誘電率の測定方法および誘電率の測定装置
【課題】広い周波数で誘電体の誘電率を精度よく測定可能な、誘電率の測定方法および測定装置を提供する。
【解決手段】測定試料1は、誘電体試料11および誘電体試料11の主表面13,14に配置された導体板12とを備える。測定試料1はフィルタとしての機能を有する。導体板12により、透過率が極小値となる周波数を変更することができる。スペクトラムアナライザ4は、送信アンテナ2から測定試料1に照射される平面波の周波数を走査する。受信アンテナ3およびスペクトラムアナライザ4は、測定試料1を透過した平面波の電界強度を測定する。コンピュータ5は、コンピュータ5に入力されたパラメータおよびスペクトラムアナライザ4による測定結果を用いて、FDTD法に従う数値計算によって誘電体試料11の誘電率を算出する。
【解決手段】測定試料1は、誘電体試料11および誘電体試料11の主表面13,14に配置された導体板12とを備える。測定試料1はフィルタとしての機能を有する。導体板12により、透過率が極小値となる周波数を変更することができる。スペクトラムアナライザ4は、送信アンテナ2から測定試料1に照射される平面波の周波数を走査する。受信アンテナ3およびスペクトラムアナライザ4は、測定試料1を透過した平面波の電界強度を測定する。コンピュータ5は、コンピュータ5に入力されたパラメータおよびスペクトラムアナライザ4による測定結果を用いて、FDTD法に従う数値計算によって誘電体試料11の誘電率を算出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電率の測定方法および誘電率の測定装置に関し、特に誘電率の周波数特性を測定するための方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
無線通信装置等の高周波信号を扱う回路では、回路基板、コンデンサ等の誘電率が回路動作の点で重要となる。このため、材料の誘電率を測定するための方法がこれまでに提案されている。
【0003】
たとえば特開平6−308177号公報(特許文献1)および特開2003−130903号公報(特許文献2)は、2分割された空洞共振器が誘電体試料を挟んだ状態で、その共振器の共振周波数と無負荷Q値とを測定することにより、誘電体試料の誘導定数を算出する方法を開示する。
【0004】
特開平6−308177号公報(特許文献1)に記載の方法によれば、比誘電率および誘電正接が既知である誘電体が共振器の空洞に充填される。特開2003−130903号公報(特許文献2)に記載の方法によれば、誘電体試料は、所定の誘電率を有する誘電体基板を介在させて空洞共振器に挟まれる。これらの方法によれば、測定対象を2つの誘電体で挟むことにより、共振器の共振周波数を低下させる。この結果、広い周波数領域で誘電定数の測定が可能になる。
【0005】
たとえば再公表特許2006/090550号公報(特許文献3)は、ストリップラインを用いた誘電率測定方法を開示する。この方法によれば、信号導体および接地導体により構成された伝送路が誘電体基板上に形成される。その伝送路の少なくとも4箇所において信号導体と接地導体とが短絡されるとともに、信号の反射特性が測定される。信号導体と接地導体とが短絡した状態での反射特性の測定結果、伝送路の特性、および伝送路の物理寸法に基づいて、伝送路材料の誘電率および誘電正接が算出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−308177号公報
【特許文献2】特開2003−130903号公報
【特許文献3】再公表特許2006/090550号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特開平6−308177号公報(特許文献1)および特開2003−130903号公報(特許文献2)に記載の方法は、測定対象を挟む2つの誘電体によって、誘電定数の周波数特性を測定するという課題を解決することができる。しかしながら、それら2つの誘電体の特性そのものが周波数依存性を有する。したがって、その物性が十分に判明された誘電体材料によって測定対象を挟まなければ、測定結果に基づいて算出された誘電率に大きな誤差が生じる可能性がある。
【0008】
加えて、一般には、材料の誘電率は、周波数が高くなるにつれて低下する。このため、周波数が高い領域では共振器の共振周波数を低下させることが困難となる。
【0009】
一方、再公表特許2006/090550号公報(特許文献3)に記載の方法によれば、伝送路の物理寸法あるいは伝送路の特性が誘電率の測定結果に影響を与える。したがって、たとえば伝送路(すなわちストリップライン)の形状の精度、ストリップラインを形成する導体の損失等が測定精度に影響を与えることが懸念される。
【0010】
本発明の目的は、広い周波数で誘電体の誘電率を精度よく測定可能な、誘電率の測定方法および測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は要約すれば、板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定方法であって、誘電体の少なくとも1つの主表面に少なくとも1つの導体を配置することによって、測定試料を準備するステップと、少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を測定試料に照射するとともに電磁波の周波数を走査することによって、測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定するステップと、周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って誘電体の誘電率を算出するステップとを備える。算出するステップは、透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算するステップと、誘電率を変化させることによって、周波数成分の計算結果を周波数成分の測定結果に一致させるステップと、計算結果と測定結果とが一致したときの誘電率を、誘電体の誘電率として確定するステップとを含む。
【0012】
好ましくは、電磁波は、平面波である。少なくとも1つの導体は、平面波の電界方向に沿った幅を有する。幅は、ピーク周波数と幅との間の所定の相関関係に基づいて定められる。
【0013】
好ましくは、測定試料を準備するステップにおいて、導体の幅を、少なくとも1つの主表面に導体を配置するたびに異ならせる。
【0014】
好ましくは、誘電率は、実数部および虚数部を含む複素誘電率である。一致させるステップは、実数部を変化させることによってピーク周波数の計算結果をピーク周波数の測定結果に一致させるとともに、虚数部を変化させることによって、周波数成分の半値幅の計算結果を、周波数成分の半値幅の測定結果に一致させる。
【0015】
好ましくは、少なくとも1つの導体は、少なくとも1つの主表面に、少なくとも電磁波の電界方向に沿って周期的に配置された複数の導体である。
【0016】
本発明の他の局面によれば、板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定装置であって、測定試料を準備するために誘電体の少なくとも1つの主表面に配置された、少なくとも1つの導体と、少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を測定試料に照射するための送信アンテナと、測定試料を透過した電磁波を受信するための受信アンテナと、送信アンテナから送信される電磁波の周波数を走査するとともに、受信アンテナにより受信された電磁波の電界強度に基づいて、測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定する測定部と、周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って誘電体の誘電率を算出する解析部とを備える。解析部は、透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算し、誘電率を変化させることによって、周波数成分の計算結果を周波数成分の測定結果に一致させ、計算結果と測定結果とが一致したときの誘電率を前記誘電体の誘電率として確定する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、広い周波数領域で誘電体の誘電率を精度よく測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る誘電率の測定装置を説明するための図である。
【図2】図1に示した測定試料1を詳細に説明するための図である。
【図3】図2に示した単位試料15の表面を示した図である。
【図4】本実施の形態による測定方法の流れを説明するためのフローチャートである。
【図5】FDTD法で用いられる解析空間を示した図である。
【図6】コンピュータ5による数値解析モデルを示した図である。
【図7】単位試料に入力される電磁波の電界強度、および単位試料から出力される電磁波の電界強度の各々の時間変化を模式的に示した図である。
【図8】透過率の周波数特性を模式的に示した図である。
【図9】本実施の形態に適用される入射波の一例としてのガウシアンパルスをフーリエ変換した結果を示した図である。
【図10】導体板12の長さLと透過率との関係を示した図である。
【図11】導体板12の長さLとピーク周波数との関係を示した図である。
【図12】2つの導体板の間の間隔(隙間幅)と透過率との関係を示した図である。
【図13】隙間幅とピーク周波数との関係を示した図である。
【図14】スペクトラムアナライザによる測定結果およびコンピュータによる解析結果の一例を示した図である。
【図15】数値解析により得られるピーク周波数および半値幅を測定結果に一致させるための方法を説明するための図である。
【図16】透過率に対する比誘電率ε′の影響を数値解析結果によって示した図である。
【図17】透過率に対するtanδの影響を数値解析結果によって示した図である。
【図18】導体板12の形状の一例を示した図である。
【図19】図18に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。
【図20】図18に示した導体板12のパターンの変形例を示した図である。
【図21】図20に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。
【図22】誘電体基板の両面に導体板を配置した場合、および誘電体基板の片面に導体板を配置した場合における透過率を示した図である。
【図23】厚みの異なる2つの誘電体基板の各々を測定試料に用いた場合における透過率を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰返さない。
【0020】
図1は、本発明の実施の形態に係る誘電率の測定装置を説明するための図である。図1を参照して、本発明の実施の形態に係る測定装置100は、測定試料1の誘電率を測定する。測定試料1は、板状の誘電体試料11および複数の導体板12を含む。複数の導体板12は、誘電体試料11の主表面13および14に周期的に配置される。
【0021】
誘電体試料11は、たとえばプリント基板として用いられる材料によって形成された試料である。無線通信装置等の高周波信号を扱う回路では、回路基板の誘電率が回路動作の点で重要となる。本実施の形態に係る誘電率の測定方法によって誘電体の誘電率を測定することにより、回路基板として適切な材料を選定することができる。
【0022】
測定装置100は、送信アンテナ2と、受信アンテナ3と、スペクトラムアナライザ4と、コンピュータ5と、入力装置6と、表示装置7とを備える。
【0023】
測定試料1、送信アンテナ2および受信アンテナ3は電波暗箱50の内部に配置される。電波暗箱50の内部では、測定試料1は送信アンテナ2と受信アンテナ3との間に配置される。
【0024】
送信アンテナ2および受信アンテナ3は、スペクトラムアナライザ4に電気的に接続される。送信アンテナ2は、スペクトラムアナライザ4から信号が供給されることによって測定試料1に電磁波を照射する。送信アンテナ2から送信された電磁波は、測定試料1に入射される。測定試料1に入射した電磁波は測定試料1を透過して受信アンテナ3に到達する。受信アンテナ3は、測定試料1を透過した電磁波を受信する。受信アンテナ3によって受信された電磁波の電界強度は、スペクトラムアナライザ4によって計測される。
【0025】
送信アンテナ2から送信された電磁波(以下では「入射波」とも呼ぶ)は平面波であり、具体的にはTEM波である。TEM波とは、電界方向と磁界方向とが互いに直交し、かつ電界方向および磁界方向がともにその伝播方向と直交する電磁波である。
【0026】
送信アンテナ2および受信アンテナ3は、それぞれ平面波を送信および受信可能なアンテナ(すなわち面波源)であればよく、その種類は特に限定されない。たとえば図1に示されるように、本実施の形態では、送信アンテナ2および受信アンテナ3の各々に角錐ホーンアンテナが用いられる。ただし送信アンテナ2および受信アンテナ3に、たとえばダイポールアンテナを用いてもよい。
【0027】
以下の説明では、平面波の伝播する方向をX方向と定義するとともに、X方向に対して直交する2方向をそれぞれY方向およびZ方向と定義する。たとえば図1に示すようにY方向は水平方向であり、Z方向は垂直方向である。Y方向およびZ方向の一方の方向が平面波の電界方向に相当し、他方の方向が平面波の磁界方向に相当する。以下の説明では、平面波の電界の方向がY方向であり、平面波の磁界方向がZ方向であるとする。
【0028】
面波源である送信アンテナ2は、入力面51から測定試料1に平面波を入力する。入力面51はY方向およびZ方向によって規定される平面であり、送信アンテナ(角錐ホーンアンテナ)2の開口面と接する位置での電波暗箱50の断面に対応する。一方、観測面52は、受信アンテナ(角錐ホーンアンテナ)3の開口面と接する位置での電波暗箱50の断面に対応する。入力面51と誘電体試料11の主表面13との間の間隔はX1であり、観測面52と誘電体試料11の主表面14との間の間隔はX2である。
【0029】
電磁波の発生源の近傍の空間(いわゆる近傍界)では、準静電界あるいは誘導磁界成分が支配的である。これに対して、波源から十分に離れた空間(いわゆる遠方界)では、電磁波は平面波として伝播する。一般に近傍界と遠方界との境界は、その電磁波の波長をλとするとλ/2πと表わされる。入力面51と誘電体試料11の主表面13との間の距離X1をλ/2πより大きくすることにより、送信アンテナ2から測定試料1に平面波を照射することが可能である。
【0030】
スペクトラムアナライザ4は、トラッキングジェネレータ(TG)を内蔵する。トラッキングジェネレータは信号発生器であり、スペクトラムアナライザ4の周波数掃引に同期して信号を発生させる。すなわちトラッキングジェネレータが発生する信号の周波数はスペクトラムアナライザ4の分析時の周波数と同じである。誘電率の測定時に、スペクトラムアナライザ4は、たとえば1GHz〜10GHzの範囲で周波数を走査する。
【0031】
トラッキングジェネレータによって発生された信号は、TG出力端子4Aから送信アンテナ2に出力される。一方、受信アンテナ3が受信した電磁波は高周波信号としてスペクトラムアナライザ4のRF入力端子4Bに入力される。測定試料1が入射波を吸収する度合いにより、受信アンテナ3が受信した電磁波の電界強度が変化する。スペクトラムアナライザ4は、受信アンテナ3が受信した電磁波の電界強度を測定する。
【0032】
なお、スペクトラムアナライザ4はコンピュータ5の制御により動作してもよいし、測定者の操作により動作してもよい。また、トラッキングジェネレータは、スペクトラムアナライザとは別に設けられてもよい。
【0033】
コンピュータ5は、スペクトラムアナライザ4の測定結果を示すデータをスペクトラムアナライザ4から取得する。コンピュータ5はスペクトラムアナライザ4からのデータを用いて、誘電体試料11の誘電率を算出する。
【0034】
入力装置6は、測定者がコンピュータ5に各種の情報を入力するための装置であり、たとえばキーボード、マウス等である。表示装置7は、測定者が入力装置6を介してコンピュータ5に入力した情報、あるいはコンピュータ5による誘電率の算出結果を表示するための装置であり、たとえばCRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイ、液晶ディスプレイ等である。
【0035】
図2は、図1に示した測定試料1を詳細に説明するための図である。図2を参照して、X,Y,Zの各方向は、図1に示したX,Y,Z方向にそれぞれ対応する。誘電体試料11の厚みtは誘電体試料11のX方向の長さである。
【0036】
複数の導体板12は、主表面13,14の各々に周期的に配置される。図2に示されるように、たとえば同サイズの9個の導体板12が主表面13に配置される。各導体板12の形状はたとえば正方形である。9個の導体板12は、Y方向に等間隔で配置されるとともにZ方向に等間隔で配置される。Y方向に沿って並ぶ2つの導体板12の間隔と、Z方向に沿って並ぶ2つの導体板12の間隔とは等しくても異なってもよい。
【0037】
上述のように、Y方向は、送信アンテナ2から送信された電磁波(平面波)の電界方向に対応する。すなわち、本実施の形態では、複数の導体板12は、誘電体試料11の主表面13および主表面14、少なくとも平面波の電界方向に沿って周期的に配置される。
【0038】
主表面13と同様に、主表面14には9個の導体板12が配置される。誘電体試料11の主表面14における9個の導体板12の配置は、主表面13における9個の導体板12の配置と同様である。
【0039】
複数の導体板12は、たとえば加圧によって主表面13および主表面14の各々に接触した状態で固定される。なお、複数の導体板12をたとえば両面テープ等の接着手段によって主表面13および主表面14の各々に密着させてもよい。
【0040】
上記のように複数の導体板12を配置することによって、測定試料1の表面のパターンは、Y方向に3等分されるとともにZ方向に3等分することができる。したがって、測定試料1は、互いに等しい複数個(9個)の単位試料15として、仮想的に分割できる。
【0041】
1つの単位試料15の誘電率は、誘電体試料11の誘電率と等しい。コンピュータ5は、1つの単位試料15について誘電率を算出することによって誘電体試料11の誘電率を算出する。コンピュータ5による誘電率の算出に用いられる試料のサイズを小さくすることによって、コンピュータ5の演算負荷を低減させることができる。9個の導体板12は、Y方向に等間隔で配置されるとともにZ方向に等間隔で配置される。
【0042】
図3は、図2に示した単位試料15の表面を示した図である。図2および図3を参照して、単位試料15の表面は、誘電体試料11の主表面13の一部である誘電体領域151および、誘電体領域151の一部を覆う1つの導体板12により形成された導電領域152を含む。
【0043】
たとえば誘電体領域151および導電領域152の形状は正方形である。2つの正方形領域は、それらの中心が一致するように重ねられる。誘電体領域151の1辺の長さをWと表わし、導電領域152の1辺の長さをLと表わす。図2に示された複数の導体板12同士の間隔は(W−L)と表わされる。なお、コンピュータ5による誘電率の算出のために用いられる領域は、誘電体領域151および導電領域152を4等分することで得られる1つの領域(図中の2本の破線によって4等分された領域の1つ)でもよい。
【0044】
図1に戻り、測定試料1はフィルタとしての機能を有する。測定装置100は測定試料1の透過率の周波数特性を測定する。具体的には、スペクトラムアナライザ4が、送信アンテナ2から測定試料1に照射される平面波の周波数を走査する。受信アンテナ3およびスペクトラムアナライザ4は、測定試料1を透過した平面波の電界強度を測定する。
【0045】
測定試料1はフィルタとして機能するので、測定試料1による平面波の吸収が急に大きくなる周波数が存在する。透過率が極小値となる周波数を、本明細書では「ピーク周波数」と称することにする。ピーク周波数は、誘電体試料11の主表面に導体板12を配置することによってシフトする。さらに、ピーク周波数は、導体板12のサイズ(L)、2つの導体板12の間隔(W−L)、誘電体試料11の厚みt、および誘電体試料11の誘電率ε等のパラメータによって変化する。
【0046】
コンピュータ5には、これらパラメータが予め入力される。コンピュータ5は、コンピュータ5に入力されたパラメータおよびスペクトラムアナライザ4による測定結果を用いて、数値計算によって誘電体試料11の誘電率を算出する。
【0047】
誘電率(複素誘電率)εは、ε=ε´−iε″と表わされる。iは虚数単位である。誘電率εの実数部ε´は、比誘電率(複素比誘電率)を表わす。誘電率εの実数部ε´に対する誘電率εの虚数部ε″の比(ε″/ε´)は誘電正接(tanδ)として定義される。コンピュータ5は、数値計算によって、誘電率εの実数部ε´および誘電正接(tanδ)を算出する。
【0048】
図4は、本実施の形態による測定方法の流れを説明するためのフローチャートである。図4を参照して、ステップS1において、誘電率の測定対象となる試料(誘電体)が準備される。ステップS2において、導体板12が誘電体試料11の主表面に配置される。上述のように、たとえば加圧によって複数の導体板12が、誘電体試料11の主表面13および主表面14の各々に固着される。ステップS1,S2は、測定試料1を準備するステップに対応する。
【0049】
ステップS3において、測定試料1、送信アンテナ2および受信アンテナ3が電波暗箱50に設置される。
【0050】
ステップS4において、測定試料1の透過率が測定される。具体的には、ステップS4において、スペクトラムアナライザ4(トラッキングジェネレータ)は送信アンテナ2に高周波信号を送るとともに、その信号の周波数を走査する。送信アンテナ2はスペクトラムアナライザ4からの高周波信号を電磁波として測定試料1に照射する。スペクトラムアナライザ4が周波数を走査することによって、電磁波の周波数が走査される。
【0051】
スペクトラムアナライザ4は、さらに受信アンテナ3が受信した平面波の電界強度(受信電界強度)を測定する。スペクトラムアナライザ4は、受信電界強度と送信電界強度との比を算出することによって、測定試料1の透過率を測定する。これにより、スペクトラムアナライザ4は、透過率の周波数スペクトルを測定する。
【0052】
ステップS5において、スペクトラムアナライザ4は、透過率の周波数スペクトルの測定結果に基づいて、ピーク周波数fcおよび、ピーク周波数fcに対応する周波数成分の半値幅(スペクトル半値幅)Δfを測定する。
【0053】
ステップS4,S5の処理と並行的にステップS6の処理が実行される。ステップS6において、コンピュータ5は、ステップS3,S4で行なわれる実験と同じ条件に従う数値解析モデルを作成する。コンピュータ5が数値解析モデルを作成するために、コンピュータ5には、導体板のサイズ、導体板の間隔、誘電体試料11の厚みt等のパラメータが入力装置6を介して入力される。
【0054】
ステップS7において、コンピュータ5は、誘電率を設定する。たとえばコンピュータ5には入力装置6を介して誘電率の初期値が入力される。「誘電率」とは、上記の比誘電率ε′およびtanδを含む。
【0055】
ステップS8において、コンピュータ5は、数値解析を実行する。これにより、コンピュータ5はピーク周波数fcおよび半値幅Δfを算出する。
【0056】
ステップS9において、コンピュータ5は、数値解析によって得られたピーク周波数fcおよび半値幅Δfが、スペクトラムアナライザ4により測定されたピーク周波数fcおよび半値幅Δfにそれぞれ一致するか否かを判定する。なお数値解析により得られた値と、測定値とは厳密に一致していなくてもよく、たとえば両者の差が所定範囲内である場合に、コンピュータ5は両者が一致したと判定してもよい。
【0057】
数値解析により得られたピーク周波数fcおよび半値幅Δfが測定値と一致したと判定された場合(ステップS9においてYES)、コンピュータ5は、ステップS10の処理を実行する。ステップS10では、コンピュータ5は、ステップS7の処理で設定された誘電率を、誘電体試料11の誘電率(比誘電率およびtanδ)として確定する。ステップS10の処理が終了すると、全体の処理が終了する。
【0058】
一方、数値解析により得られたピーク周波数fcおよび半値幅Δfが測定により得られた値と不一致であると判定された場合(ステップS9においてNO)、処理はステップS7に戻される。この場合、コンピュータ5は、誘電率を再設定する。数値解析による計算結果が測定結果に一致するまで、コンピュータ5は、ステップS7〜S9の処理を繰返して実行する。
【0059】
本実施の形態では、コンピュータ5は、電磁波解析(電磁界解析)手法により誘電率を算出する。具体的には、コンピュータ5は、電磁波解析手法としてFDTD法(Finite Difference Time Domain Method)を用いる。FDTD法は公知の方法であるので、以下ではFDTD法の概略を説明する。
【0060】
FDTD法は、差分法(Finite Difference Method)の一種である。図5に示すように、FDTD法では空間が格子状に分割されるとともに、その節点に電界Eおよび磁界Hの評価点が配置される。FDTD法では、以下の式(1)および式(2)に従って表わされるマクスウェル方程式の微分(∇×E、∇×H)項を、隣接する節点間の数値差/距離と置き換えて表現する。
【0061】
【数1】
【0062】
【数2】
【0063】
式(1)および式(2)において、Eは電界を表わし、Hは磁界を表わし、tは時間を表わし、μは透磁率を表わし、εは誘電率を表わし、σは導電率を表わす。
【0064】
FDTD法では、さらに、時間微分(∂/∂t)項を、微小時間ステップΔtあたりの、既知である現状の数値とΔt経過後の未知の数値との差に置き換えて、未知の次ステップの電磁界を求める。このように時間を追って求める手法は時間領域法(Time Domain Method)と呼ばれる。
【0065】
さらに、特定の周波数成分を含む既知の入射波が数値解析に導入されるともに出力として検出された電磁波の時間変動がフーリエ変換されて各周波数の成分に分解される。各周波数での応答(吸収・反射)は、各周波数における、入射に対する出力の比率として求まる。よって、一度の計算で多様な周波数での応答を求めることができる。
【0066】
周波数領域法は、一定周波数(各周波数 ω)の電磁波のみを想定してたとえば電界EをE*exp(jωt)と置き換えることで、時間微分項を∂E/∂t=jω*Eとして定常解を求める方法である。周波数領域法によれば、必要な周波数分だけ計算を繰返すことによって、各周波数の応答を求めることができる。
【0067】
図6は、コンピュータ5による数値解析モデルを示した図である。図6を参照して、測定試料1のうちの1つの単位試料15が解析対象として用いられる。入力面51と単位試料15の主表面(測定試料1の主表面13に相当)との間の距離X1、観測面52と単位試料15の主表面(測定試料1の主表面14に相当)との間の距離X2、誘電体試料の厚みtには、実際の値が適用される。
【0068】
コンピュータ5には、上記のパラメータに加え、誘電体試料11の誘電率の初期値、導体板12の長さ(導体板12の幅)L、および導体板12同士の間隔(W−L)が入力される。コンピュータは、これらのパラメータ、入力面51上の電磁波の照射位置(入射点)、および観測面52上の評価位置(評価点53)を数値解析モデルに導入する。
【0069】
コンピュータ5は、次に誘電率を算出するための評価周波数を決定するとともに、入射位置から単位試料15に入射される入射波(平面波)を決定する。たとえば入射波としては、以下の式(3)に従うガウシアンパルスが用いられる。
【0070】
【数3】
【0071】
次に、コンピュータ5は、観測面52上の評価位置(評価点53)での電磁波の時間変動を算出する。さらにコンピュータ5は、入射点での電磁波の電界および評価点での電磁波の電界の各々をフーリエ変換する。これにより入射点での電界強度の各周波数成分および評価点での電界強度の各周波数成分が求められる。コンピュータ5は、評価点での電界強度の値と入射点での電界強度の値との比率を周波数ごとに求めることで、測定試料1の透過率の周波数応答を求める。なお、上記の計算方法は、FDTD法によるものと限定されず、周波数領域の有限要素法等の手法によっても実施可能である。
【0072】
図7は、単位試料に入力される電磁波の電界強度、および単位試料から出力される電磁波の電界強度の各々の時間変化を模式的に示した図である。図7を参照して、誘電体による電磁波の吸収により、単位試料に入力される電磁波の電界強度に比較して、単位試料から出力される電磁波の電界強度は小さい。
【0073】
透過率(単位;dB)は、10*log(Eo/Ei)と表わされる。Eoは評価点における電界強度(受信電界強度)を表わし、Eiは入射点における電界強度(送信電界強度)を表わす。
【0074】
図8は、透過率の周波数特性を模式的に示した図である。図8を参照して、透過率は、ピーク周波数fcの付近では急に小さくなる。半値幅(半値全幅)Δfは、ピーク周波数fcにおける透過率(極小値)と3dBだけ異なる透過率となる周波数の範囲を示す。
【0075】
図9は、本実施の形態に適用される入射波の一例としてのガウシアンパルスをフーリエ変換した結果を示した図である。図9(A)では、ガウシアンパルスが時間の関数として表わされる。一方、図9(B)では、ガウシアンパルスが周波数の関数として表わされる。図9(A)に示される関数と図9(B)に示される関数とはフーリエ変換を実行することによって相互に変換可能である。
【0076】
次に、コンピュータ5に入力される各種のパラメータと、ピーク周波数あるいは半値幅との関係について詳細に説明する。
【0077】
図10は、導体板12の長さLと透過率との関係を示した図である。図10および図3を参照して、導電領域152の長さLが30[mm]の場合、40[mm]の場合、50[mm]の場合の各々における透過率が示される。誘電体領域151の長さW(図3参照)はいずれの場合においても同じ(具体的には60[mm])である。図10中の矢印は、ピーク周波数を示す。
【0078】
図11は、導体板12の長さLとピーク周波数との関係を示した図である。図10および図11に示されるように、導体板12のサイズ(長さL)を変更することによってピーク周波数を変更することができる。具体的には、導電領域152の長さLが長くなるほどピーク周波数が低くなる。
【0079】
図12は、2つの導体板の間の間隔(隙間幅)と透過率との関係を示した図である。図13は、隙間幅とピーク周波数との関係を示した図である。なお、図12および図13に示した関係を得るために、誘電率εがε=6.4−0.05iとの式により表わされる誘電体試料を用いた。また、誘電体試料11の厚みtは5[mm]であり、導体板12の長さLは30[mm]であった。
【0080】
図12を参照して、W′は2つの導体板12間の隙間幅を表わす。図12および図13に示されるように、隙間幅W′を変更することによりピーク周波数は変化する。ただし、隙間幅W′によるピーク周波数のシフトへの影響は、導体板12の長さLによる影響に比べて小さい。
【0081】
なお、図12および図13によれば、Lが一定であるので、W′が大きくなるほど、すなわち、W′とLとの比(W′/L)が大きくなるほどピーク周波数での透過率の落ち込みが小さくなる。このため、数値解析による誘電率の算出精度が低下することが懸念される。図12から、W′/Lは0以上かつ1.0未満であることが好ましい。
【0082】
導体板12が正方形の場合、W′/L=0であれば、複数の導体板が結合されて1つの導体板となる。誘電体基板の主表面に1つの導体板のみが配置されても、ピーク周波数をシフトさせる効果を奏することができる。よって、長さLを変化させることにより、広い周波数範囲で誘電率を測定することができる。
【0083】
図14は、スペクトラムアナライザによる測定結果およびコンピュータによる解析結果の一例を示した図である。図14を参照して、導体板12の長さLを20[mm]、30[mm]、40[mm]としたときの測定結果および数値解析による計算結果が示される。単位試料15の長さ(誘電体領域151の長さW)は一定である。入力面51と単位試料15の主表面との間の間隔X1を210[mm]であり、観測面52と単位試料15の主表面との間の間隔X2は230[mm]であった。
【0084】
図14は、導体板12の長さLが長くなるほどピーク周波数が低下するという関係を示す。この関係は、図10あるいは図11によって示される関係と整合する。
【0085】
数値解析により得られる透過率の周波数特性は、測定結果とほぼ同様であるが数値解析により得られたピーク周波数および半値幅は、測定結果と若干異なる。このためコンピュータ5は、誘電率(比誘電率およびtanδ)を最適化することによって、ピーク周波数および半値幅を測定結果にほぼ一致させる。これにより、コンピュータ5は、誘電体試料の誘電率を確定する。
【0086】
図15は、数値解析により得られるピーク周波数および半値幅を測定結果に一致させるための方法を説明するための図である。図15を参照して、透過率の測定結果を実線により示し、透過率の数値解析結果を破線によって示す。
【0087】
図15(A)は、数値解析結果と測定結果とでピーク周波数を一致させるための方法を説明するための模式図である。図15(A)を参照して、測定結果により得られたピーク周波数はfcであり、数値解析結果により得られたピーク周波数はfc′である。比誘電率を変更してFDTD法に従う数値解析を実行することにより、ピーク周波数fc′をピーク周波数fcに近づけることができる。なお、ピーク周波数fc′とピーク周波数fcとの大小関係は特に限定されない。
【0088】
図15(B)は、数値解析結果と測定結果とで線幅を一致させるための方法を説明するための模式図である。図15(B)を参照して、測定結果により得られた半値幅はΔfであり、数値解析結果により得られた半値幅はΔf′である。tanδを変更してFDTD法に従う数値解析を実行することにより、ピーク周波数fcにおける透過率が変化する。この透過率の変化に伴って半値幅Δf′も変化する。したがって半値幅はΔf′を半値幅Δfに近づけることができる。
【0089】
図16は、透過率に対する比誘電率ε′の影響を数値解析結果によって示した図である。図16において、ε′=3.2,ε′=4.8,ε′=6.4の各場合における透過率の周波数特性の数値解析結果が示される。比誘電率ε′が大きくなるほどピーク周波数が低下する。図16から、コンピュータ5が比誘電率ε′を変更することによって、実測結果と解析結果とでピーク周波数を一致させることができることが分かる。
【0090】
図17は、透過率に対するtanδの影響を数値解析結果によって示した図である。図17において、ε″=0.04,ε″=0.05の各場合における透過率の周波数特性の数値解析結果が示される。ピーク周波数を変化させないため比誘電率ε′は一定である。したがって誘電率の虚数部ε″が小さくなるにつれてtanδが小さくなる。
【0091】
tanδが小さくなるにつれて、ピーク周波数における透過率の低下が大きくなる。すなわち電磁波の吸収を表わすスペクトルの谷が深くなるとともにそのスペクトルの半値幅が狭くなる。図17から、コンピュータ5がtanδ(誘電率の虚数部ε″)を変更することにより、実測結果と解析結果とで半値幅を一致させることができることが分かる。
【0092】
本実施の形態によれば、誘電体試料の表面に導体を配置することにより、測定試料の共振周波数(ピーク周波数fc)が変化する(低周波数側にシフトする)。ピーク周波数fcは、導体板の長さLによって変化する。具体的には、Lが長くなるほどピーク周波数fcが低くなる。
【0093】
本実施の形態によれば、図10および図11に示した関係に基づいて、導体板の長さLとピーク周波数fcとの間の相関関係が予め定められる。ある周波数での誘電体試料の誘電率を測定する場合には、その相関関係に基づいて、誘電体試料の主表面に配置される導体板12の長さLが定められる。その導体板12を誘電体試料の主表面に配置することによって、測定試料が準備される。図4に示したフローに従って誘電率を測定することによって、その周波数での誘電率を測定できる。
【0094】
さらに、上記の相関関係に基づいて、導体板12の長さLを、誘電体試料の主表面に導体板12を配置するたびに異ならせる。すなわち、測定試料の誘電体を測定するたびに、誘電体試料の主表面に配置される導体板12の長さLを異ならせる。図4に示したフローに従って誘電率を測定することによって、異なる複数の周波数での誘電率を測定できる。つまり、誘電率の周波数特性を測定できる。
【0095】
本実施の形態によれば、誘電体試料の表面に配置される導体板12の長さを変更するだけで誘電率の周波数特性を測定できる。誘電率は誘電体試料の厚みによっても変化する。同一材料でできた、厚みの異なる複数の誘電体試料を誘電率の測定に用いた場合には、測定により得られた誘電率に、各試料の厚みのばらつきを考慮する必要がある。一方、本実施の形態では、誘電体試料の主表面に配置される導体板12を交換するだけでよいので、誘電体の厚みを変更しなくてもよい。したがって、誘電率への誘電体試料の厚みの影響(たとえば厚みのばらつきによる誘電率の測定結果への影響)を低減することができる。
【0096】
さらに本実施の形態によれば、面積の大きい導体板12を用いることができる。ストリップラインを用いた場合には、ストリップラインの抵抗が誘電率の測定結果に影響を与える可能性がある。面積の大きい導体板12を用いることによって、導体の抵抗による誘電率の測定結果への影響をほとんど無視できる程度に小さくすることができる。
【0097】
さらに本実施の形態によれば、測定試料を挟むための誘電体といった、その特性を予め把握する必要がある材料を用いなくとも測定試料の誘電率を測定できる。
【0098】
以上の理由により、本実施の形態によれば、広い周波数領域にわたり誘電体の誘電率を精度よく測定することができる。
【0099】
本実施の形態によれば、予め定められた配置パターンに従って導体を誘電体の表面に配置することによって測定試料を準備できる。したがって測定試料のための特別な加工は不要である。なお、フォトリソグラフィーを利用して膜状あるいは箔状の導体を所定の形状にパターニングすることにより、誘電体試料11の主表面に導体を設置してもよい。
【0100】
導体板12の厚みは表皮効果を考慮して定められる。電磁波が浸透する深さ(表皮深さ)dは、以下の式(4)に従って表わされる。
【0101】
【数4】
【0102】
式(4)において、σは導電率[S/m]であり、μは透磁率(=4π×10−7)であり、fは周波数[Hz]であり、すなわち周波数が高いほど表皮深さが小さくなる。t[m]を導体板12の厚みとすると、本実施の形態ではd<tとなるように導体板12の厚みが定められる。
【0103】
本実施の形態では、導体板12の形状は正方形である。ただし、導体板12の形状はこのように限定されるものではない。誘電体の主表面に、同じ形状を有する導体が周期的に配置されるのであれば、導体板12の形状は、種々の形状を採用できる。
【0104】
導体板12の形状が矩形(代表的には正方形)と異なる場合、導体板12の長さLとしては、平面波の電界方向に沿った導体板12の長さの最大値が採用される。たとえば導体板12の形状が円形である場合、円の直径が導体板12の長さLとして用いられる。すなわち導体板12の形状は矩形に限定されるものではない。
【0105】
図18は、導体板12の形状の一例を示した図である。図18に示すように、十字形の導体板12が誘電体試料11の主表面13および/または主表面14(図示せず)に周期的に配置されてもよい。十字形の導体板12を誘電体試料11の主表面に配置することによって測定試料1を準備した場合においても、ピーク周波数をシフトさせる効果を得ることができる。
【0106】
図19は、図18に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。図19および図18を参照して、導体板12同士の隙間幅W′が4[mm]、誘電体試料11の厚みtが6[mm]、線幅aが3[mm]である測定試料を用いて透過率の周波数スペクトルを測定した。図19に示されるように、透過率の周波数スペクトルにはピーク周波数(図19において矢印によって示す)が存在する。
【0107】
ピーク周波数は導体板12の長さLによって変化し、導体板12の長さLが大きくなるほど低周波数側にシフトする。
【0108】
図20は、図18に示した導体板12のパターンの変形例を示した図である。図20を参照して、複数の導体板12が結合されることにより、網状の導体板12が誘電体試料11の主表面13に配置される。この場合、導体板12同士の隙間幅W′は0である。
【0109】
図21は、図20に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。図21を参照して、導体板12同士の隙間幅W′が4[mm]の場合には、透過率が極小値となるピーク周波数が存在する。これに対して、導体板12同士の隙間幅W′が0[mm]の場合には、ピーク周波数が存在しない。すなわち複数の十字形の導体板12を結合することにより、測定試料による電磁波の吸収がある周波数でピークになるという効果が消滅する。
【0110】
このように、誘電体基板の主表面に配置される導体の数が1つである場合には、導体パターンが誘電体基板の主表面全体を覆わないようにすることが好ましい。これにより、測定試料による電磁波の吸収がある周波数でピークになるという効果を発現させることができるので、透過率の周波数スペクトルにはピーク周波数および半値幅が存在する。よって、誘電率を算出することができる。
【0111】
さらに、本実施の形態では、誘電体基板の2つの主表面の各々に複数の導体板12が配置されることによって測定試料1が準備される。ただし2つの主表面のいずれか一方のみに導体板12が配置されてもよい。導体板が配置された主表面は、送信アンテナ2および受信アンテナ3のいずれに向けられてもよい。
【0112】
図22は、誘電体基板の両面に導体板を配置した場合、および誘電体基板の片面に導体板を配置した場合における透過率を示した図である。なお、導体板の形状は図18に示した十字形である。
【0113】
図22を参照して、誘電体基板の両面に導体板を配置した場合、および誘電体基板の片面にのみ導体板を配置した場合のいずれにおいても、透過率の周波数スペクトルには、ピーク周波数および半値幅が存在する。よってコンピュータは、電磁界解析手法により誘電体の誘電率を算出できる。なお、図22に示した関係を得るために用いた測定試料において、導体板12同士の隙間幅W′は4[mm]、誘電体試料11の厚みtは6[mm]、線幅aは3[mm]、導体板12の長さLは35[mm]であった。
【0114】
以上のように、本実施の形態では、誘電体試料の少なくとも1つの主表面に、少なくとも1つの導体板を配置することによって、測定試料を準備することができる。導体板の数が1つの場合、上記したように、導体パターンが誘電体基板の主表面全体を覆わないようにすることが好ましい。
【0115】
薄い導体板の場合には、その厚みが増えるほど、あるいは周波数が高くなるほど遮蔽効果が高くなる。このため電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。
【0116】
十分な厚みを有し、かつ穴のない導体板、すなわち1枚の導体板で誘電体試料の主表面を完全に覆う場合、電波が完全に遮蔽されるので電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。
【0117】
十分な厚みを有するとともに、穴が形成された導体板で誘電体試料の主表面を完全に覆う場合、一定の周波数以下の電磁波が遮蔽され、ある周波数を超えると周波数の増加とともに遮蔽効果が低くなる特性(図21のような特性)、いわゆるハイパスフィルタの特性が現れる。このカットオフ周波数は、穴の大きさによって決まる。この場合にも電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。
【0118】
すなわち一枚の板も含めて電気的に1つにつながった導体パターンによって誘電体基板の主表面全体が完全に覆われることで電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。したがって、導体パターンが誘電体基板の主表面全体を覆わないようにすることが好ましい。
【0119】
さらに本実施の形態では、誘電体基板の厚みについても特に限定されない。図23は、厚みの異なる2つの誘電体基板の各々を測定試料に用いた場合における透過率を示した図である。なお、導体板の形状は図18に示した十字形である。
【0120】
図23を参照して、誘電体基板の厚みtが12[mm]の場合および6[mm]の場合のいずれにおいても、透過率の周波数スペクトルには、ピーク周波数および半値幅が存在する。よってコンピュータは、電磁界解析手法により誘電体の誘電率を算出できる。なお、図23に示した関係を得るために用いた測定試料において、導体板12同士の隙間幅W′は4[mm]、線幅aは3[mm]、導体板12の長さLは19[mm]であった。
【0121】
本実施の形態によれば誘電体試料の厚みは特に限定されないので、たとえば膜状の誘電体試料の誘電率を測定することも可能である。透過率の周波数スペクトルにおいてピーク周波数および半値幅が存在するのであれば、誘電体の厚みを特に限定することなく本実施の形態に係る誘電体の測定方法および測定装置を適用することができる。
【0122】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0123】
1 測定試料、2 送信アンテナ、3 受信アンテナ、4 スペクトラムアナライザ、4A TG出力端子、4B RF入力端子、5 コンピュータ、6 入力装置、7 表示装置、11 誘電体試料、12 導体板、13,14 主表面、15 単位試料、50 電波暗箱、51 入力面、52 観測面、53 評価点、100 測定装置、151 誘電体領域、152 導電領域。
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電率の測定方法および誘電率の測定装置に関し、特に誘電率の周波数特性を測定するための方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
無線通信装置等の高周波信号を扱う回路では、回路基板、コンデンサ等の誘電率が回路動作の点で重要となる。このため、材料の誘電率を測定するための方法がこれまでに提案されている。
【0003】
たとえば特開平6−308177号公報(特許文献1)および特開2003−130903号公報(特許文献2)は、2分割された空洞共振器が誘電体試料を挟んだ状態で、その共振器の共振周波数と無負荷Q値とを測定することにより、誘電体試料の誘導定数を算出する方法を開示する。
【0004】
特開平6−308177号公報(特許文献1)に記載の方法によれば、比誘電率および誘電正接が既知である誘電体が共振器の空洞に充填される。特開2003−130903号公報(特許文献2)に記載の方法によれば、誘電体試料は、所定の誘電率を有する誘電体基板を介在させて空洞共振器に挟まれる。これらの方法によれば、測定対象を2つの誘電体で挟むことにより、共振器の共振周波数を低下させる。この結果、広い周波数領域で誘電定数の測定が可能になる。
【0005】
たとえば再公表特許2006/090550号公報(特許文献3)は、ストリップラインを用いた誘電率測定方法を開示する。この方法によれば、信号導体および接地導体により構成された伝送路が誘電体基板上に形成される。その伝送路の少なくとも4箇所において信号導体と接地導体とが短絡されるとともに、信号の反射特性が測定される。信号導体と接地導体とが短絡した状態での反射特性の測定結果、伝送路の特性、および伝送路の物理寸法に基づいて、伝送路材料の誘電率および誘電正接が算出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−308177号公報
【特許文献2】特開2003−130903号公報
【特許文献3】再公表特許2006/090550号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特開平6−308177号公報(特許文献1)および特開2003−130903号公報(特許文献2)に記載の方法は、測定対象を挟む2つの誘電体によって、誘電定数の周波数特性を測定するという課題を解決することができる。しかしながら、それら2つの誘電体の特性そのものが周波数依存性を有する。したがって、その物性が十分に判明された誘電体材料によって測定対象を挟まなければ、測定結果に基づいて算出された誘電率に大きな誤差が生じる可能性がある。
【0008】
加えて、一般には、材料の誘電率は、周波数が高くなるにつれて低下する。このため、周波数が高い領域では共振器の共振周波数を低下させることが困難となる。
【0009】
一方、再公表特許2006/090550号公報(特許文献3)に記載の方法によれば、伝送路の物理寸法あるいは伝送路の特性が誘電率の測定結果に影響を与える。したがって、たとえば伝送路(すなわちストリップライン)の形状の精度、ストリップラインを形成する導体の損失等が測定精度に影響を与えることが懸念される。
【0010】
本発明の目的は、広い周波数で誘電体の誘電率を精度よく測定可能な、誘電率の測定方法および測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は要約すれば、板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定方法であって、誘電体の少なくとも1つの主表面に少なくとも1つの導体を配置することによって、測定試料を準備するステップと、少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を測定試料に照射するとともに電磁波の周波数を走査することによって、測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定するステップと、周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って誘電体の誘電率を算出するステップとを備える。算出するステップは、透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算するステップと、誘電率を変化させることによって、周波数成分の計算結果を周波数成分の測定結果に一致させるステップと、計算結果と測定結果とが一致したときの誘電率を、誘電体の誘電率として確定するステップとを含む。
【0012】
好ましくは、電磁波は、平面波である。少なくとも1つの導体は、平面波の電界方向に沿った幅を有する。幅は、ピーク周波数と幅との間の所定の相関関係に基づいて定められる。
【0013】
好ましくは、測定試料を準備するステップにおいて、導体の幅を、少なくとも1つの主表面に導体を配置するたびに異ならせる。
【0014】
好ましくは、誘電率は、実数部および虚数部を含む複素誘電率である。一致させるステップは、実数部を変化させることによってピーク周波数の計算結果をピーク周波数の測定結果に一致させるとともに、虚数部を変化させることによって、周波数成分の半値幅の計算結果を、周波数成分の半値幅の測定結果に一致させる。
【0015】
好ましくは、少なくとも1つの導体は、少なくとも1つの主表面に、少なくとも電磁波の電界方向に沿って周期的に配置された複数の導体である。
【0016】
本発明の他の局面によれば、板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定装置であって、測定試料を準備するために誘電体の少なくとも1つの主表面に配置された、少なくとも1つの導体と、少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を測定試料に照射するための送信アンテナと、測定試料を透過した電磁波を受信するための受信アンテナと、送信アンテナから送信される電磁波の周波数を走査するとともに、受信アンテナにより受信された電磁波の電界強度に基づいて、測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定する測定部と、周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って誘電体の誘電率を算出する解析部とを備える。解析部は、透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算し、誘電率を変化させることによって、周波数成分の計算結果を周波数成分の測定結果に一致させ、計算結果と測定結果とが一致したときの誘電率を前記誘電体の誘電率として確定する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、広い周波数領域で誘電体の誘電率を精度よく測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る誘電率の測定装置を説明するための図である。
【図2】図1に示した測定試料1を詳細に説明するための図である。
【図3】図2に示した単位試料15の表面を示した図である。
【図4】本実施の形態による測定方法の流れを説明するためのフローチャートである。
【図5】FDTD法で用いられる解析空間を示した図である。
【図6】コンピュータ5による数値解析モデルを示した図である。
【図7】単位試料に入力される電磁波の電界強度、および単位試料から出力される電磁波の電界強度の各々の時間変化を模式的に示した図である。
【図8】透過率の周波数特性を模式的に示した図である。
【図9】本実施の形態に適用される入射波の一例としてのガウシアンパルスをフーリエ変換した結果を示した図である。
【図10】導体板12の長さLと透過率との関係を示した図である。
【図11】導体板12の長さLとピーク周波数との関係を示した図である。
【図12】2つの導体板の間の間隔(隙間幅)と透過率との関係を示した図である。
【図13】隙間幅とピーク周波数との関係を示した図である。
【図14】スペクトラムアナライザによる測定結果およびコンピュータによる解析結果の一例を示した図である。
【図15】数値解析により得られるピーク周波数および半値幅を測定結果に一致させるための方法を説明するための図である。
【図16】透過率に対する比誘電率ε′の影響を数値解析結果によって示した図である。
【図17】透過率に対するtanδの影響を数値解析結果によって示した図である。
【図18】導体板12の形状の一例を示した図である。
【図19】図18に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。
【図20】図18に示した導体板12のパターンの変形例を示した図である。
【図21】図20に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。
【図22】誘電体基板の両面に導体板を配置した場合、および誘電体基板の片面に導体板を配置した場合における透過率を示した図である。
【図23】厚みの異なる2つの誘電体基板の各々を測定試料に用いた場合における透過率を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰返さない。
【0020】
図1は、本発明の実施の形態に係る誘電率の測定装置を説明するための図である。図1を参照して、本発明の実施の形態に係る測定装置100は、測定試料1の誘電率を測定する。測定試料1は、板状の誘電体試料11および複数の導体板12を含む。複数の導体板12は、誘電体試料11の主表面13および14に周期的に配置される。
【0021】
誘電体試料11は、たとえばプリント基板として用いられる材料によって形成された試料である。無線通信装置等の高周波信号を扱う回路では、回路基板の誘電率が回路動作の点で重要となる。本実施の形態に係る誘電率の測定方法によって誘電体の誘電率を測定することにより、回路基板として適切な材料を選定することができる。
【0022】
測定装置100は、送信アンテナ2と、受信アンテナ3と、スペクトラムアナライザ4と、コンピュータ5と、入力装置6と、表示装置7とを備える。
【0023】
測定試料1、送信アンテナ2および受信アンテナ3は電波暗箱50の内部に配置される。電波暗箱50の内部では、測定試料1は送信アンテナ2と受信アンテナ3との間に配置される。
【0024】
送信アンテナ2および受信アンテナ3は、スペクトラムアナライザ4に電気的に接続される。送信アンテナ2は、スペクトラムアナライザ4から信号が供給されることによって測定試料1に電磁波を照射する。送信アンテナ2から送信された電磁波は、測定試料1に入射される。測定試料1に入射した電磁波は測定試料1を透過して受信アンテナ3に到達する。受信アンテナ3は、測定試料1を透過した電磁波を受信する。受信アンテナ3によって受信された電磁波の電界強度は、スペクトラムアナライザ4によって計測される。
【0025】
送信アンテナ2から送信された電磁波(以下では「入射波」とも呼ぶ)は平面波であり、具体的にはTEM波である。TEM波とは、電界方向と磁界方向とが互いに直交し、かつ電界方向および磁界方向がともにその伝播方向と直交する電磁波である。
【0026】
送信アンテナ2および受信アンテナ3は、それぞれ平面波を送信および受信可能なアンテナ(すなわち面波源)であればよく、その種類は特に限定されない。たとえば図1に示されるように、本実施の形態では、送信アンテナ2および受信アンテナ3の各々に角錐ホーンアンテナが用いられる。ただし送信アンテナ2および受信アンテナ3に、たとえばダイポールアンテナを用いてもよい。
【0027】
以下の説明では、平面波の伝播する方向をX方向と定義するとともに、X方向に対して直交する2方向をそれぞれY方向およびZ方向と定義する。たとえば図1に示すようにY方向は水平方向であり、Z方向は垂直方向である。Y方向およびZ方向の一方の方向が平面波の電界方向に相当し、他方の方向が平面波の磁界方向に相当する。以下の説明では、平面波の電界の方向がY方向であり、平面波の磁界方向がZ方向であるとする。
【0028】
面波源である送信アンテナ2は、入力面51から測定試料1に平面波を入力する。入力面51はY方向およびZ方向によって規定される平面であり、送信アンテナ(角錐ホーンアンテナ)2の開口面と接する位置での電波暗箱50の断面に対応する。一方、観測面52は、受信アンテナ(角錐ホーンアンテナ)3の開口面と接する位置での電波暗箱50の断面に対応する。入力面51と誘電体試料11の主表面13との間の間隔はX1であり、観測面52と誘電体試料11の主表面14との間の間隔はX2である。
【0029】
電磁波の発生源の近傍の空間(いわゆる近傍界)では、準静電界あるいは誘導磁界成分が支配的である。これに対して、波源から十分に離れた空間(いわゆる遠方界)では、電磁波は平面波として伝播する。一般に近傍界と遠方界との境界は、その電磁波の波長をλとするとλ/2πと表わされる。入力面51と誘電体試料11の主表面13との間の距離X1をλ/2πより大きくすることにより、送信アンテナ2から測定試料1に平面波を照射することが可能である。
【0030】
スペクトラムアナライザ4は、トラッキングジェネレータ(TG)を内蔵する。トラッキングジェネレータは信号発生器であり、スペクトラムアナライザ4の周波数掃引に同期して信号を発生させる。すなわちトラッキングジェネレータが発生する信号の周波数はスペクトラムアナライザ4の分析時の周波数と同じである。誘電率の測定時に、スペクトラムアナライザ4は、たとえば1GHz〜10GHzの範囲で周波数を走査する。
【0031】
トラッキングジェネレータによって発生された信号は、TG出力端子4Aから送信アンテナ2に出力される。一方、受信アンテナ3が受信した電磁波は高周波信号としてスペクトラムアナライザ4のRF入力端子4Bに入力される。測定試料1が入射波を吸収する度合いにより、受信アンテナ3が受信した電磁波の電界強度が変化する。スペクトラムアナライザ4は、受信アンテナ3が受信した電磁波の電界強度を測定する。
【0032】
なお、スペクトラムアナライザ4はコンピュータ5の制御により動作してもよいし、測定者の操作により動作してもよい。また、トラッキングジェネレータは、スペクトラムアナライザとは別に設けられてもよい。
【0033】
コンピュータ5は、スペクトラムアナライザ4の測定結果を示すデータをスペクトラムアナライザ4から取得する。コンピュータ5はスペクトラムアナライザ4からのデータを用いて、誘電体試料11の誘電率を算出する。
【0034】
入力装置6は、測定者がコンピュータ5に各種の情報を入力するための装置であり、たとえばキーボード、マウス等である。表示装置7は、測定者が入力装置6を介してコンピュータ5に入力した情報、あるいはコンピュータ5による誘電率の算出結果を表示するための装置であり、たとえばCRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイ、液晶ディスプレイ等である。
【0035】
図2は、図1に示した測定試料1を詳細に説明するための図である。図2を参照して、X,Y,Zの各方向は、図1に示したX,Y,Z方向にそれぞれ対応する。誘電体試料11の厚みtは誘電体試料11のX方向の長さである。
【0036】
複数の導体板12は、主表面13,14の各々に周期的に配置される。図2に示されるように、たとえば同サイズの9個の導体板12が主表面13に配置される。各導体板12の形状はたとえば正方形である。9個の導体板12は、Y方向に等間隔で配置されるとともにZ方向に等間隔で配置される。Y方向に沿って並ぶ2つの導体板12の間隔と、Z方向に沿って並ぶ2つの導体板12の間隔とは等しくても異なってもよい。
【0037】
上述のように、Y方向は、送信アンテナ2から送信された電磁波(平面波)の電界方向に対応する。すなわち、本実施の形態では、複数の導体板12は、誘電体試料11の主表面13および主表面14、少なくとも平面波の電界方向に沿って周期的に配置される。
【0038】
主表面13と同様に、主表面14には9個の導体板12が配置される。誘電体試料11の主表面14における9個の導体板12の配置は、主表面13における9個の導体板12の配置と同様である。
【0039】
複数の導体板12は、たとえば加圧によって主表面13および主表面14の各々に接触した状態で固定される。なお、複数の導体板12をたとえば両面テープ等の接着手段によって主表面13および主表面14の各々に密着させてもよい。
【0040】
上記のように複数の導体板12を配置することによって、測定試料1の表面のパターンは、Y方向に3等分されるとともにZ方向に3等分することができる。したがって、測定試料1は、互いに等しい複数個(9個)の単位試料15として、仮想的に分割できる。
【0041】
1つの単位試料15の誘電率は、誘電体試料11の誘電率と等しい。コンピュータ5は、1つの単位試料15について誘電率を算出することによって誘電体試料11の誘電率を算出する。コンピュータ5による誘電率の算出に用いられる試料のサイズを小さくすることによって、コンピュータ5の演算負荷を低減させることができる。9個の導体板12は、Y方向に等間隔で配置されるとともにZ方向に等間隔で配置される。
【0042】
図3は、図2に示した単位試料15の表面を示した図である。図2および図3を参照して、単位試料15の表面は、誘電体試料11の主表面13の一部である誘電体領域151および、誘電体領域151の一部を覆う1つの導体板12により形成された導電領域152を含む。
【0043】
たとえば誘電体領域151および導電領域152の形状は正方形である。2つの正方形領域は、それらの中心が一致するように重ねられる。誘電体領域151の1辺の長さをWと表わし、導電領域152の1辺の長さをLと表わす。図2に示された複数の導体板12同士の間隔は(W−L)と表わされる。なお、コンピュータ5による誘電率の算出のために用いられる領域は、誘電体領域151および導電領域152を4等分することで得られる1つの領域(図中の2本の破線によって4等分された領域の1つ)でもよい。
【0044】
図1に戻り、測定試料1はフィルタとしての機能を有する。測定装置100は測定試料1の透過率の周波数特性を測定する。具体的には、スペクトラムアナライザ4が、送信アンテナ2から測定試料1に照射される平面波の周波数を走査する。受信アンテナ3およびスペクトラムアナライザ4は、測定試料1を透過した平面波の電界強度を測定する。
【0045】
測定試料1はフィルタとして機能するので、測定試料1による平面波の吸収が急に大きくなる周波数が存在する。透過率が極小値となる周波数を、本明細書では「ピーク周波数」と称することにする。ピーク周波数は、誘電体試料11の主表面に導体板12を配置することによってシフトする。さらに、ピーク周波数は、導体板12のサイズ(L)、2つの導体板12の間隔(W−L)、誘電体試料11の厚みt、および誘電体試料11の誘電率ε等のパラメータによって変化する。
【0046】
コンピュータ5には、これらパラメータが予め入力される。コンピュータ5は、コンピュータ5に入力されたパラメータおよびスペクトラムアナライザ4による測定結果を用いて、数値計算によって誘電体試料11の誘電率を算出する。
【0047】
誘電率(複素誘電率)εは、ε=ε´−iε″と表わされる。iは虚数単位である。誘電率εの実数部ε´は、比誘電率(複素比誘電率)を表わす。誘電率εの実数部ε´に対する誘電率εの虚数部ε″の比(ε″/ε´)は誘電正接(tanδ)として定義される。コンピュータ5は、数値計算によって、誘電率εの実数部ε´および誘電正接(tanδ)を算出する。
【0048】
図4は、本実施の形態による測定方法の流れを説明するためのフローチャートである。図4を参照して、ステップS1において、誘電率の測定対象となる試料(誘電体)が準備される。ステップS2において、導体板12が誘電体試料11の主表面に配置される。上述のように、たとえば加圧によって複数の導体板12が、誘電体試料11の主表面13および主表面14の各々に固着される。ステップS1,S2は、測定試料1を準備するステップに対応する。
【0049】
ステップS3において、測定試料1、送信アンテナ2および受信アンテナ3が電波暗箱50に設置される。
【0050】
ステップS4において、測定試料1の透過率が測定される。具体的には、ステップS4において、スペクトラムアナライザ4(トラッキングジェネレータ)は送信アンテナ2に高周波信号を送るとともに、その信号の周波数を走査する。送信アンテナ2はスペクトラムアナライザ4からの高周波信号を電磁波として測定試料1に照射する。スペクトラムアナライザ4が周波数を走査することによって、電磁波の周波数が走査される。
【0051】
スペクトラムアナライザ4は、さらに受信アンテナ3が受信した平面波の電界強度(受信電界強度)を測定する。スペクトラムアナライザ4は、受信電界強度と送信電界強度との比を算出することによって、測定試料1の透過率を測定する。これにより、スペクトラムアナライザ4は、透過率の周波数スペクトルを測定する。
【0052】
ステップS5において、スペクトラムアナライザ4は、透過率の周波数スペクトルの測定結果に基づいて、ピーク周波数fcおよび、ピーク周波数fcに対応する周波数成分の半値幅(スペクトル半値幅)Δfを測定する。
【0053】
ステップS4,S5の処理と並行的にステップS6の処理が実行される。ステップS6において、コンピュータ5は、ステップS3,S4で行なわれる実験と同じ条件に従う数値解析モデルを作成する。コンピュータ5が数値解析モデルを作成するために、コンピュータ5には、導体板のサイズ、導体板の間隔、誘電体試料11の厚みt等のパラメータが入力装置6を介して入力される。
【0054】
ステップS7において、コンピュータ5は、誘電率を設定する。たとえばコンピュータ5には入力装置6を介して誘電率の初期値が入力される。「誘電率」とは、上記の比誘電率ε′およびtanδを含む。
【0055】
ステップS8において、コンピュータ5は、数値解析を実行する。これにより、コンピュータ5はピーク周波数fcおよび半値幅Δfを算出する。
【0056】
ステップS9において、コンピュータ5は、数値解析によって得られたピーク周波数fcおよび半値幅Δfが、スペクトラムアナライザ4により測定されたピーク周波数fcおよび半値幅Δfにそれぞれ一致するか否かを判定する。なお数値解析により得られた値と、測定値とは厳密に一致していなくてもよく、たとえば両者の差が所定範囲内である場合に、コンピュータ5は両者が一致したと判定してもよい。
【0057】
数値解析により得られたピーク周波数fcおよび半値幅Δfが測定値と一致したと判定された場合(ステップS9においてYES)、コンピュータ5は、ステップS10の処理を実行する。ステップS10では、コンピュータ5は、ステップS7の処理で設定された誘電率を、誘電体試料11の誘電率(比誘電率およびtanδ)として確定する。ステップS10の処理が終了すると、全体の処理が終了する。
【0058】
一方、数値解析により得られたピーク周波数fcおよび半値幅Δfが測定により得られた値と不一致であると判定された場合(ステップS9においてNO)、処理はステップS7に戻される。この場合、コンピュータ5は、誘電率を再設定する。数値解析による計算結果が測定結果に一致するまで、コンピュータ5は、ステップS7〜S9の処理を繰返して実行する。
【0059】
本実施の形態では、コンピュータ5は、電磁波解析(電磁界解析)手法により誘電率を算出する。具体的には、コンピュータ5は、電磁波解析手法としてFDTD法(Finite Difference Time Domain Method)を用いる。FDTD法は公知の方法であるので、以下ではFDTD法の概略を説明する。
【0060】
FDTD法は、差分法(Finite Difference Method)の一種である。図5に示すように、FDTD法では空間が格子状に分割されるとともに、その節点に電界Eおよび磁界Hの評価点が配置される。FDTD法では、以下の式(1)および式(2)に従って表わされるマクスウェル方程式の微分(∇×E、∇×H)項を、隣接する節点間の数値差/距離と置き換えて表現する。
【0061】
【数1】
【0062】
【数2】
【0063】
式(1)および式(2)において、Eは電界を表わし、Hは磁界を表わし、tは時間を表わし、μは透磁率を表わし、εは誘電率を表わし、σは導電率を表わす。
【0064】
FDTD法では、さらに、時間微分(∂/∂t)項を、微小時間ステップΔtあたりの、既知である現状の数値とΔt経過後の未知の数値との差に置き換えて、未知の次ステップの電磁界を求める。このように時間を追って求める手法は時間領域法(Time Domain Method)と呼ばれる。
【0065】
さらに、特定の周波数成分を含む既知の入射波が数値解析に導入されるともに出力として検出された電磁波の時間変動がフーリエ変換されて各周波数の成分に分解される。各周波数での応答(吸収・反射)は、各周波数における、入射に対する出力の比率として求まる。よって、一度の計算で多様な周波数での応答を求めることができる。
【0066】
周波数領域法は、一定周波数(各周波数 ω)の電磁波のみを想定してたとえば電界EをE*exp(jωt)と置き換えることで、時間微分項を∂E/∂t=jω*Eとして定常解を求める方法である。周波数領域法によれば、必要な周波数分だけ計算を繰返すことによって、各周波数の応答を求めることができる。
【0067】
図6は、コンピュータ5による数値解析モデルを示した図である。図6を参照して、測定試料1のうちの1つの単位試料15が解析対象として用いられる。入力面51と単位試料15の主表面(測定試料1の主表面13に相当)との間の距離X1、観測面52と単位試料15の主表面(測定試料1の主表面14に相当)との間の距離X2、誘電体試料の厚みtには、実際の値が適用される。
【0068】
コンピュータ5には、上記のパラメータに加え、誘電体試料11の誘電率の初期値、導体板12の長さ(導体板12の幅)L、および導体板12同士の間隔(W−L)が入力される。コンピュータは、これらのパラメータ、入力面51上の電磁波の照射位置(入射点)、および観測面52上の評価位置(評価点53)を数値解析モデルに導入する。
【0069】
コンピュータ5は、次に誘電率を算出するための評価周波数を決定するとともに、入射位置から単位試料15に入射される入射波(平面波)を決定する。たとえば入射波としては、以下の式(3)に従うガウシアンパルスが用いられる。
【0070】
【数3】
【0071】
次に、コンピュータ5は、観測面52上の評価位置(評価点53)での電磁波の時間変動を算出する。さらにコンピュータ5は、入射点での電磁波の電界および評価点での電磁波の電界の各々をフーリエ変換する。これにより入射点での電界強度の各周波数成分および評価点での電界強度の各周波数成分が求められる。コンピュータ5は、評価点での電界強度の値と入射点での電界強度の値との比率を周波数ごとに求めることで、測定試料1の透過率の周波数応答を求める。なお、上記の計算方法は、FDTD法によるものと限定されず、周波数領域の有限要素法等の手法によっても実施可能である。
【0072】
図7は、単位試料に入力される電磁波の電界強度、および単位試料から出力される電磁波の電界強度の各々の時間変化を模式的に示した図である。図7を参照して、誘電体による電磁波の吸収により、単位試料に入力される電磁波の電界強度に比較して、単位試料から出力される電磁波の電界強度は小さい。
【0073】
透過率(単位;dB)は、10*log(Eo/Ei)と表わされる。Eoは評価点における電界強度(受信電界強度)を表わし、Eiは入射点における電界強度(送信電界強度)を表わす。
【0074】
図8は、透過率の周波数特性を模式的に示した図である。図8を参照して、透過率は、ピーク周波数fcの付近では急に小さくなる。半値幅(半値全幅)Δfは、ピーク周波数fcにおける透過率(極小値)と3dBだけ異なる透過率となる周波数の範囲を示す。
【0075】
図9は、本実施の形態に適用される入射波の一例としてのガウシアンパルスをフーリエ変換した結果を示した図である。図9(A)では、ガウシアンパルスが時間の関数として表わされる。一方、図9(B)では、ガウシアンパルスが周波数の関数として表わされる。図9(A)に示される関数と図9(B)に示される関数とはフーリエ変換を実行することによって相互に変換可能である。
【0076】
次に、コンピュータ5に入力される各種のパラメータと、ピーク周波数あるいは半値幅との関係について詳細に説明する。
【0077】
図10は、導体板12の長さLと透過率との関係を示した図である。図10および図3を参照して、導電領域152の長さLが30[mm]の場合、40[mm]の場合、50[mm]の場合の各々における透過率が示される。誘電体領域151の長さW(図3参照)はいずれの場合においても同じ(具体的には60[mm])である。図10中の矢印は、ピーク周波数を示す。
【0078】
図11は、導体板12の長さLとピーク周波数との関係を示した図である。図10および図11に示されるように、導体板12のサイズ(長さL)を変更することによってピーク周波数を変更することができる。具体的には、導電領域152の長さLが長くなるほどピーク周波数が低くなる。
【0079】
図12は、2つの導体板の間の間隔(隙間幅)と透過率との関係を示した図である。図13は、隙間幅とピーク周波数との関係を示した図である。なお、図12および図13に示した関係を得るために、誘電率εがε=6.4−0.05iとの式により表わされる誘電体試料を用いた。また、誘電体試料11の厚みtは5[mm]であり、導体板12の長さLは30[mm]であった。
【0080】
図12を参照して、W′は2つの導体板12間の隙間幅を表わす。図12および図13に示されるように、隙間幅W′を変更することによりピーク周波数は変化する。ただし、隙間幅W′によるピーク周波数のシフトへの影響は、導体板12の長さLによる影響に比べて小さい。
【0081】
なお、図12および図13によれば、Lが一定であるので、W′が大きくなるほど、すなわち、W′とLとの比(W′/L)が大きくなるほどピーク周波数での透過率の落ち込みが小さくなる。このため、数値解析による誘電率の算出精度が低下することが懸念される。図12から、W′/Lは0以上かつ1.0未満であることが好ましい。
【0082】
導体板12が正方形の場合、W′/L=0であれば、複数の導体板が結合されて1つの導体板となる。誘電体基板の主表面に1つの導体板のみが配置されても、ピーク周波数をシフトさせる効果を奏することができる。よって、長さLを変化させることにより、広い周波数範囲で誘電率を測定することができる。
【0083】
図14は、スペクトラムアナライザによる測定結果およびコンピュータによる解析結果の一例を示した図である。図14を参照して、導体板12の長さLを20[mm]、30[mm]、40[mm]としたときの測定結果および数値解析による計算結果が示される。単位試料15の長さ(誘電体領域151の長さW)は一定である。入力面51と単位試料15の主表面との間の間隔X1を210[mm]であり、観測面52と単位試料15の主表面との間の間隔X2は230[mm]であった。
【0084】
図14は、導体板12の長さLが長くなるほどピーク周波数が低下するという関係を示す。この関係は、図10あるいは図11によって示される関係と整合する。
【0085】
数値解析により得られる透過率の周波数特性は、測定結果とほぼ同様であるが数値解析により得られたピーク周波数および半値幅は、測定結果と若干異なる。このためコンピュータ5は、誘電率(比誘電率およびtanδ)を最適化することによって、ピーク周波数および半値幅を測定結果にほぼ一致させる。これにより、コンピュータ5は、誘電体試料の誘電率を確定する。
【0086】
図15は、数値解析により得られるピーク周波数および半値幅を測定結果に一致させるための方法を説明するための図である。図15を参照して、透過率の測定結果を実線により示し、透過率の数値解析結果を破線によって示す。
【0087】
図15(A)は、数値解析結果と測定結果とでピーク周波数を一致させるための方法を説明するための模式図である。図15(A)を参照して、測定結果により得られたピーク周波数はfcであり、数値解析結果により得られたピーク周波数はfc′である。比誘電率を変更してFDTD法に従う数値解析を実行することにより、ピーク周波数fc′をピーク周波数fcに近づけることができる。なお、ピーク周波数fc′とピーク周波数fcとの大小関係は特に限定されない。
【0088】
図15(B)は、数値解析結果と測定結果とで線幅を一致させるための方法を説明するための模式図である。図15(B)を参照して、測定結果により得られた半値幅はΔfであり、数値解析結果により得られた半値幅はΔf′である。tanδを変更してFDTD法に従う数値解析を実行することにより、ピーク周波数fcにおける透過率が変化する。この透過率の変化に伴って半値幅Δf′も変化する。したがって半値幅はΔf′を半値幅Δfに近づけることができる。
【0089】
図16は、透過率に対する比誘電率ε′の影響を数値解析結果によって示した図である。図16において、ε′=3.2,ε′=4.8,ε′=6.4の各場合における透過率の周波数特性の数値解析結果が示される。比誘電率ε′が大きくなるほどピーク周波数が低下する。図16から、コンピュータ5が比誘電率ε′を変更することによって、実測結果と解析結果とでピーク周波数を一致させることができることが分かる。
【0090】
図17は、透過率に対するtanδの影響を数値解析結果によって示した図である。図17において、ε″=0.04,ε″=0.05の各場合における透過率の周波数特性の数値解析結果が示される。ピーク周波数を変化させないため比誘電率ε′は一定である。したがって誘電率の虚数部ε″が小さくなるにつれてtanδが小さくなる。
【0091】
tanδが小さくなるにつれて、ピーク周波数における透過率の低下が大きくなる。すなわち電磁波の吸収を表わすスペクトルの谷が深くなるとともにそのスペクトルの半値幅が狭くなる。図17から、コンピュータ5がtanδ(誘電率の虚数部ε″)を変更することにより、実測結果と解析結果とで半値幅を一致させることができることが分かる。
【0092】
本実施の形態によれば、誘電体試料の表面に導体を配置することにより、測定試料の共振周波数(ピーク周波数fc)が変化する(低周波数側にシフトする)。ピーク周波数fcは、導体板の長さLによって変化する。具体的には、Lが長くなるほどピーク周波数fcが低くなる。
【0093】
本実施の形態によれば、図10および図11に示した関係に基づいて、導体板の長さLとピーク周波数fcとの間の相関関係が予め定められる。ある周波数での誘電体試料の誘電率を測定する場合には、その相関関係に基づいて、誘電体試料の主表面に配置される導体板12の長さLが定められる。その導体板12を誘電体試料の主表面に配置することによって、測定試料が準備される。図4に示したフローに従って誘電率を測定することによって、その周波数での誘電率を測定できる。
【0094】
さらに、上記の相関関係に基づいて、導体板12の長さLを、誘電体試料の主表面に導体板12を配置するたびに異ならせる。すなわち、測定試料の誘電体を測定するたびに、誘電体試料の主表面に配置される導体板12の長さLを異ならせる。図4に示したフローに従って誘電率を測定することによって、異なる複数の周波数での誘電率を測定できる。つまり、誘電率の周波数特性を測定できる。
【0095】
本実施の形態によれば、誘電体試料の表面に配置される導体板12の長さを変更するだけで誘電率の周波数特性を測定できる。誘電率は誘電体試料の厚みによっても変化する。同一材料でできた、厚みの異なる複数の誘電体試料を誘電率の測定に用いた場合には、測定により得られた誘電率に、各試料の厚みのばらつきを考慮する必要がある。一方、本実施の形態では、誘電体試料の主表面に配置される導体板12を交換するだけでよいので、誘電体の厚みを変更しなくてもよい。したがって、誘電率への誘電体試料の厚みの影響(たとえば厚みのばらつきによる誘電率の測定結果への影響)を低減することができる。
【0096】
さらに本実施の形態によれば、面積の大きい導体板12を用いることができる。ストリップラインを用いた場合には、ストリップラインの抵抗が誘電率の測定結果に影響を与える可能性がある。面積の大きい導体板12を用いることによって、導体の抵抗による誘電率の測定結果への影響をほとんど無視できる程度に小さくすることができる。
【0097】
さらに本実施の形態によれば、測定試料を挟むための誘電体といった、その特性を予め把握する必要がある材料を用いなくとも測定試料の誘電率を測定できる。
【0098】
以上の理由により、本実施の形態によれば、広い周波数領域にわたり誘電体の誘電率を精度よく測定することができる。
【0099】
本実施の形態によれば、予め定められた配置パターンに従って導体を誘電体の表面に配置することによって測定試料を準備できる。したがって測定試料のための特別な加工は不要である。なお、フォトリソグラフィーを利用して膜状あるいは箔状の導体を所定の形状にパターニングすることにより、誘電体試料11の主表面に導体を設置してもよい。
【0100】
導体板12の厚みは表皮効果を考慮して定められる。電磁波が浸透する深さ(表皮深さ)dは、以下の式(4)に従って表わされる。
【0101】
【数4】
【0102】
式(4)において、σは導電率[S/m]であり、μは透磁率(=4π×10−7)であり、fは周波数[Hz]であり、すなわち周波数が高いほど表皮深さが小さくなる。t[m]を導体板12の厚みとすると、本実施の形態ではd<tとなるように導体板12の厚みが定められる。
【0103】
本実施の形態では、導体板12の形状は正方形である。ただし、導体板12の形状はこのように限定されるものではない。誘電体の主表面に、同じ形状を有する導体が周期的に配置されるのであれば、導体板12の形状は、種々の形状を採用できる。
【0104】
導体板12の形状が矩形(代表的には正方形)と異なる場合、導体板12の長さLとしては、平面波の電界方向に沿った導体板12の長さの最大値が採用される。たとえば導体板12の形状が円形である場合、円の直径が導体板12の長さLとして用いられる。すなわち導体板12の形状は矩形に限定されるものではない。
【0105】
図18は、導体板12の形状の一例を示した図である。図18に示すように、十字形の導体板12が誘電体試料11の主表面13および/または主表面14(図示せず)に周期的に配置されてもよい。十字形の導体板12を誘電体試料11の主表面に配置することによって測定試料1を準備した場合においても、ピーク周波数をシフトさせる効果を得ることができる。
【0106】
図19は、図18に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。図19および図18を参照して、導体板12同士の隙間幅W′が4[mm]、誘電体試料11の厚みtが6[mm]、線幅aが3[mm]である測定試料を用いて透過率の周波数スペクトルを測定した。図19に示されるように、透過率の周波数スペクトルにはピーク周波数(図19において矢印によって示す)が存在する。
【0107】
ピーク周波数は導体板12の長さLによって変化し、導体板12の長さLが大きくなるほど低周波数側にシフトする。
【0108】
図20は、図18に示した導体板12のパターンの変形例を示した図である。図20を参照して、複数の導体板12が結合されることにより、網状の導体板12が誘電体試料11の主表面13に配置される。この場合、導体板12同士の隙間幅W′は0である。
【0109】
図21は、図20に示した十字形の導体板12によるピーク周波数シフトの効果を説明するための図である。図21を参照して、導体板12同士の隙間幅W′が4[mm]の場合には、透過率が極小値となるピーク周波数が存在する。これに対して、導体板12同士の隙間幅W′が0[mm]の場合には、ピーク周波数が存在しない。すなわち複数の十字形の導体板12を結合することにより、測定試料による電磁波の吸収がある周波数でピークになるという効果が消滅する。
【0110】
このように、誘電体基板の主表面に配置される導体の数が1つである場合には、導体パターンが誘電体基板の主表面全体を覆わないようにすることが好ましい。これにより、測定試料による電磁波の吸収がある周波数でピークになるという効果を発現させることができるので、透過率の周波数スペクトルにはピーク周波数および半値幅が存在する。よって、誘電率を算出することができる。
【0111】
さらに、本実施の形態では、誘電体基板の2つの主表面の各々に複数の導体板12が配置されることによって測定試料1が準備される。ただし2つの主表面のいずれか一方のみに導体板12が配置されてもよい。導体板が配置された主表面は、送信アンテナ2および受信アンテナ3のいずれに向けられてもよい。
【0112】
図22は、誘電体基板の両面に導体板を配置した場合、および誘電体基板の片面に導体板を配置した場合における透過率を示した図である。なお、導体板の形状は図18に示した十字形である。
【0113】
図22を参照して、誘電体基板の両面に導体板を配置した場合、および誘電体基板の片面にのみ導体板を配置した場合のいずれにおいても、透過率の周波数スペクトルには、ピーク周波数および半値幅が存在する。よってコンピュータは、電磁界解析手法により誘電体の誘電率を算出できる。なお、図22に示した関係を得るために用いた測定試料において、導体板12同士の隙間幅W′は4[mm]、誘電体試料11の厚みtは6[mm]、線幅aは3[mm]、導体板12の長さLは35[mm]であった。
【0114】
以上のように、本実施の形態では、誘電体試料の少なくとも1つの主表面に、少なくとも1つの導体板を配置することによって、測定試料を準備することができる。導体板の数が1つの場合、上記したように、導体パターンが誘電体基板の主表面全体を覆わないようにすることが好ましい。
【0115】
薄い導体板の場合には、その厚みが増えるほど、あるいは周波数が高くなるほど遮蔽効果が高くなる。このため電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。
【0116】
十分な厚みを有し、かつ穴のない導体板、すなわち1枚の導体板で誘電体試料の主表面を完全に覆う場合、電波が完全に遮蔽されるので電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。
【0117】
十分な厚みを有するとともに、穴が形成された導体板で誘電体試料の主表面を完全に覆う場合、一定の周波数以下の電磁波が遮蔽され、ある周波数を超えると周波数の増加とともに遮蔽効果が低くなる特性(図21のような特性)、いわゆるハイパスフィルタの特性が現れる。このカットオフ周波数は、穴の大きさによって決まる。この場合にも電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。
【0118】
すなわち一枚の板も含めて電気的に1つにつながった導体パターンによって誘電体基板の主表面全体が完全に覆われることで電磁波の吸収のピークが存在しなくなる。したがって、導体パターンが誘電体基板の主表面全体を覆わないようにすることが好ましい。
【0119】
さらに本実施の形態では、誘電体基板の厚みについても特に限定されない。図23は、厚みの異なる2つの誘電体基板の各々を測定試料に用いた場合における透過率を示した図である。なお、導体板の形状は図18に示した十字形である。
【0120】
図23を参照して、誘電体基板の厚みtが12[mm]の場合および6[mm]の場合のいずれにおいても、透過率の周波数スペクトルには、ピーク周波数および半値幅が存在する。よってコンピュータは、電磁界解析手法により誘電体の誘電率を算出できる。なお、図23に示した関係を得るために用いた測定試料において、導体板12同士の隙間幅W′は4[mm]、線幅aは3[mm]、導体板12の長さLは19[mm]であった。
【0121】
本実施の形態によれば誘電体試料の厚みは特に限定されないので、たとえば膜状の誘電体試料の誘電率を測定することも可能である。透過率の周波数スペクトルにおいてピーク周波数および半値幅が存在するのであれば、誘電体の厚みを特に限定することなく本実施の形態に係る誘電体の測定方法および測定装置を適用することができる。
【0122】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0123】
1 測定試料、2 送信アンテナ、3 受信アンテナ、4 スペクトラムアナライザ、4A TG出力端子、4B RF入力端子、5 コンピュータ、6 入力装置、7 表示装置、11 誘電体試料、12 導体板、13,14 主表面、15 単位試料、50 電波暗箱、51 入力面、52 観測面、53 評価点、100 測定装置、151 誘電体領域、152 導電領域。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定方法であって、
前記誘電体の少なくとも1つの主表面に少なくとも1つの導体を配置することによって、測定試料を準備するステップと、
前記少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を前記測定試料に照射するとともに前記電磁波の周波数を走査することによって、前記測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定するステップと、
前記周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って前記誘電体の誘電率を算出するステップとを備え、
前記算出するステップは、
前記透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算するステップと、
誘電率を変化させることによって、前記周波数成分の計算結果を前記周波数成分の測定結果に一致させるステップと、
前記計算結果と前記測定結果とが一致したときの誘電率を、前記誘電体の誘電率として確定するステップとを含む、誘電率の測定方法。
【請求項2】
前記電磁波は、平面波であり、
前記少なくとも1つの導体は、前記平面波の電界方向に沿った幅を有し、
前記幅は、前記ピーク周波数と前記幅との間の所定の相関関係に基づいて定められる、請求項1に記載の誘電率の測定方法。
【請求項3】
前記測定試料を準備するステップにおいて、前記導体の前記幅を、前記少なくとも1つの主表面に前記導体を配置するたびに異ならせる、請求項2に記載の誘電率の測定方法。
【請求項4】
前記誘電率は、実数部および虚数部を含む複素誘電率であり、
前記一致させるステップは、
前記実数部を変化させることによって前記ピーク周波数の計算結果を前記ピーク周波数の測定結果に一致させるとともに、前記虚数部を変化させることによって、前記周波数成分の半値幅の計算結果を、前記周波数成分の半値幅の測定結果に一致させる、請求項1に記載の誘電率の測定方法。
【請求項5】
前記少なくとも1つの導体は、
前記少なくとも1つの主表面に、少なくとも前記電磁波の電界方向に沿って周期的に配置された複数の導体である、請求項1から4のいずれか1項に記載の誘電率の測定方法。
【請求項6】
板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定装置であって、
測定試料を準備するために前記誘電体の少なくとも1つの主表面に配置された、少なくとも1つの導体と、
前記少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を前記測定試料に照射するための送信アンテナと、
前記測定試料を透過した前記電磁波を受信するための受信アンテナと、
前記送信アンテナから送信される前記電磁波の周波数を走査するとともに、前記受信アンテナにより受信された前記電磁波の電界強度に基づいて、前記測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定する測定部と、
前記周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って前記誘電体の誘電率を算出する解析部とを備え、
前記解析部は、
前記透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算し、誘電率を変化させることによって、前記周波数成分の計算結果を前記周波数成分の測定結果に一致させ、前記計算結果と前記測定結果とが一致したときの誘電率を前記誘電体の誘電率として確定する、誘電率の測定装置。
【請求項1】
板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定方法であって、
前記誘電体の少なくとも1つの主表面に少なくとも1つの導体を配置することによって、測定試料を準備するステップと、
前記少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を前記測定試料に照射するとともに前記電磁波の周波数を走査することによって、前記測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定するステップと、
前記周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って前記誘電体の誘電率を算出するステップとを備え、
前記算出するステップは、
前記透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算するステップと、
誘電率を変化させることによって、前記周波数成分の計算結果を前記周波数成分の測定結果に一致させるステップと、
前記計算結果と前記測定結果とが一致したときの誘電率を、前記誘電体の誘電率として確定するステップとを含む、誘電率の測定方法。
【請求項2】
前記電磁波は、平面波であり、
前記少なくとも1つの導体は、前記平面波の電界方向に沿った幅を有し、
前記幅は、前記ピーク周波数と前記幅との間の所定の相関関係に基づいて定められる、請求項1に記載の誘電率の測定方法。
【請求項3】
前記測定試料を準備するステップにおいて、前記導体の前記幅を、前記少なくとも1つの主表面に前記導体を配置するたびに異ならせる、請求項2に記載の誘電率の測定方法。
【請求項4】
前記誘電率は、実数部および虚数部を含む複素誘電率であり、
前記一致させるステップは、
前記実数部を変化させることによって前記ピーク周波数の計算結果を前記ピーク周波数の測定結果に一致させるとともに、前記虚数部を変化させることによって、前記周波数成分の半値幅の計算結果を、前記周波数成分の半値幅の測定結果に一致させる、請求項1に記載の誘電率の測定方法。
【請求項5】
前記少なくとも1つの導体は、
前記少なくとも1つの主表面に、少なくとも前記電磁波の電界方向に沿って周期的に配置された複数の導体である、請求項1から4のいずれか1項に記載の誘電率の測定方法。
【請求項6】
板状または膜状に形成された誘電体の誘電率の測定装置であって、
測定試料を準備するために前記誘電体の少なくとも1つの主表面に配置された、少なくとも1つの導体と、
前記少なくとも1つの主表面を透過するように電磁波を前記測定試料に照射するための送信アンテナと、
前記測定試料を透過した前記電磁波を受信するための受信アンテナと、
前記送信アンテナから送信される前記電磁波の周波数を走査するとともに、前記受信アンテナにより受信された前記電磁波の電界強度に基づいて、前記測定試料の透過率の周波数スペクトルを測定する測定部と、
前記周波数スペクトルの測定結果を用いることにより、電磁界解析手法に従って前記誘電体の誘電率を算出する解析部とを備え、
前記解析部は、
前記透過率が極小値となるピーク周波数に対応する周波数成分を計算し、誘電率を変化させることによって、前記周波数成分の計算結果を前記周波数成分の測定結果に一致させ、前記計算結果と前記測定結果とが一致したときの誘電率を前記誘電体の誘電率として確定する、誘電率の測定装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【公開番号】特開2011−64535(P2011−64535A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214444(P2009−214444)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】
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