説明

糖タンパク質糖鎖の分析方法

【課題】 微量の糖タンパク質糖鎖、特に電気泳動操作後のゲル中、あるいは、ブロッティング操作後のブロッティング膜上に存在する糖タンパク質の糖鎖を分析する手段を提供すること。
【解決手段】 試料中の糖タンパク質の糖鎖の分析方法であって、(a)糖タンパク質が保持された固相を得る工程、(b)前記固相を糖鎖遊離手段で処理する工程、(c)遊離した糖鎖を前記固相から溶出させて糖鎖を含む溶液を得る工程、(d)前記糖鎖を含む溶液を糖鎖と特異的に結合する捕捉担体に接触させて前記捕捉担体上に糖鎖を捕捉する工程、(e)上記捕捉担体に結合しなかった糖鎖以外の物質を除去する工程、(f)捕捉担体に結合した糖鎖を再遊離し、精製された糖鎖試料を得る工程、(g)糖鎖を分析する工程、を含む糖タンパク質糖鎖の分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖タンパク質糖鎖の新規分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖とは、グルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、シアル酸などの単糖およびこれらの誘導体がグリコシド結合によって鎖状に結合した分子の総称である。
糖鎖は、非常に多様性に富んでおり、天然に存在する生物が有する様々な機能に関与する物質である。糖鎖は生体内でタンパク質や脂質などに結合した複合糖質として存在することが多く、生体内の重要な構成成分の一つである。生体内の糖鎖は細胞間情報伝達、タンパク質の機能や相互作用の調整などに深く関わっていることが明らかになりつつある。
【0003】
例えば、糖鎖を有する生体高分子としては、細胞の安定化に寄与する植物細胞の細胞壁のプロテオグリカン、細胞の分化、増殖、接着、移動等に影響を与える糖脂質、及び細胞間相互作用や細胞認識に関与している糖タンパク質等が挙げられるが、これらの高分子の糖鎖が、互いに機能を代行、補助、増幅、調節、あるいは阻害しあいながら高度で精密な生体反応を制御する機構が次第に明らかにされつつある。さらに、このような糖鎖と細胞の分化増殖、細胞接着、免疫、及び細胞の癌化との関係が明確にされれば、この糖鎖工学と、医学、細胞工学、あるいは臓器工学とを密接に関連させて新たな展開を図ることが期待できる(非特許文献1)。
【0004】
一方、細胞や組織に発現しているタンパク質の動態を迅速に把握し,それらのタンパク質が関わる相互作用を解析することを目的とするプロテオミクス研究が90年代から盛んに行われている。プロテオミクス研究におけるプロテオーム解析の重要な手段の一つとして、二次元電気泳動が挙げられる。二次元電気泳動とは、二段階の電気泳動によりタンパク質を二次元に分離する手法である。一般的に、一次元目は等電点電気泳動によりタンパク質を分離し、二次元目はSDS-PAGEにより分子量で分離する。いずれの手法も分離能が非常に高く、細胞全タンパク質を数千以上のスポットに分離すること可能である。プロテオーム解析において、二次元電気泳動手法は中心的な役割を担っている。分離後のゲルは同位体標識もしくは染色によってタンパク質を可視化して検出するか、あるいは、メンブレン上に転写(ブロッティング)したものを抗原抗体反応、染色などの方法で可視化して検出される。
【0005】
プロテオーム解析が大規模に行われている一方で、糖タンパク質に担持されている糖鎖に注目した解析(グライコミクス解析)の例は比較的少ない。非特許文献2では二次元電気泳動のゲルおよび転写後のメンブレンから糖鎖を抽出・分析する方法が報告されているが、精製にカラム操作を要するなど、スループットの観点からは実用的とはいえない。非特許文献3には、糖鎖と特異的に結合するポリマー粒子を用いて糖鎖を精製し、同時に糖鎖をラベル化(標識化)する技術が報告されている。この方法を用いれば糖鎖のハイスループット精製が可能である。二次元電気泳動で分離後の糖タンパク質から糖鎖を分離し、高感度分析に供する手段としてこの方法を利用すれば、既存のプロテオーム解析作業と並行してハイスループットに糖鎖解析を行うことが可能となり、プロテオミクス解析とグライコミクス解析を融合した新しい知見が広がることが期待される。
【0006】
【非特許文献1】糖鎖生物学入門 化学同人 2005年11月1日発行 第1版
【非特許文献2】P. Camilleriら、Analytical Biochemistry 284, pp.49-59, 2000年
【非特許文献3】H. Shimaokaら、Chemistry A European Journal 13, pp.1664-1673, 2007年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、微量の糖タンパク質糖鎖、特に電気泳動操作後のゲル中、あるいは、ブロッティング操作後のブロッティング膜上に存在する糖タンパク質の糖鎖を分析する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の通りである。
(1) 試料中の糖タンパク質の糖鎖の分析方法であって、
(a)糖タンパク質が保持された固相を得る工程、
(b)前記固相を糖鎖遊離手段で処理する工程、
(c)遊離した糖鎖を前記固相から溶出させて糖鎖を含む溶液を得る工程、
(d)前記糖鎖を含む溶液を糖鎖と特異的に結合する捕捉担体に接触させて前記捕捉担体上に糖鎖を捕捉する工程、
(e)上記捕捉担体に結合しなかった糖鎖以外の物質を除去する工程、
(f)捕捉担体に結合した糖鎖を再遊離し、精製された糖鎖試料を得る工程、
(g)糖鎖を分析する工程、
を含むことを特徴とする、糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(2) 前記糖タンパク質が保持された固相を得る工程が
(a−1)試料を一次元又は二次元ゲル電気泳動により糖タンパク質を分画する工程、
(a−2)電気泳動後のゲルをタンパク質染色手段により染色する工程、
(a−3)染色された部分であるタンパク質が保持された部分を切り出し、細片を得る工程、
を含む(1)記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(3)前記糖タンパク質が保持された固相を得る工程が
(a−1)試料を一次元又は二次元ゲル電気泳動により糖タンパク質を分画する工程、
(a−4)電気泳動後のゲルをメンブレンに接触させ、タンパク質をメンブレンに転写する工程、
(a−5)メンブレンのタンパク質が保持された部分を切り出す工程、
を含む(1)記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(4) 前記糖鎖遊離手段がグリコシダーゼによる処理である(1)〜(3)いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(5)前記糖鎖遊離手段がトリプシン又はキモトリプシンであるプロテアーゼによる処理と、それに引き続いて行うグリコシダーゼによる処理である(1)〜(3)いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(6) 前記糖鎖遊離手段がヒドラジン分解又はアルカリ処理による糖鎖のβ脱離である(1)〜(3)いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(7) 前記糖鎖と特異的に結合する捕捉担体が、ヒドラジド基を含有するポリマー粒子である(1)〜(6)いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(8) 前記糖鎖と特異的に結合する捕捉担体が、式(1)の構造を有する架橋ポリマー粒子である(1)〜(7)いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【0009】
【化1】

(m、nはモノマーユニット数を表す整数。)
【0010】
(9)捕捉担体に捕捉された糖鎖の再遊離が、ラベル化試薬との交換反応である(1)〜(8)いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(10)前記ラベル化試薬が、下記のヒドラジド基を含む物質またはアミノオキシ基を含む物質からなる群から選ばれる少なくと1つの物質、または、その塩である(9)記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(ヒドラジド基を含む物質) 5-Dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl hydrazine (Dansylhydrazine);2-hydrazinopyridine; 9-fluorenylmethyl carbazate (Fmoc hydrazine);benzylhydrazine; 4,4-difluoro-5,7-dimethyl-4-bora-3a,4a-diaza-s-indacene-3-propionoc acid, hydrazide; 2-(6,8-difluoro-7-hydroxy-4-methylcoumarin)acetohydrazide; 7-diethylaminocoumarin-3-carboxylic acid; hydrazide (DCCH);phenylhydrazine; 1-Naphthaleneacethydrazide; 2-hydrazinobenzoic acid; phenylacetic hydrazide; biotin hydrazide.
(アミノオキシ基を含む物質) O-benzylhydroxylamine; O-phenylhydroxylamine;O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester; aminooxy-biotin.
(11)ラベル化試薬がアルギニン残基、トリプトファン残基、フェニルアラニン残基、チロシン残基、システイン残基およびこれら誘導体の少なくとも一つからなる部分を含む、(9)記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(12)前記ラベル化試薬が式(2)で表される構造を有する化合物である(9)記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【0011】
【化2】

(構造式中、Rはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基のいずれかであり、水素原子の一部または全部が重水素に置換されていてもよい。)
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法を用いると、電気泳動ゲルあるいはブロッティング後のメンブレン上の糖タンパク質糖鎖を高感度に分析することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、 試料中の糖タンパク質の糖鎖の分析方法であって、(a)糖タンパク質が保持された固相を得る工程、(b)前記固相を糖鎖遊離手段で処理する工程、(c)遊離した糖鎖を前記固相から溶出させて糖鎖を含む溶液を得る工程、(d)前記糖鎖を含む溶液を糖鎖と特異的に結合する捕捉担体に接触させて前記捕捉担体上に糖鎖を捕捉する工程、(e)上記捕捉担体に結合しなかった糖鎖以外の物質を除去する工程、(f)捕捉担体に結合した糖鎖を再遊離し、精製された糖鎖試料を得る工程、(g)糖鎖を分析する工程、を含む糖タンパク質糖鎖の分析方法である。
【0014】
(測定に供する試料)
本発明において使用する糖鎖を含む試料は、例えば全血、血清、血漿、尿、唾液、細胞、組織などの生体試料を用いることができる。また、精製された、あるいは未精製の糖タンパク質を用いることができる。試料は脱脂、脱塩、タンパク質分画などの方法により前処理されていてもよい。
【0015】
本発明において、試料中の糖タンパク質が保持された固相を得る工程について説明する。
(電気泳動およびブロッティング)
試料を例えばSDS-PAGE(SDS変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動)や、等電点電気泳動とSDS-PAGEを組み合わせた二次元電気泳動によって分離する。泳動後のゲルを例えばクーマシーブリリアントブルーなどの染色剤を用いて染色したのち、ニトロセルロース、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)などのメンブレンに転写してもよい。転写は一般的なブロッティング装置を用いて行うことができる。染色はメンブレンへの転写の後に行ってもよい。
【0016】
次いで前記固相を糖鎖遊離手段で処理し、遊離した糖鎖を固相から溶出させて糖鎖を含む溶液を得る。
【0017】
(ゲル中の糖タンパク質からの糖鎖遊離)
電気泳動ゲルから糖鎖を回収する方法について記述する。電気泳動後のゲルを染色してタンパク質のバンドを確認し、バンド部分を刃物等を用いて切り出す。これを刃物等で細片化し、染色剤を洗浄除去したのち、ゲル内に保持されている糖タンパク質から糖鎖を遊離させる。糖鎖を遊離させる手段としては、N-グリコシダーゼあるいはO-グリコシダーゼを用いたグリコシダーゼ処理、ヒドラジン分解、アルカリ処理によるβ脱離などの方法を用いることができる。N型糖鎖の分析を行う場合は、N-グリコシダーゼを用いる方法が好ましい。グリコシダーゼ処理に先立って、トリプシンやキモトリプシンなどを用いてプロテアーゼ処理を行ってもよい。糖鎖遊離処理後、ゲルを水、緩衝液、有機溶媒などを用いてリンスすることにより、遊離された糖鎖をゲルから溶出させる。この上清を回収し、必要に応じて濃縮することで糖鎖を含む混合物を得ることができる。
【0018】
(メンブレン上の糖タンパク質からの糖鎖遊離)
電気泳動ゲルを転写したメンブレンから糖鎖を回収する方法について記述する。電気泳動ゲルからメンブレンに転写した後、必要に応じてメンブレンを染色する。染色にはクーマシーブリリアントブルーに代表される染色剤、あるいは銀染色を用いることが好ましい。染色された部分を刃物等で切り出す。メンブレン断片に保持されている糖タンパク質から糖鎖を遊離させる。糖鎖を遊離させる手段としては、N-グリコシダーゼあるいはO-グリコシダーゼを用いたグリコシダーゼ処理、ヒドラジン分解、アルカリ処理によるβ脱離などの方法を用いることができる。N型糖鎖の分析を行う場合は、N-グリコシダーゼを用いる方法が好ましい。グリコシダーゼ処理に先立って、トリプシンやキモトリプシンなどを用いてプロテアーゼ処理を行ってもよい。糖鎖遊離処理後、メンブレン断片を水、緩衝液、有機溶媒などを用いてリンスすることにより、遊離された糖鎖をメンブレンから溶出させる。この上清を回収し、必要に応じて濃縮することで糖鎖を含む混合物を得ることができる。
【0019】
次いで、糖鎖を含む溶液を糖鎖と特異的に結合する捕捉担体に接触させて捕捉担体上に糖鎖を捕捉する。
【0020】
糖鎖は生体内物質のなかで唯一、アルデヒド基をもつ物質である。すなわち、糖鎖は水溶液などの状態で環状のヘミアセタール型と、非環状型のアルデヒド型とが平衡で存在する。タンパク質や核酸,脂質など糖鎖以外の生体内物質にはアルデヒド基が含まれていない。このことから、アルデヒド基と特異的に反応して安定な結合を形成する官能基を有する捕捉担体を利用すれば、糖鎖のみを選択的に捕捉することが可能である。アルデヒド基と特異的に反応する官能基としては、たとえばオキシルアミノ基、ヒドラジド基、アミノ基、セミチオカルバジド基ならびにそれらの誘導体を好ましく、ヒドラジド基あるいはオキシルアミノ基がより好ましい。オキシルアミノ基とアルデヒド基との反応によって生じるオキシム結合およびヒドラジド基とアルデヒド基との反応によって生じるヒドラゾン結合は、酸処理などによって容易に切断されるため、糖鎖を捕捉したのち、糖鎖を担体から簡単に切り離すことができる。一般的に,生理活性物質の捕捉・担持にはアミノ基が多用されているが、アミノ基とアルデヒド基の反応によって生じる結合(シッフ塩基)は結合力が弱いため、還元剤などを用いた二次処理が必要であることから、アミノ基は糖鎖の捕捉には好ましくない。
【0021】
糖鎖を捕捉するための担体としては、ポリマー粒子を用いることが好ましい。ポリマー粒子は、少なくとも表面の一部に糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有した固体あるいはゲル粒子であることが好ましい。ポリマー粒子が固体粒子あるいはゲル粒子であれば、ポリマー粒子に糖鎖を捕捉させたのち、遠心分離やろ過などの手段によって容易に回収することができる。また,ポリマー粒子をカラムに充填して用いることも可能である。カラムに充填して用いる方法は、特に連続操作化の観点から重要となる。反応容器としてフィルタープレート(例えばMillipore社製 MultiScreen Solvinert Filter Plate)を用いることにより、複数のサンプルを同時に処理することが可能となり、例えばゲルろ過に代表されるカラム操作による従来の精製手段と比較して、糖鎖精製のスループットが大幅に向上される。
【0022】
ポリマー粒子の形状は特に限定しないが,球状またはそれに類する形状が好ましい。ポリマー粒子が球状の場合、平均粒径は好ましくは0.05〜1000μmであり、より好ましくは0.05〜200μmであり、さらに好ましくは0.1〜200μmであり、最も好ましくは0.1〜100μmである。平均粒径が下限値未満では,ポリマー粒子をカラムに充填して用いる際,通液性が悪くなるために大きな圧力を加える必要がある。また、ポリマー粒子を遠心分離やろ過で回収することも困難となる。平均粒径が上限値を超えると、ポリマー粒子と試料溶液の接触面積が少なくなり、糖鎖捕捉の効率が低下する。
【0023】
糖鎖を特異的に捕捉するポリマー粒子によって糖鎖を捕捉する際の反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。糖鎖捕捉時の温度は,好ましくは4〜90℃,より好ましくは4〜70℃、さらに好ましくは30〜80℃であり,最も好ましくは40〜80℃である。反応時間は適宜設定することができる。ポリマー粒子をカラムに充填して試料溶液を通過させてもよい。
【0024】
ポリマー粒子を用いた場合、担体表面には糖鎖以外の莢雑物が非特異的に吸着しているため、これらを洗浄除去する必要がある。洗浄液としては、水、緩衝液、界面活性剤を含む水または緩衝液、有機溶剤などを適宜組み合わせて用いることが好ましい。特に好ましい形態は、界面活性剤を含む水または緩衝液で十分に洗浄したのち、有機溶剤で洗浄し、最後に水で洗浄する方法である。これらの洗浄により、非特異的吸着物がポリマー粒子表面から除去される。
【0025】
次いで捕捉担体であるポリマー粒子に結合した糖鎖を再遊離し、精製された糖鎖試料を得る。
ポリマー粒子に結合した糖鎖を別の化合物(以下化合物Aと称す)に置換する工程に関して説明する。化合物Aはラベル化試薬であることが好ましい。糖鎖が結合しているポリマー粒子に対して化合物Aを過剰量加えることで置換が成される。すなわち、糖鎖はポリマー粒子から切り離され、それと同時に糖鎖に化合物Aが付加する(糖鎖はAで「ラベル化」される)。過剰に加える化合物Aの量は、好ましくはポリマー粒子が有する糖鎖と特異的に反応する官能基量の1.5倍量以上、より好ましくは3倍量以上、さらに好ましくは5倍量以上であり、最も好ましくは10倍量以上である。反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。反応系の温度は,好ましくは4〜90℃,より好ましくは4〜70℃、さらに好ましくは30〜80℃であり,最も好ましくは40〜80℃である。化合物Aとしては、アミノオキシ基またはヒドラジド基を有する化合物が好ましく、最も好ましい化合物はN-aminooxyacetyl-tryptophanyl(arginine methyl ester:化学式(2)でRがメチル基の化合物) である。
【0026】
得られたラベル化糖鎖は、MALDI-TOF MSに代表される質量分析、高速液体クロマトグラフィなどの手法で分析することができる。特に糖鎖がN-aminooxyacetyl-tryptophanyl(arginine methyl ester)でラベル化されている場合、MALDI-TOF MSを用いて高感度分析を行うことができる。
【実施例】
【0027】
(糖タンパク質のゲル電気泳動およびメンブレンへの転写)
糖タンパク質の一種であるフェツイン(ウシ血清由来、Sigma-Aldrich製)を用いて実験を行った。フェツインを40μg/mLの濃度でリン酸緩衝液に溶解した。フェツイン溶液80μLとサンプル調製溶液(アトー(株)製EzApply、DTTとSDSを含む溶液)80μLを混合し、沸騰水浴で2分間処理することにより変性した後、SDS-PAGE用プレキャストゲル(アトー(株)製 c-PAGEL、ゲル濃度勾配5-20%)用いて電気泳動を行った。泳動に供するフェツインの量は、100、10、5、1、0.1μgとした。泳動終了後、ゲルを取り出し、クーマシーブリリアントブルーでタンパク質バンドを染色した。図1にクーマシーブリリアントブルー染色後のSDS-PAGEゲルの写真を示す。SDS-PAGEのゲル中にフェツインが保持されたことを確認した。
ゲルをPVDFメンブレンと重ねあわせ、緩衝液中で電圧を印加することで、ゲル内のタンパク質をメンブレン上に転写した。図2に転写後のPVDFメンブレンの写真を示す。ゲル中のフェツインがPVDFメンブレンに転写されたことを確認した。
【0028】
(メンブレン上の糖タンパク質の糖鎖遊離)
メンブレンの、フェツインが転写された部分(クーマシーブリリアントブルーの染色で確認)をカッターナイフで切り出し、約2mm角の細片にしてチューブに入れた。これに重炭酸アンモニウム緩衝液(pH7.5)90μLを加え、さらに別途調製したトリプシン溶液(5μL、酵素量400unit)を加え、37℃で1時間処理することでフェツインをペプチド断片化した。80℃で20分間処理してトリプシンを失活させたのち、N-グリコシダーゼF(ロシュ・ダイアグノスティクス製)(5μL、酵素量5unit)を加え、37℃で一晩静置することにより、フェツインからN型糖鎖を遊離させた。溶液とメンブレン細片を分離し、溶液を回収し、減圧乾燥したのち20μLの純水に再溶解した。
【0029】
(糖鎖のビーズへの固定化)
糖鎖捕捉担体を用いて糖鎖の精製およびラベル化を行った。糖鎖捕捉担体は式(1)の構造式を有するポリマー粒子(住友ベークライト株式会社製BlotGlyco BS-X4104S)を用いた。ポリマー粒子約5mgを反応容器に取った。反応容器としてフィルタープレート(Millipore社製 MultiScreen Solvinert Filter Plate)を用いた。ポリマー粒子の入ったフィルタープレートのウェルに、上記で回収したフェツインN型糖鎖溶液20μLを加え、さらに2%酢酸/アセトニトリル溶液180μLを加えた。これを80℃で1時間加熱し、溶媒を完全に蒸発させた。乾燥したポリマー粒子を2Mグアニジン塩酸塩水溶液、純水、メタノール、1%トリエチルアミン/メタノール溶液、メタノールで順次洗浄することで糖鎖以外の莢雑物を除去した。ポリマー粒子上の未反応のヒドラジド基をブロッキングするため、10%無水酢酸/メタノール溶液100μLを加え、室温で30分間静置した。その後、ポリマー粒子をメタノール、10mM塩酸、純水、メタノール、1,4-ジオキサンで順次洗浄した。次に、酸性糖鎖のシアル酸のメチルエステル化を行った。1-メチル-3-p-トリルトリアゼン(東京化成)を100mMの濃度で1,4-ジオキサンに溶解し、100μLをブロッキング操作後のポリマー粒子に加え、60℃で1時間処理した。その後、ポリマー粒子をメタノール、純水、ジオキサン、純水で順次洗浄した。
【0030】
(ポリマー粒子に固定化された糖鎖の再遊離およびラベル化)
次いで、ポリマー粒子に固定化された糖鎖に対して過剰量のアミノオキシ基含有化合物を加え、交換反応で糖鎖を複合体(ラベル化体)として回収するため以下の操作を行なった。N-aminooxyacetyl-tryptophanyl(arginine methyl ester) (aoWRと略す) を20mMの濃度で純水に溶解した。この溶液20μLを上記ポリマー粒子に加え、さらに2%酢酸/アセトニトリル溶液180μLを加えた。これを80℃で1時間加熱(溶媒は完全に蒸発)することにより、固定化された糖鎖をポリマー粒子から切り離すと同時に、糖鎖の還元末端にaoWRを導入した。乾燥したポリマー粒子に純水50μLを加えて撹拌することで糖鎖-aoWR複合体(ラベル化糖鎖)を液中に溶出させ、これを回収した。
この溶液には未反応のaoWRが含まれているため、これを除去するために固相抽出を行った。固相抽出にはWaters社製「MassPREPTM HILIC μElution Plate」を用いた。回収した糖鎖-aoWR複合体溶液50μLにアセトニトリル950μLを加え、これを上記固相抽出プレートに添加した。溶液を固相抽出プレートのカラム部を通過させることにより糖鎖-aoWR複合体のみをカラム部に吸着させたのち、アセトニトリルで洗浄することにより未反応aoWRを洗い流した。カラム部に50μLの純水を通過させることにより、吸着していた糖鎖-aoWR複合体を溶出させ、これを回収し、濃縮した。
【0031】
(MALDI-TOF MS測定)
回収した糖鎖の1/5量をマトリックスと混合し、MALDI-TOF MS測定を行った。MALDIマトリックスの一種である2,5-dihydroxybenzoic acid を10mg/mL の濃度でアセトニトリル/水混合溶媒(3:7, v/v)に溶解した。このマトリックス溶液1μLを容器に取り、これに糖鎖-aoWR複合体溶液を1μL加え、混合した。これをMALDI-TOF MSのターゲット(試料台)に1μLスポットし、風乾させて結晶を作製した。これをMALDI-TOF MS(Bruker Daltonics社製 Autoflex III TOF/TOF)を用いて質量分析測定を行った。測定はポジティブイオン検出モード、リフレクトロンモードで行い、全てのイオンはプロトン付加体[M+H]+ として観測した。得られたデータを解析ソフト(Bruker Daltonics社製 FlexAnalysis)を用いて解析した。図3にMALDI-TOF MSチャートを示す。フェツイン5μgからスタートした場合において、糖鎖由来の質量数ピークが明確に観測された。フェツイン1μgからスタートした場合でも、存在比の高い糖鎖由来のピークが観測された。それぞれのピーク(図中、(a)〜(d)で表示)の質量数は、下記の組成をもつ糖鎖(aoWRとの複合体)に由来することが分かった。フェツインはシアル酸含有N型糖鎖をもつことが知られており、本特許における結果はそれとよく一致した。
(a) (Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2
(b) (Hex)3 (HexNAc)3 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2
(c) (Hex)3 (HexNAc)3 (NeuAc)3 + (Man)3(GlcNAc)2
(d) (Hex)3 (HexNAc)3 (NeuAc)4 + (Man)3(GlcNAc)2
(略称はそれぞれ、Hex: ヘキソサミン、HexNAc: N-アセチルヘキソサミン、NeuAc: ノイラミン酸(シアル酸)、Man: 万ノース、GlcNAc: N-アセチルグルコサミンを示す。)
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、クーマシーブリリアントブルー染色後のSDS-PAGEゲルの写真である。図中(a)〜(f)はそれぞれ、(a) 分子量マーカー、(b) 100μg、(c) 10μg、(d) 5μg、(e) 1μg、(f) 0.1μg のフェツインをアプライしたレーンを示す。(イ) はフェツインのバンドの位置を示す。
【図2】図2は、クーマシーブリリアントブルー染色後のSDS-PAGEゲルをPVDFメンブレンに転写したものの写真である。図中(a)〜(f)はそれぞれ、SDS-PAGEにおいて (a) 分子量マーカー、(b) 100μg、(c) 10μg、(d) 5μg、(e) 1μg、(f) 0.1μg のフェツインをアプライしたレーンを示す。(イ)はフェツインのバンドの位置を示す。
【図3】図3は、MALDI-TOF MSチャートである。(a)〜(d)はそれぞれ、下記組成の糖鎖に帰属される質量ピークを示したものである。 (a) (Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2 (b) (Hex)3 (HexNAc)3 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2 (c) (Hex)3 (HexNAc)3 (NeuAc)3 + (Man)3(GlcNAc)2 (d) (Hex)3 (HexNAc)3 (NeuAc)4 + (Man)3(GlcNAc)2略称はそれぞれ、Hex: ヘキソサミン、HexNAc: N-アセチルヘキソサミン、NeuAc: ノイラミン酸(シアル酸)、Man: 万ノース、GlcNAc: N-アセチルグルコサミンを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の糖タンパク質の糖鎖の分析方法であって、
(a)糖タンパク質が保持された固相を得る工程、
(b)前記固相を糖鎖遊離手段で処理する工程、
(c)遊離した糖鎖を前記固相から溶出させて糖鎖を含む溶液を得る工程、
(d)前記糖鎖を含む溶液を糖鎖と特異的に結合する捕捉担体に接触させて前記捕捉担体上に糖鎖を捕捉する工程、
(e)上記捕捉担体に結合しなかった糖鎖以外の物質を除去する工程、
(f)捕捉担体に結合した糖鎖を再遊離し、精製された糖鎖試料を得る工程、
(g)糖鎖を分析する工程、
を含むことを特徴とする、糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項2】
前記糖タンパク質が保持された固相を得る工程が
(a−1)試料を一次元又は二次元ゲル電気泳動により糖タンパク質を分画する工程、
(a−2)電気泳動後のゲルをタンパク質染色手段により染色する工程、
(a−3)染色された部分であるタンパク質が保持された部分を切り出し、細片を得る工程、
を含む請求項1記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項3】
前記糖タンパク質が保持された固相を得る工程が
(a−1)試料を一次元又は二次元ゲル電気泳動により糖タンパク質を分画する工程、
(a−4)電気泳動後のゲルをメンブレンに接触させ、タンパク質をメンブレンに転写する工程、
(a−5)メンブレンのタンパク質が保持された部分を切り出す工程、
を含む請求項1記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項4】
前記糖鎖遊離手段がグリコシダーゼによる処理である請求項1〜3いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項5】
前記糖鎖遊離手段がトリプシン又はキモトリプシンであるプロテアーゼによる処理と、それに引き続いて行うグリコシダーゼによる処理である請求項1〜3いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項6】
前記糖鎖遊離手段がヒドラジン分解又はアルカリ処理による糖鎖のβ脱離である請求項1〜3いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項7】
前記糖鎖と特異的に結合する捕捉担体が、ヒドラジド基を含有するポリマー粒子である請求項1〜6いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項8】
前記糖鎖と特異的に結合する捕捉担体が、式(1)の構造を有する架橋ポリマー粒子である請求項1〜7いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【化1】

(m、nはモノマーユニット数を表す整数。)
【請求項9】
捕捉担体に捕捉された糖鎖の再遊離が、ラベル化試薬との交換反応である請求項1〜8いずれか記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項10】
前記ラベル化試薬が、下記のヒドラジド基を含む物質またはアミノオキシ基を含む物質からなる群から選ばれる少なくと1つの物質、または、その塩である、請求項9記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
(ヒドラジド基を含む物質) 5-Dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl hydrazine (Dansylhydrazine);2-hydrazinopyridine; 9-fluorenylmethyl carbazate (Fmoc hydrazine);benzylhydrazine; 4,4-difluoro-5,7-dimethyl-4-bora-3a,4a-diaza-s-indacene-3-propionoc acid, hydrazide; 2-(6,8-difluoro-7-hydroxy-4-methylcoumarin)acetohydrazide; 7-diethylaminocoumarin-3-carboxylic acid; hydrazide (DCCH);phenylhydrazine; 1-Naphthaleneacethydrazide; 2-hydrazinobenzoic acid; phenylacetic hydrazide; biotin hydrazide.
(アミノオキシ基を含む物質) O-benzylhydroxylamine; O-phenylhydroxylamine;O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester; aminooxy-biotin.
【請求項11】
ラベル化試薬がアルギニン残基、トリプトファン残基、フェニルアラニン残基、チロシン残基、システイン残基およびこれら誘導体の少なくとも一つからなる部分を含む、請求項9記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【請求項12】
前記ラベル化試薬が式(2)で表される構造を有する化合物である、請求項9記載の糖タンパク質糖鎖の分析方法。
【化2】

(構造式中、Rはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基のいずれかであり、水素原子の一部または全部が重水素に置換されていてもよい。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−156587(P2009−156587A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−331663(P2007−331663)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】