細胞標本調製方法
【課題】 細胞観察に支障をきたすことなく、できるだけ大きな細胞標本を提供できる細胞標本調製方法を提供すること。
【解決手段】 板材であるスライドグラス上に、細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、該細胞が拡大することを特徴とする細胞標本調製方法によって達成される。このとき遠心力を加えたのちの細胞数は1mm2あたりに5x103個よりも低い値とされていることが好ましく、遠心力は回転中心からスライドグラスまでの距離を95mmに換算して回転数が200rpm以上であることが好ましい。
【解決手段】 板材であるスライドグラス上に、細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、該細胞が拡大することを特徴とする細胞標本調製方法によって達成される。このとき遠心力を加えたのちの細胞数は1mm2あたりに5x103個よりも低い値とされていることが好ましく、遠心力は回転中心からスライドグラスまでの距離を95mmに換算して回転数が200rpm以上であることが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞診などに用いる細胞標本の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞をスライドグラスの表面に固定する方法は様々なものが存在する。それらのうち、安価なことから、引きガラス法や摺りあわせ法が繁用されている。しかし、均等な塗抹を行うためには、技術的な習熟が求められる。
これに対し、細胞標本を調製する方法として、例えば特許文献1に開示されたものがある。この方法では、予めスライドグラスを希釈液で濡らしておき、この部分に細胞組織片の割面を押し付け、そのスライドグラスがなす平面に対して平行にスライドグラスを回転させて遠心力を加えるというものである。
【0003】
また、直接遠心塗抹法で用いられる装置として、サイトスピン、オートスメアなどがある。これらの装置を用いると、同時に他検体を処理できることに加え、均一な結果を得ることができる。図1には、サイトスピン1の構造を簡単に示した。図中の左側は、装置の駆動前の停止した状態を、右側は、駆動中の状態を示している。サイトスピン1の内部空間には、複数のチャンバー2が遠心軸3に対して対称的に配置されている。チャンバー2には、細胞を含む細胞懸濁液4を導入するテーパー状のサンプル導入筒5と、この筒の下端部に連結して細胞懸濁液4を移動させるパイプ部6と、パイプ部6の他端に配置されるスライドグラス7とが設けられている。
【0004】
装置が停止した状態で、チャンバー2にスライドグラス7を配置し、サンプル導入筒5に細胞懸濁液4を導入した後、サイトスピン1を駆動する。すると、スライドグラス7が回転方向に対して、鉛直方向の位置に起立し、この状態で遠心力がかけられる。細胞懸濁液4中の細胞は、サンプル導入筒5の下端からパイプ部6を通り、スライドグラス7の表面において所定の位置に塗布・固定される。細胞が塗布される面積は、約20mm2であり、ここに約106個の細胞が張り付く。このため、細胞数は1mm2あたりに約5x104個程度となる。
【特許文献1】特開平7−77485号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
サイトスピンを用いた細胞調製方法では、細胞の大きさは、それほど変化せず、元の形に近い状態での観察が行える。しかし、細胞同士が密着した状態があり、異形細胞の同定が困難となる場合がある。また、細胞中の微小器官(例えば、核内の染色体、細胞質中の微小繊維など)を観察しようとする場合には、解像度を上げる等の工夫を必要とした。
本発明は上記した事情に鑑みたものであり、その目的は、細胞観察に支障をきたすことなく、できるだけ大きな細胞標本を提供できる細胞標本調製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、従来の調製方法よりも少ない細胞数とすることにより、各細胞を大きくでき、かつ従来通りの細胞観察方法を使用できることを見出し、基本的には本発明を完成するに至った。
こうして、上記目的を達成するための第1の発明に係る細胞標本調製方法は、板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、該細胞が拡大することを特徴とする。
第2の発明に係る細胞標本調製方法は、板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、隣り合う細胞内組織が実質的に重ならないことを特徴とする。
上記発明においては、遠心力を加えたのちの前記細胞数は、1mm2あたりに5x103個よりも低い値とされていることが好ましい。
また、遠心力は、板材の当該平面から回転の中心軸までの距離を95mmに換算して回転数を200rpm以上として加えられることが好ましい。このとき、遠心力の加速度(m/s2)は、約40となる。本発明においては、この加速度以上がかかるようにすれば、細胞は良好に拡大する。
また、前記細胞内組織が、細胞核であることが好ましい。
また、前記板材としては、スライドグラスが挙げられる。
本発明に適用可能な細胞としては、各種臓器の細胞(例えば、肝臓、肺、胃、腸、脾臓、腎臓、心臓、脳、神経、血管、リンパ管)に加えて、血液細胞(例えば、赤血球、白血球(リンパ球、マクロファージ、NK細胞などを含む))、培養細胞などが含まれる。各細胞によって、大きさが異なるので、隣り合う細胞内組織が実質的に重ならない細胞数は、適当に変化させる必要がある。当業者であれば、そのような検討は容易に行える。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、各細胞を大きくした状態で板材の表面に固定することができる。このとき、元の細胞の構造は維持されているので、免疫蛍光染色法、蛍光インサイツハイブリダイゼーション法(FISH)などを適用することが可能である。また、各細胞同士の接触度合が低いために、重なり合いも小さい。このため、分解能が良好な状態で、細胞診を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
本実施形態の細胞標本調製方法を実施するにあたり、細胞観察用のスライドグラスがなす平面に対して鉛直方向に遠心力を加える装置として、サイトスピン4(サーモ・シャンドン社製)を用いた。この装置は、同時に12枚のスライドを調製することができる。チャンバー内の所定位置にスライドグラスと細胞懸濁液とを配置し、適度な速度と時間で遠心処理することにより、スライドグラスの表面に細胞が塗布・固定される。
【0009】
<実施例1>
細胞として、ヒト白血病細胞(HL60)を用いた。培養中の細胞を遠心分離(1200rpm、5min.)して回収し、上清を除去した後、PBSで洗浄した。細胞数が2.5x104個/mlとなるように、PBSに懸濁し、液量を変化させて、サイトスピン(回転中のスライドグラスから回転の中心軸までの距離が95mmであるもの)にセットした。細胞数は、スライドグラスに固定される面積(約20mm2)に対して、1x105個〜5x102個とした。1mm2あたりには、約5x103個〜25個の細胞が固定されることになる。なお、スライドグラスあたりに5x105個の細胞数としたものをコントロールとした。また、遠心速度を800rpm、遠心時間を5分間とした。
遠心処理後のスライドグラスは、常法に従って、メタノールで固定した後、細胞を染色した。このスライドグラスを顕微鏡で観察した。
結果を表1、及び図2〜図4に示した。
【0010】
【表1】
【0011】
表1及び図4に示すように、スライドグラスあたりの細胞数を1x105個〜500個まで減少させることにより、スライドグラス上に固定される細胞の大きさは、約2倍〜約13倍まで大きくなった。このときの細胞の様子を図2(コントロール)と図3(500個)とで比較すると、少ない細胞数で遠心した場合には、細胞同士が良好に分離され、かつ非常に大きくなっていることが判った(図2と図3とは、同じ倍率(160倍)で観察したものである)。なお、データは示さないが、1スライドあたりの細胞数を250個、或いは125個とした場合には、500個とほぼ同等の結果が得られた。
【0012】
<実施例2>
実施例1と同じ細胞について、スライドグラスあたりの細胞数を3x104個とし、遠心速度を200rpm〜1200rpmの間で、遠心時間を1分間〜6分間の間で、それぞれ変化させて、コントロールに対する細胞の大きさの変化を調べた。
遠心速度を400、800、及び1200rpmとしたときの結果を図5〜図7に示した。いずれの条件においても、細胞はコントロールに比べると、良好に拡大しており、これらの条件にほとんど影響を受けないことが判った。なお、データは示さないが、遠心速度を200rpmとした場合も、ほぼ同様の結果であった。
【0013】
次に、本実施形態によって得られた巨大細胞の調製方法の原理について、図8を参照しつつ考察する。
通常条件において、サイトスピンを実施するときには、スライドグラスあたりの細胞数は5x105〜1x106程度である。この条件を図8(A)に模式的に示した。スライドグラス7上の細胞10に遠心力Fがかかった場合には、細胞の密度が高いために、近接する細胞同士の押圧力により、各細胞の広がりが抑えられるために、拡大率Lはそれほど大きくならない。
一方、図8(B)に示すように、細胞数を減少させていくと、近接する細胞間の距離が大きくなり、遠心力Fによる細胞10の広がりが抑えられず、各細胞が大きな拡大率Mを伴って、巨大化するものと考えられる(図8(B))。これは、細胞の拡大率が細胞数の減少に伴うこと、及び遠心力には因らないことから理解される。よって、本実施形態の細胞調製方法を用いることにより、目的に応じて観察する細胞サイズを自由に調節でき、解析の解像度を増加することができる。
【0014】
<実施例3>
次に、巨大細胞を従来の生化学的或いは分子生物学的手法で観察できるか否かについて、検討した。各種の細胞(例えば、白血病細胞株HL60、子宮頸癌細胞株hela、出芽酵母細胞株など)をそれぞれ細胞数104個(スライドグラスあたり)、遠心速度800rpm、遠心時間5分間でサイトスピンにより、遠心処理し巨大細胞を調製した。巨大細胞のそれぞれについて、特定の遺伝子やタンパク質をFISH法や免疫蛍光染色法により可視化し、蛍光顕微鏡で観察した結果を図9〜図12に示した。
図9〜図11に示すように、YAC、BAC、及びcosmidの長さの異なる遺伝子配列に対応するDNAクローンを良好に観察することができた。また、図12に示すように、核膜に存在するタンパク質(ラミンB)の蛍光を良好に観察することができた。
これらのことから、本実施形態によって調製された巨大細胞においては、元の細胞の構造を維持した状態のままであることが明らかとなった。
このように本実施形態によれば、各細胞を巨大化した状態でスライドグラスの表面に固定することができた。このとき、元の細胞の構造は維持されているので、免疫蛍光染色法、FISH法などを適用することが可能であった。また、各細胞同士の接触度合が低いために、重なり合いも小さい。このため、分解能が良好な状態で、細胞診を行うことができた。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】サイトスピンの構造を示す概略図である。図示左側は、停止状態の位置、図示右側は、回転状態の位置をそれぞれ示す。この図は、「Shandon Cytospin4 Cytocentrifuge」のカタログに基づき作成したものである。
【図2】スライドグラスあたり5x105個の細胞を200rpm、5分間の遠心処理を行った後の細胞の様子を示す顕微鏡写真図である(倍率は160倍)。
【図3】スライドグラスあたり5x102個の細胞を200rpm、5分間の遠心処理を行った後の細胞の様子を示す顕微鏡写真図である(倍率は160倍)。
【図4】スライドグラスあたりの細胞数(横軸)と、細胞の拡大率(縦軸)との関係を示すグラフである。スライドグラスには、20mm2の面積について細胞が固定される。このため1mm2あたりの細胞数に換算すると、横軸は2.5x10 cells/mm2〜2.5x104 cells/mm2となる。
【図5】遠心速度が400rpmのときの遠心時間(横軸)と、細胞核の半径(縦軸)との関係を示すグラフである。
【図6】遠心速度が800rpmのときの遠心時間(横軸)と、細胞核の半径(縦軸)との関係を示すグラフである。
【図7】遠心速度が1200rpmのときの遠心時間(横軸)と、細胞核の半径(縦軸)との関係を示すグラフである。
【図8】巨大細胞の調製方法の原理を示す図である。(A)は従来の調製方法の様子を、(B)は本実施形態の調製方法の様子をそれぞれ示している。
【図9】FISH法により、巨大細胞中の71B11 YACを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【図10】FISH法により、巨大細胞中の158N1 BACを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【図11】FISH法により、巨大細胞中のC93 cosmidを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【図12】免疫蛍光染色法により、巨大細胞中のラミンBを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【符号の説明】
【0016】
7…スライドグラス(板材)
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞診などに用いる細胞標本の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞をスライドグラスの表面に固定する方法は様々なものが存在する。それらのうち、安価なことから、引きガラス法や摺りあわせ法が繁用されている。しかし、均等な塗抹を行うためには、技術的な習熟が求められる。
これに対し、細胞標本を調製する方法として、例えば特許文献1に開示されたものがある。この方法では、予めスライドグラスを希釈液で濡らしておき、この部分に細胞組織片の割面を押し付け、そのスライドグラスがなす平面に対して平行にスライドグラスを回転させて遠心力を加えるというものである。
【0003】
また、直接遠心塗抹法で用いられる装置として、サイトスピン、オートスメアなどがある。これらの装置を用いると、同時に他検体を処理できることに加え、均一な結果を得ることができる。図1には、サイトスピン1の構造を簡単に示した。図中の左側は、装置の駆動前の停止した状態を、右側は、駆動中の状態を示している。サイトスピン1の内部空間には、複数のチャンバー2が遠心軸3に対して対称的に配置されている。チャンバー2には、細胞を含む細胞懸濁液4を導入するテーパー状のサンプル導入筒5と、この筒の下端部に連結して細胞懸濁液4を移動させるパイプ部6と、パイプ部6の他端に配置されるスライドグラス7とが設けられている。
【0004】
装置が停止した状態で、チャンバー2にスライドグラス7を配置し、サンプル導入筒5に細胞懸濁液4を導入した後、サイトスピン1を駆動する。すると、スライドグラス7が回転方向に対して、鉛直方向の位置に起立し、この状態で遠心力がかけられる。細胞懸濁液4中の細胞は、サンプル導入筒5の下端からパイプ部6を通り、スライドグラス7の表面において所定の位置に塗布・固定される。細胞が塗布される面積は、約20mm2であり、ここに約106個の細胞が張り付く。このため、細胞数は1mm2あたりに約5x104個程度となる。
【特許文献1】特開平7−77485号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
サイトスピンを用いた細胞調製方法では、細胞の大きさは、それほど変化せず、元の形に近い状態での観察が行える。しかし、細胞同士が密着した状態があり、異形細胞の同定が困難となる場合がある。また、細胞中の微小器官(例えば、核内の染色体、細胞質中の微小繊維など)を観察しようとする場合には、解像度を上げる等の工夫を必要とした。
本発明は上記した事情に鑑みたものであり、その目的は、細胞観察に支障をきたすことなく、できるだけ大きな細胞標本を提供できる細胞標本調製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、従来の調製方法よりも少ない細胞数とすることにより、各細胞を大きくでき、かつ従来通りの細胞観察方法を使用できることを見出し、基本的には本発明を完成するに至った。
こうして、上記目的を達成するための第1の発明に係る細胞標本調製方法は、板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、該細胞が拡大することを特徴とする。
第2の発明に係る細胞標本調製方法は、板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、隣り合う細胞内組織が実質的に重ならないことを特徴とする。
上記発明においては、遠心力を加えたのちの前記細胞数は、1mm2あたりに5x103個よりも低い値とされていることが好ましい。
また、遠心力は、板材の当該平面から回転の中心軸までの距離を95mmに換算して回転数を200rpm以上として加えられることが好ましい。このとき、遠心力の加速度(m/s2)は、約40となる。本発明においては、この加速度以上がかかるようにすれば、細胞は良好に拡大する。
また、前記細胞内組織が、細胞核であることが好ましい。
また、前記板材としては、スライドグラスが挙げられる。
本発明に適用可能な細胞としては、各種臓器の細胞(例えば、肝臓、肺、胃、腸、脾臓、腎臓、心臓、脳、神経、血管、リンパ管)に加えて、血液細胞(例えば、赤血球、白血球(リンパ球、マクロファージ、NK細胞などを含む))、培養細胞などが含まれる。各細胞によって、大きさが異なるので、隣り合う細胞内組織が実質的に重ならない細胞数は、適当に変化させる必要がある。当業者であれば、そのような検討は容易に行える。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、各細胞を大きくした状態で板材の表面に固定することができる。このとき、元の細胞の構造は維持されているので、免疫蛍光染色法、蛍光インサイツハイブリダイゼーション法(FISH)などを適用することが可能である。また、各細胞同士の接触度合が低いために、重なり合いも小さい。このため、分解能が良好な状態で、細胞診を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
本実施形態の細胞標本調製方法を実施するにあたり、細胞観察用のスライドグラスがなす平面に対して鉛直方向に遠心力を加える装置として、サイトスピン4(サーモ・シャンドン社製)を用いた。この装置は、同時に12枚のスライドを調製することができる。チャンバー内の所定位置にスライドグラスと細胞懸濁液とを配置し、適度な速度と時間で遠心処理することにより、スライドグラスの表面に細胞が塗布・固定される。
【0009】
<実施例1>
細胞として、ヒト白血病細胞(HL60)を用いた。培養中の細胞を遠心分離(1200rpm、5min.)して回収し、上清を除去した後、PBSで洗浄した。細胞数が2.5x104個/mlとなるように、PBSに懸濁し、液量を変化させて、サイトスピン(回転中のスライドグラスから回転の中心軸までの距離が95mmであるもの)にセットした。細胞数は、スライドグラスに固定される面積(約20mm2)に対して、1x105個〜5x102個とした。1mm2あたりには、約5x103個〜25個の細胞が固定されることになる。なお、スライドグラスあたりに5x105個の細胞数としたものをコントロールとした。また、遠心速度を800rpm、遠心時間を5分間とした。
遠心処理後のスライドグラスは、常法に従って、メタノールで固定した後、細胞を染色した。このスライドグラスを顕微鏡で観察した。
結果を表1、及び図2〜図4に示した。
【0010】
【表1】
【0011】
表1及び図4に示すように、スライドグラスあたりの細胞数を1x105個〜500個まで減少させることにより、スライドグラス上に固定される細胞の大きさは、約2倍〜約13倍まで大きくなった。このときの細胞の様子を図2(コントロール)と図3(500個)とで比較すると、少ない細胞数で遠心した場合には、細胞同士が良好に分離され、かつ非常に大きくなっていることが判った(図2と図3とは、同じ倍率(160倍)で観察したものである)。なお、データは示さないが、1スライドあたりの細胞数を250個、或いは125個とした場合には、500個とほぼ同等の結果が得られた。
【0012】
<実施例2>
実施例1と同じ細胞について、スライドグラスあたりの細胞数を3x104個とし、遠心速度を200rpm〜1200rpmの間で、遠心時間を1分間〜6分間の間で、それぞれ変化させて、コントロールに対する細胞の大きさの変化を調べた。
遠心速度を400、800、及び1200rpmとしたときの結果を図5〜図7に示した。いずれの条件においても、細胞はコントロールに比べると、良好に拡大しており、これらの条件にほとんど影響を受けないことが判った。なお、データは示さないが、遠心速度を200rpmとした場合も、ほぼ同様の結果であった。
【0013】
次に、本実施形態によって得られた巨大細胞の調製方法の原理について、図8を参照しつつ考察する。
通常条件において、サイトスピンを実施するときには、スライドグラスあたりの細胞数は5x105〜1x106程度である。この条件を図8(A)に模式的に示した。スライドグラス7上の細胞10に遠心力Fがかかった場合には、細胞の密度が高いために、近接する細胞同士の押圧力により、各細胞の広がりが抑えられるために、拡大率Lはそれほど大きくならない。
一方、図8(B)に示すように、細胞数を減少させていくと、近接する細胞間の距離が大きくなり、遠心力Fによる細胞10の広がりが抑えられず、各細胞が大きな拡大率Mを伴って、巨大化するものと考えられる(図8(B))。これは、細胞の拡大率が細胞数の減少に伴うこと、及び遠心力には因らないことから理解される。よって、本実施形態の細胞調製方法を用いることにより、目的に応じて観察する細胞サイズを自由に調節でき、解析の解像度を増加することができる。
【0014】
<実施例3>
次に、巨大細胞を従来の生化学的或いは分子生物学的手法で観察できるか否かについて、検討した。各種の細胞(例えば、白血病細胞株HL60、子宮頸癌細胞株hela、出芽酵母細胞株など)をそれぞれ細胞数104個(スライドグラスあたり)、遠心速度800rpm、遠心時間5分間でサイトスピンにより、遠心処理し巨大細胞を調製した。巨大細胞のそれぞれについて、特定の遺伝子やタンパク質をFISH法や免疫蛍光染色法により可視化し、蛍光顕微鏡で観察した結果を図9〜図12に示した。
図9〜図11に示すように、YAC、BAC、及びcosmidの長さの異なる遺伝子配列に対応するDNAクローンを良好に観察することができた。また、図12に示すように、核膜に存在するタンパク質(ラミンB)の蛍光を良好に観察することができた。
これらのことから、本実施形態によって調製された巨大細胞においては、元の細胞の構造を維持した状態のままであることが明らかとなった。
このように本実施形態によれば、各細胞を巨大化した状態でスライドグラスの表面に固定することができた。このとき、元の細胞の構造は維持されているので、免疫蛍光染色法、FISH法などを適用することが可能であった。また、各細胞同士の接触度合が低いために、重なり合いも小さい。このため、分解能が良好な状態で、細胞診を行うことができた。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】サイトスピンの構造を示す概略図である。図示左側は、停止状態の位置、図示右側は、回転状態の位置をそれぞれ示す。この図は、「Shandon Cytospin4 Cytocentrifuge」のカタログに基づき作成したものである。
【図2】スライドグラスあたり5x105個の細胞を200rpm、5分間の遠心処理を行った後の細胞の様子を示す顕微鏡写真図である(倍率は160倍)。
【図3】スライドグラスあたり5x102個の細胞を200rpm、5分間の遠心処理を行った後の細胞の様子を示す顕微鏡写真図である(倍率は160倍)。
【図4】スライドグラスあたりの細胞数(横軸)と、細胞の拡大率(縦軸)との関係を示すグラフである。スライドグラスには、20mm2の面積について細胞が固定される。このため1mm2あたりの細胞数に換算すると、横軸は2.5x10 cells/mm2〜2.5x104 cells/mm2となる。
【図5】遠心速度が400rpmのときの遠心時間(横軸)と、細胞核の半径(縦軸)との関係を示すグラフである。
【図6】遠心速度が800rpmのときの遠心時間(横軸)と、細胞核の半径(縦軸)との関係を示すグラフである。
【図7】遠心速度が1200rpmのときの遠心時間(横軸)と、細胞核の半径(縦軸)との関係を示すグラフである。
【図8】巨大細胞の調製方法の原理を示す図である。(A)は従来の調製方法の様子を、(B)は本実施形態の調製方法の様子をそれぞれ示している。
【図9】FISH法により、巨大細胞中の71B11 YACを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【図10】FISH法により、巨大細胞中の158N1 BACを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【図11】FISH法により、巨大細胞中のC93 cosmidを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【図12】免疫蛍光染色法により、巨大細胞中のラミンBを観察したときの顕微鏡写真図である(倍率は630倍)。
【符号の説明】
【0016】
7…スライドグラス(板材)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、該細胞が拡大することを特徴とする細胞標本調製方法。
【請求項2】
板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、隣り合う細胞内組織が実質的に重ならないことを特徴とする細胞標本調製方法。
【請求項3】
遠心力を加えたのちの前記細胞数は、1mm2あたりに5x103個よりも低い値とされていることを特徴とする請求項1または2に記載の細胞標本調製方法。
【請求項4】
遠心力は、板材の当該平面から回転の中心軸までの距離を95mmに換算して回転数を200rpm以上として加えられることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の細胞標本調製方法。
【請求項5】
前記細胞内組織が、細胞核であることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載の細胞標本調製方法。
【請求項1】
板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、該細胞が拡大することを特徴とする細胞標本調製方法。
【請求項2】
板材上に細胞を含む液体を滴下し、該液体が滴下された平面に対して概垂直方向に遠心力を加えて細胞標本を調製する方法において、隣り合う細胞内組織が実質的に重ならないことを特徴とする細胞標本調製方法。
【請求項3】
遠心力を加えたのちの前記細胞数は、1mm2あたりに5x103個よりも低い値とされていることを特徴とする請求項1または2に記載の細胞標本調製方法。
【請求項4】
遠心力は、板材の当該平面から回転の中心軸までの距離を95mmに換算して回転数を200rpm以上として加えられることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の細胞標本調製方法。
【請求項5】
前記細胞内組織が、細胞核であることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載の細胞標本調製方法。
【図1】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−249565(P2008−249565A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92602(P2007−92602)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】
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