説明

血球の定性及び/又は定量分析方法、及び血液劣化検出方法

【課題】血球の新規な定性及び/又は定量分析方法を提供すること。
【解決手段】血球の定性及び/又は定量分析方法であって、採取血液に、周波数が変化可能な電界を印加する電界印加工程と、前記電界の周波数を変化させながら採取血液の誘電率を測定する誘電率測定工程と、前記誘電率測定工程を経て得られた測定結果より誘電緩和現象を解析する誘電緩和現象解析工程と、を少なくとも含む血球の定性及び/又は定量分析方法を提供する。本発明に係る血球の定性及び/又は定量分析方法は、血球細胞等にダメージを与えることなく、ラベルフリーで行うことが可能であるため、迅速かつ簡便に行うことができ、また、分析に用いた血液をそのまま輸血や血液製剤などに用いることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血球の定性及び/又は定量分析方法に関する。より詳しくは、採取血液を誘電分光測定することによって、血球の形態及び/又は密度等を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液は、血液ガス(酸素、二酸化炭素)の運搬、栄養素の輸送、代謝老廃物の運搬・排出、体内の酸塩基平衡の維持、水分代謝の調節、生体防御、体温調節、生理活性物質の運搬とその代謝調節など、生体のホメオスタシスの維持に重要な役割を担っている。
【0003】
血液は大きく分けると、血球と血漿からなり、その比率は約45:55である。このうち血球は、赤血球、白血球、血小板で大別される。血球を構成する細胞成分について、以下、説明する。
【0004】
<赤血球>
赤血球は、血球中の約96%を占め、主に血液ガス(酸素、及び二酸化炭素)の運搬を行う。赤血球は、通常、血液1mm中に男子約500万個、女子約450万個存在するが、鉄欠乏性貧血、再生不良性貧血、溶血性貧血などにより、その数が減少する場合がある。
【0005】
また、赤血球は、通常、直径7〜8μmの中央部の窪んだ円板状をなすが、種々の疾患等により、その形態が変化する場合がある。例えば、遺伝的原因による楕円状赤血球や鎌状赤血球、巨赤芽球状貧血、骨髄異形成症候群などによる涙滴状赤血球、鉄欠乏性貧血などによる菲薄状赤血球、尿毒症によるいが状(うに形、金平糖状、機雷状)赤血球などが挙げられる。また、赤血球は、細胞エネルギーが枯渇することで、いが状(うに形、金平糖状、機雷状)をなし、採血後の保存日数が経過するに従い、球状をなすことが分かっている。
【0006】
<白血球>
白血球は、血球中の約3%を占め、主に生体防御機構に関わっている。白血球は、通常、血液1mm中に4000〜10000個(平均約7000個)存在するが、感染症やアレルギーによりその数が増加したり、逆に白血病などにより正常な白血球が減少したりする場合がある。
【0007】
また、白血球は、顆粒球、単球、リンパ球に大別され、さらに顆粒球は、好中球、好酸球、好塩基球に分けられる。それぞれの直径は、好中球約10μm、好酸球約13〜18μm、好塩基球約12〜15μm、単球約12〜20μm、リンパ球約6〜15μmであるが、例えば、白血病などにより、異常な形状の白血球(白血病細胞)が多量に出現する場合がある。
【0008】
<血小板>
血小板は、血球中約1%を占め、血栓形成に関わっている。血小板は、通常、血液1mm中に10万〜40万個存在するが、血小板減少症や血小板増加症といった血小板が増減する疾患も知られている。
【0009】
また、血小板は、直径2〜3μmの円盤状を呈しているが、出血時には、金平糖のような形状になることが知られている。
【0010】
血球の形態等を調べる方法として、例えば、特許文献1には、細胞へのレーザ照射により発生する光散乱パターンの非対称性を分析して個々の赤血球の形状を決定する装置及び方法が開示されている。また、特許文献2には、フローサイトメータを用いて赤血球の形状異常を検出する方法が開示されている。
【特許文献1】特表2001−507122号公報。
【特許文献2】特開平10−307135号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように、血球の各構成成分の量や形態は様々な疾患等で変化することが分かっているため、血球の各構成成分の量や形態を調べることにより、様々な疾患の診断を行うことができる。また、採血後の血球の各構成成分の形態を調べることで、血液の保存状態(劣化状態)を分析することができる。
【0012】
そこで、本発明は、新規な血球の定性及び/又は定量分析方法を提供するとともに、該方法の産業的利用を実現することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明者らは、血球の定性及び/又は定量分析方法について、あらゆる分野の手法を鋭意研究した結果、採取血液の誘電緩和現象を解析することにより、血球を定性及び/又は定量分析できることを突き止めた。
【0014】
まず、本発明では、血球の定性及び/又は定量分析方法であって、採取血液に、周波数が変化可能な電界を印加する電界印加工程と、前記電界の周波数を変化させながら採取血液の誘電率を測定する誘電率測定工程と、前記誘電率測定工程を経て得られた測定結果より誘電緩和現象を解析する誘電緩和現象解析工程と、を少なくとも含む血球の定性及び/又は定量分析方法を提供する。
血球を含む血液は、血球の大きさ、形状、細胞膜の状態などの形態、血球密度などによって、異なる誘電緩和現象を示すため、誘電緩和現象を解析することで、血球の形態、密度などを分析することができる。
前記誘電緩和現象解析は、例えば、前記誘電率測定工程を経て得られた測定結果より、誘電緩和周波数、誘電緩和時間、誘電緩和強度を算出することにより行うことができる。
また、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、赤血球、白血球、血小板の全ての血球の分析に用いることができる。
更に、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、保存血液の劣化検出に応用することができる。
【0015】
以下、本発明で使用する技術用語等を説明する。
【0016】
本発明において、「血液」とは、ヒトに限らず、動物から採取した血液も含む。また、血球を含む全ての血液を包含する。例えば、赤血球、白血球、血小板の全ての血球を含む血液だけでなく、いずれか1種、又は2種の血球を含む血液も包含する。
【0017】
本発明において、「誘電緩和」とは、導電率の高い細胞質と導電率の細胞膜の界面に印加電圧によって電化が蓄積する現象であり、典型的な界面分極として知られている。例えば、周波数を変化させながら、血球を主成分とする血液の誘電率を測定すると、低周波側では高い誘電率を示すが、高周波側へいくに従って低い誘電率へ落ち込む現象をいう。
【0018】
本発明において、「誘電緩和周波数」とは、誘電緩和現象の過程で、誘電率が最も大きく変化する周波数をいう。
【0019】
本発明において、「誘電緩和時間」とは、誘電緩和現象の時間スケールを特徴付ける値であって、測定された誘電緩和現象のデータを理論的または経験的な緩和関数式(例えば、後述する「数式1」など)を用いてカーブフィッティングを行い、求められるパラメータの中で時間の次元を持つ量をいう。
【0020】
本発明において、「誘電緩和強度」とは、誘電緩和現象において緩和周波数より十分低周波側で観測される高い誘電率の値と、緩和周波数より十分高周波側で観測される低い誘電率の値との差をいう。ここで、十分低い(十分高い)周波数とは、少なくとも一桁以上低い(高い)ことが望ましい。誘電緩和強度の正確な値は、上記と同様に、測定された誘電緩和現象のデータを理論的または経験的な緩和関数式(例えば、後述する「数式1」など)を用いてカーブフィッティングを行うことで得ることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、誘電率を測定するのみで、血球の定性及び/又は定量分析を行うことができるため、血球細胞等にダメージを与えることが少なく、また、血球に予めラベルする必要がない。従って、迅速かつ簡便に、血球の定性及び/又は定量分析を行うことができる。そして、本発明に係る血球の定性及び/又は定量分析用いれば、様々な疾患の診断、採血後血液の劣化状態の分析も簡単に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0023】
<血球の定性及び/又は定量分析方法>
図1は、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法のフロー図である。
【0024】
本発明に係る定性及び/又は定量分析方法では、まず、採取した血液に電界を印加する電界印加工程を行う(図1中(I)参照)。電界の印加は、公知の方法を用いることができる。例えば、一対以上の電極を用いたり、コイルを用いたりする方法など、自由に採用することができる。ただし、前記電界は、周波数を変化させることが可能な電界でなければならない。後述する誘電緩和現象を解析するためである。
【0025】
次に、周波数を変化させながら血液の誘電率を測定する誘電率測定工程を行う(図1中(II)参照)。周波数の変化範囲は、定性及び/又は定量分析の対象となる血球(赤血球、白血球、血小板)に合わせて適宜設定することができる。例えば、赤血球では10〜10Hz、白血球では10〜10Hz、血小板では5×10〜5×10Hzの範囲で掃印することが好適である。
【0026】
本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、誘電率を測定するのみで、血球の定性及び/又は定量分析を行うことができるため、血球細胞等にダメージを与えることが少なく、また、血球を予めラベルする必要がない。従って、迅速かつ簡便に、血球の定性及び/又は定量分析を行うことができる。
【0027】
次に、誘電率測定工程(II)を経て得られた測定結果より、誘電緩和現象を解析する誘電緩和現象解析工程を行う(図1中(III)参照)。誘電緩和現象解析工程(III)について、赤血球の誘電率測定結果を例に挙げて詳しく説明する。
【0028】
図2は、電界の周波数を変化させながら、形状の異なる4種類の赤血球の誘電率を測定した結果を示す図である(後述の実施例1参照)。この赤血球は、pHのコントロールにより、正常形1(円盤状、図3参照)、うに形2(いが状、金平糖状、機雷状、図4参照)、膨張形3(図5参照)、球形4(図6参照)に変化させ、全てほぼ同一の密度に設定している。
【0029】
図2に示す通り、それぞれの赤血球は、低周波側では高い値の誘電率を示しているのに対し、高周波側に行くに従って誘電率は低く落ち込んでいるが(以下、「誘電緩和現象」と称する。)、それぞれの赤血球の形状によって、異なる現象を示していることが確認できる。
【0030】
このように誘電緩和現象は、血球の大きさ、形状、細胞膜の状態などの形態、血球密度などによって異なる現象を示すため、血球の誘電緩和現象を解析すれば、血球の形態や密度を分析することができる。
【0031】
誘電緩和現象の解析方法としては、例えば、誘電緩和周波数を算出する方法がある(図1中(i)参照)。図2に示す通り、誘電率が大きく変化する周波数、即ち、誘電緩和周波数は、各形状の赤血球によって異なることが分かる。従って、誘電率測定工程(II)を経て得られた測定結果より、血球の誘電緩和周波数を算出することで、血球の形態や密度を分析することができる。
【0032】
また、誘電率測定工程(II)を経て得られた測定結果を、誘電緩和関数などを用いて統計的にカーブフィッティング(曲線あてはめ)することができる。具体的には、測定によって得られた、周波数によって変化する複素誘電率の実数部、虚数部、又は実数部と虚数部を同時に用いてカーブフィッティングを行う。例えば、下記の数式1を用いて、実験値と関数値との残差自乗和が最小となるようなパラメータ(緩和時間、緩和強度、緩和時間分布、直流電気伝導度など)のセットを求めることができる。
【数1】

【0033】
ここで、jは虚数単位、ω=2πfは角周波数、Δεは誘電緩和強度、τは誘電緩和時間、εは誘電率の高周波リミット、εは真空の誘電率、σは直流電気伝導度、αとβは誘電緩和時間の分布をあらわすパラメータ(以下αを「Cole-Coleパラメータ」と、βを「Cole-Davidsonパラメータ」と称する。)である。
【0034】
このとき、β=1と固定した解析(Cole-Cole式による解析)を行うと、誘電緩和時間τ、Cole-Coleパラメータα、誘電緩和強度Δεを算出することができる(図1中(ii)(iii)参照)。誘電緩和時間τ、Cole-Coleパラメータα、誘電緩和強度Δεなども、血球の形態や密度によって異なることから(後述の実施例参照)、誘電率測定工程(II)を経て得られた測定結果より、誘電緩和時間τ、Cole-Coleパラメータα、誘電緩和強度Δεを算出することで、血球の形態や密度を分析することができる。なお、誘電緩和強度Δε値は数式1による解析によらなくても10kHzから500kHzの任意の周波数におけるε’の値の変化で代用することができる。
【0035】
以上、上記説明で用いた図2は、赤血球を一例に挙げて説明しているが、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、赤血球、白血球、血小板の全ての血球の定性及び/又は定量分析に用いることができ、赤血球に限定されない。
【0036】
また、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、必要に応じて、電界印加工程Iの前に、採取血液を前処理する工程を行ってもよい(図1中符号A参照)。
【0037】
例えば、採取した全血に赤血球溶血剤等による前処理(図1中符号A「採取血液前処理工程」参照)を施すことにより、白血球の定性及び/又は定量分析を好適に行うことができる。また、採取した全血を電解質溶液で希釈する等の前処理工程Aを行うことで、血小板の定性及び/又は定量分析を好適に行うことができる。
【0038】
<血液劣化検出方法>
本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、血液劣化検出方法に用いることができる。
【0039】
例えば、赤血球は、通常、中央部の窪んだ円板状をしているが、採血後、保存日数が経過するにつれて、次第に球形に変化することが分かっている。従って、例えば、予め、赤血球の形態と誘電緩和現象との関係を調べておけば、赤血球を主成分とする保存全血の誘電緩和現象を測定することで、保存全血の劣化状態を検出することができる。
【0040】
保存全血、特に人全血液は、保存温度4〜6度で採血後21日の有効期間である。しかし、血液の劣化は、保存期間のみでなく、他の何らかの原因により、有効期間を待たずに劣化が進むことも考えられる。このような場合に、本発明に係る血液劣化検出方法を行えば、輸血や血液製剤用に誤って使用する危険を回避することができる。
【0041】
一方、有効期間が経過していても、十分使用可能な血液も存在すると考えられるが、確認作業が煩雑なため、本来有効な血液であっても破棄されるのが現状である。しかし、本発明に係る血液劣化検出方法を行えば、有効期間という画一的の評価でなく、個々の血液の劣化状態を検出することができるため、採取血液を、本質的に劣化するまで、有効に活用することができる。
【0042】
図7は、保存日数毎のウサギ保存全血の周波数と誘電率の関係を示す図面代用グラフである(後述の実施例2参照)。図7に示す通り、保存日数によって異なる誘電緩和現象を示すことが確認できる。特に、1日目から9日目は、ほとんど同一の誘電緩和現象を示しているが、13日目は全く異なる誘電緩和現象を示していることが確認できる。これは、9日目から13日目の間で、血液の劣化が進んだと考えられる。このように、血液の誘電緩和現象を解析すれば、血液の劣化を検出することができる。
【0043】
誘電緩和現象の解析方法としては、上述の血球の定性及び/又は定量分析方法と同様に、例えば、誘電緩和周波数を算出する方法がある。図7に示す通り、誘電緩和周波数は、保存日数毎に異なることが分かる。従って、保存血液の誘電緩和周波数を算出することで、血液の劣化を検出することができる。
【0044】
また、誘電緩和現象の解析方法としては、上述の血球の定性及び/又は定量分析方法と同様に、誘電緩和時間τ、Cole-Coleパラメータαを算出する方法がある。図8は保存日数と誘電緩和時間τの関係を示す図面代用グラフであり、図9は保存日数とCole-Coleパラメータαの関係を示す図面代用グラフである(後述の実施例3参照)。
【0045】
図8に示す通り、誘電緩和時間τは経過日数21日目から増加し始めることが分かる。また、図9に示す通り、Cole-Coleパラメータαは21日目から減少に転じることが分かる。即ち、誘電緩和時間τ、及びCole-Coleパラメータαの値から、21日目以降の血液は劣化が一段と進んでいくことを示している。従って、誘電緩和時間τ、Cole-Coleパラメータαを算出することで、血液の劣化を検出することができる。
【0046】
更に、誘電緩和現象の解析方法としては、上述の血球の定性及び/又は定量分析方法と同様に、誘電緩和強度Δεを算出する方法がある。図10は、保存日数と誘電緩和強度Δεの関係を示す図面代用グラフである(後述の実施例3参照)。
【0047】
図10に示す通り、誘電緩和強度Δεは、保存日数と共に減少していくことが分かる。そして、誘電緩和強度Δεの減少量は、図10中の直線で示す通り、ほぼ一定の傾きを有している。従って、誘電緩和強度Δεを算出することで、血液の劣化を検出することができる。
【0048】
また、保存日数に対する誘電緩和強度Δεの減少率を算出することで、血液の劣化速度の予測を行うことができる。例えば、誘電緩和強度Δεの減少率が、図10の減少率よりも大きい場合には、血液の劣化速度が大きいことが分かり、血液が汚染されている可能性のあることが予測できる。このように、本発明に係る血液劣化検出方法を用いれば、法定保存期間内であっても劣化の進んだ血液を、輸血や血液製剤に誤って用いる危険を回避することができる。
【0049】
逆に、本発明に係る血液劣化検出方法を用いれば、法定保存期間を経過した血液であっても、劣化の無い血液を検出することが可能であるため、血液が本質的に劣化するまで、有効に活用することができる。
【0050】
本発明に係る血液劣化検出方法は、誘電率を測定するのみで血液の劣化状態を検出できるので、血液中の血球等の細胞を破壊することなく、また、予め、血液中の血球等にラベル等をする必要もないため、迅速かつ簡便に血液の劣化状態を検出することができ、血液劣化検出に用いた血液をそのまま、輸血や血液製剤等に用いることが可能である。従って、保存血液の不足した状況であっても、保存血液を無駄にすることなく、安全に使用できる保存血液を見分けることができる。
【0051】
以上、赤血球を主成分とする全血を例に挙げて説明したが、本発明に係る血液劣化検出方法は、濃厚赤血球(RC−M.A.P)、洗浄赤血球(WRC)、白血球除去赤血球(LPRC)、解凍赤血球濃厚液(FTRC)、合成血(BET)などの劣化検出に用いることも可能であり、その他、濃厚血小板(PC)、濃厚血小板HLA(PC−HLA)などの劣化検出にも用いることが可能である。
【0052】
以下、本発明に係る血液劣化検出方法を用いた保存血液の使用可否判定方法の一例について、図11を用いて説明する。図11は、本発明に係る血液検出方法を用いた保存血液の使用可否判定方法の一例を示すフロー図である。
【0053】
本発明に係る血液劣化検出方法を用いた保存血液の使用可否判定では、まず、必要に応じて前処理工程Aを行った保存血液に電界を印加する電界印加工程(I)を行う。次に、周波数を変化させながら、保存血液の誘電率を測定する誘電率測定工程(II)を行う。そして、誘電率測定工程(II)を経て得られた測定結果より、誘電緩和現象を解析する誘電緩和現象解析工程(III)を行う。
【0054】
誘電緩和現象解析工程(III)では、例えば、法定有効期間中に、誘電緩和強度Δεを算出し、保存日数に対する減少率を算出することで、個々の保存血液の劣化速度の予測を行うことができる。例えば、前記減少率が著しく大きい場合には、その保存血液は、何らかの汚染を受けている可能性が高く、法定有効期間内であっても、破棄することが望ましい。
【0055】
より安全性を高めるために、使用時に保存血液の誘電緩和周波数や誘電緩和時間τの算出を行うことが望ましい。算出結果が基準値外の場合、保存血液の劣化が進んでいることが予測できるため、法定有効期間内であっても、破棄することが望ましい。逆に、算出結果が基準内の場合には、安心して、輸血や血液製剤等に使用することができる。
【0056】
法定有効期間が経過した場合、保存血液は、安全性の面から画一的に破棄されているのが現状であるが、本発明に係る血液劣化検出方法を用いれば、本質的に劣化していない保存血液を、有効に使用することが可能である。
【0057】
例えば、上記と同様に、法定有効期間を経過した保存血液の誘電緩和周波数や誘電緩和時間τの算出を行う。算出結果が基準外の場合には、保存血液の劣化が進んでいることが予測できるため、破棄しなければならないが、算出結果が基準内の場合には、法定有効期限を経過していても、安全に使用することが可能である。この場合、例えば、研究目的などに用いることができる。
【実施例1】
【0058】
実施例1では、血球の形状のよって誘電緩和現象が異なるか否かについて調べた。血球の一例として、ウサギ赤血球を用いた。
【0059】
まず、pHコントロールによって、赤血球の形状を、正常形1(図3参照)、うに形2(図4参照)、膨張形3(図5参照)、球形4(図6参照)に変化させた。
【0060】
次に、25℃でほぼ同一の血球密度(ヘマトクリット値)において、10Hzの周波数で電界を印加した。そして、10〜10Hzの範囲で掃印しながら誘電率を測定した。測定結果を図2に示す。
【0061】
図2に示す通り、どの形状の赤血球も低周波側では高い誘電率の値を示すが高周波側では低い値に落ち込んでいるが(誘電緩和現象)、それぞれ異なる誘電緩和現象を示している。なお、図2のデータは電極分極の寄与をAsami等の方法によって補正したものである(文献:K. Asami, A. Irimajiri, T. Hanai, N. Shiraishi, K. Utsumi, Biochim. Biophys. Acta 778, 559, 1984.)。
【0062】
図2の測定結果から、それぞれの誘電緩和周波数、誘電緩和時間τ、誘電緩和強度Δεを算出した。それぞれの算出結果を表1に示す。
【表1】

【0063】
また、球形赤血球4の血球密度(ヘマトクリット値)を変化させて、上記と同様に誘電緩和強度Δεを求めた。誘電緩和強度Δεと血球密度(ヘマトクリット値)との関係を図12に示す。
【0064】
実施例1では、血球(赤血球)の形態や血球密度(ヘマトクリット値)の違いにより、異なる誘電緩和現象を示すことが分かった。また、誘電緩和現象から算出される誘電緩和周波数、誘電緩和時間τ、誘電緩和強度Δεも、血球の形態や血球密度(ヘマトクリット値)の違いにより、異なる値を示すことが分かった。従って、血球の誘電緩和現象を解析することで、血球の形態や血球密度(ヘマトクリット値)を分析できることが分かった。
【実施例2】
【0065】
実施例2では、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法を、血液劣化検出方法に用いることができるか否かを調べた。
【0066】
まず、コージンバイオ株式会社(埼玉県坂戸市千代田5−1−3)より購入したウサギ保存血液(アルセーバー氏液による)を、pHコントロールしたPBSバッファーで洗浄することによって正常形赤血球にして、調整保存血液を得た。この調整保存血液を5℃で保存した。
【0067】
次に、1日目、2日目、3日目、6日目、7日目、8日目、9日目、13日目に、実施例1と同様の方法で、調整保存血液の誘電率を測定した。測定結果を図7に示す。
【0068】
図7に示す通り、1日目から9日目は、ほとんど同一の誘電緩和現象を示しているが、13日目は全く異なる誘電緩和現象を示していることが確認できる。
【0069】
また、1日目と13日目の調製保存血液の様子を図13に示す。図13に示す通り、13日目の調整保存血液を観察すると、変色が見られ、完全に劣化していた。
【0070】
実施例2では、保存日数が経過するにつれ血液の劣化が進むと、異なる誘電緩和現象を示すことが分かった。また、誘電緩和現象から算出される誘電緩和周波数、誘電緩和時間τ、誘電緩和強度Δεも、保存日数が経過するにつれ血液の劣化が進むと、異なる値を示すことが分かった。従って、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、血液劣化の検出に用いることができることが分かった。
【実施例3】
【0071】
実施例3では、本発明に係る定性及び/又は定量分析方法を、未調整の血液の血液劣化検出方法にも用いることができるか否かを調べた。
【0072】
まず、コージンバイオ株式会社より購入したウサギ保存血液(アルセーバー氏による)を、調整せずにそのままの状態で、5℃にて保存した。次に、1日目、2日目、3日目、4日目、7日目、8日目、9日目、10日目、14日目、15日目、16日目、18日目、21日目、22日目、23日目、24日目、28日目、29日目、30日目、31日目、35日目、36日目に、実施例1と同様の方法で、調整保存血液の誘電率を測定した。測定結果を図14に示す。
【0073】
図14に示す通り、保存日数によって異なる誘電緩和現象を示すことが確認できる。
【0074】
誘電緩和現象から、各保存期間後の誘電緩和周波数、誘電緩和時間τ、誘電緩和強度Δεを算出した。それぞれの算出結果を表2に示す。また、保存日数と誘電緩和時間τとの関係を図8に、保存日数とCole-Coleパラメータαとの関係を図9に、保存日数と緩和強度Δεとの関係を図10に示す。
【表2】

【0075】
図8に示す通り、誘電緩和時間τは経過日数21日目から増加し始めることが分かる。また、図9に示す通り、Cole-Coleパラメータαは21日目から減少に転じることが分かる。即ち、誘電緩和時間τ、及びCole-Coleパラメータαの値から、21日目以降の血液は劣化が一段と進んでいくことを示している。
【0076】
実施例3では、未調整の血液であっても、誘電緩和現象を解析することにより、血液劣化の有無を検出することができることが分かった。
【0077】
また、図10に示す通り、誘電緩和強度Δεは、保存日数と共に減少していくことが分かる。そして、誘電緩和強度Δεの減少量は、図10中の直線で示す通り、ほぼ一定の傾きを有している。
【0078】
従って、実施例3では、誘電緩和現象より誘電緩和強度Δεを算出し、保存日数に対する減少率を算出することで、血液の劣化速度の予測を行うことが可能であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明に係る定性及び/又は定量分析方法は、誘電率を測定するのみで、血球の定性及び/又は定量分析を行うことができる全く新規な方法であり、血球細胞等にダメージを与えることが少なく、また、血球を予めラベルする必要がない。従って、迅速かつ簡便に、血球の定性及び/又は定量分析を行うことができる。
【0080】
そして、本発明に係る血球の定性及び/又は定量分析方法は、様々な疾患の新規な診断技術に応用することができる。また、本発明に係る血球の定性及び/又は定量分析方法は、保存血液の劣化を検出する方法にも簡単に用いることができる。
【0081】
本発明に係る血液劣化検出方法を用いれば、画一的に使用することができた有効期間内の保存血液の劣化を、個別に検出することができるので、有効期間内であっても、何らかの原因により劣化した保存血液の使用を防ぐことができる。また、画一的に使用が制限されていた有効期限経過後の保存血液の劣化を、個別に検出することができるため、本質的に有効な血液を破棄することなく、医療分野、研究分野等での使用が可能となり、更なる医療分野、研究分野等の発展に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明に係る定性及び/又は定量分析方法のフロー図である。
【図2】実施例1において、形状の異なる4種類の赤血球の誘電率と周波数の関係を示す図面代用グラフである。
【図3】正常形赤血球を示す図面代用写真である。
【図4】うに形(いが状、金平糖状、機雷状)赤血球を示す図面代用写真である。
【図5】膨張形赤血球を示す図面代用写真である。
【図6】球形赤血球を示す図面代用写真である。
【図7】実施例2において、ウサギ保存全血(調整後)の保存日数毎の誘電率と周波数の関係を示す図面代用グラフである。
【図8】実施例3において、保存日数と誘電緩和時間τの関係を示す図面代用グラフである。
【図9】実施例3において、保存日数とCole-Coleパラメータαの関係を示す図面代用グラフである。
【図10】実施例3において、保存日数と誘電緩和強度Δεの関係を示す図面代用グラフである。
【図11】本発明に係る血液検出方法を用いた保存血液の使用可否判定方法の一例を示すフロー図である。
【図12】誘電緩和強度Δεと血球密度(ヘマトクリット値)との関係を示す図面代用グラフである。
【図13】実施例2において、1日目と13日目の調製保存血液の様子を示す図面代用写真である。
【図14】実施例3において、ウサギ保存全血(未調整)の保存日数毎の誘電率と周波数の関係を示す図面代用グラフである。
【符号の説明】
【0083】
1 正常形赤血球
2 うに形(いが状、金平糖状、機雷状)赤血球
3 膨張形赤血球
4 球形赤血球

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血球の定性及び/又は定量分析方法であって、
採取血液に、周波数が変化可能な電界を印加する電界印加工程と、
前記電界の周波数を変化させながら採取血液の誘電率を測定する誘電率測定工程と、
前記誘電率測定工程を経て得られた測定結果より誘電緩和現象を解析する誘電緩和現象解析工程と、
を少なくとも含む血球の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項2】
前記誘電緩和現象解析工程は、誘電緩和周波数を算出する工程であることを特徴とする請求項1記載の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項3】
前記誘電緩和現象解析工程は、誘電緩和時間を算出する工程であることを特徴とする請求項1記載の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項4】
前記誘電緩和現象解析工程は、誘電緩和強度を算出する工程であることを特徴とする請求項1記載の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項5】
前記血球は、赤血球であることを特徴とする請求項1記載の血球の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項6】
前記血球は、白血球であることを特徴とする請求項1記載の血球の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項7】
前記血球は、血小板であることを特徴とする請求項1記載の血球の定性及び/又は定量分析方法。
【請求項8】
請求項1記載の分析方法を用いた血液劣化検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−215901(P2008−215901A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−50960(P2007−50960)
【出願日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】