説明

超臨界水又は亜臨界水中での応力腐食割れ感受性低減方法

【課題】応力腐食割れ感受性を低減するとともに、内部全面の腐食速度上昇を抑制し得る、反応容器材料の応力腐食割れ感受性低減方法を提供する。
【解決手段】本発明は、金属製反応装置内で超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水にて有機物を処理するときの反応装置材料の応力腐食割れ感受性を低減する方法の改良である。その特徴ある構成は、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水又は反応装置内にギ酸を注入するところにある。具体的には、反応装置材料の材質がステンレス鋼のときは、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.02mol〜0.5molの割合で注入し、反応装置材料の材質がNi基合金のときは、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.002mol〜0.5molの割合で注入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中で有機物を酸化、改質、転換、合成、分解等の処理をする際に生じる反応装置材料の応力腐食割れ感受性を低減する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中で有機物を処理する技術が開発されている。このような超臨界処理技術を使用するための反応装置等を構成する材料として、超臨界状態又は亜臨界状態に維持可能な耐熱耐圧性能を有し、かつ耐食性能を有するステンレス鋼やNi基合金、Co基合金などが使用されている。しかし、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中では、処理物である有機物を処理する際に発生する分解生成物として塩化水素やフッ化水素が多量に存在してしまうことから、これら塩化水素等の化合物を起因として反応装置材料の応力腐食割れが起こることが懸念されている。
具体的には、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水の環境が低酸化性環境での高濃度の酸性環境や高濃度のアルカリ性環境であるとき、特に塩素成分を含むような酸性の環境においては、反応装置材料の応力腐食割れが発生する可能性が高く、また、有機物分解促進剤となる高濃度の酸化剤や水酸化アルカリ溶液の添加によって、超臨界環境で有機物を分解等することにより、分解生成物として塩化水素やフッ化水素が多量に生成されることから、超臨界技術に使用する反応装置材料の応力腐食割れを阻止できる簡便かつ確実な技術が望まれている。
プラントにおいて大事故に繋がる応力腐食割れについては、超臨界プロセスのような新しい環境条件では、その発生臨界が明確化されていない。また、プラントを設計する際に、応力腐食割れ感受性の低い高級材料を使うなどの処置も検討されているが、これらも応力腐食割れを抑制する確実な方法とは言い難い。このため、化学プラント等に使用する材料の寿命予測が難しく、応力除去のための焼鈍等の熱処理が必要であったり、耐食性のある構成部材そのものがない環境もあった。
【0003】
このような応力腐食割れを抑制する技術として、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水にて有機物を分解する方法において、水の溶存酸素濃度が200ppb未満であることを特徴とする有機廃棄物の処理方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。また、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水にて有機物を分解する方法において、水の溶存酸素濃度が200ppb以下及び水蒸気改質触媒存在のもとで有機物を分解することを特徴とする有機廃棄物の処理方法が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。上記特許文献1又は2に示される方法では、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中に不活性ガスを吹き込んだり、水素やヒドラジン、モルホリン等を還元剤として注入したりすることにより、水中に存在する溶存酸素の濃度を低減し、応力腐食割れを防止しつつ有機物の加水分解及び酸化分解を効果的に実施する。
【特許文献1】特開平11−165142号公報(請求項1〜4、段落[0082])
【特許文献2】特開平11−285677号公報(請求項1〜4)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1又は特許文献2に示される超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中に水素を添加する有機廃棄物の処理方法では、水素の添加により環境が還元雰囲気になることにより、反応装置を構成する金属材料の耐食性被膜として働いている不動態被膜の生成や再生が阻害され、金属の保護性を奪う。例えば、ステンレス鋼では、その表面にクロムを含む酸化被膜が不動態被膜として形成されるが、水素の添加により、ステンレス鋼は自己不動態化が困難となり、活性溶解する可能性が大きくなる。このため、還元性雰囲気では一般に使われているような耐食材料の保護性が期待できないという問題があった。即ち、水素を単独に添加する場合には、応力腐食割れ感受性を低減させる可能性がある反面、材料金属の耐食性能を奪ってしまうおそれがあった。また、水素を注入する装置を付加すると処理装置が複雑となってしまいコストが上昇する問題もあり、また安全性の面、技術的な面から考えて実用的とは言い難い。
また、上記特許文献1又は特許文献2に示される超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中にヒドラジン等を添加する有機廃棄物の処理方法では、ヒドラジン等は水素と窒素に分解するため、脱気作用により水中に存在する酸素を除去することはできるが、水素添加の場合と同様に、不動態被膜の再生を阻害し、結果として不動態によって耐食性を維持していた金属材料の耐食性が損なわれ、装置材料の内部全面にわたって腐食が進む危険性が高い。
【0005】
本発明の目的は、応力腐食割れ感受性を低減するとともに、反応装置内部の腐食速度上昇を抑制し得る、反応装置材料の超臨界水又は亜臨界水中での応力腐食割れ感受性低減方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に係る発明は、金属製反応装置内で超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水にて有機物を処理するときの反応装置材料の応力腐食割れ感受性を低減する方法の改良である。その特徴ある構成は、水又は反応装置内にギ酸を注入するところにある。
請求項1に係る発明では、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水又は反応装置内にギ酸を注入することで、このギ酸が水素と二酸化炭素とに分解する。分解により生じた水素は、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中に存在する溶存酸素と反応するため、装置材料である金属の酸化抑制効果が得られ、装置材料の応力腐食割れ感受性を低減する。また、高温環境の二酸化炭素によって生成する酸化被膜が、金属材料の耐食性被膜として働いている不動態被膜の還元を抑える効果があり、反応装置内部の腐食速度上昇を抑制する二重の効果が得られる。
【0007】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明であって、反応装置材料の材質がステンレス鋼であって、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.02mol〜0.5molの割合で注入する方法である。
請求項3に係る発明は、請求項1に係る発明であって、反応装置材料の材質がNi基合金であって、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.002mol〜0.5molの割合で注入する方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の反応装置材料の応力腐食割れ感受性低減方法では、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水又は反応装置内にギ酸を注入することで、ギ酸が水素と二酸化炭素とに分解する。分解により生じた水素は、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中に存在する溶存酸素と反応するため、装置材料である金属の酸化抑制効果が得られ、装置材料の応力腐食割れ感受性を低減する。また、高温環境の二酸化炭素によって生成する酸化被膜が、金属材料の耐食性被膜として働いている不動態被膜の還元を抑える効果があり、反応装置内部の腐食速度上昇を抑制する二重の効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
次に本発明を実施するための最良の形態を説明する。
本発明の反応装置材料の応力腐食割れ感受性低減方法は、金属製反応装置内で超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水にて有機物を処理する際の水又は反応装置内にギ酸を注入することを特徴とする。ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水又は反応装置内に注入することで、先ず、ギ酸は水素と二酸化炭素とに分離する。分解により生じた水素ガスの一部は、超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水中に存在する溶存酸素と反応して水分子となるため、応力腐食割れの原因となる溶存酸素を取除くことができ、装置材料である金属の酸化抑制効果が得られる。結果として、装置材料の応力腐食割れ感受性が低減される。
【0010】
残りの水素ガスは、反応装置内の雰囲気が還元性雰囲気であると、反応装置を構成する金属の耐食性被膜として働いている不動態被膜の生成を阻害して保護性を奪う方向に働くが、本発明の応力腐食割れ感受性低減方法では、注入したギ酸の分解により二酸化炭素によって生成する被膜が、金属材料の耐食性被膜として働いている不動態被膜の還元を抑えるように働くため、反応装置内部の腐食速度上昇を抑制することができる。
具体的には、反応装置材料の材質がステンレス鋼のときは、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.02mol〜0.5molの割合で注入することが好ましい。ステンレス鋼としては、SUS316、304、347等が挙げられる。また、反応装置材料の材質がNi基合金のときは、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.002mol〜0.5molの割合で注入することが好ましい。Ni基合金としては、ハステロイ、インコネル、MCアロイ、MAT21等が挙げられる。
【実施例】
【0011】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
<実施例1〜4>
先ず、ゲージ部がφ3mm×20mmに形成された次の表1に示す材料からなる平滑丸棒表面を#1200番のエメリー紙で研磨した後、アセトン脱脂したものを試験片として用意した。表1に各試験片を構成する元素組成を示す。
【0012】
【表1】

【0013】
また図1に示す試験装置を用意した。この試験装置10は、超臨界状態に維持可能な耐熱耐圧容器11、超臨界水供給手段12、ギ酸注入手段13及び超臨界水排出手段14をそれぞれ備えた装置であり、試験対象となる試験片を超臨界状態に維持しながら、引張りの負荷を同時にかけられる装置である。耐熱耐圧容器11の内部には、試験片の両端が垂直に位置するように固定する上固定部及び下固定部からなる図示しない固定手段が設けられ、容器11頂部にはこの固定手段の上固定部に接続し、固定された試験片に対して所望の引張り負荷をかけるための引張り負荷制御手段11aが備えられ、容器11外周には超臨界温度に維持するためのヒータ16が設けられる。超臨界水供給手段12には、純水貯留槽17と、この純水貯留槽17から耐熱耐圧容器11内に純水を供給する配管18が設置される。配管18には高圧供給ポンプ19、開閉バルブ21及びプレヒータ22がそれぞれ設けられる。また、塩酸貯留槽23と、この塩酸貯留槽23から耐熱耐圧容器11内に塩酸を供給する配管24が設置され、配管18の開閉バルブ21とプレヒータ22の間に接続される。配管24には高圧供給ポンプ26及び開閉バルブ27が設けられる。ギ酸注入手段13には、ギ酸貯留槽28と、このギ酸貯留槽28から耐熱耐圧容器11内にギ酸を供給する配管29が設置され、配管18のプレヒータ22と耐熱耐圧容器11の間に接続される。配管29には高圧供給ポンプ31、開閉バルブ32及びプレヒータ33がそれぞれ設けられる。超臨界水排出手段14には、耐熱耐圧容器11内部から超臨界状態に維持した水を排出する配管34が備えられる。配管34には放熱板36、水冷式冷却器37及びドレインバルブ38がそれぞれ備えられる。配管34の他方は、図示しないドレインタンクが接続され、排出した水を貯留するように構成されている。
【0014】
このような構成を有する試験装置10を使用して試験片に対して以下のような応力腐食割れ感受性試験を行った。
先ず、このような構成を有する試験装置10の耐熱耐圧容器11内に試験片を封入し、耐熱耐圧容器11内の固定手段により試験片の両端を固定した。次いで、開閉バルブ21を開けて純水貯留槽17から純水を耐熱耐圧容器11内に導入した。純水は純水貯留槽17から耐熱耐圧容器11までの間に、25MPaに昇圧し、続いて所定の温度に昇温した。続いて開閉バルブ27を開けて所定の濃度に調整された塩酸水溶液を貯留した塩酸貯留槽23から塩酸水溶液を耐熱耐圧容器11に導入した。塩酸水溶液は上記純水と同圧にまで昇圧しながら供給した。塩酸水溶液供給量は、耐熱耐圧容器11内に導入した純水に対して0.01mol濃度となるように制御した。耐熱耐圧容器11内に導入した0.01mol濃度塩酸水溶液を耐熱耐圧容器11の外周に設けられたヒータ16により400℃にまで昇温して超臨界状態に維持した。次に、開閉バルブ32を開けてギ酸貯留槽28からギ酸を純水に対して0.02molの割合となるように耐熱耐圧容器11内に注入した。この状態を維持して試験片と、ギ酸が0.02mol、塩酸が0.01mol濃度に調製された超臨界水とを接触させた。その後、2.6×10-6/sのひずみ速度となるように引張り負荷制御手段11aによりひずみ速度を制御しながら容器11内部に固定した試験片に対して引張り応力を負荷し、試験片が切断するまで試験を行った。試験片切断後は、ドレインバルブ38を開けて配管34から超臨界水を冷却しながら排出し、耐熱耐圧容器11より切断された試験片を取出した。
【0015】
<比較例1〜4>
超臨界状態に維持した水中にギ酸を注入しない以外は実施例1〜4と同様にして応力腐食割れ感受性試験を行った。
【0016】
<比較試験1>
上記実施例1〜4及び比較例1〜4の試験を終えた切断試験片断面を測定し、断面全体に対する粒界応力腐食割れ破面を示している部分の比率を応力腐食割れ感受性として求めた。得られた結果を図2に示す。
【0017】
図2より明らかなように、超臨界状態に維持した水中にギ酸を注入しなかった比較例1〜4のうち、試験片中のクロム含有割合が低い比較例1〜3は、応力腐食割れ感受性が高い傾向が見られた。この結果から過酷な環境で従来より超臨界技術に使用されている装置材料をそのまま用いることにより、応力腐食割れが発生することが裏付けられた。これに対して超臨界状態に維持した水中にギ酸を注入した実施例1〜4では、全ての試験片で応力腐食割れ感受性が0%と、優れた結果が得られた。なお、実施例及び比較例4で使用した試験片は、クロム含有割合が高い材料を使用していたため、今回行った試験範囲では応力腐食割れ感受性はともに0%であった。
また、実施例2〜4の試験片について、ギ酸を0.002molの注入量として上記同様の試験を行ったところ、応力腐食割れ感受性が0%となった。この結果から、ギ酸注入量が0.002molで十分にその効果が得られることを確認した。更に、塩酸に代えて超臨界状態に維持した水中にNaOHを加えた環境で上記同様の試験を行ったところ、水中にギ酸を注入しない比較例1〜4のうち、試験片がNi基合金からなる比較例2〜4で特に応力腐食割れ感受性が高かったが、水中にギ酸を注入した実施例1〜4では全ての試験片で応力腐食割れ感受性が0%と、優れた結果が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例に使用した試験装置の模式図。
【図2】実施例及び比較例における応力腐食割れ感受性試験結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製反応装置内で超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水にて有機物を処理するときの前記反応装置材料の応力腐食割れ感受性を低減する方法において、
前記水又は前記反応装置内にギ酸を注入することを特徴とする反応装置材料の応力腐食割れ感受性低減方法。
【請求項2】
反応装置材料の材質がステンレス鋼であって、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.02mol〜0.5molの割合で注入する請求項1記載の方法。
【請求項3】
反応装置材料の材質がNi基合金であって、ギ酸を超臨界状態又は亜臨界状態に維持した水に対して0.002mol〜0.5molの割合で注入する請求項1記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−116447(P2006−116447A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−307736(P2004−307736)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年9月30日 社団法人日本金属学会主催の「日本金属学会2004年秋季(第135回)大会」において文書をもって発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構 超臨界流体利用環境負荷低減技術研究開発委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】