説明

糖タンパク質の修飾フコシル化を用いる産生

フコシル化N−グリカンを有する糖タンパク質を産生できるように糖タンパク質のN−グリカンをフコシル化するための内因性経路を欠く宿主細胞の遺伝子工学的方法が開示されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリコバイオロジーの分野、特にフコシル化N−グリカンを有する糖タンパク質が産生できるように糖タンパク質のN−グリカンをフコシル化するための内因性経路を欠く宿主細胞の遺伝子工学的方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリコシル化されているヒト用に意図されている治療用タンパク質は複雑なヒトN−グリコシル化パターンを有していなければならない。通常、(a)高濃度のタンパク質を迅速に産生できるため;(b)滅菌の十分に制御された産生条件(例えば、GMP条件)を使用できるため;(c)簡単な化学的に規定された増殖培地を使用できるため;(d)遺伝子操作が容易であるため;(e)ヒトまたは動物病原体の汚染がないため;(f)毒性等のために細胞培養で十分に発現されないものを含めた各種タンパク質を発現させることができるため;及び(g)(例えば、培地への分泌により)タンパク質の回収が容易であるために、治療用タンパク質を細菌または真核微生物を用いて産生することが有利である。しかしながら、原核生物及び下等真核生物は通常複雑なN−グリコシル化パターンを有するタンパク質を産生しない。従って、複雑なヒト様N−グリコシル化パターンを有していることが望ましい治療用タンパク質を産生するためには、通常動物細胞が使用されている。しかしながら、治療用タンパク質を産生するために動物細胞を使用するには多数の重大な欠点がある。
【0003】
動物細胞において発現させるのに適した治療用タンパク質は特定のもの(例えば、細胞毒性作用または増殖にとって不利な他の作用を欠くもの)のみである。動物細胞培養系は通常、有用な量の当該タンパク質を産生させるためには注意深く制御された条件下で非常にゆっくりであり、しばしば1週間にわたる増殖を要する。にもかかわらず、タンパク質収率は微生物発酵方法からのものに比較して有利でない。加えて、細胞培養系は典型的には複雑で高価な栄養素及び補因子(例えば、ウシ胎児血清)を必要とする。更に、増殖はプログラム化細胞死(アポトーシス)により制限される恐れがある。
【0004】
更に、動物細胞(特に、哺乳動物細胞)はウイルス感染または汚染をかなり受けやすい。幾つかの場合にはウイルスまたは他の感染物質は培養物の増殖を危うくすることがあり、他の場合には前記物質は治療用タンパク質産物を意図する用途のために適さないものとするヒト病原体であり得る。更に、多くの細胞培養方法は、病原体(例えば、牛海綿状脳症(BSE)タンパク質)を持っている恐れがある複雑で温度感受性の動物由来増殖培地成分を使用しなければならない。前記病原体は検出するのが難しく、及び/または増殖培地を汚すことなく除去または滅菌するのが難しい。いずれにせよ、治療用タンパク質を産生するために動物細胞を使用することは、産物の安全性を確保するためにコストがかかる品質管理を必要とする。
【0005】
最近、下等真核生物、特に酵母は、ヒト様であるかまたはヒト化されている複雑なN−グリコシル化パターンを有しているタンパク質を発現するように遺伝子組換えされ得ることが判明した。このように遺伝子組換された下等真核生物は、高マンノースN−グリカンの産生に関与する特定の内因性グリコシル化酵素を除去し、さもなければ複雑なN−グリカンの生成に関与する外因性酵素の各種組合せを導入することにより得られ得る。複雑なN−グリカンを産生するための酵母の遺伝子工学的方法は米国特許第7,029,872号、並びに米国特許出願公開第2004/0018590号、同第2005/0170452号、同第2006/0286637号、同第2004/0230042号、同第2005/0208617号、同第2004/0171826号、同第2005/0208617号及び同第2006/0160179号に記載されている。例えば、1,6−マンノシルトランスフェラーゼ活性を欠失させ、さもなければ糖タンパク質のN−グリカンにマンノース残基を付加するように宿主細胞を選択または改変し、その後複雑なヒト様N−グリカンの産生に関与する各酵素を含むように改変することができる。
【0006】
動物及びヒト細胞は、タンパク質上のN−グリカンの還元末端のGlcΝAc残基にフコース残基を付加するフコシルトランスフェラーゼ経路を有している。ヒトにおけるフコシル化経路は、いずれも細胞質に位置し、協力してGDP−マンノースをGDP−フコースに変換させるGDP−マンノースデヒドラターゼ及びGDP−ケト−デオキシ−マンノース−エピメラーゼ/GDP−ケト−デオキシ−ガラクトース−レダクターゼ(FXタンパク質);GDP−フコースをゴルジ体に輸送するゴルジ体の膜に位置しているGDP−フコーストランスポーター;及びN−グリカンの還元末端でGlcΝAc残基の6位への1,6−結合によりフコース残基を転移させるフコシルトランスフェラーゼ(Fut8)から構成されている。高等真核生物とは対照的に、多くの下等真核生物、例えば酵母はフコシルトランスフェラーゼ経路に関与する酵素を欠き、フコースを含有しない糖タンパク質しか産生しない(例えば、Bretthauer/Catellino,Biotechnol.Appl.Biochem.,30:193−200(1999);Rabinaら,Anal.Biochem.,286:173−178(2000)を参照されたい)。しかしながら、糖タンパク質のフコースがないことは場合によっては有利であることが判明している。例えは、モノクローラル抗体、免疫グロブリン分子及び関連分子の産生においては、免疫グロブリンのN−グリカンからフコース糖を除去すると特定のIg受容体への結合が増加または変化し、これにより抗体依存性細胞毒性(ADCC)のような特性に変化が生ずる(例えば、米国特許出願公開第2005/0276805号及び同第2003/0157108号を参照されたい)。
【0007】
しかしながら、免疫グロブリンのN−グリカンからフコースを除去すると免疫グロブリンのADCC活性が高まるとみられ、フコシル化N−グリカンは他の糖タンパク質にとって重要であるとみられる。例えば、マウス中のフコシルトランスフェラーゼ遺伝子を欠失させると、重大な成長の遅れ、生後発達中の早死及び肺における気腫様変化が誘発される。これらのFut8−/−ヌルマウスは、外因性TGF−β1を投与することにより気腫様表現型から救出された。加えて、障害を受けた受容体媒介シグナル伝達もFut8遺伝子を再導入することにより救出され、コアフコシル化がTGF−β1やEGFのような増殖因子受容体を適切に機能させるために重要であることが判明している(Wangら,Meth.Enzymol.,417:11−22(2006))。Fut8−/−マウス由来の肺組織では、コアフコシル化が損失すると低密度リポタンパク質(LDL)受容体関連タンパク質−1(LRP−I)の機能が損なわれ、その結果インスリン様増殖因子(IGF)−結合タンパク質−3(IGFBP−3)の飲食作用が低下する(Leeら,J.Biochem.(Tokyo),139:391−8(2006))。Fut8−/−マウス胎児線維芽細胞では、α3β1インテグン媒介細胞遊走がなくなり、細胞シグナル伝達が低下し、コアフコースがタンパク質機能にとって必須であることが確認された(Zhaoら,J.Biol.Chem.,281:38343−38350(2006))。加えて、ADCC活性を低下させるために組成物中の抗体の少なくとも一部がフコシル化されている抗体組成物を得ることが望ましい状況もある。従って、特定の場合には、フコシル化糖タンパク質を産生できる下等真核生物及び細胞を提供することが有利である。従って、下等真核宿主細胞、例えば真菌及び酵母、特に酵母(例えば、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、クルイベロミセス・ラクティス(K.lactis)等)を作製するための方法及び材料を開発すると、フコシル化糖タンパク質を組換え産生させるための遺伝子強化した酵母菌株の開発が促進される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第7,029,872号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2004/0018590号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2005/0170452号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第2006/0286637号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2004/0230042号明細書
【特許文献6】米国特許出願公開第2005/0208617号明細書
【特許文献7】米国特許出願公開第2004/0171826号明細書
【特許文献8】米国特許出願公開第2005/0208617号明細書
【特許文献9】米国特許出願公開第2006/0160179号明細書
【特許文献10】米国特許出願公開第2005/0276805号明細書
【特許文献11】米国特許出願公開第2003/0157108号明細書
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Bretthauer/Catellino,Biotechnol.Appl.Biochem.,30:193−200(1999)
【非特許文献2】Rabinaら,Anal.Biochem.,286:173−178(2000)
【非特許文献3】Wangら,Meth.Enzymol.,417:11−22(2006)
【非特許文献4】Leeら,J.Biochem.(Tokyo),139:391−8(2006)
【非特許文献5】Zhaoら,J.Biol.Chem.,281:38343−38350(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明は、組換えフコシル化糖タンパク質を産生するために使用できる下等真核発現系を作製するための方法及び材料を提供する。特に、哺乳動物フコシル化経路に関与する1つ以上の酵素をコード化する遺伝子を含むベクター、及びフコシル化糖タンパク質を産生し得る宿主細胞を得るために前記ベクターで形質転換した下等真核生物宿主細胞を提供する。前記したベクター、宿主細胞及び方法は酵母及び真菌宿主細胞(例えば、ピキア・パストリス)に基づく発現系において使用するためにうまく適合される。
【0011】
1つの実施形態では、本発明は、下等真核宿主細胞をGDP−マンノースをGDP−フコースに変換するため及びフコースを宿主細胞により産生されるN−グリカンに結合させるための酵素活性をコード化する1つ以上のベクターで形質転換するための方法及び材料を提供する。更なる実施形態では、本発明は、非天然リーダー配列に融合したフコシル化経路酵素の触媒ドメインを含む融合タンパク質をコード化するハイブリッドベクターを含み、前記リーダー配列は融合ペプチドを小胞体、初期ゴルジ体または後期ゴルジ体中の適切な位置へターゲットするターゲッティング配列をコード化する。例えば、フコシルトランスフェラーゼの触媒ドメインは、触媒ドメインを小胞体、初期ゴルジ体または後期ゴルジ体内の適切な位置へターゲットするリーダーペプチドに融合されている。更なる実施形態では、下等真核生物宿主細胞をGDP−フコースを細胞質からゴルジ内部に輸送するGDP−フコーストランスフェラーゼをコード化するベクターで形質転換する。
【0012】
本発明は、フコシル化経路を含む組換え下等真核生物宿主細胞を提供する。特定態様では、宿主細胞は酵母または糸状菌、例えばピキア・パストリスのようなピキア属菌の酵母である。
【0013】
更なる態様では、宿主細胞は更に、糖タンパク質上のN−グリカンに対してα1,6−マンノシルトランスフェラーゼ活性を示さず、α1,2−マンノシダーゼ触媒(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびα1,2−マンノシダーゼ活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERまたはゴルジ体を組換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化ManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される。
【0014】
更なる態様では、上記宿主細胞は更に、GlcNAcトランスフェラーゼI触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびGlcNAcトランスフェラーゼI活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される。
【0015】
更なる態様では、上記宿主細胞は更に、マンノシダーゼII触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびマンノシダーゼII活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される。
【0016】
更なる態様では、上記宿主細胞は更に、GlcNAcトランスフェラーゼII触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびGlcNAcトランスフェラーゼII活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される。
【0017】
更なる態様では、上記宿主細胞は更に、ガラクトーストランスフェラーゼII触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびガラクトーストランスフェラーゼII活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GalGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される。
【0018】
更なる態様では、上記宿主細胞は更に、シアリルトランスフェラーゼ触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびシアリルトランスフェラーゼ活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化NANAGalGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される。
【0019】
上記宿主細胞を特定の糖タンパク質をコード化する核酸で形質転換すると、複数のグリコフォームを含む糖タンパク質の組成物が得られ得、各グリコフォームはグリコフォームに結合して少なくとも1つのN−グリカンを含み、よって糖タンパク質組成物は優勢なグリコフォームが所望のフコシル化N−グリカンからなる複数のN−グリカンを含む。所望する具体的な糖タンパク質に応じて、本発明の方法は、優勢のN−グリコフォームが次に最も優勢なN−グリコフォームよりも5〜80モル%多い量で存在している糖タンパク質組成物を得るために使用され得る。更なる実施形態では、優勢のN−グリコフォームは次に最も優勢なN−グリコフォームよりも10〜40モル%、20〜50モル%、30〜60モル%、40〜70モル%、50〜80モル%多い量で存在し得る。他の実施形態では、優勢なN−グリコフォームは所望のフコシル化N−グリコフォームであり、N−グリカンの総数の25モル%以上、35モル%以上、50モル%以上、60モル%以上、または75モル%以上の量で存在している。
【0020】
よって、複数のグリコフォームを含む糖タンパク質組成物を得るための宿主細胞が提供され、各グリコフォームはグリコフォームに結合して少なくとも1つのN−グリカンを含み、よって糖タンパク質組成物は優勢なN−グリカンがManGlcΝAc、GlcNAcManGlcNAc、ManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、NANAGalGlcNAcManGlcNAc及びNANAGalGlcNAcManGlcNAcからなる群から選択される複数のフコシル化N−グリカンからなる。
【0021】
更なる態様では、複数のフコシル化N−グリカンの25モル%以上は本質的に、グリコフォームがManGlcΝAc、GlcNAcManGlcNAc、ManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc,NANAGalGlcNAcManGlcNAc及びNANAGalGlcNAcManGlcNAcからなる群から選択されるフコシル化グリコフォームから構成されている。
【0022】
更に別の態様では、複数のN−グリカンの25モル%以上、35モル%以上、50モル%以上、60モル%以上、75モル%以上、または90モル%以上は本質的に、グリコフォームがManGlcΝAc、GlcNAcManGlcNAc、ManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、NANAGalGlcNAcManGlcNAc及びNANAGalGlcNAcManGlcNAcからなる群から選択されるフコシル化グリコフォームから構成されている。
【0023】
上記糖タンパク質組成物において、フコースはN−グリカンの還元末端でGlcNAcとα1,3−結合、N−グリカンの還元末端でGlcNAcとα1,6−結合、N−グリカンの非還元末端でGalとα1,2−結合、N−グリカンの非還元末端でGlcNacとα1,3−結合、またはN−グリカンの非還元末端でGlcNAcとα1,4−結合されている。
【0024】
従って、上記糖タンパク質組成物の特定態様では、グリコフォームは、ManGlcNAc(Fuc)、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)、ManGlcNAc(Fuc)、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)、GalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)、GalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)、NANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)及びNANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)からなる群から選択されるグリコフォームを得るためにα1,3−結合またはα1,6−結合フコース;GlcNAc(Fuc)ManGlcNAc、GlcNAc(Fuc)ManGlcNAc、GlcNAc(Fuc1−2)ManGlcNAc、GalGlcNAc(Fuc1−2)ManGlcNAc、GalGlcNAc(Fuc1−2)ManGlcNAc、NANAGalGlcNAc(Fuc1−2)ManGlcNAc及びNANAGalGlcNAc(Fuc1−2)ManGlcNAcからなる群から選択されるグリコフォームを得るためにα1,3−結合またはα1,4−結合フコース;またはGal(Fuc)GlcNAcManGlcNAc、Gal(Fuc1−2)GlcNAcManGlcNAc,NANAGal(Fuc1−2)GlcNAcManGlcNAc及びNANAGal(Fuc1−2)GlcNAcManGlcNAcからなる群から選択されるグリコフォームを得るためにα1,2−結合フコースされている。
【0025】
他の態様では、本発明の糖タンパク質組成物は、上記N−グリコフォームが次に最も優勢なN−グリコフォームよりも約5〜80モル%、10〜40モル%、20〜50モル%、30〜60モル%、40〜70モル%、または50〜80モル%多いレベルで存在している組成物からなる。
【0026】
(定義)
本明細書中で使用されている用語「N−グリカン」及び「グリコフォーム」は互換可能に使用されており、N結合型オリゴ糖、例えばアスパラギン−N−アセチルグルコサミン結合によりポリペプチドのアスパラギン残基に結合しているものを指す。N結合型糖タンパク質は、タンパク質中のアスパラギン残基のアミド窒素に結合してN−アセチルグルコサミン残基を含んでいる。糖タンパク質に存在している優勢な糖はグルコース(Glc)、ガラクトース(Gal)、マンノース(Man)、フコース(Fuc)、N−アセチルガラクトサミン(GalΝAc)、N−アセチルグルコサミン(GlcΝAc)及びシアル酸(例えば、N−アセチル−ノイラミン酸(NANA))である。N結合型糖タンパク質の場合、糖基のプロセシングはERの内腔で同時翻訳的に生じ、ゴルジ体において継続する。
【0027】
N−グリカンはManGlcNAcの共通五糖コアを有している。N−グリカンは、「トリマンノースコア」、「五糖コア」または「マンノース欠乏コア」とも称されるManGlcNAcコア構造に付加されている末端糖(例えば、GlcNAc、ガラクトース、フコース及びシアル酸)からなる分枝(アンテナ)の数の点で異なっている。N−グリカンは分枝状成分(例えば、高マンノース、複合または混成)に従って分類される。「高マンノース」型N−グリカンは5つ以上のマンノース残基を有している。「複合」型N−グリカンは、典型的には「トリマンノース」コアの1,3−マンノースアームに結合している少なくとも1つのGlcNAc及び1,6−マンノースアームに結合している少なくとも1つのGlcNAcを有している。複合N−グリカンは、場合によりシアル酸または誘導体(例えば、“NANA”または“NeuAc”(ここで、Neuはノイラミン酸を指し、Acはアセチルを指す)で修飾されているガラクトースまたはN−アセチルガラクトサミン残基を有していてもよい。複合N−グリカンは、「バイセクティング」GlcNAc及びコアフコース(“Fuc”)を含む鎖内置換を有していてもよい。例として、N−グリカンがトリマンノースコア上にバイセクティングGlcNAcを含んでいる場合には、構造はManGlcNAc(GlcNAc)またはManGlcNAcとして表され得る。N−グリカンがトリマンノースコアに結合してコアフコースを含んでいる場合には、構造はManGlcNAc(Fuc)として表され得る。複合N−グリカンは「トリマンノースコア」上に複数のアンテナを有していてもよく、しばしば「マルチアンテナリーグルカン」とも称されている。「混成」N−グリカンは、トリマンノースコアの1,3−マンノースアームの末端に少なくとも1つのGlcNAc及びトリマンノースコアの1,6−マンノースアームに0以上のマンノースを有している。各種N−グリカンが「グリコフォーム」とも称されている。
【0028】
本明細書中で使用されている略号は当業界で一般的に使用されているものである。例えば糖類の略号は上記を参照されたい。他の一般的な略号には、いずれもペプチドN−グリコシダーゼF(EC 3.2.2.18)を指す「PNGアーゼ」、「グリカナーゼ」または「グルコシダーゼ」が含まれる。
【0029】
本明細書中で使用されている用語「発現制御配列」は、ポリヌクレオチド配列が機能し得る形で連結されているコード配列の発現に影響を与えるために必要なポリヌクレオチド配列を指す。発現制御配列は核酸配列の転写、転写後事象及び翻訳を制御する配列である。発現制御配列には適当な転写開始、終結、プロモーター及びエンハンサー配列;効率的なRNAプロセシングシグナル(例えば、スプライシング及びポリアデニル化シグナル);細胞質mRNAを安定化させる配列;翻訳効率を高める配列(例えば、リボソーム結合部位);タンパク質安定性を高める配列;及び所望により、タンパク質分泌を高める配列が含まれる。前記制御配列の種類は宿主生物に応じて異なる。原核生物において、前記制御配列は通常プロモーター、リボソーム結合部位及び転写終結配列を含む。用語「制御配列」は、最低限その存在が発現に必要であるすべての成分を含んでおり、その存在が有利である追加成分(例えば、リーダー配列及び融合パートナー配列)をも含み得ると意図される。
【0030】
本明細書中で使用されている用語「組換え宿主細胞」(「発現宿主細胞」、「発現宿主系」、「発現系」、または単に「宿主細胞」)は組換えベクターが導入された細胞を指すと意図される。この用語は具体的被験細胞だけではなく、その細胞の子孫をも指すと意図すると理解されるべきである。突然変異または環境の影響によりある修飾がその次の世代で生ずる恐れがあるので、子孫が実際に親細胞と同一でないこともあるが、そのような子孫も依然として本明細書中で使用されている用語「宿主細胞」の範囲に含まれる。組換え宿主細胞は培養増殖させた単離細胞または細胞株であっても、生きている組織または生物中に残存している細胞であってもよい。
【0031】
用語「真核」は有核細胞または生物を指し、昆虫細胞、植物細胞、哺乳動物細胞、動物細胞及び下等真核細胞が含まれる。
【0032】
用語「下等真核細胞」には酵母、真菌、襟−鞭毛類、微胞子虫、アルベオラータ(例えば、双鞭毛藻類)、ストラメノパイル(例えば、褐藻、原生動物)、紅色植物(例えば、紅藻)、植物(例えば、緑藻、植物細胞、苔)及び他の原生生物が含まれる。酵母及び真菌にはピキア・パストリス(Pichia pastoris)、ピキア・フィンランディカ(Pichia finlandica)、ピキア・トレハロフィラ(Pichia trehalophila)、ピキア・コクラマエ(Pichia koclamae)、ピキア・メンブラナファシエンス(Pichia membranaefaciens)、ピキア・ミヌタ(Pichia minuta)(オガタエア・ミヌタ(Ogataea minuta)、ピキア・リンドネリ(Pichia lindneri))、ピキア・オプンティアエ(Pichia opuntiae)、ピキア・サーモトレランス(Pichia thermotolerans)、ピキア・サリクタリア(Pichia salictaria)、ピキア・グエルキュウム(Pichia guercuum)、ピキア・ピジペリ(Pichia pijperi)、ピキア・スティプティス(Pichia stiptis)、ピキア・メタノリカ(Pichia methanolica)、ピキア属菌(Pichia sp.)、サッカロミセス・セリビシアエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロミセス属菌(Saccharomyces sp.)、ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha)、クルイベロミセス属菌(Kluyveromyces sp.)、クルイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、アスペルギルス・ニデュランス(Aspergillus nidulans)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・オリザエ(Aspergillus oryzae)、トリコデルマ・レエセイ(Trichoderma reesei)、クリソスポリウム・ルクノウェンス(Chrysosporium lucknowense)、フザリウム属菌(Fusarium sp.)、フザリウム・グラミネウム(Fusarium gramineum)、フザリウム・ベネナトウム(Fusarium venenatum)、ニセツリガネゴケ(Physcomitrella patens)及びニューロスポラ・クラッサ(Neurospora crassa)が含まれるが、これらに限定されない。ピキア属菌、サッカロミセス属菌、ハンゼヌラ・ポリモルファ、クルイベロミセス属菌、カンジダ・アルビカンス、アスペルギルス属菌、トリコデルマ・レエセイ、クリソスポリウム・ラクノウェンス、フザリウム属菌及びニューロスポラ・クラッサ。
【0033】
本明細書中で使用されている用語「ペプチド」は短ポリペプチド、例えば典型的には約50未満のアミノ酸長、より典型的には約30未満のアミノ酸長のものを指す。本明細書中で使用されているこの用語は、構造が似ており、よって生物学的機能が似ているアナログ及びミメティックを包含する。
【0034】
本明細書中で使用されている用語「主に」、或いは「優勢の」または「優勢である」のような変形は、糖タンパク質をPNGアーゼで処理し、遊離したグリカンを質量分析(例えば、MALDI−TOF MS)により分析したところ、全N−グリカンの最高モル%(%)を有しているグリカン物質を意味すると理解されたい。換言すれば、フレーズ「主に」は、個々の物質(例えば、具体的グリコフォーム)が他の個々の物質よりも高いモル%で存在しているとして定義される。例えば、組成物が40モル%の物質A、35モル%の物質B及び25モル%の物質Cから構成されているならば、組成物は主に物質Aからなる。
【0035】
別段の定義がない限り、本明細書中で使用されているすべての技術用語及び科学用語は本発明が属する業界の当業者が通常理解しているのと同じ意味を有している。方法及び材料の例を以下に記載するが、本明細書中に記載されているのと類似または同等の方法及び材料も本発明の実施において使用され、当業者には自明であろう。本明細書中に挙げられているすべての刊行物及び他の参考文献は参照により本明細書に組み入れられる。矛盾する場合、定義を含めた本明細書が支配する。材料、方法及び実施例は例示にすぎず、限定的と意図されない。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】多くの高等真核細胞中に存在するフコシル化経路を示す。
【図2】フコシル化糖タンパク質を産生し得る組換え酵母を作製するのに必要な糖鎖工学ステップを示す。酵母細胞質中に存在する内因性GDP−マンノースをGDP−マンノース−デヒドラターゼ(GMD)及び二機能性酵素FXによりGDP−フコースに変換させる。その後、産物をGDP−フコーストランスポーター(GFTr)によりゴルジ体に転移させ、フコースをα−1,6−フコシルトランスフェラーゼ(FUT8)によりアセプターグリカンに移す。酵素は青字で、代謝中間体は黒字で示す。GDP−kdMan(GDP−4−ケト−6−デオキシ−マンノース)及びGDP−kdGal(GDP−4−ケト−6−デオキシ−ガラクトース)はGDP−マンノースのGDP−フコースへの変換における中間体である。
【図3A】フコシル化糖タンパク質を産生するための酵母菌株を改変する際に使用するベクターを示す。フコース生合成及び転移遺伝子を導入する発現ベクターpSH995を示す。フコースを生合成及び転移するために必要な遺伝子をpSH995に導入すると、ベクターpSH1022が生じた。
【図3B】ベクターpSH1022を示す。(B)には、遺伝子をピキアゲノムに組み込むために使用されるTRP2遺伝子座、ドミナント選択マーカーNATr、GAPDH−CYC発現カセット及びpUC19プラスミド骨格の隣接領域が示されている。
【図4A】ラットEPOから遊離したN−グリカンのMALDI−TOFスキャンを示し、ピキア・パストリス菌株YSH661(フコシル化経路遺伝子を含むベクターpSH1022で形質転換させた菌株RDP974)がGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカン及びGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを含むrEPOを産生したことを立証している。GalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンは四角で囲まれている。
【図4B】ラットEPO対照菌株YSH660(対照ベクターpSH995で形質転換させた菌株RDP974)から遊離したN−グリカンのMALDI−TOFスキャンを示し、非フコシル化、すなわちフコース非含有のGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンのみが産生された。
【発明を実施するための形態】
【0037】
本発明は、フコシル化N−グリカンを有する糖タンパク質を産生し得る宿主細胞を遺伝子改変するための方法及び材料を提供する。方法及び材料を内因性フコシル化経路を有していない酵母ピキア・パトリスで例示しているが、これらの方法及び材料は他の下等真核生物(例えば、真菌生物、原核生物)及び内因性フコシル化経路を有していない高等真核生物(例えば、昆虫細胞)を遺伝子改変するためにも使用され得る。他の実施形態では、これらの方法及び材料は、内因性フコシル化経路を有しているが、宿主細胞により産生される糖タンパク質中に存在するフルコシル化の量を増加させたい高等真核生物を遺伝子改変するために使用され得る。
【0038】
通常、本発明の方法は、宿主細胞に導入したときその細胞がフコシル化糖タンパク質を産生し得るようにするフコシル化経路に関与する酵素または酵素活性をコード化する核酸を宿主細胞に導入することによりフコシル化糖タンパク質を産生し得る宿主細胞の作製を含む。前記核酸には、例えばGDP−マンノース−4,6−デヒドラターゼ活性、GDP−ケト−デオキシ−マンノース−エピメラーゼ活性/GDP−ケト−デオキシ−ガラクトース−レダクターゼ活性、GDP−フコーストランスポータータンパク質及びフコシルトランスフェラーゼ活性をコード化する核酸が含まれる。高等真核生物細胞におけるフコシル化経路の概略を図1に示す。
【0039】
GDP−マンノース−4,6−デヒドラターゼ(GMD)(EC 4.2.1.47)は、多数の種で同定されているNADの存在下でGDP−マンノースをGDP−4−ケト−6−デオキシ−マンノースに変換させる。ヒトGMP(hGMD)は配列番号1に示すヌクレオチド配列によりコード化され、配列番号2に示すアミノ酸配列を有している。GDP−マンノース−デヒドラターゼ活性を有する相同遺伝子はブタGMD(Broschatら,Eur.J.Biochem.,153(2):397−401(1985))、エレガンス線虫(Caenorhabditis elegans)GMD及びキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)GMD(例えば、Rhombergら,FEBS J.,273:2244−56(2006)を参照されたい)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)(例えば、Nakayamaら,Glycobiology,13:673−80(2003)を参照されたい);及び大腸菌(Somozaら,Structure,8:123−35(2000))を含む。
【0040】
GDP−ケト−デオキシ−マンノース−エピメラーゼ/GDP−ケト−デオキシ−ガラクトース−レダクターゼ(GDP−L−フコースシンターゼ,EC 1.1.1.271)は真核生物及び原核生物の両方で同定されている二機能性酵素である。ヒトGDP−ケト−デオキシ−マンノース−エピメラーゼ/GDP−ケト−デオキシ−ガラクトース−レダクターゼはFXタンパク質(hFXまたはGERとしても公知)と呼ばれている。hFXをコード化するヌクレオチド配列を配列番号3に示す。hFXタンパク質は配列番号4に示すアミノ酸配列を有している。
【0041】
GDP−フコーストランスポーターは幾つかの種で同定されている。ヒトGDP−フコーストランスポーター(hGFTr)はグリコシル化−II(CDG−II)の先天性障害に関連していると同定されている(Lubkeら,Nat.Genet.,28:73−6(2001))。白血球粘着不全症II(LAD II)としても公知であり、この障害はセレクチンリガンドのフコシル化が妨害されると生ずるようである(Roos and Law,Blood Cells Mol.Dis.,27:1000−4(2001))。hGFTrをコード化するヌクレオチド配列を配列番号5に示し、hGFTrのアミノ酸配列を配列番号6に示す。GDP−フコーストランスポーター活性を有する相同遺伝子が他の種、例えばキイロショウジョウバエ(Ishikawaら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,102:18532−7(2005))、ラット肝(Puglielli and Hirschberg,J.Biol.Chem.,274:35596−60(1999))、及び推定CHOホモログ(Chenら,Glycobiology,15:259−69(2005))で同定されている。
【0042】
多数のフコシルトランスフェラーゼ、例えばα1,2−フコシルトランスフェラーゼ(EC 2.4.1.69;FUT1及びFUT2によりコード化される)、α1,3−フコシルトランスフェラーゼ(糖タンパク質3−α−L−フコシルトランスフェラーゼ,EC 2.4.1.214;FUT3−FUT7及びFUT9によりコード化される)、α1,4−フコシルトランスフェラーゼ(EC 2.4.1.65;FUT3によりコード化される)、及びα1,6−フコシルトランスフェラーゼ(糖タンパク質6−α−L−フコシルトランスフェラーゼ,EC 2.4.1.68;FUT8によりコード化される)が同定されている(Bretonら,Glycobiol.,8:87−94(1997);Becker,Lowe,Glycobiol.,13:41R−53R(2003);Maら,Glycobiol.,16:158R−184R(2006)を参照されたい)。通常、α1,2−フコシルトランスフェラーゼは、フコースをα1,2−結合によりN−グリカン中の末端ガラクトース残基に転移させる。通常、α1,3−フコシルトランスフェラーゼ及びα1,4−フコシルトランスフェラーゼはフコースをN−グリカンの非還元末端のGlcNAc残基に転移させる。
【0043】
通常、α1,6−フコシルトランスフェラーゼは、α1,6−結合によりフコースをN−グリカンの還元末端のGlcNAc残基(アスパラギン結合GlcNAc)に転移させる。典型的には、α1,6−フコシルトランスフェラーゼは、フコースを還元末端でGlcNAcに付加できるようにトリマンノースコアの少なくとも1つの分枝の非還元末端に末端GlcNAc残基を必要とする。しかしながら、フコースを還元末端でGlcNAcに付加することができるように非還元末端に末端ガラクトシド残基を必要とする1,6−フコシルトランスフェラーゼが同定されており(Wilsonら,Biochm.Biophys.Res.Comm.,72:909−916(1976))、Linら(Glycobiol.,4:895−901(1994))はGlcNAcトランスフェラーゼIが欠乏しているチャイニーズハムスター卵巣細胞ではα1,6−フコシルトランスフェラーゼはManGlcNAcN−グリカン及びManGlcNAcN−グリカンをフコシル化することが判明した。同様に、α1,3−フコシルトランスフェラーゼはα1,3−結合により、通常1つの未置換非還元末端GlcNAc残基を有するN−グリカンに対して特異性を有しているN−グリカンの還元末端にGlcNAc残基を転移させる。この酵素のN−グリカン産物は植物、昆虫及び幾つかの他の無脊椎動物(例えば、マンソン住血吸虫、ヘモンクス、モノアラガイ)中に存在している。しかしながら、米国特許第7,094,530号明細書は、ヒト単球細胞株THP−1から単離されたα1,3−フコシルトランスフェラーゼを記載している。
【0044】
ヒトα1,6−フコシルトランスフェラーゼ(hFUT8)はYamaguchiら(Cytogenet.Cell.Genet.,84:58−6(1999))により同定されている。ヒトFUT8をコード化するヌクレオチド配列を配列番号7に示す。hFUT8のアミノ酸配列を配列番号8に示す。FUT8活性を有する相同遺伝子が他の種で同定されている。例えば、ラットFUT8(rFUT8)は配列番号10に示すアミノ酸配列を有し、配列番号9に示すヌクレオチド配列によりコード化される。マウスFut8(mFUT8)は配列番号12に示すアミノ酸配列を有し、配列番号11に示すヌクレオチド配列によりコード化される。ブタFUT8(pFUT8)は配列番号14に示すアミノ酸配列を有し、配列番号13に示すヌクレオチド配列によりコード化される。FUT8はCHO細胞(Yamane−Ohnukiら,Biotechnol.Bioeng.,87:614−622(2004))、サル腎COS細胞(Clarke and Watkins,Glycobiol.,9:191−202(1999))及びトリ細胞(Coullinら,Cytogenet.Genome Res.,7:234−238(2002))でも同定されている。Paschingerら,Glycobiol.,15:463−474(2005)は、エレガンス線虫及びキイロショウジョウバエ由来のフコシルトランスフェラーゼのクローニング及びチャラクタライゼーションを記載している。ユウレイボヤ(Ciona intestinalis)、ウスグロショウジョウバエ(Drosophila pseudoobscura)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)及びゼブラフィッシュ(Danio rerio)推定α1,6−フコシルトランスフェラーゼが同定されている(それぞれ、ジーンバンク寄託番号AJ515151、AJ830720、AJ514872及びAJ781407)。
【0045】
上記したフコシル化経路酵素または活性は核酸によりコード化される。核酸はDNAまたはRNAであり得るが、フコシル化経路酵素または活性をコード化する核酸を宿主細胞のゲノムに安定的に組み込むことが好ましいので典型的には核酸はDNAである。フコシル化経路酵素または活性をコード化する核酸の各々はフコシル化経路酵素または活性の発現を可能にする調節配列に機能し得る形で連結されている。前記調節配列はプロモーター、並びに場合によりフコシル化経路酵素または活性をコード化する核酸の上流にエンハンサー、及びフコシル化経路酵素または活性の下流に転写終結部位を含む。典型的には、核酸は更にリボソーム結合部位を有する5’非翻訳領域及びポリアデニル化部位を有する3’非翻訳領域をも含んでいる。核酸は多くの場合、フコシル化経路酵素または活性を発現させる細胞において複製可能であるベクター(例えば、プラスミド)の成分である。ベクターは、ベクターで形質転換される細胞の選択を可能にするマーカーをも含み得る。しかしながら、幾つかの細胞型、特に酵母はベクター配列を欠く核酸でうまく形質転換され得る。
【0046】
通常、1つ以上のフコシル化経路酵素または活性をコード化する核酸で形質転換した宿主細胞は更に、所望の糖タンパク質をコード化する核酸を1つ以上含む。フコシル化経路酵素のように、糖タンパク質をコード化する核酸は、糖タンパク質の発現を可能にする調節配列に対して機能し得る形で連結されている。糖タンパク質をコード化する核酸は、糖タンパク質を発現することが公知である細胞株からプライマーを用いて糖タンパク質の保存領域に増幅され得る(例えば、Marksら,J.MoI.Biol.,581−596(1991))。核酸は科学文献中の配列に基づいてデノボでも合成され得る。核酸は所望配列の範囲の重複オリゴヌクレオチドを伸長させることによっても合成され得る(例えば、Caldasら,Protein Engineering,13:353−360(2000)を参照されたい)。
【0047】
宿主細胞により産生されるフコシル化N−グリカン構造のタイプは、宿主細胞中のグリコシル化経路及び具体的なフコシルトランスフェラーゼに依存する。例えば、α1,2−フコシルトランスフェラーゼは通常フコースをN−グリカンの末端ガラクトースに付加する。よって、α1,2−フコシルトランスフェラーゼを利用する経路をGalGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを有するN−グリカンを産生し得る宿主細胞に導入することが好ましい。産生されるN−グリカンは末端ガラクトース残基に対して1,2−結合でフコースを有している。α1,3−フコシルトランスフェラーゼ及びα1,4−フコシルトランスフェラーゼの両方はそれぞれα1,3またはα1,4結合により、また幾つかのα1,3−フコシルトランスフェラーゼの場合には糖タンパク質のアスパラギン残基に連結されているコアGlcNAcに対してα1,3−結合により非還元末端またはその近くの1つ以上のGlcNAc残基に対してフコースを付加する。よって、α1,3/4−フコシルトランスフェラーゼを利用する経路を少なくともGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを有するN−グリカンを産生し得る宿主細胞に導入することが好ましい。最後に、通常α1,6−フコシルトランスフェラーゼは、糖タンパク質のアスパラギン残基に結合されているコアGlcNAcに対して1,6結合によりフコースを転移させる。通常、α1,6−フコシルトランスフェラーゼを利用する経路を少なくともGlcNAcManGlcNAc、ManGlcNAcまたはManGlcNAcグリコフォームを有するN−グリカンを産生し得る宿主細胞に導入することが好ましい。
【0048】
本明細書中に開示されている方法に従って産生され得る糖タンパク質は、糖タンパク質を産生するための核酸配列の起源に関係なく、治療または診断目的の所望のタンパク質を含んでいる。例えば、N−グリカンがフコシル化されていないモノクローラル抗体は高いADCC活性を有している。しかしながら、高いADCC活性は、障害に対する治療として受容体リガンドに結合することを意図しているがADCC活性を誘発することを意図していないモノクローラル抗体にとって望ましくない。本明細書中に開示されているフコシル化経路を含む宿主細胞において産生されるモノクローラル抗体はフコシル化N−グリカンを有しており、低いADCC活性を有すると予想される。別の例として、本明細書中に開示されているフコシル化経路を含む宿主細胞において産生される抗体のFc部分に融合されている膜結合受容体の細胞外部分を含む免疫接着分子(米国特許第5,428,130号、同第5,116,964号、同第5,514,582号及び同第5,455,165号;Caponら,Nature,337:525(1989);Chamow and Ashkenazi,Trends Biotechnol.,14:52−60(1996);Ashkenazi and Chamow,Curr.Opin.Immunol.,9:195−200(1997)を参照されたい)はフコシル化N−グリカンを有し、低いADCC活性を有していると予想される。フコシル化N−グリカンを有するように本発明の方法に従って産生され得る糖タンパク質の例には、エリスロポエチン(EPO);サイトカイン、例えばインターフェロン−α、インターフェロン−β、インターフェロン−γ、インターフェロン−ω及び顆粒球−CSF;凝固因子、例えばVIII因子、IX因子及びヒトタンパク質;モノクローナル抗体、可溶性IgE受容体α鎖、IgG、IgM、IgG、ウロキナーゼ、キマーゼ及び尿素トリプシン阻害剤、IGF結合タンパク質、上皮成長因子、成長ホルモン放出因子、アネキシンV融合タンパク質、アンギオスタチン、血管内皮増殖因子−2、骨髄前駆体抑制因子−1、オステオプロテゲリン組織、プラスミノーゲンアクチベーター、G−CSF、GM−CSF及びTNF−受容体が含まれるが、これらに限定されない。
【0049】
具体的実施形態では、1つ以上の核酸が、融合タンパク質を細胞内の特定領域へターゲットさせるターゲッティングペプチドに融合されているフコシル化経路タンパク質の触媒ドメインを含む融合タンパク質をコード化する。典型的には、ターゲッティングペプチドは融合タンパク質を分泌経路内の位置へターゲットさせる。よって、用語「分泌経路」は、糖タンパク質が分泌のための調製物中で修飾されている細胞内の細胞小器管及び成分を指す。分泌経路は小胞体(ER)、ゴルジ体、トランス−ゴルジ網及び分泌小胞を含んでいる。例えば、適当な細胞ターゲッティングペプチドは触媒ドメインをER、ゴルジ体、トランス−ゴルジ網及び分泌小胞へターゲットさせる。本発明において有用であり得るターゲッティングペプチドには米国特許第7,029,872号に記載されているものが含まれる。1つの実施形態では、フコシルトランスフェラーゼの触媒ドメインは、融合タンパク質をゴルジ体に指向するターゲッティングペプチドに融合している。フコシルトランスフェラーゼ触媒ドメインに融合される具体的ターゲッティングペプチドは宿主細胞、具体的フコシルトランスフェラーゼ及び産生しようとする糖タンパク質に依存する。フコシルトランスフェラーゼをターゲットさせるために使用され得るターゲッティングペプチドの例は、例えば米国特許第7,029,872号、並びに米国特許出願公開第2004/0018590号、同第2004/0230042号、2005/0208617号、同第2004/0171826号、同第2006/0286637号及び同第2007/0037248号に開示されている。
【0050】
フコシル化経路に関与する酵素または活性をコード化する核酸は、宿主細胞をトランスフェクトするために使用され得るベクターに連結される。典型的には、ベクターは、意図する宿主細胞と同一種の細胞から単離したか、または他の種から単離したが、意図する宿主細胞に挿入したとき機能することが公知の調節エレメントを含む。典型的には、これらの調節エレメントは5’調節配列(例えば、プロモーター)及び3’調節配列(例えば、転写ターミネーター配列)を含む。典型的には、ベクターは、ベクターをうまくトランスフェクトした宿主細胞の選択を可能にする少なくとも1つの選択マーカーエレメントをも含む。ベクターを意図する宿主細胞に転移させ、生じた細胞を選択マーカーについてスクリーニングして、ベクターがうまくトランスフェクトされ、よって融合タンパク質をコード化するベクターを有している宿主細胞を同定する。
【0051】
下等真核生物(例えば、酵母)は、経済的に培養され得、高収率でタンパク質を生じさせ、適切に修飾したとき特に主たるN−グリカン構造を有する糖タンパク質を産生し得るので、糖タンパク質を発現させるためにしばしば好ましい。酵母は特に迅速な形質転換を可能にする確立された遺伝学、試験したタンパク質局在化戦略及び容易な遺伝子ノックアウト技術を提供する。各種酵母、例えばクルイベロミセス・ラクティス、ピキア・パストリス、ピキア・メタノリカ及びハンゼヌラ・ポリモルファは、高い細胞密度まで増殖させ、大量の組換えタンパク質を工業規模で分泌させ得るので細胞培養及びタンパク質産生のために一般的に使用されている。また、糸状菌、例えばアスペルギルス・ニガー、フザリウム属菌、ニューロスポラ・クラッサ等も工業規模で糖タンパク質を産生させるために使用され得る。
【0052】
下等真核生物、特に酵母は、グリコシル化パターンが複雑な、或いはヒト様またはヒト化である糖タンパク質を発現するように遺伝子組換えられ得る。遺伝子組換えした下等真核生物は、高マンノースN−グリカンの産生に関与する特定の内因性グリコシル化酵素を排除し、複雑なN−グリカンの生成に関与する外因性酵素の各種組合せを導入することにより得られ得る。複雑なN−グリカンを産生するために酵母を遺伝子改変する方法は米国特許第7,029,872号、並びに米国特許出願公開第2004/0018590号、同第2005/0170452号、同第2006/0286637号、同第2004/0230042号、同第2005/0208617号、同第2004/0171826号、同第2005/0208617号及び同第2006/0160179号に記載されている。例えば、宿主細胞は、1,6−マンノシルトランスフェラーゼ活性が欠失し、糖タンパク質のN−グリカンにマンノース残基を付加するように選択または改変される。例えば、酵母では、OCH1遺伝子が1,6−マンノシルトランスフェラーゼ活性をコード化する。次いで、複雑なヒト様N−グリカンの産生に関与する1つ以上の酵素を含むように宿主細胞を改変する。
【0053】
1つの実施形態では、宿主細胞は更に、通常α1,2−マンノシダーゼ触媒ドメインを伴わず、α1,2−マンノシダーゼ活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択された細胞ターゲッティングシグナルペプチドに融合されている前記触媒ドメインを含む。組換え糖タンパク質が宿主細胞のERまたはゴルジ体を通過すると、フコシル化ManGlcNAcグリコフォーム(例えば、ManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生される。米国特許第7,029,872号、並びに米国特許出願公開第2004/0018590号及び同第2005/0170452号は、ManGlcNAcグリコフォームを含む糖タンパク質を産生し得る下等真核生物宿主細胞を開示している。
【0054】
更なる実施形態では、直前の宿主細胞は更に、通常GlcNAcトランスフェラーゼI(GnTI)触媒ドメインを伴わず、GlcNAcトランスフェラーゼI活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択された細胞ターゲッティングシグナルペプチドに融合されている前記触媒ドメインを含む。組換え糖タンパク質が宿主細胞のERまたはゴルジ体を通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生される。米国特許第7,029,872号、並びに米国特許出願公開第2004/0018590号及び同2005/0170452号は、GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む糖タンパク質を産生し得る下等真核生物宿主細胞を開示している。上記細胞において産生された糖タンパク質をインビトロでヘキサミニダーゼで処理すると、フコシル化ManGlcNAc(Fuc)グリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生され得る。
【0055】
更に別の実施形態では、直前の宿主細胞は更に、通常マンノシダーゼII触媒ドメインを伴わず、マンノシダーゼII活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択された細胞ターゲッティングシグナルペプチドに融合されている前記触媒ドメインを含む。組換え糖タンパク質が宿主細胞のERまたはゴルジ体を通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生される。米国特許出願公開第2004/0230042号は、マンノシダーゼII酵素を発現し、主にGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを有する糖タンパク質を産生し得る下等真核生物宿主細胞を開示している。上記細胞において産生された糖タンパク質をインビトロでヘキサミニダーゼで処理すると、ManGlcNAc(Fuc)グリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生され得る。
【0056】
更に別の実施形態では、直前の宿主細胞は更に、通常GlcNAcトランスフェラーゼII(GnTII)触媒ドメインを伴わず、GlcNAcトランスフェラーゼII活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択された細胞ターゲッティングシグナルペプチドに融合されている前記触媒ドメインを含む。組換え糖タンパク質が宿主細胞のERまたはゴルジ体を通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生される。米国特許第7,029,872号、並びに米国特許出願公開第2004/0018590号及び同第2005/0170452号は、GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む糖タンパク質を産生し得る下等真核生物宿主細胞を開示している。上記細胞において産生された糖タンパク質をインビトロでヘキサミニダーゼで処理すると、ManGlcNAc(Fuc)グリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生され得る。
【0057】
更に別の実施形態では、直前の宿主細胞は更に、通常ガラクトーストランスフェラーゼII触媒ドメインを伴わず、ガラクトーストランスフェラーゼII活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択された細胞ターゲッティングシグナルペプチドに融合されている前記触媒ドメインを含む。組換え糖タンパク質が宿主細胞のERまたはゴルジ体を通過すると、フコシル化GalGlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、GalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生される。米国特許出願公開第2006/0040353号明細書は、GalGlcNAcManGlcNAcグリコフォーを含む糖タンパク質を産生し得る下等真核生物宿主細胞を開示している。上記細胞において産生された糖タンパク質をインビトロでガラクシトダーゼで処理すると、GlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、GlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生され得る。
【0058】
更に別の実施形態では、直前の宿主細胞は更に、通常シアリルトランスフェラーゼ触媒ドメインを伴わず、シアリルトランスフェラーゼ活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択された細胞ターゲッティングシグナルペプチドに融合されている前記触媒ドメインを含む。組換え糖タンパク質を宿主細胞のERまたはゴルジ体を通過すると、フコシル化NANAGalGlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、NANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生される。酵母や糸状菌のような下等真核生物宿主細胞の場合、宿主細胞が更にN−グリカンに転移させるためにCMP−シアル酸を与える手段を含むことが好ましい。米国特許出願公開第2005/0260729号はCMP−シアル酸合成経路を有するように下等真核生物を遺伝子改変する方法を開示しており、米国特許出願公開第2006/0286637号はシアリル化糖タンパク質を産生するために下等真核生物を遺伝子改変する方法を開示している。上記細胞において産生された糖タンパク質をインビトロでノイラミダーゼで処理すると、フコシル化GalGlcNAcManGlcNAcグリコフォーム(例えば、GalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)グリコフォーム)を含む組換え糖タンパク質が産生され得る。
【0059】
上記した宿主細胞の1つは更に、米国特許出願公開第2004/074458号及び同第2007/0037248号に開示されているようなバイセクト及び/またはマルチアンテナリーN−グリカン構造を有する糖タンパク質を産生させるためにGnTIII、GnTIV、GnTV、GnTVI及びGnTIXからなる群から選択される1つ以上のGlcNAcトランスフェラーゼを含み得る。前記した各種宿主細胞は1つ以上の糖トランスポーター、例えばUDP−GlcΝAcトランスポーター(例えば、クルイベロミセス・ラクティス及びハツカネズミUDP−GlcΝAcトランスポーター)、UDP−ガラクトーストランスポーター(例えば、キイロショウジョウバエUDP−ガラクトーストランスポーター)及びCMP−シアル酸トランスポーター(例えば、ヒトシアル酸トランスポーター)を含む。酵母や糸状菌のような下等真核生物宿主細胞は上記したトランスポーターを有していないので、このトランスポーターを含むように酵母や糸状菌のような下等真核生物宿主細胞を遺伝子改変することが好ましい。
【0060】
上記した宿主細胞の更なる実施形態では、宿主細胞を更に、β−マンノシルトランスフェラーゼ遺伝子(BMT2)を欠失または破壊することによりα−マンノシダーゼ耐性N−グリカンを有する糖タンパク質(米国特許出願公開第2006/0211085号を参照されたい)、及びホスホマンノシルトランスフェラーゼ遺伝子PNO1及びMNN4Bの一方または両方を欠失または破壊することによりホスホマンノース残基を有する糖タンパク質(例えば、米国特許出願公開第2006/0160179号及び同第2004/0014170号を参照されたい)を除去するように遺伝子改変する。上記宿主細胞の更に別の実施形態では、1つ以上のDol−P−Man:タンパク質(Ser/Thr)マンノシルトランスフェラーゼ遺伝子(PMTs)を欠失または破壊することにより糖タンパク質のO−グリコシル化を排除するように宿主細胞を更に遺伝子改変する(米国特許第5,714,377号を参照されたい)。
【0061】
特定のポリペプチドをコードする遺伝子または転写単位をコドン最適化すると、コードされるポリペプチドの発現が高まり、すなわちポリペプチドをコード化するmRNAの翻訳が向上することが判明した。従って、本明細書中に開示されている宿主細胞の場合、コード化された酵素の発現が高まるとより多くのコード化酵素が生じ、こうするとフコシル化N−グリカンの産生が増加し得る。コドン最適化に関連して、用語「発現」及びその変形は、ポリペプチドをコード化するmRΝAの翻訳を指し、ポリペプチドをコード化するポリヌクレオチドの転写を指さない。本明細書中で使用されている用語「遺伝子」は、ポリペプチドをコード化するゲノムDNAまたはRNA、並びにポリペプチドをコード化するcDNAを指す。
【0062】
コドン最適化は、遺伝子を遺伝子の天然遺伝的環境とは異なるヌクレオチドコドン使用頻度を示す外来遺伝的環境に移動させたときに遺伝子の非相同発現を改善すること、または遺伝子が元々高度発現する遺伝子をコード化する遺伝的環境に先天的な遺伝子中に通常使用されていないヌクレオチドを1つ以上含んでいるときに天然遺伝的環境における遺伝子の異所性発現を改善することを求めるプロセスである。換言すると、コドン最適化は、特定遺伝的環境または生物において比較的低頻度で使用されている遺伝子のヌクレオチドコドンを前記遺伝的環境または生物においてより高頻度で発現される遺伝子中で使用されているヌクレオチドコドンで置換することを含む。こうすると、遺伝子産物(ポリペプチド)の発現(翻訳)が高まる。高度発現している遺伝子中に高頻度で見られるヌクレオチドコドンは低頻度で見られるヌクレオチドコドンよりもより効率的に翻訳されると仮定されている。
【0063】
通常、特定遺伝子に対してヌクレオチドコドンを最適化する方法は、生物中で高度発現している遺伝子中で使用されているアミノ酸の各々についてヌクレオチドコドンの頻度を同定した後、高度発現している遺伝子において低頻度で使用されている当該遺伝子中のヌクレオチドコドンを高度発現している遺伝子中で使用されていると同定されたヌクレオチドコドンで置換することを含む(例えば、Lathe,Synthetic Oligonucleotide Probes Deduced from Amino Acid Sequence Data:Theoretical and Practical Considerations,J.Molec.Biol.,183:1−12(1985);Nakamuraら,Nuc.Acid Res.,28:292(2000);Fuglsang,Protein Expression & Purification,31:247−249(2003)を参照されたい)。遺伝子をコード化する生物の核酸のヌクレオチドコドンを自動的に分析し、生物において低頻度で見られるヌクレオチドコドンを生物中で高度発現している遺伝子中で見られるヌクレオチドコドンで置換するためのヌクレオチドコドンを示唆するコンピュータープログラムは多数ある。
【0064】
以下の実施例は、本発明の更なる理解を深めるために意図されている。
【実施例1】
【0065】
本実施例は、糖タンパク質のN−グリカン構造中にフコースを含む糖タンパク質を産生し得るピキア・パストリス株の構築を説明する。
【0066】
組換えDNA作業のために大腸菌株TOP10またはXL10−GoIdを使用する。PNGアーゼ−F、制限及び修飾酵素はNew England BioLabs(マサチューセッツ州ビバリーに所在)から入手し、製造業者の指示通り使用する。α−1,6−フコシダーゼはSigma−Aldrich(ミズーリ州セントルイスに所在)から入手し、製造業者の推奨通り使用する。オリゴヌクレオチドはIntegrated DNA Technologies(アイオワ州コーラルヴィルに所在)から入手する。金属キレート化“HisBind”樹脂はNovagen(ウィスコンシン州マディソンに所在)から入手する。96ウェルのライゼート透明化プレートはPromega(ウィスコンシン州マディソンに所在)から入手する。タンパク質結合96ウェルプレートはMillipore(マサチューセッツ州ベッドフォードに所在)から入手する。塩及び緩衝剤はSigma−Aldrich(ミズーリ州セントルイスに所在)から入手する。
【0067】
フコシル化経路遺伝子の増幅
フコシル化経路の大要を図1に示す。hGMDのオープンリーディングフレーム(ORF)をヒト肝cDNA(カリフォルニア州パロアルトに所在のBD Biosciences)から製造業者が推奨する手順に従ってAdvantage 2ポリメラーゼを用いて増幅させる。簡単に説明すると、プライマーSH415及びSH413(それぞれ、5’−GGCGG CCGCC ACCAT GGCAC ACGCA CCGGC ACGCT GC−3’(配列番号15)及び5’−TTAAT TAATC AGGCA TTGGG GTTTG TCCTC ATG−3’(配列番号16))を用いて、ヒト肝cDNA由来の1,139bp産物を以下:97℃で3分間;97℃で30秒間、50℃で30秒間、72℃で2分間を35サイクル;及び72℃で10分間;の条件を用いて増幅させる。その後、産物をpCR2.1(カリフォルニア州カールズバッドに所在のInvitrogen)にクローン化し、配列決定し、得られた構築物をpSH985と称する。
【0068】
上に概説した条件を用いて、プライマーSH414及びSH411(それぞれ、5’−GGCGG CCGCC ACCAT GGGTG AACCC CAGGG ATCCA TG−3’(配列番号17)及び5’−TTAAT TAATC ACTTC CGGGC CTGCT CGTAG TTG−3’(配列番号18))を用いて、ヒトFX遺伝子のORFに相当するヒト腎cDNA(カリフォルニア州パロアルトに所在のBD Biosciences)由来の986bp断片を増幅させる。その後、この断片をpCR2.1にクローン化し、配列決定し、pSH988と称する。
【0069】
ヒトGFTrのORFをヒト膵cDNA(カリフォルニア州パロアルトに所在のBD Biosciences)から上に概説した条件、並びにプライマーRCD679及びRCD680(それぞれ、5’−GCGGC CGCCA CCATG AATAG GGCCC CTCTG AAGCG G−3’(配列番号19)及び5’−TTAAT TAATC ACACC CCCAT GGCGC TCTTC TC−3’(配列番号20))を用いて増幅させる。得られた1,113bp断片をpCR2.1にクローン化し、配列決定し、pGLY2133と称する。
【0070】
アミノ酸32〜575をコード化し、内因性膜貫通ドメインをコード化するヌクレオチドを欠く切断型マウスFUT8 ORFをマウス脳cDNA(カリフォルニア州パロアルトに所在のBD Biosciences)から上に概説した条件、並びにプライマーSH420及びSH421(それぞれ、5’−GCGGC GCGCC GATAA TGACC ACCCT GATCA CTCCA G−3’(配列番号21)及び5’−CCTTA ATTAA CTATT TTTCA GCTTC AGGAT ATGTG GG−3’(配列番号22))を用いて増幅させる。生じた1.65bp遺伝子をpCR2.1にクローン化し、配列決定し、pSH987と称する。
【0071】
酵母発現カセットでのフコシル化遺伝子の作製
NotI適合性5’末端及びPacI適合性3’末端を有するDNA断片を得るために上記ベクターをNotI制限酵素及びPacI制限酵素で消化することによりGMD、FX及びGFTrのオープンリーディングフレームを作製する。AscI適合性5’末端及びPacI適合性3’末端を有するDNAを得るためにはAscI制限酵素及びPacI制限酵素で消化することによりFUT8断片を作製する。
【0072】
GMD発現カセットを作成するためには、GMDを酵母発現ベクターpSH995にノーセオスリシン耐性マーカーを用いてクローン化する。このベクターはピキア・パストリスGAPDHプロモーター及びサッカロミセス・セレビシアエCYC転写ターミネーター配列を含み、Trp2 ORFの下流に組み込むように設計されている。このベクターを図3Aに示す。ベクターpSH985をNotI及びPacIで消化して、GMD ORFを含む1.1Kb断片を切り取った後、予め同一酵素で消化したpSH995にサブクローン化する。GAPDHプロモーターの制御下でGMDを含有しているベクターが生じ、これをpSH997と称する。
【0073】
FX発現カセットを作成するためには、ベクターpSH988をNotI及びPacIで消化して、FX ORFを含む1.0Kb断片を切り取つた後、T4 DNAポリメラーゼで処理して一本鎖オーバーハングを除去する(J.Sambrook,D.W.Russell,Molecular Cloning:A laboratory Manual(ニューヨーク州コールドスプリングに所在のCold Spring Harbor Laboratory Press,第3版,2001))。次いで、この断片を、予めにNotI及びAscIで消化し、T4 DNAポリメラーゼで処理したベクターpGLY359(Hamiltonら,Science,313,1441(2006))にサブクローン化する。生じたベクターpSH994は、5’末端でピキア・パストリスPMA1プロモーター(PpPMA1prom)に、3’末端でピキア・パストリスPMA転写ターミネーター配列(PpPMAltt)に機能し得る形で連結されているFX ORFから構成されるFX発現カセットを含んでいる。この発現カセットはSwaI制限部位に隣接している。
【0074】
GFTr発現カセットは、pGLY2133をNotI及びPacIで消化してGFTr ORFを含む1.1Kb断片を切り取った後、T4 DNAポリメラーゼで処理することにより作製する。その後、この断片を、予めNotI及びPacIで消化し、T4 DNAポリメラーゼで処理したベクターpGLY363(上掲したHamilton)にサブクローン化した。生じたベクターpGLY2143は、5’末端でPpPMA1prom、3’末端でPpPMA1ttに機能し得る形で連結されているGFTr ORFから構成されるGFTr発現カセットを含んでいる。この発現カセットはRsrII制限部位に隣接している。
【0075】
酵母局在化シグナルに融合させたFUT8触媒ドメインを作製するためには、Mnn2のサッカロミセス・セレビシアエターゲッティング領域の最初の36アミノ酸をGeneOptimizerソフトウェアにより分析し、ピキア・パストリス発現(独国レーゲンスブルクに所在のGeneArt)に対してコドン最適化する。ScMnn2アミノ酸1〜36に対して5’NotI及び3’AscI制限酵素適合性末端を有する合成DNAが生じ、このDNAをシャトルベクターにクローン化してプラスミドベクターpSH831を作製する。その後、ベクターpSH987をAscI及びPacIで消化して、FUT8触媒ドメインORFをコード化する1.6Kb断片を遊離させた後、予め同一酵素で消化したベクターpSH831中のScMnn2ターゲッティングペプチドをコード化するDNAにインフレームでサブクローン化する。生じたベクターをpSH989と称する。FUT8−ScMnn2発現カセットを作成するためには、pSH989をNotI及びPacIで消化して1.8Kb断片を遊離させた後、同一酵素で消化したベクターpGLY361(Hamiltonら,Science,313,1441(2006))にサブクローン化する。生じたベクターpSH991は、5’末端でピキア・パストリスTEFプロモーター(PpTEFprom)、3’末端でピキア・パストリスTEF転写ターミネーター配列(PpTEFtt)に機能し得る形で連結されているFUT8−Mnn2融合ORFから構成されているFUT8−Mnn2融合タンパク質を含んでいる。この発現カセットはSgfI制限部位に隣接している。
【0076】
フコシル化改変ベクターの作製
ベクターpSH994をSwaIで消化して、FX発現カセットを含む2.5Kb断片を遊離させた後、PmeIで消化した(GMD発現カセットを含む)pSH997にサブクローン化する。PMA−FX及びGAPDH−GMD発現カセットが同一方向にアラインされているベクターが生じ、これをpSH1009と称する。PMA−GFTr発現カセットを含む2.7Kb断片をpGLY2143から制限酵素RsrIIを用いて切り取り、同一酵素で消化したpSH1009にサブクローン化する。PMA−GFTr及びGAPDH発現カセットが同一方向にアラインされているベクターが生じ、これをpSH1019と称する。最後に、1.8Kb TEF−FUT8カセットをpSH991からSgfIを用いて切り取り、同一酵素で消化したpSH1019にサブクローン化する。TEF−FUT8及びGAPDH発現カセットが同一方向にアラインされているベクターが生じ、これをpSH1022と称する。このベクターを図2Bに示す。
【0077】
ラットEPO発現ベクターの作製
アミノ酸27〜192をコード化する切断型ドブネズミ(Rattus norvegicus)エリスロポエチン遺伝子(rEPO)をラット腎cDNA(カリフォルニア州パロアルトに所在のBD Biosciences)からAdvantage 2ポリメラーゼを製造業者が推奨するように用いて増幅させる。簡単に説明すると、プライマーrEPO−順方向及びrEPO−逆方向(それぞれ、5’−GGGAA TTCGC TCCCC CACGC CTCAT TTGCG AC−3’(配列番号23)及び5’−CCTCT AGATC ACCTG TCCCC TCTCC TGCAG GC−3’(配列番号24))を用いて、ラット腎cDNA由来の516bp産物を以下:94℃で1分間を1サイクル;94℃で30秒間、72℃で1分間を5サイクル;94℃で30秒間、70℃で1分間を5サイクル;94℃で20秒間、68℃で1分間を25サイクル;のサイクル条件を用いて増幅させる。その後、産物をpCR2.1(カリフォルニア州カールズバッドに所在のInvitrogen)にクローン化し、配列決定し、生じた構築物をpSH603と称する。酵母発現ベクターを作製するためには、pSH603をEcoRI及びXbaIで消化して506bp断片を遊離させた後、予め同一酵素で消化したpPICZαA(カリフォルニア州カールズバッドに所在のInvitrogen)にサブクローン化した。生じた発現ベクターをpSH692と称する。pSH692中のEPOはAOXメタノール誘導プロモーターの制御下にある。
【0078】
酵母株の作製及びラットEPOの産生
主にGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有する組換え糖タンパク質を産生し得るピキア・パストリス糖鎖改変した細胞株YGLYl 062(GalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有する糖タンパク質を産生する米国特許出願公開第2006/0040353号明細書に記載されている菌株に類似している)をベクターPSH692で形質転換すると、GalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有する組換えラットPO(rEPO)を産生する菌株RDP974が生ずる。菌株RDP974は、GalGlcΝAcManGlcΝAcN−グリカンを有するラットEPOを産生する菌株RDP762に類似しており、この菌株はHamiltonら,Science,313,1441−1443(2006)に記載されている。
【0079】
RPD974菌株はOCH1、PNO1、MNN4B及びBMT2遺伝子を欠失しており、完全長クルイベロミセス・ラクティスUDP−GlcΝAcトランスポーター、ハツカネズミUDP−GlcΝAcトランスポーター、サッカロミセス・セレビシアエUDP−ガラクトース4−エピメラーゼ及びキイロショウジョウバエUDP−ガラクトーストランスポーターをコード化するDΝA;サッカロミセス・セレビシアエMNN2リーダー配列のアミノ酸1〜36をコード化するDNAに融合されているハツカネズミα1,2−マンノシダーゼI触媒ドメインをコード化するDΝA;サッカロミセス・セレビシアエMΝΝ2リーダー配列のアミノ酸1〜36をコード化するDΝAに融合されているホモサピエンスβ1,2−GlcNAcトランスフェラーゼI(GnTI)触媒ドメインをコード化するDNA;サッカロミセス・セレビシアエMNN2リーダー配列のアミノ酸1〜36をコード化するDNAに融合されているキイロショウジョウバエマンノシダーゼII触媒ドメインをコード化するDNA;サッカロミセス・セレビシアエMNN2リーダー配列のアミノ酸1〜97をコード化するDNAに融合されているドブネズミβ1,2−GlcNAcトランスフェラーゼII(GnTII)触媒ドメインをコード化するDNA;及びサッカロミセス・セレビシアエKRE2(MNTI)リーダー配列のアミノ酸1〜58をコード化するDNAに融合されているホモサピエンスβ1,4−ガラクトシルトランスフェラーゼ(GaITI)触媒ドメインをコード化するDNAを含んでいる。米国特許出願公開第2006/0040353号は、下等酵母においてガラクトシル化糖タンパク質を産生するビシア・パストリス細胞株の作製方法を開示している。米国特許第7,029,872号;米国特許出願公開第2004/0018590号、同第2004/0230042号、同第2005/0208617号、2004/0171826号、同第2006/0286637号及び同第2007/0037248号;及びHamiltonら,Science,313,1441−1443(2006)も参照されたい。
【0080】
次いで、菌株RDP974をベクターpSH1022にフコシル化経路を導入するための宿主菌株として使用する。簡単に説明すると、10μgの対照プラスミドpSH995またはフコシル化経路プラスミドpSH1022を制限酵素SfiIで消化してベクターを直線化し、エレクトロポレーションにより宿主菌株RDP974に形質転換する。形質転換細胞を100ng/mLのノーセオスリシンを含有するYPDで平板培養し、26℃で5日間インキュベートする。その後、数個のクローンを抜き取り、rEPOのN−グリカンに対するフコース転移について分析する。対照ベクターで形質転換した菌株をYSH660と称し、pSH1022で形質転換し、フコース転移を示す菌株をYSH661と称する。
【0081】
典型的には、形質転換菌株を26℃で、増殖培地としての1% 酵母抽出物、2% ペプトン、100mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.0)、1.34% 酵母窒素ベース、4×10〜5% ビオチン及び1% グリセロールからなる緩衝グリセロール−複合培地(BMGY)(50mL)において増殖させることによりタンパク質発現を実施する。タンパク質発現の誘導は、BMGY中のグリセロールを1.5% メタノールに代えた緩衝メタノール−複合培地(BMMY)(50mL)中で実施する。
【0082】
組換えrEPOを上記したように発現させ、Ni−キレートカラムはChoiら(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,100,5022(2003)及びHamiltonら(Science,301,1244(2003))に記載されているように精製する。生じたタンパク質をSDS−PAGE(Laemmli,Nature,227,680(1970))により分析し、可視化するためにクーマシーブルーで染色する。フコースを、製造業者が推奨しているようにインビトロでα−1,6−フコシダーゼ(ミズーリ州セントルイスに所在のSigma−Aldrich)処理して消化することにより除去する。
【0083】
グリカン分析のために、PNGアーゼ−F(Choiら(2003);Hamiltonら(2003))で処理することによりグリカンをrEPOから遊離させる。グリカン構造を確認するために、遊離したグリカンをMALDI/飛行時間型(TOF)質量分光分析により分析する(Choiら(2003))。存在するフコシル化グリカンの相対量を定量するために、N−グリコシダーゼF遊離したグリカンを2−アミノベンジジン(2−AB)で標識し、HPLC(Choiら(2003))により分析する。フコシダーゼ処理前及びその後の各物質のピーク面積を比較することによりフコシル化グリカン及び非フコシル化グリカンのパーセンテージを計算する。
【0084】
本質的に上記したように作製した菌株YSH661中で産生されたN−グリカンの分析から、この菌株はGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンを含む組換えrEPOを産生したことが判明した。菌株YSH661中で産生されたrEPOのN−グリカンのMALDI−TOF分析の結果を示している図4Aから、この菌株はGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)GalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを含むN−グリカンを産生したことが判明した。GalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンは四角で囲まれている。対照菌株YSH660(フコシル化経路なし)中で産生されたrEPOのN−グリカンのMALDI−TOF分析の結果を示している図4Bは、この菌株はGalGlcNAcManGlcNAcのみからなるフコシル化N−グリカンしか産生しなかったことを示している。
【実施例2】
【0085】
NANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンを有する糖タンパク質を産生し得るピキア・パストリス菌株は、NANAGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有する糖タンパク質を産生し得るピキア・パストリス菌株にベクターpSH1022を導入することにより作製できる。例えば、フコシル化経路の成分をコード化する遺伝子を含有しているベクターpSH1022は、ΝAΝAGalGlcΝAcManGlcΝAcN−グリカンを有するラットEPOを産生し、米国仮特許出願第60/801,688号明細書及びHamiltonら,Science,313,1441−1443(2006)に開示されている菌株YSH597に形質転換され得る。導入により菌株で産生されるラットEPOはNANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンを含んでいるであろう。
【0086】
シアリル化経路をコード化する酵素を実施例1の菌株YSH661に導入する予想方法を以下に提供する。
【0087】
ホモサピエンスUDP−N−アセチルグルコサミン−2−エピメラーゼ/N−アセチルマンノサミンキナーゼ(GNE)、ホモサピエンスN−アセチルノイラミネート−9−ホスフェートシンターゼ(SPS)、ホモサピエンスCMP−シアル酸シンターゼ(CSS)、ハツカネズミCMP−シアル酸トランスポーター(CST)、及びハツカネズミα−2,6−シアリルトランスフェラーゼ(ST)のアミノ酸40〜403のオープンリーディングフレームをGeneOptimizerソフトウェアにより分析し、ピキア・パストリス発現(独国レーゲンスブルクに所在のGeneArt)に対してコドン最適化する。生じたGNE、SPS、CSS及びCSTに対する5’BsaI及び3’HpaI制限部位を有する合成DNAを作製し、シャトルベクターにクローン化し、それぞれpGLY368、367、366及び369と称する。STに対する5’AscI及び3’PacI制限部位を有する合成DNAを作製し、シャトルベクターにクローン化し、pSΗ660と称する。SPS、CSS及びCST発現カセットを作成するために、ベクターpGLY367、366及び369をBsaI及びHpaIで消化して、1.1、1.3及び1.0Kb断片を切り取り、これらの断片をT4 DNAポリメラーゼで処理して一本鎖オーバーハングを除去する。次いで、これらの断片を、予めNotI及びAscIで消化し、T4 DΝAポリメラーゼで処理したベクターpGLY359、並びに予めNotI及びPacIで消化し、T4 DΝAポリメラーゼで処理したベクターpGLY17及び363にサブクローン化する。生じたベクターpSH819は、PacI制限部位に隣接するPpPMAlprom−PpPMAlttカセット中にSPSを含んでいる。生じたベクターpSH824は、5’BglII及び3’BamHI制限部位に隣接するPpGAPDH−ScCYCttカセット中にCSSを含んでいる。生じたベクターpGLY372は、RsrII制限部位に隣接するPpPMA1prom−PpPMAlttカセット中にCSTを含有している。酵母局在化シグナルに融合したST触媒ドメインを作製するために、Mntlのサッカロミセス・セレビシアエターゲッティング領域をゲノムDΝAからTaq DΝAポリメラーゼ(ウィスコンシン州マディソンに所在のPromega)、並びにプライマーScMnt1−順方向及びScMnt1−逆方向(それぞれ、5’−GGGCGGCCGCCACCATGGCCCTCTTTCTC AGTAAGAGACT GTTGAG−3’(配列番号25)及び5’−CCGGCGCGCCCGATGACTTGTTG TTCAGGGGATATAGATCCTG−3’(配列番号26))を用いて増幅させる。使用する条件は、94℃で3分間を1サイクル;94℃で30秒間、55℃で20秒間、68℃で1分間を30サイクル;68℃で5分間を1サイクルである。生じた5’NotI及び3’AscI制限部位を含有している174bp断片をコドン最適化STに対してインフレーム5’でサブクローン化すると、ベクターpSH861が生ずる。その後、このベクターをNotI及びPacIで消化してST−融合を含む1.3Kb断片を切り取り、T4 DΝAポリメラーゼで処理し、NotI及びPacIで消化することにより作製し、T4 DΝAポリメラーゼで処理したpGLY361にサブクローン化する。SgfI制限部位に隣接するPpTEFprom−PpTEFttカセット中にST−融合を含むベクターが生じ、これをpSH893と称する。
【0088】
ピキア・パストリスGAPDHプロモーター及びサッカロミセス・セレビシアエCYC転写ターミネーターを含有する酵母発現ベクターpSH823は、Trp2 ORFの下流のピキアゲノムに組み込むように設計されている。PMA−CST発現カセットをコード化する2.6Kb断片をpGLY372から制限酵素RsrIIを用いて切り取り、同一酵素で消化したpSH823にサブクローン化する。PMA−CST及びGAPDH発現カセットが同一方向にアラインされているベクターが生じ、これをpSH826と称する。その後、このベクターを制限酵素NotI及びPacIで消化し、一本鎖オーバーハングをT4 DΝAポリメラーゼを用いて除去する。この線状構築物に、pGLY368からBsaI及びHpaIで消化することにより単離し、一本鎖オーバーハングを除去するためにT4 DNAポリメラーゼで処理したGNEの2.2Kb断片をサブクローン化する。このベクターをpSH828と称する。その後、このベクターをPacIで消化し、ここにPMA−SPS発現カセットをコード化するpSH819の2.7Kb PacI断片をサブクローン化する。PMA−SPS発現カセットがGAPDH発現カセットと反対方向にアラインされているベクターが生じ、これをpSH830と称する。この段階で、URA5マーカーが、pSH830からXhoIを用いて2.4Kb URA5断片を切り取り、pSH842から同一酵素で消化したHISIの1.8Kb断片で置換することによりHIS1で置換されている。HIS1 ORFがGAPDH−GNE発現カセットと同一方向にアラインされているベクターが生じ、これをpSH870と称する。その後、このベクターをBamHIで消化し、pSH824からBamHI及びBglIIで消化することにより単離したGAPDH−CSS発現カセットを含有している2.1Kb断片をサブクローン化する。新たに導入した発現カセットがGAPDH−GNEカセットと反対方向に方向づけられているベクターが生じ、これをpSH872と称する。次いで、TEF−STを含有している2.2Kb発現カセットをpSH872からSgfIで消化し、同一酵素で消化したpSH893にサブクローン化する。TEF−STカセットがGAPDH−GNEカセットと反対方向に方向づけられているベクターが生じ、これをpSH926と称する。
【0089】
pSH926ベクターを菌株YSH661に形質転換し、これはその後NANAGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有するラットEPOを産生し得る。
【実施例3】
【0090】
NANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンを有するヒトEPOを産生し得るピキア・パストリス菌株は、NANAGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有するヒトEPOを産生し得るピキア・パストリス菌株にベクターpSH1022を導入することにより作製できる。例えば、フコシル化経路の成分をコード化する遺伝子を含んでいるベクターpSH1022は、NANAGalGlcNAcManGlcNAcN−グリカンを有する糖タンパク質を産生し得る菌株、例えばHamiltonら,Science,313,1441−1443(2006)に開示されている菌株YSH597、またはシアリル化経路酵素をコード化する遺伝子を含んでいるが、ラットEPOをコード化するDNAをヒトEPOをコード化するDNAで置換した実施例2のYSH661に形質転換され得る。次いで、菌株はNANAGalGlcNAcManGlcNAc(Fuc)N−グリカンを有するヒトEPOを産生するであろう。
【0091】
本発明を本明細書中で例示した実施形態を参照して記載してきたが、本発明はこれらに限定されないと理解されるべきである。本明細書中の教示内容を入手できる当業者は本発明の範囲内で追加の改変及び実施形態を認識するであろう。従って、本発明は添付の請求の範囲によってのみ限定される。
【0092】
【表1】












【特許請求の範囲】
【請求項1】
フコシル化経路を含む組換え下等真核生物宿主細胞。
【請求項2】
酵母または糸状菌である請求項1の宿主細胞。
【請求項3】
酵母がピキア属菌(Pichia sp.)である請求項2の宿主細胞。
【請求項4】
ピキア属菌がピキア・パストリス(Pichia pastoris)である請求項3の宿主細胞。
【請求項5】
宿主細胞は更に、糖タンパク質のN−グリカンに対してα1,6−マンノシルトランスフェラーゼ活性を示さず、ならびにα1,2−マンノシダーゼ触媒(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびα1,2−マンノシダーゼ活性を宿主細胞のERまたはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERまたはゴルジ体を組換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化ManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される、請求項1の宿主細胞。
【請求項6】
更に、GlcNAcトランスフェラーゼI触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびGlcNAcトランスフェラーゼI活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される、請求項1の宿主細胞。
【請求項7】
更に、マンノシダーゼII触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびマンノシダーゼII活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される、請求項1の宿主細胞。
【請求項8】
更に、GlcNAcトランスフェラーゼII触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびGlcNAcトランスフェラーゼII活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される、請求項1の宿主細胞。
【請求項9】
更に、ガラクトーストランスフェラーゼII触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびガラクトーストランスフェラーゼII活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化GalGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される、請求項1の宿主細胞。
【請求項10】
更に、シアリルトランスフェラーゼ触媒ドメイン(通常触媒ドメインを伴わない細胞標的シグナルペプチドに融合されおよびシアリルトランスフェラーゼ活性を宿主細胞のERもしくはゴルジ体へターゲットするように選択されている。)を含み、これにより宿主細胞のERもしくはゴルジ体内を組み換え糖タンパク質が通過すると、フコシル化NANAGalGlcNAcManGlcNAcグリコフォームを含む組換え糖タンパク質が産生される、請求項1の宿主細胞。
【請求項11】
複数のグリコフォームを含む糖タンパク質組成物であって、各グリコフォームは少なくとも1つのN−グリカンを結合して含んでおり、よって糖タンパク質組成物は複数のN−グリカンを含んでおり、複数のN−グリカンの25モル%以上が本質的にManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、ManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、GalGlcNAcManGlcNAc、NANAGalGlcNAcManGlcNAc及びNANAGalGlcNAcManGlcNAcからなる群から選択されるフコシル化N−グリカンから構成されている、糖タンパク質組成物。
【請求項12】
フコシル化N−グリカンが複数のN−グリカンの50モル%を超える請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項13】
フコシル化N−グリカンが複数のN−グリカンの75モル%を超える請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項14】
フコシル化N−グリカンが複数のN−グリカンの80モル%を超える請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項15】
フコースはN−グリカンの還元末端でGlcNAcとα1,3−結合している請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項16】
フコースはN−グリカンの還元末端でGlcNAcとα1,6−結合している請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項17】
フコースはN−グリカンの非還元末端でGalとα1,2−結合している請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項18】
フコースはN−グリカンの非還元末端でGlcNacとα1,3−結合している請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項19】
フコースはN−グリカンの非還元末端でGlcNAcとα1,4−結合している請求項11の糖タンパク質組成物。
【請求項20】
ハイブリッドベクターであって、(a)下等真核宿主細胞において機能的であり、(i)ターゲッティング配列をコード化する融合タンパク質をコード化するDNAコード配列に操作可能に連結されているDNA調節エレメント及び(b)フコシル化経路酵素の触媒ドメインを含む、ベクター。
【請求項21】
フコシル化経路酵素はフコシルトランスフェラーゼである請求項17のベクター。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4A】
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【図4B】
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【公表番号】特表2010−519930(P2010−519930A)
【公表日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−552704(P2009−552704)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【国際出願番号】PCT/US2008/002787
【国際公開番号】WO2008/112092
【国際公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(503007287)グライコフィ, インコーポレイテッド (37)
【Fターム(参考)】