説明

薄膜の形成方法

【課題】従来の真空蒸着法による薄膜形成では、蒸着材料の蒸発速度を膜厚モニターにより検出し、蒸着容器の加熱量を制御して蒸発速度を一定に保っていた。しかし、急激な蒸発速度の変化に対しては対応が困難であり、このときに形成された蒸着膜は膜質が異なったり共蒸着濃度が変化してしまったりしていた。
【解決手段】蒸発速度の急激な変化が検出されたら、基板側シャッターと蒸着容器側シャッターを遮蔽して基板への蒸着膜の形成を停止する。その後、蒸発速度が安定したら、シャッターを開放して基板への蒸着膜の形成を再開する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜の形成方法に関し、特に光源や平面ディスプレイに好適な有機エレクトロルミネセンス素子の製造に最適な蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜を基板上に形成するには、真空蒸着等の物理的蒸着法が多く用いられる。このような蒸着を行うには、例えば図2に示すような真空蒸着装置を用いる。この真空蒸着装置は、蒸発源51と蒸着対象である基板1との間に蒸着を制御するためのシャッター41、42や蒸着マスク3、蒸着速度を検出するための膜厚モニター81が設けられている。又、シャッター41、42はそれぞれ蒸発源側及び基板側に位置し、蒸発源51及び基板1をそれぞれ覆う大きさを備える。
【0003】
このような真空蒸着装置を用いて真空蒸着を行うには、ヒーター8で加熱された蒸着源51から蒸着材料が蒸発すると、予め遮蔽してあったシャッター41、42を開放して基板上に蒸着膜を形成し、そして、所定の膜厚に達すると、シャッター41、42を遮蔽し、基板上への蒸着膜の形成を防止するという方法が採られる。
【0004】
ここで、蒸着開始時に蒸着速度を安定化するためにシャッターを開放する際に蒸着容器側シャッター41を先に開放し、膜厚モニターにより蒸着速度をモニターし、蒸着速度が安定すると、基板側シャッター42を開放する方法(例えば特許文献1参照)や更に膜厚モニターによる蒸着対象物上の成膜レートの測定結果に基づいて成膜レートが一定に保たれるよう自動制御しつつ蒸着対象物上に成膜する成膜方法(例えば特許文献2参照)や蒸着源上のシャッターの開度を調整する方法(例えば特許文献3参照)等が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平08−078791号公報
【特許文献2】特開2002−060930号公報
【特許文献3】特開平10−110259号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、このような真空蒸着装置で蒸着膜を形成するに当り、その蒸着速度によって形成された蒸着膜の光学特性等の膜質が変わることは広く知られている。又、有機EL素子の製造等では複数の有機材料を同一の真空蒸着装置内で同時に蒸発させ、所定の混合濃度で蒸着膜を形成する共蒸着が行われることが多く、この混合濃度が適切な範囲を超えると、発光効率、色純度、耐久性等が低下する原因となるため、混合濃度の安定化が非常に重要である。共蒸着の混合濃度は複数の蒸着材料それぞれの蒸発速度比で決まるため、つまりそれぞれの蒸着速度を安定化する必要がある。
【0007】
しかしながら、蒸着材料が有機EL素子等の製造に用いられる有機物である場合、材料自体の熱伝導度の低さやその形状が粉体であることから、蒸着容器内の蒸着材料の均一な加熱が困難であり、つまり、蒸発速度が不安定になり易い。比較的遅い変動であれば前述した成膜レートの自動制御によって安定化は可能であるが、特に突沸と言われる急激な蒸発速度の上昇は制御が困難であり、蒸着速度が一旦急上昇すると蒸着容器の加熱を止めても元の蒸着速度に回復するのに数秒掛かる場合もある。つまり、蒸着速度が急上昇してから元の蒸着速度に回復するまでの間の時間は膜質や共蒸着の濃度が異なった蒸着膜が形成されていることになる。
【0008】
本発明は上記問題に鑑みてなされたもので、その目的とする処は、蒸着膜形成中において蒸着速度の急激な変動が発生しても、その蒸着速度での蒸着膜の形成を最小化でき、蒸着膜の特性を安定化できる薄膜の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による薄膜の形成方法は、真空槽内に蒸着材料が充填された蒸着源と蒸着対象物と前記蒸着源からの蒸着材料の蒸発速度を測定する蒸発速度検出手段と、少なくとも蒸着源側の第1の蒸気遮蔽シャッター及び蒸着対象物側の第2の蒸気遮断シャッターを有する真空蒸着装置において、第2のシャッターを閉じた状態で第1のシャッターを開き、蒸発速度を安定化させた後に第2のシャッターを開き、蒸着対象物上に薄膜を形成する方法であって、前記蒸着対象物への成膜中に前記蒸発速度の変動量が所定の値に達すると、第1のシャッター及び第2のシャッターを遮蔽し、蒸着速度の制御を行うことを特徴とする薄膜の形成方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、蒸着膜形成中において蒸着速度の急激な変動が発生しても、その蒸着速度での蒸着膜の形成を最小化でき、蒸着膜の特性を安定化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0012】
図1は本発明に係る蒸着装置の概略構成を示す図である。
【0013】
この蒸着装置100は、真空ポンプ101に連結された真空槽6内に蒸着容器51〜56と、蒸着容器51〜56から放出される蒸着流の流路中に蒸着対象物となる基板1を保持する基板ホルダー2と、蒸着流の流路中に配され、蒸発速度を測定する膜厚モニター81、82とを備えている。更に蒸着槽6内には、蒸着容器から発生する蒸着流を遮断する第1シャッター41と基板1をその直前で蒸着流から遮蔽し得る第2シャッター42とを備える。各シャッターは円板を回転移動することで開閉動作を行うものであるが、形状や動作方式はこの形式に限定されるものではない。蒸着容器51〜56はモリブデンのボートやタングステンのバスケット等であり、使用する蒸着材料によって使い分けるが、これら蒸着容器には不図示の電源から電流が供給され、前記モリブデンやタングステンに通電されることでこれらの蒸着容器は発熱し、蒸着容器内の蒸着材料は加熱され、蒸発し蒸着容器上部の穴から蒸着流が発生する。蒸着容器はこれらのものに限定されるものでなくセラミックス製の坩堝等も使用できる。又、蒸着材料の加熱方式も前述した抵抗加熱方式の他、電磁誘導方式や電子ビームによる加熱等の他の方式も利用できる。
【0014】
通電開始初期は蒸着容器の温度は徐々に上昇し、蒸着材料に吸着していた水分等の不純物ガスが発生するが、やがて蒸着材料の蒸着流が発生し、温度の上昇と共に蒸着材料の蒸発速度は増加してくる。このため、初めはこの不純物ガスが基板1や真空槽6内に付着しないようシャッター41、42を共にに遮蔽しておく。そして、不純物ガスの発生がなくなってくると、第1シャッター41を開き膜厚モニター81により蒸発速度が検出される。
【0015】
膜厚モニターは水晶振動子に蒸着物が付着することで振動周波数が変化することを利用するものであるが、この方式に限定されるものでなく、他にも光学的に膜厚を検出する方式等も使用できる。蒸発速度の制御は蒸着容器に通電する電流値を調整することで行う。
【0016】
蒸着速度が安定すると、第2シャッター42を開放し、基板1上に蒸着膜の形成を開始する。蒸着速度が安定した後でも蒸着容器内の蒸着材料の残量や分布の状態で蒸発速度は変動するため、電流値の調整は継続する。
【0017】
又、例えば図1における蒸着装置100中の蒸着容器52と53にそれぞれ蒸着材料A、Bを充填し、それぞれの蒸発速度を所定の比率に保ち、同時に蒸着することで蒸着材料A、Bの混合層を形成することができる。
【0018】
ここで蒸着膜の形成中に蒸発速度の急変動があった場合には第1シャッター41及び第2シャッター42を遮蔽し、基板1への蒸着膜の形成を防止する。これは前述したように蒸着速度によって膜質が変化したり、複数の蒸着材料の共蒸着の場合は混合濃度が変化してしまうからである。このときの各シャッターの動きは次のようになる。
【0019】
先ず、膜厚モニターで検出している蒸発速度が急激に上昇或はは下降し、その変動量が所定値を超えると第1シャッター41及び第2シャッター42を遮蔽する。このとき、遮蔽動作の開始は同時でも良いが、蒸着容器を遮蔽する第1シャッターの方が小面積であるため高速で動作させることができ、蒸着膜の形成をより早く停止できること、又、シャッター動作中の時間差による膜厚むらが小さくできることから、第1シャッターの遮蔽を先に行うことが好ましい。そして、第2シャッターを完全に遮蔽すると、次に第1シャッターを開放する。このとき、基板1上への蒸着膜の形成は停止したままで、一方、第1シャッターは開放されているため、蒸発速度の検出は再開されている。そして、電流値を調整し、再び蒸発速度が所定の値に安定すると、第2シャッターを開放し、基板1上への蒸着膜の形成を再開する。
【0020】
膜厚モニターによる蒸発速度の積算値から基板1上に成膜された蒸着膜の膜厚が算出され、所定の膜厚に達すると、第1シャッター41及び第2シャッター42を遮蔽し、蒸着容器への通電を停止し、蒸着膜の形成を終了する。
【0021】
本発明による蒸着方法を用いた実施の形態として有機EL素子を作製した。
【0022】
図3は本実施の形態により作製した有機EL素子の断面模式図である。図中、71は基板1にスパッタリング、又はEB蒸着等により薄膜形成された透明電極より成る陽極、72は有機化合物から形成され、陽極71から注入される正孔を輸送する正孔輸送能を有する正孔輸送層、73は可視領域に蛍光を有する成膜性が良い蛍光体である有機化合物から形成された発光層で、注入された正孔と電子の再結合が行われて発光する。74はMgAg、AlLi等の仕事関数の低い陰極で、電子を発光層73に注入する。正孔輸送層72から陰極74までは、一般的に陽極71が形成された基板1上に抵抗加熱蒸着法やEB加熱蒸着法等の真空薄膜形成技術を用いて形成される。各層の膜厚は、正孔輸送層72及び発光層73が数十nm、陰極74が100〜300nm程度に形成される。
【0023】
各層の材料はそれぞれ多岐に渡り、層構成も正孔輸送層72の無い有機化合物層が発光層73のみの構成や、陰極74と発光層73の間に電子輸送層を挿入する構成も見られる。本実施の形態の有機EL素子においては、陽極71としては、組成がIn、Sn、Oから成る酸化錫をドープした酸化インジウム(以下、ITOと称す)、正孔輸送層72としては、下記式(1)で表されるN、N’−ジナフチル−N、N’−ジフェニルベンジジン(α−NPD)、
【0024】
【化1】

発光層73には下記式(2)で表されるトリス(8−ヒドロキシキノリン)アルミニウム(以下Alq3と称す)
【0025】
【化2】

に蛍光色素として下記式(3)で表されるクマリン6を添加したもの、
【0026】
【化3】

更に、陰極74としてはAlとLiの合金を用いた。
【0027】
そして、陽極となる透明電極と陰極に数Vの直流電圧を印加することにより、陽極からホール、陰極から電子が注入され、発光層でこれらが再結合し、発光する。
【0028】
以下に本実施の形態における有機EL素子の作製方法を図1を用いて詳細に説明する。
【0029】
先ず、蒸着材料を入れた蒸着容器51〜55を真空槽6内にセットした。蒸着容器51、52、53はモリブデン製のボート形状をした容器であり、それぞれ蒸着材料としてα−NPD、クマリン6、Alq3を充填した。蒸着容器54はタングステン製のボート形状をした容器であり、Al−Li合金(Li 1.5重量%)を入れた。蒸着容器55はタングステン製ワイヤーから成るバスケット形状の容器であり、アルミニウムを入れた。
【0030】
次に、基板1としてアセトン、IPA洗浄後UV/O処理を5分間行ったITO基板を基板ホルダー2にセットし、真空ポンプ101により真空引きを行った。真空槽内圧力が1×10−5に達したら、不図示の制御電源により、先ず蒸着容器51に通電を開始する。
【0031】
このとき、初めはシャッター41、42共に遮蔽しておくが、徐々に蒸着容器への通電量を増やしていき、不純物ガスの発生により一旦高くなった真空槽内圧力が通電開始前の値に戻ったら、シャッター41を開放する。更に通電量を増やしていくと蒸着容器51内のα−NPDが蒸発を始め、蒸発速度が膜厚モニター81により検出される。そして、通電量を調整し、蒸発速度が1Å/sに安定したら、シャッター42を開放して基板1上に蒸着膜を形成する。膜厚モニター81は蒸発速度の他形成された蒸着膜の膜厚も確認できるので、これを用いて膜厚が200Åに達したら、シャッター41、42を遮蔽し、これとほぼ同時に通電を停止して蒸着膜の形成を終了する。
【0032】
次に、蒸着容器52、53にそれぞれ別の電源を使い、通電を開始する。蒸着容器51からの蒸着と同様にシャッター41、42とも遮蔽しておき、徐々に蒸着容器への通電量を増やしていき、不純物ガスの発生により一旦高くなった真空槽内圧力が通電開始前の値に戻ったら、シャッター41を開放する。更に通電量を増やしていくと蒸着材料が蒸発を始め、蒸着容器52のクマリン6の蒸発速度が膜厚モニター81に、蒸着容器53のAlq3の蒸発速度が膜厚モニター82により検出される。そして、通電量を調整し、蒸発速度がクマリン6は0.015Å/s、Alq3が3Å/sに安定したら、シャッター42を開放して基板1上に蒸着膜を形成する。このとき、基板1上に形成された蒸着膜はクマリン6の濃度が0.5%となる。
【0033】
ここで、Alq3の蒸発速度が急激に増加した場合、本実施の形態においては、5Å/sを超えたら、第1シャッター41を遮蔽し、続けて第2シャッター42を遮蔽する。遮蔽動作の開始は同時でも良いが、蒸着容器を遮蔽する第1シャッター41の方が小面積であるため、高速で動作させることができ、蒸着膜の形成をより早く停止できる。そして、第2シャッター42を完全に遮蔽したら、次に第1シャッター41を開放し、基板1上への蒸着膜の形成は停止したまま蒸発速度の検出を行う。このとき、膜厚モニターに蒸発速度は検出されているが、基板1上に蒸着膜は形成されていないので、膜厚の積算も停止させる。そして、電流値を調整し、再び蒸発速度が所定の値に安定したら、第2シャッターを開放して基板1上への蒸着膜の形成及び膜厚の積算を再開する。
【0034】
そして、膜厚が200Åに達したら、シャッター41、42を遮蔽してこれとほぼ同時に通電を停止し蒸着膜の形成を終了する。
【0035】
次に、蒸着容器54に通電を開始し、同様にしてAl−Li合金を1Å/sの蒸発速度で50Å成膜し、更に蒸着容器55に通電してAlを10Åの蒸発速度で1000Å成膜した。
【0036】
そして最後に、この基板1を蒸着装置から取り出し、水分濃度10ppm以下の窒素雰囲気中にて基板1の端部に室温硬化型接着剤を塗布し、ガラスキャップを貼り合わせて封止を行った。
(比較例)
比較例として、上述した有機EL素子の作製方法のうちAlq3の蒸発速度が急激に増加した場合でもシャッターを遮蔽せずに電流値の制御を行いながら蒸着膜の形成を継続した。以上の変更点以外は、実施の形態と同様にして有機EL素子を作製した。
【0037】
以上のような工程で有機EL素子を繰り返し作製し、それぞれ10mA/cmの電流を流して初期輝度を測定した。この結果を下記の表1に示す。
【0038】
【表1】

上記の表1より、蒸発速度の急上昇時にシャッターを遮蔽して蒸着膜の形成を中断することで基板1上に形成される蒸着膜の共蒸着濃度の変動を極めて小さくできることが分かる。
【0039】
尚、本実施の形態においては、有機EL素子の作製方法について述べたが、これに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できる。
以上のように、本発明によれば、蒸着材料の蒸発速度が急激に変化しても、膜質や共蒸着の混合濃度への影響を極めて少なくでき、発光輝度の低下を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明に係る薄膜の形成方法を説明するための図である。
【図2】従来の薄膜の形成方法を説明するための図である。
【図3】本発明により作製した有機EL素子構成の側断面模式図である。
【符号の説明】
【0041】
1 基板
2 基板ホルダー
3 蒸着マスク
41 第1シャッター
42 第2シャッター
51、52、53、54、55 蒸着容器
56 仕切り版
6 真空槽
71 透明電極(陽極)
72 正孔輸送層
73 発光層
74 陰極
81 膜厚モニター1
82 膜厚モニター2
100 真空蒸着装置
101 真空ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内に蒸着材料が充填された蒸着源と蒸着対象物と前記蒸着源からの蒸着材料の蒸発速度を測定する蒸発速度検出手段と、少なくとも蒸着源側の第1の蒸気遮蔽シャッター及び蒸着対象物側の第2の蒸気遮断シャッターを有する真空蒸着装置において、第2のシャッターを閉じた状態で第1のシャッターを開き、蒸発速度を安定化させた後に第2のシャッターを開き、蒸着対象物上に薄膜を形成する方法であって、
前記蒸着対象物への成膜中に前記蒸発速度の変動量が所定の値に達すると、第1のシャッター及び第2のシャッターを遮蔽し、蒸着速度の制御を行うことを特徴とする薄膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−118009(P2006−118009A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−308356(P2004−308356)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】