説明

耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法

【課題】耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.2〜1.2%、Mn:1.0〜2.0%、Al:0.005〜0.10%、N:0.006%以下を含み、さらに、Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%のうちの1種または2種以上を含有する組成の鋼素材を、圧下率が80%以上の粗圧延と、圧延終了温度が800〜950℃の範囲の温度とする仕上圧延とを施し、仕上圧延終了後、直ちに、仕上圧延終了温度から550〜610℃の冷却停止温度までを、平均冷却速度:25℃/s以上で冷却する処理と、ついで、該処理の冷却停止温度から巻取温度までを、平均冷却速度:100℃/s以上で冷却する処理とからなる二段階の冷却を施し、巻取温度:350〜550℃で巻き取る。これにより、表面から板厚方向に500μmまでの表層部が、面積率で50%以上の、微細ベイナイト相を有する組織となり、板厚の1/4位置〜3/4位置の範囲の板厚中央部が、面積率で90%以上の微細ベイナイト相を有する組織となり、引張強さTSが780MPa以上でかつ優れた耐疲労特性を有する高強度熱延鋼板となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の足回り部品、構造部品、骨格、あるいはトラックのフレーム等の素材として好適な、高強度熱延鋼板に係り、とくに耐疲労特性の向上に関する。なお、ここでいう「高強度」とは、引張強さTSが780MPa以上である場合をいうものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、排気ガス規制が強化されている。このような趨勢から、とくに自動車の燃費向上が強く要望されている。このような要望に対し、自動車車体の軽量化が指向され、素材の高張力化による部品の薄肉化が急速に進められている。このような自動車部品用素材の高強度化に伴い、素材の加工性向上、さらには、部品薄肉化を補償するために疲労強度の増加が要望されている。
【0003】
このような要望に対し、例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:2.0%以下、Mn:0.5〜2.5%を含み、さらにV:0.01〜0.30%、Nb:0.01〜0.30%、Ti:0.01〜0.30%、Mo:0.01〜0.30%、Zr:0.01〜0.30%、W:0.01〜0.30%の1種または2種以上を合計で0.5以下含む組成と、ベイナイト分率が80%以上で、析出物の平均粒径rが、析出物を構成する元素の平均原子量比の特定式で得られる値以上であり、平均粒径rと析出物分率fとの比r/fが12000以下を満足する、耐疲労特性及び伸びフランジ性に優れた高強度熱延鋼板が記載されている。特許文献1に記載された技術では、ベイナイト主体の組織とし、ベイナイトをNb、V、Tiなどの炭化物で析出強化することにより、強度を向上させるとともに、伸びフランジ性を高め、さらに析出物サイズを適度に粗大化することにより、高い疲労強度を確保できるとしている。析出物サイズを適度に粗大化するためには、巻取り後に、5℃/h以下の冷却速度で20h以上保持する処理を行うことが好ましいとしている。
【0004】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:1.50%以下、Mn:0.5〜2.5%、P:0.035%以下、さらにAl:0.020〜0.15%、Ti:0.05〜0.2%を含み、60〜95体積%のベイナイトと、さらに固溶強化あるいは析出強化されたフェライトまたはフェライトとマルテンサイトを含む組織を有し、破面遷移温度が0℃以下となる穴拡げ加工性に優れた高強度熱延鋼板が記載されている。特許文献2に記載された技術では、コイルに巻き取った後、300℃以下まで50℃/h以上の冷却速度で冷却することにより、粒界へのPの拡散を防止でき、破面遷移温度が0℃以下となり靭性が向上し、穴拡げ性が向上するとしている。
【0005】
また、特許文献3には、重量%で、C:0.18%以下、Si:0.5〜2.5%、Mn:0.5〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.01〜0.1%を含み、Ti:0.02〜0.5%、Nb:0.02〜1.0%のいずれか1種または2種を、CとTi、Nbが特定の関係を満足するように含み、Ti、Nbの炭化物が析出したフェライトとマルテンサイト、またはTi、Nbの炭化物が析出したフェライトとマルテンサイトおよび残留オーステナイトからなる組織を有する低降伏比高強度熱延鋼板が記載されている。特許文献3に記載された技術では、第二相の周辺に高密度の可動転位網が形成され低降伏比を有し、さらに、第二相の存在により疲労亀裂の伝播が阻止され、耐疲労特性が向上するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−84637号公報
【特許文献2】特許第3889766号公報
【特許文献3】特許第3219820号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、適度に粗大化させた析出物による析出強化で所望の高強度を確保しているため、微細な析出物による強化を利用する場合に比べて、高価な合金元素を多量に含有させる必要があり、材料コストが高騰するという問題がある。また、特許文献1に記載された技術では、析出物を適度に粗大化させるために、500℃以上という高温の巻取温度を採用している。そのため、巻取温度が高温となると、巻取り時に鋼板表層に内部酸化層が形成され、表層近傍の結晶粒界が脆くなり、疲労亀裂の発生さらには伝播を促進するという問題がある。なお、特許文献1に記載された技術では、表裏面を0.5mmずつ研削した疲労試験片を利用して、耐疲労特性を評価しており、とくに薄鋼板の疲労現象は数100μmまでの表層状態が疲労亀裂発生に大きく影響することから特許文献1の技術では表層を含む薄鋼板の疲労特性を十分には評価していないという問題がある。
【0008】
また、特許文献2に記載された技術では、Pの粒界偏析を防止することにより、穴拡げ加工性が向上するとしているが、特許文献2には耐疲労特性向上についての言及はなく、また、Pの粒界への偏析防止が、直ちに耐疲労特性の向上に寄与するとも、必ずしも言えない。
また、特許文献3に記載された技術では、フェライト相を析出強化し、マルテンサイト相との強度差を低減することで耐疲労特性の向上を狙ったものと考えられる。しかし、フェライト相とマルテンサイト相とで、塑性変形能、変形挙動が異なり、さらに、フェライト相とマルテンサイト相との異相界面が疲労亀裂の発生起点となりやすいことなどのため、本発明が所望する耐疲労特性は満足しない。
【0009】
本発明は、上記した従来技術の問題を有利に解決し、耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。なお、ここでいう「耐疲労特性に優れた」とは、例えば、表層のスケール除去を行っていない、黒皮ままの平滑試験片を用い、応力比:0.05の応力振幅で、引張−引張型の軸引張疲労試験を行い、200万サイクルでの疲労強度が580MPa以上となる場合をいうものとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
一般に、鋼材(素材)の強度が増加すれば、疲労強度も高くなることが知られている。しかし、薄鋼板における疲労では、鋼板の母材強度を高くしても、疲労強度が低下する場合があることを知見した。そこで、本発明者らは、薄鋼板の耐疲労特性に及ぼす各種要因について鋭意研究した。その結果、薄鋼板における疲労現象は、鋼板の表層に疲労亀裂が発生し、その亀裂が成長し、伝播して、最後的に破断に至る場合がほとんどであり、鋼板表層の性状が薄鋼板の耐疲労特性に大きく影響していることに思い至った。すなわち、とくに疲労亀裂の発生には、鋼板表面の凹凸や、鋼板表層のミクロ組織等の鋼板表層の性状が大きく影響していることを知見し、とくに表面から板厚方向に500μmまでの表層領域の組織を、微細なベイナイト相が50%以上となる組織とするとともに、熱間圧延のデスケーリングを活用し、鋼板表面の凹凸を極力低減することにより、疲労亀裂の発生に対する抵抗力、すなわち耐疲労亀裂発生特性が改善され、さらには耐疲労亀裂伝播特性も改善されるという知見を得た。
【0011】
またさらに、本発明者らは、鋼板の板厚中央部の組織を、微細なベイナイト相が面積率で90%以上となる組織とすることにより、所望の高強度を維持しつつ、疲労亀裂の伝播特性をも改善できることを知見した。
本発明は、斯かる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
【0012】
(1)質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.2〜1.2%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.0030%以下、Al:0.005〜0.10%、N:0.006%以下を含み、さらに、Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、表面から板厚方向に500μmまでの表層部が、面積率で50%以上のベイナイト相を有し、該ベイナイト相の平均粒径が5μm以下である組織を有し、板厚の1/4位置〜3/4位置の範囲の板厚中央部が、面積率で90%以上のベイナイト相を有し、該ベイナイト相の平均粒径が4μm以下である組織を有し、引張強さTSが780MPa以上であることを特徴とする耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板。
【0013】
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、B:0.0002〜0.003%を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板。
【0014】
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板。
(5)質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.2〜1.2%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.0030%以下、Al:0.005〜0.10%、N:0.006%以下を含み、さらに、Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材を、1100〜1250℃に加熱し、粗圧延と仕上圧延からなる熱間圧延を施し熱延鋼板とするに当たり、前記粗圧延での圧下率を80%以上とし、前記仕上圧延の仕上圧延終了温度を800〜950℃の範囲の温度として、該仕上圧延を終了した後、直ちに冷却を開始し、第一段の冷却として、第一段の冷却停止温度を550〜610℃とし、前記仕上圧延終了温度から第一段の冷却の冷却停止温度までを、平均冷却速度:25℃/s以上で冷却する処理と、ついで、第二段の冷却として、前記第一段の冷却の冷却停止温度から巻取温度までを、平均冷却速度:100℃/s以上で冷却する処理と、からなる二段階の冷却を施し、巻取温度:350〜550℃で巻き取ることを特徴とする耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【0015】
(6)(5)において、前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
(7)(5)または(6)において、前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、質量%で、B:0.0002〜0.003%を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【0016】
(8)(5)ないし(7)のいずれかにおいて、前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、引張強さTSが780MPa以上で、かつ耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板を容易にかつ安価に製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、自動車車体の軽量化、さらには、各種産業機械部品の薄肉化、軽量化に大きく寄与するという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例で使用した疲労試験片の寸法形状を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず本発明鋼板の組成限定理由について説明する。なお、とくに断わらないかぎり、質量%は単に%で記す。
C:0.05〜0.15%
Cは、主に変態強化を介して、鋼板強度を増加させるとともに、ベイナイト相の微細化にも寄与する元素である。このような効果を発現させるためには0.05%以上の含有を必要とする。一方、0.15%を超える含有は、溶接性を低下させる。このため、Cは0.05〜0.15%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.07%超0.11%以下である。
【0020】
Si:0.2〜1.2%
Siは、固溶強化により鋼板強度を増加させるとともに、鋼板の延性向上にも寄与する元素である。このような効果を発現させるためには、0.2%以上の含有を必要とする、一方、1.2%を超える含有は、鋼板表面性状を低下させ、熱間圧延時のデスケーリングを多用しても鋼板表面の凹凸を抑制することが難しくなる。このため、Siは0.2〜1.2%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.2〜0.8%である。
【0021】
Mn:1.0〜2.0%
Mnは、固溶強化および変態強化を介して、鋼板強度を増加させる元素である。このような効果を発現させるためには1.0%以上の含有を必要とする。一方、2.0%を超える含有は、中心偏析が著しくなり、各種特性が著しく低下する。このため、Mnは1.0〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは1.2〜1.9%である。
【0022】
P:0.03%以下
Pは、固溶して鋼板の強度を増加させる作用を有する元素であるが、熱延鋼板製造時に鋼板表層に内部酸化層を形成しやすく、疲労亀裂の発生、伝播に悪影響を及ぼすことが懸念され、できるだけ低減することが望ましいが、0.03%までは許容できる。このため、Pは0.03%以下に限定した。なお、好ましくは0.02%以下である。
【0023】
S:0.0030%以下
Sは、硫化物を形成し、鋼板の延性、加工性を低下させるため、極力低減することが望ましいが、0.0030%までは許容できる。このため、Sは0.0030%以下に限定した。なお、好ましくは0.0020%以下、さらに好ましくは0.0010%以下である。
Al:0.005〜0.10%
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果を発現するためには0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.10%を超えて含有すると、酸化物が著しく増加し、鋼板の疲労特性や各種特性が低下する。このため、Alは0.005〜0.10%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.015〜0.06%である。
【0024】
N:0.006%以下
Nは、窒化物形成元素と結合し、窒化物として析出し、結晶粒の微細化に寄与する。しかし、N含有量が多くなると、粗大な窒化物を形成し、加工性低下の原因となる。このため、Nはできるだけ低減することが望ましいが、0.006%までは許容できる。このため、Nは0.006%以下に限定した。なお、好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.004%以下である。
【0025】
Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%のうちから選ばれた1種または2種以上
Ti、Nb、Vはいずれも、炭窒化物を形成し結晶粒の微細化、さらには析出強化を介して強度増加に寄与するとともに、焼入れ性の向上にも寄与し、ベイナイト相の形成に大きな役割を果す元素であり、選択して少なくとも1種を含有する。このような効果を発現させるためには、それぞれ、Ti:0.03%以上、Nb:0.02%以上、V:0.02%以上の含有を必要とする。一方、Ti:0.13%、Nb:0.10%、V:0.15%を、それぞれ超える含有は、変形抵抗が増加し、熱間圧延の圧延荷重が増大し圧延機への負荷が大きくなりすぎて圧延操業そのものが困難になる。また、上記した値を超える含有は、粗大な析出物を形成し、疲労特性やその他の各種特性を低下させる。このため含有する場合には、それぞれ、Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%の範囲に限定した。なお、好ましくはTi:0.05〜0.12%、Nb:0.02〜0.07%、V:0.02〜0.10%である。
【0026】
上記した成分が基本の成分であるが、これら基本の組成に加えてさらに、選択元素として、Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、B:0.0002〜0.003%、および/または、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%のうちから選ばれた1種または2種、を含有できる。
【0027】
Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%のうちから選ばれた1種または2種以上
Cr、Mo、Cu、Niはいずれも、焼入れ性を向上させる作用を有し、とくにベイナイト変態温度を低下させ、ベイナイト相の微細化に寄与する元素であり、必要に応じて選択して、1種または2種以上含有できる。このような効果を発現させるためには、それぞれ、Cr:0.01%以上、Mo:0.005%以上、Cu:0.005%以上、Ni:0.005%以上の含有を必要とする。一方、Cr:0.2%を超える含有は耐食性を低下させる。また、Mo:0.2%を超えて含有しても、効果が飽和して含有量に見合う効果を期待できず、経済的に不利となる。また、Cu:0.2%、Ni:0.2%をそれぞれ、超える含有は、熱間圧延中に表面疵を発生させたり、鋼板表面にCuやNiの濃化層が残存するようになり、疲労亀裂の発生を助長しやすくなる。このようなことから、含有する場合にはそれぞれ、Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%に限定することが好ましい。なお、より好ましくはCr:0.01〜0.1%、Mo:0.005〜0.1%、Cu:0.005〜0.1%、Ni:0.005〜0.1%である。
【0028】
B:0.0002〜0.003%
Bは、粒界に偏析し、粒界強度を増加させる作用を有する。このような効果は0.0002%以上の含有で発現するが、0.003%を超える含有は、溶接部に割れを発生させる懸念がある。このため、含有する場合には、Bは0.0002〜0.003%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.0002〜0.0015%である。
【0029】
Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%のうちから選ばれた1種または2種
Ca、REMは、いずれも、硫化物の形態制御に有効に作用する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。このような効果は、それぞれCa:0.0005%以上、REM:0.0005%以上の含有で発現するが、Ca:0.03%、REM:0.03%をそれぞれ超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなる。このため、含有する場合には、それぞれ、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくはCa:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%である。
【0030】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
つぎに、本発明熱延鋼板の組織限定理由について説明する。
本発明熱延鋼板では、表層部が、面積率で50%以上の微細なベイナイト相を有する組織で、板厚中央部が、面積率で90%以上のベイナイト相を有する組織を、有する。
薄鋼板の疲労特性では、表層部の性状が疲労特性を支配する重要な要因となる。そこで、本発明熱延鋼板では、表層部の組織を、面積率で50%以上の微細な、平均粒径で5μm以下のベイナイト相を主相とする組織とする。ここで「表層部」とは、表面から板厚方向に500μmまでの領域をいう。表層部を、表面から板厚方向に500μmまでの領域としたのは、疲労亀裂長さが0.5mmを超えて大きくなると、疲労亀裂の伝播は、主に力学的要因で決定され、鋼板組織の影響が小さくなるためである。
【0031】
表層部の組織を、平均粒径が5μm以下の微細なベイナイト相を主相とすることにより、所望の高強度を確保しながら、疲労亀裂の発生抑制が可能となり、耐疲労特性が向上する。表層部のベイナイト相の面積率が50%未満、あるいはベイナイト相の平均粒径が5μmを超えて大きくなると、疲労亀裂の発生抑制能が顕著に低下する。なお、好ましくは4μm以下である。また、ここでいう「ベイナイト」とは、ポリゴナルフェライト、パーライト、マルテンサイト、炭化物等以外の、ベイナイト、ベイニティックフェライトをいう。
【0032】
なお、表層部では、上記した、主相である「ベイナイト」以外は、第二相である。第二相としては、マルテンサイト、パーライト、残留γなどが例示できる。また、疲労き裂発生抑制の観点から、第二相の面積率は、20%以下とすることが好ましい。
また、本発明熱延鋼板では、板厚中央部の組織を、主相として、面積率で90%以上の微細な、平均粒径で4μm以下のベイナイト相を有する組織とする。ここで、「板厚中央部」とは、板厚の1/4位置〜3/4位置の範囲をいうものとする。
【0033】
板厚中央部の組織を、平均粒径が4μm以下の微細なベイナイト相を主相とすることにより、所望の高強度を確保しつつ、疲労亀裂の伝播を抑制することができる。ベイナイト相の分率が増加するほど、また、ベイナイト相が微細になるほど、降伏強さが増加し、亀裂先端の塑性域が小さくなり、疲労亀裂の伝播を遅らせることができる。微細なベイナイト相が面積率で、90%未満、あるいはベイナイト相の平均粒径が4μmを超えて大きくなると、疲労亀裂の伝播抑制能が顕著に低下する。なお、好ましくは、ベイナイト相の平均粒径は3.5μm以下で、ベイナイト相の面積率は95%以上である。
【0034】
なお、板厚中央部では、上記した主相以外の第二相は、マルテンサイト相、パーライト、残留γ相などが例示できる。また、第二相の分率は、疲労き裂進展抑制の観点から面積率で10%未満とすることが好ましい。なお、板厚中央部では、主相である微細なベイナイト相のみの単相とすることができる。
つぎに、本発明熱延鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0035】
上記した組成の鋼素材を、加熱し、粗圧延と仕上圧延からなる熱間圧延を施し熱延鋼板とする。
鋼素材の製造方法は、とくに限定する必要はなく、上記した組成を有する溶鋼を、転炉等で溶製し、連続鋳造法等の鋳造方法によりスラブ等の鋼素材とする、常用の方法がいずれも適用できる。なお、造塊−分塊方法を用いてもなんら問題はない。
【0036】
加熱温度:1100〜1250℃
鋼素材を、まず、加熱する。本発明では、加熱温度は、表層部の微細なベイナイト相を形成するうえで、重要な要因であり、1100〜1250℃の範囲の温度とする。加熱温度が1100℃未満では、鋼素材中に析出した炭窒化物の再溶解が不十分となり、所望の合金元素含有の効果を発現できなくなる。一方、1250℃を超える高温の加熱では、とくに鋼素材表層のオーステナイト粒が粗大化し、そのため、最終的に表層のベイナイト相も粗大化する。また、このような高温加熱では、スケール中にSiを含む低融点共晶酸化物が形成され、それが粒界を介して鋼板表層に侵入して、疲労亀裂発生、伝播を助長しやすくなる。このようなことから、鋼素材の加熱温度は1100〜1250℃の範囲に限定した。
【0037】
加熱された鋼素材に、粗圧延と仕上圧延からなる熱間圧延を施し、所望の寸法形状の熱延鋼板とする。
粗圧延での圧下率:80%以上
粗圧延では、最終的な鋼板の表面性状を所望の表面性状とするために、圧下率を80%以上とする。なお、圧下率は、{(スラブ厚さ)−(粗バー厚さ)}/(スラブ厚さ)×100(%)で算出するものとする。より好ましくは85%以上である。
【0038】
粗圧延の圧下率を増加すると、加熱炉中で形成された粒界酸化物、粒状酸化物が引き伸ばされ、最終的な鋼板の表面凹凸などの表面性状を、疲労亀裂の発生抑制に寄与する表面性状とすることができる。なお、粗圧延や仕上圧延の前、あるいはスタンド間の圧延途中で、デスケーリングを行うことが好ましい。
仕上圧延終了温度:800〜950℃
粗圧延後、仕上圧延を行うが、仕上圧延は仕上圧延終了温度:800〜950℃とする圧延とする。仕上圧延終了温度が800℃未満では、圧延が二相域温度で行われるため、鋼板表層に粗大な加工組織が残存し、そのため耐疲労特性が低下する。一方、仕上圧延終了温度が950℃を超えて高くなると、オーステナイト粒が粗大となりすぎて、最終的に得られる鋼板の表層組織が粗大なベイナイト相となり、耐疲労特性が低下する。このため、仕上圧延終了温度800〜950℃の範囲に限定した。なお、好ましくは830〜920℃である。ここでは、仕上圧延終了温度は、表面温度で表すものとする。
【0039】
仕上圧延を終了した後、直ちに、好ましくは1.5s以内に冷却を開始し、第一段の冷却と第二段の冷却からなる二段階の冷却を施す。第一段の冷却では、第一段の冷却停止温度を550〜610℃とし、仕上圧延終了温度から第一段の冷却の冷却停止温度までを、平均冷却速度:25℃/s以上で冷却し、第二段の冷却では、該冷却停止温度から巻取温度までを、平均冷却速度:100℃/s以上で冷却し、コイル状に巻き取る。なお、表示温度は表面温度を意味する。
【0040】
仕上圧延終了温度から550〜610℃の冷却停止温度までの平均冷却速度:25℃/s以上
冷却速度が25℃/s未満では、初析フェライトが析出して、表層および板厚中央部で、ベイナイト相を主相とする所望の組織を確保することができない。このため、第一段の冷却では、仕上圧延終了温度から第一段の冷却の冷却停止温度までの平均冷却速度を25℃/s以上に限定した。なお、第一段の冷却における冷却速度の上限は、特に規定する必要は無いが、300℃/sを超えて大きくしようとすると、製造コストが非常に大きくなるため300/s程度とすることが好ましい。
【0041】
また、第一段の冷却での冷却停止温度は、550〜610℃とする。該冷却停止温度が550℃未満あるいは610℃超えとなると、所望の組織を確保することが困難となる。このため、第一段の冷却では、冷却停止温度を550〜610℃の範囲に限定した。
第一段の冷却停止温度から巻取温度までの平均冷却速度:100℃/s以上
本発明が対象とする組成の鋼板では、この温度域では、オーステナイトからベイナイトへの変態が生じる。この温度域での冷却は、所望の微細なベイナイト組織を確保するうえで、重要となる。この第二段の冷却での冷却速度を100℃/s以上の急速冷却とすることにより、表層部および板厚中央部で微細なベイナイト組織を形成できる。平均冷却速度が100℃/s未満では、冷却中に組織が粗大化するため、表層部で平均粒径で5μm以下の、板厚中央部で平均粒径で4μm以下の微細なベイナイト相を得ることができなくなる。このため、第二段の冷却では、平均冷却速度を100℃/s以上に限定した。なお、第二段の冷却における冷却速度の上限は、特に規定する必要は無いが、350℃/sを超えて大きくしようとすると、製造コストが非常に大きくなるため350℃/s程度とすることが好ましい。
【0042】
巻取温度:350〜550℃
巻取温度が350℃未満では、硬質なマルテンサイト相が形成され、所望の組織を確保できなくなり、耐疲労特性が低下するとともに必要な成形性を満足しなくなる。また、巻取温度が550℃を超える高温では、パーライト相が形成される場合があり、耐疲労特性が低下する。このようなことから、巻取温度は350〜550℃の範囲に限定した。なお、好ましくは500℃以下、より好ましくは450℃以下である。
【0043】
また、巻取り後に、常法にしたがい、酸洗を施して表面に形成されたスケールを除去してもよい。また酸洗処理後に、熱延板には調質圧延や、溶融亜鉛めっき、電気めっき等のめっき処理、化成処理等を施してもよいことは言うまでもない。
また、本発明は、板厚4mm超の熱延鋼板に適用することにより、一層の効果が期待できる。
【実施例】
【0044】
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法で鋼スラブ(鋼素材)を作製した。これら鋼スラブに、表2に示す条件で、加熱し、粗圧延、仕上圧延からなる熱間圧延を施し、仕上圧延終了後、表2に示す条件で冷却し、表2に示す巻取温度で巻取り、表2に示す板厚の熱延鋼板を得た。なお仕上圧延終了後は、1.5秒以内に冷却を開始した。ここで、第一段の冷却では、仕上圧延終了温度から冷却停止温度までの平均冷却速度で示す。また、第二段の冷却では、第一段の冷却停止温度から巻取温度までの平均冷却速度で示す。
【0045】
得られた熱延鋼板から、試験片を採取し、組織観察、引張試験、疲労試験を実施し、強度および耐疲労特性を評価した。試験方法は次のとおりである。
(1)組織観察
得られた熱延鋼板から、組織観察用試験片を採取し、圧延方向に平行な板厚断面を研磨し、3%ナイタール液で腐食して組織を現出し、表層部および板厚中央部について、走査型電子顕微鏡(倍率:3000倍)で組織を観察し、5視野以上で撮像して、画像処理により、各相の組織分率、およびベイナイト相の平均粒径を算出した。表層部では、最表面から50μmの深さの範囲を除いた位置で1枚目を撮像し、その位置から50μm間隔で撮像した。また、板厚中央部では、板厚方向で板厚の2/8、3/8、4/8、5/8、6/8の各位置で計5枚撮影した。
【0046】
なお、平均粒径は、撮像した組織写真に、板厚方向に45°傾いた、長さ80mmの直線を直角に交差するように2本引き、各粒についてその切片長さを測定し、それら切片長さの算術平均を算出し、得られた平均値を、その鋼板のベイナイト相の平均粒径とした。
なお、表層部とは、表面から板厚方向に500μmまでの領域を、また、板厚中央部とは、板厚方向で、板厚の1/4位置〜3/4位置の領域をいう。
(2)引張試験
得られた熱延鋼板から、引張方向が圧延方向と直角方向となるように、JIS 5号試験片(GL:50mm)を採取し、JIS Z 2241に準拠して引張試験を実施し、引張特性(降伏強さ(降伏点)YP、引張強さTS、伸びEl)を求めた。
(3)疲労試験
得られた黒皮ままの熱延鋼板から、試験片長手方向が、圧延方向と直角方向となるように、図1に示す寸法形状の平滑試験片を採取し、軸引張疲労試験を実施した。応力負荷モードは、応力比R=0.05の引張−引張型とし、周波数:15Hzとした。負荷応力振幅を6段階に変化し、破断までの応力サイクルを測定し、S−N曲線を求め、200万サイクルにおける疲労強度(応力振幅値)を求めた。
【0047】
得られた結果を表3に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
【表3】

【0051】
本発明例はいずれも、引張強さTS:780MPa以上の高強度と、200万サイクルにおける疲労強度が580MPa以上の優れた耐疲労特性とを兼備する高強度熱延鋼板となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、強度、耐疲労特性のいずれか、あるいは両方が所望の特性を満足できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05〜0.15%、 Si:0.2〜1.2%、
Mn:1.0〜2.0%、 P:0.03%以下、
S:0.0030%以下、 Al:0.005〜0.10%、
N:0.006%以下
を含み、さらに、Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、
表面から板厚方向に500μmまでの表層部が、面積率で50%以上のベイナイト相を有し、該ベイナイト相の平均粒径が5μm以下である組織を有し、板厚の1/4位置〜3/4位置の範囲の板厚中央部が、面積率で90%以上のベイナイト相を有し、該ベイナイト相の平均粒径が4μm以下である組織を有し、引張強さTSが780MPa以上であることを特徴とする耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度熱延鋼板。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、B:0.0002〜0.003%を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度熱延鋼板。
【請求項4】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の高強度熱延鋼板。
【請求項5】
質量%で、
C:0.05〜0.15%、 Si:0.2〜1.2%、
Mn:1.0〜2.0%、 P:0.03%以下、
S:0.0030%以下、 Al:0.005〜0.10%、
N:0.006%以下
を含み、さらに、Ti:0.03〜0.13%、Nb:0.02〜0.10%、V:0.02〜0.15%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材を、1100〜1250℃に加熱し、粗圧延と仕上圧延からなる熱間圧延を施し熱延鋼板とするに当たり、前記粗圧延での圧下率を80%以上とし、前記仕上圧延の仕上圧延終了温度を800〜950℃の範囲の温度として、該仕上圧延を終了した後、直ちに冷却を開始し、第一段の冷却として、第一段の冷却停止温度を550〜610℃とし、前記仕上圧延終了温度から第一段の冷却の冷却停止温度までを、平均冷却速度:25℃/s以上で冷却する処理と、ついで、第二段の冷却として、前記第一段の冷却の冷却停止温度から巻取温度までを、平均冷却速度:100℃/s以上で冷却する処理と、からなる二段階の冷却を施し、巻取温度:350〜550℃で巻き取ることを特徴とする耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.01〜0.2%、Mo:0.005〜0.2%、Cu:0.005〜0.2%、Ni:0.005〜0.2%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項5に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、質量%で、B:0.0002〜0.003%を含有することを特徴とする請求項5または6に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項5ないし7のいずれかに記載の高強度熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−62561(P2012−62561A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−210188(P2010−210188)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】