説明

超分子ナノ集合体の製造方法および超分子ナノ集合体

【課題】合成配位子やテンプレートを用いることなく室温で簡単に超分子ナノ集合体を製造する方法および超分子ナノ集合体を提供する。
【解決手段】超分子ナノ集合体は、遷移金属塩とヌクレオチドとを室温の水中で混合する工程を有する方法により製造され、遷移金属イオンとヌクレオチドとが、自己組織化により自発的に超分子ナノ集合体を形成する。遷移金属塩として、希土類塩を用いると、強い蛍光発光や高い磁気モーメントを有する希土類ナノ粒子が得られる。また、遷移金属塩として銀塩を用いると、ナノファイバーが得られ、銀塩およびヌクレオチドの濃度が増加すると、ハイドロゲルが生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超分子ナノ集合体の製造方法および超分子ナノ集合体に係り、更に詳細には、遷移金属イオンとヌクレオチドとを室温の水中で混合することを特徴とする新規な超分子ナノ集合体の製造方法、および該製造方法により得られる超分子ナノ集合体に関する。
【背景技術】
【0002】
遷移金属(遷移元素)は、d軌道やf軌道等の内殻軌道に、不対電子や空軌道を有するため、触媒活性、磁性等の典型元素とは異なる性質を有している。そのため、遷移金属は、化学分野において、反応触媒等に幅広く利用されているとともに、酵素の活性中心等として生体系においても重要な役割を果たしている。
更に、希土類(ランタノイド)は、発光材料、磁性材料、水素吸蔵合金、二次電池等の構成要素としても重要な枠割を果たしている。そのため、遷移金属を含む超分子ナノ集合体の構築は、ナノテクノロジー分野における重要なテーマの1つである。
【0003】
遷移金属イオンを含む超分子ナノ集合体の構築については、これまでに多くの方法が知られている。
複数の配位部位を有する合成配位子が、種々の遷移金属イオンと錯形成することによるネットワークの形成、または配位子間の相互作用(水素結合等)を介してナノ錯体粒子を形成することが知られている(例えば、非特許文献1および2参照)。
【0004】
また、希土類金属を構成成分とする希土類ナノ粒子の合成法としては、熱水法による方法(例えば、非特許文献3参照)、他のナノ粒子をテンプレートとして用いる方法(例えば、非特許文献4参照)、塩基性炭酸イットリウム、塩基性炭酸ガドリニウム、塩基性炭酸ルテチウム、塩基性炭酸ランタン、および塩基性炭酸スカンジウムからなる群より選択される少なくとも1種の塩基性炭酸塩に希土類元素を付活する第1工程と、前記希土類元素が付活された塩基性炭酸塩を焼成する第2工程とを有する方法(特許文献1参照)、およびアニオンと、ルイス塩基の有機酸である界面活性剤とを含む塩基性pHを有する水溶液と、希土類イオンを含む水溶液とを混合する工程を含む方法(特許文献2参照)のいずれかが用いられている。
【0005】
【特許文献1】特開2004−107612号公報
【特許文献2】特表2005−507355号公報
【非特許文献1】オー(Oh)他、「ネイチャー(Nature)」、(英国)、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)、2005年、第438巻、p.651−654
【非特許文献2】前田他、「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of Chemical Society)」、(米国)、アメリカ化学会、2006年、第128巻、第31号、p.10024−10025
【非特許文献3】ワン(Wang)他、「ネイチャー(Nature)」、(英国)、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)、2005年、第437巻、p.121−124
【非特許文献4】イペ(Ipe)他、「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of Chemical Society)」、(米国)、アメリカ化学会、2006年、第128巻、第6号、p.1907−1913
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの超分子ナノ集合体の構築方法には、下記のような課題がある。
非特許文献1および2に記載のナノ錯体粒子の合成方法では、配位子のデザインおよび合成を行う必要がある。
非特許文献3に記載の希土類ナノ粒子の合成方法では、反応混合物を高温(100〜200℃)で長時間反応させる必要があるとともに、界面活性剤等を添加することによりミクロエマルジョンを形成する必要がある。
非特許文献4に記載の希土類ナノ粒子の合成方法では、テンプレートとなる金ナノ粒子を従来法により別途合成する必要がある。
特許文献1に記載の方法では、希土類元素を付活した塩基性炭酸塩を高温で焼結する必要がある。
特許文献2に記載の方法では、界面活性剤を用いる必要がある。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、合成配位子やテンプレートを用いることなく室温で簡単に超分子ナノ集合体を製造する方法および超分子ナノ集合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的に沿う第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法は、金属塩とヌクレオチドとを室温の水中で混合する工程を有する。
ヌクレオチドは、それ自身では自己組織性を示さないが、金属塩と室温の水中で混合することにより、自発的に、遷移金属イオンおよびヌクレオチド分子よりなる超分子ナノ集合体を形成する。
なお、「超分子ナノ集合体」とは、金属イオンおよびヌクレオチド分子の分子間相互作用によって自発的に会合することにより形成される、数nm〜数μmのサイズを有する集合体をいい、後述するナノ粒子およびナノファイバーを含む。
また、「ヌクレオチド」には、糖残基としてリボースを有するリボヌクレオチド、糖残基としてデオキシリボース残基を有するデオキシリボヌクレオチド、ならびにそれらの多量体であるオリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチドおよびそれらの誘導体、さらに、NAD(ニコチンアミドジヌクレオチド)(酸化型のNAD、および還元型のNADHの双方をいう。以下同じ)およびFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)等の補酵素類、ならびにそれらの誘導体も含まれる。
【0009】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法において、前記金属塩が、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、および遷移金属塩からなる群より選択されるいずれか1または2以上であってもよい。
【0010】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法において、前記金属塩が希土類塩であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子であってもよい。
なお、「ナノ粒子」とは、数十〜数μmの粒径を有する粒子状の超分子ナノ集合体をいう。
【0011】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法において、前記金属塩がMn塩、Fe塩、Co塩、Ni塩、Cu塩、Zn塩、Cd塩、Pd塩、Pt塩、Ag塩からなる群より選択される1または2以上であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子およびナノファイバーのいずれかであってもよい。
なお、「ナノファイバー」とは、直径が5〜100nm、長さが数十nm〜数mmの繊維状の超分子ナノ集合体をいい、3次元的に架橋化して網目構造を形成し、その内部に溶媒である水を吸収して膨潤したハイドロゲルを形成していてもよい。
【0012】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体は、室温の水中で混合した金属塩およびヌクレオチドの自己組織化により形成される。
【0013】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、前記金属塩と前記ヌクレオチドとのモル比が電気的中性条件を満たすことが好ましい。
なお、金属塩とヌクレオチドとのモル比が「電気的中性条件を満たす」とは、正電荷pを有する金属イオンと、負電荷nを有するヌクレオチドとのモル比がx:yである場合に、xとyとの間に、y/x=p/nなる関係が成立することをいい、後述する滴定法または元素分析のいずれかの方法により求めたy/xについて、1/3×(p/n)≦y/x≦4/3×(p/n)なる関係が成立する場合も含む。
【0014】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、前記金属塩が、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩からなる群より選択されるいずれか1または2以上であってもよい。
【0015】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、前記金属塩が希土類塩であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子であってもよい。
【0016】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、表面がアニオン基を有する化合物で被覆されていてもよい。
【0017】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、前記希土類塩がTb塩であり、前記ヌクレオチドが5’−GMPであってもよい。
【0018】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、前記遷移金属塩がMn塩、Fe塩、Co塩、Ni塩、Cu塩、Zn塩、Cd塩、Pd塩、Pt塩、Ag塩からなる群より選択される1または2以上であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子およびナノファイバーのいずれかであってもよい。
【発明の効果】
【0019】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法、および第2の発明に係る超分子ナノ集合体においては、金属塩とヌクレオチドとを室温の水中で混合することにより、両者の自己組織化によって超分子ナノ集合体を形成することができる。そのため、高温の反応条件や、界面活性剤、有機溶媒、およびテンプレートとなるナノ粒子を用いることなく、ナノ粒子やナノファイバー等の超分子ナノ集合体を簡便な操作で製造することができる。
また、ヌクレオチドとして補酵素等も用いることができるため、酸化還元能等の機能を有する官能基が導入された超分子ナノ集合体を容易に得ることができる。
さらに、室温の水中で超分子ナノ集合体を製造することができるので、タンパク質、ペプチド等の生体分子や色素等の機能性分子を容易に導入することもできる。
【0020】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法および第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、金属塩がアルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩からなる群より選択されるいずれか1または2以上であると、生体毒性のない超分子ナノ集合体を安価かつ容易に得ることができる。
【0021】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法および第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、金属塩が希土類塩であり、得られる超分子ナノ集合体がナノ粒子であると、反応触媒、発光素子、磁性材料等への応用が期待される希土類ナノ粒子を、室温の水中で簡単に製造することができる。
この場合において、表面がアニオン基を有する化合物で被覆されていると、水中への分散安定性を向上することができる。
また、希土類塩がTb塩であり、ヌクレオチドが5’−GMPであると、発光効率が高く、蛍光プローブ等への応用が可能な希土類ナノ粒子を製造することができる。
【0022】
第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、金属塩とヌクレオチドとのモル比が電気的中性条件を満たすと、金属塩とヌクレオチドの混合比に関わりなく、電気的中性に近い一定の組成を有する希土類ナノ粒子を製造することができる。
【0023】
第1の発明に係る超分子ナノ集合体の製造方法および第2の発明に係る超分子ナノ集合体において、金属塩がマンガン(Mn)塩、鉄(Fe)塩、コバルト(Co)塩、ニッケル(Ni)塩、銅(Cu)塩、亜鉛(Zn)塩、カドミウム(Cd)塩、パラジウム(Pd)塩、白金(Pt)塩、銀(Ag)塩からなる群より選択される1または2以上であり、得られる超分子ナノ集合体がナノ粒子およびナノファイバーのいずれかあると、室温の水中でこれらの金属塩およびヌクレオチドを混合するだけで、ナノ粒子、ナノファイバーやハイドロゲルを簡単に製造することができる。
また、ナノファイバー中に含まれる金属イオンが、銀イオン等の還元が容易な金属イオンである場合には、還元により、ナノファイバーを「鋳型」として、ユニークな構造を有する金属ナノクラスターを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
続いて、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
本発明の第1の実施の形態に係る希土類ナノ粒子は、金属塩の一例である希土類塩の水溶液をヌクレオチドの水溶液に加えて、室温で混合する工程を有する方法により製造され、希土類塩およびヌクレオチドの自己組織化により形成される。混合は、ボルテックスミキサーやマグネチックスターラー等の任意の撹拌手段を用いて撹拌しながら行うのが好ましい。あるいは、撹拌する代わりに超音波照射を行ってもよい。
混合後、希土類ナノ粒子を十分成長させるために、混合溶液を1〜12時間撹拌するか、1〜24時間静置してもよい。
【0025】
溶媒として用いる水は、精製水、超純水、および蒸留水等をそのまま用いてもよいが、Tris(トリス(ヒドロキシアミノ)メタン)、HEPES(2−[4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル]エタンスルホン酸)等の緩衝剤を含むpH7〜8の緩衝溶液が好ましい。希土類塩およびヌクレオチドの濃度について特に制限はなく、10μM〜10mMオーダーの幅広い濃度で希土類ナノ粒子が生成することが確認されている。
【0026】
希土類塩としては、ランタノイド族に属する任意の元素(自然界に存在しないプロメチウム(Pm)を除く)、すなわち、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)、ならびにスカンジウム(Sc)、およびイットリウム(Y)の任意の塩が挙げられるが、例えば、希土類ナノ粒子を発光素子として用いる場合にはTb塩が好ましく、MRI(磁気共鳴イメージング法)の造影剤として用いる場合には、Gd塩が好ましい。
用いることができる塩としては、水溶性の塩を形成するものであれば特に制限はないが、価格や入手の容易さの観点から、塩化物または硝酸塩が好ましい。
【0027】
ヌクレオチドとしては、塩基(アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)、ウラシル(U))、糖(リボース、デオキシリボース)、およびリン酸基の数に関わりなく任意のヌクレオチドならびにその多量体であるオリゴヌクレオチドおよびポリヌクレオチドを用いることができる。
リボヌクレオチドとしては、5’−AMP、cAMP、5’−ADP、5’−ATP、5’−GMP、5’−GDP、5’−GTP、5’−CMP、5’−CDP、5’−CTP、5’−TMP、5’−TDP、5’−TTP、5’−UMP、5’−UDP、および5’−UTPが挙げられ、デオキシリボヌクレオチドとしては、5’−dAMP、5’−dADP、5’−dATP、5’−dGMP、5’−dGDP、5’−dGTP、5’−dCMP、5’−dCDP、5’−dCTP、5’−dTMP、5’−dTDP、5’−dTTP、5’−dUMP、5’−dUDP、および5’−dUTPが挙げられる。
さらに、イノシン5’−リン酸、NADおよびFAD等の補酵素類、末端リン酸基にα−1−グルコシド基等の糖残基が結合した5’−UDP等も用いることができる。
また、これらのヌクレオチドは、Na、K等のアルカリ金属塩として用いることもできる。
【0028】
得られる希土類ナノ粒子を、TEM(透過型電子顕微鏡)およびSEM(走査型電子顕微鏡)により観察すると、ほぼ粒径の揃った球状のナノ粒子が観察される。また、大変興味深いことに、用いた全ての希土類塩、ならびにcAMPおよびNADを除く全てのヌクレオチドについて、得られる希土類ナノ粒子の粒径は20〜60nmであるのに対し、ヌクレオチドとしてcAMPおよびNADを用いた場合には、全ての希土類塩に対し、粒径100〜150nm程度の大きな希土類ナノ粒子が得られる。
【0029】
また、希土類ナノ粒子における希土類イオンとヌクレオチド分子のモル比は、電気的中性を満たす組成に近いが、過剰に存在するイオン種のナノ粒子表面への吸着等の理由で、両者の混合比によって多少(例えば±20%の範囲内で)変化することが確認されている。希土類イオンおよびヌクレオチド分子が、分子レベルでどのような会合構造を形成しているのかは不明であるが、両者が、典型的には2:3等の簡単な整数比で表される組成を有していること、および希土類ナノ粒子が粒径のそろった球状の粒子であるという事実から、何らかの規則的な構造を形成していると思われる。
なお、希土類イオンとヌクレオチド分子のモル比は、後述する滴定法、またはX線光電子分光法(XPS)等による元素分析により求めることができる。
【0030】
希土類ナノ粒子の生成は迅速かつ定量的に進行し、ヌクレオチド水溶液に希土類塩溶液を滴下すると、直ちに白濁し、撹拌を停止すると析出物が沈降する。
生成した希土類ナノ粒子は、例えば、遠心分離、ろ紙やメンブレンフィルター等によるろ過により単離することもできる。ろ紙等の上に回収された希土類ナノ粒子は、数十〜数百nmの厚さを有する薄膜としてそのまま用いることもできる。
【0031】
上に述べたように、水溶液中で生成した希土類ナノ粒子は、正電荷と負電荷とがつり合った電気的中性条件に近い組成を有するため、凝集しやすく、撹拌を停止すると沈降するため、水中に安定に分散させるためには、適当な分散剤を用いて分散安定性を向上させる必要がある。
希土類ナノ粒子の表面を、例えばアニオン基を有する化合物で被覆すると、希土類ナノ粒子の水中への分散安定性が向上する。
アニオン基を有する化合物としては、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)等のアニオン性界面活性剤、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム、コンドロイチン流酸、ポリヌクレオチド(ポリ(A)Na)等のポリアニオン類が挙げられるが、コンドロイチン硫酸、およびポリスチレンスルホン酸ナトリウムが好ましく、例えば、MR造影剤等として生体内に投与して使用する場合には、関節炎の治療のための注射剤としても用いられているコンドロイチン硫酸が、生体適合性という観点から特に好ましい。
【0032】
また、希土類ナノ粒子中のヌクレオチドに含まれる官能基を化学修飾することにより、様々な機能を付与することもできる。例えば、核酸塩基上のアミノ基を、グルタルアルデヒド等の二官能性アルデヒドで分子間架橋することにより、希土類ナノ粒子の化学的安定性を向上させることができる。
【0033】
希土類ナノ粒子には、その製造に用いる希土類イオンの性質に応じて様々な機能を発現させることができる。
例えば、希土類イオンとしてTbイオンを用いると、550nm付近(緑色)に鋭い発光ピークを有する蛍光性のTbナノ粒子が得られる。この場合、ヌクレオチドとしては、グアニン(G)残基を有する5’−GMP、5’−GDP、および5’−GTPが、顕著な発光増大をもたらす点で好ましく、中でも5’−GMPが最も好ましい。また、酸性雰囲気下では、グアニン残基上のアミノ基がプロトン化され、Tbイオンへのエネルギー移動が減少するため、プロトン化されたプリン環に由来する青色の蛍光発光が観測される。そのため、Tbイオンおよび5’−GMPよりなるTbナノ粒子は、酸性ガスセンサー等への応用が可能である。
【0034】
希土類イオンとして、例えば、Tbイオンと同様発光体の原料として用いられているEuイオンを用いた場合にも、蛍光発光特性を有するEuナノ粒子を得ることができる。
【0035】
また、希土類イオンとしてGdイオンを用いると、大きな磁気モーメントを有するGdナノ粒子が得られる。得られた希土類ナノ粒子を水中に分散させると、水のH−NMR信号についてスピン−格子緩和時間Tを大幅に短縮する効果を有している。そのため、GdイオンおよびヌクレオチドよりなるGdナノ粒子は、MR造影剤としての応用が可能である。この場合、ヌクレオチドとしては、5’−GMPおよび5’−AMPが好ましい。
【0036】
複数の希土類イオンを混合して用いることにより、複数の機能を併せ持つ希土類ナノ粒子を得ることができる。例えば、TbイオンおよびGdイオンを混合して用いると、蛍光発光が可能で、かつ大きな磁気モーメントを有するTb−Gdナノ粒子が得られる。
【0037】
次に、本発明の第2の実施の形態に係る超分子ナノ集合体について説明する。
超分子ナノ集合体の一例であるナノファイバーは、銀(Ag)塩の水溶液をヌクレオチドの水溶液に加えて、室温で混合することにより製造される。混合は、超純水にヌクレオチドの水溶液、次いで銀塩の水溶液を滴下し、混合後は、そのまま数時間〜24時間静置する。
【0038】
溶媒として用いる水は、精製水、超純水、および蒸留水等をそのまま用いる。銀塩およびヌクレオチドの濃度としては、十分に発達したナノファイバーを得るためには、1mM以上であることが好ましく、40mM以上になると、ナノファイバーが立体的な架橋を形成し、得られる網目構造の内部に水が吸収され膨潤したハイドロゲルを形成する。
【0039】
銀塩としては、硝酸銀、チオシアン酸銀、テトラフルオロホウ酸銀等の任意の水溶性の銀塩を用いることができるが、価格や入手の容易さの観点から、硝酸銀が好ましい。
【0040】
用いることができるヌクレオチドは、本発明の第1の実施の形態に係る超分子ナノ集合体の場合と同様であるので、詳しい説明を省略する。
【0041】
得られるナノファイバーを、TEMにより観察すると、5〜10nmの径を有する繊維状の構造体が3次元的に架橋した網目構造が観察される。
【0042】
銀イオンは、光照射等により容易に還元され、金属銀が黒色の沈殿として得られる。ナノファイバーを含む水溶液およびハイドロゲルに光照射を行い、得られる金属銀の沈殿をTEMにより観察すると、ロッド状等の特異な構造を有する金属銀のクラスターが観察される。特に、光照射したハイドロゲルからは、樹枝状の構造を有する金属銀のクラスターが得られる。これらの観察結果から、ナノファイバー中では、銀イオンおよび光照射により生成するAg(0)種の局所濃度が高く、それが金属銀の結晶核の成長に影響を与えていると思われる。
【0043】
なお、本実施の形態においては、金属塩としてAg塩を用いた場合について説明したが、Mn塩、Fe塩、Co塩、Ni塩、Cu塩、Zn塩、Cd塩、Pd塩、Pt塩を用いた場合にも、ナノファイバーを得ることができる。これらの塩は単独で用いてもよく、さらにAg塩を含む群から選択される任意の2以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
さらに、金属塩としてアルカリ金属(リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs))塩およびアルカリ土類金属(ベリリウム(Be)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba))塩からなる群より選択される1または任意の2以上を組み合わせて、これをヌクレオチドと室温の水中で混合することによっても超分子ナノ集合体が得られる。例えば、リン酸基と強く結合するCa、Mg等の塩を、室温の水中でヌクレオチドと混合すると、高粘度の溶液が得られる。
【実施例】
【0045】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。ここで、図1は、Gdイオンと5’−GMPとからなるGdナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真、図2は、Tbイオンと5’−GMPとからなるTbナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真、図3は、Tbイオンと5’−GMPのモル比とTbナノ粒子の生成量との関係を示すグラフ、図4は、Tbナノ粒子の蛍光スペクトルを示す説明図、図5は、Agイオンと5’−GMPからなるナノファイバーの透過型電子顕微鏡写真、図6は、ナノファイバー中のAgイオンを光還元することにより得られる銀ナノクラスターの透過型電子顕微鏡写真であり、(A)はロッド状クラスターの写真、(B)は樹枝状クラスターの写真である。
【0046】
実施例1:Gdイオンと5’−GMPとからなるGdナノ粒子の製造
HEPES緩衝溶液(pH=7.4)に溶解した5’−GMP(10mM)を、マグネチックスターラーを用いて600rpmで撹拌しながら、10mMGdCl水溶液を加え、室温で12時間撹拌した。得られた溶液を、空孔サイズ200nmのメンブレンフィルターに通し、ろ別した析出物をSEM(加速電圧10kV、倍率100,000倍)により観察した。
図1に示すように、30nm程度のほぼ均一な粒径を有する、球状のGdナノ粒子が得られた。
【0047】
実施例2:Tbイオンと5’−GMPとからなるTbナノ粒子の合成
HEPES緩衝溶液(pH=7.4)に溶解した5’−GMP(10mM、1mL)を、マグネチックスターラーを用いて600rpmで撹拌しながら、10mMTbCl水溶液(1mL)を加え、室温で12時間撹拌した。得られた溶液を、空孔サイズ200nmのメンブレンフィルターに通し、ろ別した析出物をSEM(加速電圧10kV、倍率100,000倍)により観察した。
図2に示すように、30nm程度のほぼ均一な粒径を有する、球状のTbナノ粒子が得られた。
【0048】
他の希土類塩とヌクレオチドとの組み合わせについても、同様の方法により希土類ナノ粒子の製造を行うことができた。
【0049】
実施例3:滴定法による、Tbナノ粒子におけるTbイオンに対する5’−GMPのモル比の決定
HEPES緩衝溶液(pH=7.4)に溶解した5’−GMP(2.5〜100mM、5mL)を、マグネチックスターラーを用いて600rpmで撹拌しながら、10mMGdCl水溶液(5mL)を加えた。生成したTbナノ粒子の沈殿を遠心分離(15,000rpm、5分)により回収した。HEPES緩衝溶液(10mL)を加え、再び遠心分離した後、回収したTbナノ粒子を乾燥後、重量を測定した。
Tbイオンに対する5’−GMPのモル比に対してTbナノ粒子の生成量をプロットしたグラフを、図3に示す。このグラフから明らかなように、Tbイオンに対して1.5倍量のGMPを添加したところに明確な変曲点が見られる。このことから、Tbナノ粒子におけるTbイオンと5’−GMPのモル比が2:3であることがわかる。
【0050】
実施例4:Tbナノ粒子の蛍光スペクトルの測定
Tris−HCl緩衝溶液(pH=7.43)に溶解した5’−GMP(60μM)を、マグネチックスターラーを用いて600rpmで撹拌しながら、等量のTris−HCl緩衝溶液に溶解したTbCl溶液(20〜240μM)を加えて混合し、得られた溶液の蛍光スペクトルを測定した。測定条件は下記のとおりである。
励起波長:240nm
測定温度:20℃
セル:1mm石英セル
スリット幅:励起側10nm、蛍光側10nm
ホトマル電圧:700V
【0051】
Tbナノ粒子の蛍光スペクトルを図4に示す。Tbイオン濃度の増大につれて550nm付近の発光強度が増大していることがわかる。また、5’−GMPを含まない同一濃度のTbCl水溶液に比べ、Tbナノ粒子においては蛍光強度が約60倍に増大していることがわかった。さらに、励起スペクトル測定の結果より、発光強度の増大は、グアニンのプリン環からTbイオンへのエネルギー移動によりもたらされることがわかった。
【0052】
実施例5:Gdナノ粒子水分散液における、水のH−NMR信号のT測定
5’−GMP(0.1、0.2、0.4、1.0mM)を、マグネチックスターラーを用いて600rpmで撹拌しながら、HEPES緩衝溶液に溶解した等量のGdCl水溶液(0.1、0.2、0.4、1.0mM)を加え、混合することにより、濃度の異なる4種類のGdナノ粒子水分散液(以下「GMP/Gd分散液」という)を得た。5’−GMPの代わりに5’−AMPを用いて、同様の方法により、濃度の異なる4種類のGdナノ粒子水分散液(以下「AMP/Gd分散液」という)を得た。
これらのGdナノ粒子水分散液およびGdナノ粒子を含まないHEPES緩衝溶液について、水のH−NMR信号のT(スピン−格子緩和時間)を、日立メディコ製オープンMRI AIRIS−II(磁場強度0.3T)を用いて、反転回復法(180°−τ−90°パルス系列)により測定した。
結果を下の表1に示す。なお、表1において、「Gd濃度」は、Gdナノ粒子の数ではなくGdイオンの数をモル濃度に換算した値であり、「Gd濃度0mM」は、Gdナノ粒子を含まないHEPES緩衝溶液の測定結果を示す。
【0053】
【表1】

【0054】
表1から明らかなように、GMP/Gd分散液、およびAMP/Gd分散液のいずれの場合についても、Gd濃度の増大につれてTが顕著に減少している。この結果から、Gdナノ粒子は、MR造影剤として利用できる可能性があることが示唆される。
【0055】
実施例6:アニオン基を有する化合物によるTbナノ微粒子の分散安定化
HEPES緩衝溶液(pH=7.4)に溶解した5’−GMP(10mM、1mL)を、マグネチックスターラーを用いて600rpmで撹拌しながら、10mMTbCl水溶液(1mL)を加え、室温で2時間撹拌した。遠心分離(15,000rpm、5分)によりTbナノ粒子を分離後、HEPES緩衝溶液で洗浄し、再度遠心分離した。洗浄および遠心分離を2回繰返し、得られたTbナノ粒子を、各種アニオン性化合物10mMを含むHEPES緩衝溶液2mLに加え、1分間超音波照射した。
その結果、アニオン性化合物として、SDS(ドデシル流酸ナトリウム)、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム、ポリ(A)Na塩、およびコンドロイチン硫酸を用いた場合に、Tbナノ粒子を安定に分散できることがわかった。
【0056】
実施例7:ナノファイバーおよびハイドロゲルの製造
超純水(ミリポア超純水製造装置を用いて製造)を用いて、5’−GMPの100mM水溶液、および硝酸銀の100mM水溶液を調製した。これらの溶液および超純水を、[5’−GMP]=[AgNO]=10mM(溶液1)または40mM(溶液2)となるような割合で混合し、得られた溶液1および溶液2を室温で24時間静置した。
静置後、溶液2は流動性を失い、容器を倒立しても流動しない安定なハイドロゲルを形成した。
溶液1を10μL採取し、カーボン蒸着銅メッシュグリッド上に、液滴を形成するように滴下し、30秒後、液滴を弾いて除去した。この操作を3回繰り返した後、グリッドを6時間減圧乾燥し、TEMにより観察した。図5に示すように、径が5〜10nmの発達したナノファイバー構造が形成していることが確認された。
また、溶液1について紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、グアニン基に由来する260nm付近の吸収強度が減少していることが確認された。この結果からも、銀イオンの添加により、5’−GMPが会合体を形成していることが示唆された。
【0057】
実施例8:ナノファイバーに含まれる銀イオンの光還元
実施例7と同様に調製した溶液1および溶液2を24時間静置後、超高圧水銀灯(フィルタなし、20mW/20cm)を用いて30分間光照射し、銀イオンを光還元した。上澄液5mLを除去した後、超純水5mLを加え、遠心分離(15,000rpm、5分)を行った。この操作を4回繰り返した後、上澄液5mLを除去した後、超純水5mLを加え、得られた分散溶液を用いて、実施例7と同様の操作を行い、カーボン蒸着銅メッシュグリッド上にTEM測定用の試料を調製した。
図6(A)に示すように、溶液1より調製した試料では、ロッド状の外観を有する銀クラスターが主に観察された。観察に用いたグリッドをSEM基板に載せ、白金蒸着を行った後にSEM観察を行ったところ、同様のロッド状構造が主に観察された。
図6(B)に示すように、ハイドロゲルを形成した溶液2より調製した試料では、樹枝状の構造を有する銀クラスターが観察された。ハイドロゲル中では、光照射により生成するAg(0)種の局所濃度が高く、それらがAgの結晶核の成長に影響したため、ナノファイバーの3次元網目構造を反映した樹枝状クラスターが生成したものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明により提供される超分子ナノ集合体の製造方法は、希土類や貴金属元素等の遷移金属を含むナノ粒子やナノクラスターの簡便な製造方法として、ナノテクノロジーの各応用分野において利用することができる。また、水溶性の各種生体物質と遷移金属の新規なナノハイブリッド材料の製造への応用が期待される。
また、本発明により提供される超分子ナノ集合体は、水中への分散安定性の高い発光プローブやMR造影剤として、医療診断分野を含む多方面への応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】Gdイオンと5’−GMPとからなるGdナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】Tbイオンと5’−GMPとからなるTbナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】Tbイオンに対する5’−GMPのモル比とTbナノ粒子の生成量との関係を示すグラフである。
【図4】Tbナノ粒子の蛍光スペクトルを示す説明図である。
【図5】Agイオンと5’−GMPからなるナノファイバーの透過型電子顕微鏡写真である。
【図6】ナノファイバー中のAgイオンを光還元することにより得られる銀ナノクラスターの透過型電子顕微鏡写真であり、(A)はロッド状クラスターの写真、(B)は樹枝状クラスターの写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属塩とヌクレオチドとを室温の水中で混合する工程を有することを特徴とする超分子ナノ集合体の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の超分子ナノ集合体の製造方法において、前記金属塩が、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩および遷移金属塩からなる群より選択されるいずれか1または2以上であることを特徴とする超分子ナノ集合体の製造方法。
【請求項3】
請求項1記載の超分子ナノ集合体の製造方法において、前記金属塩が希土類塩であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子であることを特徴とする超分子ナノ集合体の製造方法。
【請求項4】
請求項1記載の超分子ナノ集合体の製造方法において、前記金属塩がMn塩、Fe塩、Co塩、Ni塩、Cu塩、Zn塩、Cd塩、Pd塩、Pt塩、Ag塩からなる群より選択される1または2以上であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子およびナノファイバーのいずれかであることを特徴とする超分子ナノ集合体の製造方法。
【請求項5】
室温の水中で混合した金属塩およびヌクレオチドの自己組織化により形成されることを特徴とする超分子ナノ集合体。
【請求項6】
請求項5記載の超分子ナノ集合体において、前記金属塩と前記ヌクレオチドとのモル比が電気的中性条件を満たすことを特徴とする超分子ナノ集合体。
【請求項7】
請求項5記載の超分子ナノ集合体において、前記金属塩が、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩からなる群より選択されるいずれか1または2以上であることを特徴とする超分子ナノ集合体。
【請求項8】
請求項5記載の超分子ナノ集合体において、前記金属塩が希土類塩であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子であることを特徴とする超分子ナノ集合体。
【請求項9】
請求項8記載の超分子ナノ集合体において、表面がアニオン基を有する化合物で被覆されていることを特徴とする超分子ナノ集合体。
【請求項10】
請求項8および9のいずれか1項に記載の超分子ナノ集合体において、前記希土類塩がTb塩であり、前記ヌクレオチドが5’−GMPであることを特徴とする超分子ナノ集合体。
【請求項11】
請求項5記載の超分子ナノ集合体において、前記金属塩がMn塩、Fe塩、Co塩、Ni塩、Cu塩、Zn塩、Cd塩、Pd塩、Pt塩、Ag塩からなる群より選択される1または2以上であり、前記超分子ナノ集合体がナノ粒子およびナノファイバーのいずれかであることを特徴とする超分子ナノ集合体。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−221370(P2008−221370A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−60597(P2007−60597)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】