説明

被覆工具

【課題】本願発明の課題は、高硬度と優れた耐酸化性を兼ね備え、工具に被覆することにより突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され、耐摩耗性に優れた被覆工具を提供することである。
【解決手段】工具基体に物理蒸着により皮膜を被覆し、該皮膜はA層とB層とを有し、該A層はCrの酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、該B層はAl、Crの酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、該皮膜は該A層と該B層との交互積層構造を有し、該A層の層厚(nm)をTA、該B層の層厚(nm)をTBとしたとき、該TA値、該TB値が夫々TA≦50、TB≦50、膜厚比をTA/TBとしたとき、1≦TA/TB≦5、であることを特徴とする被覆工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、工具基体に物理蒸着法により酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とする皮膜を被覆し、耐摩耗性と耐酸化性を兼ね備えた被覆工具に関する。特に、切削工具、金型等の耐摩耗工具等の被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
物理蒸着法により酸化物皮膜を被覆した被覆工具に関する技術が、特許文献1から3に開示されている。また、2種類の化合物薄膜を積層した被覆工具に関する技術が、特許文献4に開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2002−53946号公報
【特許文献2】特開2006−28600号公報
【特許文献3】特開平5−208326号公報
【特許文献4】特許第3460287号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明の皮膜は、高硬度と優れた耐酸化性を兼ね備え、工具に被覆することにより突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され、耐摩耗性に優れた被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、工具基体に物理蒸着により皮膜を被覆し、該皮膜はA層とB層とを有し、該A層は周期律表4a、5a、6a族元素、Si、Y、硼素の酸化物、窒化物、硼化物から選択される1種以上、該B層は周期律表4a、5a、6a族元素、Al、Si、Y、硼素の酸化物、窒化物、硼化物から選択される2種以上を有し、該A層と該B層とを被覆した被覆工具において、該A層はCrの酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、該B層はAl、Crの酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、該皮膜は該A層と該B層との交互積層構造を有し、該A層の層厚(nm)をTA、該B層の層厚(nm)をTBとしたとき、該TA値、該TB値が夫々TA≦50、TB≦50、膜厚比をTA/TBとしたとき、1≦TA/TB≦5、であることを特徴とする被覆工具である。上記の構成を採用することによって、本願発明の皮膜は高硬度と優れた耐酸化性を兼ね備え、工具に被覆することにより突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され、耐摩耗性に優れた被覆工具が得られる。
【0006】
本願発明の被覆工具は、TA値、TB値が夫々TA≦30、TB≦30、であることが好ましい。A層は、Crの1部をSi、W、硼素から選択される1種以上で置換、B層は、Al、Crの1部をNb、Si、W、Y、硼素から選択される1種以上で置換することが好ましい。また、工具基体と皮膜との間には窒化物を含有する中間層、最表面は窒化物を含有する最表層を被覆し、更に、B層は工具基体側、A層は表面側に被覆することが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本願発明の皮膜は、高硬度と優れた耐酸化性を兼ね備え、工具に被覆することにより突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され、耐摩耗性に優れた被覆工具を提供することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本願発明の皮膜は、高硬度と優れた耐酸化性と熱安定性や平滑性とを兼ね備え、工具の突発的なチッピングや異常摩耗の発生を抑制し、耐摩耗性を改善した。工具基体にPVD法により被覆した被覆工具において、本願発明の皮膜は、A層とB層を夫々交互に50nm以下の層厚とした積層構造を有する被覆工具である。B層の結晶構造はコランダム構造を有する。
本願発明の皮膜は、A層とB層との交互積層構造を有し、かつ、酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、例えば、酸化アルミニウム膜よりも高硬度である。A層とB層を交互積層することにより、B層がコランダム構造を維持したまま成長し、同時にA層とB層が略同一結晶構造で個々に面間隔の異なる結晶が積層されることとなり、両層間で格子歪が発生するためである。この格子歪は、両層間の界面近傍で夫々略同一の面間隔を保ち、成長に従いA層とB層の個々の面間隔となる。両層間の界面が高い密着強度を維持し、格子歪により1GPa以上の高い残留圧縮応力を有するため、皮膜の高硬度化が達成される。この格子歪は粒成長を抑制する効果もあり、A層とB層の結晶粒子が微細化され、その結果、皮膜表面の平滑性が向上する作用をも有する。
本願発明の皮膜は交互積層構造を有し、TA値、TB値が夫々TA≦50、TB≦50、であることが、高硬度化には重要であり、工具の耐摩耗性の改善により効果的である。TA>50の場合、皮膜全体の硬度が低下するため、耐摩耗性を改善することができない。また、TB>50の場合、B層がコランダム構造を維持できないことから、皮膜全体の硬度が低下し、また皮膜の結晶粒径が粗大化するため、耐摩耗性を改善することができない。また、本願発明の皮膜が、1≦TA/TB≦5、であることが特に皮膜の高硬度化の観点から重要であり、工具の耐摩耗性の改善により効果的である。TA/TB<1、となる場合、皮膜の結晶性が低下し、皮膜硬度も低下する傾向にある。一方、TA/TB>5、の場合も同様に皮膜硬度が低下する傾向にある。TA/TB>5、の場合の硬度低下の理由は、皮膜全体に占めるA層の比率が多過ぎるからである。TA値、TB値の制御は、A層、B層の成膜用の金属ターゲットにおける蒸発量調整の他に、基体の回転速度の調整により行う。
【0009】
本願発明の皮膜は交互積層構造を有し、TA値、TB値が夫々TA≦30、TB≦30、であるとき、皮膜の結晶性向上による高硬度化、結晶粒子の微細化、平滑化とA層とB層の結晶成長の連続性による密着強度改善効果が得られ、工具の耐摩耗性の改善により効果的であり、好ましい。
【0010】
本願発明の皮膜を構成するA層は、Crの1部をSi、W、硼素から選択される1種以上で置換すること、またB層は、Al、Crの1部をNb、Si、W、Y、硼素から選択される1種以上で置換することが好ましい。ここで、Nb、Si、W、Y、硼素から選択される1種以上の元素をM元素とする。また、Al含有量をx、Cr含有量をy、M元素の含有量をz、但し、数値は原子比率でx+y+z=100としたとき、M元素の効果と本願発明を達成する上で最適な含有量を示す。B層におけるAl又はCrの1部をSiで置換することにより皮膜の結晶粒子が微細化し、高硬度化することによって工具の耐摩耗性が向上する。この場合の最適な組成は、50≦x≦90、10≦y≦50、0.1≦z≦10、但し、zはSi量である。更に、(x+z)値が70を超えると皮膜が非晶質化し、硬度が急激に低下し耐摩耗性が低下するため、50≦(x+z)≦70が最適である。B層のCrの1部をNb、W、Y、硼素で置換することにより、コランダム構造の結晶性が向上することから、Al含有量を高めることができる。その結果、耐酸化性、耐熱性を高めて、耐摩耗性が向上する。この場合の最適な組成は、50≦x≦90、10≦y≦50、0.1≦z≦10、但し、z値はM元素の含有量である。またAlCrターゲットにWを添加することにより、ドロップレットが低減して皮膜の平滑性が向上する。更に、Cr、Alの1部をNb、Si、W、Y、硼素から選択される2種又は3種で置換することも同様な効果が得られ、好ましい。
【0011】
本願発明の皮膜と工具基体との間に窒化物を含有する中間層を被覆し、最表面に窒化物を含有する最表層を被覆することが好ましい。ここで中間層や最表層の窒化物を含有する皮膜は、90%以上が窒化物であり、残部が炭化物、酸化物、硼化物、硫化物を含んでも良い。この中間層は工具基体との密着性向上の役割と機械的な摩耗に対する耐摩耗効果を発揮する。中間層は、Al、Ti、Cr、W、Nb、Siから選択される1種以上の窒化物を含有した層を1層以上被覆することが好ましく、中間層の層厚は1〜12μmの範囲が最適である。最表層を被覆する効果は、本願発明の皮膜が干渉色を呈する場合のあることから、外観色の安定化、成膜装置内の冶具や蒸発源周辺の導電性を確保することによる生産性向上である。また、工具表面の導電性を確保させ、電気的に工具寸法の測定を行うセンサー等を使用することができる。最表層は、Al、Ti、Cr、W、Nb、Siから選択される1種以上の窒化物を含有とした層を1層以上被覆することがより好ましく、最表層の層厚は0.01〜3μmの範囲が最適である。中間層、最表層と本願発明の皮膜界面は夫々の層の密着強度を向上させるために、組成混合層の形成、組成傾斜層形成も好ましい。
【0012】
本願発明の皮膜の積層構造におけるB層は工具基体側、A層は表面側に被覆することが好ましい。B層が工具基体側であることによって、密着強化層としての作用効果を得ることができ、また、A層が表面側であることによって、耐酸化性、耐熱性を高める作用効果を得ることができるため、好ましい。
【0013】
本願発明の皮膜のX線回折における2θのピークずれは格子定数のずれにより、例えばA、B層の(116)面において、{2θ(B)/2θ(A)}の値が1を超え、1.0475以下の範囲では、A、B層の格子が連続して成長し高い密着強度を有した状態で格子歪を有し、1GPa以上の高い残留圧縮応力が付与され、皮膜の高硬度化と平滑化が同時に達成される。この高硬度化は工具の耐摩耗性の改善に効果的である。結晶格子の連続は透過型電子顕微鏡による断面の格子像を観察により確認できる。本願発明の残留圧縮応力は1〜6GPaの範囲が最適である。1GPa未満の場合、切削加工時に熱クラックからの欠損が発生し易くなる。一方、6GPaを超えて高いと、工具エッジ部の皮膜が自己破壊を起こし、エッジ部に凝着物が堆積し易くなり、耐欠損性が低下する傾向にある。皮膜の残留圧縮応力の制御は、成膜パラメータのうち、基体に印可するバイアス電圧、TA、TB値、反応圧力等により制御することができる。本願発明の被覆工具は、最表面の凸部を機械的処理による平滑化により、切屑排出性、切れ刃のチッピング抑制に効果的であり、切削寿命を改善できる。本願発明の被覆工具は、特に高硬度鋼、ステンレス鋼、耐熱鋼、鋳鋼、炭素鋼の切削加工用に用いる切削工具が特に好ましく、例えばボールエンドミル、多刃エンドミル、インサート、ドリル、カッター、ブローチ、リーマ、ホブ、ルーター、等が挙げられる。また、金型、パンチ等においても優れた耐摩耗性を発揮し、工具の長寿命化がはかれる。工具基体は、超硬合金、サーメット、高速度鋼、立方晶窒化硼素焼結体、ダイス鋼等が好ましい。超硬合金は、Co含有量3〜12重量%未満であり、3%未満では、突発的なチッピングや切れ刃の欠損が生じてしまい、一方、12%を超えると被覆効果が薄れ好ましくない。
【実施例】
【0014】
(実施例1)
本願発明の皮膜の被覆方法は、PVD法の中でも特にアークイオンプレーティング(以下、AIPと記す。)法を用いた。AIP法を用いた理由は、比較的低温で結晶粒径の粗大化を抑制し、皮膜の結晶粒子が微細化して高い残留圧縮応力を導入できるからである。本願発明では、成膜中にArを用いず、窒素と酸素の混合ガス雰囲気下で、3〜15Paの比較的高いガス圧を採用し、TA、TB値が夫々50nm以下の交互積層構造をもつ皮膜を成膜することが特徴である。使用した小型AIP成膜装置の真空容器内は、ターゲット表面に垂直方向の磁束密度が最大で5mT以上の磁場を有したアーク蒸発源を2基搭載している。夫々アーク蒸発源をC1、C2と称す。C1にCrターゲット、C2にAlCr合金ターゲットを装填した。AlCr合金ターゲットは、原子比でAl:50〜90%、Cr:10〜50%の範囲として安定した放電を継続させた。AlCrSiの合金ターゲットを使用する場合は、Al:50〜80%、Cr:20〜50%、Si:1〜10%の範囲であれば安定放電を継続することができる。
本願発明では以下に示す成膜条件を採用することによって、窒素ガスが反応して窒化物を形成することは殆どなく、90%以上を酸化物として存在させることができ、酸化物を主体、窒化物を副体とした。また窒素ガスの導入により、成膜時のガス圧力を高めて皮膜に混入するドロップレット量を低減した。酸素と窒素の好ましい流量比率として、酸素:窒素は、1:100から20:100の範囲とした。成膜温度は400〜700℃の範囲とした。またバイアス電源は基体に接続され、独立して基体に負のDCバイアス電圧を印加した。工具基体に印可する負バイアス電圧は40〜250Vの範囲、アーク電流は80〜180Aの範囲とした。また、工具基体の回転数はアーク電流にもよるが、毎分2〜9回転の範囲として、TA値、TB値を夫々50nm以下に制御した。本願発明の皮膜の硬度、表面粗さ、結晶構造、積層構造を評価する基体として、表面粗さをRa<10nm、Ry<100nmとなるように鏡面加工を施したCo含有量10重量%の超微粒子超硬合金製SNMN120408形状の試験片を用いた。皮膜の耐久性を評価には、Co:8重量%の超微粒子超硬合金製刃先交換型ボールエンドミルを用いた。切削工具は夫々脱脂洗浄を十分に実施して真空容器に設置した。成膜前処理は、Arイオンによる基体のクリーニング処理を行った。基体を所定温度で保持し、容器内圧力が5×10−3Paに達した後、Arガスを導入し、−200Vのバイアス電圧を印加して基体クリーニングを30分間実施した。中間層の被覆には、クリーニング後、窒素を1000sccm導入し、圧力5〜7PaとしてC2に150Aの電力を供給して、窒化物皮膜を略3μm被覆した。引き続き、窒素ガス流量を保持したまま、C1に150Aの電力を供給し、C1の窒化物層とC2の窒化物層の混合層を0.1μm被覆した。最表層の被覆も略同様な条件とした。中間層の次に、流量制御した反応ガスを導入した状態でバイアス電圧を−100Vとして本願発明の皮膜を略2μm被覆した。容器内の温度を200℃以下まで冷却した後、試料を取り出した。成膜パラメータは、皮膜形成時の酸素、Ar、窒素の各流量、成膜温度、基体回転数、アーク蒸発源への電力供給及びそのパターンである。成膜パラメータを表1に示す。
【0015】
【表1】

【0016】
TA、TB値、皮膜組成、格子連続性、結晶構造などの積層構造を解析するために、電界放射型透過型電子顕微鏡(以下、FE−TEMと記す。)による断面観察を行った。加速電圧200kVで観察し、皮膜の組成分析はエネルギー分散型分析(EDS)による直径1nmの面積を分析した。皮膜の結晶構造の解析は直径1250nmの制限視野回折像の撮影をカメラ長50cmで行った。TA、TB値はFE−TEMの断面写真から実測した。積層数が10層未満のときは全ての層の平均値とし、10層以上のときは測定対象の層数の平均値とした。値は10nm以下を四捨五入した。皮膜の平滑性を評価は、接触式面粗さ測定器でRa値、Rz値を測定した。皮膜の破断面観察は、電界放射型走査型電子顕微鏡(以下、FE−SEMと記す。)で行った。ノッチ加工を行った後に強制的に破断して、倍率10k倍で観察した。皮膜の硬度測定は、ナノインデンテーション装置を用いた。試験片を5度傾け鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが膜厚の略1/10未満となる所を選定した。このとき略1/5でも基体の影響はなかった。押込み荷重49mN、最大荷重保持時間1秒、荷重負荷後の除去速度0.49mN/秒の測定条件で10点測定し、平均値を求めた。本測定方法の皮膜硬さは、圧子の微細形状、測定時の温度、湿度、試料の表面状態に左右され易く、測定値は必ずしもビッカース硬さと一致しない。そこで、単結晶Siとの相対比較を行った。単結晶Siの皮膜硬さは12GPaであった。皮膜の結晶構造の解析は、X線回折(XRD)装置を用いた。管電圧120kV、管電流40μm、X線源Cukα、X線入射角5度、X線入射スリット0.4mm、2θを20〜70度とした。測定結果を表2に示した。
【0017】
【表2】

【0018】
図1に本発明例6、図2に従来例38の皮膜膜断面のFE−SEM像を示す。両者の膜断面組織とを比較すると、本発明例6の膜断面組織は結晶粒子が微細化し、膜表面の平滑性も従来例38に対して優れていた。従来例38は粒子が粗大であり、粒子間に隙間が存在し低硬度であった。また、表面粗さを比較すると、本発明例6のRa値は12nm、従来例38は34nmと凹凸が存在した。従来例39も表面が粗く低硬度であった。図3に本発明例1のXRD回折結果を示す。A層に対応したピークとB層に対応したピークを認めた。2種の格子定数の異なるコランダム型の結晶構造を有した皮膜を層厚方向に交互積層することにより、層界面で格子歪が発生し高硬度化が達成された。図4、5に本発明例6の断面構造解析結果を示す。図4は皮膜断面のFE−TEM像、図5は1250nmφの制限視野回折像を示す。図4から交互の積層構造の存在が確認できた。図5の制限視野回折像の回折パターンから、コランダム構造を確認できた。図6は、図4の符号1に示す粒子の高倍率TEM像、図7は、図4の符号1に示す粒子の140nmφの制限視野回折像を示す。図7から、積層構造を有する粒子は同一の結晶構造を有して成長していた。図8は図6に示す粒子の高倍率TEM像であり、図8に分析スポット1、2を示す。図9は分析スポット1の、図10は分析スポット2の1nmφの極微電子線回折写真を示す。EDS分析結果から分析スポット1はB層、分析スポット2はA層であった。図8、9、10から、B層とA層は略同一の結晶構造、方位関係を保ちエピタキシャルに成長し、界面の格子連続性を有し、良い密着状態を確認した。図11に図8の粒子の暗視野STEM像を示し、図11の分析スポット1〜4のEDS分析による皮膜組成を表3に示す。
【0019】
【表3】

【0020】
表3に分析した面積が1μm×1μmと、1nmφのときの値を示す。図11と図8の分析スポット1、2は対応している。図11、表3から、分析スポット1、3はB層、分析スポット2、4はA層、であった。FE−TEM解析結果から、A層、B層の存在とTA、TA値、結晶構造、格子連続性が明確に示され、本願発明の皮膜が高硬度と優れた耐酸化性を兼ね備え、優れた耐摩耗性を示すことを確認した。
【0021】
(実施例2)
本願発明の皮膜の耐久性評価は、刃先交換式ボールエンドミルによる耐摩耗性を下記の試験条件で実施した。使用した工具は、日立ツール製の超硬合金製インサート、直径32mmである。耐摩耗性の評価は、2300m加工後の逃げ面摩耗幅で評価した。逃げ面摩耗幅が0.15mm未満のものは効果有りと判断した。評価結果を表2に併記した。
(試験条件)
切削方法:10度傾斜面の等高線切削
被削材 :FCD540
切り込み:軸方向、0.3mm、径方向、0.3mm
主軸回転数:毎分12000回転
テーブル送り:10800mm/min
1刃送り量:0.45mm/刃
切削油 :なし、エアブロー
【0022】
本発明例1、2と比較例24、25は、C1、C2を同時稼動し、基体回転数を変化させることによりTA、TB値と積層構造が耐酸化性、耐摩耗性に及ぼす影響を比較した。TA、TB値が50nm以下の本発明例1、2はコランダム構造の酸化物が得られ、27GPa以上の高硬度を示した。比較例24、25は22GPa以下であった。本発明例3、比較例26〜33は、TA、TB値の特性に及ぼす影響を比較のため、C1とC2ターゲットを交互稼動し、周期を変化させて積層構造を変化させた。本発明例3は、B層を工具基体側、A層を表面側に被覆した。TA、TB値が50nm以下の本発明例3はコランダム構造を示した。TA、TB値の少なくとも一方が50nmを超える比較例26〜33はγ型の結晶構造であり、皮膜は低硬度で耐摩耗性の改善には至らなかった。本発明例4〜8は、C1とC2を同時に稼動し、アーク電流を変化させ積層構造を変化させて成膜して積層構造の影響を比較した。本発明例4〜8はTA、TB値が50nm以下、コランダム構造が得られた。本発明例6のRa値は12nm、従来例38は34nmと凹凸が存在した。これより被削材が凝着して耐摩耗性は改善しなかった。従来例39も表面が粗く低硬度であり、突起状の粒子に被削材が凝着し、皮膜の脱落、剥離が起こり摩耗進行を早める欠点を有していた。本発明例は高硬度で平滑化され、切削工具の摩耗幅は従来例に比べ半分以下であった。C1はアーク電流を100A以上、C2は100A以下とすることにより、TA/TB値が1以上となり、皮膜硬度が向上して切削工具の摩耗幅が減少して耐摩耗性の改善効果が顕著だった。本発明例4〜8と積層構造を持たない比較例34、35、36を比較した。比較例34、35はγ型結晶構造、比較例36は非晶質構造であり切削工具の耐摩耗性改善はできなかった。比較例37は、B層にCrを含まず非晶質構造で、本発明例1に比べ耐摩耗性が劣った。また、AIP法でCrNを被覆し酸化処理の後に、スパッタ法により2.8kWでAl酸化物を被覆した従来例38と、同様にAlCr酸化物を被覆した従来例39は、TA、TB値が大きく表面が粗く低硬度のため、突起状の酸化物粒子に被削材が凝着して皮膜が脱落剥離し、摩耗進行が早かった。更に、夫々(TiAl)Nと(AlCr)Nとを被覆した従来例40と41は、耐摩耗性の改善は得られなかった。
TA、TB値が30nm以下の本発明例6、7と、30nmを超え50nm以下の本発明例1から5、8を比較した。本発明例6、7は逃げ面摩耗幅が0.1mm以下、摩耗状態も均一であり、突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され耐酸化性、耐摩耗性に優れた。TA、TB値を30nm以下とすることにより、皮膜の結晶性が向上し、A層、B層はエピタキシャルに成長しながら、界面が増加する。その結果、高硬度化した。TA/TB値が1の本発明例1〜3、5と、1より大きい本発明例4、6〜8とを比較した。本発明例4、6〜8は逃げ面摩耗幅が0.11mm以下、摩耗状態も均一で突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され、耐酸化性、耐摩耗性に優れた。TA/TB値が大きいときTB層の結晶性が向上し、耐酸化性、耐熱安定性が向上した。A層、B層の格子が連続成長した本発明例4、6〜8と、連続成長の無い本発明例1〜3、5を比較した。連続成長が存在することにより、刃先の摩耗状態の均一性が向上し、突発的なチッピングや異常摩耗の発生が抑制され、耐酸化性、耐摩耗性に優れた。連続成長の条件は、TB値を20nm以下とすることにより達成できた。
【0023】
一方、比較例9〜13はC2のみを稼動し、Arと酸素の流量比率を変化させて成膜した。Arのみのときはγ型の酸化物皮膜であり、皮膜表面は粗く低硬度でドロップレットが多く見られた。比較例14〜20もC2のみを稼動し、酸素と窒素の流量比率を変化させてガス種と流量比の影響を比較した。Arに比べ皮膜表面のドロップレットが低減し平滑性は優れたが、γ型の酸化物皮膜となり低硬度であった。窒素と酸素の混合ガスを用いて成膜することにより、皮膜の窒素含有量が低く、金属:酸素の比が2:3の酸化物皮膜が得られた。特に窒素:酸素の比が、7〜11:1〜5の条件では、窒素含有量が3%以下の平滑性に優れた酸化物皮膜が得られた。比較例17、21〜23は、成膜温度の影響を比較した。400〜700℃の範囲では何れもγ型酸化物皮膜であった。AIP法による皮膜の結晶構造は温度に無関係であり、600℃以下でもコランダム型の酸化物皮膜が得られた。A層上にB層を被覆した比較例26は、γ型酸化物皮膜であった。摩耗状態が不安定で複数のチッピングが確認され、耐酸化性と耐摩耗性の改善はできなかった。
【0024】
(実施例3)
本発明例6と同一成膜条件を用い、本発明例42〜50、比較例51、52を作成した。ここではA層が、Crの1部をSi、W、硼素から選択される1種以上で置換し、B層が、Al、Crの1部をNb、Si、W、Y、硼素から選択される1種以上で置換する効果を確認した。本発明例42〜50のTA、TB値は本発明例6と略同一とした。本発明例42〜50、比較例51、52は全てC2の組成を有する窒化物を中間層として2μm、また最表層も窒化物を0.05〜0.2μmの範囲で被覆した。中間層の被覆条件は実施例1と同一とした。表4に使用したターゲット組成を示す。
【0025】
【表4】

【0026】
本願発明の皮膜は、切削工具の耐酸化性と耐摩耗性を改善できた。本発明例42のAlCrNb系は、Al含有量を75%まで高めてもコランダム構造の皮膜が得られた。Nbは皮膜のコランダム化を助長し、高硬度化に貢献した。本発明例43と比較例51を比較すると、AlとSiの含有量の和を70%以下とすることが好ましい。特にSiは皮膜の結晶粒が微細化し、高硬度化と平滑性が得られ、耐摩耗性が改善した。本発明例45は、結晶粒子が微細化し平滑性が向上した。W、Yは耐酸化性向上に有効であり、耐摩耗性改善に有効であった。硼素は皮膜のコランダム化の助長に加え、潤滑性の改善にも有効であり、耐摩耗性の改善に有効であった。一方、比較例51、52のTA/TB値は本願発明規定の範囲よりも大きく、B層がAlCrSi系の比較例51は、非晶質構造で低硬度を示し、AlCrTi系の比較例52は、コランダム構造とγ型の2種を確認したが、Ti添加の場合、皮膜は低硬度を示した。これは粗大なTi酸化物が形成され、結晶粒子径が大きくなったからである。何れも、耐摩耗性の改善効果が得られなかった。
【0027】
(実施例4)
本願発明の皮膜をソリッドドリルに適用し工具寿命を評価した。ソリッドドリルは日立ツール製、直径6mm、基体はCo:10%の超微粒超硬合金製、硬度がHRA92.3である。被覆方法は実施例1と同一とした。中間層の(TiAl)Nを略3μm被覆した後、本発明例6、従来例38、39の皮膜を略2μm被覆し、これらを夫々本発明例53、従来例54、55とした。また、従来例40、41被覆したものを従来例56、57とした。これらを下記の試験条件で工具寿命を評価した。評価は、コーナー部の逃げ面摩耗幅が0.2mmに達した時点の加工穴数又は加工を継続することが出来ない欠損、チッピング等が生じた加工穴数とした。加工穴数は100穴未満を切捨て、3本の平均寿命とした。評価結果を表5に示す。
(試験条件)
切削方法:止まり穴加工、穴深さ6mm
クーラント:MQL内部給油
被削材:FCD700
主軸回転数:毎分12k回転
送り:0.2mm/回転
【0028】
【表5】

【0029】
本発明例53は従来例に比べ3倍以上の加工穴数という長寿命を示し、本願発明の被覆ドリルが優れた耐酸化性と耐摩耗性を有することを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、本発明例6の皮膜断面のFE−SEM像を示す。
【図2】図2は、従来例38の皮膜断面のFE−SEM像を示す。
【図3】図3は、本発明例1のXRD回折結果を示す。
【図4】図4は、本発明例6の皮膜断面のTEM像を示す。
【図5】図5は、本発明例6の1250nmφの制限視野回折像を示す。
【図6】図6は、図4の符号1に示す粒子の高倍率TEM像を示す。
【図7】図7は、図4の符号1に示す粒子の140nmφの制限視野回折像を示す。
【図8】図8は、図4の符号1に示す粒子の高倍率TEM像を示す。
【図9】図9は、図8中の分析スポット1の極微電子線回折写真を示す。
【図10】図10は、図8中の分析スポット2の極微電子線回折写真を示す。
【図11】図11は、図8の粒子の暗視野STEM像を示す。
【符号の説明】
【0031】
1:粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体に物理蒸着により皮膜を被覆し、該皮膜はA層とB層とを有し、該A層は周期律表4a、5a、6a族元素、Si、Y、硼素の酸化物、窒化物、硼化物から選択される1種以上、該B層は周期律表4a、5a、6a族元素、Al、Si、Y、硼素の酸化物、窒化物、硼化物から選択される2種以上を有し、該A層と該B層とを被覆した被覆工具において、該A層はCrの酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、該B層はAl、Crの酸化物を主体、窒化物、硼化物を副体とし、該皮膜は該A層と該B層との交互積層構造を有し、該A層の層厚(nm)をTA、該B層の層厚(nm)をTBとしたとき、該TA値、該TB値が夫々TA≦50、TB≦50、膜厚比をTA/TBとしたとき、1≦TA/TB≦5、であることを特徴とする被覆工具。
【請求項2】
請求項1記載の被覆工具において、該TA値、該TB値が夫々TA≦30、TB≦30、であることを特徴とする被覆工具。
【請求項3】
請求項1又は2記載の被覆工具において、該A層は、Crの1部をSi、W、硼素から選択される1種以上で置換、該B層は、Al、Crの1部をNb、Si、W、Y、硼素から選択される1種以上で置換したことを特徴とする被覆工具。
【請求項4】
請求項1から請求項3何れかに記載の被覆工具において、該工具基体と該皮膜との間には窒化物を含有する中間層、最表面は窒化物を含有する最表層を被覆したことを特徴とする被覆工具。
【請求項5】
請求項1から請求項3何れかに記載の被覆工具において、該B層は該工具基体側、該A層は表面側に被覆したことを特徴とする被覆工具。

【図3】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2009−160692(P2009−160692A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−854(P2008−854)
【出願日】平成20年1月8日(2008.1.8)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】