説明

複相組織ステンレス鋼鋼板および鋼帯、製造方法

【課題】耐食性に優れた高強度複相組織ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.20%,Si:0.10〜2.0%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.040%以下,S:0.010%以下,Cr:15.0〜18.0%,Ni:0.5〜4.0%,Sn:0.05〜0.50、N:0.010〜0.10%を含み、下記(a)式で定義される値γp が60〜95の範囲にあり、残部が実質的にFeの組成をもち、フェライトおよびオーステナイト二相域に加熱された後の冷却過程でオーステナイト相がマルテンサイト変態することによって生成したフェライトおよびマルテンサイトの複相組織を有することを特徴とするビッカース硬さが200HV以上の複相組織ステンレス鋼鋼板および鋼帯、その製造方法。
γp =420C+470N+23Ni+7Mn+9Cu−11.5Cr−11.5Si−12Mo−7Sn−49Ti−47Nb−52Al+189・・・式(a)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性と耐摩耗性に優れ、長期間の使用においても表面の鏡面光沢や写像性の低下が少ないステンレス鋼に関する。具体的な使用例としては、太陽光や家庭用照明機器の反射板、鏡、機械、電気、電子機器などの各種部品の素材として提供される。
【背景技術】
【0002】
耐食性、耐摩耗性に優れた金属材料としては、マルテンサイト系ステンレス鋼、加工硬化型のオーステナイト系ステンレス鋼、析出硬化型等のステンレス鋼、フェライトとマルテンサイトの複相組織ステンレス鋼が知られている。
【0003】
マルテンサイト系ステンレス鋼は、焼入れによりマルテンサイト組織とすることで、高強度化して用いられる。多くの場合、焼入れ後に焼戻しが行われる。成分(C,N)、焼入れ条件(溶体化処理温度や時間、冷却速度)、焼戻し条件(温度や時間)で、その硬さは調整される。この時の変態による体積膨張は結晶粒単位で生じるため、鋼板の表面粗度が大きくなるが、高強度で低靭性であるため、調質圧延による表面粗度の低減は容易でない。
【0004】
また、当該鋼は、オーステナイト単相域から焼入れてマルテンサイト単相組織を得ることを必要条件としているため、耐食性を向上させるCr,Mo等の元素は、オーステナイト単相化温度域を縮小することから、添加量が限られている。一例として、SUS420J1鋼では、Cr量が12〜14%と規定されている。このため、一般的には、ステンレス鋼としての最低限の耐食性しか有していない。また、より高Crのマルテンサイト系ステンレス鋼として、SUS429J1や、SUS431があり、15.00〜17.00%のCrを含有するが、マルテンサイト単相組織にすると延性が低く、フェライトや、オーステナイト相とマルテンサイトの複相組織にすると耐食性を損なう問題があった。
【0005】
一方、加工硬化型のオーステナイト系ステンレス鋼、代表的な鋼種としては、SUS301が挙げられる。当該鋼は、溶体化処理時にはオーステナイト組織であり、その後の調質圧延によって、徐々に加工誘起マルテンサイトに変態し、圧延率の増加により、両相の加工硬化が更に進んで高強度化するものである。その組成は、17%Cr−7%Niであり、主に鉄道車両に用いられているが、高価なNiを7%必要とするために、原料コストが高くなる問題がある。また、加工誘起マルテンサイト変態量は、冷間圧延時の材料温度に影響されるため、ステンレス鋼の冷間圧延で一般的なリバース式圧延では、圧延速度の変化が生じるコイルトップ、ボトム近傍で、加工誘起マルテンサイト量に変化が生じ、硬度変化が大きくなる。また、加工硬化が大きいため、熱延板を冷間圧延して所望の板厚に仕上げる際の圧延反力が高く、冷間圧延率によっては中間焼鈍が必要になるなど、生産性に関する問題もあった。
【0006】
また、析出硬化型のステンレス鋼としては、SUS630(17Cr−4Ni−4Cu)、631(17Cr−7Ni−1.2Al)等のマルテンサイト型析出硬化鋼が主流である。固溶化熱処理後に、室温に冷却する過程でマルテンサイト組織とし、引き続き時効処理を行うことによって、Cuに富む析出相や、金属間加工物NiAl化合物の微細分散析出を生じ硬化させるものである。当該鋼も高価なNi,Cu等の合金元素が多量に必要であり、原料コストが高く高価な材料である。更に、その製造においては、最終時効工程以外で析出硬化相が生じると、素材の靭性低下や冷間圧延反力の増加により冷間圧延できなくなる。そのため、例えば熱間圧延工程では、熱延後に低温巻取りが必要であり、巻取形状不良による疵の発生も問題とされていた。
【0007】
これらの問題を解決すべく開発されたのが、特許文献1〜4で開示されているフェライトとマルテンサイトの複相組織ステンレス鋼である。フェライトおよび炭窒化物組織の熱延板を冷間圧延した後、フェライトおよびオーステナイトの二相域に加熱し、冷却することでフェライトおよびマルテンサイトの複相組織とし、更に調質圧延や時効処理を加えるものである。SUS431、SUS429J1に類する組成を基に開発されており、必要な硬度に応じてマルテンサイト量を調整するように、適宜成分調整がなされている。当該鋼は、高強度の割には延性あり、強度の面内変動が小さく、形状平坦度に優れる特徴を持つと報告されている。また、代表的なフェライト系のステンレス鋼であるSUS430鋼も、二相域に加熱し冷却することによって容易にフェライトおよびマルテンサイトの複相組織になることが知られている。
【0008】
この様な、複相組織ステンレス鋼は、フェライトに比べてマルテンサイトのCr量が低いことにより、相の間で耐食性に差異が生じ、平均組成として得られるべき耐食性を十分に発揮できないことや、腐食による経年劣化の相間差が光沢や色調のムラを生じ、美観を損なうという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭63−007338
【特許文献1】特開昭63−169330
【特許文献2】特開平07−138704
【特許文献3】特開2002−105601
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
高強度ステンレス鋼の使用用途は多岐にわたり、洋食器ナイフにはSUS420J1鋼、鉄道車両にはSUS301、ばねにはSUS630、複相組織ステンレス鋼等、環境に応じて必要とされる耐食性や機械的性質から材料選定が行われている。しかしながら、近年、既存鋼以上に高い耐食性を有し、耐摩耗性や高い平坦度を有し、しかも安価な高強度ステンレス鋼が必要とされるようになってきた。一般に耐食性を向上させる元素としては、Cr,Mo,Nが知られており、これら元素の増量により耐食性の向上は可能である半面、相バランスが変わって、目標とする高強度が達成できなくなるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、このような問題を解消すべく考案されたものであり、マルテンサイトおよびフェライトの複相組織ステンレス鋼にSnを添加することによって、特にマルテンサイト相の耐食性を向上させ、18〜19Cr鋼に相当する耐食性を17Crベースで相バランスを変えることなく達成し、屋外の厳しい腐食、摩耗環境に耐え、鏡面として長期間性能を低下させることないステンレス鋼を提供することを課題とする。
【0012】
本発明の高強度複相組織ステンレス鋼は、その目的を達成するため、C:0.02〜0.20%,Si:0.10〜1.0%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.040%以下,S:0.010%以下,Ni:0.50〜2.5%,Cr:15.0〜18.0%,Sn:0.05〜0.30、N:0.010〜0.10%,を含み、下式(a)式で定義される値γp が60〜95の範囲にあり、残部が実質的にFeの組成をもち、フェライトおよびマルテンサイトの複相組織を有することを特徴とするビッカース硬さが200HV以上の高強度複相組織ステンレス鋼鋼板および鋼帯。
γp =420C+470N+23Ni+7Mn+9Cu−11.5Cr−11.5Si−12Mo−7Sn−49Ti−47Nb−52Al+189・・・式(a)
この高強度複相組織ステンレス鋼は、更にB:0.0003〜0.0050%,Cu:0.30〜2.0%,Mo:0.30〜2.0%,Al:0.01〜0.1%の1種または2種以上を含むことができる。
【0013】
この高強度複相組織ステンレス鋼は所定組成をもつステンレス冷延鋼帯または冷延鋼板を連続焼鈍炉に通板し、オーステナイトおよびフェライトの二相域である850〜1100℃に加熱した後で冷却する複相化焼鈍の冷却工程でオーステナイト相をマルテンサイト相に変態させ室温でマルテンサイトおよびフェライトの複相組織にすることにより製造される。複相化焼鈍後に調質圧延や時効焼鈍を施しても良い。
【発明の効果】
【0014】
本発明の者等は、ビッカース硬さ200HV以上で、18Cr鋼相当の耐食性を有し、最も合金コストを下げる方法を種々検討した。その結果、本発明の複相組織ステンレス鋼鋼板および鋼帯は、15〜17Cr鋼をベースとするマルテンサイトおよびフェライト複相組織ステンレス鋼において、Snを微量添加することで、強度を低下させることなく耐食性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】フェライト組織と、複相組織のステンレス鋼におけるSn添加が耐食性に及ぼす効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
複相組織ステンレス鋼の耐食性向上にSnが働く理由は、Cr,Moと同様に不動態皮膜の形成、強化によるものと推察される。一般に、ステンレス鋼の中性塩化物環境における耐孔食性を向上させる元素としては、Cr、Mo、Nが知られており、耐孔食指標としてPRE=Cr+3.3Mo+16〜30Nが提案されている。Snは高温強度を上げる元素として用いられているが、耐食性を向上させる目的での利用は報告例が少ない。しかしながら、マルテンサイト組織を有するステンレス鋼においては、微量のSnが中性塩化物環境における耐孔食性を大きく改善し、マルテンサイト鋼、マルテンサイトおよびフェライト複相組織ステンレス鋼共に、その効果は発揮される。従来、マルテンサイトおよびフェライト複相ステンレス鋼は、複相化熱処理時のオーステナイト相とフェライト相のCr量が異なるため、低Crのオーステナイトが変態したマルテンサイトの耐食性がフェライト相よりも低くなり、母材の平均組成Cr量よりも耐食性が低下するのが普通であった。
【0017】
本発明者等は、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性を向上させるシーズを探索し、Snによる改善効果が大きいこと、特に高転位密度下、即ち高い硬さを有する場合に於いて、その効果が表れることを見出した。複相化熱処理時において、SnはCrやMoと同様にフェライト相に濃化するが、フェライト相に比べて、マルテンサイト相はSnによる耐食性向上効果が大きいため、フェライト相に比べて、Cr量の少ないマルテンサイト相ではあるが、SnがCrの差を補って耐食性を向上させることで、複相組織でも平均組成以上のCr量に相当する耐食性を得る効果が発現するものである。以下、本発明ステンレス鋼に含まれる合金成分、含有量等を説明する。
【0018】
C:0.02〜0.20質量%
Cはオーステナイト安定化元素であり、固溶強化により特にマルテンサイトの強化に有効である。溶体化時に未固溶の炭化物は、マルテンサイトの強化と共に耐摩耗性を向上させる効果も有する。これらの効果は0.02質量%以上の含有量で顕著になる。しかし、C含有量の増加に伴って、複相化焼鈍後の冷却過程で、Cr炭化物が析出し、Cr欠乏相を形成することで耐食性を低下させる現象、所謂鋭敏化現象が起こりやすくなるため、C含有量の上限を0.20質量%とした。好ましくは0.10〜0.15%である。
【0019】
Si:0.10〜1.0質量%
Siはフェライト安定化元素であり固溶強化能も大きく、フェライト、マルテンサイト相を硬化させる。また、製鋼工程においては、脱酸元素としても作用する。この作用はSi含有量が0.10質量%以上で顕著に表れる。しかし、1.0質量%を超えて含有させると、複相組織ステンレス鋼に好適な相バランスが保てなくなる。好ましくは、0.20〜0.70%である。
【0020】
Mn:0.20〜2.0質量%
Mnはオーステナイト安定化元素であり、複相化焼鈍時によりオーステナイトおよびフェライトの適切な相バランスを得るために必要な合金元素であるため、0.20%以上含有させることが好ましい。オーステナイト安定化能は、Niの約半分であるが、Niに比べて安価な元素である。反面、Ms点を下げる効果がNiに比べると大きく、残留γの生成による硬度の低下が問題になる。また、耐酸化性を阻害する元素であり、焼鈍時の酸化による表面品質低下が問題になることがあるため、各品質への阻害影響が少ない範囲として2.0質量%以下とした。好ましくは0.50〜1.0%である。
【0021】
P:0.040質量%以下
Pは固溶強化能の大きな元素であるが、フェライト安定化元素であり、しかも耐食性や靭性に対して有害な元素である。ステンレス鋼の原料であるフェロクロムに不純物として含まれるが、ステンレス鋼の溶鋼から脱Pする技術が無いため、使用するフェロクロム原料の純度と量でPの量は決まる。しかし、低Pのフェロクロムは高価であるため、材質や耐食性を大きく劣化させない範囲である0.040質量%以下とした。好ましくは0.030%以下である。
【0022】
S:0.010質量%以下
Sは、硫化物系介在物を形成し、鋼材の一般的な耐食性(全面腐食や孔食)を劣化させるため、その含有量の上限は0.010質量%にする必要がある。Sの含有量は少ないほど耐食性は良好となるが、低S化には脱硫負荷が増大するので、下限を0.003質量%とするのが好ましい。好ましくは0.003〜0.008%である。
【0023】
Cr:15.0〜18.0質量%以下
Crは、母材の一般的な耐食性(全面腐食、孔食)の改善に有効な元素であるが、15質量%未満では十分な耐食性の確保が難しい。しかし、Crはフェライト相(α相)安定化元素であり、18質量%超の添加はオーステナイト相(γ相)の安定性が低下し、複相組織化による高強度化が困難になる。好ましくは15.5〜17.5%である。
【0024】
Ni:0.5〜2.5質量%
Niは、オーステナイト相の安定化元素であり、複相化焼鈍時のオーステナイト相分率に大きく影響する。適切な相分率を得るためには、Cr量に相応する量のNi添加が必要なため、その含有量は少なくとも0.5%質量%以上必要である。但し、Niは高価な元素であり、過剰な添加は、合金コストの増加になるため、SUS301系の材料と明確な価格差が出る量として、上限を2.5質量%以下とした。好ましくは1.0〜2.0%である。
【0025】
Sn:0.05〜0.30質量%
Snはフェライト相安定化元素であり、マルテンサイト相の耐食性向上に有効な元素である。複相化焼鈍時には、Crと同様にフェライト相に濃化するが、フェライトとマルテンサイトの複相組織において、Cr量の差を補う様に、マルテンサイト相の耐食性を向上させるため、フェライト相とマルテンサイト相の耐食性を同等とし、材料の耐食性を高めることができる。マルテンサイト相とフェライト相の耐食性をバランスするためには、最低でも0.05質量%以上必要である。Snを0.30質量%以上添加しても、Snによるマルテンサイト相の耐食性改善効果は飽和しており、合金コストを無駄に増加させることになるため、その上限を0.30質量%以下とした。好ましくは0.1〜0.25%である。
【0026】
N:0.010〜0.10%質量以下
NはCと同様に、オーステナイト安定化元素であり、マルテンサイトの強化にも有効な元素であるため、0.010%以上含有させることが好ましい。また、固溶Nは不動態皮膜を強化や、鋭敏化の抑制により、耐食性を向上させる働きを持つ。しかしながら、過剰な添加は気泡系欠陥の原因になるため、その上限を0.10質量%以下とした。好ましくは0.02〜0.06%である。
【0027】
上記成分に加えて、必要に応じて添加される元素として、B、Cu、Mo、Alがある。
B:0.0003〜0.0050質量%
Bは熱間圧延温度域においてフェライト相とオーステナイト相との変形抵抗差に起因したエッジクラックの発生を防止する効果があるため、0.0003%以上が望ましい。しかし、0.0050質量%を超えて添加すると、硼化物の析出による耐食性の低下や、熱間加工性の低下が生じるため、上限を0.0050質量%以下とする。好ましくは0.0005〜0.0030%である。
【0028】
Cu:0.3〜2.0質量%
Cuは必要に応じて添加される元素である。オーステナイト安定化元素であり、複相化焼鈍時のオーステナイトおよびフェライトの相バランスを得るために有効な合金元素であるため、0.3%以上含有させることが好ましい。オーステナイト安定化能は、Niの約半分であるが、Niに比べて安価な元素である。しかし、過剰な添加は析出物起因の耐食性低下や、耐酸化性の低下に起因する表面の光沢むらを引き起こすため、上限を2.0質量%以下とする。好ましくは0.5〜1.5%である。
【0029】
Mo:0.3〜2.0質量%
Moは必要に応じて添加される元素であり、Crにも増して耐食性を向上させる効果があるため、0.3%以上含有させることが好ましい。しかし、Crと同様に、複相化焼鈍時は、フェライトに濃化し、フェライトとマルテンサイトの耐食性差を拡大する。また、高価な元素であり、製造コストの上昇の原因ともなるため、その上限を2.0質量%以下とする。好ましくは0.5〜1.2%である。
【0030】
Al:0.01〜0.1%
Alは脱酸剤として効果的な添加成分である。脱酸効果を得るためには0.01%以上の添加が好ましい。しかし、多量に含有するとクラスタ状の高融点酸化物を形成してスラブの表面疵の原因となる。更に、溶接性も悪くなるため、その含有量は0.1質量%以下とする。好ましくは、0.02〜0.05質量%である。
【0031】
その他の不可避的混入する元素として、Nb、Ti、V、Ca、Mg、REM、Co、Y、Zr等がある。これらの元素は精錬過程におけるスラグや、合金原料から混入するものであり、積極的に添加するものではないが、0.01質量%以下の量が不可避的に含まれる。特にVの混入量は多く、0.05質量%以下の量が含まれる。
【0032】
γp:60〜95
下記(a)式で表わされる値γpは、1000〜1150℃のフェライト相とオーステナイト相の二相域における、オーステナイト相の最大量を表す指標であり、概ね体積分率をパーセンテージで表わした値と一致する。複相化焼鈍後、或いは更に冷間圧延や時効処理を加えた後の硬度がビッカース硬さで200を超えるために必要なマルテンサイト量を得るために、γpの式を60以上、95以下にすることが必要である。60未満ではフェライトとマルテンサイトの複相組織において十分な硬さが得られない。更に、20〜60では、熱延時の熱間加工性が低下して、耳割れを生じることもある。また、95%超では加工性が低下するために95以下とした。
γp =420C+470N+23Ni+7Mn+9Cu−11.5Cr−11.5Si−12Mo−7Sn−49Ti−47Nb−52Al+189・・・式(a)
【0033】
本発明においては、複相組織ステンレス鋼にSnを添加した点が特徴であるため、この効果について、以下に実験結果を基に開設する。まず、フェライト単相組織の代表的なステンレス鋼としてSUS430LX鋼、複相組織の代表例として、0.10C−0.5Si−0.35Mn−17.1Cr−1Ni−0.03N鋼を基本組成とする溶鋼を、真空溶炉で溶精し、Snの量を0〜0.30%まで変化させて鋳造した。鋼塊の表面を平滑に研削した後、熱間圧延を行って、板厚3.0mmの熱延鋼帯とした。常法によって、焼鈍、酸洗、冷間圧延を行って、SUS430LXベース鋼は、880℃で、複相組織ステンレス鋼は1000℃で焼鈍した。これらの材料を供試材として、JIS G 0577に規定される孔食電位測定を行った。測定した孔食電位は0%Sn添加材の孔食電位との比にして、図1に整理した。
【0034】
両鋼におけるSnの効果は大きく異なっており、フェライト単相鋼では、添加量と共に孔食電位が一定の比で増加するのに対し、複相組織ステンレス鋼では、0.05%Snを添加したところから、急激に鋼食電位が上がることが分かる。これは、複相組織鋼において、マルテンサイト相の耐食性がフェライト相に比べて劣位なために、マルテンサイト相の耐食性に支配されていたものが、Snの添加によって両相の耐食性がフェライト相の耐食性と同等になったためと考えられる。
【0035】
当該鋼において、硬さはマルテンサイト量、固溶炭素窒素量、焼戻し条件等によって主に支配されるものであり、転位密度と対応するものである。Sn添加によるマルテンサイト相の耐食性向上は、高転位密度下において現れるものであり、その間接的な指標として硬さを200HV以上とした。高転位密度下でSnによる耐食性向上が顕著に表れる原因は明確でないが、不動態皮膜の強化が促進されるものと考えられる。なお、硬さを200HV以上とするには、本願が規定する組成及びγpの範囲内において、後述するようにマルテンサイト変態時の冷却速度を20℃/sとすることが好ましい。
【0036】
次に、耐食性に優れた高強度複相組織ステンレス鋼の好適な製造方法について説明する。まず、上記の好適成分組成に調整されたステンレス鋼は、常法によって熱延、焼鈍、酸洗、冷延の工程を経て冷延鋼帯に製造される。この時の、熱間圧延における加熱温度は熱間加工性を確保して、熱延板端面の耳割れを防止するために、1140〜1240℃が好ましい。また、巻取温度は、熱延板の軟質化のために600〜800℃とすることが好ましい。
【0037】
熱延板焼鈍も、熱延板を冷間圧延前に軟質化するために行うものであり、箱形焼鈍炉によって、750〜880℃で、1時間以上20時間以下保持される条件で行うことが好ましい。酸洗後に行う冷間圧延では、生産性と組織の均質化の観点から、冷間圧延率を60〜80%とすることが好ましい。冷延鋼帯は連続焼鈍炉で通板され、フェライトおよびオーステナイトの二相域に加熱される。このときの焼鈍温度はAc1以上であり、フェライトが再結晶する温度であることが必要であるため、850℃以上とした。焼鈍温度はオーステナイト量に影響し、Ac1から850℃の範囲では、オーステナイトの量が大きく変化することから、組織の均一性、材質の安定性の面からも850℃以上が望ましい。他方、フェライトおよびオーステナイトの二相組織を有するステンレス鋼は高温でクリープ変形し易く、連続焼鈍時の通板張力によって、通板方向に伸び、幅縮を起こしやすい。クリープ変形は、高温ほど起こりやすいため、焼鈍温度の上限を1100℃とした。
【0038】
850〜1100℃の焼鈍によって生成したフェライトおよびオーステナイト組織をもつステンレス鋼を冷却すると、冷却過程でオーステナイト相がマルテンサイト相に変態し、室温ではフェライトおよびマルテンサイトの複相組織となる。当該鋼のマルテンサイト変態に要する臨界冷却速度は、鋭敏化の抑制に必要な冷却速度に比べて遅いため、冷却速度は、鋭敏化を防止するために必要な20℃/s以上で、焼鈍温度から550℃以下まで冷却することが好ましい。
【0039】
フェライトおよびマルテンサイトの複相組織とした鋼帯には、必要に応じて冷間圧延や、時効処理が行われる。冷間圧延はマルテンサイトに比べて軟質なフェライト相を強化するためであり、時効処理はマルテンサイトの靭性向上を目的としたものである。冷間圧延率はフェライト相の強化のために10%以上が必要である。また、すでに高強度を有する複相粗域材料を高圧下率まで冷間圧延することは生産性が悪くなる他、幅端部の耳割れを生じる場合もあるため冷間圧延率は50%以下が好ましい。また、時効処理温度は連続焼鈍によって時効が可能になる300℃以上が好ましく、焼鈍時の鋭敏化抑制の観点から550℃以下が好ましい。
【実施例1】
【0040】
表1に示す組織の各種ステンレス鋼を真空溶解炉で溶精し、1160℃に1時間加熱後、熱間圧延で板厚3.0mmの熱延鋼帯とし、760℃の巻取再現炉に入れて炉冷した。熱延板焼鈍は800℃で4時間の均熱後、25℃/hrで350℃まで冷却後、空冷した。さらに酸洗の後、冷間圧延により板厚0.5mmの冷延鋼帯とした。この冷延鋼帯に表2に示す条件での連続焼鈍炉による複相化熱処理、及び調質圧延を施し、一部には時効処理を行った。
【0041】
表1中、鋼種番号A1〜A31が本発明で規定された組成を満足するステンレス鋼であり、鋼種番号a32〜a52が比較例である。鋼種番号a49はSUS410、鋼種番号a50はSUS429J1、鋼種番号a51はSUS430、鋼種番号a52はSUS431に相当する。
【0042】
得られた鋼板について、以下の評価を行った。硬度測定には、JIS Z2244に規定されるビッカース硬さ試験-試験方法で行い、表面から測定した。また、フェライト量の同定は、組織をステンレス鋼便覧(昭和50年発行、4版, p871)にも記載される村上試薬で腐食エッチングした後、顕微鏡観察と画像解析を組み合わせて行った。耐食性の評価は、JIS G0577に規定されるステンレス鋼の孔食電位測定方法を用いて行い、SUS430LX鋼に比べて、同じか高い値を示したものを良(○)、低い値を示したものを不良(×)とした。
【0043】
次に耐候性の評価であるが、鏡面に研磨した試験片に対して、屋外における一か月の暴露試験と、JIS K7205に規定されるプラスチックの摩耗試験を繰り返す試験を6サイクル行い、鏡面光沢の劣化度合いから評価を行った。鏡面光沢度の測定はJIS Z8741に規定される鏡面光沢度測定方法の方法5(GS20°)で行った。50を超える大きな光沢低下を生じた物を不良(×)、光沢の低下が50未満と小さい物を良(○)と判断した。尚、プラスチックの摩耗試験では、試験機の摩耗損傷を抑えるために、400HV5以上の材料を回転円板に用いた。材質の評価は、硬度が200HV以上で、剪断時に脆性破壊を生じないものを良(○)、硬度が200HV以下であるか、剪断時に脆性破壊を生じたものを不良(×)とした。熱延板の耳割れ評点は、熱延コイルを端面から観察し、耳割れの個数を測定した。2.5個/km以上を×、1.25以上で2.5未満を△、0.25以上で1.25未満を○、0.25未満を◎とした。これらの評価結果を表2に示した。
【0044】
表1に記載したNO.A1〜A31が本発明例であり、NO.a32〜a52が比較例である。本発明に規定される成分範囲の冷間圧延鋼帯に複相化焼鈍を行うことによって、耐食性、耐気性、材質に優れた材料を得ることができる。更に、Bを添加したNO.A16、A17については、熱延板の幅端部における耳割れが極めて少なく、優れた端面性状を示した。
【0045】
一方、比較例NO.a33、a34、a39、a40、a42、a44〜a48、a50〜a52では、Snの添加量が0.05%未満、NO.a38、a39、a49ではCrが15%未満、NO.a37では、Sが0.01%超、NO.a36ではPが0.04%超、NO.a43ではBが0.0050%超の複相組織鋼において、耐食性が不良であった。これら耐食性が不良の材料と共に、耐食性は良好だが、NO.a39、a46の様に成分バランスによりγpが60未満の場合は摩耗による劣化があり、耐候性が不良であった。
【0046】
また、NO.a32の様にCが0.020%未満で0.50%Siの場合、NO.a39の様にCrが18%超で、0%Snの複相組織ステンレス鋼で、硬さが200HV未満のものは、耐食性低下と共に、摩耗による劣化も加わって、耐候性が劣化した。一方、NO.a33、a41、a49、a50、a52の様にγpが95超か、Cが0.20%超のもの、NO.a45の様にCuが2%超の場合は硬質化しすぎて材質が不良であった。その他、NO.a35はMnが2%超のため、複相化焼鈍時に光沢むらが発生したため不良であった。また、NO.a41はNiが2.5%超のためコスト増でも不適であった。また、NO.a44は、Nが0.09%超のため気泡系の欠陥が表面に現れてため不良であった。NO.a47は、Alが0.1%超のため、介在物系の欠陥が生じ不良とであった。
【実施例2】
【0047】
表3に示す組織の各種ステンレス鋼を真空溶解炉で溶精し、1160℃に1時間加熱後、熱間圧延で板厚3.0mmの熱延鋼帯とし、760℃の巻取再現炉に入れて炉冷した。熱延板焼鈍は800℃で4時間の均熱後、25℃/hrで350℃まで冷却後、空冷した。さらに酸洗の後、冷間圧延により板厚0.5mmの冷延鋼帯とした。この冷延鋼帯に表3に示す条件での連続焼鈍炉による複相化熱処理、及び調質圧延を施し、一部には時効処理を行った。
【0048】
表3中、鋼種番号B1〜B31が本発明で規定された組成を満足するステンレス鋼であり、鋼種番号b32〜b52が比較例である。鋼種番号b49はSUS410、鋼種番号b50はSUS429J1、鋼種番号b51はSUS430、鋼種番号b52はSUS431に相当する。
【0049】
得られた鋼板について、実施例1と同様の評価を行い、結果を表4に示した。
表3に記載したNO.B1〜B31が本発明例であり、NO.b32〜b52が比較例である。本発明に規定される成分範囲の冷間圧延鋼帯に複相化焼鈍を行うことによって、耐食性、耐気性、材質に優れた材料を得ることができる。更に、熱延板の幅端部における耳割れが極めて少なく、優れた端面性状を示した。
【0050】
一方、比較例NO.b32〜b34、b39、b40、b42、b44〜b52では、Snの添加量が0.05%未満、NO.b38、b49ではCrが15%未満、NO.b37では、Sが0.01超、NO.b36ではPが0.04%超、NO.b43ではBが0.0050%超の複相組織鋼において、耐食性が不良であった。これら耐食性が不良の材料と共に、耐食性は良好だが、NO.b39、b46の様に成分バランスによりγpが60未満の場合は摩耗による劣化があり、耐候性が不良であった。
【0051】
また、NO.b32の様にCが0.020%未満で0%Snの場合、NO.b39の様にCrが18%超で、0%Snの複相組織ステンレス鋼で、硬さが200HV未満のものは、耐食性低下と共に、摩耗による劣化も加わって、耐候性が劣化した。一方、NO.b33、b41、b49、b50、b52の様にγpが95超か、Cが0.20%超のもの、NO.b45の様にCuが2%超の場合は硬質化しすぎて材質が不良であった。その他、NO.b35はMnが2%超のため、複相化焼鈍時に光沢むらが発生したため不良であった。また、NO.b41はNiが2.5%超のためコスト増でも不適であった。また、NO.b44は、Nが0.09%超のため気泡系の欠陥が表面に現れてため不良であった。NO.b47は、Alが0.1%超のため、介在物系の欠陥が生じ不良であった。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【0055】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02〜0.20%、
Si:0.10〜1.0%、
Mn:0.20〜2.0%、
P:0.040%以下、
S:0.010%以下、
Cr:15.0〜18.0%、
Ni:0.5〜2.5%、
Sn:0.05〜0.30、
N:0.010〜0.10%を含み、下記(a)式で定義される値γp が60〜95の範囲にあり、残部が実質的にFeの組成をもち、フェライトおよびマルテンサイトの複相組織を有することを特徴とするビッカース硬さが200HV以上の複相組織ステンレス鋼鋼板および鋼帯。
γp =420C+470N+23Ni+7Mn+9Cu−11.5Cr−11.5Si−12Mo−7Sn−49Ti−47Nb−52Al+189・・・式(a)
【請求項2】
更に、質量%で、B:0.0003〜0.0050%以下、Cu:0.30〜2.0%,Mo:0.30〜2.0%,Al:0.01〜0.1%の1種または2種以上を含む、請求項1に記載の複相組織ステンレス鋼鋼板および鋼帯。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の組成を有するステンレス冷延鋼帯または冷間圧延鋼板に、フェライトおよびオーステナイトの二相域である850~1100℃に加熱した後で冷却し、室温でフェライトおよびマルテンサイトの複相組織にする複相化焼鈍を施すことを特徴とする、複相組織ステンレス鋼板および鋼帯の製造方法。
【請求項4】
更に、調質圧延と時効処理のどちらか一方、または両方を行うことを特徴とする、請求項3に記載の複相組織ステンレス鋼板および鋼帯の製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2011−225970(P2011−225970A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−50003(P2011−50003)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】