説明

神経芽種の治療薬及びそのスクリーニング方法、並びに、神経芽種の予後の判定方法

【課題】神経芽腫の治療薬のスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のShf遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量よりも高い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、を備える、神経芽腫の治療薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経芽種の治療薬及びそのスクリーニング方法、並びに、神経芽種の予後の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経芽腫は交感神経系(傍脊椎交感神経幹と副腎髄質神経細胞)から発生する腫瘍であり、小児の悪性固形腫瘍では最も頻度が高い。神経芽腫の好発部位は副腎と後腹膜・後縦隔・頚部・骨盤部の交感神経節、及び腹腔正中部である。神経芽腫は臨床的にも極めて興味深い腫瘍で、発症年齢が1歳未満の症例では神経芽腫の明らかな自然退縮や成熟化がみられる一方、発症年齢が1歳以上の症例では腫瘍の転移及び増殖が急速に進行し、治療の困難な予後不良症例となる。
【0003】
近年、神経芽腫の予後良好なサブセットと予後不良のサブセット間で遺伝子の発現レベルに差異があることが明らかになった。その一つが神経成長因子受容体TrkAをコードする遺伝子である。TrkA遺伝子は予後不良群において発現が低く、逆に予後良好群では発現が高い(非特許文献1)。
【0004】
TrkAは細胞膜に存在し、神経成長因子NGFによって刺激を受け、その刺激をTrkAおよび細胞内の様々な蛋白質を介したシグナルとして細胞内に伝達する。その結果、TrkAは細胞の分化や増殖の抑制を引き起こすと考えられている。しかし、神経芽腫におけるTrkAの関与する分子機構は未だ明らかになっていない。
【0005】
また、本発明者らは、神経芽腫の治療法開発、神経芽腫の発生およびその生物学的特性にかかわる遺伝子の同定のために、複数の神経芽腫cDNAライブラリーから新規遺伝子を含む約5300個の遺伝子を単離してきた(特許文献1〜5及び非特許文献2)。さらに、予後良好群及び予後不良群の2つのサブセット間で異なる発現を示した遺伝子を多数同定してきた。
【0006】
【特許文献1】国際公開第01/66719号パンフレット
【特許文献2】国際公開第01/66733号パンフレット
【特許文献3】国際公開第02/97093号パンフレット
【特許文献4】国際公開第02/103017号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2004/39975号パンフレット
【非特許文献1】Nakagawara, Med. Pediatr. Oncol. 31,113(1998)
【非特許文献2】Ohira M et al.,Oncogene, 22, 5525−5536 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
神経芽腫は最も高頻度な小児悪性腫瘍でありながら、予後不良例と予後良好例が混在している興味深い疾患である。従来の治療法は化学療法・放射線療法・外科的切除を組み合わせた集学的治療法であるが、1歳以上の進行症例では予後不良であり、生存率の顕著な改善は見られていない。神経芽腫の予後を制御する分子機構を解明し、新たな機構に基づく治療薬を開発することができれば、神経芽腫の予後改善のための治療の選択の幅を広げることができる。そこで、本発明は、神経芽腫の治療薬及びそのスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【0008】
また現在、神経芽腫でのTrkAの発現は疾患の予後を決定する因子の一つの候補と考えられている。しかしながら、神経芽腫の予後良好及び予後不良の決定にTrkAがどのような機構で関与しているのか、その詳細は不明である。さらに、TrkA遺伝子が高い発現を示していても、TrkAの細胞内シグナル伝達経路のどこかに異常がある場合には、予後は必ずしも良好ではない可能性がある。したがって、本発明は、神経芽腫の予後を制御する分子機構を明らかにし、神経芽腫の予後の判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、神経芽腫の臨床サンプルにおける発現解析の実験結果から、シグナル分子同士の相互作用を仲介し、アダプタータンパクと呼ばれるShfをコードする遺伝子が予後良好群で高発現を示していることを見出した。また、Shf遺伝子の発現レベルは、神経芽腫の予後と高い相関を示し、加えて、TrkA遺伝子の発現レベルとも高い相関を示すことを本発明者らは見出した。さらに、ShfとTrkAとが神経細胞内で共局在し、互いに相互作用することを本発明者らは明らかにした。このことは、ShfがTrkAに結合することによってTrkAのシグナル伝達を制御し、神経芽腫の予後の決定に関与している可能性を示唆している。以上の知見から、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のShf遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量よりも高い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、を備える、神経芽腫の治療薬のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、Shf遺伝子の発現レベルが神経芽腫の予後良好及び予後不良と強く相関するという本発明者が新たに発見した知見に基づくものである。これによって、神経芽腫の予後改善のための治療薬の開発が可能となる。
【0011】
本発明のスクリーニング方法は、また、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のShf遺伝子及びTrkA遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf遺伝子及びTrkA遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf遺伝子及びTrkA遺伝子の発現量よりも高い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、を備えることを特徴とする。上記構成によって、Shf遺伝子の発現レベルが、神経芽腫の予後と高い相関を示し、さらに、TrkA遺伝子の発現レベルとも高い相関を示すという知見に基づいた神経芽腫の予後改善のための治療薬を開発することができる。
【0012】
本発明のスクリーニング方法は、また、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用よりも強い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、を備えることを特徴とする。本発明のスクリーニング方法は、ShfとTrkAとが、互いに相互作用するという分子機構を応用したものである。かかる分子機構は、本発明者が新たに発見したものであり、これによって、ShfによるTrkAシグナル伝達の制御という新たな分子機構に基づく、新たな治療薬の開発が可能となる。
【0013】
本発明のスクリーニング方法にかかる細胞は、ヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞であることが好ましく、また、予後不良のヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞であることが好ましい。これによって、ヒト神経芽腫の予後改善のため、特に、予後不良例の治療のための治療薬を開発することができる。
【0014】
本発明は、配列番号1に記載の塩基配列からなる核酸を有するベクターを含む、神経芽種の治療薬を提供する。また、本発明は、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸を有するベクターを含む、神経芽種の治療薬を提供する。ここで、配列番号1に記載の塩基配列は、Shf遺伝子に相当し、配列番号2に記載のアミノ酸配列は、Shfに相当する。Shf遺伝子及びShfのGenBank Accession No.は、NM138356である。Shf遺伝子が発現し、Shfの機能が亢進することによって、神経芽腫疾患の予後改善が期待できる。
【0015】
本発明の治療薬は、さらに、配列番号3に記載の塩基配列からなる核酸を有するベクター又は配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸を有するベクターを含むことが好ましい。ここで、配列番号3に記載の塩基配列は、TrkA遺伝子に相当し、配列番号4に記載のアミノ酸配列は、TrkAに相当する(GenBank Accession No.:NP002529)。Shf及びTrkAの機能が亢進し、Shfの関与するTrkAシグナル伝達が正常に機能することによって、神経芽腫疾患の予後改善が期待できる。
【0016】
本発明は、さらに、予後が不明のヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量を測定する工程と、Shf遺伝子の発現量を、予後良好な、及び予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量と比較する工程と、を備える、ヒト神経芽腫の予後の判定方法を提供する。本発明の判定方法は、Shf遺伝子の発現レベルが神経芽腫の患者の生存率、すなわち、神経芽腫の予後良好及び予後不良と強く相関するという知見を応用したものである。かかる分子機構は、本発明者が新たに発見したものであり、これによって、予後が不明のヒト神経芽腫の予後を判定することが可能となる。
【0017】
本発明の判定方法は、予後が不明のヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるTrkA遺伝子の発現量を測定する工程と、TrkA遺伝子の発現量を、予後良好な、及び予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるTrkA遺伝子の発現量と比較する工程と、をさらに備えることが好ましい。本発明の判定方法は、Shf遺伝子の発現レベルが、神経芽腫の予後と高い相関を示し、加えて、TrkA遺伝子の発現レベルとも高い相関を示すという本発明者らによる知見を応用したものである。Shf遺伝子の解析に加え、さらに、TrkA遺伝子の発現量の解析を行うことによって、予後が不明のヒト神経芽腫の予後を、より信頼度高く判定することが可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のスクリーニング方法によれば、今までとは作用機序の異なる、神経芽腫の予後改善のための治療薬を開発することができる。また、本発明の治療薬により、神経芽腫疾患の予後改善が期待できる。さらに、本発明の判定方法によって、予後が不明のヒト神経芽腫の予後を判定することが可能となる。本発明の判定方法とスクリーニング方法及び/又は治療薬とを組み合わせることによって、神経芽腫の予後良好及び予後不良に合わせた治療薬の開発及び治療法の選択を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0020】
(治療薬のスクリーニング方法)
本実施形態における治療薬のスクリーニング方法には、Shf遺伝子の発現量を指標とする、第一及び第二の治療薬のスクリーニング方法と、ShfとTrkAの相互作用を指標とする第三の治療薬のスクリーニング方法とがある。
【0021】
まず、Shf遺伝子の発現量を指標とする治療薬のスクリーニング方法を説明する。第一の治療薬のスクリーニング方法は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のShf遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量よりも高い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、を備える。
【0022】
ここで、遺伝子の発現量とは、遺伝子の転写産物であるmRNAの発現量及び/又はその翻訳産物である蛋白質の発現量を指す。mRNAの発現量の測定は、当業者にとって公知の測定系を用いて行えばよく、具体的には、定量的RT−PCR法、定量的real−time RT−PCR法、定量的ノザンブロッティング法、定量的リボヌクレアーゼプロテクション法などが挙げられる。蛋白質の発現量の測定は、当業者にとって公知の測定系を用いて行えばよく、例えば、定量的ウエスタンブロッティング法、ELISA法などが挙げられる。コントロールとして、ハウスキーピング遺伝子であるGADPHや、ベータアクチンなどのmRNA及び/又は蛋白質の発現量を用い、Shf遺伝子などの目的の遺伝子の発現量を標準化する。また、同一の対象から採取した複数のサンプル及び/又は同一のサンプルに由来するアリコットにおける目的遺伝子及び/又はコントロール遺伝子の発現量を測定し、それぞれの平均値から発現量を求めてもよい。これら方法を用いることによって、遺伝子発現を定量的に測定することが可能である。
【0023】
被検化合物の存在下のShf遺伝子の発現量が被検化合物の非存在下のShf遺伝子の発現量よりも多い被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定することができる。治療薬とは、神経芽腫の予後を良好にするものであることが最も好ましいが、予後を改善するものであれば本発明の目的に適うものである。
【0024】
第二の治療薬のスクリーニング方法では、Shf遺伝子の発現量に加え、神経芽腫疾患の予後決定に関わる候補遺伝子であるTrkA遺伝子の発現量を解析することが好ましい。さらに別の実施形態では、従来知られている、予後良好群及び予後不良群の2つのサブセット間で異なる発現を示す遺伝子の発現量を同時に解析してもよい。
【0025】
スクリーニングに用いる細胞は、例えば、ヒト肺癌細胞由来のH1299や、ラット副腎褐色細胞腫由来のPC12などの培養細胞でもよく、神経組織由来の培養細胞でもよい。また、神経芽腫由来の培養細胞が好ましく、ヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞であることがより好ましく、予後不良のヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞であることが特に好ましい。
【0026】
被検化合物は、低分子化合物、ペプチド、蛋白質、核酸(DNA,RNA,PNA)などが挙げられるが、これらに限定しない。また、スクリーニングには、任意のスクリーニング用化合物ライブラリーを用いてもよい。なお、細胞の培養条件及び被検化合物の投与条件は、当業者であれば、適宜調整することが可能である。
【0027】
次に、ShfとTrkAの相互作用を指標とする第三の治療薬のスクリーニング方法を説明する。第三の治療薬のスクリーニング方法は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用よりも強い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、を備える。
【0028】
細胞中に発現するShf及びTrkAは、内在性であることが好ましいが、形質導入によって強制的に発現させてもよく、その場合、Shf及びTrkAは、GSTやHAなどのタグが融合されていてもよく、蛍光蛋白質によって標識されていてもよい。相互作用とは、蛋白質間の直接的及び/又は間接的な相互作用を指し、この場合、Shf及びTrkAが複合体を形成しているか、又は、機能的に連携するように近接して存在していることを指す。相互作用の測定は、当業者にとって公知の蛋白質の相互作用を測定する系が利用可能であり、具体的には、共免疫沈降法による測定や、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)を応用した測定などが挙げられる。得られた定量的な測定値を、被検化合物の存在下と非存在下との間で比較し、被検化合物の神経芽腫の治療薬としての効用を判定する。
【0029】
(治療薬)
また、本発明の実施形態にかかる神経芽種の治療薬は、Shf遺伝子(配列番号1)を有するベクターを含む。また別の実施形態では、治療薬はShf(配列番号2)をコードする核酸を有するベクターを含む。さらなる実施形態では、治療薬はさらにTrkA遺伝子(配列番号3)を有するベクター又はTrkA(配列番号4)をコードする核酸を有するベクターを含むことが好ましい。
【0030】
ベクターは、DNAまたはRNAウイルスをもとに作製できる。MoMLVベクター、ヘルペスウイルスベクター、アデノウイルスベクター、AAVベクター、HIVベクター、SIVベクター、センダイウイルスベクター等のいかなるウイルスベクターであっても良い。また、ウイルスベクターの構成タンパク質群のうち1つ以上を、異種ウイルスの構成タンパク質に置換する、もしくは、遺伝子情報を構成する塩基配列のうち一部を異種ウイルスの塩基配列に置換する、シュードタイプ型のウイルスベクターも本発明に使用できる。例えば、HIVの外皮タンパク質であるEnvタンパク質を、小水痘性口内炎ウイルス(Vesicularstomatitis Virus:VSV)の外皮タンパク質であるVSV−Gタンパク質に置換したシュードタイプウイルスベクターが挙げられる。さらに、治療効果を持つウイルスであれば、ヒト以外の宿主域を持つウイルスもウイルスベクターとして使用可能である。ウイルス以外のベクターとしてはリン酸カルシウムと核酸の複合体、リポソーム、カチオン脂質複合体、センダイウイルスリポソーム、ポリカチオンを主鎖とする高分子キャリアー等が使用可能である。
【0031】
さらに、ベクター中の遺伝子の発現のために用いられる発現カセットは、標的細胞内で遺伝子を発現させることができるものであれば、特に制限されることなく用いることができる。当業者はそのような発現カセットを容易に選択することができる。好ましくは、動物由来の細胞内で遺伝子発現が可能な発現カセットであり、より好ましくは、哺乳類由来の細胞内で遺伝子発現が可能な発現カセットであり、特に好ましくは、ヒト由来の細胞内で遺伝子発現が可能な発現カセットである。発現カセットに用いられる遺伝子プロモーターは、例えばアデノウイルス、サイトメガロウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、シミアンウイルス40、ラウス肉腫ウイルス、単純ヘルペスウイルス、マウス白血病ウイルス、シンビスウイルス、A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、パピローマウイルス、ヒトT細胞白血病ウイルス、インフルエンザウイルス、日本脳炎ウイルス、JCウイルス、パルボウイルスB19、ポリオウイルス等のウイルス由来のプロモーター、アルブミン、SRα、熱ショック蛋白、エロンゲーション因子等の哺乳類由来のプロモーター、CAGプロモーター等のキメラ型プロモーター、テトラサイクリン、ステロイド等によって発現が誘導されるプロモーターを含む。
【0032】
(神経芽腫の予後の判定方法)
本実施形態における神経芽腫の予後の判定方法は、予後が不明のヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量を測定する工程と、Shf遺伝子の発現量を、予後良好な、及び予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量と比較する工程と、を備える。
【0033】
Shf遺伝子の発現量が高い場合に、神経芽腫の予後が良好となるという本発明の知見に基づき、予後を判定する。予後良好なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量とは、予後良好な複数の症例(予後良好群)から得られた発現量の測定値を統計的に処理したものでもよく、また、予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量についても同様である。予後良好の判定に関しては、具体的には、予後が不明のヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量が、予後良好なヒト神経芽腫の臨床サンプル中のShf遺伝子の発現量よりも多い場合及び/又は予後良好群から得られた発現量との比較において、統計的に予後良好群の分布範囲に該当する場合に、被験者の神経芽腫の予後は良好であると判定することができる。また、予後不良の判定も、予後良好の判定と同様にして行うことができる。
【0034】
本明細書で使用する「予後良好」とは、神経芽細胞腫のうち、腫瘍が限局して存在するか、または退縮や良性の交感神経節細胞腫になった状態を指し、N−mycその他腫瘍マーカーから判断して、悪性度が低いと判断される。なお、N−myc遺伝子は、正常細胞や予後良好な神経芽細胞腫では通常1倍体当たり1つしか存在しないのに対し、予後不良の神経芽細胞腫においては数十倍に増幅される神経の癌遺伝子である。本発明の好適な実施の形態では、国際神経芽腫病期分類に基づく病期1、2又は4s、発症年齢が1歳未満であって、手術後5年以上再発なく生存し、臨床組織中にN−mycの増幅が認められないものをヒト神経芽細胞腫における予後良好例としたが、このような特定の例には限定されない。
【0035】
また、本明細書でいう「予後不良」とは、神経芽細胞腫のうち、腫瘍の進行が認められる状態を指し、N−mycその他腫瘍マーカーから判断して、悪性度が高いと判断されるものである。本発明の好適な実施の形態では、病期3又は4、発症年齢が1歳以上であって、手術後3年以内に死亡、臨床組織中にN−mycの増幅が認められたものをヒト神経芽細胞腫における予後不良例としたが、このような特定の例には限定されない。
【0036】
別の実施形態では、神経芽腫の予後の判定方法は、Shf遺伝子の発現量に加え、神経芽腫疾患の予後決定に関わる候補遺伝子であるTrkA遺伝子の発現量を解析することが好ましい。さらに別の実施形態では、従来知られている、予後良好群及び予後不良群の2つのサブセット間で異なる発現を示す遺伝子の発現量を同時に解析しても良い。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
(実験材料)
SuperScript II逆転写酵素はLifeTechnologies社から購入した。ランダムプライマーはTakara酒造社から購入した。TaqMan(商標登録)Universal PCR Master MixはPerkin−Elmer Applied Biosystems社から購入した。Shfのプローブ付きプライマーはApplied Biosystems社から購入した。坑Shf抗体はMBL社から購入した。坑Trk抗体はSANTA CRUZ BIOTECHNOLOGLY社、坑Tubulin抗体はNeo MARKERS社から購入した。
【0039】
RT−PCR法及びReal−time RT−PCR法に用いた各種プライマーは以下の通りである。
Shf:5’-TATGAGCCAGAGAGGAGGATGG-3’ (配列番号5)
5’-CTGTCCAGCTGTCCCACAGGTG-3’ (配列番号6)
GAPDH:5’-ACCTGACCTGCCGTCTAGAA-3’ (配列番号7)
5’-TCCACCACCCTGTTGCTGTA-3’ (配列番号8)
【0040】
(実験方法)
以下の方法は各文献に沿って行なった。
半定量的RT−PCR法、免疫染色法及び免疫沈降法は、Hanamoto et al., J.Biol.Chem., 280:16665−166675,2005. に記載の方法と同様の方法を用い、適宜実験系の最適化を行った。定量的real−time RT−PCR法及びin situハイブリダイゼーション法は、Machida et al., Oncogene., 25:1931−1942,2006. に記載の方法と同様の方法を用い、適宜実験系の最適化を行った。
【0041】
(実施例1:RT−PCR法による発現解析)
予後良好な、及び予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプルから全RNAを調整し、これらの全RNAをテンプレートとして、半定量的RT−PCR法によりShf mRNAの発現量を解析した。その結果を図1に示す。Shf遺伝子が予後良好群で高発現を示していることが認められ、Shf遺伝子の発現レベルと神経芽腫の予後との間に機能的な関わりがある可能性が示唆された。
【0042】
(実施例2:カプランマイヤー法による生存分析)
神経芽腫の患者より採取した臨床サンプル105例を用いて定量的real−time RT−PCRを行い、Shf mRNAの発現レベルと診断後の患者の生存率との関係を検討した。図2にカプランマイヤー法による解析結果を示す。予後良好群とShfの高発現との間には有意な相関(p=0.045)が認められた。このことから、Shf mRNAが高発現を示している症例では、予後が良好であることが示された。
【0043】
(実施例3:Shf mRNA及びTrkA mRNAの発現の相関)
さらに、神経芽腫の臨床サンプルを用いて定量的real−time RT−PCRを行い、Shf mRNAの発現レベルとTrkA mRNAの発現レベルとを比較した。その結果、図3に示すように、両者は有意に相関し(p<0.00005)、予後の決定に関わる候補遺伝子TrkAのmRNAが高発現している症例では、Shf mRNAが有意に高発現していることが示された。
【0044】
(実施例4:Shf mRNAの発現の組織特異性の確認)
半定量的RT−PCR法によって、それぞれの正常組織でのShf mRNAの発現量を比較した結果を図4に示す。Shf mRNAは、脳、小脳及び胎児脳において高発現が認められた。さらに、in situ ハイブリダイゼーション法による解析結果を図5に示す。胎生13.5日目におけるShf mRNAの発現組織を検討したところ、脊髄、後根神経節及び間脳においてその発現が認められた。したがって、Shf遺伝子が神経系において発現し、神経組織の機能維持や分化に関与している可能性が示された。
【0045】
(実施例5:免疫染色実験によるShf及びTrkAの細胞内局在の確認)
Shf及びTrkAの細胞内局在を明らかにする目的で、ラット褐色細胞腫PC12細胞を用いて免疫染色実験を行った結果、内在性のShfとTrkAが細胞質に共に局在することが明らかとなった。図6に、免疫染色による解析結果を示す。TrkAは膜貫通型の受容体であることを考え合わせると、細胞質及び/又は細胞膜の内部においてShfとTrkAが共局在し、互いに機能的に相互作用する可能性が示唆された。
【0046】
(実施例6:Shf及びTrkAの免疫複合体形成の検出)
H1299細胞に、Shf及びTrkAの発現コンストラクトを同時形質導入した。培養の後、細胞の懸濁液を可溶性画分と不溶性画分とに分画し、得られた可溶性画分を免疫沈降実験に呈した。Shf及びTrkAは、共に可溶性画分において検出された。共免疫沈降実験の解析結果を図7に示す。この結果より、H1299細胞内で共に強制発現させたShf及びTrkAが免疫複合体を形成することが示された。
【0047】
図8はShf及びTrkAのシグナル伝達機構モデルを示す概略図である。神経細胞において神経成長因子NGFが細胞膜状の神経成長因子受容体TrkAに結合すると、そのシグナルが細胞内及び核へと伝達され、神経細胞の分化や細胞増殖の停止といった応答が生じる。本発明によって得られた知見を考え合わせると、ShfがTrkAに結合することでNGF/TrkAシグナルに関与し、さらにその下流へとシグナルを伝達することで神経芽腫の予後の決定に関与している可能性が示唆された。これらの知見は、予後不良神経芽腫や、他の神経系腫瘍に対する新たな治療薬開発において、Shfをターゲットとした研究開発が有用である可能性を示唆しており、さらに臨床面における治療法の選択の改善やオーダーメード医療への応用も期待される。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】半定量的RT−PCR法による神経芽腫臨床検体(予後良好群及び予後不良群、それぞれ8検体)でのShf mRNAの発現量の測定結果を示す電気泳動写真に対応する図である。
【図2】Shf mRNAの発現レベル及び予後の相関を示すグラフである。
【図3】TrkA mRNA及びShf mRNAの発現レベルの相関を示すグラフである。
【図4】半定量的RT−PCR法による正常組織でのShf mRNAの発現量の測定結果を示す電気泳動写真に対応する図である。
【図5】in situ ハイブリダイゼーション法によるShf mRNAの発現を示す染色像に対応する図である。sp、脊髄;DRG、後根神経節;diencephalon、間脳。
【図6】免疫染色実験によるShf及びTrkAのラット褐色細胞腫PC12細胞における局在を示す染色像に対応する図である。
【図7】共免疫沈降実験によるShf及びTrkAの相互作用を示すウエスタンブロット像に対応する図である。Shf及びTrkAの発現コンストラクトをH1299細胞に同時形質導入した。免疫沈降及びウエスタンブロット解析には、抗Shf抗体及び抗TrkA抗体を用いた。
【図8】Shf及びTrkAのシグナル伝達機構モデルを示す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、
それぞれの培養した細胞中のShf遺伝子の発現量を測定する工程と、
被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf遺伝子の発現量よりも高い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、
を備える、神経芽腫の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、
それぞれの培養した細胞中のShf遺伝子及びTrkA遺伝子の発現量を測定する工程と、
被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf遺伝子及びTrkA遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf遺伝子及びTrkA遺伝子の発現量よりも高い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、
を備える、神経芽腫の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項3】
被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、
それぞれの培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用を測定する工程と、
被検化合物の存在下において培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のShf及びTrkAの相互作用よりも強い場合に、当該被検化合物を神経芽腫の治療薬と判定する工程と、
を備える、神経芽腫の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項4】
細胞が、ヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
配列番号1に記載の塩基配列からなる核酸を有するベクターを含む、神経芽種の治療薬。
【請求項6】
配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸を有するベクターを含む、神経芽種の治療薬。
【請求項7】
治療薬が、配列番号3に記載の塩基配列からなる核酸を有するベクターをさらに含む、請求項5又は6に記載の治療薬。
【請求項8】
治療薬が、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸を有するベクターをさらに含む、請求項5又は6に記載の治療薬。
【請求項9】
予後が不明のヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量を測定する工程と、
Shf遺伝子の発現量を、予後良好な、及び予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるShf遺伝子の発現量と比較する工程と、
を備える、ヒト神経芽腫の予後の判定方法。
【請求項10】
予後が不明のヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるTrkA遺伝子の発現量を測定する工程と、
TrkA遺伝子の発現量を、予後良好な、及び予後不良なヒト神経芽腫の臨床サンプル中におけるTrkA遺伝子の発現量と比較する工程と、
をさらに備える、請求項9に記載のヒト神経芽腫の予後の判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−29296(P2008−29296A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−208812(P2006−208812)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(000160522)久光製薬株式会社 (121)
【出願人】(591014710)千葉県 (49)
【Fターム(参考)】