説明

蓄電デバイス容器用ステンレス箔、蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔、及びそれらの製造方法

【課題】クロム化成処理などの表面処理が無くともポリオレフィン系樹脂との密着性が確保でき、電解液との接触によっても密着力の低下がない蓄電デバイス容器用ステンレス箔及びその製造方法を提供する。
【解決手段】CrがFeよりも多く含み、かつ、酸素を20mol%以上60mol%以下含む酸化物皮膜を有するステンレス箔であって、該酸化物皮膜の表面における、圧延方向の算術平均粗さRal、又は、圧延方向に対して直角方向の算術平均粗さRacが、0.1μm以上で該酸化物皮膜の表面の最大深さRt未満であり、Rtが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下であり、該酸化物皮膜の厚みが6nm以上150nm未満であることを特徴とする蓄電デバイス容器用ステンレス箔、及びその製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電デバイス容器用ステンレス箔、蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔、及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器及び電子部品、特に携帯電話、ノート型パソコン、ビデオカメラ、衛星、電気・ハイブリッド自動車等に、ニッケル-カドニウム、ニッケル-水素、リチウムイオン電池等の2次電池やキャパシタを始めとする蓄電デバイスが広く使用されている。従来、ニッケル-カドニウム、ニッケル-水素等の強アルカリ電解質を使用する2次電池では、ニッケルめっきした冷延鋼板からなるケースやプラスチックケースが使用されてきた。また、リチウムイオン電池のように非水電解質を使用する電池でも、アルミニウムパウチに内蔵された電解質をプラスチックケースで包んだり、ニッケルめっき鋼板やステンレス鋼板ケースが使用されている。
【0003】
近年、電子・電気部品の小型化に伴い2次電池やキャパシタを始めとする蓄電デバイスにも小型化・軽量化が要望されるようになった。これらの動向の中で、容器の薄肉化は、限定された容積により多くの電解液やイオンを搭載し、電気容量を増大できるツールとして注目されている。しかし、薄肉化により容器の強度が低下すると、外力や突き刺しが加えられた際に変形、破壊して内容物電解液の液漏れが発生する危険性がある。電解液の液漏れは、蓄電デバイスが内蔵された装置に甚大な障害を与える可能性が高い。そのため、容器の部材がプラスチックやアルミニウムである場合、肉厚が200μm以下では強度が不十分であり、さらなる薄肉化には強度の高い材料が必要である。
【0004】
これらの要求特性を満たす材料としてステンレス箔がある。ステンレス箔は、ステンレス鋼を200μm厚み以下にまで薄肉化した金属箔であり、ステンレス鋼の引張強さ、ビッカース硬さは、一般にプラスチックやアルミニウムの2〜10倍で高強度であるため、蓄電デバイス容器の薄肉材料として有望である。今後の蓄電デバイス開発において、電気容量増大のための薄肉化と、安全性向上のための強度向上を両立するためには、ステンレス箔は必須であるともいえる。
【0005】
従来技術における小型化・軽量化が進んだ蓄電デバイスの代表的なものとしてリチウムイオン2次電池が挙げられ、その容器用の金属箔が特許文献1〜5等に開示されている。これらの特許文献で示されているように、金属箔を用いた蓄電デバイスの容器は、金属箔の片面、もしくは両面に樹脂を被覆することが一般的である。その主な理由は、小型、軽量の容器を封止するのに優れるヒートシールを利用するためである。ヒートシールは、加熱して樹脂を融着させて容器を密閉するため、溶接や巻き締めよりも、特に小型、薄型の容器において簡易に実施可能で、かつ経済性に優れるため、広く普及している。一般的にリチウムイオン2次電池において使用されるヒートシールは、容器の内面側に被覆されたポリオレフィン樹脂の融着によってなされ、近年はポリプロピレンが多く使用されている。ポリプロピレン樹脂を使用して、そのヒートシールは、200℃前後まで加熱されて瞬時に融着されて行われている。この密閉(シール)により、電解液の漏液や外部からの水分侵入を防止できる。
【0006】
耐薬品性に優れ、樹脂材料の中で比較的水分透過量が少ないポリオレフィン樹脂は、上記の用途において好適に使用されているのである。したがって、金属箔を蓄電デバイス容器に使用するには、金属箔が、前記ヒートシールの温度に耐えられることと、及び、ポリオレフィン樹脂を被覆できること、という要件を満たすことが必要である。また、金属箔の両面に樹脂を被覆する場合は、容器の外面側となる金属箔の片面は、絶縁性や耐食性といった外装の保護、ラベルとしての意匠性、及び加工性等を付与できるポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂などを被覆するのが一般的である。
【0007】
また、近年の電子製品、特にリチウムイオンを用いた蓄電デバイスでは、ゴミや異物の混入をはじめとする何らかの製品不良が原因と考えられる火災、異常発熱、破裂事故が数多く報告されている。内容物や容器に異常をきたす上に製品の外観不良も招くため、いかにしてゴミや異物を排除して優れたクリーン性を達成し、かつ樹脂と金属箔との接着欠陥を無くして製品不良を出さないかが重要である。
【0008】
また、表面処理をせずとも樹脂との密着力を向上させる方法として、ステンレス箔を還元雰囲気で熱処理することで密着性に優れる表面酸化被膜を得る技術が特許文献6に開示されている。これ以外にも、ステンレス鋼を還元雰囲気で熱処理して表面皮膜や材料組織を調質する技術が特許文献7〜9などに開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10-208708号公報
【特許文献2】特開2001-30407号公報
【特許文献3】特開2001-266809号公報
【特許文献4】特開2000-123800号公報
【特許文献5】特開2000-357494号公報
【特許文献6】特開2005-1245号公報
【特許文献7】特開平8-92652号公報
【特許文献8】特開平9-209033号公報
【特許文献9】特開2005-213589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、金属箔の両面に樹脂を被覆して蓄電デバイス容器とする場合には、特許文献1〜5に示されているように、金属箔の少なくとも片面、特に容器の内側となる金属箔の面は、電解液と接触しても被覆樹脂と金属箔との密着力が低下して樹脂が剥離しないように、該密着力を向上させることができるクロメートなどのクロム化成処理が施されている。しかしながら、クロム化成処理で得られる皮膜は、加熱されると脱酸素反応による水和酸化クロムのネットワーク構造の分解が起こり、低分子化が進行して皮膜欠陥が増加し、耐食性などの性能が劣化し易い。よって、樹脂を被覆した金属箔を用いた蓄電デバイス容器はヒートシールにより封止されるが、このクロメートなどのクロム化成処理皮膜の低分子化は200〜300℃で進行するため、ヒートシール時に皮膜に欠陥が入って被覆樹脂との密着力が低下し易くなるという問題がある。
【0011】
また、クロム化成処理の方法では、クロム酸溶液などの薬液により処理されるため、薬液の廃棄等で環境問題への負荷が大きく、将来より一層厳しくなる環境規制に十分に対応できるとは言い難い。
【0012】
また、クロム化成処理の方法では、基材となる金属箔への薬液塗布、加熱硬化、溶媒乾燥、養生等を必要とするので、工程が多くなり、煩雑であるため、経済性が悪いという課題がある。さらに、この方法では、ゴミや異物を混入し易く、また、金属箔の表面の濡れ性が不十分だと塗布抜けなどの塗布不良部が発生する懸念が強く、製品不良につながる。
【0013】
また、特許文献6に開示されている技術では、ステンレス箔を還元雰囲気で熱処理することで得られる表面酸化被膜はSiを濃化させており(酸化珪素を含む酸化被膜、或いは、珪酸塩被膜となっており)、エポキシやポリエステルなどの樹脂組成物の密着力にしか寄与しない。一方、蓄電デバイス容器の内側には耐電解液性が求められるため、耐薬品性の高いポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィン系樹脂が被覆されるが、これらは極性が低く金属との密着が難しいため、この技術では十分な効果がない。また、特にリチウムイオン2次電池では、電解液に極少量の水分が混入するだけでフッ化水素が発生し、フッ化水素はSiと酸素(O)の結合(SiO結合)を優先的に開裂して樹脂組成物の密着力を低下させるため、蓄電デバイス容器用としては全く適していない。
【0014】
また、特許文献7に開示されている技術では、焼鈍後に急冷を要し、これによりCrの炭化物や窒化物の生成を避けていることから、酸化物皮膜中へCrが殆ど拡散していないものとなっている。このような酸化物皮膜では、前述のようなポリオレフィン樹脂との密着性が確保できない。よって、これらの技術では、蓄電デバイス容器用途での使用に耐えられない。
【0015】
また、特許文献8、9に開示されている技術では、還元雰囲気下での焼鈍温度が1000℃以上の高温で実施するため、酸化皮膜が還元除去されてしまい、蓄電デバイス容器用途での使用に耐えうる十分な厚みの酸化被膜を得られず、電解液との接触により被覆樹脂が剥離する。
【0016】
そこで、本発明は、上述の問題を解決し、クロム化成処理などの表面処理が無くともポリオレフィン系樹脂との密着性が確保でき、電解液との接触によっても密着力の低下がない蓄電デバイス容器用ステンレス箔及びその製造方法を提供することを目的とする。更に、耐熱性と環境負荷低減と経済性に優れ、製品不良が少ない、蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、クロム化成処理などの表面処理を施していない様々な表面粗さのステンレス箔に様々な熱処理を施してポリオレフィン系樹脂を被覆し、ヒートシール相当の高温を加えた後に電解液に浸漬する試験を課し、樹脂組成物の剥離状況とステンレス箔の表面を詳細に解析した結果、ステンレス箔表面の酸化物の成分と表面形態によってポリオレフィン系樹脂の剥離状況が異なることを見出した。即ち、表面が粗いステンレス箔を、還元雰囲気で熱処理することによりステンレス箔表面から拡散してくるCrの濃度が高い酸化物皮膜が得られ、該酸化物被膜が存在すると、電解液中での樹脂組成物との優れた密着力とヒートシールのような高温にも耐える優れた耐熱性を有することを見出し、この知見に基づいて本発明に至った。即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
【0018】
(1)酸素を20mol%以上60mol%以下含み、かつ、CrをFeよりも多く含む酸化物皮膜を有するステンレス箔であって、該酸化物皮膜の表面における、圧延方向の算術平均粗さRal、又は、圧延方向に対して直角方向の算術平均粗さRacが、0.1μm以上で該酸化物皮膜の表面の最大深さRt未満であり、Rtが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下であり、該酸化物皮膜の厚みが6nm以上150nm未満であることを特徴とする蓄電デバイス容器用ステンレス箔。
【0019】
(2)(1)記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の両面もしくは片面に、ポリオレフィン系樹脂を積層してなることを特徴とする蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔。
【0020】
(3)ステンレス箔の圧延方向の表面の算術平均粗さRals、又は、ステンレス箔の圧延方向に対して直角方向の表面に算術平均粗さRacsが、0.1μm以上で該ステンレス箔の表面の最大深さRt未満であり、Rtsが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下であるステンレス箔を、600℃以上800℃未満の温度で、還元雰囲気下にて焼鈍することを特徴とする(1)に記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の製造方法。
【0021】
(4)前記焼鈍を、0.5分以上3分以下行うことを特徴とする(3)に記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の製造方法。
【0022】
(5)前記焼鈍が、水素と水の分圧比H2/H2Oが10以上、露点40℃未満の雰囲気で600〜800℃の温度での熱処理である(3)又は(4)に記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の製造方法。
【0023】
(3)〜(5)のいずれかに記載の製造方法で得られた蓄電デバイス容器用ステンレス箔の両面もしくは片面に、ポリオレフィン系樹脂組成物のフィルムを加熱圧着して積層することを特徴とする蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、クロム酸溶液などの薬液を使用した表面処理を施さずとも、蓄電デバイスに必須の電解液に浸漬してもポリオレフィン被覆樹脂が剥離しない強固な密着力を確保できる蓄電デバイス容器用ステンレス箔を提供できる。また、ヒートシールなどの高温でも全く劣化しない耐熱性、及び環境負荷の低減と経済性に優れ、製品不良が少ない蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔を提供することができ、蓄電デバイスの将来的な発展に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔の断面構造図
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0027】
図1に本発明による蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔の典型的な断面構造図を示す。図1において、ステンレス鋼箔1の表面に酸化物皮膜2が形成され、さらにその表面にポリエチレンもしくはポリプロピレンなどのポリオレフィン樹脂層3が形成されている。
【0028】
本発明の蓄電デバイス容器用ステンレス箔では、蓄電デバイス容器用として使用するために、容器の内側となる片面にポリエチレン、もしくはポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂が被覆されて使用される(図1)が、クロム酸溶液などの薬液で表面処理に使用しなくても、ポリオレフィン樹脂とステンレス箔の界面に密着性と耐熱性優れ、ヒートシール温度では全く分解や劣化を起こさないものである。
【0029】
一方、少なくとも片面に樹脂を被覆した蓄電デバイス容器用金属箔として、特許文献1〜5に記載されている金属箔では、クロム酸溶液を使用して金属箔にクロメートなどのクロム化成処理を施すため、耐熱性が低くてヒートシールにより性能劣化の危険がある上に、環境負荷も大きい。さらに、工程が煩雑となるため経済性の悪化とゴミや異物の混入の恐れがある。
【0030】
また、特許文献6に記載されているステンレス鋼板では、上述のように蓄電デバイス容器の内側に被覆するポリエチレンやポリプロピレンとの密着には効果がない。また、特許文献6では、Siが酸化物として酸化皮膜中に濃化してしまうため、十分な密着性が確保できず、上述のように、蓄電デバイス容器用としては適していない。また、特許文献7〜9に記載されているステンレス鋼板では、本発明の酸化物皮膜とは成分が異なり、やはり十分な密着性を確保できず、本発明のような効果は全く得られない。
【0031】
本発明に係るステンレス箔は、オーステナイト系(SUS301、304、316等)、フェライト系(SUS430等)、マルテンサイト系(SUS410等)のいずれでもよく、200μm以下の厚さの箔である。蓄電デバイス容器としての加工性と強度の観点から、ステンレス箔の厚さは、200μm以下10μm以上であることが好ましい。
【0032】
本発明に係るステンレス箔の表面には、酸化物皮膜が存在する。該酸化物皮膜が、次のようであると、上述のような本発明の効果が得られる。
【0033】
(i)前記酸化物皮膜は、酸素Oを20mol%以上60mol%以下含み、かつ、CrとFeを含む酸化物であり、CrをFeよりも多く含むものである。
【0034】
(ii)前記酸化物皮膜の表面が、圧延方向の算術平均粗さRal、又は、圧延方向に対して直角方向の算術平均粗さRacが、0.1μm以上で前記酸化物皮膜の表面の最大深さRt未満である。
【0035】
(iii )前記酸化物皮膜の表面の最大深さRtが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下である。
【0036】
(iv)前記酸化物皮膜の厚みが、6nm以上150nm未満である。
【0037】
ここで、Ral、及びRacとは、それぞれ、ステンレス箔コイル材の通板方向、及びその垂直方向におけるステンレス箔表面に有する酸化物皮膜の表面の算術平均粗さである。また、Rtとは、ステンレス箔表面に有する酸化物被膜の表面の粗さ曲線の最大断面高さである。これらの粗さは、触針式表面粗さ測定機、レーザー式表面粗さ測定機などを用いて容易に測定できる。本発明では、前記測定機のいずれか1つで得られた値が、上記本発明の範囲内にあれば、本発明の効果が得られるものである。
【0038】
また、上記(ii)及び(iii )におけるRal、Rac、Rtの上限の設定に関し、Ral、Racは理論上Rtより大きくなることはなく、Rtをステンレス箔の厚さの50%以下としたのは、ステンレス箔厚さの50%より大きくなると、材料強度や加工性に悪影響を及ぼすため、好ましくないからである。具体的な例で示すと、厚さ100μmのステンレス箔の表面が、Rtが50μmより大きくなるまで粗くなると、材料厚みが50μm以下になる箇所が発生し、そこが強度低下、破断、破壊の起点と成り、ステンレス箔の基本性能が損なわれる。よって、このような粗さにすると、悪影響が非常に大きい。
【0039】
また、(i)における酸化物皮膜中のCr原子、Fe原子、O原子のmol%(原子%)は、X線光電子分光分析(通称XPS、ESCA)、オージェ電子分光分析(通称AES)、高周波グロー放電発光表面分析(通称GDS)などの一般的な元素分析手法により、容易に測定できる。本発明では、前記分析方法のいずれか1つで得られた値が、上記本発明の範囲内にあれば、本発明の効果が得られるものである。
【0040】
また、(iv)における酸化物被膜の厚さについては、これらの元素分析を深さ方向にアルゴンなどのイオンビームでスパッタリングしながら酸素原子(O原子)のmol%(原子%)を測定し、酸素濃度の微分プロファイルにおいて、ピークの両側に半値があるときはピーク半値幅、もしくは表面側は半値より高濃度でピークの片方のみに半値があるときは最表面から半値までの間の距離を、本発明における酸化物皮膜の厚みとした。
【0041】
上記(i)に係る構成要件に関し、その理由は、Cr原子を多く含む酸化物皮膜は、ポリオレフィン系樹脂との化学的相互作用が強く、電解液中でもポリオレフィン系樹脂と良好な密着力を発揮するため、蓄電デバイス容器用途に好適であるからである。よって、反対に、Cr原子が少なくFe原子が多い酸化物皮膜は、Fe原子よりCr原子を多く含む酸化物皮膜のように良好な密着力が発揮できないため蓄電デバイス容器用途に適さない。酸化物皮膜に含まれるCrは環境負荷低減の問題上、3価であることが必須であるため、密着力を考慮すると、酸素が60mol%、Cr原子が40mol%、Fe原子が0mol%であることが理想であるが、実質は格子欠陥による酸素の欠乏やFe原子が存在しているため、酸素が20〜60mol%、Cr原子が10〜60mol%、Fe原子はCr原子よりも少なくかつ0mol%以上30mol%未満の範囲内で存在する。酸素が20mol%よりも少ないと格子欠陥などによる酸素欠乏が著しく、酸化物皮膜としての密着力向上などの性能が得られづらく、好ましくない。酸素が60mol%よりも多いと、Crが6価となっている可能性があり、好ましくない。酸素が30〜60mol%、Cr原子が15〜40mol%、Fe原子はCr原子よりも少なくかつ0〜20mol%、さらには0〜10mol%の範囲内で存在することがより好ましい。
【0042】
さらに、前記酸化物皮膜の表面を、上記(ii)と(iii )で規定するような表面粗さにすることで、ポリオレフィン系樹脂が表面の凹凸に食い込むように被覆されるため、より強固な密着を促進し、Fe原子よりCr原子を多く含む酸化物皮膜による化学的相互作用とによって優れた相乗効果をもたらすため、蓄電デバイス容器用途において好ましい。具体的には、前記Ral又はRacが、0.1μm以上である必要があり、前記RalとRacとの両方が、0.1μm未満であると、ポリオレフィン系樹脂との密着性が十分得られない。また、RalとRacの上限は、理論上(幾何学上)、最大深さRtを超えることはあり得ないので、最大深さRt未満とした。前記Ral又はRacが、0.4〜2.0μmであることが好ましい。
【0043】
また、前記Rtが、0.8μm以上である必要もあり、前記Rtが、0.8μm未満であっても、ポリオレフィン系樹脂との密着性が十分得られない。また、Rtがステンレス箔厚さの50%を超えると、ステンレス箔が強度低下及びプレス加工で破断して製造性が不適となる。
【0044】
また、上記(iv)に係る構成要件に関し、前記酸化物皮膜は、適正な厚さであることが好ましく、具体的には、6nm以上150nm未満である。6nm未満だと、十分な密着力を発揮出来なかったり、蓄電デバイス容器の実使用上、安定的に生産することができないので好ましくない。150nm以上だと、ステンレス特有のテンパーカラーが不安定に発生して、審美性に悪影響を及ぼしたり、製品不良を誘発したりするので好ましくない。10〜100nmであることが好ましい。
【0045】
また、本発明の蓄電デバイス容器用ステンレス箔には、下地処理をしておいても良い。下地処理をすることにより、さらに効率的に本発明の効果を発現出来、ポリオレフィン系樹脂及び容器外側に被覆する樹脂組成物とステンレス箔との化学的な密着力を増加できる。具体的には、必要に応じてステンレス箔表面の油分、スケール除去処理をしたり、又はその後、Cr+6を使用しないノンクロメート化成処理する方法が下地処理として挙げられる。スケール除去処理法を例示すると、酸洗、サンドブラスト処理、グリッドブラスト処理等、化成処理法を例示するとCr+6を使用しないノンクロメート処理、ストライクめっき処理、エポキシプライマー処理、シランカップリング処理、チタンカップリング処理等が挙げられる。
【0046】
本発明の蓄電デバイス容器用ステンレス箔は、その両面もしくは片面に、ポリオレフィン系樹脂を積層して蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔とすることができる。
【0047】
前記ポリオレフィン系樹脂とは、下記(式1)の繰り返し単位を有する樹脂を主成分にした樹脂組成物である。ここで、主成分とは、(式1)の繰り返し単位を有する樹脂が、50質量%以上を構成することである。
【0048】
-CR1H-CR2R3- (式1)
(式中、R1、R2は各々独立に炭素数1〜12のアルキル基又は水素を、R3は炭素数1〜12のアルキル基、アリール基又は水素を示す。)
本発明に係るポリオレフィンは、これらの構成単位の単独重合体でも、2種類以上の共重合体であってもよい。繰り返し単位は、5個以上化学的に結合していることが好ましい。5個未満では高分子効果が発揮し難い。繰り返し単位を例示すると、プロペン、1-ブテン、1-ペンテン、4-メチル-1ペンテン、1-ヘキセン、1−オクテン、1-デセン、1-ドデセン等の末端オレフィンを付加重合した時に現われる繰り返し単位、イソブテンを付加したときの繰り返し単位等の脂肪族オレフィンや、スチレンモノマーの他に、o-メチルスチレン、m-メチルスチレン、p-メチルスチレン、o-エチルスチレン、m-エチルスチレン、o-エチルスチレン、o-t-ブチルスチレン、m-t-ブチルスチレン、p-t-ブチルスチレン等のアルキル化スチレン、モノクロロスチレン等のハロゲン化スチレン、末端メチルスチレン等のスチレン系モノマー付加重合体単位等の芳香族オレフィン等が挙げられる。例示すると、末端オレフィンの単独重合体である低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、架橋型ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリペンテン、ポリへキセン、ポリオクテニレン、ポリイソプレン、ポリブタジエン等が挙げられる。上記単位の共重合体を例示すると、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-ブテン共重合体、エチレン-プロピレン-ヘキサジエン共重合体、エチレン-プロピレン-5-エチリデン-2-ノルボ-ネン共重合体等の脂肪族ポリオレフィンや、スチレン系共重合体等の芳香族ポリオレフィン等が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、上記の繰り返し単位を満足していればよい。また、ブロック共重合体でもランダム共重合体でもよい。また、これらの樹脂は単独もしくは2種類以上混合して使用してもよい。
【0049】
取扱性、腐食原因物質のバリア性から最も好ましいのは、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、架橋型ポリエチレン、ポリプロピレンもしくはこれらの2種類以上の混合物である。
【0050】
また、本発明に係るポリオレフィンは、上記のオレフィン単位が主成分であればよく、上記の単位の置換体であるビニルモノマー、極性ビニルモノマー、ジエンモノマーがモノマー単位もしくは樹脂単位で共重合されていてもよい。共重合組成としては、上記単位に対して50質量%以下、好ましくは30質量%以下である。50質量%超では腐食原因物質に対するバリア性等のオレフィン系樹脂としての特性が低下する可能性がある。極性ビニルモノマーの例としては、アクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル等のアクリル酸誘導体、メタクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル等のメタクリル酸誘導体、アクリロニトリル、無水マレイン酸、無水マレイン酸のイミド誘導体、塩化ビニル等が挙げられる。
【0051】
さらに、本発明で使用するポリオレフィン系樹脂には、目的に応じて、酸化防止剤、熱安定剤、光安定剤、離型剤、滑剤、顔料、難燃剤、可塑剤、帯電防止剤、抗菌抗カビ剤等を適正量添加することも可能である。
【0052】
本発明に係るポリオレフィン系樹脂は、単一層でも複数層でも構わない。ポリエステル、ポリアミド、ポリイミド等の異なる樹脂を被覆した複数層でも構わない。
【0053】
ポリオレフィン系樹脂は、単一層であっても複数層であっても、全層厚みで5〜200μmの範囲が好ましく、さらに好ましくは10〜150μmの範囲である。5μm未満では加工性、意匠性、絶縁性等の機能の付与が不十分である場合があり、200μmより厚いと、加工性が悪くなる場合がある等、蓄電デバイス容器用部材として不適切となる恐れがあり、経済メリットも発現し難い。また、5μm未満では、ヒートシールで容器成形した際のシール部の強度が不足し、200μmを超えると、シール部からの水分透過が大きくなって、蓄電デバイスに悪影響を及ぼし易い。また、蓄電デバイス容器の最外面に、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリイミド等の樹脂を被覆しても構わない。また、その最外層の被覆樹脂に、アクリルフィルム等を積層して耐候性を向上したり、ハードコートフィルムを積層、もしくはハードコート剤を塗布して表面硬度を向上したり、印刷層を設けて意匠性を向上したり、コロナ処理を施して印刷性を向上したり、あるいは難燃、可塑、帯電防止、抗菌抗カビ層を積層することもできる。
【0054】
本発明の蓄電デバイス容器用ステンレス箔は、例えば、次のようにして製造される。特に、前記ステンレス箔の酸化物皮膜は、例えば、次のようにして形成されるものである。
【0055】
次のようなステンレス箔を用いて、前記酸化物皮膜を形成する。
【0056】
(I)ステンレス箔の圧延方向の表面の算術平均粗さRals、又は、ステンレス箔の圧延方向に対して直角方向の表面に算術平均粗さRacsが、0.1μm以上で該ステンレス箔の表面の最大深さRts未満である。ここで、Rals及びRacsが、0.1μm未満では、本発明に係る、CrをFeよりも多く含む酸化物被膜が得られない。また、Rals及びRacsの上限は、最大深さRtsを超えることはあり得ないので、最大深さRts未満とした。
【0057】
(II)ステンレス箔の表面の最大深さRtsが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下である。ここで、Rtsが、0.8μm未満では、本発明に係る、CrをFeよりも多く含む酸化物被膜が得られない。また、Rtsがステンレス箔厚さの50%を超えると、ステンレス箔が強度低下及びプレス加工で破断して製造性が不適となる。
【0058】
上記のステンレス箔を、600℃以上800℃未満の温度で、還元雰囲気下にて焼鈍することで、前記酸化物皮膜を有するステンレス箔を製造できる。
【0059】
ステンレス鋼の主成分は、FeとCrであるため、ステンレス鋼表面の酸化物皮膜は、Fe原子とCr原子とが多く含まれる酸化物になる傾向があるが、それだけでは本発明に係る酸化物皮膜を形成することができない。上記(I)と(II)で規定するような表面粗さに加工されたステンレス箔を用いることで、ステンレス箔表面が加工硬化して原子の拡散係数が変化し、還元雰囲気での熱処理では、Feよりも酸化されやすいCrが、ステンレス箔の表面に拡散しやすくなり、本発明に係る酸化物皮膜を形成できる。即ち、当該ステンレス箔の粗さでは、それ以下の粗さのステンレス箔と比較して、FeよりもCrが多い酸化物被膜が形成される。さらに、上記(I)と(II)で規定するようなステンレス箔の粗さでは、それ以下の粗さのステンレス箔と比較して表面積が大きいため、表面の酸化物量が多く厚くなり、安定的な皮膜となるため、好ましい。
【0060】
また、本発明に係る酸化物皮膜は、クロメートのような水和酸化物ではないため、ヒートシール温度、及び、それよりも高温の200〜300℃では脱酸素反応による水和酸化物の低分子化は起こらない。
【0061】
また、ステンレス箔の表面を粗くする方法としては、特に限定されるものではないが、公知技術のヘアライン研磨を使用したり、ステンレス鋼の圧延時に表面が粗い圧延ロールを使用するなどが挙げられる。
【0062】
また、Cr原子がFe原子よりも多い酸化物皮膜を効率的に形成する方法は、特に限定されるものではないが、上述のように、還元雰囲気で熱処理することが好ましい。例えば、水素と窒素の分圧比(モル比)が75:25程度で、水素と水の分圧比H2/H2Oが10以上、露点40℃未満の雰囲気で600〜800℃の温度で0.5〜3分の熱処理である。前記条件では、好ましくは600〜700℃で1〜3分の熱処理である。これよりも温度が低い、もしくは時間が短いと還元が不十分でCr原子が十分に表面に拡散せず、Cr原子がFe原子よりも少ない酸化物皮膜となる場合があり、電解液中でのポリオレフィン樹脂の良好な密着力を発現することができない場合がある。また、前記温度が高すぎると、もしくは前記時間が長すぎると、ステンレス鋼中のCr原子が必要以上に表面に拡散し、母材でCrが欠乏する状態となって錆が発生し易く、また、酸化物皮膜が厚くなり過ぎてステンレス特有のテンパーカラーが不安定に発生して、審美性に悪影響を及ぼしたり、製品不良を誘発したりするので好ましくない場合がある。上記の温度と時間を超えた過剰な熱処理にしないようにするのが好ましいが、形成される酸化物皮膜の厚さが150nm以上になるような過剰な熱処理をしないようにするのが好ましいという目安もある。即ち、形成される酸化皮膜の厚さが、150nm未満となるように熱処理することである。形成される酸化物皮膜の厚みが150nm以上になるような熱処理では、必要以上にCr原子が表面に拡散し、母材でCrが欠乏する状態となり、好ましくない場合がある。また、水素と水の分圧比H2/H2Oが106より大きいの極々強い還元雰囲気では、酸化物皮膜の形成に悪影響を及ぼすので、好ましくない場合がある。上記の水素と窒素の分圧比は、還元雰囲気であれば特に限定するものではないが、製造上の観点から、5:95〜100:0の範囲が好ましい。水素と窒素の分圧比は、20:80〜80:20の範囲がより好ましい。水素と水の分圧比H2/H2Oは50〜106がより好ましい。露点は10℃以下がより好ましい。
【0063】
蓄電デバイス容器用ステンレス箔の両面もしくは片面に、ポリオレフィン系樹脂を積層してなる蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔を製造する方法は、特に限定されるものではないが、蓄電デバイス容器用ステンレス箔の両面もしくは片面に、次のような方法で被覆することが挙げられる。(1)事前にポリオレフィン系樹脂を押し出しもしくは成形したシート又はフィルムをステンレス箔に熱圧着する方法。(2)事前にポリオレフィン系樹脂を押し出しもしくは成形したシート又はフィルムをステンレス箔にドライラミネートなど接着剤を介して被覆する方法。(1)、(2)の場合、ポリオレフィン系樹脂シート又はフィルムを1軸もしくは2軸方向に延伸しても、複数層に積層しておいてもよい。(3)ポリオレフィン系樹脂をTダイス付きの押し出し機で溶融混練してフィルム状にし、押し出し直後にステンレス箔に熱圧着する方法。この場合、複数層の同時押出しでも構わない。(4)ポリオレフィン系樹脂を溶融、もしくは溶媒に溶解してバーコーター、ロールコーター、スピンコーター、又はスプレー等でステンレス箔にコーティングする方法。(5)溶融、もしくは溶媒に溶解したポリオレフィン系樹脂にステンレス箔を浸漬する方法等により、被覆することが可能である。中でも、作業能率から好ましいのは、上記(1)、(2)及び(3)の方法である。
【0064】
また、(1)や(3)の方法における具体的に熱圧着の条件を例示すると、ポリオレフィン系樹脂のフィルムは20〜200μmの厚みであり、100〜200℃の温度範囲で0.1〜2.0MPaに加圧して0.1〜120秒保持することなどが挙げられる。ポリオレフィン系樹脂のフィルムが30〜100μmの厚み、150〜180℃の温度範囲で0.5〜1.5MPaに加圧して0.2〜60秒保持することがより好ましい。
【0065】
また、ポリオレフィン系樹脂被覆ステンレス箔の容器形状への成形方法はプレス加工、しごき加工、絞り加工等、従来の方法が使用でき、特に限定されるものではない。容器の形状は直方体の角筒形状、円筒形状等、特に限定されるものではない。また、容器としての使用においては蓋と底とを合わせて密閉するのが好ましい。この際、プレス加工等で絞られたステンレス箔同士を貼り合せても良いし、片方だけ絞られていても良い。また、密閉する方法としては従来の接着方法を使用することができ、具体的には接着剤を使用して接着する方法、ヒートシールにより熱融着で接着する方法等が挙げられ、特に限定されるものではないが、製造性の面からヒートシールが好ましい。ヒートシールする場合には、ポリオレフィン系樹脂がラミネートされている面同士を合わせるのが好ましい。
【実施例】
【0066】
次に、実施例及び比較例に基づいて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例にのみ限定されるものではない。
【0067】
本実施例及び比較例に使用するステンレス箔は、全て、厚みが100μmのSUS304を使用した。
【0068】
実施例1〜4、7、9〜14、比較例1、2、4〜7のステンレス箔は、JIS G 4305に準拠し、砥粒粗さ180番の研磨ベルトを用いて、表面をヘアライン研磨した。実施例5のステンレス箔は、JIS G 4305に準拠し、つや消しロールを用いて最終仕上げ圧延をした。実施例6のステンレス箔は同じつや消しロールを用いて実施例5のステンレス箔の圧延方向とは垂直方向に最終仕上げ圧延をした。実施例8のステンレス箔は、上記ヘアライン研磨したステンレス箔を、さらに粗さ100番の紙やすりを用いて2000往復して擦り、粗い表面仕上げをした。比較例3のステンレス箔は、JIS R 6001のNo.8仕上げにより、表面を鏡面にした。比較例8のステンレス箔は、上記ヘアライン研磨したステンレス箔を、さらに粗さ100番の紙やすりを用いて3000往復して擦り、粗い表面仕上げをした。
【0069】
ステンレス箔コイル材の通板方向とその垂直方向におけるステンレス箔表面の算術平均粗さRals、Racs、及び粗さの最大深さRtsは、触針式表面粗さ測定機(株式会社東京精密製、Surfcom 575A-3D)で、標準ピックアップ(触針半径5μm)を用い、基準長さ0.25mm、評価長さ1.25mm、移動速度0.06mm/sにて測定した。また、酸化物皮膜の表面の粗さに関しても、同じ方法で測定した。
【0070】
ステンレス箔は、上記の表面仕上げを実施した後、実施例1〜6、8〜14、比較例1〜3、8では、水素75vol%、窒素25vol%、露点-65℃の雰囲気で、実施例7、比較例6では窒素47vol%、アンモニア50vol%、二酸化炭素3vol%の雰囲気で、温度と時間をそれぞれ表1に示す条件で熱処理を実施しした。
【0071】
比較例5、7では、酸化クロムとポリアクリル酸を主成分とした、三価と六価のCr含有量が5mg/mlの水溶液をそれぞれステンレス箔表面に均一に塗布し、180℃で30秒間乾燥して塗布クロメートを表面にコーティングしたステンレス箔を得た。
【0072】
【表1】

【0073】
ステンレス箔表面の酸化物皮膜の厚み、及び組成は、オージェ電子分光分析装置(PHI社製、FE型)を用い、電子ビーム5kV、10nA、ビームサイズ0.05μm、Arイオンビーム3kV、スパッタ速度約10nm/分(SiO2換算)で測定した。
【0074】
酸化物皮膜の厚みと組成を測定した後、実施例1〜8、11〜14、比較例1〜8はステンレス箔に厚さ50μmの変性ポリプロピレンフィルム(東セロ株式会社製、アドマーQE060#50)を温度175℃、圧力0.5MPaでステンレス箔に熱圧着して樹脂被覆ステンレス箔を得た。実施例9、10では、変性ポリプロピレン(三井化学株式会社製、アドマーQE060)に、ポリアセタール(日本ポリペンコ株式会社製、POM-NC)をそれぞれ50、60wt%ドライブレンドしてフィルム押出し成形機(株式会社東洋精機製作所製、2D25F2)を用いて200℃で混練、押出して作製した厚さ50μmのフィルムを温度175℃、圧力0.5MPaでステンレス箔に熱圧着して樹脂被覆ステンレス箔を得た。
【0075】
上記樹脂被覆ステンレス箔の外観を目視にて確認し、○:テンパーカラーが全く出ていない、△:テンパーカラーによる薄黄色が確認される、×:テンパーカラーによる濃黄色から青色が確認される、を基準として審美性を評価した。また、同様に目視にて錆の有無も確認し、○:錆が全くなし、△:直径1mm以下の錆が発生、×:直径1mm以上の錆が発生、を基準として防錆性を評価した。
【0076】
さらに、上記樹脂被覆ステンレス箔を10mm×10mmの寸法に切り出し、電解液(富山薬品工業株式会社製、1MLiPF6 EC/DEC-1/1)に浸漬して80℃1週間保持し、目視にて変性ポリプロピレンの剥離状況を確認し、○:剥離無し、△:端部剥離あり、×:全面剥離、を基準として、耐電解液性を評価した。
【0077】
さらに、環境負荷物質についても、次のような基準にて評価した。○:環境負荷物質使用無し、×:環境負荷原因物質(クロム酸など)使用あり。
【0078】
さらに、製造性についても、次のような基準にて評価した。○:強度低下、破断などなく容易にプレス加工が可能、△:プレス加工で破断しないが強度低下がある、×:プレス加工で破断する箇所がある。なお、ここでいうプレス加工とは下記のプレス成形品製造に準じた。
【0079】
上記全ての評価において、一つでも×があるものは、蓄電デバイス容器用のステンレス箔として不適と判断した。
【0080】
また、実施例1〜5の樹脂被覆ステンレス箔に、蓄電デバイス容器としてよく使用される角筒容器形状の絞り成形を実施した。条件は、ダイス142mm×142mmでコーナーR径4mm、ポンチ140mm×140mmでコーナーR径4mm、しわ押え力6トン、潤滑剤はJohnson WAX122とマシン油を1:1に混合したものを用い、プレス速度60mm/分で、ブランクサイズ200mm×200mm、深さ5mmとした。
【0081】
また、このプレス成型品を2つ合わせ、その中に電解銅箔に負極物質として黒鉛をコーティングしたもの、セパレーター、アルミニウム箔に正極物質としてLiNiCo0.15Al0.05O2をコーティングしたものを順次積層し、これに電解液(富山薬品工業株式会社製 1M LiPF6 EC/DEC-1/1)を注入して、200℃、0.4MPa、10秒のヒートシール条件で真空シールしてリチウムイオン二次電池を作製した。この電池に初期充放電特性評価試験と充放電サイクル特性評価試験を実施した。初期充放電特性評価試験は、25℃で初回の充電を行い、その直後に放電を行って充電容量と放電容量の比率を測定し、80%以上を合格とした。充放電サイクル特性評価試験は、25℃で300回の充放電を繰り返した後の放電容量と初回放電容量の比率を測定し、80%以上を合格とした。
【0082】
【表2】

【0083】
実施例1〜14を用いて作製した電池の初期充放電特性評価試験と充放電サイクル特性評価試験の結果は、どちらも80%以上であり、電池として適正に作動することを確認した。
【0084】
実施例1は全ての評価項目が○で最も優れていた。実施例2は還元熱処理時間がやや短く、酸化皮膜がやや薄いため耐電解液性にやや劣り、実施例3は還元熱処理がやや強く、テンパーカラーが発生したため審美性にやや劣り、実施例4、14は還元熱処理がさらにやや強く、酸化皮膜がやや厚く脆化したため審美性と耐電解液性にやや劣り、実施例5、6はステンレス箔の表面粗さがやや少ないために酸化皮膜がやや薄く、かつ酸化皮膜の粗さがやや少ないために耐電解液性にやや劣り、実施例7は酸化皮膜中の酸素が少なく窒素が約30mol%程度存在して多いため耐電解液性にやや劣り、実施例8はステンレス箔の表面粗さがやや大きいためにステンレス箔が強度低下して製造性にやや劣り、実施例9はポリオレフィン系樹脂の割合が少ないため耐電解液性にやや劣り、実施例10はポリオレフィン系樹脂の割合がさらに少ないため耐電解液性と防錆性にやや劣り、実施例11、13は酸化皮膜中のCrの割合が少ないために耐電解液性と防錆性にやや劣り、実施例12は還元熱処理の時間がやや長く、テンパーカラーが発生したため審美性にやや劣る結果となった。
【0085】
一方、比較例1は酸化皮膜中のCrとFeのmol%がほぼ同じであるため耐電解液性が不適であり、比較例2は還元熱処理が強過ぎるため酸化皮膜が厚く脆化し過ぎたために耐電解液性が不適であり、比較例3はステンレス箔の表面粗さが少な過ぎるために酸化皮膜が薄過ぎ、かつ酸化皮膜の粗さが少な過ぎるために耐電解液性が不適であり、比較例4は還元熱処理が無いため表面の酸化皮膜のCrの量が少な過ぎ、かつ酸化皮膜が薄過ぎるために耐電解液性が不適であり、比較例5、7は3価及び6価の塗布クロメートを用いているため環境負荷物質の観点から不適であり、比較例6は酸化皮膜中の酸素が少な過ぎ、窒素が約50mol%程度存在して多過ぎるため耐電解液性が不適であり、比較例8はステンレス箔の表面粗さが大き過ぎるためにステンレス箔が強度低下及びプレス加工で破断して製造性が不適である結果となった。
【0086】
以上の実施例1〜14と比較例1〜8より、本発明のステンレス箔は、蓄電デバイスに必須の電解液に浸漬しても被覆樹脂が剥離しない強固な密着力を、クロム酸溶液などの薬液を使用した表面処理を施さずとも実現し、ヒートシールなどの高温でも全く劣化しない耐熱性、及び環境負荷の低減と経済性に優れ、製品不良が少ない蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔を提供することができ、蓄電デバイスの将来的な発展に寄与するものであることを確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素を20mol%以上60mol%以下含み、かつ、CrをFeよりも多く含み、酸化物皮膜を有するステンレス箔であって、該酸化物皮膜の表面における、圧延方向の算術平均粗さRal、又は、圧延方向に対して直角方向の算術平均粗さRacが、0.1μm以上で該酸化物皮膜の表面の最大深さRt未満であり、Rtが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下であり、該酸化物皮膜の厚みが6nm以上150nm未満であることを特徴とする蓄電デバイス容器用ステンレス箔。
【請求項2】
請求項1記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の両面もしくは片面に、ポリオレフィン系樹脂を積層してなることを特徴とする蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔。
【請求項3】
ステンレス箔の圧延方向の表面の算術平均粗さRals、又は、ステンレス箔の圧延方向に対して直角方向の表面に算術平均粗さRacsが、0.1μm以上で前記ステンレス箔の表面の最大深さRts未満であり、Rtsが、0.8μm以上で該ステンレス箔厚さの50%以下であるステンレス箔を、600℃以上800℃未満の温度で、還元雰囲気下にて焼鈍することを特徴とする請求項1に記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の製造方法。
【請求項4】
前記焼鈍を、0.5分以上3分以下行うことを特徴とする請求項3に記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍が、水素と水の分圧比H2/H2Oが10以上、露点40℃未満の雰囲気で600〜800℃の温度での熱処理である請求項3又は4に記載の蓄電デバイス容器用ステンレス箔の製造方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか1項に記載の製造方法で得られた蓄電デバイス容器用ステンレス箔の両面もしくは片面に、ポリオレフィン樹脂を50質量%以上含有する樹脂組成物フィルムを加熱圧着して積層することを特徴とする蓄電デバイス容器用樹脂被覆ステンレス箔の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−33295(P2012−33295A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−169745(P2010−169745)
【出願日】平成22年7月28日(2010.7.28)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【Fターム(参考)】