説明

複合光学素子の製造方法、製造装置、及び応力除去方法

【課題】樹脂材料の光学的性質を損なわせることなく樹脂材料とガラス材料とを加熱状態で一体化させた複合光学素子の残留応力を軽減して高品質、高機能の光学素子を提供できる複合型光学素子の製造方法を提供する。
【解決手段】樹脂材料を加熱状態でガラス材料の一方の面に一体化させて複合光学素子を成形した後に応力除去工程を実行する。応力除去工程では、成形工程における複合光学素子を樹脂材料のガラス転移温度を下回る第1の冷却温度まで冷却した後に、樹脂材料に対する吸収率がガラス材料に対する吸収率よりも高い波長域の赤外光をガラス材料の他方の面から入射させて、樹脂材料のガラス材料に接する界面層を樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、第1の冷却温度よりも低い第2の冷却温度まで冷却する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明なガラス材料の一方の面に透明な熱可塑性の樹脂材料を一体化させた複合光学素子の製造方法、詳しくは、冷却過程で樹脂材料とガラス材料の収縮差によって発生する冷却歪の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透明なガラス材料の一方の面に透明な熱可塑性の樹脂材料を一体化させた複合光学素子が実用化されている。複合光学素子の例は、2枚のガラスレンズのスペーサとして樹脂材料をモールドしたもの、1枚のガラス板の片面に特殊な光学的性質を付与した樹脂材料の光導波路やプリズムをモールド成形した光学素子等である。
【0003】
特許文献1には、ガラス基材が内部に配置された成形型に対して熱可塑性の樹脂材料を射出成形して複合レンズ素子を成形する技術が開示されている。また、特許文献2には、ガラス基材に対して樹脂材料を射出成形して樹脂層を形成した後、樹脂層の外形を所望の非球面に切削して研磨することにより複合レンズ素子を製造する技術が開示されている。
【0004】
特許文献3には、上型に支持されたガラス基材を、下型に置いた溶融状態の樹脂材料に上方から押し付けて、加熱加圧することにより複合レンズ素子を圧縮成形する技術(図1参照)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−133611号公報
【特許文献2】特開平5−254862号公報
【特許文献3】特開2005−305938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜3の複合光学素子の製造方法は、いずれも樹脂材料とガラス材料とを加熱状態で一体化させた後に室温まで冷却するため、冷却過程でガラス材料と樹脂材料の両方に残留応力が発生する。一般的に、樹脂材料はガラス材料よりも熱膨張率が高く、固体化する際には収縮するため、ガラス材料に拘束された樹脂材料の内部には複雑な冷却歪が発生する。厚みのある樹脂層の内部に歪みが生じると、樹脂材料の屈折率が局所的に変化して光学素子としての性能が低下する可能性がある。
【0007】
ここで、冷却後の残留応力(又は冷却歪)を軽減するためには、ガラス材料の熱膨張率に近い熱膨張率の樹脂材料を選択することが考えられる。しかし、複合光学素子として利用できる樹脂材料は限られているため、そのような材料選択は難しい。また、添加剤を配合して固体化する際の収縮率を少なくすることも考えられる。しかし、そのような添加材は、樹脂材料の肝心な光学的性質を損なわせる可能性がある。
【0008】
このため、樹脂材料とガラス材料とを加熱状態で一体化させた複合光学素子は、光学的性能が低く、品質のばらつきも大きく、高級な光学素子や大型の光学素子には利用できなかった。
【0009】
本発明は、樹脂材料の光学的性質を損なわせることなく樹脂材料とガラス材料とを加熱状態で一体化させた複合光学素子の残留応力を軽減して高品質、高機能の光学素子を提供できる複合光学素子の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の複合光学素子の製造方法は、透明なガラス材料の一方の面に透明な熱可塑性の樹脂材料を加熱により一体化させた複合光学素子という物の製造方法である。そして、前記樹脂材料を加熱状態で前記ガラス材料の前記一方の面に一体化させて複合光学素子を成形する成形工程と、前記成形工程における前記複合光学素子を前記樹脂材料のガラス転移温度を下回る第1の冷却温度まで冷却した後に、前記樹脂材料に対する吸収率が前記ガラス材料に対する吸収率よりも高い波長域の赤外光を前記ガラス材料の他方の面から入射させて、前記樹脂材料の前記ガラス材料に接する界面層を前記樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、前記第1の冷却温度よりも低い第2の冷却温度まで冷却する応力除去工程とを有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の複合光学素子の製造方法では、赤外光の波長域を選択することで、ガラス材料をあまり加熱することなくガラス材料に接する樹脂材料の界面層を集中的に加熱して界面層の組織を応力に従って移動させる。複合光学素子全体の温度上昇を低く抑えた状態で、界面層だけを軟化させて、あたかもガラス材料と界面層の外側の樹脂材料とを界面層でスリップさせるように、ガラス材料と樹脂材料の残留応力を解除する。そして、ガラス材料と界面層の外側の樹脂材料の温度上昇が低く抑えられる結果、その後の冷却過程で発生する冷却歪はごくわずかなものとなる。
【0012】
したがって、樹脂材料の光学的性質を損なわせることなく樹脂材料とガラス材料とを加熱状態で一体化させた複合光学素子の残留応力を軽減して高品質、高機能の光学素子を提供できる。高級用途の光学素子や大型の光学素子の製造も可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】複合光学素子の製造装置の構成の説明図である。
【図2】複合光学素子の製造装置の動作の説明図である。
【図3】複合光学素子の冷却過程における樹脂層の温度制御の説明図である。
【図4】複合光学素子の別の冷却過程における樹脂層の温度制御の説明図である。
【図5】別の複合光学素子の製造装置の構成の説明図である。
【図6】樹脂材料とガラス材料の赤外線透過率の線図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。本発明は、樹脂材料のガラス材料に接する界面層が赤外光によって集中的に加熱される限りにおいて、実施形態の構成の一部または全部を、その代替的な構成で置き換えた別の実施形態でも実施できる。
【0015】
従って、樹脂材料の片面にガラス材料が配置された複合光学素子のみならず、樹脂材料の両面にガラス材料が配置された複合光学素子の製造にも利用できる。複合光学素子の具体的な適用例としては、カメラ用のレンズやプリズム、液晶プロジェクター用レンズ、レーザービームプリンターのfθレンズ、DVDやCDなどのピックアップレンズや回折光学素子、光導波路等が挙げられる。
【0016】
なお、特許文献1、2、3に示される複合光学素子や樹脂成形の一般的な事項については、図示を省略して重複する説明を省略する。
【0017】
<ガラス材料>
実施例のレンズに用いるガラス材料は格別限定されず、樹脂材料とガラス材料の複合成形に適用できる透明なガラスであれば問題ない。例えば、珪酸ガラス、硼珪酸ガラス、リン酸ガラスに代表される一般的な光学ガラス、石英ガラス、ガラスセラミックなど種々のガラス材料を用いることができる。
【0018】
ガラス基材は、本実施例の複合成形によっては形状が変わることがないため、成形する複合素子の形状に合わせて、事前に精密に製造したものを用いる。ガラス基材の形状は、外形として円形、角形、その他自由な形状を用いることができ、光学機能面として平面、球面、軸対称非球面、自由曲面等を選択することができる。ガラス基材の製造方法としては、切削加工、研削加工、研磨加工、プレス成形等が挙げられる。
【0019】
ガラス基材は、樹脂材料との密着性を向上させるため、樹脂と密着させる面に前処理をしておくことが望ましい。ガラス基材の表面の前処理は、樹脂との親和性の良い種々のシランカップリング剤によるカップリング処理が好適に用いられる。具体的なカップリング剤としては、ヘキサメチルジシラザン、メチルトリメトキシシラン、トリメチルクロロシラン、トリエチルクロロシラン等が挙げられる。
【0020】
<樹脂材料>
実施例のレンズに用いる樹脂材料は格別限定されず、樹脂材料とガラス材料の複合成形に適用できる透明な熱可塑性樹脂であれば問題ない。例えば、ポリオレフィン系樹脂や、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタラートなどを用いることができる。また、これらの樹脂に光学物性や機械物性を調整するため、他の有機物や無機物を混合していてもよい。
【0021】
<複合光学素子の製造装置>
図1は複合光学素子の製造装置の構成の説明図である。図2は複合光学素子の製造装置の動作の説明図である。
【0022】
図1に示すように、複合光学素子の製造装置100は、ガラス基材2と下型4の間に樹脂材料を投入して加熱圧縮する圧縮成形によりガラス材料と樹脂材料の複合レンズ素子を製造する。第1の支持部材の一例である上型3は、樹脂材料よりも1μm以上4μm以下の波長域の赤外光に対する吸収率が低い材料で形成されて複合光学素子のガラス材料側の面に密着する。第2の支持部材の一例である下型4は、上型3の反対側で複合光学素子に密着して上型3との間で複合光学素子を加圧する。赤外線光源の一例である赤外線ランプ8は、上型3及びガラス基材2を通じて複合光学素子の樹脂材料へ1μm以上4μm以下の波長域の赤外光を照射する。
【0023】
複合光学素子の製造装置100に使用される圧縮成形型101は、シリンダー状の胴型7内に上型3と下型4を摺動可能に配置している。ガラス基材2を受ける上型3は、赤外線を透過する材質で作られている。上型3の材質は格別限定されず、赤外線を透過し、圧縮成形の圧力に耐えられる材料であれば問題ない。例えば、ガラスやフッ化カルシウム、セレン化亜鉛、シリコン、ゲルマニウム等を用いることができる。
【0024】
上型3を保持する上板5と、下型4を保持する下板6は、温調回路111に制御された加熱装置(ヒータ)110によって任意の温度に加熱可能である。温調回路111は、胴型7に接続された温度検出素子(サーミスタ)112の出力に基づいて成形時の樹脂温度を制御する。
【0025】
駆動機構(加圧カム)120は、上板5を下方へ駆動して、上型3に保持されているガラス基材2を、下型4上で軟化した樹脂材料1に押し付けて樹脂材料を加圧延伸させる。制御部121は、下板6に備えられた荷重検出センサ122の出力に基づいて、樹脂材料を加圧延伸させる際に樹脂にかかる圧力を高精度に制御する。
【0026】
冷却装置(空冷ファン)130は、成形後に胴型7を冷却して樹脂材料1を固化させる。制御部121は、温調回路111を制御して冷却装置(空冷ファン)130を作動させる。
【0027】
成形後の冷却過程を制御して再加熱を行うために、シャッター9と赤外線ランプ8が設けられている。シャッター9と赤外線ランプ8は、制御部121によって動作を制御されている。制御部121は、赤外線ランプ8から赤外線を照射させた状態でシャッター9を開閉制御することにより、上型3を介した樹脂材料1の赤外線による加熱条件を精密に制御可能である。
【0028】
赤外線ランプは格別限定されず、赤外線を放射するものであれば問題ない。例えば、ハロゲンランプ、メタルハライドランプ、キセノンランプ、カーボンヒーター、セラミックヒーター、炭酸ガスレーザーやYAGレーザーなどの赤外線レーザーを用いることができる。
【0029】
赤外線の波長としては、ガラス基材2を透過して樹脂材料1に吸収される波長であれば問題ない。具体的には1μm〜4μmであり、望ましくは1.5μm〜3μmであり、さらに望ましくは2μm〜2.8μmである。
【0030】
赤外線照射による樹脂の温度制御は、非接触式の放射温度計を用いて赤外線ランプ8の出力にフィードバックする制御でもよい。しかし、ここでは、赤外線ランプ8の発光強度、照射時間と樹脂温度の関係を事前に計測しておき、赤外線ランプ8の発光強度と照射時間で間接的に制御している。
【0031】
なお、レーザー以外の一般的な赤外線ランプは、出射する赤外線の波長が広帯域であるため、不要な波長の可視光線や赤外線をカットするバンドパスフィルター8F(又はコールドミラー)を用いることが望ましい。
【0032】
複合光学素子の製造装置100では、ガラス基材2に入射する赤外光の波長ピークが1μm以上4μm以下の範囲である。赤外光の波長域が1μm〜4μmであるとき、図6に示すように、ガラス基材2と樹脂材料1の界面近傍の樹脂のみを選択的に加熱して、応力除去工程の効果を十分に得ることができる(図6参照)。照射する赤外線がガラス基材にはほとんど吸収されず、透明樹脂に吸収される。
【0033】
赤外線の波長が1μmより短いと、多くの透明樹脂には吸収されず透過するため、樹脂を加熱することができない。また、多少吸収される樹脂であっても、樹脂全体を加熱してしまうため、ガラス基材2に接する界面近傍の樹脂層だけを選択的に加熱することが困難である。一方、赤外線の波長が4μmより長いと、そのほとんどがガラス材料に吸収されてしまうため、ガラス基材2に接する界面近傍の樹脂層だけを加熱することが困難である。
【0034】
<成形工程>
次に、複合光学素子の製造装置100の制御方法を説明する。最初に、オペレータが圧縮成形型101内に、樹脂材料1及びガラス基材2を載置して、制御部121に複合レンズ素子の成形開始を指令入力する。制御部121は、予め設定されたプログラムに従って温調回路111、加熱装置110、冷却装置130、および駆動機構120を制御して、複合レンズ素子を製造する。
【0035】
制御部121は、温調回路111を制御して上板5下板6を加熱装置110により加熱して、樹脂材料1を樹脂材料のガラス転移温度以上である成形温度まで加熱する。成形温度は成形可能な温度で、樹脂材料が劣化しない温度であれば問題ない。成形温度の範囲としては60℃〜400℃であり、望ましくは80℃〜300℃、さらに望ましくは100℃〜250℃である。
【0036】
制御部121は、次に、駆動機構120を制御して上板5を下方へ移動させ、上型3に保持されているガラス基材2を軟化した樹脂材料1に押し付けて、図2に示すように樹脂層10を加圧延伸する。このとき樹脂材料1にかける成形圧力は、1MPa〜500MPaであり、望ましくは3MPa〜200MPaであり、さらに望ましくは5MPa〜100MPaである。また、圧力のかけ方としては、最初から成形圧力をかけても良いが、低圧力から段階的に成形圧力まで上げる方が望ましい。
【0037】
制御部121は、次に、成形圧力をかけながら上板5及び下板6を冷却装置130により冷却し、樹脂全体をガラス転移温度以下まで冷却して固化させる。
【0038】
<応力除去工程>
図3は複合光学素子の冷却過程における樹脂層の温度制御の説明図である。図2に示すように、ガラス基材2に接して充填した溶融樹脂を冷却固化させる際、樹脂材料のガラス転移温度を下回ったところで、樹脂層10の流動性が失われて形状が固定化される。その後、ガラス基材2と樹脂層10が一体となった成形体を室温まで冷却する際、ガラス基材2の収縮量に対して樹脂層10の収縮量が大きいため、樹脂層10はガラス基材2よりも小さくなろうとする。
【0039】
しかし、ガラス基材2と樹脂層10は密着しているため、ガラス基材2のガラス材料に比較してヤング率の小さい樹脂層10は、収縮が阻害されて樹脂層内部に歪みを生じる。その結果、樹脂層内部の密度差による屈折率のばらつきや、内部応力による反り変形が生じて、光学素子としての性能が悪化してしまう。
【0040】
そこで、複合光学素子の製造装置100では、ガラス基材2と下型4の間に加熱されて溶融した樹脂を充填する成形工程の後に、樹脂層の内部の歪みを解除する応力除去工程を設けている。応力除去工程では、冷却固化の際にガラス基材側から、ガラス基材2を透過して樹脂材料に吸収される波長域の赤外線により、ガラス基材2と樹脂層10の界面近傍の樹脂のみをガラス転移温度以上に加熱する。溶融樹脂全体をガラス転移温度以下まで冷却した後、ガラス基材側から赤外線を照射し、ガラス基材と樹脂層10の界面近傍の樹脂のみをガラス転移温度以上に加熱して、樹脂層内部の歪みを解除している。
【0041】
制御部121は、図2に示すように、シャッター9を駆動開放し、赤外線ランプ8から照射される赤外線を、上型3、ガラス基材2を通して樹脂層10に照射する。そして、ガラス基材2と樹脂層10の界面近傍の樹脂温度がガラス転移温度以上に達したところで、シャッター9を駆動閉鎖し、赤外線の照射を停止する。
【0042】
このときの界面近傍の樹脂温度と内側の樹脂温度の変化が図3に示される。制御部121は、図3に実線で示される界面近傍の樹脂温度はガラス転移温度を超えるが、内側の樹脂温度はガラス転移温度を超えないように複合光学素子の冷却過程を制御する。
【0043】
赤外線ランプ8の赤外線照射によってガラス転移温度以上に加熱される界面層の厚みは、10μm〜450μmであり、望ましくは20μm〜200μmであり、さらに望ましくは30μm〜100μmである。
【0044】
制御部121は、最後に、上板5を上方へ移動させて樹脂にかかる圧力を解除し、冷却装置130により胴型7の温度を室温まで低下させて、複合レンズ素子を取り出し可能な状態にする。室温まで冷却した後、オペレータは、圧縮成形型101から複合レンズ素子の成形体を取り出して複合光学素子が得られる。
【0045】
<応力除去工程の効果>
光学レンズ、プリズム、光導波路等の光学素子として、成形性、量産性から、樹脂製の素子が広く用いられている。また、樹脂材料は、無機微粒子等の他の成分を添加することにより、屈折率や分散などの光学特性を調整することが容易なため、樹脂製の素子は、特殊な光学特性が必要な色消しレンズなどに用いられている。しかし、100%樹脂製の光学素子は、温度変化による寸法変化や屈折率変化が大きく、幅広い温度範囲において使用されるカメラレンズ等の光学素子については要求性能を満たせない場合があった。
【0046】
こうした課題に対して、透明なガラス材料と透明な熱可塑性の樹脂材料とを複合することにより、樹脂材料の成形性や光学特性と、ガラス材料の寸法安定性を併せ持つ複合光学素子が提案されている。透明なガラス基材と透明な熱可塑性の樹脂成形層とが一体となった複合光学素子の成形方法が提案されている。
【0047】
しかし、加熱状態で樹脂材料とガラス材料とを一体に成形した後に室温まで冷却させると、ガラス材料と塑性材料の収縮率の差により、樹脂層内部に残留歪みを生じ、最終的な光学素子としての性能が低下する可能性がある。この点、上述した特許文献3には、ガラスと樹脂の収縮量の差によって生じる樹脂内部の歪みを改善する技術は開示されていない。
【0048】
ガラス基材と透明樹脂を複合化することにより、樹脂の成形性、光学特性とガラスの寸法安定性を併せ持つ光学素子とすることができる。このとき、素子の寸法安定性をガラスと同程度にするためには、ガラス基材と樹脂を強固に密着する必要がある。すると、複合成形の冷却工程において、ガラスと樹脂の収縮率の違いにより樹脂の収縮が阻害され、樹脂の内部に歪みが発生する。冷却固化の際にガラス基材と樹脂の収縮量の違いによって生じる内部歪みは、特にガラス基材と樹脂の界面近傍の樹脂に大きく発生している。
【0049】
これに対して、複合光学素子の製造装置100によれば、樹脂の成形性、光学特性とガラスの寸法安定性を併せ持ち、かつ樹脂の内部歪みの小さい複合光学素子を得ることができる。樹脂材料を加熱状態でガラス材料の一方の面に一体化させて複合光学素子を成形する成形工程に続いて応力除去工程を実行することにより、樹脂材料の内部歪を取り除くからである。
【0050】
応力除去工程では、成形工程における複合光学素子を樹脂材料のガラス転移温度を下回る第1の冷却温度まで冷却した後に、樹脂材料に対する吸収率がガラス材料に対する吸収率よりも高い波長域の赤外光をガラス材料の他方の面から入射させる。赤外光によって樹脂材料のガラス材料に接する界面層を樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、第1の冷却温度よりも低い第2の冷却温度まで冷却する。
【0051】
照射する赤外線は、ガラス材料にほとんど吸収されず、樹脂材料に吸収される波長域のものであるから、ガラス基材と樹脂層材料の界面近傍の樹脂層のみを選択的に加熱することができる。その後、ガラス基材と成形された樹脂層とを室温まで冷却することにより、樹脂材料の内部歪みを軽減することができる。
【0052】
特に、内部歪みの大きい界面近傍の樹脂のみをガラス転移温度以上に加熱することにより、内部歪みの小さい内側の樹脂の温度が低いまま、界面近傍の内部歪みを緩和させることができる。その後、再び冷却固化する際には、同じように収縮量の違いにより新たな内部歪みが生じるが、内側の樹脂の収縮量が小さいため、再加熱する以前のものに比べてガラス基材との収縮量差が小さく、内部歪みの小さい複合光学素子を得ることができる。
【0053】
<2回目、3回目の応力除去工程>
図4は複合光学素子の別の冷却過程における樹脂層の温度制御の説明図である。図3に示すように、複合レンズ素子の成形後の冷却過程における赤外線照射による樹脂の加熱は、一度だけでも内部歪みを小さくする効果がある。しかし、図4に示すように、応力除去工程を複数回繰り返し行って冷却温度を徐々に下げていく温度プロファイルとすることがさらに望ましい。応力除去工程を複数回、繰り返し行うことにより、より樹脂材料の内部歪みの小さい複合光学素子を得ることができる。
【0054】
ここでは、1回目の応力除去工程における複合光学素子を第2の冷却温度まで冷却した後に、再び赤外光を照射して界面層を樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、第2の冷却温度よりも低い第3の冷却温度まで冷却する。そして、2回目の応力除去工程における複合光学素子を第3の冷却温度まで冷却した後に、再び赤外光を照射して界面層を樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、第3の冷却温度よりも低い第4の冷却温度まで冷却する。
【0055】
すなわち、冷却固化の際、樹脂のガラス転移温度を下回ったところで樹脂の形状が固定化され、その後温度が下がるにしたがい樹脂の内部歪みは大きくなる。ここで、樹脂の温度を十分に下げると、内部歪みの増大に伴ってガラス基材と樹脂の界面近傍の内部歪みが樹脂の内側に拡大する。すると、その後の赤外線加熱によって界面近傍の樹脂層の内部歪みを緩和しても、樹脂の内側に内部歪みが残留してしまう。
【0056】
また、樹脂の温度がガラス転移温度を下回ってまもなく赤外線加熱により内部歪みを緩和すると、樹脂の内側の温度がまだガラス転移温度付近と高いため、その後の冷却固化による収縮で発生する歪みが大きくなる。そこで、冷却固化の際には、少し内部歪みが溜まったところで一度赤外線加熱により緩和させる。これを複数回繰り返し行うことにより、ガラス基材と樹脂の界面近傍の内部歪みを内側に拡大させることなく、樹脂の内側の温度を下げて内部歪みを緩和できる。このため、最終的に室温まで冷却したときの内部歪みをより小さくすることができる。
【0057】
<別の複合光学素子の製造装置>
図5は別の複合光学素子の製造装置の構成の説明図である。
【0058】
図5に示すように、ガラス基材と熱可塑性樹脂を一体に成形して複合光学素子を製造する方法としては、実施例1のようにガラス基材と型の間に樹脂材料を投入して加熱圧縮する圧縮成形には限られない。実施例2の複合光学素子の製造装置200は、ガラス基材2Aとガラス基材2Bの間に樹脂材料を投入して加熱圧縮する圧縮成形によりガラス材料と樹脂材料の複合レンズを製造する。
【0059】
図5に示すように、下型11及び下板12を赤外線が透過する材質とし、下板12の下方に赤外線ランプ13を備えた成形装置を用いて、ガラス基材2Aとガラス基材2Bとの間に樹脂材料を投入する。その後、上下両方の面について図1を参照して説明した同様の成形工程で成形し、図2を参照して説明した同様の応力除去工程で樹脂層の歪を除去する。これにより、ガラス基材2枚の間に樹脂が複合化された複合光学素子を得ることができる。
【0060】
なお、ガラス基材と熱可塑性樹脂を一体に成形して複合光学素子を製造する方法としては、ガラス基材を載置した射出成形型中に、溶融樹脂を射出して一体とするインサート成形も好適に用いられる。
【0061】
<実施例1>
図6は樹脂材料とガラス材料の赤外線透過率の線図である。実施例1では、図1に示す複合光学素子の製造装置100を用いて、成形工程の後、図3に示すように冷却過程を制御して、円盤状の複合成形体を成形した。そして、室温状態に冷却後、複合光学素子の屈折率分布を測定して光学性能を評価した。
【0062】
実施例1では、透明な熱可塑性の樹脂材料として、ポリオレフィン系樹脂である日本ゼオン(株)製ゼオネックスE48R[製品名](ガラス転移温度:139℃)を用いた。図1に示すように、ガラス基材2には、直径20mm、厚み3mmの両面平面の円盤状に加工した(株)オハラ製S−BSL7[製品名]を用いた。赤外線ランプ8として、コバレントマテリアル(株)製QCH−HEATER[製品名](出力120W)を用いた。図6に示すように、樹脂材料とガラス材料の赤外線透過率を考慮し、バンドパスフィルター8Fを用いて波長2.4μm〜2.6μmの赤外線を使用した。
【0063】
まず、圧縮成形型101内に樹脂材料1を0.63gとガラス基材2を載置して、樹脂材料1を180℃に加熱した。その後、上型3に310kgの荷重を負荷してガラス基材2の面に樹脂層(10:図2)を加圧延伸した。次に、荷重を負荷したまま樹脂を90℃まで冷却したところで、シャッター9を開放して赤外線を照射し、3秒間保持した後、シャッター9を閉鎖した。このとき、ガラス転移温度以上に加熱される樹脂厚みは60μmである。その後、複合光学素子を室温まで冷却して成形体を得た。
【0064】
<実施例2>
実施例1と同様に成形工程を行って複合光学素子を成形した後、応力除去工程では、赤外線照射時間を実施例1よりも長い4秒間とした。コンピュータシミュレーションによると、このとき、ガラス転移温度以上に加熱される樹脂厚みは450μmであった。実施例1のものと外観が同一の複合光学素子を成形して成形体を得た。
【0065】
<実施例3>
実施例1と同様に成形工程を行って複合光学素子を成形した後、応力除去工程では、図5に示すように冷却過程を制御した。樹脂層10を加圧延伸後、110℃まで冷却したところで赤外線を2.4秒間照射し、次いで90℃まで冷却したところで赤外線を3秒間照射し、次いで60℃まで冷却したところで赤外線を4秒間照射した。このとき、それぞれの赤外線照射によりガラス転移温度以上に加熱される樹脂厚みはコンピュータシミュレーションによると60μmである。このようにして、実施例1のものと外観が同一の複合光学素子を成形して成形体を得た。
【0066】
<比較例1>
実施例1と同様に成形工程を行って複合光学素子を成形した後、応力除去工程で赤外線照射を行わないこととした。それ以外は実施例1と同様の方法で成形して実施例1のものと外観が同一の複合光学素子を成形して成形体を得た。
【0067】
<比較例2>
実施例1と同様に成形工程を行って複合光学素子を成形した後、応力除去工程では、赤外線照射時間を実施例2よりも長い5秒間とした。このとき、ガラス転移温度以上に加熱される界面の樹脂厚みは、コンピュータシミュレーションによると、900μmとなった。それ以外は実施例1と同様の方法で成形して実施例1のものと外観が同一の複合光学素子を成形して成形体を得た。
【0068】
<成形体の計測・評価>
作製した成形体の計測・評価方法について説明する。作製した複合光学素子の成形体の屈折率分布は、干渉計を用いて成形体の光路長の分布を計測して算出する。まず、成形体を成形体の平均屈折率に合わせたマッチングオイルに浸す。次に、干渉計(ZYGO社製:GPI[製品名])を用いて、干渉計に対して、被計測物、反射ミラーの順で配置し、成形体の光路長の分布を計測する。次に、計測された光路長の分布に対して、干渉計の計測波長(632.8nm)を掛け、成形体の厚みで割ることにより成形体の屈折率分布を算出した。
【0069】
得られた結果を表1に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
表1中、屈折率分布の評価は、各成形体について、屈折率分布が1×10−4以下のものは◎、1×10−4〜2×10−4のものは○、2×10−4より大きいものは×とした。
【0072】
表1の結果から明らかなように、複合光学素子の製造装置100を用いて実施例1〜3の方法で成形した成形体は屈折率分布が小さく、樹脂材料の内部歪みが小さく成形されていることがわかる。
【0073】
したがって、応力除去工程においてガラス転移温度以上に加熱する樹脂層の厚みは、10μm以上450μm以下の範囲が好ましい。ガラス転移温度以上に加熱する樹脂の厚みが10μm以上450μm以下の範囲であるとき、より樹脂の内部歪みの小さい複合光学素子を得ることができるからである。
【0074】
これに対して、ガラス転移温度以上に加熱する樹脂の厚みが10μm未満であると、ガラス基材2の界面全体が均等にガラス転移温度になるとは限らず、樹脂の内部歪みは十分に緩和されず、応力除去工程の効果は十分に得られない。10μmの下限値は、ガラス基材2の界面の温度分布のコンピュータシミュレーション結果に基づいて定めた。
【0075】
一方、ガラス転移温度以上に加熱する樹脂層の厚みが450μmより厚いと、加熱によって樹脂の内部歪みは一旦緩和するが、その後の冷却固化の際に再び大きな内部歪みが発生する。このため、残留応力の解除効果が十分に得られない。
【0076】
<実施例4>
複合光学素子の製造方法は、複合光学素子の成形工程に引き続いて直ちに応力除去工程を行う方法には限られない。すなわち、成形工程を経て通常に室温まで冷却された複合光学素子を樹脂材料のガラス転移温度よりも少し低い温度まで加熱して応力除去工程だけを独立に実施することができる。樹脂材料のガラス転移温度を下回る温度にある複合光学素子に対して、図3又は図4に示すように、冷却過程を制御してガラス材料と樹脂材料の応力除去を行うことができる。
【0077】
応力除去工程では、上述したように、樹脂材料に対する吸収率がガラス材料に対する吸収率よりも高い波長域の赤外光を複合光学素子のガラス材料側の面から入射させる。これにより、樹脂材料のガラス材料に接する界面層を選択的に樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱することができる。そして、その後に冷却することにより、樹脂材料のガラス転移温度未満の温度に保たれた界面層の外側の樹脂材料とガラス材料の応力が除去される。
【符号の説明】
【0078】
1 樹脂材料、2 ガラス基材、3 上型、4 下型
5 上板、6 下板、7 胴型、8 赤外線ランプ
9 シャッター、10 樹脂層、11 下型、12 下板
13 赤外線ランプ、100 複合光学素子の製造装置
101 圧縮成形型、110 加熱装置、111 温調回路
112 温度検出素子、120 駆動機構、121 制御部
130 冷却装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明なガラス材料の一方の面に透明な熱可塑性の樹脂材料を加熱により一体化させた複合光学素子の製造方法において、
前記樹脂材料を加熱状態で前記ガラス材料の前記一方の面に一体化させて複合光学素子を成形する成形工程と、
前記成形工程における前記複合光学素子を前記樹脂材料のガラス転移温度を下回る第1の冷却温度まで冷却した後に、前記樹脂材料に対する吸収率が前記ガラス材料に対する吸収率よりも高い波長域の赤外光を前記ガラス材料の他方の面から入射させて、前記樹脂材料の前記ガラス材料に接する界面層を前記樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、前記第1の冷却温度よりも低い第2の冷却温度まで冷却する応力除去工程と、を有することを特徴とする複合光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記応力除去工程における前記複合光学素子を前記第2の冷却温度まで冷却した後に、再び前記波長域の赤外光を前記ガラス材料の他方の面から入射させて、前記界面層を前記樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、前記第2の冷却温度よりも低い第3の冷却温度まで冷却する2回目の応力除去工程を有することを特徴とする請求項1記載の複合光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記2回目の応力除去工程における前記複合光学素子を前記第3の冷却温度まで冷却した後に、再び前記波長域の赤外光を前記ガラス材料の他方の面から入射させて、前記界面層を前記樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に、前記第3の冷却温度よりも低い第4の冷却温度まで冷却する3回目の応力除去工程を有することを特徴とする請求項2記載の複合光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記波長域の赤外光の波長ピークが1μm以上4μm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の複合光学素子の製造方法。
【請求項5】
前記樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱される前記界面層の厚みが10μm以上450μm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の複合光学素子の製造方法。
【請求項6】
透明なガラス材料の一方の面に透明な熱可塑性の樹脂材料を加熱により一体化させた複合光学素子の製造装置において、
前記樹脂材料よりも1μm以上4μm以下の波長域の赤外光に対する吸収率が低い材料で形成されて前記複合光学素子の前記ガラス材料側の面に密着する第1の支持部材と、
前記第1の支持部材の反対側で前記複合光学素子に密着して前記第1の支持部材との間で前記複合光学素子を加圧する第2の支持部材と、
前記第1の支持部材及び前記ガラス材料を通じて前記複合光学素子の前記樹脂材料へ1μm以上4μm以下の波長域の赤外光を照射する赤外線光源と、を有することを特徴とする複合光学素子の製造装置。
【請求項7】
透明なガラス材料の一方の面に透明な熱可塑性の樹脂材料を加熱により一体化させた複合光学素子の応力除去方法において、
前記樹脂材料のガラス転移温度を下回る温度にある前記複合光学素子に対して、前記樹脂材料に対する吸収率が前記ガラス材料に対する吸収率よりも高い波長域の赤外光を前記複合光学素子の前記ガラス材料側の面から入射させて、前記樹脂材料の前記ガラス材料に接する界面層を選択的に前記樹脂材料のガラス転移温度以上の温度に加熱した後に冷却することにより、前記樹脂材料のガラス転移温度未満の温度に保たれた前記界面層の外側の前記樹脂材料と前記ガラス材料の応力が除去されることを特徴とする複合光学素子の応力除去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−101417(P2012−101417A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−250905(P2010−250905)
【出願日】平成22年11月9日(2010.11.9)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】