説明

表面被覆切削工具およびその製造方法

【課題】潤滑性に優れ、高い耐摩耗性を有する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基体2表面に周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層7と、組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)からなるとともに、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9の表面層8とを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は基体の表面に硬質被覆層を成膜してなる表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、切削工具や耐摩部材、摺動部材といった摺動性や耐摩耗性、耐欠損性を必要とする部材では、WC基超硬合金、TiCN基サーメット等の硬質材料の表面に様々な硬質被覆層を成膜して摺動性、耐摩耗性、耐欠損性を向上させる手法が使われている。
【0003】
例えば、特許文献1では、硬質材料からなる基体の表面にTiN層−TiBCN層−Al層の順に成膜した硬質被覆層の構成とすることによって耐塑性変形性を改善できることが記載されている。
【0004】
また、特許文献2では、基体の表面に、(Ti1−M)N層(0.001≦M≦0.4)と、(TiAl)N層を交互に積層させた硬質被覆層を成膜して、耐溶着性と耐酸化性に優れた硬質被覆層となることが記載されている。
【0005】
さらに、特許文献3では、TiN層−TiBN層の構成からなる硬質被覆層の構成とすることによって、TiBN層の密着性を工具として適応可能な程度に高めることができることが記載されている。
【特許文献1】特開2001−269801号公報
【特許文献2】特開2004−106102号公報
【特許文献3】特開平8−11004号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1のようにTiBCN層を下層として用い、その最表面にはAl層やTiN層にて構成した場合、最表層の潤滑性が十分ではなく、硬質被覆層の摩擦係数が高くなるため切削抵抗が高くなり、擦れ摩耗や切削の熱による化学的な摩耗が促進してしまったり、被削材が切刃に溶着してしまい、耐摩耗性の低下や溶着物の脱落時の膜剥離等が発生したりしていた。
【0007】
また、特許文献2、3の表面にTiBN層を成膜した工具では、Bの含有量が高くなるとTiBCN層の内部応力が上昇し硬質被覆層の表面からクラックが発生してチッピングや欠損または摩耗が大幅に進行し、逆にBの含有量が低くなるとTiBN層の硬度が低下して切削し始めてすぐに摩滅してしまうという問題があった。
【0008】
そこで、本発明の表面被覆切削工具は、上記問題を解決するためのものであり、その目的は、潤滑性に優れ、かつ高い耐欠損性と耐摩耗性を有する表面被覆切削工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明においては、切削工具の表面に所定の組成からなる下層と、TiとBとNとを含有し特殊な構成からなる表面層とを成膜することによって、被削材に対する表面潤滑性、耐欠損性および耐摩耗性の高い硬質被覆層となるものである。
【0010】
すなわち、本発明の表面被覆切削工具は、基体表面に、周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層と、組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)からなるとともに、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9の表面層と、からなる硬質被覆層を被着形成するものである。
【0011】
ここで、前記表面層において、B(ホウ素)の含有濃度が最大となる最表面からの深さが0.2μm〜3.0μmであるとともに、B(ホウ素)の最大含有率が全元素に対して10〜60原子%であることが、耐欠損性、摺動性および耐摩耗性を高める点で望ましい。
【0012】
また、前記表面層が、TiB(ホウ化チタン)、h−BN(六方晶窒化ホウ素)、c−BN(立方晶窒化ホウ素)またはアモルファスBN(アモルファス窒化ホウ素)のうち2種以上と、TiN(窒化チタン)およびTiCN(炭窒化チタン)のうちの1種以上の混合物にて構成されることが、表面層の硬度を高めることができるとともに表面層の潤滑性を向上できる点で望ましい。
【0013】
さらに、前記下層が(Ti1−d)(C1−e)(ただし、MはTi以外の周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素、0.1≦d≦0.9、0≦e<1)であることが、前記表面被覆切削工具の耐摩耗性、耐欠損性を向上させることができるため望ましい。
【0014】
また、前記下層の組成式におけるMが、Alからなるか、またはAlとCrからなることによって、耐酸化性および耐摩耗性を向上することができ、より長寿命の表面被覆切削工具とすることができるため望ましい。
【0015】
さらに、前記表面層の膜厚が0.2〜5.0μmであることが、前記表面層の膜剥離を防止するとともに、十分な潤滑性と耐摩耗性を有することができるため望ましい。
【0016】
また、前記硬質被覆層の総膜厚が0.5〜8.0μmであることが、前記硬質被覆層の膜剥離やチッピングを防止するとともに、十分な耐摩耗性を保持することができるため望ましい。
【0017】
また、本発明の表面被覆切削工具の製造方法の第一の実施態様は、基体表面に、周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層を成膜し、次に(Ti1−f)(C1−g)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5a、6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦f<1、0≦g<1)からなる仮表面層を成膜した後、該仮表面層の表面からホウ素イオンを注入して、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2〜3μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9からなる表面層を作製することを特徴とするものである。
【0018】
ここで、前記イオン注入する工程において、前記基体の向きを動かしながらイオン注入を行うことが、硬質被覆層の切刃におけるBの分布状態を所定の範囲内に制御することができて良好な切削が可能となる点で望ましい。
【0019】
本発明の表面被覆切削工具の製造方法の第二の実施態様は、基体表面に、周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層を成膜した後、多層硬質層を順次成膜して、組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)からなるとともに、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9となる表面層を作製することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明の表面被覆切削工具は、表面に所定の組成からなる下層と、(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)の組成で特殊な構成からなる表面層を順次形成することによって、被削材に対する表面潤滑性、耐欠損性および耐摩耗性の高い硬質被覆層となり、より長寿命な表面被覆切削工具を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の表面被覆切削工具の一例について本発明の表面被覆切削工具の概略斜視図である図1および本発明の表面被覆切削工具の概略断面拡大図である図2を用いて説明する。
【0022】
図1によれば、本発明の表面被覆切削工具(以下、単に工具と略す)1は、主面にすくい面3、側面に逃げ面4、すくい面3と逃げ面4との交差稜線に切刃5を有し、基体2の表面に硬質被覆層6を成膜した構成となっている。
【0023】
ここで、本発明によれば、硬質被覆層6の構成として、周期率表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる層を1層以上からなる下層7と、その表面に、チタン、ホウ素および窒素を含有する化合物からなる表面層8を設けている。
【0024】
そして、表面層8の構成は、最表面における組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)からなるとともに、表面層の最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9であることを特徴とするものである。
【0025】
これによって、表面層8が非常に優れた潤滑性を有するため、摩擦係数を低減することができる。また、硬質被覆層6の表面において内部応力が高すぎてチッピングが発生することを防止できる。さらに、表面層8の深さ方向に硬度の高い領域が存在するために、耐摩耗性にも優れる。すなわち、硬質被覆層6が被削材に対する表面潤滑性、耐欠損性および耐摩耗性の高いものとなる。
【0026】
つまり、表面層8の組成が均一である場合、Bの含有量が高いと表面層8の内部応力が高くなり表面からクラックが発生してチッピングや欠損が発生しやすくなる、逆にBの含有量が低いとTiBN層の硬度が低下して切削し始めてすぐに摩滅してしまうために、いずれの場合にも切削性能を高めることができない。
【0027】
また、表面層8において、前記濃度比(m/m)が0.1よりも小さいと、表面層8の最表面における耐摩耗性が低下してすぐに摩耗してしまうという不具合がある。逆に、前記濃度比(m/m)が0.9よりも大きいと、表面層8の最表面における内部応力が高くなりすぎて、チッピングや欠損が発生しやすくなるという不具合がある。
【0028】
ここで、前記B(ホウ素)の濃度比(m/m)の望ましい範囲は、表面潤滑性と耐摩耗性を両立できる点で、0.3〜0.6であること、さらに耐欠損性をより高めるためには0.4〜0.6であることが望ましい。
【0029】
また、表面層8において、B(ホウ素)の含有濃度が最大となる表面層8の最表面からの深さが0.2〜3.0μmであることが、耐溶着性および耐摩耗性をともに高める点で望ましい。
【0030】
なお、上記B(ホウ素)の含有濃度が最大となる深さにおけるB(ホウ素)の最大含有率が全元素に対して10〜60原子%であることが、耐摩耗性を高める点で望ましい。前記B(ホウ素)の最大含有率が10原子%よりも小さいと、表面層8の潤滑性が低下して十分な耐溶着性が得られず摩耗が進行してしまう不具合がある。逆に全元素に対する最大含有率が60原子%を超えると、表面層8における内部応力が高くなりすぎて、チッピングが発生しやすくなることになる。表面潤滑性および耐磨耗性をともに高めるためには、20〜40原子%であることが望ましい。
【0031】
なお、本発明において後述するイオン注入法を用いると、B(ホウ素)の含有濃度を40〜60原子%まで高めることにしても、硬質被覆層6の内部応力を低く抑えることができるため、特にB(ホウ素)の最大含有率が30〜60原子%であることが、表面潤滑性をさらに高める点で望ましい。
【0032】
さらに、表面層8が、TiB(ホウ化チタン)、h−BN(六方晶窒化ホウ素)、c−BN(立方晶窒化ホウ素)またはアモルファスBN(アモルファス窒化ホウ素)のうち2種以上と、TiN(窒化チタン)およびTiCN(炭窒化チタン)のうちの1種以上の混合物にて構成されることが、表面層の硬度を高めることができるとともに表面層の潤滑性を向上できる点で望ましい。
【0033】
ここで、下層7が(Ti1−d)(C1−e)(ただし、MはTi以外の周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素、0.1≦d≦0.9、0≦e<1)であることが、工具1の耐摩耗性、耐欠損性を向上させることができるため望ましい。
【0034】
また、下層7の組成式におけるMがAlからなるか、またはAlとCrからなることによって、硬質被覆層6の耐酸化性および耐摩耗性を向上することができ、より長寿命の工具1とすることができるため望ましい。
【0035】
さらに、表面層8の膜厚が0.2〜5.0μmであることが、表面層8の膜剥離を防止するとともに、十分な潤滑性と耐摩耗性を有することができるため望ましい。また、硬質被覆層6の総膜厚が0.5〜8.0μmであることが、硬質被覆層6の膜剥離やチッピングを防止し、十分な耐摩耗性を維持することができるため望ましい。
【0036】
ここで、下層7の膜厚は0.5〜6μmであることが、下層7の膜剥離を防止するとともに、十分な耐摩耗性を維持することができるため望ましい。
【0037】
なお、基体2としては、炭化タングステンや、炭窒化チタンを主成分とする硬質相とコバルト、ニッケル等の鉄族金属を主成分とする結合相とからなる超硬合金、サーメット、窒化ケイ素や、酸化アルミニウムを主成分とするセラミック、多結晶ダイヤモンドや立方晶窒化ホウ素からなる硬質相と、セラミックや鉄族金属等の結合相とを超高圧下で焼成する超高圧焼結体等の硬質材料が好適に使用される。
【0038】
(製造方法)
次に、本発明の表面被覆切削工具の製造方法について説明する。
【0039】
まず、工具形状の基体を従来公知の方法を用いて作製する。
【0040】
次に、前記基体表面に、周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層を成膜する。
【0041】
なお、成膜方法として、イオンプレーティング法やスパッタリング法等の物理蒸着(PVD)法が好適に適応可能である。成膜方法の数例についての詳細について説明すると、まず、下層にチタン(Ti)とアルミニウム(Al)を含む複合硬質層をイオンプレーティング法で作製する場合には、金属チタン、金属アルミの2種類の金属ターゲット源を独立として用いるか、またはチタンアルミ(TiAl)合金をターゲットに用い、アーク放電やグロー放電などにより金属源を蒸発させイオン化すると同時に、窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスと反応させて成膜する。下層の緻密度や基体との密着力を高めるために、30〜200Vのバイアス電圧を印加しながら成膜することが望ましい。
【0042】
次に、上記下層の表面に表面層を形成する方法について、その第一の実施態様について説明する。まず、(Ti1−f)(C1−g)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5a、6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦f<1、0≦g<1)硬質層(以下、仮表面層と称す。)を成膜する。イオンプレーティング法で作製する場合、チタンおよび所望により上記M成分を坩堝に入れ電子ビーム照射でチタンおよび所望によりM成分を蒸発させ、グロー放電により上記のチタンおよび所望によりM成分をイオン化させ窒素イオンおよび所望により炭素イオンと反応させることより、仮表面層を被覆する。
【0043】
また、成膜方法としてスパッタリング法を用いて仮表面層を成膜してもよい。この場合、チタンターゲットを用いてアルゴンイオンのグロー放電によるターゲットスパッタでチタンイオンを発生させ、窒素イオンおよび所望により炭素イオンと反応させることで仮表面層を被覆する。
【0044】
なお、イオンプレーティング法やスパッタリング法で仮表面層を成膜する際には下層との密着性などを高めるために、30〜200Vのバイアス電圧を印加することが好ましい。
【0045】
その後、前記仮表面層にホウ素イオンを注入して、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9からなる表面層を作製する。
【0046】
イオン注入法は、高エネルギーホウ素イオンビームを用いて仮表面層の表面からホウ素イオンを照射し仮表面層中に注入する方法である。なお、ホウ素イオンビームの出力エネルギーと照射時間を制御することより、表面層中のホウ素含有量と表面からの分布深さをコントロールすることができる。
【0047】
なお、前記硬質被覆層にイオン注入する際、基体の向きを動かしながらイオン注入を行うことが、硬質被覆層の切刃におけるB(ホウ素)の分布状態を所定の範囲内に制御することができて良好な切削が可能となる点で望ましい。
【0048】
ここで、上記製造方法においては、仮表面層の表面からB(ホウ素)イオンをイオン注入して表面層を作製する方法について記載したが、本発明はこれに限定されるものではなく、成膜条件を変えた多層を順次成膜して表面層を作製することも可能である。
【0049】
そこで、本発明の表面被覆切削工具の製造方法における第二の実施態様について説明する。
【0050】
まず、上記下層の表面に第一表面層を成膜する。イオンプレーティング法で作製する場合、チタンとM成分とホウ素を別々の坩堝に入れ電子ビーム照射でチタンとM成分とホウ素を蒸発させ、グロー放電により上記のチタンとM成分とホウ素をイオン化させ窒素イオンおよび所望により炭素イオンと反応させることより、第一表面層を被覆する。
【0051】
また、成膜方法としてスパッタリング法を用いて第一表面層を成膜してもよい。この場合、TiB化合物およびチタンをターゲットとして用いることが好ましい。アルゴンイオンのグロー放電によるターゲットスパッタでチタンとホウ素イオンを発生させ、窒素イオンおよび所望により炭素イオンとを反応させることにより第一表面層を被覆する。
【0052】
なお、イオンプレーティング法やスパッタリング法で第一表面層を成膜する際には下層との密着性などを高めるために、30〜150Vのバイアス電圧を印加することが好ましい。
【0053】
その後、前記第一表面層の表面に、成膜条件を変えて、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9からなり組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)を満たす第二表面層を作製する。
【0054】
上記組成を調整する方法としては、チタンイオンとホウ素イオンを蒸発させるパワーをコントロールする方法や、ターゲットを変更する方法等が挙げられる。さらに、上記実施態様においては第一表面層と第二表面層の2層で表面層を構成したものであったが、3層以上の多層としてもよい。
【0055】
なお、上記製造方法については、表面層中のホウ素(B)の分布が界面を持たず連続的に変化するように制御しやすく、かつB(ホウ素)の含有比率を高めることが容易であるイオン注入法を用いた方法がより好適である。
【実施例1】
【0056】
平均粒径0.8μmの炭化タングステン(WC)粉末に対して、平均粒径1.2μmの金属コバルト(Co)粉末を10質量%、平均粒径1.0μmの炭化チタン(TiC)粉末を0.5質量%、炭化バナジウム(VC)粉末と炭化クロム(Cr)粉末を合計で5質量%の割合で添加、混合して、プレス成形により切削工具形状(CNMA120408)に成形した後、脱バインダ処理を施し、0.01Paの真空中、1500℃で1時間焼成して超硬合金を作製した。さらに、作製した超硬合金にブラシ加工にて刃先処理(ホーニングR)を施した。
【0057】
また、別途上記超硬合金から20×20×3mm基材を作製し、鏡面研磨を施して摩擦摩耗試験片として用いた。
【0058】
上記方法で作製した基体に対してイオンプレーティング法により下層を成膜した。上記基体をイオンプレーティング装置にセットし500℃に加熱した後、下層構成元素のうちCおよびN以外の元素成分をアーク放電によりカソードから蒸発させると同時に窒素ガスと所望によってメタンガスを導入して窒素イオンおよび炭素イオンを発生させて反応させることにより下層を被覆した。なお、成膜条件はアーク電流100A、圧力2.5Pa、加熱温度500℃として表1に示す種々の組成にて成膜した。
【0059】
次に、上記下層を成膜した後、試料No.1、2において、上記イオンプレーティング装置内の電子ビーム銃を起動させ、電子ビーム照射により坩堝に入れたTiターゲットを蒸発させグロー放電でTiイオンを発生させると同時に窒素ガスと所望によりメタンガスを導入して窒素イオンおよび炭素イオンを反応させることにより、TiNまたはTiCNからなる仮表面層を成膜した。成膜条件は、温度550℃、圧力2.0Pa、バイアス電圧50Vで行った。
【0060】
そして、試料No.1、2については、上記仮表面層を成膜した後、イオン注入法により加速エネルギー50keVでホウ素イオンを表面層に注入して表1に示した構成からなる表面層を形成した。
【0061】
また、試料No.3〜9については、上記イオンプレーティング装置を用い膜厚1μmの第一表面層を成膜した後、続いて電子ビームのパワーを変化させて膜厚0.1μmの第二表面層を成膜して表1に示す構成の表面層を形成した。
【0062】
得られた試料に対して、ホウ素(B)の分布状態をX線光電子分光法により確認し、表面層の最表面および0.2μm深さ位置におけるホウ素(B)の含有比率、最大含有量とその深さ位置を確認した。結果は表1に示した。
【0063】
そして、上記各試料の摩擦摩耗試験片を用いてボールオンディスク試験法により硬質被覆層の摩擦係数を測定した。ボールにはφ5mmのAlボールを用いて、荷重0.2kg、ディスク回転速度150rpmで摩擦試験を行った。結果は表1に示した。
【0064】
次に、得られたスローアウェイチップ(切削工具)を用いて以下の切削条件にて切削試験を行った。結果は表1に合わせて併記した。
【0065】
切削方法:旋削
被削材 :SCM450
切削速度:150m/min
送り :0.25mm/rev
切り込み:1.5mm
切削状態:乾式
評価方法:20分間切削後のチッピングの有無、フランク摩耗幅、先端摩耗幅
【表1】

【0066】
表1より、表面層の最表面にBを含有していない試料No.10、および表面層におけるBの濃度比m/mが0.1より小さい試料No.7は、摩擦係数が高く、摩耗の進行も早くなっていた。また、表面層におけるBの濃度比m/mが0.9より大きい試料No.8では、チッピングが発生した。
【0067】
さらには、下層を成膜せずTiB(CN)層のみの構成とした試料No.9はチッピングが発生しやすいものであった。
【0068】
これに対して、本発明の範囲内で作製した試料No.1〜6では、摩擦係数も非常に低くなりフランク摩耗幅と先端摩耗幅が共に大きく減少し、優れた耐摩耗性を発揮した。特に、イオン注入法にて作製した試料No.1および2の耐摩耗性および潤滑性が優れていた。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の表面被覆切削工具の概略斜視図である。
【図2】本発明の表面被覆切削工具の概略断面図である。
【符号の説明】
【0070】
1 表面被覆切削工具
2 基体
3 すくい面
4 逃げ面
5 切刃
6 硬質被覆層
7 下層
8 表面層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体表面に、
周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層と、
組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)からなるとともに、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9の表面層と、
からなる硬質被覆層を被着形成する表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記表面層において、B(ホウ素)の含有濃度が最大となる最表面からの深さが0.2μm〜3.0μmであるとともに、B(ホウ素)の最大含有率が全元素に対して10〜60原子%である請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記表面層が、TiB(ホウ化チタン)、h−BN(六方晶窒化ホウ素)、c−BN(立方晶窒化ホウ素)またはアモルファスBN(アモルファス窒化ホウ素)のうち2種以上と、TiN(窒化チタン)およびTiCN(炭窒化チタン)のうちの1種以上の混合物にて構成される請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記下層が(Ti1−d)(C1−e)(ただし、MはTi以外の周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素、0.1≦d≦0.9、0≦e<1)である請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記下層の組成式におけるMが、Alからなるか、またはAlとCrからなる請求項4に記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記表面層の膜厚が0.2〜5.0μmであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記硬質被覆層の総膜厚が0.5〜8.0μmであることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
基体表面に、周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層を成膜し、次に(Ti1−f)(C1−g)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5a、6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦f<1、0≦g<1)からなる仮表面層を成膜した後、該仮表面層の表面からホウ素イオンを注入して、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2〜3μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9からなる表面層を作製する表面被覆切削工具の製造方法。
【請求項9】
前記イオン注入する工程において、前記基体の向きを動かしながらイオン注入を行うことを特徴とする請求項8記載の表面被覆切削工具の製造方法。
【請求項10】
基体表面に、周期律表第4a、5a、6a族元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の金属元素と、窒素、炭素および酸素から選ばれる1種以上の非金属元素との化合物からなる下層を成膜した後、多層硬質層を順次成膜して、組成が(Ti1−a)B(C1−c)(ただし、MはTiを除く周期律表第4a、5aおよび6a族金属元素、AlおよびSiの群から選ばれる1種以上、0≦a<1、0<b<3、0≦c<1)からなるとともに、最表面におけるB(ホウ素)の含有濃度mと前記最表面から0.2〜3μmの深さ位置におけるB(ホウ素)の含有濃度mとの比(m/m)が0.1〜0.9となる表面層を作製することを特徴とする表面被覆切削工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−205297(P2006−205297A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−20248(P2005−20248)
【出願日】平成17年1月27日(2005.1.27)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】