説明

素子および素子の製造方法

【課題】 最表面に入射する光の反射率を低減することができ、位相板または偏光分離素子などの製品に利用することができる素子とその製造方法を提供する。
【解決手段】 凹凸が周期的に形成された基板の表面上に屈折率の異なる複数の誘電体膜が周期的に積層されている素子であって、基板の凹凸の周期に対する各誘電体膜の突出高さの比である各誘電体膜のアスペクト比(各誘電体膜の突出高さ/基板の凹凸の周期)が基板側から素子の最表面側に向かって順次減少している素子とその素子の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は素子および素子の製造方法に関し、特に最表面に入射する光の反射率を低減することができ、位相板または偏光分離素子などの製品に利用することができる素子とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、フォトニック結晶を利用した素子を作製する方法として、自己クローニング法が知られている。この自己クローニング法は、下地となる基板の表面に凹凸を周期的に形成し、この基板の凹凸の表面上に屈折率の異なる誘電体膜を周期的に積層することによって、基板の表面の周期的な凹凸パターン形状を誘電体膜に反映させる手法である。このような構造の素子については偏光依存性または波長依存性などの光学特性が生じ得るため、そのような光学特性を発揮する素子の開発が期待されている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、自己クローニング法を利用して作製された素子が開示されている。図7に、特許文献1に開示されている従来の素子の模式的な断面図を示す。この素子は、断面が三角形状の凹凸が周期的に形成された基板1の表面上に、互いに屈折率が異なる2種類の第1誘電体膜2および第2誘電体膜3が交互に周期的に積層された構造を有している。
【0004】
図7に示される従来の素子は、以下のようにして作製される。まず、基板1上にマグネトロンスパッタにより第1誘電体膜2を積層する。次に、第2誘電体膜3を第1誘電体膜2と同じ膜厚だけ積層して1周期目の多層膜が積層される。引き続き、同様にして第1誘電体膜2および第2誘電体膜3を上記と同一厚みとなるように交互に積層する操作を繰り返して、第1誘電体膜2および第2誘電体膜3が周期的に積層される(特許文献1の[0014]参照)。
【特許文献1】特開2003−215366号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、図7に示される従来の素子においては、最表面の凹凸の高低差が非常に大きい。したがって、この素子の最表面から光を入射することによって素子の光学特性を発揮させる場合には入射した光の反射率が高くなるため、素子の光学特性による効果を十分に得ることができないという問題があった。
【0006】
そこで、本発明の目的は、最表面に入射する光の反射率を低減することができる素子とその素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、凹凸が周期的に形成された基板の表面上に屈折率の異なる複数の誘電体膜が周期的に積層されている素子であって、基板の凹凸の周期に対する各誘電体膜の突出高さの比である各誘電体膜のアスペクト比(各誘電体膜の突出高さ/基板の凹凸の周期)が基板側から素子の最表面側に向かって順次減少している素子であることを特徴としている。
【0008】
ここで、本発明の素子は、位相板または偏光分離素子に用いることができる。
また、本発明は、凹凸が周期的に形成された基板の表面上に屈折率の異なる複数の誘電体膜が周期的に積層されている素子を製造する方法であって、各誘電体膜は、蒸着によって、基板の凹凸の周期に対する各誘電体膜の突出高さの比である各誘電体膜のアスペクト比(各誘電体膜の突出高さ/基板の凹凸の周期)を順次減少して積層される素子の製造方法であることを特徴としている。
【0009】
ここで、本発明の素子の製造方法において、蒸着はイオンアシスト蒸着であることが好ましい。
【0010】
また、本発明の素子の製造方法は、各誘電体膜をイオンアシスト蒸着によって積層する際に、誘電体膜の成膜と成膜の間にイオンビームを誘電体膜に照射する工程を含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、最表面に入射する光の反射率を低減することができる素子とその素子の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本発明の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0013】
図1に、本発明の素子の好ましい一例の模式的な断面図を示す。この素子は、断面が三角形状の凹凸が周期的に形成された基板1の表面上に、互いに屈折率の異なる2種類の第1誘電体膜2、第2誘電体膜3が交互に周期的に積層されており、基板1の凹凸の周期に対する各誘電体膜の突出高さの比である各誘電体膜のアスペクト比(各誘電体膜の突出高さ/基板1の凹凸の周期)が基板1側から素子の最表面側に向かって順次減少していることを特徴としている。
【0014】
このように、基板1側から素子の表面側に向かってアスペクト比が順次減少するように第1誘電体膜2および第2誘電体膜3をそれぞれ交互に積層していくことによって、積層するごとに各誘電体膜のテーパ角が小さくなっていき、これらの誘電体膜の表面の凹凸が平坦化されていって、図1に示す素子の最表面に位置する第2誘電体膜3の表面の凹凸は積層される各誘電体膜の中で最も平坦化されることになる。
【0015】
ここで、本発明において、各誘電体膜のアスペクト比は、図2の模式的拡大断面図に示すように、基板1の凹凸の周期Pと各誘電体膜の突出高さHとの比(H/P)で表される。また、本発明において、各誘電体膜のテーパ角は、図2に示すように、基板1の凹凸の周期P方向に伸びる直線と各誘電体膜の表面の傾斜とが為す角度αで表される。
【0016】
図3に、断面が三角形状の凹凸が200nmのピッチで周期的に形成された基板上にTa25膜とSiO2膜とを交互に順次積層した素子を形成し、素子の最表面に波長400nmの光を垂直に入射したときの反射率と、素子の最表面に位置するSiO2膜のテーパ角との関係を示す。
【0017】
図3に示すように、素子の最表面に位置するSiO2膜のテーパ角が小さくなるにつれて入射した光の反射率が指数関数的に減少しているのがわかる。
【0018】
したがって、本発明の素子においては、最表面の凹凸の高低差を従来の素子と比べて大幅に低減して平坦化することができるため、素子の最表面から入射する光の反射率を低減することができるのである。
【0019】
このような本発明の素子は、たとえば図4に示すイオンアシスト蒸着装置を用いて作製することができる。ここで、イオンアシスト蒸着装置は、蒸着室4の上方にイオンビーム8を照射するための分岐管9を備えており、蒸着室4の内部の下方には誘電体膜の原料6を収容するための容器5と容器5を加熱するための加熱器7が設置されている。
【0020】
このイオンアシスト蒸着装置の蒸着室4の上方に基板1を設置し、蒸着室4の下方に設置された容器5に図1に示す第1誘電体膜2の原料6を充填する。そして、加熱器7によって容器5を加熱することによって原料6を蒸発させ、蒸発した原料ガス6aが基板1の表面に接触することによって基板1の表面上に第1誘電体膜2が蒸着により成膜される。ここで、この第1誘電体膜2の成膜中においては、分岐管9からイオンビーム8が照射されることによって、第1誘電体膜2はエッチングされてその形状を整えられながら成膜する。これにより、次に成膜される図1に示す第2誘電体膜3の成膜形状がより調節しやすくなる。
【0021】
次に、容器5には、図1に示す第2誘電体膜3の原料を充填し、加熱器7によって容器5を加熱することによって原料を蒸発させ、蒸発した原料ガスが基板1上に成膜された第1誘電体膜2の表面に接触することによって第2誘電体膜3が第1誘電体膜2の表面上に蒸着により成膜される。ここで、第2誘電体膜3は、先に成膜されている第1誘電体膜2よりもアスペクト比が減少するように調節して成膜される。また、この第2誘電体膜3の成膜中においても、分岐管9からイオンビーム8が照射されることによって、第2誘電体膜3はエッチングされてその形状を整えられながら成膜する。このイオンビーム8の照射により、その次に新たに成膜される第1誘電体膜2の成膜形状がより調節しやすくなる。
【0022】
続いて、容器5には、再度、第1誘電体膜2の原料6を充填し、加熱器7によって容器5を加熱することによって原料を蒸発させ、蒸発した原料ガスが基板1上に成膜された第2誘電体膜3の表面に接触することによって第1誘電体膜2が第2誘電体膜3の表面上に蒸着により成膜される。ここで、第1誘電体膜2は、先に成膜されている第2誘電体膜3よりもアスペクト比が減少するように調節して成膜される。また、この第1誘電体膜2の成膜中においても、分岐管9からイオンビーム8が照射されることによって、第1誘電体膜2はエッチングされてその形状を整えられながら成膜する。このイオンビーム8の照射により、その次に新たに成膜される第2誘電体膜3の形状をより調節しやすくなる。
【0023】
最後に、再度、容器5に第2誘電体膜3の原料を充填し、加熱器7によって容器5を加熱することによって原料を蒸発させ、蒸発した原料ガスが最表面に位置する第1誘電体膜2の表面に接触することによって第2誘電体膜3が第1誘電体膜2の表面上に蒸着により成膜される。ここで、第2誘電体膜3は、その直下の第1誘電体膜2よりもアスペクト比が減少するように調節して成膜される。ここで、この第2誘電体膜3の成膜中においても、分岐管9から基板1に向けてイオンビーム8が照射されることによって、第2誘電体膜3はエッチングされてその形状を整えられながら成膜する。これにより、第2誘電体膜3の表面形状を整えることができる。このようにして、図1に示す本発明の素子がイオンアシスト蒸着によって作製される。
【0024】
なお、上記において、イオンビームは、誘電体膜の成膜中にのみ照射(以下、「成膜時照射」という。)しているが、誘電体膜の成膜と成膜の間(誘電体膜の成膜後であって次の誘電体膜の成膜開始前)に照射(以下、「成膜後照射」という。)することもできる。すなわち、本発明におけるイオンアシスト蒸着とは、最初の誘電体膜の成膜開始時から素子の製造終了時までの間に少なくとも1回イオンビームが照射されればよいことを意味する。成膜後照射においては蒸着による影響を受けることなく誘電体膜の形状を整えることができるため、誘電体膜の形状をより精細に整えることができる。
【0025】
また、成膜時照射とともに成膜後照射をすることによって、成膜時照射において誘電体膜の形状をある程度整えた後に成膜後照射において誘電体膜の形状をさらに精細に整えることができる。したがって、成膜時照射とともに成膜後照射をした場合には、成膜時照射のみの場合と比べて誘電体膜の形状をより精細に整えることができる傾向にある。
【0026】
なお、イオンアシスト蒸着においては、イオンビームの電圧、電流または誘電体膜の成膜速度などを調節することで、積層される誘電体膜のアスペクト比を徐々に減少することができる。
【0027】
また、上記においては、イオンアシスト蒸着によって各誘電体膜を成膜した場合について説明しているが、イオンアシスト蒸着以外の蒸着(たとえば真空蒸着)などによっても基板側から素子の表面側に向かって各誘電体膜のアスペクト比が順次減少するように各誘電体膜を成膜することができる。ただし、イオンアシスト蒸着は、他の蒸着と比べてアスペクト比をより容易に制御することができる点で有利となる。
【0028】
また、上記においては、第1誘電体膜と第2誘電体膜の2種類の誘電体膜を用いているが、本発明においては互いに屈折率が異なる2種類以上の誘電体膜を用いることもできる。なお、本発明において、誘電体膜としては、たとえばSiO2膜、Ta25膜、Nb25膜、TiO2膜またはSi膜などを用いることができる。
【0029】
また、上記において、基板としては、断面が三角形状の凹凸が周期的に形成されたものが用いられているが、その周期的に形成される凹凸の形状は矩形状または台形状などでもよく、特に限定されるものではない。ただし、三角形状の断面を有する誘電体膜を形成するためには、上記のように断面が三角形状の凹凸が周期的に形成された基板を用いることが好ましい。なお、本発明において、基板としては、たとえばガラス基板などの半導体基板またはアクリルなどの樹脂基板などが用いられる。また、基板の表面に周期的に形成される凹凸は、半導体リソグラフィ技術を応用して作製する方法または半導体リソグラフィ技術で所定の母型を作製し、射出成形法やスタンプ法などを用いてその母型のパターンを転写する方法などがある。
【0030】
このような本発明の素子は、たとえば図5の模式的斜視図に示すような偏光分離素子または図6の模式的斜視図に示すような位相板などに利用することができる。図5に示す偏光分離素子においては、最表面に入射した光のうちTE波については透過させずTM波のみを透過させる機能を有している。また、図6に示す位相板においては、最表面に入射した円偏光を直線偏光に変える機能を有している。
【0031】
本発明の素子を上記のような偏光分離素子や位相板などに適用することによって、最表面に入射する光の反射率を低減することができるために、偏光分離素子や位相板などの光学特性を十分に発揮させることができる。なお、本発明の素子が適用されるアプリケーションは偏光分離素子や位相板に限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0032】
幅200nmで高さ70nmの三角形の断面がその三角形の幅方向に200nmの周期で形成されている表面を有するガラス基板を母型として、アクリル系の紫外線硬化樹脂にその周期形状を転写し、紫外線を照射することによって硬化した樹脂基板を用意した。
【0033】
そして、この樹脂基板の表面上に、厚さ87nmのTa25膜と厚さ58nmのSiO2膜の積層体を18周期形成した。ここで、Ta25膜およびSiO2膜はイオンアシスト蒸着によって形成し、Ta25膜およびSiO2膜のそれぞれの成膜中および成膜後にイオンビームを照射してTa25膜およびSiO2膜の形状をそれぞれエッチングにより整えた。なお、イオンビームは、O2ガスをイオン化させたものを用い、電圧1000Vおよび電流800mAの条件で照射した。また、Ta25膜の成膜速度は0.1nm/sであり、SiO2膜の成膜速度は0.5nm/sであった。
【0034】
このようにして作製した本実施例の素子の最表面に位置するSiO2膜のテーパ角は25〜30°程度となった。
【0035】
ここで、一般的に反射防止膜の膜厚として設定されるλ/4n(n:屈折率)を最表面に入射する光の反射率を低減することができる膜厚の基準とする。そして、波長400nmの光をこの素子の最表面のSiO2膜(n=1.5)の表面に対して垂直に入射する条件においては、入射光の反射率を低減することができるSiO2膜の厚さはλ/4n=400/(4×1.5)=67nmとなり、アスペクト比は67/200=0.335となる。そして、このアスペクト比からテーパ角を算出すると、この条件において入射光の反射率を低減することができるテーパ角は約33度となる。
【0036】
したがって、この条件下では、テーパ角が33度以下であれば最表面に入射する光の反射率を低減できていることになるため、テーパ角が25〜30°程度である本実施例の素子はこの条件下で最表面に入射する光の反射率を低減できることがわかる。
【0037】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。例えば、図4に示すイオンアシスト蒸着装置においては、蒸着室4には原料6のみが収容されており、イオンビーム発生手段は収容されていないが、これに限定されず、イオンビーム発生手段および原料6がともに蒸着室4に収容される構成であっても本発明の範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、最表面に入射する光の反射率を低減することができる素子とその製造方法を提供することができ、本発明の素子は位相板や偏光分離素子などの製品に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の素子の好ましい一例の模式的な断面図である。
【図2】本発明における各誘電体膜のアスペクト比とテーパ角を図解する模式的な断面図である。
【図3】素子の最表面に波長400nmの光を垂直に入射したときの反射率と素子の最表面に位置するSiO2膜のテーパ角との関係を示す図である。
【図4】本発明に用いられるイオンアシスト蒸着装置の好ましい一例の模式的な構成図である。
【図5】本発明の素子を利用した偏光分離素子の好ましい一例の模式的な斜視図である。
【図6】本発明の素子を利用した位相板の好ましい一例の模式的な斜視図である。
【図7】特許文献1に開示された従来の素子の模式的な断面図である。
【符号の説明】
【0040】
1 基板、2 第1誘電体膜、3 第2誘電体膜、4 蒸着室、5 容器、6 原料、6a 原料ガス、7 加熱器、8 イオンビーム、9 分岐管。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹凸が周期的に形成された基板の表面上に屈折率の異なる複数の誘電体膜が周期的に積層されている素子であって、基板の凹凸の周期に対する各誘電体膜の突出高さの比である各誘電体膜のアスペクト比(各誘電体膜の突出高さ/基板の凹凸の周期)が基板側から素子の最表面側に向かって順次減少していることを特徴とする、素子。
【請求項2】
位相板または偏光分離素子に用いられることを特徴とする、請求項1に記載の素子。
【請求項3】
凹凸が周期的に形成された基板の表面上に屈折率の異なる複数の誘電体膜が周期的に積層されている素子を製造する方法であって、各誘電体膜は、蒸着によって、基板の凹凸の周期に対する各誘電体膜の突出高さの比である各誘電体膜のアスペクト比(各誘電体膜の突出高さ/基板の凹凸の周期)を順次減少して積層されることを特徴とする、素子の製造方法。
【請求項4】
前記蒸着はイオンアシスト蒸着であることを特徴とする、請求項3に記載の素子の製造方法。
【請求項5】
各誘電体膜をイオンアシスト蒸着によって積層する際に、誘電体膜の成膜と成膜の間にイオンビームを誘電体膜に照射する工程を含む、請求項4に記載の素子の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2007−11206(P2007−11206A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−194981(P2005−194981)
【出願日】平成17年7月4日(2005.7.4)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】