説明

蒸着装置および蒸着方法

【課題】ルツボ割れを早期に検知し蒸着装置のダメージを小さくすることが可能な蒸着装置および蒸着方法を提供すること。
【解決手段】蒸着装置100は、膜材料22を蒸発させて基板表面72aに成膜する蒸着装置であって、蒸着槽10と、蒸着槽10内に配置され、膜材料22が収容されるルツボ20と、膜材料22またはルツボ20を加熱する加熱手段30と、加熱手段30を制御する制御部50と、膜材料22の蒸着レートを測定する蒸着レート測定手段40と、を備え、制御部50は、加熱手段30による加熱を開始してから所定時間が経過する前、または加熱手段30のパワーが所定値に到達する前に、蒸着レート測定手段40による測定結果が所定の閾値以上になった場合、加熱手段30による加熱を停止させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸着装置および蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な蒸着装置は、蒸着装置内のルツボに収容した膜材料を直接的または間接的に加熱して蒸発させ、蒸発した膜材料の粒子を基板表面に堆積させることにより膜を形成する。膜材料を加熱する昇温時や蒸着終了後の降温時にルツボ割れが発生することがある。ルツボ割れの原因としては、ルツボの内面と外面との間に生じる温度差や、膜材料が凝固する際の膜材料とルツボとの熱膨張係数の差による応力等が考えられる。降温時に発生したルツボの微細なクラックにより、次の昇温時にルツボ割れが発生することもある。
【0003】
このようなルツボ割れの発生を防止または低減するため、降温時に専用ヒータでルツボ内部の温度勾配を調節することにより、ルツボ割れの発生を低減する方法が提案されている(例えば特許文献1)。また、ルツボの材質および被覆を工夫することにより割れにくくする方法が提案されている(例えば特許文献2)。
【0004】
【特許文献1】特開平9−143685号公報
【特許文献2】特開2003−56988号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの方法によってもルツボ割れの発生をなくすことは困難である。ルツボ割れが発生した場合、ルツボ内の膜材料が流出して蒸着装置の加熱機構やルツボ周辺の部材に付着し凝固するため、蒸着装置の修理または修復に時間を要してしまう。昇温時にルツボ割れが発生した場合は、膜材料が高温となっているため蒸着装置内に広がり易く、蒸着装置が受けるダメージがさらに大きくなる。したがって、ルツボ割れの発生を早期に検知し、蒸着装置が受けるダメージをできるだけ小さくすることが求められている。
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[適用例1]本適用例に係る蒸着装置は、膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着装置であって、蒸着槽と、前記蒸着槽内に配置され、前記膜材料が収容されるルツボと、前記膜材料または前記ルツボを加熱する加熱手段と、前記加熱手段を制御する制御部と、前記膜材料の蒸着レートを測定する蒸着レート測定手段と、を備え、前記制御部は、前記加熱手段による加熱を開始してから所定時間が経過する前、または前記加熱手段のパワーが所定値に到達する前に、前記蒸着レート測定手段による測定結果が所定の閾値以上になった場合、前記加熱手段による加熱を停止させることを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、加熱中にルツボ割れが発生した場合、加熱された膜材料がルツボ外に流出して蒸発量が通常の場合よりも多くなるので、蒸着レートが通常の場合よりも上昇する。このため、加熱を開始してから蒸着レートが所定の閾値に到達するまでの通常の所定時間より短い時間、または蒸着レートが所定の閾値に到達するときの通常のパワーの所定値よりも小さなパワーで蒸着レートが所定の閾値に到達した場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。これにより、ルツボ割れを早期に検知できる。また、ルツボ割れの発生が検知された場合、加熱が停止されるので、ルツボ内の膜材料の温度が低下して、膜材料の流出が抑えられる。これにより、蒸着装置が受けるダメージを小さくすることができる。
【0009】
[適用例2]本適用例に係る蒸着装置は、膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着装置であって、蒸着槽と、前記蒸着槽内に配置され、前記膜材料が収容されるルツボと、前記膜材料または前記ルツボを加熱する加熱手段と、前記加熱手段を制御する制御部と、前記膜材料の蒸着レートを測定する蒸着レート測定手段と、を備え、前記制御部は、前記蒸着レート測定手段による測定結果に基づいて前記蒸着レートが所定範囲に収まるように前記加熱手段のパワーを調整しているときに、前記パワーが所定の閾値以下になった場合、前記加熱手段による加熱を停止させることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、加熱中にルツボ割れが発生した場合、膜材料の蒸発量が通常の場合よりも多くなるため、蒸着レートが所定範囲に収まるように加熱手段のパワーを調整すると、パワーは通常の場合よりも小さくなる。このため、通常の場合のパワーの下限値よりも小さな値をパワーの閾値とすれば、パワーがこの閾値以下になった場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。これにより、ルツボ割れを早期に検知できる。また、ルツボ割れの発生が検知された場合、制御部により加熱が停止されるので、ルツボ内の膜材料の温度が低下して、膜材料の流出が抑えられる。これにより、蒸着装置が受けるダメージを小さくすることができる。
【0011】
[適用例3]上記適用例に係る蒸着装置であって、前記加熱手段による加熱が停止された場合、その旨通知する通知手段を備えていてもよい。
【0012】
この構成によれば、ルツボ割れの発生が検知された場合、オペレータにその旨通知することができる。
【0013】
[適用例4]上記適用例に係る蒸着装置であって、前記ルツボの少なくとも側部を囲む保護部材を備えていてもよい。
【0014】
この構成によれば、保護部材によりルツボから流出する膜材料が蒸着槽内に広がるのを抑えることができる。
【0015】
[適用例5]本適用例に係る蒸着方法は、蒸着槽内でルツボに収容した膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着方法であって、加熱手段により前記膜材料または前記ルツボの加熱を開始してから所定時間が経過する前、または前記加熱手段のパワーが所定値に到達する前に、蒸着レートが所定の閾値以上になった場合、前記加熱手段による加熱を停止することを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、加熱中にルツボ割れが発生した場合、加熱された膜材料がルツボ外に流出して蒸発量が通常の場合よりも多くなるので、蒸着レートが通常の場合よりも上昇する。このため、加熱を開始してから蒸着レートが所定の閾値に到達するまでの通常の所定時間より短い時間、または蒸着レートが所定の閾値に到達するときの通常のパワーの所定値よりも小さなパワーで蒸着レートが所定の閾値に到達した場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。これにより、ルツボ割れを早期に検知できる。また、ルツボ割れの発生が検知された場合、加熱が停止されるので、ルツボ内の膜材料の温度が低下して、膜材料の流出が抑えられる。これにより、蒸着装置が受けるダメージを小さくすることができる。
【0017】
[適用例6]本適用例に係る蒸着方法は、蒸着槽内でルツボに収容した膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着方法であって、蒸着レートが所定範囲に収まるように前記膜材料または前記ルツボを加熱する加熱手段のパワーを調整しているときに、前記パワーが所定の閾値以下になった場合、前記加熱手段による加熱を停止することを特徴とする。
【0018】
この構成によれば、加熱中にルツボ割れが発生した場合、蒸着レートが通常の場合に比べて上昇するため、蒸着レートが所定範囲に収まるように加熱手段のパワーを調整すると、パワーは通常の場合よりも小さくなる。このため、通常の場合のパワーの下限値よりも小さな値をパワーの閾値に設定すれば、パワーがこの閾値以下になった場合ルツボ割れが発生したと判断できる。これにより、ルツボ割れを早期に検知できる。また、ルツボ割れの発生が検知された場合、加熱が停止されるので、ルツボ内の膜材料の温度が低下して、膜材料の流出が抑えられる。これにより、蒸着装置が受けるダメージを小さくすることができる。
【0019】
[適用例7]上記適用例に係る蒸着方法であって、前記加熱手段による加熱が停止された場合、その旨通知すること特徴とする。
【0020】
この構成によれば、ルツボ割れの発生が検知された場合、オペレータにその旨通知することができる。
【0021】
[適用例8]上記適用例に係る蒸着方法であって、前記加熱手段による加熱が停止された場合、所定時間後に蒸着槽の排気を行ってもよい。
【0022】
この構成によれば、ルツボ割れの発生が検知された後速やかに蒸着槽の排気を行うことにより、膜材料が早く凝固するので、蒸着装置が受けるダメージをより小さくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、本実施の形態について図面を参照して説明する。なお、参照する各図面において、構成をわかりやすく示すため、各構成要素の寸法の比率等は適宜異ならせてある。
【0024】
(第1の実施形態)
<蒸着装置>
まず、第1の実施形態に係る蒸着装置の構成について図を参照して説明する。図1は、第1の実施形態に係る蒸着装置の概略構成図である。
【0025】
図1に示すように、本実施形態に係る蒸着装置100は、蒸着槽10と、ルツボ20と、加熱手段30と、蒸着レート測定手段40と、制御部50と、通報手段60と、基板72を保持する保持部70と、を備えている。また、図示しないが、蒸着装置100は、蒸着槽10内を排気して減圧する真空ポンプを備えている。
【0026】
蒸着槽10は、ほぼ円形の上部12および底部14と、ほぼ円筒形状の側部16とを有している。ルツボ20は、蒸着槽10内の底部14側に配置されている。ルツボ20は、ほぼ円形の底部と、開口部側に向かって口径が大きくなる円筒形状の側部と、開口部の周囲を囲むほぼ円形の周縁部とを有している。ルツボ20は、例えばセラミック材料からなる。セラミック材料としては、窒化ボロン、カーボン、石英、窒化アルミニウム、窒化ケイ素等を用いることができる。ルツボ20内には、例えばアルミニウム等の膜材料22が収容される。
【0027】
加熱手段30は、高周波誘導加熱方式であり、加熱コイル32と高周波電源34とを備えている。加熱コイル32は、ルツボ20の側部の周囲を囲むように配置されており、高周波電源34に接続されている。加熱手段30は、高周波電源34から供給される電力により加熱コイル32に高周波電流が流れることで、ルツボ20内の膜材料22が直接加熱されるようになっている。
【0028】
蒸着レート測定手段40は、蒸着槽10内の側部16に配置されている。蒸着レート測定手段40は、例えば、水晶振動子を含んで構成される。蒸着レート測定手段40は、水晶振動子上に付着した膜材料22による周波数の変化から、単位時間あたりに成膜される膜厚を測定する。蒸着レート測定手段40の測定結果により、基板72に蒸着される膜材料22の蒸着レートが予測できる。蒸着レート測定手段40の測定結果は、制御部50にフィードバックされる。
【0029】
制御部50は、高周波電源34と、蒸着レート測定手段40と、通報手段60とに接続されている。制御部50は、予め設定された加熱プログラムに基づいて、高周波電源34から加熱コイル32に供給される電力(以下、パワーという)を制御することが可能である。また、制御部50は、蒸着レート測定手段40による測定結果をモニタして、蒸着レートが所定範囲に収まるようにパワーを制御することが可能である。そして、制御部50は、パワーと経過時間と蒸着レートとがルツボ割れの発生を検知するために予め設定された条件に適合した場合、加熱手段30による加熱を停止する。
【0030】
また、制御部50は、上述の条件に適合した場合で加熱が停止されたときに、通報手段60に信号を出力する。通報手段60は、警報音を発生する装置と警告灯とを備えている。通報手段60は、制御部50に接続されており、制御部50から信号が出力されたときに警報音を発生させるとともに警告灯を点灯させる。これにより、オペレータにルツボ割れ等の異常が発生したことを通知することができる。
【0031】
保持部70は、蒸着槽10内の上部12に配置されている。保持部70は、基板保持面70aに、基板表面72aが底部14と対向するように基板72を保持する。なお、蒸着装置100は、モータ、変速機等を内蔵し基板保持面70aの法線に平行な回転軸を介して保持部70を基板72とともに回転駆動する回転手段を備えていてもよい。
【0032】
<蒸着方法>
次に、第1の実施形態に係る蒸着方法について、図を参照して説明する。図2は、第1の実施形態に係る蒸着方法を説明するフローチャートである。図3、図4、および図5は、第1の実施形態に係る蒸着方法を説明する図である。詳しくは、図4は、図3のB1の区間の時間軸を拡大して示した図である。本実施形態に係る蒸着方法は、図2に示すように、パワー制御ステップS10と、蒸着レート制御ステップS20と、成膜終了ステップS30と、を備えている。
【0033】
まず本実施形態に係る加熱方法を説明する。図3に、蒸着装置100を用いてアルミニウムを膜材料22として成膜するときの加熱プログラムの一例を示す。図3において、Aで示す区間がパワー制御ステップS10に対応し、Bで示す区間が蒸着レートステップS20に対応している。この加熱プログラムは、Aで示す区間、すなわちパワー制御ステップS10においてパワーを段階的に上昇させるパワー制御プログラムと、Bで示す区間、すなわち蒸着レート制御ステップS20において蒸着レートが所定の範囲に収まるようにパワーを調整する蒸着レート制御プログラムと、で構成される。
【0034】
図2のパワー制御ステップS10では、加熱開始ステップS11の後、パワー上昇ステップS12において、パワー制御プログラムによりパワーを上昇させてルツボ20内の膜材料22を加熱する。より具体的には、表1に示すテーブルにしたがって、制御部50によりパワーを段階的に上昇させる。なお、図3、図4、および表1におけるパワーはレベル値(%)である。
【0035】
表1に示すように、まずパワーを0%から20%まで30分間で上昇させた後、パワーを20%で30分間維持するように制御する。次に、パワーを20%から40%まで30分間で上昇させた後、パワーを40%で30分間維持する。同様にして、パワーを80%まで段階的に上昇させる。このようにパワーを段階的に上昇させることにより、膜材料22の温度を緩やかに上昇させて、ルツボ20の内面と外面との間の温度差を小さくし、膜材料22とルツボ20との熱膨張係数の差による応力を緩和している。
【0036】
【表1】

【0037】
そして、ステップS13で、蒸着レート測定手段40による測定結果に基づき、蒸着レートが所定値1、例えば0.1nm/secに到達したことが確認されたら、蒸着レートステップS20に移行し、蒸着レート制御プログラムに切り替わる。このとき、パワーは80%に到達していなくてもよい。通常の場合、加熱開始からの経過時間が186分程度の時点で蒸着レートが0.1nm/secに到達し、この時点でのパワーは74%程度である。ステップS13で蒸着レートが所定値1に到達していなければ、パワー上昇ステップS12が継続される。
【0038】
蒸着レート上昇ステップS21では、蒸着レート制御プログラムにより、蒸着レートが上昇して所定値2、例えば0.5nm/secに到達するまで、パワーを上昇させる。そして、ステップS22で蒸着レートが所定値2に到達したことが確認されたら、成膜ステップS23に移行する。ステップS22で蒸着レートが所定値2に到達していなければ、蒸着レート上昇ステップS21が継続される。
【0039】
成膜ステップS23では、蒸着レートが所定の範囲に収まるようにパワーを調整する状態(以下、蒸着レート制御状態という)が継続され、この蒸着レート制御状態において成膜を行う。蒸着レートの所定の範囲は、例えば0.5±0.05nm/secである。通常の場合、蒸着レートが0.5nm/secに到達するまでの間はパワーが80%程度に上昇するが、蒸着レート制御状態になって蒸着レートが安定するとパワーは74%程度となる。成膜が終了したら、成膜終了ステップS30に移行し、加熱を停止する。
【0040】
成膜ステップS23において継続的に成膜を行うため、ルツボ20内にワイヤ状の膜材料22を、例えば5分に1回の割合で供給する。図4に示すように、蒸着レート制御状態において、材料供給時間C1,C2,C3のそれぞれの間に膜材料22がルツボ20内に供給されている。膜材料22が供給されている間は、蒸着レートが一時的に低下するため蒸着レート制御プログラムから外れ、パワーを蒸着レート制御状態にあるときよりも若干高く、例えば76%に設定して維持する。
【0041】
膜材料22の供給が終了すると蒸着レート制御プログラムに戻るが、蒸着レートが安定するのは膜材料供給終了後2〜3分程度経過してからである。なお、膜材料22がルツボ20内に供給されている間は、膜材料22が急激に溶融されて飛散することがあるため、基板表面72aへの成膜を行わない。
【0042】
次に、ルツボ割れの検知方法について説明する。図5は、蒸着装置100を用いて上述の加熱プログラムでルツボ20内の膜材料22を加熱する際に、ルツボ20の割れが発生しない場合(以下、通常の場合という)とルツボ20の割れが発生した場合(以下、ルツボ割れの場合という)とにおける蒸着レートの推移を比較して示した図である。図5からわかるように、通常の場合およびルツボ割れの場合の双方において、加熱開始からの経過時間が145分程度の時点で蒸着レートが上昇し始める。この時点におけるパワーは、図5からは読み取れないが、59%程度である。
【0043】
蒸着レートが所定値1の0.1nm/secに到達するまでの経過時間は、通常の場合が186分程度であるのに対して、ルツボ割れの場合は173分程度である。また、この時点におけるパワーは、図5からは読み取れないが、通常の場合が上述の通り74%程度であるのに対して、ルツボ割れの場合は60%程度である。つまり、ルツボ割れの場合は、通常の場合よりも短い時間かつ小さいパワーで蒸着レートが上昇する。これは、ルツボ割れの場合、加熱された膜材料22がルツボ20外に流出して蒸発量が通常の場合よりも多くなることにより、蒸着レートが通常の場合に比べて上昇するためである。そこで、パワーと加熱時間と蒸着レートとの相互関係から、ルツボ割れの発生を検知するための条件を設定する。
【0044】
まず、パワー制御ステップS10において、パワーが上昇している状態でのルツボ割れの発生を検知するための条件について述べる。例えば、パワー制御プログラムから蒸着レート制御プログラムに切り替わるときの蒸着レート0.1nm/secを蒸着レートの閾値とする。次に、通常の場合において蒸着レートが閾値に到達するまでの経過時間の下限(以下、所定時間という)を、186分よりも短い値、例えば185分とする。また、通常の場合において蒸着レートが閾値に到達するときのパワーの下限(以下、所定値という)を、74%よりも小さい値、例えば70%とする。
【0045】
ルツボ割れの場合は、通常の場合よりも短い時間かつ小さいパワーで蒸着レートがこの閾値以上となるので、上述の設定条件に基づいて、所定時間の185分が経過する前か、またはパワーが所定値の70%に到達する前に、蒸着レートが閾値の0.1nm/sec以上となった場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。
【0046】
なお、蒸着レートの閾値は上述の値に限定されない。例えば、蒸着レートの閾値を0.05nm/secとすれば、蒸着レートが閾値に到達するまでの経過時間は、通常の場合184分程度であるが、ルツボ割れの場合は168分程度である。したがって、例えば、通常の場合において蒸着レートが閾値に到達する所定時間を182分とすれば、所定時間の182分が経過する前に蒸着レートが閾値以上になった場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。
【0047】
また、パワーと蒸着レートとの対比から、パワーが所定値にあるときの通常の場合の蒸着レートの上限を超える値を蒸着レートの閾値に設定し、パワーが所定値に到達した時点で蒸着レートが閾値以上になった場合、ルツボ割れが発生したと判断してもよい。
【0048】
次に、蒸着レート制御ステップS20において、蒸着レート制御状態でのルツボ割れの発生を検知するための条件について述べる。上述の通り、ルツボ割れが発生すると膜材料の蒸発量が通常の場合よりも多くなる。蒸着レート制御状態においては、蒸着レートが所定範囲に収まるようにパワーを調整するので、ルツボ割れが発生した場合はパワーが通常の場合の74%よりも小さくなる。そこで、通常の場合のパワーの下限値よりも小さな値、例えば72%をパワーの閾値に設定すれば、蒸着レート制御状態においてパワーが閾値の72%以下になった場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。
【0049】
ただし、成膜ステップS23で、ルツボ20内に膜材料22が供給されているC1,C2,C3(図4参照)の間はパワーが76%で維持されており、また、C1,C2,C3のそれぞれの後2〜3分程度の間は蒸着レートが安定しない。したがって、蒸着レート制御状態においては、例えば膜材料供給終了後3分経過した時点から次の膜材料供給開始までの間において、上述の条件によりルツボ割れの発生を検知できる。
【0050】
以上のように、パワーと加熱時間と蒸着レートとの関係から適宜条件を設定しておくことにより、ルツボ割れの発生を早期に検知できる。パワー制御ステップS10または蒸着レート制御ステップS20においてルツボ割れの発生が検知された場合、制御部50により高周波電源34による加熱が停止されるので、ルツボ20内の膜材料22の温度が低下する。これにより、膜材料22の流出量が抑えられるので、蒸着装置100が受けるダメージを小さくすることができる。
【0051】
また、ルツボ割れの発生が検知されると、制御部50が通報手段60に信号を出力し、通報手段60はこの信号を受けて警報音を発生するとともに警告灯を点灯して、ルツボ割れが発生したことをオペレータに通知する。これにより、オペレータが蒸着装置100のダメージを小さくするために処置を講ずることができる。この処置として、例えば、加熱停止から所定時間後に蒸着槽10の排気を行ってもよい。この所定時間とは、加熱停止直後であってもよいし、ルツボ20の温度がある程度低下するまでの時間であってもよい。蒸着槽10の排気を行うことにより、膜材料22の凝固が早められるので、蒸着装置100が受けるダメージをより小さくすることができる。
【0052】
(第2の実施形態)
<蒸着装置>
次に、第2の実施形態に係る蒸着装置の構成について図を参照して説明する。図6は、第2の実施形態に係る蒸着装置の概略構成図である。
【0053】
第2の実施形態に係る蒸着装置200は、第1の実施形態に係る蒸着装置100に対して、保護部材を備えている点が異なっているが、その他の構成は同じである。なお、第1の実施形態と共通する構成要素については同一の符号を付しその説明を省略する。
【0054】
本実施形態に係る蒸着装置200は、図6に示すように、蒸着槽10と、ルツボ20と、保護部材24と、加熱手段30と、蒸着レート測定手段40と、制御部50と、通報手段60と、基板72を保持する保持部70と、を備えている。
【0055】
保護部材24は、円形の底部と円筒形状の側部とを有しており、ルツボ20の底部と側部とを囲むように配置されている。保護部材24は、円筒形状の側部のみを有し、ルツボ20の側部を囲むように配置されていてもよい。保護部材24は、例えば繊維状のアルミナ等で形成されている。保護部材24は、断熱部材を兼ねていてもよい。
【0056】
蒸着装置200の構成によれば、ルツボ20が割れてルツボ20内の膜材料22が流出した場合、保護部材24が流出した膜材料22を吸収することができる。また、保護部材24がルツボ20を囲むように配置されているので、流出した膜材料22をルツボ20と保護部材24との間の空間が満たされる範囲の量までこの空間内に留めることができる。したがって、ルツボ20の割れを早期に検知して加熱が停止されれば、膜材料22の流出が抑えられるので、流出した膜材料22が広がって加熱コイル32や蒸着槽10内に付着するのを防止することができる。
【0057】
(第3の実施形態)
<蒸着方法>
次に、第3の実施形態に係る蒸着方法について図を参照して説明する。図7は、第3の実施形態に係るルツボ割れの検知方法を説明する図である。
【0058】
第3の実施形態に係る蒸着方法は、第1の実施形態に係る蒸着方法に対して、ルツボ割れの検知方法、詳しくは、パワー制御ステップS10においてパワーが上昇している状態でのルツボ割れの発生を検知するための条件が異なっているが、その他の方法および条件は同じである。なお、第1の実施形態と共通する構成要素についてはその説明を省略する。
【0059】
第1の実施形態で述べた通り、ルツボ割れが発生した場合は、蒸着レートが通常の場合に比べて上昇する。したがって、蒸着レートが上昇して通常の場合における蒸着レートのばらつきの上限を超えた場合、ルツボ割れが発生したと判断できる。
【0060】
図7に実線で示す通常の場合の蒸着レートとルツボ割れの場合の蒸着レートとは、図5に示したものと同じである。図7に破線Dで示す蒸着レートは、一例として通常の場合の蒸着レートの値に、通常の場合における蒸着レートのばらつきを考慮し、さらにマージンを含めた係数として1.5を掛けたものである。
【0061】
図7において、ルツボ割れの場合の蒸着レートは、加熱開始後165分程度経過した時点で、この破線Dで示す蒸着レートを上回って上昇する。このように、通常の場合の蒸着レートに所定の係数を掛けて破線Dのような限界線を設定すれば、蒸着レートがこの限界線を越えることで、ルツボ割れの発生を検知できる。なお、上述の係数は1.5に限定されるものではなく、蒸着レートのばらつきに基づいて適宜設定すればよい。
【0062】
第3の実施形態の蒸着方法によれば、加熱開始後のより短い時間でルツボ割れが検知できるので、加熱開始後短時間でルツボ割れが発生した場合、蒸着装置100,200が受けるダメージをより小さくすることができる。
【0063】
上記実施形態に対しては、様々な変形を加えることが可能である。変形例としては、例えば以下のようなものが考えられる。
【0064】
<変形例1>
上記の実施形態では、加熱手段30は、加熱コイル32と高周波電源34とを備え、ルツボ20内の膜材料22を直接加熱する高周波誘導加熱方式であったが、このような形態に限定されない。加熱手段は、電子ビーム加熱方式、レーザビーム加熱方式、抵抗加熱方式、等の他の加熱方式に対応した構成であってもよいし、ルツボを加熱することにより膜材料を間接的に加熱する方式であってもよい。
【0065】
<変形例2>
上記の実施形態では、加熱開始後蒸着レートが所定の値に到達するまでパワー制御プログラムによりパワーを段階的に上昇させ、蒸着レートが所定の値に到達した時点で、蒸着レート制御プログラムに切り替えたが、このような形態に限定されない。加熱開始時から蒸着レート制御プログラムにより加熱してもよい。
【0066】
加熱開始時から蒸着レート制御プログラムにより加熱する場合、蒸着レートが所定の値、例えば0.5nm/secに到達するまでは、蒸着レートが上昇するにつれてパワーがほぼ連続的に上昇する。この蒸着レートが上昇している状態においてルツボ割れが発生した場合、通常の場合よりも小さいパワーで同じ蒸着レートに到達する。
【0067】
そこで、通常の場合における蒸着レートとパワーとの関係に基づいて、蒸着レートの所定値と、蒸着レートが所定値に到達したときのパワーの値よりも小さいパワーの閾値とを設定すれば、蒸着レートが所定値に到達した時点でパワーが閾値以下であった場合、ルツボ割れが発生したと考えられる。このようにして、加熱開始時から蒸着レート制御プログラムにより加熱する場合においても、ルツボ割れの発生を検知できる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】第1の実施形態に係る蒸着装置の概略構成図。
【図2】第1の実施形態に係る蒸着方法を説明するフローチャート。
【図3】第1の実施形態に係る蒸着方法を説明する図。
【図4】第1の実施形態に係る蒸着方法を説明する図。
【図5】第1の実施形態に係る蒸着方法を説明する図。
【図6】第2の実施形態に係る蒸着装置の概略構成図。
【図7】第3の実施形態に係るルツボ割れの検知方法を説明する図。
【符号の説明】
【0069】
10…蒸着槽、12…上部、14…底部、16…側部、20…ルツボ、22…膜材料、24…保護部材、30…加熱手段、32…加熱コイル、34…高周波電源、40…蒸着レート測定手段、50…制御部、60…通報手段、70…保持部、70a…基板保持面、72…基板、72a…基板表面、100,200…蒸着装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着装置であって、
蒸着槽と、
前記蒸着槽内に配置され、前記膜材料が収容されるルツボと、
前記膜材料または前記ルツボを加熱する加熱手段と、
前記加熱手段を制御する制御部と、
前記膜材料の蒸着レートを測定する蒸着レート測定手段と、を備え、
前記制御部は、前記加熱手段による加熱を開始してから所定時間が経過する前、または前記加熱手段のパワーが所定値に到達する前に、前記蒸着レート測定手段による測定結果が所定の閾値以上になった場合、前記加熱手段による加熱を停止させることを特徴とする蒸着装置。
【請求項2】
膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着装置であって、
蒸着槽と、
前記蒸着槽内に配置され、前記膜材料が収容されるルツボと、
前記膜材料または前記ルツボを加熱する加熱手段と、
前記加熱手段を制御する制御部と、
前記膜材料の蒸着レートを測定する蒸着レート測定手段と、を備え、
前記制御部は、前記蒸着レート測定手段による測定結果に基づいて前記蒸着レートが所定範囲に収まるように前記加熱手段のパワーを調整しているときに、前記パワーが所定の閾値以下になった場合、前記加熱手段による加熱を停止させることを特徴とする蒸着装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の蒸着装置であって、
前記加熱手段による加熱が停止された場合、その旨通知する通知手段を備えていることを特徴とする蒸着装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の蒸着装置であって、
前記ルツボの少なくとも側部を囲む保護部材を備えていることを特徴とする蒸着装置。
【請求項5】
蒸着槽内でルツボに収容した膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着方法であって、
加熱手段により前記膜材料または前記ルツボの加熱を開始してから所定時間が経過する前、または前記加熱手段のパワーが所定値に到達する前に、蒸着レートが所定の閾値以上になった場合、前記加熱手段による加熱を停止することを特徴とする蒸着方法。
【請求項6】
蒸着槽内でルツボに収容した膜材料を蒸発させて基板表面に成膜する蒸着方法であって、
蒸着レートが所定範囲に収まるように前記膜材料または前記ルツボを加熱する加熱手段のパワーを調整しているときに、前記パワーが所定の閾値以下になった場合、前記加熱手段による加熱を停止することを特徴とする蒸着方法。
【請求項7】
請求項5または6に記載の蒸着方法であって、
前記加熱手段による加熱が停止された場合、その旨通知すること特徴とする蒸着方法。
【請求項8】
請求項5から7のいずれか1項に記載の蒸着方法であって、
前記加熱手段による加熱が停止された場合、所定時間後に蒸着槽の排気を行うこと特徴とする蒸着方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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