説明

色素増感太陽電池用色素及びこの色素を用いた光電変換素子並びに色素増感太陽電池

【課題】貴金属を含まないため生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減し得る。耐久性に優れ、かつ二酸化チタン表面への固定化に加熱が不要である。
【解決手段】4−ヨードアゾベンゼン含有溶液を−60〜−70℃に冷却し、この溶液にn−ブチルリチウム含有溶液を滴下した後、−70〜−20℃で0.5〜1時間攪拌してリチオアゾベンゼンを生成させる。リチオアゾベンゼンを含む溶液を−60〜−70℃に冷却し、この溶液に四塩化ケイ素を滴下した後、−70℃から室温で12〜17時間攪拌してビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを生成させる。ビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを含む溶液を飽和食塩水を用いて洗浄して溶液に含まれる有機相の溶媒を留去した後、残渣をヘキサン及びエーテルから再結晶してビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含ケイ素色素を用いた色素増感太陽電池用色素及びこの色素を用いた光電変換素子並びに色素増感太陽電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の太陽電池の主流であるシリコン系太陽電池は、発電コストの高さ、高純度シリコン生成や実質的に利用可能な資源の有限性などの問題がある。それに代わる太陽電池として、有機顔料や有機色素を用いる色素増感太陽電池が、1970年代より開発されている。
【0003】
図1に示すように、色素増感太陽電池10は、光電極(光電変換素子)11と対極12、この二つの電極に挟まれる十数μm程度の厚さの電解質溶液13部分から構成されている。光電極11は、ガラスのような基材14a表面に導電膜14bが形成された透明導電性基材14の導電膜側にナノサイズの酸化チタン粒子15aを塗布焼成して、酸化チタンからなる多孔質膜15bを形成し、この酸化チタンの多孔質膜15bに増感色素15cを化学吸着により固定化することによって作製される。対極12は、透明導電性基材16aの表面に触媒量の白金16b、もしくは導電性カーボン処理することによって作製される。光電極11と対極12とを重ね合わせ、その電極間11,12にヨウ素化合物を含む電解質溶液13を注入することにより太陽電池を作製する。
【0004】
このような構成を有する色素増感太陽電池では、太陽光が透明導電性基材14側から入射して多孔質膜15bに固定化している増感色素15cに光が当たると、増感色素15cは光エネルギhνを吸収して励起状態となり、電子e-を放出する。放出された電子e-は多孔質膜15bを構成する酸化チタン粒子15aを経由して透明導電性基材14の導電膜14bに達し、光電極11から外部に流れる。電子e-を放出して陽イオン(h+)になった増感色素15cは、電解質溶液13のヨウ素イオンを酸化し、I-をI3-へと変える。この酸化されたヨウ素イオンI3-は対極12で再び電子e-を受けて還元されてI-となる。このように、両極間をサイクルすることによって電池を形成する。
【0005】
色素増感太陽電池の大きな特徴としては、有機色素や酸化チタンを用いるため、資源の制約が少ないことや、非常に簡便な設備や技術で安価にかつ大量に製造できる点が挙げられる。
【0006】
色素増感太陽電池の光電エネルギ変換効率は、Graetzel博士らによって変換効率の改善がなされている(例えば、非特許文献1、2参照。)。この非特許文献1,2では、次の式(1)に示されるような、末端にカルボキシル基を有するRu金属錯体などが増感色素として使用されている。式(1)に示されるRu金属錯体では、末端に位置するカルボキシル基が酸化チタン粒子と化学結合することにより、増感色素を多孔質膜に固定化しており、可視光のほぼ全域(400〜800nm)に吸収を有する上、耐候性にも優れる。
【0007】
【化1】

【非特許文献1】B. O'Regan and M. Graetzel, Nature, 353, 737 (1991).
【非特許文献2】M. K. Nazeeruddin et al., J. Am. Chem. Soc., 127, 16835 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1,2に示されるようなRu金属錯体などの錯体系増感色素は、高価な貴金属等を使用していることから、金属の価格とその有限性という問題が無視できないため、生産コストの大幅な低減が難しく、また環境への負荷も高いことが問題点として挙げられている。これでは、色素増感太陽電池の、安価な製造と容易な大モジュール化という特性を生かし切れず、一般への普及という面から見てもデメリットとなる。そのため、錯体系増感色素と平行する形で、非金属の有機系増感色素の研究もされており、クマリン系やインドール系色素などは、約8%程度のエネルギ変換効率を達成している。
【0009】
しかしながら、現在検討されている錯体系増感色素、有機系増感色素に関わらず、二酸化チタン粒子と結合する官能基として、スルホン酸類、リン酸類、カルボン酸類のみが検討され、このうち、変換効率の結果からカルボン酸類が用いられているのが現状であった。このカルボン酸類を使用した増感色素は、二酸化チタン粒子と結合するために、加熱を施す必要があった。また、カルボン酸類により生成する結合は主としてエステル結合であるが、この結合は脆弱であるため、耐久性に問題があった。
【0010】
本発明の目的は、貴金属を含まないため生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減し得る、色素増感太陽電池用色素及びこの色素を用いた光電変換素子並びに色素増感太陽電池を提供することにある。
本発明の別の目的は、耐久性に優れ、かつ二酸化チタン粒子からなる多孔質膜への固定化に加熱が不要な色素増感太陽電池用色素及びこの色素を用いた光電変換素子並びに色素増感太陽電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは以上の問題を鋭意検討した結果、これまでに検討されてこなかった新たな物質系へ研究展開した。ケイ素は、その元素特性に基づき、無機化合物と有機化合物にまたがる広範なケイ素化合物群を形成し、有機化合物にケイ素置換基が導入されたシラノール類は、有機−無機カップリング剤として広く利用されている。即ち、シラノール部位を持つ含ケイ素色素を、色素増感太陽電池の増感色素として利用した場合に、Ti−O−Si結合の形成による酸化チタン粒子からなる多孔質膜への色素の効果的な固定が可能である。また、Ti−O−Si結合においては、ケイ素原子の電子雲の張り出しが炭素原子に比べて大きいことから、光励起された色素から二酸化チタンへの電子移動が効率的に進行することが予想される。更に、本発明者らは、有機色素分子にケイ素置換基を導入することにより、一般に吸光係数が増大することを確認した。
【0012】
従って、含ケイ素色素は色素増感太陽電池の増感色素として、高い可能性を有する物質群である。なお、これまでに含ケイ素色素が色素増感太陽電池の増感色素として検討された例はない。そこで、新規に含ケイ素色素化合物を合成し、それを用いた光電変換素子並びに色素増感太陽電池について検討を加え、有用な知見を得たものである。
【0013】
請求項1に係る発明は、次の式(2)で示されるビス(4−アゾベンゼン)シランジオールからなる色素増感太陽電池用色素である。
【0014】
【化2】

【0015】
請求項1に係る発明では、芳香環に直接ケイ素原子を導入した構造を有することにより、アゾ系色素の共役が伸長され、ケイ素原子を導入していない化合物に比べて、吸収波長領域が長波長側にシフトし、可視光領域に高い吸光係数を有するようになる。また、芳香環に直接ケイ素原子を導入することで二酸化チタンへの電子注入効率が高まる。また、貴金属を含まない化合物であるため、色素増感太陽電池の生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、従来使用されていた色素のようにTi−O−C結合の形成によって二酸化チタン粒子に吸着するのとは異なり、シラノール部位でTi−O−Si結合を形成することによって二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため、耐久性に優れる。このTi−O−Si結合は色素から二酸化チタン粒子への高効率な電子移動が可能である。更に、上記式(2)で示される化合物は、シラノール部位でTi−O−Si結合を形成することによって二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため、塗布乾燥するだけで二酸化チタン粒子に固定化されるので、従来の増感色素のように、塗布後に加熱を施す必要がなく、増感色素の補充等の作業が極めて容易である。従って、この色素を用いた色素増感太陽電池を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【0016】
請求項2に係る発明は、4−ヨードアゾベンゼン含有溶液を−60〜−70℃に冷却し、冷却した溶液にn−ブチルリチウム含有溶液を滴下した後、−70〜−20℃の温度範囲で0.5〜1時間攪拌することによりリチオアゾベンゼンを生成させる工程と、生成させたリチオアゾベンゼンを含む溶液を−60〜−70℃に冷却し、冷却したリチオアゾベンゼンを含む溶液に四塩化ケイ素を滴下した後、−70℃から室温までの温度範囲で12〜17時間攪拌することによりビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを生成させる工程と、ビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを含む溶液を飽和食塩水を用いて洗浄して溶液に含まれる有機相の溶媒を留去した後、残渣をヘキサン及びエーテルから再結晶することによりビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを得る工程とを含むことを特徴とする色素増感太陽電池用色素の製造方法である。
請求項2に記載された方法で製造すると、耐久性に優れ、かつ二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化に加熱が不要な、請求項1に記載されたビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを得ることができる。
【0017】
請求項3に係る発明は、図1に示すように、光透過性を有する透明導電性基材14と、この透明導電性基材14に形成され、少なくとも請求項1記載の色素15cを吸着した酸化チタン粒子15aから構成された多孔質膜15bとを備えたことを特徴とする光電変換素子である。
請求項3に記載された光電変換素子では、使用する増感色素に貴金属を含まないため生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、Ti−O−Si結合の形成により増感色素が二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため耐久性に優れる。更に、二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化に加熱が不要な増感色素を使用するため、増感色素の補充が容易である。従って、光電変換素子を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【0018】
請求項4に係る発明は、請求項3記載の光電変換素子11を用いた色素増感太陽電池である。
請求項4に記載された色素増感太陽電池では、使用する増感色素に貴金属を含まないため生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、Ti−O−Si結合の形成により増感色素が二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため耐久性に優れる。更に、二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化に加熱が不要な増感色素を使用するため、増感色素の補充が容易である。従って、光電変換素子を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の色素増感太陽電池用色素は、芳香環に直接ケイ素原子を導入した構造を有することにより、アゾ系色素の共役が伸長され、ケイ素原子を導入していない化合物に比べて、吸収波長領域が長波長側にシフトし、可視光領域に高い吸光係数を有するようになる。また、芳香環に直接ケイ素原子を導入することで二酸化チタンへの電子注入効率が高まる。また、貴金属を含まない化合物であるため、色素増感太陽電池の生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、従来使用されていた色素のようにTi−O−C結合の形成によって二酸化チタン粒子に吸着するのとは異なり、シラノール部位でTi−O−Si結合を形成することによって二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため、耐久性に優れる。このTi−O−Si結合は色素から二酸化チタン粒子への高効率な電子移動が可能である。更に、上記式(2)で示される化合物は、シラノール部位でTi−O−Si結合を形成することによって二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため、塗布乾燥するだけで二酸化チタン粒子に固定化されるので、従来の増感色素のように、塗布後に加熱を施す必要がなく、増感色素の補充等の作業が極めて容易である。従って、この色素を用いた色素増感太陽電池を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に本発明を実施するための最良の形態を説明する。
本発明のビス(4−アゾベンゼン)シランジオールからなる色素増感太陽電池用色素は、次の式(2)で示される。
【0021】
【化3】

【0022】
このような構造を有する含ケイ素色素では、芳香環に直接ケイ素原子を導入した構造を有することにより、アゾ系色素の共役が伸長され、ケイ素原子を導入していない化合物に比べて、吸収波長領域が長波長側にシフトし、可視光領域に高い吸光係数を有するようになる。また、芳香環に直接ケイ素原子を導入することで二酸化チタンへの電子注入効率が高まる。また、貴金属を含まない化合物であるため、色素増感太陽電池の生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、従来使用されていた色素のようにTi−O−C結合の形成によって二酸化チタン粒子に吸着するのとは異なり、シラノール部位でTi−O−Si結合を形成することによって二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため、耐久性に優れる。このTi−O−Si結合は色素から二酸化チタン粒子への高効率な電子移動が可能である。更に、上記式(2)で示される化合物は、シラノール部位でTi−O−Si結合を形成することによって二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため、塗布乾燥するだけで二酸化チタン粒子に固定化されるので、従来の増感色素のように、塗布後に加熱を施す必要がなく、増感色素の補充等の作業が極めて容易である。従って、この色素を用いた色素増感太陽電池を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【0023】
次に、本発明の色素増感太陽電池用色素であるビス(4−アゾベンゼン)シランジオールの製造方法を説明する。
先ず、4−ヨードアゾベンゼン含有溶液を調製する。4−ヨードアゾベンゼンを溶解させる溶媒としては、エーテル、テトラヒドロフランが好ましい。調製した4−ヨードアゾベンゼン含有溶液をアルゴン雰囲気下、−60〜−70℃に冷却する。冷却した溶液にn−ブチルリチウム含有溶液を滴下する。n−ブチルリチウムを溶解させる溶媒としては、ヘキサンが好ましい。n−ブチルリチウムは、4−ヨードアゾベンゼン1molに対して、1.1〜1.2molの割合で加えることが好ましい。滴下した後は、−70〜−20℃の温度範囲で0.5〜1時間攪拌することにより、リチオアゾベンゼンを生成させる。リチオアゾベンゼンが生成すると溶液は黒赤色に変化する。
【0024】
次いで、生成させたリチオアゾベンゼンを含む溶液を−60〜−70℃に冷却する。冷却したリチオアゾベンゼンを含む溶液に四塩化ケイ素を滴下する。四塩化ケイ素は、リチオアゾベンゼン1molに対して、1〜1.1molの割合で加えることが好ましい。滴下した後は、−70℃から室温までの温度範囲で12〜17時間攪拌することにより、ビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを生成させる。
【0025】
次に、ビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを含む溶液を飽和食塩水を用いて洗浄して溶液に含まれる有機相の溶媒を留去した後、残渣をヘキサン及びエーテルから再結晶することにより、ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールが得られる。この合成で得られるビス(4−アゾベンゼン)シランジオールは約20%程度の収率である。得られたビス(4−アゾベンゼン)シランジオールの同定は、赤外吸収スペクトルやプロトンNMRスペクトル、質量分析スペクトルによって行われる。このビス(4−アゾベンゼン)シランジオールの合成反応は次の式(3)で示される。
【0026】
【化4】

【0027】
上記方法により製造すると、耐久性に優れ、かつ二酸化チタン表面への固定化に加熱が不要な、本発明の色素増感太陽電池用色素であるビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを得ることができる。
【0028】
上記増感色素を用いた光電変換素子の製造方法を説明する。
先ず、光透過性を有する導電性基材の上に二酸化チタンゾルを塗布して乾燥する。光透過性を有する導電性基材としては、光透過性を有するガラス板又は光透過性を有しかつ可撓性を有するプラスチックフィルムの一方の面、両面或いは全面に、酸化錫にフッ素をドープした膜(FTO)や、酸化インジウムに少量の酸化錫を混合した膜(ITO膜)のような導電性膜を蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、加水分解法等により形成した基材が好適である。導電膜の表面抵抗率は20Ω/□以下であることが好ましい。
【0029】
また、二酸化チタンゾルは次の方法により調製する。使用する二酸化チタン粒子(チタニア(TiO2)粒子)は、アナターゼ型結晶とルチル型結晶の双方の構造が含まれた粒子が好適である。アナターゼ型結晶とルチル型結晶の割合は重量比で9:1〜7:3の範囲が特に好ましい。また二酸化チタン粉末は、平均粒径5〜20nmの粉末に平均粒径100〜500nmの粉末が5〜20重量%の範囲で含まれた粉末が、光散乱による吸光効率の改善の理由により好ましい。この二酸化チタン粒子を水溶媒に添加混合して分散液を調製し、この分散液に増粘剤や分散剤等を加えて均一に混合することにより、二酸化チタンゾルを調製する。ここでの混合には超音波処理を施してもよい。
【0030】
次に、多孔質膜の形成方法を説明する。基材としてガラス板を用いた場合、上記二酸化チタンゾルを基材の導電膜上に、ドクターブレード法、スキージ法、スピンコート法、スクリーン印刷法等により塗布し乾燥した後に、電気炉に入れて大気中で400〜500℃に30〜60分間保持して焼成し、導電膜上に多孔質膜を形成する。この多孔質膜は透明導電性基材及び色素とともに光電変換素子を構成する。焼成温度を400〜500℃としたのは、下限値未満では有機添加物等が残留して色素の吸着を阻害したり、二酸化チタン粒子自体の焼結が不十分なため、高い光電変換特性が得られないという不具合があり、上限値を越えると基材が軟化して光電変換素子の作製に支障をきたすという不具合があるからである。また、焼成時間を30〜60分としたのは、下限値未満では焼結不良を起こす不具合があり、上限値を越えると焼成による粒成長が進行し過ぎて比表面積が低下するという不具合があるからである。また基材としてプラスチックフィルムを用いた場合、上記二酸化チタンゾルを基材の導電膜上に、スキージ法、スクリーン印刷法、電着法、スプレー法、DJP(Direct jet printing)法等により塗布し、必要に応じてプレス成型した後に、マイクロ波を照射して、導電膜上に多孔質膜を形成する。
【0031】
次に導電膜上に多孔質膜を作製した基材を色素溶液に浸漬することにより、多孔質膜に色素を吸着させて固定化する。色素溶液は、本発明の色素を酢酸エチル、アセトン、アセトニトリル、エタノールなどの単独溶媒もしくはこれらの混合溶媒に溶解することにより調製する。溶液中の色素濃度は0.1〜10mmol/Lが好ましい。色素溶液への基材の浸漬は、20〜80℃下で1〜12時間程度行う。更に上記色素を吸着した多孔質膜表面は洗浄後、乾燥される。これにより、図1に示すように、光透過性を有する透明導電性基材14と、この透明導電性基材14上に形成され、少なくとも本発明の色素15cを吸着した酸化チタン粒子15aから構成された多孔質膜15bとを備えた光電変換素子11が得られる。
【0032】
このような構造を有する光電変換素子では、使用する増感色素に貴金属を含まないため生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、Ti−O−Si結合の形成により増感色素が二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため耐久性に優れる。更に、二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化に加熱が不要な増感色素を使用するため、増感色素の補充が容易である。従って、光電変換素子を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【0033】
次に上記光電変換素子11を用いた色素増感太陽電池10の製造方法を説明する。
基材16aに導電膜16bを形成することにより、対極12を作製する。導電膜16bは、蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、加水分解法等により基材16aの一方の面、両面或いは全面に形成される。基材16aとしては、ガラス板又は可撓性を有するプラスチックフィルムを用いることが好ましく、導電膜16bとしては、白金箔、酸化錫にフッ素をドープした膜(FTO)や、酸化インジウムに少量の酸化錫を混合した膜(ITO膜)等を用いることが好ましい。また光電変換素子11と対極12とを所定の間隔をあけて対向させた状態で、電極11,12間に電解質溶液13を貯留する。電解質溶液13は、リチウムイオンなどの陽イオンやヨウ素イオンなどの陰イオンからなる支持電解質と、この支持電解質中に存在するヨウ素−ヨウ素化合物や臭素−臭素化合物などの酸化還元対と、アルコール系(エタノール、t-ブチルアルコール)、ニトリル系(アセトニトリル、メトキシアセトニトリル、3-メトキシプロピオニトリル)又は炭酸エステル系(エチレンカーボネート、エチルカーボネート、メチルカーボネート)などの単独溶媒又は混合溶媒とを混合して調製される。なお、光電変換素子11と対極12との間隔を所定値に保つために、厚さ10〜30μmの樹脂フィルム製スペーサ(図示せず)を電極11,12間に介装する。また上記電解質溶液13の漏洩を防止するために、電極11,12間であって、これらの周縁にエポキシ樹脂などの電気絶縁性接着剤を塗布して硬化させる。これにより色素増感太陽電池10が作製される。
このような構造を有する色素増感太陽電池では、使用する増感色素に貴金属を含まないため生産コストを押し上げず、かつ環境負荷を低減することができる。また、Ti−O−Si結合の形成により増感色素が二酸化チタン粒子に強固に化学吸着するため耐久性に優れる。更に、二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化に加熱が不要な増感色素を使用するため、増感色素の補充が容易である。従って、光電変換素子を継続して使用することによって増感色素の脱着等により変換効率が低下しても、繁雑な作業を行うことなく変換効率を元の割合にまで戻すことができる。
【実施例】
【0034】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
<色素増感太陽電池用色素の製造方法>
先ず、1.5重量%の4−ヨードアゾベンゼンのジエチルエーテル溶液を調製した。この調製した4−ヨードアゾベンゼンのジエチルエーテル溶液をアルゴン雰囲気下、−70℃に冷却し、冷却したジエチルエーテル溶液に8重量%のn−ブチルリチウムのヘキサン溶液を滴下した。滴下した後は、−70〜−20℃の温度範囲で1時間攪拌することにより、溶液が黒赤色に変化した。この黒赤色の溶液を再度−70℃に冷却し、冷却した黒赤色溶液に四塩化ケイ素を滴下した。滴下した後は、−70℃から室温までの温度範囲で17時間攪拌した。得られた反応溶液を飽和食塩水を用いて洗浄して溶液に含まれる有機相の溶媒を留去した後、残渣をヘキサン及びエーテルから再結晶することにより、約20%程度の収率で目的物を得た。得られた目的物は、赤外吸収スペクトルやプロトンNMRスペクトル、質量分析スペクトルによってビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと同定された。このビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを増感色素とした。
【0035】
<二酸化チタンゾルの調製>
平均粒径21nmの二酸化チタン粉末(日本アエロジル社製;P−25、ルチル:アナターゼ=3:7)を用意し、この二酸化チタン粉末3.0gに、アセチルアセトン(関東化学社製;純度99.5%)0.1mLとイオン交換水0.1mLを加え、メノウ乳鉢で10分間攪拌混合した。更に、イオン交換水1.0mLを加えて30分間攪拌混合する操作を7回繰り返した。これに、分散剤(ICN Biomedicals Inc.社製;Triton X-100)0.1mL、イオン交換水1.0mLを加えて5分間攪拌混合した後、イオン交換水7mLを加え、超音波洗浄器を用いて1時間超音波処理を施すことにより、二酸化チタンゾルを得た。
【0036】
<二酸化チタン膜の固定化>
次いで、酸化スズコート透明導電性ガラス(旭硝子社製;15〜20Ω/□、25mm×50mm×1.1mm)を基材として用意し、この透明導電性ガラスをスピンコータ(ACTIVE ACT-300A)の中央の試料台の上に固定した。先に調製した二酸化チタンゾルをガラス表面に均質に広げるために、先ず、ゾル調製に使用した分散剤と水とを1:100の割合で混合した溶液をガラス表面に5滴滴下し、0.1秒で2000rpmまで回転数を上昇させ、固定したガラスを2000rpmで3秒間回転させた。次に、メタノールをガラス表面に満遍なく濡らし、同様の回転数、回転時間でガラスを回転させた。その後、二酸化チタンゾルをガラス表面に満遍なく広げ、同様の回転数、回転時間でガラスを回転させることにより、透明導電性ガラス表面に二酸化チタンからなる薄膜を作製した。
【0037】
次に、表面に二酸化チタンからなる薄膜を作製した透明導電性ガラスを室温で風乾した後、この透明導電性ガラスを電気炉に入れ、10℃/minの昇温速度で450℃まで昇温し、450℃で30分間保持した後、10℃/min以下の降温速度で室温にまで冷却することにより、透明導電性ガラス表面に二酸化チタンからなる薄膜を固定化した。上記条件で得られた薄膜の形状を、走査電子顕微鏡(日本電子社製;JFC−1300)を用いて観察したところ、薄膜は多孔質となっており、薄膜の厚さは10μm以下であった。
【0038】
<電池セルの作製>
次に、図2に示すような電池セルを組み立て、光発電特性の測定を行った。組み立てる電池セルは、増感色素を固定化した二酸化チタンからなる多孔質膜15bが透明導電性ガラス14に形成された光電極(光電変換素子)11と、白金をスパッタした対電極12との間に、ポリエチレン製のスペーサ19と電解質溶液を挟み込んだ構造とし、電解質溶液はスペーサ19中央に設けられた窓部分19aに注入することとした。電解質溶液には、0.3MLiI・0.015MI2のアセトニトリル:エチレンカーボネート(2:8)溶液を使用した。光電極11のスペーサ側の一方の他端には、はんだにより0.2mmφ程度の銅線17を接続し、対電極12のスペーサ側の他方の他端にも、はんだにより0.2mmφ程度の銅線18を接続した。
【0039】
<光発電特性の測定>
色素増感太陽電池の評価のため、短絡電流の照射光波長依存性を測定した。
短絡電流の照射光波長依存性の測定には、光源としてハイパーモノライト(分光計器社製;SM−25型)を、回折格子としてモノクロメータ(分光計器社製;M25型)をそれぞれ用い、分光した波長400〜800nmの光を電池セルに照射した。短絡電流の測定には、デジタルマルチメータ(アドバンテスト社製;R820)を使用した。照射光強度は、Siフォトダイオード(浜松ホトニクス社製;S1227−33BR;有効受光面積5.7mm2)を用いて、光照射時の短絡電流を測定することにより校正した。短絡電流の測定には、パーソナルコンピュータとGPIBインターフェースを介して接続されたデジタルマルチメータ(アドバンテスト社製;R820)を用い、測定値をパーソナルコンピュータに記録した。
【0040】
<光発電特性評価>
現在、色素増感太陽電池に増感色素として用いられている色素分子は、末端にカルボキシル基を有するものが殆どである。そこで、本発明の色素増感太陽電池用色素であるビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと、末端にカルボキシル基を有する色素分子とを、二酸化チタンからなる多孔質膜への吸着能及び増感特性の点から比較することにした。
【0041】
ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールの二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化は、ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールの酢酸エチル溶液を1.0×10-3mol/Lとなるように調製し、この酢酸エチル溶液に二酸化チタンからなる多孔質膜を固定化した透明導電性ガラスを12時間浸漬することにより行った。浸漬した透明導電性ガラスを酢酸エチル溶液から取り出した後、その表面を酢酸エチルで洗浄したところ、二酸化チタンからなる多孔質膜への色素の均質な吸着が確認された。
【0042】
また、末端にカルボキシル基を有する色素分子としては、次の式(4)に示す4−(フェニルアゾ)安息香酸を用意した。
【0043】
【化5】

【0044】
4−(フェニルアゾ)安息香酸の二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化も、ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと同様に行った。即ち、4−(フェニルアゾ)安息香酸の酢酸エチル溶液を1.0×10-3mol/Lとなるように調製し、この酢酸エチル溶液に二酸化チタンからなる多孔質膜を固定化した透明導電性ガラスを12時間浸漬することにより行った。浸漬した透明導電性ガラスを酢酸エチル溶液から取り出した後、その表面を酢酸エチルで洗浄したところ、二酸化チタンからなる多孔質膜への色素の均質な吸着が確認された。
【0045】
ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと4−(フェニルアゾ)安息香酸のアセトニトリル溶液をそれぞれ調製し、分光光度計により紫外可視吸収スペクトルを測定した。その結果を図3に示す。また、この図3に示される紫外可視吸収スペクトルのピーク波長を次の表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
また、二酸化チタンからなる多孔質膜に固定化したビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと4−(フェニルアゾ)安息香酸の可視吸収スペクトルを分光光度計により測定した。その結果を図4に示す。なお、図4の可視吸収スペクトルは、色素吸着後と色素吸着前の二酸化チタンからなる多孔質膜を固定化した透明導電性ガラスの吸光度の差スペクトルである。
【0048】
図3並びに表1に示すように、ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと4−(フェニルアゾ)安息香酸のアセトニトリル溶液における吸光度には大きな違いは見られなかった。しかし、そのような結果にも関わらず、図4から明らかなように、二酸化チタンからなる多孔質膜に固定化した色素の吸光度には大きな差が生じており、ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールが二酸化チタンからなる多孔質膜への高い吸着性を有していることが明らかとなった。この結果は、シラノール部位を有する本発明の色素が、増感色素として有効性を示すことを裏付けるものである。
【0049】
図5にビス(4−アゾベンゼン)シランジオール、4−(フェニルアゾ)安息香酸、及び次の式(5)に示される4−(クロロジメチルシロキシ)アゾベンゼンを増感色素として組み立てた電池セルにおける短絡電流ISCの照射光波長依存性を、色素を吸着していない電極を用いた場合の結果と併せて示す。
【0050】
【化6】

【0051】
なお、4−(クロロジメチルシロキシ)アゾベンゼンの二酸化チタンからなる多孔質膜への固定化は、4−(クロロジメチルシロキシ)アゾベンゼンが生成した反応溶液中に二酸化チタンからなる多孔質膜を固定化した透明導電性ガラスを浸漬することにより行った。
【0052】
図5より明らかなように、ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを増感色素として用いた場合には、4−(フェニルアゾ)安息香酸を用いた場合に比べて、400〜800nmの全測定波長領域において高い短絡電流の値が得られており、含ケイ素色素であるビス(4−アゾベンゼン)シランジオールの増感色素としての有用性が示された。
【0053】
しかし、同じ含ケイ素色素である4−(クロロジメチルシロキシ)アゾベンゼンは、全体的に短絡電流の値が低く、色素を吸着しない電極を用いた例と同程度の結果であり、4−(クロロジメチルシロキシ)アゾベンゼンは、増感色素としての特性が低いことが確認された。この結果から、含ケイ素色素であっても芳香環に酸素原子を介してケイ素原子が結合したような構造では、増感色素には適さないことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】色素増感太陽電池の断面構成図。
【図2】色素増感太陽電池セルの構造模式図。
【図3】ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと4−(フェニルアゾ)安息香酸のアセトニトリル溶液における紫外可視吸収スペクトルを示す図。
【図4】二酸化チタン電極上に吸着したビス(4−アゾベンゼン)シランジオールと4−(フェニルアゾ)安息香酸の可視吸収スペクトルを示す図。
【図5】ビス(4−アゾベンゼン)シランジオール、4−(フェニルアゾ)安息香酸及び4−(クロロジメチルシロキシ)アゾベンゼンを増感色素として用いた電池セルにおける短絡電流ISCの照射光波長依存性を示す図。
【符号の説明】
【0055】
10 色素増感太陽電池
11 光電変換素子
14 透明導電性ガラス
15a 酸化チタン粒子
15b 多孔質膜
15c 色素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビス(4−アゾベンゼン)シランジオールからなる色素増感太陽電池用色素。
【請求項2】
4−ヨードアゾベンゼン含有溶液を−60〜−70℃に冷却し、前記冷却した溶液にn−ブチルリチウム含有溶液を滴下した後、−70〜−20℃の温度範囲で0.5〜1時間攪拌することによりリチオアゾベンゼンを生成させる工程と、
前記生成させたリチオアゾベンゼンを含む溶液を−60〜−70℃に冷却し、前記冷却したリチオアゾベンゼンを含む溶液に四塩化ケイ素を滴下した後、−70℃から室温までの温度範囲で12〜17時間攪拌することによりビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを生成させる工程と、
前記ビス(4−アゾベンゼン)ジクロロシランを含む溶液を飽和食塩水を用いて洗浄して前記溶液に含まれる有機相の溶媒を留去した後、残渣をヘキサン及びエーテルから再結晶することによりビス(4−アゾベンゼン)シランジオールを得る工程と
を含むことを特徴とする色素増感太陽電池用色素の製造方法。
【請求項3】
光透過性を有する透明導電性基材(14)と、
この透明導電性基材(14)上に形成され、少なくとも請求項1記載の色素(15c)を吸着した酸化チタン粒子(15a)から構成された多孔質膜(15b)と
を備えたことを特徴とする光電変換素子。
【請求項4】
請求項3記載の光電変換素子(11)を用いた色素増感太陽電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−63390(P2008−63390A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−240428(P2006−240428)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】