れる上に、粉末成形体4の密度を高め易い。この磁石用粉末は、希土類-鉄-ホウ素系合金(R-Fe-B系合金)の粉末を水素雰囲気中、R-Fe-B系合金の不均化温度以上の温度で熱処理して希土類元素と鉄含有物とを分離し、かつ、希土類元素の水素化合物を生成することで得られる。この磁石用粉末を圧縮成形して粉末成形体4が得られ、この粉末成形体4を真空中で熱処理してR-Fe-B系合金材5が得られ、R-Fe-B系合金材5を着磁して、R-Fe-B系合金磁石6が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類-鉄-ホウ素系磁石の原料に利用される磁石用粉末及びその製造方法、この粉末から得られる粉末成形体、希土類-鉄-ホウ素系合金材及びその製造方法に関する。特に、成形性に優れて、相対密度が高い粉末成形体を形成することができる磁石用粉末に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータや発電機などに利用される永久磁石には、希土類磁石が広く利用されている。希土類磁石は、Nd(ネオジム)-Fe-BといったR-Fe-B系合金(R:希土類元素、Fe:鉄、B:ホウ素)からなる焼結磁石やボンド磁石が代表的である。
【0003】
焼結磁石は、R-Fe-B系合金からなる粉末を圧縮成形した後、焼結することで製造され、ボンド磁石は、R-Fe-B系合金からなる合金粉末と結合樹脂とを混合した混合物を圧縮成形したり、射出成形することで製造される。特に、ボンド磁石に利用される粉末では、保磁力を高めるために、HDDR処理(Hydrogenation−Disproportionation−Desorption−Recombination、HD:水素化及び不均化、DR:脱水素及び再結合)を施すことが行われている。
【0004】
焼結磁石は、磁性相の比率が高いことで磁石特性に優れるものの、形状の自由度が小さく、例えば、円筒状や円柱状、ポット形状(有底筒形状)といった複雑な形状を成形することが困難であり、複雑な形状の場合、焼結材を切削する必要がある。一方、ボンド磁石は、形状の自由度が高いものの、焼結磁石よりも磁石特性に劣る。これに対して、特許文献1では、Nd-Fe-B系合金からなる合金粉末を微細なものとし、この合金粉末を圧縮成形した圧粉体(粉末成形体)にHDDR処理を施すことで、形状の自由度を高められる上に、磁石特性に優れる磁石が得られることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-123968号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように焼結磁石では、磁石特性に優れるものの、形状の自由度が小さく、ボンド磁石では、形状の自由度が高いものの、結合樹脂が存在することで磁性相の比率が高々80体積%程度であり、磁性相の比率の向上が難しい。従って、磁性相の比率が高く、かつ複雑な形状であっても容易に製造可能な希土類磁石用原料の開発が望まれる。
【0007】
特許文献1に開示されるようなNd-Fe-B系合金からなる合金粉末や、この合金粉末にHDDR処理を施した粉末は、粉末を構成する粒子自体の剛性が高く、変形し難い。そのため、焼結することなく磁性相の比率が高い希土類磁石を得るために、相対密度が高い粉末成形体を圧縮成形により得ようとすると、比較的大きな圧力が必要となる。特に、合金粉末を構成する粒子を粗大なものとすると、更に大きな圧力が必要となる。従って、相対密度が高い粉末成形体を成形し易い原料の開発が望まれる。
【0008】
また、特許文献1に記載されるように圧粉体にHDDR処理を施すと、当該処理時に圧粉体が膨張収縮することで、得られた磁石用多孔質体が崩壊する恐れがある。従って、製造途中に崩壊し難く、十分な強度を具えると共に、磁気特性に優れる希土類磁石が得られる原料の開発や製造方法の開発が望まれる。
【0009】
そこで、本発明の目的の一つは、成形性に優れて、相対密度が高い粉末成形体が得られる磁石用粉末を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記磁石用粉末の製造方法を提供することにある。
【0010】
更に、本発明の他の目的は、磁気特性に優れる希土類-鉄-ホウ素系合金からなる希土類磁石の素材に適した粉末成形体、希土類-鉄-ホウ素系合金材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、焼結することなく、希土類磁石における磁性相の比率を高めて磁石特性に優れる磁石を得るために、ボンド磁石のように結合樹脂を利用した成形ではなく、粉末成形体を利用することを検討した。上述のように、従来の原料粉末、即ち、Nd-Fe-B系合金からなる合金粉末や、この合金粉末にHDDR処理を施した処理粉末は、硬くて変形能が小さく、圧縮成形時の成形性に劣り、粉末成形体の密度を向上させることが難しい。そこで、本発明者は、成形性を高めるために種々検討した結果、希土類-鉄-ホウ素系合金のように化合物となった状態、即ち、希土類元素と鉄とが結合した状態ではなく、希土類元素と鉄とが結合せず、言わば鉄成分や鉄-ホウ素合金成分が希土類元素と独立的に存在する組織の粉末とすると、変形能が高く成形性に優れて、相対密度が高い粉末成形体が得られる、との知見を得た。また、上記特定の組織を有する粉末は、希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末に特定の熱処理を施すことで製造できる、との知見を得た。そして、得られた粉末を圧縮成形した粉末成形体に特定の熱処理を施すことで、圧粉体にHDDR処理を施した場合や、HDDR処理が施された処理粉末を用いて成形体を作製した場合と同様な希土類-鉄-ホウ素系合金材が得られ、特に相対密度が高い粉末成形体から得られた希土類-鉄-ホウ素系合金材を用いることで、磁性相の比率が高く、磁気特性に優れる希土類磁石、具体的には希土類-鉄-ホウ素系合金磁石が得られる、との知見を得た。本発明は、上記知見に基づくものである。
【0012】
本発明の磁石用粉末は、希土類磁石に用いられる粉末であり、当該磁石用粉末を構成する各磁性粒子が40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が鉄含有物とから構成されている。上記鉄含有物は、鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含む。上記各磁性粒子中では、上記希土類元素の水素化合物の相と上記鉄含有物の相とが隣接して存在しており、上記鉄含有物の相を介して隣り合う上記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下である。
【0013】
上記本発明磁石用粉末は、以下の本発明の磁石用粉末の製造方法により製造することができる。この製造方法は、希土類磁石に用いられる磁石用粉末を製造する方法であって、以下の準備工程と、水素化工程とを具え、上記磁石用粉末を構成する各磁性粒子が、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と残部が鉄含有物とからなり、上記鉄含有物が鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含み、上記希土類元素の水素化合物の相と上記鉄含有物の相とが隣接して存在しており、かつ上記鉄含有物の相を介して隣り合う上記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下である磁石用粉末を製造する。
準備工程:希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末を準備する工程。
水素化工程:上記合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中、上記希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化温度以上の温度で熱処理して上記磁石用粉末を製造する工程。
【0014】
本発明磁石用粉末を構成する各磁性粒子は、R-Fe-B系合金やR-Fe-N系合金のように単一相の希土類合金から構成されるのではなく、鉄含有物の相と希土類元素の水素化合物からなる相との複数相から構成される。上記鉄含有物の相は、上記R-Fe-B系合金やR-Fe-N系合金、上記希土類元素の水素化合物に比較して、柔らかく成形性に富む。また、本発明磁石用粉末を構成する各粒子は、鉄を含有する鉄含有物を主成分(60体積%以上)とすることで、本発明磁石用粉末を圧縮成形するとき、当該磁性粒子中の鉄含有物の相が十分に変形できる。更に、上記鉄含有物の相は、上述のように希土類元素の水素化合物の相間に存在している、即ち、上記粉末を構成する各磁性粒子中に鉄含有物の相が偏在せず均一的に存在しているため、圧縮成形時、各磁性粒子の変形が均一的に行われる。これらのことから、本発明磁石用粉末を用いることで、相対密度が高い粉末成形体(本発明粉末成形体)を成形することができる。また、このような相対密度が高い粉末成形体を利用することで、焼結することなく、磁性相が高割合な希土類-鉄-ホウ素系合金材(本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材)が得られ、このような希土類-鉄-ホウ素系合金材により、磁性相が高割合な希土類磁石を得ることができる。更に、鉄含有物が十分に変形することで、磁性粒子同士が互いに噛み合って結合されるため、ボンド磁石のように結合樹脂を介在させることなく、磁性相の比率が80体積%以上、好ましくは90体積%以上といった希土類磁石が得られる。
【0015】
かつ、本発明磁石用粉末を圧縮成形した粉末成形体は、焼結磁石のように焼結を行わないことから、焼結時に生じる収縮の異方性に起因する形状の制約がなく、形状の自由度が大きい。従って、本発明磁石用粉末を用いることで、例えば、円筒状や円柱状、ポット形状といった複雑な形状であっても、切削加工などを実質的に行うことなく、容易に成形することができる。また、切削加工を不要とすることで、原料の歩留まりを飛躍的に向上したり、希土類磁石の生産性を向上したりすることができる。
【0016】
更に、上記本発明磁石用粉末は、上述のように、希土類-鉄-ホウ素系合金の粉末を、水素元素を含む雰囲気中で、特定の温度で熱処理することで容易に製造することができる。
【0017】
その上、上記本発明磁石用粉末は、上述のように成形性に優れることから比較的粗大な粉末にでき、原料粉末にも100μm程度といった粗大なものを利用できる。そのため、本発明磁石用粉末の製造にあたり、例えば、溶解鋳造インゴットを平均粒径が100μm程度の粗粉砕のみを行って製造した粉末やアトマイズ法(例えば、溶湯噴霧法)によって製造した粉末を原料粉末に利用できる。ここで、焼結磁石やボンド磁石では、焼結前の成形体を形成する原料粉末や樹脂と混合する原料粉末に10μm以下といった微粒のものが利用されている。本発明磁石用粉末は、上述のような粗大な粉末を原料に用いることで、原料粉末を10μm以下といった微粒にするための微粉砕工程が不要であり、製造工程の短縮などにより、製造コストの低減を図ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明磁石用粉末は、成形性に優れ、相対密度が高い本発明粉末成形体が得られる。この本発明粉末成形体や、本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材を用いることで、磁性相の比率が高い希土類磁石が得られる。本発明磁石用粉末の製造方法、本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法は、上記本発明磁石用粉末、上記本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材を生産性よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明磁石用粉末を用いて磁石を製造する工程の一例を説明する工程説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明をより詳細に説明する。
[磁石用粉末]
本発明磁石用粉末を構成する各磁性粒子は、鉄含有物を主成分とし、その含有量を60体積%以上とする。鉄含有物の含有量が60体積%未満であると、硬質である希土類元素の水素化合物が相対的に多くなり、圧縮成形時、鉄含有物成分を十分に変形することが難しく、多過ぎると磁気特性の低下を招くことから90体積%以下が好ましい。
【0021】
上記鉄含有物は、鉄と、鉄-ホウ素合金との双方を含むものとする。鉄-ホウ素合金は、例えば、Fe3Bが挙げられる。鉄-ホウ素合金に加えて、純鉄(Fe)を含有することで、成形性に優れる。鉄-ホウ素合金の含有量は、鉄含有物を100%とするとき、質量割合で10%〜40%が好ましい。鉄-ホウ素合金の含有量が10質量%以上であると、鉄単相の析出が少なく、鉄単相が多いことによる磁気特性の低下を抑制し易く、40質量%以下であると、成形性に優れる。鉄含有物中の鉄と、鉄-ホウ素合金との割合は、例えば、X線回折のピーク強度(ピーク面積)を測定し、測定したピーク強度を比較することで求められる。その他、鉄含有物は、鉄の一部がCo,Ga,Cu,Al,Si,及びNbから選択される少なくとも一種の元素に置換された形態とすることができる。鉄含有物が上記元素を含む形態では、希土類磁石の磁気特性や耐食性を向上することができる。
【0022】
一方、上記磁性粒子は、希土類元素の水素化合物を含有しないと、希土類磁石が得られないことから、その含有量は、0体積%超とし、10体積%以上が好ましく、40体積%未満とする。鉄含有物或いは希土類元素の水素化合物の含有量、鉄と鉄-ホウ素合金との比率は、当該粉末の原料となる希土類-鉄-ホウ素系合金の組成や当該粉末を製造する際の熱処理条件(主に温度)を適宜変化させることで調整できる。なお、上記磁石用粉末を構成する各磁性粒子は、不可避不純物の含有を許容する。
【0023】
本発明磁石用粉末を構成する各磁性粒子に含有される希土類元素は、Sc(スカンジウム),Y(イットリウム),ランタノイド及びアクチノイドから選択される1種以上の元素とする。特に、Nd,Pr,Ce,Dy,及びYから選択される少なくとも1種の元素を含むことが好ましく、とりわけ、Nd(ネオジム)は、磁気特性に優れるR-Fe-B系合金磁石を得ることができて好ましい。希土類元素の水素化合物は、例えば、NdH2,DyH2が挙げられる。
【0024】
本発明磁石用粉末を構成する各磁性粒子は、上記希土類元素の水素化合物の相と鉄含有物の相とが上述のように特定の間隔で存在する組織、端的に言うと、両相が均一的に離散して存在した組織を有する。代表的には、上記両相が多層構造となっている層状形態、上記希土類元素の水素化合物の相が粒状であり、上記鉄含有物の相を母相として、この母相中に上記粒状の希土類元素の水素化合物が分散して存在する分散形態が挙げられる。
【0025】
上記両相の存在形態は、本発明磁石用粉末を製造する際の熱処理条件(主に温度)に依存し、上記温度を高めると分散形態になり、上記温度を不均化温度近傍にすると、層状形態となる傾向にある。
【0026】
上記層状形態の粉末を用いることで、結合樹脂を用いることなく、例えば、磁性相の比率がボンド磁石と同程度(80体積%程度)である希土類磁石を得ることができる。なお、上記層状形態の場合、希土類元素の水素化合物の相と鉄含有物の相とが隣接するとは、磁石用粉末を構成する磁性粒子の断面をとったとき、各相が実質的に交互に積層された状態を言う。また、上記層状形態の場合、隣り合う希土類元素の水素化合物の相間の間隔とは、上記断面において鉄含有物の相を介して隣り合う二つの上記希土類元素の水素化合物の相の中心間の距離を言う。
【0027】
上記分散形態は、上記希土類元素の水素化合物の粒子の周囲に鉄含有物成分が均一的に存在することで、上記層状形態よりも鉄含有物成分を変形させ易く、例えば、円筒状や円柱状、ポット形状といった複雑な形状の粉末成形体や、相対密度が85%以上、特に90%以上といった高密度の粉末成形体が得易い。上記分散形態の場合、希土類元素の水素化合物の相と鉄含有物の相とが隣接するとは、代表的には、磁石用粉末を構成する磁性粒子の断面をとったとき、上記希土類元素の水素化合物の粒子の周囲を覆うように鉄含有物が存在し、隣り合う上記各希土類元素の水素化合物の粒子間に鉄含有物が存在する状態を言う。また、上記分散形態の場合、隣り合う希土類元素の水素化合物の相間の間隔とは、上記断面において隣り合う二つの上記希土類元素の水素化合物の粒子の中心間の距離を言う。
【0028】
上記間隔の測定は、例えば、上記断面をエッチングして鉄含有物の相を除去して上記希土類元素の水素化合物を抽出したり、或いは溶液の種類によっては希土類元素の水素化合物を除去して上記鉄含有物を抽出したり、上記断面をEDX(エネルギー分散型X線分光法)装置により組成分析したりすることで測定することができる。上記間隔が3μm以下であることで、この粉末を用いた粉末成形体に適宜熱処理を施して、鉄含有物と希土類元素の水素化合物との混合組織を希土類-鉄-ホウ素系合金に変化させて希土類-鉄-ホウ素系合金材を形成する場合に、過度なエネルギーを投入しなくて済む上に、希土類-鉄-ホウ素系合金の結晶の粗大化による特性の低下を抑制できる。上記希土類元素の水素化合物の相間に鉄含有物が十分に存在するためには、上記間隔は、0.5μm以上、特に1μm以上が好ましい。上記間隔は、原料に用いる希土類-鉄-ホウ素系合金粉末の組成を調整したり、磁石用粉末を製造する際の熱処理条件、特に温度を特定の範囲にしたりすることで調整できる。例えば、上記希土類-鉄-ホウ素系合金粉末において、鉄又はホウ素の比率(原子比)を多くしたり、上記特定の範囲において上記熱処理(水素化)時の温度を高くすると、上記間隔が大きくなる傾向にある。
【0029】
本発明磁石用粉末を構成する磁性粒子の平均粒径は、特に、10μm以上500μm以下が好ましい。10μm以上と比較的大きいことで、各磁性粒子の表面において希土類元素の水素化合物が占める割合(以下、占有率と呼ぶ)を相対的に小さくすることができる。ここで、希土類元素は一般に酸化し易い。しかし、上記平均粒径を満たす粉末は、上記占有率が小さいことで酸化し難く、大気中で取り扱える。そのため、例えば、粉末成形体を大気中で成形でき、粉末成形体の生産性に優れる。また、本発明磁石用粉末は、上述のように鉄含有物の相を有して成形性に優れることで、例えば、平均粒径が100μm以上といった粗大な粉末であっても、気孔が少なく、相対密度が高い粉末成形体を形成できる。但し、平均粒径が大き過ぎると、粉末成形体の相対密度の低下を招くことから500μm以下が好ましい。上記平均粒径は、50μm以上200μm以下がより好ましい。
【0030】
更に、上記本発明磁石用粉末は、各磁性粒子の外周に絶縁材料からなる絶縁被覆を具える形態とすることができる。絶縁被覆を具える粉末を用いることで、電気抵抗が高い希土類磁石が得られ、例えば、この磁石をモータに利用した場合、渦電流損を低減できる。絶縁被覆は、例えば、Si,Al,Tiなどの酸化物の結晶性被膜や非晶質のガラス被膜、Me-Fe-O(Me=Ba,Sr,Ni,Mnなどの金属元素)といったフェライトやマグネタイト(Fe3O4)、Dy2O3といった金属酸化物、シリコーン樹脂といった樹脂、シルセスキオキサン化合物などといった有機無機ハイブリッド化合物からなる被膜が挙げられる。上記結晶性被膜やガラス被膜、酸化物被膜、セラミックス被膜などは、酸化防止機能を有する場合があり、この場合、磁性粒子の酸化も防止できる。また、熱伝導性を向上する目的で、Si-N、Si-C系のセラミックス被覆を施してもよい。絶縁被覆などの被覆を具えた粉末とする場合、圧縮成形時の被覆の破損を抑制するために、当該粉末を構成する各磁性粒子は球形に近いものが望ましい。
【0031】
その他の希土類磁石、例えば、希土類-鉄-炭素系合金磁石が得られる磁石用粉末として、上述した鉄含有物が鉄と、鉄及び炭素を含む鉄-炭素合金とを含む形態が挙げられる。この鉄-炭素合金を含む粉末も、上述した鉄-ホウ素合金を含む粉末と同様に、希土類-鉄-炭素系合金からなる合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中、当該希土類-鉄-炭素系合金の不均化温度以上の温度で熱処理することで製造できる。なお、上述及び後述の各項目における鉄-ホウ素合金や希土類-鉄-ホウ素系合金との記載は、鉄-炭素合金や希土類-鉄-炭素系合金に置き換えることができる。希土類-鉄-炭素系合金は、代表的には、Nd2Fe14Cが挙げられる。
【0032】
[磁石用粉末の製造方法]
上記磁石用粉末は、希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末(例えば、Nd2Fe14B)を用意し、この合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中で熱処理して、上記合金中の希土類元素と鉄と鉄-ホウ素合金とを分離すると共に、当該希土類元素と水素とを化合することで得られる。上記合金粉末は、例えば、希土類-鉄-ホウ素系合金からなる溶解鋳造インゴットや急冷凝固法で得られる箔状体をジョークラッシャー、ジェットミルやボールミルなどの粉砕装置により粉砕したり、ガスアトマイズ法といったアトマイズ法を利用して製造することができる。特に、ガスアトマイズ法を利用する場合、非酸化性雰囲気で粉末を形成することで、実質的に酸素が含有されない粉末(酸素濃度:1000質量ppm以下、好ましくは500質量ppm以下)とすることができる。即ち、合金粉末を構成する磁性粒子中の酸素濃度が1000質量ppm以下であることは、非酸化性雰囲気のガスアトマイズ法により製造された粉末であることを示す指標の一つとなり得る。その他、上記希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末には、公知の粉末の製造方法により得られたものやアトマイズ法により製造した粉末を更に粉砕したものを利用してもよい。粉砕条件や製造条件を適宜変更することで、磁石用粉末の粒度分布や磁性粒子の形状を調整することができる。例えば、アトマイズ法を利用すると、真球度が高く、成形時の充填性に優れた粉末が得られ易い。上記合金粉末を構成する各磁性粒子は多結晶体でも単結晶体でもよい。多結晶体からなる磁性粒子に適宜熱処理を加えて単結晶体からなる粒子とすることができる。
【0033】
この準備工程で用意する上記合金粉末の大きさは、後工程の水素化処理時に実質的に大きさを変えないように当該熱処理を施した場合、実質的に本発明磁石用粉末の大きさになる。本発明粉末は上述のように成形性に優れることから、例えば、平均粒径が100μm程度の比較的粗大なものとすることができる。従って、準備工程では、上記合金粉末として、平均粒径が100μm程度のものを利用することができる。
【0034】
上記水素元素を含む雰囲気は、水素(H2)のみの単一雰囲気、或いは水素(H2)とArやN2といった不活性ガスとの混合雰囲気が挙げられる。上記水素化工程の熱処理時の温度は、上記希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化反応が進行する温度、即ち不均化温度以上とする。不均化反応とは、希土類元素の優先水素化により、希土類元素の水素化合物と、鉄と、鉄-ホウ素合金とに分離する反応であり、この反応が生じる下限温度を不均化温度と呼ぶ。上記不均化温度は、上記合金の組成や希土類元素の種類により異なる。例えば、希土類-鉄-ホウ素系合金がNd2Fe14Bの場合、650℃以上が挙げられる。熱処理時の温度を不均化温度近傍とすると、上述した層状形態が得られ、温度を不均化温度+100℃以上に高めると、上述した分散形態が得られる。上記水素化工程の熱処理時の温度を高めるほど、鉄の相や鉄-ホウ素合金の相を出現させ易く、同時に析出する硬質の希土類元素の水素化合物が変形の阻害因子になり難くなり粉末の成形性を高められるが、高過ぎると粉末の溶融固着などの不具合が発生するため、上記熱処理時の温度は1100℃以下が好ましい。特に、上記希土類-鉄-ホウ素系合金がNd2Fe14Bの場合、上記水素化工程の熱処理時の温度を750℃以上900℃以下の比較的低めにすると、上記間隔が小さい微細な組織となり、このような粉末を利用することで保磁力が高い希土類磁石が得られ易い。保持時間は、0.5時間以上5時間以下が挙げられる。この熱処理は、上述したHDDR処理の不均化工程までの処理に相当し、公知の不均化条件を適用することができる。
【0035】
[粉末成形体]
上記本発明磁石用粉末を圧縮成形することで、本発明粉末成形体が得られる。上述のように本発明磁石用粉末は、成形性に優れることから相対密度(粉末成形体の真密度に対する実際の密度)が高い粉末成形体を形成できる。例えば、本発明粉末成形体の一形態として、相対密度が85%以上、更には90%以上のものが挙げられる。このような高密度の粉末成形体を利用することで、磁性相の比率が高い希土類磁石が得られる。相対密度が高いほど、磁性相の比率が高められるため、相対密度の上限は特に設けない。
【0036】
また、本発明磁石用粉末は、成形性に優れることから、圧縮成形時の圧力を比較的小さくすることができ、例えば、8ton/cm2以上15ton/cm2以下とすることができる。更に、本発明磁石用粉末は、成形性に優れることから、複雑な形状の粉末成形体であっても、容易に形成することができる。加えて、本発明磁石用粉末は、当該粉末を構成する各磁性粒子が十分に変形できることで、磁性粒子同士の接合性に優れ(磁性粒子表面の凹凸の噛み合いによって生じる強度(所謂ネッキング強度)の発現)、強度が高く、製造中に崩壊し難い粉末成形体が得られる。
【0037】
その他、圧縮成形時、成形用金型を適宜加熱することで、変形を促進することができ、高密度の粉末成形体が得られ易くなる。また、圧縮成形時に非酸化性雰囲気とすると、本発明磁石用粉末の酸化を防止できて好ましい。
【0038】
[希土類-鉄-ホウ素系合金材、及びその製造方法]
上記磁性粒子と反応せず、かつ水素を効率よく除去できるように非水素雰囲気にて、上記粉末成形体に熱処理(脱水素処理)を施して、上記希土類元素の水素化合物から水素を除去すると共に、鉄と、鉄-ホウ素合金と、水素が除去された希土類元素とを化合することで、本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材が得られる。本発明希土類-鉄-ホウ素合系金材は、実質的に、希土類-鉄-ホウ素系合金の相から構成される単一形態、実質的に、鉄相、鉄-ホウ素合金相、及び希土類-鉄合金相から選択される少なくとも一種の相と、希土類-鉄-ホウ素系合金の相との組み合わせで構成される混合形態、例えば、鉄相と希土類-鉄-ホウ素系合金の相との形態、鉄-ホウ素合金相と希土類-鉄-ホウ素合金の相との形態、希土類-鉄合金相と希土類-鉄-ホウ素系合金の相との形態が挙げられる。上記単一形態は、例えば、上記本発明磁石用粉末の原料に用いた希土類-鉄-ホウ素系合金と実質的に同じ組成からなるものが挙げられる。上記混合形態は、代表的には、原料に用いる希土類-鉄-ホウ素系合金の組成により変化し、例えば、鉄の比率(原子比)が高いものを用いると、鉄相と希土類-鉄-ホウ素合金の相との形態を形成することができる。
【0039】
上記非水素雰囲気は、不活性雰囲気(例えば、ArやN2といった不活性ガス雰囲気)、又は減圧雰囲気(標準の大気圧よりも圧力が低い真空雰囲気)が挙げられる。特に、減圧雰囲気は、希土類-鉄-ホウ素合金化が完全に生じて、希土類元素の水素化合物が残存し難く、優れた磁気特性を有する本発明希土類-鉄-ホウ素合系金材が得られて好ましい。真空雰囲気とする場合、最終真空度は、10Pa以下が好ましい。
【0040】
上記脱水素処理時の温度は、上記粉末成形体の再結合温度(分離していた鉄含有物と希土類元素とが化合する温度)以上とする。再結合温度は、粉末成形体(成形体を構成する磁性粒子)の組成により異なるものの、代表的には、700℃以上が挙げられる。この温度が高いほど水素を十分に除去できる。但し、上記脱水素処理時の温度は、高過ぎると蒸気圧の高い希土類元素が揮発して減少したり、希土類-鉄-ホウ素系合金の結晶の粗大化により希土類磁石の保磁力が低下する恐れがあるため、1000℃以下が好ましい。保持時間は、10分以上600分(10時間)以下が挙げられる。この脱水素処理は、上述したHDDR処理のDR処理に相当し、公知のDR処理の条件を適用できる。
【0041】
上記脱水素工程の熱処理は、上記粉末成形体に4T以上の磁界を印加した状態で行うことができる。
【0042】
本発明者らは、上記脱水素工程の熱処理を行う場合、粉末成形体に強磁界を印加しながら行うと、磁気特性により優れる希土類磁石が得られる、との知見を得た。この理由は、以下のように考えられる。上記粉末成形体に単に脱水素処理を施した場合、当該粉末成形体を構成する磁性粒子の組織に発生した希土類-鉄-ホウ素系合金(例えばNd2Fe14B)からなる初期結晶核は、脱水素処理時の加熱温度がキュリー点以上であり、熱擾乱の影響により電子の向きが乱され易い状態(ランダムになり易い状態)である。そのため、結晶方向がランダムな希土類-鉄-ホウ素系合金材が得られると考えられる。しかし、脱水素処理時に大きな磁界を印加した場合、磁界よって初期結晶核中の電子の向きが変えられて一定の方向に配向した結晶が生成され、このような一定の配向性を有する結晶から構成される希土類-鉄-ホウ素系合金材が得られる、と考えられる。そして、結晶方向が一方向に揃うように配向した希土類-鉄-ホウ素系合金材は、ランダムな場合に比較して結晶同士が互いの磁気を打ち消し合い難く、磁気特性に優れる、と考えられる。
【0043】
ここで、通常、希土類磁石の磁化(着磁)に利用される磁界は2T程度である。後述する試験例に示すようにこの程度の磁界を印加した状態で脱水素処理を行っても、磁気特性の向上度合いが小さい、或いは実質的に向上しない。一方、脱水素処理時に特定の強磁界を印加することで、磁気特性により優れる希土類-鉄-ホウ素系合金材が得られる。印加磁界は、高いほど好ましく、4T以上が好ましい。
【0044】
上記粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で、4T以上の磁界を印加した状態で熱処理して製造された希土類-鉄-ホウ素系合金材は、上述のように一定の配向性を示す。一定の配向性を有するとは、例えば、この希土類-鉄-ホウ素系合金材において、上記磁界の印加方向が法線方向となる面(以下、法線面と呼ぶ)のX線回折パターンをとったとき、結晶面の面間隔が0.202nmから0.204nmの間に出現する回折ピークの相対強度が70以上を満たすことが挙げられる。
【0045】
上記特定の面間隔を有する面が主として配向している本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材は、磁気特性により優れている。また、上記相対強度が高いほど、磁気特性に優れる傾向にあり、相対強度が75以上である形態が挙げられる。なお、上記相対強度は、上記法線面から得られるピーク強度のうち、最も大きなピーク強度を基準強度Imaxとし、結晶面の面間隔が0.202nmから0.204nmの間に出現する回折ピークのピーク強度を測定強度Ixとするとき、基準強度Imaxに対する測定強度Ixの割合:(Ix/Imax)×100とする。
【0046】
[希土類磁石]
上記本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材を適宜着磁することで、希土類磁石を製造できる。特に、上述した相対密度が高い粉末成形体を利用することで、磁性相の比率が80体積%以上、更に90体積%以上といった希土類磁石が得られる。
【0047】
以下、試験例を挙げると共に、適宜図面を参照しながら、本発明のより具体的な実施形態を説明する。なお、図面では、分かり易いように希土類元素の水素化合物を誇張して示す。
【0048】
[試験例1]
希土類元素と鉄とホウ素とを含む粉末を種々作製し、得られた粉末を圧縮成形して、各粉末の成形性を調べた。
【0049】
上記粉末は、準備工程:合金粉末の準備→水素化工程:水素雰囲気中での熱処理という手順で作製した。また、成形性は、上記手順で作製した粉末に絶縁被覆を形成したものを用意し、この被覆付き粉末を用いて圧縮成形を行って調べた。
【0050】
まず、表1に示す組成(有効数字以下を四捨五入)の希土類-鉄-ホウ素合金(NdxFeyBz)のインゴットを用意し、このインゴットをAr雰囲気中で超硬合金製乳鉢により粉砕して、平均粒径100μmの合金粉末(図1(I))を作製した。上記平均粒径は、レーザ回折式粒度分布装置により、積算重量が50%となる粒径(50%粒径)を測定した。なお、上記粉砕をArといった非酸化性雰囲気中で行うことで、粉末が酸化されることを効果的に防止できる。
【0051】
上記合金粉末を水素(H2)雰囲気中、850℃×3時間で熱処理した。この熱処理(水素化)後に得られた粉末(磁石用粉末)をエポキシ樹脂で固めて、組織観察用のサンプルを作製した。上記サンプルの内部の粉末が酸化しないようにして、当該サンプルを任意の位置で切断又は研磨し、この切断面(又は研磨面)に存在する上記磁石用粉末を構成する各粒子の組成をEDX装置により調べた。また、上記切断面(又は研磨面)を光学顕微鏡又は電子走査顕微鏡(100倍〜10,000倍)で観察し、上記磁石用粉末を構成する各粒子の形態を調べた。すると、図1(II)に示すように、上記磁石用粉末を構成する各磁性粒子1は、鉄含有物の相2(代表的には鉄(Fe)及び鉄-ホウ素合金(Fe3B)の相)を母相とし、この母相中に複数の粒状の希土類元素の水素化合物の相3(代表的にはNdH2)が分散して存在しており、隣り合う希土類元素の水素化合物の粒子間に鉄含有物の相2が介在していることを確認した。
【0052】
上記エポキシ樹脂を混錬して作製したサンプルを用いて、各磁性粒子の希土類元素の水素化合物:NdH2,鉄含有物:Fe,Fe-Bの含有量(体積%)を求めた。その結果を表1に示す。上記含有量は、ここでは、後述するシリコーン樹脂が一定の体積割合(0.75体積%)で存在する場合を想定し、原料に用いた合金粉末の組成、及びNdH2,Fe,Fe3Bの原子量を用いて、体積比を演算により求めた。その他、上記含有量は、例えば、上記磁石用粉末を用いて作製した成形体の切断面(或いは研磨面)の面積におけるNdH2,Fe,Fe3Bの面積割合をそれぞれ求め、得られた面積割合を体積割合に換算したり、X線分析を行ってピーク強度比を利用したりすることで求められる。
【0053】
上記EDX装置により、得られた各粉末の組成の面分析(マッピングデータ)を利用して、隣り合う希土類元素の水素化合物の粒子間の間隔を測定した。ここでは、上記切断面(或いは研磨面)に面分析を行って、NdH2のピーク位置を抽出し、隣り合うNdH2のピーク位置間の間隔を測定し、全ての間隔の平均値を求めた。その結果を表1に示す。
【0054】
上記磁石用粉末に、絶縁被覆として、Si-O被膜の前駆体となるシリコーン樹脂を被覆した粉末を用意し、この絶縁被覆を有する粉末を面圧10ton/cm2で油圧プレス装置により圧縮成形した(図1(III))。その結果、試料No.1-15を除いて面圧10ton/cm2で十分に圧縮することができ、外径10mmφ×高さ10mmの円柱状の粉末成形体4(図1(IV))を形成できた。試料No.1-15は、鉄含有物の相が少な過ぎて、十分に圧縮することが難しく、粉末成形体を形成できなかったと考えられる。
【0055】
得られた粉末成形体の実際の密度(成形密度)、及び相対密度(真密度に対する実際の密度)を求めた。その結果を表1に示す。実際の密度は、市販の密度測定装置を利用して測定した。真密度は、NdH2の密度:5.96g/cm3,Feの密度:7.874g/cm3,Fe3Bの密度:7.474g/cm3,シリコーン樹脂の密度:1.1g/cm3とし、表1に示す体積比を利用して演算により求めた。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に示すように、希土類元素の水素化合物が40体積%未満で、残部が実質的にFeやFe3Bといった鉄含有物である粉末であって、希土類元素の水素化合物が上記鉄含有物中に離散した組織(相間の間隔:3μm以下)を有する粉末は、複雑な形状の粉末成形体や、相対密度が85%以上といった高密度な粉末成形体が得られることが分かる。特に、希土類元素の水素化合物が25体積%未満である粉末を利用すると、相対密度が90%以上という、更に高密度な粉末成形体が得られ易いことが分かる。
【0058】
得られた粉末成形体をH2雰囲気中で800℃まで昇温し、その後、真空(VAC)に切り替えて、真空(VAC)中(最終真空度:5Pa)、800℃×10minで熱処理した。昇温を水素雰囲気とすることで、十分に高い温度になってから脱水素反応を開始することができ、反応斑を抑制することができる。この熱処理後に得られた円柱状部材の組成をEDX装置により調べた。その結果を表2に示す。表2に示すように、各円柱状部材は、実質的に希土類-鉄-ホウ素合金からなる希土類-鉄-ホウ素系合金材5(図1(V))、或いは、実質的に、(鉄,希土類-鉄-ホウ素合金)、(鉄-ホウ素合金,希土類-鉄-ホウ素合金)、(希土類-鉄合金,希土類-鉄-ホウ素合金)といった複数相からなる希土類-鉄-ホウ素系合金材5であり、上記熱処理により水素が除去されたことが分かる。
【0059】
得られた各希土類-鉄-ホウ素合金材を2.4MA/m(=30kOe)のパルス磁界で着磁した後、得られた各試料(希土類-鉄-ホウ素系合金磁石6(図1(VI)))の磁気特性を、BHトレーサ(理研電子株式会社製DCBHトレーサ)を用いて調べた。その結果を表2に示す。ここでは、磁気特性として、飽和磁束密度:Bs(T)、残留磁束密度:Br(T)、固有保磁力:iHc(kA/m)、磁束密度Bと減磁界の大きさHとの積の最大値:(BH)max(kJ/m3)を求めた。
【0060】
【表2】

【0061】
表2に示すように、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が実質的にFeやFe3Bといった鉄含有物とからなり、隣り合う希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下である粉末(磁石用粉末)を用いて作製した希土類磁石は、磁気特性に優れることが分かる。特に、鉄含有物の含有量が90体積%以下の粉末を用いたり、相対密度が85%以上の粉末成形体を用いたりすることで、焼結することなく、磁気特性に優れる希土類磁石が得られることが分かる。
【0062】
[試験例2]
試験例1と同様にして希土類磁石を作製し、磁気特性を調べた。
【0063】
この試験では、Nd,Fe,Bの原子比(at%)がNd:Fe:B≒11.8:82.4:5.9であるNd2Fe14B合金を主相(95質量%以上)とするインゴットを用意し、試験例1と同様にして平均粒径100μmの合金粉末を作製し、水素雰囲気中、表3に示す温度で1時間熱処理を施した。この熱処理後に得られた粉末(磁石用粉末)に対して、試験例1と同様にしてNdH2,鉄含有物(Fe,Fe-B)の含有量(体積%)、隣り合うNdH2の相間の間隔を調べた。その結果を表3に示す。また、試験例1と同様にして上記熱処理後に得られた粉末を構成する各粒子の形態を調べたところ、No.2-3〜2-6は、NdH2相が粒子状であり、No.2-2は、NdH2相と鉄相,鉄-ホウ素合金相とがいずれも層状であった。なお、試料No.2-1の合金粉末には、上記熱処理を施さなかった。
【0064】
更に、上記熱処理後に得られた粉末に試験例1と同様にして絶縁被覆を形成した後、試験例1と同様に圧縮成形して粉末成形体を作製したところ、試料No.2-1は成形できず、試料No.2-2は十分に成形できなかった。この理由は、上記合金粉末を十分に不均化できず、鉄含有物(Fe,Fe-B)相を十分に出現させることができなかったためと考えられる。
【0065】
得られた粉末成形体について、試験例1と同様にして、真密度、実際の密度、及び相対密度を求めた。その結果を表3に示す。
【0066】
【表3】

【0067】
表3に示すように、水素化処理時の温度を高めるほど、相対密度が高い粉末成形体が得られることが分かる。この理由は、上記温度を高めることで、鉄含有物(Fe,Fe-B)相を十分に出現させることができ、成形性を高められたためであると考えられる。
【0068】
得られた粉末成形体をH2雰囲気中で800℃まで昇温し、真空(VAC)に切り替えて、真空(VAC)中(最終真空度:5Pa)、800℃×10minで熱処理した後、試験例1と同様にして組成を調べたところ、試料No.2-3〜2-5は、実質的にNd2Fe14Bからなる希土類-鉄-ホウ素合金材であることが確認できた。
【0069】
更に、得られた各希土類-鉄-ホウ素合金材を2.4MA/m(=30kOe)のパルス磁界で着磁した後、試験例1と同様にして、磁気特性を調べた。その結果を表4に示す。
【0070】
【表4】

【0071】
表4に示すように、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が実質的に鉄及び鉄-ホウ素合金といった鉄含有物とからなり、隣り合う希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下である粉末(磁石用粉末)を用いると共に、水素処理時の温度を比較的低めに調整することで、焼結することなく、保磁力が高く、磁気特性に更に優れる希土類磁石が得られることが分かる。
【0072】
[試験例3]
脱水素処理時の条件を変えて希土類磁石を作製し、磁気特性を調べた。
【0073】
この試験では、試験例2の試料No.2-4と同様の原料を用い、かつ同様の製法で作製した粉末成形体を用意した。用意した粉末成形体の仕様(真密度、実際の密度、及び相対密度など)を表5に示す。真密度などは、試験例1と同様にして調べた。
【0074】
【表5】

【0075】
得られた粉末成形体をH2雰囲気中で800℃まで昇温した後、0T〜8Tの磁界を外部から印加した状態で、真空(VAC)に切り替えて、表6に示す磁界を印加した状態で真空(VAC)中(最終真空度:5Pa)、800℃×10minで熱処理(脱水素処理)を施した。磁界は、超電導コイルを用いて印加した。この熱処理後に得られた各試料の組成を調べたところ、試料No.3-1〜3-9のいずれも試料No.2-4と同様に、実質的にNd2Fe14Bからなる希土類-鉄-ホウ素合金材であることが確認できた。
【0076】
得られた各希土類-鉄-ホウ素合金材を2.4MA/m(=30kOe)のパルス磁界で着磁した後、試験例1と同様にして、磁気特性を調べた。その結果を表6に示す。
【0077】
また、得られた各希土類-鉄-ホウ素合金材に対して、上記脱水素処理時における磁界の印加方向が法線方向となる面を観察面として切り出し、観察面の表層を酸化しないようにアルコールに浸しながら研磨して、切り出しによる加工歪を除去した観察試料を作製した。作製した各観察試料の上記研磨面(観察面)について、JIS K 0131(1996)に則ってNd2Fe14B結晶のX線回折パターンを測定し、各観察試料の最大のピーク強度:基準強度Imaxをそれぞれ抽出した。また、ここでは、各観察試料のそれぞれについて、(006)面(面間隔:0.203nm付近)に相当するピーク強度を測定し、この(006)面に相当するピーク強度を測定強度Ixとし、各観察試料における基準強度Imaxに対する当該観察試料の測定強度Ixの割合(相対強度):(Ix/Imax)×100を求めた。その結果を表6に示す。
【0078】
【表6】

【0079】
表6に示すように、4T以上の磁界を印加した状態で脱水素処理を施すことで、磁気特性(ここでは、特にBr及び(BH)max)により優れる希土類磁石が得られることが分かる。また、印加磁界の大きさが大きいほど、磁気特性を向上できることが分かる。更に、得られた希土類磁石は、相対強度が70以上と大きく、一定の配向性を有すること(ここでは(006)面が主として配向していること)、印加磁界が大きいほど相対強度が大きくなることが分かる。
【0080】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、希土類元素の種類、磁石用粉末の平均粒径、粉末成形体の相対密度、各種の熱処理条件(加熱温度、保持時間)などを適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明磁石用粉末、この粉末から得られた粉末成形体、希土類-鉄-ホウ素系合金材は、各種のモータ、特に、ハイブリッド車(HEV)やハードディスクドライブ(HDD)などに具備される高速モータに用いられる永久磁石の原料、素材に好適に利用することができる。本発明磁石用粉末の製造方法、本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法は、上記本発明磁石用粉末、本発明希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0082】
1 磁性粒子 2 鉄含有物の相 3 希土類元素の水素化合物の相
4 粉末成形体 5 希土類-鉄-ホウ素系合金材 6 希土類-鉄-ホウ素系合金磁石

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類磁石に用いられる磁石用粉末であって、
前記磁石用粉末を構成する各磁性粒子は、
40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が鉄含有物とからなり、
前記鉄含有物は、鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含み、
前記希土類元素の水素化合物の相と前記鉄含有物の相とが隣接して存在しており、
前記鉄含有物の相を介して隣り合う前記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下であることを特徴とする磁石用粉末。
【請求項2】
前記希土類元素は、Nd,Pr,Ce,Dy,及びYから選択される少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の磁石用粉末。
【請求項3】
前記水素化合物の相は、粒状であり、
前記鉄含有物の相中に、前記粒状の希土類元素の水素化合物が分散して存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の磁石用粉末。
【請求項4】
前記磁性粒子の平均粒径が10μm以上500μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の磁石用粉末。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁石用粉末を圧縮成形して製造された粉末成形体であり、
前記粉末成形体の相対密度が85%以上であることを特徴とする粉末成形体。
【請求項6】
請求項5に記載の粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で熱処理して製造されたことを特徴とする希土類-鉄-ホウ素系合金材。
【請求項7】
請求項5に記載の粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で熱処理して製造され、鉄相、鉄-ホウ素合金相、及び希土類-鉄合金相から選択される少なくとも一種の相と、希土類-鉄-ホウ素合金相との混相材で構成されていることを特徴とする希土類-鉄-ホウ素系合金材。
【請求項8】
請求項5に記載の粉末成形体に4T以上の磁界を印加した状態で不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で熱処理を施して製造され、前記磁界の印加方向が法線方向となる面のX線回折パターンをとったとき、結晶面の面間隔が0.202nmから0.204nmの間に出現する回折ピークの相対強度が70以上であることを特徴とする希土類-鉄-ホウ素系合金材。
【請求項9】
希土類磁石に用いられる磁石用粉末を製造する磁石用粉末の製造方法であって、
希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末を準備する準備工程と、
前記合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中、当該希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化温度以上の温度で熱処理して前記磁石用粉末を製造する水素化工程とを具え、
前記磁石用粉末を構成する各磁性粒子は、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と残部が鉄含有物とからなり、前記鉄含有物が鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含み、前記希土類元素の水素化合物の相と前記鉄含有物の相とが隣接して存在しており、かつ前記鉄含有物の相を介して隣り合う前記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下であることを特徴とする磁石用粉末の製造方法。
【請求項10】
希土類磁石に用いられる希土類-鉄-ホウ素系合金材を製造する希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法であって、
希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末を準備する準備工程と、
前記合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中、当該希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化温度以上の温度で熱処理して、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と残部が鉄含有物とからなり、前記鉄含有物が鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含み、前記希土類元素の水素化合物の相と前記鉄含有物の相とが隣接して存在しており、かつ前記鉄含有物の相を介して隣り合う前記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下である磁性粒子から構成される磁石用粉末を製造する水素化工程と、
前記磁石用粉末を圧縮成形して、相対密度が85%以上である粉末成形体を成形する成形工程と、
前記粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中、当該粉末成形体の再結合温度以上の温度で熱処理して、希土類-鉄-ホウ素合金相を形成する脱水素工程とを具えることを特徴とする希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法。
【請求項11】
希土類磁石に用いられる希土類-鉄-ホウ素系合金材を製造する希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法であって、
希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末を準備する準備工程と、
前記合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中、当該希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化温度以上の温度で熱処理して、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と残部が鉄含有物とからなり、前記鉄含有物が鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含み、前記希土類元素の水素化合物の相と前記鉄含有物の相とが隣接して存在しており、かつ前記鉄含有物の相を介して隣り合う前記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下である磁性粒子から構成される磁石用粉末を製造する水素化工程と、
前記磁石用粉末を圧縮成形して、相対密度が85%以上である粉末成形体を成形する成形工程と、
前記粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中、当該粉末成形体の再結合温度以上の温度で熱処理して、鉄相、鉄-ホウ素合金相、及び希土類-鉄合金相から選択される少なくとも一種の相と、希土類-鉄-ホウ素合金相との混相を形成する脱水素工程とを具えることを特徴とする希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法。
【請求項12】
前記脱水素工程の熱処理は、前記粉末成形体に4T以上の磁界を印加した状態で行うことを特徴とする請求項11又は12に記載の希土類-鉄-ホウ素系合金材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−236498(P2011−236498A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−36281(P2011−36281)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(593016411)住友電工焼結合金株式会社 (214)
【Fターム(参考)】