説明

複合糸及びその製造方法

【課題】本発明は、電子部品を実装可能な導電性パターンを形成するとともに布帛に織成又は編成可能な耐伸縮性を備える複合糸及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【解決手段】複合糸は、絶縁性を有する樹脂材料からなる糸本体1と、易接着処理された糸本体1の表面に形成されるとともに抵抗が30Ω/cm以下の金属メッキ層からなる一対の導電性パターン2とを備えている。一対の導電性パターン2の間には電子部品3が実装されている。そして、複合糸は、5%以上の伸度を有するとともに3%伸長後の残留歪みが1%以下で導電性パターン2の抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐伸縮性を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子部品を実装可能な導電性パターンを有する複合糸及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より衣料品に用いられる糸や布帛に電気的な性質を付与して電子回路部品を実装し、情報処理装置と一体化する試みが行われている。例えば、RFID(Radio Frequency Identification)等の無線通信技術で使用する電子部品を衣料品に実装することで、個別認証を行うことが提案されている。こうした無線通信技術に用いられるアンテナとしては、金属線、金属箔等の金属材料の他に、導電ペーストを印刷した樹脂フィルム材料といったものが使用されている。近年無線通信技術に使用するICタグの小型化が進展して様々な用途開発が図られているが、アンテナについてもそうした用途に対応することが求められている。
【0003】
例えば、特許文献1では、ICタグのアンテナとして、ICタグとデータを授受する外部送受信機の周波数に対応した長さで柔軟な素材に対応した柔軟性を有する金属細線で形成した点が記載されており、銅、モリブデン、金、銀、タングステン、アルミニウム等からなる金属細線が挙げられている。特許文献2では、微小のICチップを線状素材に担持させて箔糸状に形成したICタグを、布帛の経糸又は緯糸に沿わせて布帛の一部に織り込んだ織物が記載されている。また、特許文献3では、タグICチップに電気的に接続した導電性を有する炭素繊維からなるタグアンテナを備えたRFIDタグが記載されている。また、特許文献4では、無線通信用のICチップ及び送受信アンテナを備えたICタグにおいて、送受信アンテナが金属線を用いた織布、不織布又は金網で構成した点が記載されている。また、特許文献5では、高分子繊維材料表面に超臨界流体又は亜臨界流体を用いてメッキ前処理を行い、高分子繊維材料表面に金属被膜を形成する点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−130354号公報
【特許文献2】特開2005−226165号公報
【特許文献3】特開2009−289003号公報
【特許文献4】特開2006−309401号公報
【特許文献5】特許第4314370号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献では、無線通信に用いる送受信用のアンテナとして、導電性を有する金属細線、箔糸、炭素繊維といったものを使用しているが、それらを担持する糸や布帛が柔軟性を有しているため、湾曲、捩れ、屈曲といった変形により破断しやすい欠点がある。炭素繊維については、耐屈曲性及び柔軟性の点で優れた特性を備えているが、炭素繊維は抵抗値が高くなるため受信距離が短くなる欠点がある。
【0006】
こうしたアンテナ等の導電性パターンの破断に対応するために、樹脂製フィルムに導電性ペーストで印刷したものを導電性パターンとして使用することも提案されているが、破断を防止するためにある程度強度を高める必要がある。そのため、屈曲性及び柔軟性が乏しいものとなって、布帛に使用する場合には取り付ける箇所に制約を受けることになる。
【0007】
そこで、本発明は、電子部品を実装可能な導電性パターンを形成するとともに布帛に織成又は編成可能な耐伸縮性を備える複合糸及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る複合糸は、 絶縁性を有する樹脂材料からなる糸本体と、易接着処理された前記糸本体表面に形成されるとともに抵抗が30Ω/cm以下の金属メッキ層からなる導電性パターンとを備える複合糸であって、5%以上の伸度を有するとともに3%伸長後の残留歪みが1%以下で前記導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐伸縮性を備える。さらに、前記導電性パターンは、カンチレバー法(JIS L1096)による測定で繊維軸の異なる方向での剛軟度変動が50%以下の柔軟性を有する。さらに、前記導電性パターンは、糸長方向に所定の長さの範囲に形成されたアンテナ形状である。さらに、前記導電性パターンを介して信号を送受信する電子部品を実装している。さらに、少なくとも前記導電性パターン及び前記電子部品を覆うように糸表面の周方向に樹脂層が形成されており、繊維軸に対し90度以上の角度で屈曲させる負荷動作を前記樹脂層の形成箇所において1000回繰り返した後前記導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐屈曲性を備える。
【0009】
本発明に係る複合糸の製造方法は、絶縁性を有する樹脂材料からなる糸本体の表面を易接着処理し、易接着処理された表面に対して粘度50mPa・s〜10000mPa・sに調整した触媒インクを導電性パターンに対応する範囲に付与してメッキ前処理を行い、メッキ前処理された表面に無電解メッキ処理により抵抗が30Ω/cm以下の金属メッキ層からなる導電性パターンを形成する。さらに、前記触媒インクを糸長方向に所定の長さの範囲に付与する。さらに、前記易接着処理は、プラズマ処理、コロナ放電処理、スパッタリング処理、プライマ剤による下地処理又はアルカリ減量処理のいずれかの処理である。さらに、前記導電性パターンに対応して電子部品を実装する。さらに、少なくとも前記導電性パターン及び前記電子部品を覆うように糸表面の周方向に樹脂層を形成する。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、上記のような構成を有することで、電子部品を実装可能な導電性パターンを形成するとともに布帛に織成又は編成可能な耐伸縮性を備える複合糸を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係る実施形態に関する概略構成図である。
【図2】複合糸の製造工程に関する概略フロー図である。
【図3】複合糸の曲げ試験機に関する概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る実施形態について詳しく説明する。図1は、本発明に係る実施形態を模式的に示す概略構成図である。この例では、糸本体1の表面に、糸長方向に所定の長さの範囲で金属メッキ層からなる一対の導電性パターン2が所定間隔を空けて形成されている。そして、ICチップ等の電子部品3が一対の導電性パターン2の間に位置決めされて接着剤等で実装されており、電子部品3に設けられた一対の端子部分4が導電性パターン2に接続している。電子部品が実装可能な導電性パターンは、抵抗が30Ω/cm以下に設定すればよく、より好ましくは10Ω/cm以下に設定するとよい。導電性パターンが30Ω/cmを超えると、電子部品3との間の導通状態が不十分となり、例えば無線通信を行う場合の送受信の精度が低下する。
【0013】
また、導電性パターン2は、線状、矩形状、円形状、楕円形状といった配線パターンに用いられる形状に形成され、特に限定されない。そして、導電性パターン2を糸本体1の周囲に形成するようにしてもよく、周方向に広幅に形成したり、らせん状に形成することもできる。導電性パターンを周方向に形成することで、複数の電子部品を糸本体の周囲に3次元に配置することも可能となり、用途に合わせて導電性パターンの形状及び電子部品の組み合せを変更することができる。
【0014】
図1に示す例では、電子部品3がRFIDに使用される超小型のICチップであり、導電性パターン2が無線通信で使用するアンテナ形状に形成されている。導電性パターン2の糸長方向の長さを送受信する電波の周波数に対応させて設定することで、導電性パターン2を介して電子部品3が信号を送受信することができる。なお、この場合、導電性パターン2と端子部分4との間は電気的に接続されているが、内蔵アンテナを備えるICチップの場合には、静電容量の変化により送受信できるので、接続されていない近接配置された状態でも信号の送受信を行うことが可能となる。
【0015】
複合糸を通常の糸と同様に織物に織り込んだり、編物に編み込むためには、織成動作又は編成動作の際に生じる複合糸の伸縮に対して導電性パターンが物理的及び電気的に影響を受けることなく伸縮する必要がある。通常の織成動作及び編成動作の場合、糸の伸度5%以上でも破断することがなく、3%伸長後の残留歪みが1%以下であれば、通常の糸と同様に取り扱うことが可能であり、こうした糸の伸縮の際にも導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐伸縮性を備えていれば、複合糸を織物や編物等の布帛に使用することができる。
【0016】
また、複合糸が織成動作又は編成動作に対して通常の糸と同様の耐久性を備えるためには、複合糸は繊維軸に対して等方的な柔軟性を備える必要がある。そのためには、繊維軸に対して疑似同心円形状であり、柔軟性も繊維軸に対してすべての方向でほぼ等しい柔軟性を備えることで、通常の糸と同様に取り扱うことが可能となる。具体的には、疑似同心円形状の場合断面形状が扁平率で2以下であればよく、疑似円が最も好ましい。扁平率が2を超えると、曲がる方向によって柔軟性に差が生じて通常の糸と同様の取り扱いが難しくなる。また、柔軟性については、カンチレバー法(JIS L1096)で曲げ剛性を測定した場合、異なる方向の変位量の差(剛軟度変動)が50%以下であればよい。50%を超えると、通常の糸と同様の取り扱いが難しくなる。そして、複合糸がこうした柔軟性を備えることで、布帛の状態においても通常の糸と柔軟性に差異がなく、衣料に用いた場合でも違和感なく使用することが可能となる。
【0017】
複合糸は、導電性パターン2及び電子部品3を覆うように糸表面に樹脂層を形成することで樹脂層が保護層として機能し、導電性パターン2及び電子部品3の剥離等に対する強度を高めることができる。特に、複合糸を織成又は編成する際に湾曲変形された場合の耐屈曲性を向上させることが可能となる。複合糸の耐屈曲性については、複合糸の樹脂層の形成箇所を繊維軸に対して左右90度の角度まで屈曲させる負荷動作を繰り返し行うことで評価することができる。負荷動作を1000回繰り返した後に導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持されて電子部品の性能が影響を受けることがなければ、通常の糸と同様に取り扱っても導電性パターンの破断や電子部品の剥離等の影響を受けることがなく、十分な耐屈曲性を有すると評価できる。耐屈曲性については、135度の角度まで屈曲させる負荷動作を10000回繰り返した後に導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持されることがより好ましい。
【0018】
本発明に用いる糸本体は、絶縁性を有する繊維材料からなるものを用いる。例えば、合成繊維材料としては、ポリエステル、ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、パラ系アラミド、メタ系アラミド、ポリアリレート、ポリベンゾイミダゾール等が挙げられ、天然繊維材料としては、綿、ウール、麻等が挙げられ、無機繊維材料としてはガラスが挙げられる。そして、これらの繊維材料を混合したものであってもよい。
【0019】
また、糸本体としては、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸又は紡績糸が用いられるが、フィラメント糸で構成されたものが好ましい。糸本体は、構成する繊維材料がばらけないように10回/m〜300回/mの撚りを付与しておくとよい。糸本体の太さは、0.05mm〜1mmに設定するとよい。糸本体の太さが0.05mmより細くなると、ICチップ等の電子部品のサイズよりも小さくなるため実装が困難となり、1mmよりも太くなると、糸本体の柔軟性が低下して複合糸の取り扱いが難しくなる。
【0020】
図2は、複合糸の製造工程に関する概略フロー図である。まず、糸本体を準備して、糸本体の導電性パターンを形成する領域に対して、触媒インクが付着しやすいように易接着処理を行う(S1)。そして、易接着処理した領域に触媒インクを付与してメッキ前処理を行い(S2)、メッキ前処理した糸本体に無電解メッキ処理を行うことで導電性パターンを形成する(S3)。形成された導電性パターンに対応して電子部品を実装し(S4)、必要に応じて導電性パターン及び電子部品を覆うように糸表面に樹脂層を形成する(S5)。
【0021】
上述した製造工程では、糸本体に導電性パターンをメッキ処理により形成する。糸本体が絶縁材料から構成されるため、無電解メッキ処理により導電性パターンに対応する領域に金属メッキ層を形成する。導電性パターンを正確なサイズ及び形状で形成するためには、無電解メッキ処理する前に金属が付着する核となる触媒を導電性パターンに対応する領域に付与する前処理を行うことで、メッキ処理により導電性パターンに正確に対応させて金属メッキ層を均一な厚さで形成することができる。
【0022】
メッキ前処理において、触媒を糸本体に付与する場合、液状の触媒インクを用いるとよい。触媒インクを用いる場合その濡れ性改善及び密着性向上のために、表面に対して易接着処理を行う。易接着処理としては、プラズマ処理、コロナ放電処理、スパッタリング処理、エポキシ樹脂やウレタン樹脂といった公知のプライマ剤を用いた下地処理、又は、アルカリ減量処理といった公知の処理を用いることができる。アルカリ減量処理については、糸本体にポリエステル繊維を用いる場合に有効である。
【0023】
特に、大気圧プラズマ処理を用いる場合、糸本体の強度をほとんど低下させずに剥離強度をより向上させた易接着処理が可能となる。また、窒素ガスを反応性ガスに用いてプラズマ処理を行うことで、糸本体の表面を易接着化するとともに糸本体にアミノ基を付与して触媒インクとイオン結合させ、触媒インクと糸本体との間の密着性が向上するようになる。そのため、メッキ処理した金属の密着性向上を図ることができる。
【0024】
無電解メッキ処理の前処理に使用する触媒インクとしては、触媒としてスズ銀、スズパラジウム又はパラジウムを含むインクを使用することができる。また、糸本体として撚り糸を用いる場合、触媒インクが繊維の間に浸透して滲むようになって導電性パターンの形状やサイズが不正確となるため、滲みを抑止するように触媒インクの粘度を50mPa・s〜10000mPa・sに調整するとよい。触媒インクに添加する粘度調整剤としては、ポリビニルクロライド等が挙げられる。例えば、スズ銀インクの場合には、ポリウレタン樹脂材料を添加することで滲みの抑止された触媒インクを調製することができる。
【0025】
触媒インクを易接着処理した糸本体の表面に付着させる方法としては、導電性パターンに対応する領域に正確かつ均一に付着させる必要があり、例えば、インクジェット記録装置を用いて触媒インクを飛翔させて付着させる方法、ディスペンサ等を用いて触媒インクを塗布して付着させる方法、グラビア印刷、ロールコーターといった公知の手法を用いることができる。触媒インクの粘度が高い場合には、インクジェット記録装置よりもディスペンサを用いて塗布する付着方法が好ましい。
【0026】
糸本体に付着させる触媒インクとしてスズ銀インクを用いる場合には、50℃〜120℃で乾燥させて触媒を糸本体表面に定着させるとよい。スズパラジウムインクの場合には、乾燥せずにそのまま無電解メッキ処理することができる。
【0027】
無電解メッキ処理により形成する金属メッキ層としては、銅、銅/ニッケル、ニッケル、金、パラジウム、銀等の公知の無電解メッキ処理で析出することのできる金属であればよく、こうした金属を単一又は複合して形成することも可能で、特に限定されない。触媒インクを導電性パターンに対応した領域に正確かつ均一に付着させることで、無電解メッキ処理により導電性パターンに正確に対応した金属メッキ層を形成することができる。
【0028】
以上のように、糸本体に対して易接着処理、メッキ前処理及び無電解メッキ処理を行うことで複合糸を製造することができるが、こうした処理は、糸本体を張設した状態で行われる。糸本体に対して糸長方向に1N〜10Nの張力を加えた状態で処理することで、伸縮や屈曲といった変形に対して耐久性のある複合糸を得ることができる。
【0029】
導電性パターンが形成された複合糸には、電子部品を接着剤等の公知の方法により実装することができる。そして、形成された導電性パターンや実装した電子部品を保護するために、導電性パターンや電子部品を覆うように複合糸の周囲に樹脂層を形成するようにしてもよい。この場合、複合糸の耐屈曲性及び柔軟性を損なうことのないように薄層の樹脂層にすることが好ましい。樹脂層を形成する場合の塗布量は、塗布する樹脂の種類によって異なるが、糸本体に対する重量比で10%〜200%の範囲に設定することが好ましい。樹脂層に使用する樹脂材料としては、一般に保護層に使用されている樹脂材料で被覆すればよく、例えば、ポリプロピレン、ポリエステルといった公知の樹脂材料を用いることができる。
【実施例】
【0030】
糸本体として、ポリエステルからなるマルチフィラメント(1100デシテックス(dtex)/250(本フィラメント);帝人株式会社製)に100回/mのS撚りをかけ、撚り止めの熱セットを115℃スチームで30分処理した糸を準備した。糸本体の太さは0.7mmであった。
【0031】
<易接着処理>
次に、準備した糸本体に大気圧プラズマ処理を施した。大気圧プラズマ処理では、プラズマを噴出するために室内空気を使用した。常圧プラズマ装置として日本プラズマリート株式会社製ジェネレータFG5001を使用し、ノズルPFW―10のシングルノズル2台を用いてプラズマノズルの先端より5mmの位置に糸本体を位置決めし、糸長方向と直交する方向からプラズマを照射した。常圧プラズマの照射エアー圧力は20mmBrに設定し、糸本体に5Nの張力を加えた状態で搬送速度200m/分に設定して連続搬送しながらプラズマ処理を行った。
【0032】
処理した糸本体の表面の剥離強度について測定を行った。測定方法としては、糸本体に粘着テープを1kg/cm2の荷重を加えて貼り合わせた後、テンシロン万能試験機におけるロードセル10Nを使用し、つかみ間隔を50mmに設定してT型剥離強度を測定した。比較のため、プラズマ処理していない糸本体についても同様にT型剥離強度を測定した。測定結果は、プラズマ処理した糸本体では剥離強度が1.0Nであったのに対し、プラズマ処理していない糸本体では、0.84Nであった。したがって、プラズマ処理により易接着処理が行われて、密着性が向上したことがわかる。また、プラズマ処理に用いる空気に窒素ガスを毎分50リットル混合して同様に糸本体にプラズマ処理したところ、剥離強度が2.1Nとなり、窒素ガスの混合により剥離強度が向上することがわかった。
【0033】
このように、糸本体をプラズマ処理することで、以後の触媒インクの付着及び無電解メッキ処理における糸本体表面の密着性を向上させることができる。
【0034】
<メッキ前処理>
触媒インクとして市販のスズ銀インク(溶剤タイプ)を準備し、粘度調整剤として大日本インキ株式会社製のポリウレタン溶剤系樹脂液(商品名;クリスボン2116)を用いた。スズ銀インクにポリウレタン溶剤系樹脂液を添加して粘度を50mPa・s〜100mPa・sに調整した。
【0035】
プラズマ処理した糸本体に3Nの張力を加えた状態で導電性パターンに対応した領域にスズ銀インクを付着させた。導電性パターンは、ダイポール型のアンテナ形状で、糸長方向にそれぞれ25mmの長さの一対の直線領域を2mmの間隔を空けて設定した。
【0036】
スズ銀インクの付着には、武蔵エンジニアリング株式会社製ディスペンサML808FXcomCEを使用し、ノズルMIN10で糸本体の表面にスズ銀インクを導電性パターンに対応させて塗布した。ノズルの移動速度は40mm/秒、エアー圧力は120kPa、ワーク間距離は150μmに設定した。
【0037】
スズ銀インクの付着状態を目視で確認したところ、25mmの長さで均一かつ正確に付着していた。スズ銀インクを付着させた糸本体を50℃で30秒間乾燥処理して、触媒であるスズ銀を糸本体の表面に定着させた。
【0038】
<無電解メッキ処理>
触媒であるスズ銀が定着した糸本体に5Nの張力を加えた状態で無電解メッキ処理を行った。無電解メッキ処理は、奥野製薬工業株式会社製OPC750Mの標準レシピに基づいて25℃で15分の無電解銅メッキ処理を行った。メッキ処理後糸本体を水洗し、50℃で10分間乾燥処理した。得られた複合糸は、スズ銀が定着した領域に銅メッキ層が均一に形成されており、銅からなるダイポール型アンテナ形状の導電性パターンが形成されていた。
【0039】
形成された導電性パターンについて抵抗値を測定した。測定には、HIOKI社製ミリオームハイテスタ3540を使用し、プローブ端子(型番9287-10 CLIP TYPE LEAD)を端子間距離1cmに設定して測定した。測定結果は、3.6〜4.8Ω/cmで、30Ω/cmより低い抵抗値であった。そのため、電子部品を実装した場合でも信号の送受信に関して十分な導電性を有していることが確認できた。
【0040】
<電子部品の実装>
ダイポール型アンテナ形状の導電性パターンが形成された複合糸に対して、図1に示すように、アンテナ形状のパターンの間のスペースに電子部品として株式会社日立製作所製RFID用ICチップ(商品名ミューチップ;チップサイズは厚み60μmで縦横400μm)を実装した。実装方法は、ICチップを搭載したインレット部分の両側をそれぞれ2cmの長さに切断し、ICチップが複合糸のスペースの中央に配置されるように位置決めし、インレッド部分及び一対のアンテナ形状パターンの間を接着剤(東亜合成株式会社製瞬間接着剤(商品名;ボンドアルファ―一般用)により貼り合わせて固定した。
【0041】
<ICチップの動作確認>
ICチップが実装された複合糸についてRFIDとしての動作確認を行った。RFID用の読取器としてSEKONIC社製modelR001Mを使用し、読取可能な最大距離を測定して動作確認を行った。比較のため、ICチップを搭載したインレット部分の両側をそれぞれ2cmの長さに切断したものについても測定した。複合糸について測定したところ、100mmの読取距離までICチップに記憶されたID情報を繰り返し正確に読み取ることができたが、インレット部分を切断したものでは、全く読み取ることができなかった。したがって、複合糸に形成された導電性パターンがアンテナとして機能していることが確認できた。
【0042】
<樹脂層のコーティング処理>
ICチップが実装された複合糸について導電性パターン及びICチップを保護するために、樹脂層で複合糸の周囲を被覆した。樹脂材料として耐熱温度の高いポリエステル樹脂を使用した。コーティング処理には、サンツール株式会社製のホットメルト塗工設備を使用し、1.1mmのシムを使い複合糸の周囲を樹脂でコーティングした。ポリエステル樹脂は、東亜合成株式会社製PES―120L(ポリエステル系)を使用し、溶融温度210℃、ギヤポンプ0.9g/分、塗工速度10m/分でコーティング処理したところ、糸の重量比にして平均82%の樹脂量で複合糸の周囲を均一な樹脂層で薄く被覆することができた。
【0043】
<物性評価>
製造した複合糸について強伸度、耐伸縮性、柔軟性及び耐屈曲性の評価を以下の通り行った。
【0044】
(1)強伸度の評価
株式会社島津製作所製オートグラフAGS−1KNG型を使用し、ICチップを実装前の複合糸の強伸度を測定した。測定結果は、最大強度40N及び最大点歪み9.7%であった。この場合、複合糸の最大伸度は9.7%となる。複合糸の導電性パターンを肉眼で観察したところ破断は見当たらず、HIOKI社製ミリオームハイテスタ3540を使用して導電性パターンの抵抗値を試験後に測定したところ、30Ω/cmであった。RFID用のICチップを実装して動作を確認したところ送受信が可能で、アンテナとして十分機能することが確認できた。
【0045】
比較のため、市販のICタグインレット用アンテナ(ミューチップ用)を用いて強伸度を測定したところ、最大強度12N及び最大点歪み11%であった。この場合、フィルム材料に金属蒸着部を形成してアンテナとしているため、フィルム部分が完全破断して電気抵抗は測定できなかった。こうしたフィルム材料を用いた場合には金属蒸着部の伸度が小さいため、例えば布帛に織り込んだり編み込んだりする場合に糸に加わる力に対して十分な強度を備えておらず、容易に破損してしまうと考えられる。これに対して、複合糸では、糸本体の特性を生かすことで、通常の糸と同様に布帛に織り込んだり編み込んだりすることが可能となる。
【0046】
(2)耐伸縮性の評価
株式会社島津製作所製オートグラフAGS−1KNG型を使用し、複合糸の耐伸縮性を評価した。長さ40mmの複合糸に4mm/分の定長伸長速度で荷重を印加していき、全体の長さに対して3%伸長させた後荷重を除く繰り返し試験を行った。試験後の複合糸は肉眼では形状変化が見受けられず、また残留歪みも0.6%以下であった。HIOKI社製ミリオームハイテスタ3540を使用して導電性パターンの抵抗値を試験後に測定したところ、抵抗値は5Ω/cmで、30Ω/cm以下の抵抗値を維持していた。
【0047】
比較のため、市販のICタグインレット用アンテナ(ミューチップ用)を用いて同様の試験を行ったが、2.5%以上伸長すると、荷重を除いた状態で塑性変形してコイル状に丸まるように変形してしまうため、織り縮み率が2.5%以上の一般的な織物に用いる場合には塑性変形して織物表面に凸状突起が生じるようになり、織物等の布帛には適さない。
【0048】
(3)柔軟性の評価
剛軟度を測定するカンチレバー法(JIS L1096)で使用する試験機を用いて複合糸の柔軟性の評価を行った。長さ70mmの複合糸を試験機にセットし、50mm分移動させて試験機から突出した複合糸の先端の高さの変動分を測定し柔軟性を評価した。複合糸の先端は平均1.3mm(変動幅1mm〜1.5mm)の高さだけ下方に変形した。複合糸を軸を中心に90度回転した状態で同様の試験を行った場合でも平均1.1mm(変動幅1mm〜1.5mm)の高さだけ下方に変形し、異なる方向でも剛軟度は約20%しか異ならず繊維軸に対して等方に変形する柔軟性を備えており、布帛に織り込んだり編み込んだりする場合に通常の糸と同様に取り扱うことができる。
【0049】
比較のため、市販のICタグインレット用アンテナ(ミューチップ用)を用いて同様の評価を行ったが、フィルムの平面方向では1.5mm〜2mmの高さの変形が生じたが、フィルムを垂直に立てた状態では変形が生じることがなく変形に異方性があり、通常の糸と同様の柔軟性を備えていない。
【0050】
(4)耐屈曲性の評価
複合糸の耐屈曲性を評価する試験機として曲げ試験機を用いた。図3は、曲げ試験機に関する概略構成図である。一対のステンレス棒(直径5mm)10を水平に配置し、ステンレス棒10を0.5mmの間隔で互いに平行となるように設定した。ステンレス棒10の上方には把持部材11が配置されており、把持部材11は、ステンレス棒10の間の中間線を通る回転中心軸Oを中心に回動可能となるように設定されている。複合糸Fは、その上端を把持部材11に固定して全体を重力により垂下した状態とし、ステンレス棒10の間を通過してステンレス棒10の軸方向とほぼ直交するように設定する。そして、耐屈曲性を評価する部分(導電性パターン及び電子部品を配置した部分)をステンレス棒10に当接するように複合糸Fの位置を調整する。
【0051】
複合糸Fをセットした後、把持部材11を、矢印で示すように、所定の曲げ角度θで左右に往復回動させて複合糸Fを屈曲させる負荷動作を繰り返して試験を行う。複合糸Fに張力が加わっていない状態で試験が行われるので、複合糸の屈曲による負荷動作に対する耐久性を正確に評価することができる。
【0052】
曲げ角度を135度に設定して複合糸を屈曲させる負荷動作を10000回繰り返し行い、負荷動作を行った後複合糸の樹脂層を剥離して導電性パターンを露出させ、HIOKI社製ミリオームハイテスタ3540を使用して導電性パターンの抵抗値を測定したところ5Ω/cmであった。複合糸は、負荷動作の後でも導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持されており、通常の糸と同様に取り扱える耐屈曲性を備えていることが確認できた。
【符号の説明】
【0053】
1・・・糸本体 2・・・導電性パターン 3・・・電子部品 4・・・端子部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性を有する樹脂材料からなる糸本体と、易接着処理された前記糸本体表面に形成されるとともに抵抗が30Ω/cm以下の金属メッキ層からなる導電性パターンとを備える複合糸であって、5%以上の伸度を有するとともに3%伸長後の残留歪みが1%以下で前記導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐伸縮性を備える複合糸。
【請求項2】
前記導電性パターンは、カンチレバー法(JIS L1096)による測定で繊維軸の異なる方向での剛軟度変動が50%以下の柔軟性を有する請求項1に記載の複合糸。
【請求項3】
前記導電性パターンは、糸長方向に所定の長さの範囲に形成されたアンテナ形状である請求項1又は2に記載の複合糸。
【請求項4】
前記導電性パターンを介して信号を送受信する電子部品を実装している請求項1から3のいずれかに記載の複合糸。
【請求項5】
少なくとも前記導電性パターン及び前記電子部品を覆うように糸表面の周方向に樹脂層が形成されており、繊維軸に対し90度以上の角度で屈曲させる負荷動作を前記樹脂層の形成箇所において1000回繰り返した後に前記導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐屈曲性を備える請求項4に記載の複合糸。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の複合糸を備える布帛。
【請求項7】
絶縁性を有する樹脂材料からなる糸本体の表面を易接着処理し、易接着処理された表面に対して粘度50mPa・s〜10000mPa・sに調整した触媒インクを導電性パターンに対応する範囲に付与してメッキ前処理を行い、メッキ前処理された表面に無電解メッキ処理により抵抗が30Ω/cm以下の金属メッキ層からなる導電性パターンを形成する複合糸の製造方法。
【請求項8】
前記触媒インクを糸長方向に所定の長さの範囲に付与する請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記易接着処理は、プラズマ処理、コロナ放電処理、スパッタリング処理、プライマ剤による下地処理又はアルカリ減量処理のいずれかの処理である請求項7又は8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記導電性パターンに対応して電子部品を実装する請求項7から9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
少なくとも前記導電性パターン及び前記電子部品を覆うように糸表面の周方向に樹脂層を形成する請求項10に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−233270(P2012−233270A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−100944(P2011−100944)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度経済産業省、戦略的基盤技術高度化支援事業「微少領域表面加工技術を利用したフレキシブルアンテナ内蔵RFIDファイバー開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(591243055)ウラセ株式会社 (6)
【Fターム(参考)】