説明

複合分析用基板、及びその製造方法、並びに分析方法

【課題】分析試料を担持して分析試料中の標的物質の分光分析及び質量分析を行うための複合分析用基板を提供する。
【解決手段】、第一の水溶性分子で表面処理された導電性透明基板と、前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子で被覆され、かつ、前記第一の水溶性分子と第二の水溶性分子との相互作用により前記導電性透明基板上に固定された金属ナノロッド複合体と、この金属ナノロッド複合体に保持され、標的物質のイオン化を促進する表面修飾剤とを備えている複合分析用基板及びその製造方法、並びにこの複合分析用基板を用いた分析方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、標的物質を担持して分光分析と質量分析の両分析を行うための複合分析用基板に係り、特に、局在表面プラズモン共鳴(Localized Surface Plasmon Resonance:LSPR)を利用した分光分析(LSPR分光分析)と、表面支援レーザー脱離イオン化質量分析(Surface Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectroscopy:SALDI-MS)(SALDI質量分析)とにおいて、金属ナノロッドを前記LSPR分光分析のマーカーとして用いると共に前記SALDI質量分析の支援物質として用いる複合分析用基板及びその製造方法、並びに、この複合分析用基板を用いて分光分析と質量分析を行う分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インフルエンザウイルスの検出、妊娠検査等を始めとして、各種の遺伝病、各種の癌、感染症、生活習慣病等の診断、治療方針の決定、治療後の予後管理等の医療を目的に、あるいは、環境規制物質の検査や麻薬等の薬物検査等の環境保護や犯罪取締を目的に、遺伝子、各種のタンパク質、ペプチド、多糖類等の種々の生体関連物質や種々の化学物質(標的物質)の検出が頻繁に行われるようになり、その手段の一つとして、金属微粒子をマーカーとするLSPR分光分析が知られており、特に金ナノロッドのLSPRをセンシング技術に応用する技術も多数提案されている(例えば、非特許文献1〜6及び特許文献1、2参照)。
【0003】
一方、質量分析(MS)は、分析試料中の標的物質をイオン化して質量別に分離し、分子量の測定、及び解離生成物(フラグメントイオン)による構造解析を可能とする分析法であり、標的物質をイオン化し、質量(m)とそのイオンの価数(z)の商(m/z)の差により分離・検出を行うものであって、その検出感度や選択性が高く、多くの分野で種々の標的物質の定性や同定等を目的に、幅広く利用されている。そして、このような質量分析の標的物質をイオン化する手法として、分析試料中の標的物質にレーザー光を照射してこの標的物質をイオン化するレーザー脱離イオン化法(Laser Desorption/Ionization:LDI)がある。LDI法によりイオン化されたイオンは、飛行時間型(Time-of-Flight, TOF)等の質量分離部を通ることによってm/zの差で分離され、検出器で観測される。また、検出された時の分子イオン濃度によってピークに強度が現れる。得られた質量スペクトルを解析することで測定対象とする試料分子の構造解析が行える(LDI-MS)。
【0004】
しかるに、このLDI−MSにおいても、標的物質の種類によっては効率的なイオン化ができない場合があり、この点の改善を目的に様々な改良方法が提案されており、その一つとしてSALDI質量分析がある。そして、このSALDI質量分析については、例えば、サブミクロンオーダーの多孔質層を備えたポーラスシリコンプレートを分析用基板として用いる方法(特許文献3及び非特許文献7)、ワイヤ状金属、樹枝状金属、花弁状金属等からなる金属層を備えた分析用基板を用いる方法(特許文献4)、TiO2、ZnO、SnO2、ZrO2等の金属酸化物からなる膜又は金属酸化物微粒子を備えた分析用基板を用いる方法(特許文献5)、ナノサイズの金属又は金属酸化物微粒子を備えた分析用基板を用いる方法(特許文献6)等が提案されているほか、基材上にFe、Co、及びCuから選ばれた1種又は2種以上の金属の酸化物からなる金属酸化物層が設けられた分析用基板を用いる方法(特許文献7)や基材上にコバルト等の金属微粒子を塗布した分析用基板を用いる方法(特許文献8)等が提案されている。更に、基板上に配置した複数の金属微粒子を、飛散防止膜で被覆した分析用基板を用いる方法(特許文献9)等が提案されている。
【0005】
しかしながら、上記のLSPR分光分析は、そのいずれも、あくまでも分析試料(検体)中に標的物質が存在する可能性があるか否かのスクリーニングテストを目的とする簡易分析法であり、このLSPR分光分析により陽性が疑われる分析試料が見つけ出された場合には、この陽性が疑われた分析試料について、改めて質量分析等によってより正確な標的物質の定性分析を行い、標的物質の同定を行うことが必要である。このため、このLSPR分光分析については、多数の分析試料を効率良く短時間で実施できることが求められており、検査素子及び標識用試薬を備えた検査キットの形態や、基板上にLSPRのマーカーとしての金ナノロッドを固定化すると共に標的物質の捕捉物質を修飾した分析用チップの形態で提供することも提案されている(特許文献1及び2参照)。
【0006】
また、上記のSALDI質量分析においても、事情は上記のLSPR分光分析の場合と変わりなく、多数の分析試料を効率良く短時間で実施できることが求められている。しかしながら、このSALDI質量分析とLSPR分光分析とは、その分析原理が全く異なるものであり、LSPR分光分析で用いた分析用基板をそのままSALDI質量分析の分析用基板として用いることができず、LSPR分光分析により陽性が疑われた分析試料についてSALDI質量分析を行う際には、改めてSALDI質量分析のための分析試料を調製し、この新たに調製された分析試料をSALDI質量分析のための分析用基板に担持させる必要があり、LSPR分光分析用とSALDI質量分析用とで、それぞれ別個の分析用基板を用意しなければならないほか、分析試料についても重複して調製しなければならない。
【0007】
ところで、非特許文献8には、金ナノロッドを用いてLSPR−LDI−MS分析を行うことが報告されており、セチルトリメチルアンモニウムブロマイド(cethyltrimethylammonium brimide:CTAB)で処理された金ナノロッドの分散液を溶液状態のまま用いてLSPR分光分析を行い、また、4-アミノチオフェノール(4-aminothiophenol:4‐ATP)で処理された金ナノロッドの分散液をサンプル基板上に滴下して乾燥させ、このサンプル基板上に形成されたサンプルスポットを用いてLDI−MSを行うことが記載されている。
【0008】
しかしながら、この非特許文献8においては、金ナノロッドをLSPRのマーカーとしてLSPR分光分析を行う際には溶液中での分散性に優れたCTAB処理金ナノロッドの分散液を用いる必要があり、また、金ナノロッドを支援物質としてLDI−MSを行う際には、CTAB処理金ナノロッドを質量分析に適した4‐ATP処理金ナノロッドに変換してこの4‐ATP処理金ナノロッドの分散液を調製し、調製された4‐ATP処理金ナノロッドの分散液をサンプル基板上に滴下し乾燥させてサンプルスポットを調製する必要がある。このため、分光分析と質量分析のたびにそれぞれ各分析に適したCTAB処理金ナノロッドや4‐ATP処理金ナノロッドを準備し、また、LSPR分光分析用の分析試料とSALDI質量分析用の分析試料とを別個に重複して用意しなければならず、これらの分析に多大な手間を要し、多数の分析試料を効率良く短時間で分析するという時代の要請に応えられるものではなく、分析試料として検体を重複して提供する被験者にとっても多大なストレスの原因になる。
【0009】
なお、金ナノロッドや銀ナノロッドの合成方法としては、例えば特許文献10〜14や非特許文献9〜14等、これまでに多くの報告がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009-150,708号公報
【特許文献2】特開2009-265,062号公報
【特許文献3】米国特許第6,288,390号公報
【特許文献4】特開2008-107,209号公報
【特許文献5】米国特許第7,122,792号公報
【特許文献6】特開2008-204,654号公報
【特許文献7】特開2010-151,727号公報
【特許文献8】特開昭62-284,256号公報
【特許文献9】特開2010-066,060号公報
【特許文献10】特開2005-068,447号公報
【特許文献11】特開2005-097,718号公報
【特許文献12】特開2005-298,891号公報
【特許文献13】特開2006-118,036号公報
【特許文献14】特開2006-169,544号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】I. Pastoriza-Santos, J. Perez-Juste, L. M. Liz-Marzan, Chem.Mater., 18, p2465(2006)
【非特許文献2】A. Gole, C. J. Murphy, Chem. Mater., 17, p1325(2005)
【非特許文献3】N. J. Durr, T. Larson, D. K. Smith, B. A. Korgel, K. Sokolov, A. Ben-Yakar, Nano Letters, 7, p941(2007)
【非特許文献4】A. Gole, C. J. Murphy, Langmuir, 21, p10756(2005)
【非特許文献5】K. M. Mayer, S. Lee, H. Liao, B. C. Rostro, A. Fuentes, P. T. Scully, C. L. Nehl, J. H. Hafner, ACS NANO, (2008)
【非特許文献6】S. M. Marinakos, S. Chen, A. Chilkoti, Anal. Chem., 79, p5278(2007)
【非特許文献7】Wei, J. Buriak, J. Siuzdak, Nature 1999, 401, 243.
【非特許文献8】Edward T. Castellana, Roberto C. Gamez, Mario E. Gomez, and David H. Russell, Langmuir 2010, 26(8), pp6066-6070
【非特許文献9】Y-Y. Yu, S-S. Chang, C-L. Lee, C. R. C. Wang, J. Phys. Chem. B, 101, p6661 (1997)
【非特許文献10】S-S. Chang, C-W. Shih, C-D. Chen, W-C. Lai, C. R. C. Wang, Langmuir, 15, 701 (1997)
【非特許文献11】N. R. Jana, L. Gearheart, C. J. Murphy, J. Phys. Chem. B, 105, p4065 (2001)
【非特許文献12】F. Kim, J. H. Song, P. Yang, J. Am. Chem. Soc., 124, p14316 (2002)
【非特許文献13】Y. Niidome, K. Nishioka, H. Kawasaki, S. Yamada, Chem. Commun., p2376 (2003)
【非特許文献14】N. R. Jana, L. Gearheart, C. J. Murphy, Chem. Commun., p617 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明者らは、分析用基板に分析試料を担持させて得られた同じ試料基板を用いてLSPR分光分析とSALDI質量分析とを行うことができ、これによって分析用基板や分析試料を重複して調製する必要がないほか、分析試料を担持した試料基板の調製も1回で済み、分光分析と質量分析を行う際の手間を顕著に軽減できる複合分析用基板の開発について鋭意検討した結果、意外なことには、導電性透明基板上に金属ナノロッドを均一に分散させた状態で固定し、その後にこの金属ナノロッドに標的物質のイオン化を促進する表面修飾剤を保持させることにより、分光分析と質量分析の両分析を行うことができる複合分析用基板を調製できることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
従って、本発明の目的は、分析試料を担持させて分光分析と質量分析の両分析を行うことができる複合分析用基板を提供することにある。
【0014】
また、本発明の他の目的は、このような分析試料を担持させて分光分析と質量分析の両分析を行うことができる複合分析用基板を製造するための複合分析用基板の製造方法を提供することにある。
【0015】
更に、本発明の目的は、このような分光分析と質量分析の両分析を行うことができる複合分析用基板に分析試料を担持させ、分光分析と質量分析の両分析を行う分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち、本発明は、分析試料を担持して分析試料中の標的物質の分光分析及び質量分析を行うための複合分析用基板であり、
第一の水溶性分子で表面処理された導電性透明基板と、前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子で被覆され、かつ、前記第一の水溶性分子と第二の水溶性分子との相互作用により前記導電性透明基板上に固定された金属ナノロッド複合体と、この金属ナノロッド複合体に保持され、標的物質のイオン化を促進する4‐アミノチオフェノール等の表面処理剤とを備えていることを特徴とする複合分析用基板である。
【0017】
また、本発明は、分析試料を担持して分析試料中の標的物質の分光分析及び質量分析を行うための複合分析用基板を製造する方法であり、
(A)導電性透明基板を第一の水溶性分子で表面処理して表面処理基板を調製する工程と、
(B)金属ナノロッドの分散液中に前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子を添加し、この第二の水溶性分子で金属ナノロッドを被覆して金属ナノロッド複合体を形成する工程と、
(C)前記表面処理基板と金属ナノロッド複合体とを接触させることにより表面処理基板に金属ナノロッド複合体を固定させた金属ナノロッド固定化基板を調製する工程と、
(D)前記C工程で得られた金属ナノロッド固定化基板に表面修飾剤を接触させてこの表面修飾剤を保持した分析用基板を調製する工程と
を有することを特徴とする複合分析用基板の製造方法である。
【0018】
更に、本発明は、上記の複合分析用基板を用いて分析試料中の標的物質を分析する方法であり、前記複合分析用基板に分析試料を担持させて試料基板を調製し、この試料基板の分光分析で得られた吸収スペクトルから分析試料中に標的物質が存在するか否かのスクリーニングを行い、次いで、同じ試料基板を用いて行われた質量分析の質量スペクトルから前記分析試料中の標的物質の定性を行うことを特徴とする分析方法である。
【0019】
本発明において、前記導電性透明基板は、少なくとも金属ナノロッドが固定される表面が第一の水溶性分子で表面処理されていることが必要であり、また、上記の金属ナノロッドは、前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子で被覆されていることが必要である。
【0020】
ここで、本発明で用いる導電性透明基板の素材については、分光分析を行う上で必要な透明性を有すると共に、質量分析を行う上で必要な導電性を有するものであればよく、例えば、ITO(indium-tin oxide)、IZO(indium-zinc oxide)、AZO(aluminum-zinc oxide)、GZO(gallium-zinc oxide)、TO(tin oxide)、IO(indium oxide)等の金属酸化物を挙げることができ、また、熱伝導率が比較的小さくて質量分析の際にレーザーからのエネルギーが散逸し難く、比較的低いレーザーエネルギーで分析できるという観点から、好ましくはITO、IZO、TO等である。特にITOは抵抗率が低く好ましい。また、この導電性透明基板の形状についても、分光分析及び質量分析を行うことができる形状であれば特に制限はなく、表面全体が平滑な平板状であっても、また、表面に分析試料を滴下するための適宜の断面形状(例えば、縦小括弧の括弧閉じ形状、縦大括弧の括弧閉じ形状、縦亀甲括弧の括弧閉じ形状、縦山括弧の括弧閉じ形状等の形状)を有する1つ又は複数の凹部(ウェル)を備えたものであってもよい。
【0021】
また、本発明で用いる金属ナノロッドとしては、LSPR分光分析を行う必要からLSPRが発生し得るナノ(nano)サイズの金属粒子であり、その種類については、例えば、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、白金(Pt)、アルミニウム(Al)、及びこれらの合金等を挙げることができ、その長軸の長さが400nm以下、好ましくは200nm以下であって、アスペクト比が1より大きいロッド形状であるのがよく、具体的には、LSPRの最大吸収波長が700〜2000nmの範囲内にあるアスペクト比の金属ナノロッドが用いられる。長軸長さについては、400nmを超えて長くなると、沈降し易くなる傾向があり、基板に金属ナノロッドを吸着させる工程において吸着時間の確保が難しくなる。金属ナノロッドとしては、金ナノロッドが好ましい。金ナノロッドを基板上に固定化した場合、化学的に安定で、酸化され難い。また、金ナノロッドは、表面修飾剤のチオール基と共有結合を形成するため、効果的に表面修飾剤を金ナノロッド複合体中に保持することが可能となる。
【0022】
そして、前記導電性透明基板を表面処理する第一の水溶性分子と前記金属ナノロッドを被覆する第二の水溶性分子とは、互いに結合するために必要な相互作用を有するものであればよく、例えば、アニオン性分子、カチオン性分子、水素結合性分子等を挙げることができ、そして、第一の水溶性分子としてアニオン性分子(カチオン性分子)を用いた場合には、第二の水溶性分子としてカチオン性分子(アニオン性分子)を用いることにより、静電気的に導電性透明基板上に金属ナノロッドを固定化することができ、また、第一の水溶性分子と第二の水溶性分子としてそれぞれ水素結合性分子を用いた場合には、水素結合を介して導電性透明基板上に金属ナノロッドを固定化することができる。
【0023】
ここで、前記アニオン性分子としては、例えば、ポリスチレンスルホネート(PSS)、ポリアクリル酸、ポリカルボン酸、ポリリン酸等のアニオン性高分子等やドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、コール酸、アスコルビン酸、クエン酸等のアニオン性低分子を例示することができ、また、前記カチオン性分子としては、例えば、ポリアリルアミンハイドロクロライド(PAH)、ポリアミノ酸等のカチオン性高分子等や3-アミノプロピルトリエトキシシラン(3-aminopropyltriethoxysilane;APTES)、Poly(diallyldimethylammonium chloride) (PDDA) 、CTAB、セチルトリメチルアンモニウムクロライド(cethyltrimethylammonium chloride : CTAC)、2-アミノエタンチオールハイドロクロライド(2-AET)、4-アミノブタンチオールハイドロクロライド、6-アミノヘキサンチオールハイドロクロライド等のカチオン性低分子等を例示することができ、更に、前記水素結合性分子としては、核酸(DNA、RNA)、糖質(セルロース、デンプン)、タンパク質(酵素、ペプチド)等を例示することができる。
【0024】
本発明においては、第一の水溶性分子で表面処理された導電性透明基板上に固定され、第二の水溶性分子で被覆された金属ナノロッド(金属ナノロッド複合体)については、SALDI質量分析を行う上で、標的物質のイオン化を促進する作用又は機能を有する表面修飾剤が保持されていることが必要であり、この目的で使用される表面修飾剤としては、金ナノロッド表面に大量に吸着するとイオン化を阻害する可能性があるCTABを置換除去できる化合物であれば、幅広く利用可能であり、例えばR−SH(R:炭化水素、SH:チオール基)で示されるような、金属ナノロッドに吸着する官能基がチオール基である化合物が好適に利用可能である。このR-SH化合物において、炭化水素Rとしては、プロトンを供給し得る官能基、例えばアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基を有する化合物が好ましい。具体的には、4‐アミノチオフェノール(4-ATP)、2−アミノチオフェノール(2-ATP)、6-アミノ-1-ヘキサンチオール、6-カルボキシ-1-ヘキサンチオール、6-ヒドロキシ-1-ヘキサンチオール等を挙げることができる。金属ナノロッドの金属種が金の場合の表面修飾剤としては、好ましくは4‐アミノチオフェノールであり、チオール基にて金ナノロッド表面に共有結合を形成して、金ナノロッド表面に静電気的に吸着し残存しているCTABを排除する効果が得られ、質量分析でノイズの原因となるCTABを低減することが可能となり、金ナノロッド近傍の標的物質のイオン化を効果的に促進することが可能となるばかりでなく、さらにプロトンを供給するアミノ基は金ナノロッドの合成で使用するCTABと同じ電荷であるため金ナノロッド同士の凝集を防止することが可能となる。
【0025】
これらの表面修飾剤については、上記チオール基を有する表面修飾剤の他に、質量分析のイオン化において、分析試料へのプロトン付加及び/又はナトリウムイオン付加の目的で使用されるプロトン供給能やナトリウムイオン供給能を有するイオン化補助剤を使用してもよい。例えば、プロトン供給能を有するイオン化補助剤としては、トリフルオロ酢酸、クエン酸、クエン酸二水素一アンモニウム、クエン酸一水素二アンモニウム、クエン酸三アンモニウム、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、シュウ酸、ケイ皮酸、ジグリコール酸、セバシン酸等が挙げられる。また、ナトリウムイオン供給能を有するイオン化補助剤としては、トリフルオロ酢酸ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、クエン酸二水素一ナトリウム、クエン酸一水素二ナトリウム、酒石酸一水素一ナトリウム、コハク酸一水素一ナトリウム、クエン酸三ナトリウム、酒石酸二ナトリウム、コハク酸二ナトリウムなどが挙げられる。これらは、異なる種類のものを2以上混合して用いてもよい。
【0026】
本発明において、前記導電性透明基板上に固定された金属ナノロッド複合体には、必要により、前記表面修飾剤と共に、分析試料中の標的物質と結合して分析試料中の標的物質を捕捉する捕捉物質が付着されていてもよい。この目的で用いられる捕捉物質としては、標的物質と特異的に結合する物質であれば幅広く利用可能であり、具体的には、例えば、標的物質がビチオン又はビチオン標識化物質である場合にはアビジンが使用され、また、標的物質が抗原又は抗原標識物質である場合には抗体が用いられ、またアプタマーなどの生体分子認識分子も利用可能である。標的物質と特異的に結合する物質は、金属ナノロッドに吸着した状態が好ましい。標的物質が補足物質と相互作用した際に、金属ナノロッドが近傍に存在すると、金属ナノロッドの吸収波長シフトが明確となる。
【0027】
そして、本発明の複合分析用基板は、基本的には以下の工程により製造される。すなわち、前記導電性透明基板を第一の水溶性分子で表面処理して表面処理基板を調製するA工程と、前記金属ナノロッドの分散液中に前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子を添加し、この第二の水溶性分子で金属ナノロッドを被覆して金属ナノロッド複合体を形成するB工程と、前記表面処理基板と金属ナノロッド複合体とを接触させることにより表面処理基板に金属ナノロッド複合体を固定化させた金属ナノロッド固定化基板を調製するC工程と、前記C工程で得られた金属ナノロッド固定化基板に標的物質のイオン化を促進する表面修飾剤を接触させ、この表面修飾剤を保持した分析用基板を調製するD工程とを経て製造され、更に、必要により、前記D工程で得られた分析用基板を更に標的物質と結合してこの標的物質を捕捉するための捕捉物質と接触させ、捕捉物質を保持した分析用基板を調製するE工程や前記D工程で得られた分析用基板にイオン化を更に促進させる目的でチオール基を含まないイオン化補助剤を添加するF工程を経て製造される。
【0028】
ここで、上記のA工程においては、導電性透明基板を第一の水溶性分子で表面処理し、導電性透明基板の表面の少なくとも金属ナノロッドが固定される部分に第一の水溶性分子を付着させ、あるいは、吸着させ、若しくは化学的に結合させればよく、通常、第一の水溶性分子の溶液を調製し、この調製された溶液を用いて、浸漬、刷毛塗りや噴霧等の塗布等の適当な手段で導電性透明基板の表面を処理すればよい。例えば、第一の水溶性分子がAPTES(水溶性低分子)である場合には、APTES濃度0.1〜10wt%の2-プロパノール溶液中に導電性透明基板を浸漬して取り出し、次いで水で洗浄した後に常温で乾燥させることにより、APTES吸着-導電性透明基板が得られる。また、第一の水溶性分子がPAH(カチオン性高分子)である場合には、好ましくは重量平均分子量1000〜100000のPAHを用い、PAH濃度0.1〜10mg/mlのPAH水溶液中に導電性透明基板を浸漬して取り出し、次いで水で洗浄した後に常温で乾燥させることにより、PAH吸着-導電性透明基板が得られる。
【0029】
また、上記のB工程については、前記第二の水溶性分子で金属ナノロッドを被覆することができればよく、例えば、金属ナノロッド水分散液と第二の水溶性分子水溶液を混合する方法等を例示することができる。
【0030】
ここで、具体的には、例えば金属ナノロッドが金ナノロッドであって、第二の水溶性分子として上記の第一の水溶性分子であるAPTES(水溶性低分子)に対して静電気的な相互作用を有するPSS(アニオン性高分子)を用いた場合を例にして説明すると、具体的には、以下に示す方法により行うことができる。
【0031】
すなわち、先ず、カチオン性界面活性剤である4級アンモニウム塩〔CH3(CH2)n+(CH3)3Br-(nは1〜15の整数)〕が溶解した水溶液中で金イオンを還元して金ナノロッドを合成する。金ナノロッドや銀ナノロッドの合成方法としては、例えば、特許文献10〜14や非特許文献9〜14等に記載の金ナノロッドや銀ナノロッドの合成方法で、4級アンモニウム塩としてn=15のヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)を用い、このCTAB溶液中で金イオンや銀イオンを各種還元方法で還元すると、生成したナノロッドの表面にCTABが吸着し、ナノロッドが水中に安定に分散したCTAB吸着-金ナノロッド水分散液やCTAB吸着-銀ナノロッドが得られる。
【0032】
このCTAB吸着-金ナノロッド水分散液については、好ましくは、遠心分離して上澄みを除去した後に水を添加して再分散させる洗浄操作を通常1〜3回程度繰り返して行い、CTAB吸着-金ナノロッド水分散液に含まれている余剰なCTABを除去するがよい。この洗浄操作によりCTABを過剰に除去すると金ナノロッドが凝集して水に再分散しなくなる。
【0033】
次に、このようにして調製したCTAB吸着-金ナノロッド水分散液中に、好ましくは重量平均分子量200000以下、より好ましくは1000〜100000のPSSを添加して攪拌すると、負の電荷を持つPSSは正電荷のCTABで被覆されているCTAB吸着-金ナノロッドの表面に静電気的に吸着し、PSSで被覆された金ナノロッド(PSS‐NR)の水分散液(PSS-NR水分散液)が得られる。ここで、PSSの添加量については、金含有率0.1mg/mlのCTAB吸着-金ナノロッド水分散液に対して、通常0.1mg/ml以上100mg/ml以下、好ましくは1mg/ml以上10mg/ml以下であるのがよく、このPSSの添加量が0.1mg/mlより少ないと、金ナノロッド表面への処理量が不足して金ナノロッドの凝集が発生し、反対に、PSSの添加量が100mg/mlより多いと、金ナノロッドに吸着しないPSSの余剰分が発生し、コスト的に不利である。
【0034】
更に、上記のC工程については、前記導電性透明基板側の第一の水溶性分子と前記金属ナノロッド側の第二の水溶性分子との相互作用により透明導電性基板に金属ナノロッドを固定するものであるから、これら第一の水溶性分子で表面処理された導電性透明基板と第二の水溶性分子で被覆された金属ナノロッド複合体とを互いに接触させることができればよく、例えば、第二の水溶性分子で被覆された金属ナノロッド複合体の分散液を調製し、この調製された分散液を用いて、浸漬、刷毛塗りや噴霧等の塗布等の適当な手段で接触させればよい。例えば、上記のA工程で得られたAPTES吸着-導電性透明基板の表面に上記のB工程で得られた金ナノロッド(PSS‐NR)を固定させるためには、単純にB工程で得られたPSS-NR水分散液中にA工程で得られたPAH吸着-導電性透明基板を浸漬し、次いで水洗し乾燥すればよく、これによってPAH吸着-導電性透明基板の表面に均一に金ナノロッド(PSS‐NR)が固定された金ナノロッド固定化基板(金属ナノロッド固定化基板)が得られる。
【0035】
更にまた、上記のD工程については、以上のようにして調製された金属ナノロッド固定化基板の金属ナノロッド複合体に表面修飾剤を吸着させることができればよく、例えば、予め表面修飾剤を適当な溶剤に溶解して表面修飾剤溶液を調製し、この調製された表面修飾剤溶液中に金属ナノロッド固定化基板を浸漬してもよく、また、金属ナノロッド固定化基板上に表面修飾剤溶液を刷毛塗り、噴霧等の手段で塗布してもよい。このD工程により、金属ナノロッド固定化基板の金属ナノロッド複合体に表面修飾剤が保持された分析用基板(複合分析用基板)が得られる。
【0036】
ここで、前記表面修飾剤溶液を調製するために使用される溶剤については、使用する表面修飾剤の種類や、金属ナノロッドを導電性透明基板上に固定する第一及び第二の水溶性分子の種類等に応じて適宜選択されるものであり、例えば、水のほか、メタノール、エタノール、プロパノール、2-プロパノール、ブタノール、ダイアセトンアルコール等のアルコール類、アセトン、2-ブタノン、アセチルアセトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)等のエーテル類、ヘキサン、石油エーテル等の脂肪族系炭化水素類、クロロホルム、塩化メチレン、クロロベンゼン等の脂肪族系及び芳香族系ハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエン等の芳香族系炭化水素類等を挙げることができ、これらを単独で又は2種以上の混合溶液として用いることができる。
【0037】
また、本発明においては、必要により、更に上記のE工程により、上記のD工程で得られた分析用基板の金属ナノロッド複合体に、標的物質を捕捉するための捕捉物質を接触させてこの捕捉物質が保持された分析用基板(複合分析用基板)を調製するが、この際の捕捉物質を接触させる方法についても特に制限はなく、例えば、予め前記捕捉物質が溶解した捕捉物質溶液を調製し、この調製された捕捉物質溶液中にD工程で得られた分析用基板を浸漬してもよく、また、D工程で得られた分析用基板上に前記捕捉物質溶液を刷毛塗り、噴霧等の手段で塗布してもよく、これによって金属ナノロッド固定化基板の金属ナノロッド複合体に表面修飾剤と共に捕捉物質が保持された分析用基板(複合分析用基板)が得られる。
【0038】
また、本発明においては、必要により、更に上記のF工程により、上記のD工程で得られた分析用基板の金属ナノロッド複合体に、質量分析のイオン化において、分析試料へのプロトン付加および/またはナトリウムイオン付加の目的で使用されるプロトン供給能やナトリウムイオン供給能を有する化合物を接触させてこの化合物が保持された分析用基板(複合分析用基板)を調製するが、この際の化合物を接触させる方法についても特に制限はなく、例えば、予め前記化合物が溶解した溶液を調製し、この調製された溶液をD工程で得られた分析用基板に滴下、噴霧等の手段で塗布すればよく、これによって金属ナノロッド固定化基板の金属ナノロッド複合体に表面修飾剤と共にプロトン供給能、及び/又は、ナトリウムイオン供給能を有する化合物が保持された分析用基板(複合分析用基板)が得られる。
【0039】
そして、以上のようにして得られた複合分析用基板を用いてLSPR分光分析とSALDI質量分析の両分析を行う際には、先ず、複合分析用基板に分析試料を担持させて試料基板を調製し、この調製された試料基板を用いて、それぞれ定法に従ってLSPR分光分析とSALDI質量分析とを行えばよい。この試料基板のLSPR分光分析で得られた吸収スペクトルを基に分析試料中に標的物質が存在するか否かを判定し(スクリーニングテスト)、もし分析試料中に標的物質が存在する可能性が認められたら、引き続き同じ試料基板を用いてSALDI質量分析を行い、得られた質量スペクトルから前記分析試料中の標的物質の定性を行う。
【0040】
また、本発明の分析方法においては、上記F工程に示されるように、必要により、前記質量分析の際に、試料基板上に担持された分析試料に、レーザー照射により標的物質にプロトン及び/又はカチオンを供給するイオン化補助剤を添加してもよく、これによって、SALDI質量分析においてより高い検出感度を得ることができる。例えば、生体関連物質の一種であるアンギオテンシンI(angiotensin I)の場合、イオン化補助剤としてトリフルオロ酢酸(CF3COOH)を用いた実験では、実用的な検出感度であるfmolオーダー(1fmol=0.001pmol)で分析することができるのは勿論、amolオーダー(1amol=0.001fmol)でも分析可能である。
【発明の効果】
【0041】
本発明の複合分析用基板によれば、分析用基板に分析試料を担持させて得られた同じ試料基板を用いて、LSPR分光分析とSALDI質量分析とを連続して行うことができ、これによって分析用基板や分析試料を重複して調製する必要がないほか、分析試料を担持した試料基板の調製も1回で済み、分光分析と質量分析を行う際の手間を顕著に軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】図1は、本発明の実施例1に係る複合分析用基板を用い、アンギオテンシンIについて測定されたLSPR分光分析の吸収スペクトル(a)〜(e)を示すグラフ図である。
【0043】
【図2】図2は、本発明の実施例1に係る複合分析用基板を用い、アンギオテンシンI溶液100μLを滴下した際に測定されたアンギオテンシンIの担持濃度に対するLSPRバンドのシフト量を示すグラフ図である。
【0044】
【図3】図3は、本発明の実施例1に係る複合分析用基板を用い、アンギオテンシンIについて測定されたSALDI質量分析の質量スペクトル(a)〜(f)を示すグラフ図である。
【0045】
【図4】図4は、本発明の実施例2に係る複合分析用基板(試料基板a)について測定されたSALDI質量分析の質量スペクトルを示すグラフ図である。
【0046】
【図5】図5は、本発明の実施例2に係る試料基板b〜eについて測定されたSALDI質量分析の質量スペクトルを示すグラフ図である。
【0047】
【図6】図6は、本発明の実施例2に係る試料基板f〜kについて測定されたSALDI質量分析の質量スペクトルを示すグラフ図である。
【0048】
【図7】図7は、本発明の実施例2に係る試料基板l〜oについて測定されたSALDI質量分析の質量スペクトルを示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、実施例及び試験例に基づいて、本発明の好適な実施の形態をより詳細に説明する。
【0050】
〔実施例1〕
〔金ナノロッド水分散液の調製〕
400mMのCTAB水溶液中で合成された金ナノロッド水分散液1ml(金含有量0.3mg/ml)を遠沈管に入れ、15000(×g)の相対遠心加速度(遠心加速度を地球の重力加速度で除したもの)で10分間遠心分離して金ナノロッドを遠沈管の底に沈降させ、CTABを含む上澄み液を除去した。沈降した金ナノロッドに水を添加して再分散させ、金ナノロッド水分散液1mlを得た。この操作を2回繰り返し、余剰のCTABを除去した金ナノロッド水分散液1mlを得た(NR水分散液、金含有量0.3mg/ml)。
【0051】
〔APTES修飾ITO基板の調製(A工程)〕
75mm×25mm×0.9mmの大きさのITO基板を25wt%-アンモニア水−30wt%-過酸化水素水の1:1(v/v)溶液中還流温度下で親水処理し、得られた親水化ITO基板を3-アミノプロピルトリエトキシシラン(3-aminopropyltriethoxy-silane;APTES)の0.1〜10wt%-2-プロパノール(2-propanol)溶液中に1時間浸漬し、APTES修飾ITO基板(表面処理基板)を調製した。
【0052】
〔金ナノロッド複合体の調製(B工程)〕
上で得られたNR水分散液1mlに、濃度3mg/mlのポリスチレンスルホネート(PSS、重合平均分子量70000)水溶液1mlを添加し、25℃で1時間攪拌してPSSで被覆された金ナノロッド複合体(PSS‐NR)を調製した。攪拌終了後、8000(×g)で10分間遠心分離してPSS−NRを遠沈管の底に沈降させ、余剰のPSSを除去した。沈降したPSS−NRに水を添加し、PSS−NRが分散したPSS‐NR水分散液1mlを得た(PSS‐NR水分散液、金含有量0.3mg/ml)。
【0053】
〔PSS‐NR固定化ITO基板の調製〕
次に、上で得られたAPTES修飾ITO基板をPSS‐NR水分散液に浸漬後、基板を乾燥して、APTESとPSSとの間の静電相互作用により、APTES修飾ITO基板の表面にPSS−NRを固定化し、PSS‐NR固定化ITO基板(金属ナノロッド固定化基板)を調製した。
【0054】
〔複合分析用基板の調製〕
更に、調製されたPSS‐NR固定化ITO基板を4-アミノチオフェノール(4-aminothiophenol;4-ATP)の1〜100mM-エタノール溶液中に浸漬し、基板を乾燥して、ITO基板上に金ナノロッド複合体が固定化され、かつ、4-ATPが保持された実施例1の複合分析用基板を調製した。
【0055】
〔試料基板の調製〕
このようにして調製された実施例1の複合分析用基板に、水に溶解したアンギオテンシン濃度がそれぞれ0μM、0.005μM、0.01μM、0.25μM、0.5μMの水溶液を100μl滴下し、分析試料のアンギオテンシンI(ATI)を担持量0mol、0.5pmol、1pmol、25pmol、及び50pmolで担持した試料基板(アンギオテンシンI担持-複合分析用基板)(a:ATI-0mol担持-試料基板、b:ATI-0.5pmol担持-試料基板、c:ATI-1pmol担持-試料基板、d:ATI-25pmol担持-試料基板、及びe:ATI-50pmol担持-試料基板)を調製すると共に、金ナノロッド複合体無しのITO基板にアンギオテンシンIを50pmol担持させた試料基板(f:ATI-50pmol担持-ITO基板)を調製した。
【0056】
〔試料基板のLSPR分光分析〕
上で調製された試料基板(a)〜(e)について、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社製V-570)を用い、波長400〜1200nmの領域での分光特性(消失スペクトル(Extinction)を測定した。
結果を図1に示す。また、アンギオテンシンI担持濃度に対する吸収スペクトルのピークシフト量のプロットを図2に示す。
【0057】
〔試料基板のSALDI質量分析〕
また、上で調製された試料基板(a)〜(f)について、MALDI-TOF/MS装置(島津セイサクショ株式会社製AXIMA-CFR)を用い、また、励起光源として337nmのN2パルスレーザー(3ns)を用いて照射し、飛行時間型の質量分析を行い、質量スペクトルを測定した。
結果を図3に示す。
【0058】
図1中の(a)に示す結果から明らかなように、LSPR分光分析において、ATI-0pmol担持-試料基板aの吸収スペクトルにおける2つのSPバンドはITO基板上に金ナノロッドが凝集することなく固定されていることを示しており、いずれの場合もアンギオテンシンIの担持によるピークシフトが観察される。また、図2に示す結果から明らかなように、アンギオテンシンIの担持濃度が高くなると、ピークシフト量が大きくなる傾向が観察される。
【0059】
また、図3に示す結果から明らかなように、SALDI質量分析において、金ナノロッド複合体無しのITO基板にアンギオテンシンIを50pmol担持させたATI-50pmol担持-ITO基板fとアンギオテンシンI担持無しのATI-0pmol担持-試料基板aは共にアンギオテンシンIのピークが観察されず、これに対して、金ナノロッド複合体が固定され、アンギオテンシンIを担持したATI-0.5pmol担持-試料基板bでは1296.5m/zの、ATI-1pmol担持-試料基板cでは1298.2m/zの、ATI-25pmol担持-試料基板dでは1294.2m/zの、及びATI-50pmol担持-試料基板eでは1293.2m/zの「アンギオテンシンIのピーク」がそれぞれ観察された。
【0060】
〔実施例2〕
〔試料基板の調製〕
水中に分析試料のアンギオテンシンI(ATI)濃度がそれぞれ0μmol、0.005μM、0.01μM、0.25μM、及び0.5μMの試料溶液を調製し、これら各試料溶液の100μLを上記の実施例1と同様にして調製された複合分析用基板に滴下し、自然乾燥させて分析試料のアンギオテンシンI(ATI)を担持量0mol、0.5pmol、1pmol、25pmol、及び50pmolで担持したグループA(pM)の試料基板a〜e(アンギオテンシンI担持-複合分析用基板)(a:ATI-0mol担持-試料基板、b:ATI-0.5pmol担持-試料基板、c:ATI-1pmol担持-試料基板、d:ATI-25pmol担持-試料基板、及びe:ATI-50pmol担持-試料基板)を調製し、また同様にして、ATI濃度0nM、0.005nM、0.01nM、0.05nM、0.1nM、0.5nM、及び1nMの試料溶液を調製し、これら各試料溶液の100μLを上記の実施例1と同様にして調製された複合分析用基板に滴下し、自然乾燥させて分析試料のアンギオテンシンI(ATI)を担持量0mol、0.5fmol、1fmol、5fmol、10fmol、50fmol、及び100fmolで担持したグループB(fM)の試料基板a及びf〜k(アンギオテンシンI担持-複合分析用基板)(a:ATI-0mol担持-試料基板、f:ATI-0.5fmol担持-試料基板、g:ATI-1fmol担持-試料基板、h:ATI-5fmol担持-試料基板、i:ATI-10fmol担持-試料基板、j:ATI-50fmol担持-試料基板、及びk:ATI-100fmol担時-試料基板)を調製し、更に同様にして、ATI濃度0pM、0.01pM、0.1pM、0.5pM、及び1pMの試料溶液を調製し、これら各試料溶液の100μLを上記の実施例1と同様にして調製された複合分析用基板に滴下し、自然乾燥させて分析試料のアンギオテンシンI(ATI)を担持量0mol、1amol、10amol、50amol、及び100amolで担持したグループC(aM)の試料基板a及びl〜o(アンギオテンシンI担持-複合分析用基板)(a:ATI-0mol担持-試料基板、l:ATI-1amol担持-試料基板、m:ATI-10amol担持-試料基板、n:ATI-50amol担持-試料基板、及びo:ATI-100amol担持-試料基板)を調製した。
【0061】
〔試料基板のLSPR分光分析〕
このようにして調製された各グループA〜Cの各試料基板(a)〜(o)について、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社製V-570)を用い、波長400〜1200nmの領域での分光特性(消失スペクトル)を測定し、得られた各試料基板(a)〜(o)の消失スペクトルにおけるピーク波長と、ピークシフトの値を求めた。
結果を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
〔試料基板のSALDI質量分析〕
次に、水にイオン化補助剤としてトリフルオロ酢酸を0.1%の濃度で溶解して0.1%-トリフルオロ酢酸溶液を調製し、この0.1%-トリフルオロ酢酸溶液を上で調製された各試料基板(a)〜(o)に担持された分析試料の上に100μlづつ添加して自然乾燥させ、その後に、実施例1と同様にして飛行時間型の質量分析を行い、質量スペクトルを測定した。
【0064】
分析試料であるアンギオテンシンI(ATI)担持量0molの試料基板(a)について測定された質量スペクトルを図3に、アンギオテンシンI(ATI)が担持されたグループA(pM)の試料基板(b)〜(e)について測定された質量スペクトルを図5に、また、グループB(fM)の試料基板(f)〜(k)について測定された質量スペクトルを図6に、更に、グループC(aM)の試料基板(l)〜(o)について測定された質量スペクトルを図7に示す。
【0065】
本測定モードにおけるアンギオテンシンIのモノアイソトピック質量はm/z=1296.7であり、ATI-0mol担持-試料基板aにおいては観察されないのに対して、ATI-0.01pmol担持-試料基板l〜ATI-0.5μmol担持-試料基板eまでの全ての濃度でアンギオテンシンIのピークが観察され、amolオーダーで検出可能であることが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析試料を担持して分析試料中の標的物質の分光分析及び質量分析を行うための複合分析用基板であり、
第一の水溶性分子で表面処理された導電性透明基板と、前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子で被覆され、かつ、前記第一の水溶性分子と第二の水溶性分子との相互作用により前記導電性透明基板上に固定された金属ナノロッド複合体と、この金属ナノロッド複合体に保持され、標的物質のイオン化を促進する4‐アミノチオフェノール等の表面修飾剤とを備えていることを特徴とする複合分析用基板。
【請求項2】
前記導電性透明基板上に固定された金属ナノロッド複合体には、更に標的物質と結合してこの標的物質を捕捉するための捕捉物質が保持されている請求項1に記載の複合分析用基板。
【請求項3】
前記金属ナノロッド複合体を構成する金属ナノロッドが金ナノロッドである請求項1又は2に記載の複合分析用基板。
【請求項4】
前記標的物質のイオン化を促進する表面修飾剤が4‐アミノチオフェノールである請求項1〜3のいずれかに記載の複合分析用基板。
【請求項5】
分析試料を担持して分析試料中の標的物質の分光分析及び質量分析を行うための複合分析用基板を製造する方法であり、
(A)導電性透明基板を第一の水溶性分子で表面処理して表面処理基板を調製する工程と、
(B)金属ナノロッドの分散液中に前記第一の水溶性分子と互いに結合するために必要な相互作用を有する第二の水溶性分子を添加し、この第二の水溶性分子で金属ナノロッドを被覆して金属ナノロッド複合体を形成する工程と、
(C)前記表面処理基板と金属ナノロッド複合体とを接触させることにより表面処理基板に金属ナノロッド複合体を固定化させた金属ナノロッド固定化基板を調製する工程と、
(D)前記C工程で得られた金属ナノロッド固定化基板に標的物質のイオン化を促進する表面修飾剤を接触させ、この表面修飾剤を保持した分析用基板を調製する工程と
を有することを特徴とする複合分析用基板の製造方法。
【請求項6】
(E)前記D工程で得られた分析用基板を更に標的物質と結合してこの標的物質を捕捉するための捕捉物質と接触させ、捕捉物質を保持した分析用基板を調製する工程を有する請求項5に記載の複合分析用基板の製造方法。
【請求項7】
前記金属ナノロッドが金ナノロッドである請求項5又は6に記載の複合分析用基板の製造方法。
【請求項8】
前記表面修飾剤が4‐アミノチオフェノールである請求項5〜7のいずれかに記載の複合分析用基板の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載の複合分析用基板を用いて分析試料中の標的物質を分析する方法であり、前記複合分析用基板に分析試料を担持させて試料基板を調製し、この試料基板の分光分析で得られた吸収スペクトルから分析試料中に標的物質が存在するか否かのスクリーニングを行い、次いで、同じ試料基板を用いて行われた質量分析の質量スペクトルから前記分析試料中の標的物質の定性を行うことを特徴とする分析方法。
【請求項10】
前記質量分析の際に、試料基板上に担持された分析試料に、レーザー照射により標的物質にプロトン及び/又はカチオンを供給するイオン化補助剤を添加する請求項9に記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−207954(P2012−207954A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72194(P2011−72194)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(303015882)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(000003322)大日本塗料株式会社 (275)
【Fターム(参考)】