説明

評価方法、評価装置および製造装置

【課題】最表面の性質を評価することの可能な評価装置を提供する。
【解決手段】基材Mの一の表面上に誘電率または分極率の異方性を有する薄膜Fが形成された積層基材Sに向かって所定の光を所定の角度で射出する光射出部10と、積層基材Sを通過した光を検出する光検出部20と、光検出部20で検出した光の光強度情報を用いて基材Mの薄膜F側の表面状態を評価する評価部30とを備える。積層基板Sでは、薄膜Fが基材Mの薄膜F側の表面を構成する分子または分子の一部を構成する原子団との間で相互作用を起こし、基材Mの薄膜F側の表面状態に応じた光学作用が発現するので、薄膜Fによって発現した光学作用を受けた光の光強度情報には、基材Mの薄膜F側の表面状態を反映した情報が含まれている。これにより、基材Mの薄膜F側の表面状態を反映した情報が含まれた光強度情報から、基材Mの最表面の性質を評価することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の最表面の性質を評価する評価方法および評価装置、ならびにその評価部を備えた製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
基材表面にラビングを施し、ラビングの施された基材表面上に液晶を接触させることにより、液晶の配向を制御することが可能である。しかし、ラビングによる液晶に対する配向束縛作用を再現性よく安定させることは容易ではないことから、ラビングにより形成される基材の光学異方性を測定し、その測定値から液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たしているか否かを評価しながら液晶素子を製造する装置が、例えば特許文献1において提案されている。
【0003】
図9は、上記特許文献1に記載の製造装置と同様の構成を備えた製造装置100の概略構成を表したものである。この製造装置100は、基材Mを送り出す基材送り装置110と、基材Mの一の表面に対してラビングを施すラビング装置120と、基材Mの光学特性(リタデーション)を計測し評価する評価装置130と、ラビング後の基材Mの表面上に液晶を塗布する塗布装置140と、評価装置130の評価結果に基づいてラビング装置120を制御する制御装置150とを備えている。評価装置130は、ラビング前の基材Mを間にして対向配置された光射出部131および光検出部132と、ラビング後の基材Mを間にして対向配置された光射出部133および光検出部134と、評価部135とを有している。
【0004】
この製造装置100では、評価装置130において、光射出部131からラビング前の基材Mに向かって偏光光が射出され、基材Mを通過した光が光検出部132で検出され、光検出部132の出力が評価部135に入力される。さらに、評価装置130において、光射出部133からラビング後の基材Mに向かって偏光光が射出され、基材Mを通過した光が光検出部134で検出され、光検出部134の出力が評価部135に入力される。続いて、評価部135において、光検出部132からの出力と、光検出部134からの出力とに基づいてラビングによって導入された基材Mのリタデーションの大きさが導出され、その大きさに応じてラビング装置120の動作条件を制御する制御信号が制御装置150において生成され、その制御信号がラビング装置120に出力される。その後、ラビング装置120において、評価部135からの制御信号に応じた動作条件でラビングが行われる。このように、この製造装置100では、ラビング前後の光学特性に基づいてラビング装置120に対してフィードバック制御をかけ、液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たすようにラビング装置120の動作条件を微調整している。
【0005】
【特許文献1】特許第2988146号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ラビングによる液晶に対する配向束縛は、ラビングの施された基材の最表面によって発現する作用である。一方で、基材の光学異方性は必ずしも最表面の性質だけでは決まらないものである。実際、ガラス基材上に設けられたポリイミド薄膜の表面を一の方向にラビングして液晶に対する配向作用を導入した場合に、このポリイミド膜の光学異方性は表面から10nmないし20nm程度までの深さに生じていることが報告されている。また、このラビングされた表面に触れると配向作用が損なわれるが、そのような場合であっても光学異方性には変化が認められないことがある。これらのことから、異方性の導入されたポリイミド層の10nm内外の深さのうち極めて浅い領域が配向作用を担っており、光学異方性の測定は配向作用のような最表面の性質を検出、評価する方法としては不十分であるという問題がある。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、最表面の性質を評価することの可能な評価方法および評価装置、ならびにその評価装置を備えた製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の評価方法は、以下の(A1)〜(A3)の各工程を含むものである。
(A1)試料の表面上に所定の分子群を付着させる付着工程
(A2)分子群の付着領域に向かって所定の光を所定の角度で射出し、付着領域を通過した光、付着領域で反射された光、または付着領域で散乱された光を検出する検出工程
(A3)検出工程で検出した光の光強度情報を用いて試料の表面状態を評価する評価工程
【0009】
本発明の評価装置は、以下の(B1)〜(B4)の各構成を備えたものである。
(B1)試料の表面上に所定の分子群を付着させる付着装置
(B2)分子群の付着領域に向かって所定の光を所定の角度で射出する光射出部
(B3)付着領域を通過した光、付着領域で反射された光、または付着領域で散乱された光を検出する光検出部
(B4)光検出部で検出した光の光強度情報を用いて試料の表面状態を評価する評価部
【0010】
本発明の評価方法および評価装置では、評価対象となる試料表面上に所定の分子群を付着させ、試料および分子群の複合系の光学的応答が測定される。例えば、特定の化学種Xに選択的に吸着する特性と、特徴的な波長に蛍光を示す分子群Mを試料表面上に付着させた場合には、試料表面上に吸着した分子群Mから発せられる蛍光強度(散乱光強度)という光学的応答が測定される。ここで、蛍光強度は分子群Mの試料表面上への吸着量に比例するので、蛍光強度の測定によって、試料表面上の化学種Xの量を評価することが可能となる。また、特定の化学種Yに接触したときに化学種Yの向きに対して特定の配向をとる分子群Nを試料表面上に付着させた場合には、試料表面上に付着した分子群Nの透過光強度、反射光強度または散乱光強度という光学的応答が測定される。ここで、透過光強度、反射光強度および散乱光強度は、試料表面上に付着した分子群Nの配向に応じて変化するので、透過光強度、反射光強度または散乱光強度の測定によって、試料表面上の化学種Yの向きを評価することが可能となる。
【0011】
本発明の製造装置は、基材を用いた光学素子を製造する装置であって、以下の(C1)〜(C5)の各構成を備えたものである。
(C1)基材の表面上に所定の分子群を付着させる付着装置
(C2)分子群の付着領域に向かって所定の光を所定の角度で射出する光射出部
(C3)付着領域を通過した光、付着領域で反射された光、または付着領域で散乱された光を検出する光検出部
(C4)光検出部で検出した光の光強度情報を用いて基材の分子群側の表面状態を評価する評価部
(C5)評価部による評価結果に基づいて制御パラメータを導出する制御部
【0012】
本発明の製造装置では、基材を用いた光学素子を製造するに際して、評価対象となる基材表面上に所定の分子群を付着させ、基材および分子群の複合系の光学的応答が測定される。例えば、特定の化学種Xに選択的に吸着する特性と、特徴的な波長に蛍光を示す分子群Mを基材表面上に付着させた場合には、基材表面上に吸着した分子群Mから発せられる蛍光強度(散乱光強度)という光学的応答が測定される。ここで、蛍光強度は分子群Mの基材表面上への吸着量に比例するので、蛍光強度の測定によって、基材表面上の化学種Xの量を評価することが可能となる。また、特定の化学種Yに接触したときに化学種Yの向きに対して特定の配向をとる分子群Nを基材表面上に付着させた場合には、基材表面上に付着した分子群Nの透過光強度、反射光強度または散乱光強度という光学的応答が測定される。ここで、透過光強度、反射光強度および散乱光強度は、基材表面上に付着した分子群Nの配向に応じて変化するので、透過光強度、反射光強度または散乱光強度の測定によって、基材表面上の化学種Yの向きを評価することが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の評価方法および評価装置によれば、試料表面上に所定の分子群を付着させ、試料および分子群の複合系の光学的応答を測定するようにしたので、試料の分子群側の表面状態を反映した情報が含まれた光強度情報を得ることができる。これにより、試料の最表面の性質を評価することができる。
【0014】
本発明の製造装置によれば、基材を用いた光学素子を製造するに際して、評価対象となる基材表面上に所定の分子群を付着させ、基材および分子群の複合系の光学的応答を測定するようにしたので、基材の分子群側の表面状態を反映した情報が含まれた光強度情報を得ることができる。これにより、基材の最表面の性質を評価することができるので、その評価結果に基づいて導出した制御パラメータを用いて、例えば、その後に製造される光学素子の光学特性が所期の性能から外れないように製造条件を適切に調整することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0016】
図1は、本発明の一実施の形態に係る評価装置1の概略構成を表すものである。この評価装置1は、被計測対象に向かって所定の光を射出する光射出部10と、光射出部10からの光のうち被計測対象を通過した光を検出する光検出部20と、評価部30とを備えたものである。この評価装置1において、被計測対象は、光射出部10と光検出部20との間に挿入される。
【0017】
なお、図1では、基材Mの表面上に薄膜Fが形成された積層基板Sが薄膜Fを光源11側に向けて配置されている場合が例示されている。また、本実施の形態において、基材Mが本発明の「試料」の一具体例に対応し、薄膜Fが本発明の「分子群」を膜状に構成した場合の一具体例に対応し、積層基板Sが本発明の「表面付着試料」の一具体例に対応する。
【0018】
光射出部10は、光源11、偏光子12、ファラデー変調器13、λ/4波長板14を、光源11から射出される光の光路上にこの順に配列したものであり、被計測対象に向かって所定の偏光特性を有する偏光光を所定の角度で(例えば入射角0度で)射出するためのものである。光検出部20は、検光子21、光検出器22を、被計測対象を通過した光の光路上にこの順に配列したものである。
【0019】
なお、光源11と偏光子12との間や、偏光子12とファラデー変調器13との間、ファラデー変調器13とλ/4波長板14との間、λ/4波長板14と被計測対象との間、被計測対象と検光子21との間、検光子21と光検出器22との間に、レンズなどの光学部品が挿入されていてもよい。
【0020】
ここで、光源11は、例えば、ハロゲンランプやキセノンランプなどの無偏光を射出する発光素子と、発光素子からの光を平行光化するレンズとを含んで構成された面発光源である。
【0021】
偏光子12は、例えば、屈折率の異なる材料を周期的に重ね合わせたフォトニック結晶からなり、偏光子12の光入射側の面内の一の方向に光軸を有しており、光源11からの光に対して、この光軸と平行な方向に振動する光電場をもつ直線偏光成分を透過し、この光軸と直交する方向に振動する直線偏光を遮断する偏光分離素子として機能する。
【0022】
ファラデー変調器13は、例えば、石英ガラス、ホウ珪酸ガラスなどのガラス材料と、ガラス材料に対して光源11の光軸AXと平行な方向に磁界を印加可能なコイルとを有しており、コイルによる磁界の印加により、偏光子12を通過してきた直線偏光の偏光面を回転させる機能を有している。
【0023】
λ/4波長板14は、例えば偏光子12と同様の構造を有するフォトニック結晶からなり、λ/4波長板14への光の入射方向と垂直であって、かつファラデー変調器13を通過した光の平均的な偏光面に対して45度傾いた光軸(遅相軸Sおよび進相軸Fのいずれか一方)を有しており、ファラデー変調器13を通過した直線偏光を円偏光にする位相差板として機能する。つまり、λ/4波長板14は偏光子12およびファラデー変調器13と共に円偏光板を構成している。
【0024】
検光子21は、例えば偏光子12と同様の構造を有するフォトニック結晶からなり、検光子21への光の入射方向に垂直な方向に光軸を有しており、被計測対象を通過した光に対して、この光軸と平行な方向に振動する直線偏光を透過し、この光軸と交差する方向に振動する直線偏光を遮断する偏光分離素子として機能する。ここで、検光子21の光軸は、面内においていずれの方向を向いていてもよいが、例えば、偏光子12の光軸に対して直交する方向を向いている。
【0025】
光検出器22は、例えば半導体光検出器からなり、光を電流信号に変換するようになっている。この電流信号は、光検出器22で検出した光の光強度情報を含んでおり、図示しない電流電圧変換回路、信号増幅回路、フィルタ回路およびAD(Analog-Digital)変換回路などを経て評価部30に出力されるようになっている。
【0026】
評価部30は、光検出器22で検出した光の光強度情報を用いて被計測対象のリタデーション(複屈折位相差)を計測するものである。そして、この評価部30は、例えば積層基板Sのリタデーションの大きさと、所定の基準値とを対比して、基材Mの薄膜F側の表面の配向状態を評価する。
【0027】
例えば、計測により得られた基材Mおよび薄膜Fの複合系のリタデーション(以下、単に「積層基板Sのリタデーション」と称する。)が所定の基準値と等しいかまたはそれよりも大きい場合には、基材Mの薄膜F側の表面の配向状態は良好であり、基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たしていると判定する。また、積層基板Sのリタデーションが所定の基準値よりも小さい場合には、基材Mの薄膜F側の表面の配向状態はあまり良くなく、基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たせなくなる可能性があると判定する。そして、その判定結果に応じた制御パラメータを生成するようになっている。
【0028】
また、この評価部30は、2種類の被計測対象のリタデーションをそれぞれ計測した場合には、双方の差分を導出することも可能である。例えば、図1に示した積層基板Sと図2に示した基材M単体のリタデーションをそれぞれ計測した場合に、積層基板Sのリタデーションから基材M単体のリタデーションを減じた値(以下、単に「差分」と称する。)を導出し、その差分が所定の基準値と等しいかまたはそれに近似しているときには、基材Mの薄膜F側の表面の配向状態は良好であり、基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たしていると判定する。また、差分が所定の基準値よりも大幅に小さいときには、基材Mの薄膜F側の表面の配向状態はあまり良くなく、基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たせなくなる可能性があると判定する。そして、その判定結果と差分の大きさとに応じた制御パラメータを生成するようになっている。
【0029】
ところで、薄膜Fは、例えば、誘電率または分極率の異方性を有する多数の分子の集合体(分子群)を膜状に堆積させたものである。誘電率または分極率の異方性を有する材料を用いて基材Mの表面の異方性を評価する場合には、薄膜Fの厚さに原理的に下限は無く、ノイズ要因が無く感度を上げられる場合には、薄膜Fの厚さを単分子層未満とすることも可能である。
【0030】
以下、光の多重干渉の影響が比較的少なく異方性測定に関して信頼性の高い透過配置のエリプソメトリーを用いた場合における薄膜Fの厚さについて説明する。
【0031】
比較的実現容易な位相差の検出下限がリタデーションの値にして0.002nm程度であることを考えると、薄膜Fの厚さdと複屈折Δnとの積(d×Δn)が0.002nmの数倍程度大きければよい。なるべく少量の堆積で評価を行うことができるようにするためには、薄膜Fの材料として複屈折Δnの値が大きな材料を用いることが望ましい。基材Mを傷めることのない温度で堆積させることが可能であって、かつ複屈折Δnの大きな材料の一つとして、例えば、液晶を挙げることができる。実験用によく用いられる液晶の一つである5CB(ペンチル・シアノ・ビフェニル)では、複屈折Δnが0.3程度であることから、d×Δn>0.002を満たすためには、厚さdが0.002/0.3=0.0066nmよりも大きいことが必要である。したがって、0.1nmの単分子層レベルの厚さがあれば評価可能である。
【0032】
薄膜Fの材料として液晶を用いた場合に、薄膜Fのうち基材Mとの界面に接触する最初の分子層の中には一般に配列の欠陥が多く、界面から離れるにつれて液晶分子が互いに欠陥を抑えて整列するようになり、結果として薄膜Fの平均的な屈折率異方性の値も大きくなるのが普通である。このような欠陥修復作用を利用して大きな位相差を測定するためには、薄膜Fの厚さを単分子層よりもある程度厚くすることが好ましい。もっとも、薄膜Fを厚くすることによって液晶分子の整列を改善する効果は界面から50nm程度の範囲で顕著であり、100nm程度の厚さで液晶分子の整列が完了するので、薄膜Fの厚さを、100nmを超えて厚くすることに利益はない。
【0033】
また、薄膜Fを、100nmを超えて厚く堆積させた場合には、薄膜F全体の厚さを均一に維持したり管理することが容易ではなくなるだけでなく、薄膜Fが所望の領域からその周囲へ広がったり、所望の領域以外の部分に付着して、基材Mを汚染する可能性がある。従って、このような観点からも、薄膜Fの厚さを100nm以下に薄くすることが好ましい。
【0034】
また、製造工程では、液晶を薄膜Fの表面上に供給する後工程が控えている場合があり、そのような場合には、薄膜Fの材料として5CBを用いるよりも後工程で供給されるのと同じ液晶を用いる方が異質な液晶の混在を避けることができる点で優れている。実用的な液晶材料の中には5CBほど大きな複屈折Δnを持たないものもあるので、この場合には、薄膜Fの厚さを、5CBを用いた場合よりも厚くして評価することが望ましい。
【0035】
また、基材Mは、透明基板と、透明基板の薄膜F側の表面上に形成された配向制御薄膜(図示せず)とを有している。透明基板は、例えば、ガラス基板からなる。配向制御薄膜は、例えばポリイミドからなり、配向制御薄膜のうち少なくとも透明基板とは反対側の表面およびその近傍には、配向制御薄膜の面内の一の方向に対して異方性(面内異方性)が付与されている。
【0036】
ここで、面内異方性とは、配向制御薄膜のうち少なくとも透明基板とは反対側の表面およびその近傍を構成する分子または分子の一部を構成する原子団が配向制御薄膜の面内の一の方向に対して配向していることを指しており、この面内異方性は、例えば、ラビング、紫外線照射、斜めイオンビーム照射または延伸により発現させることが可能である。
【0037】
また、配向制御薄膜のうち面内異方性を有する表面上に、誘電率または分極率の異方性を有する分子を含む層を接触させた場合には、その層が、配向制御薄膜のうち透明基板とは反対側の最表面を構成する分子または分子の一部を構成する原子団と相互作用を起こし、配向制御薄膜のうち透明基板とは反対側の最表面の状態(具体的には、誘電率または分極率の異方性を有する材料と相互作用を起こした分子または分子の一部を構成する原子団の配向状態)に応じた光学作用を発現する。
【0038】
つまり、基材Mの配向制御薄膜側の表面に薄膜Fを接触させた積層基板Sのリタデーションと、基材Mの薄膜F側の最表面(配向制御薄膜の最表面)の配向状態との間には強い相関性があり、基材Mの薄膜F側の最表面の配向状態が良好な場合には、積層基板Sのリタデーションが、基材M単体のリタデーションよりも大幅に大きくなる(つまり、基材Mのリタデーションが薄膜Fによって増幅される)。そのため、積層基板Sのリタデーションの大きさから、基材Mの薄膜F側の最表面の配向状態を精確に推測することが可能である。従って、基材Mの薄膜F側の最表面の配向状態が良好な場合に得られる積層基板Sのリタデーションを基準値として、その基準値と、計測された積層基板Sのリタデーションとを対比する(例えば、基準値と、計測された積層基板Sのリタデーションとの大小関係を判定する)ことにより、基材Mの最表面の配向状態の良否を判定することが可能である。
【0039】
また、基材Mの薄膜F側の最表面の配向状態が良好な場合に得られる積層基板Sのリタデーションから、基材Mにおける配向制御薄膜の最表面の配向状態が良好な場合に得られる基材M単体のリタデーションを減じることにより、基材Mの配向制御薄膜のうち最表面以外の部分の面内異方性による影響をほとんどなくすることができる。従って、基材Mの薄膜F側の最表面の配向状態が良好な場合に得られる積層基板Sのリタデーションから、基材Mにおける配向制御薄膜の最表面の配向状態が良好な場合に得られる基材M単体のリタデーションを減じて得られる値(差分)を基準値として、その基準値と、計測された積層基板Sのリタデーションから基材M単体のリタデーションを減じて得られる値(差分)とを対比する(例えば、基準値と、計測された積層基板Sのリタデーションから基材M単体のリタデーションを減じて得られる値(差分)との大小関係を判定する)ことにより、基材Mの最表面の配向状態の良否を判定することが可能である。
【0040】
このように差分を用いることは、薄膜Fの表層に設けられた配向制御薄膜だけでなく、基材Mのバルク部分が光学異方性を有する場合にとくに効果的である。そのような例として、A板型の位相差板を基材Mとして用いる場合が挙げられる。相対的に厚く、例えば 30nm以上に及ぶリタデーションを持つ基材Mのリタデーションの値がわずか1%ゆらいだとしても、0.3nm以上のゆらぎになる。これは薄膜Fによって生じる全リタデーションへの寄与分に対して無視できる大きさではない。したがって、薄膜Fを設けていない基材Mのリタデーションをあらかじめ求めておき差分に着目することは、薄膜Fの寄与の大きさを精密に知る、すなわちそこに反映される基材M表面の異方性情報を精密に知る、という本実施の形態の目的に照らしてきわめて効果的な工夫である。
【0041】
以上のことから、本実施の形態の評価装置1では、基材Mの一の表面上に誘電率または分極率の異方性を有する薄膜Fを形成した積層基板Sの光学特性を計測するようにしたので、基材Mの薄膜側F1の表面状態を反映した情報が含まれた光強度情報を得ることができる。これにより、基材Mの最表面の性質を評価することができる。
【0042】
[変形例]
上記実施の形態では、光検出部20において、射出部10からの光のうち被計測対象を通過した光を検出するようにしていたが、例えば、図3、図4に示したように、光射出部10から射出された光が、積層基板Sの薄膜F側の表面や、基材Mの配向制御薄膜側の表面で反射したり、散乱された光を検出するようにしてもよい。とくに基材Mが不透明な場合には、反射光や散乱光の利用が有効である。なお、反射光を光検出器22で検出した場合には、透過光を光検出器22で検出した場合と同様に、薄膜Fによって基材Mの最表面の性質を評価することができる。また、散乱光を光検出器22で検出した場合には、薄膜Fの透明度を評価することができる。
【0043】
また、上記実施の形態では、基材Mの最表面の配向状態あるいは最表面がそれに接する液晶などの配向に与える配向制御作用の良否を判定していたが、上記実施の形態の評価装置1は、基材Mの最表面の表面状態に依存する種々の特性の評価に対して適用することが可能である。基材Mの最表面の表面状態に依存する特性としては、例えば、撥水性、接着性、ガス透過性、耐磨耗性、耐侯性、耐湿安定性、耐光安定性などがある。なお、評価する特性の性質によっては、光射出部10から射出される光が偏光光である必要はなく、必要に応じて光射出部10から射出される光の特性を調整することが好ましい。
【0044】
[実施例]
表1は、上記実施の形態の評価装置1を用いて計測した各種サンプルA1,A2,A3,B1,B2,B3,C1,C2,C3のリタデーションを表したものである。なお、表1中の「スピンコート後」に対応するリタデーションは、スピンコート法を用いてポリイミド薄膜を形成した後に計測されたリタデーションである。「ラビング後」に対応するリタデーションは、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施した後に計測されたリタデーションである。「汚染後」に対応するリタデーションは、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面を指で触って汚した後に計測されたリタデーションである。「蒸着後」に対応するリタデーションは、サンプルに依るが、サンプルC1ではスピンコート後、サンプルA1ではラビング後、またサンプルB1ではラビング後の意図的な汚染処理を施したポリイミド薄膜の表面上に、液晶(5CB:ペンチル・シアノ・ビフェニル)を蒸着した後に計測されたリタデーションである。「蒸着前後の変化量」に対応するリタデーションは、上記「蒸着後」のリタデーションの値から、蒸着に先行するサンプルに対する処理操作のうち最後の処理の後に測定されたリタデーション値(すなわち表1において「蒸着後」の直上に記されたリタデーション値)を減算して得られた値である。
【表1】

【0045】
表1における各サンプルは以下のようにして製造した。まず、各サンプルの共通構造を形成した。具体的には、厚さが1mmで、一辺が30mmの正方形状の石英ガラスを9枚用意し、各石英ガラスの上に、スピンコート法を用いてポリアミック酸を塗布したのち、ポリアミック酸を塗布した石英ガラスを焼成することにより、各石英ガラスの上にポリイミド薄膜を形成した。
【0046】
次に、サンプルA1では、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施し、ポリイミド薄膜の表面およびその近傍に面内異方性を付与したのち、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面上に液晶(5CB:ペンチル・シアノ・ビフェニル)を蒸着して、液晶薄膜を形成した。
【0047】
サンプルA2,A3では、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施し、ポリイミド薄膜の表面およびその近傍に面内異方性を付与したのち、その表面に直径3μmのビーズを散布し、A2とA3それぞれのラビングされた面がビーズを挟んで対向するように重ね合わせてセル組みを行い、蒸着した液晶と同一の液晶をセル内に注入し、厚さ3μmの液晶層を形成した。
【0048】
サンプルB1では、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施し、ポリイミド薄膜の表面およびその近傍に面内異方性を付与したのち、面内異方性を付与したポリイミド薄膜の表面を指で触って汚し、その表面上に液晶(5CB:ペンチル・シアノ・ビフェニル)を蒸着して、液晶薄膜を形成した。
【0049】
サンプルB2,B3では、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施し、ポリイミド薄膜の表面およびその近傍に面内異方性を付与したのち、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面を指で触って汚した上で、その表面に直径3μmのビーズを散布し、B2とB3それぞれのラビングされた面がビーズを挟んで対向するように重ね合わせてセル組みを行い、セル内に液晶(5CB:ペンチル・シアノ・ビフェニル)を注入し、厚さ3μmの液晶層を形成した。
【0050】
サンプルC1では、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施さないで(ポリイミド薄膜の表面に対して何も手を加えないで)、ポリイミド薄膜の表面上に液晶(5CB:ペンチル・シアノ・ビフェニル)を蒸着して、液晶薄膜を形成した。
【0051】
サンプルC2,C3では、石英ガラス上のポリイミド薄膜に対してラビングを施さないで(ポリイミド薄膜の表面に対して何も手を加えないで)、その表面に直径3μmのビーズを散布し、C2とC3それぞれのラビングされた面がビーズを挟んで対向するように重ね合わせてセル組みを行い、セル内に液晶(5CB:ペンチル・シアノ・ビフェニル)を注入し、厚さ3μmの液晶層を形成した。
【0052】
なお、サンプルA2,A3から作られたセルでは、セルが透明となっており、セル内の液晶が配向している様子を観察することができた。サンプルB2,B3から作られたセルでは、セル内で白濁している箇所と透明となっている箇所が混在しており、セル内の液晶が一部しか配向しなかった様子を観察することができた。また、サンプルC2,C3から作られたセルでは、セル内の全体において白濁していており、セル内の液晶が全く配向しなかった様子を観察することができた。
【0053】
表1から、各サンプルのラビング前のリタデーションは、0.002nmから0.006nmの間の値となっており、上記実施の形態の評価装置1におけるリタデーションの読み取り限界とほとんど同じ値となることがわかった。つまり、ラビング前では、各サンプルはリタデーションを示さなかった。
【0054】
また、表1から、ラビング後において、サンプルA1,A2,A3、B1,B2,B3がリタデーションを示したが、さらに、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面を指で触って汚した後においても、サンプルB1,B2,B3がポリイミド薄膜の表面を指で触って汚していないときとほとんど同じリタデーションを示すことがわかった。一方で、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面を指で触って汚した後でセル内に液晶を注入すると、サンプルB2,B3では、上記したようにセル内の液晶が一部しか配向しなかった。このことから、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面を指で触って汚した後のリタデーションを計測しただけでは、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面の状態の良否を判別することができないことがわかった。これは、ラビングによってポリイミド薄膜に形成された面内異方性はポリイミド薄膜のうち表面よりも深い部分にも形成されており、ポリイミド薄膜のうち表面よりも深い部分はポリイミド薄膜の表面を指で触って汚したとしてもその影響をほとんど受けなかったためと思われる。
【0055】
また、表1から、液晶蒸着後において、サンプルA1が、液晶蒸着前と比べて大きなリタデーションを示すが、サンプルB1は、液晶蒸着前とほとんど同じリタデーションを示すことがわかった。また、液晶蒸着前後において、サンプルA1のリタデーションの差分は、サンプルB1のリタデーションの差分と比べて、一桁以上大きいことがわかった。これは、蒸着した液晶分子がラビングによってポリイミド薄膜の最表面に形成された面内異方性に倣って分子軸の方向を揃えて堆積したためと思われる。また、指で汚された表面に蒸着された液晶薄膜のリタデーションが小さく、液晶層の配向が不十分であることから、蒸着された液晶分子が極めて敏感に最表面の状態の違いを検知していると言える。このことから、上記実施の形態の評価装置1において、液晶蒸着後のリタデーションを計測するか、または、液晶蒸着前後のリタデーションの差分を計測することにより、ラビングを施したポリイミド薄膜の表面の状態の良否を確実に判別することができることがわかった。
【0056】
ここで用いた石英ガラス基板はそれ自体のリタデーションが小さいものを選別して用いたので、液晶蒸着後のリタデーション値も配向作用の良否と明瞭な相関を示した。しかし、延伸されたプラスチック基板のようにそれ自体のリタデーションが無視できない大きさをもつ基板を用いる場合には、液晶蒸着前後のリタデーションの差分を調べることによってはじめて、ポリイミド薄膜表面の配向作用の良否を判断することができる。
【0057】
[適用例]
次に、上記実施の形態の評価装置1を、基材Mを備えた光学素子の製造装置に適用した場合について説明する。
【0058】
図5は、上記実施の形態の評価装置1を備えた製造装置3の概略構成を表すものである。この製造装置3は、評価装置1と、基材M(加工前基板)を送り出す基材送り部40と、基材送り部40から送り出された基材Mの一の表面に対してラビングを施すラビング部50と、ラビングの施された基材M(加工基板)の表面上に液晶を蒸着して液晶薄膜F1(薄膜)を形成すると共にラビングの施された基材Mと液晶薄膜F1とからなる積層基板Sを形成する蒸着部60と、液晶薄膜F1の表面上に液晶を塗布して液晶層F2(光学機能層)を形成する塗布部70と、制御部80とを備えている。
【0059】
ここで、液晶薄膜F1は、単分子層以上の厚さを有しており、100nm以下の厚さを有していることが好ましく、1nm以上50nm以下の膜厚を有していることがより好ましい。膜厚が単分子層以上であれば、ラビングの施された基材Mの面内異方性に倣って分子軸の方向を揃えて液晶を堆積させることが可能であり、膜厚が100nm以下であれば、少ない液晶量で、ラビングの施された基材Mの面内異方性に倣って分子軸の方向を揃えて液晶を堆積させることが可能である。また、膜厚が1nm以上50nm以下であれば、膜厚の制御が容易である。
【0060】
また、液晶層F2は、液晶薄膜F1よりも厚く形成されたものであり、液晶薄膜F1と異なる液晶により構成されていてもよいが、液晶薄膜F1と同一の液晶により構成されていてもよい。液晶層F2が液晶薄膜F1と異なる液晶により構成されている場合には、液晶薄膜F1および液晶層F2に適した材料を適宜選択することができ、他方、液晶層F2が液晶薄膜F1と同一の液晶により構成されている場合には、基材Mと液晶層F2との間に液晶層F2と異なる材料が混入しなくなるので、基材M上に液晶層F2を直接形成した従来タイプの素子と同一の光学特性を確実に得ることができる。また、基材Mと液晶薄膜F1とからなる積層基板Sのリタデーションを計測することにより、液晶薄膜F1上に液晶層F2を形成したときの液晶層F2の配向状態を容易に予測することが可能となる。
【0061】
この製造装置3において、評価装置1は、ラビングの施された基材Mに向かって所定の光を射出する光射出部10A(第1光射出部)と、光射出部10Aからの光のうちラビングの施された基材Mを通過した光を検出する光検出部20A(第1光検出部)と、ラビングの施された基材Mの表面上に液晶薄膜F1の形成された積層基材S(非露出部分)に向かって所定の光を射出する光射出部10B(第2光射出部)と、光射出部10Bからの光のうち積層基材S(非露出部分)を通過した光を検出する光検出部20B(第1光検出部)と、評価部30とを備えている。
【0062】
なお、光射出部10A,10Bは、上記実施の形態の光照射部10と同様の構成を備えており、光検出部20A,20Bは、上記実施の形態の光検出部20と同様の構成を備えている。また、図5に示したように、光射出部10Aは、蒸着部60によってラビングの施された基材Mの表面上に液晶が蒸着される前に、ラビングの施された基材Mに向かって所定の光を射出するようにしてもよいし、例えば、図6、図7(図6中の破線で囲まれた部分の拡大斜視図)に示したように、光射出部10Aは、蒸着部60によってラビングの施された基材Mの表面上に液晶が蒸着された後に、積層基材Sのうち液晶薄膜F1の形成されていない露出部分(ラビングの施された基材Mが露出している部分)に向かって所定の光を射出するようにしてもよい。
【0063】
また、評価部30は、光検出部20Aで検出した光の光強度情報を用いてラビングの施された基材Mのリタデーションを計測すると共に、光検出部20Bで検出した光の光強度情報を用いて積層基材Sのリタデーションを計測する。そして、評価部30は、積層基板Sのリタデーションからラビングの施された基材Mのリタデーションを減じた値(差分)を導出し、その差分が所定の基準値(例えば、基材Mの薄膜F1側の最表面の配向状態が良好な場合に得られる積層基板Sのリタデーションから、基材Mにおける配向制御薄膜の最表面の配向状態が良好な場合に得られる基材M単体のリタデーションを減じて得られる値(差分))と等しいかまたはそれに近似しているときには、ラビングの施された基材Mの表面の配向状態は良好であり、ラビングの施された基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たしていると判定する。また、差分が所定の基準値よりも大幅に小さいときには、ラビングの施された基材Mの表面の配向状態はあまり良くなく、ラビングの施された基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たせなくなる可能性があると判定する。そして、その判定結果と差分の大きさとに応じた制御パラメータを生成するようになっている。
【0064】
例えば、ラビングの施された基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たしていると判定した場合には、例えば、ラビングを施す前の基材Mへの面内異方性の付与条件を変更しないことを意味する制御パラメータを生成し、その制御パラメータをラビング部50に出力する。また、例えば、液晶薄膜F1のうち、ラビングの施された基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たしていると判定された部分の表面上への液晶層F2の形成を許可することを意味する制御パラメータを生成し、その制御パラメータを塗布部70に出力する。
【0065】
また、例えば、ラビングの施された基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たせなくなる可能性があると判定した場合には、例えば、ラビングを施す前の基材Mへの面内異方性の付与条件の変更情報(例えば変更条件および変更量)を示す制御パラメータを生成し、その制御パラメータをラビング部50に出力する。また、例えば、液晶薄膜F1のうち、ラビングの施された基材Mの液晶に対する配向束縛作用が所期の性能を満たせなくなる可能性があると判定された部分の表面上への液晶層F2の形成を禁止することを意味する制御パラメータを生成し、その制御パラメータを塗布部70に出力する。
【0066】
以上のことから、本適用例に係る製造装置3では、基材Mを用いた光学素子を製造するに際して、ラビングの施された基材Mの一の表面上に誘電率または分極率の異方性を有する液晶薄膜F1を形成した積層基板Sの光学特性を計測するようにしたので、ラビングの施された基材Mの液晶薄膜F1側の表面状態を反映した情報が含まれた光強度情報を得ることができる。これにより、ラビングの施された基材Mの最表面の性質を評価することができるので、その評価結果に基づいて導出した制御パラメータを用いて、その後に製造される光学素子の光学特性が所期の性能から外れないように製造条件を適切に調整することが可能となる。
【0067】
[適用例の変形例]
上記適用例では、評価部30は、ラビングの施された基材Mから得られた光の光強度情報と、積層基材Sから得られた光の光強度情報とを用いて、ラビングの施された基材Mの最表面の性質を評価するようにしていたが、例えば、ラビングの施された基材Mから得られた光の光強度情報に代わる参照情報と、積層基材Sから得られた光の光強度情報とを用いて、ラビングの施された基材Mの最表面の性質を評価するようにしてもよい。この場合には、ラビングの施された基材Mから得られた光の光強度情報を取得するために設けた光射出部10Aおよび光検出部20Aが必要なくなるので、図8に示したように、これらをなくすることが可能である。
【0068】
ここで、上記した参照情報として、基材Mと同一材料からなる参照基材の表面に向かって、光射出部10から所定の光を所定の角度で照射したのち、参照基材を通過した光、参照基材で反射された光、または参照基材で散乱された光を検出することにより得られた光強度情報を用いることが可能である。また、上記した参照情報として、基材Mと同一材料からなる参照基材の表面に向かって、光射出部10から所定の光を所定の角度で照射したのち、参照基材を通過した光、参照基材で反射された光、または参照基材で散乱された光を検出することにより得られた光強度情報を用いて導出した参照基材のリタデーションを用いることも可能である。この場合には、参照基材のリタデーションを導出する必要がないので、上記した参照情報を用いるよりも演算量を少なくすることができる。
【0069】
上記のように液晶分子に代表される分極率異方性を有する分子による表面修飾によって最表面を構成する分子自体の配向、あるいはそれが接触する分子性材料におよぼす配向制御ないし配向束縛作用を評価する対象となる試料は、上記のようなラビング膜に限らない。産業上よく利用される材料で表面に異方性をもつものをここに列挙することは、本発明の工業的にとくに有用な応用範囲を示す上で意味がある。とくに表面に異方性を有すると考えられる材料として、次のような対象が考えられる。
【0070】
(1)表面の摩擦(ラビング)工程を経た表面:
すでに述べたように、液晶表示素子製造での常套手段。
(2)延伸を受けた高分子シートまたはフィルム:
シートの全体を引き伸ばす工程によってもその表面上で液晶の配向作用が得られる場合があり、引き伸ばしの過程で表面の分子鎖が揃ったものと考えられている。
(3)偏光した光照射を受けた表面:
偏光した光照射によっても、表面に異方性が生じる場合がある。分子鎖がランダムに絡み合った有機物表面に偏光した紫外光を照射すると、偏光を効率的に吸収する向きに位置する分子鎖が選択的に切断され、結果として残った分子鎖は一方向に伸びたものが多くなる。このような表面の加工は、ラビングによらない液晶配向膜の形成法としても利用されている。
(4)斜め方向からイオンなど粒子線の照射を受けた表面:
イオンなどの粒子線は、表面の原子を叩いて位置をずらしたり、表面から剥ぎ取ったりする。とくに基板法線から外れた斜め方向から入射する場合には、このような作用が面内に方向性を持って生じるので、表面に異方性が導入される。これは有機物表面に限らず硬い無機固体の表面に対しても生じ、微視的な条痕を生じたりもする。
(5)斜め方向から物質の堆積を受けた表面:
シリコン酸化物 (Si-O) の斜め蒸着膜はとくに高温にも耐える配向膜として液晶表示素子に用いられるが、このように蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングなど各種の薄膜堆積法によって形成された表面は、堆積する物質が基板法線方向から斜めに外れて入射した場合には一般にその材質を問わず異方性を示すことが多い。薄膜形成装置の物質供給源(たとえばスパッタリングのターゲット)と基板とは有限の大きさを持つから、基板の中心でその法線が供給源の方を向いていて垂直入射が達成されたとしても基板の周縁部では必ずしも垂直入射にならず、意図しないわずかな斜め入射成分が薄膜表面に予期せぬ異方性を生ぜしめることは多い。
(6)結晶性の表面:
たとえばシリコンのような結晶のへき開や、研磨後の熱処理によって歪みを除いた試料には、その表面にも周期的な規則秩序が現われ、異方性をもつ。また、エレクトロルミネッセンス(EL)を示し表示素子への応用もある有機分子には結晶化するものもあり、その表面性は発光効率や耐候信頼性を左右するものとして重要である。
(7)液晶の表面:
液晶層の表面も異方性を示す。たとえば硬化させた液晶の塗布層の上にさらにもう一層の液晶層を重ねて、それぞれ異なる光学異方性を有する位相差板 (たとえば光電場が面内のどの方向にあるかによって屈折率の異なる A-板と、面内と法線方向によって屈折率の異なる C-板) を組み合わせた光学機能フィルムを製造する場合などに、下塗り側の層表面の異方性を知る必要が生じる場合がある。
【0071】
以上、実施の形態、変形例、実施例および適用例を挙げて本発明を説明したが、そもそも本発明は分析手法であることから、本発明の適用の対象は特定の方法によって調整および準備された試料に限定されるものではなく、試料の表面に関する情報・知見を得る目的で未知の試料も含まれることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の一実施の形態に係る評価装置に積層基板を被計測対象として挿入したときの概略構成図である。
【図2】本発明の一実施の形態に係る評価装置に基材を被計測対象として挿入したときの概略構成図である。
【図3】図1の評価装置の一変形例を表す概略構成図である。
【図4】図2の評価装置の一変形例を表す概略構成図である。
【図5】図1の評価装置を適用した製造装置の概略構成図である。
【図6】図5の製造装置の一変形例を表す概略構成図である。
【図7】図6の破線で囲まれた部分の拡大図である。
【図8】図5の製造装置の他の変形例を表す概略構成図である。
【図9】従来の製造装置の一例を表す概略構成図である。
【符号の説明】
【0073】
1,2…評価装置、3…製造装置、10,10A,10B…光射出部、11…光源、12…偏光子、13…ファラデー変調器、14…λ/4波長板、20,20A,20B…光検出部、21…検光子、22…光検出器、30…評価部、40…基材送り部、50…ラビング部、60…蒸着部、70…塗布部、80…制御部、F…薄膜、F1…液晶薄膜、F2…液晶層、M…基材、S…積層基材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面上に所定の分子群を付着させる付着工程と、
前記分子群の付着領域に向かって所定の光を所定の角度で射出し、前記付着領域を通過した光、前記付着領域で反射された光、または前記付着領域で散乱された光を検出する検出工程と、
前記検出工程で検出した光の光強度情報を用いて前記試料の表面状態を評価する評価工程と
を含むことを特徴とする評価方法。
【請求項2】
前記分子群は、誘電率または分極率の異方性を有する多数の分子の集合体である
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
前記分子群は、蛍光性を有する多数の分子の集合体である
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項4】
前記検出工程において、前記試料および前記付着領域に向かって所定の偏光特性を有する偏光光を射出し、
前記評価工程において、前記付着領域に射出した光から得られた光強度情報から前記試料および前記分子群の複合系のリタデーションを導出し、前記複合系のリタデーションに基づいて前記試料の表面の配向状態を評価する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項5】
前記検出工程において、前記試料に向かって所定の光を所定の角度で射出し、前記試料を通過した光、前記試料で反射された光、または前記試料で散乱された光を検出すると共に、前記試料の表面上に前記分子群が付着した表面付着試料に向かって所定の光を所定の角度で射出し、前記表面付着試料を通過した光、前記表面付着試料で反射された光、または前記表面付着試料で散乱された光を検出する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項6】
前記検出工程において、前記試料および前記表面付着試料に向かって所定の偏光特性を有する偏光光を射出し、
前記評価工程において、前記試料に射出した光から得られた光強度情報を用いて前記試料のリタデーションを導出すると共に、前記表面付着試料に射出した光から得られた光強度情報から前記試料および前記分子群の複合系のリタデーションを導出したのち、前記試料のリタデーションと前記複合系のリタデーションとに基づいて前記試料の前記分子群側の表面の配向状態を評価する
ことを特徴とする請求項5に記載の評価方法。
【請求項7】
前記検出工程において、前記試料の表面上の一部に前記分子群が付着した表面付着試料に向かって所定の光を所定の角度で射出し、前記表面付着試料のうち前記分子群の付着部分を通過した光、前記付着部分で反射された光、または前記付着部分で散乱された光を検出すると共に、前記表面付着試料のうち前記分子群の付着していない露出部分を通過した光、前記露出部分で反射された光、または前記露出部分で散乱された光を検出する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項8】
前記検出工程において、前記表面付着試料に向かって所定の偏光特性を有する偏光光を射出し、
前記評価工程において、前記露出部分に射出した光から得られた光強度情報を用いて前記試料のリタデーションを導出すると共に、前記付着部分に射出した光から得られた光強度情報から前記試料および前記分子群の複合系のリタデーションを導出したのち、前記試料のリタデーションと前記複合系のリタデーションとに基づいて前記試料の前記分子群側の表面の配向状態を評価する
ことを特徴とする請求項7に記載の評価方法。
【請求項9】
前記検出工程において、前記試料の表面上に前記分子群が付着した表面付着試料に向かって所定の光を所定の角度で射出し、前記表面付着試料を通過した光、前記表面付着試料で反射された光、または前記表面付着試料で散乱された光を検出し、
前記評価工程において、前記検出工程で検出した光の光強度情報と、参照情報とに基づいて前記試料の前記分子群側の表面状態を評価する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項10】
前記参照情報は、前記試料と同一材料からなる参照試料に向かって所定の光を所定の角度で照射したのち、前記参照試料を通過した光、前記参照試料で反射された光、または前記参照試料で散乱された光を検出することにより得られた光強度情報、または、その光強度情報を用いて導出した前記参照試料のリタデーションである
ことを特徴とする請求項9に記載の評価方法。
【請求項11】
前記検出工程において、前記表面付着試料に向かって所定の偏光特性を有する偏光光を射出し、
前記評価工程において、必要に応じて前記参照情報を用いて前記参照試料のリタデーションを導出すると共に、前記表面付着試料に照射した光から得られた光強度情報から前記試料および前記分子群の複合系のリタデーションを導出したのち、前記参照試料のリタデーションと前記複合系のリタデーションとに基づいて前記試料の前記分子群側の表面の配向状態を評価する
ことを特徴とする請求項10に記載の評価方法。
【請求項12】
前記付着工程において、蒸着により前記分子群を前記試料の表面上に付着させる
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項13】
前記分子群は、液晶からなる
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項14】
前記分子群は、単分子層以上の厚さを有する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項15】
前記分子群は、100nm以下の厚さを有する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項16】
前記分子群は、1nm以上50nm以下の厚さを有する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項17】
前記光射出部は、所定の偏光特性を有する偏光光を射出する
ことを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項18】
前記偏光光は、円偏光である
ことを特徴とする請求項17に記載の評価方法。
【請求項19】
試料の表面上に所定の分子群を付着させる付着装置と、
前記分子群の付着領域に向かって所定の光を所定の角度で射出する光射出部と、
前記付着領域を通過した光、前記付着領域で反射された光、または前記付着領域で散乱された光を検出する光検出部と、
前記光検出部で検出した光の光強度情報を用いて前記試料の表面状態を評価する評価部と
を備えたことを特徴とする評価装置。
【請求項20】
前記分子群は、誘電率または分極率の異方性を有する多数の分子の集合体である
ことを特徴とする請求項19に記載の評価装置。
【請求項21】
前記分子群は、蛍光性を有する多数の分子の集合体である
ことを特徴とする請求項19に記載の評価装置。
【請求項22】
前記光射出部は、
前記試料に向かって所定の光を所定の角度で射出する第1光射出部と、
前記試料の表面上に前記分子群が付着した表面付着試料に向かって所定の光を所定の角度で射出する第2光射出部と
を有し、
前記光検出部は、
前記試料を通過した光、前記試料で反射された光、または前記試料で散乱された光を検出する第1光検出部と、
前記表面付着試料を通過した光、前記表面付着試料で反射された光、または前記表面付着試料で散乱された光を検出する第2光検出部と
を有し、
前記評価部は、前記第1光検出部および前記第2検出部で検出した光の光強度情報を用いて前記試料の前記分子群側の表面状態を評価する
ことを特徴とする請求項19に記載の評価装置。
【請求項23】
前記試料は、前記分子群の付着していない露出部分を有し、
前記検出部は、前記表面付着試料のうち前記分子群の付着部分を通過した光、前記付着部分で反射された光、または前記付着部分で散乱された光を検出すると共に、前記露出部分を通過した光、前記露出部分で反射された光、または前記露出部分で散乱された光を検出する
ことを特徴とする請求項19に記載の評価装置。
【請求項24】
前記評価部は、前記光検出部で検出した光の光強度情報と、参照情報とに基づいて前記試料の前記分子群側の表面状態を評価する
ことを特徴とする請求項19に記載の評価装置。
【請求項25】
基材を用いた光学素子の製造装置であって、
基材の表面上に所定の分子群を付着させる付着装置と、
前記分子群の付着領域に向かって所定の光を所定の角度で射出する光射出部と、
前記付着領域を通過した光、前記付着領域で反射された光、または前記付着領域で散乱された光を検出する光検出部と、
前記光検出部で検出した光の光強度情報を用いて前記基材の前記分子群側の表面状態を評価する評価部と、
前記評価部による評価結果に基づいて制御パラメータを導出する制御部と
を備えたことを特徴とする製造装置。
【請求項26】
前記分子群は、誘電率または分極率の異方性を有する多数の分子の集合体である
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。
【請求項27】
前記分子群は、蛍光性を有する多数の分子の集合体である
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。
【請求項28】
前記光射出部は、
前記基材に向かって所定の光を所定の角度で射出する第1光射出部と、
前記基材の表面上に前記分子群が付着した表面付着基材に向かって所定の光を所定の角度で射出する第2光射出部と
を有し、
前記光検出部は、
前記基材を通過した光、前記基材で反射された光、または前記基材で散乱された光を検出する第1光検出部と、
前記表面付着基材を通過した光、前記表面付着基材で反射された光、または前記表面付着基材で散乱された光を検出する第2光検出部と
を有し、
前記評価部は、前記第1光検出部および前記第2検出部で検出した光の光強度情報を用いて前記基材の前記分子群側の表面状態を評価する
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。
【請求項29】
加工前基材の一の表面に対して面内異方性を付与することにより前記基材を形成する基材形成部を備え、
前記制御部は、前記制御パラメータを用いて前記加工前基材への面内異方性の付与条件を制御する
ことを特徴とする請求項28に記載の製造装置。
【請求項30】
前記基材形成部は、ラビング、紫外線照射、斜めイオンビーム照射または延伸により、前記加工前基材の一の表面に対して面内異方性を付与する
ことを特徴とする請求項29に記載の製造装置。
【請求項31】
前記基材の表面上に前記分子群が付着した表面付着基材のうち前記分子群側の表面上に、誘電率または分極率の異方性を有すると共に前記分子群の厚さよりも厚い膜厚を有する光学機能層を形成する光学機能層形成部と
を備え、
前記制御部は、前記制御パラメータを用いて、前記表面付着基材のうち前記評価部で評価された部分の表面上への前記光学機能層の形成の要否を制御する
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。
【請求項32】
前記分子群は、前記光学機能層と同一の材料からなる
ことを特徴とする請求項31に記載の製造装置。
【請求項33】
前記光学機能層形成部は、誘電率または分極率の異方性を有する分子を含む材料を前記表面付着基材の表面上に塗布することにより前記光学機能層を形成する
ことを特徴とする請求項31に記載の製造装置。
【請求項34】
前記基材は、前記分子群の付着していない露出部分を有し、
前記検出部は、前記表面付着基材のうち前記分子群の付着部分を通過した光、前記付着部分で反射された光、または前記付着部分で散乱された光を検出すると共に、前記露出部分を通過した光、前記露出部分で反射された光、または前記露出部分で散乱された光を検出する
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。
【請求項35】
前記評価部は、前記光検出部で検出した光の光強度情報と、参照情報とに基づいて前記基材の前記分子群側の表面状態を評価する
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。
【請求項36】
前記付着装置は、蒸着により前記分子群を前記基材の表面上に付着させる
ことを特徴とする請求項25に記載の製造装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2009−115646(P2009−115646A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289558(P2007−289558)
【出願日】平成19年11月7日(2007.11.7)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】