説明

角層酸化タンパク質の検査方法及びキット

【課題】角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させることにより試料中の酸化タンパクにゲル中の蛍光物質を結合させてセミドライな環境下で蛍光標識することにより、角層酸化タンパク質の測定における時間及び労力を軽減すること。
【解決手段】本発明は、角層酸化タンパク質を検出するための方法であって、角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させ、試料中の酸化タンパク質にゲル中の蛍光物質を結合させることにより蛍光標識させることを特徴とする方法、及びその方法を実施するために利用されるキットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層酸化タンパク質を検出するための方法であって、角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させ、接触表面上において試料中の酸化タンパク質にゲル中の蛍光物質を結合させることにより蛍光標識させることを特徴とする方法、及びその方法を実施するために利用されるキットを提供する。
【背景技術】
【0002】
肌質(または皮膚の状態)を的確に把握することは、より健康な皮膚を維持するための的確なスキンケアをする上で重要である。そのため、化粧品によるスキンケアを実施するに際し、例えば、美容技術者による問診などを通じて、化粧品の使用者の肌質が評価されてきた。また、肌質の客観的な評価を目的として、各種の計測機器を使用して、観察又は測定されるパラメーターにより、皮膚の状態または機能を評価することも行われている。
【0003】
近年、皮膚の加齢に伴う老化や光老化との関係で、角層酸化タンパク質の研究が盛んに行われている。酸化タンパク質とは、酸化を受けた結果角層酸化タンパク質のカルボニル基の導入されたタンパク質をいい、一般に、タンパク質におけるLys、Arg、Proといったアミノ酸残基のNH2基が直接酸化されて角層酸化タンパク質のカルボニル基となった結果生成されたものと、脂質が酸化して過酸化脂質、更には分解して反応性の高いアルデヒドとなり、それがタンパク質と結合することで生成されたものとがある。酸化タンパク質は老化関連での研究が豊富にされており、加齢(脳、肝、線維芽細胞)、アルツハイマー病、早老症(Werner症候群)等において増加することが認められている。
【0004】
皮膚においては、皮膚表面の皮脂がフリーラジカルによって酸化し、過酸化脂質が生成することでタンパク質の酸化が開始されるものと考えられる。いったん過酸化脂質が生成されると、酸化は連鎖的に進行し、肌表面に刺激を与えるだけにとどまらず、角質層の奥まで入り込んで細胞にダメージを与える。このようにして、皮脂、皮膚タンパク質の酸化は肌本来がもつうるおい、はり、明るさ等を保つ機能をことごとく低下させると考えられる。従って、表皮の酸化タンパク質の性状、例えば存在量、分布状態等を評価することは、肌質または皮膚の状態を的確に把握し、その後のスキンケア法の方針決定や化粧品の選定のために極めて重要であるものと考えられる。
【0005】
前述の通り、角層酸化タンパク質に関する研究が多々行われている。J.J.Thiele et al. FEBS Letter 1998 Feb 6, 422(3), 403-406には、角層酸化タンパク質の検出方法が記載されている。それには、粘着テープを皮膚表層に貼付け、剥がすといったいわゆるテープストリッピング操作を行うことで角層の付着したテープ(「テープ角層」)を獲得し、酸化タンパク質をELISAにて検出する方法が開示されている。Thieleらによれば、テープ角層に紫外線照射を施したところ、酸化タンパク質の増加が認められ、また酸化タンパク質の存在量は、上腕等の非露光部角層よりも顔面等の露光部角層において多い、とのことである。
【0006】
J.J.Thiele et al. J. Invest. Dermatol. 1999, Sep, 113(3), 335-359においては、テープ角層からタンパク質抽出を行い、可溶性成分をDNPH標識し、SDS-PAGEにかけ、抗DNP抗体を用いてウェスタンブロットを行うことで酸化タンパク質の検出を行っている。それにおいては、酸化タンパク質は角層の中層や下層よりも上層において多く存在することが報告されている。
【0007】
C.S.Sander et al. J. Invest. Dermatol. 2002, Apr, 118(4), 618-625においては、ヒト皮膚組織切片をDNPHで標識し、抗DNPで染色することで酸化タンパク質の検出を行っている。それにおいては、光老化皮膚では主に真皮において酸化タンパク質の量が増大することが認められ、また、紫外線を連日照射することで角層酸化タンパク質の量が増加し、またその増加の割合は紫外線の照射量に依存して増大することが報告されている。
【0008】
前述の従来技術における酸化タンパク質の検出は角層試料を採取し、タンパク質抽出に付し、そのタンパク質抽出物にDNPHを作用させて酸化タンパク質をDNPで標識し、SDS-PAGEで分離し、ニトロセルロース膜に転写し、抗DNP抗体を作用させてからパーオキシダーゼ標識二次抗体を結合させ、そしてケミルミネッセンス試薬(ECL基質)で発色させるといった手間暇のかかる工程を包含するものであった。しかも、得られる情報は酸化タンパク質の量に関するものに限られ、それが肌上でどのように分布し、顕在化しているかといった二次元的な詳細な情報は一切提供しないものであった。従って、酸化タンパク質の検出は肌質の評価に有用であると示唆されているにもかかわらず、その操作が面倒であり、また得られる情報も限られる、などといった理由であまり活用されるものではなかった。
【0009】
これに対して特開2004-340935号公報は、皮膚から採取した角層試料中の角層酸化タンパク質のカルボニル基を、角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光染色するための蛍光物質を含む溶液中においてその蛍光を検出することで角層酸化タンパク質の角層上での性状を二次元的に評価するための方法について開示している。しかしながら当該方法は蛍光染色溶液と測定物質との反応時間を約1時間程度行わなければ安定した測定が行えず、また、測定物質を均一に染色するために、気泡を発生させないように慎重に操作する必要があり、一度に多くの操作をするには熟練が必要であった。さらに、染色溶液との反応後にバックグランドの検出がされないように蛍光化された試料をリンスし、その後乾燥させる操作が必要であり、一度に大量の染色を行うことは困難である。
【0010】
このように、これまで皮膚老化の予防又は改善を目的とする適切なスキンケア法、治療法、化粧品、医薬品の選定などのために有効な情報を得るために、皮膚の酸化タンパク質の性状の評価に関する研究が行われてきたが、前述のようなこれらの方法はいずれも非常に煩雑であり、時間のかかるものであった。したがって、これらの方法に代わる簡便で有効な方法は産業界において極めて有用であり、例えば近年における化粧品業界などで行われている適切なスキンケア法などのアドバイスを目的とするカウンセリングサービスの提供のための有力な手段ともなり得るものと考えられる。
【0011】
【特許文献1】特開2001-91514号公報
【特許文献2】特開2004-340935号公報
【非特許文献1】FEBS Letter 1998 Feb 6, 422(3), 403-406
【非特許文献2】J. Invest. Dermatol. 1999, Sep, 113(3), 335-359
【非特許文献3】J. Invest. Dermatol. 2002, Apr, 118(4), 618-625
【非特許文献4】Analytical Biochemistry 1987, 161, 245-257
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者は、角層酸化タンパク質を検出するための方法であって、角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させることによって、接触表面上で酸化タンパク質を蛍光標識させることにより、迅速で簡便な検出方法を供することを課題とする。従来において、蛍光物質を用いてタンパク質又は核酸などの標的物質を検出する方法は、試料から標的物質を抽出するという煩雑な操作を行い、その後、検出媒体(例えば、アクリルアミドゲル等)に転写することにより行われてきた。これは一般的に、標的物質が試料の表面には存在せず、測定物質中の内部に存在することにより染色が困難であるためである。しかしながら本願における方法は、標的物質が角層試料の表面に存在している角層タンパク質であるために、角層タンパク質を角層試料から抽出する必要がなく、更に試料タンパク質をゲル中に転写させずに、試料を染色用ゲルと直接接触させることによって試料側にゲル中の蛍光物質を移行させることにより、容易かつ迅速に染色することができる。また、特開2004-340935号公報に開示される角層試料を蛍光染色溶液に接触させる方法においては、染色後の試料中のバックグランドが高くなることから、蛍光化された角層試料をリンスし、乾燥させる操作が必要であり、さらに溶液中に試料を接触させる操作において、染色溶液に気泡が入らないように注意しなければならなかったため、時間及び労力を必要とした。
【課題を解決するための手段】
【0013】
従って、本発明は、角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に検出するための方法であって、当該方法が、皮膚から採取した角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させる工程、及び当該蛍光を検出する工程、を含んで成る方法を供する。好ましくは前記接触工程において室温で5分〜30分間維持され、更に好ましくは前記検出は蛍光顕微鏡下で行われ、それにより得た検出結果は画像化される。
【0014】
好適な態様において、前記角層酸化タンパク質のカルボニル基の特異的な蛍光物質は、ヒドラジノ基含有蛍光物質であり、より好ましくはフルオレセイン−5−チオセミカルバジド、テキサスレッドヒドラジド、及びルシファーイエローヒドラジドから成る群から選ばれる。
【0015】
更に好適な態様において、前記蛍光物質を含むゲルはアガロースゲルであり、好ましくは前記蛍光物質を含むゲルのpHは、pH3〜7であり、より好ましくはpH5である。
【0016】
更に好適な態様において、前記角層試料は、皮膚に対するテープストリッピングにより採取されたテープ角層であり、角層酸化タンパク質の角層上での存在が二次元的に評価される。
【0017】
別の観点において、本発明は、角層酸化タンパク質の角層上での存在を二次元的に評価する方法に利用するためのキットであって、テープストリッピングにより角層試料を採取するための粘着テープ;及び
角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲル;
を含んで成ることを特徴とするキットを供する。
【0018】
好適な態様において、前記検出は蛍光顕微鏡下で行い、それにより得た検出結果を画像化する。
【0019】
更に好適な態様において、前記蛍光物質はヒドラジノ基含有蛍光物質であり、前記角層酸化タンパク質のカルボニル基の特異的な蛍光標識は、前記角層試料をヒドラジノ基含有蛍光物質を含むゲルに直接接触させることにより角層試料中の酸化タンパク質にヒドラジノ基含有蛍光物質を作用・結合させることにより実施する。
【0020】
更に他の観点において、本発明は、酸化タンパク質の増加を抑制する薬剤のスクリーニング方法であって、適当な酸化を促進する条件において、角層試料を候補薬剤で処理し、しかる後に角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させ、接触表面上において、試料中の酸化タンパク質のカルボニル基がゲル中の蛍光物質と特異的に結合することにより、角層上の酸化タンパク質が蛍光標識され、その蛍光を検出することで、当該薬剤の酸化タンパク質の増加を抑制する活性を評価することを特徴とする方法を供する。
【0021】
好適な態様において、前記酸化を促進する条件は、亜塩素酸ナトリウム、不飽和脂肪酸、アルデヒド類、又はタバコの煙で処理することにより供される。
【0022】
更に好適な態様において、前記角層酸化タンパク質のカルボニル基の特異的な蛍光物質は、ヒドラジノ基含有蛍光物質であり、より好ましくはフルオレセイン−5−チオセミカルバジド、テキサスレッドヒドラジド、及びルシファーイエローヒドラジドから成る群から成る群から選ばれる。
【0023】
更に好ましくは、前記検出は蛍光顕微鏡で行う。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、皮膚角層から得られた試料を、角層酸化タンパク質のカルボニル基と特異的に結合する蛍光物質を含むゲルに直接接触させ、接触表面上で酸化タンパク質を蛍光標識させることにより、目的タンパク質を試料から抽出するという煩雑な工程を経ることなく、更にセミドライな環境下で直接蛍光染色することを可能とする。これにより試料のバックグランドの検出を避けるためにリンスし、更に乾燥させるといった操作を省略することができ、従って迅速かつ簡便に、角層試料中の酸化タンパク質を検出することができることから、特に化粧品等の販売の際のカウンセリングサービスにおけるかかる酸化タンパク質の情報の活用が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明は、角層酸化タンパク質を検出するための方法であって、測定物質と、角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルとを直接接触させ、接触表面上で蛍光標識させることを特徴とする方法、及びその方法を実施するために利用されるキットを提供する。角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルと直接接触させ、その後、好ましくは更に室温で約15分間維持する。ゲルと接触した試料中の酸化タンパク質は、カルボニル基とゲル中にあらかじめ含まれている蛍光物質由来のヒドラジノ基が作用・結合することにより特異的に蛍光染色される。本発明の方法に従うことにより、以降の実施例にも示す通り、従来方法と比較してより迅速で簡便な皮膚角質層の酸化タンパク質の検出が可能となる。
【0026】
角層は表皮角化細胞が終末分化して形成された角質細胞と、それをとりまく細胞間脂質から構成される。角質細胞は構造タンパク質たるケラチンを主成分とし、それを包むコーニファイドエンベロープ(「角質肥厚膜」)から構成される。角層タンパク質は紫外光、化学系酸化剤、大気汚染物質などの様々な因子に対する暴露や加齢に伴い、酸化を受けた結果角層酸化タンパク質のカルボニル基が導入される。このような酸化には、タンパク質におけるLys、Arg、Proといったアミノ酸残基のNH2基が直接酸化されて角層酸化タンパク質のカルボニル基となる場合と、脂質が酸化して過酸化脂質、更には分解して反応性の高いアルデヒドとなり、それがタンパク質と結合することで起こる場合とが考えられる。
【0027】
本発明において、皮膚由来の角層試料は、身体のいずれの部分に由来する試料でもよく、また、かような試料(組織もしくは細胞)の培養物であってもよい。該試料の由来する身体の部位または領域の典型例としては、顔面の頬、額、手甲および体幹などを挙げることができる。
【0028】
このような試料は、所謂、外科的手段等の侵襲的な方法により取得されたものであってもよいが、殊に肌質の評価を目的とする場合には、簡易さを理由に、非侵襲的な方法により皮膚から取得されるものであることが好ましい。非侵襲的な方法としては、当該技術分野で常用されているテープストリッピングや擦過法等を挙げることができる。
【0029】
テープストリッピングは、皮膚表層に粘着テープ片を貼付、剥がすことを実施することで、皮膚の二次元的状態をその粘着テープにそのまま転写させることができるため、本発明において特に好ましい。テープストリッピングによりテープ角層を採取し、裁断せずにそのままの状態で酸化タンパク質を特異的に蛍光染色すれば、実際の皮膚の二次元的性状に対応した酸化タンパク質の二次元的情報が得られることとなる。
【0030】
テープストリッピングの好ましい方法は、まず皮膚の表層を例えばエタノールなどで浄化して皮脂、汚れ等を取り除き、適当なサイズ(例えば5×5cm)に切った粘着テープ片を皮膚表面の上に軽く載せ、テープ全体に均等な力を加えて平たく押さえ付け、その後均等な力で粘着テープを剥ぎ取ることで行われる。粘着テープは市販のセロファンテープなどであってよく、例えばScotch Superstrength Mailing Tape (3M社製)等が使用できる。
【0031】
本発明の染色用ゲルは、アガロースゲル、又はポリアクリルアミドゲルが好ましいが、特に好ましくはアガロースゲルである。これは以下のとおり調製することができる。例えば、3gのアガロースを、pHを約3.0〜7.0、好ましくは約5.0に調整した100mlのMESバッファーに添加し、そして良く撹拌し、生じた混合物を加熱する。加熱した混合物が固まらないうちに、所望の最終濃度、好ましくは、5〜50μMとなるようにカルボニル基を特異的に検出するための蛍光物質を良く撹拌しながら添加し、それからセットしたガラスケースに混合溶液を流し込み、室温にて冷却することによりゲルを固める。
【0032】
染色用ゲルに含まれる、角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識する蛍光物質は、角層酸化タンパク質のカルボニル基に結合できるヒドラジノ基
―NHNH2
を有するものが好ましい。そのような蛍光物質の例には、フルオレセイン−5−チオセミカルバジド、テキサスレッドヒドラジド、ルシファーイエローヒドラシド等が挙げられる。
【0033】
このようなヒドラジノ基含有蛍光物質を使用する場合、酸化タンパク質の検出は例えば以下のようにして実施できる:
(1)角層試料を例えばテープストリッピングにより、採取する;
(2)前記試料とヒドラジノ基含有蛍光物質を含むゲルとを室温にて約15分間接触させる;
(3)テープをゲルからはがし、蛍光顕微鏡にてテープ表面上の染色された酸化タンパク質を検出する;
(4)任意的に、蛍光顕微鏡撮影する。
【0034】
本発明に係るキットは、前述の粘着テープ及び蛍光物質を含むゲルの他に、前述の方法の実施に必要な試薬も一緒に含んでよい。
【0035】
上記の酸化タンパク質の検出方法及びキットを使用することで、酸化タンパク質の皮膚上での二次元的性状、詳しくは存在量、存在箇所、分布状態、例えば散在しているか、局在しているか、等の様々な情報を得ることができ、しかもそれは従来必要とされていたタンパク質の抽出操作、電気泳動操作、ウェスタンブロッティング操作などを必要とせず、更に特開2004-340935号に記載される方法と異なり、蛍光標識工程がセミドライなゲルと接触させることにより行われることから、蛍光染色後に試料のリンス及び乾燥工程を必要とせず、また、その反応時間も15分程度でプラトーに達することから迅速な染色ができるために、一度に大量の酸化タンパク質を染色することが可能となる。更に染色操作も簡便であることから、染色にかかる労力を著しく低減することができる。従って上記の酸化タンパク質の検出方法及びキットは、肌質の評価にとって有力な情報を簡単な操作及び設備で実施できるものとし、例えば化粧品販売の店頭でも簡単に実施することが可能である。
【0036】
本発明は酸化タンパク質の増加を抑制する薬剤のスクリーニング方法も提供する。この方法は、角層、例えば皮膚から採取した角層試料又は皮膚そのものを適当な酸化を促進する条件において候補薬剤で処理し、しかる後に角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させ、接触表面上において、試料中の酸化タンパク質のカルボニル基がゲル中の蛍光物質と特異的に結合することにより、角層上の酸化タンパク質が蛍光標識され、その蛍光を検出することで、当該薬剤の酸化タンパク質の増加を抑制する活性を評価することを特徴とする。酸化の促進は、当業者に周知の様々な酸化剤、例えば次亜塩素酸ナトリウム、不飽和脂肪酸、例えばリノール酸、オレイン酸、パルミトレイン酸、アルデヒド類、例えばアクロレイン、又はタバコの煙で処理することにより行うことができる。角層試料の酸化剤による処理は、候補薬剤による処理と同時に行うか、又は候補薬剤による処理の後に行ってよい。好ましい態様において、角層試料を酸化剤と同時に処理する。
【0037】
酸化タンパク質の増加を抑制する薬剤のスクリーニング方法は具体的には、例えば下記のとおりにして実施することができる。
健常人の皮膚、例えば非露光部位たる腹部に粘着テープを貼付して直ちにはがし、角層最外層を非侵襲的に採取する。角層の付着したテープを、酸化剤と一定濃度の候補薬剤が混合した水溶液中でインキュベートする。インキュベート終了後に十分に洗浄した後、酸化されたタンパク質の角層酸化タンパク質のカルボニル基を上記のとおり特異的に蛍光標識した後、蛍光顕微鏡などにて観察することで、候補薬剤が、酸化剤による酸化タンパク質の増加をどの程度抑制するかを評価する。評価は、例えば酸化剤のみでインキュベートした時の値と水のみでインキュベートした時の値の中間値まで酸化タンパクの増加を抑制する薬剤の濃度を基準に選定してよく、例えばその濃度が1mM以下、好ましくは500μM以下、より好ましくは250μM以下の場合、酸化タンパク質の増加を抑制する薬剤とすることができる。また、酸化タンパク質の増加を抑制する薬剤の効果は、ヒト皮膚へ酸化剤と同時に塗布した後に採取した角層試料の酸化タンパク質の値に基づき評価することもできる。
【実施例】
【0038】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。
【0039】
テープストリッピングによる角層試料の採取
健常人の顔面(頬)及び上腕内側の皮膚の表層をエタノールで浄化して皮脂、汚れ等を取り除き、5×5cmに切った粘着テープ片(資生堂社)を皮膚表面の上に軽く載せ、テープ全体に均等な力を加えて平たく押さえ付け、その後均等な力で粘着テープ直ちに剥がし、角層最外層を非侵襲的に採取し、角層試料とした。
【0040】
染色用ゲル(3%アガロースゲル)の調製
3gのアガロース21(ワコー社)を100mlのMESバッファー(pH5.0)(和光純薬社)に添加し、そして良く撹拌した。生じた混合物を電子レンジにおいて、1分間加熱した。加熱された混合物が固まらないうちに、最終濃度が2μMとなるように、蛍光ヒドラジド/DMSO(モレキュラ・プローブ社)を添加し、セットしたガラスケースに混合溶液を流し込み、室温にて30分間冷却して染色用ゲルを調製した。
【0041】
ゲル染色プロトコル
前記試料中の酸化タンパク質に蛍光ヒドラジドを結合させるために前記の角層が付着したテープを前述のとおり調製した染色用ゲルに接触させ、遮光条件下において、室温で15分間維持して、角層酸化タンパク質を蛍光染色させた。その後テープをゲルからはがし、以下の蛍光測定に備えた。
【0042】
蛍光顕微鏡における測定
テープに付着した前述のプロトコルにより蛍光染色された角質試料中の酸化タンパク質を蛍光顕微鏡(オリンパス社)で撮影した(図1)。図1の写真は、前述の染色プロトコルに従う場合、角層試料中の角層酸化タンパク質の蛍光が十分に検出レベルに達していることを示している。一方、角層が付着していないテープのみをゲルに2時間接触させた場合には、蛍光バックグランドは検出されなかった(図2)。
【0043】
カルボニル化蛋白値の測定
特開2004-340935号公報に開示される方法により調製された、ヒドラジン溶液中で蛍光染色した試料と前述のプロトコルにより蛍光染色した試料を、それぞれインキュベーション時間を15分及び30分として調製し、更にこれらの試料をタバコの煙に暴露させて酸化させた試料と未処理の試料に分けた。またそれぞれの試料は更に、蛍光染色後にPBSでリンス処理された試料とリンス処理なしの試料に分けた。このようにして調製した各試料中のカルボニル化蛋白値をそれぞれ比較した(図3)。従来法(特開2004-340935号公報)と比較して、本願のアガロース染色法において、カルボニル化蛋白値は低値であるが、リンス操作をしない場合であってもその値に対する影響が少なく、そして15分間の反応時間でも検出が可能であることが示された。更にアガロース染色法においては、CV値も15分と30分の反応時間において有意な変化は観察されなかった(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】テープストラッピングにより得られた角層試料を蛍光物質を含むゲルに15分間接触させることにより蛍光染色された角層酸化タンパク質を、蛍光顕微鏡により撮影した写真である。
【図2】テープのみを蛍光物質を含むゲルに2時間接触させた後に蛍光顕微鏡により撮影された写真である。
【図3】本発明のゲル染色法と従来法(特開2004-340935号公報)の比較におけるカルボニル蛋白値の比較を示す。
【図4】本発明のゲル染色法と従来法(特開2004-340935号公報)の比較におけるカルボニル蛋白値のデータのばらつきを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に検出するための方法であって、当該方法が、皮膚から採取した角層試料を角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させる工程、及び当該蛍光を検出する工程、を含んで成る方法。
【請求項2】
前記接触工程において、室温で5分〜30分間維持される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記蛍光物質がヒドラジノ基含有蛍光物質であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
角層酸化タンパク質の角層上での存在を二次元的に評価する方法に利用するためのキットであって、テープストリッピングにより角層試料を採取するための粘着テープ;及び
角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲル;
を含んで成ることを特徴とするキット。
【請求項5】
酸化タンパク質の増加を抑制する薬剤のスクリーニング方法であって、適当な酸化を促進する条件において、角層試料を候補薬剤で処理し、しかる後に角層酸化タンパク質のカルボニル基を特異的に蛍光標識するための蛍光物質を含むゲルに直接接触させ、接触表面上において、試料中の酸化タンパク質のカルボニル基がゲル中の蛍光物質と特異的に結合することにより、角層上の酸化タンパク質が蛍光標識され、その蛍光を検出することで、当該薬剤の酸化タンパク質の増加を抑制する活性を評価することを特徴とする方法。
【請求項6】
前記蛍光物質がヒドラジノ基含有蛍光物質である、請求項5に記載の方法。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−116347(P2008−116347A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−300273(P2006−300273)
【出願日】平成18年11月6日(2006.11.6)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】