説明

能動型騒音制御装置

【課題】路面入力検出器と誤差検出器の間の伝達特性が変化した場合でも、振動騒音の低減性能を維持することが可能な能動型騒音制御装置を提供する。
【解決手段】車両10に搭載された能動型騒音制御(ANC)装置12では、いわゆる適応制御により、振動騒音の打消音CSを出力する。ANC装置12は、路面入力検出器60x、60y、60zと誤差検出器22の間の伝達特性の変化を検出する伝達特性変化検出器18と、伝達特性変化検出器18により検出された伝達特性の変化に応じて、フィルタ係数Wrの更新量を定常時よりも大きくする更新量調整器82とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、振動騒音に対する打消音を発生させて当該振動騒音を低減する能動型騒音制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車室内の振動騒音に関連して音響を制御する装置として、能動型騒音制御装置(Active Noise Control Apparatus)(以下「ANC装置」と称する。)が知られている。ANC装置では、振動騒音に対する逆位相の打消音を車室内のスピーカから出力することにより、前記振動騒音を低減する。また、振動騒音と打消音の誤差は、乗員の耳位置近傍に配置されたマイクロフォンにより残留騒音として検出され、その後の打消音の決定に用いられる。ANC装置には、例えば、車両の走行中に車輪と路面とが接触することに伴って車室内に生ずる振動騒音(ロードノイズ)を低減するものがある(特許文献1、2)。ロードノイズの発生メカニズムは非常に複雑であるが、例えば、図6のような経路でロードノイズが乗員の耳位置に届く。
【0003】
特許文献1、2では、いわゆる適応制御(適応フィルタ処理)を用いて打消音を生成する。すなわち、特許文献1では、サスペンションユニットに装着された振動センサ(x1、x2、x3、x4)の出力を参照信号として、FIRフィルタを用いた適応フィルタ処理を実施することにより打消音を生成する(特許文献1の図4、段落[0019]、[0020]等参照)。特許文献2では、サスペンションに設置された振動検出用ピックアップ(1)での検出信号に基づく参照信号(x)を適応制御回路(51、52)に入力し、適応フィルタ処理を実施することで打消音を生成する(特許文献2の図1、段落[0018]〜[0023]等参照)。
【0004】
ところで、サスペンションの減衰特性又はばね定数を能動的に変更する技術が知られている(特許文献3、4、5)。特許文献3では、モード切替スイッチ(Sm)の位置に応じて、サスペンション装置のダンパの減衰特性を変化させる(特許文献3の図1、段落[0015]〜[0018]等参照)。特許文献4では、ばね上加速度と、ダンパ(4)の変位と、車両の横加速度及び前後加速度とに基づいて、コア(11)及びコイル(12)を有するアクチュエータ(5)を作動させてダンパの減衰力を変更する(特許文献4の図1、図2、段落[0019]、[0020]等参照)。特許文献5は、いわゆるエアサスペンションに関し、制御バルブ(22)の開閉によりエアスプリング(12)のばね定数を制御する(特許文献5の要約等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平05−265471号公報
【特許文献2】特開平06−083369号公報
【特許文献3】特開2007−302055号公報
【特許文献4】特開2006−044523号公報
【特許文献5】特開2002−166719号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、サスペンションの減衰特性又はばね特性を能動的に制御する技術が存在するものの、特許文献1、2のANC装置では、このような場合の制御が考慮されていない。すなわち、サスペンションの減衰特性又はばね特性が変更されると、それに応じて車室内騒音も変化し、マイクロフォンに検出される残留騒音が増大する。しかしながら、特許文献1、2では、このような残留騒音の増大までは考慮されておらず、適応制御で用いるフィルタ係数が、変更後の減衰特性又はばね特性に適したものへと収束するまでに時間がかかる場合がある。その結果、振動騒音の低減性能が一時的に低下してしまう。
【0007】
このことは、サスペンションの減衰特性又はばね特性を能動的に制御する場合のみならず、路面入力を検出する路面入力検出器と、振動騒音と打消音の誤差を検出する誤差検出器の間の伝達特性が変化した場合一般に言えることである。
【0008】
この発明は、このような問題を考慮してなされたものであり、路面入力検出器と誤差検出器の間の伝達特性が変化した場合でも、振動騒音の低減性能を維持することが可能な能動型騒音制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明に係る能動型騒音制御装置は、路面入力を検出して、当該路面入力を示す路面入力信号を生成する路面入力検出器と、前記路面入力信号に基づいて参照信号を生成する参照信号生成器と、前記参照信号に対して適応フィルタ処理を行って、前記路面入力に基づく振動騒音の打消音を規定する制御信号を出力する適応フィルタと、前記制御信号に基づいて前記打消音を生成する打消音生成器と、前記振動騒音と前記打消音との誤差を検出し、当該誤差を示す誤差信号を生成する誤差検出器と、前記打消音生成器から前記誤差検出器までの伝達特性に基づいて前記参照信号を補正して補正参照信号を出力する参照信号補正器と、前記誤差信号と前記補正参照信号とに基づいて前記誤差信号が最小となるように前記適応フィルタのフィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新器とを備える能動型騒音制御装置において、さらに、前記路面入力検出器と前記誤差検出器の間の伝達特性の変化を検出する伝達特性変化検出器と、前記伝達特性変化検出器により検出された伝達特性の変化に応じて、前記フィルタ係数の更新量を定常時よりも大きくする更新量調整器とを備えることを特徴とする。
【0010】
この発明によれば、路面入力検出器と誤差検出器の間の伝達特性が変化した際、伝達特性の変化に応じて、フィルタ係数の更新量を定常時よりも大きくする。このため、伝達特性の変化に伴って振動騒音と打消音との誤差が大きくなっても、変化後の伝達特性に適したフィルタ係数への収束を早めることが可能となる。従って、振動騒音の低減性能を維持することが可能となる。
【0011】
前記更新量調整器は、前記フィルタ係数更新器で用いるステップサイズパラメータを定常時よりも大きくすることで、前記フィルタ係数の更新量を大きくしてもよい。
【0012】
前記更新量調整器は、前記誤差信号を定常時よりも大きく増幅することで、前記フィルタ係数の更新量を大きくしてもよい。
【0013】
前記更新量調整器は、前記補正参照信号を定常時よりも大きく増幅することで、前記フィルタ係数の更新量を大きくしてもよい。
【0014】
前記更新量調整器は、前記フィルタ係数の更新頻度を高くすることで、前記フィルタ係数の更新量を大きくしてもよい。
【0015】
前記更新量調整器は、前記伝達特性の変化を検出してから所定時間、前記フィルタ係数の更新量を定常時よりも大きくしてもよい。
【0016】
前記路面入力検出器が、減衰特性又はばね特性を能動的に制御可能なサスペンションに設けられた加速度センサである場合、前記伝達特性変化検出器は、前記サスペンションの特性の変更を検出してもよい。
【0017】
前記伝達特性変化検出器は、前記サスペンションのばね特性の設定の変更又はダンパの減衰特性の設定の変更を検出してもよい。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、路面入力検出器と誤差検出器の間の伝達特性が変化した際、伝達特性の変化に応じて、フィルタ係数の更新量を定常時よりも大きくする。このため、伝達特性の変化に伴って振動騒音と打消音との誤差が大きくなっても、変化後の伝達特性に適したフィルタ係数への収束を早めることが可能となる。従って、振動騒音の低減性能を維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】この発明の一実施形態に係る能動型騒音制御装置を搭載した車両の概略的な構成図である。
【図2】前記車両に設けられた加速度センサユニットとその周辺の概略構成図である。
【図3】前記能動型騒音制御装置の概略構成図である。
【図4】前記実施形態において、打消音を生成するフローチャートである。
【図5】前記実施形態において、ステップサイズパラメータを変更するフローチャートである。
【図6】ロードノイズの発生メカニズムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[A.一実施形態]
以下、この発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0021】
1.全体及び各部の構成
(1)全体構成
図1は、この発明の一実施形態に係る能動型騒音制御装置12(以下「ANC装置12」と称する。)を搭載した車両10の概略的な構成を示す図である。車両10は、ガソリン車や電気自動車、燃料電池車等の車両とすることができる。
【0022】
ANC装置12は、サスペンション14に設けられた複数の加速度センサユニット16と、サスペンション制御装置18と、スピーカ20と、マイクロフォン22とに接続されている。また、ANC装置12とスピーカ20との間には増幅器24が設けられている。
【0023】
ANC装置12は、加速度センサユニット16からのアナログ加速度信号Sx、Sy、Szと、サスペンション制御装置18からの制御信号Ssと、マイクロフォン22が出力したアナログ誤差信号e_aとに基づいてアナログ制御信号Sdaを生成する。アナログ制御信号Sdaは、増幅器24で増幅された後、スピーカ20に出力される。スピーカ20は、アナログ制御信号Sdaに対応する打消音CSを出力する。
【0024】
車両10の車室内に発生する振動騒音は、図示しないエンジンの振動に伴って生じる振動騒音(エンジンこもり音NZe)と、車両10の走行中に車輪26と路面Rとが接触し、車輪26が振動することに伴って生じる振動騒音(ロードノイズNZr)とを複合した振動騒音(複合騒音NZc)である。本実施形態のANC装置12によれば、複合騒音NZcのうちロードノイズNZrの成分を打消音CSが打ち消し、消音効果を得ることができる。
【0025】
なお、ANC装置12には、ロードノイズNZrの消音機能に加え、エンジンこもり音NZeの消音機能を持たせることもできる。すなわち、ANC装置12に従前のエンジンこもり音用の構成(例えば、特開2004−361721号公報)を併せ持たせることも可能である。
【0026】
また、図1では図示していないが、加速度センサユニット16は4つ設けられており(図3参照)、各加速度センサユニット16は、4つの車輪26(左前輪、右前輪、左後輪、右後輪)に対応して設けられている。さらに、図1及び図3では、スピーカ20及びマイクロフォン22をそれぞれ1つずつしか示していないが、発明の理解の容易化のためであり、ANC装置12の用途に応じて複数のスピーカ20及びマイクロフォン22を用いることもできる。その場合、その他の構成要素の数も適宜変更される。
【0027】
(2)サスペンション14及び加速度センサユニット16
図2に示すように、各加速度センサユニット16は、サスペンション14の中でも、車輪26のホイール32に連結されたナックル30に設けられている。サスペンション14は、ナックル30に加え、連結部材38a、38bを介してナックル30及びボディ36に連結されたアッパーアーム34と、連結部材44a、44bを介してナックル30及びサブフレーム42に連結されたロアアーム40と、アクチュエータ48を介してボディ36に連結され、連結部材50を介してロアアーム40に連結されたダンパ46とを有する。ボディ36とサブフレーム42は連結部材52を介して連結されている。また、ナックル30の内部には、エンジンから延びるドライブシャフト54が回転自在に挿入されている。
【0028】
ダンパ46及びアクチュエータ48としては、例えば、特許文献4に記載したものを用いることができる。アクチュエータ48は、その内部に進退可能に配置されたコア(図示せず)に対する電磁力を、サスペンション制御装置18からの制御信号Ssに応じて変化させる。これにより、サスペンション14の減衰特性を変化させることができる。また、アクチュエータ48の周囲には図示しないダンパスプリングが配置されている。
【0029】
図3に示すように、各加速度センサユニット16は、振動加速度Axを検出する加速度センサ60xと、振動加速度Ayを検出する加速度センサ60yと、振動加速度Azを検出する加速度センサ60zとを有する。加速度センサ60xに検出される振動加速度Axは、車両10の前後方向(図1中、X方向)におけるナックル30の振動加速度[mm/s/s]を示す。加速度センサ60yに検出される振動加速度Ayは、車両10の左右方向(図2のY方向)におけるナックル30の振動加速度[mm/s/s]を示す。加速度センサ60zに検出される振動加速度Azは、車両10の上下方向(図1中、Z方向)におけるナックル30の振動加速度[mm/s/s]を示す。
【0030】
各加速度センサユニット16は、各ナックル30で検出した振動加速度Ax、Ay、Azを示すアナログ加速度信号Sx、Sy、SzをANC装置12に出力する。
【0031】
(3)サスペンション制御装置18
サスペンション制御装置18は、切替スイッチ28(図1)の手動操作に応じて、サスペンション14の減衰特性を切り替える。切替スイッチ28は、例えば、特許文献3に記載のものを用いることができる。或いは、サスペンション制御装置18は、アクチュエータ48の上側(ばね上)に設けられた加速度センサ(図示せず)や、ダンパ46に設けられた変位量センサ(図示せず)等の検出値に応じて自動的にサスペンション14の減衰特性を切り替えることもできる。当該減衰特性としては、例えば、通常モード用の減衰特性に加え、通常モードに対して減衰力を増加させたスポーツモード用の減衰特性や、通常モードに対して減衰力を減少させたラグジュアリモード用の減衰特性等がある(特許文献3参照)。
【0032】
(4)ANC装置12
(a)全体構成
ANC装置12は、スピーカ20からの打消音CSの出力を制御するものであり、マイクロコンピュータ58、メモリ59(図1)等を備える。マイクロコンピュータ58は、打消音CSを決定する機能(打消音決定機能)等の機能をソフトウェア処理により実行可能である。
【0033】
図3は、ANC装置12の概略構成図である。図3に示すように、ANC装置12は、加速度センサ60x、60y、60z毎に設けられた第1アナログ/デジタル変換器70(以下「第1A/D変換器70」という。)、参照信号生成部71及び制御信号生成部72と、加速度センサユニット16毎に設けられた第1加算器74と、第2加算器76と、デジタル/アナログ変換器78(以下「D/A変換器78」という。)と、第2アナログ/デジタル変換器80(以下「第2A/D変換器80」という。)と、更新量調整部82とを有する。上記のうち参照信号生成部71、制御信号生成部72、第1加算器74、第2加算器76及び更新量調整部82は、マイクロコンピュータ58及びメモリ59により構成される。
【0034】
また、説明の便宜のため、加速度センサユニット16毎の第1A/D変換器70、参照信号生成部71、制御信号生成部72及び第1加算器74を制御信号生成ユニット84と呼ぶ。図3では、一番上の制御信号生成ユニット84のみ内部を示し、その他の制御信号生成ユニット84は内部を省略して示している。
【0035】
(b)第1A/D変換器70
第1A/D変換器70は、加速度センサ60x、60y、60zからのアナログ加速度信号Sx、Sy、Szをアナログ/デジタル(A/D)変換してデジタル加速度信号Sadを出力する。
【0036】
(c)参照信号生成部71
参照信号生成部71は、第1A/D変換器70からのデジタル加速度信号Sadに基づいて適応フィルタ制御のための参照信号Sbを生成し、制御信号生成部72に出力する。
【0037】
(d)制御信号生成部72
制御信号生成部72は、参照信号生成部71からの参照信号Sbに対して適応フィルタ処理を施してデジタル制御信号Scrを生成するものであり、適応フィルタ90と、参照信号補正部92と、フィルタ係数更新部94とを有する。
【0038】
適応フィルタ90は、FIR(Finite impulse response:有限インパルス応答)型のフィルタであり、参照信号Sbに対してフィルタ係数Wrを用いた適応フィルタ処理を行って、ロードノイズNZrを低減するための打消音CSの波形を示すデジタル制御信号Scrを出力する。
【0039】
参照信号補正部92は、参照信号生成部71からの参照信号Sbに対して伝達関数処理を行うことで補正参照信号Srを生成する。補正参照信号Srは、フィルタ係数更新部94においてフィルタ係数Wrを演算する際に用いられる。また、伝達関数処理は、スピーカ20からマイクロフォン22への打消音CSの伝達関数C^(フィルタ係数)に基づき参照信号Sbを補正する処理である。この伝達関数処理で用いられる伝達関数C^は、スピーカ20からマイクロフォン22への打消音CSの実際の伝達関数Cの測定値又は予測値である。
【0040】
フィルタ係数更新部94は、フィルタ係数Wrを逐次演算・更新する。フィルタ係数更新部94は、適応アルゴリズム演算{例えば、最小二乗法(LMS)アルゴリズム演算}を用いてフィルタ係数Wrを演算する。すなわち、参照信号補正部92からの補正参照信号Srと第2A/D変換器80からのデジタル誤差信号e_dに基づいて、デジタル誤差信号e_dの二乗e_d2をゼロとするようにフィルタ係数Wrを演算する。
【0041】
なお、本実施形態では、フィルタ係数更新部94が演算するフィルタ係数Wrの更新量は、更新量調整部82によっても制御される(詳細は後述する。)。
【0042】
(e)第1加算器74
各第1加算器74は、各制御信号生成部72から出力されたデジタル制御信号Scrを合成し、第1合成制御信号Scc1を生成する。
【0043】
(f)第2加算器76
第2加算器76は、各第1加算器74から出力された第1合成制御信号Scc1を合成し、第2合成制御信号Scc2を生成する。
【0044】
(g)D/A変換器78
D/A変換器78は、第2加算器76からの第2合成制御信号Scc2をデジタル/アナログ(D/A)変換してアナログ制御信号Sdaを出力する。
【0045】
(h)第2A/D変換器80
第2A/D変換器80は、マイクロフォン22からのアナログ誤差信号e_aをA/D変換して、デジタル誤差信号e_dを出力する。
【0046】
(i)更新量調整部82
更新量調整部82は、サスペンション14の減衰特性に応じて、フィルタ係数Wrの更新量を調整する(詳細は後述する。)。
【0047】
(5)増幅器24
増幅器24は、D/A変換器78からのアナログ制御信号Sdaの振幅をユーザのマニュアル操作で変更するためのパワーアンプである。
【0048】
(6)スピーカ20
スピーカ20は、ANC装置12(マイクロコンピュータ58)からのアナログ制御信号Sdaに対応する打消音CSを出力する。これにより、ロードノイズNZrの消音効果が得られる。
【0049】
(7)マイクロフォン22
マイクロフォン22は、ロードノイズNZrと打消音CSとの誤差を残留騒音として検出し、この残留騒音を示すアナログ誤差信号e_aをANC装置12(マイクロコンピュータ58)に出力する。
【0050】
2.打消音CSの生成
次に、本実施形態における打消音CSの生成の流れについて説明する。図4には、打消音CSを生成するフローチャートが示されている。
【0051】
ステップS1において、各加速度センサユニット16の加速度センサ60x、60y、60zは、X軸方向の振動加速度Ax、Y軸方向の振動加速度Ay及びZ軸方向の振動加速度Azを検出し、振動加速度Ax、Ay、Azを示すアナログ加速度信号Sx、Sy、Szを生成する。
【0052】
ステップS2において、第1A/D変換器70は、アナログ加速度信号Sx、Sy、SzをA/D変換し、デジタル加速度信号Sadを生成する。
【0053】
ステップS3において、参照信号生成部71は、デジタル加速度信号Sadに基づいて参照信号Sbを生成する。
【0054】
ステップS4において、制御信号生成部72は、参照信号生成部71からの参照信号Sbと、第2A/D変換器80からのデジタル誤差信号e_dとに基づき、適応フィルタ処理を実施することによりデジタル制御信号Scrを生成する。
【0055】
ステップS5において、第1加算器74は、各制御信号生成部72から出力されたデジタル制御信号Scrを合成して、第1合成制御信号Scc1を生成する。
【0056】
ANC装置12は、上記ステップS1〜S5を、4つの加速度センサユニット16それぞれに対応して行う。
【0057】
ステップS6において、第2加算器76は、各第1加算器74から出力された第1合成制御信号Scc1を合成して第2合成制御信号Scc2を生成する。
【0058】
ステップS7において、D/A変換器80は、第2合成制御信号Scc2をD/A変換し、アナログ制御信号Sdaを出力する。
【0059】
ステップS8において、増幅器24は、アナログ制御信号Sdaを所定の増幅率で増幅する。ステップS9において、スピーカ20は、増幅後のアナログ制御信号Sdaに基づく打消音CSを出力する。
【0060】
ステップS10において、マイクロフォン22は、ロードノイズNZrを含む複合騒音NZcと打消音CSとの差を残留騒音として検出し、この残留騒音に対応するアナログ誤差信号e_aを出力する。このアナログ誤差信号e_aは、ANC装置12のその後の適応フィルタ処理で用いられる。
【0061】
ANC装置12では、以上のステップS1〜S10を繰り返す。
【0062】
3.フィルタ係数更新部94における処理
次に、フィルタ係数更新部94における処理について説明する。上述の通り、フィルタ係数更新部94は、適応フィルタ90で用いるフィルタ係数Wrを逐次演算・更新する。フィルタ係数更新部94は、適応アルゴリズム演算{例えば、最小二乗法(LMS)アルゴリズム演算}を用いてフィルタ係数Wrを演算する。すなわち、参照信号補正部92からの補正参照信号Srと第2A/D変換器80からのデジタル誤差信号e_dに基づいて、デジタル誤差信号e_dの二乗e_d2をゼロとするようにフィルタ係数Wrを演算する。
【0063】
具体的には、以下の式(1)を用いる。
Wr(n+1)=Wr(n)−μ・e_d(n)・Sr(n) (1)
【0064】
上記式(1)において、「n」は更新前(今回)を示し、「n+1」は更新後(次回)を示し、「Wr(n+1)」は次回のフィルタ係数Wrを示し、「Wr(n)」は今回のフィルタ係数Wrを示し、μはステップサイズパラメータを示し、「e_d(n)」は今回の誤差信号e_dを示し、「Sr(n)」は今回の補正参照信号Srを示す。通常時、ステップサイズパラメータは固定値(例えば、0.003)である。
【0065】
4.更新量調整部82による処理
更新量調整部82は、フィルタ係数Wrの更新量を、サスペンション制御装置18が制御するサスペンション14の減衰特性に応じて調整する。
【0066】
具体的には、サスペンション14の減衰特性が変更されたとき、マイクロフォン22が検出する残留騒音の音圧が一時的に大きくなり、アナログ誤差信号e_aの値も一時的に増大する。微小な残留騒音をも打ち消すため、ステップサイズパラメータμは、フィルタ係数Wrの更新量Qup、すなわち、更新後のフィルタ係数Wr(n+1)と更新前のフィルタ係数Wr(n)の差Dwrを比較的小さく抑えるように設定されている(例えば、μ=0.003)。このため、サスペンション14の減衰特性が変更された場合、変更後の減衰特性に適したフィルタ係数Wrに到達するためには比較的時間がかかってしまう。
【0067】
そこで、本実施形態の更新量調整部82は、サスペンション14の減衰特性が変更された際(例えば、通常モードからスポーツモード若しくはラグジュアリモードに変更された際、又はスポーツモード若しくはラグジュアリモードから通常モードに戻された際)、フィルタ係数更新部94のステップサイズパラメータμを増加させる(例えば、μ=0.010)。換言すると、通常時に用いる初期値としてのステップサイズパラメータμ1を、減衰特性の変更時に用いるステップサイズパラメータμ2(μ2>μ1)に切り替える。
【0068】
これにより、式(1)の右辺第2項(「−μ・e_d(n)・Sr(n)」)の絶対値を大きくすることが可能となり、フィルタ係数Wrの更新量Qupを増加させることができる。その結果、サスペンション14の減衰特性が変更された場合でも、変更後の減衰特性に適したフィルタ係数Wrに到達するために要する時間を短くすることができる。
【0069】
図5には、ステップサイズパラメータμを変更するフローチャートが示されている。ステップS11において、更新量調整部82は、サスペンション14の減衰特性が変更されたかどうかを判定する。当該判定は、サスペンション制御装置18から更新量調整部82に送信される制御信号Ssにより行うことができる。上述の通り、制御信号Ssは、サスペンション制御装置18が、サスペンション14の減衰特性を制御するためにアクチュエータ48に送信するものと同じである。従って、更新量調整部82は、制御信号Ssに基づいてサスペンション14の減衰特性の変更を知ることができる。なお、ステップS11では、減衰特性の変更の有無のみを判断しているが、減衰特性の変更の程度を判定して、当該程度に応じてステップサイズパラメータμの値を変化させることもできる。
【0070】
減衰特性が変更された場合(S11:YES)、ステップS12に進み、減衰特性が変更されない場合(S11:NO)、今回の処理を終了する。
【0071】
ステップS12において、更新量調整部82は、フィルタ係数更新部94で用いるステップサイズパラメータμを増加させる(例えば、μ=0.010)。これにより、変更後の減衰特性に適したフィルタ係数Wrへの収束を早めることができる。
【0072】
続くステップS13において、更新量調整部82は、ステップサイズパラメータμを増加させている時間を示すタイマTMRのカウントを開始する。
【0073】
ステップS14において、更新量調整部82は、ステップサイズパラメータμの増加を開始してから所定時間が経過したかどうかを判定する。すなわち、タイマTMRが、ステップサイズパラメータμを増加させる期間TH_tmr[ms]以上となったかどうかを判定する。
【0074】
所定時間が経過していない場合(S14:NO)、ステップサイズパラメータμの増加状態を継続するため、ステップS14を繰り返す。所定時間が経過した場合(S14:YES)、ステップS15において、更新量調整部82は、ステップサイズパラメータμをリセットし、通常状態に用いる初期値(μ=0.003)に戻す。換言すると、減衰特性の変更時に用いるステップサイズパラメータμ2を、通常時に用いる初期値としてのステップサイズパラメータμ1(μ1<μ2)に切り替える。
【0075】
5.本実施形態における効果
以上のように、本実施形態によれば、サスペンション制御装置18によりサスペンション14の減衰特性を変更させた際、フィルタ係数更新部94で用いるステップサイズパラメータμを一時的に大きくしてフィルタ係数Wrの更新量Qupを増加させる。これにより、減衰特性の変更に伴って残留騒音の音圧が大きくなっても、変更後の減衰特性に適したフィルタ係数Wrへの収束を早めることが可能となる。従って、高い振動騒音低減性能を維持することが可能となる。
【0076】
[B.この発明の応用]
なお、この発明は、上記実施形態に限らず、この明細書の記載内容に基づき、種々の構成を採り得ることはもちろんである。例えば、以下に示す構成を採ることができる。
【0077】
上記実施形態では、4つの車輪26それぞれについて加速度センサユニット16を設けたが、そのうちのいずれかの車輪26にのみ加速度センサユニット16を設ける構成も可能である。また、上記実施形態では、各加速度センサユニット16において、X軸方向、Y軸方向及びZ軸方向の3軸の方向の振動の振動加速度Ax、Ay、Azを検出したが、これに限られず、1軸もしくは2軸の方向又は4軸以上の方向の振動の加速度を検出してもよい。
【0078】
上記実施形態では、振動加速度Ax、Ay、Azを加速度センサ60x、60y、60zにより直接検出したが、変位センサによりナックル30の変位[mm]を検出し、この変位に基づいて振動加速度Ax、Ay、Azを演算することもできる。同様に、荷重センサの検出値を用いて振動加速度Ax、Ay、Azを求めてもよい。
【0079】
上記実施形態では、各加速度センサユニット16をナックル30に設けたが、ハブ等のその他の部位に設けることも可能である。
【0080】
上記実施形態では、サスペンション14の減衰特性の変更を契機としてステップサイズパラメータμを増加させたが、加速度センサ60x、60y、60zからマイクロフォン22までの伝達特性の変化を契機とするものであれば、これに限らない。例えば、ステアリング舵角の変化、マイクロフォンを座席に付けたシステムにおける座席位置の変更、窓の開閉及びその程度の変更、サンルーフの開閉及びその程度の変更等を契機としてもよい。
【0081】
上記実施形態では、サスペンション14の減衰特性を変更させたとき、ステップサイズパラメータμを変化させたが、これに限らない。例えば、サスペンション14の減衰特性を変更させたとき、下記の式(2)を用いてもよい。
Wr(n+1)=Wr(n)−μ・α・e_d(n)・Sr(n) (2)
【0082】
上記式(2)において、「α」は、今回の誤差信号e_d(n)の係数であり、係数αは1より大きい値である(例えば、α=3)。その他については、式(1)と同じである{後述する式(3)及び式(4)についても同じ。}。式(2)によっても、式(1)と同様の効果を上げることができる。なお、誤差信号e_d(n)に係数αを乗算する構成としては、フィルタ係数更新部94における演算式を変更する構成に加え、マイクロフォン22と第2A/D変換器80の間に増幅器を設ける構成や、第2A/D変換器80とフィルタ係数更新部94との間に増幅器を設ける構成も可能である。
【0083】
或いは、サスペンション14の減衰特性を変更させたとき、下記の式(3)を用いることもできる。
Wr(n+1)=Wr(n)−μ・e_d(n)・β・Sr(n) (3)
【0084】
上記式(3)において、βは、今回の補正参照信号Sr(n)の係数であり、係数βは1より大きい値である(例えば、β=3)。これによっても、式(1)と同様の効果を上げることができる。なお、補正参照信号Sr(n)に係数βを乗算する構成としては、フィルタ係数更新部94における演算式を変更する構成に加え、参照信号生成部71と参照信号補正部92の間又は参照信号補正部92とフィルタ係数更新部94の間に増幅器を設ける構成も可能である。
【0085】
或いは、サスペンション14の減衰特性を変更させたとき、下記の式(4)を用いることもできる。
Wr(n+1)={Wr(n)−μ・e_d(n)・Sr(n)}・γ (4)
【0086】
上記式(4)において、γは、更新前のフィルタ係数Wr(n)の係数であり、係数γは1より大きい値である(例えば、γ=3)。これによっても、式(1)と同様の効果を上げることができる。なお、フィルタ係数Wr(n)に係数γを乗算する構成としては、フィルタ係数更新部94における演算式を変更する構成に加え、適応フィルタ90とフィルタ係数更新部94の間に増幅器を設ける構成も可能である。
【0087】
或いは、サスペンション14の減衰特性を変化させたとき、適応フィルタ90の更新頻度を高くさせることもできる。例えば、サンプリング周期に対し、通常であれば、N1回に一度である更新頻度を、伝達特性の変化時は、N2回に一度(N1>N2)に変更することで、更新頻度を高くする。これによっても、同様の効果を上げることができる。
【0088】
上記実施形態(図5のフローチャート)では、ステップサイズパラメータμの増加を所定時間継続したが(図5のS13〜S15)、これに限らない。例えば、誤差信号e_dが所定の閾値TH_ed以下となるまでステップサイズパラメータμの増加を継続してもよい。なお、閾値TH_edは、フィルタ係数Wrが、変更後の減衰特定に適した範囲に収束したかどうかを判定する値である。
【0089】
上記実施形態では、サスペンション14として、特許文献4に記載のようないわゆる電磁サスペンションを用いたが、これに限らない。例えば、特許文献5に記載されるエアサスペンションを用いることもできる。
【0090】
上記実施形態では、サスペンション14の減衰特性を能動的に制御する場合について述べたが、これに限らず、サスペンション14のばね特性を能動的に制御する場合にも適用することができる。さらに、サスペンション14に起因する伝達特性の変化に限らず、加速度センサ60x、60y、60z以外の路面入力検出器とマイクロフォン22の間の伝達特性が変化した場合にもこの発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0091】
10…車両 12…能動型騒音制御装置
14…サスペンション
18…サスペンション制御装置(伝達特性変化検出器)
20…スピーカ(打消音生成器) 22…マイクロフォン(誤差検出器)
60x、60y、60z…加速度センサ(路面入力検出器)
71…参照信号生成部 82…更新量調整部
90…適応フィルタ 92…参照信号補正部
94…フィルタ係数更新部
Ax、Ay、Az…振動加速度(路面入力)
CS…打消音 e_a…アナログ誤差信号
e_d…デジタル誤差信号 Sb…参照信号
Scr…デジタル制御信号 Sr…補正参照信号
Sx、Sy、Sz…アナログ加速度信号(路面入力信号)
Wr…フィルタ係数 μ…ステップサイズパラメータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
路面入力を検出して、当該路面入力を示す路面入力信号を生成する路面入力検出器と、
前記路面入力信号に基づいて参照信号を生成する参照信号生成器と、
前記参照信号に対して適応フィルタ処理を行って、前記路面入力に基づく振動騒音の打消音を規定する制御信号を出力する適応フィルタと、
前記制御信号に基づいて前記打消音を生成する打消音生成器と、
前記振動騒音と前記打消音との誤差を検出し、当該誤差を示す誤差信号を生成する誤差検出器と、
前記打消音生成器から前記誤差検出器までの伝達特性に基づいて前記参照信号を補正して補正参照信号を出力する参照信号補正器と、
前記誤差信号と前記補正参照信号とに基づいて前記誤差信号が最小となるように前記適応フィルタのフィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新器と
を備える能動型騒音制御装置において、さらに、
前記路面入力検出器と前記誤差検出器の間の伝達特性の変化を検出する伝達特性変化検出器と、
前記伝達特性変化検出器により検出された伝達特性の変化に応じて、前記フィルタ係数の更新量を定常時よりも大きくする更新量調整器と
を備えることを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の能動型騒音制御装置において、
前記更新量調整器は、前記フィルタ係数更新器で用いるステップサイズパラメータを定常時よりも大きくすることで、前記フィルタ係数の更新量を大きくする
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の能動型騒音制御装置において、
前記更新量調整器は、前記誤差信号を定常時よりも大きく増幅することで、前記フィルタ係数の更新量を大きくする
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載の能動型騒音制御装置において、
前記更新量調整器は、前記補正参照信号を定常時よりも大きく増幅することで、前記フィルタ係数の更新量を大きくする
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載の能動型騒音制御装置において、
前記更新量調整器は、前記フィルタ係数の更新頻度を高くすることで、前記フィルタ係数の更新量を大きくする
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の能動型騒音制御装置において、
前記更新量調整器は、前記伝達特性の変化を検出してから所定時間、前記フィルタ係数の更新量を定常時よりも大きくする
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の能動型騒音制御装置において、
前記路面入力検出器は、減衰特性又はばね特性を能動的に制御可能なサスペンションに設けられた加速度センサであり、
前記伝達特性変化検出器は、前記サスペンションの特性の変更を検出する
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項8】
請求項7に記載の能動型騒音制御装置において、
前記伝達特性変化検出器は、前記サスペンションのばね特性の設定の変更又はダンパの減衰特性の設定の変更を検出する
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−121534(P2011−121534A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282448(P2009−282448)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】