説明

移植可能な材料およびその調製方法

再生フィブロイン溶液を調製する方法であって、 −絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンおよび前記アニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程と; −引き続いて、前記処理された絹または絹繭を精錬する工程;または−絹または絹繭を精錬する工程と;−引き続いて、前記精錬した絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンおよび前記アニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程とを含む、方法。本発明はさらにフィブロン溶液、フィブロン物質、および軟骨の修復に有用な移植物に関する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、移植可能な材料、およびその調製方法に関する。この材料は、例えば、損傷した関節軟骨、または膝半月板、顎関節、椎間板の線維軟骨、および滑膜性関節の関節軟骨の置換、部分置換、増強、または修復に有用である。
【背景技術】
【0002】
以下に特記しているものを除き、「フィブロイン」という用語は、繭糸の主要な構造タンパク質を総称して使用され、この繭糸が、家畜化されたMulberry Silkworm(Bombyx mori)に由来するか、またはトランスジェニック蚕に由来するか、または限定されないが、ムガ、エリまたはタッサーの絹を産生する蚕を含む任意の野生蚕に由来するかにかかわらない。また、「絹」という用語は、蚕が分泌する天然の微細な繊維を指すのに使用され、これには、セリシンおよびフィブロインという2種類の主要なタンパク質が含まれている。フィブロインは、絹において構造の元となる繊維であり、セリシンは、フィブロインを取り囲み、繭において繊維同士を接着させている材料である。「絹繭」は、蛹の期間中、保護するために、蚕の幼虫によって紡ぎ出される絹の覆いを指すのに使用される。
【0003】
哺乳動物の体内で、白色の線維軟骨、黄色の弾性軟骨、硝子軟骨といった3種類の軟骨が発見されている。以後、特記される以外は、「軟骨」という用語は、これら3種類の軟骨を含む包括的な意味で用いられる。
【0004】
白色の線維軟骨は、膝の半月板および顎関節、および椎間板に見られる。黄色の弾性軟骨は、耳介および喉頭蓋中、および耳道周辺に見られる。硝子軟骨は、滑らかな軟骨表面を与える、滑膜のない関節の関節軟骨として見出され、可動性の(diarthroidal)滑膜性関節の関節表面を覆う堅固な結合組織を与える滑膜性関節の関節軟骨として見出される。
【0005】
関節の硝子軟骨は、長期にわたって潤滑性を付与する、摩擦力の小さな関節表面を提供し、その下にある骨に対する応力を広範囲にわたって分散し、動的な負荷がかかったときの衝撃を消散させるのに役立つ場合がある(Mow VC,Ratcliffe A.、Structure and function of articular cartilage and meniscus.、Mow VC、Hayes WC編集、Basic Orthopaedic Biomechanics.New York:Raven Press、1991;143−198)。軟骨の圧縮剛性は、軟骨の機能においてきわめて重要である。軟骨のような粘弾性材料の剛性は、材料の荷重履歴に大きく依存し、剛性を測定する方法、およびその結果導き出されたいくつかの係数を使用し、関節軟骨を記述する。例えば、Spiller,K.L.、Laurencin,S.J.、Charlton D、Maher,S.A.、Lowman,A.M.は、彼らの論文である「Superporous hydrogels for cartilage repair:Evaluation of the morphological and mechanical properties」、Acta Biomaterialia 4、17−25(2008)において、成人の関節軟骨の一軸圧縮弾性係数(compressive elastic modulus)が、約1メガパスカル(MPa)であり、一方、集合体の圧縮弾性係数(aggregate compressive modulus)は、約0.33MPaであると述べている。Treppo,S.らは、Comparison of biomechanical and biochemical properties of cartilage from human knee and ankle pairs、Journal of Orthopaedic Research 18、739−748(2000)において、健康な成人の関節軟骨の平衡弾性係数(equilibrium modulus)が、0.2〜1.5MPaの間にあり、平均値は約0.6MPaであり、この値は、その軟骨がどの関節から採取されたか、関節における位置および深さによって変わると述べている。Park,S.、Hung,C.T.およびAteshian,G.A.は、Mechanical response of bovine articular cartilage under dynamic unconfined compression loading at physiological stress levels、Osteoarthritis and Cartilage 12、65−73(2004)において、ウシの脛骨軟骨の一軸動的弾性係数(unconfined dynamic modulus)は、15〜65MPaの間にあり、この値は、かけられた応力および負荷の頻度によって変わると述べている。
【0006】
膝関節の半月板は、三日月状の板であり、主に、白色の線維軟骨で構成されている。半月板は、腿骨顆部(femoral condoyle)と脛骨プラトーとの間に位置しており、圧縮荷重を拡散させ、衝撃を吸収し、安定化させ、関節を潤滑化させるための滑液を分泌させる機能を有する。半月板の構造、機能および病理学は、S.M.BahgiaおよびM.Weinick、Y.XingおよびK.Guptaの(2005)Meniscal Injury、E−medicine World Library、2005年7月27日、http://www.emedicine.com/pmr/topic75.htmにまとめられている。半月板の外縁部には血管があるが、中心部は、血管のない線維軟骨である。半月板は、I型コラーゲン(関節軟骨のコラーゲンではない線維性コラーゲン)を70%含有する。半月板のコラーゲン線維は、大部分は、いくつかの放射状に結合した繊維とともに、環状の配向を示す。コラーゲンの配向性は、この構造の機械的機能および固定にとって、きわめて重要である。半月板を圧縮すると、円周方向の線維には円状の張力負荷がかかり、半径方向の線維には半径方向の負荷がかかり、半月板の広がりおよび屈曲が抑えられる。したがって、半月板が負荷を拡散し、エネルギーを消散させる能力は、コラーゲン繊維の形状の完全性に依存する。この理由から、これらの繊維が損傷すると、通常の負荷分散機能および衝撃吸収機能が損なわれるため、二次的な変形性関節症(osteoarthrotic)による顆骨軟骨の損傷リスクが高まる。
【0007】
半月板損傷は、成人ではかなり一般的であり、スポーツに関連して頻繁に起こる。半月板損傷は、10歳を超える子供ではあまり一般的ではなく、形態学的に正常な半月板をもつ10歳未満の子供では、ほとんど起こらない(Iobst,C.A.およびStanitski,C.L.、2000、Acute knee injuries.Clin Sports Med.2000年10月;19(4):621−35)。
【0008】
膝の全置換は、きわめて複雑な金属およびポリマーのインプラントを挿入することを含み、合併症のない半月板損傷の治療法として考えることはできない。ダクロンおよびテフロンといった半月板成分が、滑液の重篤な反応を引き起こすことがあり(Cook,J.L.、Tomlinson、J.L.,Kreeger、J.M.およびCook,C.R.、1999.The American Journal of Sports Medicine 27:658−665 Induction of meniscal regeneration in dogs using a novel biomaterial)、一方で、ゆるみや機械的欠陥が問題である(de Groot,J.H.、1995 Doctoral dissertation.University of Gronigen,Summary p153)。
【0009】
損傷した半月板の外科治療が必要となることがよくあるが、この場合、外科治療の異なる選択肢が存在する。
【0010】
半月板の小さな裂傷は、縫合術、固定術またはアロー(arrow)を用い、直接修復することができる。しかし、小さな裂傷は、現時点のすべての半月板損傷の3%未満を占めるにすぎない。
【0011】
損傷した半月板組織を除去するための、半月板の全摘出または部分摘出(半月板切除術)は、40年前くらいまではよく行われていたが、この手術によって、関節軟骨変性をきたし(King,D.Clin.Orthop.1990、252、4−7;Fairbank,T.J.Journal of Bone and Joint Surgery 1948、30、664−670)、ひいては、変形性関節症をきたすことが十分に理解されている。半月板切除術によって引き起こされる二次的な変形性関節症の程度は、半月板組織をどの程度除去したかによって変わると考えられる。したがって、通常は、半月板組織を約25〜40%摘出することを含む半月板の部分切除術が、現時点で最も頻繁に用いられる手術である。しかし、半月板の部分切除術を用いた場合であっても、衝撃吸収性および膝の安定性が低下し、中長期的には二次的な変形性関節症を引き起こす。したがって、半月板の部分切除術よりも優れた代替法が選択される。半月板の全切除術または部分切除術の代替法として、同種移植は部分的にしか成功しておらず、そのため、現時点では、半月板手術のうち、この手法を使用しているのはわずか約0.1%である。半月板を移植片で置換することによって、重要な半月板の機能を再確立し、半月板切除術による二次的な変形性関節症の進行を防ぐか、または減らすことができることは証明されていない(Messner,K.およびGao,J.1998.The menisci of the knee joint.Anatomical and functional characteristics,and a rationale for clinical treatment.Journal of Anatomy、193:161−178)。大きな問題は、移植片の再構築が行われないため、構造特性、生化学特性および機械特性が劣っており、骨に対する固定が不十分なことである(MessnerおよびGao 1998、前文献に同じ)。さらなる不利益としては、適切なドナーが不足していること、保存技術が難しいこと、疾患が伝播してしまう可能性、ドナーに適合するようにインプラントを成型するのが難しいこと、インプラントに対する免疫反応の可能性が挙げられる(Stone,K.R.Clinical Sports Medicine.1996、15:557−571)。
【0012】
同種移植術に加え、損傷した半月板組織を外科的に摘出するための置換として、多くの移植可能な材料が提案されている。これらの材料としては、ペプシンで処理して実質的に免疫原性のない状態にし、次いで、グルタルアルデヒドで架橋したコラーゲン;小腸の粘膜下組織から作られた材料;架橋したヒアルロン酸、テフロン繊維;炭素繊維;強化ポリエステル;ポリウレタンでコーティングされたダクロンが挙げられる。これらのインプラント材料の機械特性は、約0.4〜0.8MPaの一軸圧縮弾性係数を有する半月板の線維軟骨の機械特性とはうまく合わない。これらの材料は、摩耗抵抗性が低く、自然治癒もしない。上述の材料のいくつかは、再吸収性ではなく、in situで機能性組織に置き換わることもない。したがって、コラーゲン、テフロン繊維、炭素繊維、強化ポリエステル、またはポリウレタンでコーティングされたダクロンで作られた、半月板の部分置換または全置換が、機械的欠陥率が高いことは、驚くべきことではない(de Groot 1995、前文献に同じ)。欠陥は、不十分な固定および重篤な免疫反応からも生じるF(de Groot 1995、前文献に同じ)。
【0013】
半月板の修復のために両親媒性ウレタンブロックコポリマー系エラストマーが提案されており、動物モデルで試験されている(Heijkants,R.G.J.C.2004 Polyurethane scaffolds as meniscus reconstruction materials,Ph.D.Thesis,University of Groningen,The Netherlands,MSC Ph.D.−thesis series 2004−09;ISSN:1570−1530;ISBN:90 367 2169 5,chapter 10 pp 167−184)。これらの材料は、ダクロンまたはテフロンよりも毒性の低い分解生成物を生成すると考えられる。しかし、試験したポリウレタンの機械特性は、天然の半月板とうまく合わず(Heijkants 2004、前文献に同じ)、この性質は、なぜ、移植したデバイスにおいて線維軟骨が再生する際に、正常な半月板における十分に配向性のあるコラーゲンではなく、配向性が低いコラーゲンしか見られないのかを説明する助けとなるであろう。さらなる潜在的な問題は、ポリウレタン材料が、第I段階の炎症反応を引き起こすことであった(巨細胞およびある種のマクロファージ)(Heijkants 2004、前文献に同じ)。フォローアップ試験で、2年間にわたって、ポリカプロラクトン−ポリウレタンコポリマーの多孔性半月板修復デバイスを試験した。試験期間後、このデバイスは、全く再吸収能力を示さず、半月板の機能的組織と置き換わることもなく、軟骨損傷も予防しなかった(Welsing R.T.C、van Tienen、T.C.、Ramrattan,N.、Heijkants,R.、Schouten,A.J.、Veth,R.P.H.およびBuma,P.2008;Effect on tissue differentiation and articular cartilage degeneration of a polymer meniscal implant:a 2 year follow up study in dogs.Am.Jour.Sports Med.36 1978−1989)。
【0014】
近年、再生用基質としての生体適合性の足場材と、再構築および治癒を促進するための細胞の補給とを使用することを含む、半月板修復のための組織工学方策が提案されている。
しかしながら、これらの新しい修復方策が、正常な半月板の機能を再建することに対する寄与については、ほとんどわかっていない(Setton,L.A.、Guilak,F,Hsu,E.W.Vail,T.P.1999 Biomechanical Factors in Tissue Engineered Meniscal Repair.Clinical Orthopaedics & Related Research.(367S)supplement:S254−S272、1999年10月)。
【0015】
椎間板は、脊椎の椎体の末端を覆う軟骨の末端キャップ(end cap)の間にある。椎間板は、外側線維輪から構成されており、外側線維輪は、内側にある髄核を取り囲んでいる。線維輪は、いくつかの線維軟骨層から構成されている。髄核は、ムコタンパク質ゲルに懸濁した、ゆるみコラーゲン原線維と、軟骨細胞とを含んでいる。椎間板は、脊柱の柔軟性を促進すると同時に、衝撃吸収材としても作用するように、椎体の間に変形可能な空間を与える(M.D.Humzah And R.W.Soames 1988「Human Intervertebral Disc:Structure And Function」、The Anatomical Record 220:337−356)。腰椎椎間板ヘルニア患者、変性円板疾患患者、または椎弓切除後症候群患者の損傷した椎間板と置き換えるために、人工の椎間板を用いる。また、6ヶ月を超える保存治療で効果がない腰痛を訴える患者や、現時点では、脊椎固定術が適していると考えられる患者を治療するためにも、人工の椎間板が用いられる(NICEガイドライン、http://www.nice.org.uk/guidance/index.jsp?action=byID&r=true &o=11081)。
【0016】
椎間板全体を置換するための、金属を含有するプロテーゼまたは金属を含有しないプロテーゼの使用に関し、顕著な問題が存在する。
【0017】
弾力性は、天然の半月板および関節軟骨にとって、さらに、これらを修復するのに使用される材料にとって、きわめて重要な特性である。弾力性は、材料が圧縮された後に元の厚みに戻る程度として定義することができる。もっと正確に言えば、弾力性は、材料が、弾性変形したときに、エネルギーを可逆的に保存する性質であると定義することができる。関節の軟骨および半月板の軟骨の観点で、弾力性は、起立、歩行、走行および他の動きによって生じる圧縮荷重によって引き起こされる変形から材料が復元する能力の尺度であるため、重要である。また、半月板の軟骨が高い弾力性を有することは、歩行および走行といった負荷が繰り返しかかっている間に、効率よい衝撃吸収材として機能することが可能になるため、重要である。弾力性は、多くの異なる様式で測定することができる。最も正確には、弾力性は、弾性的に保存することが可能な、容積あたりの最大エネルギーであり、したがって、応力−歪み曲線の弾性部分の下側にある面積を決定することによって測定される。この様式で測定したヒトの関節軟骨の弾力性は、2.9Jm−3の値であった(Park,S.S.、Chi,D.H.、Lee,A.S.、Taylor,S.R.およびIezzoni 2002、J.C.「Bio mechanical properties of tissue−engineered cartilage from human and rabbit chondrocytes’Otolaryngology and head and neck surgery 126、52−57)。しかしながら、1回以上の負荷サイクル後に、変形が復元可能な程度の尺度を用いるほうが、もっと簡潔である。
【0018】
変形性関節症という状態では、関節表面で関節軟骨が破壊され、関節軟骨に隣接する骨が変形する。これにより、一般的に、臀部、膝、手、脚、脊椎の関節に影響が出る。これにより、慢性的な痛み、運動機能の喪失が起こり、関節がこわばってしまうことも多い。一次性変形性関節症は、主に、加齢プロセスが及ぼす影響であり、一方、二次性変形性関節症は、損傷、肥満、靱帯の変性、軟骨下骨の強度、または関節形態の遺伝的変化によって生じる、関節での応力分散の変化によって生じる。糖尿病、痛風といった疾病状態、およびホルモン変化を含む他の因子も、二次性変形性関節症の原因となる。一次性変形性関節症および二次性変形性関節症の疾病のプロセスは、同じである。重篤な変形性関節症は、一般的に、合金鋼、セラミック、合成ポリマーを含むさまざまな材料で作られた人工の臀部関節プロテーゼまたは膝関節プロテーゼを挿入することによって治療される。しかし、これらの手法は、高価であり、リスクを伴わないわけではない。それに加え、臀部を全置換した場合の約4%は、無菌性のゆるみ(aseptic loosening)、深部感染、プロテーゼの破砕、および他の原因の結果、10年以内に失敗している。一般的な用途での膝全体のプロテーゼは、1年間の平均欠陥率が約1%であり、あまり頻繁に使用されない種類のプロテーゼでは、欠陥率は、3倍まで速くなってしまう。したがって、関節の全置換術を受けた若年層だと、一生の間に、2回以上の複雑で高価な修正が必要となる場合がある。さらなる問題は、ポリマー製および金属製の装着製品の毒性である。このように、関節軟骨を修復するために関節を置換し、ひいては変形性関節症を予防し、治療するための実行可能な代替手法を見つけるために、多くの研究が行われている。
【0019】
関節軟骨を修復するために提案されている方法は、細胞に基づく方法と、組織に基づく方法の2つのカテゴリーに分けることができる。
【0020】
細胞に基づく方法は、細胞がマトリックスに組み込まれた状態で移植されるか、組み込まれていない状態で移植されるか、マトリックスが生分解性であるか、生分解性ではないか、によってさらに分けることができる。細胞に基づく方法としては、骨髄刺激技術、自家軟骨細胞移植、マトリックスを使用する自家軟骨細胞移植、増殖させた間葉系細胞培養物を用いる手法が挙げられる。小さな局所的な軟骨病変に対する、細胞に基づく軟骨修復方策は、全く治療しない場合よりも良好な臨床結果を与えることができる。しかし、細胞に基づく方策は、重篤な変形性関節症を治療するのに用いることはできず、このアプローチには、他の問題および制限がある(Richter,W.2007.Cell−based cartilage repair:illusion or solution for osteoarthritis.Current Opinion in Rheumatology 19(5)451−456)。
【0021】
関節軟骨を修復するための組織に基づく方法としては、自己軟骨移植、自己骨膜移植または自己骨軟骨移植、同種骨軟骨片および同種軟骨片の移植が挙げられる。関節軟骨を修復するための組織に基づく方法に関し、顕著な問題および制限が存在する。例えば、自己骨軟骨移植は、健康な骨軟骨組織が、関節から損傷によって除去される可能性を含み、一方、同種移植手法の問題としては、新鮮なドナー材料が不足していること、移植片が免疫攻撃を受けて損傷すること、機械的劣化、移植片の取り扱い中および冷凍保存中に軟骨細胞が死滅すること、疾患の伝播が挙げられる(Hunziker,E.B.2001 Articular cartilage repair:basic science and clinical progress.A review of the current status and prospects can be found in Osteoarthritis and Cartilage(2001)10, 432−463)。
【0022】
S.FrenkelおよびP.D.Cesare、Scaffolds for articular cartilage repair,Annals of Biomedical Engineering 32(1)(2004),pp.26−34、およびSJ.Hollister、Porous scaffold design for tissue engineering、Nature Materials(7)(2006)、p.590に記載されるように、関節軟骨を置換するための足場材は、軟骨自体に移植されるか、または細胞を含有するかにかかわらず、健康な軟骨と同様の細胞移動、栄養、機械特性を可能にし、負荷をかけることが可能で、丈夫で、堅く、摩擦が低い関節表面を与えるのに適した空隙率を有していなければならない。それに加え、足場材は、すばやく再構築されるべきである(Hunziker,E.B.(1999)Articular cartilage repair:are the intrinsic biological constraints undermining this process insuperable? Osteoarthritis and Cartilage 7,15−28)。関節軟骨を修復する既存の方法は、機械特性が悪く、組織が一体化しづらく、病変の境界から軟骨細胞が失われるという一般的な問題をかかえており、特に機械特性が悪いという問題は、最も深刻である(Hunziker 1999、前文献に同じ)。ポリ(D,L−乳酸−co−グリコール酸)(PLGA)のような生分解性合成ポリマーから調製した足場材は、概して、良好な機械特性を有するが、再吸収が速すぎて、新しい組織を生成するのに十分な時間が得られない。それに加え、このような足場材は、概して、疎水性表面であり、細胞接着シグナルが存在しない結果、細胞との結合性が低い。対称的に、生体高分子は、概して、良好な細胞結合性を示すが、機械特性が悪い:Jancar,J.Slovikova,A.Amler,E.,Krupa,P.ら、Mechanical Response of Porous Scaffolds for Cartilage Engineering.Physiological.Research.56(Suppl.1):S17−S25,2007。既存の分解性足場材は、概して、弱すぎて、負荷がかかった軟骨で見られるような力を持ちこたえることができない。Spiller,K.L.、Laurencin,S.J.、Charlton D、Maher,S.A.、Lowman,A.M.(2008) Superporous hydrogels for cartilage repair:Evaluation of the morphological and mechanical properties Acta Biomaterialia 4,17−25。これらの著者は、ポリ(乳酸−co−グリコール酸)の分解性微粒子を組み込み、非分解性ポリマーであるポリ(ビニルアルコール)と、ポリ(ビニルピロリドン)との混合物から調製した、非分解性ハイドロゲルの足場材を使用することを教示している。得られた足場材は、成人の関節軟骨の一軸圧縮弾性係数が1MPaであり、集合体の圧縮弾性係数が0.33MPaの比較値と比較して、かなり剛性が低かった(一軸圧縮弾性係数は、0.15MPaまで;集合体の圧縮弾性係数は、0.14MPa)。したがって、これらの足場材は、生分解性でもなく、圧縮特性においても、関節軟骨に匹敵するものではない。
【0023】
米国特許第6,306,169号は、多孔性ポリマーゲルが浸潤した多孔性マクロ構造を有するインプラントを開示している。この構造は、生体吸収性ポリマー(ポリ−L−乳酸、ポリカプロラクトン、ポリヒドロキシブタレート(polyhydroxybutarate)またはポリ酸無水物)から作られており、ゲルは、アルギネート、アガロース、カラギーナン、グリコサミノグリカン、プロテオグリカン、ポリエチレンオキシドまたはコラーゲンモノマーを含む。
【0024】
米国特許第6,514,515号、米国特許第6,867,247号および米国特許第7,268,205号は、半月板の軟骨および関節軟骨の修復を含む、さまざまな移植可能な適用のための、生体吸収性で生体適合性のポリマーであるポリヒドロキシアルカノエートを開示している。
【0025】
De Grootの「Meniscal tissue regeneration in porous 50/50 copoly(L−lactide(epsilon− caprolactone)implants」、Biomaterials 18(8):613−22(1997)は、半月板組織再生のための、多孔性のコポリ(L−ラクチド(ε−カプロラクトン)の使用を開示している。
【0026】
米国特許第6,747,121号は、L−ラクチドと、グリコリドと、D−ラクチド、D,L−ラクチド、ε−カプロラクトンからなる群より選択される他の種類の繰り返し単位とを含むターポリマーで構成される、再吸収可能な、多孔性の移植可能な材料の使用を開示している。
【0027】
米国特許第6,103,255号は、組織の足場材成分として使用するための、生体適合性で生分解性のポリマーの使用を教示している。このようなポリマーとしては、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリカーボネートとポリ(アルキレンオキシド)とのブロックコポリマー、ポリアリレートとポリ(アルキレンオキシド)とのブロックコポリマー、a−ヒドロキシカルボン酸、ポリ(カプロラクトン)、ポリ(ヒドロキシブチレート)、ポリ酸無水物、ポリ(オルトエステル)、ポリエステル、ビスフェノール−A系のポリ(リン酸エステル)が挙げられる。
【0028】
米国特許第6,679,914号は、アルデヒドで架橋された動物の心膜を複数重ね合わせた構造のシートを含む半月板のプロテーゼを開示している。このデバイスは、再吸収可能であると考えられ、アルデヒド架橋を用いているにもかかわらず、生体適合性である可能性もあるが、この特許では、このデバイスの機械特性を開示しておらず、通常の半月板の機械特性よりもかなり劣っている可能性がある。
【0029】
継続出願番号第2,374,169号は、結合組織を全置換するか、または強化するための生体適合性で再吸収可能な移植可能な材料を開示している。この材料は、可とう性の細長いテープ状物と、複数の整列した繊維とを含み、このテープ状物は、網目およびハイドロゲルの2つの本質的に平行な層を含む。この材料は、ポリ(乳酸)、ポリ(グリコール酸)、ポリジオキサノン、ポリカプロラクトン、ポリヒドロキシブチレート、ポリ(トリメチレンカーボネート)、またはこれらの材料の混合物を含んでいてもよい。
【0030】
合成ポリマーの足場材において、概して、軟骨の圧縮特性と比較した場合、圧縮特性がうまく合わないことに加え、いくつかのさらなる問題および制限が記載されている。Tayler MS、Daniels AU、Andriano KP、Heller J(1994) Six bioabsorbable polymers:In vitro acute toxicity of accumulated degradation products.Journal of Applied Biomaterials 5:151−157に記載されているように、乳酸および/またはグリコール酸を含有するポリマーは、おそらく、酸性分解の結果であろうと思われる毒性の溶液を生じることが示されている。このことは、比較的大量の合成ポリマーが必要になる場合があり、血管分布が乏しいことによって、毒性廃棄物の除去が遅くなる軟骨の修復に関し、特に気になることである。乳酸およびグリコール酸に加え、多くの他の生分解性の合成ポリマーは、酪酸、吉草酸、カプロン酸を含む酸性単位を含有し、これらから生じる酸性破壊生成物も、毒性である可能性がある。ポリ(乳酸)およびポリ(グリコール酸)に関するさらなる心配事は、Gibbons DF (1992)「Tissue response to resordable synthetic polymers」によって報告されているように、分解によって小さな粒子が生じ、これらの粒子が、炎症反応の引き金となり得ることである。Degradation Phenomena on Polymeric Biomaterials,Plank H,Dauner M,Renardy M編集、Springer Verlag、New York、pp 97−104において、Boestman O、Partio E、Hirvensalo E、Rokannen P(1992)、Foreign−body reactions to polyglycolide screws、Acta Orthop Scand 63:173−176によって報告されているように、ポリグリコール酸を整形外科で使用した場合に、広範囲な異物反応および溶骨反応が報告されている。Bergsma E.J.、Brujn W、Rozema F.R.、Bos R.M.、Boering G.、Late tissue response to poly(L−lactide) bone plates and screws,Biomaterials 1995;16(1):25}31によって報告されているように、ポリ(ラクチド)でも同様の反応が見られている。生分解性ポリウレタンは、in vitro試験およびin vivo試験で満足のいく結果が得られるように思われるが、ウレタンモノマーは、発癌性であり、分解生成物が長期間影響を及ぼし、これらの生成物が、どのようにして体内から除去されるかは、明確にはわかっていない。Gunatillake,P.A.およびAdhikari,R.2003、Biodegradable synthetic polymers for tissue engineering, European Cells and Materials、5.1−16。
【0031】
WO2005/094911は、アクリルまたは架橋したタンパク質マトリックス中に1つ以上の絹成分を含む複合材料を開示している。この材料は、広範囲の移植可能なデバイスで使用することができ、インテグリン結合しているトリペプチドRGDで天然に修飾されている特定の天然の絹から作ることができる。天然の絹に含まれる上述のトリペプチドは、半月板および他の細胞の結合を促進する場合がある。この材料は、例えば、Chen,X.、Knight,D.P.、Shao,Z.Z.、Vollrath,F.(2001)「Regenerated Bombyx silk solutions studied with rheometry and FTIR」Polymer、42、9969−9974に記載されている標準的なプロトコルにしたがって調製された。この文献は、この標準的なプロトコルによって、かなりの量のフィブロインが分解し、強度、剛性、弾力性が低下した足場材が得られることを報告している。
【0032】
再生フィブロイン溶液を調製する標準的なプロトコルは、熱いアルカリ性溶液中での精錬と、9M〜9.5Mの熱い臭化リチウム溶液への溶解とを含む。近年、Hofmann S、Knecht S、Langer R、Kaplan DL、Vunjak−Novakovic G、Merkle HP、Meinel L:「Cartilage− like tissue engineering using silk scaffolds and mesenchymal stem cells」、Tissue Engineering 2006、12(10):2729−2738、およびVepari C、Kaplan DL:「Silk as a biomaterial」Progress in Polymer Science(Oxford)2007、32(8−9):991−1007にまとめられているように、軟骨細胞または間葉幹細胞を播種した再生絹フィブロインで作られたスポンジ状物を培養することによってin vitroで調製した軟骨様材料が、軟骨を修復する可能性があることが提案されている。しかしながら、成人の関節軟骨と比べ、かなり剛性が弱く、強度が弱く、摩擦が高い表面を有すると思われるフィブロイン足場材の機械特性を決定する研究は、ほとんど行われていないように思われる。しかしながら、Moritaのグループによる3本の論文には、培養物において、多孔性フィブロインスポンジに軟骨細胞を接種することによってin vitroで成長した有望な軟骨置換材料の圧縮特性に対する時間の影響を定義する初期の試みについて述べられている。このグループは、Morita Y、Ikeuchi K、Tomita N、Aoki H、Suguro T、Wakitani S、Tamada Y:「Evaluation of dynamic visco−elastic properties during cartilage regenerating process in vitro」、Bio−medical materials and engineering 2003、13(4):345−353によって開示されているように、また、同じ著者らの「Visco−elastic properties of cartilage tissue regenerated with fibroin sponge」、Bio−Medical Materials and Engineering 2002、12(3):291−298によって開示されているように、この材料の動的圧縮弾性係数が、時間とともに低下していき、培養時間が長くなるにつれて、クリープ変形が大きくなることを示した。それに加え、多孔性フィブロインスポンジに軟骨細胞を接種することによってin vitroで成長した有望な軟骨置換材料の表面の摩擦係数は、最初は、天然軟骨の摩擦係数と同程度に低かったが、滑り試験の継続時間が長くなるにつれて、Morita Y、Tomita N、Aoki H、Sonobe M、Suguro T、Wakitani S、Tamada Y、Ikeuchi Kによって、論文のタイトル「Frictional properties of regenerated cartilage in vitro」Journal of Biomechanics 2006、39(1):103−109で開示されているように、表面層から孔隙水がしみ出した結果、大きくなった。
【0033】
WO2007/020449号は、部分的または全体的に多孔性フィブロインで構成された、移植可能な軟骨性半月板修復デバイスを開示している。使用した再生フィブロインは、標準的なプロトコルを用いて調製され、強度、剛性、弾力性が低下した足場材が得られた。
【0034】
WO2004/US00255号、US20040107号およびUS2007/0187862号は、多孔性の絹フィブロイン足場材材料を製造する方法を開示している。再生絹フィブロインは、まず、塩の浸出または気体の発泡のいずれかを用いて多孔性フィブロイン足場材に変換され、次いで、どちらの場合も、メタノールまたはプロパノールで処理し、材料の剛性および強度を高めて調製する。この材料を、in vitroで軟骨様材料を成長させるための足場材として使用することを意図している。US2007/0187862に記載されている、フィブロイン溶液を調製するために使用されるプロトコルは、繭を、0.02M炭酸ナトリウム水溶液中で20分間沸騰させることによって精錬し、次いで、9.3M臭化リチウム中、60℃でフィブロインを溶解させることを含む。このように、彼らが使用したプロトコルは、上述の文献に記載されている標準的なプロトコルに非常によく似ており、Holland,C、Terry,A.E.、Porter,D.およびVollrath,F.による、論文「Natural and unnatural silks」、Polymer 48、3388−3392(2007)で使用した標準的なプロトコルに非常によく似ている。後者の著者は、標準的なプロトコルにしたがって調製した再生フィブロイン溶液を調製し、この溶液と、蚕の絹糸腺から直接採取した天然Bombyx moriの絹フィブロイン溶液とを、同じタンパク質濃度で比較した。彼らは、再生絹フィブロインで観察された、粘度および保存係数の大きな低下は、用いたプロトコルの結果として、フィブロインの分子量および折りたたみ様式が変化することによって説明することができると結論づけた。このように、US 2007/0187862に開示されているフィブロイン溶液を調製する条件が、フィブロインを顕著に分解するという強力な証拠が存在する。このことは、絹フィブロイン溶液から製造した多孔性材料の圧縮強度、弾性係数、弾力性に顕著に悪い影響を及ぼすと考えられる。
【0035】
WO2007/020449号は、3次元の生体を模倣した繊維形状と、生体吸収性多孔性ハイドロゲルとで構成される、移植可能な軟骨修復デバイスを教示している。ハイドロゲルは、少なくとも部分的に再生フィブロインで構成されていてもよい。多孔性ハイドロゲルを調製するためのフィブロインは、精錬した絹を、9.3Mの熱い臭化リチウム溶液に溶解する工程と、得られた溶液を脱イオン水に対して2日間徹底的に透析する工程と、減圧デシケーター中で濃縮する工程とを含む、標準的なプロトコルを用いて調製される。
【0036】
US2005/0281859号は、原料が流動する条件に調節し、次いで、この原料がゲル化する条件に調節することによって、ゾル−ゲル転移を受けることが可能なフィブロインのような原料から目的物を作成する方法を記載している。
【0037】
近年、標準的なプロトコルから調製された多孔性フィブロインハイドロゲルは、弱く、弾力性が低いことが示されている。このため、損傷した軟骨の置換、部分置換または増強、または修復のために使用する、移植可能な材料およびインプラントを改善するための余地が依然として存在する。
【0038】
したがって、本発明の目的は、改善された再生フィブロイン溶液、および改善された再生フィブロイン溶液を調製する方法を提供することである。
【0039】
本発明の別の目的は、機械特性が改善された、移植可能なフィブロイン材料、およびこのフィブロイン材料を調製する方法を提供することである。
【0040】
本発明のさらなる目的は、軟骨の全置換または部分置換、増強または修復のためのインプラントを提供することである。
【発明の概要】
【0041】
本発明の第1の態様によれば、再生フィブロイン溶液を調製する方法が提供され、この方法は、
−絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、カチオンおよびアニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程と;
−引き続いて、上述の処理された絹または絹繭を精錬する工程;または
−絹または絹繭を精錬する工程と;
−引き続いて、精錬した絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、カチオンおよびアニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程とを含む。
【0042】
当業者なら簡単に理解するであろうが、Jones−Dole式のB係数(Jones,G.およびDole,M.、J.Am.Chem.Soc、1929、51、2950)は、イオンと水との相互作用に関するものであり、溶液中の電解質の構造形成力および構造破壊力の尺度であると解釈される。
【0043】
好ましくは、カチオンおよびアニオンは、25℃で、−0.001〜−0.046のJones−Dole B係数を有する。
【0044】
さらに好ましくは、カチオンおよびアニオンは、25℃で、−0.001〜−0.007のJones−Dole B係数を有する。
【0045】
この方法が、絹または絹繭をイオン性試薬で処理した後、絹または絹繭を乾燥させるさらなる工程を含むことが、特に好ましい。好ましくは、乾燥させる工程は、イオン性試薬で処理する工程の後に、連続して行われる。
【0046】
乾燥させる工程の目的は、処理した絹または絹繭からできる限り多くの水を抽出することである。理想的には、処理された絹または絹繭から、実質的にすべての水が除去される。
【0047】
絹または絹繭を乾燥させるプロセスは、例えば、空気乾燥、凍結乾燥、または熱を加えることによる乾燥のような任意の適切な手段によって行ってもよい。
【0048】
好ましくは、絹または絹繭を乾燥させる工程は、空気乾燥を含む。
【0049】
絹または絹繭は、任意の適した温度で乾燥させてもよい。例えば、絹または絹繭を室温(21℃)で乾燥させることによって、良好な結果が得られている。
【0050】
絹または絹繭を、任意の適した時間、乾燥させてもよい。典型的には、絹または絹繭を、数時間、例えば、12〜16時間乾燥させてもよい。
【0051】
いくつかの実施形態において、絹または絹繭を、湿度20%未満の条件で空気乾燥させてもよい。好ましくは、絹または絹繭の乾燥は、乾燥剤存在下で行われ、乾燥剤としては、無水塩化カルシウムまたは他の適切な乾燥剤を挙げることができる。他の適切な乾燥剤としては、シリカゲル、硫酸カルシウム、塩化カルシウム、モンモリロナイトクレーを挙げることができる。分子ふるいを乾燥剤として使用してもよい。
【0052】
イオン性試薬は、水酸化物溶液を含んでいてもよい。水酸化物溶液は、in situで形成させてもよい。例えば、絹または絹繭を、アンモニアの気体または蒸気で処理し、絹または絹繭中にすでに存在する水と組み合わせて、水酸化アンモニウムを形成させてもよい。さらに、アンモニアの気体または蒸気を加える前、または加えるのとともに、または加えた後に、水蒸気を絹または絹繭に加えてもよい。
【0053】
適切なイオン性試薬としては、水酸化アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、硝酸アンモニウム、水酸化カリウム、塩化カリウム、臭化カリウム、または硝酸カリウムの水溶液が挙げられる。
【0054】
イオン性試薬は、タンパク質上の電荷密度を高めることによって、絹中のタンパク質の溶解度を高めるように機能する(「塩溶」)。
【0055】
本発明の第2の態様によれば、再生フィブロイン溶液を調製する方法が提供され、この方法は、
−絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、カチオンが、アンモニウム、カリウム、ルビジウムのうち、いずれか1つ以上から選択され、アニオンが、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオンのうち、いずれか1つ以上から選択される工程と;
−上述の処理された絹または絹繭を精錬する工程;または
−絹または絹繭を精錬する工程と;
−精錬した絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、カチオンが、アンモニウム、カリウム、ルビジウムのうち、いずれか1つ以上から選択され、アニオンが、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオンのうち、いずれか1つ以上から選択される工程とを含む。
【0056】
本発明の第1の態様に関連して記載された好ましい特徴を、本発明の第2の態様に適用することも理解されるであろう。
【0057】
この方法は、カオトロピック剤(chaotropic agent)に、精錬した絹または絹繭を溶解させる、その後の工程(c)を含んでいてもよい。
【0058】
絹または絹繭を溶解させる工程を、
温度が、60℃未満;
カオトロピック剤の濃度が、9.5M以下;
期間が、24時間未満、
のいずれか1つの条件下、またはこれらを組み合わせた条件下で行ってもよい。
【0059】
精錬した絹または絹繭を、任意の適切な温度で、例えば、約10℃〜約60℃の範囲の温度で、カオトロピック剤に溶解してもよい。例えば、精錬した絹または絹繭を、約15℃〜約40℃の範囲の温度でカオトロピック剤に溶解する。例として、精錬した絹または絹繭を、約37℃の温度でカオトロピック剤に溶解することによって、良好な結果が達成されている。
【0060】
精錬した絹または絹繭を、任意の適切な濃度で、例えば、カオトロピック剤の濃度が9.3Mで、カオトロピック剤に溶解してもよい。例えば、精錬した絹または絹繭を、濃度が9M未満のカオトロピック剤に溶解してもよい。精錬した絹または絹繭を、濃度が約7M〜約9M未満のカオトロピック剤に溶解してもよい。
【0061】
精錬した絹または絹繭を、任意の適切な期間で、例えば、24時間未満の期間で、カオトロピック剤に溶解してもよい。
【0062】
本発明の別の態様において、再生フィブロイン溶液を調製する方法が提供され、この方法は、
(a)絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、カチオンおよびアニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程と;
(b)引き続いて、絹または絹繭をカオトロピック剤に溶解し、この絹または絹繭を溶解する工程が、
温度が、60℃未満;
カオトロピック剤の濃度が、9M未満;
期間が、24時間未満、
のいずれか1つの条件下、またはこれらを組み合わせた条件下で行われる工程とを含む。
【0063】
この方法は、絹または絹繭を精錬するさらなる工程、好ましくは、絹または絹繭をカオトロピック剤に溶解させる前に、絹または絹繭を精錬するさらなる工程を含んでいてもよい。
【0064】
上述の精錬工程は、工程(a)の前に行われてもよい。または精錬工程は、工程(a)の後に行われてもよい。さらにそれ以外には、精錬工程は、工程(a)と同時に行われてもよい。
【0065】
精錬した絹または絹繭を、約10℃〜約60℃の範囲の温度で、カオトロピック剤に溶解してもよい。好ましくは、精錬した絹または絹繭を、約15℃〜約40℃の範囲の温度でカオトロピック剤に溶解する。例として、精錬した絹または絹繭を、約37℃の温度でカオトロピック剤に溶解することによって、良好な結果が達成されている。
【0066】
好ましくは、精錬した絹または絹繭を、カオトロピック剤の濃度が約6M〜9Mの範囲で、例えば、約7Mで、カオトロピック剤に溶解する。
【0067】
好ましくは、精錬した絹または絹繭を、12時間未満の期間で、カオトロピック剤に溶解する。最も好ましくは、精錬した絹または絹繭を、4時間未満の期間で、カオトロピック剤に溶解する。
【0068】
カオトロピック剤は、1つの適したカオトロピック剤を含んでいてもよいし、適切なカオトロピック剤の組み合わせを含んでいてもよい。適切なカオトロピック剤としては、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム、またはチオシアン酸グアニジンが挙げられる。好ましいカオトロピック剤は、臭化リチウム水溶液を含む。
【0069】
ある好ましい実施形態において、溶解させる工程は、約60℃の温度で、濃度が約9.3Mの臭化リチウム溶液を用い、約2時間行ってもよい。または、溶解させる工程は、約60℃の温度で、濃度が約7Mの臭化リチウム溶液を用い、約6時間行ってもよい。さらなる代替例として、溶解させる工程は、約20℃の温度で、濃度が約9.3Mの臭化リチウム溶液を用い、約24時間行ってもよい。最も好ましくは、溶解させる工程は、約37℃の温度で、濃度が約9.3Mの臭化リチウム溶液を用い、約4時間行う。
【0070】
絹または絹繭の精錬は、絹または絹繭から選択的にセリシンを除去することを含んでいてもよく、セリシンを開裂させるが、フィブロインをほとんど開裂させないか、または全く開裂させないタンパク質分解酵素を使用してもよい。タンパク質分解酵素は、トリプシンを含んでいてもよい。または、タンパク質分解酵素は、プロリンエンドペプチダーゼを含んでいてもよい。精錬は、水酸化アンモニウムを含有するバッファに酵素を溶かした溶液を用いてもよい。
【0071】
精錬は、任意の適切な温度、例えば、100℃未満の温度で行ってもよい。好ましくは、精錬は、約20℃〜約40℃の範囲の温度で行われる。精錬が、約37℃の温度で行われるとき、良好な結果が得られている。
【0072】
カオトロピック剤を透析によって除去し、再生絹フィブロイン溶液を得てもよい。例えば、透析を、グレードIIの高グレード脱イオン水を用いて行ってもよく、典型的には、グレードIの高グレード脱イオン水を用いて行う。
【0073】
透析を、任意の適切な温度、例えば、約0℃〜約40℃の範囲の温度、より好ましくは、約2℃〜約10℃の範囲の温度で行ってもよい。約4℃の温度で、良好な結果が達成されている。
【0074】
この方法は、再生絹フィブロイン溶液を濃縮する工程を含んでいてもよい。密閉した透析管を減圧状態にすることによって、溶液を濃縮してもよい。再生絹フィブロイン溶液を、約5〜25w/v%の濃度になるまで濃縮してもよい。好ましくは、再生絹フィブロイン溶液を、約8〜22w/v%の濃度になるまで濃縮する。より好ましくは、再生絹フィブロイン溶液を、約8〜12w/v%の濃度になるまで濃縮する。例として、再生絹フィブロイン溶液を、約10w/v%の濃度になるまで濃縮した場合に、特に良好な結果が達成されている。
【0075】
本発明のさらなる態様において、本明細書に記載される本発明の態様にしたがった任意の方法によって得られる再生絹フィブロイン溶液が提供される。
【0076】
本発明の別の態様は、本明細書に記載の再生絹フィブロイン溶液をゲル化することを含む、フィブロイン材料を調製する方法を提供する。再生絹フィブロイン溶液を、例えば、溶液に、マイクロ波を照射するか、音波、超低周波音波、超音波、レーザを照射するか、または溶液を機械剪断するか、または速い伸長流にさらすことによってゲル化してもよい。
【0077】
好ましい選択肢として、フィブロイン溶液を、1つ以上のゲル化剤(例えば、酸)の水溶液で処理することによって、再生絹フィブロイン溶液をゲル化する。酸は、酸性溶液であってもよく、酸性バッファであってもよく、酸性蒸気であってもよい。例として、酢酸溶液を含むゲル化剤を用いて、特に良好な結果が達成されている。酢酸溶液は、氷酢酸の蒸気を含んでいてもよい。
【0078】
再生絹フィブロイン溶液をゲル化し、ハイドロゲルを作成してもよい。
【0079】
ゲル化を任意の適切な温度で、例えば、約0℃〜約30℃の範囲の温度で、例えば、約4時間で行ってもよく、1%酢酸溶液でビスキングチューブを囲い、このチューブ内で、直径10mmサンプル上でゲル化を行う。
【0080】
好ましい実施形態において、約20℃の温度で、1%酢酸溶液を用い、1分あたりの浸透率18ミクロンに基づいて算出した、必要なゲル化の浸透深さによって決定された所定時間、または約1mm/時間でゲル化を行う。
【0081】
再生絹フィブロイン溶液をゲル化のために型に移してもよい。この型は、表面が研磨されていてもよい。
【0082】
ゲル化した材料に対し、1回以上の凍結サイクルを行ってもよい。凍結を、任意の適切な温度、例えば、約−1℃〜約−120℃の範囲の温度で行ってもよい。好ましくは、凍結を、約−10℃〜約−30℃の範囲の温度で行ってもよい。例えば、凍結を約−14℃で行うとき、良好な結果が達成されている。
【0083】
ゲル化した材料の凍結は、領域凍結を含んでいてもよい。
【0084】
本発明のさらなる態様は、本明細書に記載したいずれか1つの方法によって得ることができるフィブロイン材料を提供する。
【0085】
本発明の一態様は、本質的に絹フィブロインを含む移植可能な軟骨置換材料を提供し、この材料は、負荷に耐える能力を有しており、移植位置で、軟骨の圧縮強度および圧縮靱性とほぼ一致する圧縮強度および圧縮靱性を有しており、通常の身体活動によって材料に力がかかった場合に、過度に歪むことなく、機械的な一体性を維持することが可能である。
【0086】
本発明の別の態様によれば、移植可能なフィブロイン材料が提供され、この材料は、5%の歪みで、一軸圧縮接線弾性係数(unconfined compressive tangent modulus)が0.3〜5MPa、最終一軸圧縮強度(降伏点に対する応力)が1〜20MPa、リン酸緩衝生理食塩水中、5%の設定上の歪みを300万サイクルかけた後、復元不可能な平均累積変形が10%未満、リン酸緩衝生理食塩水中、5%の設定上の歪みを少なくとも300万サイクルかけた後、動的弾性係数が少なくとも1.5MPaといった特性を含んでいる。
【0087】
この材料は、5%の歪みで、一軸圧縮接線弾性係数が約1MPa〜約4.0MPaであってもよい。好ましくは、この材料は、5%の歪みで、一軸圧縮接線弾性係数が約1.2MPa〜約1.8MPaである。
【0088】
この材料は、最終一軸圧縮強度(降伏点に対する応力)が、約3MPa〜約9MPaであってもよい。好ましくは、この材料は、最終一軸圧縮強度(降伏点に対する応力)が、約4MPa〜約6MPaである。
【0089】
この材料は、リン酸緩衝生理食塩水中、5%の設定上の歪みを300万サイクルかけた後、復元不可能な平均累積変形が10%未満であってもよい。
【0090】
好ましくは、この材料は、相互に接続している孔をさらに含む。
【0091】
孔は、材料の断面の約10%〜約80%に及んでいてもよい。好ましい実施形態において、孔は、材料の断面の約75%に及んでいる。
【0092】
孔は、直径が約10μm〜約1000μmの範囲であってもよい。平均孔径は、約200μm〜約400μmの範囲であってもよい。
【0093】
この材料は、生体適合性であってもよく、少なくとも部分的に生体吸収性であってもよい。移植12ヶ月後には、材料の消失が見られてもよい。
【0094】
この材料は、局所的な剛性が、圧子で測定した場合、塊全体としての剛性の少なくとも10%を超え、約100%までである、滑らかな関節表面を有していてもよい。表面に、湿潤状態で摩擦係数を下げるような基質(例えば、ほんの例として、ラブリシンを含む基質)が組み込まれていてもよい。
【0095】
好ましくは、フィブロインは、孔壁に向かって放射状に配向している。
【0096】
本発明のさらなる態様によれば、本明細書に記載したフィブロイン材料(本明細書に記載したいずれか1つの方法によって調製されたフィブロイン材料)を含む、関節軟骨または線維軟骨の置換、部分置換、増強、または修復のためのインプラントが提供される。
【0097】
本発明の別の態様によれば、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬の使用が提供され、ここで、カオトロピック剤への絹または絹繭の溶解度を高めるために、カチオンおよびアニオンが、少なくとも1.3オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.05〜+0.1のJones−Dole B係数を有する。
【0098】
イオン性試薬は、アンモニウム、カリウム、ルビジウムのうち、いずれか1つ以上から選択されてもよく、アニオンは、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオンのうち、いずれか1つ以上から選択されてもよい。
【0099】
さらに、実質的または全体的にタンパク質で構成された、移植可能な材料も提供され、この移植可能な材料は、10%の歪みで、一軸圧縮接線弾性係数が0.3〜5.0MPaの剛性;最終一軸圧縮強度(降伏点に対する応力)が1〜20MPaの強度;12%までの歪みを2分間かけるサイクルを5回行った後、復元不可能な平均累積変形が2%未満の弾力性;相互に接続している孔の平均径が、20〜1000μmの範囲である多孔性;膝関節に移植して12ヶ月後に、組織染色によって示される場合、タンパク質の実質的な消失を示す再吸収性といった特性の組み合わせを有する。
【0100】
好ましくは、タンパク質は、フィブロインである。
【0101】
また、絹または絹繭を精錬し、フィブロインをカオトロピック剤に溶解させるために、穏和な条件を用いて、最適化された再生フィブロイン溶液を調製する方法が提供される。
【0102】
好ましくは、フィブロイン溶液の液滴は、約5〜25w/v%の濃度で、氷酢酸にさらされたときに、約20℃で、ゲル化時間が5分未満である。
【0103】
好ましくは、最適化された再生フィブロイン溶液は、中間相を形成することができる。好ましくは、最適化された再生フィブロイン溶液は、約18〜22w/v%の濃度で、剪断速度0.1/sで、粘度が少なくとも10Paであり、25℃で、各周波数10rad/sで、直径10mmの錐体および斜度1°の板形状によって測定した場合、Gプライム弾性係数(G prime modulus)が少なくとも10Paである。
【0104】
好ましくは、この材料をゲル化し、凍結し、多孔性材料を製造する。
【0105】
本発明のさらなる態様によれば、絹または絹繭を、アンモニアで、またはアンモニウムイオンを含有する水溶液で処理する工程と;この絹または絹繭を酵素によって精錬する工程と;この絹または絹繭を臭化リチウム水溶液に低温で、および/または臭化リチウム濃度が低い状態で溶解させるか、または他のカオトロピック剤に溶解させる工程と;このカオトロピック剤を冷たい状態で超純粋に対して透析することによって除去する工程と;この溶液を濃縮する工程と;この溶液を型に移す工程と;この溶液をハイドロゲルに変換する工程と;このハイドロゲルに1回以上の凍結サイクルを行う工程と;場合により、このハイドロゲルを空気乾燥するか、または凍結乾燥する工程とを含む、部分的にまたは実質的に多孔性の再吸収可能な材料を調製するプロセスが提供される。
【0106】
本発明の別の態様によれば、絹または絹繭を、アンモニアで、またはアンモニウムイオンを含有する水溶液で処理する工程と;この絹または絹繭を、酵素を用いて穏和な条件で精錬する工程と;この絹または絹繭を臭化リチウム水溶液に低温で、および/または臭化リチウム濃度が低い状態で、および/または短時間で溶解させるか、または他のカオトロピック剤に溶解させる工程と;このカオトロピック剤を冷たい状態で超純粋に対して透析することによって除去する工程と;場合により、この溶液を濃縮する工程と;この溶液を型に移す工程と;この溶液を酸(例えば、酸性溶液または酸性バッファまたは酸性蒸気)で処理することによって、または他の手段によって、この溶液をゲル化する工程と;このゲルに1回以上の凍結サイクルを行う工程と;場合により、得られた足場材を、エタノール水溶液で処理する工程と;場合により、この足場材を凍結乾燥する工程と;場合により、この足場材を架橋剤で架橋させる工程とを含む、剛性で、強度があり、靱性がある多孔性材料をフィブロインから作成するプロセスが提供される。
【0107】
上述の方法を用いると、得られた材料は、平均孔径が20μm〜1mmであり、一軸圧縮弾性係数が0.3〜5MPaである、きわめて多孔性の相互に接続した孔構造を有する。この材料は、この材料を研磨された表面でキャスト成形することによって、堅く滑らかなコーティングの状態で提供されてもよい。
【0108】
本発明の他の目的、特徴、利点は、添付の図面と組み合わせつつなされる以下の詳細な開示から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】図1は、本発明の多孔性フィブロイン材料の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)画像である。
【図2】図2は、フィブロインの小さな球状の結晶が生成していることを示す、本発明のフィブロイン溶液サンプルの偏光顕微鏡画像である。
【図3】図3は、細胞培地に浸漬した非拘束型試験で、20%の設定上の歪みを5サイクルかけた後の、本発明のフィブロイン溶液サンプルの復元不可能な変形率を示すヒステリシス図である。
【図4】図4は、本発明の再生フィブロインと、標準的なプロトコルによる再生フィブロインと、絹糸腺から直接採取した天然絹タンパク質とについて、保存係数を比較したグラフである。
【図5】図5は、本発明の再生フィブロインと、標準的なプロトコルによる再生フィブロインと、絹糸腺から直接採取した天然絹タンパク質とについて、剪断速度が粘度に与える影響を比較したグラフである。
【図6】図6は、本発明のフィブロイン材料18サンプルの5%接線弾性係数および15%接線弾性係数を示すグラフである。
【図7】図7は、300万回サイクルの負荷サイクル中に測定した、絹フィブロイン材料の2つの試験サンプルのサンプル厚を示すグラフである(約350,000負荷サイクルで生じた曲線のピークは、アーチファクトを測定することによって生じたものである)。
【図8】図8は、300万回サイクルの負荷サイクル中に測定した、絹フィブロイン材料の2つの試験サンプルの平衡弾性係数を示すグラフである。
【図9】図9は、300万回サイクルの負荷サイクル中に測定した、絹フィブロイン材料の2つの試験サンプルの動的弾性係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0110】
以下で述べる場合、「最適化された再生フィブロイン」および「最適化された再生絹フィブロイン」という用語は、本発明の方法の結果として得られている、フィブロインを含む材料を指すのに使用される。
【0111】
本発明の例示的な実施形態による、移植可能な最適化されたフィブロイン材料は、本質的に再生絹フィブロインで構成されている。この材料は、標準的なフィブロイン材料と比較して試験した一連の長期間にわたる圧縮試験で、改善された剛性、粘弾性、弾力性に加え、高い開放空隙率を示している。この材料は、滑液で潤滑化したときに、摩擦の小さな表面を与える、滑らかで、剛性および靱性がある表面を含む。さらに、この材料は、再吸収性、生体適合性を示し、細胞に対する良好な接着性を示した。
【0112】
図1に示すように、この材料は、平均孔径が、10μm〜1mmの相互に接続している孔を高密度で含有しているように見える(75%まで)。
【0113】
試験によって、移植可能な最適化されたフィブロイン材料は、5%の歪みで、一軸圧縮接線弾性係数(剛性)が0.3〜5.0MPaであり(図6に示す)、最終一軸圧縮強度(降伏点に対する応力)が0.5〜6MPaであることが示されている。
【0114】
移植可能な最適化されたフィブロイン材料をさらに試験することによって、長期間にわたる圧縮試験で、平衡弾性係数が約0.2〜4.6MPaであり、動的弾性係数が約1.5MPa〜12MPaであることが示されている。
【0115】
最適化されたフィブロイン材料は、サンプルの復元不可能な変形率によって測定可能な、良好な弾力性を示している。弾力性試験によって、細胞培地に浸漬した非拘束型試験で、20%の設定上の歪みを5サイクルかけた後の変形は、6.7%であることが示され(図3に示す)、5Nの歪みを1200万サイクル行うと変形は8.2%であることが示された。
【0116】
血液アッセイによって、発熱性が、EUガイドラインの限界値内の低レベルにおさまっており、細胞毒性もないことが示されている。
【0117】
また、この材料は、ゆっくりと再吸収可能であり、12ヶ月で、この材料が消失することが示されている。
【0118】
また、この材料は、滑らかな関節表面が、摩擦係数が低く、その下にある材料と比較した場合、剛性が大きい表面であることも示されている。
【0119】
フィブロイン材料は、以下に記載したプロトコルを用い、再生フィブロイン溶液から作られる。
【0120】
(フィブロイン材料を調製する方法の概略)
再生フィブロイン材料を、絹または絹繭から調製する。絹は、Mulberry絹、天然の絹、組み換え絹、またはこれらの絹の組み合わせである。絹または絹繭を、アンモニア、またはアンモニウムイオンを含有する水溶液で処理する。この工程で、アンモニウムイオンが、試薬中で塩溶剤として作用し、次いで、タンパク質鎖のまわりにある内部水の殻を除去するのを助け、フィブロインの荷電したアミノ酸側鎖に結合することによって、カオトロピック試薬へのタンパク質のその後の溶解度を高めると考えられている。
【0121】
絹または絹繭を、水を抽出することによって乾燥させる。
【0122】
絹または絹繭を、セリシンを選択的に除去することによって精錬する。この除去は、セリシンを開裂させるが、フィブロインをほとんど開裂させないか、または全く開裂させない適切な酵素を用い、セリシンを酵素によって切断し、除去することによって行われる。
【0123】
絹または絹繭を、60℃未満の温度および/またはカオトロピック剤の濃度9.5M未満で、および/または24時間未満の期間のいずれかで、1つ以上のカオトロピック剤に溶解する。
【0124】
カオトロピック剤を、超純水を用い、約4℃の温度で透析によって除去する。得られた溶液を濃縮し、最適化された再生フィブロイン溶液を得る。
【0125】
この溶液を、ゲル化するために型に移すか、または、この溶液を、透析容器に残しておく。この溶液を酸(例えば、酸性溶液または酸性バッファまたは酸性蒸気)で処理することによってゲル化するが、当該技術分野で知られている他のゲル化法を使用してもよい。
【0126】
次いで、ゲル化した材料に、1回以上の凍結サイクルを行い、フィブロイン材料または足場材を作成する。ゲル化した材料を凍結させることによって、水滴が氷の結晶に変換され、この氷の結晶が、材料内にくぼみまたは孔を形成する。
【0127】
材料または足場材を、場合により、エタノール水溶液で処理し、フィブロインのβシート構造の濃度を高め、それにより、機械特性を改善し、溶解度を下げ、水性媒体で膨潤するようにする。
【0128】
これらの工程のいくつかの順序は、変わってもよい。特に、絹を、精錬の前、または後に、アンモニアの気体、またはアンモニアまたはアンモニウムイオンを含有する溶液で処理してもよい。同様に、繭から絹を巻き取る前、または後に、精錬を行ってもよい。
【0129】
(最適化されたフィブロイン材料を調製するプロセスの開発)
多孔性フィブロイン材料を調製するプロセスのそれぞれの工程を、高反復手法で最適化した。これらの反復プロセスは、鎖の切断によってフィブロインが分解する変化を少なくし、このタンパク質が天然絹の第I状態へとリフォールディングしてしまうことを減らすために、絹を精錬し、絹を溶解するのに可能な限り最も穏和な手順を探索した。それぞれの工程の最適化は、以下のことを単独で評価し、さらに、他の工程とのからみで変化が起こる場合も評価することによって、行った。
1.20℃で、氷酢酸の蒸気にさらされた場合、5〜8w/v%のフィブロイン水溶液の液滴がゲル化する時間の短縮に対する、上述の変化が及ぼす影響。
2.最終的な多孔性材料の剛性。
【0130】
(アンモニアまたはアンモニウムイオンでの処理)
絹を、アンモニアの気体、またはアンモニアもしくはアンモニウム塩の希釈溶液で処理すると、絹が、臭化リチウム溶液または他のカオトロピック剤に非常に溶解しやすくなることが発見された。アンモニアまたはアンモニウムイオンで処理すると、「塩溶」効果がはたらき、タンパク質に上述のイオンが結合することによって、タンパク質の溶解度が上がると考えられる。
【0131】
精錬していない繭に直接適用する段階、未処理の絹繊維に適用する段階、従来の工業的な精錬方法によって精錬するか、酵素による精錬によって精錬するかにかかわらず、精錬された絹または部分的に精錬された絹に適用する段階の3つの段階のうち、1つまたはすべてに適用すると、上述の処理が有効であることがわかった。また、アンモニアまたはアンモニウムイオンは、酵素による精錬で使用するバッファ成分として含まれる場合にも有効であった。このように、絹を、アンモニアまたはアンモニウムイオンで処理する上述の方法のいずれかを用い、絹を溶解するのに必要な温度を下げるか、時間を短くするか、またはカオトロピック剤の濃度を下げることができ、その結果、フィブロインの損傷を減らし、プロセスにかかる費用を節約することができた。
【0132】
B.moriの絹を、9.3M臭化リチウム溶液中、60℃で、アンモニアまたはアンモニウムイオンで処理すると、絹を溶解させる時間を数時間から15分に短縮することができた。または、アンモニアまたはアンモニウムイオンでの処理に、9.3M臭化リチウムおよび60℃の代わりに、7M臭化リチウムを用いることも可能であった。また、9.3M臭化リチウム溶液中、20℃で24時間以内に、絹を完全に溶解させることができた。さらに、9.3M臭化リチウム溶液中、37℃で4時間以内に、絹を完全に溶解させることができた。
【0133】
したがって、アンモニアまたはアンモニウムで処理すると、さまざまな穏和な処理が可能になり、溶解に必要な温度、カオトロピック剤の濃度または時間を、単独に変えてもよいし、組み合わせで変えてもよいことがわかった。これらの穏和な処理によって、フィブロイン溶液のゲル化時間がもっと速くなり、プロセス終了時に、材料の剛性がもっと大きくなった。
【0134】
現時点で、同じ大きさを有する別のイオン対、例えば、塩化カリウムも、同じ効果を有するであろうと考えられ、アンモニアの代わりに用いることができた。このことは、以下の2系統の証拠で支持される。(1)電荷密度によって、イオン対を形成し、タンパク質の内部水の殻を除去するのを助けること(塩化アンモニウムにもある性質)ができるため、カリウムイオンおよび塩化物イオンのJones−Dole粘度(カオトロピック性の尺度)は、同じである。(2)塩化カリウムは、概して、50mM〜600mMの範囲の塩濃度で、タンパク質を「塩溶」するのに使用されている。
【0135】
現時点で、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含む、特定の他のイオン性試薬も、同じ効果を付与することができると考えられる。特に、イオン半径が少なくとも1.3オングストロームであり、Jones−Dole B係数が、25℃で、−0.05〜+0.1である一価カチオンおよび一価アニオンを含むイオン性試薬は、アンモニウムイオンに関連して記載したのと同じ効果を付与すると考えられる。
【0136】
適切なイオン性試薬は、水酸化アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、硝酸アンモニウム、水酸化カリウム、塩化カリウム、臭化カリウム、または硝酸カリウムの水溶液を含んでいてもよい。
【0137】
(乾燥)
絹または絹繭を、湿度20%未満で、無水塩化カリウム存在下、室温で空気乾燥する。
【0138】
乾燥中に実質的にすべての水を除去すると、溶液中のイオン濃度が高くなり、このことは、イオンの影響を高め、得られる材料を向上させると考えられた。
【0139】
凍結乾燥、熱を加えることによる乾燥のような、他の既知の乾燥方法によっても、同じ効果を達成することができるであろう。加熱による乾燥を用いる場合、100℃未満の温度であれば、改善されたフィブロイン材料が得られると考えられる。
【0140】
(精錬)
また、精錬方法の選択は、フィブロインのゲル化時間、および最終的な材料の剛性および強度にとって重要であることがわかった。商業的な巻き取りプロセスおよび精錬プロセスは、両方とも、100℃付近の温度を用い、炭酸ナトリウムおよび/またはマルセイユ石鹸を用いるが、巻き取られた未処理の絹および精錬された絹は、この処理の結果得られるであろう繭の絹よりも溶解しにくいことがわかった。市販のアルカラーゼ(細菌のスブチリシン)を用いて精錬すると、精錬温度を60℃まで下げることができた。アルカラーゼは、セリンS8エンドプロテアーゼファミリーのメンバーであり、P1位置の荷電していない大きな残基を優先する広範囲な特異性を有するため、フィブロインをひどく分解すると思われる。B.moriおよびAntheraea pernyiの重鎖フィブロインは、この酵素に関し、多くの予想される開裂部位を有する。B.moriのフィブロインがアルカラーゼに開裂される感受性は、アルカラーゼで精錬した絹から調製した再生フィブロイン溶液をポリアクリルアミドゲルで電気泳動させることによって確認した。
【0141】
トリプシンを用いて精錬する場合、精錬温度を20〜40℃まで下げることができ、従来の高温での精錬手順と比較して、ゲル化時間が短く、剛性および強度が改善されたゲルが得られた。アルカラーゼとは対称的に、PeptideCleaverというツールは、B.moriのフィブロイン重鎖フィブロインの繰り返し結晶領域のコンセンサス配列中および親水性スペーサーのコンセンサス配列中に、予想されるトリプシン開裂部位が少なく、A.pernyiの重鎖フィブロインのコンセンサス配列または親水性スペーサー中には、予想されるトリプシン開裂部位がなかった。このことから、再生絹溶液を調製するには、絹をトリプシンで精錬することが有益であると示唆される。トリプシンは、実際に、改善された再生絹溶液を作成するために絹を精錬するのに非常に有利であることがわかった。
【0142】
トリプシンで精錬された絹は、より短いゲル化時間で再生絹溶液を与え、アルカラーゼで精錬した絹から調製した再生絹から得られるものよりも、剛性のハイドロゲルを作成することができた。トリプシンで精錬すると、氷酢酸の蒸気にさらした場合に、ゲル化時間が5分未満になり、また、最も剛性および強度の大きな材料が得られ、このことは、上述の条件下で、トリプシンでは、アルカラーゼで処理した場合よりも鎖の開裂がかなり少ないことを示唆している。
【0143】
フィブロインをほとんど開裂させないか、または全く開裂させない他のタンパク質分解酵素も、改善された再生フィブロイン溶液を調製するために絹を精錬する場合、有利であり得ることが理解されるであろう。B.moriの重鎖フィブロインは、プロリンをほとんど含有せず、一方で、このアミノ酸は、セリシンを比較的豊富に含んでいるという観察結果は、プロリンエンドペプチダーゼは、フィブロインをほとんど開裂させないか、または全く開裂させずに、セリシンを選択的に除去するのに理想的な候補物質であることを示唆している。
【0144】
(透析)
これらの一連の反復において、別名で超純水として知られている、I型のmilliQ(TM)水(MilliporeTMから入手可能、290 Concord Road,Billerica,MA 01821,US)に対して再生フィブロイン溶液を透析し、絹溶液からカオトロピック剤を除去することがきわめて有益であることがわかった。
【0145】
PIPESバッファまたはTrisバッファ、または脱イオン水中の不純物は、透析剤(dialysant)として使用する場合、最終生成物の剛性および強度に悪い影響を与えることが注記しておく。また、PIPESバッファまたはTrisバッファ、または透析剤中の不純物の混入は、フィブロイン鎖にこれらが結合することによって、フィブロイン鎖の凝集を促す能力がある結果として、おそらく再生絹溶液の粘度を高め、このことは、強度および剛性のあるフィブロインゲルの形成に不利益であると考えられることを注記しておく。
【0146】
トリプシンで精錬された繭または絹原料を、炭酸アンモニウムバッファ中、40℃で用いることが、さらに有利であると考えられる。
【0147】
(ゲル化)
最適化された再生フィブロイン溶液を、酢酸溶液または酸性バッファまたは酢酸蒸気にさらすことによって、ゲル化した。酸性バッファの濃度、および酸性バッファにさらす時間は、得られるゲルの孔径、強度および剛性にとって重要であった。酢酸溶液が濃すぎること、または酸性バッファに長期間さらすことは、フィブロインを過剰にゲル化させてしまうことになった。
【0148】
ゲル化が不十分なフィブロインを凍結させると、孔径が小さくなり、足場材が弱くなった。一方、過剰に強くゲル化すると、大きな氷結晶によって作られる、密度の低い大きな裂け目を有する、孔のないゲルが得られた。最適なゲル化に必要な、酸性バッファまたは酸性蒸気にさらす長さおよび濃度は、フィブロインキャスト成形物の形状および大きさによって変わることがわかった。したがって、直径20mmの透析管から構築された型の中で、フィブロインを最適にゲル化するには、直径10mmの管の場合よりも長い処理が必要であった。
【0149】
トリプシンで精錬した絹から調製した、8〜10w/v%の最適化された再生絹フィブロイン溶液を直径10mmの透析管に入れ、1w/v%酢酸を用い、20℃で、2.5時間〜5時間ゲル化することが有利であることがわかった。対称的に、アルカラーゼで精錬した絹から調製した同様の溶液は、同じ条件でゲル化するのに16時間必要であった。アルカラーゼの場合、トリプシンで精錬した絹と比較して処理時間が非常に長いのは、おそらく、アルカラーゼの場合、フィブロインがかなり多く分解されてしまうからであろう(上を参照)。
【0150】
改良された再生絹溶液からのハイドロゲル形成を促進するために、いくつかの薬剤を使用してもよいことが、理解されるであろう。これらの薬剤のほんの一例として、酢酸溶液、酢酸蒸気、他の酸性の溶液またはバッファまたは蒸気、カルシウムイオンを含む溶液、界面活性剤、熱、紫外線、レーザ照射、マイクロ波照射、超音波、超低周波音波、フィブロインを5w/v%未満に希釈、フィブロイン濃度を10w/v%未満に希釈、機械的な歪み、剪断力、伸長流が挙げられる。これらの薬剤を単独で使用してもよく、2つ以上の薬剤を組み合わせて使用してもよい。
【0151】
文献に開示されている標準的なプロトコルによって調製される再生フィブロイン溶液と比較し、最適化された再生フィブロイン溶液の分解が少ないこと、ゲル化時間が非常に短くなっていること、伸長流および剪断に対して感受性が高まっていることは、押出成形して強いフィラメントにするのに非常に有利であることが理解されるであろう。
【0152】
また、標準的なプロトコルで調製されたものと比較し、最適化された再生フィブロイン溶液は、コーティングするために、ビーズおよび微小球を形成するために、接着剤としてカプセル化するために、フィルムにキャスト成形するために、複合材料に組み込むために、非常に有利である。
【0153】
(凍結)
移植可能な多孔性材料を調製する場合、最適化された再生フィブロイン溶液をゲル化した後に、凍結によって多孔性にしてもよい。凍結によって、フィブロインを豊富に含む相が、フィブロインをあまり含まない相から相分離し、フィブロインをあまり含まない相に結晶が生成すると考えられる。これらの2つの機構があわさって、ゲル中に、高密度の相互に接続した孔が生じると考えられる。
【0154】
この様式で生成する、分岐した樹状形の氷結晶は、ほぼ楕円形の孔の配向性と、孔同士の相互接続の分布に反映される。これらの孔の壁面は、きわめて複屈折性である。複屈折性が見られることは、フィブロイン分子鎖が、孔壁付近に円周方向にきれいに整列していることを示す。このことは、凍結によって、孔壁の分子が歪み、配向することを示唆している。この様式で得られたフィブロインの配向性が、材料の機械特性に対して有益にはたらくことが理解されるであろう。
【0155】
また、凍結工程によって、孔壁のフィブロインが、水およびほとんどの他の水系溶媒に不溶性となり、このことは、フィブロインが不溶性の第II状態の絹に部分的に変換され、この状態で、分子内および分子間で結合したβシートが優勢となることを示唆している。この第II状態の絹への転移は、相分離およびタンパク質鎖の整列の組み合わせと、氷の結晶生成の結果とによって生じる、タンパク質鎖からの水の除去が原因であろう。したがって、不溶性の第II状態の絹の生成は、絹が押出成形されるプロセスによって、天然のプロセスを非常に似た状態で模倣しており、この押出成形されるプロセスは、相分離させること、フィブロインを豊富に含む相から水が消失すること、歪みに依存する配向性、および第II状態の絹の生成にも依存している。
【0156】
凍結サイクルが1回の場合、凍結工程の温度は、孔径に及ぼす影響は小さく、−12℃〜−16℃で凍結することによって、最も大きな孔が得られた。この温度を変えること、再生タンパク質溶液に低濃度の不凍剤または糖類を含有させることによって、氷結晶の大きさおよび形態を変えることができ、それにより、材料中の孔の大きさおよび形状を変えることができる。
【0157】
凍結サイクルの数を増やすと、氷の結晶による損傷の結果、孔径が大きくなった。これにより、最終的な材料の剛性および強度がいくらか失われることとなった。
【0158】
領域凍結は、氷結晶の形状および配向性を制御し、したがって、孔の形状および配向性を制御するという利点を与える。領域凍結が開始される位置、場所または面を規定することによって、氷結晶形成の分岐の形を制御する手段が与えられ、したがって、フィブロイン材料中の楕円形の孔の配向の形と、孔同士の接続分布とを制御する手段が与えられる。このことにより、孔壁の整列が、組織の細胞外材料の配置を模倣するように、多孔性フィブロイン足場材を作ることができることが理解されるであろう。
【0159】
したがって、例えば、将来的に骨軟骨表面になる面に置かれた1つの冷たいプレートにフィブロインハイドロゲルの薄い板を置いて領域凍結すると、軟骨の深部層にあるコラーゲン繊維の配置とある程度似た異方性の分岐と、放射状の形を生じた。他の組織の組織面(tissue plan)を模倣する足場材をこの様式で作成することができることが理解されるべきである。
【0160】
ゲル化および凍結以外の方法を用い、最適化された再生フィブロイン溶液に相互に接続している孔を導入することができることが、理解されるであろう。このような方法のほんの一例として、塩の浸出、気体の発泡が挙げられる。
【0161】
(エタノール溶液での処理)
凍結の後に、多孔性フィブロインハイドロゲルを、エタノール水溶液で処理することは、βシートの分子間水素結合および分子間水素結合の生成を促進すると考えられ、これにより、ハイドロゲルの機械的安定性が増し、不溶性が増し、酵素による攻撃への抵抗性が増す。
【0162】
これより、以下の実施例をほんの一例として、本発明を記載する。
【実施例】
【0163】
(実施例1)
(絹または絹繭由来の天然繊維から再生絹フィブロイン溶液を調製するプロトコル)
1.新しく作成したBombyx moriの絹繭または巻き取られた絹原料を、10mMエチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液で、室温で1時間処理した。
2.次いで、この絹繭または巻き取られた絹原料を、上と同じ溶液で洗浄し、超純水で十分に洗浄した。
3.次いで、30〜40℃で、アンモニウム塩またはアンモニアを含有するバッファ中、pH8.5〜9.3で、トリプシン溶液を用いて絹を精錬した。
4.この絹を、超純水で十分に洗浄した。
5.搾って水を出し、この絹繭または巻き取られた絹原料を、アンモニウムイオンを含有する0.1〜0.001M塩化アンモニウム水溶液または水酸化アンモニウム水溶液を用い、20℃で1時間処理した。
6.この絹繭または巻き取られた絹原料を、湿度20%未満の条件で、無水塩化カルシウム存在下、室温で一晩乾燥させた。
7.この絹を、9.3M臭化リチウム水溶液中で、絹1gに対し、臭化リチウム溶液5mlの割合で、常に撹拌しながら37℃で4〜5時間かけて溶解した。
8.得られたフィブロイン溶液を、Visking管(分子量が12〜15kDaのもの)に移し、覆いをしたビーカー中で常に撹拌しながら、5℃で、超純水に対して最短で5時間、最長で3日間、透析した。均等な間隔で、大過剰の超純水を5回取り替えた。
9.透析の後、再生絹溶液中のフィブロイン濃度は、重量測定および/または屈折率測定によって決定すると、8〜10w/v%であった。開封していない透析管を減圧下に放置することによって、フィブロインの濃度が高くなり、8〜30w/v%の濃度を得た。
【0164】
(実施例2)
(再生絹フィブロイン溶液から再生絹フィブロイン材料を作成するプロトコル)
1.透析の後、1w/v%酢酸水溶液を用い、20℃で、透析管または型の大きさによって変わる最適な時間で、再生絹の管をその管の中でゲル化するか、またはシリコーン製の型の中でゲル化した。
2.ゲル化の後、透析膜または型をすばやく外し、ゲル化したフィブロインが、凍結中に自由に広がることができるようにした。
3.−12〜−16℃で領域凍結を行い、細胞の成長に最適な孔径を得た(約300μm)。しかし、もっと小さな孔を得るために、材料をさらに低い温度で凍結させてもよく、一方、この材料に1〜10回の再凍結工程を行うことによって、もっと大きな平均孔径を得ることができる。
4.凍結している間に、場合により、材料を、50v/v%〜70v/v%のエタノールを含まないメタノール水溶液を用い、室温で少なくとも30分間処理した。
【0165】
得られた材料を、エタノール中で安全に保存するか、または凍結乾燥してもよい。
【0166】
(実施例3)
(フィブロイン材料の空隙率を試験するプロトコル)
卓上型ミクロトームで20〜30μm片に切断し、孔径を決定した。切片を水中に置き、デジタルカメラを取り付けた光学顕微鏡で調べた。材料の中心部から、25個の楕円形の孔それぞれについて、画像分析パッケージを用いて最大直径および最小直径を決定し、その結果を平均した。
【0167】
減圧下で孔に水を浸透させることによって完全に充填させた材料に、親指と人差し指で圧力をかけることによって、孔の相互接続度をすばやく評価した。材料の切断面全体からすばやく水が流出することは、相互接続度が高いことを示しており、このことを、圧縮力を開放した後に空気がすばやく入り込むことによって確認した。この材料の厚い切片を実体顕微鏡で試験することによって、この手順の間に、実質的にすべての孔が空気で満たされていることが示された。孔の相互接続度が高いことを、材料断面の光学顕微鏡法によって確認し、さらに、この材料を液体窒素中で破壊するか、またはカミソリ刃で切断し、材料の切断面または凍結によって破壊された表面の走査型電子顕微鏡法によって確認した。材料の空隙率は高く、空隙によって占められている断面積の割合によって測定すると、75%以下であった。図1は、本発明の方法のプロトコルにしたがって調製した、多孔性足場材の断面の走査型電子顕微鏡図を示す。この材料は、高い空隙率を有することがわかるであろう。
【0168】
(実施例4)
(フィブロイン材料の平衡弾性係数および動的弾性係数を試験する試験Aのプロトコル)
この試験の目的は、長期間の周期的な圧縮試験が、最適化されたフィブロイン材料の挙動に及ぼす影響を決定することであった。
【0169】
方法:
最適化されたフィブロイン溶液から上述のように調製された、多孔性のアルコール処理され、最適化されたフィブロイン材料の1個のストックから、鋭いコルクボーラーとValentineナイフを用い、直径が約8mmで、高さが約3.2mmの6個の円筒形サンプルを切り出した。一定の厚みを得るために、この円筒形サンプルに3mm間隔に固定したカミソリを走らせ、6個の均一なサンプルを得た。これらのプラグ(plug)の直径をデジタル式のカリパスで検証し、平板との界面がきちんと平坦になっているように、プラグの表面を観察した。
【0170】
材料の特性決定および周期的な刺激のために、mechano−active tissue engineering(MATE)システムを使用した。このプラグを、それぞれのMATE試験チャンバの中央に置き、ウシ血清アルブミンに浸した。試験プロトコルは、100回のシーケンスで構成されていた。各シーケンスは、以下の3工程を含んでいた。
(1)材料特性の測定
(2)10,000サイクルの適用(振幅5N、2Hz、あらかじめ加えられた負荷0.1N、5%の設定上の歪みの振幅が得られる)
(3)負荷を与えない状態で1時間解放。
【0171】
合計100万回のサイクルを約7日と20時間かけて適用した。
【0172】
材料特性を測定するために、圧縮力2Nでサンプルを1分間解放した後、10回の正弦波振動(5Hz、振幅1N)を適用した。最後の3サイクル中の、歪み振幅に対する応力振幅の比率として動的弾性係数(Mdyn)を算出した。次いで、サンプルにさらに1Nかけて圧縮し、1分間解放した。この解放期間中の歪みを基準とした応力の比率の増分を用い、平衡弾性係数(Mequil)を計算した。
【0173】
結果:
サンプルプラグの初期の厚みは、3.20±0.15mmであった。
【0174】
サンプルのうち4個において、100万サイクル後に、厚みが0.15±0.01mmまで小さくなり、全変形の90%を超える変形が、最初の150,000サイクルで起こっている。
【0175】
サンプルの平均平衡弾性係数は、サイクル試験中に徐々に大きくなった。600,000サイクル付近で、平均平衡弾性係数は、値が小さくなり始めた。もっと細かく観察すると、この全般的な低下は、2個のサンプルについてだけは、平衡定数が急に下がったことが原因であった。動的弾性係数についても、同様の傾向が観察された。
【0176】
結論:
サンプルのうち4個は、試験中、構造および平衡定数を保持していた。サンプルの平均平衡弾性係数は、0.2〜0.46MPaであり、この値は、ヒト関節軟骨で測定した平衡弾性係数(0.2〜0.8MPa)と近かった。
【0177】
動的弾性係数は、構造欠陥に対してそれほど感度が高くなく、2MPaおよび12MPaは、生理的な値(13〜65MPa)より小さかった。
【0178】
この試験を室温で行い、ウシ血清は、試験中に補充しなかった。この環境を変えると、結果に影響が出る場合がある。
【0179】
(実施例5)
(フィブロイン材料の平衡弾性係数および動的弾性係数を試験する試験Bのプロトコル)
方法:
400・mの空隙を有する絹フィブロイン材料2サンプルを試験した。このサンプルは、高さが約3mm、直径が約8mmであった。
【0180】
サンプルをPBSに入れ、600rpm(=40g)で6分間遠心分離することによって、サンプルを再水和した。
【0181】
サンプルに、300万回の正弦波負荷サイクルを行った。300万回の負荷サイクル中、10,000サイクルごとに試験を中断し、材料を評価した。短期間のクリープ試験および動的試験を間にはさみ、平衡弾性係数および動的弾性係数を評価した。
周期的な正弦波負荷の以下のパラメータを使用した。
周期的な正弦波負荷の以下のパラメータを使用した。
【0182】
【表1】

【0183】
結果:
2つの試験サンプルの厚みは、最後の100万回の負荷サイクルでわずかに減少した(図7)。
【0184】
試験時間中、平衡弾性係数は、わずかに増加し(図8)、一方、動的弾性係数は、ほとんど一定のままであった(図9)。
【0185】
結論:
サンプルを200万回の負荷サイクルで前調整した後、300万回の一連の負荷サイクルにわたって、2つの試験した絹フィブロインサンプルは、弾性(Mequi)特性および粘性(Mdyn)特性の実質的な低下はみられなかった。
【0186】
(実施例6)
(フィブロイン材料の弾力性を試験する試験Aのプロトコル)
方法1:
直径8mmと深さ10mmとを測定したサンプルを、歪みが20%になるまで圧縮し、応力−歪み特性をプロットした。すべての標本は、トーイン領域、初期線形領域、次いで、勾配が減少し、第2の線形領域によって特徴づけられる、三相反応を示した。15%の接線弾性係数は第2の線形領域に対応し、一方、初期線形相上の5%の接線弾性係数は一般にずっと大きい。
【0187】
結果1:
図6は、フィブロイン材料18サンプルの試験結果を示す。「X」の添え字が付けられたサンプルは、ヘキサメチレンジイソシアネートを用いて架橋した。
【0188】
15%接線弾性係数は、0.2MPa〜ほぼ4MPaまでさまざまであり、構築物のいくつかは、不規則な断面積を有しており、変動性に寄与している場合がある。架橋した(X)サンプルは、かなり剛性が高く、いくつかのサンプルで、4MPaの5%接線弾性係数および15%接線弾性係数を示している。
【0189】
方法2:
最適化されたフィブロイン材料の上述のサンプル(S6)の1つには、5回の圧縮/解放サイクルで、もっと大きな歪み(20%)を与え、各サイクルは、持続時間が2.0分であった。S6は、平均孔径が約200・mであり、平均空隙率が、約70%であった。Instron圧縮試験装置で、サンプルに20%までの歪みを加えた。
【0190】
結果2:
図3は、結果のヒステリシスプロットを示す。各サイクルで、上側の線は、負荷プロフィールを示し、同じサイクルの下側の線は、負荷を取り除いた材料の緩和プロフィールを示す。このプロットは、第1の負荷サイクルが、構築物を約0.5MPa(15%接線弾性係数)まで強固にし、その後、後に続くサイクルで、標本はもっと強固になっていると思われる(すなわち、15%より大きな接線弾性係数)ことを示唆している。
【0191】
第1の負荷サイクルでは、おそらく孔の圧縮と関連し、3.4%の非常に小さな変形があり、その後の第2〜第5の負荷サイクルにわたって、さらに3.3%である(それぞれのその後のサイクルについて、永久変形の割合は、減少している)。
【0192】
結論:
このデータは、第1の負荷サイクルの後に続く、その後のサイクルにおいて、低い割合の復元不可能な応力変形によって測定されるように、材料の弾力性を示している。
【0193】
(実施例7)
(フィブロイン材料の弾力性を試験する試験Bのプロトコル)
方法:
8mm×4mmを測定した、最適化されたフィブロイン材料6サンプルを分析するために、材料の特性決定および周期的な刺激のために、Mechano−active tissue engineering(MATE)システムを使用した。
【0194】
サンプルは架橋しておらず、平均孔径は200μmであった。サンプルに細胞を接種せず、空のサンプルの機械的挙動のみを試験した。
【0195】
保存のためにサンプルを脱水し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で再水和し、培地の遠心分離による問題は生じなかった。
【0196】
以下のような負荷計画を用い、再水和したサンプルを5分間にわたって分析した。サイクル速度:3Hz、力振幅:5N マイナス あらかじめ加えられた負荷0.2N、温度:37℃、培地、PBS。
【0197】
結果:
1,200,000サイクル後、材料が分解している徴候は観察されず、これらのサンプルの材料は、構造的に実験開始時とほぼ同じようであった。サンプルの測定によって、材料の厚みが、平均で8.2%減少していることがわかった(3.88mmから3.57mm)。
【0198】
(実施例8)
(再生絹フィブロイン溶液のゲル化時間を試験するプロトコル)
方法:
濃度が約8w/v%の再生絹フィブロイン溶液の液滴を、プラスチック製ペトリ皿の底に置き、この皿のふたに濾紙を置き、氷酢酸の液滴から室温で得た蒸気にさらした。ゲル化時間を決めるために、この液滴を、プラスチック製エッペンドルフピペットチップを用いて調べた。皿を傾けたとき、もはや流動しない場合、または液滴表面を調べたとき、液滴表面に復元不可能な変形が生じている場合、材料はゲル化していると考えられた。
【0199】
最適化された再生フィブロイン溶液のゲル化時間と、US2007/0187862号に開示されているフィブロイン溶液のゲル化時間とを直接比較するために、この文献に記載されているプロトコルを繰り返した。
【0200】
8w/v%フィブロインを含有する最適化された再生フィブロイン溶液のpHを、非常に希釈した塩酸溶液または水酸化ナトリウム溶液を用い、pH6.5〜6.8に調節し、濃度を、最適化された透析されたフィブロイン溶液の100を超えるサンプルのフィブロイン濃度を、重量測定によって決定しておき、ここから調製した検量線を用い、屈折率測定によって決定した。この溶液を0.5mlずつにわけ、内径が10mmの、パラフィルムで密閉した小さな円筒形ガラス管に移した。この管をそれぞれ60℃でインキュベートし、定期的に観察した。管をさかさまにしても材料が流動しなくなるまでにかかる時間を決定した。
【0201】
US2007/0187862号の図7から、60℃で4日間の平均ゲル化時間が与えられている。
【0202】
結果:
この様式で測定した、最適化された絹フィブロインのゲル化時間は、5時間であった。したがって、本明細書で報告した、最適化された再生フィブロイン溶液のゲル化時間は、US2007/0187862号に報告されている絹フィブロイン溶液のゲル化時間よりも約20倍速かった。記載されているレオロジー試験から得られる証拠とあわせて考えると、最適化された再生フィブロイン溶液は、US2007/0187862号に開示されている絹フィブロイン溶液よりも優れていることが示される。
【0203】
(実施例9)
(再生絹フィブロイン溶液の液晶性を試験するプロトコル)
方法:
再生絹フィブロイン溶液が、液晶中間相を形成し得るかどうかを観察するために、約8w/v%の最適化された再生フィブロイン溶液の液滴を、カバースリップを乗せた状態、またはカバースリップを乗せない状態で、0.1M酢酸アンモニウムバッファでpHを6.5に調節した状態、または調節していない状態で、ガラススライドに置いた。ふたをつけたプラスチック製ペトリ皿にスライドを入れることによって、スライドを4℃でゆっくりと乾燥させた。これらの条件で、フィブロインの小さな球状の結晶が、フィロイン中にゆっくりと生成した。
【0204】
結果:
図2に示したように、偏光顕微鏡で調べると、サンプルのほとんどが、4つの放射状のアイソジャイアを有するマルタ十字模様を示した。スフェルライトの周りにある液相は、不規則に曲ったアイソジャイアを示し、いくつかのアイソジャイアは、その始点でスフェルライトのアイソジャイアと連続しており、このことは、カラミティック液晶相を示している。この顕微鏡図で最も大きなスフェルライトは、直径が10μmであった。
【0205】
このことは、蚕の絹糸腺中の天然絹フィブロインまたは蚕の絹糸腺から採取した天然絹フィブロインと同様に、最適化された再生絹フィブロイン溶液は、カラミティック液晶中間相を形成することができることを示す。この効果は、上述の文献で記載されている標準的なプロトコルによって調製した再生絹溶液では見られない。これらの観察結果は、本発明のプロトコルにしたがって調製された、最適化された再生絹フィブロインは、動物の絹糸腺から直接採取した天然絹フィブロインときわめて似ており、上述の文献で記載されている従来のプロセスで調製したものよりも優れていることを示している。中間相を形成する能力は、フィブロイン分子が、凍結工程中に孔壁に容易に配向することを可能にするために、重要であることがわかるであろう。
【0206】
(実施例10)
(再生絹フィブロイン溶液のレオロジー試験の試験プロトコル)
流量計を用い、最適化された再生絹フィブロイン溶液のサンプルが、天然の絹フィブロインと近いレオロジー特性を有するかどうか、上述の文献に開示されている標準的なプロトコルによって調製した再生絹フィブロインのレオロジー特性と非常に異なっているかどうかを調べた。絹フィブロイン溶液のレオロジーを調べるためのプロトコルを以下に記載する。
【0207】
方法:
Bohlin Gemini 200 HR Nano rheometer(トルク範囲10nNm〜200mNm、制御された応力/速度粘度測定、3nNm〜200mNm、制御された応力/歪み振動、Malvern Instruments,UK)を、錐体および板 CP 1/10(D=10mm、斜度1°)とともに用いた。周りを囲むカフ(environmental cuff)に湿った組織を入れ、サンプルが乾燥してしまうのを防いだ。温度制御ユニット(Bohlin KTB 30、Malvern Instruments、UK)を用い、温度を25℃に維持した。サンプルを、粘性溶液が歪まないように注意してレオメーターの下側プレートに乗せた。最適化された再生絹フィブロイン溶液を、終齢Bombyx moriの中部絹糸腺から直接的に得られた天然の絹タンパク質、および上述の文献(上を参照)に記載された標準的なプロトコルを用いて調製した再生絹溶液と比較した。すべてのサンプルは、重量測定によって決定する場合、約20+1w/v%の濃度を有していた。この値になるまで、透析管中で、再生絹溶液を減圧エバポレーションによって室温で濃縮した。
【0208】
結果:
図4は、最適化された(OBM)再生絹フィブロイン、絹糸腺から直接採取した天然の絹タンパク質、標準的な再生絹の保存係数の比較を示す。最適化された再生絹フィブロインのG’およびG’’は、天然絹のG’およびG’’と非常に近く、標準的な再生絹フィブロインのG’およびG’’とは非常に異なっている。最適化された(OBM)再生絹フィブロイン溶液の上述のパラメータは、標準的なプロトコルで調製した再生絹フィブロインの同じパラメータよりも、約3桁優れた値である。
【0209】
図5は、最適化された(OBM)再生絹フィブロイン、絹糸腺から直接採取した天然の絹タンパク質、標準的な再生絹の粘度に対し、剪断速度が及ぼす影響の比較を示す。最適化された再生絹フィブロイン溶液(OBM再生絹)の挙動は、ほぼ同じ濃度で天然絹フィブロイン溶液の挙動とかなり似ており、剪断速度1/sでの粘度は、標準的なプロトコルで調製した再生絹フィブロインの粘度よりも約4桁大きい。
【0210】
結論:
図4および図5は、最適化された再生フィブロイン溶液のレオロジーが、同じ濃度(約20w/v%)で天然絹フィブロイン溶液のレオロジーとかなり似ており、標準的なプロトコルで調製した再生絹フィブロインのレオロジーとは顕著に異なっていることを示す。これらのレオロジー観察結果は、標準的なプロトコルを用いて調製した材料と比較して、上述の材料が非常に優れていることを明確に示している。
【0211】
(実施例11)
(再生絹フィブロイン材料の発熱性および細胞毒性を試験するプロトコル)
フィブロイン材料サンプルの発熱活性を評価するために、全血アッセイを行った。
【0212】
血液アッセイで、IL−I・、TNF・、IL−8の反応性を試験した。
【0213】
IL−1βプロファイリングから得られたデータは、試験したほとんどの材料について、発熱原性がEUガイドラインの限界値内の低い値であることを示している。TNF−・およびIL−8の測定値は、IL−1β測定値とほぼ同じ結果を与えた。結論として、試験結果から、上述のサンプルが、低い発熱毒性を示し、細胞毒性を示さないことが示された。
【0214】
本発明の方法を用いて、得られた移植可能な材料は、移植の瞬間から、半月板、椎間板、または軟骨関節の機械的機能を発揮することができる。高い空隙率および解放空隙率と、弾力性とを併せ持つことで、上述の材料を移植した後に、間葉細胞が、胴体の一部で上述の材料に接種されるか、または脊椎の2個の椎体の間にある滑液腔または空間に放出されるかによらず、上述の材料が、間葉細胞を成長させることを可能にする。優れた生体適合性および細胞への優れた接着性によって、材料の孔内部に間葉細胞を接着させ、増殖させ、分化させることができる。さらに、上述の材料は、高い靱性および弾力性と、ゆっくりで調節可能な再吸収性とを併せ持つ。これにより、上述の材料は、in situでの繰り返し負荷サイクルに耐えることができ、一方、当業者には理解されるであろうように、通常の動作および/または理学療法による機械的刺激によって、局所的な負荷計画に適した機械的特性、および局所的な負荷計画で指図される機械特性を有する新しい機能的組織を形成するのを促す。最後に、滑らかさ、剛性および靱性を有する上述の材料の表面は、滑液で潤滑化したときに、摩擦の低い表面を提供する。
【0215】
数種類の好ましい実施形態が示され、記載されたが、添付の特許請求の範囲に定義されているように、本発明の範囲から逸脱することなく、種々の変更および改変がなされてもよいことが当業者にはわかるであろう。
【0216】
もちろん、本発明は、単なる一例として記載した上述の実施形態の詳細に限定されることを意図しているわけではないことが理解されるべきである。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
再生フィブロイン溶液を調製する方法であって、
−絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンおよび前記アニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程と;
−引き続いて、前記処理された絹または絹繭を精錬する工程;または
−絹または絹繭を精錬する工程と;
−引き続いて、前記精錬した絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンおよび前記アニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程とを含む、方法。
【請求項2】
適切なイオン性試薬が、水酸化アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、硝酸アンモニウム、水酸化カリウム、塩化カリウム、臭化カリウム、または硝酸カリウムの水溶液を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
再生フィブロイン溶液を調製する方法であって、
−絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンが、アンモニウム、カリウム、ルビジウムのうち、いずれか1つ以上から選択され、前記アニオンが、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオンのうち、いずれか1つ以上から選択される工程と;
−前記処理された絹または絹繭を精錬する工程;または
−絹または絹繭を精錬する工程と;
−前記精錬した絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンが、アンモニウム、カリウム、ルビジウムのうち、いずれか1つ以上から選択され、前記アニオンが、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオンのうち、いずれか1つ以上から選択される工程とを含む、方法。
【請求項4】
前記方法が、カオトロピック剤に、前記精錬した絹または絹繭を溶解させる、その後の工程(c)を含む、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記絹または絹繭を溶解させる工程が、約60℃未満の温度で行われる、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記絹または絹繭を溶解させる工程が、約24時間未満の期間で行われる、請求項4または請求項5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
再生フィブロイン溶液を調製する方法であって、
(a)絹または絹繭を、一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬で処理し、ここで、前記カチオンおよび前記アニオンが、少なくとも1.05オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.001〜−0.05のJones−Dole B係数を有する工程と;
(b)引き続いて、前記絹または絹繭をカオトロピック剤に溶解する工程とを含み、この絹または絹繭を溶解する工程が、
温度が、60℃未満;
カオトロピック剤の濃度が、9M未満;
期間が、24時間未満、
のいずれか1つの条件下、またはこれらを組み合わせた条件下で行われる、方法。
【請求項8】
前記方法が、前記絹または絹繭を精錬するさらなる工程を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記方法が、前記絹または絹繭を前記イオン性試薬に溶解させた後に、前記絹または絹繭を乾燥させるさらなる工程を含む、請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記乾燥させる工程が、前記イオン性試薬で処理する工程の後に、連続して行われる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
実質的にすべての水が、前記処理された絹または絹繭から除去される、請求項8または請求項10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記絹または絹繭を乾燥させる工程が、空気乾燥を含む、請求項9〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記方法が、前記絹または絹繭を前記カオトロピック剤に溶解させる前に、前記絹または絹繭を精錬する工程を含む、請求項8〜請求項12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記精練した絹または絹繭を、約10℃〜約60℃の範囲内の温度で、前記カオトロピック剤に溶解させる、請求項4〜請求項6、請求項8〜請求項13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
適切なカオトロピック剤が、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム、またはチオシアン酸グアニジンを含む、請求項4〜請求項14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記絹または絹繭を精練する工程が、前記絹または絹繭からのセリシンの選択的除去と、セリシンを開裂させるが、フィブロインをほとんど開裂させないか、または全く開裂させないタンパク質分解酵素の使用とを含む、請求項1〜請求項6および請求項8〜請求項15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記タンパク質分解酵素がトリプシンを含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記カオトロピック剤が透析によって除去され、再生絹フィブロイン溶液を与える、請求項4〜請求項17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
前記方法が、前記再生絹フィブロイン溶液を濃縮させる工程を含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記再生絹フィブロイン溶液が、約5〜25w/v%の濃度になるまで濃縮される、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
請求項1〜請求項20のいずれか1項に記載の方法によって得ることが可能な、再生絹フィブロイン溶液。
【請求項22】
請求項21に記載の再生絹フィブロイン溶液をゲル化することを含む、フィブロイン材料を調製する方法。
【請求項23】
前記再生絹フィブロイン溶液を、このフィブロイン溶液をゲル化試薬の水溶液で処理することによってゲル化させるか、または、例えば、酸のようなゲル化試薬と組み合わせることによってゲル化させる、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
前記ゲル化試薬が、氷酢酸の蒸気を含む、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記再生絹フィブロイン溶液をゲル化してハイドロゲルを作成する、請求項22〜請求項24のいずれか1項に記載の方法。
【請求項26】
前記ゲル化された材料に、1回以上の凍結サイクルを行う、請求項22〜請求項25のいずれか1項に記載の方法。
【請求項27】
前記ゲル化した材料を凍結させる工程が、領域凍結を含む、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
請求項22〜請求項27のいずれかに記載の方法によって得ることが可能なフィブロイン材料。
【請求項29】
移植可能なフィブロイン材料であって、
−5%の歪みで、一軸圧縮接線弾性係数が0.3〜5MPaであり、
−最終一軸圧縮強度(降伏点に対する応力)が1〜20MPaであり、
−リン酸緩衝生理食塩水中、5%の設定上の歪みを300万サイクルかけた後、復元不可能な平均累積変形が10%未満であり、
−リン酸緩衝生理食塩水中、5%の設定上の歪みを少なくとも300万サイクルかけた後、動的弾性係数が少なくとも1.5MPaである、という特性を含む、材料。
【請求項30】
前記材料が、相互に接続している孔をさらに含む、請求項29に記載の方法。
【請求項31】
前記孔が、前記材料の断面の約10%〜約80%に及ぶ、請求項30に記載の材料。
【請求項32】
前記孔が、直径が約10μm〜約1000μmの範囲にある、請求項30または請求項31のいずれか1項に記載の方法。
【請求項33】
前記材料が、局所的な剛性が、圧子で測定した場合、塊全体としての剛性の少なくとも10%を超え、約100%までである、滑らかな関節表面を有している、請求項29〜請求項32のいずれか1項に記載の方法。
【請求項34】
前記フィブロインが、前記孔壁に向かって放射状に配向している、請求項30〜請求項33のいずれか1項に記載の方法。
【請求項35】
請求項21に記載のフィブロイン溶液から調製されたフィブロイン材料、または、請求項28〜請求項34のいずれか1項に記載のフィブロイン材料を含む、関節軟骨または線維軟骨の置換、部分置換、増強、または修復のためのインプラント。
【請求項36】
一価カチオンおよび一価アニオンの水溶液を含むイオン性試薬の使用であって、ここで、カオトロピック剤への絹または絹繭の溶解度を高めるために、前記カチオンおよびアニオンが、少なくとも1.3オングストロームのイオン半径を有し、25℃で、−0.05〜+0.1のJones−Dole B係数を有する、使用。
【請求項37】
前記イオン性試薬が、アンモニウムイオンを含む、使用。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2011−521020(P2011−521020A)
【公表日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−506821(P2011−506821)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際出願番号】PCT/IB2009/051775
【国際公開番号】WO2009/133532
【国際公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(509320623)オルソックスリミテッド (2)
【出願人】(510286020)
【Fターム(参考)】