説明

超臨界流体を用いた化合物半導体膜の製造方法

【課題】太陽電池に用いられる化合物半導体膜においてはおり大面積・均一・低コストの生産性の高い製造プロセスが求められている。本実施例では、これらの化合物半導体膜の低温での大面積薄膜製造を可能ならしめる新しいプロセスを見出した。
【解決手段】我々は超臨界流体を反応溶媒として用いることで、低毒性な有機化合物を添加元素ソースとして、金属膜の変換による化合物半導体膜の製造プロセスを低温で行うことに成功した。一例として、セレン化プロセスをあげると、300℃という低温環境下において、添加元素ソースとして、毒性の低いジエチルセレンを用い、CuIn前駆体合金膜をセレン化することによりCuInSe化合物半導体膜を1時間程度の短時間で作製することに成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超臨界流体を用いた化合物半導体膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超臨界流体(以下SCF)は、密度、粘度、誘電率などの特性を、温度圧力により、連続的に調整し得る、環境調和型溶媒として、研究開発が進められてきた。超臨界流体の反応溶媒としての特長の一つに液体並みの高密度・高溶解度と高拡散係数を両立できることが挙げられ、そのため超臨界流体は、化学合成、抽出/分離、材料プロセスといった様々な工業分野に応用されている。
【0003】
超臨界流体の中で、非会合性流体(例えば二酸化炭素、フルオロホルム、エタン)は、穏和な臨界温度という長所を有しているが、共溶媒の添加無しでは揮発性の少ない、または無い化合物の溶解度は極端に低いという短所を持つ。一方、超臨界水は、高い溶解度を有する反面、高温に寄る分解の促進に起因した酸化反応を除き、ほとんどの化学合成を行うことができないという短所がある。それらと比較し、アルコールは比較的穏和な臨界点を持ち、超臨界水よりも非破壊的で、超臨界二酸化炭素よりも反応性が高いという特徴を有している。そのため超臨界アルコールは、第三級アルコールの触媒エーテル化反応、トルエンのアルキル化によるp−エチルトルエンの合成反応、アルデヒドやケトンの無触媒・還元的水素転移反応といった様々な選択的反応に用いられている。一方材料プロセスにおいても、超臨界二酸化炭素中に添加したアルコール類が超臨界CVD法において有機金属化合物の還元を促進することが良く知られており、近年超臨界アルコール中において窒化金属の還元による金属微粒子の合成が報告されている。
【0004】
例えば、非特許文献1〜3では、有機金属Seを用いたセレン化プロセスが開示されている。しかし、Cu−InやCu−In−Gaの前駆体金属膜のセレン化には490℃を超える高温が不可欠である。また、非特許文献4では、超臨界流体を用いたCIS微粒子合成技術(ただし、CIS膜を得るためには、後処理として500℃でのセレン化処理を追加する必要がある)が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】S. Chichibu, S. Shirakata, S. Isomura and H. Nakanishi. Jpn. J. Appl. Phys. 36 (1997), p. 1703
【非特許文献2】S.F. Chichibu, M. Sugiyama, M. Ohbasami, A. Hayakawa, T. Mizutani, H. Nakanishi, T. Negami and T. Wada. J. Cryst. Growth 243 (2002), p. 404.
【非特許文献3】S. Ando, N. Takayama1, M. Sugiyama, H. Nakanishi, and S. F. Chichibu, Phys. Status Solidi C 6, No. 5, 1038−1042 (2009)
【非特許文献4】P. Luo, P. Yu, R. Zuo, J. Jin, Y. Ding, J. Song, Y. Chen, Physica B 405 (2010) 3294−3298
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
太陽電池に用いられる化合物半導体膜においてはおり大面積・均一・低コストの生産性の高い製造プロセスが求められている。
【0007】
本実施例では、超臨界流体を反応溶媒兼、還元剤として用いることで、化合物半導体膜の低温での大面積薄膜製造を可能ならしめる新しいプロセスを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
添加元素ソースを含む超臨界流体中で前駆体金属膜を熱処理し、化合物半導体膜を製造することを特徴としている。
【0009】
本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
超臨界流体が、アルコールまたは水であることを特徴としている。
【0010】
本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
熱処理温度が、臨界温度以上490℃以下であることを特徴としている。
【0011】
本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
添加元素ソースが、少なくとも1つの有機化合物から成ることを特徴としている。
【0012】
本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
添加元素ソースが、有機セレン、有機硫黄、有機窒素、有機砒素及び有機テルルの少なくとも一つからなることを特徴としている。
【0013】
本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
化合物半導体膜が、CuInSe又はCuInGaSe又はCuInAlSe又はCuGaAlSe又はCuInS又はCuInGaS又はCuInAlS又はCuGaAlS又はCdS又はCdSe又はCdTe又はInN又はGaN又はInGaN又はInAs又はGaAs又はInGaAsであることを特徴としている。
【0014】
本発明の化合物半導体膜の製造方法は、
前駆体金属膜が、CuIn又はCuInGa又はCuInAl又はCuGaAl又はCd又はIn又はGa又はInGa、あるいはそれらの酸化物であることを特徴としている。
【0015】
なお、本願において、添加元素ソースとは、前駆体金属膜に所望の化学処理を行うために必要な常温常圧で液体の有機化合物を指す。例えば、化合物をセレン化したい場合には有機セレンが、硫化したい場合には有機硫黄が、窒化したい場合には有機窒素が、砒化したい場合には有機砒素、テルル化したい場合には有機テルルが、添加元素ソースとして選択される。これらの有機化合物は、所望する化学処理に応じて、組み合わせて添加元素ソースとして用いることもできる。
【0016】
また、超臨界流体として用いるアルコールとして例えばメタノール、エタノール、プロパノールを使用することができるが、これらに制限されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】膜の処理工程
【図2】Cu,In前駆体を200から300°Cの温度条件でセレン化することにより得られた膜と、未処理のCu,In前駆体のXRDパターン(エタノール密度0.55g/cm
【図3】Cu,In前駆体を200から300°Cの温度条件でセレン化することにより得られた膜の組成(エタノール密度0.55g/cm
【図4】Cu,In前駆体と、Cu,In前駆体を300℃の条件下でのエタノール密度0から0.55g/cmでセレン化処理することにより得られた膜のXRDパターン
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る化合物半導体膜の製造方法を実施するための形態を実施例に基づいて以下に説明する。
【実施例】
【0019】
Cu,In前駆体膜をスピンコート法によりガラス基板上に作製した。酸化インジウム、酸化銅用のスピンコート剤を調合し、1000rpm,5sの後、3000rpm,10sで基板上にスピンコートした。5分間の真空乾燥後、炭素成分を取り除くため、空気中520℃で酸化させた。その後、450℃、窒素+10%水素雰囲気で脱酸素化処理を施した。上記プロセスを10回繰り返し、2μmの膜を得た。EDXにより測定したところ、前駆体膜のC/O/Cu/Inの組成比は、0/20/40/40であり、これは前駆体膜が、金属と金属酸化物で構成されていることを示している。
【0020】
セレン化プロセスは全て、10mlの内容積を持つバッチタイプの反応容器内で行った。反応容器内に基板を設置し、ジエチルセレンとエタノールを注入する。標準状態における液相系では、ジエチルセレンはエタノールと均一相を形成するため、超臨界状態においても、ジエチルセレンとエタノールが同じく均一混合相を形成していると考えられる。ジエチルセレン濃度は容器内で50mmol/lとなるよう設定した。密閉した容器は専用の炉内で任意の温度に加熱した。反応容器内温は、10分以内で設定温度に到達する。そのため、10分昇温後の60分を反応時間とした。熱せられた反応容器を水浴に漬けることで反応を停止させた。処理された膜はエタノールで繰り返し洗浄し、70℃で乾燥させた。得られた膜の結晶性は、Cu−Kα線を用いたXRDのθ−2θ測定により評価した。膜組成は、SEM,EDXにより決定した。
【0021】
200から300°Cで処理した膜のXRDパターンをFig.2に示す。エタノールの密度は0.55g/cm(臨界密度の二倍)で固定した。未処理の前駆体膜のXRDパターンでは、Cu−In合金やInに由来する回折ピークが見られる。また、室温でジエチルセレンを含むエタノール中に含浸させたのみの膜は、前駆体膜と同一のXRDパターンを示した。
【0022】
臨界温度を下回る200°Cで処理した膜では、前駆体膜と同一のXRDパターンを示すが、250°Cで処理した膜では、CuInSeのカルコパイライト構造に見られる回折パターンが出現した。更に、300°Cで処理した膜では、Cu,In前駆体に由来するピークは消失し、CuInSeの(112),(204)/(220),(116)/(312)方位に対応するピークのみが得られた。
【0023】
次に、EDXで測定した、200から300°Cで処理した膜の組成変化をFig.3に示す。300°Cに至るまで、処理温度の上昇に伴い、膜中におけるセレンの含有率が上昇していく様子が見て取れる。この結果は、処理温度の上昇に伴い、Cu,In前駆体からCuInSeへの変換反応が促進されることを示唆している。この傾向はXRD解析の結果と整合しており、以上のことから、既往の研究ではジエチルセレンを用いると、490℃以上の高温を必要としていたセレン化プロセスを、超臨界エタノールを利用することで、300℃という低温で達成することに成功した。
【0024】
また更に、300°Cに至るまで、処理温度の上昇に伴い、前駆体膜中の酸素含有量が減少することも見出されている。この事実はセレン化プロセスと同時に脱酸素反応が進行していることを示唆しており、我々は、超臨界流体の利用により付与された還元能力がセレン化温度の低下と同時に含酸素成分の除去にも有効に働いたものと考えている。
【0025】
超臨界エタノールのセレン化プロセスへの寄与を明らかとするために、エタノール密度を変化させて実験を行った。Fig.4に300°Cでエタノール密度を0から0.55g/cmまで、変化させて処理した膜XRDパターンを示す。エタノールを含まない条件では、前駆体膜とCuInSeのカルコパイライト構造に由来する回折パターンに加え22.5−24°と28.5−30°に回折パターンが見られた。セレンの(100)と(011)ピークは23.4°29.6°に現れることが知られており、観察されたピークと似通っている。一方、他の結晶相と比較し、これらのピークは低結晶性、またはアモルファス相に見られるような広がりを見せている。SEM観察では、その表面が滑らかな膜でおおわれている様子が観察されており、EDX解析では、その主成分(80%程度)がSeであることが明らかとなった。これらのことから、我々は、エタノールを含まない条件では、セレン化プロセスと並行し、セレンのアモルファス相の形成が進行するという結論に至った。つまり、高温状態ではジエチルセレンがセレンに分解し、その一部は表面でCu,Inの前駆体膜の変換反応に関与することなく堆積すると考えられる。
【0026】
一方、エタノールを含む条件では、XRDパターンにおいてセレンのアモルファス相に起因したパターンは見られなかった。この結果から、我々は、超臨界エタノールが、このセレン化プロセスにおいて必要不可欠な役割を担っているとの結論を得た。本研究におけるセレン化プロセスでは、超臨界エタノールがセレン化反応に関与しないセレン種を溶解することで、アモルファス相の形成を抑制するのではないか、推測している。
【0027】
また、エタノール密度の上昇に伴い、0.5ρのXRDパターンにわずかに見られるセレン化されていないCu,In前駆体に由来するピークが消失していく様子が見て取れる。一般的に、超臨界流体では密度の上昇に伴い、圧力、溶解度、クラスタ状態が上昇、または向上する。現在、密度の変化がセレンの活性に及ぼす影響をより詳細に解析している。
【0028】
結晶サイズの制御が困難であるものの、超臨界流体を利用した半導体ナノ粒子の直接合成に関してはいくつか報告されている。しかしながら、半導体材料合成を目的とした、超臨界流体中での前駆体からの変換反応に関しては、ほとんどその報告はない。変換反応を利用する場合、結晶サイズは前駆体膜の状態に依存するはずであり、より制御された前駆体膜と、本研究で提案した超臨界流体中での変換反応を組み合わせれば、より結晶サイズの制御された低温プロセスへの展開が可能となることが期待される。この変換反応は、硫化、窒化などに応用できるはずであり、将来的に、この超臨界流体中変換反応が化合物半導体の低温低コストプロセスの発展に寄与することが期待される。
【0029】
本研究では超臨界流体エタノール中においてCu,In前駆体膜の変換反応(セレン化反応)によるCIS半導体膜の作製を行った。この新規プロセスを用いることで、従来型のガス雰囲気での熱処理によるセレン化プロセスと比較し、低毒性な有機金属セレンを用いたセレン化プロセス温度の低減に成功した。本結果はCIS/CIGS太陽電池の低コスト作製に貢献するものであり、さらには低コスト、高品質、大面積半導体膜作製プロセスの発展に寄与するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
添加元素ソースを含む超臨界流体中で前駆体金属膜を熱処理し、化合物半導体膜を製造することを特徴とする化合物半導体膜の製造方法。
【請求項2】
超臨界流体が、アルコールまたは水であることを特徴とする請求項1に記載の化合物半導体膜の製造方法。
【請求項3】
熱処理温度が、臨界温度以上490℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の化合物半導体膜の製造方法。
【請求項4】
添加元素ソースが、少なくとも1つの有機化合物から成ることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の化合物半導体膜の製造方法。
【請求項5】
添加元素ソースが、有機セレン、有機硫黄、有機窒素、有機砒素及び有機テルルの少なくとも一つからなることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の化合物半導体膜の製造方法。
【請求項6】
化合物半導体膜が、CuInSe又はCuInGaSe又はCuInAlSe又はCuGaAlSe又はCuInS又はCuInGaS又はCuInAlS又はCuGaAlS又はCdS又はCdSe又はCdTe又はInN又はGaN又はInGaN又はInAs又はGaAs又はInGaAsであることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の化合物半導体膜の製造方法。
【請求項7】
前駆体金属膜が、CuIn又はCuInGa又はCuInAl又はCuGaAl又はCd又はIn又はGa又はInGa、あるいはそれらの酸化物であることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の化合物半導体膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−8799(P2013−8799A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139784(P2011−139784)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】