説明

補剛板及び補剛板の製造方法

【課題】疲労強度の向上を図った補剛板及び補剛板の製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板(10)の面上に補剛材(20)を単数または複数溶接してなる補剛板において、鋼板と当接する補剛材の縁部(22)にレ型またはJ型開先(24)を形成し、該レ型またはJ型開先に所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料からなる溶接金属(30)を溶接施工するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補剛板及び補剛板の製造方法に係り、詳しくは、鋼板へ補剛材(リブ)を溶接する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
船の甲板や橋梁等の床材として種々の材料が考えられており、その一つとして鋼床版(デッキプレート)が知られている。
鋼床版は、主として鋼板で構成されるが、鋼板だけでは剛性を十分に確保できないことから、通常は背面に補剛材(リブ)を配設した構成の補剛板である。
補剛板としては、板鋼を補剛材とし、複数の板鋼を一定の間隔で鋼板にアーク溶接(SAW、SMAW、GMAW等)により立設したものの他、最近では、断面V字状或いはU字状の鋼材を補剛材とし、これを複数一定の間隔で閉断面構造をなすよう鋼板に上記アーク溶接により接合したものが知られている。
【0003】
詳しくは、断面V字状或いはU字状の鋼材は、閉断面構造の外側から容易に溶接可能なよう、鋼板と当接する一対の縁部に互いに背反してレ型またはJ型開先が形成されており、当該レ型またはJ型開先にアーク溶接が施されることで鋼板に溶接されている。また、U字状の鋼材を補剛材として用いた場合において、閉断面構造の内部にコンクリートを充填させて強度を向上させる技術もある(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2001−248114号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、アーク溶接では、溶接後に溶接金属の温度が低下すると溶接金属が熱収縮し、金属部材内に引っ張り方向の残留応力を生じるため、当該溶接残留応力によって部材の組み付け精度が低下したり、部材の引張強度、圧縮強度或いは疲労強度が低下する等の問題がある。
また、閉断面構造部の溶接においては、閉断面構造の外側からしか溶接作業を行うことができないため、メルトスルー(溶け過ぎ)による溶接品質の悪化を防止しようとすると、レ型またはJ型開先の先端、即ち閉断面構造の内側のルート部に一部溶接されない部分(溶け残り部)が生じるという問題がある。
【0005】
このように、金属部材内に溶接残留応力が発生し、且つ、閉断面構造の内側のルート部に溶け残り部が生じると、当該溶け残り部から金属部材に特にき裂が発生し、故に疲労強度が急激に低下して疲労破壊に至り易いという問題がある。この問題は、上記特許文献1に開示の技術においても同様に起こり得る。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、疲労強度の向上を図った補剛板及び補剛板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的を達成するために、請求項1の補剛板は、鋼板の面上に補剛材を単数または複数溶接してなる補剛板であって、前記補剛材のうち前記鋼板と当接する縁部にレ型またはJ型開先が形成されるとともに、該レ型またはJ型開先に前記溶接が施工されて溶接金属が装填されてなり、該溶接金属は所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料であることを特徴とする。
【0007】
また、請求項2の補剛板は、請求項1において、前記補剛材が、鋼板の面上に該鋼板と協働して閉断面構造を形成し、前記鋼板と当接し前記閉断面構造を形成する縁部に該閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先が形成されることを特徴とする。
また、請求項3の補剛板は、請求項2において、前記補剛材が断面U字状の形鋼であることを特徴とする。
【0008】
また、請求項4の補剛板は、請求項1乃至3のいずれかにおいて、前記低変態温度溶接材料が、少なくとも炭素を0.20質量%以下、クロムを3.0〜13.0質量%及びニッケルを3.0〜12.0質量%包含し、マルテンサイト変態開始温度から室温までの温度範囲での線膨張量が1mmあたり−3×10−3mm以上となるよう調整された鉄合金であることを特徴とする。
【0009】
また、請求項5の補剛板は、請求項1乃至4のいずれかにおいて、疲労き裂伝播速度が所定応力拡大係数範囲において所定の低速域であって高い疲労特性を示す高疲労特性鋼板であることを特徴とする。
請求項6の補剛板の製造方法は、鋼板の面上に補剛材を単数または複数溶接してなる補剛板の製造方法であって、溶接金属として所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料を選択する第一工程と、前記鋼板と当接する前記補剛材の縁部にレ型またはJ型開先を形成する第二工程と、該レ型またはJ型開先に前記溶接を施工して前記溶接金属を装填する第三工程とを有することを特徴とする。
【0010】
また、請求項7の補剛板の製造方法は、請求項6において、前記補剛材が鋼板の面上に該鋼板と協働して閉断面構造を形成し、前記第二工程では、前記鋼板と当接し前記閉断面構造を形成する縁部に該閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先を形成することを特徴とする。
また、請求項8の補剛板の製造方法は、請求項6または7において、前記第一工程では、少なくとも炭素を0.20質量%以下、クロムを3.0〜13.0質量%及びニッケルを3.0〜12.0質量%包含し、マルテンサイト変態開始温度から室温までの温度範囲での線膨張量が1mmあたり−3×10−3mm以上となるよう調整された鉄合金からなる低変態温度溶接材料を選択することを特徴とする。
【0011】
また、請求項9の補剛板の製造方法は、請求項6乃至8のいずれかにおいて、前記第一工程では、さらに前記鋼板として疲労き裂伝播速度が所定応力拡大係数範囲において所定の低速域であって高い疲労特性を示す高疲労特性鋼板を選択することを特徴とする。
また、請求項10の補剛板の製造方法は、請求項6乃至9のいずれかにおいて、前記第三工程では、前記レ型またはJ型開先に前記溶接を1パスで施工して前記溶接金属を装填することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
請求項1の補剛板によれば、溶接が例えばアーク溶接であるとき、通常の溶接金属を用いた溶接である場合には、上述したように、溶接後に溶接金属の温度が低下すると溶接金属が熱収縮を引き起こして鋼板内と補剛材内に引っ張り方向の残留応力が生じ、また、補剛材の縁部にレ型またはJ型開先が形成されている場合、メルトスルーを防止しようとするためにレ型またはJ型開先の先端のルート部及びこれに対向する鋼板に溶接されない部分(溶け残り部)が生じるおそれがあるが、溶接金属として所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料を用いることにより、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張し、鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生せず、上記溶け残り部からのき裂の発生度合いが大幅に低下する。これにより、補剛板の組み付け精度や引張強度、圧縮強度の低下を防止でき、疲労強度を向上させることができる。
【0013】
また、請求項2の補剛板によれば、補剛材が鋼板の面上に該鋼板と協働して閉断面構造を形成し、鋼板と当接し閉断面構造を形成する縁部に閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先が形成されているため、閉断面構造の外側からしか溶接作業を行うことができず、とりわけメルトスルーを防止しようとしてレ型またはJ型開先の先端のルート部及びこれに対向する鋼板に溶け残り部が生じ易いにも拘わらず、溶接金属として所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料を用いることにより、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張し、鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生せず、閉断面構造によって補剛板の剛性が十分に確保されつつ上記溶け残り部からのき裂の発生度合いが大幅に低下する。これにより、閉断面構造によって補剛板の剛性を十分に確保しながら、疲労強度を向上させることができる。
【0014】
また、請求項3の補剛板によれば、補剛材が断面U字状の形鋼であることにより、入手容易な補剛材を用いて補剛板の剛性を十分に確保しつつ疲労強度を向上させることができる。
また、請求項4の補剛板によれば、溶接金属として適正な組成の鉄合金を用いることより、溶接金属が良好に所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張することになり、鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生することがなく、上記溶け残り部からのき裂の発生度合いが十分に低下する。これにより、補剛板の組み付け精度や引張強度、圧縮強度の低下を良好に防止でき、疲労強度を十分に向上させることができる。
【0015】
また、請求項5の補剛板によれば、鋼板として疲労き裂伝播速度が遅くなるよう成分調整された高疲労特性鋼板を選択することにより、たとえ鋼板に上記溶け残り部からき裂が発生しても当該き裂の伝播を抑制でき、疲労強度をさらに向上させることができる。
請求項6の補剛板の製造方法によれば、溶接が例えばアーク溶接であるとき、通常の溶接金属を用いた溶接である場合には、上述したように、溶接後に溶接金属の温度が低下すると溶接金属が熱収縮を引き起こして鋼板内と補剛材内に引っ張り方向の残留応力が生じ、また、補剛材の縁部にレ型またはJ型開先が形成されている場合、メルトスルーを防止しようとするためにレ型またはJ型開先の先端のルート部及びこれに対向する鋼板に溶け残り部が生じる場合があるが、溶接金属として所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料を選択し(第一工程)、補剛材の縁部にレ型またはJ型開先を形成し(第二工程)、当該レ型またはJ型開先に溶接を施工して上記低変態温度溶接材料からなる溶接金属を装填することにより(第三工程)、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張して鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生することがなく、上記溶け残り部からのき裂の発生度合いが大幅に低下する。これにより、補剛板の組み付け精度や引張強度、圧縮強度の低下を防止でき、疲労強度を向上させることができる。
【0016】
また、請求項7の補剛板の製造方法によれば、補剛材が鋼板の面上に該鋼板と協働して閉断面構造を形成し、鋼板と当接し閉断面構造を形成する縁部に閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先が形成されているため、閉断面構造の外側からしか溶接作業を行うことができず、とりわけメルトスルーを防止しようとしてレ型またはJ型開先の先端のルート部及びこれに対向する鋼板に溶け残り部が生じ易いにも拘わらず、溶接金属として所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料を選択し(第一工程)、鋼板と当接し閉断面構造を形成する縁部に閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先を形成し(第二工程)、当該レ型またはJ型開先に溶接を施工して上記低変態温度溶接材料からなる溶接金属を装填することにより(第三工程)、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張し、鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生せず、閉断面構造によって補剛板の剛性が十分に確保されつつ上記溶け残り部からのき裂の発生度合いが大幅に低下する。これにより、閉断面構造によって補剛板の剛性を十分に確保しながら、疲労強度を向上させることができる。
【0017】
また、請求項8の補剛板の製造方法によれば、溶接金属として適正な組成の鉄合金を選択することより、溶接金属が良好に所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張し、鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生せず、上記溶け残り部からのき裂の発生度合いが十分に低下する。これにより、補剛板の組み付け精度や引張強度、圧縮強度の低下を良好に防止でき、疲労強度を十分に向上させることができる。
【0018】
また、請求項9の補剛板の製造方法によれば、鋼板として疲労き裂伝播速度が遅くなるよう成分調整された高疲労特性鋼板を選択することにより、たとえ鋼板に上記溶け残り部からき裂が発生しても当該き裂の伝播を抑制でき、疲労強度をさらに向上させることができる。
また、請求項10の補剛板の製造方法によれば、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張して鋼板内と補剛材内に溶接残留応力が殆ど発生しなくなると、多パス(多数盛り)施工によって溶接作業をする必要がなく、またメルトスルーが発生しても溶け残り部が生じない分き裂の発生が抑えられる故に当該メルトスルーを気にすることもなく、1パス(一度盛り)施工によって溶接作業を良好に完了可能である。これにより、溶接作業工数を大幅に低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
図1に本発明に係る補剛板を示し、図2に図1の補剛板の一部を拡大して上下反転させた図を、図3に図2のA−A線に沿う断面図を示す。
ここでは、補剛板を橋梁の鋼床版(デッキプレート)に適用する場合を例に説明する。
図1、図2に示すように、補剛板は、鋼板10の一方の面(背面)に一定の間隔で複数の補剛材(リブ)20を配して構成される。
【0020】
鋼板10は例えば所定板厚t1(例えば、12mm)の平板であり、補剛材20は、例えば所定板厚t2(例えば、6〜8mm)の平板を鋼板10の幅寸法に合わせて切断し曲げ加工した断面U字状の形鋼である。
補剛材20の一対の縁部22,22は鋼板10に当接し、アーク溶接により補剛材20の全長に亘り溶接を施し、溶接金属盛30を形成している。これにより、鋼板10と補剛材20とから閉断面構造を形成している。
【0021】
図4を参照すると、補剛材20を鋼板10に溶接する補剛板の製造工程が図示されており、以下、同図に基づき補剛板の製造方法について詳しく説明する。
先ず、鋼板10としては、上記所定板厚t1を有する高疲労特性鋼板が選択される(第一工程)。
ここに、高疲労特性鋼板は、図6に疲労き裂伝播特性を示すように、疲労き裂伝播速度(実斜線で示す)が少なくとも所定応力拡大係数範囲(例えば、18〜28MPa√m)において所定の低速域(例えば、10−8〜10−7m/cycle)であって一般の鋼材(破斜線で示す)よりも遅くなるように金属組織が調整された部材である。同時に、高疲労特性鋼板は、図7に疲労強度(S−N曲線)を示すように(実線)、一般の鋼材(破線)よりも高い疲労特性を示すよう調整された部材である(例えば、JFEスチール社製:KA36、KD36)。
【0022】
補剛材20としては、上記所定板厚t2を有するとともに断面U字状をなす一般の形鋼が選択されるが、上記高疲労特性鋼板を採用してもよい。
一方、図4に示すように、補剛材20のうち鋼板10と当接して閉断面構造を形成する一対の縁部22,22には、当該閉断面構造の外方側に拡開して、溶接のためのレ型開先24,24をそれぞれ形成する(第二工程)。
【0023】
詳しくは、レ型開先24,24は、図5に拡大して示すように、補剛材20の縁部22,22のうち鋼板10と当接する閉断面構造内側の一部がそれぞれルート部26,26として残るように面取りされている。即ち、レ型開先24,24は、互いに背反するように拡開し、ルート部26,26において鋼板10と当接するよう構成される。これにより、補剛材20は、レ型開先24,24の存在によって当該補剛材20の外側から容易にアーク溶接が可能である。
【0024】
そして、アーク溶接を行うための溶接金属としては、低変態温度溶接材料が選択される(第一工程)。
低変態温度溶接材料は、図8に温度と伸びの関係を示すように(実線)、一般の溶接金属(破線)よりも低い所定の低温域(例えば、360℃以下50℃以上)でマルテンサイト変態を開始し(Msで示す)、変態膨張するように成分組成や熱処理条件等が調整された鉄合金である。
【0025】
詳しくは、低変態温度溶接材料は、少なくともC(炭素):0.20質量%以下、Cr(クロム):3.0〜13.0質量%、Ni(ニッケル):3.0〜12.0質量%を包含し、マルテンサイト変態開始温度から30℃(室温)までの温度範囲での線膨張量が1mmあたり−3×10−3mm以上となるよう調整された鉄合金である。好ましくは、溶接割れを防止する観点からCについては0.12質量%以下であるのがよく、さらにSi(シリコン)、Mn(マンガン)、Mo(モリブデン)、Nb(ニオブ)等をそれぞれ微量含むようにするのがよい。
【0026】
そして、低変態温度溶接材料からなる溶接金属を用いて、補剛材20の縁部22,22と鋼板10とがアーク溶接により溶接される。詳しくは、ルート部26,26が鋼板10と当接した状態でレ型開先24,24内に溶接棒32が挿入され、アーク放電により溶融した溶接金属が周縁の鋼板10や縁部22,22を溶かしながら1パス(一度盛り)施工で溶接が実施される。これによりレ型開先24,24内に溶接金属が装填され、溶接金属盛30が形成される(第三工程)。
【0027】
この際、アーク放電が強すぎるとルート部26,26まで溶けてメルトスルー(溶け過ぎ)が発生し、溶接品質が悪化することから、アーク溶接の溶接条件は当該メルトスルーが生じない程度に、つまりルート部26,26に一部溶接しない部分(溶け残り部)が残るように設定されている。
以下、このように製造された本発明に係る補剛板の作用及び効果について説明する。
【0028】
上記のようにしてアーク溶接によりレ型開先24,24内に形成された溶接金属盛30は、図8に示すように、冷却するに連れて熱収縮することになる。そして、溶接金属盛30が収縮すると、溶接金属盛30は冷却に伴ってγ相からα相に相変化するため、鋼板10や補剛材20の縁部22,22を引っ張ることになり、鋼板10内や補剛材20内に引っ張りの残留応力が溶接残留応力として発生することになる。
【0029】
このように鋼板10内や補剛材20内に溶接残留応力が発生すると、例えば補剛板上を車両等が通行して補剛板が繰り返し振動した場合に、上述した如くルート部26,26及びこれに対向する鋼板10の溶け残り部から主として鋼板10にき裂が入り易くなる。
しかしながら、本発明に係る補剛板では、溶接金属に低変態温度溶接材料を用いることで溶接金属の成分組成と線膨張量とが上記の如く調整されているので、図8に一般の溶接金属(破線)と比較して示すように(実線)、一旦収縮した溶接金属盛30は、さらに温度が低下して所定の低温域に入ると、マルテンサイト変態を起こし、熱収縮を相殺するように大きく変態膨張することになる。このように溶接金属盛30が所定の低温域で大きく膨張すると、一旦収縮した溶接金属盛30は例えば400℃近辺での伸びと同等の値まで戻り、鋼板10内や補剛材20内の溶接残留応力が良好に解消される。
【0030】
従って、多パス(多数盛り)施工せずに1パス(一度盛り)施工で溶接金属盛30を形成しても、30℃(室温)において溶接金属の伸びが一般の溶接金属に比べて十分に大きくなり、鋼板10内や補剛材20内に溶接残留応力が殆ど発生することがなくなる。これにより、溶接作業工数の大幅な低減を図りながら、鋼板10における上記溶け残り部からのき裂の発生度合いを大幅に低下させることができる。
【0031】
このように、本発明に係る補剛板によれば、鋼板10内や補剛材20内の残留応力を低減して補剛板の組み付け精度や引張強度、圧縮強度の低下を防止できるとともに、き裂の発生を抑えて疲労強度を向上させることができる。
また、溶接金属に低変態温度溶接材料を用いると、メルトスルーが発生してしまうような場合であっても、溶け残り部が生じない故にき裂の発生を抑えて疲労強度の向上を図りつつ、鋼板10内や補剛材20内の残留応力を低減でき、溶接品質の悪化を最小限に抑えることが可能である。これより、1パス施工であってもメルトスルーを気にすることなく溶接作業を実施可能である。
【0032】
特に、上記実施形態では、補剛材20として断面U字状の形鋼を用いているので、補剛板において、入手容易な形鋼を用いて十分な剛性を確保しつつ疲労強度を向上させることができる。
また、ここでは、鋼板10として高疲労特性鋼板を用いるので、たとえ鋼板10に上記溶け残り部からき裂が入ったとしても、疲労き裂伝播速度が遅いため、き裂の伝播を十分抑制でき、疲労強度をより一層向上させて疲労破壊の発生を確実に防止することができる。
【0033】
なお、上記実施形態では、補剛材20の縁部22,22にレ型開先24,24を形成するようにしたが、これらはJ型開先であってもよい。
また、上記実施形態では、補剛材20として断面U字状の形鋼を用いるようにし、閉断面構造を形成するようにしたが、断面V字状の形鋼を用いてもよい。さらに、補剛材20は必ずしも閉断面構造を形成するようなものでなくてもよく、I型鋼等を鋼板10に立設する場合であっても本発明を良好に適用可能である。
【0034】
また、上記実施形態では、鋼板10として高疲労特性鋼板を用いるようにしたが、鋼板10として一般の鋼材を用いるようにしても十分な効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る補剛板を示す図である。
【図2】図1の補剛板の一部を拡大して反転させた図である。
【図3】図2のA−A線に沿う断面図である。
【図4】補剛板の製造工程を示す図である。
【図5】レ型開先の拡大図である。
【図6】高疲労特性鋼板の疲労き裂伝播特性を示す図である。
【図7】高疲労特性鋼板の疲労強度(S−N曲線)を示す図である。
【図8】低変態温度溶接材料の温度と伸びの関係を一般の溶接金属と比較して示す図でる。
【符号の説明】
【0036】
10 鋼板
20 補剛材(リブ)
22 縁部
24 レ型開先
26 ルート部
30 溶接金属盛
32 溶接棒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の面上に補剛材を単数または複数溶接してなる補剛板であって、
前記補剛材のうち前記鋼板と当接する縁部にレ型またはJ型開先が形成されるとともに、該レ型またはJ型開先に前記溶接が施工されて溶接金属が装填されてなり、
該溶接金属は所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料であることを特徴とする補剛板。
【請求項2】
前記補剛材は、鋼板の面上に該鋼板と協働して閉断面構造を形成し、前記鋼板と当接し前記閉断面構造を形成する縁部に該閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先が形成されることを特徴とする、請求項1記載の補剛板。
【請求項3】
前記補剛材は断面U字状の形鋼であることを特徴とする、請求項2記載の補剛板。
【請求項4】
前記低変態温度溶接材料は、少なくとも炭素を0.20質量%以下、クロムを3.0〜13.0質量%及びニッケルを3.0〜12.0質量%包含し、マルテンサイト変態開始温度から室温までの温度範囲での線膨張量が1mmあたり−3×10−3mm以上となるよう調整された鉄合金であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか記載の補剛板。
【請求項5】
前記鋼板は疲労き裂伝播速度が所定応力拡大係数範囲において所定の低速域であって高い疲労特性を示す高疲労特性鋼板であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれか記載の補剛板。
【請求項6】
鋼板の面上に補剛材を単数または複数溶接してなる補剛板の製造方法であって、
溶接金属として所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料を選択する第一工程と、
前記鋼板と当接する前記補剛材の縁部にレ型またはJ型開先を形成する第二工程と、
該レ型またはJ型開先に前記溶接を施工して前記溶接金属を装填する第三工程と、
を有することを特徴とする補剛板の製造方法。
【請求項7】
前記補剛材は鋼板の面上に該鋼板と協働して閉断面構造を形成し、
前記第二工程では、前記鋼板と当接し前記閉断面構造を形成する縁部に該閉断面構造の外方側に拡開してレ型またはJ型開先を形成することを特徴とする、請求項6記載の補剛板の製造方法。
【請求項8】
前記第一工程では、少なくとも炭素を0.20質量%以下、クロムを3.0〜13.0質量%及びニッケルを3.0〜12.0質量%包含し、マルテンサイト変態開始温度から室温までの温度範囲での線膨張量が1mmあたり−3×10−3mm以上となるよう調整された鉄合金からなる低変態温度溶接材料を選択することを特徴とする、請求項6または7記載の補剛板の製造方法。
【請求項9】
前記第一工程では、さらに前記鋼板として疲労き裂伝播速度が所定応力拡大係数範囲において所定の低速域であって高い疲労特性を示す高疲労特性鋼板を選択することを特徴とする、請求項6乃至8のいずれか記載の補剛板の製造方法。
【請求項10】
前記第三工程では、前記レ型またはJ型開先に前記溶接を1パスで施工して前記溶接金属を装填することを特徴とする、請求項6乃至9のいずれか記載の補剛板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−18458(P2008−18458A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−192817(P2006−192817)
【出願日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】