説明

耐久性に優れた帯状打抜き刃用鋼板および帯状打抜き刃

【課題】良好な曲げ加工性を有し、かつ耐久性を更に改善した帯状打抜き刃を提供する。
【解決手段】鋼板表面から200μmを超える基地部は、C:0.40〜0.80質量%、Nb:0.10〜0.50質量%を含有する化学組成を有し、ベイナイト中または焼戻しマルテンサイト中にセメンタイトからなる球状炭化物が1.0体積%以上存在し、かつ円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上である金属組織を有し、硬さが300〜450HVに調整されており、表層部にはフェライト単相組織からなる厚さ5μm以上の脱炭表層があり、表層15μm領域において円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個である、耐久性に優れた帯状打抜き刃用鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、段ボール、板紙、樹脂シート、皮革などを打ち抜くための帯状打抜き刃に用いる鋼板およびその帯状打抜き刃に関する。
【背景技術】
【0002】
上記の帯状打抜き刃は、トムソン刃、ルール、ダイなどの称呼を有し、鉄鋼材料からなる帯状薄板の一方の側端部に先端先細りの刃先を形成したものである。帯状打抜き刃を使用するときは、予めベニア板等にレーザー加工等で所定の打抜き形状の溝を形成しておき、帯状打抜き刃の刃先の無い側端部を上記の溝にはめ込んで「木型」と呼ばれる打抜き型を作製する。その際、溝に嵌合するように帯状打抜き刃は所定の形状に曲げ加工される。溝の深さは帯状打抜き刃の幅より浅いため、刃先はベニヤ板の板面から突き出ており、刃の周囲には刃先の突き出し量より少し厚い弾性体ブロックを貼り付ける。そして、この木型の上に被打抜き材を押し当てて切断すると所定形状に打ち抜かれたものが弾性体の反発力で押し戻され、容易に取り出せる。
【0003】
帯状打抜き刃には、刃物としての「切れ味」および「耐久性」に優れる点以外に、木型作製時に曲げ半径の小さい屈曲加工が容易に行える特性を具備すること、すなわち「曲げ加工性」に優れることが要求される。
【0004】
従来一般に、優れた「切れ味」を実現するには刃先部が硬いこと、刃付け加工部全体の剛性が高いことが必要であるとされ、「耐久性」を確保するには刃先部およびその近傍の耐摩耗性が高いことが必要であるとされている。そのために、調質熱処理(恒温変態処理、焼入れ・焼戻し処理など)によってベイナイトや焼戻しマルテンサイトが主体の硬質な金属組織とする手法、および刃先部を高周波焼入れ処理により顕著に硬化させる手法が採用されている。
【0005】
一方、「曲げ加工性」を確保する手法としては、鋼板の表層部を脱炭処理してC含有量の少ない表層(脱炭表層)を形成させる手法が採用されている。脱炭表層は、材料を焼入れ・焼戻し等の調質熱処理に供した後にもフェライト単相の組織状態を維持し、この脱炭表層によって、所定の形状に曲げ加工される際の割れが防止される。
【0006】
上記のような調質熱処理による硬質化、高周波焼入れ処理による刃先部の顕著な硬質化、および脱炭表層の形成が可能な鋼種として、例えばJIS規格に規定されるS55C,SAE1050,SAE1055などが挙げられる。これらの鋼種では恒温変態や焼戻しで280HV以上、あるいはさらに300HV以上の硬度と適度な靱性が付与でき、かつ刃先の高周波焼入れで500HV以上の硬度を得ることもできる。また、雰囲気を適切にコントロールした熱処理によって脱炭表層を形成させることができる。
【0007】
図1に、脱炭表層を形成することによって曲げ加工性を改善した従来一般的な帯状打抜き刃の断面構造を模式的に示す。脱炭表層の厚さは誇張して描いてある(後述図2において同じ)。鋼板素材の段階で脱炭焼鈍と調質熱処理が施されており、表面付近の脱炭表層は軟質なフェライト単相組織、それ以外の部分はベイナイトまたは焼戻しマルテンサイトを主体とする強靱な組織となっている。帯状材料の側端部に先端先細りの刃付け加工部を有し、その他の部分が胴部である。刃先には高周波焼入れによって「刃先焼入れ部」を形成することができる。この場合、刃先硬さは500HV以上に調整可能である。
【0008】
近年では環境問題などの理由で家電製品などの梱包・緩衝材は発砲スチロールから段ボールに移行しつつあり、また、パッケージの意匠性も向上しつつある。さらに、緩衝材等の設計がコンピュータを用いて迅速かつ容易に行えるようになった。このため、従来にも増して多種多様で複雑形状の打抜きに対応することが必要となり、帯状打抜き刃は一層厳しい曲げ加工に供されるようになった。この場合、脱炭表層を形成した帯状打抜き刃では、胴部よりも、刃付け加工部で割れが生じて問題となった。刃付け加工部には脱炭表層がないため、厳しい曲げ加工ではその部分での「曲げ加工性」が重要となる。
【0009】
そこで、特許文献1に示されるように、一定量の球状炭化物を含む組織状態とすることによって刃の「耐久性」を確保しながら刃先部の「曲げ加工性」を顕著に改善する技術が開発された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4152225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1の技術によれば、近年の厳しい曲げ加工ニーズにも対応可能な帯状打抜き刃を提供することが可能となった。ところが、昨今では帯状打抜き刃に対する要求は更に厳しいものとなり、従来よりも長期間の使用に耐える「耐久性」の高いものが求められるようになってきた。
本発明は、良好な「曲げ加工性」を有し、かつ「耐久性」を更に改善した帯状打抜き刃を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的は、Nbを含有させて、表層部を除いてNb含有炭化物が分散した組織状態とした鋼板を素材とすることによって達成できることが明らかとなった。
すなわち本発明では、鋼板の両側の表面からそれぞれ200μm以下の深さ領域を「表層部」、それより板厚方向内部の領域を「基地部」と呼ぶとき、
基地部は、C:0.40〜0.80質量%、Nb:0.10〜0.50質量%を含有する化学組成を有し、ベイナイト中または焼戻しマルテンサイト中にセメンタイトからなる球状炭化物が1.0体積%以上存在し、かつ円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上である金属組織を有し、硬さが265〜450HV好ましくは300〜450HVに調整されており、
表層部は、フェライト単相組織からなる厚さ5μm以上好ましくは5〜20μmの脱炭表層を有し、表面から15μm深さまでの領域(「表層15μm領域」という)において円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個である、
耐久性に優れた帯状打抜き刃用鋼板が提供される。
【0013】
また上記基地部においては、ベイナイト中または焼戻しマルテンサイト中にセメンタイトからなる球状炭化物が1.0体積%以上存在し、かつ円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上である金属組織を有し、硬さが265〜450HVに調整されていてもよい。この場合、上記表層15μm領域においては円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個に低減されていればよい。
【0014】
ここで、Nb含有炭化物はNbカーバイドを主体とするものであり、EDXによる分析等によりセメンタイトと区別することができる。セメンタイトからなる球状炭化物の量およびNb含有炭化物の存在密度は板厚方向に平行な断面の顕微鏡観察像を画像解析することによって定めることができる。円相当径は測定断面内に現れている粒子の面積と等しい円を想定したときの、当該円の直径に相当する。Nb含有炭化物の存在密度の測定は、4500μm2(900μm2×5視野分)以上の領域を観察して、当該領域内に存在するNb含有炭化物粒子のうち前記所定の円相当径(0.5μm以上または1.0μm以上)を有する粒子の総数をカウントし、900μm2あたりの密度に換算することによって行う。表層15μm領域においては板厚方向に15μm長さの1辺をもつ15×60μm(=900μm2)の矩形領域を5視野以上観察することによって行えばよい。観察領域の境界にまたがって存在するNb含有炭化物は、その面積の半分以上が当該領域に存在する場合に1個とカウントする。
【0015】
表層部の「フェライト単相組織」とは、ベイナイトやマルテンサイト等の変態によって生じた金属相が存在せず、マトリクス(金属素地)がフェライト単相である組織を意味する。
【0016】
基地部の具体的な化学組成として、質量%で、C:0.40〜0.80%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.14〜2.0%、P:0.002〜0.020%、S:0.0005〜0.020%、Cr:0.01〜1.00%、Nb:0.10〜0.50%、Mo:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Ni:0.〜2.0%、B:0〜0.005%、残部Feおよび不可避的不純物であるものが挙げられる。
鋼板の板厚は例えば0.4〜1.5mmである。
【0017】
また本発明では、上記の鋼板からなる帯状素材の側端部に先端先細りの刃付け加工部を有する帯状打抜き刃が提供される。刃先は265〜450HVあるいは300〜450HVに調整された基地部で構成されていても構わないが、基地部の組織を焼入れしてなる硬さ500HV以上の刃先焼入れ部を有するものが切れ味の面でより効果的である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、良好な曲げ加工性を有する帯状打抜き刃において、特に耐久性の高いものが提供可能となった。この打抜き刃は基地部にNb含有炭化物が適切な密度で存在していることにより刃付け加工部の耐摩耗性に優れるので、当初の切れ味および打抜き精度が長期間持続する。その寿命は、Nb含有炭化物による耐摩耗性向上作用を利用していない従来一般的な高周波焼入れ済みの打抜き刃に対し、刃先に高周波焼入れを施したものでは約2倍となる。高周波焼入れを施さなくても約1.5倍の寿命を有するので、高周波焼入れの工程を省略することによって製造コストを低減することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】脱炭表層を形成することによって曲げ加工性を改善した従来一般的な帯状打抜き刃の断面構造を模式的に示した図。
【図2】脱炭表層を有する従来の帯状打抜き刃を使用した際に問題となる刃付け加工部の摩耗形態を模式的に示した図。
【図3】本発明に従う帯状打抜き刃用鋼板の板厚方向に平行な断面における断面構造を模式的に示した図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図2に、脱炭表層を有する従来の帯状打抜き刃を使用した際に問題となる刃付け加工部の摩耗形態を模式的に示す。刃付け加工部において摩耗が激しくなり、その結果、刃付け加工部の剛性が低下して切断の寸法精度が悪くなる。また切断中に既に切れた材料部分を両側に分離させる力が十分に付与できないので切れ味も悪くなる。本発明は、刃付け加工部での耐摩耗性を改善することによって、刃物としての耐久性を向上させるものである。
【0021】
図3に、本発明に従う帯状打抜き刃用鋼板の板厚方向に平行な断面における断面構造を模式的に示す。表面付近の各領域の厚さは板厚に対して極めて誇張して描いてある。本明細書において、表面から200μm深さまでの領域を「表層部」と呼び、それより板厚方向内部の領域を「基地部」と呼ぶ。表層部と基地部は組織状態の相違を意味するのではなく、単に表面からの深さ位置による領域の違いを表している。つまり、表層部と基地部の境界で急激な組織変化が起きているわけではない。ただし、少なくとも基地部は脱炭焼鈍による影響を受けていない領域であるということができる。また、本明細書では、表面から15μm深さまでの領域を「表層15μm領域」と呼ぶ。この場合も表層15μm領域の境界で組織が急変することを意味するわけではない。
【0022】
〔基地部の化学組成〕
基地部の化学組成は、溶製時の鋼の化学組成をほぼそのまま反映したものとなる。以下、化学組成についての「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
Cは、鋼材の強度を確保する上で重要な元素である。帯状打抜き刃の用途では基地部の硬さとして265HV以上が必要であり用途によっては300HV以上が要求される。また、刃先に焼入れを行った際500HV以上の硬さが得られることが要求される場合もある。これらを考慮して、少なくとも0.4%以上のCを含有する鋼を使用する。ただし、C含有量が0.8%を超えるとベイナイトまたは焼戻しマルテンサイトの靱性が低下し、曲げ加工性が劣化するため、本発明ではC:0.4〜0.8%の鋼を使用する。
【0023】
Nbは、NbCを主体とする硬質のNb含有炭化物を形成させるために重要な元素である。基地部に適度な密度で分散したNb含有炭化物は耐摩耗性の改善に極めて有効となる。また、Nbにはベイナイト組織または焼戻しマルテンサイト組織としたときの旧オーステナイト粒径を微細化する作用があり、曲げ加工時における刃付け加工部の割れを防止する上で有効となる。種々検討の結果、上記の効果を十分に発揮させるためには0.10%以上のNb含有量とする必要がある。ただし過剰のNb含有は曲げ加工性を低下させる要因となるのでNb含有量は0.50%以下とする。
【0024】
C、Nb以外の鋼成分については、後述の金属組織が得られ、曲げ加工性を損なわない範囲で調整すればよい。例えば以下のような鋼成分を例示できる。
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であり、0.05〜0.50%の含有量とすることが望ましい。
Mn、Crは、焼入れ性を向上させる作用があり、均一なベイナイト組織または焼戻しマルテンサイト組織を得るために有効である。Mn含有量は0.14〜2.0%、Cr含有量は0.01〜1.00%とすることが望ましい。Mn含有量は0.20%以上とすることがより好ましい。
【0025】
P、Sは、鋼の靱性を低下させる要因となりうるので含有量は低いことが望ましいが、過度の脱P、脱Sは製鋼での負荷を増大させ好ましくない。P含有量は0.002〜0.020%、S含有量は0.0005〜0.020%の範囲とすればよい。
その他、必要に応じて、Mo:0.50%以下、V:0.50%以下、Ni:2.0%以下、B:0.005%以下の1種以上を含有させてもよい。
【0026】
〔基地部の金属組織〕
基地部の金属組織は、刃物としての基本的特性である硬さおよび耐摩耗性を確保するために、ベイナイトまたは焼戻しマルテンサイトを主体とする組織を採用する。フェライトやパーライト組織は存在しないことが望ましい。ベイナイト組織となるか焼戻しマルテンサイト組織となるかは熱処理履歴によって決まる。すなわち前者はオーステナイト領域からの冷却過程における恒温変態処理によって得られ、後者はオーステナイト領域からの焼入れ処理でマルテンサイト組織としたのち焼戻し処理することによって得られる。帯状打抜き刃の用途において基地部の硬さは265〜450HVに調整されていることが望まれ、300〜450HVであることがより好ましい。
【0027】
基地部が露出した刃付け加工部での曲げ加工性を改善するために、上記のベイナイト組織または焼戻しマルテンサイト組織をベースとし、さらにその中にセメンタイトからなる球状炭化物が分散した組織状態とする。種々検討の結果、基地部に球状炭化物が1.0体積%以上存在するとき、曲げ加工性は顕著に向上する。基地部に分布している球状炭化物は曲げ変形を受けたときに周囲のマトリクス(ベイナイトまたは焼戻しマルテンサイト)の微視的な降伏を引き起こし、これによって割れに繋がるマトリクスの局所的な応力集中が回避され、曲げ加工性が向上するのではないかと考えられる。球状炭化物の粒径(円相当径)は0.2〜4.0μmであることが望ましい。
【0028】
〔基地部のNb含有炭化物〕
基地部は刃付け加工部において表面に露出し、摩耗による損傷を受けやすい(図2参照)。本発明では、基地部の耐摩耗性を向上させるために、Nb含有炭化物を分散させる手法を採用する。Nb含有炭化物はNbCを主体とする硬質な化合物である。刃付け加工部の表面にNb含有炭化物が顔を出して点在していると滑りが良くなり摩擦面が摩耗しにくいことが確認された。発明者らの詳細な検討によれば、基地部において円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上となっているとき、段ボールに対する耐摩耗性が顕著に向上する。また、発明者らの研究によれば、円相当径が0.5〜1.0μm未満の比較的微細なNb含有炭化物も基地部の耐摩耗性向上に有効であることがわかった。種々検討の結果、円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上であれば、円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個に満たない場合でも、段ボールに対する耐摩耗性は十分に確保できる。基地部のNb含有炭化物の存在密度は、主として鋼中のNb含有量によってコントロールすることができる。あまり多量のNb含有炭化物が存在すると曲げ加工性を損なう場合があるので、通常、円相当径1.0μm以上あるいは0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度はいずれも、基地部においては900μm2あたり30.0個以下の範囲とすればよく、20.0個以下に管理してもよい。なお、単位面積を900μm2としたのは表層15μm領域でのNb含有炭化物の存在密度の値と整合をとるためである。
【0029】
〔脱炭表層〕
鋼板の両側の表面にそれぞれ脱炭表層を形成させる。脱炭表層は脱炭焼鈍によって炭素濃度が減じられている領域であり、調質熱処理後においてベイナイトやマルテンサイトなどの変態相が生じておらず、マトリクスがフェライト単相となっている領域である。この脱炭表層は軟質で延性に富むので、帯状打抜き刃に成形後、曲げ加工を行った際に胴部での表面割れを防止する機能を有する。胴部については板厚が厚いこともあり、球状炭化物を分散させることによる曲げ加工性向上手法では十分な曲げ加工性を確保することが難しく、脱炭表層の形成が必要となる。種々検討の結果、脱炭表層の厚さは5μm以上を確保する必要がある。通常は5〜20μmの範囲とすればよい。
【0030】
〔表層15μm領域のNb含有炭化物〕
一方、表層部に存在するNb含有炭化物は、曲げ加工性を劣化させる要因となることがわかった。その理由については必ずしも明確ではないが、脱炭表層のフェライト単相組織との硬度差が非常に大きいことが要因として考えられる。表層部の、特に表面に近い領域にはできるだけNb含有炭化物が存在しないことが脱炭表層による良好な曲げ加工性を維持する上で重要である。詳細な検討の結果、基地部での円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上に調整されている場合、表層15μm領域において円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個に抑制されていれば、良好な曲げ加工性が確保できる。それより板厚中央部寄りの領域に存在するNb含有炭化物は胴部の曲げ加工性にあまり影響しない。また、基地部での円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上に調整されている場合、表層15μm領域において円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個に抑制されていれば、良好な曲げ加工性が確保できる。
【0031】
表層15μm領域におけるNb含有炭化物の存在密度を減少させるためには、鋼板の表層部が、鋳片(例えば連続鋳造スラブ)の表層部20mm程度の部分(凝固速度の大きい部分)に由来するようにすることが効果的である。鋳片の表層部付近は凝固時の冷却速度が大きいことから、凝固組織中の共晶炭化物のネットワークが鋳片の内部領域よりも小さくなっている。このような鋳片中の炭化物分布の相違を利用することにより、表層15μm領域におけるNb含有炭化物の存在密度を基地部よりも減少させることができる。逆に、鋼板の表層部が鋳片内部の共晶炭化物ネットワークが大きい部分に由来する場合には、その粗大な共晶炭化物ネットワークが熱延、冷延によって破砕、分断された組織状態が鋼板表層部に生じ、表層15μm領域におけるNb含有炭化物の存在密度を十分に低減できない場合がある。
【0032】
〔製造工程〕
本発明の鋼板を得るためには、脱炭焼鈍と調質熱処理の各工程を実施することが必要である。具体的には以下のような工程が例示できる。
溶製→熱間圧延→冷間圧延→脱炭焼鈍→冷間圧延→調質熱処理
ここで、熱間圧延に供する鋼材は、鋳片の表層部20mmの領域が表面に現れている状態のものを採用することが望ましい。表層部を過度に除去した鋳片を使用すると、上述のの粗大な共晶炭化物ネットワークが表面付近に現れた状態で熱間圧延に供することとなり、表層15μm領域におけるNb含有炭化物の存在密度を減少させることが難しくなる場合がある。
板厚は最終的に0.4〜1.5mmとすることが好適である。
【0033】
脱炭焼鈍は、例えば露点を調整した700℃の75%H2+25%N2+H2Oガス雰囲気に鋼板表面を3〜10h曝す熱処理によって実施できる。
調質熱処理は、以下のような条件が例示できる。
・ベイナイト組織とする場合;
860℃×120sec→急冷→400℃×480sec→常温まで空冷
・焼戻しマルテンサイト組織とする場合;
860℃×120sec→約60℃まで急冷→500℃×180sec→常温まで空冷
これらの調質熱処理において、オーステナイト化温度が高すぎたりオーステナイト化時間が長すぎたりすると1.0体積%以上の球状炭化物を分散させることが難しくなる。
【0034】
調質熱処理を経て上述の組織状態に調整された鋼板を所定の幅にスリットし、側端部に先端先細りの刃付け加工を施すことにより耐久性に優れた帯状打抜き刃が得られる。必要に応じて刃先部に高周波焼入れを施すことにより一層耐久性に優れた帯状打抜き刃を得ることができる。
【実施例】
【0035】
《実施例1》
表1に示す鋼を溶製し、得られた鋳片を1250℃で1h加熱したのち、仕上圧延温度850℃、巻取温度550℃の条件で熱間圧延して板厚3mmの熱延鋼板とした。一部の試料(表2のNo.4)については、凝固組織中の共晶炭化物のネットワークが大きくなっている部分が表面に現れた状態での熱間圧延を実施するために、鋳片の表層部20mmを削り取った鋼材を熱間圧延に供した。得られた各熱延鋼板を板厚2.2mmまで冷間圧延したのち、脱炭焼鈍を施し、次いで板厚0.7mmまで冷間圧延したのち、連続焼鈍炉での焼入れ焼戻し処理または恒温変態処理を施し、供試材とした。
熱処理条件は以下のとおりである。
〔脱炭焼鈍〕
露点を調整した700℃の75%H2+25%N2+H2Oガス雰囲気に鋼板表面を5h曝した。
〔恒温変態処理〕
780〜980℃×30〜600sec保持→320〜480℃に保った溶融ビスマス浴中に急冷→320〜480℃×60〜600sec保持→常温まで空冷
〔焼入れ焼戻し〕
780〜980℃×30〜600sec保持→60℃の焼入れ剤中に急冷→400℃×300sec保持→常温まで空冷
【0036】
【表1】

【0037】
〔組織観察〕
各供試材の板厚方向に平行な断面を観察し、脱炭表層の厚さ(マトリクスがフェライト単相である領域の平均厚さ)、基地部の金属組織、基地部のセメンタイトからなる球状炭化物の面積割合(体積%)、基地部および表層15μm領域における円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度を調べた。炭化物がNb含有炭化物であるかどうかはEDXによる分析で確認した。球状炭化物の量およびNb含有炭化物の円相当径は画像解析によって測定した。Nb含有炭化物の存在割合は、基地部、表層15μm領域とも4500μm2の領域を測定して900μm2あたりの密度を算出した。このうち表層15μm領域については板厚方向に15μm長さの1辺をもつ15×60μm(=900μm2)の矩形領域5視野を観察した。
ここで、表1の鋼dはC含有量が少なく、打抜き刃に適した十分な硬さが得られない鋼種であるため、基地部および表層15μm領域における円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度を除き、調査対象から外した。
【0038】
なお、表面から200μm以上の深さまでを削り取って基地部のみを残した試料から分析サンプルを採取し、基地部の化学組成を調べたところ、いずれの鋼も表1に示した溶製時の分析値とよく一致していた。したがって、表1の分析値はそのまま基地部の化学組成として捉えることができる。
【0039】
〔曲げ加工性評価〕
各供試材から圧延方向が長手方向となるように長さ100mm、幅25mmの短冊状試験片を切り出し、その一方の側端部に切削により刃付け加工を施し、刃先角が45°の打抜き刃試料を形成した。胴部の厚さは0.7mmである。
この刃付け加工した試料に、ポンチ先端半径0.25mm、曲げ角度120°の突き曲げを行い、胴部および刃付け加工部それぞれについて曲げ加工性評価を行った。評価基準は胴部、刃付け加工部とも以下のとおりとし、評価点4以上を合格と判定した。
評価点5:クラック、肌荒れとも認められない。
評価点4:クラックは認められないが、肌荒れが認められる。
評価点3:微小なクラックが認められる。
評価点2:幅方向に連結した微小クラックが認められる。
評価点1:試験片が破断した。
【0040】
〔耐久性評価〕
曲げ加工性が合格であった供試材から刃先が上記と同様形状の帯状打抜き刃を作製し、刃先に高周波焼入れを施した後、正方形の打抜き形状に曲げ加工し、これをベニヤ板の木型に埋め込んで打抜き型を作製した。この正方形の打抜き型を用いて一定の荷重および押し込み速度で切断試験用紙を切断し、実用上十分な切断精度および良好な作業性が維持される状態下での切断枚数を一定の基準で調査し、JISに規定されるS55C相当鋼(Nb無添加)を用いた従来の帯状打抜き刃についての同様の試験結果と対比し、S55C相当鋼より明らかに耐久性が高いと判断されるものを○(耐久性;良好)、S55C相当鋼と同等程度の耐久性であると判断されるものを×(耐久性;普通)と評価し、○評価を合格とした。
これらの結果を表2に示す。
【0041】
【表2】

【0042】
表2からわかるように、本発明に従う鋼板は表層部、基地部とも所定の金属組織状態を有し、これを用いることにより曲げ加工性および耐久性に優れた帯状打抜き刃を実現することが可能である。
【0043】
これに対し、比較例であるNo.4は凝固組織中の共晶炭化物ネットワークが大きい部分が表面に出る鋼材を熱間圧延に供したことにより、得られた鋼板の表層部には、粗大な共晶炭化物ネットワークが熱延、冷延で破砕、分断されたことに起因すると考えられるNb含有炭化物が多量に存在し、曲げ加工性に劣った。No.5はC含有量が低いために刃先の高周波焼入れによって500HVの硬さが得られないものである。No.6、8はNbを含有しない鋼を用いたものであり、刃付け加工部でNb含有炭化物による耐摩耗性の改善効果が得られなかったことにより耐久性は改善されていない。No.12はC含有量が高すぎる鋼を用いたことにより曲げ加工性に劣った。No.13はNb含有量が高すぎる鋼を用いたことによりNb含有炭化物の量が多くなり、曲げ加工性に劣った。
【0044】
《実施例2》
ここでは、基地部におけるNb含有炭化物の存在密度を、円相当径0.5μm以上の粒子の数をカウントすることによって求め、実施例1と同様の各試験を行った。表1および表3に示す鋼を溶製し、実施例1と同様の条件で板厚0.7mmまで冷間圧延したのち、連続焼鈍炉での焼入れ焼戻し処理または恒温変態処理を施し、供試材とした。焼入れ焼戻し処理または恒温変態処理も実施例1に記載した条件を採用した。
【0045】
【表3】

【0046】
〔組織観察〕
各供試材の板厚方向に平行な断面を観察し、脱炭表層の厚さ(マトリクスがフェライト単相である領域の平均厚さ)、基地部の金属組織、基地部のセメンタイトからなる球状炭化物の面積割合(体積%)、基地部および表層15μm領域におけるNb含有炭化物の存在密度を調べた。Nb含有炭化物の存在密度は、基地部においては円相当径0.5μm以上の粒子をカウント対象とし、表層15μm領域においては円相当径1.0μm以上の粒子をカウント対象とした。測定方法は実施例1と同様である。
【0047】
〔曲げ加工性評価〕
実施例1と同様の手法で評価した。
【0048】
〔耐久性評価〕
曲げ加工性が合格であった供試材から刃先が上記と同様形状の帯状打抜き刃を作製し、ここでは高周波焼入れを施した場合と施していない場合について、実施例1と同様の試験に供した。評価はJISに規定されるS55C相当鋼(Nb無添加)を用いた従来の帯状打抜き刃についての同様の試験結果と対比することによって行った。
S55C相当鋼の2倍程度以上の耐久性を有する判断されるものを◎(耐久性;優秀)、S55C相当鋼の1.5倍程度以上の耐久性を有する判断されるものを○(耐久性;良好)、S55C相当鋼と同等程度の耐久性であると判断されるものを×(耐久性;普通)と評価し、高周波焼入れを施したものについては◎評価を合格、高周波焼入れを施していないものについては○評価以上を合格とした。
これらの結果を表4に示す。
【0049】
【表4】

【0050】
表4からわかるように、表層部において円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個に低減されており、かつ基地部において円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上である本発明に従う鋼板を用いることにより、曲げ加工性および耐久性の良好な帯状打抜き刃を実現することが可能である。耐久性に関しては刃先の高周波溶接を行わなくても従来材より良好な耐久性が得られる。
【0051】
これに対し、比較例であるNo.34は凝固組織中の共晶炭化物ネットワークが大きい部分が表面に出る鋼材を熱間圧延に供したことにより、得られた鋼板の表層部には、粗大な共晶炭化物ネットワークが熱延、冷延で破砕、分断されたことに起因すると考えられるNb含有炭化物が多量に存在し、曲げ加工性に劣った。No.35はC含有量が低いために刃先の高周波焼入れの有無にかかわらず良好な耐久性を実現できなかった。No.36、38はNbを含有しない鋼を用いたので刃付け加工部でNb含有炭化物による耐摩耗性の改善効果が得られず、耐久性は改善されていない。No.42はC含有量が高すぎる鋼を用いたことにより曲げ加工性に劣った。No.43はNb含有量が高すぎる鋼を用いたことによりNb含有炭化物の量が多くなり、曲げ加工性に劣った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の両側の表面からそれぞれ200μm以下の深さ領域を「表層部」、それより板厚方向内部の領域を「基地部」と呼ぶとき、
基地部は、C:0.40〜0.80質量%、Nb:0.10〜0.50質量%を含有する化学組成を有し、ベイナイト中または焼戻しマルテンサイト中にセメンタイトからなる球状炭化物が1.0体積%以上存在し、かつ円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上である金属組織を有し、硬さが300〜450HVに調整されており、
表層部は、フェライト単相組織からなる厚さ5μm以上の脱炭表層を有し、表面から15μm深さまでの領域(「表層15μm領域」という)において円相当径1.0μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個である、
耐久性に優れた帯状打抜き刃用鋼板。
【請求項2】
基地部の硬さが265〜450HVに調整されている請求項1に記載の耐久性に優れた帯状打抜き刃用鋼板。
【請求項3】
鋼板の両側の表面からそれぞれ200μm以下の深さ領域を「表層部」、それより板厚方向内部の領域を「基地部」と呼ぶとき、
基地部は、C:0.40〜0.80質量%、Nb:0.10〜0.50質量%を含有する化学組成を有し、ベイナイト中または焼戻しマルテンサイト中にセメンタイトからなる球状炭化物が1.0体積%以上存在し、かつ円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり10.0個以上である金属組織を有し、硬さが265〜450HVに調整されており、
表層部は、フェライト単相組織からなる厚さ5μm以上の脱炭表層を有し、表面から15μm深さまでの領域(「表層15μm領域」という)において円相当径0.5μm以上のNb含有炭化物の存在密度が900μm2あたり0〜5.0個である、
耐久性に優れた帯状打抜き刃用鋼板。
【請求項4】
基地部の化学組成が、質量%で、C:0.40〜0.80%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.14〜2.0%、P:0.002〜0.020%、S:0.0005〜0.020%、Cr:0.01〜1.00%、Nb:0.10〜0.50%、Mo:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Ni:0〜2.0%、B:0〜0.005%、残部Feおよび不可避的不純物である請求項1〜3のいずれかに記載の帯状打抜き刃用鋼板。
【請求項5】
脱炭表層の厚さが5〜20μmである請求項1〜4のいずれかに記載の帯状打抜き刃用鋼板。
【請求項6】
鋼板の板厚が0.4〜1.5mmである請求項1〜5のいずれかに記載の帯状打抜き刃用鋼板。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の鋼板からなる帯状素材の側端部に先端先細りの刃付け加工部を有する帯状打抜き刃。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の鋼板からなる帯状素材の側端部に先端先細りの刃付け加工部を有し、その先端部分に基地部の組織を焼入れしてなる硬さ500HV以上の刃先焼入れ部を有する帯状打抜き刃。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−214887(P2012−214887A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−68309(P2012−68309)
【出願日】平成24年3月23日(2012.3.23)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】