説明

自己融着性絶縁電線、及び圧縮機駆動用モータ

【課題】耐摩耗性等の機械的強度により優れ、かつ高占積率仕様のモータの製造に使用する場合でも優れた巻線性を示し、又、さらに望ましくは耐冷媒性、耐冷凍機油性にも優れた自己融着性絶縁電線及び、この自己融着性絶縁電線を用いて得られることを特徴とするモータを提供する。
【解決手段】ビスフェノールA、ビスフェノールS及びエポキシ樹脂又はエピハロヒドリンを共重合させてなる重量平均分子量15000以上のフェノキシ樹脂、並びに架橋剤を含有する樹脂組成物を、導体上に塗布、焼き付けして形成される融着皮膜を有することを特徴とする自己融着性絶縁電線、及び、この自己融着性絶縁電線を用いるモータ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮機駆動用モータの巻線として使用される絶縁電線であって、巻線性に優れ、望ましくはさらに耐冷媒性及び耐冷凍機油性に優れた自己融着性絶縁電線に関する。本発明は又、前記自己融着性絶縁電線を用いた圧縮機駆動用モータに関するものである。
【背景技術】
【0002】
空調機器や冷蔵庫等の冷凍機器に使用される圧縮機の駆動モータ(以下、単に「モータ」とも言う)では、モータ出力が大きい場合、コイル振動を抑制するために、絶縁皮膜の最外層に、融着性を有した樹脂を塗布してなる融着皮膜を設けた自己融着性絶縁電線が用いられている。又、このモータは、冷媒及び冷凍機油環境下で運転されるので、使用される絶縁電線には耐冷媒性及び耐冷凍機油性が望まれる。
【0003】
自己融着性絶縁電線は、融着皮膜間の融着により電線相互を固着できる絶縁電線であり、固着によりコイル振動が抑制される。従って、融着皮膜には、良好な融着性が求められ、又、巻線時のクラック等の発生を抑制するため良好な可とう性も求められる。
【0004】
さらに、モータの効率を向上するために、融着皮膜には、優れた機械的強度、特に耐摩耗性が求められ、又表面の良好な滑り性も望まれている。即ち、モータの効率を向上するために、モータ鉄心のスロット内により多くの絶縁電線を巻線し高占積率化することが望まれるが、融着皮膜の耐摩耗性が低く又表面の滑り性が悪い場合は、高占積率仕様のモータでは巻線時に融着皮膜が削れやすいとの問題が生じるので、これらの向上が望まれるのである。
【0005】
融着皮膜が熱可塑性樹脂からなる場合、高温雰囲気下で使用されるモータでは、モータ運転中の融着皮膜の融解を防ぐため高融点の樹脂が必要となる。すると、融着の工程も高温で実施する必要があり、モータの鉄心の絶縁樹脂やリード線被覆樹脂等を劣化又は融解させ、モータの絶縁性能を低下させる問題がある。
【0006】
そこで、高温雰囲気下で使用されるモータの絶縁電線の融着皮膜には、熱硬化型樹脂が一般的に用いられ、半硬化又は未硬化の状態で熱硬化型融着皮膜を形成し、巻線後に融着皮膜を硬化させることにより、電線相互を固着する方法が採用されている。
【0007】
この熱硬化型樹脂としては、例えば、特許文献1に、分子量20000以上のポリヒドロキシエーテル樹脂、ポリサルホン系樹脂、及び1分子中に2個の官能基を有する架橋剤を混合して得られる熱硬化型樹脂(熱硬化型自己融着絶縁材)が開示されている。特許文献1では、この熱硬化型樹脂により形成される融着皮膜は、冷媒及び冷凍機油環境下でも信頼性が高く、高占積率仕様のモータでも優れた巻線性を有すると述べられている。
【特許文献1】特開2006−352962号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に記載の熱硬化型樹脂により得られた融着皮膜の機械的強度は、未だ充分とは言えず、特に耐摩耗性が不充分であり、その向上が望まれる。又、耐冷媒性や耐冷凍機油性についても充分とは言えず、この点でもその向上が望まれる。
【0009】
本発明は、上記の問題点を解決して、耐摩耗性等の機械的強度により優れ、高占積率仕様のモータの製造に使用する場合でも優れた巻線性を示す自己融着性絶縁電線を提供することを課題とする。本発明は、又、さらに耐冷媒性、耐冷凍機油性にもより優れた自己融着性絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意検討の結果、ビスフェノールA、ビスフェノールS、及びエポキシ樹脂又はエピハロヒドリンを共重合させてなる重量平均分子量15000以上のフェノキシ樹脂と、架橋剤とを含有する熱硬化型樹脂(熱硬化型融着樹脂組成物)を用いて融着皮膜を形成することにより、機械的強度に優れた融着皮膜が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、機械的強度や巻線性に優れた自己融着性絶縁電線を提供するとの課題は、
ビスフェノールA、ビスフェノールS、及びエポキシ樹脂又はエピハロヒドリンを共重合させてなる重量平均分子量15000以上のフェノキシ樹脂、並びに架橋剤を含有する樹脂組成物からなる融着皮膜を有することを特徴とする自己融着性絶縁電線(請求項1)により達成される。
【0012】
フェノキシ樹脂を構成するビスフェノールAとは、2,2−ビス(p−ヒドロキシフェニル)プロパンであり、ビスフェノールSとは、2,2−ビス(p−ヒドロキシフェニル)スルホンである。エポキシ樹脂としては、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂等が挙げられる。エピハロヒドリンとしては、エピクロロヒドリン等が挙げられる。エポキシ樹脂又はエピハロヒドリンとしては、上記の例示の中でも、ビスフェノールAのグリシドールエーテルであるビスフェノールA型エポキシ樹脂が機械強度の理由により好ましく用いられる(請求項2)。このビスフェノールA型エポキシ樹脂は、ビスフェノールAとエピハロヒドリンの縮合により得ることができる。
【0013】
又、ビスフェノールSの含有量としては、樹脂組成物中に含まれるビスフェノールSとビスフェノールAの比(ビスフェノールS/ビスフェノールAのモル比)が、0.2〜0.5となる範囲が好ましい(請求項3)。このモル比が0.2未満であると、冷媒や冷凍機油中に融着層の成分が抽出され濁りが生じやすくなる。逆に0.5を超えると、冷媒処理後に皮膜が白くなる白化が生じやすくなり、又融着開始温度が高くなるとの問題がある。
【0014】
エポキシ樹脂又はエピハロヒドリンとして、エポキシ樹脂を用いる場合は、このエポキシ樹脂のエポキシ基と、ビスフェノールA及びビスフェノールSの水酸基を反応させることにより、これらの共重合体である前記のフェノキシ樹脂が得られる。エピハロヒドリンを用いる場合は、主に、先ずエピハロヒドリンとビスフェノールA又はビスフェノールSが縮合してエポキシ樹脂を生じ、このエポキシ樹脂のエポキシ基と、ビスフェノールA及びビスフェノールSの水酸基が反応してフェノキシ樹脂が得られると考えられる。ビスフェノールA及びビスフェノールSと、エポキシ樹脂(エピハロヒドリンを用いる場合は、エピハロヒドリンが反応した後の、ビスフェノールA及びビスフェノールSと、エポキシ樹脂)が等モルに近い程、高分子量の共重合体が得られる。後述するように、このフェノキシ樹脂の重量平均分子量は、15000以上であるので、この分子量が得られるように、両者の比率が選定される。
【0015】
エポキシ樹脂又はエピハロヒドリンと、ビスフェノールA及びビスフェノールSの共重合反応は、例えば、シクロヘキサノン等の溶媒中でこれらの原料と触媒を混合し、反応温度120〜160℃程度で加熱することにより行うことができる。通常反応終点までの時間は5〜10時間程度であるが、反応の終点は、粘度変化のモニター等により確認することができる。
【0016】
この共重合反応に使用される触媒としては、アルカリが用いられるが、中でもアミン系触媒が好ましい(請求項4)。アミン系触媒を使用することにより、さらに耐冷媒性、耐冷凍機油性にもより優れた自己融着性絶縁電線が得られる。イミダゾール系等、アミン系以外の触媒を使用して得たフェノキシ樹脂を使用した場合には、モータの運転中に、融着皮膜のガラス転移温度Tgの低下を招き、冷凍機油へ融着材料の抽出量が大きくなる等の問題が発生しやすくなる。
【0017】
即ち、架橋剤が安定化イソシアネートの場合は、融着処理後、モータの運転により冷凍機油が高温になると、フェノキシ樹脂と架橋剤との間のウレタン結合が残存触媒により乖離され、ガラス転移温度Tgが低下するとともに、抽出物が多くなり冷凍機油を白濁させる問題が発生しやすい。一方、アミン系触媒は沸点が比較的低く、電線作製の際に行われる半硬化状態にするための焼付け時に、揮発しやすいため、皮膜中に残存する触媒量が比較的少ない。又、残存した場合でも、触媒としての活性が低いため、ウレタン結合を乖離させガラス転移温度Tgを低下させる問題も小さく、冷凍機油の白濁の問題も発生しにくい。アミン系触媒としては沸点が250℃以下のものが好ましい。
【0018】
請求項5は、前記融着被膜中のフェノキシ樹脂に対する前記アミン系触媒の残存量が500ppm以下(重量比)であることを特徴とする請求項4に記載の自己融着性絶縁電線である。フェノキシ樹脂の合成にアミン系触媒を使用すると、前記の優れた効果が得られるが、この場合でも、電線作製の際の半硬化状態にするため程度の焼付けではその際にアミン系触媒を全て揮発させることは困難である。そこで、共重合後に触媒残存量を、反応系の加熱等の方法により、減少させると、冷凍機油の白濁をより効果的に抑制できる。中でも、アミン系触媒の残存量を、フェノキシ樹脂と架橋剤からなる樹脂組成物中のフェノキシ樹脂に対して500ppm以下とすると、冷凍機油の白濁を特に効果的に抑制できるので好ましい。
【0019】
さらに、融着皮膜中にアミン系触媒が残存していると、融着皮膜の融着力が経時的に低下する問題があるが、樹脂組成物中のフェノキシ樹脂に対するアミン系触媒を500ppm以下とすると、この問題も防ぐことができ好ましい。
【0020】
共重合後に触媒残存量を減少させる方法としては、反応後の反応系を加熱してアミン系触媒を揮発させて除去する方法が挙げられる。加熱温度としては、アミン系触媒の沸点以上が好ましい。アミン系触媒の揮発を容易にするため溶媒により希釈した後、加熱してもよい。加熱は、フェノキシ樹脂に対するアミン系触媒の量が500ppm以下となるまで行われるが、この管理のために、アミン系触媒の量をガスクロマトグラフィー等によりモニターしながら加熱する方法を挙げることができる。
【0021】
共重合により得られるフェノキシ樹脂の重量平均分子量は、機械的強度、可とう性の観点より、15000以上である。ここで、重量平均分子量は、GPCにより測定したポリスチレン換算の値である。
【0022】
上記フェノキシ樹脂は、市販品を使用してもよい。具体的には、ジャパンエポキシレジン社製の商品名:JER1256、4250、4275、1255HX30や、UCC社製の商品名:PKHC、PKHH、PKHJや、東都化成社製の商品名:YP−50,YP−40ASM40、YP−50EK35、YP−50CS25等を挙げることができる。
【0023】
架橋剤とは、1分子中に2個以上の官能基を有し、フェノキシ樹脂間を架橋する化合物であり、例えば、2価の安定化イソシアネート、尿素樹脂、ベンゾグアナミン樹脂、2価の有機酸、2価の有機酸の誘導体が挙げられる。
【0024】
2価の安定化イソシアネートとしては、具体的には、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、パラフェニレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4”−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4’−ジイソシアネート等のイソシアネート化合物を、フェノール性水酸基、アルコール性水酸基等を有する化合物でマスクしたもの等が挙げられる。
【0025】
具体的には、日本ポリウレタン工業社製の商品名:ミリオネートMS−50、コロネート2501、2507、2513、2515や、旭化成社製の商品名:デュラネート17B60−PX、TPA−B80X、MF−B60X、MF−K60X、E402−B−80T等の市販品を用いることができる。
【0026】
また、尿素樹脂としては、日本サイテック社製の商品名:UFR65、UFR300、ベンゾグアナミン樹脂としては、日本サイテック社製の商品名:サイメル1123、マイコート102、105、106、1128等の市販品を例示することができる。
【0027】
また、2価の有機酸としては、例えばフタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、マレイン酸、フマル酸等が挙げられる。2価の有機酸の誘導体としては、例えばこれらの酸塩化物が挙げられる。
【0028】
架橋剤の使用量は、前記フェノキシ樹脂、即ち、ビスフェノールA、ビスフェノールS及びエポキシ樹脂の合計重量に対して、10〜20重量%の範囲が好ましい(請求項6)。架橋剤量が10重量%未満であると、高温雰囲気下および冷媒・冷凍機油中における融着力が低下しやすく、冷媒抽出率が増大する問題もあり、逆に20重量%を超えると、融着が困難になるとの問題がある。
【0029】
前記のフェノキシ樹脂及び架橋剤の所要量を、有機溶媒に溶解することにより、フェノキシ樹脂及び架橋剤を含有する樹脂組成物の溶液(ワニス)が得られる。有機溶媒としては、シクロヘキサノン等が挙げられる。このワニスを、絶縁電線の絶縁皮膜上に塗布し、常法により半硬化状態にエナメル焼付けすることにより、融着皮膜が形成され、本発明の自己融着性絶縁電線が得られる。
【0030】
本発明の自己融着性絶縁電線を、巻線してコイルを作製後、加熱処理を施すことにより、電線相互が固着され、コイル振動が抑制されたモータが得られる。
【0031】
融着皮膜に、滑剤が含有されていると、巻線の滑り性が向上するため、巻線性が向上し高占積率化を図ることが容易になるので好ましい(請求項7)。
【0032】
滑剤としては、ポリエチレン系ワックス、マイクロクリスタリンワックス、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系ワックス、ステアリン酸アミド等のアミド系ワックス、ミツロウ、カルナバワックス、モンタンワックス等及びこれらワックスの分子末端を変性させたものを単独もしくは複数選択して配合することができる。
【0033】
滑剤を、前記フェノキシ樹脂及び架橋剤を含有する樹脂組成物(ワニス)に直接添加して、融着皮膜を形成させてもよいが、滑剤を含有しない融着皮膜を形成させた後、最外層に滑剤を含有する融着皮膜を形成させて、多層構造としてもよい。
【0034】
融着皮膜中(融着皮膜が多層構造の場合は最外層の融着皮膜中)の滑剤の添加量としては、前記フェノキシ樹脂及び前記架橋剤の合計樹脂分に対して、1〜10重量%の範囲であることが好ましい。1重量%未満であると、高占積率仕様のモータの巻線を容易にするすべり性が得られず、一方、10重量%を超えると、融着処理における融着力が低下する問題がある。
【0035】
本発明に係る自己融着性絶縁電線は、優れた巻線性を有するため、この絶縁電線を使用することにより、高占積率仕様の圧縮機駆動用モータが得られる。特に、請求項4に記載の自己融着性絶縁電線を使用する場合は、さらに、耐冷媒性及び耐冷凍機油性に優れた圧縮機駆動用モータが得られる。本発明は、この圧縮機駆動用モータも提供するものである(請求項8)。
【発明の効果】
【0036】
本発明の自己融着性絶縁電線は、優れた耐冷媒性、耐冷凍機油性を有すると共に、耐摩耗性等の機械的特性に優れた融着皮膜を有し、高占積率仕様のモータでも優れた巻線性を示す。又、前記自己融着性絶縁電線を用いて得られるモータは、コイル振動が抑制されたものであり、高占積率仕様とすることができるものである。さらに、請求項4に記載の自己融着性絶縁電線は、耐冷媒性及び耐冷凍機油性に優れており、この自己融着性絶縁電線を用いて得られるモータは、耐冷媒性及び耐冷凍機油性に優れたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
次に、本発明を実施するための最良の形態につき、実施例により説明するが、本発明の範囲はこの実施例のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を損ねない範囲内において、種々の変更を加えることが可能である。
【実施例】
【0038】
[樹脂組成物の作製1]
実施例1〜3
表1に示す処方に基づき、以下の手順により、樹脂組成物溶液(ワニス)を作製した。具体的には、先ず、温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器を取り付けたフラスコ中に、シクロヘキサノンを投入し、さらに、ビスフェノールA、ビスフェノールS、ビスフェノールA型エポキシ(商品名:YD−128、東都化成社製)、及び以下に示すいずれかの触媒を投入する。その後、室温から80℃まで、撹拌しながら昇温し、各材料をシクロヘキサノンに溶解させる。
【0039】
使用した触媒
TBA(トリブチルアミン):アミン系触媒、和光純薬社製
TEA(トリエチルアミン):アミン系触媒、和光純薬社製
2E4MZ(2エチル4メチルイミダゾール):イミダゾール系触媒、四国化成社製
【0040】
溶解を確認した後、80℃から135℃へ2時間かけて昇温し、135℃に保ちながら反応を進行させる。粘度をモニターすることで反応の状態を観察し、反応終点に達したことを確認した後、RC−140(精製クレゾール、河野薬品社製)(1)を添加し、室温まで冷却する。
【0041】
次に、架橋剤としてミリオネートMS−50(安定化イソシアネート、日本ポリウレタン社製)の35重量%溶液(溶媒RC−140)、滑剤としてT−15P−2(ポリエチレンワックス、岐阜セラック社製)、及びRC−140(2)を投入、混合して、実施例1〜3のそれぞれの熱硬化型融着樹脂組成物ワニスを得た。
【0042】
比較例1
表1に示す処方に基づき、以下の手順により、樹脂組成物の溶液(ワニス)を作製した。具体的には、先ず、YPS−007A30(ビスフェノールS型フェノキシ樹脂:東都化成社製)及びYP−40ASM40(ビスフェノールA型フェノキシ樹脂:東都化成社製)を、両者の混合比が樹脂分で50:50になるように、シクロヘキサノンとRC−140(1)との混合溶剤中に投入して溶解させる(80℃)。次いで、架橋剤(MS−50の35重量%RC−140溶液)、滑剤(T−15P−2)、RC−140(2)を投入、混合して、熱硬化型融着樹脂組成物ワニスを得た。
【0043】
【表1】

【0044】
[自己融着性絶縁電線の作製1]
直径約0.75mmの銅線(導体)表面に、絶縁性樹脂ワニスIsomid 40SM−45(ポリエステルイミドワニス、日立化成社製)を常法によって塗布し、450℃で焼付けして厚み約18μmの第1層を形成した。次に第1層の表面に、絶縁性樹脂ワニスHI406E−34(ポリアミドイミドワニス、日立化成社製)を常法によって塗布し、450℃で焼付けして厚み約6μmの第2層を形成し、2層からなる絶縁皮膜を形成した。その後、絶縁皮膜上に、前記[樹脂組成物の作製1]で得た熱硬化型融着樹脂組成物ワニスのそれぞれを常法によって塗布し300℃で焼付けして、表2に示す厚みの融着皮膜を形成し、自己融着性絶縁電線を得た。
【0045】
【表2】

【0046】
[機械強度試験1]
得られた各自己融着性絶縁電線を用いて、機械強度を以下の項目について、以下に示す方法で測定した。
(耐摩耗性)JIS C3003 9の「一方向摩耗」により測定した。
(絶縁破壊電圧) JIS C3003 2)の「2個より法」により測定した。
(耐軟化) JIS C3003 11の「A法」により測定した。
【0047】
(静摩擦係数)
金属製ブロックに、約1%伸長した2本の電線を取り付ける。又、水平に保った台座に、約1%伸長した2本の電線を取り付ける。この台座に取り付けた2本の電線と、金属製ブロックに取り付けた2本の電線が互いに直角に接触するように、金属製ブロックを台座に乗せる。台座を徐々に傾斜させて行き、金属製ブロックが滑り出す時の台座の角度より、静摩擦係数を求める。
【0048】
[耐冷凍機油性の測定1]
得られた各自己融着性絶縁電線約200gを束にした試料を、冷凍機油(エステル油)約150g、冷媒(R410A)約38gと共に封入し、160℃で加熱した。168時間経過後、冷凍機油の変色や白濁の状況を、目視で観察し、以下の基準で濁りのレベルを判断した。
【0049】
1:濁りは全く見られず透明である。
2:白濁しているが、透明である。
3:白濁しており、不透明である。
【0050】
又、試験の前後における、融着皮膜のガラス転移温度を、TMA法により測定し、その低下率を求めた。
全ての測定結果を、表3に示す。
【0051】
【表3】

【0052】
表3の耐摩耗のデータに示されるように、本発明の自己融着性絶縁電線は、比較例の自己融着性絶縁電線と比べて、耐摩耗性に優れている。静摩擦係数も小さい。
【0053】
又、アミン系触媒を用いて得られたフェノキシ樹脂を含有する樹脂組成物(実施例1、2)による自己融着性絶縁電線は、イミダゾール系触媒を用いて得られたフェノキシ樹脂を含有する樹脂組成物(実施例3)に比べて、濁りのレベルが低く、ガラス転移温度の低下も小さく、耐冷凍機油性に優れている。
【0054】
実施例4〜7
[樹脂組成物の作製2]
表4に示す処方に基づき、樹脂組成物の作製1(実施例1〜3)と同じ手順により、それぞれの熱硬化型融着樹脂組成物ワニスを作製した。ただし、実施例4では、共重合反応の終点に達したことを確認しRC−140(精製クレゾール、河野薬品社製)(1)を添加した後に、反応系を190℃まで加熱して系内を環流状態とし、TEA(アミン系触媒)を揮発させて除去した。系内の触媒残存量をガスクロマトグラフィー(Shimadzu GC−14A、島津製作所社製)により確認しながら、環流状態を継続し、適時、1/10量(反応開始時の反応系量の1/10に相当する重量)ずつ、サンプリングを行い、そのそれぞれについて、架橋剤としてミリオネートMS−50の35重量%溶液(溶媒RC−140)79.3g、滑剤としてT−15P−2(岐阜セラック社製)55.4g、及びRC−140(2)256.5gを投入、混合して、実施例4A、B、C、D、E、Fの熱硬化型融着樹脂組成物ワニスを得た。(それぞれの、触媒残存量は表7に記載している。)
【0055】
比較例2
表4に示す処方に基づき、比較例1と同じ手順により、熱硬化型融着樹脂組成物ワニスを作製した。
【0056】
【表4】

【0057】
[自己融着性絶縁電線の作製2]
樹脂組成物の作製2で得られたワニス(実施例4については、実施例4A)を使用して、実施例1〜3と同様にして、表5に示す仕様の自己融着性絶縁電線を得た。
【0058】
【表5】

【0059】
[機械強度試験2]
得られた各自己融着性絶縁電線を用いて、耐摩耗性(一方向摩耗)、絶縁破壊電圧、耐軟化及び静摩擦係数を、機械強度試験1(実施例1〜3)とおなじ方法で測定した。
【0060】
[耐冷凍機油性の測定2]
得られた各自己融着性絶縁電線約200gを束にした試料を、下記の冷凍機油約150g及び冷媒約38gと共に封入し、160℃で500時間加熱した。500時間経過後、冷凍機油の変色や白濁の状況を、目視で観察し、耐冷凍機油性の測定1(実施例1〜3)と同じ基準で濁りのレベルを判断した。
【0061】
(使用した冷凍機油)
エステル油150gと冷媒(R410A)38gの混合油(表6中ではESと示す。)
エ−テル油150gと冷媒(R410A)38gの混合油(表6中ではETと示す。)
鉱油1の150gと冷媒(R22)38gの混合油(表6中では鉱1と示す。)
鉱油2の150gと冷媒(R22)38gの混合油(表6中では鉱2と示す。)
【0062】
[融着力の測定]
得られた各自己融着性絶縁電線について、電線作製直後(表6中では初期と表示する。)及び80℃で7日〜60日間保管した後の融着力を測定した。融着力の測定は、JIS C 3003の試験片作製方法に基づいてヘリカルコイルを作製し、NEMA MW1000−2003 3.57 BONDにより、融着処理条件160℃×2時間で行った。測定結果を、表6に示す。
【0063】
【表6】

【0064】
表6の結果からも、本発明(実施例4〜7)の自己融着性絶縁電線は、比較例2の自己融着性絶縁電線と比べて耐摩耗性に優れ、静摩擦係数が低いことが示されている。又、本発明(実施例4〜7)の自己融着性絶縁電線の中でも、アミン系触媒を用いて得られたフェノキシ樹脂を含有する樹脂組成物(実施例4A、5、6)による自己融着性絶縁電線は、イミダゾール系触媒を用いて得られたフェノキシ樹脂を含有する樹脂組成物(実施例7)に比べて耐冷凍機油性(特に、エーテル油、エステル油の場合)に優れている。さらに、アミン系触媒を用いて得られた樹脂組成物による自己融着性絶縁電線であっても、フェノキシ樹脂の合成後アミン系触媒が除去された樹脂組成物による場合(実施例4)は、アミン系触媒が除去されていない樹脂組成物による場合(実施例5)に比べて、耐冷凍機油性(エーテル油の場合)に優れ、かつ、融着力の経時による低下も小さいことが、表6の結果により示されている。
【0065】
[触媒残存量と耐冷凍機油性の関係]
実施例4A、B、C、D、E、Fの熱硬化型融着樹脂組成物ワニスのそれぞれについて、触媒残存量をガスクロマトグラフィーにより測定した。その結果を、フェノキシ樹脂に対する触媒残存量として表7に示す。
【0066】
又、それぞれのワニスを用いて、前記自己融着性絶縁電線の作製2と同様な方法により自己融着性絶縁電線を作製した。得られた自己融着性絶縁電線のそれぞれを約200gの束にし、エーテル油(冷凍機油)約150g及びR410A(冷媒)約38gと共に封入し、160℃で500時間加熱した。500時間経過後、冷凍機油の白濁の状況を、目視で観察した。その結果を、濁りは見られず透明であるものを「濁りなし」とし、白濁しているものを「濁りあり」として表7に示した。
【0067】
【表7】

【0068】
フェノキシ樹脂の合成にアミン系触媒を用いた場合(実施例4)でも、エーテル油系の冷凍機油を用い160℃で500時間加熱した場合、冷凍機油の白濁が生じるが、表7に示されるように、残存触媒を除去してフェノキシ樹脂に対する触媒残存量を、500ppm以下とすると、同じ条件でも冷凍機油の白濁を防ぐことができる。従って、この結果より、アミン系触媒の残存量は、500ppm以下が好ましいことが示されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスフェノールA、ビスフェノールS、及びエポキシ樹脂又はエピハロヒドリンを共重合させてなる重量平均分子量15000以上のフェノキシ樹脂、並びに架橋剤を含有する樹脂組成物からなる融着皮膜を有することを特徴とする自己融着性絶縁電線。
【請求項2】
前記エポキシ樹脂又はエピハロヒドリンとして、ビスフェノールA型エポキシ樹脂を用いることを特徴とする請求項1に記載の自己融着性絶縁電線。
【請求項3】
前記ビスフェノールSの含有量が、樹脂組成物中に含まれるビスフェノールSとビスフェノールAのモル比が0.2〜0.5となる範囲であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の自己融着性絶縁電線。
【請求項4】
前記フェノキシ樹脂の共重合が、アミン系触媒を使用して行われることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の自己融着性絶縁電線。
【請求項5】
前記融着皮膜中のフェノキシ樹脂に対する前記アミン系触媒の残存量が、500ppm以下であることを特徴とする請求項4に記載の自己融着性絶縁電線。
【請求項6】
前記架橋剤の含有量が、前記フェノキシ樹脂に対して10〜20重量%であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の自己融着性絶縁電線。
【請求項7】
前記融着皮膜が、滑剤を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の自己融着性絶縁電線。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の自己融着性絶縁電線を用いることを特徴とする圧縮機駆動用モータ。

【公開番号】特開2009−99557(P2009−99557A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−245793(P2008−245793)
【出願日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(302068597)住友電工ウインテック株式会社 (22)
【Fターム(参考)】