説明

腐食疲労強度に優れるばね

【課題】 高強度でありながら、腐食疲労強度に優れたばねを提供する。
【解決手段】 本発明のばねは、ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56であって、
ロックウェル硬さHRC53〜HRC56の範囲において、ロックウェル硬さをHとしたときの転位密度D(cm−2)が、式(1)を満足しており、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上である。
(式1)D≧1.4×1011×H−6.7×1012

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばねに関する。特に、高強度でありながら、腐食疲労強度に優れるばねに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高強度のばねが求められるようになってきている。一般的に、ばねの高強度化を図ると、靭性、腐食疲労強度等が劣化する傾向が見られる。特許文献1では、高強度であるとともに高い靭性を有するばねとして、旧オーステナイト平均粒径Dが20μm以下で、平均マルテンサイトラス長さが旧オーステナイト平均粒径Dの30%以下であるばねが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−261055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されているばねであっても、ばねの要求特性を必ずしも十分に満足しているとはいえない。特に、車両用懸架装置等に使用されるばねでは、腐食環境中でも高い耐久性を有するばねが求められている。以下の説明では、腐食した状態におけるばねの耐久性を、腐食疲労強度と称する。腐食疲労強度のレベルを測る試験方法として、繰返し腐食疲労試験が知られている。繰返し腐食疲労試験は、ばねの一部に脆弱部を形成し、ばねが腐食する環境中で、ばねに繰返し荷重を加える。ばねに破損が生じたときの繰返し回数で腐食疲労強度のレベルを判断する。高い腐食疲労強度が要求される分野では、繰返し腐食疲労試験を4万回行っても破損しないばねが求められている。本明細書で開示する技術は、高強度でありながら、腐食疲労強度に優れたばねを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本明細書で開示する技術は、はねを構成している鋼材の転位密度と、その鋼材の旧オーステナイト結晶粒度とを所定の条件とすることで、ロックウェル硬さがHRC53〜56と高強度でありながら、腐食疲労試験を繰返し4万回実施しても破損しないばねを提供するものである。
【0006】
本明細書で開示するばねは、ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56である。さらに、ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56の範囲において、ロックウェル硬さをHとしたときの転位密度D(cm−2)が、下記式(1)を満足しており、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上である。
D≧1.4×1011×H−6.7×1012・・・(1)
【0007】
従来より、ばねの旧オーステナイト結晶粒度(あるいは、旧オーステナイト粒径)を調整したり、転位密度を調整することは行われてきた。しかしながら、旧オーステナイト結晶粒度のみ、あるいは、転位密度のみを調整するだけでは、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格する高強度ばね(ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56となるばね)は得られなかった。例えば、ロックウェル硬さをHRC55としたばねでは、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上であっても、転位密度が1.0×1012以上でなければ、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格しない。一方、転位密度が1.0×1012以上であっても、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10未満であれば、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格しない。すなわち、ロックウェル硬さをHRC55としたばねでは、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上であり、かつ、転位密度が1.0×1012以上となる場合にのみ、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格する。本発明者らは、旧オーステナイト結晶粒度と転位密度との関係について種々検討することにより、上記条件を見出すことにより、繰返し腐食疲労試験を4万回実施しても破損しないばねを得ることに成功した。
【0008】
なお、ばねの転位密度は、ばねのロックウェル硬さにほぼ比例する。ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56の範囲においては、実際の転位密度が下記式(2)の計算式から得られる転位密度D以上であれば、腐食疲労試験に合格するための転位密度に関する条件を満足する。例えば、下記式(2)のH(ロックウェル硬さHRC)に55を代入すると、転位密度Dは1.0×1012となる。すなわち、下記式(2)は、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格した鋼材種の異なるばねについてロックウェル硬さと転位密度の関係を研究し、最も転位密度Dの値が小さくなる鋼材種から得た計算式である。よって、実際の転位密度が上記式(1)を満足するものであれば、腐食疲労試験に合格するための転位密度に関する条件を満足する。上記式(1)を用いることにより、ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56の範囲において、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格するか否かを判断することができる。
D=1.4×1011×H−6.7×1012・・・(2)
【0009】
ここで、繰返し腐食疲労試験について説明する。ばねが腐食疲労により破壊する原因として、腐食によってばねの表面に微細な穴(ピット)が生じ(以下、腐食ピットと称す)、その腐食ピットに応力が集中することが挙げられる。腐食ピットの生成を抑制することは困難であり、腐食ピットが生成しても疲労強度が低下しないばねが望まれる。ばねの腐食疲労強度は、繰返し腐食疲労試験により数値化することができる。すなわち、腐食疲労試験を繰り返し行い、ばねが破壊するまでの繰り返し回数により、ばね用鋼の腐食疲労強度を評価することができる。腐食疲労試験の詳細については後述する。
【0010】
本明細書で開示するばねは、焼戻マルテンサイトを含んでいるとともに、Si(ケイ素)を質量%で2.1%以上2.4%以下含んでいてもよい。Si量を上記範囲に調整することにより、焼入れ焼戻しにより所望の強度、典型的にはばねのロックウェル硬さをHRC53〜HRC56に容易に調整することができる。なお、本明細書でいう「焼戻マルテンサイト」とは、ばね用鋼を高温で加熱した後に急冷することによってオーステナイト組織からマルテンサイト組織に変態させ、さらに所定温度(オーステナイトに変態する温度よりも低温)に加熱した後に冷却したものをいう。
【0011】
本明細書で開示するばねは、焼戻マルテンサイトに含まれる炭化物のうち、最小長さが15nm未満の炭化物の数が炭化物の全数の40%以上であってもよい。なお、本明細書でいう「最小長さ」とは、炭化物の外縁に接する矩形を形成したときに、その矩形の短辺の長さのことをいう。炭化物の形状が球の場合、直径に相当する。炭化物が針状の場合、厚み(幅)に相当する。
【0012】
本明細書で開示するばねは、質量%で、炭素を0.35%以上0.55%以下、マンガンを0.20%以上1.50%以下、クロムを0.10%以上1.50%以下含んでおり、さらに、ニッケル、モリブデン、バナジウムから選択される1種又は2種以上の元素を、ニッケル0.40%以上3.00%以下、モリブデン0.05%以上0.50%以下、バナジウム0.05%以上0.50%以下含んでおり、残部が鉄及び不可避不純物からなるものであってもよい。
【0013】
さらに、本明細書で開示するばねは、マンガンが0.40%以上0.50%以下であってもよい。さらにまた、本明細書で開示するばねは、ニッケルが0.50%以上0.60%以下であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ばねのロックウェル硬さと、転位密度の関係を示す。
【図2】炭化物のサイズと、炭化物の全数に対する累積割合の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
ばねの転位密度及び旧オーステナイト結晶粒度を適値に調整することにより、ばねの腐食疲労強度を向上させることができる。それにより、繰返し腐食疲労試験を4万回行っても破損しないばねを得ることができる。すなわち、ロックウェル硬さHRC53〜HRC56の範囲において、下記式(1)を満足し、旧オーステナイト結晶粒度番号をNO.10以上とすることにより、4万回の繰返し腐食疲労試験に合格する。例えば、ロックウェル硬さがHRC55のときの転位密度が1.0×1012以上である否かについては、下記式(1)で判断することができる。下記式(1)を満足する場合、ロックウェル硬さがHRC55のときの転位密度が1.0×1012以上となる。下記式(1)を満足しない場合、ロックウェル硬さがHRC55のときの転位密度が1.0×1012未満となる。繰返し腐食疲労強度の試験方法については後述する。
D≧1.4×1011×H−6.7×1012・・・(1)
【0016】
上記式(1)は、様々な組成のばねについて、ロックウェル硬さを変化させ、各々のロックウェル硬さのときの転位密度を計算することによって導かれた式である。詳細については後述する。
【0017】
ばねを構成している鋼材中に、焼戻マルテンサイトが含まれることが好ましい。その場合、鋼材中に含まれるSiを質量%で2.1%以上2.4%以下に調整することで、焼入れ焼戻しにより所望の強度、典型的にはロックウェル硬さHRC53〜HRC56程度のばねを容易に得ることができる。Si量が2.1%未満の場合、焼戻マルテンサイト中に大きなサイズの炭化物が析出しやすくなる、その結果、高い強度(HRC53〜HRC56)を維持しつつ、高い腐食疲労強度のばねを得ることが困難になることがある。Si量が2.4%を超えると、ばね用鋼を圧延するときに脱炭が生じやすくなる。その結果、高い強度を維持しつつ、高い腐食疲労強度のばねを得ることが困難になることがある。高い強度と高い腐食疲労強度を容易に両立するという観点から、ばねを構成している鋼材中に含まれるSi量を2.1%以上2.4%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Si量は、2.2%以上2.4%以下である。
【0018】
本実施例に開示するばねは、上記転位密度及び旧オーステナイト結晶粒度の条件だけを充足することもできるが、好ましくは、上記Si量の範囲を充足する。これにより、強度や腐食疲労強度に優れたばねを容易に得ることができる。
【0019】
ばねを構成している鋼材中に含まれる炭化物について説明する。炭素鋼をオーステナイトから急冷すると、マルテンサイトに変態する。その後、所定の温度に加熱することによって、焼戻マルテンサイトになる。焼戻マルテンサイト中には炭化物が存在する。ばねを製造するための鋼(以下、ばね用鋼という)では、焼戻マルテンサイト中の炭化物のサイズが、強度,腐食疲労強度に影響を及ぼす。焼戻マルテンサイトに含まれる炭化物のうち、最小長さが15nm未満の炭化物の数が炭化物の全数の40%以上になるように調整することが好ましい。なお、最小長さが15nm未満の小サイズ炭化物の数が増加すると、相対的に最小長さが15nm以上の粗大な炭化物の数が減少する。以下の説明では、最小長さが15nm未満の炭化物を「小サイズ炭化物」と称し、最小長さが15nm以上の炭化物を「粗大炭化物」と称すことがある。
【0020】
焼戻マルテンサイト中の粗大炭化物の割合を減少させることにより、良好な強度を維持しつつ、腐食疲労強度に優れたばね用鋼が得られる。そのばね用鋼を用いてばねを製造すれば、HRC53〜HRC56の強度を実現しつつ、腐食疲労強度が良好なばねを得ることができる。なお、焼戻マルテンサイト中の小サイズ炭化物の割合は、好ましくは50%以上であり、より好ましくは60%以上である。
【0021】
ばね用鋼(あるいは、ばね)は、質量%で、炭素(C)を0.35%以上0.55%以下、マンガン(Mn)を0.20%以上1.50%以下、クロム(Cr)を0.10%以上1.50%以下含んでいてもよい。
【0022】
Cは、質量%で0.35%以上0.55%以下含まれていることが好ましい。ばね用鋼に含まれるCがこの範囲であると、焼入れ焼戻しによって高い強度が得られやすい。C量が0.35%未満の場合、焼入れ焼戻しによって高い強度が得られにくい。また、C量が0.55%を超えると、靭性が低下するおそれがある。その結果、ばね用鋼の製造過程における水焼入れの際に、焼割れが生じるおそれがある。また、C量が0.55%を超えると、腐食疲労強度が低下するおそれがある。高い腐食疲労強度を容易に得るという観点から、他の合金成分との関係もあるが、好ましくは、C量は、0.45%以上0.50%以下である。この範囲であると、良好な強度を実現しやすいとともに、他の合金成分との関係でも良好な腐食疲労強度を得られやすくなる。より好ましくは、上限は、0.49%であり、さらに好ましくは0.48%である。また下限は、好ましくは0.46%であり、より好ましくは0.47%である。
【0023】
Mnは、質量%で0.20%以上1.50%以下含まれていることが好ましい。ばね用鋼に含まれるMnがこの範囲であると、高い腐食疲労強度が得られやすい。Mn量が1.50%を超えると、腐食疲労強度が低下する傾向にあり、Mn量が0.20%未満であると、強度や焼入れ性が不足する傾向がある。また、ばね用鋼の製造過程における圧延の際に、鋼材が割れやすくなる傾向がある。より好ましくは、Mn量の上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.45%である。また、より好ましくは、Mn量の下限は0.40%である。
【0024】
Crは、質量%で0.10%以上1.50%以下含まれていることが好ましい。ばね用鋼に含まれるCrがこの範囲であると、高い強度が得られやすく、焼入れ性を向上させることもできる。Cr量が0.10%未満であると、上記の効果が得られにくい。なお、Cr量が1.50%を超えると、焼戻し後の鋼材の組織が不均一になり易く、ばねの耐へたり性を低下させるおそれがある。より好ましくは、Cr量の上限は0.30%である。また、Cr量の下限は0.15%であることがより好ましく、0.25%以上であることが特に好ましい。
【0025】
ばね用鋼は、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)及びバナジウム(V)から選択される1種又は2種以上を、質量%で、Ni:0.40%以上3.00%以下、Mo:0.05%以上0.50%以下、V:0.05%以上0.50%以下含んでいてもよい。これにより、高い腐食疲労強度が得られつつ、良好な靭性が得られる。なお、ばね用鋼は、Ni、Mo及びVの全ての元素を上記濃度で含んでいることが好ましい。
【0026】
Niは、質量%で0.40%以上3.00%以下であることが好ましい。ばね用鋼に含まれるNiがこの範囲であると、耐腐食性を向上させることができる。すわなち、錆にくいばねを得ることができる。Ni量が0.40%未満であると、錆にくくなる効果が不十分である。また、Ni量が3.00%を超えると、耐腐食性の向上効果が飽和する傾向にある。そのため、他の特性との兼ね合いより、Ni量は3.00%以下であることが好ましい。より好ましくは、Ni量の上限は1.00%であり、さらに好ましくは、0.55%である。また、より好ましくは、Ni量の下限は0.50%である。ばね用鋼は、上記したNi、Mo及びVのうち、少なくともNiを含有していることが好ましい。
【0027】
Moは、質量%で0.05%以上0.50%以下であることが好ましい。ばね用鋼に含まれるMoがこの範囲であると、腐食疲労強度をより高くさせることができる。Mo量が0.05%未満であると、腐食疲労強度の向上効果を十分に得ることができない。Mo量が0.50%を超えると、腐食疲労強度の向上効果が飽和する傾向がある。他の特性との兼ね合いより、Mo量は0.50%以下であることが好ましい。Mo量は、0.20%以下であることがより好ましく、0.10%以下であることが特に好ましい。
【0028】
Vは、質量%で0.05%以上0.50%以下であることが好ましい。ばね用鋼に含まれるVがこの範囲であると、ばね用鋼の結晶が微細化されやすい。すなわち、旧オーステナイト結晶粒度番号が大きく(旧オーステナイト粒径が小さく)なりやすい。V量が0.05%未満であると、結晶の微細化効果を十分に得ることができない。V量が0.50%を超えると、靭性が低下しやすくなる。また、ばねの表面に腐食ピットが形成されやすくなり、亀裂破壊の起点となるおそれがある。腐食ピットが形成されやすいということは、ばねの耐久性が低下しやすいことを意味する。V量は、0.15%以下あることがより好ましく、0.10%以下であることがさらに好ましい。
【0029】
ばね用鋼は、P(リン)を含有していてもよい。しかしながら、Pは、ばね用鋼の結晶粒界を脆弱化させる傾向がある。そのため、Pは、質量%で0.010%以下とすることが好ましく、0.005%以下とすることがより好ましい。
【0030】
ばね用鋼は、S(硫黄)を含有していてもよい。Sは、Pと同様に、ばね用鋼の結晶粒界を脆弱化させる傾向がある、そのため、Sは、質量%で0.010%以下であることが好ましく、0.005%以下であることがさらに好ましい。
【0031】
ばね用鋼は、Cu(銅)を含有していてもよい。本ばね用鋼においては、好ましくは、質量%で0.25%以下であることが好ましく、より好ましくは、0.01%以下である。
【0032】
ばね用鋼は、以上説明した合金成分のほか、Ti(チタン:好ましくは、質量%で0.005%以上0.030%以下)を含有することができる。また、B(ホウ素:好ましくは、質量%で0.0015%以上0.0025%以下)を含有することができる。ばね用鋼は、上記した合金成分に加えて不可避不純物を含有しており、残部はFe(鉄)からなる。
【0033】
ここで、ばねの製造方法について説明する。ばねは、ばね用鋼を、公知の熱間成形法、冷間成形法、温間成形法により製造することができる。以下に、コイル状のばねの製造方法について説明する。まず、ばね用鋼を丸鋼、線材又は線あるいは板材等に加工する。その後、ばね用鋼をコイル状に成形し、成形後のコイルに対して温間ショットピーニングを行う。その後、コイルに対してホットセッチングを行うことによりばねを製造することができる。各工程の間に、熱処理、冷間ショットピーニング、冷間セッチング等の工程を経ることもある。上記の製造方法により、例えば、自動車懸架用コイルばねを製造することができる。
【0034】
コイル成形工程は、熱間(ばね用鋼が再結晶する温度以上の温度)で行ってもよいし、温間(ばね用鋼が再結晶する温度未満の温度)又は冷間(典型的には室温)で行ってもよい。また、コイル状に成形する方法としては、公知の種々の方法を用いることができる。例えば、コイリングマシンを用いてコイル状に成形してもよいし、心金に巻き付ける方法によってコイル状に成形してもよい。
【0035】
熱処理工程は、コイル成形工程後に行われる。熱処理工程は、コイル成形工程が熱間で行われたか、温間又は冷間で行われたかによって異なる方法で行われる。コイル成形工程が熱間で行われた場合、熱処理工程では、焼入れと焼戻しを行う。焼入れ焼戻しにより、コイルに強度と靭性が付与される。コイル成形工程が冷間で行われた場合、低温焼鈍を行う。低温焼鈍を行うことにより、コイル内部及び表面の残留応力(典型的には、引張りの残留応力)を除去することができる。コイルの焼入れ焼戻し、並びに、コイルの低温焼鈍は、公知の種々の方法によって行うことができる。
【0036】
温間ショットピーニング工程は、上記の熱処理が行われたコイルを温間でショットピーニングする。温間ショットピーニングにより、コイル表面に大きな圧縮残留応力が付与され、コイルの耐久性、腐食疲労強度が向上する。ここで、ショットピーニングを行う温度は、線材の再結晶温度以下で、かつ、室温より高い温度となる温度範囲内で適宜設定することができる。例えば、コイルの温度を150℃以上400℃以下程度とすることができる。なお、鋼球のショット方法としては、公知の種々の方法を用いることができる。
【0037】
ホットセッチング工程は、コイルの温度を温間とした状態で行う。ホットセッチングを行うことにより、コイルに方向性のある圧縮残留応力が付加される。これにより、コイルの耐久性が向上する。また、ホットセッチングを行うことにより、コイルが弾性限界を超え、コイルに塑性変形が生じる。これにより、コイルの耐へたり性が向上する。ホットセッチングを行う温度は、室温より高い温度であり、ばね用鋼が再結晶する温度未満の温度範囲内において適宜設定することができる。例えば、ホットセッチングは、150℃以上400℃以下程度の温度範囲で行うことができる。このような温度範囲でホットセッチングを行うことにより、コイルに生じる塑性変形量を大きくすることができ、コイルの耐へたり性を向上させることができる。ホットセッチングは、公知の種々の方法によって行うことができる。なお、例えば自動車懸架用コイルばねの場合、セッチングのへたり代δhは、自動車懸架用コイルばねの全長L(あるいは、コイルばねをセットしたときの全長Ls)に応じて適宜決定することができる。
【0038】
冷間ショットピーニング工程は、コイルの温度を常温にした状態で行う。上記した温間ショットピーニングに加えてさらに冷間ショットピーニングを行うことによって、コイルの耐久性をより向上させることができる。なお、冷間ショットピーニングで用いる鋼球の径は、温間ショットピーニングで用いる鋼球の径より小さいことが好ましい。例えば、温間ショットピーニングに使用する鋼球の径が直径1.2mmの場合、冷間ショットピーニングに使用する鋼球の径は0.8mmとする。温間ショットピーニングと冷間ショットピーニングを行うことより、先に行われる温間ショットピーニングでコイルに大きな圧縮残留応力が付与され、後に行われる冷間ショットピーニングでコイルの表面粗さが改善され、コイルの耐久性、腐食疲労強度等が一層向上する。なお、鋼球のショット方法としては、公知の種々の方法を用いることができる。
【0039】
冷間セッチング工程は、コイルの温度を常温にした状態行う。上記ホットセッチングに加えてさらに冷間セッチングを行うことによって、コイルの耐へたり性をより向上させることができる。例えば自動車懸架用コイルばねの場合、冷間セッチングのへたり代δcは、自動車懸架用コイルばねの全長L(セット時の全長Ls)に応じて適宜決定することができる。なお、冷間セッチングのへたり代δcは、温間セッチングのへたり代δhより小さいことが好ましい。
【0040】
なお、ばね用鋼をコイル状に成形した後にホットセッチングを行い、その後温間ショットピーニングを行ってもよい。また、上記した冷間ショットピーニング工程及び冷間セッチング工程を省略し、温間ショットピーニング工程及びホットセッチング工程のみを行うこともできる。さらに、上記の各工程以外の他の工程を含んでいてもよい。例えば、ホットセッチング後に水冷する工程を行ってもよい。
【0041】
以上説明したように、本発明によれば、高強度でかつ腐食疲労強度など耐久性に優れるばねを得ることができる。これらのばねは、車両用懸架装置等で使用されるコイルばね,板ばね,トーションバー,スタビライザ等に好適に用いることができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例について説明する。なお、以下の実施例は、本発明を説明するための具体例であって、本発明を限定するものではない。
【0043】
以下の表1に示す化学組成を有する実施例及び比較例の鋼を、真空溶解炉で2トン溶解した後、分塊圧延し、その後線材に圧延することにより、ばね用鋼を製造した。
【0044】
【表1】

【0045】
これらのばね用鋼の線材について、旧オーステナイト結晶粒度、転位密度、炭化物の密度割合の測定を行った。まず、上記試験及び測定に用いた試料の製造方法について説明する。ばね用鋼の線材を、表面研削後、焼入れ加熱し、その後熱間でコイルに成形し、さらに焼入れ焼戻しすることにより、ばねとした。そのばねを試験試料とした。なお、焼入れ加熱条件は、高周波誘導加熱990℃とし、ばね硬さ(焼戻し後硬さ)をHRC55に調整した。得られたばねの概要を以下の表2に示す。また、実施例1〜3及び比較例2の鋼については、ばね硬さHRC53のばねも製造した。
【0046】
【表2】

【0047】
旧オーステナイト結晶粒度の測定方法について説明する。旧オーステナイト結晶粒度は、上記方法で得られたHRC55のばねについて、JIS G 0551に基づいて算出した。結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
次に、転位密度の測定方法について説明する。転位密度は、旧オーステナイト結晶粒度と同様にHRC55のばねについて試験試料を作成した。ばねの一部を長手方向に直交する面で切りだし、その面について鏡面仕上げした後に、塩化アンモニウム水溶液を使用して電解研磨を実施し、電解研磨した横断面の中心部についてX線回折測定を実施した。X線回折測定の条件を表4に示す。
【0050】
【表4】

【0051】
その後、測定プロファイルから、バックグラウンド及びKα2成分を除去した。バックグラウンド除去は、Sonnevelt法を利用して両端5点で行った。また、Kα2成分の除去は、Rachinger法を利用して強度比0.50で行った。
【0052】
転位密度(ρ)は、バックグラウンド及びKα2成分を除去した回折プロファイルについて擬フォークト(pseudo Voigt)関数を用いて算出した。転位密度の結果は、表3に示す。なお、実施例1〜3については、HRC53に調整したばねについても転位密度を算出した。ばねの硬さ(HRC)と転位密度(cm−2)の関係について図1に示す。
【0053】
擬フォークト関数を用いて転位密度を計算する方法は、例えば、「放射光による応力とひずみの評価、出版社:養賢堂」に開示されている。以下に、擬フォークト関数を用いて転位密度を計算する方法について簡単に説明する。転位密度は、回折プロファイルを擬フォークト関数で近似し、粒子径とひずみを計算し、得られた粒子径とひずみから下記数式1を用いて計算した。数式1において、Dは粒子径、εはひずみ、bはバーガースベクトルを示す。
【数1】

【0054】
擬フォークト関数から粒子径とひずみを計算できる理由として、回折プロファイルのひずみによる幅広がりがガウス関数で近似でき、粒子径による広がりがコーシー関数で近似できることが挙げられる。擬フォークト関数は、下記数式2で示すことができる。数式2において、I(2θ)はガウス関数を示し、I(2θ)はコーシー関数を示し、ηはガウス分率を示す。
【数2】

【0055】
ガウス関数I(2θ)は、下記数式3で示すことができる。数式3において、Jは積分強度、2θは回折角、2θはピーク位置、Bは半価幅を示す。
【数3】

【0056】
上記数式3より、ピーク強度は下記数式4で示され、積分値βと半価幅Bの関係は下記数式5で示される。
【数4】

【数5】

【0057】
また、コーシー関数I(2θ)は下記数式6で示すことができる。
【数6】

【0058】
上記数式6より、ピーク強度は下記数式7で示され、積分値βと半価幅Bの関係は下記数式8で示される。
【数7】

【数8】

【0059】
上記したように、擬フォークト関数では、回折プロファイルのひずみによる幅広がりがガウス関数で近似でき、粒子径による広がりがコーシー関数で近似できる。よって、ガウス関数の積分幅をβGとし、コーシー関数の積分幅をβcとすると、ひずみεとパーテクル径Dは、夫々数式9及び10で示される。
【数9】

【数10】

【0060】
数式1に、数式9及び数式10を代入することにより、転位密度を計算することができる。
【0061】
次に、ばねに含まれる炭化物割合の測定方法について説明する。まず、試料の作成方法について説明する。炭化物割合については、10×5×3〜5mmの試料を切り出し、切断面を鏡面仕上げした後に、電解液を利用して電解研磨した。炭化物割合の測定では、電解研磨液として、8vol%の過塩素酸、10vol%のブトキシエタノール、70vol%のエタノール及び12vol%の蒸留水を混合した電解液を使用した。
【0062】
試料の切断面を鏡面仕上げした後に、その試料の電解研磨面をFE-SEM (Field Emission - Scanning Electron Microscope)で観察した。観察は、一般的な部位について25000倍でおこなった。その後、観察した一般的な部位を3箇所写真撮影し、写真上で炭化物を特定した。なお、写真撮影も、25000倍でおこなった。また、写真上のサイズは、5.13×3.82μmである。
【0063】
特定された炭化物の全てについて、炭化物の最小長さ、すなわち、炭化物の幅を計測し、その炭化物のサイズを特定した。その後、炭化物の個数を5nm毎に計測し、夫々のサイズの個数を炭化物の全数で除すことにより、炭化物の全数に対するサイズ毎の割合を算出した。炭化物のサイズと、炭化物の全数に対する累積割合の関係を図2に示す。グラフの横軸は炭化物のサイズ(nm)を示し、縦軸は炭化物の全数に対する累積割合(%)を示す。なお、図2は、実施例1〜3と比較例1の累積割合について示す。また、実施例1〜3と比較例1のばねについて、サイズが15nm以下の炭化物の割合を表3に併せて示す。
【0064】
腐食疲労試験の方法について説明する。腐食疲労試験は、上記方法で得られたばねに人工的にピットを付与し、腐食環境中で疲労試験(JASOC604)を行った。ピットは、主応力振幅が最大となる箇所(コイル端末から3.1巻)におけるばねの外側表面に小さな穴のあいたマスキングをし、電解研磨により直径600μm、深さ300μmの半球状の穴(人工ピット)を付与した。このピットによるねじり負荷における垂直応力(主応力)の応力集中係数は,有限要素法解析によると2.2である。電解液としては、塩化アンモニウム水溶液を用いた。腐食環境は、腐食液として5%NaCl水溶液を用いて、噴霧装置にて人工ピット部のみを16時間腐食させた後、5%NaCl水溶液を含ませた脱脂綿で人工ピット部周辺を覆い、その周りをエチレンラップで包んで乾燥を防いだ状態とした。
【0065】
上記の試料について腐食疲労試験を繰返し実施し、折損までの繰返し回数(以下、腐食耐久回数と称す)を評価した。腐食疲労試験は、繰返し速度2Hzとし、フラットな座を使用して平行圧縮で加振した。試験高さは人工ピット付与位置における人工ピットがない状態での主応力条件が507±196MPaとなる条件(最大荷重(4031N)時高さ220mm、最小荷重(2079N)時高さ270mm)とした。結果を表3に併せて示す。表4は、実施例1〜3及び比較例1〜3の試料について、転位密度と旧オーステナイト結晶粒度番号の数値毎にまとめた結果を示す。表5に示す転位密度は、ロックウェル硬さHRC55のときの値である。
【0066】
【表5】

【0067】
表3に示すように、実施例1〜3は、比較例1〜3と比べ、いずれも腐食耐久回数を有している。実施例1〜3は、いずれも腐食耐久回数が4.0万回を超えている。表5に示すように、転位密度が1.0×1012cm−2未満であり、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10未満の試料(比較例1)は、最も腐食耐久回数が少ない。転位密度が1.0×1012cm−2以上であっても、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10未満の試料(比較例2)も腐食耐久回数が4万回を超えない。また、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上であっても、転位密度が1.0×1012cm−2未満の試料(比較例3)も腐食耐久回数が4万回を超えない。表4に示すように、ロックウェル硬さHRC55のときの転位密度が1.0×1012cm−2以上であり、旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上であれば、腐食耐久回数が4万回を超える。
【0068】
なお、図1に示すように、ばねの組成に依らず、ロックウェル硬さの値が大きいほど、転位密度が高くなる傾向がある。また、グラフの傾きもほぼ等しい。そのため、ばねのロックウェル硬さがHRC55でなくても、ロックウェル硬さHRC55のときの転位密度を計算することが可能である。実施例3のグラフは、転位密度をDとし、ロックウェル硬さをHとしたときに、D=1.4×1011×H−6.7×012で示される。実施例3のばねは、表3に示すように、ロックウェル硬さHRC55のときの転位密度が1.0×1012cm−2である。実施例1及び2のように、実施例3のグラフよりも上方に位置する直線は、ロックウェル硬さHRC55のときの転位密度が1.0×1012cm−2以上になる。すなわち、下記式(1)を満足すれば、ロックウェル硬さHRC55のときの転位密度が1.0×1012cm−2以上になる。
D≧1.4×1011×H−6.7×1012・・・(1)
【0069】
表3及び図2に示すように、実施例1〜3は、いずれも、小サイズ炭化物の累積割合が40%以上という特徴を有している。より詳細には、実施例1〜3の小サイズ炭化物の累積割合は50%を超えている。小サイズ炭化物の割合が増えるほど、腐食疲労強度のレベルが向上する。また、実施例1〜3は、いずれも、Si量が2.1%以上という特徴を有している(表1を参照)。表1及び表3から明らかなように、ばねのSi量が増えるほど、腐食疲労強度のレベルが向上する。
【0070】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時の請求項に記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数の目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロックウェル硬さがHRC53〜HRC56であって、
ロックウェル硬さHRC53〜HRC56の範囲において、ロックウェル硬さをHとしたときの転位密度D(cm−2)が、下記式(1)を満足しており、
D≧1.4×1011×H−6.7×1012・・・(1)
旧オーステナイト結晶粒度番号がNO.10以上であることを特徴とするばね。
【請求項2】
前記ばねが、焼戻マルテンサイトを含んでいるとともに、Siを質量%で2.1%以上2.4%以下含んでいる請求項1に記載のばね。
【請求項3】
前記焼戻マルテンサイトに含まれる炭化物のうち、最小長さが15nm未満の炭化物の数が炭化物の全数の40%以上であることを特徴とする請求項2に記載のばね。
【請求項4】
質量%で、炭素を0.35%以上0.55%以下、マンガンを0.20%以上1.50%以下、クロムを0.10%以上1.50%以下含んでおり、
さらに、ニッケル、モリブデン、バナジウムから選択される1種又は2種以上を、質量%で、ニッケル0.40%以上3.00%以下、モリブデン0.05%以上0.50%以下、バナジウム0.05%以上0.50%以下含んでおり、
残部が鉄及び不可避不純物からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のばね。
【請求項5】
マンガンを0.40%以上0.50%以下含んでいることを特徴とする請求項4に記載のばね。
【請求項6】
Niを0.50%以上0.60%以下含んでいることを特徴とする請求項4又は5に記載のばね。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−144752(P2012−144752A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1524(P2011−1524)
【出願日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【出願人】(000210986)中央発條株式会社 (173)
【Fターム(参考)】