説明

耐炎化繊維及び炭素繊維並びにそれらの製造方法

【課題】 マトリックス材料と炭素繊維を複合化してコンポジットを作製する際に用いる、表面・界面特性に優れた炭素繊維及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 走査型プローブ顕微鏡観察により得られる繊維断面の白黒画像において、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きく、且つ比重が1.32〜1.41である耐炎化繊維を炭素化することにより、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の幅方向両端形状がそれぞれ曲折を繰返す波状形状に形成されてなり、波状形状の山4部分の繊維内に独立した中空部8を有する炭素繊維を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス材料と炭素繊維を複合化してコンポジットを作製する際に用いる、表面・界面特性に優れた炭素繊維、及びその製造用等に有用な耐炎化繊維、並びに、それらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造方法としては、原料繊維にポリアクリロニトリル(PAN)等の前駆体繊維(プリカーサー)を使用し、耐炎化処理及び炭素化処理を経て炭素繊維を得る方法が広く知られている(例えば、特許文献1参照)。このようにして得られた炭素繊維は、高い比強度、比弾性率など良好な特性を有している。
【0003】
近年、炭素繊維を利用した複合材料[例えば、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)など]の工業的な用途は、多目的に広がりつつある。特にスポーツ・レジャー分野、航空宇宙分野、自動車分野においては、(1)より高性能化(高強度化、高弾性化)、(2)より軽量化(繊維軽量化及び繊維含有量低減)、(3)複合した際のより高いコンポジット物性の発現性向上(炭素繊維表面・界面特性の向上)に向けた要求が強まっている。
【0004】
炭素繊維と樹脂等のマトリックス材料との複合化において高性能化を追求する為には、マトリックス材料が有する特性も重要であるが、炭素繊維そのもの自体の表面特性を向上させることが必要不可欠である。つまり、炭素繊維表面とマトリックス材料との接着性が高いもの同士を複合化し、マトリックス材料と炭素繊維をより均一に分散することで、複合材料のより高性能なもの(高強度、高弾性)を得ることができる。
【0005】
しかし、従来上記要求を充分満たすものはなかった。
【特許文献1】特開2001−131833号公報(特許請求の範囲、第5頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、上記問題を解決するために種々検討しているうちに、プリカーサーの耐炎化進行状態に応じて、走査型プローブ顕微鏡(SPM)観察より得られる繊維断面の画像が、繊維断面外周部を示す外円と、繊維の外表面から繊維軸方向にかけて形成される既耐炎化部分と繊維軸を含む未耐炎化部分との境界で形成される内円との二重円が観察されるように、昇温時の比重増加に対する耐炎化処理時間を示す勾配係数Aを調節しつつプリカーサーを耐炎化処理することにより、以下の炭素繊維の製造用として有用な耐炎化繊維が得られることを見出した。
【0007】
即ち、この耐炎化繊維を炭素化して得られる炭素繊維は、繊維軸方向に沿って大径部と小径部とを交互に連続して形成してなり、大径部の繊維内に独立した中空部を有し、大径部と小径部とが所定間隔、所定直径差を有し、いわば空豆の殻の形状を有する。
【0008】
更に、この炭素繊維はマトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な引っ掛かり性、接着性を発現することを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した炭素繊維、及びその製造用等に有用な耐炎化繊維、並びに、それらの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0011】
〔1〕 炭素繊維製造用耐炎化繊維の走査型プローブ顕微鏡観察により得られる繊維断面の白黒画像において、繊維断面の画像の白黒濃度分布は、繊維断面外周部の画像で形成される外円と、繊維の外表面から繊維軸方向に形成される既耐炎化部分と繊維軸を含む未耐炎化部分との境界で形成される内円との二重円構造を有し、既耐炎化部分の径方向厚み(e)と前記内円半径で示される未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きく、且つ比重が1.32〜1.41である耐炎化繊維。
【0012】
〔2〕 炭素繊維用プリカーサーを耐炎化処理する際、次式
勾配係数A=耐炎化処理時間(分)/比重増加
(ここで、比重増加=耐炎化繊維比重−プリカーサー比重)
で求められる勾配係数Aを200未満に保つことを特徴とする耐炎化繊維の製造方法。
【0013】
〔3〕 〔1〕に記載の耐炎化繊維を不活性ガス雰囲気で熱処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の炭素繊維は、繊維表面がその軸方向に空豆の殻状の凹凸を有するので、即ち、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の幅方向両端形状がそれぞれ曲折を繰返す波状形状に形成されてなるので、マトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な分散性、引っ掛かり性、接着性を有する補強材として機能する。
【0015】
本発明の耐炎化繊維は、SPM観察より得られる繊維断面の画像が、繊維断面外周部を示す外円と、表層付近の既耐炎化部分と円の中心付近の未耐炎化部分との境界を示す内円との二重円を有し、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きく、且つ比重が1.32〜1.41であるので、上記炭素繊維の製造用等に有用である。
【0016】
本発明の耐炎化繊維の製造方法によれば、昇温時の比重増加に対する耐炎化処理時間を示す勾配係数Aを所定範囲に調節しつつプリカーサーを耐炎化処理しているので、SPM観察より得られる繊維断面の画像が上記二重円の耐炎化繊維を安定して生産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
図1は、本発明の炭素繊維の一例を示す概略断面図である。図1に示されるように、本例の炭素繊維2は、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の幅方向両端形状がそれぞれ曲折を繰返す波状形状に形成されてなる。図1において、4は波状形状の山であり、6は波状形状の谷である。炭素繊維2は、波状形状の山4部分の繊維内に独立した中空部8を有する。
【0019】
波状形状の山4は、繊維表面全周において大径部を形成している。aは大径部における繊維直径(繊維大径)を示す。波状形状の谷6は、繊維表面全周において小径部を形成している。bは小径部における繊維直径(繊維小径)を示す。
【0020】
本発明の炭素繊維において、平均繊維直径は8.5〜12.0μmが好ましく、8.7〜11.0μmが更に好ましい。
【0021】
本発明の炭素繊維は、下記の本発明の耐炎化繊維を不活性ガス雰囲気で熱処理することにより得られる。
【0022】
本発明の耐炎化繊維は、炭素繊維用プリカーサーが耐炎化処理されてなる耐炎化繊維であって、比重が1.32〜1.41である。耐炎化繊維の繊維直径は、13μm以上が好ましく、14〜19μmが更に好ましい。
【0023】
図2は、本発明の耐炎化繊維の一例を示す概略断面図である。図2において、12は耐炎化繊維であり、14は耐炎化繊維断面外周部を示す外円である。この外円14の内側には、繊維表面から繊維軸(円の中心)18方向にかけて形成される既耐炎化部分16と、円の中心18付近の未耐炎化部分20との境界により内円22が形成されている。
【0024】
SPMは原子間力顕微鏡(AFM)に代表され、それを用いて耐炎化繊維断面観察する場合、繊維断面における既耐炎化部分16と未耐炎化部分20との物性の違いが画像化される。即ち、耐炎化繊維12は、その断面のSPM画像が二重円になる。
【0025】
図3は、耐炎化処理中のプリカーサー12の一例を示す図面代用のSPM写真である。この耐炎化処理途中のプリカーサーにおいて、図3に見られるように繊維断面の画像の白黒濃度分布は、繊維断面外周部の画像で形成している外円と、既耐炎化部分と未耐炎化部分との境界で形成している内円との二重円を示している。
【0026】
図2において、eは既耐炎化部分16の厚みを示し、fは未耐炎化部分20の厚みを示す。本発明の耐炎化繊維は、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きく、好ましくは0.6〜0.9である。
【0027】
耐炎化繊維の比(f/e)、比重、繊維直径が上記範囲を逸脱する場合は、得られる炭素繊維の配向、強力が低下することの少なくとも何れかが起こるので好ましくない。
【0028】
図4は、比(f/e)が0である従来の耐炎化繊維の一例を示す図面代用のSPM写真である。この耐炎化繊維は既耐炎化部分だけで未耐炎化部分が無いので、SPM画像は繊維断面が均一な白黒濃度分布になり、何ら白黒濃度の偏りにより特定の形状を示すことはない。即ち、図4に見られるように繊維断面の画像において円を形成する画像は繊維断面外周部のみで、SPM観察より得られる繊維断面の画像は図2に示すような二重円にはならない。
【0029】
SPMの測定原理は電子線プローブで試料表面をなぞり、試料形状(試料表面の高さ)を離散的に測定し、コンピューター上で画像解析処理するものである。その特徴としては、高さ情報の精度が高いことが上げられる。
【0030】
この画像解析処理は、例えば特開2003−293264号公報に開示されているような公知の方法を用いて行うことができる。
【0031】
本発明の耐炎化繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0032】
最も高品位の炭素繊維を得る中間原料として適した耐炎化繊維が得られることから、本発明の耐炎化繊維の原料であるプリカーサーは、PAN系プリカーサーが好ましい。PAN系プリカーサー以外には、ピッチ系、フェノール系、セルロース系、レーヨン系等のプリカーサーを用いることもできる。
【0033】
PAN系プリカーサーは、例えばアクリロニトリルを95質量%以上含有する単量体を重合した単独重合体又は共重合体を含む紡糸溶液を、湿式又は乾湿式紡糸法において紡糸・水洗・乾燥・延伸等の処理を行うことによって得ることができる。共重合する単量体としては、アクリル酸メチル、イタコン酸、メタクリル酸メチル、アクリル酸等が好ましい。
【0034】
なお、プリカーサーの繊維直径は14〜19μmに調節する。
【0035】
このようにして得られるプリカーサーを、本発明の耐炎化繊維の製造方法に従って耐炎化して耐炎化繊維を得る。
【0036】
本発明の耐炎化繊維の製造方法における耐炎化処理過程では、上記プリカーサーを耐炎化処理する際、次式
勾配係数A=耐炎化処理時間(分)/比重増加
(ここで、比重増加=耐炎化繊維比重−プリカーサー比重)
で求められる勾配係数Aを200未満、好ましくは150〜199にする。
【0037】
本発明の耐炎化繊維の製造方法においては、昇温時の比重増加に対する耐炎化処理時間を示す勾配係数Aを上記範囲に調節しつつプリカーサーを耐炎化処理することにより、SPM観察より得られる繊維断面の画像が、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きい二重円になる耐炎化繊維を得ることができる。
【0038】
次に、この耐炎化繊維を、窒素雰囲気下などの不活性ガス雰囲気下で焼成し炭素化することにより炭素繊維を得ることができる。焼成条件は特に制限がなく、公知の条件に従う。更に、炭素繊維の後加工をしやすくし、取扱性を向上させる目的で、炭素繊維をサイジング処理することが好ましい。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、炭素繊維に均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各実施例及び比較例におけるプリカーサー、耐炎化繊維及び炭素繊維の諸物性についての評価方法は、前述の方法又は以下の方法により実施した。
【0040】
<繊維比重>
アルキメデス法により測定した。プリカーサー又は耐炎化繊維の試料繊維はアセトン中にて脱気処理し測定した。
【0041】
<SPM観察>
試料作製方法:耐炎化繊維をエポキシ樹脂(エポマウント:リファインテック社製)に包埋し、ミクロトームにてダイヤモンドナイフを用いて断面サンプルを作製した。
【0042】
SPM装置:Digital Instrument社製 SPM Dimension3100を使用し、耐炎化繊維断面を観察した。
【0043】
<引張り強度>
JIS R 7601に規定された方法により測定した。
【0044】
実施例1〜5及び比較例1〜5
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を湿式又は乾湿式紡糸し、水洗・乾燥・延伸して繊維直径:実施例1〜4及び比較例1〜4で15.5μm、実施例5で18.5μm、比較例5で8.5μmのプリカーサーを得た。
【0045】
このプリカーサーを、240〜250℃に設定された熱風循環式耐炎化炉を用い、酸化性雰囲気下、表1に示す条件で耐炎化繊維とした。得られた耐炎化繊維の諸物性を表1に示す。これら耐炎化繊維を、350〜600℃に設定された第一炭素化炉で不活性ガス雰囲気下熱処理を行い、引き続き700〜1500℃に設定された第二炭素化炉で不活性ガス雰囲気下熱処理を行い、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の物性を表1に示す。
【0046】
【表1】

実施例1〜5において得られた耐炎化繊維は、観察より得られる繊維断面の画像が二重円を示し、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きく、この耐炎化繊維から得られた炭素繊維は、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の幅方向両端形状がそれぞれ曲折を繰返す波状形状(繊維表面がその軸方向に脈状の凹凸を有すること)を示すものであった。
【0047】
比較例1において得られた耐炎化繊維は、比重が1.30と1.32〜1.41であることが本発明の構成から逸脱しており、この耐炎化繊維は炭素化工程を通過する事ができなかった。
【0048】
比較例2〜4において得られた耐炎化繊維は、観察より得られる繊維断面の画像が二重円を示すこと、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きいこと、及び、比重が1.32〜1.41であることの少なくとも何れかが本発明の構成から逸脱しており、この耐炎化繊維から得られた炭素繊維は、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の幅方向両端形状がそれぞれ曲折を繰返す波状形状に形成されてなること(繊維表面がその軸方向に脈状の凹凸を有すること)を示さず、本発明の構成から逸脱しているものであった。
【0049】
比較例5より得られた耐炎化繊維は、観察より得られる繊維断面の画像が二重円を示さず、既耐炎化部分の厚み(e)と未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0であり、本発明の構成から逸脱しており、この耐炎化繊維から得られた炭素繊維は、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の幅方向両端形状がそれぞれ曲折を繰返す波状形状(繊維表面がその軸方向に脈状の凹凸を有すること)を示さず、本発明の構成から逸脱しているものであった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の炭素繊維の一例を示す概略断面図である。
【図2】本発明の耐炎化繊維の一例を示す概略断面図である。
【図3】耐炎化処理途中のプリカーサーの一例を示す図面代用のSPM写真である。
【図4】従来の耐炎化繊維の一例を示す図面代用のSPM写真である。
【符号の説明】
【0051】
2 炭素繊維
4 波状形状の山
6 波状形状の谷
8 中空部
12 耐炎化繊維
14 耐炎化繊維断面外周部を示す外円
16 繊維の外表面から繊維軸方向にかけて形成される既耐炎化部分
18 繊維軸(円の中心)
20 繊維軸を含む未耐炎化部分
22 既耐炎化部分と未耐炎化部分との境界を示す内円
a 大径部における繊維直径(繊維大径)
b 小径部における繊維直径(繊維小径)
e 既耐炎化部分の厚み
f 未耐炎化部分の厚み

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維製造用耐炎化繊維の走査型プローブ顕微鏡観察により得られる繊維断面の白黒画像において、繊維断面の画像の白黒濃度分布は、繊維断面外周部の画像で形成される外円と、繊維の外表面から繊維軸方向に形成される既耐炎化部分と繊維軸を含む未耐炎化部分との境界で形成される内円との二重円構造を有し、既耐炎化部分の径方向厚み(e)と前記内円半径で示される未耐炎化部分の厚み(f)との比(f/e)が0.6より大きく、且つ比重が1.32〜1.41である耐炎化繊維。
【請求項2】
炭素繊維用プリカーサーを耐炎化処理する際、次式
勾配係数A=耐炎化処理時間(分)/比重増加
(ここで、比重増加=耐炎化繊維比重−プリカーサー比重)
で求められる勾配係数Aを200未満にすることを特徴とする耐炎化繊維の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の耐炎化繊維を不活性ガス雰囲気で熱処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−283226(P2006−283226A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−104231(P2005−104231)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】