説明

繊維複合体

【課題】創傷部位との接着性に優れた繊維複合体およびその調製用キットを提供する。
【解決手段】平均繊維径が0.1〜10μmの生体適合性ポリマーよりなり、厚みが10〜200μmであり、平均見かけ密度が30〜250kg/mであり、繊維表面の水滴の接触角が30度以上である繊維構造体2と、フィブリンゲルマトリクス1とを含んでなる繊維複合体ならびに当該繊維構造体、フィブリノゲン、トロンビンより構成される繊維複合体調製用キット。かかる繊維構造体は、一定条件下、エレクトロスピニング法により製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、損傷を受けた組織や臓器を修復する目的で使用される繊維複合体およびその調製用キットに関する。具体的には、脂肪族ポリエステルの如き生体適合性ポリマーにて形成される繊維構造体にフィブリンゲルを組み合わせてなる繊維複合体、およびその調製用キットに関する。
該繊維複合体は、体内で分解、吸収され、やがては体内にて新生される組織や臓器と置き換わることができるため、臓器表面の損傷部位を修復する用途、欠損した膜状組織を修復する用途に好ましく用いることができる。また、臓器表面への優れた接着性を示すことから、縫合することなく肺や硬膜など、内圧のかかる臓器表面や組織表面を保護する用途に好ましく用いられる。
【背景技術】
【0002】
フィブリン糊は、血液に含まれる蛋白質であるフィブリンを利用した、安全性の高い生体用の接着剤である。また、生体吸収性があるため、止血剤や生体接着剤として外科手術時など臨床の場で広く利用されている。
フィブリン糊と生分解性の繊維構造体とから構成される医療材料についてはいくつか検討されている。特許文献1には、生体糊前駆物質の水溶液を含浸させた生体吸収性織布からなる手術用縫合デバイスについて記載されている。生体吸収性織布としてはポリグリコール酸を組成に含む繊維によりメッシュ状に織られた織布であり、生体糊前駆物質としてはフィブリノゲンが用いられている。
【0003】
また、特許文献2には、吸収性布材とフィブリノゲン溶液からなる欠損部閉塞用デバイス、具体的には吸収性布材にフィブリノゲン溶液を含浸させた欠損部閉塞用デバイスが開示されている。
これらのデバイスは、生分解性の繊維構造体と生体糊前駆物質やフィブリノゲン溶液など蛋白質との複合体が前提であり、繊維表面に蛋白質が十分にいきわたった状態で用いることが開示されている。しかしながら、該文献の技術では実際の臨床において、手術に用いる前に、手術現場で繊維構造体にフィブリノゲン溶液を含浸させる作業が必要であり、作業を複雑にする難点がある。また、該デバイスで傷口を覆ったときの複合体の強度も十分ではない。
【0004】
特許文献3には、生体吸収性および/または生分解性の合成繊維布を骨格とし、これにフィブリンシーラントを被覆した人工代用生体膜が開示されている。合成繊維布にはメッシュであるものが好ましく、網目が0.1mm〜25mmのものが好ましいとされている。該メッシュサイズはフィブリンシーラントが十分な強度を保つために十分な大きさであればよいと記載されている。しかしながら、特許文献3の代用生体膜については、水圧に対する耐性試験に基づく膜自体の強度に関するデータは示されているものの、生体材料に対する接着力や生体組織欠損部の閉鎖力については何ら記載されていない。また、実施例に記載の硬膜欠損部の閉鎖試験において、本代用生体膜による閉鎖時にナイロン縫合糸による縫合が行われていることから、本生体膜の組織接着性は十分ではないことが予想される。
【0005】
一方、生分解性の繊維材料としては、近年、ナノファイバーとよばれる極細繊維の検討がなされており、生分解性の脂肪族ポリエステルをエレクトロスピニングすることにより、繊維径が数マイクロメーターよりも小さい生分解性の極細繊維が得られることは公知である。
生分解性のポリマーをエレクトロスピニングして得られるナノファイバーを、蛋白質のマトリクスと組み合わせて用いることが検討されている。例えば、特許文献4には、平均繊維径が0.05〜50μmである脂肪族ポリエステルの繊維からなる繊維構造体の支持基材と、エラスチン架橋体からなるエラスチン成形体についての記載がある。
【0006】
脂肪族ポリエステルのナノファイバーは表面が疎水性であるものが多く、その不織布の上に水溶液を滴下しても水滴が形成され、水溶液とはなじみにくい特性がある。上記特許文献4では、低分子化された水溶性のエラスチンをナノファイバーと混合し、その後に架橋する方法が開示されているが、蛋白質水溶液やフィブリンゲルとの複合化に適した繊維表面や形状については何ら検討されていない。
特許文献5には、疎水性溶媒に溶解可能なポリマーと複数の水酸基を有する有機化合物よりなり、平均繊維径が0.1〜20μm、空隙率が少なくとも5%である多孔質繊維が記載されている。しかしながら、表面積が大きく空隙も大きい繊維構造体を得ることを目的としており、フィブリンゲルとの複合化に適した繊維構造体については何ら示唆されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−309151号公報
【特許文献2】WO06/025150号パンフレット
【特許文献3】特開2002−204826号公報
【特許文献4】WO04/087232号パンフレット
【特許文献5】WO04/072336号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、強度に優れ、臓器表面との接着性に優れた生体適合性の繊維複合体およびその調製用キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者らは、強度に優れ、臓器表面との接着性に優れ、再生された組織の均一性に優れた繊維複合体について鋭意検討した。その結果、特定の構造を有する繊維構造体を用い、その空隙にフィブリンゲルが充填された構造を有する複合膜が優れた性質を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
繊維構造体においては、繊維径が細くなることや表面の凹凸構造の増加など、サブミクロンオーダーの凹凸構造が増えることにより水をはじく性質が出てくるため、水溶液との親和性は悪くなる。当然ながら繊維構造体とフィブリンゲルとの複合体たる繊維複合体においては、繊維構造体の濡れ性がフィブリンゲルとの複合体全体の物性に影響する。細い繊維径を有する繊維構造体と水を媒体とするハイドロゲルとの複合化の力学強度を増大させるためには、ハイドロゲルと繊維表面との接着面積を十分に稼ぐことが重要であるため、繊維表面を親水性にする、あるいは親水性の高い高分子材料からなる繊維構造体を用いるのがよいと思われてきた。しかしながら、驚くべきことに、濡れ性が低い繊維構造体を用いると臓器表面との接着性に優れており、また、従来検討されてきた繊維材料よりも繊維構造体の力学強度が低いにもかかわらず、接着した膜の強度に優れた繊維複合体が得られることが判明したのである。
【0011】
すなわち本発明は、こうした知見に基づいてなされたものであり、平均繊維径が0.1〜10μmの生体適合性ポリマーよりなり、厚みが10〜200μmであり、平均見かけ密度が30〜250kg/mであり、表面の水滴の接触角が30度以上である繊維構造体と、フィブリンゲルを含んでなる繊維複合体を提供するものである。
【0012】
さらに、本発明は当該繊維構造体、フィブリノゲン、およびトロンビンを少なくとも含んでなる、繊維複合体調製用キットを提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の繊維複合体は強度に優れ、臓器表面との接着性、接着した膜の強度に優れるため、傷口や創傷部位を含む臓器表面をカバーする特性に優れる。特に、体内における止血材や、創傷部位のカバー材、被覆材料などに好ましく用いられる。とりわけ、硬膜や肺表面など、内圧のかかる臓器表面を縫合することなくシールすることができるため、手術にかかる手間や時間の短縮に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の繊維複合体の破断強度を測定する装置の概念図である。
【図2】術後1ヶ月の人工生体膜周囲の病理組織像を示す顕微鏡写真(強拡大)。
【図3】術後1ヶ月の脳及び硬膜欠損部(人工生体膜補綴部)の病理組織像を示す顕微鏡写真(弱拡大)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の繊維複合体に用いられる繊維構造体は、生体適合性のポリマーからなる。生体適合性のポリマーとしては、具体的には、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸−グリコール酸共重合体、ポリカプロラクトン、ポリグリセロールセバシン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、ポリブチレンサクシネートなどの脂肪族ポリエステル、ポリトリメチレンカーボネートなどの脂肪族ポリカーボネート、セルロースジアセテート、セルローストリアセテート、メチルセルロース、プロピルセルロース、ベンジルセルロースなどの多糖類誘導体、フィブロイン、ゼラチン、コラーゲンなどの蛋白質やこれらの誘導体が例示できる。
これらのうちでも好ましくはポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸−グリコール酸共重合体、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネート、ならびにこれらの共重合体などの脂肪族ポリエステルが挙げられ、さらに好ましくはポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体、ポリカプロラクトンが挙げられる。なかでもポリ乳酸が好ましい。
【0016】
ポリ乳酸においては、ポリマーを構成するモノマーには、L−乳酸、D−乳酸があるが、特に制限はない。またポリマーの光学純度や分子量、L体とD体の組成比や配列には特に制限はないが、好ましくはL体の多いポリマーであり、ポリL乳酸とポリD乳酸のステレオコンプレックスを用いることも問題ない。
また、ポリマーの重量平均分子量としては、1×10〜5×10であり、好ましくは1×10〜1×10、より好ましくは5×10〜5×10である。またポリマーの末端構造やポリマーを重合する触媒は任意に選択できる。
【0017】
本発明の繊維構造体においては、その目的を損なわない範囲で、他のポリマーや他の化合物を併用してもよい。例えば、ポリマー共重合、ポリマーブレンド、化合物混合である。
本発明の繊維構造体は、平均繊維径が0.1〜10μmである生体適合性の繊維より形成される。平均繊維径が0.1μmよりも小さいか、あるいは10μmよりも大きいと、膜の強度や接着強度が十分でなく、好ましくない。好ましい平均繊維径は0.5〜8.0μmであり、さらに好ましくは1.0〜7.0μmである。なお、繊維径とは繊維断面の直径を表す。
【0018】
繊維断面の形状は円形に限らず、楕円形や異形になることもありうる。この場合の繊維径とは、該楕円形の長軸方向の長さと短軸方向の長さの平均をその繊維径として算出する。また、繊維断面が円形でも楕円形でもないときには円または楕円に近似して繊維径を算出する。
繊維表面には凹凸を含んでいてもよいが、その割合は0.1〜5%であることが好ましい。ここで、繊維表面の凹凸の割合とは、繊維表面を電子顕微鏡で撮影した像にて観察される、繊維表面に含まれる凹凸構造の面積の割合であり、百分率で表す。具体的な構造としては、くぼみや陥没、突起物や隆起物、うろこ状や山脈状の構造などがあげられる。好ましくは0.2%から4%であり、さらに好ましくは、0.3%〜3%である。5%よりも凹凸構造が多いと、膜の強度が上がらず好ましくない。また、0.1%よりも凹凸構造が少ない繊維は、工程管理が難しく、製造にコストがかかる。
【0019】
本発明の繊維構造体は、平均見掛け密度が30〜250kg/mである。ここで、平均見掛け密度とは、作製した繊維構造体の面積、平均厚、質量から割り出した密度を意味する。好ましくは50〜220kg/m、さらに好ましくは70〜200kg/mである。この範囲よりも密度が小さくても大きくても複合膜の強度が上がらず、好ましくない。
本発明の繊維構造体の厚みは10μm〜200μmである。好ましくは、30〜180μm、さらに好ましくは50〜150μm未満である。200μmよりも厚いとハイドロゲルの浸透が難しくなり、10μmよりも薄いと膜の強度が弱くなる。
本発明の繊維複合体は、平面状である。ここで平面状とは、シートや紙のような平面状の構造物をいう。上から見ると四角形や円、楕円形等の形状をとることができ、横から見ると直線状の構造をなす。本発明の繊維複合体においては、その角を丸くすることや、平面状の端を厚くすること、または薄くすること、中央が窪んでいる形状などは、本発明の効果を損なわない範囲で任意に実施できる。
【0020】
本発明の繊維構造体の水に対する接触角は、30度以上である。ここでいう水の接触角とは、液滴を繊維構造体の水平面上に置いた際、繊維表面と液体の表面との角度を測定して得られる液体の内側の角度をいう。好ましくは50〜140度、さらに好ましくは70〜130度である。30度よりも角度が小さいと組織との接着性が上がらない。
繊維構造体の接触角や水分保持率は、繊維径、繊維密度、繊維表面の疎水性、繊維表面の形状によって影響を受ける。繊維径が細く繊維密度が高いと接触角は大きくなり、水分含量は低い傾向を示す。また繊維表面をコーティングなどで親水性にすると、接触角が低下し、水分含量は上がる。繊維表面に微小な凹凸が多いと接触角が大きくなる傾向を示す。
【0021】
本発明の繊維構造体は、生体適合性の脂肪族ポリエステルを原料とする場合、水酸基を有する親水性の化合物を含むものが好ましい。具体的にはポリエチレングリコールなどのポリエーテル、グリセリンやポリグリセリンなどの多価アルコール、ゼラチンなどの蛋白、ソルビタンアルキルエーテルなどの糖誘導体などが挙げられる。
これらの中でも好適な例として、脂肪族ポリエステル中に、分子量200〜2000のポリエチレングリコールあるいはグリセリンが0.001〜1.0重量%含まれるものを挙げることができる。
本発明の繊維構造体の製造方法は、特に制限はないが、好ましくはエレクトロスピニング法、エレクトロスプレー法、静電紡糸法などとよばれる方法が利用される。これらの方法は、ポリマーを溶媒に溶解させた溶液に高電圧を印加することで、電極上に繊維構造体を得る方法である。好ましくは、生体適合性高分子を溶媒に溶解させて溶液を製造する工程と、該溶液に高電圧を印加させる工程と、該溶液を噴出させる工程と、噴出させた溶液から溶媒を蒸発させて繊維構造体を形成させる工程と、形成された繊維構造体の電荷を消失させる工程と、電荷消失によって繊維構造体を累積させる工程とを含む。
【0022】
まず、有機高分子を溶媒に溶解させて溶液を製造する段階について説明する。本発明の製造方法における溶液中の溶媒に対する生体適合性高分子の濃度は1〜30重量%であることが好ましい。生体適合性高分子の濃度が1重量%より小さいと、濃度が低すぎるため繊維構造体を形成することが困難となり、好ましくない。また、30重量%より大きいと得られる繊維構造体の繊維径が大きくなり、好ましくない。より好ましい溶液中の溶媒に対する生体適合性高分子の濃度は2〜20重量%である。
前記溶媒は一種を単独で用いてもよく、複数の溶媒を組み合わせてもよい。前記溶媒としては、生体適合性高分子とを溶解可能で、かつ紡糸する段階で蒸発し、繊維を形成可能なものであれば特に限定されない。例えばアセトン、クロロホルム、エタノール、2−プロパノール、メタノール、トルエン、テトラヒドロフラン、水、ベンゼン、ベンジルアルコール、1,4−ジオキサン、1−プロパノール、ジクロロメタン、四塩化炭素、シクロヘキサン、シクロヘキサノン、フェノール、ピリジン、トリクロロエタン、酢酸、蟻酸、ヘキサフルオロ−2−プロパノール、ヘキサフルオロアセトン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、アセトニトリル、N−メチル−2−ピロリジノン、N−メチルモルホリン−N−オキシド、1,3−ジオキソラン、メチルエチルケトン、これらの混合溶媒が挙げられる。これらのうち、取扱い性や物性などから、ジクロロメタンやエタノールを用いることが好ましい。
次に、溶液に高電圧を印加させる段階と、溶液を噴出させる段階と、噴出された溶液から溶媒を蒸発させて繊維構造体を形成させる段階について説明する。
【0023】
本発明の製造方法においては、生体適合性高分子を溶解した溶液を噴出させ、繊維構造体を形成させるために、溶液に高電圧を印加させる必要がある。電圧を印加させる方法については、生体適合性高分子を溶解した溶液を噴出させ、繊維構造体が形成されるものであれば特に限定されないが、溶液に電極を挿入して電圧を印加させる方法や、溶液噴出ノズルに対して電圧を印加させる方法などがある。
また、溶液に印加させる電極とは別に補助電極を設けることも可能である。また、印加電圧の値については、前記繊維構造体が形成されれば特に限定されないが、通常は5〜50kVの範囲である。印加電圧が5kVより小さい場合は、溶液が噴出されず、繊維構造体が形成されないため好ましくなく、印加電圧が50kVより大きい場合は、電極からアース電極に向かって放電が起きるために好ましくない。より好ましくは10〜30kVの範囲である。所望の電位は従来公知の任意の適切な方法で作ればよい。
こうして、生体適合性高分子を溶解した溶液を噴出させた直後に生体適合性高分子を溶解させた溶媒が揮発して繊維構造体が形成される。通常の紡糸は大気下、室温で行われるが、揮発が不十分である場合には陰圧下で行うことや、高温の雰囲気下で行うことも可能である。また、紡糸する温度は溶媒の蒸発挙動や紡糸液の粘度に依存するが、通常は0〜50℃の範囲である。一方、凹凸表面が制御された繊維を作るうえでは、紡糸時の相対湿度が40%未満とすることが好ましい。
【0024】
次に、形成された繊維構造体の電荷を消失させる段階について説明する。前記繊維構造体の電荷を消失させる方法は特に限定を受けないが、好ましい方法として、イオナイザーにより電荷を消失させる方法が挙げられる。イオナイザーとは、内蔵のイオン発生装置によりイオンを発生させ、それを帯電物に放出させることにより帯電物の電荷を消失させうる装置である。本発明の製造方法で用いられるイオナイザーを構成する好ましいイオン発生装置として、内蔵の放電針に高電圧を印加させることによりイオンを発生する装置が挙げられる。
次に、前記電荷消失によって繊維構造体を累積させる段階について説明する。前記電荷消失によって繊維構造体を累積させる方法は特に限定を受けないが、通常の方法として、電荷消失により繊維構造体の静電力を失わせ、自重により落下、累積させる方法が挙げられる。また、必要に応じて静電力を消失させた繊維構造体を吸引し、メッシュ上に累積させる方法、装置内の空気を対流させメッシュ上に累積させる方法などを行ってもよい。
【0025】
本発明の繊維複合体には任意に薬剤を含ませることができる。揮発性溶媒に可溶であり、溶解によりその生理活性を損なわないものであれば、使用する薬剤に特に制限はない。
かかる薬剤の具体例としては、タクロリムスもしくはその類縁体、スタチン系、またはタキサン系抗癌剤が例示できる。
また、本発明の繊維複合体に含まれる薬剤は、揮発性溶媒中において活性を維持することが可能であれば蛋白質製剤、核酸医薬であってもよい。また、薬剤以外のものも含んでよく、金属、多糖、脂肪酸、リン脂質、界面活性剤、揮発性溶媒耐性微生物であってもよい。
【0026】
本発明におけるフィブリンゲルとは、例えばフィブリンゲルの前駆体であるフィブリノゲン凍結乾燥粉末、フィブリノゲン溶解液、トロンビン凍結乾燥粉末、およびトロンビン溶解液から構成されたものを挙げることができる。そのようなフィブリンゲルの例として、市販されているフィブリン糊が使用可能である。例えば、ボルヒール(登録商標:財団法人化学及血清療法研究所)などがその一例である。そして、フィブリノゲン凍結乾燥粉末をフィブリノゲン溶解液で溶解してフィブリノゲン溶液(A液)とし、トロンビン凍結乾燥粉末をトロンビン溶解液で溶解してトロンビン溶液(B液)とする。溶解した両液を接着部位に重層または混合して適用する。フィブリンゲルは、血液凝固の最終段階を利用した生理的組織接着剤であり、含有するフィブリノゲンはトロンビンの作用により可溶性フィブリン塊となり、さらにカルシウムイオン(例えば、トロンビン溶解液中に含有)存在下でトロンビンにより活性化された血液凝固第XIII因子(例えば、フィブリノゲン凍結乾燥粉末中に含有)により、物理的強度をもった尿素不溶性の安定なフィブリン塊となり、組織を接着・閉鎖する。この安定化したフィブリン塊内で、例えば線維芽細胞が増殖し、膠原線維や肉芽基質成分が産生され、組織修復を経て治癒に至る。
【0027】
本発明の繊維構造体とフィブリンゲルを複合化させる方法は、特に限定はないが、好ましくは上記フィブリノゲン溶液とトロンビン溶液とをそれぞれ繊維構造体に滴下してもよく、それぞれの液を別々に、または同時にスプレーで吹き付けてもよく、片方を含浸させてからもう片方をスプレーで吹き付けてもよい。なかでも二つの液を同時にスプレーする方法が好ましい。
本発明の繊維複合体は、上記繊維構造体、フィブリノゲン成分及びトロンビン成分は同梱した繊維複合体調製用キットとすることもできる。この場合、フィブリノゲン成分とトロンビン成分は、フィブリン凍結乾燥粉末が分注された容器、フィブリノゲン溶解液が分注された容器、トロンビン凍結乾燥粉末が分注された容器、トロンビン溶解液が分注された容器より構成される。また、かかるフィブリノゲン成分とトロンビン成分が液状製剤の場合は、フィブリノゲン溶液が分注された容器、トロンビン溶液が分注された容器より構成される。
【0028】
本発明を構成する繊維複合体の大きさは、特に限定されるものではなく、縫合部分の大きさに合わせて、適宜決定することができる。したがって、本発明の繊維複合体の適用範囲は、目的とする外科手術に応じた、広範囲にわたるものである。すなわち、本発明が提供する繊維複合体が適用可能な手術領域としては、特に限定されるものではないが、なかでも脳外科手術における人工硬膜、肺外科手術における気胸や腫瘍切除部の被覆・補強、消化器系外科手術における実質臓器切断端における被覆・補強等の広範囲にわたる外科手術に好ましく適用できるものである。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明の実施の形態を説明するが、これらは本発明の範囲を制限するものではない。
【0030】
1.平均繊維径:
得られた繊維構造体の表面を走査型電子顕微鏡((株)日立製作所製S−2400)により、倍率2000倍で撮影して得た写真から無作為に20箇所を選んで繊維の径を測定し、すべての繊維径から平均値を求めて、平均繊維径とした。n=20である。
2.平均厚:
高精度デジタル測長機((株)ミツトヨ:商品名「ライトマチックVL−50」を用いて測長力0.01Nによりn=10にて繊維構造体の膜厚を測定した平均値を算出した。
3.平均見掛け密度:
繊維複合体の質量を測定し、上記方法により求めた面積、平均厚をもとに平均見掛け密度を算出した。
【0031】
実施例1
ポリ乳酸(LACTY9031、島津製作所)の10重量%ジクロロメタン溶液を調製し、均一な溶液を得た。静電紡糸装置を用いて紡糸を行い、シート状の繊維構造体を得た。噴出ノズルの内径は0.8mm、電圧は15kV、噴出ノズルから電極平板までの距離は15cmであった。
得られた繊維構造体を構成する繊維の平均径は1.5μmであり、繊維構造体の厚さは82μm、平均見掛け密度190kg/mであった。
得られた繊維構造体上に、水滴を1滴たらして10分間、液滴の変化を観察した。その結果、液滴が繊維構造体の内部に入り込むことはなく、疎水性の表面であることが確認された。繊維構造体表面上の水滴の接触角は110度であった。
【0032】
比較例1
ポリエチレングリコール600をポリマーに対して3.0重量%加えた以外は、実施例1と同様に繊維構造体を作成した。
得られた繊維構造体を構成する繊維の平均径は2.1μmであり、繊維構造体の厚さは66μm、平均見掛け密度256kg/mであった。
得られた繊維構造体上に水滴を1摘たらし、10分間、液滴の変化を観察した。その結果、水滴は繊維構造体内部に浸透し、親水性の表面であることが確認された。繊維構造体表面上の水滴の接触角は測定できなかった。
【0033】
比較例2
繊維構造体として、ネオベール(登録商標、グンゼ(株)製、その繊維径は20μm)を用いた。ネオベール(登録商標)の接触角を測定したところ、98度であった。繊維構造体の厚さは150μm、平均見掛け密度は174kg/mであった。
【0034】
実施例2
生体組織としてウサギの皮膚を採取し、図1の装置表面に平面状に設置した、ウサギの皮膚の中央にあけた穴(5mmΦ)の上に、実施例1で作成した繊維構造体を穴がふさがるように設置した。フィブリン糊(ボルヒール(登録商標):財団法人化学及血清療法研究所)に添付のプロトコールに従い、フィブリノゲン凍結乾燥粉末をフィブリノゲン溶解液で溶解しフィブリノゲン溶液(A液)を調製し、トロンビン凍結乾燥粉末をトロンビン溶解液で溶解しトロンビン溶液(B液)を調製した。溶解した両液をボルヒールスプレーセット(秋田住友ベーク株式会社)に充填し、繊維構造体に吹き付けた。その後、外部より圧を加えていき、膜が破断したときの内圧を測定した。その結果、膜が破裂したときの圧力は34,450Paであった。
一方、比較例1で得られた繊維構造体につき、上記と同じ方法で、ウサギの皮を用いた破断試験を行った結果、複合膜が破断したときの圧力は、2,930Paであった。
また、比較例2のネオベール(登録商標)につき、上記と同じ方法で、ウサギの皮を用いた破断試験を行った結果、複合膜が破断したときの圧力は、26,730Paであった。
【0035】
以上の結果、実施例1で示した特定の繊維径を有し、水に対する接触角が大きい繊維構造体と、生体適合性ゲルのひとつであるフィブリン糊とを複合した繊維複合体は、比較例1及び比較例2の繊維構造体を用いた繊維複合体と比較して、臓器表面(ウサギ皮表面)との接着力に優れていることが示された。
【0036】
実施例3
生体に埋め込むための人工生体膜の作製には、市販の生体組織接着剤であるフィブリン糊(ボルヒール(登録商標)、財団法人化学及血清療法研究所)を使用した。実施例1で記載した繊維構造体を2cmx2cm(4cm)の大きさに切断し、10cmプラスチックシャーレ中に置いた。3cmx3cm(9cm)の大きさの透明なプラスチックフィルムの中央部に1cmx1cm(1cm)の穴を開け、繊維構造体の上にプラスチックフィルムを被せた。ボルヒール中の凍結乾燥フィブリノゲン240mgおよび第XIII因子225単位を含むバイアルにアプロチニン(3000KIE)を含む溶液3mLを添加して混合し、3mLのフィブリノゲン液を作製し、約0.2mLのフィブリノゲン液を1mLの噴霧用シリンジに吸い込んだ。トロンビン(750単位)の粉末を、塩化カルシウムを含む溶液1mLで溶解して、そのうちの0.2mLを1mLのシリンジに吸い込んだ。それぞれのシリンジをボルヒールスプレーセット(秋田住友ベーク(株))に装着した。このスプレーセットを用いてフィブリノゲン液とトロンビン液各0.2mLを同時に繊維構造体に重ねたプラスチックフィルムの上から均等に噴霧した。この後、5分間以上静置した後、プラスチックフィルムを除去することによって、繊維構造体の中央部に1cmx1cm(1cm)の大きさのフィブリンゲル層とその周囲に0.5cmの幅ののりしろ部分を持つ人工生体膜を形成した。この人工生体膜をシャーレから剥離して以後の実験に使用した。
【0037】
実施例4
ビーグル成犬を用いて動物実験を行った。
(i)硬膜の貼り付け
ビーグル成犬を挿管管理による全身麻酔下におき、両側頭頂前頭開頭を行い、左右に各々1箇所、1cm四方の正方形の硬膜欠損部を作製した。一箇所の欠損部に対して、欠損部周囲の硬膜にフィブリノゲン液を0.1mL滴下して指ですり込み、その上から実施例3に記載した人工生体膜をフィブリンゲル層が脳実質側になるように被せた。次にボルヒールスプレーセットを用いてボルヒール各液0.3mLを人工生体膜の上から噴霧し、人工生体膜を硬膜欠損部に接着させた。3分間以上静置した後、閉頭を行った。
(ii)術後1ヶ月の病理所見
図2に示したように、術後1ヵ月後の時点でのHE染色標本では、硬膜欠損側において本発明の人工生体膜の上部および下部に自己の結合組織の層が確認された。また、人工生体膜の繊維間にも結合組織が増生していた。また、図3に示したように、脳組織は正常所見を呈していた。なお、術後より剖検時の1ヶ月の間、手術部位からの髄液の漏れはなかった。
【0038】
以上の結果より、実施例1で示した特定の構造を有する繊維構造体とフィブリン糊を組み合わせることで、硬膜を含む自己組織層の再生を促す人工生体膜になり得ることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の繊維複合体は、臓器表面との接着性に優れており、生体材料、医薬品、医療材料の分野で広く利用することができる。
【符号の説明】
【0040】
1 フィブリンゲル
2 繊維構造体
3 ウサギの皮
4 空気圧
5 外枠
6 内枠


【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維径が0.1〜10μmの生体適合性ポリマー繊維よりなり、厚みが10〜200μmであり、平均見かけ密度が30〜250kg/mであり、表面の水滴の接触角が30度以上である繊維構造体と、フィブリンゲルとを含んでなる繊維複合体。
【請求項2】
繊維表面の凹凸の割合が0.1〜5%である請求項1に記載の繊維複合体。
【請求項3】
生体適合性ポリマーが脂肪族ポリエステルである請求項1または2に記載の繊維複合体。
【請求項4】
生体適合性ポリマーがポリ乳酸である請求項1または2に記載の繊維複合体。
【請求項5】
繊維表面の水滴の接触角が50〜140度である請求項1から4のいずれかに記載の繊維複合体。
【請求項6】
繊維構造体が繊維内部および/または繊維表面に水酸基を有する親水性の化合物を0.001〜1.0重量%で含む請求項1から5のいずれかに記載の繊維複合体。
【請求項7】
平均繊維径が0.1〜10μmの生体適合性ポリマー繊維よりなり、厚みが10〜200μmであり、平均見かけ密度が30〜250kg/mであり、表面の水滴の接触角が30度以上である繊維構造体、フィブリノゲン、およびトロンビンを少なくとも含んでなる、繊維複合体調製用キット。
【請求項8】
繊維表面の凹凸の割合が0.1〜5%である請求項7に記載の繊維複合体調製用キット。
【請求項9】
生体適合性ポリマーが脂肪族ポリエステルである請求項7または8に記載の繊維複合体調製用キット。
【請求項10】
生体適合性ポリマーがポリ乳酸である請求項7または8に記載の繊維複合体調製用キット。
【請求項11】
繊維表面の水滴の接触角が50〜140度である請求項7から10のいずれかに記載の繊維複合体調製用キット。
【請求項12】
繊維構造体が繊維内部および/または繊維表面に水酸基を有する親水性の化合物を0.001〜1.0重量%で含む請求項7から11のいずれかに記載の繊維複合体調製用キット。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−219879(P2011−219879A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86812(P2010−86812)
【出願日】平成22年4月5日(2010.4.5)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【出願人】(000173555)一般財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】