説明

軟窒化クランクシャフト部材及び軟窒化クランクシャフト用鋼材

【課題】コスト及び製造容易性、疲労強度と曲げ矯正性の優れる軟窒化クランクシャフト部材及びこれに使用される軟窒化クランクシャフト用鋼材の提供。
【解決手段】必須添加元素としてCを質量%で0.25〜0.32%、Siを0.01〜0.15%、Mnを0.55〜0.90%、Cuを0.10〜0.60%、Niを0.05〜0.30%、Crを0.10〜0.20%含み、任意添加元素としてMoを0.05%以下、Nを0.020%以下、s−Alを0.020%以下、且つ、Tiを0.020%以下とし、残部がFe及び不可避的不純物で構成された鋼からなる。主としてフェライト+パーライトの二相組織であってそのフェライト面積率を50%以上とした該鋼の表面の少なくとも一部に軟窒化硬化層を与えた軟窒化クランクシャフト部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面の少なくとも一部に軟窒化処理を施した軟窒化クランクシャフト部材及びこれに使用され得る軟窒化クランクシャフト用鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のレシプロエンジンなどでは、直線往復運動するピストンから回転運動の出力を取り出すためにクランクシャフトが使用されている。このクランクシャフトは、例えば、特許文献2の図でも示されているように、出力軸の回転軸と共通した軸周りにあるジャーナル部と、該回転軸を一定距離だけ平行移動させた軸の軸周りにあるピン部と、該回転軸に沿って所定間隔で複数与えられジャーナル部及びピン部の間を連結するアーム部と、を有している。
【0003】
このような屈曲形状のクランクシャフトの製造方法において、例えば、丸棒の鋼を必要な形状に熱間鍛造して粗成形した後、機械加工してクランクシャフト部材を一体物として得る。その後、必要に応じて、残留応力を取り除く焼きならし処理や、疲労強度を向上させる軟窒化処理又は窒化処理などの表面硬化処理を施して、更に、鍛造時又は表面硬化処理時に生じた曲がりや反りなどを矯正する曲げ矯正処理を与えられて、クランクシャフト部材が提供される。
【0004】
かかる曲げ矯正処理では、曲がり方向と反対方向へ向けた曲げをクランクシャフト部材に与えて矯正が行われる。このとき、特に、軟窒化処理又は窒化処理などの表面硬化処理によって形成された表面硬化層に亀裂が生じやすく、クランクシャフトの破損の原因ともなり得た。そこで過大な歪みを与えることなく曲げ矯正処理を行い得る曲げ矯正性に優れた鋼からなるクランクシャフト部材が求められた。
【0005】
このような要求に応えるべく、平均硬さを抑えるべく、質量%で0.3%程度に炭素量を抑えた中炭素鋼からなるクランクシャフト鋼材が開発された。例えば、特許文献1では、質量%で、C:0.2〜0.6%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.25〜1.0%、S:0.03〜0.2%、Cr:0.2%以下、s−Al:0.045%以下、Ti:0.002〜0.010%、N:0.005〜0.025%、及び、O:0.001〜0.005%を含有し、且つ、0.12×Ti%<O%<2.5×Ti%および0.04×N%<O%<0.7×N%の条件を満たす軟窒化クランクシャフト用鋼材が開示されている。
【0006】
ところで、原材料のスクラップ中にトラップエレメントとして存在し得るCuを積極的に使用して上記したような要求への解決策と出来れば、コスト及び製造容易性の観点から非常に好ましい。例えば、非特許文献1では、中炭素鋼にCuを添加することでフェライトを固溶強化し耐力を向上せしめ得るとともに、軟窒化によって形成される化合物層をより硬くしかも薄く形成し得ることについて述べている。つまり、中炭素鋼にCuを添加して曲げ矯正性に優れしかも疲労強度にも優れる軟窒化クランクシャフト部材を得られることが期待される。
【0007】
Cuを含む中炭素鋼からなる軟窒化クランクシャフト用鋼材としては、例えば、特許文献2では、質量%で、C:0.30%以上0.50%以下、Si:0.05%以上0.30%以下、Mn:0.50%以上1.00%以下、S:0.03%以上0.20%以下、Cu:0.05%以上0.60%以下、Ni:0.02%以上1.00%以下、Cr:0.05%以上0.30%以下を含有し、Cu、Ni及びCrの各含有率(単位:質量%)をそれぞれWCu、WNi及びWCrとして、組成パラメータF1及びF2をそれぞれ、F1=185WCr+50WCu、F2=8+4WNi+1.5WCu−44WCrとしたとき、F1>20、且つ、F2>0の条件を満たす軟窒化クランクシャフト用鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−226939号公報
【特許文献2】特開2007−197812号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】電気製鋼、第77巻第1号、2006年2月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
クランクシャフトへの要求性能が高まるとともに、コスト及び製造容易性に優れつつ、高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できるクランクシャフト部材の開発が期待されている。
【0011】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、コスト及び製造容易性に優れつつ、従来のクランクシャフト部材に比較して、高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できる、表面の少なくとも一部に軟窒化処理を施した軟窒化クランクシャフト部材及びこれに使用され得る軟窒化クランクシャフト用鋼材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、中炭素鋼において炭素量を減じて軟窒化クランクシャフト部材としての曲げ矯正性を高めるとともに、炭素量を減じたことによる耐力の低下に対して所定量のCuの添加で疲労強度にも優れるクランクシャフト鋼材を得られることを見い出した。その一方で、軟窒化による表面硬化処理層に対して大きな影響を与えるNiに対してCuを所定の範囲内に規定することで、表面硬化処理層の最表面に形成される化合物層の成長を抑制できることを更に見い出した。そこでCuの添加量に対する他の元素の影響を数多くの試験を行って評価し、各試験での元素間の影響を重回帰計算により補完して本発明に到った。すなわち、本発明によるクランクシャフト鋼材によれば、公知の軟窒化処理によっても特異な表面硬化処理層を与えたクランクシャフト部材を得られるのである。
【0013】
すなわち、本発明による軟窒化クランクシャフト部材は、必須添加元素と、任意に含まれ得る任意添加元素と、を添加元素とした質量%で0.25〜0.32%のCを含み、残部をFe及び不可避的不純物で構成された鋼からなり、主としてフェライト+パーライトの二相組織であってそのフェライト面積率を50%以上とした該鋼の表面の少なくとも一部に軟窒化硬化層を与えた軟窒化クランクシャフト部材であって、前記必須添加元素をC、Si、Mn、Cu、Ni、及び、Crとして、前記任意添加元素をMo、N、s−Al及びTiとして、前記添加元素において、質量%で、Siを0.01〜0.15%の範囲内、Mnを0.55〜0.90%の範囲内、Cuを0.10〜0.60%の範囲内、Niを0.05〜0.30%の範囲内、Crを0.10〜0.20%の範囲内、Moを0.05%以下、Nを0.020%以下、s−Alを0.020%以下、且つ、Tiを0.020%以下の範囲とした上で、Ceq=C+0.07×Si+0.16×Mn+0.19×Cu+0.17×Ni+0.2×Cr+0.4×Moに対して、0.43≦Ceq≦0.53であり、Creq=0.55×C+0.06×Si+0.18×Mn+0.09×Cu+0.47×Mo+1.0×Crに対して、0.38≦Creq≦0.47であり、NiのCuに対する質量%比において、0.50≦Ni/Cu≦1.00とし、不可避的不純物であるPを質量%で0.03%以下、Sを0.15%以下に抑えることで、前記軟窒化硬化層の表面化合物層の厚さを10〜35μmに抑制しながら前記表面化合物層の下の窒素拡散層の拡散深さを700μm以上としたことを特徴とする。
【0014】
かかる発明によれば、従来のクランクシャフト部材に比較して、高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できる。つまり、比較的低い炭素量でありながら所定量のCuの添加で耐力を高めて疲労強度を向上させた一方、軟窒化硬化層の表面化合物層の厚さを10〜35μmに抑制しながら、表面化合物層の下の窒素拡散層の拡散深さを700μm以上に広げた特異な軟窒化硬化層を与え得る。かかる特異な軟窒化硬化層は、C、Si、Mn、Cu、Ni、及び、Crの必須添加元素を少なくとも所定量で鋼に添加することで達成し得る。特に、Cuの添加量が0.10%以上であり得るので、スクラップ中のトラップエレメントを利用でき、更に、コスト及び製造容易性に優れたクランクシャフトを与え得るのである。
【0015】
上記した発明において、前記表面化合物層よりも少なくとも50μm以上の深部での前記窒素拡散層の最大硬さを芯部硬さに対してHV比で1.65以上としたことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、クランクシャフト部材としてのより高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できる。
【0016】
また、上記した発明において、前記芯部硬さをHV160〜190の範囲内としたことを特徴としてもよい。また、前記窒素拡散層の前記最大硬さをHV280〜330の範囲内としたことを特徴としてもよい。上記したような特異な軟窒化硬化層を与えられる軟窒化クランクシャフト部材において、より高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できるのである。
【0017】
更に、本発明による軟窒化クランクシャフト用鋼材は、必須添加元素と、任意に含まれ得る任意添加元素と、を添加元素とした質量%で0.25〜0.32%のCを含み、残部をFe及び不可避的不純物で構成された鋼からなり、主としてフェライト+パーライトの二相組織であってそのフェライト面積率を50%以上とした軟窒化クランクシャフト用鋼材であって、前記必須添加元素をC、Si、Mn、Cu、Ni、及び、Crとして、前記任意添加元素をMo、N、s−Al及びTiとして、前記添加元素において、質量%で、Siを0.01〜0.15%の範囲内、Mnを0.55〜0.90%の範囲内、Cuを0.10〜0.60%の範囲内、Niを0.05〜0.30%の範囲内、Crを0.10〜0.20%の範囲内、Moを0.05%以下、Nを0.020%以下、s−Alを0.020%以下、且つ、Tiを0.020%以下の範囲とした上で、Ceq=C+0.07×Si+0.16×Mn+0.19×Cu+0.17×Ni+0.2×Cr+0.4×Moに対して、0.43≦Ceq≦0.53であり、Creq=0.55×C+0.06×Si+0.18×Mn+0.09×Cu+0.47×Mo+1.0×Crとすると、0.38≦Creq≦0.47であり、NiのCuに対する質量%比において、0.50≦Ni/Cu≦1.00とし、且つ、不可避的不純物であるPを質量%で0.03%以下、Sを0.15%以下に抑えたことを特徴とする。
【0018】
かかる発明によれば、従来のクランクシャフト部材に比較して、高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を与え得る。つまり、比較的低い炭素量でありながら所定量のCuの添加で耐力を高めて疲労強度を向上させた一方、このような鋼材では、軟窒化硬化層の表面化合物層の厚さを所定の厚さ以下に抑制しながら、表面化合物層の下の窒素拡散層の拡散深さを所定以上に大きく広げたような特異な軟窒化硬化層を与え得るからである。かかる特異な軟窒化硬化層は、C、Si、Mn、Cu、Ni、及び、Crの必須添加元素を少なくとも所定量で鋼に添加することで達成し得る。特に、Cuの添加量が0.10%以上であり得るので、スクラップ中のトラップエレメントを利用でき、更に、コスト及び製造容易性に優れたクランクシャフトを与え得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明及び比較例のクランクシャフト用鋼材の成分組成である。
【図2】クランクシャフトの製造工程のフロー図である。
【図3】クランクシャフトの平面図である。
【図4】本発明によるクランクシャフト部材の軟窒化硬化層の断面を表す図である。
【図5】図1のクランクシャフト用鋼材についての各種試験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明によるクランクシャフト部材及びこのためのクランクシャフト用鋼材のいくつかの実施例について詳細を説明する。
【0021】
まず、図2に従って、クランクシャフト部材の製造方法について説明する。
【0022】
図1の成分組成に示すように、実施例としてのクランクシャフト用鋼材は、中炭素鋼であって、その中でも比較的炭素量の少ない質量%で0.25〜0.32%のCを含む鋼である。一般的な原材料のスクラップ中にトラップエレメントとして存在し得るCuを必須添加元素として含み得ることを1つの大きな特徴とする。
【0023】
図1の成分組成の鋼材を最終製品の形状(図3参照)に近づけるよう、必要に応じて熱間鍛造などの成形加工を施した後(S1)、制御冷却を含む熱処理(S2)を施して、主として、フェライト+パーライトの二相組織を有する実施例としてのクランクシャフト用鋼材を得る。
【0024】
かかるクランクシャフト用鋼材に対して、必要に応じて機械加工(S3)を与えた後、表面の少なくとも一部に軟窒化硬化層を与える軟窒化処理を施し(S4)、実施例としての軟窒化クランクシャフト部材を得る。
【0025】
ここで、図3に示すように、例えば、最終製品であるクランクシャフト1は、出力軸の回転軸Xと共通した軸周りにあるジャーナル部2と、回転軸Xから一定距離だけ離間させた軸周りにあるピン部3と、回転軸Xに沿って所定間隔で複数与えられジャーナル部2及びピン部3の間を連結するアーム部4と、からなる屈曲形状を有している。
【0026】
クランクシャフト1は、その屈曲形状から応力の集中しやすいジャーナル部2とアーム部4の接続部や、ピン部3とアーム部4の接続部などの付け根R部6などに、クランクシャフト1の全体としての疲労強度を上げるための処理である、窒素を表面から拡散させる軟窒化処理を施すのである。
【0027】
軟窒化処理(S4)後、軟窒化クランクシャフト部材には、必要に応じて曲げ矯正処理を施す(S5)。曲げ矯正処理は、曲り方向と反対方向に曲げ歪みを与える処理である。
【0028】
次に、軟窒化処理(S4)について詳細を説明する。図4(a)に示すように、フェライト+パーライトの二相組織を有するクランクシャフト鋼材の表面から軟窒化処理を施すと、最表面には窒化物を含む化合物からなる表面化合物層11が形成される。また、その内側には窒素の拡散した窒素拡散層12が形成される。芯部13は、クランクシャフト鋼材のままのフェライト+パーライトの二相組織である。
【0029】
図4(b)に示すように、表面化合物層11は化合物からなる故に非常に硬い。その下の窒素拡散層12は、表面から表面化合物層11を通過して与えられる窒素を内部へ向けて拡散させた層であって、表面化合物層11に近い側で最も硬く、徐々に硬さは低下し、やがて芯部13と同じ硬さとなる。なお、芯部13よりも少なくとも硬い表面化合物層11と窒素拡散層12とを合わせて表面硬化層10とも称する。
【0030】
最終的なクランクシャフト1の疲労強度をより高めるには、窒素拡散層12の最大硬さを高く、拡散深さを深くすることが好ましい。一方、表面化合物層11は、硬いため脆く、クラックを生じさせないよう、一般的には、硬さを一定にしつつ、厚さを薄くすることが好ましい。そこで、クランクシャフト1の疲労強度を向上させるにあたって、軟窒化処理(S4)による表面硬化層10をどのように形成するかについて説明する。
【0031】
図4(b)に示すように、軟窒化処理(図2、S4)の施工時間を長くすることで、窒素拡散層12の最大硬さ(化合物層11直下の硬さ)を高く、拡散深さを深くすることができる。つまり、図4(b)の曲線21から曲線23へと変化させ得る。しかしながら、表面化合物層11の厚さも大きくなってしまうのである。
【0032】
そこで、中炭素鋼において炭素量を減じた質量%で0.25〜0.32%のCを含み、その一方で、Cuを添加して疲労強度を高めた鋼材について、軟窒化処理を行って実験を行っている。その詳細を説明する。
【0033】
図1に示す各成分を有する鋼材(上記したように、検討した鋼は0.25〜0.32%のCを含み且つCuを添加した鋼材であるが、比較例として、質量%で0.32%よりもCを多い鋼からなる比較例11及び15、また、質量%で0.25%よりもCの少ない鋼からなる比較例14についてもここに合わせて示した)を高周波誘導炉で溶製、鋳造し、インゴットを得た。各インゴットを70mm角に粗鍛造し、これを1200℃で90分間加熱した後に、40mm角まで熱間鍛造した。このときの終止温度は少なくとも950℃以上であって、鍛造角材は少なくとも700〜600℃の温度範囲を約0.2〜0.5℃/sの冷却速度となるように制御冷却し角材を得た。かかる角材に対して、600℃で2時間のガス軟窒化処理(ガス流量比 NH:N:CO=53:42:5)を施した後に、80℃の油浴中に焼き入れて試験片を得た。
【0034】
次に、試験片の軟窒化処理の影響を測定した。各試験片について、断面を切り出し、研磨してピクラールで腐食させた。これらについて、表面化合物層11の厚さ(Dc)及び硬さ(Hc)、窒素拡散層12の最大硬さ(表面化合物層11から50μm深さ位置での硬さ、Hd)及び拡散深さ(Dd)、芯部硬さ(表面化合物層11から2mmの深さ位置での硬さ、Hb)を測定した。なお、硬さはビッカース硬度計によって測定した。また、断面に占めるフェライトの占める比率を光学画像から画像解析によって求め、フェライト面積率を測定した。
【0035】
以上の結果、いくつかの鋼材において、従来の鋼材よりも、表面化合物層11の厚さを薄くしたまま、窒素拡散層12の硬さを高く、且つ、拡散深さを大と出来得ることを見いだした。例えば、1つのクランクシャフト部材の理想的な表面硬化層10のスペックLとして考えられる、
表面化合物層11の厚さ(Dc)を10〜35μm以下
窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)をHV280〜330
窒素拡散層12の拡散深さ(Dd)を700μm以上
芯部13の硬さ(Hb)をHV160〜190
を達成し得ることが分かった。
【0036】
図5に示すように、窒素拡散層12の拡散深さ(Dd)については比較例14及び16以外の鋼材においてスペックLを満たしていた。このときの表面化合物層11の厚さ(Dc)については、実施例ではスペックLを満たしていたが、少なくとも比較例17ではスペックLを満たしていなかった。さらに、芯部13の硬さ(Hb)については、比較例14だけがスペックLを満たしていなかった。さらに、窒素拡散層の最大硬さ(Hd)については、比較例12、13、15、16及び18の鋼材においてスペックLを満たしておらず、いずれも下限値以下であった。
【0037】
ところで、上記したようにCuを添加した一方で、このCuは熱間鍛造時に溶出し、結果として、クランクシャフト用鋼材の耐力に大きな影響を与えることが判った。これに対して、Niを一定量だけ添加することを試みた。これによれば、NiをCuに対する質量%比において、
0.50≦Ni/Cu≦1.00
で含む場合、Cuの熱間鍛造時の溶出を抑制できることが観察により判った。
【0038】
ところで、上記したスペックLを満たす実施例にかかる鋼材について、重回帰計算によって窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)に影響を大きく与え得る添加元素であるC、Si、Mn、Cu、Cr、及び、Moの寄与をCreq値として以下の式にまとめた。すなわち、
req値=0.55×C+0.06×Si+0.18×Mn+
0.09×Cu+0.47×Mo+1.0×Cr (式1)
である。これによればCreq値の範囲が0.380〜0.470のとき、図1の実施例と一群のクランクシャフト用鋼材を得られる。すなわち、少なくとも上記した軟窒化処理工程によれば、スペックLの窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)の範囲を満たすクランクシャフト用部材を与え得るのである。
【0039】
一方、比較例12、13、15、16及び18に挙げた鋼材については、少なくとも上記した軟窒化処理工程によっては、スペックLの窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)の範囲を外れている。これらにおいて、Creq値は0.380〜0.470の範囲に無い。逆に、Cの少ない比較例14を除けば、比較例11及び17は、前記した最大硬さ(Hd)の範囲にあり、これらにおいては、Creq値は0.380〜0.470の範囲内にある。このことからも、Creq値の範囲と窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)との間の関係を確認することができる。
【0040】
次に、クランクシャフト1の疲労強度と、クランクシャフト用鋼材の耐力との関係について説明する。
【0041】
最終的なクランクシャフト1の疲労強度をより高めるには、窒素拡散層12についてだけでなく、クランクシャフト用鋼材の耐力を高めることが好ましい。ところが、耐力を高めることは一般に、曲げ矯正処理(S5)を困難にさせ得る。故に、耐力に関連する硬さを用いて、この硬さが一定の値程度であることが求められる。これは上記した芯部13の硬さ(Hb)であって、160〜190HV程度とされる。上記したスペックLの窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)との硬さ比が窒素拡散層12内の硬さの傾斜になるが、最大硬さ(Hd)は280〜330HV程度であり、このときHV比で1.65以上となる。
【0042】
ここで、軟窒化処理における窒素拡散層12の最大硬さ(Hd)と同様に、重回帰計算によって芯部硬さ(Hb)に影響を大きく与え得る添加元素であるC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、及び、Moの寄与をCeq値として以下の式にまとめた。すなわち、
eq値=C+0.07×Si+0.16×Mn+0.19×Cu
+0.17×Ni+0.2×Cr+0.4×Mo (式2)
である。これによれば、Ceq値の範囲が0.430〜0.530のとき、図1の実施例と一群のクランクシャフト用鋼材として、上記した芯部硬さ(Hb)を満たすクランクシャフト部材(クランクシャフト鋼材)を与え得るのである。
【0043】
図5に示すように、比較例15及び16を除き、少なくとも実施例にかかるクランクシャフト鋼材では、いずれもフェライト面積率は50%以上であった。なお、フェライト面積率が80%を越えると、芯部硬さ(Hb)が大きく低下し、クランクシャフト部材全体としての硬さが不足する。
【0044】
以上、図2に示す工程に従って、図1の実施例1乃至7に示す成分組成を有するクランクシャフト用鋼で上記したと同様の軟窒化処理を行ったクランクシャフト1を作製したところ、従来のクランクシャフト部材に比較して、高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できることが確認される。
【0045】
なお、実施例としての鋼材を検討する上で各成分の範囲の指針は以下の如きであった。
【0046】
Cは、一般的な中炭素鋼の添加範囲で、耐力を向上させて疲労強度を向上させる一方、軟窒化クランクシャフト部材として必要とされる曲げ矯正性を得られなくなる。故に、質量%で、0.25〜0.32%の範囲とした。
【0047】
Siは、疲労強度を向上させ、鋼溶製時の脱酸剤としても機能する。その一方で、過剰に添加すると、曲げ矯正性を低減させてしまう。故に、軟窒化処理における制御に影響を与えないよう、質量%で、0.01〜0.15%の範囲とした。
【0048】
Mnは、一般的な中炭素鋼において、耐力を向上させて適度な範囲の添加量で疲労強度を向上させ、Sと結合してMn系硫化物を生成し被削性を向上させ得る。故に、質量%で、0.55〜0.90%の範囲とした。
【0049】
Sは、一般的な中炭素鋼において、被削性を向上させる一方で、過剰に添加すると靱性を低下させ得る。故に、質量%で、0.040〜0.150%、好ましくは、0.040〜0.070%の範囲とした。
【0050】
Cuは、上記したように鋼の耐力を向上させ、更に、軟窒化処理における化合物層の厚さを薄くし得て、適度な範囲の添加量で疲労強度を向上させる。また、本発明の目的としてのコスト及び製造容易性の観点から、一般的なスクラップ中のトラップエレメントとしての量以上であることを必要とする。その一方で、過剰に添加すると、熱間加工性を低減させてしまう。故に、質量%で、0.10〜0.60%とした。好ましくは0.10〜0.30%の範囲である。
【0051】
Niは、窒化層におけるパーライトの延性を向上させ、更に、軟窒化処理における化合物層の厚さを薄くし得て、適度な範囲の添加量で曲げ矯正性を向上させる。その一方で、過剰に添加すると、被削性が低下したり、化合物層の厚さを薄くする上でCuと競合する。故に、質量%で、0.05〜0.30%の範囲とした。
【0052】
Crは、一般的な中炭素鋼において、適度な範囲の添加量で、強度と靭性を高め疲労強度を向上させる。故に、0.10〜0.20%の範囲とした。
【0053】
Moは、一般的な中炭素鋼において、適度な範囲の添加量で、軟窒化後及び鍛造後の硬さを維持し鋼の強度を高め疲労強度を向上させる。その一方で、過剰に添加すると、被削性が低下する。故に、質量%で、0.05%以下の範囲とした。
【0054】
なお、N、s−Al及びTiなどは上記した必須添加元素による効果に影響を与えない範囲で、その元素添加の目的をもって含まれ得る。例えば、Nは0.020%以下、s−Alは0.020%以下、Tiは0.020%以下である。
【0055】
更に、製造時に不可避的に含まれ得る不可避的不純物については、以下の如く規制されることが好ましい。つまり、P量については、質量%で、0.030%以下である。
【0056】
以上、本願発明者は、中炭素鋼において炭素量を減じて軟窒化クランクシャフト部材としての曲げ矯正性を高めるとともに、炭素量を減じたことによる耐力の低下に対して所定量のCuの添加で疲労強度にも優れるクランクシャフト鋼材を得られることを見いだした。その一方で、軟窒化による表面硬化処理層に対して大きな影響を与えるNiに対してCuを所定の範囲に規定することで、表面硬化処理層の最表面に形成される化合物層の成長を抑制し、すなわち、従来同様の所定の化合物層の厚さを得るにあたってはより深い窒素拡散層を得られ、従来同様の窒素拡散層を得るにあたってはより薄い化合物層を得られるのである。これにより、クランクシャフト部材において高い疲労強度と優れた曲げ矯正性の両立を達成できるのである。
【0057】
ここまで本発明による代表的実施例及びこれに基づく変形例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができる。例えば、更なる被削性の向上を与えるべく、かかる効果を与える公知の元素であるPb、Bi、Caを添加することも可能であろう。
【符号の説明】
【0058】
1 クランクシャフト
2 ジャーナル部
3 ピン部
4 アーム部
6 付け根R部
10 表面硬化層
11 表面化合物層
12 窒素拡散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須添加元素と、任意に含まれ得る任意添加元素と、を添加元素とした質量%で0.25〜0.32%のCを含み、残部をFe及び不可避的不純物で構成された鋼からなり、主としてフェライト+パーライトの二相組織であってそのフェライト面積率を50%以上とした該鋼の表面の少なくとも一部に軟窒化硬化層を与えた軟窒化クランクシャフト部材であって、
前記必須添加元素をC、Si、Mn、Cu、Ni、及び、Crとして、
前記任意添加元素をMo、N、s−Al及びTiとして、
前記添加元素において、質量%で、
Siを0.01〜0.15%の範囲内、
Mnを0.55〜0.90%の範囲内、
Cuを0.10〜0.60%の範囲内、
Niを0.05〜0.30%の範囲内、
Crを0.10〜0.20%の範囲内、
Moを0.05%以下、
Nを0.020%以下、
s−Alを0.020%以下、且つ、
Tiを0.020%以下の範囲とした上で、
eq=C+0.07×Si+0.16×Mn+0.19×Cu
+0.17×Ni+0.2×Cr+0.4×Mo
に対して、
0.43≦Ceq≦0.53
であり、
req=0.55×C+0.06×Si+0.18×Mn+0.09×Cu
+0.47×Mo+1.0×Cr
に対して、
0.38≦Creq≦0.47
であり、
NiのCuに対する質量%比において、
0.50≦Ni/Cu≦1.00
とし、
不可避的不純物であるPを質量%で0.03%以下、Sを0.15%以下に抑えることで、
前記軟窒化硬化層の表面化合物層の厚さを10〜35μmに抑制しながら前記表面化合物層の下の窒素拡散層の拡散深さを700μm以上としたことを特徴とする軟窒化クランクシャフト部材。
【請求項2】
前記表面化合物層よりも少なくとも50μm以上の深部での前記窒素拡散層の最大硬さを芯部硬さに対してHV比で1.65以上としたことを特徴とする請求項1記載の軟窒化クランクシャフト部材。
【請求項3】
前記芯部硬さをHV160〜190の範囲内としたことを特徴とする請求項2記載の軟窒化クランクシャフト部材。
【請求項4】
前記窒素拡散層の前記最大硬さをHV280〜330の範囲内としたことを特徴とする請求項2又は3に記載の軟窒化クランクシャフト部材。
【請求項5】
必須添加元素と、任意に含まれ得る任意添加元素と、を添加元素とした質量%で0.25〜0.32%のCを含み、残部をFe及び不可避的不純物で構成された鋼からなり、主としてフェライト+パーライトの二相組織であってそのフェライト面積率を50%以上とした軟窒化クランクシャフト用鋼材であって、
前記必須添加元素をC、Si、Mn、Cu、Ni、及び、Crとして、
前記任意添加元素をMo、N、s−Al及びTiとして、
前記添加元素において、質量%で、
Siを0.01〜0.15%の範囲内、
Mnを0.55〜0.90%の範囲内、
Cuを0.10〜0.60%の範囲内、
Niを0.05〜0.30%の範囲内、
Crを0.10〜0.20%の範囲内、
Moを0.05%以下、
Nを0.020%以下、
s−Alを0.020%以下、且つ、
Tiを0.020%以下の範囲とした上で、
eq=C+0.07×Si+0.16×Mn+0.19×Cu
+0.17×Ni+0.2×Cr+0.4×Mo
に対して、
0.43≦Ceq≦0.53
であり、
req=0.55×C+0.06×Si+0.18×Mn+0.09×Cu
+0.47×Mo+1.0×Cr
とすると、
0.38≦Creq≦0.47
であり、
NiのCuに対する質量%比において、
0.50≦Ni/Cu≦1.00
とし、且つ、
不可避的不純物であるPを質量%で0.03%以下、Sを0.15%以下に抑えたことを特徴とする軟窒化クランクシャフト用鋼材。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−159486(P2010−159486A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−275908(P2009−275908)
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】