説明

管ねじ継手

管ねじ継手の接触表面上に形成された固体潤滑被膜は、潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする被膜である。この潤滑油含有ポリマーは、均質組成を有しているか、或いは接触表面に近いほど潤滑油の濃度が低くなり、接触表面近傍では潤滑油が実質的に存在しない傾斜組成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己修復機能を有する固体潤滑被膜を設けた、油井管の締結に適した管ねじ継手とその製造方法とに関する。本発明に係る管ねじ継手は、耐焼付き性と作業性に優れ、これまで一般に使用されてきた液状グリスを塗布せずに締結可能であるので、液状グリスの使用に起因する地球環境及び作業環境の悪化を防止することができる。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井の掘削に使用されるチュービングやケーシングといった油井管は、出荷時は約10〜20m程度の長さである。掘削現場では、油井管をねじ継手によって順次締結して延長することにより、原油を得るのに必要な長さ(一般に2000m以上)にする。近年のエネルギー需要の高まりに対応するため深油井の開発が進み、深さが8000mから10000mに達する油井も珍しくない。また、内部を原油などの流体が通るチュービングは、その周囲を径が異なるケーシングで何重にも包囲するのが普通である。従って、油井掘削時に締結する油井管の本数は莫大な数に達する。このように非常に多くの本数の油井管を繋いでいるねじ継手は、油井管や継手部材の重量に起因する軸方向引張力や内外面圧力などの複合した圧力と地中の熱とが作用するという非常に過酷な使用環境に曝される。したがって、ねじ継手にはこのような環境下においても破損することなく気密性を保持することが可能な高い性能が要求される。
【0003】
チュービングやケーシングの油井への降下時には、種々のトラブルのために、一度締結した継手を引き上げて緩め、再び締結して降下させることがある。そのため、API(米国石油協会)では、ゴーリングと呼ばれる焼き付きの発生が起こらずに締め付け(メイクアップ)及び緩め(ブレークアウト)を行うことが可能な回数を、チュービング継手においては最低10回、より径が大きく焼付きの危険が高いケーシング継手においては最低3回であると規定している。
【0004】
油井管の締結に使用される典型的な管ねじ継手はピン−ボックス構造をとる。ピンは雄ねじを有する継手部材であって、典型的には油井管の両端の外面に形成される。ボックスは雌ねじを備える継手部材であって、典型的にはカップリング(ねじ継手部品)の内面に形成される。
【0005】
気密性に優れたプレミアムジョイントと呼ばれる特殊ねじ継手では、ピンの雄ねじより先端側とボックスの雌ねじより基部側にそれぞれねじ無し金属接触部が形成される。ねじ無し金属接触部は、ピン又はボックスの円筒面に形成されたシール部と、ねじ継手の軸方向にほぼ垂直なトルクショルダとを備える。
【0006】
このようなプレミアムジョイントによる油井管の締結では、ピンを構成する油井管の一端を、ボックスを構成するカップリングの内部に挿入し、ピンの雄ねじとボックスの雌ねじを、ピンとボックスのトルクショルダ部どうしが所定干渉量で当接するまで締め付ける。それにより、ピンとボックスのシール面どうしが密着・干渉して、金属−金属直接接触によるメタルシールが形成され、ねじ継手の気密性が確保される。
【0007】
以下では、ねじ継手を締付けた時に接触するピン及びボックスの表面を接触表面という。この接触表面は、ピン及びボックスのねじ部(それぞれ雄ねじ及び雌ねじが形成されている部分)とねじ無し金属接触部(即ち、ピン及びボックスのシール部及びトルクショルダ部)とを含む。
【0008】
このねじ継手の締付け時に、メタルシール部やトルクショルダ、すなわち、ねじ無し金属接触部には、ねじ継手材料自体の降伏点を超えるような非常な高面圧が作用する。従って、特にねじ継手のねじ無し金属接触部では焼付き(ゴーリング)が発生しやすい。そこで、耐焼付き性と気密性とを確保するため、ねじ継手の締め付け前に、潤滑剤、特に「コンパウンドグリス」と呼ばれる粘稠液状グリス(ドープ)を、ねじ継手のねじ部やねじ無し金属接触部(つまり、接触表面)に塗布することが一般に行われている。コンパウンドグリスはまた、接触表面に防食性を付与する機能も果たす。このコンパウンドグリスの保持性とそれにより得られる摺動性を向上させるため、ねじ継手の接触表面を、適当な表面処理(例、リン酸塩系化成処理又はめっき)によって予め粗面化しておくことが知られている。
【0009】
コンパウンドグリスは、亜鉛、鉛、銅などの比較的軟質な重金属粉を多量に含有することにより必要な潤滑及び防食機能を果たす。しかし、塗布されたグリスが締付け時に継手の外面にあふれ出たり、再締結前に継手にコンパウンドグリスを再塗布する際に洗い流されたりするので、土壌や海洋に重金属に流出し、環境、特に海洋生物に悪影響を及ぼすことが懸念される。また、コンパウンドグリスの塗布作業は、現場で締結のつど行われるため、作業効率を悪化させるだけではなく、特に鉛による人体への有害性から、作業環境も悪化させる。従って、コンパウンドグリスを塗布せずに締結可能なねじ継手の開発が望まれている。
【0010】
接触表面に固体潤滑被膜を形成した、コンパウンドグリスを塗布せずに使用できるねじ継手もこの分野で知られている。例えば、特開平9−72467号公報には、二硫化モリブデン(MoS2)や二硫化タングステン(WS2)を分散させた潤滑性樹脂被膜を備えたたねじ継手が開示されている。
【0011】
このような固体潤滑被膜はコンパウンドグリスに比べて環境や人体への悪影響を著しく軽減する。また、ねじ継手は、固体潤滑被膜を形成した後で出荷されるため、現場で締結する前の潤滑グリスの塗布作業が省略でき、締結作業の効率化や作業環境の改善につながる。
【0012】
しかし、上述した種類の固体潤滑被膜は、延性や流動性に乏しく、しかも剥離し易い。そのため、ねじ継手の締め付け時にねじ部やねじ無し金属接触部に局部的に過大な面圧がかかってその部分に塑性変形が起こると、その部分の固体潤滑被膜が剥離し、被膜のない金属面が露出するという問題がある。そうなると、金属の露出部が小さくても、即座に著しい焼付きが発生してしまう。
【0013】
これに対して、常温で液状であって流動性を有する、コンパウンドグリスをはじめとする潤滑グリスや潤滑油といった液状潤滑剤を塗布した場合には、締め込みによる圧力でねじ山の隙間や表面粗さの谷部に閉じ込められた潤滑剤がしみ出てくるため、局部的に過大な面圧がかかっても、その部分にも潤滑剤が回り込み、激しい焼付きには至らない。この作用は、液状潤滑の自己修復機能と呼ばれる。一般に、液体潤滑剤の流動性が高い(粘性が低い)ほど、自己修復機能が高くなる。そのため、耐焼付き性に関しは、一般に流動性のある液体の潤滑被膜の方が有利であることが多い。
【0014】
しかし、液状潤滑剤をねじ継手のねじ部やねじ無し金属接触部といった接触表面に出荷時に塗布すると、塗布した表面にべたつきを生じ、塵、砂、ゴミなどの異物が接触表面に付着し易くなる。特に、組立時に油井管を直立させる際には、錆やブラスト砥粒が油井管を落下する。ねじ継手の接触表面がべたついていると、これらの異物が表面に大量に付着する。その結果、たとえ自己修復機能が期待できる液状の潤滑グリスでも、潤滑性が著しく低下し、締付け・緩めを繰り返した場合に焼付きが発生し易くなる。つまり、異物付着という点からは、表面が乾燥している固体潤滑被膜の方が有利である。
【0015】
米国特許出願公開公報US2004/0239105(特許文献1)には、接触表面に下層の液状グリス層と上層の固体潤滑層とを形成したねじ継手が開示されている。このねじ継手は、上述した固体潤滑被膜及び液状グリスの問題点がいずれも軽減され、これら2種類の潤滑被膜の利点を両立させるものである。しかし、液体であるグリスをベースとしたものであるため、表面のべたつきの軽減は十分ではない。さらに、被膜が非常に柔らかいため、物が強く触れると被膜の変形や転着が起こり、効果が低減する。
【0016】
特開平11−63132号公報(特許文献2)及び同11−223260号公報(特許文献3)には、潤滑油含有ポリマー(含油ポリマーとも呼ばれる)からなる部材を、潤滑を必要とする潤滑ボールねじや軸受け等の近辺に配置し、この部材からの滲みだしにより潤滑油を持続的に供給することが開示されている。
【0017】
潤滑油含有ポリマーとは、潤滑油と熱可塑性有機ポリマーとから構成され、両者が互いに相溶した単一相をなしている固体材料である。特に、ポリオレフィン樹脂は多量の潤滑油を含有することが可能である。なかでもポリエチレンと鉱油の組み合わせでは、全体の70%もの潤滑油(鉱油)を含有することができる。ポリマー中に含有・含浸された潤滑油は、圧力、温度上昇などの因子によって、材料の内部から表層部へ移動して滲み出ることにより、その潤滑作用を発揮することができる。この潤滑油含有ポリマーは、原料の有機ポリマーと潤滑油の混合物を加熱溶融し、溶融した混合物を所定の型に注入し、加圧しながら冷却固化することによって製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】US2004/0239105A1
【特許文献2】特開平11−63132号公報
【特許文献3】特開平11−223260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、表面にべとつきがなく(表面がドライであり)、かつ油井管の締結時に極めて高い面圧にさらされても高い潤滑性を発揮することができる、耐焼付き性に非常に優れた管ねじ継手を提供することを課題とする。
【0020】
より具体的な本発明の課題は、表面のべたつきを避けるために固体潤滑被膜をベースとし、かつ液状グリスのような自己修復機能を示す、耐焼付き性を向上させた潤滑被膜を備えた管ねじ継手を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、前述した潤滑油含有ポリマーを管ねじ継手の潤滑被膜に適用することにより、上記課題を解決することに着目した。潤滑油含有ポリマーは、ねじ継手の締付け前の常温、大気圧の状態では固体であって、潤滑油の滲み出しがない。そのため、表面はドライで異物が付着しにくい。一方、ねじ継手の締付け時には、締付け時の摩擦による高温と高面圧によって被膜の液体成分(潤滑油)が滲み出す。そのため、被膜は固体であるにもかかわらず自己修復性能を発揮することができる。こうして、固体潤滑被膜及び液状グリスの利点を両立させることができる材料として期待できる。
【0022】
しかし、従来の潤滑油含有ポリマーは、金型に押し込むことにより成形した、シートなどの別部材として使用するものがほとんどで、この技術をそのまま管ねじ継手の潤滑被膜に適用することはできない。なぜなら、潤滑油含有ポリマーは金属基体との密着性が低いため、管ねじ継手の接触表面に対して潤滑被膜として適用しても、ねじ継手の締付け時に高面圧に曝されると被膜が大きく剥離し、自己修復機能によってもたらされる耐焼付き性の改善効果が大きく損なわれてしまうと予想されるからである。
【0023】
本発明者らは、潤滑油含有ポリマーの原料である熱可塑性ポリマー、特にポリエチレンのようなポリオレフィンの粉末と潤滑油を含む液状混合物を管ねじ継手の接触表面に塗布した後、母材のねじ継手が熱可塑性ポリマーの融点より高温になるように加熱することによって、ポリマーと潤滑油とが完全に相溶した潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜を管ねじ継手の接触表面に形成することができることを見出した。
【0024】
しかし、形成された固体潤滑被膜は、上述した予想の通り、密着性が低く、高面圧を受けると剥がれやすいものであった。さらに検討を重ねた結果、熱可塑性ポリマーとして、極性基をもつように変性されたポリオレフィン(例えば、EVAと呼ばれるエチレン−酢酸ビニル共重合体)を使用することによって、十分な密着性を有する潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜となることが判明した。
【0025】
また、固体潤滑被膜を構成する潤滑油含有ポリマーの組成を、潤滑油濃度が基体(ねじ継手の接触表面)に近いほど低く、それから遠いほど高くなる(換言すると、ポリマー濃度は基体に近いほど高くなる)ように、組成が被膜厚み方向に一方向に変化する傾斜組成とすれば、ポリマーが極性基を有していない未変性のポリオレフィン、例えば、ポリエチレンであっても、やはり十分な密着性を有する潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜となることもわかった。
【0026】
このような傾斜濃度組成を有する潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜は、最初に潤滑油を含有しないポリマー被膜を形成し、この被膜に潤滑油を塗布した後、被膜をポリマーの融点以上の温度に加熱して、ポリマー中に潤滑油を相溶させることによって形成することができる。
【0027】
ここに、本発明は、ねじ部とねじ無し金属接触部とを含む接触表面をそれぞれ有するピン及びボックスから構成される管ねじ継手であって、下記(1)又は(2)を特徴とする。
(1)前記ピン及びボックスの少なくとも一方の接触表面が、極性基を含有する変性ポリオレフィンからなるポリオレフィン系ポリマーと潤滑油とが相溶してなる、均質組成を有する潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜によって少なくとも部分的に被覆されている、又は
(2)前記ピン及びボックスの少なくとも一方の接触表面が、ポリオレフィン及び変性ポリオレフィンから選ばれた少なくとも1種のポリオレフィン系ポリマーと潤滑油とが相溶してなる潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜により少なくとも部分的に被覆されており、この固体潤滑被膜が、被膜中の潤滑油の濃度が、被膜が形成されているねじ継手の接触表面に近いほど小さくなるように被膜厚み方向に組成が変化する傾斜組成を有する被膜である。
【0028】
本発明において、単に「ポリマー」と表記する場合には、潤滑油含有ポリマー中に含まれるポリマー成分を意味し、「潤滑油含有ポリマー」自体を意味しない。
本発明に係る管ねじ継手の好適態様を列挙すると、次の通りである:
・ポリオレフィンがポリエチレンであり、変性ポリオレフィンが、カルボキシル基、エステル基、及びヒドロキシル基から選ばれた極性基を有するビニルモノマーとの共重合により変性されたポリエチレンである;
・固体潤滑被膜が防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた1種又は2種以上の添加剤を含有する;
・固体潤滑被膜で少なくとも部分的に被覆されている接触表面が、酸洗処理、ブラスト処理、亜鉛若しくは亜鉛合金による衝撃めっき処理、金属めっき処理、燐酸塩処理、並びに蓚酸塩処理から選ばれた方法により下地処理されている。
【0029】
上記(1)の特徴を有する本発明に係る管ねじ継手は、管ねじ継手の接触表面に、潤滑油と極性基を含有する変性ポリオレフィンとを含有する液状被覆組成物を塗布することを含む方法によって潤滑油とポリマーとが相溶した均質組成の潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜を形成することにより製造することができる。
【0030】
好ましい方法では、被覆する上記液状被覆組成物が潤滑油と粉末状の前記ポリマー(変性ポリオレフィン)とを含有する。この組成物の塗布後に、塗布された管ねじ継手の接触表面を該ポリマーの融点以上の温度に加熱して前記固体潤滑被膜を形成する。別の方法として、極性基含有変性ポリオレフィンを適当な溶剤に分散させ、得られた分散液と潤滑油とを混合して、ねじ継手の接触表面に塗布する液状被覆組成物を形成してもよい。この液状被覆組成物を塗布した後、上記と同様に接触表面を加熱する。
【0031】
上記(2)の特徴を有する本発明に係る管ねじ継手は、管ねじ継手の接触表面にポリオレフィン及び変性ポリオレフィンから選ばれたポリオレフィン系ポリマーの被膜を形成し、このポリマー被膜上に潤滑油を塗布した後、管ねじ継手を該ポリマーの融点以上の温度に加熱して潤滑油をポリマー被膜中に相溶させて、潤滑油の濃度が、該被膜が形成されているねじ継手の接触表面に近いほど小さくなるような被膜厚み方向の傾斜組成を有する固体潤滑被膜を形成する方法により製造することができる。
【0032】
上記ポリマーの被膜は、粉末状のポリマーを適当な溶剤に分散させた被覆組成物を用いた噴霧塗布などの常法により形成することができる。ポリマーが熱可塑性であるので、別の方法として、溶剤を使用せずに、溶融状態のポリマーを予熱された基体に塗布する方法、又は粉末塗装法も利用できる。
【0033】
固体潤滑被膜が防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた1種又は2種以上の添加剤を含有する場合、塗布する組成物中にこの添加剤を含有させておけばよい。
【発明の効果】
【0034】
本発明に係る管ねじ継手では、ねじ継手の接触表面上に儲けた固体潤滑被膜が潤滑油含有ポリマーから形成された本質的に固体の乾いた被膜であるため、常温、大気圧の条件下では、固体潤滑被膜からの潤滑油の滲み出しがなく、べたつきが全く又はほとんどないドライ感のある被膜表面となる。したがって、砂やゴミ、ブラスト砥粒などの異物が付着せず、これらが原因となる焼付きを防止できる。
【0035】
一方、この固体潤滑被膜は、圧力を加えることで被膜から潤滑油が滲み出すという性質を持つ。従って、ねじ継手の締付け時には、摩擦による高温と高面圧に起因して、被膜から液体成分(潤滑油)が滲み出すので、この被膜は液状グリスと同様の自己修復性能を発現する。したがって、たとえ固体潤滑被膜が多少剥離しても、滲み出した油によって金属面(該被膜が形成されたねじ継手の接触表面)を保護でき、管ねじ継手の耐焼付き性が著しく向上する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】ねじ継手の構成部材である鋼管とねじ継手部品の出荷時の組み立て状況を模式的に示す。
【図2】ねじ継手の締付け部を模式的に示す。
【図3】人工的に被膜欠損部を作成した場合のバウデン摩擦試験の概要図である。
【図4】潤滑油含有ポリマー(潤滑剤として種々の量又は傾斜組成で鉱油を含有するEVA)からなる固体潤滑被膜の被膜欠損部の初期摩擦係数(μ)を、潤滑剤なしの被膜及びEVA100%の被膜と対比して示すグラフ。
【図5】PE(ポリエチレン)又はEVA(エチレン−酢酸ビニル共重合体)と鉱油との混合液から形成された潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜のSAICAS(表面・界面切断分析システム)法により求めた密着性(剥離強度)を混合液中の油含有量に対して示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態について、より詳しく説明する。なお、以下の説明において、特に指定しない限り、%は質量%を意味する。
図1は、出荷時の油井管用鋼管とカップリングの状態を示す典型的なねじ継手の組み立て構成を模式的に示す。鋼管Aの両端にはピン1が形成されている。ピン1は外面に雄ねじ部3aを有する。カップリングBの両側にボックス2を有し、ボックス2は内面に雌ねじ部3bを有する。ピンとは雄ねじを有する方のねじ継手部分を、ボックスとは雌ねじを有する方のねじ継手部分をそれぞれ意味する。鋼管Aの一端には予めカップリングBが締付けられている。図示していないが、締付けられていない側の鋼管AのピンとカップリングBのボックスには、それぞれのねじ部を保護するためのプロテクターが出荷前に装着されている。プロテクターはねじ継手の使用前に取り外される。
【0038】
典型的には、図示のように、ピンは鋼管の両端の外面に、ボックスは別部品であるカップリングの内面に形成される。しかし、逆に、鋼管の両端の内面をボックスとし、カップリングの外面をピンとすることも原理的には可能である。また、カップリングを利用せず、鋼管の一端をピン、他端をボックスとしたインテグラル方式のねじ継手もある。本発明はこれら全てのねじ継手に適用可能である。
【0039】
図2は、代表的な管ねじ継手(以下、単に「ねじ継手」ともいう)の構成を模式的に示す。ねじ継手は、鋼管Aの端部の外面に形成されたピン1と、カップリングBの内面に形成されたボックス2とから構成される。ピン1は雄ねじ部3aと鋼管先端に位置するねじシール面4aと鋼管端面のショルダー部5aとを備える。これに対応して、ボックス2は、雌ねじ部3bと、その内側のシール面4bと、ピンの端面ショルダ面が当接するショルダ面5bとを備える。ピン及びボックスのシール面とショルダ面は管ねじ継手のねじ無し金属接触部を構成する。
【0040】
ピン1及びボックス2のそれぞれのねじ部3a、3bとシール面4a、4bとショルダ面5a,5bとがねじ継手の接触表面を構成する。この接触表面には、耐ゴーリング性、気密性(耐漏れ性)、耐食性が要求される。従来は、そのために、重金属粉を含有するコンパウンドグリスと呼ばれるドープをねじ継手の締付け前に塗布するのが普通であったが、現在では、そのようなドープの使用は規制されつつある。
【0041】
[固体潤滑被膜]
本発明のねじ継手では、ピンとボックスの少なくとも一方の部材の接触表面の少なくとも一部は、潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜で被覆されている。この固体潤滑被膜は、前述したように、常温、大気圧下ではべたつきがなく、ドライである。しかし、ねじ継手の締付け時には、摩擦による高温と高面圧のために被膜から液体成分(ポリマー中に含浸されている潤滑油)が滲み出すことにより、液状グリスと同様に自己修復機能を発揮して、焼付きを防止することができる。
【0042】
固体潤滑被膜のマトリックスを構成するのは、潤滑油と熱可塑性樹脂の1種であるポリオレフィン系ポリマーとからなる潤滑油含有ポリマーである。これらの2成分は相溶して単一の相を形成している。相溶とは、潤滑油とポリマーが互いに親和性を有していて、完全に混ざり合い、1つの相を形成していることを意味する。換言すると、室温で固体材料であるポリマーのみからなる相が存在しない。従って、潤滑油とポリマーは、互いに親和性を有し、相溶するように選択する。
【0043】
潤滑油としては、油井管の締結条件下で潤滑効果を発揮しうるものから選択する。使用可能な潤滑油としては、ポリα−オレフィン油のようなパラフィン系炭化水素油、ナフテン系炭化水素油、鉱油、ジアルキルジフェニルエーテルのようなエーテル油、及びフタル酸エステルやトリメリット酸エステルのようなエステル油が挙げられる。これらから選ばれた1種又は2種以上を使用できる。特に好ましい潤滑油は、ポリオレフィン系ポリマー中への溶解量が多いことと、比較的安価であることから、鉱油である。
【0044】
ポリマーとしては、従来から潤滑油含有ポリマーに使用されている、ポリオレフィン系ポリマーを使用する。ポリオレフィン系ポリマーの中でも、ポリエチレン及び変性ポリエチレンが好ましい。前述したように、ポリオレフィン、中でもポリエチレンは、非常に多量の鉱油等の潤滑油を吸収して含有しうる。つまり、潤滑油とポリマーが相溶した、広範囲に組成を変動可能な(従って、組成物の潤滑性などの特性を調整できる)単一相の組成物を形成しうる。また、ポリエチレンは被膜の柔軟性がポリオレフィンの中では最も高い点でも有利である。
【0045】
前述したように、固体潤滑被膜のマトリックスである潤滑油含有ポリマーが均質な組成を有する場合は、被覆される基体であるねじ継手接触表面への被膜の密着性が、被膜中の潤滑油によって低下する。その結果、被膜が剥がれ易くなり、所望の潤滑性能を得ることが困難となる。従って、被膜の接着性を改善するため、潤滑油含有ポリマー中のポリマー成分としては、極性基を含有する変性ポリオレフィンを使用する。
【0046】
一方、潤滑油含有ポリマーが、基体(ねじ継手の接触表面)に近いほど潤滑油の濃度が低下し、それから離れるほど潤滑油の濃度が増大するように、被膜厚み方向において組成が1方向に変動する傾斜組成を有する場合には、潤滑油含有ポリマー中のポリマーが未変性のポリオレフィンであっても、潤滑油の含有による被膜密着性への悪影響を実質的に解消することができる。従って、このような傾斜組成を有する固体潤滑被膜では、潤滑油含有ポリマー中のポリオレフィン系ポリマー成分は、未変性ポリオレフィンと変性ポリオレフィンのいずれであってもよく、変性ポリオレフィンとしては、極性基を含有しないものも使用できる。
【0047】
以下では、ポリマーがポリエチレン又は極性基を含有する変性ポリエチレンである場合について、本発明を説明するが、ポリエチレン又は極性基を含有する変性ポリエチレンに代えて又は加えて、ポリプロピレンのような他のポリオレフィン又は極性基を含有する他の変性ポリオレフィンを使用することも可能である。
【0048】
(1)潤滑油含有ポリマーが均質組成を有する場合:
固体潤滑被膜のマトリックスは、極性基を含有する変性ポリエチレンと潤滑油(好ましくは鉱油)とが相溶した均質組成の潤滑油含有ポリマーから形成される。極性基を含有する変性ポリエチレン(広義には極性基を含有する変性ポリオレフィン)としては、各種のものが知られているが、本発明では、カルボキシル基、ヒドロキシル基、又はエステル基といった極性基を有するビニルモノマーとの共重合によってこれらの極性基を含有するように変性された変性ポリエチレン、即ち、エチレンとこのような極性基含有ビニルモノマーとの共重合体を変性ポリエチレンとして使用することが好ましい。例えば、スルホン酸基のようなより極性の高い極性基を含有する変性ポリエチレンも使用可能であるが、被膜の腐食性が高くなるという難点がある。
【0049】
本発明で使用するのに適した極性基を含有する変性ポリエチレンの例としては、EVA(エチレン−酢酸ビニル共重合体)、EEA(エチレン−アクリル酸エチル共重合体)、EMA(エチレン−アクリル酸メチル共重合体)、EVOH(エチレン−ビニルアルコール共重合体)が挙げられる。このような極性基を含有する変性ポリエチレンと未変性のポリエチレンとの混合物を使用することもできる。ポリマー全体の10%以下程度の少量であれば、ポリオレフィン以外の熱可塑性ポリマー(例、スチレン系ポリマー)を混合することも可能である。
【0050】
潤滑油含有ポリマーに使用する極性基を含有する変性ポリエチレンは、極性基含有ビニルモノマーの割合が5〜30%であるもの、即ち、5〜30%の極性基含有ビニルモノマーと95〜70%のエチレンとの共重合体であるものが好ましい。それにより、極性基をもたない未変性ポリエチレンを使用した場合に比べて、固体潤滑被膜の密着強度を著しく向上させることができ、被膜剥離を抑制し、耐焼付き性の向上を図ることができる。共重合体中の極性基含有ビニルモノマーの割合はより好ましくは10〜20%である。未変性のポリエチレン(及び/又は他のポリマー)を併用する場合には、ポリマー合計量(変性ポリエチレンと未変性ポリエチレン及び他のポリマーとの、モノマー基準でのモル合計量)に対する極性基含有ビニルモノマーのモル比が5〜30%の範囲内となるようにすることが好ましい。
【0051】
潤滑油含有ポリマー中のポリマー(A)と潤滑油(B)との割合は、A:Bの質量比が30:70〜90:10の範囲内となる比率とすることが好ましい。この質量比の範囲では、被膜形成時の油の滲み出しがほとんどなく、べたつきがないか、ごく少ない固体潤滑被膜を形成することできる。ポリマーが多過ぎると、被膜の潤滑性、従って耐焼付き性が低下する。ポリマーが少な過ぎると、被膜のべたつきが大きくなる上、被膜の密着性が低下して、耐焼付き性も低下する。この質量比は、より好ましくは40:60〜80:20の範囲内である。
【0052】
(2)潤滑油含有ポリマーが傾斜組成を有する場合:
固体潤滑被膜のマトリックスが、被膜の厚み方向において、被覆基体であるねじ継手接触表面に近いほど潤滑油の割合が少なく(換言すると、ポリマーの割合が高く)なるような傾斜組成を有する潤滑油含有ポリマーから形成されている場合は、潤滑油による被膜密着性への悪影響を回避することができる。そのため、潤滑油含有ポリマーのポリマー成分は、未変性のポリエチレンと上記変性ポリマーのいずれを使用することもでき、その両者でもよい。即ち、ポリマーが未変性ポリエチレンのみ、変性ポリエチレンのみ、あるいは未変性ポリエチレンと変性ポリエチレンとの混合物(ブレンド)であってもよい。この場合も、スチレンポリマーなどの他の熱可塑性ポリマーを、ポリマー合計量の10%以下の量なら混合することができる。
【0053】
上記傾斜組成を有する潤滑油含有ポリマー中のポリマー(A)と潤滑油(B)との割合は、被膜全体の割合としては、上記(1)の均質組成の場合よりポリマーが多めの方が好ましい。この場合のA:Bの質量比は50:50〜90:10であることが好ましい。
【0054】
傾斜組成の場合、ねじ継手の接触表面に隣接した固体潤滑被膜の最下層の部分において、潤滑油含有ポリマー中の潤滑油(B)の割合が1%未満(換言すると、ポリマー(A)の割合が99%以上)であることが好ましい。こうすることで、潤滑油含有ポリマー中のポリマーが未変性のポリエチレンであっても、潤滑油を含有しない未変性ポリエチレンをマトリックスとする被膜と実質的に同レベルの、優れた密着性を持った固体潤滑被膜となり、潤滑油の含有による密着性への悪影響を避けることができる。
【0055】
また、反対側の接触表面から遠い潤滑被膜の最上層の部分(ねじ継手の相手部材(ピン又はボックス)の接触表面と接触する側)では、潤滑油含有ポリマー中の潤滑油の割合が高くなるので、被膜からの潤滑油のしみ出しがより容易に起こり、潤滑性が高まる。
【0056】
固体潤滑被膜が上記のような傾斜組成を有することは、例えば、被膜断面のSEM(走査型電子顕微鏡)−EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いた物理定量分析等によって確認することができる。
【0057】
固体潤滑被膜の外面から厚み方向に1μm以内にある固体潤滑被膜の表層領域における潤滑油含有ポリマー中の潤滑油の割合は好ましくは70%以下である。この割合が高すぎたり、100%潤滑油であると、固体潤滑被膜の表面のべたつきが大きくなる。ただし、その場合には、固体潤滑被膜を上層の樹脂層で被覆することによって、固体潤滑被膜の表面のべたつきを解消又は軽減することができる。
【0058】
この樹脂層は、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂などの適当な樹脂から形成することができる。樹脂層の厚みは、べたつき抑制に有効であれば、可及的に薄くすることが、潤滑性への悪影響が少なく、好ましい。例えば、5〜50μm、好ましくは10〜40μmの厚みとすることができる。この種の被覆層はWO2006/104251号公報に記載されているので、該公報の記載を参照できる。
【0059】
上記(1)と(2)のいずれの場合についても、固体潤滑被膜の厚みは20〜100μmの範囲内とすることが好ましく、より好ましくは40〜60μmの範囲内である。被膜が薄すぎると耐焼付き性の向上が不十分となり、厚すぎるとトルクが高くなり、また固体潤滑被膜の剥離が起こり易くなる。
【0060】
また、上記(1)と(2)のいずれの固体潤滑被膜も、所望により、防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた1種又は2種以上の添加剤を含有しうる。これらの添加剤は、マトリックスの潤滑油含有ポリマー中に粉末状で分散するか、あるいはマトリックスに均質に溶解した状態で含有しうる。これらの添加剤としては、たとえば、桜井俊男著「潤滑剤の物理学」幸書房発行に記載されているものが適用できる。
【0061】
具体的には、防錆添加剤の例としてはアルケニルコハク酸誘導体、金属石鹸などが挙げられ、酸化防止剤の例としてはDBPC(2,6−ジ−tert−ブチル−パラクレゾール)やM−DTP(ジアルキルジチオリン酸金属塩)が挙げられ、極圧添加剤の例としてはイオウ系及びリン系の化合物が挙げられ、潤滑性粉末の例としては、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛、マイカ、窒化硼素、ポリテトラフルオロエチレン粉末などが挙げられる。添加剤の含有量も、例えば、上記文献に記載されているような慣用の量でよく、添加剤の種類ごとに適量は異なる。
【0062】
上述した固体潤滑被膜は、管ねじ継手のピンとボックスの両方の接触表面に形成してもよいが、通常はピン又はボックスのいずれか一方の接触表面だけに形成するだけでも、耐焼付き性の改善は十分に得られる。その場合、一般に短いカップリングに形成されるボックスの接触表面に固体潤滑被膜を形成する方が作業は容易である。また、ピン及び/又はボックスの接触表面の全体に上記固体潤滑被膜を形成することが好ましいが、本発明は接触表面の一部だけに上記固体潤滑被膜を形成する場合をも包含する。
【0063】
[管ねじ継手の製造方法]
次に、本発明に係る管ねじ継手の製造方法について、固体潤滑被膜の潤滑油含有ポリマーが均質組成である場合と傾斜組成である場合とに分けて説明する。
【0064】
以下においても、ポリマーがポリエチレン又は極性基を含有する変性ポリエチレンである場合について、本発明を説明するが、ポリプロピレンのような他のポリオレフィン又は極性基を含有する他の変性ポリオレフィンを、ポリエチレン又は極性基を含有する変性ポリエチレンに代えて、又は加えて、使用することも可能である。
【0065】
(1)潤滑油含有ポリマーが均質組成である場合:
均質組成の潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜は、潤滑油と極性基を含有する変性ポリエチレンからなるポリマーとを含有する液状被覆組成物を塗布することを含む方法によって形成することができる。形成された固体潤滑被膜は、潤滑油と極性基を含有する変性ポリエチレンとが相溶してなる均質組成の潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする被膜となる。
【0066】
塗布に使用する液状被覆組成物は下記(A)と(B)のいずれでもよい:
(A)潤滑油中に粉末状の極性基含有変性ポリエチレンを含有させた組成物、即ち、潤滑油中に極性基を含有する変性ポリエチレン粉末を分散させた、溶剤を含有しない組成物、又は
(B) 極性基を含有する変性ポリエチレンを溶剤に分散させて液状化し、得られた分散液に潤滑油を混合した組成物。
【0067】
いずれの場合も、ポリマーとして、極性基を含有する変性ポリエチレンに加えて、未変性のポリエチレン、さらには他の熱可塑性ポリマーを併用しうる。
(A)の場合は、ねじ継手の接触表面に上記被覆組成物を塗布した後、接触表面を、使用した変性ポリエチレン(及び、使用すれば他のポリマー、以下同じ)の融点以上の温度に加熱して、ポリマーを融解させ、潤滑油と均質に混合、即ち、相溶させる。従って、加熱条件(加熱温度と加熱時間)は、この相溶が完全に起こるように設定する。その後、室温まで冷却すると、ポリマーと潤滑油とが相溶した均質組成を有し、表面にべたつきのない潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜が鋼管用ねじ継手の接触表面に形成される。
【0068】
使用する極性基を含有する変性ポリエチレンの粉末は、平均粒径が1000μm(=1mm)より小さいものであることが好ましい。例えば、球状化ポリマーといったビーズ状又は粒状のものも使用でき、それらも本発明では粉末に含める。塗布に使用する液状被覆組成物は、前述した添加剤、即ち、防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた1種又は2種以上の添加剤を含有していてもよい。
【0069】
液状被覆組成物の塗布は、スプレー、刷毛塗りなどの常法により実施できる。塗布用の組成物を塗布した段階では、潤滑油がポリマーと相溶していないため、被膜の表面はウェットでべたつきがあるが、その後の加熱と冷却により、潤滑油と有機ポリマーとが均質に混ざった潤滑油含有ポリマーの状態になると、被膜表面はドライとなる。なお、原料混合物(変性ポリエチレンと潤滑剤)が流動性のある粘稠液状混合物であることから、加熱中に被膜の一部の流れ落ちが懸念されるが、実際にはその様子はみられなかった。
【0070】
ポリマーと潤滑油とが完全に相溶して、被膜中で均質な単一相を形成していることは、被膜のSEM画像から確認することができる。加熱が不十分であって完全に相溶していないと、ポリマーの粒子がSEM画像にみられる。一方、完全に相溶している場合には、ポリマー粒子は消失する。
【0071】
この加熱時に、ねじ継手の接触表面(被膜との界面)も同様にポリマーの融点以上の温度に昇温することによって、冷却後に、密着性のよい固体潤滑被膜を形成することができる。従って、加熱は、例えば、ねじ継手全体を加熱炉において加熱するか、あるいは熱風加熱の場合には塗布面の背面側から行うことが好ましい。塗布面を熱風加熱すると、粒状の有機ポリマーが溶融する前にねじ継手の表面から吹き飛ばされてしまうことがある。そのため、形成された被膜の密着性が低下する。
【0072】
溶剤を使用する上記(B)の場合も、塗布方法及び加熱方法は上記(A)と同様でよい。本発明でポリマーを分散させるために使用するのに適した溶剤の例を挙げると、ジクロロメタンなどの塩素系溶剤、アセトン等のケトン系溶剤などがある。
【0073】
(2)潤滑油含有ポリマーが傾斜組成である場合:
塗布基体である管ねじ継手の接触表面に近いほど潤滑油の濃度が低い傾斜組成を有する潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜を形成するには、まず、ポリマー成分、即ち、ポリエチレン及び変性ポリエチレンから選ばれた少なくとも1種のポリマーからなる固体被膜を形成する。この固体被膜は、ポリマーと溶剤とを混合した塗布液を使用して行うことができるが、溶剤を使用せずに、粉末状又は溶融状態のポリマーを使用して、粉末塗装、溶射塗布、スプレイガンを用いたホットメルト塗装といった塗布方法で行うこともできる。
【0074】
溶剤を使用する場合、ポリマーを溶剤中に分散させた分散液を塗布する。これらの塗布は、刷毛塗り、スプレイなどの常法で実施できる。
使用するポリマーは、未変性のポリエチレン、変性ポリエチレン、又は変性ポリエチレンと未変性ポリエチレンとの混合物のいずれでもよい。変性ポリエチレンは、極性基を持たないモノマーとの共重合により変性されたポリエチレン、あるいは共重合以外の方法で変性されたものであってもよい。この場合も、ポリエチレン(さらにはポリオレフィン)以外の他の熱可塑性ポリマーをポリマー合計量の10%以下の少量であれば併用することができる。
【0075】
いずれの方法を採用する場合でも、形成されたポリマー被膜の上に潤滑油を塗布することで、被膜厚みが増大する。従って、潤滑油を塗布し、その後の加熱で潤滑油とポリマーとが相溶して形成された、傾斜組成を有する潤滑油含有ポリマーからなる被膜が所定の厚みとなるように、ポリマー被膜の厚みを決定する。上述したように、最終被膜厚みは好ましくは20〜100μmの範囲内、より好ましくは40〜60μmの範囲内である。
【0076】
固体潤滑被膜に防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた1種又は2種以上の添加剤を含有させる場合には、ポリマー被膜の形成に用いる塗布液又は塗布材料中に必要な添加剤を含有させる。
【0077】
このようにして潤滑油を含有しないポリマー被膜を形成した後、このポリマー被膜に潤滑油を塗布し、ついで加熱してポリマー被膜を溶融させることにより、被膜中のポリマーと上に塗布した潤滑油とを相溶させる。加熱温度は、ポリマーの溶融温度以上であって、かつ潤滑油の沸点以下とする。潤滑油の塗布量は上述した通りである。
【0078】
この加熱によって、潤滑油は徐々に下層の溶融ポリマー被膜中に吸収されて溶け込んでいくので、被膜中の潤滑油はその厚み方向に濃度勾配を有する。加熱をさらに続けていくと、潤滑油が被膜の最下部まで達して、最終的には被膜組成が実質的に均質になってしまう。本発明では、潤滑油が被膜の最下部に到達するより前に加熱を終了して、被膜の最下部(ねじ継手の被膜が形成される接触表面隣接部)では潤滑油の濃度が1%未満となるようにすることが好ましい。このための加熱条件は、当業者であれば、実験により決定可能である。
【0079】
加熱後に室温まで冷却すると、被膜の厚み方向に潤滑油とポリマーの割合が徐々に変化し、基体(ねじ継手接触表面)に近いほど潤滑油の濃度が低い、潤滑油含有ポリマーの傾斜組成を有する固体潤滑被膜が形成される。
【0080】
形成された固体潤滑被膜の表層部(この場合も、表面から厚み方向に1μmまでの深さの部分を被膜表層部とする)において、潤滑油にポリマーがかなりの量で相溶していれば、被膜表面のべたつきはないが、被膜表層部のポリマー濃度が低いか、あるいは被膜表層部が実質的に潤滑油のみからなる場合には、固体潤滑被膜の表面はべたつく。このべたつきは、前述したように、管ねじ継手の接触表面に異物が付着し易くなることによる耐焼付き性の低下を生ずる。
【0081】
そのため、固体潤滑被膜の表面がべたつく場合には、この固体潤滑被膜を被覆するように、その上層に樹脂層を形成することが好ましい。上層樹脂層の厚みは5〜50μmの範囲内とすることが好ましく、より好ましくは10〜40μmの範囲内である。樹脂層は、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂などの適当な樹脂から形成することができるが、好ましいのは紫外線硬化性樹脂である。紫外線硬化樹脂としては、少なくともモノマー、オリゴマー、光重合開始剤から構成される公知の樹脂組成物を使用できる。紫外線を照射されることにより光重合反応を起こし、硬化被膜を形成するものであれば、紫外線硬化樹脂組成物の成分や組成には特に制限はない。
【0082】
モノマーとしては、これらに制限されないが、多価アルコールと(メタ)アクリル酸との多価(ジもしくはトリ以上)エステルの他、各種の(メタ)アクリレート化合物、Nービニルピロリドン、N−ビニルカプロラクタム、及びスチレンが挙げられる。オリゴマーとしては、これらに限られないが、エポキシ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、ポリエステル(メタ)アクリレート、ポリエーテル(メタ)アクリレート、及びシリコーン(メタ)アクリレートを挙げることができる。
【0083】
有用な光重合開始剤は260〜450nmの波長に吸収をもつ化合物であり、例としてはベンゾイン及びその誘導体、ベンゾフェノン及びその誘導体、アセトフェノン及びその誘導体、ミヒラーケトン、ベンジル及びその誘導体、テトラアルキルチウラムモノスルフィド、チオキサン類などを挙げることができる。特にチオキサン類を使用するのが好ましい。
【0084】
樹脂層には、そのすべり性、耐食性の観点から、滑剤及び防錆剤から選ばれた添加剤を含有させてもよい。滑剤の例は、ワックスや、ステアリン酸カルシウムもしくはステアリン酸亜鉛のような金属石鹸及びポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂である。滑剤は質量比で紫外線硬化樹脂1に対し0.05〜0.35の量(2種以上の場合は合計量)で添加することができる。防錆剤の例は、トリポリリン酸アルミニウムや亜リン酸アルミニムなどである。防錆剤は、質量比で紫外線硬化樹脂1に対して最大0.10程度まで添加することができる。
【0085】
[下地処理]
上述した固体潤滑被膜が形成される管ねじ継手の接触表面は、予め下地処理を施すことによって、固体潤滑被膜の密着性を高め、締付け時の耐焼付き性を向上させることができる。そのような下地処理としては、固体潤滑被膜を形成する接触表面を粗面化することができる処理が好ましい。
【0086】
適当な下地処理としては、軽微な酸洗処理;サンドブラスト、グラスピーニング、ショットピーニングなどの機械的処理;燐酸マンガン、燐酸亜鉛などの燐酸塩処理;亜鉛ブラスト(多孔質亜鉛めっき被膜の形成);ニッケルめっき、クロムめっき、銅めっき、亜鉛めっき、鉄めっきなどの電気めっき(凸部が優先的にめっきされる結果、わずかに表面凹凸が増大)を挙げることができる。これらの下地処理はいずれも常法に従って実施すればよい。特に、リン酸処理のように表面の粗面化効果が大きい下地処理を行った場合、アンカー効果によって被膜の密着強度が向上することから、よりいっそう焼付きにくくなる。
【0087】
[下塗り樹脂層]
ねじ継手の接触表面上に形成された固体潤滑被膜の密着性を高めるために、ねじ継手の接触表面(これは上述した下地処理を施した表面と未処理表面のいずれでもよい)上にまず下塗り又はプライマー樹脂層を形成してもよい。好ましくはこのような下塗り樹脂層は、燐酸亜鉛処理のような燐酸塩処理により処理されたねじ継手の接触表面上に形成する。すなわち、下塗り層は燐酸塩処理された燐酸塩被膜の上に形成される。燐酸塩被膜は多孔質であり、その上に形成された樹脂被膜の密着性を高める。
【0088】
この下塗り樹脂層は、熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂、ポリアミド又はフェノール樹脂のような熱硬化性樹脂、或いは紫外線硬化性樹脂から形成することができる。最も好ましくは、固体潤滑被膜の形成に用いるのと同じ種類の樹脂、すなわち、変性又は未変性のポリエチレン(より広義には変性又は未変性ポリオレフィン)から形成する。この場合、下塗り樹脂層の形成に用いるポリマーは、固体潤滑被膜の形成に使用するのと全く同じポリマーであってもよい。或いは、前者のポリマーは後者のポリマーより分子量が高いものにして、ポリマーと潤滑油との相溶により固体潤滑被膜を形成するための加熱中に下塗り樹脂層が溶融しないようにしてもよい。
【0089】
この下塗り樹脂層の厚みは1〜30μmの範囲内が好ましく、より好ましくは5〜20μmの範囲内である。この層も1種又は2種以上の添加剤を含有しうる。使用できる添加剤の例としては、亜鉛末、クロム顔料、シリカ、コロイダルシリカ、アルミナなどが挙げられる。
【0090】
ピン又はボックスの一方の接触表面だけに本発明に従って固体潤滑被膜を形成した場合、他方の部材の接触表面は未処理のままでよく、あるいは本発明とは異なる別の被覆処理を施してもよい。別の被覆処理の例としては、従来の固体潤滑被膜(例、固体潤滑剤を含有する樹脂被膜)又は防食被膜(例、ポリイミド、エポキシなどの樹脂被膜、場合により防錆添加剤を含有、特に好ましいのは、上層の樹脂層として上述したような紫外線硬化型樹脂被膜)の形成がある。
【0091】
特に、図1に示すように、予め出荷時にピンとボックスとが締結される側では、ピン又はボックスの一方の部材の接触表面だけに本発明に従って固体潤滑被膜を形成し、他方の部材の接触表面は未処理のまま又は下地処理のみでも、十分な耐焼付き性と耐食性が確保される。
【実施例】
【0092】
以下の実施例は本発明を具体的に例証することを目的とし、本発明を制限するものではない。実施例中の%は特に指定しない限り質量%である。
本実施例では、本発明に係る固体潤滑被膜の各種特性を、炭素鋼板を母材として評価した。炭素鋼板は厚さが0.8mmで100mm×200mmの大きさであった。炭素鋼板は、そのまま(下地処理なし)、又は燐酸亜鉛処理(日本パーカライジング社製の製品を使用)により下地処理を施してから用いた。
【0093】
この炭素鋼板上に各種固体潤滑被膜を次の方法で形成して、試験片を作製した。
1)均質組成被膜:表1中の被膜タイプ1
酢酸ビニルモノマーの含有量が10%である粉末状EVA(エチレン−酢酸ビニル共重合体、平均粒径50μm、溶融温度90℃)又は粉末状PE(ポリエチレン、平均粒径20μm、溶融温度110℃)(有機ポリマー)と、鉱油(潤滑油)と、場合により、潤滑性粉末として黒鉛粉末(平均粒径30μm)とを所定の割合で混合して、塗布用組成物を調製した。いずれも室温で塗布可能な流動性を有する粘稠液状の被覆組成物であった。
【0094】
この被覆組成物を炭素鋼板にドクターブレード型のアプリケーターを用いて塗布した。この炭素鋼板は、未処理の炭素鋼板、燐酸亜鉛処理された炭素鋼板、下塗りEVA層を有する炭素鋼板、又は燐酸亜鉛処理され、さらに燐酸亜鉛被膜の上に下塗りEVA層を有する炭素鋼板であった。下塗りEVA層はEVAのみからなる厚み約20μmの層であった。このEVA層は、上述したのと同じ粉末状EVAを約150℃に加熱して溶融させ、得られた融液を、未処理又は燐酸亜鉛処理され、融液と同じ温度に加熱された炭素鋼板の表面にバーコータ(No.14)を用いて塗布することにより形成された。
【0095】
上記被覆組成物が塗布された炭素鋼板を乾燥器に入れて、鋼板温度がEVA又はPEの溶融温度より高い150℃に達するように加熱した後、室温まで放冷した。加熱時間はほぼ3分間であった。加熱前の塗布表面はべたつきがあったが、加熱後は、鉱油量が90%と多かった例を除いて、べたつきのないドライな表面であった。
【0096】
形成された固体潤滑被膜は、SEMによる被膜表面観察で、EVA又はPEの粉末粒子が認められず、ポリマーであるEVA又はPEが溶融した後、潤滑油の鉱油と完全に相溶して、均質な相を形成した潤滑油含有ポリマーからなる被膜であることが確認された。被膜の厚みはいずれの例でも約50μmであった。鋼板表面又は燐酸亜鉛被膜上に下塗りEVA層を有する鋼板の場合は、下塗り層と固体潤滑被膜との合計被覆厚みは約70μmであった。
【0097】
2)傾斜組成被膜:表1中の被膜タイプ2
上記と同じ粉末状EVA又は粉末状PEを150℃程度にて溶融させて塗布に用いた。場合により、黒鉛粉末を潤滑性粉末としてポリマーに対して質量比で3%となる量で添加し、溶融ポリマーと混合した。この溶融物を、これと同じ温度に加熱された炭素鋼板にバーコータ(No.14)を用いて塗布した。炭素鋼板は、未処理の炭素鋼板、燐酸亜鉛処理された炭素鋼板、下塗りEVA層を有する炭素鋼板、又は燐酸亜鉛処理され、さらに燐酸亜鉛被膜の上に下塗りEVA層を有する炭素鋼板であった。下塗りEVA層は上記1)に述べたのと同様にして形成された。上記塗布後、炭素鋼板を室温まで放冷してポリマー被膜を形成した。形成されたポリマー被膜の厚みはいずれの例でも約50μmであった。
【0098】
この炭素鋼板のポリマー被膜上に、鉱油(潤滑油)をバーコーター(No.5)で塗布し、鋼板を150℃に設定した乾燥機に入れて3分間加熱し、その後、室温まで放冷した。鉱油の塗布厚みは約20μm(ポリマー:鉱油の質量比=70:30)であった。鉱油塗布後の被膜表面は、加熱前はべたつきがあったが、加熱後はべたつきのないドライな表面となった。最終的な固体潤滑被膜の厚みは約70μmであった。鋼板表面又は燐酸亜鉛被膜上に下塗りEVA層を有する鋼板の場合は、下塗り層と固体潤滑被膜との合計被覆厚みは約90μmであった。
【0099】
形成された固体潤滑被膜が、鋼板表面に近いほど鉱油の濃度が低く、ポリマー濃度が高くなるような厚み方向の傾斜組成を持つことは次の方法で確認した。
上記と同様の方法で、炭素鋼板の上に、トレーサーとしてTiO2の固体粉末を均一に分散させたPE単味の被膜を50μmの厚さで作成し、その上に20μm厚みで鉱油を塗布し、鉱油が塗布されたPE被膜を有する炭素鋼板を加熱してPE被膜を溶融させることにより、ドライな表面を有する潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜を形成した。合計の被膜厚みは70μmであった。
【0100】
この被膜の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)−EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いてトレーサー(この場合、TiO2のTi)について厚み方向に定量分析した。トレーサーの濃度はポリマー(PE)濃度の指標であり、含油ポリマー化することにより低くなる。被膜の外面に近づくほどトレーサーの濃度が低下する傾向が顕著であった。この濃度変化から、鉱油の割合を算出した。鉱油濃度は、炭素鋼板(基材)表面から40μmの位置では60質量%程度、炭素鋼板表面から20μmの部分では20質量%程度であり、傾斜組成を有していることが確認された。また、炭素鋼板表面から厚み5μm以下の最下層の被膜部位では、鉱油の割合は実質的に0質量%であった。
【0101】
参考のために、粉末状EVA又はPEを揮発性溶媒(ジクロロメタン)に分散させた分散液を炭素鋼板に塗布し、上記と同様に加熱することで、EVA又はPE100%の被膜を形成した。また、これに従来の液状グリス(コンパウンドグリス)を塗布した鋼板(被膜厚は50μm)、又は従来のセミドライ固体被膜(スミフィルムC2.0、被膜厚は50μm)で被覆した鋼板も別途用意した。
【0102】
これらの潤滑処理を施した鋼板について、被膜のべとつき性、密着性、耐焼付き性、及び自己修復機能を次に述べるようにして試験し、優、良、可、不可の4段階で評価した。試験結果を、被膜のタイプと共に表1にまとめて示す。可までの評価が許容範囲である。
【0103】
(べとつき性)
潤滑処理鋼板の試験片を、被膜が下を向くように紙の上にのせ、さらに上から1kgの重りを載せて1分間放置した。その後、鋼板試験片を取り除き、紙に転着された潤滑成分の量を、試験前後の紙の重量の差から求めた。こうして求めた潤滑成分(主に被膜中の油分)の転着量(g/m2)からべとつき性を次の基準で評価した:
べとつき性評価基準:転着量(g/m2)0=優、1以下=良、1超〜10以下=可、10超=不可。
【0104】
表1からわかるように、EVA:鉱油の質量比が10:90と鉱油が90質量%である場合を除いて、潤滑油含有ポリマーからの潤滑油の滲み出し量は0〜1g/m2であって、被膜のべとつき性は小さく、ドライな表面を呈していた。
【0105】
潤滑油を全く含有しないEVA単味の被膜は当然、油の滲みだし量は当然0であった。一方、液状グリス(コンパウンドグリス)の場合は油の滲みだし量は10g/m2超と非常に大きく、べたつき性が高かった。従って、油井管を立てた場合などにゴミなどが付着しやすく、それにより耐焼付き性が損なわれる。また、半固体の潤滑被膜でもべたつきはかなり大きかった。
【0106】
(密着性)
母材鋼板上に形成された固体潤滑被膜の一部について、SAICAS(精密斜め切削が可能な表面・界面切削分析システム)により被膜の密着強度(剥離強度)を測定した。この試験装置は、鋭利な切刃(単結晶ダイヤモンド焼結合金)を用いて垂直荷重を一定方向に保った状態で水平方向に定速で動かすために必要な水平荷重を測定するものであり、薄膜(1μmレベル)の剥離強度を測定することができる。測定された剥離強度に基づき被膜密着性を次の基準で評価した:
密着性評価基準:剥離強度(N/m)100〜1000=優、10〜100未満=良、1〜10未満=可、0〜1未満=不可。
【0107】
EVA単味の被膜は密着性が非常に高いが、EVAに潤滑油を相溶させて均質組成の潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜(被膜タイプ1)でも、なお良好な密着性を示した。
【0108】
一方、潤滑油含有ポリマーが鋼板に近いほどポリマー濃度が高く(逆に、潤滑油濃度が低く)なるように傾斜組成を有する(被膜タイプ2)では、PE又はEVA単味の被膜の密着性と実質的に同じ密着性を示した。
【0109】
図5は、EVAとPEのそれぞれに、混合物中の鉱油の割合が1、10、20、30、又は40%となるように鉱油を加えた混合物を、上記の被膜タイプ1と同様に塗布し、加熱して形成した潤滑油含有ポリマーの固体潤滑被膜(被膜タイプ1)について、上記と同様に求めた剥離強度の測定結果を示す。この図はまた、PE又はEVA被膜上に鉱油を塗布した後で加熱して作成した潤滑油含有ポリマーの固体潤滑被膜(被膜タイプ2、実施例8及び9)である場合の結果、ならびにPE又はEVA100%(鉱油0%)である場合の結果も併せて示す。有機ポリマーが極性基をもたないPEである場合に比べて、それが極性基を有するEVAであると、潤滑油の鉱油を被膜中に含有させても、被膜の密着強度はPE単味の時より著しく向上することがわかる。従って、潤滑油(鉱油)を固体潤滑被膜中に均質に含有させるタイプ1の均質組成の被膜では、ポリマーは密着性に優れた変性ポリエチレン(本例ではEVA)とする必要がある。
【0110】
一方、傾斜組成を有する被膜タイプ2では、基体鋼板付近の被膜は、PE又はEVA100%に近い組成を有するため、それぞれPE又はEVA100%(鉱油0%)の密着強度とほぼ同じ値を示している。そのため、傾斜組成を有する固体潤滑被膜については、ポリマーとしてEP、即ち、未変性のポリエチレンを使用することができる。しかし、この場合でも、表1に示すように、ポリマーが変性ポリエチレンのEVAである方が、被膜密着性は著しく向上する。
【0111】
(自己修復性能、剥離部での耐焼付き性)
ねじ継手の接触表面に形成された固体潤滑被膜は、相手摺動部材との間に生じる荷重と摩擦力を受け、これらが大きくなっていくと、被膜は剥離や摩滅(被膜屑の発生)といった損傷を受ける。それにより、潤滑性が低下して焼付きが起こりやすくなる。固体潤滑被膜が自己修復機能を有している場合には、被膜が損傷を受けても、損傷が小さい間は、残る被膜から滲み出た潤滑油により潤滑性が保持され、焼付きが起こらない。
【0112】
この損傷状況を模擬するため、塗布前の母材炭素鋼板の中心線に沿って5mm幅の粘着テープでマスキングしてから、上記と同様に固体潤滑被膜を鋼板表面に形成する(テープでマスクされた5mm幅の部分を除いて)ことにより、炭素鋼板に幅5mmの人工的な被膜の欠損部位を設けた固体潤滑被膜を形成した。その後、鋼板からテープを剥がして、鋼板中央に、潤滑被膜の欠損部を模した未被覆部を露出させた。この鋼板に対して、図3に示すようなバウデン摩擦試験を行った。回転させていない鋼球は初め被膜の上にあり、この鋼球に鋼板表面に対して垂直方向に荷重Wを加え、鋼球を前後に摺動させて、中央部の露出した未被覆部をその幅方向に通過させる。この摺動中に受けた摩擦係数と焼付きがおこるまでの摺動回数を測定して、自己修復機能と耐焼付き性の評価に用いた。
【0113】
耐焼付き性は、バウデン摩擦試験における焼付きが起こるまでの摺動回数により、次の基準で評価した。本試験では摩擦係数が0.18を超えた時点で焼付き発生と判断した:
耐焼付き性評価基準:摺動回数>20回=優、20回以下、10回超=良、10回以下、5回超=可、5回以下〜0回=不可。
【0114】
自己修復性能は摺動開始直後の摩擦係数により次の基準で評価した:
自己修復機能評価基準:摩擦係数0.1未満=優、0.1〜0.13未満=良、
0.13〜0.15未満=可、0.15以上=不可。
【0115】
【表1】

【0116】
表1に示すように、潤滑油を含有しないEP又はEVA単味の被膜では、自己補修機能は全くなく、耐焼付き性は著しく悪かった。これに対し、本発明の固体潤滑被膜は、固体であるにもかかわらず、被膜中に鉱油を含有させることにより、鉱油の量が10質量%以上であれば、良好な自己修復機能、耐焼付き性能を示した。また、接触表面部は有機ポリマー成分が多く、外層部ほど含油量の多い潤滑油含有ポリマーからなる固体潤滑被膜は自己修復機能、耐焼付き性能共に非常に高い性能を示した。さらに、母材鋼板の表面を燐酸マンガン処理により粗面化した場合、あるいは固体潤滑被膜が鉱油に加えて固体潤滑剤の粉末を少量含有する場合にも、高い耐焼付き性を得ることができた。下塗りEVA層を形成すると、その上に形成されたタイプ1の固体潤滑被膜や、特にポリマーがPEであるタイプ2の固体潤滑被膜の密着性が向上した。
【0117】
以上のように、本発明によれば、本質的に固体でありながら、自己修復機能を兼ね備えた固体潤滑被膜を管ねじ継手の接触表面に形成することにより、表面のべとつきとそれによるゴミなどの付着を抑えながら、接触表面にしても耐焼付き性能を付与することができる。その結果、油井管の締結と緩めを繰り返しても、管ねじ継手の焼付きを防止することができ、環境や作業効率を悪化させるコンパウンドグリスを使用せずに、それに匹敵するような耐焼付き性を管ねじ継手に付与することができる。
【符号の説明】
【0118】
A:鋼管;B:カップリング;1:ピン;2:ボックス;3a:雄ねじ部;3b:雌ねじ部;4a、4b:ねじ無し金属接触部;5:ショルダ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじ部とねじ無し金属接触部とを含む接触表面をそれぞれ有するピン及びボックスから構成される管ねじ継手であって、前記ピン及びボックスの少なくとも一方の接触表面が、ポリオレフィン及び変性ポリオレフィンから選ばれた少なくとも1種のポリオレフィン系ポリマーと潤滑油とが相溶してなる潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜により被覆されており、該潤滑油含有ポリマーは、均質組成を有するか、又は該被膜が形成されている接触表面に近いほど被膜中の潤滑油の濃度が小さくなる被膜厚み方向の傾斜組成を有しており、潤滑油含有ポリマーが均質組成を有する場合には、該ポリオレフィン系ポリマーが極性基を有する変性ポリオレフィンであることを特徴とする管ねじ継手。
【請求項2】
前記ポリオレフィンがポリエチレンであり、前記変性ポリオレフィンが、カルボキシル基、エステル基、及びヒドロキシル基から選ばれた極性基を有するビニルモノマーとの共重合により変性されたポリエチレンである、請求項1に記載の管ねじ継手。
【請求項3】
潤滑油含有ポリマーが均質組成を有し、潤滑油含有ポリマーを構成するポリオレフィン系ポリマー(A)と潤滑油(B)の質量比(A:B)が30:70〜90:10の範囲内である、請求項1に記載の管ねじ継手。
【請求項4】
潤滑油含有ポリマーが、接触表面に近いほど潤滑油の濃度が小さくなる被膜厚み方向の傾斜組成を有し、潤滑油含有ポリマーを構成するポリオレフィン系ポリマー(A)と潤滑油(B)の質量比(A:B)が50:50〜90:10の範囲内である、請求項1に記載の管ねじ継手。
【請求項5】
継手の接触表面から厚み方向で1μmの部分の固体潤滑被膜中のマトリックス中の潤滑油の濃度が1質量%未満である、請求項4に記載の管ねじ継手。
【請求項6】
固体潤滑被膜が防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた少なくとも1種の添加剤を含有する、請求項1に記載の管ねじ継手。
【請求項7】
前記固体潤滑被膜で被覆されている接触表面が、酸洗処理、ブラスト処理、亜鉛若しくは亜鉛合金による衝撃めっき処理、金属めっき処理、燐酸塩処理、並びに蓚酸塩処理から選ばれた方法により下地処理されている請求項1に記載のねじ継手。
【請求項8】
前記接触表面が下塗り樹脂層を有し、この樹脂層の上に前記固体潤滑被膜が形成されている、請求項1に記載のねじ継手。
【請求項9】
前記下地処理された接触表面が下塗り樹脂層を有し、この樹脂層の上に前記固体潤滑被膜が形成されている、請求項7に記載のねじ継手。
【請求項10】
管ねじ継手の接触表面に、潤滑油と極性基を含有する変性ポリオレフィンからなるポリオレフィン系ポリマーとを含有する液状被覆組成物を塗布する工程を含む方法で均質組成の潤滑油含有ポリマーをマトリックスとする固体潤滑被膜を形成することを特徴とする、潤滑油含有ポリマーが均質組成を有する請求項1に記載の管ねじ継手の製造方法。
【請求項11】
前記被覆組成物が潤滑油と粉末状の変性ポリオレフィンとを含有し、該被覆組成物が塗布された接触表面を該ポリマーの融点以上の温度に加熱して潤滑油とポリオレフィン系ポリマーとを相溶させて均質組成の固体潤滑被膜を形成する工程をさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記被覆組成物が防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた少なくとも1種の添加剤を含有する、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
管ねじ継手の接触表面に、ポリオレフィン及び変性ポリオレフィンから選ばれたポリオレフィン系ポリマーの被膜を形成する工程、形成されたポリオレフィン系ポリマーの被膜上に潤滑油を塗布する工程、及び該接触表面を該ポリマーの融点以上の温度に加熱して潤滑油とポリオレフィン系ポリマーとを相溶させ、固体潤滑被膜が形成されている接触表面に近いほど潤滑油の濃度が低下する傾斜組成を有する潤滑油含有ポリマーを形成する工程を含むことを特徴とする、潤滑油含有ポリマーが、接触表面に近くなるほど潤滑油濃度が低下する傾斜組成を有する請求項1に記載の管ねじ継手の製造方法。
【請求項14】
前記ポリオレフィン系ポリマーの被膜が防錆添加剤、酸化防止剤、極圧添加剤、耐摩耗剤、及び潤滑性粉末から選ばれた少なくとも1種の添加剤を含有する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記接触表面が、酸洗処理、ブラスト処理、亜鉛若しくは亜鉛合金による衝撃めっき処理、金属めっき処理、燐酸塩処理、並びに蓚酸塩処理から選ばれた方法により予め下地処理されている、請求項10又は13に記載の方法。
【請求項16】
前記接触表面が下塗り樹脂層を有し、この樹脂層の上に前記固体潤滑被膜が形成される請求項10又は13に記載の方法。
【請求項17】
前記下地処理された接触表面が下塗り樹脂層を有し、この樹脂層の上に前記固体潤滑被膜が形成される請求項15に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−522187(P2012−522187A)
【公表日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−539827(P2011−539827)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【国際出願番号】PCT/JP2010/056273
【国際公開番号】WO2010/114168
【国際公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(595099867)バローレック・マネスマン・オイル・アンド・ガス・フランス (19)
【Fターム(参考)】