説明

補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法

【課題】 新規な補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の新規な補強シリコンマイクロメカニカル部品の製造方法は下記の順の、
(A)シリコンウエハ内に部品又は部品のバッチを微細機械加工するステップと、
(B)自然二酸化珪素の厚さよりも少なくとも5倍超の厚さの二酸化珪素を生成するために、一ステップ又は数ステップで、前記部品の全ての外面上に二酸化珪素層を形成するステップと、
(C)エッチングにより二酸化珪素層を除去するステップと、
からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコン製の補強マイクロメカニカル部品の製造方法に関する。本発明は、高い機械抵抗(特に耐衝撃性)と優れた潤滑特性を有するシリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法に関する。更に詳細には、本発明は、運動しているマイクロメカニカル部品に対してその他の部品類が摩擦接触状態に配置されるようなマイクロメカニカル部品の製造方法に関する。これらのマイクロメカニカル部品は、例えば、軸ピン部品類のような可動部品類又は例えば、ベアリングなどのような固定部品類などであることもできる。特に限定的な事例ではないが、これらの部品類は機械式時計ムーブメント用のマイクロメカニカル部品であることもできる。
【背景技術】
【0002】
シリコンは機械部品、特にマイクロメカニカル部品の製造に広範に使用されている材料である。この場合、部品は、これらの部品が機械的に組み立てられる基板に接合されたままの“固定”部品であるか、又は、時計ムーブメントの運動学的連鎖部分を構成する部品のような“自由”部品であるか否かを問わない。
【0003】
歯車、蝶番又はスプリングなどのようなマイクロメカニカル部品の製造に従来から使用されてきた金属又は合金に較べて、シリコンは密度が3倍〜4倍も低いので極めて低い慣性を有し、かつ、磁界に対して無反応であるという優れた利点を有する。これらの利点は、等時性及び運転期間の双方の点で時計設計技術分野で特に有益である。
【0004】
しかし、シリコンはショック(衝撃)に対して敏感であるという欠点も有する。このような衝撃は組立中や操作中に不可避であり、また、例えば、ユーザーが腕時計を何かで叩いたり又は落下させたりしたときに不意に起こる。
【0005】
特許文献1には、シリコン製マイクロメカニカル部品の機械抵抗を高める方法が記載されている。特許文献1によれば、部品がシリコンウエハ中に微細機械加工されたら、その表面を二酸化珪素層で被覆する。この層は、900℃〜1200℃の範囲内の温度で部品の表面を熱酸化することにより形成される。熱酸化処理期間は、元の二酸化珪素の厚さよりも少なくとも5倍超の厚さの二酸化珪素層が得られるように決定される。
【0006】
特許文献1に記載されたこの方法の欠点は、二酸化珪素が、得られた部品の摩擦係数を著しく高めることである。この欠点を解決するために、特許文献1では、非晶質(アモルファス)二酸化珪素上に別の材料の被膜を追加する。二酸化珪素層の上面に別の被膜を追加することからなるこの解決法は被膜層の多重化という欠点を有する。更に、特定の被膜は二酸化珪素に十分に接着しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開パンフレット第2007/000271号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、特許文献1に記載された方法により製造された部品の機械抵抗に匹敵する機械抵抗をシリコン製マイクロメカニカル部品に付与し、更に、二酸化珪素層が被覆されていないシリコン部品に匹敵する摩擦特性をシリコン製マイクロメカニカル部品に付与する、シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明は補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法を提供する。
【0010】
本発明の補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法は、下記の順の、
(A)シリコンウエハ内に部品又は部品のバッチを微細機械加工するステップと、
(B)自然二酸化珪素の厚さよりも少なくとも5倍超の厚さの二酸化珪素を生成するために、一ステップ又は数ステップで、前記部品の全ての外面上に二酸化珪素層を形成するステップと、
(C)エッチングにより二酸化珪素層を除去するステップと、
からなる。
【0011】
前記本発明の補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法において、二酸化珪素層の厚さは自然二酸化珪素の厚さの少なくとも5倍超である。
【0012】
前記本発明の補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法において、900℃〜1200℃の範囲内の温度で前記部品の表面を熱酸化することにより前記二酸化珪素層が形成される。
【0013】
前記本発明の補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法における前記ステップ(A)において、微細機械加工される部品は所望の最終寸法よりも僅かに大きな寸法を有し、次いで、ステップ(B)において、900℃〜1200℃の範囲内の温度で前記部品の表面を熱酸化することにより前記二酸化珪素層を形成させる。
【0014】
前記本発明の補強シリコン製マイクロメカニカル部品の製造方法において、前記二酸化珪素層を除去するステップの後に、前記部品の表面上に、結晶質シリコンの潤滑特性よりも優れた潤滑特性を有する材料の被膜を形成するステップを更に有することもできる。
【0015】
本発明によれば、前記の何れかの方法により得ることが出来ることを特徴とする時計機構内に一体化させるための補強シリコンマイクロメカニカル部品も提供される。
【0016】
本発明によれば、前記部品の表面内に二酸化珪素の“脈”が存在することを特徴とする時計機構内に一体化させるための補強シリコンマイクロメカニカル部品も提供される。
【0017】
本発明者が実験繰り返したところ、驚くべきことに、二酸化珪素層を除去する本発明のステップは前記部品の機械特性に対して何の悪影響も有しないことが発見された。換言すれば、本発明により製造された部品の機械抵抗は、前記特許文献1に記載された方法により製造された部品の機械抵抗と実質的に同一である。更に、本発明により製造された部品の摩擦特性は極めて良好である。
【0018】
下記に説明される仮説は本質的に本発明を限定したり、制限したりするものではない。この点を念頭において、以下本発明を説明する。
【0019】
先ず、二酸化珪素層が部品の表面に形成されたとき、二酸化珪素層は部品の外面だけを単に排他的に被覆するものではない。二酸化珪素層はシリコン中のクラック(亀裂)、ギャップ又はその他の微小孔を満たし、かつシールする。化学的観点から、シリコン原子は別のシリコン原子よりも酸素原子に対して一層高い親和力を有するので、二酸化珪素は強力な接着力を有し、また、二酸化珪素層はシリコン中の割れ目にとって極めて効率的な溶接部を形成する。
【0020】
二酸化珪素層が除去された時、外面からのストリッピング(剥離)が自然と発生する。従って、シリコン中の微小孔内部の二酸化珪素層はエッチングされず最後まで残る。その結果、二酸化珪素層が除去された時、或る程度の量の二酸化珪素層脈又は挿入物が残り、シリコン部品の表面内の微小孔を満たす。これら二酸化珪素層“溶接物”の存在はシリコンを補強することができ、その結果、形成部品の機械抵抗を高めることができる。
【0021】
本発明の方法によれば、二酸化珪素層は900℃〜1200℃の範囲内の温度で部品の表面を熱酸化することにより形成される。本発明の方法によれば、二酸化物の形成反応はシリコンを消費する。従って、酸化ステップが進行するにつれて徐々に、シリコンの新規な層との界面を形成するシリコン表面は後退する。シリコン表面の後退は、シリコン中の最も薄い表在クラック又はその他の微小孔を消失させる効果を有する。従って、これら表在クラック又はその他の微小孔を満たす必要性も無くなる。
【発明の効果】
【0022】
以上述べたように、本発明の効果は、特許文献1に記載されたシリコン製マイクロメカニカル部品の機械抵抗を高める方法に付随する欠点を完全に解消できることである。
【0023】
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】(a)はシリコン製マイクロメカニカル部品の当初の切片の断面図であり、(b)は前記(a)の或る部分の模式的拡大断面図であり、シリコン表面に2個の微小クラックと1個の微小孔の存在を示す。
【図2】(a)は二酸化珪素層が形成された後の図1(a)の切片の断面図であり、(b)は二酸化珪素層が形成された後の図1(a)の対応するクラック部分の模式的拡大断面図である。
【図3】(a)は二酸化珪素層が除去された後の図2(a)の切片の断面図であり、(b)は二酸化珪素層が除去された後の図2(b)の対応するクラック部分の模式的拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について、添付図面を参照しながら更に詳細に説明する。
【0026】
本発明の方法により製造することができる補強マイクロメカニカル部品は例えば、歯車、がんぎ車、パレット又はアーバーのようなその他のピボット部品などである。更に、本発明の方法によれば、例えば、ベアリング(軸受け)などのような受動部品も製造することができる。
【0027】
図1aはシリコンコア1を有するマイクロメカニカル部品の断面の全体的な模式図であり、符号3は当初の外面を示す。シリコン部品を或る期間の間、大気中に放置すると、シリコン部品は“自然酸化物”と呼ばれる二酸化珪素(図示されていない)で自然に被覆される。この厚さは概ね1nm〜10nmの範囲内である。図1bは前記図1aの或る部分の模式的拡大断面図であり、シリコン表面に2個の微小クラック12と1個の微小孔14の存在を示す。これら微小クラック及び微小孔の存在は、シリコン部品を一層壊れ易く、かつ、砕け易いものにすることが容易に想像できる。
【0028】
図2aは、900℃〜1200℃の範囲内の温度でシリコン部品の表面を熱酸化することにより二酸化珪素層が形成された後の図1aの断面を示す。“Semiconductor devices: physics and technology”, John Wiley & Sons出版, ISBN0-471-874248, 01.01 1985発行, p.341-355に記載されたプロトコルがこの目的に適用される。従って、約1.9μmの厚さのSiOを得るためには、1100℃の温度で約10時間熱酸化する必要がある。図2aに示されるように、二酸化物はシリコンの損傷部に形成され、その前面3は後退して、形成されたSiOと新たな界面5を生成する。逆に言えば、SiOの密度が低いので、SiOの外面7はシリコン部品の当初の表面を越えて延びている。図示されているこれらの境界線3,5及び7の位置は模式的であり、正確な寸法を示すものではない。図2bは二酸化珪素層が形成された後の、図1bと同じ部分の拡大断面を示す。この図から明らかなように、シリコンと形成されたSiOとの間の界面5が後退されたので、表在微小孔14は完全に消失されている。また、この図から明らかなように、微小クラック12は二酸化珪素により完全に満たされている。
【0029】
図3aは、二酸化珪素層がフッ化水素酸溶液によるエッチングにより除去された後のシリコン部品の同じ断面を示す。エッチング処理によりSiO層が除去されると、図2におけるシリコンと二酸化珪素層との間の界面に相当する境界5が新たな外面となる。酸化によりシリコンの一部が消費されるので、本発明の方法により形成されるマイクロメカニカル部品の寸法は、微細機械加工中のマイクロメカニカル部品の寸法よりも僅かに小さい。しかし、Si及びSiOの物理特性及び熱処理の特徴の知識を使用することにより、処理後の所望寸法を得るために部品をカッティングするための初期寸法を計算することができる。図3bは、二酸化珪素層2が除去された後の図1b及び図2bと同じ部分の拡大断面を示す。この図から明らかなように、二酸化珪素の“脈”が微小クラック12内部に残留している。微小クラック内部の二酸化物の浸蝕を最少にするために、二酸化珪素のストリッピングのステップは、二酸化珪素層2が除去されたら直ぐに中断することが好ましい。SiOの化学特性及びストリッピングに使用される希フッ化水素酸の化学特性の知識を使用することにより、SiO層の除去及びクラック12内の二酸化物脈の保持のための最適曝露時間を計算することができる。前記に説明したように、シリコン原子は別のシリコン原子よりも酸素原子に対して一層高い親和性を有する。これらの条件において、二酸化珪素のスレッドによる微小クラックの充填は、本発明の方法により製造されるマイクロメカニカル部品に対して優れた機械抵抗を付与することができる。
【0030】
更に、熱酸化により二酸化物層が形成された時、シリコン表面は後退する。例えば、シラン(SiH)又はTEOS(Si(OC)などを使用する別の方法で二酸化物層を形成することにより、前記マイクロメカニカル部品の収縮を防止しながら本発明の方法を実行することは理論的に可能である。
【0031】
フッ化水素酸溶液は二酸化珪素層を除去するための唯一の手段ではない。この目的を達成するのに好適と思われる全ての手段を使用できる。例えば、BHFなどを使用できる。
【0032】
更に、本発明の方法に別のステップを追加することもできる。例えば、その潤滑特性について選択された材料からなる被膜を、SiOが除去された後のシリコン表面に形成するステップを追加することもできる。当業者は、この目的に好適と思われるその他の材料を選択することができる。例えば、ダイヤモンド・ライク・カーボン(DLC)又はカーボン・ナノチューブなどを使用できる。
【0033】
以上の説明は、本発明の一実施例に関するもので、この技術分野の当業者であれば、本発明の種々の変形例を考え得るが、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。特許請求の範囲の構成要素の後に記載した括弧内の番号は、図面の部品番号に対応し、発明の容易なる理解の為に付したものであり、発明を限定的に解釈するために用いてはならない。また、同一番号でも明細書と特許請求の範囲の部品名は必ずしも同一ではない。これは上記した理由による。用語「又は」に関して、例えば「A又はB」は、「Aのみ」、「Bのみ」ならず、「AとBの両方」を選択することも含む。特に記載のない限り、装置又は手段の数は、単数か複数かを問わない。
【符号の説明】
【0034】
1 シリコンコア
2 二酸化珪素層
3 シリコンコアの当初の外面
5 形成されたSiOとの界面
7 SiOの外面
12 微小クラック
14 微小孔
【図1a】

【図1b】

【図2a】

【図2b】

【図3a】

【図3b】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の順の、
(A)シリコンウエハ内に部品又は部品のバッチを微細機械加工するステップと、
(B)自然二酸化珪素の厚さよりも少なくとも5倍超の厚さの二酸化珪素を生成するために、一ステップ又は数ステップで、前記部品の全ての外面上に二酸化珪素層を形成するステップと、
(C)エッチングにより二酸化珪素層を除去するステップと、
からなる補強シリコンマイクロメカニカル部品の製造方法。
【請求項2】
二酸化珪素層の厚さは自然二酸化珪素の厚さの少なくとも5倍超であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
900℃〜1200℃の範囲内の温度で前記部品の表面を熱酸化することにより前記二酸化珪素層が形成されることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記ステップ(A)において、微細機械加工される部品は所望の最終寸法よりも僅かに大きな寸法を有し、次いで、ステップ(B)において、900℃〜1200℃の範囲内の温度で前記部品の表面を熱酸化することにより前記二酸化珪素層を形成させることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項5】
前記二酸化珪素層を除去するステップの後に、前記部品の表面上に、結晶質シリコンの潤滑特性よりも優れた潤滑特性を有する材料の被膜を形成するステップを更に有することを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかの方法により得ることが出来ることを特徴とする時計機構内に一体化させるための補強シリコンマイクロメカニカル部品。
【請求項7】
前記部品の表面内に二酸化珪素の“脈”が存在することを特徴とする請求項6記載の部品。

【公表番号】特表2012−533441(P2012−533441A)
【公表日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−521023(P2012−521023)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【国際出願番号】PCT/EP2010/060497
【国際公開番号】WO2011/009869
【国際公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【出願人】(505264107)モントレ ブレゲ エスエー (26)
【Fターム(参考)】