説明

芳香族ポリイミドフィルムおよびその製造方法

【課題】耐熱性や物理的特性に優れることで知られている3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分とp−フェニレンジアミンとから製造される芳香族ポリイミドフィルムと同等の耐熱性と物理的特性を有する芳香族ポリイミドフィルムであって、その製造が工業的に有利な条件で実現する芳香族ポリイミドフィルムを提供する。
【解決手段】3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位を75:25乃至97:3の範囲のモル比にて含むビフェニルテトラカルボン酸単位とp−フェニレンジアミン単位とを100:102乃至100:98の範囲のモル比にて含む芳香族ポリイミドからなる厚さが5〜250μmの範囲の芳香族ポリイミドフィルム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な芳香族ポリイミドフィルムおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、その無水物、もしくはそのエステル(以下、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分もしくはs−BPDA成分と云うことがある)と実質的に等モルのp−フェニレンジアミン(以下、PPDと云うことがある)とからポリアミック酸を調製し、そのポリアミック酸を高温で加熱することにより得られる芳香族ポリイミドからなる芳香族ポリイミドフィルムは、優れた耐熱性や高い寸法安定性そして高い機械的強度を示すことから、電子部品の基板を中心とした各種の工業製品の製造のための材料として広く利用されている。
【0003】
特許文献1には、上記のs−BPDA成分とPPDとから製造された芳香族ポリイミドフィルムの表面を改質するために、プラズマ放電処理を施す方法が記載されている。なお、この特許文献1には、s−BPDAは、その90モル%以内の量であれば、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分やピロメリット酸成分などの他の芳香族テトラカルボン酸成分を併用することができることの記載がある。ただし、それらの他の芳香族テトラカルボン酸成分を併用することの効果などの詳しい記載はない。
【特許文献1】特開平11−209488号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
s−BPDA成分とPPDとから製造された芳香族ポリイミドフィルムは、前述のように、優れた耐熱性や高い寸法安定性そして高い機械的強度などの各種の利点を持つ高分子フィルムであるが、特許文献1に記載されているように、表面活性が乏しく、その表面を改質することなく、フィルム表面に他の材料を積層することが容易ではない。
【0005】
さらにs−BPDA成分とPPDとから芳香族ポリイミドフィルムを製造する工程において、極性溶媒中でのs−BPDA成分とPPDとの反応により形成されるポリアミック酸の溶液の粘度が高くなるため、原料溶液として、高い濃度のs−BPDA成分とPPDとを含む溶液を用いにくいと云う問題がある。原料溶液の濃度を高くできないということは、最終的に芳香族ポリイミドフィルムの生産性を向上させる目的や膜厚を厚くする目的においては制約されることを意味する。
【0006】
また、s−BPDA成分とPPDとから芳香族ポリイミドフィルムを工業的に製造する際に、ポリアミック酸溶液は、走行下にあるベルトもしくは回転下にあるドラムである支持体の表面に流延して流延膜を形成し、かつ該流延膜を50乃至180℃に加熱した気体と接触させることにより、溶媒の一部を蒸発除去し、溶媒含有量が30乃至50質量%の固化フィルムとしたのち、その固化フィルムを支持体から剥離する工程が必須となる。工業的な芳香族ポリイミドフィルムの製造において、この工程では、ポリアミック酸溶液の流延膜から固化フィルムを剥離するまでに要する時間が問題となる。すなわち、固化フィルムの支持体から剥離したのち、通常は、固化フィルムを拘束状態にして400乃至550℃の温度に加熱してポリアミック酸をポリイミドに変える操作が必要であるが、その固化フィルムが支持体から円滑に(すなわち、あまり大きな力を必要とせずに)剥離できることが、高品質の芳香族ポリイミドフィルムを得るための重要な要素となる。従って、芳香族ポリイミドフィルムの製造の際に、支持体上に流延したポリアミック酸溶液を、できるだけ短時間で支持体から円滑に剥離可能な状態の固化フィルムとすることができることが、芳香族ポリイミドフィルムの工業的な製造にとって、非常に重要な問題となる。
【0007】
また、さらにs−BPDA成分とPPDとから製造された芳香族ポリイミドフィルム(すなわち、s−BPDA単位とPPD単位とからなる芳香族ポリイミドフィルム)は、水蒸気透過率が低いという問題もある。この水蒸気透過率が低いという点は、必ずしも欠点であると云うことはできないが、芳香族ポリイミドフィルムを電子部品の基板として用いる場合に、はんだ処理によって部分的に高温状態となり、フィルム内部の水分が気化することにより、フィルムの膨張(いわゆる「ふくれ」)が発生するおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、これまでに知られているs−BPDA成分とPPDとから製造された芳香族ポリイミドフィルムの製造における上記の問題点および不充分な水蒸気透過性の問題の解決を目指して、新たな芳香族ポリイミドフィルムを製造するために研究を行なった。ただし、その研究においては、従来のs−BPDA成分とPPDとから製造された芳香族ポリイミドフィルムが持つ優れた耐熱性と寸法安定性、そして高い機械的強度について、それらの特性をほぼ維持するか、あるいは更に改良するものであることが必要であることを留意した。
【0009】
本発明の発明者は、s−BPDA成分とPPDとから芳香族ポリイミドフィルムを製造する際にs−BPDAの一部を少量の2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分(以下、a−BPDA成分と云うことがある)と置き換えた場合に、耐熱性、寸法安定性、機械的強度などの諸特性に関しては従来のs−BPDA成分とPPDとから得られる芳香族ポリイミドフィルムと同等であるが、その製造工程に要する時間の短縮化が実現することを見出し、また、得られる芳香族ポリイミドフィルムが高い水蒸気透過性を有することを見出し、本発明に到達した。
【0010】
本発明は、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位を75:25乃至97:3の範囲のモル比にて含むビフェニルテトラカルボン酸単位とp−フェニレンジアミン単位とを100:102乃至100:98の範囲のモル比にて含む芳香族ポリイミドからなる厚さが5乃至250μmの範囲にある芳香族ポリイミドフィルムにある。
【0011】
上記の本発明の芳香族ポリイミドフィルムは、下記の工程を含む製造方法により工業的に容易に製造することができる。
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分を75:25乃至97:3の範囲のモル比にて含むビフェニルテトラカルボン酸成分とp−フェニレンジアミン成分とを100:102乃至100:98の範囲のモル比にて含み、それらの成分の合計の濃度が15〜25質量%である有機極性溶媒溶液を調製する工程;
上記極性溶媒溶液を10乃至80℃の範囲の温度にて撹拌して、ポリアミック酸溶液を調製する工程;
上記ポリアミック酸溶液を走行下にあるベルトもしくは回転下にあるドラムである支持体の表面に流延して流延膜を形成し、かつ該流延膜を50乃至180℃に加熱した気体と接触させることにより、溶媒の一部を蒸発除去し、溶媒含有量が30乃至50質量%の固化フィルムを調製する工程;
上記固化フィルムを支持体から剥離する工程;
剥離した固化フィルムを400乃至550℃の温度にて加熱する工程。
【発明の効果】
【0012】
本発明の芳香族ポリイミドフィルムは、従来より、優れた耐熱性と高い寸法安定性、そして高い機械的強度を持つフィルム材料として知られているs−BPDA成分とPPDとから得られる芳香族ポリイミドフィルムと同等であるが、その工業的な製造に要する時間の短縮が可能となる。また、s−BPDA成分とPPDとから芳香族ポリイミドフィルムを工業的に製造する場合に困難とされていた、厚みが140μm以上の芳香族ポリイミドフィルムの製造が容易となる。さらに、本発明の芳香族ポリイミドフィルムは、従来のs−BPDA成分とPPDとから得られる芳香族ポリイミドフィルムに比較して高い水蒸気透過率を示すため、製造に際して高温加熱処理が施される電子部品の基板のような用途において特に有利となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の芳香族ポリイミドの好ましい態様を次に記載する。
(1)3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位とのモル比が80:20乃至96:4の範囲(特に好ましくは、85:15乃至95:5の範囲)にある。
(2)水蒸気透過率が0.1乃至0.5g・mm/m2・24Hr(さらに好ましくは、0.1乃至0.4g・mm/m2・24Hr、特に好ましくは0.1乃至0.3g・mm/m2・24Hr)の範囲にある。
(3)厚さが25乃至230μmの範囲にある。
【0014】
本発明のs−BPDA成分の一部がa−BPDA成分で置換されたテトラビフェニルカルボン酸成分とp−PDDとから芳香族ポリイミドフィルムを製造する方法は、基本的には、これまで知られているs−BPDA成分とp−PDDとから芳香族ポリイミドフィルムを製造する方法と変わりはない。すなわち、本発明の芳香族ポリイミドフィルムは、下記の工程からなる方法によって製造することができる。
【0015】
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分を75:25乃至97:3の範囲のモル比にて含むビフェニルテトラカルボン酸成分とp−フェニレンジアミン成分とを100:102乃至100:98の範囲のモル比にて含み、それらの成分の合計の濃度が15〜25質量%(好ましくは、17〜24質量%、さらに好ましくは、19〜23質量%、特に好ましくは、20〜22質量%)である有機極性溶媒溶液を調製する工程;
上記極性溶媒溶液を10乃至80℃の範囲の温度にて撹拌して、ポリアミック酸溶液を調製する工程;
上記ポリアミック酸溶液を走行下にあるベルトもしくは回転下にあるドラムである支持体の表面に流延して流延膜を形成し、かつ該流延膜を50乃至180℃に加熱した気体と接触させることにより、溶媒の一部を蒸発除去し、溶媒含有量が30乃至50質量%の固化フィルムを調製する工程;
上記固化フィルムを支持体から剥離する工程;
剥離した固化フィルムを400乃至550℃(好ましくは、420乃至530℃、さらに好ましくは450〜510℃)の温度にて加熱する工程。
【0016】
次に上記の芳香族ポリイミドフィルムの製造方法の各工程について詳しく説明する。
【0017】
本発明の芳香族ポリイミドフィルムの製造は、従来方法と同様に、ビフェニルテトラカルボン酸成分とp−フェニレンジアミン成分とを含む極性溶媒溶液を調製する工程から出発する。
【0018】
本発明の芳香族ポリイミドフィルムの製造に用いるビフェニルテトラカルボン酸成分は、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分(s−BPDA成分)と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分(a−BPDA成分)を75:25乃至97:3(s−BPDA成分:a−BPDA成分)の範囲のモル比にて含む。なお、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分は、遊離酸、あるいは酸無水物もしくはエステル体を用いることができるが、工業的な製造の見地からは、酸無水物を用いることが好ましい。また、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分も、遊離酸、あるいは酸無水物もしくはエステル体を用いることができるが、工業的な見地からは、酸無水物を用いることが好ましい。なお、s−BPDA成分とa−BPDA成分に加えて、少量(s−BPDA成分とa−BPDA成分の合計量の10モル%未満)であれば、ピロメリット酸成分、ベンゾフェノンテトラカルボン酸成分などの他のテトラカルボン酸成分を併用してもよい。
【0019】
ビフェニルテトラカルボン酸と反応してポリアミック酸となるジアミン成分としては、p−フェニレンジアミン(PPD)が用いられる。なお、少量(p−PDDの10モル%未満)であれば、他のジアミン成分(例、4、4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル)などを併用してもよい。
【0020】
ビフェニルテトラカルボン酸とジアミンとからポリアミック酸を生成させる反応は、有機極性溶媒中で行われる。利用できる有機極性溶媒の例としては、N,N−ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ヘキサメチレンホスホルアミドなどのアミド系溶媒、クレゾール、フェノールなどのフェノール系溶媒、ピリジンなどの複素環化合物系溶媒、そしてテトラメチル尿素を挙げることができる。
【0021】
なお、ポリアミック酸を生成させるためのビフェニルテトラカルボン酸成分とジアミンの有機極性溶媒溶液には、生成する芳香族ポリイミドフィルムの表面特性を改質するために有効な微細なフィラーを添加してもよい。また、イミド化を促進するためにイミド化剤を添加してもよい。そしてまた、易剥離のために有機リン酸化合物を添加してもよい。これらのフィラーやイミド化剤そして有機リン酸化合物は、溶液中にポリアミック酸が生成する前に添加してもよく、あるいはポリアミック酸の生成中もしくは生成後に添加してもよい。
【0022】
イミド化触媒としては、置換もしくは非置換の含窒素複素環化合物、置換もしくは非置換の含窒素複素環化合物のN−オキシド化合物、置換もしくは非置換のアミノ酸化合物、ヒドロキシル基を有する芳香族炭化水素化合物または芳香族複素環状化合物が挙げられ、特に1,2−ジメチルイミダゾール、N−メチルイミダゾール、N−ベンジル−2−メチルイミダゾール、2−メチルイミダゾール、2−エチル−4−イミダゾール、5−メチルベンズイミダゾールなどの低級アルキルイミダゾール、N−ベンジル−2−メチルイミダゾールなどのベンズイミダゾール、イソキノリン、3,5−ジメチルピリジン、3,4−ジメチルピリジン、2,5−ジメチルピリジン、2,4−ジメチルピリジン、4−n−プロピルピリジンなどの置換ピリジンなどが好適に使用することができる。イミド化触媒の使用量は、ポリアミック酸のアミド酸単位に対して0.01〜2倍当量、特に0.02〜1倍当量程度であることが好ましい。
【0023】
フィラーとしては、微粒子状の二酸化チタン粉末、二酸化ケイ素(シリカ)粉末、酸化マグネシウム粉末、酸化アルミニウム(アルミナ)粉末、酸化亜鉛粉末などの無機酸化物粉末、微粒子状の窒化ケイ素粉末、窒化チタン粉末などの無機窒化物粉末、炭化ケイ素粉末などの無機炭化物粉末、および微粒子状の炭酸カルシウム粉末、硫酸カルシウム粉末、硫酸バリウム粉末などの無機塩粉末を挙げることができる。これらのフィラーは二種以上を組合せて使用してもよい。これらのフィラーを均一に分散させるために、それ自体公知の手段を適用することができる。
【0024】
有機リン含有化合物としては、例えば、モノカプロイルリン酸エステル、モノオクチルリン酸エステル、モノラウリルリン酸エステル、モノミリスチルリン酸エステル、モノセチルリン酸エステル、モノステアリルリン酸エステル、トリエチレングリコールモノトリデシルエーテルのモノリン酸エステル、テトラエチレングリコールモノラウリルエーテルのモノリン酸エステル、ジエチレングリコールモノステアリルエーテルのモノリン酸エステル、ジカプロイルリン酸エステル、ジオクチルリン酸エステル、ジカプリルリン酸エステル、ジラウリルリン酸エステル、ジミリスチルリン酸エステル、ジセチルリン酸エステル、ジステアリルリン酸エステル、テトラエチレングリコールモノネオペンチルエーテルのジリン酸エステル、トリエチレングリコールモノトリデシルエーテルのジリン酸エステル、テトラエチレングリコールモノラウリルエーテルのジリン酸エステル、ジエチレングリコールモノステアリルエーテルのジリン酸エステルなどのリン酸エステルや、これらリン酸エステルのアミン塩が挙げられる。アミンとしては、アンモニア、モノメチルアミン、モノエチルアミン、モノプロピルアミン、モノブチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジブチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンが挙げられる。
【0025】
ビフェニルテトラカルボン酸成分とジアミンの有機極性溶媒溶液においてポリアミック酸を生成させる反応は通常、該溶液を10乃至80℃の範囲の温度にて撹拌することにより発生する。
また、上記溶液中のビフェニルテトラカルボン酸成分とジアミンの濃度は、それらの成分の合計量の濃度として、15〜25質量%が選ばれるが、17〜24質量%であることが好ましく、19〜23質量%であることがさらに好ましく、20〜22質量%であることが特に好ましい。
【0026】
ポリアミック酸溶液の固化フィルムは、上記のようなポリアミック酸の有機極性溶媒溶液、あるいはこれにイミド化触媒、有機リン含有化合物、フィラーなどを含むポリアミック酸溶液組成物(以下、ドープ液と云うことがある)を支持体上に流延し、自己支持性となる程度(通常のキュア工程前の段階を意味する)、例えば支持体上より剥離することができる程度であり、温度100〜180℃、好ましくは100〜170℃で5〜60分間程度加熱して製造される。ポリアミック酸溶液は、ポリマー(ポリアミック酸)濃度が約15〜25質量%であるものが好ましい。支持体としては、例えばステンレス基板、ステンレスベルトなどが使用される。特に、固化フィルムの連続製法においては、エンドレスのステンレスベルトを走行させながら、この支持体の表面上にドープ液をTダイのスリットから吐出させて流延させる。そして、支持体の表面に形成されたドープ液の流延膜は、その流延膜から溶媒を部分的(およそ60質量%程度)に蒸発除去するために、50乃至180℃の範囲の気体(好ましくは、90乃至160℃に加熱した空気)と接触させ、溶媒含有量が約30乃至50質量%の固化フィルムを得る。なお、流延膜の厚みおよび固化フィルムの厚みは、目的の芳香族ポリイミドフィルムの厚みを考慮して、決定することができる。
【0027】
得られた固化フィルムは次いで、支持体から剥離される。この剥離は、何等力を加えることなく円滑に実現することが望ましいが、70N/m未満の力を加えて剥離することもできる。
【0028】
本発明においては、固化フィルムを加熱処理してポリイミドフィルムを得る。
固化フィルムを加熱処理してポリイミドフィルムを製造する工程は、イミド化がほぼ完全に完了する温度や加熱時間で行うことができ、通常は最高温度400〜550℃で行なうが、最高温度450〜530℃で行なうことが好ましく、最高温度450〜510℃で行うことが特に好ましい。
【0029】
加熱処理の一例としては、最初に約100〜400℃の温度においてポリマーのイミド化および溶媒の蒸発・除去を約0.1〜5時間、特に0.2〜3時間で徐々に行うことが適当である。特に、この加熱処理は段階的に、約100〜170℃の比較的低い温度で約1〜30分間第一次加熱処理し、次いで170〜220℃の温度で約1〜30分間第二次加熱処理して、その後、220〜400℃の高温で約1〜30分間第三次加熱処理することが好ましい。必要であれば、400〜550℃の高い温度で第四次高温加熱処理してもよい。また、250℃以上の連続加熱処理においては、ピンテンタやクリップなどのテンタ、あるいは枠などで、少なくとも長尺の固化フィルムの長手方向に直角の方向の両端縁を固定して加熱処理を行うことが好ましい。
【0030】
特にポリイミドフィルムとして厚みの厚いフィルムを製造する場合は、例えば、厚みが140〜250μm、特に160〜240μmあるいは70〜230μmのフィルムを製造する場合には、ポリアミック酸溶液としては、ポリマー濃度が約19〜25質量%のポリアミック酸溶液を用いることが好ましい。ポリマー濃度が約20〜24質量%のポリアミック酸がさらに好ましく、ポリマー濃度が約21〜23質量%のポリアミック酸溶液を用いることが特に好ましい。
【実施例】
【0031】
[ドープ液の調製]
(1)ドープ液1(a−BPDA/s−BPDA=10/90)の調製
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物90モル%と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分二無水物10モル%とからなるビフェニルテトラカルボン酸成分と該ビフェニルテトラカルボン酸成分と等モルのp−フェニレンジアミンとをN,N−ジメチルアセトアミドに溶解し、40〜50℃にて30時間撹拌して重合反応を起こさせ、溶液粘度が2000ポイズ(30℃、ブルックフィールド回転粘度計での測定値)でポリアミック酸濃度が22質量%のポリアミック酸溶液を得た。このポリアミック酸溶液に、ポリアミック酸100質量部に対して0.1質量部のモノステアリルリン酸エステルトリエタノールアミン塩と0.5質量部のコロイダルシリカ(平均粒子径:800オングストローム)を加えてドープ液1を調製した。
【0032】
(2)ドープ液2(a−BPDA/s−BPDA=5/95)の調製
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物95モル%と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分二無水物5モル%とからなるビフェニルテトラカルボン酸成分と該ビフェニルテトラカルボン酸成分と等モルのp−フェニレンジアミンとをN,N−ジメチルアセトアミドに溶解し、40〜50℃にて30時間撹拌して重合反応を起こさせ、溶液粘度が3080ポイズ(30℃、ブルックフィールド回転粘度計での測定値)でポリアミック酸濃度が22質量%のポリアミック酸溶液を得た。このポリアミック酸溶液に、ポリアミック酸100質量部に対して0.1質量部のモノステアリルリン酸エステルトリエタノールアミン塩と0.5質量部のコロイダルシリカ(平均粒子径:800オングストローム)を加えてドープ液2を調製した。
【0033】
(3)ドープ液3(a−BPDA/s−BPDA=30/70)の調製
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物70モル%と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分二無水物30モル%とからなるビフェニルテトラカルボン酸成分と該ビフェニルテトラカルボン酸成分と等モルのp−フェニレンジアミンとをN,N−ジメチルアセトアミドに溶解し、40〜50℃にて30時間撹拌して重合反応を起こさせ、溶液粘度が1900ポイズ(30℃、ブルックフィールド回転粘度計での測定値)でポリアミック酸濃度が22質量%のポリアミック酸溶液を得た。このポリアミック酸溶液に、ポリアミック酸100質量部に対して0.1質量部のモノステアリルリン酸エステルトリエタノールアミン塩と0.5質量部のコロイダルシリカ(平均粒子径:800オングストローム)を加えてドープ液3を調製した。
【0034】
(4)ドープ液4(s−BPDA)の調製
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と該二無水物と等モルのp−フェニレンジアミンとをN,N−ジメチルアセトアミドに溶解し、40〜50℃にて30時間撹拌して重合反応を起こさせ、溶液粘度が2000ポイズ(30℃、ブルックフィールド回転粘度計での測定値)でポリアミック酸濃度が18質量%のポリアミック酸溶液を得た。このポリアミック酸溶液に、ポリアミック酸100質量部に対して0.1質量部のモノステアリルリン酸エステルトリエタノールアミン塩と0.5質量部のコロイダルシリカ(平均粒子径:800オングストローム)を加えてドープ液4を調製した。
【0035】
[固化フィルムの製造と評価及び芳香族ポリイミドフィルムの製造]
複数の回転ロールに支持された金属製エンドレスベルト、ドープ液注入口とスリットとを有するTダイ、そしてTダイから所定の距離に配置された固化フィルム剥離装置を備えた固化フィルム製造装置を用意し、そのエンドレスベルトをゆっくり走行させながら、ドープ液をTダイに注入し、そのスリットから連続的に吐出させてドープ液を金属製ベルトの表面に流延させ、この流延膜に温度約120〜150℃の加熱空気を当てた。次いで、生成した固化フィルムを固化フィルム剥離装置により剥離した。
剥離した固化フィルムについては、続いて、両側縁部を拘束して最高加熱温度500℃で加熱を行ない、目的の芳香族ポリイミドフィルムを得た。
【0036】
なお、この固化フィルムの製造操作では、前記のドープ液1、ドープ液2、ドープ液3、そしてドープ液4のそれぞれを用い、最終的に製造されるポリイミドフィルムの厚さが所定の厚さとなるようにドープ液の流延量を調整し、また、エンドレスベルトを異なる走行速度で走行させて、固化フィルムの剥離させた。この剥離に際しては、下記の方法により剥離性(剥離し易さ)を測定し、評価した。また、固化フィルムの溶媒含有量も下記の方法により測定した。
【0037】
(イ)剥離性の測定と評価
バネ式自動手ばかりを用いて、固化フィルムをベルトから引き剥がす際のフィルム幅1m当たりの剥離に必要な力(N/m)を測定した。そして、剥離に力が必要としなかった場合には、剥離性A、剥離に必要な力が10N/m以上で30N/m未満であった場合には剥離性B、剥離に必要な力が30N/m以上で70N/m未満であった場合には剥離性C、剥離に必要な力が70N/m以上であった場合には不合格とした。
【0038】
(ロ)溶媒含有量の測定
剥離した固化フィルムを200mm×200mmの正方形に切り取って固化フィルム試料を作成した。この固化フィルム試料の質量(W1)を測定し、次いで、該固化フィルム試料を400℃で30分間加熱乾燥して、乾燥後の固化フィルム試料の質量(W2)を測定した。次いで、下記の式に基づいて、固化フィルム試料の溶媒含有量を算出した。
溶媒含有量(質量%)=[(W1−W2)/W1]×100
【0039】
[芳香族ポリイミドフィルムの評価]
得られた芳香族ポリイミドフィルムについては、下記の方法により、引張強度、伸び、そして端裂抵抗を測定した。
【0040】
(イ)引張強度および伸び
引張試験機を用い、JIS K7161に準拠して、クロスヘッドスピード50mm/分の引張速度にて引張試験を行なって引張強度と伸びとを測定した。
試験片の幅は10mm、長さは200mmとし、試験は5個の試験片について行ない、その平均値を測定値とした。
(ロ)端裂抵抗
JIS C2151のB法に準拠して測定した。
【0041】
[実施例、比較例、および参考例]
(1)厚み75μmの芳香族ポリイミドフィルム

第1表
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参考例 実施例 比較例
1 2 1 2 3 1
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ドープ液 4 4 1 1 1 3
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製膜速度(相対速度) 1 1.10 1.27 1.33 1.40 0.90
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溶媒含有量(%) 39.0 39.5 40.3 41.5 42.6 -
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剥離性 C 不合格 B B C A
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引張強度(相対値) 1 1.03 1.15 1.12 1.17 -
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伸び(相対値) 1 0.93 1.38 1.62 1.76 -
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端裂抵抗(相対値) 1 0.85 0.93 0.87 0.86 -
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なお、ドープ液3は、製膜速度を上げると、固化フィルムが脆くなるため、遅い速度で製膜した。
【0042】
第1表に示した結果から明らかなように、ドープ液を調製する際に、s−BPDAの一部を本発明で規定した範囲の比率のa−BPDAで置き換えた場合には、製膜速度を30%程度まで上げても、工業的に問題がない剥離操作が可能であった。また、得られる芳香族ポリイミドフィルムは、テトラフェニルカルボン酸成分としてs−BPDA単独を用いたドープ液から得た芳香族ポリイミドフィルムとほぼ同等の物性を示した。
【0043】
[水蒸気透過特性の評価]
上記の参考例1と実施例1のそれぞれで製造した芳香族ポリイミドフィルムについて、JIS K7129のB法に従って、水蒸気透過係数を測定した。第2表に、測定結果を示す。

第2表
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水蒸気透過係数(g・mm/m2・24Hr)
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参考例1 0.079
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実施例1 0.188
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【0044】
(2)厚み180μmの芳香族ポリイミドフィルム

第3表
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参考例3 実施例4
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ドープ液 4 2
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製膜速度(相対速度) 1 1.00
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溶媒含有量(%) (発泡) -
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剥離性 C A
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【0045】
なお、実施例4で得られた芳香族ポリイミドフィルムの引張強度、伸び、端裂抵抗は、前記の参考例1で得られた芳香族ポリイミドフィルムの引張強度、伸び、端裂抵抗をそれぞれ1とした場合、それぞれ1.33、1.07、2.36であった。
【0046】
第3表及び下記の第4表に示した結果から明らかなように、ドープ液を調製する際に、s−BPDAの一部を本発明で規定した範囲の比率のa−BPDAで置き換えた場合には、s−BPDA単独を用いたドープ液から厚さの厚い固化フィルムを製造する際に発生しやすい発泡の発生が避けられる。
【0047】
(3)厚み220μmと200μmの芳香族ポリイミドフィルム

第4表
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実施例5 実施例6
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ドープ液 2 2
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剥離性 A A
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引張強度(相対値) 1.25 1.28
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伸び(相対値) 0.96 1.19
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端裂抵抗(相対値) 2.85 3.11
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位を75:25乃至97:3の範囲のモル比にて含むビフェニルテトラカルボン酸単位とp−フェニレンジアミン単位とを100:102乃至100:98の範囲のモル比にて含む芳香族ポリイミドからなる厚さが5乃至250μmの範囲にある芳香族ポリイミドフィルム。
【請求項2】
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位とのモル比が80:20乃至96:4の範囲にある請求項1に記載の芳香族ポリイミドフィルム。
【請求項3】
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸単位とのモル比が85:15乃至95:5の範囲にある請求項2に記載の芳香族ポリイミドフィルム。
【請求項4】
水蒸気透過率が0.1乃至0.5g・mm/m2・24Hrの範囲にある請求項1乃至3のいずれかの項に記載の芳香族ポリイミドフィルム。
【請求項5】
厚さが25乃至230μmの範囲にある請求項1乃至4のうちのいずれかの項に記載の芳香族ポリイミドフィルム。
【請求項6】
下記の工程を含む請求項1に記載の芳香族ポリイミドフィルムの製造方法:
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分と2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸成分を75:25乃至97:3の範囲のモル比にて含むビフェニルテトラカルボン酸成分とp−フェニレンジアミン成分とを100:102乃至100:98の範囲のモル比にて含み、それらの成分の合計の濃度が15〜25質量%である有機極性溶媒溶液を調製する工程;
上記極性溶媒溶液を10乃至80℃の範囲の温度にて撹拌して、ポリアミック酸溶液を調製する工程;
上記ポリアミック酸溶液を走行下にあるベルトもしくは回転下にあるドラムである支持体の表面に流延して流延膜を形成し、かつ該流延膜を50乃至180℃に加熱した気体と接触させることにより、溶媒の一部を蒸発除去し、溶媒含有量が30乃至50質量%の固化フィルムを調製する工程;
上記固化フィルムを支持体から剥離する工程;
剥離した固化フィルムを400乃至550℃の温度にて加熱する工程。

【公開番号】特開2009−120772(P2009−120772A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−298678(P2007−298678)
【出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】