説明

複層軸受、スラスト複層軸受、スラスト複層軸受装置

【課題】環境保全に配慮しつつ、高速条件での耐摩耗性の劣化がなく、高面圧下での耐クリープ性、低摩擦性、耐摩耗性などに優れる複層軸受、スラスト複層軸受、およびスラスト複層軸受装置を提供する。
【解決手段】本発明の複層軸受1は、裏金となる金属鋼板2の表面に鉛を含まない銅系焼結層3を設け、この銅系焼結層3に樹脂組成物からなる樹脂層4が形成されてなる三層構造体であり、上記樹脂組成物が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂やポリフェニレンサルファイド樹脂などの耐熱性合成樹脂と、ガラス繊維や炭素繊維などの繊維状補強材と、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材とを含むものであり、上記樹脂層4は、上記耐熱性合成樹脂の粉末と、上記繊維状補強材と、上記充填材とを含む粉末混合物を銅系焼結層3上に散布し、加熱・加圧することで該焼結層3上に被覆形成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属鋼板の表面に銅系焼結層を設け、さらにその焼結層に樹脂組成物を被覆した複層軸受に関する。さらに詳しくは、金属製スラストニードル軸受に代替可能な複層軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
金属製スラストニードル軸受のすべり代替提案は、樹脂材だけではなく、焼結材でも諸提案がされてきた。樹脂材だけでは、耐荷重性、耐熱性が充分ではなく、焼結材ではオイル枯渇時の焼き付き問題があった。その対策として、鋼板の表面に銅系焼結層を設け、その焼結層に樹脂材を含浸した複層軸受が提案された。複層軸受のすべり面は、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂と、鉛または酸化鉛等の鉛類を含む被覆組成物を被覆したものが知られている。しかし、PTFE樹脂は耐クリープ性に劣り、耐荷重性が充分ではない。
【0003】
PTFE樹脂に換えてポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと記す)樹脂を被覆した複層軸受が知られている。例えば、金属台金に青銅の中間層を焼結し、ライニング材層を焼結物に当て、ライニング、中間層および台金に熱と圧力を加えることでなり、ライニングは60〜90重量%のPEEK樹脂と15〜3.7重量%のPTFE樹脂、5〜1.3重量%のグラファイトおよび20〜5重量%の青銅との混合物よりなる組成を有する物質である平軸受が提案されている(特許文献1参照)。また、裏金層と、この裏金層上に設けた多孔質焼結層と、この多孔質焼結層上に含浸・被覆した実質的にPEEK樹脂からなる表面層とからなる湿式複層摺動部材が提案されている(特許文献2参照)。その他、裏金付多孔質焼結層にカーボンファイバ10〜45重量%と、PTFE樹脂0.1〜8.5重量%、及び残部が実質的にPEEK樹脂またはポリアリーレンサルファイド樹脂とからなる湿式スラスト軸受用摺動部材が提案されている(特許文献3参照)。
【0004】
また、金属板にPEEK樹脂フィルムなどを接着した複層軸受として、芳香族ポリアミド繊維または炭素繊維をそれぞれ単独若しくは両者併用した織布に固体潤滑剤を含有するPEEK樹脂等の熱可塑性樹脂を含浸させた摺動性織布を、金属製基材の表面に積層一体化してなる複層摺動材が提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平1−56285号公報
【特許文献2】特開平8−210357号公報
【特許文献3】特開平9−157532号公報
【特許文献4】特開平6−228329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1および特許文献2に開示された複層軸受は、多孔質中間層に鉛青銅を用いており、環境保全において問題がある。環境保全を目的とする、RoHS指令、ELV指令等では鉛類の使用が制限されており、鉛類を全く含まない複層軸受が求められている。
【0007】
また、特許文献3に開示された複層軸受は、耐摩耗性が十分に得られない。特に10m/secをこえる高速条件での耐摩耗性に劣る。また、特許文献4に開示された複層軸受は、PEEK樹脂フィルム等を熱融着する際の融着ばらつきにより、摩擦せん断力に対する密着強さが不足する。このため、使用時において剥がれ、および摩耗を促進するなどのおそれがある。
【0008】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、環境保全に配慮しつつ、高速条件での耐摩耗性の劣化がなく、高面圧下での耐クリープ性、低摩擦性、耐摩耗性などに優れる複層軸受、スラスト複層軸受、およびスラスト複層軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の複層軸受は、金属鋼板の表面に鉛を含まない銅系焼結層を設けた後、その銅系焼結層上に樹脂組成物からなる樹脂層が形成された複層軸受であって、上記樹脂組成物が、耐熱性合成樹脂と、繊維状補強材と、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材とを含むことを特徴とする。また、上記樹脂組成物の曲げ弾性率が、5000MPa以上であることを特徴とする。
【0010】
上記樹脂層は、上記耐熱性合成樹脂の粉末と、上記繊維状補強材と、上記充填材とを含む粉末混合物を上記銅系焼結層上に散布し、加熱・加圧することで該焼結層上に被覆形成されてなることを特徴とする。
【0011】
上記樹脂組成物全体に対して、上記繊維状補強材の配合割合が5〜30体積%、上記充填材の配合割合が5〜20体積%であることを特徴とする。
【0012】
上記耐熱性合成樹脂が、PEEK樹脂またはポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと記す)樹脂であることを特徴とする。
【0013】
上記繊維状補強材が、ガラス繊維および炭素繊維から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする。特に、上記繊維状補強材が、平均繊維長30〜300μmのガラス繊維であることを特徴とする。
【0014】
上記樹脂組成物が、PTFE樹脂を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明のスラスト複層軸受は、上記本発明の複層軸受からなることを特徴とする。また、このスラスト複層軸受は、上記金属鋼板が、外径φ100mm以上、厚み5mm以上であり、上記樹脂層の厚みが0.1〜0.5mmであることを特徴とする。
【0016】
本発明のスラスト複層軸受装置は、上記本発明のスラスト複層軸受を複数個配列して構成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の複層軸受およびスラスト複層軸受は、金属鋼板の表面に鉛を含まない銅系焼結層を設けた後、その銅系焼結層上に樹脂組成物からなる樹脂層が形成され、上記樹脂組成物が、耐熱性合成樹脂と、繊維状補強材と、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材とを含むので、焼結層に鉛を含まず環境保全に配慮しつつ、樹脂層が高い弾性率を有し、高面圧高速条件での摺動(すべり)特性に優れる。より詳細には、10m/secをこえる高速条件での耐摩耗性の劣化がなく、高面圧下での耐クリープ性、低摩擦性、耐摩耗性に優れる。
【0018】
また、耐熱性合成樹脂をPEEK樹脂またはPPS樹脂とし、繊維状補強材をガラス繊維および炭素繊維から選ばれる少なくとも1つとすることで、高面圧高速条件での摺動特性が特に優れる。
【0019】
また、樹脂組成物全体に対して繊維状補強材の配合割合を5〜30体積%とすることで、耐摩耗性や弾性率を向上させつつ、加工性の低下を防止できる。また、樹脂組成物全体に対して上記充填材(マイカ、タルク)の配合割合を5〜20体積%とすることで、樹脂層のミクロ的な弾性率の向上を図りつつ、銅系焼結層との密着強さの低下を防止できる。
【0020】
また、樹脂組成物の曲げ弾性率を5000MPa以上とすることで、樹脂層が高剛性となる。この結果、本発明のスラスト複層軸受は、金属製スラストニードル軸受の代替品として好適に利用できる。
【0021】
また、繊維状補強材を平均繊維長30〜300μmのガラス繊維とすることで、他の材料(耐熱性樹脂の粉末など)との混合時の分散性に優れ、かつ、金属鋼板に被覆した樹脂層の旋削加工性に優れる。
【0022】
また、樹脂組成物に、PTFE樹脂を配合することで、流動性が向上し、銅系焼結層にある隙間への含浸効果が期待できる。また、無潤滑あるいは潤滑油が希薄な条件であっても低摩擦となり、焼き付き性が向上する。
【0023】
本発明のスラスト複層軸受装置は、本発明のスラスト複層軸受を複数個配列して構成されるので、外径1000mmをこえるスラスト軸受や、メンテナンスや取り替え等が困難なスラスト軸受の代替品として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の複層軸受(スラスト複層軸受)の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の複層軸受の一例を図1に示す。図1はスラスト複層軸受の斜視図である。複層軸受1は、裏金となる金属鋼板2の表面に鉛を含まない銅系焼結層3を設け、この銅系焼結層3上に樹脂組成物からなる樹脂層4が形成されている。このように、複層軸受1は、(1)金属鋼板2、(2)銅系焼結層3、(3)樹脂層4とからなる三層構造体である。樹脂層4の表面が摺動面となり、高面圧下での摺動特性に優れた軸受が得られる。なお、金属鋼板2および樹脂層4にも鉛類を含まない。
【0026】
金属鋼板2としては、鋼(SPCC等の構造用圧延鋼等)あるいはステンレス鋼(SUS304等)などからなる板材が使用できる。また、金属鋼板2の銅系焼結層3の形成表面には、該焼結層との密着性強化のため、該焼結層と同等のメッキ(銅あるいは青銅等の銅合金)を施すことが好ましい。
【0027】
銅系焼結層3は、銅あるいは青銅などの銅合金からなる焼結金属層である。なお、鉛青銅などの鉛を含むものは用いない。この銅系焼結層3が、複層軸受における中間多孔質層となる。この銅系焼結層3は、例えば、金属鋼板2の表面に、銅あるいは銅合金粉末を一様に散布し、これを加熱・加圧することで形成される。
【0028】
樹脂層4は、その形成時において、多孔質層である銅系焼結層3にある隙間に樹脂組成物の一部が含浸されつつ該焼結層上に被覆形成されるので、銅系焼結層3との密着性に優れる。樹脂層4を形成する樹脂組成物は、少なくとも、耐熱性合成樹脂と、繊維状補強材と、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材とを含む。以下、この樹脂組成物について詳細に説明する。
【0029】
上記樹脂組成物のベース樹脂としては、耐熱性合成樹脂を用いる。本発明の複層軸受を金属製スラストニードル軸受の代替とするためには、例えば、熱変形温度(ASTM D648)が180℃以上の耐熱性合成樹脂を用いることが好ましい。このような耐熱性合成樹脂としては、例えば、PEEK樹脂、PPS樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂などが挙げられる。また、2種類以上混合したポリマーアロイであってもよい。これらの耐熱性合成樹脂の中でも、耐クリープ性、耐荷重性、耐摩耗性などに優れることから、PPS樹脂またはPEEK樹脂を用いることが好ましい。
【0030】
PPS樹脂およびPEEK樹脂は、いわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックスの一種であり、近年高温雰囲気で使用される比率が高くなっている合成樹脂である。
【0031】
PPS樹脂は、ベンゼン環がパラの位置で、硫黄結合によって連結された下記式(1)に示すポリマー構造を持つ結晶性の熱可塑性樹脂である。下記式(1)の構造を持つPPS樹脂は、融点が約280℃、ガラス転移点が93℃であり、極めて高い剛性と、優れた耐熱性、寸法安定性、耐摩耗性、摺動特性などを有する。PPS樹脂は、その分子構造により、架橋型、半架橋型、直鎖型、分岐型等などのタイプがあるが、本発明ではこれらの分子構造や分子量に限定されることなく使用できる。本発明で使用できるPPS樹脂の市販品としては、東ソー社製#160、DIC社製T4AGなどが挙げられる。
【0032】
【化1】

【0033】
PEEK樹脂は、ベンゼン環がパラの位置で、カルボニル基とエーテル結合によって連結された下記式(2)に示すポリマー構造を持つ結晶性の熱可塑性樹脂である。下記式(2)の構造を持つPEEK樹脂は、融点が約340℃、ガラス転移点が143℃であり、優れた耐熱性、耐クリープ性、耐荷重性、耐摩耗性、摺動特性などに加え、優れた成形性を有する。本発明で使用できるPEEK樹脂の市販品としては、例えば、ビクトレックス社製PEEK(90P、150P、380P、450Pなど)、ソルベイアドバンストポリマーズ社製キータスパイア(KT−820P、KT−880Pなど)、ダイセルデグザ社製VESTAKEEP(1000G、2000G、3000G、4000Gなど)などが挙げられる。
【0034】
【化2】

【0035】
樹脂層4は、上記樹脂組成物を分散させたディスパージョン液とする工程、または、粉末混合物とする工程を経て形成されるため、ベース樹脂となる耐熱性樹脂は粉末状のものを用いる。耐熱性樹脂の粉末の平均粒子径としては、80μm以下が好ましい。平均粒子径が80μmをこえると焼結層内に未充填空間が生じやすくなるためである。なお、平均粒子径の下限値は特に限定する必要は無いが、取り扱い性を考慮すれば10μmまでが適当である。
【0036】
上記樹脂組成物は、必須成分として繊維状補強材を含む。繊維状補強材としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、芳香族ポリアミド繊維などが挙げられる。これらの繊維状補強材は、単独で使用しても複数種類を併用してもよい。また、繊維状補強材と、ベース樹脂となる耐熱性樹脂との密着性を高めて補強効果を向上させるため、繊維状充填材の表面に、エポキシ系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリアセタール系樹脂などを含有した処理剤や、シラン系カップリング剤(シラン処理)などを用いて表面処理を施してもよい。
【0037】
これらの繊維状補強材の中でも、引張強度、曲げ弾性率などの機械的強度に優れることから、ガラス繊維を用いることが好ましい。ガラス繊維は、SiO、B、Al、CaO、NaO、KO、MgO、Feなどを成分とする無機ガラスから得られるものであり、一般に無アルカリガラス(Eガラス)、含アルカリガラス(Cガラス、Aガラス)などを使用できる。Eガラスは、例えば、SiOが約52〜56重量%、Bが約8〜13重量%、Alが約12〜16重量%、CaOが約15〜25重量%、NaOあるいはKOが0をこえ約1重量%以下、MgOが0をこえ約6重量%以下を含有している。また、その引張強さは、約30〜40MPa、平均して約35MPaであり、弾性率は、約740〜770MPaのものなどがあり、引張強度、弾性率、量産性、価格等の点で平均して総合的に優れている。
【0038】
本発明で使用するガラス繊維の平均繊維長は、300μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましい。なお、十分な補強効果を得るため、平均繊維長は30μm以上であることが好ましい。また、その繊維径は、約5〜15μmが好ましく、約7〜13μmがより好ましい。繊維径が約15μmをこえる大径のガラス繊維、または、繊維長が300μmをこえるガラス繊維を用いると、樹脂粉末との混合時に均一分散させることが難しく、また、そのような組成物では成形も困難になる。また、繊維長が300μmをこえるものであると、金属鋼板に樹脂層を被覆形成した後において、樹脂層の切削加工、旋削加工等の加工性が低下するおそれがある。なお、表面処理は必須ではないが、上記シラン処理などが施されたものが好ましい。これらの特性を有するガラス繊維であると、樹脂層への補強効果に優れ、耐摩耗性、耐クリープ性の向上が図れる。
【0039】
本発明で使用できるガラス繊維の市販品としては、例えば、旭ファイバーグラス社製ミルドファイバー(MF06JB1−20、20JJH1−20、06MW2−20、20MH2−20他)、セントラルガラス社製ミルドファイバー(EFH75−01、EFH100−31、EFH150−01、EFH150−31、EFDE50−01他)などが挙げられる。
【0040】
また、ガラス繊維同様に機械的強度に優れることから、炭素繊維も好適に使用できる。ただし、炭素繊維は切削加工、旋削加工等の加工性に難があるため、注意が必要である。炭素繊維は、ピッチ系あるいはPAN系のいずれでも使用できる。本発明で使用する炭素繊維の平均繊維長は、50〜300μmが好ましく、その繊維径は20μm以下が好ましい。これらの特性を有する炭素繊維であると、樹脂層への補強効果に優れ、耐摩耗性、耐クリープ性の向上が図れる。
【0041】
本発明で使用できる炭素繊維の市販品としては、ピッチ系として、クレハ社製クレカミルド(M101S、M101F、M101T、M107S、M1007S、M201S、M207S)、大阪ガスケミカル社製ドナカーボ・ミルド(S241、S244、SG241、SG244)が挙げられ、PAN系として、東邦テナックス社製テナックスHTA−CMF0160−0H、CMF0070−0Hなどが挙げられる。
【0042】
上記樹脂組成物は、必須成分として、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材を含む。すなわち、この充填材は、(1)マイカのみ、(2)タルクのみ、(3)マイカとタルクを併用のいずれかである。マイカおよびタルクは、樹脂層のミクロ的な弾性率の向上を目的として配合される。本発明に使用できるマイカまたはタルクは、特殊なものではなく、一般的な燐片状の粉体であればよい。平均粒子径は、50μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましい。なお、本明細書における「平均粒子径」は、レーザー解析法による測定値である。
【0043】
本発明で使用できるマイカとしては、一般的な市販品である、コープケミカル社製ミクロマイカ、クラレ社製スゾライト、レプコ社製フロゴパイトマイカなどが挙げられる。また、本発明で使用できるタルクとしては、日本タルク社製の汎用タルク、松村産業社製クラウンタルク、福岡タルク社製の汎用タルクなどが挙げられる。
【0044】
上記樹脂組成物は、上記繊維状補強材および上記充填材の他に、この発明の目的を損なわない範囲で、無機系の固体潤滑剤(黒鉛、二硫化モリブデンなど)、あるいは有機系の固体潤滑剤(PTFE樹脂、シリコン樹脂)などを含んでもよい。これらの固体潤滑剤を配合することで、流動性が向上し、銅系焼結層にある隙間に樹脂が含浸しやすくなり、樹脂層と銅系焼結層との密着性が向上する。また、性能面では、無潤滑あるいは潤滑油が希薄な条件であっても低摩擦となり、焼き付き性が向上する。
【0045】
上記固体潤滑剤の中でも、低摩擦性などに優れることから、PTFE樹脂を用いることが好ましい。また、平均粒子径5〜20μmのPTFE樹脂粉末が好ましい。また、樹脂材料の流動性を安定して向上させることが可能であることから、γ線または電子線などを照射したPTFE樹脂を用いることがより好ましい。
【0046】
本発明で使用できるPTFE樹脂の市販品としては、喜多村社製KTL−610、KTL−450、KTL−350、KTL−8N、KTL−8F、旭硝子社製フルオンL169J、L170J、L172J、L173Jなどが挙げられる。
【0047】
樹脂層4を形成する樹脂組成物は、少なくとも、上述の耐熱性合成樹脂と、繊維状補強材と、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材とを含む組成物である。この樹脂組成物の成形体の曲げ弾性率(25℃)は、5000MPa以上であることが好ましい。樹脂組成物の曲げ弾性率を5000MPa以上とすることで、樹脂層4が高剛性となり、高面圧条件下で使用でき、金属製スラストニードル軸受の代替品として好適に利用できる。例えば、後述の実施例に示すように耐熱性合成樹脂として、PPS樹脂またはPEEK樹脂を用い、上述の繊維状補強材と充填材とを併用して配合することで、曲げ弾性率を5000MPa以上とでき、また、弾性率の温度依存性も少ない樹脂層を形成できる。
【0048】
樹脂層4の形成方法を以下に説明する。上記樹脂組成物を構成する、耐熱性合成樹脂の粉末と、繊維状補強材と、充填材とを、水および界面活性剤に分散させてディスパージョン液が得られる。このディスパージョン液を銅系焼結層3の表面に塗布し、焼成することで樹脂層4が得られる。
【0049】
また、樹脂層4は、上記樹脂組成物を構成する、耐熱性合成樹脂の粉末と、繊維状補強材と、充填材とを含む粉末混合物を銅系焼結層3上に散布し、加熱・加圧することで該焼結層上に被覆形成してもよい。この方法で樹脂層4を形成することで、ディスパージョン液の製造工程の省略やディスパージョン液塗布で発生する気泡による塗膜面の劣化の心配がない等の利点がある。なお、散布された粉末混合物に対する加熱・加圧は、焼成時に加圧を行なってもよく、減圧焼成炉にて減圧とともに焼成してもよい。
【0050】
各原料の配合時において、繊維状補強材の配合割合は、樹脂組成物全体に対して5〜30体積%であることが好ましい。繊維状補強材の配合量が30体積%をこえても、樹脂層の弾性率は上がりにくく、下地となる銅系焼結層との密着強さが低下するおそれがある。また、30体積%をこえると、切削加工、旋削加工等の加工性が低下するおそれがある。一方、繊維状補強材の配合量が5体積%未満であると、樹脂層の耐摩耗性を向上させる効果が発現しにくい。
【0051】
また、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材の配合割合は、樹脂組成物全体に対して5〜20体積%であることが好ましい。この充填材の配合量が20体積%をこえると、銅系焼結層との密着強さが低下するおそれがある。一方、この充填材の配合量が5体積%未満であると、樹脂層の弾性率を向上させる効果が発現しにくい。
【0052】
本発明の複層軸受は、樹脂層の弾性率が温度に対して依存性少なく、高い値を維持する。それにより、高面圧下での耐クリープ性、低摩擦性、耐摩耗性に優れたスラスト複層軸受となる。本発明のスラスト複層軸受は、自動車電装補機部品、重機部材、家電部材として使用されているスラストニードル軸受の代替品として利用することができる。
【0053】
また、本発明のスラスト複層軸受を複数個配列することで、スラスト複層軸受装置として利用できる。特に外径1000mmをこえる転がりスラスト軸受の代替品として、外径φ100mm〜φ200mm(金属鋼板の外径と軸受外径は同じ)の本発明のスラスト複層軸受を複数個、円状に配置した軸受装置を採用することができる。なお、この場合において、耐荷重性等を確保するため、金属鋼板の厚みは5mm以上とすることが好ましい。このようなスラスト複層軸受装置であれば、メンテナンスあるいは取り替え等が困難な装置において、容易に取替えを行なうことができる。
【0054】
本発明の複層軸受を複数個配置する場合は、軸受の幅寸法を管理する必要がある。樹脂層を形成した後、金属鋼板の下面を基準面として旋削、研磨などの機械加工をすることが好ましい。この際の樹脂層の仕上げ厚みは、0.1〜0.5mmであることが好ましい。樹脂層の厚みが、0.5mmをこえると、耐荷重性や放熱性を維持することが困難となる。一方、0.1mm未満であると、銅系焼結層が露出しやすくなり、摺動特性に劣る。
【0055】
繊維状補強材のみでも、多量に配合すれば、曲げ弾性率を高い値(例えば、5000MPa以上)にすることができる。しかしながら、その場合では加工性が低下する。特に、上述するように、スラスト複層軸受を複数個配置する場合では、幅寸法などの管理のため、樹脂層形成後の機械加工は不可欠であり、加工性の低下は避けなければならない。本発明の複層軸受では、耐熱性合成樹脂に、繊維状補強材のみでなく、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材を配合することで、その相乗的な効果により、繊維状補強材の量を多量とせずに曲げ弾性率を高い値とできる。この結果、繊維量を抑えて加工性を担保しながらも、高い弾性率を有する樹脂層を形成できる。
【実施例】
【0056】
各実施例および各比較例に用いた原材料を一括して以下に示す。なお、[ ]は、表1および表2に示す略号を示す。
(1)PEEK樹脂:ビクトレックス社製PEEK151G(実験室にて約60μmの粉砕粉に仕上げたもの)
(2)PPS樹脂:東ソー社製B160(粉末)
(3)PTFE樹脂:喜多村社製KTL610(粉末)
(4)ガラス繊維[GF1]:旭ファイバーグラス社製ミルドファイバーMF06JB1−20(平均繊維長30〜100μm、繊維径10μm)
(5)ガラス繊維[GF2]:旭ファイバーグラス社製ミルドファイバー20JH1−20(平均繊維長100〜300μm、繊維径10μm)
(6)マイカ:レプコ社製白雲母M325(平均粒子径26μm)
(7)タルク:松村産業社製クラウンタルクPP(平均粒子径約10〜20μm)
(8)炭素繊維[CF]:東邦テナックス社製テナックスHTA−CMF0160−0H(平均繊維長160μm、繊維径7μm)
【0057】
実施例1〜実施例12および比較例1〜比較例3
各実施例および比較例の複層軸受を次の方法で作製した。ステンレス鋼の円盤試験片(SUS304,φ90×6mm)を脱脂した後、全面に銅メッキを行ない、この鋼板の表面に青銅粉末(Cu−Sn系、#100メッシュをパスし、#200メッシュでオンするもの)を散布した。青銅粉末が一様に散布された鋼板を加熱・加圧することにより均一な層厚の銅系焼結層(約0.2mm厚み)を形成した。この銅系焼結層上に、表1および表2に示す配合割合で混合した樹脂粉末(粉末混合物)を散布し、金型内で、加熱・加圧により樹脂成分を銅系焼結層に被覆した。樹脂層は約2mmの厚みで形成した後、旋削加工にて約0.2mmとした。なお、旋削加工時にバイト摩耗が発生したものや、繊維の切断が困難であったものを、加工性に懸念ありとして「△」を、バイト摩耗が発生せず、繊維の切断も困難でなかったものを、加工性は問題なしとして「〇」をそれぞれ記録した。
【0058】
このようにして得られた試験片形状に対して、半球状の相手材(SUJ2,すべり面φ9mm)を3個配置し、スラスト型試験機により動摩擦係数、摩耗量(摩耗深さ)を測定した。潤滑はATFオイル(100℃)を用い、試験浴に毎分200ccの流量がオイルタンクから供給、排出される構成になっている。試験条件は速度25m/sec、面圧6MPaで10時間供試とした。3個の相手材のすべり円周は外径でφ60mmとした。摩擦摩耗試験の結果を表1および表2に示す。
【0059】
また、表1および表2に示す組成で各材料を2軸混練押し出し機を用いて溶融混練し、ペレタイザーを用いてペレット化した。ペレットを射出成形機でJIS 1号ダンベルに成形し、曲げ試験(ASTM D790に準拠(試験片寸法127×13×3.1mm、支点間距離50mm、試験速度1.3mm/min)弾性率測定方法は接線法)に供し、曲げ弾性率を常温(25℃)で測定した。結果を表1および表2に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
各実施例に示すように、本発明の複層軸受は、高面圧高速条件での低摩擦性、低摩耗性を有していた。具体的には、実施例にある材料はいずれも曲げ弾性率が5000MPaをこえ、評価した高面圧高速条件の摩擦係数は0.05以下を示し、所定時間内の摩耗量も0.04mm以下を示した。
【0063】
ガラス繊維を大量に配合した実施例11、炭素繊維を配合した実施例12は、低摩擦性、低摩耗性を有していたが、形成された樹脂層を旋削する際にバイト摩耗が発生した。また、実施例12は、試験片表面で炭素繊維の切断ができず、試験片表面から炭素繊維が抜け落ちるのが確認されたが、研摩によって解決可能である。
【0064】
一方、繊維補強材やマイカ、タルクを配合しない比較例1は、曲げ弾性率が4000MPaしか有さず、摩擦係数も高く、耐摩耗性も得られなかった。ガラス繊維のみを配合した比較例2は、曲げ弾性率が4300MPa程度で高剛性付与が弱く耐摩耗性が得られなかった。マイカのみを配合した比較例3は、曲げ弾性率が上昇するものの、摩擦係数を低くする効果が得られず、耐摩耗性を満足しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の複層軸受は、環境保全に配慮しつつ、高速条件での耐摩耗性の劣化がなく、高面圧下での耐クリープ性、低摩擦性、耐摩耗性に優れるので、自動車電装補機部品、重機部材、家電部材として使用されているスラストニードル軸受の代替品として好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
1 複層軸受
2 金属鋼板
3 銅系焼結層
4 樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属鋼板の表面に鉛を含まない銅系焼結層を設けた後、その銅系焼結層上に樹脂組成物からなる樹脂層が形成された複層軸受であって、
前記樹脂組成物が、耐熱性合成樹脂と、繊維状補強材と、マイカおよびタルクから選ばれる少なくとも1つの充填材とを含むことを特徴とする複層軸受。
【請求項2】
前記樹脂層は、前記耐熱性合成樹脂の粉末と、前記繊維状補強材と、前記充填材とを含む粉末混合物を前記銅系焼結層上に散布し、加熱・加圧することで該焼結層上に被覆形成されてなることを特徴とする請求項1記載の複層軸受。
【請求項3】
前記樹脂組成物の曲げ弾性率が、5000MPa以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の複層軸受。
【請求項4】
前記樹脂組成物全体に対して、前記繊維状補強材の配合割合が5〜30体積%、前記充填材の配合割合が5〜20体積%であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の複層軸受。
【請求項5】
前記耐熱性合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂またはポリフェニレンサルファイド樹脂であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項記載の複層軸受。
【請求項6】
前記繊維状補強材が、ガラス繊維および炭素繊維から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項記載の複層軸受。
【請求項7】
前記繊維状補強材が、平均繊維長30〜300μmのガラス繊維であることを特徴とする請求項6記載の複層軸受。
【請求項8】
前記樹脂組成物が、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項記載の複層軸受。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項記載の複層軸受からなることを特徴とするスラスト複層軸受。
【請求項10】
前記金属鋼板が、外径φ100mm以上、厚み5mm以上の円板状であり、前記樹脂層の厚みが0.1〜0.5mmであることを特徴とする請求項9記載のスラスト複層軸受。
【請求項11】
請求項9または請求項10記載のスラスト複層軸受を複数個配列してなることを特徴とするスラスト複層軸受装置。

【図1】
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【公開番号】特開2012−251616(P2012−251616A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125459(P2011−125459)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】