説明

蛍光体シートの製造方法

【課題】膜厚均一性を±1%程度の範囲内に抑えるとともに、200mm×200mm以上の大サイズにも対応可能な、蛍光体シートの製造方法を提供すること。
【解決手段】複数の原料蒸発源を有し、前記複数の原料蒸発源のそれぞれに予め必要に応じた量の原料を充填し、前記蒸発源のそれぞれについて、前記原料が蒸発し切った時点で、当該原料蒸発源への加熱エネルギー供給を絶つことを特徴とする方法。前記複数の原料蒸発源のそれぞれが、母体構成材料を充填されるものと、これと対をなす付活剤材料を充填されるものとの互いに対をなす構成を有するものである二元蒸着の場合は、前記互いに対をなす構成を有する複数の原料蒸発源のそれぞれについて、前記母体構成材料が蒸発し切った原料蒸発源と、この母体構成材料の蒸発源と対をなす付活剤材料の蒸発源への加熱エネルギー供給を絶つことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピューテッドラジオグラフィー(CR)等で放射線画像の記録(撮影)に用いられる輝尽性蛍光体を用いる蛍光体シートの製造方法に関し、特に、サイズが200mm×200mm以上というような大きな基板上に、原料(前記輝尽性蛍光体)を、所定の膜厚均一性を有するように真空蒸着させて輝尽性蛍光体膜を形成するための蛍光体シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線(X線,α線,β線,γ線,電子線,紫外線等)の照射を受けると、この放射線エネルギーの一部を蓄積し、その後、可視光等の励起光の照射を受けると、上述の蓄積されたエネルギーに応じた輝尽発光を示す蛍光体が知られている。この蛍光体は、蓄積性蛍光体(輝尽性蛍光体)と呼ばれ、医療用途などの各種の用途に利用されている。
【0003】
一例として、この蓄積性蛍光体からなる層(以下、蛍光体層という)を有するシート(以下、蛍光体シートという(放射線像変換シートとも呼ばれる))を利用する、放射線画像情報記録再生システムが知られており、例えば、FCR(Fuji Computed Radiography 富士写真フイルム(株)商品名)等として実用化されている。
【0004】
このシステムでは、蛍光体シートに人体などの被写体の放射線画像情報を記録し、記録後に、蛍光体シートをレーザ光等の励起光で2次元的に走査して輝尽発光光を生ぜしめ、この輝尽発光光を光電的に読み取って画像信号を得、この画像信号に基づいて再生した画像を、写真感光材料等の記録材料、あるいはCRT,液晶パネル等を用いた表示装置や、写真感光材料などの記録材料等に、被写体の放射線画像の可視像として出力する。
【0005】
このような蛍光体シートは、通常、蓄積性蛍光体の粉末をバインダ等を含む溶液に分散してなる塗料を調製して、この塗料をガラスや樹脂製のシート状の支持体に塗布し、乾燥して、蛍光体層を形成することによって、作製される。
これに対し、特許文献1,特許文献2等に示されるように、真空蒸着等の物理蒸着法(気相製膜法)によって、支持体に蛍光体層を形成してなる蛍光体シートも知られている。
蒸着によって作製される蛍光体層は、真空中で形成されるために不純物が少なく、また、バインダなどの蓄積性蛍光体以外の成分が殆んど含まれないので、性能のバラつきが少なく、しかも、発光効率が非常に良好であるという、優れた特徴を有している。
【0006】
放射線像が撮影された蛍光体シートの読取方法の1つとして、線状の光源をその延在方向に直交する方向に移動させて、励起光を蛍光体シートに照射しつつ、光源と同方向に延在しかつ同期して移動するラインセンサによって輝尽発光光を読み取る方法が知られている。このようなラインセンサを用いた蛍光体シートの読み取りにおいては、好適な画像読取を行うためには、蛍光体シートの蛍光体層の表面と、上述のラインセンサ(受光面)との間隙が適正に保たれていることが必要であり、そのためには、蛍光体層の膜厚が均一であることが重要である。
【0007】
すなわち、輝尽発光光の焦点がラインセンサ(受光面)に合っていないと、読み取った画像がボケてしまう等の不都合が起きる。特に、前述のFCRのような医療用途では、このような画質の劣化は、診断結果の相違や誤診にも繋がる重大な問題となる。そのため、蛍光体シートに撮影された放射線画像を適正に読み取るためには、蛍光体シートから発生した輝尽発光光の焦点をラインセンサに適正に合わせる必要がある。
【0008】
当然のことであるが、輝尽発光光の焦点を適正にラインセンサに合わせるためには、蛍光体シートとラインセンサとの間隙を適正に保つ必要がある。ラインセンサと蛍光体シートとの間隙は、通常、約100μm程度である。他方、蒸着により形成される蛍光体層を有する蛍光体シートにおける蛍光体層の厚さは、通常500μm程度であり、厚い場合には、1000μmを超える場合もある。従って、両者の間隙の大きさを考えると、蛍光体シートの膜厚分布は、ラインセンサと蛍光体シートとの間隙の大きな誤差要因となる。
【0009】
本発明者らの検討によれば、蛍光体シートから発光した輝尽発光光の焦点を安定して適性にラインセンサの受光面に合わせて、高画質な放射線画像の読み取りを行うためには、蛍光体層の膜厚分布を±2%以下(例えば、膜厚600μmであれば±12μm以下)、さらには、±1%以下(同、±6μm以下)とすることが好ましい。
【0010】
このような要求に対しては、蛍光体シート製造時、すなわち、蛍光体層の形成(成膜)時における蒸着レートを適正に制御すること、あるいは、蒸着対象となる基板等と蒸着原料の位置関係(配置)の適正化すること等が必要になる。
特許文献3には、成膜条件の管理方法の一例としての、蒸着速度の制御方法が提案されているが、この方法は、むしろ膜質の管理を行うことに主眼が置かれており、前述のような厳しい膜厚均一化を実現することは不可能な方法である。
【0011】
【特許文献1】特許第2789194号公報
【特許文献2】特開平5−249299号公報
【特許文献3】特開2003−13207号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述のように500μmないしは1000μm以上という膜厚を有する蛍光体層における膜厚均一性を、例えば±1%程度の範囲内に抑えることは、従来の技術では、不可能であった。しかし、本発明者らは、いわゆる飛ばし切り(蒸発容器に入れた成膜原料を全て蒸発させること)技術を応用して、大サイズで、厚膜の蛍光体層を高精度に均一厚さに形成する方法を見出し、本出願に至ったものである。
【0013】
本発明は、飛ばし切り技術を利用して、IP(イメージングプレート、放射線像変換パネルとも呼ばれる)に好適に用い得る500μmないしは1000μm以上という膜厚を有する蛍光体層における膜厚均一性を±1%程度の範囲内に抑えるとともに、200mm×200mm以上の大サイズにも対応可能な蛍光体シートの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、本発明に係る蛍光体シートの製造方法は、基板上への原料の蒸着により所定の膜厚均一性を有する膜を形成する蛍光体シートの製造方法であって、複数の原料蒸発源を有し、前記複数の原料蒸発源のそれぞれに予め必要に応じた量の原料を充填し、前記蒸発源のそれぞれについて、前記原料が蒸発し切った時点で、当該原料蒸発源への加熱エネルギー供給を絶つことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る蛍光体シートの製造方法は、前記複数の原料蒸発源のそれぞれが、少なくとも1種の母体構成材料を充填されるものと、これと対をなす少なくとも1種の付活剤(賦活剤:activator )材料を充填されるものとの、互いに対をなすものである場合にも有効な方法である。
【0016】
そして、本発明に係る蛍光体シートの製造方法は、前記互いに対をなす構成を有する複数の原料蒸発源のそれぞれについて、前記母体構成材料が蒸発し切った原料蒸発源と、この母体構成材料の蒸発源と対をなす付活剤材料の蒸発源への加熱エネルギー供給を絶つことを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る蛍光体シートの製造方法においては、前記原料蒸発源の加熱手段として、抵抗加熱手段もしくは高周波誘導加熱手段を備えた坩堝を好適に用い得る。なお、前記母体構成材料の蒸発源においては、母体構成材料が蒸発し切ったことを、前記母体構成材料の蒸発源の温度が所定の値に到達したことで検知することが好ましい。
【0018】
また、本発明に係る蛍光体シートの製造方法においては、前記基板を、前記複数の原料蒸発源の存在下で直線状に往復搬送して蒸着を行うことが好ましい。この搬送方法は、飛ばし切り技術における再現性の向上に大きな効果がある。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、蒸着方法による蛍光体層製造における膜厚均一性を、±1%程度の範囲内に抑えることを可能とするとともに、200mm×200mm以上の大サイズにも対応可能な、蛍光体シートの製造方法を実現できるという効果を奏するものである。
【0020】
より具体的には、本発明によれば、下記のような手順を採ることにより、上記目的を好適に達成することができる。すなわち、予め定めた配置状態の蒸発源のそれぞれに充填する原料(特に、母体を形成する構成材料)の量を事前の実験により決定し、これに基づいて所定量の原料を充填して蒸着を開始する。ここで、付活剤の蒸発源には、例えば母体構成材料の1/100等の予め定められた量以上の原料を充填しておくものとする。
【0021】
蒸発が進んで、母体構成材料の蒸発源で空になったものが出た場合には、これを検出してその蒸発源の加熱を停止するとともに、これと対になって配置されている付活剤の蒸発源の加熱も停止する。このような制御を行うことにより、蒸発源(容器)の空焚きを防止し、過熱による輻射熱の発生を防止し、基板上に形成される蛍光体層の特性劣化を防止することができ、膜厚均一化と性能劣化の防止を、同時に達成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面に示す好適実施形態に基づいて、本発明を詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態では、本発明を、二元蒸着に適用する例を挙げるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0023】
図2は、本発明の一実施形態に係る蛍光体シートの製造方法に用いる蛍光体シート製造装置の一例を示す概念図である。なお、図2において、(A)は正面図、(B)は側面図である。
図2に示す実施形態の蛍光体シート製造装置(以下、単に製造装置という)10は、蛍光体(母体)となる材料と、付活剤となる材料とを別々に蒸発させる二元の真空蒸着によって、基板Sの表面に蓄積性蛍光体からなる層(蛍光体層)を形成して、(蓄積性)蛍光体シートを製造する装置である。
【0024】
このような製造装置10は、基本的に、真空チャンバ12と、基板保持搬送機構14と、加熱蒸発部16(後述する温度センサ54は省略している)と、ガス導入ノズル18と、RF用マッチングボックス20とを有して構成される。なお、本実施形態に係る製造装置10は、これ以外にも、公知の真空蒸着装置が有する各種の構成要素を有してもよいのは、もちろんである。
【0025】
なお、本発明は、図示例のような二元の真空蒸着装置に限定はされず、全ての成膜材料を混合して蒸発源に収納する一元の真空蒸着を行う装置であってもよく、あるいは、三元以上の真空蒸着を行う装置であってもよいが、好ましくは、複数の成膜材料を別々の蒸発源に収納する、二元あるいはそれ以上の多元の真空蒸着装置である。
【0026】
図示例においては、好適な一例として、蛍光体成分となる臭化セシウム(CsBr)と、付活剤成分となる臭化ユーロピウム(EuBrx(xは、通常、2〜3であり、特に2が好ましい):以下、EuBrと略記する)とを成膜材料として用い、抵抗加熱による二元の真空蒸着を行って、基板Sに蓄積性蛍光体であるCsBr:Euからなる蛍光体層を成膜して、蛍光体シートを作製する。
【0027】
また、成膜中に不活性ガスの導入を行うガス導入ノズル18を有する製造装置10は、好ましくは、一旦、真空チャンバ12内を高真空度まで排気した後、排気を行いつつガス導入ノズル18によって不活性ガスを導入して真空チャンバ12内を0.1Pa〜10Pa程度の真空度(以下、中真空という)とし、この中真空下で、加熱蒸発部16において抵抗加熱によって成膜材料(臭化セシウムおよび臭化ユーロピウム)を蒸発させて、基板保持搬送機構14によって基板Sを直線状に搬送(直線搬送)しつつ、真空蒸着による基板Sへの蛍光体層の成膜を行う。
【0028】
本発明において、蛍光体層を形成する蓄積性蛍光体(輝尽性蛍光体)としては、CsBr:Eu以外にも各種のものが利用可能である。一例として、特開昭57−148285号公報に開示される、一般式「MIX・aMIIX’2・bMIIIX''3:cA」で示されるアルカリハライド系蓄積性蛍光体が好ましく例示される。
(上記式において、MI は、Li,Na,K,RbおよびCsからなる群より選択される少なくとも一種であり、MIIは、Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Zn,Cd,CuおよびNiからなる群より選択される少なくとも一種の二価の金属であり、MIIIは、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Al,GaおよびInからなる群より選択される少なくとも一種の三価の金属であり、X、X’およびX''は、F,Cl,BrおよびIからなる群より選択される少なくとも一種であり、Aは、Eu,Tb,Ce,Tm,Dy,Pr,Ho,Nd,Yb,Er,Gd,Lu,Sm,Y,Tl,Na,Ag,Cu,BiおよびMgからなる群より選択される少なくとも一種である。また、0≦a<0.5であり、0≦b<0.5であり、0≦c<0.2である。)
【0029】
また、これ以外にも、米国特許第3,859,527号明細書や、特開昭55−12142号、同55−12144号、同55−12145号、同57−148285号、同56−116777号、同58−69281号、同59−75200号等の各公報に開示される蓄積性蛍光体も、好ましく例示される。
【0030】
特に、輝尽発光特性や再生画像の鮮鋭性、さらに、本発明の効果が好適に発現できる等の点で、前記アルカリハライド系蓄積性蛍光体は好ましく例示され、中でも特に、MIが少なくともCsを含み、Xが少なくともBrを含み、さらに、AがEuまたはBiであるアルカリハライド系蓄積性蛍光体は好ましく、その中でも特に前記「CsBr:Eu」が、好ましい。
【0031】
基板Sにも、特に限定はなく、ガラス、セラミックス、カーボン、アルミニウム、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PEN(ポリエチレンナフタレート)、ポリイミド等、蛍光体シートで利用されている各種のシート状の基板が、全て利用可能であり、さらに、形状にも、特に限定はない。
図示例においては、一例として、矩形の基板Sを用いる。
【0032】
真空チャンバ12は、鉄、ステンレス、アルミニウム等で形成される、真空蒸着装置で利用される公知の真空チャンバ(ベルジャー、真空槽)である。
ガス導入ノズル18も、ボンベ等との接続手段やガス流量の調整手段等を有する(もしくは、これらに接続される)、真空蒸着装置やスパッタリング装置等で用いられている公知のガス導入手段であり、前記中真空での真空蒸着による蛍光体層の成膜を行うために、アルゴンガスや窒素ガス等の不活性ガスを真空チャンバ12内に導入する。
さらに、RF用マッチングボックス20は、蛍光体層の成膜(真空蒸着)に先立って、基板Sの表面のプラズマ洗浄等を行うためのものである。
【0033】
真空チャンバ12には、図示しない真空ポンプが接続される。
真空ポンプにも、特に限定はなく、必要な到達真空度を達成できるものであれば、真空蒸着装置で利用されている各種のものが利用可能である。一例として、油拡散ポンプ、クライオポンプ、ターボモレキュラポンプ等を利用すればよく、また、補助として、クライオコイル等を併用してもよい。なお、前述の蛍光体層を成膜する製造装置10においては、真空チャンバ40内の到達真空度は、8.0×10−4Pa以下であるのが好ましい。
【0034】
基板保持搬送機構14は、基板Sを保持して、直線状の搬送経路で搬送(以下、直線搬送とする)するものであり、図3に模式的に示すように、駆動手段22と、リニアモータガイド24と、基板Sを保持する基板保持手段26とから構成される。なお、図3において、(A)は平面図、(B)は正面図、(C)は側面図である。
【0035】
駆動手段22は、基板保持手段26(すなわち基板S)を、前記直線搬送の方向に移動するもので、基板Sの搬送方向(以下、単に「搬送方向」という。また、この搬送方向と直交する方向を、便宜的に「搬送直交方向」とする。)に延在して保持部材30によって回転自在に軸支されるネジ軸32a、およびネジ軸32aに螺合するナット部32bからなるボールネジ32と、前記ネジ軸32aを回転するモータ34とからなる、ボールネジを用いる公知の直線状の移動機構である。
【0036】
なお、本実施形態に係る製造装置10において、駆動手段はボールネジ32とモータ34を利用するものに限定はされず、シリンダを利用する搬送手段、モータとモータによって回転されるリング状のチェーンを用いる搬送手段など、必要な耐熱性を有するものであれば、公知の直線状の移動(搬送)手段が、各種利用可能である。
【0037】
リニアモータガイド(以下、LMガイドという)24は、駆動手段22による基板保持手段26(すなわち、基板S)の直線搬送を補助するもので、ガイドレール24aと、長手方向に移動自在にガイドレール24aに係合する係合部材24bとからなる、公知のリニアモータガイドである。
ガイドレール24aは、搬送方向に延在して、前記ネジ軸32aを軸とする対称位置に離間して2本が配置され、共に、真空チャンバ12の天井面に固定される。一方、係合部材24bは、各ガイドレール24aに2つずつ係合するように、合計4つが基板保持手段26(後述する基台36の上面)に固定される。
【0038】
基板保持手段(以下、単に保持手段という)26は、基板Sを保持して、前記LMガイド24によって案内されつつ前記駆動手段22によって直線状で移動されるものであり、基台36と、保持部材38と、防熱部材40を有して構成される。
【0039】
基台36は、製造装置10が適正に設置された状態で水平となる長方形状の平板状部材である。
基板36の上面の中心には、前記ボールネジ32のナット部32bが固定され、また、基板36の上面の対角線上の対称位置には、2本のガイドレール24aの間隔に応じて前記LMガイド24の係合部材24bが固定される。
【0040】
保持部材38は、下端部で基板Sを保持するものであり、基台32の角部近傍から垂下されるように、4つが配置される。
本発明において、保持部材38による基板Sの保持方法には特に限定はなく、治具等を用いる方法、静電気を利用する方法、吸着を利用する方法等、上面から板状物を保持する公知の方法が各種利用可能である。
【0041】
また、基板Sへの蛍光体層の蒸着領域等に応じて可能であれば、治具等を用いて、下方から基板Sの四隅を押さえる保持手段、下方から基板Sの四辺を押さえる保持手段等を利用してもよい。
また、スペーサを利用する方法、ネジによる調整手段を利用する方法、シリンダによる昇降手段を設ける方法等によって、保持部材38の下端位置すなわち基板Sを保持/搬送する高さを調整可能にしてもよい。
【0042】
前述のように、基台36は、駆動手段22によって直線搬送される。従って、基板保持搬送機構14は、保持部材38によって例えば基板Sの四隅近傍を保持し、保持手段26を駆動手段22によって搬送することにより、基板Sを直線搬送する。
後述するが、本発明においては、このように基板Sの搬送を直線搬送とし、かつ、複数の蒸発源を搬送直交方向に配列することにより、膜厚分布均一性の高い蛍光体層の形成を実現している。
【0043】
なお、本発明において、必要な膜厚の蛍光体層を形成できれば、成膜中における基板Sの直線搬送は、1回の直線搬送でも、1回の往復動(往復搬送)でも、往復動を複数回行ってもよい。また、基板の搬送経路は、おおむね直線状であれば、多少、ジグザグ状であっても、波打つような経路であってもよい。
【0044】
一般的に、同じ膜厚であれば、加熱蒸発部16の上部の通過回数が多い程、膜厚分布均一性を高くできるので、複数回の往復動を行って蛍光体層を形成するのが好ましい。また、往復動の回数は、蛍光体層の目的膜厚や目的とする膜厚分布均一性等に応じて、適宜、決定すればよく、最後の搬送は一方向でもよい。直線搬送の搬送速度にも、特に限定はなく、LMガイド24の速度限界、往復動の回数、目的とする蛍光体層の膜厚等に応じて、適宜、決定すればよい。
【0045】
基板Sを保持する保持手段26において、上面にボールネジ32のナット部32bやLMガイド24の係合部材24b等が固定される基台36の直下には、基台下面の全面を覆って、防熱部材40が配置される。
防熱部材40は、後述する加熱蒸発部16(蒸発源)に対して基台36を覆うことにより、加熱蒸発部16からの輻射熱等によって、LMガイド24の係合部材24bおよびボールネジ26のナット部32bが加熱されるのを防止するものである。
【0046】
周知のように、LMガイド24の係合部材24bや、ボールネジ32のナット部32bには、円滑な移動を可能にするためにボールが組み込まれ、また、ボールの円滑な回転を可能にするために、グリス等の潤滑剤が注入される。また、ボールを有さなくても、円滑な駆動を可能にするために、通常、駆動手段や搬送ガイド手段の摺動部にはグリス等の滑材が注入される。
【0047】
ところで、詳細については後述するが、高い輝尽発光特性や画像鮮鋭性を実現可能な良好な柱状の結晶構造を有する蛍光体層を形成(成膜)するためには、抵抗加熱や高周波誘導加熱等を利用した中真空での真空蒸着を行うのが好ましい。
しかしながら、抵抗加熱等による真空蒸着は、成膜材料を収容するルツボの発熱によって成膜材料を加熱するので、蒸発源からの輻射熱が非常に大きく、これにより係合部材24b等が加熱してしまい、グリスの流出による動作不良等、様々な不都合が生じる。
【0048】
しかも、中真空による真空蒸着では、蒸発源と基板Sすなわち係合部材24b等とを近接して配置する必要がある。そのため、係合部材24bやナット部32bは、より加熱され易い状態となっている。
すなわち、基板Sを直線搬送する中真空での真空蒸着では、特性や膜厚均一性に優れた蛍光体層を形成できる反面、係合部材24bやナット部32bからのグリスの流出による動作不良等が非常に発生し易く、メンテナンスに手間がかかり、また、ランニングコストも高くなってしまう。
【0049】
これに対し、本発明の製造装置10においては、加熱蒸発部16からの輻射熱によって、LMガイド24の係合部材24aや、ボールネジ32のナット部32bが加熱されることを防止する防熱部材40を有する。
これにより、係合部材24bやナット部32bが加熱されることによるグリスの流出等の不都合を防止し、長期にわたる安定した動作を可能にし、メンテナンスの手間やランニングコストを大幅に低減することを可能にしている。
【0050】
防熱部材40には、特に限定はなく、加熱蒸発部16からの輻射熱を遮蔽して、係合部材24bやナット部32b、あるいはさらに基台36が加熱されることを防止できれば、各種のものが利用可能である。一例として、ステンレス板、鋼板、アルミニウム板、モリブデン板等が例示される。また、必要に応じて、防熱部材40に冷水を流すパイプ(冷却パイプ)を設ける、板材(防熱部材40)の内部をくり抜いて水を流す等の公知の手段によって、防熱部材40を冷却してもよい。
【0051】
真空チャンバ12の下方には、加熱蒸発部16が配置される。
加熱蒸発部16は、抵抗加熱によって,成膜材料である臭化セシウムおよび臭化ユーロピウムを蒸発させる部位である。
【0052】
前述のように、製造装置10は、好ましい態様として、蛍光体成分である臭化セシウムと、付活剤成分である臭化ユーロピウムとを、独立して加熱蒸発する、二元の真空蒸着を行うものである。従って、加熱蒸発部16には、臭化セシウム用(蛍光体用)の蒸発源となる抵抗加熱用のルツボ50、および、臭化ユーロピウム用(付活剤用)の蒸発源となる抵抗加熱用のルツボ52が配置される。
【0053】
このようなルツボ50および52は、通常の真空蒸着における抵抗加熱蒸発源用のルツボと同様、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)などの高融点金属で形成され、電極(図示を省略している)から通電されることにより自身が発熱し、充填された成膜材料を加熱/溶融して、蒸発させるものである。
また、本発明において、抵抗加熱用の電源(加熱制御手段)には特に限定はなく、サイリスタ方式、DC方式、熱電対フィードバック方式等、抵抗加熱装置で用いられる各種の方式が利用可能である。また、抵抗加熱を行う際の出力にも特に限定はなく、使用する成膜材料、ルツボの形成材料の抵抗値や発熱量等に応じて、適宜、設定すればよい。
【0054】
蓄積性蛍光体において、付活剤と蛍光体とは、例えばモル濃度比で0.0005/1〜0.01/1程度と、蛍光体層の大部分が蛍光体である。
そのため、図示例においては、蒸着量の多い臭化セシウム用(蛍光体用)のルツボ50は、円筒状(ドラム型)の大型のルツボを用いている。このルツボ50は、ドラムの側面に、ドラムの軸線方向に延在するスリット状の開口を有し、この開口に一致して、開口と同形状のスリット状の上下開口面を有する四角筒状のチムニー50aを蒸気排出口として設けている。
【0055】
他方、蒸着量の少ない臭化ユーロピウム用(付活剤用)のルツボ52は、通常のボート型のルツボの上面を、臭化セシウム用と同様のスリット状の開口に対応するチムニー52aを蒸気排出口として有する蓋体で閉塞してなる小型のルツボを用いている。なお、チムニー52aのスリット(開口)は、ルツボ52の長手方向に延在している。
このようなスリット状のチムニーを有するルツボを用いることにより、ルツボ内における局所加熱や異常加熱によって突沸が生じた際に、成膜材料が不意にルツボから飛び出して周囲や基板Sに付着し汚染することを防止できる。特に、中真空の蒸着では、前述のように、基板Sと蒸発源とを近接させる必要があるので、その効果は大きい。
【0056】
ここで、本実施形態に係る製造装置10おいては、ルツボ50および52を、共に、搬送直交方向に、それぞれ複数個配列する。なお、各ルツボは、離間や絶縁材の挿入等によって、互いに絶縁状態に有る。
本実施形態においては、前述のように、基板Sを直線搬送とし、ルツボ等の蒸発源を、複数、基板Sの搬送方向と直交する方向(搬送直交方向)に配列することにより、基板Sの全面を成膜材料の蒸気に均一に曝し、この状態で飛ばし切り制御を行って、膜厚分布均一性が±1%以下の蛍光体層の形成を可能にしている。
【0057】
ここで、上述の飛ばし切り制御とは、蒸発容器に入れた成膜原料を全て蒸発したら、その容器への電流等の加熱エネルギー供給を停止させることにより、予め算出してある各蒸発容器からの蒸発により、基板上に所定量の原料を蒸着させる方法であり、この方法によれば、膜厚分布を所望の条件にコントロールすることができる方法である。
【0058】
蛍光体層の形成を真空蒸着で行う場合には、通常は、全面的に膜厚が均一な蛍光体層を形成するために、基板を回転させて成膜を行う(例えば、特開2000−344591号公報参照)。ただし、基板Sを回転させると、半径方向で基板表面(成膜面)の速度(線速)が異なる。そのため、例えば、回転する基板の全面に均一に対面するように半径方向に直線状に蒸発源を配列しても、基板面の線速の違いによって半径方向で蒸発源と対面する時間に差が生じ、これにより、回転半径方向の位置で、基板S表面が蒸気に曝される条件が異なってきてしまい、この差が、そのまま膜厚の差となってしまう。
【0059】
すなわち、基板を回転して行う中真空の真空蒸着では、基板の全面に均一に蒸気を暴露するためには、加熱蒸発部における蒸発源の配置を工夫する必要があり、±1%以内の高い膜厚分布均一性を実現するためには、蒸発源の位置設定が非常に困難になる。
特に、図2に示す例のように、突沸による不都合を回避できる等の点で好適なスリット状のチムニーを有するルツボを用いた場合には、スリットの上部でも基板の線速が異なり、かつ、スリット上の通過長が基板の各部で異なってしまうので、高い膜厚分布均一性を実現するための蒸発源の位置設定がより困難になる。
【0060】
また、本実施形態に係る製造装置10で好適に形成される前記各種の蓄積性蛍光体からなる蛍光体層、特にアルカリハライド系蓄積性蛍光体からなる蛍光体層、中でも特にCsBr:Euからなる蛍光体層を、真空蒸着によって形成(成膜)する際には、一旦、系内を高い真空度に排気した後、排気を維持した状態でアルゴンガスや窒素ガス等の不活性ガスを系内に導入して、0.1〜10Pa、特に0.5〜3Pa程度の中真空度として蛍光体層を形成するのが好ましい。これにより、良好な柱状の結晶構造を有する蛍光体層を形成することができ、輝尽発光特性や画像鮮鋭性に優れた蛍光体シートを製造することができる。
【0061】
図示例の製造装置10は、好ましくは、このような中真空での蛍光体層の形成を行うものであり、ガス導入ノズル18を有し、不活性ガスを導入しつつ中真空で抵抗加熱によって真空蒸着を行う。
ところで、この程度の中真空での真空蒸着では、蒸発した成膜材料を確実に基板Sに到達させるためには、通常に比して、大幅に蒸発源と基板Sとの距離を短くする必要があり、そのため、膜厚均一性を確保するのが、より困難になる。
【0062】
このため、通常の中真空での真空蒸着では、蒸発源の蒸気が充分に拡散する前に基板Sに至ってしまう。従って、前述のように高速で基板を回転しても、蒸気は、基板の一部にしか接触せず、その結果、基板面の線速の違いによって半径方向に蒸気の暴露量の差がより大きくなってしまい、±1%以内程度の高い膜厚分布均一性を実現するためには、蒸発源の位置設定がより困難となる。
【0063】
これに対し、本実施形態に係る製造装置10においては、基板Sを直線搬送しつつ真空蒸着によって蛍光体層の形成を行うことにより、基板S表面(非成膜面)における移動速度を全面的に均一にし、かつ、複数の蒸発源(ルツボ)を搬送直交方向(基板Sの直線搬送方向と直交する方向)に直線状に並べただけの、極めて簡易な蒸発源の配置で、基板Sを全面的に、均一に成膜材料の蒸気に曝すことができ、±1%以下の膜厚分布均一性の高い蛍光体層を形成できるようになる。
【0064】
しかも、このような構成を有することにより、蛍光体層の面方向および厚さ方向共に、蓄積性蛍光体層中に付活剤成分を高度に均一に分散することができ、これにより、輝尽発光特性および感度等の均一性に優れた蛍光体シートを得ることができる。
【0065】
なお、搬送直交方向に延在する1つの蒸発源によっても、ある程度は、膜厚分布均一性を確保することはできる。しかしながら、この構成では、基板Sのサイズが大きくなると、それに応じて、蒸発源も大型化する必要があるたため、搬送直交方向に温度ムラおよび蒸発量ムラが生じてしまい、これに起因して、膜厚分布が生じてしまう。
そのため、±1%以下の膜厚分布性の高い蛍光体層を安定して形成するためには、本発明のように、搬送直交方向に複数の蒸発源を配列する必要がある。
【0066】
本発明において、搬送直交方向に配置する蒸発源の数には特に限定はない。
基本的には、数が多い程、膜厚分布均一性は良好になるが、多くなるに従って、コストや制御性等の点で不利になるので、この搬送直交方向のルツボの配置数は、基板Sのサイズ、目的とする蛍光体層の膜厚、要求される膜厚分布均一性、装置コスト等に応じて、適宜、決定すればよい。
【0067】
本発明者らの検討によれば、例えば、450mm×450mmの基板Sに前述のような中真空での蛍光体層の真空蒸着を行う場合には、図示例のように、スリット状の上記排出口を有するルツボを用い、6個からなるルツボの列を2列(すなわち、蛍光体および付活剤共に12個のルツボを使用)として蛍光体層の真空蒸着を行うことで、膜厚分布均一性に優れた蛍光体層が形成できる。
【0068】
加熱蒸発部16の概略上面図である図4に示すように、図示例においては、一例として、臭化セシウム用のルツボ50は、円筒(ドラム)の軸線方向を搬送直交方向に一致して、6つが配列されている。図示例においては、このルツボ50の配列を、2つ有する。
ルツボ50において、電極は円筒の端面に形成されており、個々のルツボ50で独立して電源に接続される。また、各ルツボ50に対応して、温度測定用のセンサ54(図2では装置の全体構成を明瞭にするために省略している)が配置され、この蒸発量の測定結果に応じて、ルツボ50への通電が制御される。
【0069】
これにより、蒸着量の多い臭化セシウムの蒸着レートを、各ルツボ50毎にコントロールすることができる。このようにしても、飛ばし切り制御とする以上、本発明の効果を得ることができる。
なお、蒸発量の制御は、図示例のように、温度センサによるルツボの温度測定に応じてルツボ50の個々に対して行うのが好ましいのはもちろんであるが、実験により確認された範囲内であれば、装置コストの低減等を目的として、近接する2個のルツボ等、複数のルツボをまとめてコントロールを行うようにしてもよい。
【0070】
他方、同様に、ボート型のルツボである臭化ユーロピウム用のルツボ52も、長手方向を配列方向に一致して、6つが配列される。ルツボ52も、配列方向の両端に電極が形成され、個々に独立した電源が接続される。
また、ルツボ50と同様に、ルツボ52も、6個並べた配列を2つ有する。
【0071】
ルツボ50の列およびルツボ52の各列においては、共に、ルツボ50同士およびルツボ52同士は、装置やルツボの構成上、可能な限り配列方向に近接して配置され、かつ、ルツボの列は、基板Sの配列方向のサイズを充分に包含する長さとするのが好ましい。
このような構成とすることにより、搬送直交方向における成膜材料の蒸発蒸気量を均一にして、より膜厚分布均一性の高い蛍光体層を形成することができる。
【0072】
また、図示例においては、好ましい態様として、1つのルツボ50とルツボ52とを対として、すなわち蛍光体の成膜材料である臭化セシウムの1つの蒸発源と付活剤の成膜材料である臭化ユーロピウムの1つの蒸発源を対として、両者が搬送方向に並ぶように配置し、さらに、より好ましい態様として、ルツボ50とルツボ52とを、装置および両ルツボの構成上、可能な限り近接して配置している。
【0073】
このような構成とすることにより、母体となる臭化セシウム蒸気中に、臭化ユーロピウム蒸気を充分に分散して、微量成分であるユーロピウム(付活剤)を蛍光体層中に均一に分散し、輝尽発光特性等の良好な蛍光体層を形成できる。
このような搬送直交方向の各成膜材料のルツボの列(以下、ルツボ列とする)は、1つでもよく、図示例のように2列でもよく、さらに、3列以上でもよい。また、成膜材料毎に、有するルツボ列の数が異なってもよい。
【0074】
ここで、複数列のルツボ列を有する場合には、各ルツボ列は、搬送方向から見た際に、他のルツボ列の成膜材料蒸気の排出口(前記スリット状のチムニー)の配列方向の間隙を、互いに埋めるように配置するのが好ましく、さらに、異なる列で成膜材料蒸気の排出口が搬送方向に重ならないように配置するのがより好ましい。
【0075】
いい換えれば、各搬送方向から見た際に、ルツボの列で、成膜材料蒸気の排出口が互い違いとなるようにするのが好ましい。図示例においては、配列方向への2列のルツボの列において、搬送方向から見た際に、一方のルツボ列の電極位置に他方のルツボ列の蒸気排出口が位置するように、各ルツボの列を配列している。
このような構成とすることにより、配列方向における成膜材料の蒸発蒸気量を均一にして、より膜厚分布均一性の高い蛍光体層を形成することができる。
【0076】
また、同様の理由で、図示例のように、スリット状の蒸気排出口(チムニー50aおよびチムニー52a)を有するルツボを用い、かつ、蒸気排出口の長手方向を配列方向(搬送直交方向)に一致して配置するのが好ましい。
【0077】
さらに、ルツボ列を複数有する場合には、搬送方向に対して外側に蒸発量の多い臭化セシウム(蛍光体の成膜材料)用のルツボ50の列を位置するのが好ましい。
このような構成とすることにより、蒸発量の多い臭化セシウムの蒸発量センサを、搬送方向に対してルツボの列の外側の開いている空間に配置することができ、すなわち、蒸発量センサ(あるいは、温度センサ)の選択自由度や配置の自由度、製造装置10の設計自由度を向上することができる。
【0078】
なお、図示は省略するが、製造装置10の加熱蒸発部16は、全ルツボを水平方向の4方で囲む、ルツボの最上部よりも高い四角筒状の防熱板が配置され、かつ、この防熱板の上部開放面を閉塞/開放自在に、成膜材料蒸気を遮蔽するためのシャッタが配置される。
【0079】
以下、製造装置10による基板Sへの蛍光体層の形成(蛍光体シートの製造)の作用について、図1に示す動作フロー図をも用いて説明する。
【0080】
*ステップ70:
まず、真空チャンバ12を開放して、保持手段26の保持部材38bに基板Sを保持し、かつ、全てのルツボ50(これを、便宜上、蒸発源(1),同(2),・・・同(n)とする)に臭化セシウムを、全てのルツボ52に臭化ユーロピウムを所定量まで充填した後、前記シャッタを閉塞し、さらに、真空チャンバ12を閉塞する。
【0081】
次いで、真空排気手段を駆動して真空チャンバ12内を排気し、真空チャンバ内が例えば8×10−4Paとなった時点で、排気を継続しつつ、ガス導入ノズル18によって真空チャンバ12内にアルゴンガスを導入して、真空チャンバ12内の圧力を例えば1Paに調整し、さらに、抵抗加熱用の電源を駆動して全てのルツボ50およびルツボ52に通電して成膜材料を加熱する。
その後、予め設定した所定時間が経過したら、前記シャッタを開放し、次いで、モータ34を駆動して、所定速度での基板Sの直線搬送を開始し、基板Sの表面への蛍光体層の形成を開始する。
【0082】
*ステップ72(72a,72b,・・・):
蛍光体層の形成が進行して、複数のルツボ50の中に、充填されている原料が終了したものがあるか否かを、温度センサ54の温度変化によるチェックを行う。ここでは、温度センサ54は700℃を超えたところで信号を出力するように設定されている。この700℃の意味は、通常の臭化セシウムの蒸発温度範囲が660℃以下であることから、これと区別できる温度として設定されているものである。
【0083】
*ステップ74(74a,74b,・・・):
ステップ72(72a,72b,・・・)で700℃を超えた温度センサ54が現われた場合には、当該温度センサ54に対応するルツボ50の中の臭化セシウムが蒸発し切ったものと判断して、そのルツボ50と、これと対をなす臭化ユーロピウムのルツボ52への通電を遮断して、両方のルツボ(50および52)の温度がそれ以上上昇しないようにする。
【0084】
例えば、あるルツボ(前述の蒸発源(1))の温度が700℃を超えた場合には、このルツボと対をなす臭化ユーロピウムのルツボへの通電を遮断する。
そして、全ての温度センサ54から700℃を超えたことを示す信号が届いて、全てのルツボ50および52への通電が遮断された時点で、蒸着が終了することになる。
【0085】
そこで、基板Sの直線搬送を停止し、シャッタを閉塞し、ガス導入ノズル18によるアルゴンガスの導入量を増加して、真空チャンバ12内を大気圧とし、次いで真空チャンバを開放して、蛍光体層を形成した基板Sすなわち作製した蛍光体シートを取り出す。
【0086】
なお、この蛍光体シートは、基板を直線搬送しつつ、抵抗加熱による中真空の飛ばし切り制御による真空蒸着によって蛍光体層を形成したものであるので、膜厚分布均一性が高く、かつ、良好な結晶性の輝尽発光特性および画像鮮鋭性に優れた蛍光体層を有する、高品位なものである。
【0087】
以上の例では、蒸発源として抵抗加熱方式のルツボを用いているが、本発明はこれに限定はされるものではなく、搬送直交方向に配列可能なものであれば、各種の蒸発源が利用可能である。
【0088】
例えば、図5(A)および(B)((A)は平面図、(B)はb−b線断面図である)に示すように、カーボン等の充分な透磁率を有する材料からなるルツボ60、このルツボ60を挿通する加熱コイル62、および加熱コイル62に高周波電力を供給する、図示しない高周波電源とからなる、誘導加熱による蒸発源を、搬送直交方向に配列したものであってもよい。あるいは、図5(C)に示すように、ルツボ64を、充分な透磁率を有する材料からなる筒状の加熱部材66に挿通し、この加熱部材66を加熱コイル62による誘導加熱で加熱することにより、輻射熱でルツボ64を加熱する蒸発源を、搬送直交方向に配列したものであってもよい。
【0089】
なお、この構成を採る際には、1つのルツボに対して1つの高周波電源を設け、個々に蒸発をコントロールできるようにするのが好ましいが、条件によっては、前記ルツボ50と同様に、加熱コイル62を直列若しくは並列で接続して、複数のルツボに対して1つの高周波電源を設け、複数のルツボ毎にコントロールを行うことも可能である。
【0090】
以上、本発明に係る蛍光体シートの製造方法について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定はされず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変更を行ってもよいことは、いうまでもない。
【0091】
例えば、図示例では、臭化セシウム用(蛍光体成分用)のルツボ50のみを配列したルツボ列、および、臭化ユーロピウム用(付活剤成分用)のルツボ52のみを配列したルツボ列を有するものであるが、本発明は、これに限定はされず、例えば、臭化セシウム用のルツボ50と臭化ユーロピウム52とを交互に配置して、搬送直交方向へのルツボ列を形成してもよい。
【0092】
また、図示例では、いわゆる二元の蒸着を行う場合を例に挙げているが、本発明は、母体構成原料と付活剤を予め所定の比率で混合した原料を用いて、これを一元蒸着の形で飛ばす場合にも全く同様に適用することが可能である。この場合には、図1のステップ74(74a,74b,・・・)がこの記述通りに行われる事になる。
【0093】
〔実施例1〕
以下、本発明の具体的実施例を挙げ、本発明をより詳細に説明する。
【0094】
*蒸発原料の準備:
蒸発原料として、純度4N以上の臭化セシウム(CsBr)粉末、および純度3N以上の臭化ユーロピウム(EuBr)の溶融品を用意した。EuBr溶融品は、参加を防ぐため十分なハロゲン雰囲気としたチューブ炉中にて、粉末を白金製ルツボに入れて800℃に加熱して溶融、冷却後に炉から取り出して作製した。
【0095】
各原料中の微量元素を、ICP−MS法(誘導結合高周波プラズマ分光分析−質量分析法)により分析した結果、CsBr中のCs以外のアルカリ金属(Li,Na,K,Rb)は、各々10ppm以下であり、アルカリ土類金属(Mg,Ca,Sr,Ba)など他の元素は2ppm以下であった。また、EuBr中のEu以外の希土類元素は各々20ppm以下であり、他の元素は10ppm以下であった。
【0096】
これらの原料は、吸湿性が高いので、露点−20℃以下の乾燥雰囲気を保ったデシケータ内で保管し、使用直前に取り出すようにした。
【0097】
*蛍光体層の形成:
支持体として、450mm×450mmサイズで1mm厚のAl基板(圧延成型品、住友軽金属工業(株)製)を用意した。これらを界面活性剤を含むアルカリ性洗浄液による脱脂、脱イオン水による水洗,乾燥を行い、さらにプラズマ洗浄を行った後、前記実施形態に示した製造装置10内の基板ホルダにセットした。
【0098】
ここで、基板と蒸発源との距離は15cmとした。CsBrおよびEuBrの蒸発用抵抗加熱ルツボは、それぞれ対向して対をなすように12個ずつ設置し、約45cmの基板全面に蒸着が行えるように配置した。各ルツボのCsBr原料量は、飛ばし切りで蒸着を行ったときに十分な膜厚均一性が得られた各ルツボの原料量を予め調べておき、それと同じ量を投入した。この原料量は、蒸着のシミュレーションにより求めてもよい。
【0099】
また、CsBr蒸発用の抵抗加熱ルツボは、蒸発口からK熱電対をルツボの底に接触するように挿入し、CsBr融液の温度をモニターした。ここで、この熱電対の温度については、CsBr融液が存在しているときは約650℃を示し、CsBr融液がなくなると瞬時に700℃以上を示すことを確認した。
【0100】
上記のように、CsBr原料およびEuBr原料を製造装置10内の抵抗加熱用ルツボに充填した後、メイン排気バルブ(図示されていない)を開いて製造装置10内を排気して、1×10−3Paの真空度とした。このとき、真空排気装置としては、ロータリーポンプ,メカニカルブースターポンプおよびディフージョンポンプの組み合わせを用いた。さらに、水分除去のため、水分排気用クライオポンプを使用した。
【0101】
その後、排気をメイン排気バルブからバイパスに切り換え、製造装置10内にArガスを導入して、0.5Paの真空度とし、プラズマ発生装置(図1中のマッチングボックス20)によりArプラズマを発生させて基板表面の洗浄を行った。その後、排気をメイン排気バルブに切り換えて、1×10−3Paの真空度まで排気後、再度、排気をバイパスに切り換え、Arガスを導入して0.8Paの真空度とした。
【0102】
蒸着膜の厚さを均一にするため、前述の通り、基板は周期的に直線状に往復搬送させている。蒸着側に設置されたハロゲンランプにより基板加熱を行い、ランプの強度を変えることにより、蒸着開始時の基板温度を100℃に設定した。
【0103】
蒸着は以下の手順で行った。
まず、基板と各蒸発源の間に設けられたシャッターを閉じた状態で、蒸発源それぞれの抵抗加熱器を通電して加熱溶融した後、CsBr蒸発源側のシャッターだけを開いて基板の表面にCsBr蛍光体母体を堆積させて被覆層を形成した。
【0104】
ついで、その3分後にEuBr蒸発源側のシャッターも開いて、上記被覆層上にCsBr:Eu輝尽性蛍光体を堆積させた。CsBrの堆積速度が平均で約10μm/分の速度になるように回路抵抗などを適切に設計し、通電したが、その間、電流値を一定にするような制御は行わなかった。一方、EuBrの堆積は、電流値を一定にするように制御して行った。
【0105】
なお、EuBrは、CsBrに比べて約1/1000の堆積量の関係にあるため、CsBr蒸着に対して十分な量のEuBr原料量をルツボに投入してある。
【0106】
蒸着が進行して、CsBr蒸発源の温度が700℃を超えたものは、CsBr原料がなくなったものと判断し、その抵抗加熱ルツボと、これに対向するEuBr抵抗加熱ルツボへの通電を停止した。このようにして、順次、12対の蒸発源への通電を停止し、最後の1対の蒸発源への通電を停止することにより蒸着を終了させた。蒸着時間は、0.8時間〜1.2時間であった。
【0107】
蒸着終了後、製造装置10内を大気圧に戻し、製造装置10から基板を取り出した。被覆された基板上には、蛍光体の柱状結晶がほぼ垂直方向に密に林立した構造の蓄積性蛍光体層が形成されていた。
【0108】
製造装置10から取り出した基板上に形成された蓄積性蛍光体層を、以下の手順で熱処理した。製造装置10から取り出した蓄積性蛍光体層を、ガス導入可能な真空加熱装置の中に入れ、ロータリーポンプにより約1Paまで減圧し、サンプルに吸着している水分等の除去を行った。熱処理条件は、処理温度200℃、時間は2時間、Nガス雰囲気中で熱処理を行った。サンプルの冷却は真空雰囲気中で行い、十分温度が下がった状態にしてから、加熱装置から取り出した。
【0109】
このようにして、共蒸着(ここでは、二元蒸着)により支持体と蓄積性蛍光体層とからなるIP(放射線像変換パネル)を作製した。作製したIPの膜厚を測定した結果、膜厚分布=±1%(最大膜厚=611μm、最小膜厚=599μm)、発光量=100の結果を得た。
【0110】
〔比較例1〕
実施例1の蛍光体層の形成において、各CsBrルツボに十分な量の原料を投入し、その堆積を抵抗加熱ルツボに通電する電流値が一定になるように制御しながら、60分蒸着後にシャッターを閉じることにより蒸着を終了させたこと以外は、実施例と同じとした。
作製したIPの膜厚を測定し、膜厚分布=±10%(最大膜厚=670μm、最小膜厚=550μm)、発光量=100の結果を得た。
【0111】
〔比較例2〕
実施例1の蛍光体層の形成において、各CsBr蒸発源の原料がなくなるのに十分な時間である2時間、全てのルツボに通電を行い、蒸着を終了したこと以外は、実施例と同じとした。
作製したIPの膜厚を測定し、膜厚分布=±1%(最大膜厚=611μm、最小膜厚=599μm)、発光量=50の結果を得た。
【0112】
上述の結果をまとめると、表1のようになる。
【表1】

【0113】
表1からも判るように、本発明に係る蛍光体シートの製造方法によれば、450mm×450mmサイズというような大型の蛍光体シート(IP)においても、膜厚分布を±1%に収めることができるとともに、発光特性の劣化を防止可能とした、優れた蛍光体シート(IP)を製造することが可能となる。
【0114】
ここで、測定方法について補足説明しておく。
まず、膜厚分布については、表面粗さ形状測定機:(株)東京精密製のサーフコム1400D−LCDを使って測定して得た膜厚の最大値と最小値から膜厚分布を求めた。
【0115】
発光量(輝尽発光量(PSL:Photostimulated Luminescence ))は、IPを、室内光を遮蔽可能なカセッテに挿入し、管電圧80kVpのX線を約1mR照射した後、暗室でカセッテから取り出し、He−Neレーザ光(波長633nm:10mW)を蒸着膜に照射した。蒸着膜から得られる輝尽発光は、励起光カットフィルタ(HOYA(株)製のB410)を通して励起光と分離し、光電子増倍管を使って検出を行い、その信号強度を記録した。得られた信号強度の相対値を発光量とした。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】本発明の一実施形態に係る蛍光体シートの製造方法の動作概要を説明するフローチャートである。
【図2】(A)は、本発明の一実施形態に係る蛍光体シートの製造方法に用いる蛍光体シート製造装置の一例を示す概略正面図、(B)は、同概略側面図である。
【図3】(A)は、図2に示す蛍光体シート製造装置の基板保持搬送手段の概略平面図、(B)は同概略正面図、(C)は同概略側面図である。
【図4】図2に示す蛍光体シート製造装置の加熱蒸発部の概略平面図である。
【図5】(A),(B)および(C)は、本発明の蛍光体シート製造装置で利用可能な蒸発源の別の例である。
【符号の説明】
【0117】
10 (蛍光体シート)製造装置
12 真空チャンバ
14 基板保持搬送手段
16 加熱蒸発部
18 ガス導入手段
22 駆動手段
24 LMガイド
24a ガイドレール
24b 係合部材
26 (基板)保持手段
30 保持部材
32 ボールネジ
32a ネジ軸
32b ナット部
34 モータ
36 基台
38 保持部材
40 防熱部材
50,52,60,64 ルツボ
62 加熱コイル
66 加熱部材
70,72,74 処理ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上への原料の蒸着により所定の膜厚均一性を有する膜を形成する蛍光体シートの製造方法であって、
複数の原料蒸発源を有し、
前記複数の原料蒸発源のそれぞれに予め必要に応じた量の原料を充填し、
前記蒸発源のそれぞれについて、前記原料が蒸発し切った時点で、当該原料蒸発源への加熱エネルギー供給を絶つ
ことを特徴とする蛍光体シートの製造方法。
【請求項2】
前記複数の原料蒸発源のそれぞれが、
少なくとも1種の母体構成材料を充填されるものと、これと対をなす少なくとも1種の付活剤材料を充填されるものとの互いに対をなすものである
ことを特徴とする請求項1に記載の蛍光体シートの製造方法。
【請求項3】
前記互いに対をなす構成を有する複数の原料蒸発源のそれぞれについて、
前記母体構成材料が蒸発し切った原料蒸発源と、この母体構成材料の蒸発源と対をなす付活剤材料の蒸発源への加熱エネルギー供給を絶つ
ことを特徴とする請求項2に記載の蛍光体シートの製造方法。
【請求項4】
前記原料蒸発源の加熱手段として、抵抗加熱手段もしくは高周波誘導加熱手段を備えた坩堝を用いる
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の蛍光体シートの製造方法。
【請求項5】
前記母体構成材料の蒸発源において母体構成材料が蒸発し切ったことを、
前記母体構成材料の蒸発源の温度が所定の値に到達したことで検知する
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の蛍光体シートの製造方法。
【請求項6】
前記基板を、前記複数の原料蒸発源の存在下で直線状に往復搬送して蒸着を行う
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光体シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−58214(P2006−58214A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−242176(P2004−242176)
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【出願人】(000005201)富士写真フイルム株式会社 (7,609)
【Fターム(参考)】