質量分析システム
【課題】1台の質量分析装置を用いて、前駆イオンのマスクロマトグラムを予測し、良好なMSnデータを得られる可能性が高いタイミングでMSnを実行することができる質量分析システムを提供する。
【解決手段】試料の分離手段と質量分析手段から構成される質量分析システムにおいて、n回目までのサンプル測定で得られたMS1データから全イオン種溶出パターンを算出し、前記イオン種溶出パターンとMSnデータとを基にn+1回目のサンプル測定時に質量分析するイオン種の優先順位を決定する。
【解決手段】試料の分離手段と質量分析手段から構成される質量分析システムにおいて、n回目までのサンプル測定で得られたMS1データから全イオン種溶出パターンを算出し、前記イオン種溶出パターンとMSnデータとを基にn+1回目のサンプル測定時に質量分析するイオン種の優先順位を決定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料分離手段と質量分析手段とを備えた質量分析システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的な質量分析法では、測定対象の試料をイオン化した後、生成された各種イオンを質量分析装置に送り込み、イオンの質量数と価数の比である質量対電荷比(m/z)の値ごとに、イオンの測定強度を測定する。この結果得られるマススペクトルは、各質量対電荷比値に対する測定されたイオンの測定強度のピーク(イオンピーク)を含んでいる。このように、イオン化した試料そのものを質量分析することをMS1と呼び、得られたデータをMS1データと呼ぶ。多段解離が可能な質量分析装置では、MS1で検出されたイオンピークのうち、特定の質量対電荷比を有するイオンピークを選択して(選択したイオン種を前駆イオンと呼ぶ)、更に、その前駆イオンを、ガス分子との衝突等により解離分解し、生成した解離イオン種(解離したイオン種を解離イオンと呼ぶ)を質量分析して、同様にマススペクトルが得られる。ここで、前駆イオンをn−1段解離して、その解離イオン種を質量分析することをMSnと呼び、得られたデータをMSnデータと呼ぶ。このように、多段解離が可能な質量分析装置では、前駆イオンを多段(1段,2段,…,n−1段)に解離させ、各段階で生成したイオン種の質量数を分析する(MS2,MS3,…,MSn)。
【0003】
また、生体試料のように複雑な混合試料の分析においては、質量分析装置のみでは同一もしくは非常に近い質量対電荷比を有するイオン種を分離することが困難なため、イオン種の分離を目的とした液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)などの試料分離手段と質量分析手段とが一体となった質量分析システムが多用されている。
【0004】
しかしながら、複雑な混合試料の分析では、試料分離手段によりイオン種を分離しても、同一溶出時間においてイオン化した試料中には複数の前駆イオン候補となるイオン種が含まれる場合が多いという問題点があった。この問題点を解消する手段として、下記のような技術が提案されている。
【0005】
特許文献1には、N回目までにMSnを実行した前駆イオンの重複測定を避けるため、前駆イオンの情報を内部データベースとして登録し、測定回数、イオン強度の和、積算イオン強度、MSnデータの質などに制限を設け、N+1回目以降の測定時に測定中の実時間においてMSn実行済みの前駆イオンを選択から除外する機能を備えた質量分析システムが開示されている。
【0006】
特許文献2には、(i)主検出器たる質量分析装置と副検出器(紫外線検出器など)とを用い、LC部から溶出した試料がまず副検出器に入り、それより所定の時間だけ遅れて質量分析装置に試料が入るように構成された質量分析システムにおいて、副検出器から得られるデータのクロマトグラムからピークを検出し、クロマトグラムにおけるピークの保持時間や測定強度に応じて、質量分析装置を制御することが提案されている。また、(ii)LC部から溶出した試料をスプリッタにより2方向に分岐させ、一方に主検出器を、他方に副検出器を用い、副検出器のデータを基に主検出器を制御することが提案されている。これを応用すると、副検出器に質量分析装置を用いることで、副検出器で得られるMS1データのマスクロマトグラムからピークを検出し、クロマトグラムにおけるピークの保持時間や測定強度に応じて、質量分析装置を制御することが可能である。
【0007】
【特許文献1】特開2005−91344号公報。
【特許文献2】特開2002−181784号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示された質量分析システムの場合には、N回目までにMSn実行済みの前駆イオンやユーザが予め指定したイオン種をN+1回目におけるMSnターゲットから除外することが可能である。しかしながら、分析ターゲットとなる前駆イオンのマスクロマトグラム中のどの時点でMSnを行うかは不明である。このため、データベース検索・照合時に分析イオン種の同定に寄与する可能性が高いという意味で、前駆イオンのMSnデータの質が良いタイミングでMSnを行う可能性もあれば、悪いタイミングでMSnを行う可能性もある。そうすると、イオン強度の和、積算イオン強度、MSnデータの質などに制限を設け、前駆イオンをMSnターゲットから除外した場合に良好なMSnデータが得られるかどうかは不明である。また、結果的に良好なMSnデータが得られたとしても、それ以前にMSnデータの質が悪いタイミングでMSnを実行してしまうと、無駄なMSn回数が増加するため、一回のサンプル測定時においてMSnを実行する前駆イオン種数が減少する可能性がある。
【0009】
特許文献2では、(i)副検出器として紫外検出器が用いられているが、生体試料のように複雑な混合試料の分析では、同一溶出時間においてイオン化した試料中には複数の前駆イオン候補となるイオン種が含まれることが多く、紫外検出器では前駆イオンのマスクロマトグラムを判断することはできないという問題がある。この問題は、上記した(ii
)LC部から溶出した試料をスプリッタにより分岐して主検出器と副検出器とに供給し、副検出器のデータを基に主検出器を制御するという手法により解決することができる。しかしながら、スプリッタによって試料を分岐すると、詰まりなどの発生により圧力を一定に保つことが難しく、前記所定の時間を正確に保って質量分析装置を正常に動作させることができない可能性がある。また、2台の質量分析装置を用いるため、1台の質量分析装置を用いる場合に比べて、測定ごとに試料が2倍必要になるという問題もある。さらに、質量分析装置を2台用意するためにコストが増大するという問題もある。
【0010】
本発明の目的は、以上のような課題を解決すべく、1台の質量分析装置を用いて、前駆イオンのマスクロマトグラムを予測し、良好なMSnデータを得られる可能性が高いタイミングでMSnを実行することができる質量分析システムを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記解決課題に鑑みて鋭意研究の結果、本発明者は、試料の分離手段と質量分析手段から構成される質量分析システムにおいて、n回目までのサンプル測定で得られたMS1データから全イオン種溶出パターンを算出し、前記イオン種溶出パターンとMSnデータとを基にn+1回目のサンプル測定時に質量分析するイオン種の優先順位を決定することに想到した。
【0012】
すなわち、本発明は、試料の分離手段と、前記分離手段により分離された試料を質量分析する質量分析手段とを含む質量分析システムにおいて、前記質量分析手段は、n(nは1以上の整数)回目の質量分析において、イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと、特定のイオン種を選択的に解離させ質量分析して得られるデータとを含むマススペクトルデータを生成する手段と、前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータから全てのイオン種の溶出パターンを算出するイオン種溶出パターン算出手段と、前記イオン種溶出パターンと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析の対象となるイオン種の優先順位を決定する分析優先順位決定手段とを備えることを特徴とする質量分析システムを提供するものである。
【0013】
本発明の質量分析システムにおいて、前記イオン種溶出パターン算出手段は、各イオン種について、測定強度のピーク時又は測定イオン強度が所定の範囲内である溶出時を算出し、前記分析優先順位決定手段は、前記算出結果がn+1回目の質量分析における分析タイミングに合致するイオン種に対して高い優先順位を与える特徴とする。
【0014】
本発明の質量分析システムは、また、前記質量分析手段により質量分析した結果データについて、各イオン種に対して再分析を行う必要の有無を判定する再分析判定手段をさらに備えていることを特徴とする。
【0015】
本発明の質量分析システムは、また、前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析における質量分析条件を決定する質量分析条件決定手段をさらに備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
以上、説明したように、本発明の質量分析システムによれば、n+1回目のサンプル測定時に質量分析するイオン種の分析優先順位を決定することにより、MSnを行う最適のタイミングを予測することが可能となる。この予測結果に基づき最適のタイミングでMSnを行うことが出来れば、質の良いMSnデータを取得することが可能となる。更に1つのイオン種の測定回数に所定の制限を設ける場合においては、質の良いMSnデータを取得することで、1つのイオン種を分析する回数が減少し、一度のサンプル測定時により多くのイオン種のMSnデータを取得することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の質量分析システムを実施するための最良の形態を詳細に説明する。図1〜図11は、本発明の実施の形態を例示する図であり、これらの図において、同一の符号を付した部分は同一物を表わし、基本的な構成及び動作は同様であるものとする。
【0018】
図1は、本発明の質量分析システムの一実施形態に係る質量分析システムの構成例を概略的に示す図である。図1において、質量分析システムは、試料分離装置101、イオン化部102、質量分析部103、検出器104、データ処理部105、表示部106及び制御部107を備えている。
【0019】
試料分離装置101は、例えば、液体クロマトグラフ(LC)、ガスクロマトグラフ(GC)、電気泳動装置(Electrophoresis)などの試料分離装置を含むことが好ましい。イオン化部102は、例えば、エレクトロスプレー(ESI)イオンソース、常圧化学電離(APCI)イオンソース、常圧光電離(APPI)イオンソース、レーザ脱着電離(LDI)イオンソース、誘導結合プラズマ(ICP)イオンソース、電子衝撃(EI)イオンソース、化学電離(CI)イオンソース、電界電離(FI)イオンソース、高速原子衝撃(FAB)イオンソース、液体二次イオン質量分析法(LSIMS)イオンソース、常圧電離(API)イオンソース、電界脱着(FD)イオンソース、マトリックスアシスト(Matrix Assisted)レーザ脱着電離(MALDI)イオンソース、シリコン上脱着/電離(Desorption/Ionisation on Silicon,(DIOS)イオンソースなどのイオンソースを含むことが好ましい。さらに、イオンソースは連続イオンソースもしくはパルスイオンソースであってもよい。質量分析部103は、例えば、フライト時間(Time of Flight)質量分析装置、四重極質量分析装置、ペニングまたはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)質量分析装置、二次元または線形四重極イオントラップ、ポールまたは三次元四重極イオントラップなどの質量分析装置を含むことが好ましい。
【0020】
図1に示す質量分析システムにおいて、まず、測定試料が試料分離装置101に導入されると、その特性に応じて分離されてイオン化部102に送られる。イオン化部102においてイオン化された試料は、質量分析部103において各質量数成分に分離されて、検出器104において検出される。検出器104において得られた検出信号はデータ処理部105に送られてデータ処理された後、マススペクトルデータとして表示部106に表示される。図示するように、イオン化部102、質量分析部103、検出器104、データ処理部105は、制御部107によって制御される。
【0021】
本実施形態にて行う質量分析方法について、図2を参照しながら説明する。図2に示すように、本実施形態の質量分析システムでは、イオン化した試料そのものを質量分析するMS1と、特定のイオン種(前駆イオン)を選択して、更にその前駆イオンを解離し生成した解離イオン種(解離イオン)を質量分析するといったように前駆イオンをn−1段解離して質量分析するMSnとを行うことができる。このように、多段解離が可能な質量分析装置では、前駆イオンを多段(1段,2段,…,n−1段)に解離させ、各段階で生成したイオン種の質量数を分析する(MS2,MS3,…,MSn)。ここで、前駆イオンの解離法には、例えば衝突解離(Collision Induced Dissociation)法、電子捕獲解離(Electron Capture Dissociation)法などの解離法を用いるのが好ましい。
【0022】
本実施形態の質量分析システムでは、図3Aに示すように、測定1回目と測定2回目の間に、測定1回目のデータを用いて測定2回目の分析内容を決定することを特徴としている。これに対して、従来技術では図3Bに示すように測定1回目終了後そのまま測定2回目を行っていた。ここで、測定1回目、測定2回目・・・・測定n回目とは、試料の導入から分析終了までを意味する。なお、以下では測定1回目と測定2回目についてのみ説明を行うが、測定n−1回目と測定n回目についても同様に行うことができる。また、測定n回目の分析内容は、測定n−1回目のデータのみに基づいて決定するわけではない。例えば、測定n−1回目のデータからイオン種溶出パターンを算出し、測定1回目からn−1回目までにMSn分析した前駆イオンを選択から除外するといったように、測定1回目からn−1回目のデータの一部もしくは全てを用いて、測定n回目の分析内容を決定してもよい。
【0023】
図4は、本実施形態の質量分析システムにおける質量分析の手順を詳細に示す図である。まず、測定1回目で得られたMS1データから各イオン種の情報を内部データベース(以下、内部データベースをイオン種リストと呼ぶ)に登録する。ここで、イオン種リストに登録されるイオン種はモノアイソトピックピークのみであることが好ましいが、これに限定されるわけではない。また、イオン種の質量対電荷比や価数、測定強度などによって登録されるイオン種を制限するのが好ましい。図4ではMS1データからイオン種リストを作成しているが、MSnデータのイオン種をイオン種リストに追加してもよい。
【0024】
イオン種リストに登録される各イオン種の情報には、質量対電荷比、電荷数、溶出開始時間、測定強度がピークとなる時間、ピーク時の測定強度などを含んでいるのが好ましい。あるいは、イオンを検出する時間やイオンの質量数そのものなどの上記の情報に準ずるものを含んでいてもよい。さらに、登録するイオン種に関して、ユーザがイオン種リストに登録する範囲を各情報に基づき指定できるようになっているのが好ましい。
【0025】
次に、MS2実行済みの前駆イオンを測定2回目での前駆イオン除外対象としてイオン種リストに登録し、それ以外のイオン種を測定2回目での前駆イオン選択対象として登録する。尚、イオン種リストの各イオン種を前駆イオン選択対象または除外対象として登録するのではなく、どちらか一方のみを登録するか、あるいは除外対象となったイオン種をイオン種リストから削除するなどしてもよい。また、MS2済みの前駆イオンを測定2回目での前駆イオン除外対象とするのではなく、逆に、MS2済みの前駆イオンを選択対象として登録し、これ以外のイオン種を除外対象とすることもできる。あるいは、MS2を実行したか否かに係らず、イオン種リスト中の全イオン種を測定2回目の選択対象とすることもできる。また、MS2済みの前駆イオンを優先的に分析するイオンとして登録することもできる。
【0026】
次に、前駆イオン選択対象となったイオン種に対し分析優先順位を決定し、イオン種リストに登録する。上記したように、従来の質量分析システムでは、前駆イオンのMS2データの質が良いタイミングでMS2(あるいはMSn)を行う可能性もあれば、質の悪いタイミングでMS2(あるいはMSn)を行う可能性もあった。本実施形態の質量分析システムでは、MS2データの質が良いと期待される前駆イオンのピーク付近で質量分析を行うよう分析優先順位を決定する。具体的には、図5に示すように、イオン種リストに登録されている各イオン種のピーク時間を参照し、測定タイミングにおいてピークとなる前駆イオンを優先的にMS2するように分析優先順位を決定すればよい。例えば、図6Aにおいて、溶出したイオン種601〜603のそれぞれについて、測定強度がピーク付近となるタイミングで優先的に分析できるように分析優先順位を決定することができる。一方で、図6Bに示すように、同イオン種601〜603を従来の質量分析システムで測定した場合には、測定タイミングにおける測定強度の高さの順に測定を行うので、前駆イオン602、603をそれぞれのピーク位置で質量分析することはできなかった。
【0027】
こうして決定された、分析優先順位に基づいて2回目の測定を行う。図7は、2回目の測定における分析処理の詳細を示す図である。図7において、まず、MS1データを取得し、MS1データ中のイオン種とイオン種リストを比較し、最も優先順位の高いイオン種をリアルタイムで選出し、MS2を行う。なお、前記比較の際には、測定1回目と測定2回目の誤差などを考慮し、所定の尤度あるいは範囲内であれば一致と判定するようにしてもよい。以下同様の操作を任意の回数繰り返すようシステムを構成することが好ましい。なお、図7ではMS2後に次の分析内容の判定として、MS1もしくはMS2の判定を行っているが、MS3なども判定の対象に含めても良い。さらに、連続してMS2を行う場合、直前にMS2を行った前駆イオンはこの場合に限り前駆イオン選択対象から除外できるようにされることが好ましい。
【0028】
以下、上記した質量分析システムのより具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0029】
本実施例では、イオン種リストに登録するイオン種情報として、あるイオン種のピーク時間以外にも所定の測定強度範囲内である溶出時間をイオン種リストに登録する。図8Aに示すように、ある前駆イオン種のピーク時間の測定強度が所定の測定強度以上の場合、ピーク時間以外に所定の測定強度以上である時間の範囲をイオン種リストに登録し、所定の測定強度以下の場合ピーク時間のみを登録する。この際、分析優先順位の決定では、ある前駆イオン種がピーク時間でなくとも所定の強度以上であれば優先的にMS2分析を行うようシステム構成するのが好ましい。更に、図8Bに示すようにピークの時間が同一であるイオン種801とイオン種802の場合、イオン種802をピーク時間にMS2を実行し、イオン種801はその前後でMS2を実行するよう分析優先順位を決定しても良い。
【0030】
別の例としては、図9に示すように、あるイオン種のピーク強度が測定強度901以上のイオン種はピーク時間およびその範囲内である時間を登録し、ピーク強度が測定強度901未満、かつ測定強度902以上のイオン種はピーク時間を登録し、測定強度902未満のイオン種はピーク時間を登録せず前駆イオン除外対象としてイオン種リストに登録するようにしてもよい。
【実施例2】
【0031】
本実施例では、ユーザが予め指定したイオン種を優先的にMS2するもしくは前駆イオン除外対象とするようシステム構成する。この際、ユーザが指定したイオン種においても、実施例1に示すような判定方法によってMS2のタイミングを決定するのが好ましい。
【実施例3】
【0032】
本実施例では、再分析の必要性の有無を判定する方法について説明する。本質量分析システムでは、測定1回目にはイオン種リストが存在しない。このため、測定1回目のMS2は、図5に示すような前駆イオンのマスクロマトグラム中でMS2データの質が良いと期待されるタイミングでMS2を行っているとは限らない。そこで、本実施例では、図10に示すような手順でMS2済み前駆イオンの再分析の必要性を判定する。
【0033】
図10において、まず、得られたMS2データの質を判定し、再分析の必要性を判定する。MS2データの質の判定には、例えばDe Novoシーケンス法やデータベース検索との照合結果、あるいはMS2データに含まれるイオンピークの数などを用いることができる。次に、前駆イオンの溶出パターンのどのタイミングでMS2分析を行ったかを算出し、その結果によって更に再分析の必要性の有無を判定する。MS2分析のタイミング判定には、例えば、溶出パターンのピークで分析を行ったかなどを用いることができる。両者の判定において、いずれか一方で再分析の必要有りと判定されれば前駆イオン選択対象イオンとしてイオン種リストに登録し、どちらも再分析の必要無しと判定されれば前駆イオン除外対象イオンとしてイオン種リストに登録する。なお、再分析の判定にはMS2データの質の判定、もしくはMS2分析のタイミング判定のどちらか一方のみで判定してもよい。
【実施例4】
【0034】
本実施例では、実施例1で記載した所定の測定強度を自動で判定する方法について説明する。まず、測定1回目のMS2データにおいて、データの質を判定する。その結果と分析時の前駆イオンの測定強度から、どの測定強度以上であれば、質の良いデータを取れる可能性が高いかを判定し、その測定強度を所定の測定強度として採用する。また、より好ましい形態としては、分析時の前駆イオン測定強度だけでなく、より詳細なMS2の情報、例えば前駆イオンの質量や測定強度、前駆イオン選択時のトータルイオン量、さらには分析時の装置条件などから所定の測定強度を推測する。
【実施例5】
【0035】
本実施例では、測定2回目における同一前駆イオン種のMS2回数の制限について説明する。図8Aに示すようにある前駆イオン種が所定の強度以上であれば優先的にMS2を行うよう分析優先順位を決定する場合、複数のMS2の分析タイミングにおいてMS2を行う可能性がある。このため、図11に示すようにMS2後、次の前駆イオン種の選択までの間にリアルタイムで、例えば、前駆イオン種のMS2実行回数、測定強度の和、測定強度の積算値、あるいはMS2データの質などに応じて、前駆イオン除外対象としてイオン種リストに登録するのが好ましい。
【実施例6】
【0036】
本実施例では、質量分析装置の装置条件の制御について説明する。測定1回目のマススペクトルデータの情報、例えば前駆イオンの質量や測定強度、前駆イオン選択時のトータルイオン量、MS2データの質、さらには分析時の装置条件などの質量分析に関する情報から測定2回目における各MS2時での最適な装置条件を予測できるように質量分析システムを構成されているのが好ましい。
【0037】
以上、本発明の質量分析システムについて、具体的な実施の形態を示して説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。当業者であれば、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、上記各実施形態又は他の実施形態にかかる発明の構成及び機能に様々な変更・改良を加えることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の質量分析システムの一実施形態に係る質量分析システムの構成例を概略的に示す図である。
【図2】本発明による質量分析方法について説明する図である。
【図3】本発明の質量分析システムにおける質量分析の手順と、従来の質量分析システムにおける質量分析の手順との比較を示す図である。
【図4】本発明の質量分析システムにおける質量分析の手順を詳細に示す図である。
【図5】前駆イオンのMS2データの質とMS2を行うタイミングとの関係を示す図である。
【図6】前駆イオンのMS2データの質とMS2を行うタイミングとの関係を示す図である。
【図7】本発明の質量分析システムにおいて2回目の測定を行う際の分析処理の詳細を示す図である。
【図8】本発明の質量分析システムの第1実施例について説明する図である。
【図9】本発明の質量分析システムの第1実施例について説明する図である。
【図10】本発明の質量分析システムの第3実施例について説明する図である。
【図11】本発明の質量分析システムの第5実施例について説明する図である。
【符号の説明】
【0039】
101・・・試料分離装置、102・・・イオン化部、103・・・質量分析部、104・・・検出器、105・・・データ処理部、106・・・制御部、601・・・ある前駆イオンのマスクロマトグラム、602・・・601とは異なる前駆イオンのマスクロマトグラム、603・・・601、602とは異なる前駆イオンのマスクロマトグラム、801・・・ある前駆イオンのマスクロマトグラム、802・・・801とは異なる前駆イオンのマスクロマトグラム、901・・・ある測定強度、902・・・901とは異なる測定強度
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料分離手段と質量分析手段とを備えた質量分析システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的な質量分析法では、測定対象の試料をイオン化した後、生成された各種イオンを質量分析装置に送り込み、イオンの質量数と価数の比である質量対電荷比(m/z)の値ごとに、イオンの測定強度を測定する。この結果得られるマススペクトルは、各質量対電荷比値に対する測定されたイオンの測定強度のピーク(イオンピーク)を含んでいる。このように、イオン化した試料そのものを質量分析することをMS1と呼び、得られたデータをMS1データと呼ぶ。多段解離が可能な質量分析装置では、MS1で検出されたイオンピークのうち、特定の質量対電荷比を有するイオンピークを選択して(選択したイオン種を前駆イオンと呼ぶ)、更に、その前駆イオンを、ガス分子との衝突等により解離分解し、生成した解離イオン種(解離したイオン種を解離イオンと呼ぶ)を質量分析して、同様にマススペクトルが得られる。ここで、前駆イオンをn−1段解離して、その解離イオン種を質量分析することをMSnと呼び、得られたデータをMSnデータと呼ぶ。このように、多段解離が可能な質量分析装置では、前駆イオンを多段(1段,2段,…,n−1段)に解離させ、各段階で生成したイオン種の質量数を分析する(MS2,MS3,…,MSn)。
【0003】
また、生体試料のように複雑な混合試料の分析においては、質量分析装置のみでは同一もしくは非常に近い質量対電荷比を有するイオン種を分離することが困難なため、イオン種の分離を目的とした液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)などの試料分離手段と質量分析手段とが一体となった質量分析システムが多用されている。
【0004】
しかしながら、複雑な混合試料の分析では、試料分離手段によりイオン種を分離しても、同一溶出時間においてイオン化した試料中には複数の前駆イオン候補となるイオン種が含まれる場合が多いという問題点があった。この問題点を解消する手段として、下記のような技術が提案されている。
【0005】
特許文献1には、N回目までにMSnを実行した前駆イオンの重複測定を避けるため、前駆イオンの情報を内部データベースとして登録し、測定回数、イオン強度の和、積算イオン強度、MSnデータの質などに制限を設け、N+1回目以降の測定時に測定中の実時間においてMSn実行済みの前駆イオンを選択から除外する機能を備えた質量分析システムが開示されている。
【0006】
特許文献2には、(i)主検出器たる質量分析装置と副検出器(紫外線検出器など)とを用い、LC部から溶出した試料がまず副検出器に入り、それより所定の時間だけ遅れて質量分析装置に試料が入るように構成された質量分析システムにおいて、副検出器から得られるデータのクロマトグラムからピークを検出し、クロマトグラムにおけるピークの保持時間や測定強度に応じて、質量分析装置を制御することが提案されている。また、(ii)LC部から溶出した試料をスプリッタにより2方向に分岐させ、一方に主検出器を、他方に副検出器を用い、副検出器のデータを基に主検出器を制御することが提案されている。これを応用すると、副検出器に質量分析装置を用いることで、副検出器で得られるMS1データのマスクロマトグラムからピークを検出し、クロマトグラムにおけるピークの保持時間や測定強度に応じて、質量分析装置を制御することが可能である。
【0007】
【特許文献1】特開2005−91344号公報。
【特許文献2】特開2002−181784号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示された質量分析システムの場合には、N回目までにMSn実行済みの前駆イオンやユーザが予め指定したイオン種をN+1回目におけるMSnターゲットから除外することが可能である。しかしながら、分析ターゲットとなる前駆イオンのマスクロマトグラム中のどの時点でMSnを行うかは不明である。このため、データベース検索・照合時に分析イオン種の同定に寄与する可能性が高いという意味で、前駆イオンのMSnデータの質が良いタイミングでMSnを行う可能性もあれば、悪いタイミングでMSnを行う可能性もある。そうすると、イオン強度の和、積算イオン強度、MSnデータの質などに制限を設け、前駆イオンをMSnターゲットから除外した場合に良好なMSnデータが得られるかどうかは不明である。また、結果的に良好なMSnデータが得られたとしても、それ以前にMSnデータの質が悪いタイミングでMSnを実行してしまうと、無駄なMSn回数が増加するため、一回のサンプル測定時においてMSnを実行する前駆イオン種数が減少する可能性がある。
【0009】
特許文献2では、(i)副検出器として紫外検出器が用いられているが、生体試料のように複雑な混合試料の分析では、同一溶出時間においてイオン化した試料中には複数の前駆イオン候補となるイオン種が含まれることが多く、紫外検出器では前駆イオンのマスクロマトグラムを判断することはできないという問題がある。この問題は、上記した(ii
)LC部から溶出した試料をスプリッタにより分岐して主検出器と副検出器とに供給し、副検出器のデータを基に主検出器を制御するという手法により解決することができる。しかしながら、スプリッタによって試料を分岐すると、詰まりなどの発生により圧力を一定に保つことが難しく、前記所定の時間を正確に保って質量分析装置を正常に動作させることができない可能性がある。また、2台の質量分析装置を用いるため、1台の質量分析装置を用いる場合に比べて、測定ごとに試料が2倍必要になるという問題もある。さらに、質量分析装置を2台用意するためにコストが増大するという問題もある。
【0010】
本発明の目的は、以上のような課題を解決すべく、1台の質量分析装置を用いて、前駆イオンのマスクロマトグラムを予測し、良好なMSnデータを得られる可能性が高いタイミングでMSnを実行することができる質量分析システムを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記解決課題に鑑みて鋭意研究の結果、本発明者は、試料の分離手段と質量分析手段から構成される質量分析システムにおいて、n回目までのサンプル測定で得られたMS1データから全イオン種溶出パターンを算出し、前記イオン種溶出パターンとMSnデータとを基にn+1回目のサンプル測定時に質量分析するイオン種の優先順位を決定することに想到した。
【0012】
すなわち、本発明は、試料の分離手段と、前記分離手段により分離された試料を質量分析する質量分析手段とを含む質量分析システムにおいて、前記質量分析手段は、n(nは1以上の整数)回目の質量分析において、イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと、特定のイオン種を選択的に解離させ質量分析して得られるデータとを含むマススペクトルデータを生成する手段と、前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータから全てのイオン種の溶出パターンを算出するイオン種溶出パターン算出手段と、前記イオン種溶出パターンと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析の対象となるイオン種の優先順位を決定する分析優先順位決定手段とを備えることを特徴とする質量分析システムを提供するものである。
【0013】
本発明の質量分析システムにおいて、前記イオン種溶出パターン算出手段は、各イオン種について、測定強度のピーク時又は測定イオン強度が所定の範囲内である溶出時を算出し、前記分析優先順位決定手段は、前記算出結果がn+1回目の質量分析における分析タイミングに合致するイオン種に対して高い優先順位を与える特徴とする。
【0014】
本発明の質量分析システムは、また、前記質量分析手段により質量分析した結果データについて、各イオン種に対して再分析を行う必要の有無を判定する再分析判定手段をさらに備えていることを特徴とする。
【0015】
本発明の質量分析システムは、また、前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析における質量分析条件を決定する質量分析条件決定手段をさらに備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
以上、説明したように、本発明の質量分析システムによれば、n+1回目のサンプル測定時に質量分析するイオン種の分析優先順位を決定することにより、MSnを行う最適のタイミングを予測することが可能となる。この予測結果に基づき最適のタイミングでMSnを行うことが出来れば、質の良いMSnデータを取得することが可能となる。更に1つのイオン種の測定回数に所定の制限を設ける場合においては、質の良いMSnデータを取得することで、1つのイオン種を分析する回数が減少し、一度のサンプル測定時により多くのイオン種のMSnデータを取得することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の質量分析システムを実施するための最良の形態を詳細に説明する。図1〜図11は、本発明の実施の形態を例示する図であり、これらの図において、同一の符号を付した部分は同一物を表わし、基本的な構成及び動作は同様であるものとする。
【0018】
図1は、本発明の質量分析システムの一実施形態に係る質量分析システムの構成例を概略的に示す図である。図1において、質量分析システムは、試料分離装置101、イオン化部102、質量分析部103、検出器104、データ処理部105、表示部106及び制御部107を備えている。
【0019】
試料分離装置101は、例えば、液体クロマトグラフ(LC)、ガスクロマトグラフ(GC)、電気泳動装置(Electrophoresis)などの試料分離装置を含むことが好ましい。イオン化部102は、例えば、エレクトロスプレー(ESI)イオンソース、常圧化学電離(APCI)イオンソース、常圧光電離(APPI)イオンソース、レーザ脱着電離(LDI)イオンソース、誘導結合プラズマ(ICP)イオンソース、電子衝撃(EI)イオンソース、化学電離(CI)イオンソース、電界電離(FI)イオンソース、高速原子衝撃(FAB)イオンソース、液体二次イオン質量分析法(LSIMS)イオンソース、常圧電離(API)イオンソース、電界脱着(FD)イオンソース、マトリックスアシスト(Matrix Assisted)レーザ脱着電離(MALDI)イオンソース、シリコン上脱着/電離(Desorption/Ionisation on Silicon,(DIOS)イオンソースなどのイオンソースを含むことが好ましい。さらに、イオンソースは連続イオンソースもしくはパルスイオンソースであってもよい。質量分析部103は、例えば、フライト時間(Time of Flight)質量分析装置、四重極質量分析装置、ペニングまたはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)質量分析装置、二次元または線形四重極イオントラップ、ポールまたは三次元四重極イオントラップなどの質量分析装置を含むことが好ましい。
【0020】
図1に示す質量分析システムにおいて、まず、測定試料が試料分離装置101に導入されると、その特性に応じて分離されてイオン化部102に送られる。イオン化部102においてイオン化された試料は、質量分析部103において各質量数成分に分離されて、検出器104において検出される。検出器104において得られた検出信号はデータ処理部105に送られてデータ処理された後、マススペクトルデータとして表示部106に表示される。図示するように、イオン化部102、質量分析部103、検出器104、データ処理部105は、制御部107によって制御される。
【0021】
本実施形態にて行う質量分析方法について、図2を参照しながら説明する。図2に示すように、本実施形態の質量分析システムでは、イオン化した試料そのものを質量分析するMS1と、特定のイオン種(前駆イオン)を選択して、更にその前駆イオンを解離し生成した解離イオン種(解離イオン)を質量分析するといったように前駆イオンをn−1段解離して質量分析するMSnとを行うことができる。このように、多段解離が可能な質量分析装置では、前駆イオンを多段(1段,2段,…,n−1段)に解離させ、各段階で生成したイオン種の質量数を分析する(MS2,MS3,…,MSn)。ここで、前駆イオンの解離法には、例えば衝突解離(Collision Induced Dissociation)法、電子捕獲解離(Electron Capture Dissociation)法などの解離法を用いるのが好ましい。
【0022】
本実施形態の質量分析システムでは、図3Aに示すように、測定1回目と測定2回目の間に、測定1回目のデータを用いて測定2回目の分析内容を決定することを特徴としている。これに対して、従来技術では図3Bに示すように測定1回目終了後そのまま測定2回目を行っていた。ここで、測定1回目、測定2回目・・・・測定n回目とは、試料の導入から分析終了までを意味する。なお、以下では測定1回目と測定2回目についてのみ説明を行うが、測定n−1回目と測定n回目についても同様に行うことができる。また、測定n回目の分析内容は、測定n−1回目のデータのみに基づいて決定するわけではない。例えば、測定n−1回目のデータからイオン種溶出パターンを算出し、測定1回目からn−1回目までにMSn分析した前駆イオンを選択から除外するといったように、測定1回目からn−1回目のデータの一部もしくは全てを用いて、測定n回目の分析内容を決定してもよい。
【0023】
図4は、本実施形態の質量分析システムにおける質量分析の手順を詳細に示す図である。まず、測定1回目で得られたMS1データから各イオン種の情報を内部データベース(以下、内部データベースをイオン種リストと呼ぶ)に登録する。ここで、イオン種リストに登録されるイオン種はモノアイソトピックピークのみであることが好ましいが、これに限定されるわけではない。また、イオン種の質量対電荷比や価数、測定強度などによって登録されるイオン種を制限するのが好ましい。図4ではMS1データからイオン種リストを作成しているが、MSnデータのイオン種をイオン種リストに追加してもよい。
【0024】
イオン種リストに登録される各イオン種の情報には、質量対電荷比、電荷数、溶出開始時間、測定強度がピークとなる時間、ピーク時の測定強度などを含んでいるのが好ましい。あるいは、イオンを検出する時間やイオンの質量数そのものなどの上記の情報に準ずるものを含んでいてもよい。さらに、登録するイオン種に関して、ユーザがイオン種リストに登録する範囲を各情報に基づき指定できるようになっているのが好ましい。
【0025】
次に、MS2実行済みの前駆イオンを測定2回目での前駆イオン除外対象としてイオン種リストに登録し、それ以外のイオン種を測定2回目での前駆イオン選択対象として登録する。尚、イオン種リストの各イオン種を前駆イオン選択対象または除外対象として登録するのではなく、どちらか一方のみを登録するか、あるいは除外対象となったイオン種をイオン種リストから削除するなどしてもよい。また、MS2済みの前駆イオンを測定2回目での前駆イオン除外対象とするのではなく、逆に、MS2済みの前駆イオンを選択対象として登録し、これ以外のイオン種を除外対象とすることもできる。あるいは、MS2を実行したか否かに係らず、イオン種リスト中の全イオン種を測定2回目の選択対象とすることもできる。また、MS2済みの前駆イオンを優先的に分析するイオンとして登録することもできる。
【0026】
次に、前駆イオン選択対象となったイオン種に対し分析優先順位を決定し、イオン種リストに登録する。上記したように、従来の質量分析システムでは、前駆イオンのMS2データの質が良いタイミングでMS2(あるいはMSn)を行う可能性もあれば、質の悪いタイミングでMS2(あるいはMSn)を行う可能性もあった。本実施形態の質量分析システムでは、MS2データの質が良いと期待される前駆イオンのピーク付近で質量分析を行うよう分析優先順位を決定する。具体的には、図5に示すように、イオン種リストに登録されている各イオン種のピーク時間を参照し、測定タイミングにおいてピークとなる前駆イオンを優先的にMS2するように分析優先順位を決定すればよい。例えば、図6Aにおいて、溶出したイオン種601〜603のそれぞれについて、測定強度がピーク付近となるタイミングで優先的に分析できるように分析優先順位を決定することができる。一方で、図6Bに示すように、同イオン種601〜603を従来の質量分析システムで測定した場合には、測定タイミングにおける測定強度の高さの順に測定を行うので、前駆イオン602、603をそれぞれのピーク位置で質量分析することはできなかった。
【0027】
こうして決定された、分析優先順位に基づいて2回目の測定を行う。図7は、2回目の測定における分析処理の詳細を示す図である。図7において、まず、MS1データを取得し、MS1データ中のイオン種とイオン種リストを比較し、最も優先順位の高いイオン種をリアルタイムで選出し、MS2を行う。なお、前記比較の際には、測定1回目と測定2回目の誤差などを考慮し、所定の尤度あるいは範囲内であれば一致と判定するようにしてもよい。以下同様の操作を任意の回数繰り返すようシステムを構成することが好ましい。なお、図7ではMS2後に次の分析内容の判定として、MS1もしくはMS2の判定を行っているが、MS3なども判定の対象に含めても良い。さらに、連続してMS2を行う場合、直前にMS2を行った前駆イオンはこの場合に限り前駆イオン選択対象から除外できるようにされることが好ましい。
【0028】
以下、上記した質量分析システムのより具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0029】
本実施例では、イオン種リストに登録するイオン種情報として、あるイオン種のピーク時間以外にも所定の測定強度範囲内である溶出時間をイオン種リストに登録する。図8Aに示すように、ある前駆イオン種のピーク時間の測定強度が所定の測定強度以上の場合、ピーク時間以外に所定の測定強度以上である時間の範囲をイオン種リストに登録し、所定の測定強度以下の場合ピーク時間のみを登録する。この際、分析優先順位の決定では、ある前駆イオン種がピーク時間でなくとも所定の強度以上であれば優先的にMS2分析を行うようシステム構成するのが好ましい。更に、図8Bに示すようにピークの時間が同一であるイオン種801とイオン種802の場合、イオン種802をピーク時間にMS2を実行し、イオン種801はその前後でMS2を実行するよう分析優先順位を決定しても良い。
【0030】
別の例としては、図9に示すように、あるイオン種のピーク強度が測定強度901以上のイオン種はピーク時間およびその範囲内である時間を登録し、ピーク強度が測定強度901未満、かつ測定強度902以上のイオン種はピーク時間を登録し、測定強度902未満のイオン種はピーク時間を登録せず前駆イオン除外対象としてイオン種リストに登録するようにしてもよい。
【実施例2】
【0031】
本実施例では、ユーザが予め指定したイオン種を優先的にMS2するもしくは前駆イオン除外対象とするようシステム構成する。この際、ユーザが指定したイオン種においても、実施例1に示すような判定方法によってMS2のタイミングを決定するのが好ましい。
【実施例3】
【0032】
本実施例では、再分析の必要性の有無を判定する方法について説明する。本質量分析システムでは、測定1回目にはイオン種リストが存在しない。このため、測定1回目のMS2は、図5に示すような前駆イオンのマスクロマトグラム中でMS2データの質が良いと期待されるタイミングでMS2を行っているとは限らない。そこで、本実施例では、図10に示すような手順でMS2済み前駆イオンの再分析の必要性を判定する。
【0033】
図10において、まず、得られたMS2データの質を判定し、再分析の必要性を判定する。MS2データの質の判定には、例えばDe Novoシーケンス法やデータベース検索との照合結果、あるいはMS2データに含まれるイオンピークの数などを用いることができる。次に、前駆イオンの溶出パターンのどのタイミングでMS2分析を行ったかを算出し、その結果によって更に再分析の必要性の有無を判定する。MS2分析のタイミング判定には、例えば、溶出パターンのピークで分析を行ったかなどを用いることができる。両者の判定において、いずれか一方で再分析の必要有りと判定されれば前駆イオン選択対象イオンとしてイオン種リストに登録し、どちらも再分析の必要無しと判定されれば前駆イオン除外対象イオンとしてイオン種リストに登録する。なお、再分析の判定にはMS2データの質の判定、もしくはMS2分析のタイミング判定のどちらか一方のみで判定してもよい。
【実施例4】
【0034】
本実施例では、実施例1で記載した所定の測定強度を自動で判定する方法について説明する。まず、測定1回目のMS2データにおいて、データの質を判定する。その結果と分析時の前駆イオンの測定強度から、どの測定強度以上であれば、質の良いデータを取れる可能性が高いかを判定し、その測定強度を所定の測定強度として採用する。また、より好ましい形態としては、分析時の前駆イオン測定強度だけでなく、より詳細なMS2の情報、例えば前駆イオンの質量や測定強度、前駆イオン選択時のトータルイオン量、さらには分析時の装置条件などから所定の測定強度を推測する。
【実施例5】
【0035】
本実施例では、測定2回目における同一前駆イオン種のMS2回数の制限について説明する。図8Aに示すようにある前駆イオン種が所定の強度以上であれば優先的にMS2を行うよう分析優先順位を決定する場合、複数のMS2の分析タイミングにおいてMS2を行う可能性がある。このため、図11に示すようにMS2後、次の前駆イオン種の選択までの間にリアルタイムで、例えば、前駆イオン種のMS2実行回数、測定強度の和、測定強度の積算値、あるいはMS2データの質などに応じて、前駆イオン除外対象としてイオン種リストに登録するのが好ましい。
【実施例6】
【0036】
本実施例では、質量分析装置の装置条件の制御について説明する。測定1回目のマススペクトルデータの情報、例えば前駆イオンの質量や測定強度、前駆イオン選択時のトータルイオン量、MS2データの質、さらには分析時の装置条件などの質量分析に関する情報から測定2回目における各MS2時での最適な装置条件を予測できるように質量分析システムを構成されているのが好ましい。
【0037】
以上、本発明の質量分析システムについて、具体的な実施の形態を示して説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。当業者であれば、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、上記各実施形態又は他の実施形態にかかる発明の構成及び機能に様々な変更・改良を加えることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の質量分析システムの一実施形態に係る質量分析システムの構成例を概略的に示す図である。
【図2】本発明による質量分析方法について説明する図である。
【図3】本発明の質量分析システムにおける質量分析の手順と、従来の質量分析システムにおける質量分析の手順との比較を示す図である。
【図4】本発明の質量分析システムにおける質量分析の手順を詳細に示す図である。
【図5】前駆イオンのMS2データの質とMS2を行うタイミングとの関係を示す図である。
【図6】前駆イオンのMS2データの質とMS2を行うタイミングとの関係を示す図である。
【図7】本発明の質量分析システムにおいて2回目の測定を行う際の分析処理の詳細を示す図である。
【図8】本発明の質量分析システムの第1実施例について説明する図である。
【図9】本発明の質量分析システムの第1実施例について説明する図である。
【図10】本発明の質量分析システムの第3実施例について説明する図である。
【図11】本発明の質量分析システムの第5実施例について説明する図である。
【符号の説明】
【0039】
101・・・試料分離装置、102・・・イオン化部、103・・・質量分析部、104・・・検出器、105・・・データ処理部、106・・・制御部、601・・・ある前駆イオンのマスクロマトグラム、602・・・601とは異なる前駆イオンのマスクロマトグラム、603・・・601、602とは異なる前駆イオンのマスクロマトグラム、801・・・ある前駆イオンのマスクロマトグラム、802・・・801とは異なる前駆イオンのマスクロマトグラム、901・・・ある測定強度、902・・・901とは異なる測定強度
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の分離手段と、前記分離手段により分離された試料を質量分析する質量分析手段とを含む質量分析システムにおいて、
前記質量分析手段は、
n(nは1以上の整数)回目の質量分析において、イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと、特定のイオン種を選択的に解離させ質量分析して得られるデータとを含むマススペクトルデータを生成する手段と、
前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータから全てのイオン種の溶出パターンを算出するイオン種溶出パターン算出手段と、
前記イオン種溶出パターンと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析の対象となるイオン種の優先順位を決定する分析優先順位決定手段とを備えることを特徴とする質量分析システム。
【請求項2】
前記イオン種溶出パターン算出手段は、各イオン種について、測定強度のピーク時又は測定イオン強度が所定の範囲内である溶出時を算出し、
前記分析優先順位決定手段は、前記算出結果がn+1回目の質量分析における分析タイミングに合致するイオン種に対して高い優先順位を与える特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項3】
前記質量分析手段により質量分析した結果データについて、各イオン種に対して再分析を行う必要の有無を判定する再分析判定手段をさらに備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析システム。
【請求項4】
前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析における質量分析条件を決定する質量分析条件決定手段をさらに備えていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の質量分析システム。
【請求項1】
試料の分離手段と、前記分離手段により分離された試料を質量分析する質量分析手段とを含む質量分析システムにおいて、
前記質量分析手段は、
n(nは1以上の整数)回目の質量分析において、イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと、特定のイオン種を選択的に解離させ質量分析して得られるデータとを含むマススペクトルデータを生成する手段と、
前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータから全てのイオン種の溶出パターンを算出するイオン種溶出パターン算出手段と、
前記イオン種溶出パターンと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析の対象となるイオン種の優先順位を決定する分析優先順位決定手段とを備えることを特徴とする質量分析システム。
【請求項2】
前記イオン種溶出パターン算出手段は、各イオン種について、測定強度のピーク時又は測定イオン強度が所定の範囲内である溶出時を算出し、
前記分析優先順位決定手段は、前記算出結果がn+1回目の質量分析における分析タイミングに合致するイオン種に対して高い優先順位を与える特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項3】
前記質量分析手段により質量分析した結果データについて、各イオン種に対して再分析を行う必要の有無を判定する再分析判定手段をさらに備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析システム。
【請求項4】
前記イオン化した試料をそのまま質量分析して得られるデータと前記マススペクトルデータとに基づいて、n+1回目の質量分析における質量分析条件を決定する質量分析条件決定手段をさらに備えていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の質量分析システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−198882(P2007−198882A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−17255(P2006−17255)
【出願日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
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