説明

表面前処理方法及び表面前処理装置

【課題】表面の汚染物質を確実に除去することができる表面前処理方法及び表面前処理装置を提供すること。
【解決手段】グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するグロー放電発光手段を備えた装置に試料を設置し、試料表面をスパッタリングする第1工程と、プラズマ中で励起された粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定する第2工程と、トータル発光量FIを測定しながら、1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する第3工程と、測定を開始してから最初に、1次微分値FI’の絶対値又は2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方が第2しきい値β(0<α≦β)以下になったときに、スパッタリングを停止させる第4工程とを備えた表面前処理方法、及び、表面前処理装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面前処理方法及び表面前処理装置に関し、さらに詳しくは、分析を行う試料表面に付着している汚染物質を除去し、清浄な試料表面を露出させるための表面前処理方法及び表面前処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
各種薄膜や各種バルク材において、その表面及び深さ方向の成分分析を行う必要性が生ずる場合がある。
表面分析が必要とされる分野としては、具体的には、
(1) メッキ被膜、ホーロー処理膜、有機樹脂被膜、リン酸亜鉛被膜、塗装被膜、化学蒸着膜、物理蒸着膜などの薄膜を表面に形成し、又は、浸炭、窒化、表面酸化、イオン注入などの表面処理を施した表面改質材、
(2) 絶縁被膜、酸化被膜、超伝導膜、化学蒸着膜、レジスト膜等が形成された各種半導体部品、
(3) ビデオテープ、フレキシブルディスク、ハードディスク、光磁気ディスク等の磁性膜が形成された磁気記録媒体、
などがある。
【0003】
このような表面及び深さ方向の成分分析を行うための装置の一つとして、グロー放電発光分光分析装置(Glow Dsichage Optical Emission Spectrometry,GDS)が知られている。
GDSを用いた成分分析は、一般に、
(1) グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、
(2) 試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起させ、
(3) プラズマで励起された粒子が基底状態に戻る際に放出する元素固有の光をレンズで集光し、
(4) 集光された光を回折格子で分光し、
(5) 分光された光の強度を光電子倍増管又は固体検出器で検出する、
ことにより行われる。
【0004】
GDSは、
(1) 元素特有の光を検出することにより構成元素の量を定量分析できる、
(2) イオンを試料表面の同じ箇所に当て続けて試料を掘り進むことにより、深さ方向の元素分析をすることができる、
(3) 非常に薄い層の成分を分解能良く分析することができる、
(4) 高周波電源を用いることにより、導電性材料だけでなく絶縁材料の成分分析も行うことができる、
(5) 分析面積が広いので、偏析等の影響が少ない、
等の利点がある。
しかしながら、複数の薄膜の積層体からなる試料をGDSにより分析する場合、回折格子で分光された後の各成分の濃度曲線は、一般に、各層の界面においてシャープな階段状とはならず、なだらかなS字を描く。そのため、GDSにおいては、界面の位置(又は、各層の厚さ)の特定に困難を伴うことが多い。
各層の界面の位置(又は、各層の厚さ)を特定する方法としては、
(1) 回折格子で分光された後の成分濃度の2回微分がゼロになる点(すなわち、変曲点)を基準とする方法、
(2) 回折格子で分光された後の成分濃度の傾きが所定のしきい値(既知)を超えた点を基準とする方法、
などが知られている(特許文献1、2参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2004−85352号公報の段落番号「0031」
【特許文献2】特開2004−288980号公報の段落番号「0022」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
分析しようとする試料表面には、通常、有機物、水分、吸着ガスなどの汚染物質が付着している。このような汚染物質が付着した試料をそのままGDSにより分析すると、最初に汚染物質がスパッタリングされ、これらを構成するC、H、OHなどが検出される。次いで、汚染物質が完全に除去された後、真に分析したい対象の表面がスパッタリングされ、材料を実質的に構成する元素が検出される。そのため、GDSにおいては、実質的に真の対象を分析していない時間及びこの時間内に検出される組成情報が、深さ分析における距離の検出精度の低下や表面組成の分析精度の低下の主要因となっている。これらの汚染物質の除去は、GDSに限らず、汚染物質の分析を目的としないすべての表面分析において望まれている。
この問題を解決するために、分析前に試料表面を酸やアルカリを用いて洗浄することも考えられる。しかしながら、このような前処理方法では、分析対象の表面性状に合わせた洗浄液の選定や濃度の調節が必要となり、ノウハウによるところが多い。また、表面が複数の材料で構成されている場合、各構成材料の洗浄液に対する溶解性が異なると、局所的に浸食が進み、分析精度の低下を招く。
一方、汚染物質の検出量から感覚的に真の試料表面を特定する方法では、分析者の主観によるところが大きく、分析結果のバラツキの増加や再現性の低下を招く。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、表面の汚染物質を確実に除去することができる表面前処理方法及び表面前処理装置を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、試料表面が複数の材料で構成されている場合であっても、分析精度の低下を招くことなく、表面の汚染物質を確実に除去することができる表面前処理方法及び表面前処理装置を提供することにある。
さらに、本発明が解決しようとする他の課題は、分析結果のバラツキの増加や再現性の低下を招くことなく、表面の汚染物質を確実に除去することができる表面前処理方法及び表面前処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明に係る表面前処理方法は、
グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、前記試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するグロー放電発光手段を備えた装置に試料を設置し、前記試料表面をスパッタリングする第1工程と、
前記プラズマ中で励起された前記粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定する第2工程と、
前記トータル発光量FIを測定しながら、前記トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する第3工程と、
測定を開始してから最初に、前記1次微分値FI’の絶対値又は前記2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方が第2しきい値β(0<α≦β)以下になったときに、前記スパッタリングを停止させる第4工程と
を備えていることを要旨とする。
また、本発明に係る表面前処理装置は、
グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、前記試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するグロー放電発光手段と、
前記プラズマで励起された前記粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定するトータル発光量測定手段と、
前記トータル発光量FIを測定しながら、前記トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する微分値算出手段と、
測定を開始してから最初に、前記1次微分値FI’の絶対値又は前記2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方が第2しきい値β(0<α≦β)以下になったときに、前記スパッタリングを停止させる停止手段と
を備えていることを要旨とする。
この場合、トータル発光量FIに代えて、発光利用率を用いても良い。
【発明の効果】
【0009】
グロー放電により試料表面のスパッタリングを開始すると、最初に試料表面に付着した汚染物質の急激な脱離が起こり、汚染物質を構成する各元素に対応する波長の光が放出される。この時、回折格子で分光された後の光ではなく、回折格子で分光する前のトータル発光量FIを検出すると、トータル発光量FIは、分析初期において急激に上昇し、その後急激に減衰する。そのため、トータル発光量FIを測定しながら、トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出すると、測定を開始してから最初に1次微分値FI’及び2次微分値FI”の双方が第2しきい値β以下になったことをもって、汚染物質の脱離が終わりに近づいていることを容易に知ることができる。さらに、汚染物質の脱離が終わりに近づいた後、1次微分値FI’の絶対値及び/又は2次微分値FI”の絶対値が第1しきい値αに到達したときにスパッタリングを停止させると、汚染物質のみを選択的に除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係る表面前処理装置は、グロー放電発光手段と、トータル発光量測定手段と、微分値算出手段と、停止手段とを備えている。
【0011】
グロー放電発光手段は、グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するための手段である。図1に、発光装置(グロー放電発光手段)の概略構成図を示す。
図1において、発光装置は、ボディと、アノードと、カソード(試料)と、レンズと、RF電源とを備えている。円筒状のボディは、接地されており、その内部には、アノードが設けられている。円筒状のボディの一端には、スパッタリングされた粒子から放出される光を集光するためのレンズが設けられ、他端には、試料を固定できるようになっている。試料は、スパッタリングの際のカソードとしても機能するものであり、カソード(試料)とアノードとの間には、わずかな隙間が設けられている。カソード(試料)には、さらにRF電源が接続され、試料に高周波電流を印加できるようになっている。円筒状のボディの上部には、それぞれ、Arなどの不活性ガスを導入するための不活性ガス導入口、及び、ボディ内を適度な減圧状態に維持するための排気口が設けられている。排気口は、真空ポンプに接続されている。
【0012】
なお、図1に示す発光装置は、グロー放電発光分光分析装置(GDS)に備えられる発光装置と同様のものである。
GDSには、図示はしないが、図1に示す発光装置の他、
(1) レンズで集光された光を分光するための回折格子、
(2) 回折格子で分光された光の強度を検出するための光電子倍増管又は固体検出器、
(3) 検出された光の強度を濃度に換算し、あるいは、検出時間を距離に換算する等の演算を行うための演算装置、
などが設けられている。
本発明に係る表面前処理装置は、GDSをそのまま転用することもできるが、集光された光を分光するための手段(すなわち、回折格子)及び分光された光の強度を検出するための手段は必ずしも必要ではないので、省略することができる。
【0013】
トータル発光量測定手段は、プラズマで励起された粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定するための手段である。「トータル発光量FI」とは、グロー放電発光手段から放出される光の総量をいう。トータル発光量測定手段は、レンズで集光された光を分光することなく、そのまま検出するためのものである。この点が、従来のGDSとは異なる。トータル発光量測定手段は、レンズで集光された光の強度(トータル発光量FI)もしくはエネルギ量を検出することができるものであれば良く、例えば、光電子倍増管、固体検出器などを用いることができる。
なお、GDSをそのまま表面前処理装置に転用する場合には、レンズと回折格子の間に、トータル発光量測定手段を設ければよい。
【0014】
微分値算出手段は、トータル発光量FIを測定しながら、トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する手段である。具体的には、トータル発光量測定手段を演算装置に接続し、トータル発光量測定手段で測定されるトータル発光量FIを逐次、演算装置に入力させる。演算装置は、周知の方法を用いて、1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する。微分値の算出頻度(単位時間あたりの算出回数)、及び、微分値を算出するための時間間隔(Δt)は、目的に応じて任意に選択することができる。一般に、微分値の算出頻度が高くなるほど、微分値の変化を精度良く求めることができる。また、微分値を算出するための時間間隔(Δt)が短くなるほど、微分値の算出精度は向上するが、時間間隔(Δt)が小さくなりすぎると、誤差が増大するおそれがある。
【0015】
停止手段は、測定を開始してから最初に、1次微分値FI’の絶対値又は2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方が第2しきい値β(0<α≦β)以下になったときに、スパッタリングを停止させる手段である。演算装置は、1次微分値FI’及び2次微分値FI”を監視し、これらが上述の条件を満たしたときに、グロー放電発光手段に対してスパッタリングの停止を指示する。
【0016】
「測定を開始してから最初に」とは、汚染物質の脱離に起因するトータル発光量FIの急激な増加が生じ、さらにトータル発光量FIが減衰に転じた後、最初に1次微分値FI’及び2次微分値FI”が所定の条件を満たすときを意味する。
「1次微分値FI’の絶対値又は2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となる」とは、試料の真の表面の位置を1次微分値FI’の絶対値若しくは2次微分値FI”のいずれか一方、又は、双方で特定することを意味する。
さらに、「他方が第2しきい値β以下になる」とは、表面に付着した汚染物質の脱離が終わりに近づいているか否かを、1次微分値FI’及び2次微分値FI”の双方で特定することを意味する。
【0017】
一般に、関数y=f(x)において、1次微分値がゼロになる時のxの値と2次微分値がゼロになるときのxの値は同一とはならない。しかしながら、一定値に収束する関数の場合には、1次微分値及び2次微分値がほぼ同時にゼロに収束する。トータル発光量FIは、汚染物質の脱離が終わり、真の評価物質に到達すると一定値に収束する性質があるので、試料の真の表面の位置を特定する際には、1次微分値FI’及び2次微分値FI”のいずれを用いても良い。また、1次微分値FI’と2次微分値FI”の双方が第1しきい値α以下となる位置を、試料の真の表面の位置に限りなく近い位置(α=0で真の表面の位置)と判断しても良い。
すなわち、第1しきい値αは、真の試料表面が露出したか否かを判断するための判断基準となる。真の表面を彫り込む直前でスパッタリングを停止させるためには、第1しきい値αは、0より大きいことが必要である。但し、第1しきい値αが大きすぎると、スパッタリングの停止が速すぎ、汚染物質が残留するおそれがある。
第1しきい値αは、具体的には、トータル発光量FIが減少に転じてから収束するまでの間の1次微分値FI’又は2次微分値FI”の変動幅の1/10以下が好ましく、さらに好ましくは、1/50以下、さらに好ましくは、1/100以下である。
【0018】
また、一般に、関数が増加又は減少する局面では、2次微分値がゼロであっても、1次微分値はゼロより大きな値を取るが、一定値に収束する局面では、1次微分値もまたゼロに近い値となる。また、関数が増加又は減少中に一定値をとる変化では、1次微分値がゼロ、2次微分値がゼロより大きいことがある。
すなわち、第2しきい値βは、汚染物質の脱離が終わりに近づいているか否かを判断するための判断基準となる。汚染物質の脱離が終わりに近づいていることを知るためには、第2しきい値βは、第1しきい値α以上であれば良い。但し、第2しきい値βが大きすぎると、汚染物質の脱離が活発に進行しているにもかかわらず、汚染物質の脱離が終わりに近づいていると誤判断するおそれがある。従って、第2しきい値βの値は、真の表面の位置の誤認や過剰なスパッタリングが生じないように、試料組成や汚染物質の種類に応じて最適な値を選択するのが好ましい。
【0019】
次に、本発明に係る表面前処理方法について説明する。
本発明に係る表面前処理方法は、第1工程と、第2工程と、第3工程と、第4工程とを備えている。
第1工程は、グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するグロー放電発光手段を備えた装置に試料を設置し、試料表面をスパッタリングする工程である。
図1に示す発光装置において、ボディ内にArなどの不活性ガスを導入し、かつ、ボディ内を真空ポンプで適度な減圧状態に維持しながら、RF電源から試料に高周波電流を印加すると、カソード(試料)とアノードとの間で予備放電が生じ、不活性ガスイオンが発生する。発生した不活性ガスイオンは、アノード−カソード間の高電界により加速され、試料表面に衝突する。不活性ガスイオンの衝突により、試料表面を構成する粒子(原子、分子も含まれる)が飛び出し、この粒子がプラズマ中で励起される。励起された粒子は、基底状態に戻る際に、元素固有の波長λを持つ光を放出する。
【0020】
第2工程は、プラズマで励起された粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定する工程である。
図1に示す発光装置において、励起された粒子から放出される光は、レンズで集光される。集光された光は、回折格子で分光されることなく、そのまま検出器(図示せず)で検出される。検出器で測定されたトータル発光量FIは、そのまま演算装置に入力される。
【0021】
第3工程は、トータル発光量FIを測定しながら、トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する工程である。
演算装置にトータル発光量FIが入力されると、演算装置は、周知の方法を用いて、1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する。微分値の算出頻度(単位時間あたりの算出回数)、及び、微分値を算出するための時間間隔(Δt)は、目的に応じて任意に選択することができる点は、上述した通りである。
【0022】
第4工程は、測定を開始してから最初に、1次微分値FI’の絶対値又は2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方がが第2しきい値β(0<α≦β)になったときに、スパッタリングを停止させる工程である。
測定を開始してから最初に1次微分値FI’及び2次微分値FI”の双方が第2しきい値β以下になったことをもって、汚染物質の脱離が終わりに近づいていることを知ることができる。さらに、1次微分値FI’若しくは2次微分値FI”のいずれか一方、又は、双方が第1しきい値α以下となったことをもって、真の試料表面がほぼ露出したことを知ることができる。
【0023】
なお、本発明に係る表面前処理装置及び表面前処理方法において、トータル発光量FI、並びに、その1次微分値FI’及び2次微分値FI”に代えて、発光利用率、並びに、その1次微分値及び2次微分値を用いても良い。「発光利用率」とは、スパッタエネルギに対する発光強度の比をいい、入力エネルギーの有効利用率を表す。発光利用率を用いた場合であっても、上述と同様にその1次微分値及び2次微分値を監視することによって、汚染物質のみを選択的に除去することができる。
【0024】
次に、本発明に係る表面前処理装置及び表面前処理方法の作用について説明する。
回折格子で分光された後の光を検出する従来のGDSを用いて、汚染物質が付着した試料の表面を分析すると、分析初期には、汚染物質に起因する発光量の急増及び減衰が観測される。また、汚染物質の脱離が終了し、真の試料表面のスパッタリングが開始されると、真の試料表面を構成する原子に由来する光が検出される。しかしながら、分光後の光を検出する方法では、原子の種類ごとに濃度曲線(すなわち、成分濃度の傾きや変曲点の位置)が異なるので、真の試料表面の特定が困難である場合が多い。
【0025】
これに対し、一定のスパッタエネルギーにおけるトータル発光量FIは、微少分析領域内の組成及び密度が均一である場合には、ほぼ一定の値を示す。一方、表面に付着する有機物、水蒸気、吸着ガスなどの汚染物質は、真の試料表面を構成する物質と異なり、その状態が不安定である(吸着力が弱い)ので、汚染物質のスパッタエネルギー当たりの放出速度は、真の試料表面を構成する物質よりも速くなり、トータル発光量FIも高いレベルを示す。しかも、汚染物質の絶対量が少ないので、その減衰も顕著であり、発光量変化が急激となる。そのため、トータル発光量FIの急激な増加及び減衰を監視することによって、汚染物質の脱離状況を知ることができる。また、トータル発光量FIを監視しながら、適切な時期にスパッタリングを止めると、汚染物質のみの選択的な除去が可能となる。
【0026】
図2に、分析初期におけるトータル発光量FI、1次微分値FI’及び2次微分値FI”の測定結果の一例を示す。
汚染物質が付着した試料表面をグロー放電発光手段を用いてスパッタリングし、トータル発光量FIを測定すると、図2の実線に示すように、分析の開始とともにトータル発光量FIが急増する。トータル発光量FIは、ピークに到達した後、急激に減衰し、やがて一定値に収束する。この場合、試料のスパッタリングが完全に終了した後に、トータル発光量FIのみを見れば、一定値に収束したこと、すなわち、汚染物質が完全に除去されたことを知ることができる。しかしながら、トータル発光量FIが一定値に収束したことを知った時点では、既に、真の試料表面を掘り進んだ状態にある。従って、汚染物質のみを選択的に除去するためには、トータル発光量FIが一定値に収束する直前でスパッタを止める必要がある。
【0027】
この問題を解決するために、トータル発光量FIの1次微分値FI’を監視し、1次微分値FI’がゼロに近づいたところで、スパッタを止める方法も考えられる。しかしながら、トータル発光量FIは、急激な変化を伴うので、図2の点線に示すように、1次微分値FI’には、トータル発光量FIが一定値に収束する前に、その値がゼロになる点(極値)が少なくとも1つ存在する。そのため、1次微分値FI’のみを監視する方法では、汚染物質の除去が不十分な状態でスパッタリングを止めるおそれがある。
同様に、トータル発光量FIの2次微分値FI”を監視し、2次微分値FI”がゼロに近づいたところで、スパッタを止める方法も考えられる。しかしながら、図2の一点鎖線に示すように、2次微分値FI”にもまた、トータル発光量FIが一定値に収束する前に、その値がゼロになる点(変曲点)が少なくとも1つ存在する。そのため、2次微分値FI”のみを監視する方法でも、汚染物質の除去が不十分な状態でスパッタリングを止めるおそれがある。
【0028】
これに対し、トータル発光量FIが急激に変化する分析初期においては、1次微分値FI’又は2次微分値FI”のいずれか一方がゼロになっても、他方は、ゼロよりはるかに大きい値を取るのが一般的である。従って、1次微分値FI’及び2次微分値FI”を同時に監視すれば、これらの絶対値がいずれも第2しきい値β以下になったことをもって、汚染物質の脱離が終わりに近づいていることを容易に知ることができる。図2に示す例においては、例えば、第2しきい値βを0.5〜1.0と設定すれば、トータル発光量FIが一定値に収束する前に、汚染物質の脱離が終わりに近づいていることを知ることができる。
1次微分値FI’の絶対値及び2次微分値FI”の絶対値が同時に第2しきい値β以下になった後、1次微分値FI’の絶対値のみ、2次微分値FI”の絶対値のみ、又は、これらの双方を監視し、これらのいずれかが第1しきい値αに達したところで、スパッタリングを止めると、真の試料表面を過度にスパッタリングすることなく、汚染物質のみを選択的に除去することができる。図2に示す例においては、例えば、第1しきい値αを0.1〜0.5と設定すれば、スパッタリングを停止すべき時間を正確に知ることができる。
【0029】
なお、第1しきい値αに到達したか否かを判断する際に、1次微分値FI’を用いるか、2次微分値FI”を用いるか、あるいは、これらの双方を用いるかによって、特定された表面の位置が若干異なる。しかしながら、トータル発光量FIは、一定値に収束する性質があるので、いずれを用いてもほぼ同等の結果が得られる。また、試料表面を洗浄液で洗浄する必要がないので、試料表面の局部的な浸食に起因する分析精度の低下を抑制することができる。さらに、第1しきい値α及び第2しきい値βを用いた判断方法は、客観的な判断方法であるので、作業者の主観やノウハウによるところが少なく、分析結果のバラツキや再現性の低下を抑制することができる。
【0030】
試料表面の汚染物質を取り除いた後の試料は、各種の分析にそのまま用いることができる。例えば、GDSを転用して前処理を行った場合、引き続き、通常の方法に従いGDSにより組成分析を行っても良い。あるいは、本発明に係る表面前処理装置(GDSを転用した場合も含む)で試料表面の前処理を行った後、これを取り出して他の分析装置に試料を移し、他の分析装置内で試料の分析を行っても良い。
【0031】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係る表面前処理方法及び表面前処理装置は、各種表面改質材、半導体部品、磁気記録媒体等の表面分析を行う際の前処理方法及び前処理装置として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】発光装置(グロー放電発光手段)の概略構成図である。
【図2】分析初期におけるトータル発光量FI、1次微分値FI’及び2次微分値FI”の測定結果の一例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、前記試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するグロー放電発光手段を備えた装置に試料を設置し、前記試料表面をスパッタリングする第1工程と、
前記プラズマで励起された前記粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定する第2工程と、
前記トータル発光量FIを測定しながら、前記トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する第3工程と、
測定を開始してから最初に、前記1次微分値FI’の絶対値又は前記2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方が第2しきい値β(0<α≦β)以下となったときに、前記スパッタリングを停止させる第4工程と
を備えた表面前処理方法。
【請求項2】
前記トータル発光量FIに代えて、発光利用率を用いる請求項1に記載の表面前処理方法。
【請求項3】
グロー放電により発生させた不活性ガスイオンを試料表面に衝突させ、前記試料表面から飛び出した粒子をプラズマ中で励起するグロー放電発光手段と、
前記プラズマで励起された前記粒子が基底状態に戻る際に放出するトータル発光量FIを測定するトータル発光量測定手段と、
前記トータル発光量FIを測定しながら、前記トータル発光量FIの1次微分値FI’及び2次微分値FI”を逐次算出する微分値算出手段と、
測定を開始してから最初に、前記1次微分値FI’の絶対値又は前記2次微分値FI”の絶対値の少なくとも一方が第1しきい値α以下となり、かつ、他方が第2しきい値β(0<α≦β)以下になったときに、前記スパッタリングを停止させる停止手段と
を備えた表面前処理装置。
【請求項4】
前記トータル発光量FIに代えて、発光利用率を用いる請求項3に記載の表面前処理装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−102104(P2008−102104A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−287023(P2006−287023)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】