説明

総ころ軸受用挿入治具及び総ころ軸受の挿入方法

【課題】歩留まりを悪化させることなく、総ころ軸受を軸受挿入穴に挿入する際に発生するころのスキューを防止できる総ころ軸受用挿入治具及び総ころ軸受の挿入方法を提供する。
【解決手段】外輪11及びこの外輪11の軌道面11aに複数のころ12を円環状に並べて配設したころ群からなるシェル形総ころ軸受10を、軸受挿入穴31に挿入するための総ころ軸受用挿入治具1であって、総ころ軸受用挿入治具1は、外輪11を軸受挿入穴31に向かって押圧する押圧部3と、ころ群の内周側に挿入される円筒形状の挿入部4からなり、挿入部4は、外径がシェル形総ころ軸受10のころ群の内接円径Dよりも小さく、外周部には弾性体6が設けられており、挿入部4がころ群の内周側に挿入された状態では、弾性体6の弾性力によってころ12を外輪11の軌道面11aに押圧して、シェル形総ころ軸受10を保持するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、総ころ軸受用挿入治具及び総ころ軸受の挿入方法に係り、特に総ころ軸受を軸受挿入穴に挿入する際に発生するころのスキューを防止することができる総ころ軸受用挿入治具及び総ころ軸受の挿入方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
総ころ軸受は、保持器付きころ軸受よりも、保持器無しの分だけ外輪の軌道面にころを多数配置することが可能であり、荷重負担能力が極めて高い。また、内輪が無いので、内輪が設けられているころがり軸受と比較して、軸受外形の小さなものを使用することができる。このため、自動変速機のピニオンシャフトの保持用やドライブシャフトの十時軸の保持用等、高い負荷能力が要求される箇所や軸受配置スペースが小さい箇所によく使用されている。
【0003】
総ころ軸受は、ころが回動可能となるように、各ころ間には円周方向に若干の隙間が形成されている。このため、例えば自動変速機のハウジングに形成された軸受挿入穴に総ころ軸受を挿入する際に、ころが正規の自転軸から傾いてしまうスキューが発生した場合、この傾いたころが支えとなり、このころ及び周辺のころが回動出来なくなってしまうことがある。従来より、これを防止するため、外輪の内周軌道面にころを押し当てる略円筒状のころ保持具をころの内周に挿入している(例えば特許文献1参照)。
【0004】
また、自動変速機のハウジングに形成された軸受挿入穴に総ころ軸受を挿入する工程を自動化する場合(つまり、人力以外の例えばプレス機等の荷重付加手段によって総ころ軸受を押圧し、自動変速機のハウジングに形成された軸受挿入穴に総ころ軸受を挿入する場合)、従来より、図5に示す総ころ軸受用挿入治具1が用いられている。この総ころ軸受用挿入治具1は、複数の略円筒形状の筒部によって構成されている。最も外形の大きな筒部2(第1の筒部)の下部には、シェル形総ころ軸受10の外輪11を軸受挿入穴に向かって押圧するための押圧部3(第2の筒部)が形成されている。この押圧部の下部には、シェル形総ころ軸受10のころ群(円環状に並べて配設された複数のころ12)の内周側を保持する挿入部4(第3の筒部)が形成されている。また、筒部2の上部には、シェル形総ころ軸受10の外輪11に荷重を付与する例えばプレス機のヘッド部20に把持される把持部5が形成されている。
【0005】
この総ころ軸受用挿入治具1は、総ころ軸受用挿入治具1の把持部5がプレス機のヘッド部20に把持された状態において、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側に挿入部4が挿入される。そして、プレス機によって付与される荷重が押圧部3を介してシェル形総ころ軸受10の外輪11に付与され、自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31に挿入される。
【0006】
また、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側と挿入部4との間には、シェル形総ころ軸受10を保持できる程度に若干の隙間が形成されるようになっている。つまり、挿入部4は、その外径がシェル形軸受10のころ群の内接円径D(ころ12を外輪11の内周軌道面11aに押し当てたときのころ内周直径)よりも小さく形成されている。この隙間によって、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側への挿入部4の挿入、及びシェル形総ころ軸受10をハウジング30の軸受挿入穴31に挿入した後の挿入部4の抜けがスムーズとなり、歩留まりの向上が図られている。
【0007】
【特許文献1】特開2002−39201号公報(第2頁、図6、図7)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の総ころ軸受用挿入治具1は、歩留まりの向上のために挿入部4の外径がシェル形軸受10のころ群の内接円径Dよりも小さく形成されているので、自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31にシェル形総ころ軸受10を挿入する際に、ころのスキューが発生し、ころが回動出来なくなってしまうという問題点があった。
【0009】
逆に、シェル形総ころ軸受10を自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31に挿入する際に発生するころのスキューを防止するため、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側と挿入部4との間との隙間を無くすと(挿入部4の外径をシェル形軸受10のころ群の内接円径Dと同等かこれより大きい外径で形成すると)、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側への挿入部4の挿入、及びシェル形総ころ軸受10をハウジング30の軸受挿入穴31に挿入した後の挿入部4の抜けが困難となり、挿入部4を無理矢理抜こうとした際に、ころ12や外輪11の内周軌道面11aが変形損傷し、歩留まりが悪化するという問題点があった。
【0010】
本発明は上述のような課題を解決するためになされたものであり、歩留まりを悪化させることなく、総ころ軸受を軸受挿入穴に挿入する際に発生するころのスキューを防止することができる総ころ軸受用挿入治具及び総ころ軸受の挿入方法を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る総ころ軸受用挿入治具は、外輪及びこの外輪の軌道面に複数のころを円環状に並べて配設したころ群からなる総ころ軸受を、軸受挿入穴に挿入するための総ころ軸受用挿入治具であって、この総ころ軸受用挿入治具は、前記外輪を前記軸受挿入穴に向かって軸方向に押圧する押圧部と、前記円環状のころ群の内周側に挿入される円筒形状の挿入部からなり、この挿入部は、外径が前記円環状のころ群の内接円径よりも小さく、外周部には弾性体が設けられており、前記挿入部が前記円環状のころ群の内周側に挿入された状態においては、前記弾性体の弾性力によって前記ころを前記外輪の軌道面に押圧して、前記総ころ軸受を保持するものである。
【0012】
また、前記弾性体は、前記挿入部の外周部に、軸方向に隔離して複数設けられているものである。
【0013】
また、本発明に係る総ころ軸受の挿入方法は、上記の総ころ軸受用挿入治具の挿入部を前記円環状のころ群の内周側に挿入して、前記挿入部の外周部に設けられた弾性体の弾性力によって前記ころを前記外輪の軌道面に押圧して、前記総ころ軸受を保持し、前記総ころ軸受用挿入治具の押圧部で、前記総ころ軸受の外輪を軸受挿入穴に向かって軸方向に押圧し、前記総ころ軸受を前記軸受挿入穴に挿入するするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、保持部の外径が総ころ軸受のころ群の内接円径よりも小さく形成されているので、総ころ軸受のころ群の内周側への保持部の挿入、及び総ころ軸受をハウジングの軸受挿入穴に挿入した後の保持部の抜けがスムーズとなり、歩留まりが向上する。
また、挿入部の外周部に設けられた弾性体の弾性力によってころを外輪の軌道面に押圧して、総ころ軸受を保持しているので、総ころ軸受を軸受挿入穴に挿入する際に発生するころのスキューを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
実施の形態1.
図1は、本実施の形態1における総ころ軸受用挿入治具1を示す縦断面図である。なお、図5で説明した従来技術と同じ構造又は同じ機能の部分にはこれと同一記号を付して説明する。
図1に示すように、総ころ軸受用挿入治具1は、複数の略円筒形状の筒部によって構成されている。最も外形の大きな筒部2(第1の筒部)の下部には、シェル形総ころ軸受10の外輪11を軸受挿入穴に向かって軸方向に押圧するための押圧部3(第2の筒部)が形成されている。この押圧部の下部には、シェル形総ころ軸受10のころ群(円環状に並べて配設された複数のころ12)の内周側を保持する挿入部4(第3の筒部)が形成されている。また、筒部2の上部には、シェル形総ころ軸受10の外輪11に荷重を付与する例えばプレス機のヘッド部20に把持される把持部5が形成されている。
【0016】
この総ころ軸受用挿入治具1は、総ころ軸受用挿入治具1の把持部5がプレス機のヘッド部20に把持された状態において、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側に挿入部4が挿入される。そして、プレス機によって付与される荷重が押圧部3を介してシェル形総ころ軸受10の外輪11の端面に付与され、例えば自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31に挿入される。
【0017】
この総ころ軸受用挿入治具1は、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側と挿入部4との間には若干の隙間が形成されるようになっている。つまり、挿入部4は、その外径がシェル形総ころ軸受10のころ群の内接円径D(ころ12を外輪11の内周軌道面11aに押し当てたときのころ内周直径)よりも小さく形成されている。
また、本実施の形態1における軸受用挿入治具1の挿入部4には、この挿入部4にシェル形総ころ軸受10が挿入された状態において、ころ12の略中心部と対向する位置に例えばOリング等の弾性体6が設けられている。この弾性体6は略環形状をしており、挿入部4の表面部に形成された凹状溝に設けられている。
【0018】
なお、筒部2、押圧部3及び把持部5は円筒形状に限らない。例えば、押圧部3は、シェル形総ころ軸受10の外輪11を軸受挿入穴に向かって押圧できる形状であればどのような形状でもよい。把持部5は、ヘッド部20が把持しやすい形状に形成すればよい。また、押圧部3を軸方向に延設してヘッド部20に把持されるようにし、筒部2及び把持部5を押圧部3で兼用してもよい。
【0019】
(シェル形総ころ軸受の挿入方法)
図2及び図3は、自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31にシェル形総ころ軸受10を挿入する工程を示す工程図である。
始めに、図2(a)に示すように、軸受用挿入治具1の挿入部4にシェル形総ころ軸受10を挿入する。このとき、ころ12は弾性体6の弾性力によって外輪11の内周軌道面11aに押し当てられて整列する。シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側と挿入部4との間には若干の隙間が形成されているので、スムーズにシェル形総ころ軸受10のころ群の内周側へ挿入部4を挿入することができる。
【0020】
次に、図2(b)に示すようにプレス機によって付与される荷重によって押圧部3がシェル形総ころ軸受10の外輪11の端面を押圧し、図3(c)に示すようにシェル形総ころ軸受10を自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31に挿入する。このとき、上述のようにころ12は弾性体6の弾性力によって外輪11の内周軌道面11aに押し当てられて整列しているので、ころ12が正規の自転軸から傾いてしまうスキューが発生し、ころ12が回動出来なくなってしまうことを防止できる。
【0021】
最後に、図3(d)に示すように、シェル形総ころ軸受10から挿入部4を抜き出す。このとき、上述のようにシェル形総ころ軸受10のころ群の内周側と挿入部4との間には若干の隙間が形成されており弾性体6は弾性変形するため、スムーズにシェル形総ころ軸受10から挿入部4を抜き出すことができる。
【0022】
このように構成された軸受用挿入治具1においては、挿入部4の外径がシェル形軸受10のころ群の内接円径Dよりも小さく形成されているので、シェル形総ころ軸受10のころ群の内周側への挿入部4の挿入、及び軸受挿入穴31に挿入した後の挿入部4の抜けがスムーズとなり、挿入部4を抜こうとした際に、ころ12や外輪11の内周軌道面11aが変形損傷することなく、歩留まりが向上する。
また、挿入部4の外周部に設けられた弾性体6の弾性力によってシェル形総ころ軸受10を保持しているので、シェル形総ころ軸受10を軸受挿入穴31に挿入する際に発生するスキューを防止することができる。
【0023】
なお、本実施の形態1では、総ころ軸受の一例であるシェル形総ころ軸受10について説明したが、ソリッド形総ころ軸受でももちろん本発明を実施することができる。
【0024】
実施の形態2.
実施の形態1では、総ころ軸受用挿入治具1の挿入部4に設けられた弾性体6の数は1つであったが、これに限らず、複数の弾性体6を挿入部4に設けてもよい。なお、実施の形態1と同じ構造又は同じ機能の部分にはこれと同一記号を付し、説明を省略する。
【0025】
図4は、本実施の形態2における総ころ軸受用挿入治具1を示す縦断面図である。本実施の形態2における軸受用挿入治具1の挿入部4には、この挿入部4にシェル形総ころ軸受10が挿入された状態において、ころ12の上部及び下部を保持する位置のそれぞれに、例えばOリング等の弾性体6が設けられている。この弾性体6は略環形状をしており、挿入部4の表面部に形成された凹状溝に設けられている。
【0026】
このように構成された軸受用挿入治具1においては、弾性体6の弾性力によって、ころ12の上部及び下部が外輪11の内周軌道面11aに押し当てられて整列しているので、より効果的にスキューの発生を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本実施の形態1における総ころ軸受用挿入治具1を示す縦断面図である。
【図2】本実施の形態1における自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31にシェル形総ころ軸受10を挿入する工程を示す工程図である。
【図3】図2に続く自動変速機のハウジング30の軸受挿入穴31にシェル形総ころ軸受10を挿入する工程を示す工程図である。
【図4】本実施の形態2における総ころ軸受用挿入治具1を示す縦断面図である。
【図5】従来の総ころ軸受用挿入治具1を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0028】
1 総ころ軸受用挿入治具、2 筒部、3 押圧部、4 挿入部、4a 凹状溝、5 把持部、6 弾性体、10 シェル形総ころ軸受、11 外輪、11a 内周軌道面、12 ころ、20 ヘッド部、30 ハウジング、31 軸受挿入穴。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪及びこの外輪の軌道面に複数のころを円環状に並べて配設したころ群からなる総ころ軸受を、軸受挿入穴に挿入するための総ころ軸受用挿入治具であって、
この総ころ軸受用挿入治具は、
前記外輪を前記軸受挿入穴に向かって軸方向に押圧する押圧部と、
前記円環状のころ群の内周側に挿入される円筒形状の挿入部からなり、
この挿入部は、
外径が前記円環状のころ群の内接円径よりも小さく、
外周部には弾性体が設けられており、
前記挿入部が前記円環状のころ群の内周側に挿入された状態においては、前記弾性体の弾性力によって前記ころを前記外輪の軌道面に押圧して、前記総ころ軸受を保持することを特徴とする総ころ軸受用挿入治具。
【請求項2】
前記弾性体は、前記挿入部の外周部に、軸方向に隔離して複数設けられていることを特徴とする請求項1に記載の総ころ軸受用挿入治具。
【請求項3】
請求項1又は請求項2のいずれかに係る総ころ軸受用挿入治具の挿入部を前記円環状のころ群の内周側に挿入して、前記挿入部の外周部に設けられた弾性体の弾性力によって前記ころを前記外輪の軌道面に押圧して、前記総ころ軸受を保持し、
前記総ころ軸受用挿入治具の押圧部で、前記総ころ軸受の外輪を軸受挿入穴に向かって軸方向に押圧し、
前記総ころ軸受を前記軸受挿入穴に挿入することを特徴とする総ころ軸受の挿入方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−150447(P2009−150447A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−327461(P2007−327461)
【出願日】平成19年12月19日(2007.12.19)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】